SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

114 / 356
今回は本来1話分だったものを分割したので短めです。
1話としては長すぎて、区切りのいい場所で分割すると一方の文字量に不満が残る。ちょっとしたジレンマですね。


Episode13-11 嘘と秘密

 2つの白黒の人影。1人はサチ、もう1人は『アイツ』。

 やはりか。半ば諦めていたとはいえ、こうして正面から、月夜の黒猫団に属していた『アイツ』を見る羽目になるとは思わなかった。

 白黒のサチと『アイツ』は水路の傍、橋の下で互いに腰を下ろし、何やら語らい合っている。それはノイズが走り、十分に声を聞き取る事ができない。だが、他でもないサチ自身が会話の内容を憶えているはずだ。

 

「何があったんだ?」

 

 短く、オレはサチに問う。彼女にとって大切な思い出の1つのはずだ。ならば、他でもないサチが記憶しているはずだ。

 

「……逃げたかったんです」

 

 何から? それは言わずとも分かるような気がした。だが、オレはサチの言葉に黙って耳を傾ける。

 

「デスゲームから、SAOから、月夜の黒猫団から……何もかもから、逃げたかったんです。死ぬ勇気も無いくせに。行く当ても無いくせに。駄々を捏ねる子どもみたいに、皆に何も言わずに飛び出して、心配をかけて、挙句に『あの人』に見つけて貰って、ホッとしていたんです」

 

 逃げたかった、か。オレは自分がSAOでデスゲーム……いや、『殺し合い』に歩み出した時を思い出す。

 茅場によって宣言された仮想世界への幽閉とアインクラッドの完全攻略という現実世界への帰還の条件。当時のオレはそれを素直に信じる事ができず、現実逃避をするような楽観視ですぐに救出が来ると思い込んでいた。

 だが、1日1日が経つ度に、自分と同じようにはじまりの街に引き籠る人々の顔に絶望が濃くなる度に、オレはそれがいかに甘い展望なのか、すぐに思い知らされた。デスゲーム開始から1ヶ月で2000人が死んだ事を知った日、オレは戦う道を選んだ。

 自分がこのまま街の中、宿の中で怠惰に外部の救出を待ち続けるのは、静かに1歩ずつ断頭台へと歩むのと同じだと気付いた。何よりも自分自身が腐っていくのが堪らなく我慢できなかった。

 たった1人で前情報が圧倒的に不足したアインクラッドの冒険に旅立つのは、さすがに恐怖があった気がする。だが、それも最初の1歩を踏み出した瞬間に吹き飛んだ。その後の顛末と言えば……まぁ、色々あり過ぎて余り思い出したくないな。特にイエロープレイヤーに転落した時期は本当に大変だったし。

 

「ねぇ、クゥリ。SAOを生き抜いたんだよね? だったら、あの世界に私たちが囚われた意味、ゲームなのに本当に死なないといけなかった理由、茅場は何がしたかったのか、答えられる?」

 

 それは、きっとサチがこの場所で、今まさに白黒の2人が語らう内容の1部なのだろう。オレはサチを連れて彼らの頭上、橋の上に移動する。そして、橋の柵にもたれると天上を覆う偽りの空を見上げる。

 サチが求める答えは、オレの推測や現実世界の帰還後に得たSAOの裏事情などではなく、もっと概念的な物なのだろう?

 

「知ってどうする? サチはオレの答えを聞いて、それで満足なのか?」

 

「クゥリの答えが聞きたいの。『あの人』は、全てはもう終わっている事って答えてくれた。でも、それはきっと『あの人』の優しさの言葉だから」

 

「だったら、それで満足しろよ」

 

「でも……聞いておきたいの」

 

 オレは白黒の2人が動き出す気配を感じた。彼らを追わねばならないだろう。恐らく帰る場所はあの宿屋だろうから追跡は不要だろうが、万が一という事もある。

 サチの縋るような眼差しに根負けし、オレは彼らを追いながら口を開く。

 

「茅場は欲しかっただけだ。自分の世界がな。それ以上もそれ以下もねーよ。オレ達はあの野郎が欲した夢の世界の住人にされただけだ。だが、茅場は分かっていた。夢はいつか醒めるから夢なんだ。だから……自分がラスボスになって、いずれ現れる『英雄』によって斃される事で、夢の世界が終わる事を望んでいた」

