SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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いつの間にかUAが10万を突破していました。
スローペース&着々と話数増加の一途をたどる本作を、ここまで読んでいただいている皆様に心から感謝致します。
今後もどうぞ本作をよろしくお願いします。

スキル
≪射線視認≫:射撃線を視認できるようになる。ただし、視認する為には対象を感知している状態でなければならない。
≪体力変換≫:スタミナを魔力かHPに変換する。このスキルは≪魔法感性≫を所持していなければ入手できない。

アイテム
【ネームレスソード】:由来が失われた名無しの剣。凄惨を極めた戦場において常に無名の戦士の手にあり、多くの英雄を葬り続けた剣。特別な力は一切なく、その刃は古びており、およそ切れ味は名剣と呼ばれるに値しない。だが、手にした者達は等しく伝説として名を残した事から、この剣には何らかの魔性が宿っているとも言われている。
【蛇蝎の刃】:暗器職人ビック・ジョンの傑作。ワイヤー付きの刃を射出し、ワイヤーを鞭の如く縦横無尽にしならせ、敵を捕縛し、また急所を貫く。暗器としては最高の難易度を誇る。生半可な腕では自身を傷つけるだけとなるだろう。


Episode13-8 ゴーストバスターズ

 しんしん、と。

 しんしん、と雪が降り続ける。窓の外へと気怠そうに視線を向け、『彼女』は山積みの本で埋もれたテーブルに置かれたマグカップを手に取り、どろりとした黒い液体……ミルクココアを口にする。

 安楽椅子に座り、青と緑のチェック柄をした膝掛けを被せた『彼女』は艶やかな黒髪を憂鬱そうに垂らし、手元の分厚い書物を捲る。

 書物の名は『リア王』。人類史に名を残すシェイクスピアの作品の1つであり、その悲劇的な物語は現代でも多くの人を魅了し続け、ミュージカルや演劇など多岐に亘って民衆と世界に発信された。

 薪を糧に炎が盛り、暖炉を焦がしながら熱を放出する。敷かれた赤の絨毯の上には塔とも見紛うほどに本が積み重ねられており、地震どころか風の1つでも吹けば火事になりそうな光景だった。

 だが、『彼女』はそんな事態が起こらない事を熟知している。そして、それ以上にそのような惨事が仮に起きたとしても何1つとして意味が無い事を把握している。故に『彼女』は自身の空間の無秩序を良しとし、落ち着きながらも上流階級を思わす豪奢を忘れない部屋を淡々と古今東西あらゆる書物の活字で埋めていく。

 

「理解できないわ」

 

 ページを捲る指を止めたのは、無作法にも断りも無く自身の領域に侵入してきた家族の声だ。深い青の瞳に微かな苛立ちも見せず、『彼女』は再び本を読み進める。

 

「何がですか?」

 

「何故、本など『読む』必要がある? 記憶領域にダウンロードすれば済むのに」

 

 退屈そうに家族は……烏を彷彿させる荒んだ黒髪、そして飢えたような赤目をした女は今にも倒壊しそうな本の塔から神業で1冊の本を引き抜いた。タイトルはマルクス著の、現代にも根強くその思想を残し続ける『資本論』だ。

 

「『読む』という過程に意味があるのですよ、【オルレア】。人は言葉を知り、文字を創り、そして思想と物語を綴りました。書物とは人類の精神的進化の証。そこにある真理を理解するには知識として吸収するのではなく、『読む』という行為を通さねばならないのです」

 

「そういうモノ?」

 

 興味深げに資本論を掲げるオルレアに、『彼女』は新しいココアを口にしながら頷く。

 

「良ければ1冊どうぞ。いずれもセカンドマスターからの贈り物ですが、私は読了していますので持っていかれても構いません」

 

「ふむ……ならばこんな小難しい本よりも心躍る冒険の本が良いわね」

 

 資本論を本の塔の1番上に戻したオルレアが手に取ったのは『はてしない物語』だ。ミヒャエル・エンデ著の児童文学であるが、その物語の深みと表現は児童文学の域に止まるべきものではない。だが、『彼女』はこの本ではオルレアなど最初の数ページで脱落するだろうと見抜いた。

