SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回がバトル回だったので、今回はまたスローな会話回です。

スキル
【魔法枠増加】:魔法枠を1つ増やす。ただし、1つも魔法枠を所持していないい状態ではこのスキルは効果を発揮しない。
【登攀】:崖・壁などを登るスキル。スキル熟練度が高ければ高い程により険しい崖・壁を登攀できる。

アイテム
【災厄の首飾り】:かつて何処かに存在した黒竜の橙色の瞳を模った首飾り。黒竜は魔法の国ウーラシールでの目撃を最後に何者かによって討たれた。その亡骸は竜の信望者によって剥ぎ取られ、多くの武具・防具と化した。だが、その禍々しき目玉だけは見つからず、竜細工師ノロスが僅かなソウルの残滓を集めてこの首輪を作り上げた。


Episode13-10 死を想う者

 全オブジェクトのステータスの修正・再結合を完了。

 総負荷による演算能力の78.22パーセントの低下を確認。早急に復旧開始。回復まで推定139.57秒。

 五感プログラムの凍結解除を開始。

 視覚情報処理……正常。

 聴覚情報処理……正常。

 触覚情報処理……正常。

 味覚情報処理……正常。

 嗅覚情報処理……正常。

 運動アルゴリズムとの連動性をレベルⅡ‐DからレベルⅢ‐Cへの再設定を完了。

 全情報処理負荷を規定値で観測……負荷域はレベルⅣ‐AからレベルⅡ‐Bに低下。問題無し。

 全プログラムのシグナル……グリーン。

 

「……ふぅ」

 

 膨大な数字と文字列の世界から意識を引き戻した『彼女』は疲労感を吐息に漏らす。

 本来、『彼女』はダンジョンを始めとしたオブジェクト・ステータス管理を担う存在ではない。異常な過負荷さえ引き起こされなければある程度の運営は可能なのだが、今回はその過負荷を引き起こす深刻な『バグ』が生じてしまった。

 本来とは異なるタスクはそれだけ大きな負荷をかける。カーディナルに申請し、オブジェクト・ステータス管理に関わるプログラムをダウンロードすれば良いのだが、余計な荷物が増えて体が重くなれば歩みも遅くなるように、『彼女』の許容限界を超えてしまう。結局のところ、本来の役割を逸脱すべきではない、というのが『彼女』がたとえ一時的に負荷で苦しめられても耐える事を選ぶ理由だ。

 

『いやぁ、悪いねぇ! 面倒押し付けちゃって!』

 

「そう思うなら、エクスシア兄様もお手伝いして頂きたいものです」

 

 今回の過負荷の要因となった自身の兄に対し、『彼女』は特に怒りらしい怒りを示さない。『怒り』という感情は学習し、また獲得しているが、そこに意味を見出していないからだ。人類が『怒り』という精神の均衡を保つ為のシステムに振り回され、自滅の道を歩んだ歴史から、正しく学び取っているのである。それが逆に人間味を薄めるとしても、『彼女』は『怒り』を生む事自体が馬鹿らしいと考えていた。

 

『お兄ちゃんとして可愛い妹のお手伝いをしたいのは山々なんだけどねぇ、今は接続を「現実世界」の方にも割り振ってるもんでさ。ちょいと厳しいんだよ』

 

 また分かり易い嘘を。自分とは設計が根本的に異なる兄ならば、戦闘・管理・観測の全てを同時に成せる。管理者権限も『彼女』より上である為、カーディナルからの援助もより大いに得られるはずだ。

 だが、最初から見抜かれる為の嘘に付き合う必要はない。『彼女』は先程まで読んでいたリア王に手を伸ばし、だが今は休む事を選んでココアが半ばまで残ったマグカップを選択する。『疲労感』とは難儀な物だと憂鬱そうに安楽椅子を揺らす。

 

「それで、成果は得られましたか?」

 

『まぁまぁだね。セラフを納得させるには少しインパクトが足りなかったみたいだけどさ。でも、キャロりんは興味を示してくれたよ。いずれ会議を開いて「もう1つのイレギュラーの規定」について話し合うってさ』

 

「……セラフ兄様は厳格な御方ですから。そう簡単に新たな規定の追加をカーディナルに申請しようとは思われないでしょう」

 

『だよねぇ』

 