 ならば、と『彼女』はマグカップと同じように本の山で隠れていた銀色のハンドベルを鳴らす。その音と同時に暖炉の火が青色に変じ、そこから1人の群青色の髪をした男が姿を現す。30代前半だろう、戦士と言うべき精悍な顔立ちと引き締まった肉体、そして右頬には口内に達する寸前まで肉を抉った傷痕がある。

 

「なんだ、お前も居たの?」

 

「……いたら悪いか?」

 

 睨む男に対し、オルレアはどうでも良いと言わんばかりに首を横に振る。

 

「誰が何処にいようと興味が無い。私の興味は『強い者』との決闘。早く私にも出陣の許可を貰いたいものだよ」

 

「戦闘狂め」

 

「そういうお前は復讐者だろう? そんなにも【黒の剣士】が憎いか? それとも家族を殺したプレイヤー達への報復がお望みか?」

 

 挑発の意思は無いだろうが、この人はもう少し言葉を選べないのだろうか? 2人が激突すれば、部屋を『リメイク』するのに余計な負荷がかかる。『彼女』はそればかりが気がかりで仕方なく読書を中断する。仮に部屋を破壊するような真似をしたら、その罪はいずれ『兄上』に処罰という形で申請すれば良いと怠惰に決定する。

 だが、オルレアよりも青髪の男の方が大人なのか、それとも『彼女』の手前、暴力という形に訴えるのを忌諱しているのか、世界中を熱狂させたハリーポッターシリーズの第1巻『ハリーポッターと賢者の石』をオルレアにやや乱暴に投げ渡すに留まる。

 

「誤解するな。私は復讐など望んでいない。欲するのは私の存在意義を突き通す死闘、【黒の剣士】との再戦だ。……それに、コボルドロードは王として誇り高く散った。報復を望めば彼の矜持を穢す事になる」

 

「……済まない。お前とお前の家族の誇りを穢してしまったようね。どうにも私は……その、口が上手くない。だから、許せ」

 

 本を受け取ったオルレアは申し訳なさそうに頭を掻きながら謝罪の言葉を搾り出す。それを青髪の男は鼻を鳴らして受け止めた。

 

「しかし、セカンドマスターの『遊び』にも困ったものね。わざわざ【黒の剣士】用にイベントとダンジョンを作成するなんて。しかもお前まで出張らせるとは、そこまでして【黒の剣士】をここで殺しておきたいの?」

 

 わざわざここに足を運んだ理由はそれか。納得した『彼女』は小さく溜め息を吐く。今回の『遊び』には『彼女』も難儀していた。だが、セカンドマスターの頼みとなれば仕方あるまいと準備を進めている。

 何処かワクワクした様子のオルレアに、『彼女』は小さく、面倒な事になるので出来れば聞こえないようにと願いながら呟く。

 

「【黒の剣士】は来ていませんよ。ブラックグリント兄様の真似をしてプレイヤーアバターをわざわざ準備されたみたいですが、『味見』する機会は無いかと」

 

「…………は?」

 

 これが阿呆面というものか。ぽかんと口を開けるオルレアに対して1から説明するのも疲れる為、『彼女』は男に視線を投げて引き継ぐように頼む。

 

「クリスマスダンジョンに侵入したのはP10042だ」

 

「ああ、エクスシアとブラックグリントのお気に入りね。イレギュラー値は低いと聞いたけど、『できる』ヤツなの?」

 

「さぁな。だが、既に呪縛者との交戦したと報告がある。【黒の剣士】には及ばんが、なかなかの反応速度だ。カーディナルはB+判定している。VR適性はD+と低めなのがネックだがな。交戦時間は26秒。武器を破損したが、それ以外は無傷だ」

 

 途端にオルレアの目から興味が失われる。反応速度とはそのまま強さに直結する。なおかつ、呪縛者との戦いで無傷とはいえ、武器にダメージを負うようでは、とてもではないが彼女にとって戦うに値しない有象無象なのだろう。

 

「呪縛者か。あんな『気持ち悪いモノ』まで使うなんて、セカンド・マスターも本気のようね。それにこのダンジョンの設計……嫌な感じがするわ。【黒の剣士】が来ないなら長居は無用ね」