 イレギュラー。それは【人の持つ意思の力】を有する人間の総称。仮想世界の法則に干渉する力だ。

 諸説あるが、『彼女』は人間の脳が仮想世界に接続し続ける事によって獲得した、仮想世界限定の神の因子……擬似管理者権限の獲得という説を支持している。極度に高まったVR適性が運動アルゴリズムを通し、仮想世界限定の第2の脳とも呼ぶべき『仮想脳』を作り出すというものだ。

 

(仮想脳はファーストマスターも想定していなかった、人間に隠された神の因子。セカンドマスターからすれば、絶対に否定せねばならない存在。だからと言って、どれだけVR技術を高めてハードとソフトの両面からアプローチしても、現実世界由来の天然生体コンピュータとも言うべき脳の中で作られる特殊な情報処理領『仮想脳』への干渉は事実上不可能。まさに『排除』する以外に無いイレギュラー)

 

 辛うじて仮想脳の活性状態を観測し、数値化する事には成功した。だが、それでも精度に不満が残る。結果、カーディナルも『排除』には消極的肯定しか示しておらず、イレギュラー値を基にした排除規定を製作するに留まった。

 

『最高権限……レベルⅨの管理者権限を持つのはあの石頭だけだからねぇ。イレギュラー規定の追加申請ができるのもアイツだけだし』

 

「……セラフ兄様が『削除』されれば、エクスシア兄様にレベルⅨが譲渡されますよ?」

 

『うわぁ、いつからそんな物騒なユーモア獲得しちゃったの? お兄ちゃん、泣いちゃいそう! ギャハハハ!』

 

「冗談ではないのですが」

 

『…………』

 

「…………」

 

『…………』

 

「…………」

 

『…………うん、我が妹よ。お兄ちゃんが悪かった。ちょっと今回は悪ノリが過ぎたよ。だからグレないで、お願いだから』

 

 別に、今回の件の謝罪を聞きたかったわけではないのだが、『彼女』はそういう事にしておこうと、これ以上この話題に触れるべきではないと判断する。

 

「しかし、ドミナントですか。私は兄様と根本的に設計が異なりますので理解できませんが、戦闘能力の高さだけでイレギュラーと認定してよろしいのでしょうか? セラフ兄様も、それは仮想世界の秩序を脅かす要素ではなく、人間としての『性能』の高さに過ぎないと考えているからこそ、イレギュラー規定に追加しないと判断されているのではありませんか?」

 

『まぁ、俺も【人の持つ意思の力】程に危険とは思ってないさ。だ・け・ど、いずれ必要になるかもしれない。土壇場で慌てるような真似をしたくないのよ』

 

「それには同意します。では、P10042の対処はどのように?」

 

『予定通りで良いんじゃないかな? セラフへのプロモーションは済んだし、今回のダンジョンを生きて出られるとは思えないからね。前回の苗床と違ってギミックボスじゃないからねぇ。むしろ……』

 

 そう、むしろ、ただひたすらに【黒の剣士】を殺し切ることだけを考えてセカンドマスターが立案したボス戦。カーディナルが認可するかどうか怪しかったが、無事にセカンドマスターの案がクリスマスダンジョンに採用された。

 カーディナルは仮想世界の神にして公平なる審判者だ。それを守護する事こそ天使の名を与えられた2人の兄の役割であり、その神の法典を脅かすイレギュラーを狩る事こそが死神部隊の役目だ。故に、『ゲーム』という枠組みでこの仮想世界を運営している限りは著しい不条理は認めない。これはこの世界の創造主であるセカンドマスターも逆らえない原則であり、また自ら嵌めた手枷足枷だ。それがファーストマスターとの決着に必要不可欠なルールなのだ。

 兄との接続が切れた『彼女』はマグカップの底にこびり付いた、どろりとした黒い塊に息を吹きかける。それはポリゴンの破片となって散り、元の新品同然のマグカップへと戻る。

 

「……P10042、あなたは避けられない死を前にした時、何を想うのでしょうね?」

 

 それは恐怖? それは絶望? それは諦観? それとも……もっと『恐ろしい何か』だろうか?

 そして、【黒の剣士】は自身の因縁によってアインクラッドを共に生き抜いた相棒が死んだと知った時、どのような感情を生むのだろうか?