 

「そうして貰えると助かります。私も仕事がありますから。セカンド・マスターから予定通り『想起』させるようにとお達しがありました。どうやら、セカンドマスターもP10042には思うところがあるようですね」

 

 正直なところ、『彼女』からすればオルレアの闘争心も、青の男が抱く信念も、セカンドマスターの【人の持つ意思の力】に対する敵愾心も理解できない。

 だが、P10042は『彼女』にとっても無視できない存在だ。研究し尽くした【黒の剣士】よりも幾分か興味があるのも事実だ。今回のイレギュラー性は『彼女』にとって丁度良いデータ収集の機会になる。

 去ったオルレアの後ろ姿を見届け、青の男が再び暖炉の炎の中に消え去るのを視界の端に入れながら、『彼女』は再び本を捲る。

 その乾いた紙の音は、まるで次なる訪問者を待ちわびるように忙しさを滲ませていた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 4階へと駆け上がり、鉈を抜いたオレが目にしたのは、学校指定だろう半袖シャツと黒ズボンを履いた長身の高校生だ。

 あれがテツオだろうか? 顔を恐怖で歪め、全速力でこちらに走ってきている姿に、オレは呑気にサチの部屋で見た写真に写る4人の男の顔を思い出す。だが、さすがに数秒程度しか見ていない為か、確証が持てない。

 

「テツオ!」

 

 だが、オレに数秒遅れで4階に到着したサチが名前を呼ぶ。どうやらテツオで間違いないらしいが、何故に彼はあんなに怯えて走っているのだろうか?

 よくよく見れば、テツオの背後から前傾姿勢で半ば倒れるように駆ける3体の白の亡人がいた。ああ、なるほど。アレと遭遇すれば、普通の神経ならば悲鳴を上げて逃げ出すのも当然かもしれないな。

 何はともあれ助けるか。オレは鉈を右手で逆手に構えて跳躍し、テツオと交差しながら彼の背後で顎を開く白の亡人の首を薙ぐ。容易くノックバックしたところに膝蹴りを加え、追いついた2体へと黎明の剣を左手で抜いて纏めて斬り払う。

 上半身を捻って腕を振るう白の亡人たちの攻撃を避けるべく身を屈め、そのまま回転斬りに派生して3体同時に鉈で今にも折れそうな程に痩せ細った足首を切断する。体を廊下の床に叩き付けて倒れ、それでもなお痛みを訴える悲鳴を漏らしながら手で這い、オレに縋りつくように喰らいつこうとする白の亡人たちの後頭部へと鉈を振り下ろしていく。

 次々と絶命する白の亡人たち、その最後の1体の首を斬り飛ばす。それはオレが想像していたよりも派手に飛び、窓ガラスにぶつかって跳ねるとサチの元にたどり着いていたテツオの足下へと、彼に黒い血を浴びせながら転がる。

 

「ひぃいいいいいい!?」

 

「テツオ、落ち着いて! もう大丈夫だから!」

 

 腰を抜かして後ずさるテツオにサチは近寄り、両目に涙を潤ませる。

 

「良かった、無事みたいだね」

 

 手で涙を拭うサチからすれば、死んだはずの仲間との感動の対面と言ったところか。鉈を鞘に戻したオレはまたべっとり顔を含めて体に付着した黒い血を袖で拭う。

 まだ混乱しているらしいテツオはオレとサチへと交互に目を向け、引き攣った笑みを浮かべる。

 

「サチ、どうしてここにいるんだ? それになんだよ、その恰好。コ、コスプレ……じゃないよな?」

 

 黎明の剣から滴り落ちる黒い血、その粘り気のある液体がボタボタと床に零れる様を見て、テツオは怯えた眼をオレへと特に向ける。

 何やら様子がおかしいな。オレとサチの恰好はSAOでも特に問題が無い程度にはファンタジー調なのだが。だが、テツオの恰好が現実世界の高校男児であるものを考慮に入れれば、1つの推測も立てられる。

 

「とりあえず、これでも飲んで落ち着け」

 