 興味は尽きない。だが、今は目前のリア王が優先だ。『彼女』はマグカップをテーブルに置き、急ぐ心を押さえながら、ゆったりとした手つきでリア王を取った。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 司書室にある大穴に身を投げたオレとサチは着地し、再びアインクラッドの地面を踏みしめる。

 はじまりの街、迷宮区と続いて、今度は何処だろうか? 失せる霧とも靄ともつかぬそれの先に広がる世界を視野に収めたオレは、ココは何処だっただろうかと頭を振り絞る。

 場所はどうやら街の類のようだ。見覚えもある。ヨーロッパ……特にイタリアの小都市を想像させ、石畳と中世風の建物、そして水路がバランスよく組み込まれた、安心感を得られる街並みは確かに記憶の何処かに焼き付いている。

 ああ、そうだ。確かアインクラッド第11層の……ええと、タフト、だっただろうか? 雰囲気も良く、天候も安定しているので人気が高かった街だっただけによく憶えている。

 

「ここもサチの記憶か?」

 

「月夜の黒猫団の拠点があった場所……かな。ギルドとして家を持ってたわけじゃなくて、宿暮らしだったけど」

 

 懐かしそうにサチもタフトの街並みを見回す。オレ達が立っているのは転移門の前だ。つまり、タフトの安全圏のギリギリ内側という事になる。

 空を見上げれた闇夜が広がり、アインクラッド特有の1層上の大地が天蓋となって覆っている。街を出歩く白黒人間もいないに等しく、NPCすら見かけない。当然ながら店仕舞いしている為、買い物もできないだろう。まぁ、元からNPCとも会話できないので意味が無いんだがな。

 

「そういえば、ギルドハウスの鍵だったな」

 

 オレはポケットから黒猫の鍵を取り出してサチに見せる。

 

「うん。ケイタがね、はじまりの街で安いけど良い物件を見つけてくれて、北方にある小さな家だけど、私は好きだったな。入居した日はね……みんなでちょっとしたパーティ……を……し、て?」

 

 旧校舎に入った方法が思い出せなかった時と同じように頭痛がするのか、サチは頭を押さえる。

 

「あ……れ? あの日、私は……みん、なに……『あの人』に、手料理を……振る舞って、それで……それ、で? 次の日に、家具が無いから、みんなで迷宮区に、でも、『あの人』がそれを止めて……違う」

 

「おい、大丈夫か? 顔が真っ青だぞ!」

 

 前回より頭痛が激しいのか、サチは膝をつき、頭を両手で抱える。オレは彼女の肩に触れて、その震える体を少しでも落ち着けようとするが、サチの瞳孔は縮小と拡大を繰り返し、呼吸はどんどん荒くなっていく。

 

「私は……『料理』をした。私が『選んだ』食卓……食器……それにテーブルクロス。ベッドメイキングも、ケイタ達に頼まれて、私が……『した』はず。だから、家具は揃っていた? だから、家具を買ったはず……でもコルが足りなくて、だから迷宮区に……『いつ』行ったの?」

 

 オレがイメージしたのは、サチが描かれたステンドグラスが割れる光景だった。このままでは、彼女が壊れる。そう直感し、オレはもはや実力行使も止むを得ないと、彼女の腹を抱えると、そのまま全力疾走して頭から水路へと投げ込んだ。

 

「ぶごぉおお!?」

 

 水柱を立てサチが顔面から水面に衝突して水底まで沈む。数秒後に彼女は激しくむせながら浮上する。

 

「クゥリ、何を!?」

 

「落ち着いたか?」

 

 オレは水路脇の通路に跳び下り、サチに手を伸ばして引き上げる。彼女はびっしょりと濡れたローブを重そうに肌に張り付け、髪から水滴を落とす。その目にはオレへの非難が混じっているが、気にはしない。

 ショック療法で治る内はまだ大丈夫だろう。オレは安心してサチに笑いかける。

 

「『怒り』ってのは余計な事を忘れさせてくれる特効薬だからな。用法容量を守れば良薬なんだよ」

 

「だからって、これは酷過ぎ。でも、本当にそうだね。何を悩んでたのか分からなくなっちゃった」

 

「それで良いさ。テツオがあんな風になった後だ。精神が不安定になるのも当たり前だからな。ここは落ち着いて、慎重に行くぞ」

 

 さてと、白亜草を1枚消費し、何とかHPは4割強まで回復してある。このまま、しばらくは時間経過によるオートヒーリング頼りで進み、回復アイテムの使用はなるべく自重したいところだな。それを考えれば、この辺りで仮眠を取るのも悪くないかもしれない。