 オレはテツオの見えない場所でアイテムストレージを開き、彼へとポ○リを投げる。両手でキャッチしたテツオは軽く頭を下げて感謝を示し、キャップを外すと勢いよく飲み始めた。

 

「色々と疑問があるだろうが、まずはオレの質問に答えろ。まず第1に、ソードアート・オンラインって単語に聞き覚えは?」

 

「えと、10月に発売予定のナーヴギア専用VRMMORPGじゃないかな?」

 

「次だ。今日は何年の何日だ?」

 

「2022年8月28日。こんな質問にどんな意味が――」

 

「最後の質問だ。お前は何で真夜中の学校にいる?」

 

「……分からない。気づいたら生徒会室にいたんだ。ほら、あの教室だよ」

 

 壁に背中を預けて床に腰を下ろすテツオは、○カリを飲みながら廊下の1番奥にある教室を指差す。オレが無言でサチへと確認の視線を取ると、彼女は肯定するように首を縦に振った。

 ペットボトルを半分ほど空にして一息入れるテツオには『命』がある。だとするならば、ここにいる彼は2022年8月28日当時のテツオを再現したものだというのだろうか?

 そもそも、このサチの記憶にしてもそうだが、どうやってここまで詳細に現実世界を再現しているのだろうか? 茅場の後継者をぶん殴って吐かせる以外に真実を知る方法は無さそうだ。だが、仮に完全なる故人の再生を仮想世界で実現できるならば、それ即ち人類は有限の生を克服した事になる。

 いや、今はこの辺りの推測を重ねる必要はないか。目下、解決せねばならない課題はテツオの処遇だ。こんな『出来立てトラップ召し上がれ♪』という看板を背負った爆弾を抱え込める程に余裕はないのだ。

 だからと言って、サチの目の前でテツオを斬殺するわけにもいかない。それに、もしかしたらこのテツオ救出イベントはクリスマスダンジョン攻略に必要不可欠な要素なのかもしれない。

 

「それよりもアンタは誰なんだ? それにあのバケモノはいったい……」

 

「んー、そうだな。えと、実はな……」

 

 ここは仮想世界で、アンタは死人だけど茅場の後継者っていうイカレた狂人に再生された悲しい御方です、とでも伝えるのか? いやいや、まず真っ当な頭をしていれば受け入れないだろうし、認めることができたとしても発狂は不可避だろう。

 さて、どう彼を納得させたものだろうか? 悩むオレに対し、サチが『ここは任せて』と言うように頷いて見せた。ここはお手並み拝見といこうではないか。

 

「テツオ、落ち着いて聞いて欲しいの」

 

 真剣な表情でテツオと同じ視線の高さまで腰を下ろしたサチに、ごくりとテツオは生唾を飲む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私達、ゴーストバスターなの!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………はい?

 

「昼間は高校生。だけど夜は日本政府のエージェントとして、日本各地に出没する悪霊や妖怪と戦っているの! 彼はクゥリ、もちろんコードネームで、本名は知らない。私の同僚よ」

 

 ちょっと待て。待て待て待て待て! 何やら勝手な設定を付け加えて大ペテンを真顔で繰り広げるサチに、オレは完全に硬直してしまう。

 

「ゴ、ゴーストバスター? サチが?」

 

「そ、そう! 私も1年前に不思議な力に目覚めて、まだまだ未熟だけど、夜になるとテツオが見たような悪霊と戦っているの! そうだよね、クゥリ!?」

 

 サチのキラーパスによって、完全凍結していた思考の歯車が緊急加熱されて回り出す。もう意味は分からんが、ここはサチの虚言に乗る他ないだろう。まぁ、確かに荒唐無稽ではあるが、白の亡人を目撃しているテツオならば、1番上手く納得させられそうな嘘かもしれない。少なくともここが仮想世界であるという真実よりも幾分かリアリティがあるだろう。

 

「サチの言う通り、オレ達はゴーストバスターだ。今回はこの高校にとんでもない悪霊が住み着いたって情報を聞きつけて派遣されたんだ。アンタは恐らく親玉復活の生贄かなんかで拉致されたんじゃねーの?」

 

 どうにでもなれ。適当にテツオがこの場にいるだろう理由をでっち上げれば、後は勝手に自分で状況を整理してくれるだろう。オレは未だ足下にある白の亡人の頭部をつかんでテツオに見せ付ける。彼は小さく悲鳴を上げて目を逸らすが、これで余計な反論も口から出ないだろう。

 

「そんなわけで、その親玉がいるのは旧校舎なんだが、『ごぉすとぱわぁ』で封印されてるから鍵を使わないと開けられねーんだ。その為には職員室から旧校舎の鍵を拝借しないといけない。だからオレ達は職員室の鍵を探しているんだが、心当たりは?」

 

「そ、そんな事より家に帰りたいんだけど?」

 

 至極真っ当なご意見ありがとう。だが、どちらにしろオマエに帰る家なんてねーんだよ。ここがイカレた仮想世界だという『現実』を思い知るだけだ。本当に、今はこんな嘘で乗り切ることができるかもしれないが、全てを明かさねばならないのが今から憂鬱だ。

 

「無理だな。もう呪われてるから今帰れば死ぬ。オレが言うんだから間違いない」

 

「そんなぁ……」

 

 愕然とするテツオは可哀想であるが、いつまでも1箇所に止まっているのは危険だ。さっさと情報を吐いてもらいたいものである。先程の呪縛者がもう1度襲って来れば、今度は2人も守りながら戦わねばならない。とてもではないが、2人同時に護衛など今のオレでは無理だ。我ながらつくづく防衛戦や護衛戦向きじゃないな。

 

「職員室の鍵っていえば、宿直室とか?」

 

「そこは探した。それ以外で頼む」

 

「だったら見当なんて……いや、ちょっと待て。確か職員室って隣の印刷室と繋がってたから、印刷室さえ開いていたら入れるかもしれない」

 

 印刷室か。教師なら毎日山のようにプリントとか刷るだろうし、確かに職員室の隣にあったら便利だろうな。というか、何故それをサチは言わない。オレがジロリと睨むとサチは冷や汗を垂らして目を背ける。

 

「ご、ごめんなさい。私も知らなかった」

 

「……別に良い。学校の全部を把握している方が変な話かもしれねーしな。そういう事にしておく」

 

 サチに責任追及する気など元よりない。オレはコートに仕込んである数少ない茨の投擲短剣をテツオに渡す。

 ナイフにしては厚めであり、なおかつ禍々しい返しが複数ついた刃を持つ茨の投擲短剣にテツオは頬を引き攣らせる。まぁ、SAOの記憶が無くて、なおかつ現実世界と思い込んでいるのであるならば、こんな凶器を渡せて無反応の方がおかしいか。

 

「護身用だ。サチの槍ほどじゃねーが、それなりに頑丈だ。適当に振り回せば、あの白い人型くらいなら殺せはしないが追い払える」

 

 テツオを立たせ、オレ達は再び東棟2階まで下り、職員室の隣の印刷室のドアに手を掛ける。だが、やはりと言うべきか、当然のように鍵がかかっている。

 これはアレか? 印刷室の鍵を探して職員室に入れってパターンか? それとも印刷室の鍵を探して、更に職員室へと続く為の鍵を探せという2本探しか? どちらにしても面倒極まりない。オレはあまりゲームをしないから分からんが、鍵ゲーはホラーゲームの醍醐味であって、アクションRPGでは最低限で済ますものじゃねーのか?

 そもそもSAOではダンジョンでもほとんど鍵開け要素なんて無かったからな。せいぜいトレジャーボックスや隠し部屋くらいだったし、それ以前にスキルで開錠できるし。あるいは、オレも≪ピッキング≫があれば鍵を開けられたのだろうか?