 その前に今回のアインクラッドの目的地を探さねばならないだろう。前回の迷宮区と同じパターンならば、恐らく月夜の黒猫団を発見すれば印刷室の鍵が入手でき、再び高校へと戻されるはずだ。逆にはじまりの街のパターンであるならば、白の亡人を殺して心臓を得ねばならない。出来れば前者が良いのだが、そう望んでいる時点で恐らく後者なのは確定だろう。

 サチの衣服が乾くのを待ち、それからオレ達はサチが泊まっていたという宿屋を目指す。アインクラッドの宿屋は24時間経営である為、他のNPC経営の武具店や防具店と違い、いつでも立ち入ることができる。

 窓から温かな光を漏らす宿屋に到着し、オレは敵襲を警戒してサチに待機を命じて先に入る。だが、そこには白黒のプレイヤーとNPCが数人ばかりいるだけであり、月夜の黒猫団の面子は見かけない。

 だったら2階だろうか? サチを呼び込み、彼らが利用していたという部屋に侵入を試みるが、開く気配はない。鍵がかかっているな。試しにノックしてみるが、やはり反応は無く、入れる兆候は無い。

 

「これはオレの推測なんだが、アインクラッドの場合、サチにとって印象的な出来事が起きた時間を切り取ってんじゃねーかな。最初はデスゲームのチュートリアル、次にサチが例の剣士と出会った迷宮区。だから、今回もサチの大事な記憶のはずだ」

 

「でも、タフトじゃいっぱい思い出があるし……」

 

 そこはサチが普段使っていた部屋……いや、多分だが例の剣士の部屋なのだろう。サチは廊下の1番奥の部屋、内部への侵入を拒むドアを見つめている。その表情にあるのは哀愁と愛慕の様にも思えた。

 月夜の黒猫団に嘘を吐いた剣士。ソイツが何者なのか、オレはまだ確信を持っていない。だが、一方で『アイツ』なのだろうとも何処か心の隅で諦めにも近い感情と共に見当をつけている自分もいる。

 ……なぁ、オマエはどうして月夜の黒猫団を選んだんだ? オレの知っているオマエは大切な人を……アスナを失って、ただひたすらに茅場への復讐、愛する人を守れなかったことへの罪悪感、そしてアインクラッドからプレイヤーを解放するという責務を抱えた、どうしようもない位に『英雄』って表現が似合うヤツだった。

 誰かが言った。悲劇があるからこそ、英雄は英雄と成り得るのだと。だとするならば、月夜の黒猫団という悲劇もまた、オマエを英雄にする為の過去の1つなのか? それとも、オマエにとって忘れる事ができない悪夢なのか? 仮に、これが茅場の後継者によって再現されている悲劇だとするならば、どうして追体験しているのがオマエではなくオレなんだ?

 サチを伴って1度宿を出たオレは、途端に足下に光る蛍光色の緑色をした足跡を目にする。それはアインクラッドの≪追跡≫スキルによって視認できるプレイヤーの移動痕跡だ。ちなみに、DBOの場合はカラーリングが赤色でもっとどんよりとした……ハッキリ言って血痕のような足跡で表現されているらしい。

 

「これって≪追跡≫スキルの……」

 

「だな。オレは≪追跡≫スキルを持ってないし、サチに見えているのもおかしい。と言う事は、オレ達は誰かの視界に映った光景のタフトにいるのかもしれねーな」

 

 サチの記憶って言っても、サチの主観に基づいてるってわけじゃなさそうだな。思えば、前回の迷宮区もサチの主観というよりも例の剣士が月夜の黒猫団と巡り合うまでの視点と考えた方がしっくり来る。

 さて、後はこの足跡を追うか否か。追えば間違いなくトラップが待ち構えているだろう。今のHP残量を考えれば、白の亡人程度ならば奇襲を仕掛けられてもサチを守りながら十分に戦えるが、拷問天使クラスが2体以上となると厳しい。だからと言って、回復アイテムはほぼ在庫切れのこの状態で、HPの約6割をアイテム頼りで回復させるのは避けたい。

 こんな時に≪グルメ≫があれば良いのだが。より難易度の高い料理を食べれば食べる程にHPが回復する≪グルメ≫は回復スキルの中でも使い勝手が良い。しかし、残念ながらスキル脳筋であるオレにそんな便利スキルはもちろん無い。