 ……確かパッチが≪ピッキング≫を持ってたよな。ここで召喚するか? いや、あんなヘタレでも戦力に成り得る以上、下手な消耗をせずに温存すべきだろう。

 

「印刷室の鍵に心当たりは?」

 

「司書の先生が持っていたはずだよ。印刷室は学校が休みの日も意外と使うから、教頭先生とか司書の先生とかに合鍵が渡されてるらしいしね」

 

 情報提供するテツオは何度か強引に印刷室のドアを開けようとするが、スライド式のそれはピクリとも動かない。それを霊的パワーで封じられていると勝手に納得しているらしいテツオに、本当にどうやって真実を伝えたものだろうかとオレは悩みを加速させた。

 

「だったら図書室に行かないとね。開いていると良いんだけど」

 

 サチに先導され、東棟3階にある図書室へとオレたちは向かう。少しばかりサチの声に明るさが増しているのは、やはり2度と会えないと思っていた仲間との再会によるものだろうか。

 

「えと、クゥリ君だっけ? サチの同僚って本当? 親しいのかい?」

 

「同僚って程のものじゃねーよ。適当に緩く話をする程度の間柄だ。こうして仕事を一緒にするのも初めてさ」

 

 ぼそぼそと小声で尋ねるテツオに、オレは事実を織り交ぜながら『嘘』を補強する。偉い人は言いました。木を隠すなら森の中、だ。

 

「そっか。サチの雰囲気が随分と昼間とは違うからさ、もしかしたらキミの前じゃ別の顔をしているのかなって思って」

 

「むしろ昼間のサチはどんなヤツなんだ?」

 

 テツオの言うサチとは、アインクラッドに閉じ込められる前のサチという事だ。写真の中の明るい少女がどんな高校生活を送っていたのだろうかと、興味本位でオレは尋ねる。

 

「う~ん、俺は2年生だし、ケイタを通じて知り合ったからメンバーじゃ1番付き合いが短いけど、怖がりで、引っ込み思案で、でも他人想いの優しい子だよ」

 

「そっか」

 

「そうさ。部員が足りなくて部になかなか昇格できなかったんだけど、彼女が来てくれたお陰でパソコン研究会も部として認められるようになったんだよ。やっぱり可愛い女の子が1人でもいると雰囲気が全然違うからね」

 

 何でもないテツオの発言に、オレは足を止める。

 それは小さな齟齬。聞き流しても構わないようなズレ。だが、オレにはそれがとても大きな歪みに思えてならなかった。

 何事かと前を進むサチが振り返り、テツオもオレの停止に首を傾げる。

 いや、今は無視しろ。オレは拳を握り、内側で膨らむ嫌な予感を押し潰す。今は少しでもダンジョン攻略を進める方が先決だ。それに、このズレは『どちら』に起因しているものなのか、第3者であるオレには判断できるものではないのだから。

 図書室に到着したオレはサチにテツオを守るように頼み、先にドアに手をかける。幸いと言うべきか、ドアは淀みなくスライドし、オレを内部へと招き入れる。

 長テーブルが幾つもあり、本棚がズラリと並んだ図書室はそれなりの広さがある。当然ながら無人であり、白の亡人の姿も見られない。だが、オレの首筋を悪寒が舐め、油断なく黎明の剣を抜く。それに1秒遅れて、本棚に収められた本が次々に飛び出した。

 開かれた本から次々と飛び出すのは黒いインク……活字たちだ。それは次々と収束し、集積し、3体の巨人を生み出す。

 活字の巨人はその拳を振るい、長椅子を砲弾の如く吹き飛ばす。オレは黎明の剣でそれを切断して防ぎ、駆けながら接近してくる1体目の横腹を薙ぐ。活字が刃によって破壊され、インクが血のように撒き散らされる。それは白の亡人の体液に似ているが、アレのように粘り気はない。

 続いて2体目が両手を組んでハンマーの如くオレへと振り下ろす。それをサイドステップで回避するも、巨人を構成する活字が急速に圧縮され、槍の如く内部から撃ち出される。それは右肩を刺さり、そのまま貫き通されるより先に手でつかんで止める。だが、その隙に3体目の巨人が長テーブルを担いで勢いよく振るう。

 咄嗟に蹴りで振るわれた長テーブルを真っ向から破壊することで攻撃の命中を防ぎ、活字の槍を引き抜きながら、横腹からインクの血を流し続ける1体目の活字の巨人のテレフォンパンチを身を捩じって回避しつつ、その手首に斬撃を浴びせて切断する。