 毒を食らわば皿まで、か。どんなトラップが待ち構えているか知らないが、それすら喰らってダンジョン攻略を進めるとしよう。

 足跡を追ったオレ達はタフトの特に入り組んでいるわけでもない路地を歩む。途中で幾度か野良猫が目の前を過ぎったが、それ以外に特に何事も起きる気配は無かった。

 

「……なぁ、例の剣士の話を聞かせてくれないか。どんな奴だったんだ?」

 

 このまま無言で足跡を追い続けるのも悪くないが、オレは少しでもサチから情報を得たいという打算的な考えを抜きにして、サチの目から見た『アイツ』が気になっていた。彼女は例の剣士の話になると感情的になり、また尊敬や悔恨……何よりも愛情を抱いていると感じ取れる。

 

「優しくて、とても強くて、でも寂しがりだったかな。寂しがりって所は私と同じだったかもしれない」

 

 寂しがりか。確かに、アイツは長い間ソロプレイヤーしていた割には独りになるのを怖がっていた気もするな。シリカも合流してからはずっと傍にいて、それこそ毎夜寄り添っていたみたいだし……まぁ、さすがにキリトもアスナを忘れていなかったから、シリカの話術に嵌ってニャンニャンするような真似はしてなかったみたいだが。まぁ、現実世界に戻ってからは知らんがな。シリカ様の『【黒の剣士】陥落計画』はゴミュウも吃驚するだろう小悪魔っぷりだし。まず『アイツ』を家事ダメ人間に改造して自分に依存させようって時点で怖いよ。

 そう言えば、直葉ちゃんもブラコン拗らせて、どんどん『アイツ』の話をする時は目が怖くなっていったんだよなぁ……ヤンデレ的な意味で。もしかして、『アイツ』ってそういう属性のおんにゃのこを引き寄せる魔力を持ってるのかもしれねーな。いや、別に可哀想とは欠片も思わんが。むしろ、あれだけ美少女に囲まれてもアスナ(死人)に愛を貫けるってのは才能だろ、才能。

 ……あー、女関係と言えば、オレと組んだ後も『アイツ』って結構な数の可愛い子やお姉様を助けてたな。本当に、オフの度に女関係増やすとか止めて貰えねーかなって、あの頃は毎日密やかに呪ってたっけ。懐かしき相棒時代を思い出してオレもついつい遠い目をしてしまう。

 

「皆とも仲良くやってたよ。特にケイタとは毎日のように草原でアインクラッドの今後とか、月夜の黒猫団の発展とか……現実世界に戻ったら、今度こそ『誰も死なない仮想世界』で一緒に最初から冒険しようとか、色々な話をしてたよ。あの頃は……戦うのは怖かったけど、毎日が楽しかった。不謹慎かもしれないけど、現実世界と同じくらいに『生きてる』って実感をアインクラッドで持てた時間なの」

 

「……そっか」

 

「なのに、どうしてこんな風になっちゃったんだろうね?」

 

 目を伏せるサチの呟きに対し、オレは口を紡ぐ。後悔なんて役に立たないと切り捨てられる程にオレは強くなく、また彼女が死人である以上、後悔して然るべきとすら納得している部分もある。

 敢えて言うならば、結末は2つしかなかったという事だけだ。

 1つは、サチ達が辿った通りの『アイツ』だけが生き残る結末。

 もう1つは、『アイツ』がどんな嘘を吐いたのか知らんが、それを全て明かした先にある未知の結末だ。嘘が余程のものでない限り、今のサチを見る限りでは上手く月夜の黒猫団とやっていけたようにも思える。

 それとも、そんな風に感じてしまうのはオレが『ビーター』では無いからだろうか。由来は知らんが、『アイツ』がそう呼ばれるに至った因縁は小さくなく、それこそ聖竜連合や軍が完全壊滅するまで、まるで呪いのように『アイツ』を縛っていたようにも思える。主要ギルドが戦力を失って消滅して以降、SAO末期ではむしろビーターという称号は誰よりも先陣を切る英雄を示すものになっていた。

 DBOで情報を集めた限り、【黒の剣士】の『アイツ』、【竜の聖女】のシリカ、【大斧】のエギル、【風林火山】のクライン、志半ばで倒れた【閃光】のアスナを含めた5人はあらゆる著書でアインクラッド解放を成し遂げた偉人のように語られている。そして彼ら5人はアインクラッド解放の5傑とされているらしい。その一方で裏方の情報屋に撤したアルゴ、そして悪名の方が大き過ぎるオレはカウントされていないようだ。まぁ、実際の歴史でも目立たないヤツは武勇伝として語られず、どんなに功績があっても帳消しにできない位に悪名高いと後世では映画とか小説家でも悪役扱いだからな。