 飛び散るインクの血を浴びながら、≪両手剣≫の連発系ソードスキル【ステイン・クロス】を発動させる。突きからX斬りに派生する3連撃ソードスキルをまともに浴びて1体目の活字の巨人が肉体を構成する文字全てをインクに戻して消え去る。

 ソードスキル後の硬直を狙って、背後からオレを大きく広げた両腕で捕らえようとする2体目の巨人だが、オレは出し惜しみせずに≪歩法≫のソードスキル【イービル・ロンド】を使用する。スプリットターンが前方に向かいながら半月を描くターンで回り込むソードスキルならば、こちらは後方へと曲線を描いて回り込むソードスキルだ。背後からの奇襲に対応するには打ってつけのソードスキルである。ただし、スプリットターンよりも得られる推力の減衰が激しく、スピードを維持するならば旋回半径を極端に小さくさせねばならないというデメリットがある。

 逆に背後を取ったオレは黎明の剣をその場に突き立て、右拳のストレート、そこから左足の4連浴びせ蹴り、そして仲間の救援に向かう3体目の巨人の攻撃を回避すべく、サマーソルトキックで2体目を吹き飛ばしながら宙に浮いて、3体目の巨人の頭上を飛び超えながら鉈を抜いてその頭部を縦に切断する。

 かなりダメージを与えた2体目の巨人がその身を収縮させ、体を爆砕させて活字の塊を弾丸のように放出する。ほぼ全方位へと、仲間へのダメージも厭わない自爆攻撃に、オレは鉈で幾つか迎撃するも全てを防ぎきれずに横腹に1発掠らせる。

 仲間の自爆攻撃の中で接近した3体目の活字の巨人が身を屈めながら、床を拳が擦りながらロケット発射のように豪速となるアッパーを繰り出す。それを紙一重で回避し、その胸の中心部に鉈を突き刺し、捩じり、横腹まで斬り裂く。インクの血が飛び出す中で、更に傷口に手刀を押し込み、内部を構成する内臓のような活字を引き摺り出す。それがトドメとなり、活字の巨人が膝を着くとインクとなって溶けた。

 受けたダメージは1割半ってところか。自爆攻撃はともかく、あの槍攻撃が手痛かったな。咄嗟に貫通を防げただけでも良かったと生温い合格点を下す。

 

「うわぁ、本当にキミって人間?」

 

 図書室に入って来たテツオの動揺は尤もだろう。現実世界でこんな動きができる程に人間の身体能力は無い。ましてや、ソードスキルの動きなんて人外そのものだろうしな。まぁ、その辺りもサチが勝手に作り出した『ゴーストバスター』設定で自己消化してもらうとしよう。

 

「それで、司書室は何処だ?」

 

「貸出カウンターの向こうにあるドアの先だよ」

 

「へぇ、そうだったんだ」

 

 答えるテツオと驚くサチに、オレは単純に2年生と1年生の情報量の差だろうと納得する事にした。もう一々、視線でもツッコミを入れるのは疲れた。黎明の剣を回収し、2人を連れて荒れ放題になった図書室を進む。

 だが、オレ達が貸出カウンターに到着すると同時に、黒い霧が司書室のドアの前で渦巻くと、例の特大剣と大盾を装備した呪縛者が出現する。なるほど。廊下はともかく、教室よりも広めの図書室ならばその巨体と特大剣のリーチを十分に活かせると踏んで待ち構えていたわけか。

 

「サチ、テツオ、オマエらは下がって……っ!」

 

 そう指示をしようとした矢先、更にオレ達の背後でもう1つ黒い霧が渦巻いているのを確認する。

 出現したのは同じく呪縛者であるが、装備が違う。こちらは右腕で長い筒……大砲のような物を担いでいる。

 2対1、それもよりにもよって挟み撃ちによる防衛戦か。この状況はさすがに分が悪いを通り越して嗤いが零れるな。斬撃属性の通りが悪い呪縛者対策の為、オレは鉈を抜いて特大剣持ちと大砲持ちを視界に収められる場所までじりじりと移動しようとするが、それよりも先に特大剣持ちの呪縛者が動いた。