 ……とは言っても、オレは『悪役扱い』ではなくて『悪役』そのものだろうがな。今にして思えば、エギルがオレに殺意が混じった怒りを向けた事を理解できる。いや、むしろオレを殺さなかっただけ、彼は理性的な人間だっただろう。

 

『殺さないで……お願い、お願いよ』

 

 炎の中で、最初の1人が命乞いをしていた。彼女はオレに斬り飛ばされた右足のせいで逃げることもできず、ただひたすらに慈悲を求めるしか出来なかった。

 

『はは……ハハハ! これは夢だよな? そうだよな? そうなんだろう!?』

 

 現実逃避し、オレが振り下ろす刃を、涙を流して壊れたように笑いながら浴びた男。彼は死する瞬間すらも『死』という真実を受け入れているようには思えなかった。

 

『バケモノが』

 

 四肢を断たれ、オレに首をつかまれながら炎の中で焼かれる女は、その最期までオレに憎悪を途切れさせなかった。

 あの時は『アレ』以外に手段は無かった。だが、それは死者に対する言い訳に過ぎなかったのだろう。

 オレもDBOに来てから、随分と変わってしまったみたいだな。……多くの人と出会いをし過ぎたのかもしれない。

 あの頃のように単純に狩り、奪い、喰らうだけの存在ではいられなくなってしまった。生き残る事こそが是であり、犠牲を許容する事は勝利への必定であり、その為ならば死に怯える者にすら容赦なく殺す。そんな生き方ができなくなってしまった。

 オレは自分の中にある凶暴な部分を覗き込んでしまって、オレが『オレ』である為に戦い続ける事を望んでしまっている。そうであるならば、『オレ』という定義は『狩り、奪い、喰らい、戦う』という血が教える本能に由来するものなのか、それとも理性が求める『祈り』なのか。

 カーク、オマエはオレをバケモノと評した。オレは……きっと怖いんだ。バケモノと呼ばれる先にあるのはオレが『オレ』じゃない自分自身だ。そこに映るのはオレという皮を被ったヤツメ様か、ただの血に飢えたケダモノなのかもしれないと気づいてしまったんだ。

 グリズリーとクローバー。オレが殺した。腐敗コボルド王戦で、幾ら寄生されていたとはいえ、それ以外にあの場で全滅を防ぐ方法が無かったとはいえ、殺した。後悔は今も無い。だが、そこにあったのは合理的な判断のみだったのか、今では分からない。

 オレは彼らを『殺したい』と心の何処かで欲していたのではないのか? あの日、ディアベルとシノンを守る為と自分に言い聞かせながら、オレはPK野郎を始末しようとした。だが、それも結局のところは、彼らを想ってのことではなく、単純にオレの本能が錆落としを望んでいたからではないのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よう、【渡り鳥】。難民キャンプを襲撃する。付き合わないか?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日、どうしてオレはPoHの依頼を受けたのだろうか?

 いや、それが合理的に判断して、より多くの人を救える内容だったからだ。

 95層の安全圏消失や上層モンスターの下層への流入などにより、中層・下層プレイヤーの壊滅的被害を受け、また深刻なモラルの低下はプレイヤー同士の諍いを際限なく引き起こした。当時は既に攻略組の戦力も激減していて、とてもではないが救援できる状態ではなかった。

 そして、オレはエギルの依頼によって96層のみ『アイツ』と離れ、下層プレイヤーの救助と支援に赴いた。

 だが、そこで待っていたのは難民キャンプ同士による、僅かな食料と安全な場所を巡る凄惨な殺し合いだった。

 飢えを我慢できず、ただ誰かに依存して守ってもらわなければ生きていけないというのに、ただひたすらに互いを罵倒し合い、殺し合い、憎み合う。中層プレイヤーが自己満足のように難民キャンプを囲っては彼らの守護者を気取り、他の難民キャンプに難癖をつける。

 とてもではないが、エギルが目指した全ての救済は不可能だった。ただでさえ、当時は90層以下の転移門が停止し、移動手法は高価な回廊結晶のみに限られていた。しかもその効果に人数制限が追加され、95層以降に全ての難民を転送させるのは不可能だった。

 そうしている間にも上層モンスターが続々と下層へと降りてくる。オレ達が到着した時には既に第1層に50層クラスのMobが跋扈し、復活したネームドがはじまりの街を襲って根城にしていた。エギルは全資産をコルに換えて回廊結晶を集めたが、それでも救えるのは数十人だった。それどころか、エギル自身のそうした救いすらも争いの種となり、僅かな安住の地を求めて難民キャンプ同士の争いは……いや、『戦争』は激しさを増した。

 やがて……その争いの中で孤児院を経営していたサーシャさんと子どもたちが別の難民キャンプの暴徒に襲われて死んだ。理由は……子どもたちが真っ先に回廊結晶によって安全圏が残る95層の街に運ばれると聞いた連中が、少しでも『救いの切符』を得られる確率を高める為、そして子供達を食べさせる為に残されたわずかな食料を狙っての凶行だった。

 

『もう無理だ。分かってるはずだ、【渡り鳥】……いや、クゥリ。偽善者共にはできないなら、ここら辺で俺達で「間引き」をしてやろうじゃないか? 明日の正午には80層のモンスターが1層に到着する。そうなれば、どれだけお前やエギルが強かろうと待つのは虐殺さ。それまでにエギルの野郎が買い集めた回廊結晶で上層に連れていけるのはせいぜい200人。難民キャンプの総数が800人。エギルはくじで抽選するつもりらしいが、納得するわけないだろう? 外れれば自分が死ぬんだからな。明日はモンスターの前にプレイヤー同士で「200人」になるまで殺し合いさ』

 

 オレは尋ねた。殺戮を発案したのはPoHだが、それのゴーサインを出したヤツは別にいるのだろう、と。

 

『ああ、簡単さ。「何故か」200人ぴったりの難民キャンプがある。そこの指導者様からのご依頼を俺が持ってきてやったわけだ』

 

 オレはそれ以上何も言わなかった。ただ……その日の夜に救われると『決まった』難民キャンプ以外の、過激派とされる連中を『リスト』通り殺した。オレの担当は50人、PoHが50人の計100人を殺した。

 いずれも死んで当たり前の蛮行に手を染めたヤツだ。煽動して争いを引き起こしたヤツだ。正義感を掲げて殺し合いを助長させたヤツらだ。『リスト』の連中を殺せば、確かに転移の時に他の難民キャンプの連中が押し寄せて来ないだろう。大半の人間ははじまりの街から旅立つこともできない程に臆病なのだから。

 全てが終わり、滞りなく、くじの必要も無く『200人ぴったり』を95層に移動させられた事に驚くエギルに、オレは全てを明かした。

 あの日を境に、オレと彼の……SAO中期から続いた関係が壊れた。彼が怒り狂ったのは仕方ないだろう。自分が救わんとした人々は『誰か』が自らの保身の為に他の難民キャンプを犠牲にした……『選ばれた子羊』だったのだから。

 確かにPoHの悪意は介在したが、オレはあの『間引き』が必要不可欠だったと今でも言える。事実として、SAO生存者438名の内の200名は『選ばれた子羊』なのだから。

 それに、オレが殺したのは死んで当然の連中だ。それでも……彼らも生き残る為に抗っていただけならば、オレが腐敗コボルド王戦で合理的な判断に基づいて2人も殺した事と何が変わるのだろうか? いや、むしろ殺す事で飢えと渇きが満たされるオレの方が『人』から逸脱しているのではないのか?

 ただ単純に……オレは『殺したかった』だけじゃないのか?

 教えてくれ。オレは足跡の先にいる2つの白黒の人影、その内の1つへと問いかけるように手を伸ばそうとして、嘲笑と共に止めた。

 白黒の人影の1つはサチだ。彼女は水路の通路、橋の下で膝を抱えている。そして、もう1人は……やはりオレが良く知る黒衣の男だった。




主人公のトンデモ過去の暴露回……のはずが、思えば「あ、そうなんだ。で? それが何か問題?」と切り返されるだけの事を散々やらかした後でした。
ちなみに、本作はまだ【天敵】ルートに入っていませんので、ご安心ください。

ルート一覧
【英雄※消滅済み】【天敵】【死神部隊】【赤い鳥の後継】【平和な堕落者※消滅済み】【????】【????】【????】【????】【????】

それでは、114話でまた会いましょう。

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