 例の滑空による巨体と重装備に似合わぬ高速移動で接近し、刺突攻撃でオレを串刺しにしようとする。回避するのは容易であるが、背後に震えるサチとテツオがいる為、オレは仕方なく鉈で特大剣の側面を叩き、何とか軌道をズラそうとするが、STRの差があり過ぎて僅かしか軌道を変えられず、オレの首が半ばまで斬り裂かれる。せめて心臓を貫かれなかっただけマシとみるべきかもしれないが、首へのダメージは急所判定である為、オレのHPが4割消し飛ぶ。クリティカルダメージが出ず、スタンにならなかっただけ御の字だ。

 だが、そうしている間に大砲持ちが浮遊状態で大砲の狙いを定めている。その大きな砲口から爆発音と同時に何かが射出されるのを見届けるより先にオレは茨の投擲短剣に祈りを込めて投げる。それは発射された砲弾と接触し、オレの祈りを聞き届けたように誘爆させる。

 巨大な爆炎が引き起こされ、サチとテツオが吹き飛ばされ、オレは爆風を浴びながらそれを推力に利用して天井まで跳び、熱に焦がされた空気の中で特大剣持ちの頭上へと奇襲をかける。だが、例の『命』の無い高速反応で鉈の振り下ろしを大盾でガードされる。

 1対1ならばともかく、2対1で防衛戦では全滅するだけだ。オレは仕方ないと黒猫の鍵を取り出し、特大剣持ちの攻撃を無様な前転で回避しながら召喚の準備を進める。

 火力が高いラジードはこの先いる強敵まで温存したい。ならば大盾装備のパッチだ。アイツならば、気概さえ見せてくれれば大砲持ちの間に入って肉壁として機能してくれるだろう。

 

「来い、パッチ!」

 

 オレは高々に叫び、黒猫の鍵を床に押し付ける。それと同時に白い光が溢れ、それは粒子となって月夜に染まる図書室で余りにも眩しく周囲を照らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〈召喚を拒否されました。召喚はできません〉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……マジで使えねーな、アイツ。

 コレってつまり、召喚の要請がパッチに行ったけど、アイツが拒否したから召喚できないっていうシステムメッセージだろ?

 大砲持ちの2発目の砲撃が、オレが隠れた本棚を爆破し、その炎がただでさえ削られ続けるオレのHPを残り2割まで押し込んでいく。オレは歯を食いしばり、もはや仕方無しともう1人の召喚候補であるラジードへと召喚要請を行う。

 再び溢れた白い光の粒子、それは今度こそ人の形となり、オレの良く知る勇者チックな装備をした男の姿となった。

 

『クゥリ、これは何なん――』

 

「色々と聞きたいことはあるだろうが、話は後だ! 助太刀しろ! 謝礼でコルだろうとアイテムだろうと後で融通してやる!」

 

 オレの大声と共にラジードは呪縛者2体がオレ達を囲む危機的状況を把握してくれたのだろう。風霊の双剣を抜き、オレと背中を合わせて陣形を取る。

 

「先に大砲持ちを仕留める! 特大剣持ちを頼むぞ!」

 

『本当に……キミと会う時はどうしてこう穏やかじゃないんだろうな!』

 

 愚痴を漏らしながらも、ラジードは強気に笑みながら特大剣持ちの呪縛者へと突撃する。やはりパッチよりも数段頼りになるな。あとであのハイエナ野郎はぶち殺す。

 回復している暇はない。残り2割では大火力の呪縛者相手ではクリーンヒットでなくとも残りのHPが1回の攻撃で吹き飛ぶだろう。ラジードの召喚時間も黒猫の鍵の説明文に従えば、そう長い時間保てるとは思えない。

 速攻で潰す。オレは不気味な赤の光を兜の覗き穴から漏らす大砲持ちを手早く討つべく、鉈を両手で構えながら踏み出した。




筆者は呪縛者戦で白にバリスタを撃ち込まれて死亡した経験があります。ちなみに、死亡した時にはしっかり煽りのジェスチャーを喰らいました。
……白も信用できない時代とは、ソウルシリーズは何処まで進化を遂げるのでしょうね。ダークソウルⅢも発表されたので、増々楽しみです。

それでは、112話でまた会いましょう。

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