 

 単純にアインクラッドという完成された世界に『命』を吹き込みたいならば、ゲームなんて体裁を取っ払えば良い。だが、茅場はそれを認めなかった。ゲームという枠組みで、力の限り抗えば現実世界に戻れるという、自分が作り上げた世界に終わりをもたらす手段を準備していた。

 それはゲームクリエイターとしての茅場の意地ではなく、彼自身が心の何処かでアインクラッドという夢の終わりを求めていたのではないだろうか?

 

「茅場はきっとアインクラッドの『先』が見たかったんだろうな」

 

 満足したか? オレは視線でサチに問いかけるが、彼女は何も答えなかった。だが、オレの言葉を咀嚼するように、サチは小さく頷いた。

 これはオレの結論であって、他のヤツには別の見解があるだろう。より茅場に近い思考を持つ『アイツ』ならば、より正確に茅場の心情を答えられるだろう。

 だが、少なくとも茅場が望んだアインクラッドの『先』に、このDBOが存在しているのは決して覆らない事実だ。

 茅場は【人の持つ意思の力】を肯定し、後継者は否定した。その諍いがこのDBOを生み出したのだろうとオレは思い込んでいたが、きっと過程が異なる。恐らく、元々準備していたDBOを用いて、2人は【人の持つ意思の力】について、どちらが正しいのか決着をつけるつもりなのだ。

 そうであるならば、DBOは何の為に生み出されたというのだ? どう考えても、この世界はあの美しいアインクラッドとかけ離れている。茅場の理想の具現化ではない。

 いや、1つだけヒントがあるか。この世界にだけ存在する『命』あるAI達。現実世界の科学者たちが知れば、度肝を抜かすだろう電脳の生命。彼らこそがこのDBOの真実の最も近い場所にいるはずだ。

 ならば、いずれ来る決着の日、ダークライダーの口からDBOの真実を聞ける日が来るかもしれない。

 

「そろそろハッキリさせておくべきかもな」

 

 だから、オレは白黒のサチと『アイツ』が宿屋の中に消えた事を見届けると、覚悟を決めて呟く。オレ自身が生き残る為に。

 これまでずっと遠回しにし続けていた秘密。それに手を伸ばす時間がやって来たのかもしれない。このまま引き延ばし続けていれば、それは致命的な取り返しの付かない事態となるような気がする。

 

「教えてくれ。あの剣士が吐いた嘘って何なんだ?」

 

 サチは全てから逃げたかった。それを踏み止まらせたのは『アイツ』が彼女を見つけ、そして救いの言葉を口にしたからだろう。そうでなければ、嘘を吐き続ければサチがあれ程までに『アイツ』を守ろうとするはずがない。

 だが、それこそがサチの記憶……クリスマスダンジョンのコンセプトそのものである気がしてならない。

 茅場の後継者のどういう意図かは知らんが、やはりこのクリスマスダンジョンは『アイツ』が攻略する予定だったとしか思えない。ならば、『アイツ』の心を抉る為のトラップそのものがこのダンジョンであると考えるのが自然だ。そうでなければ、何故わざわざサチの記憶を再現せねばならない?

 一瞬だが、サチの顔に迷いが過ぎる。だが、それも呑み込んでサチは唇をゆっくりと開いた。

 

 

 

 

 

「レベルさ」

 

 

 

 

 だが、それよりも先にサチの声を遮って真実を告げる者が現れる。

 それはいつからそこにいたのか、宿屋のドアにもたれかかる1人の男だ。サチの部屋で見た写真に写る1人……という事は月夜の黒猫団のメンバーなのだろう。

 

「やぁ、俺は【ササマル】。サチはもちろん知ってるよな? でも、アンタとは初めてだからさ、【渡り鳥】」

 

 ササマルと名乗る月夜の黒猫団の亡きメンバーは笑顔で自己紹介をする。どうやら、コイツはテツオと違ってオレ達を騙して不意打ちしようという意思は無いようだ。

 

「てっきりあのビーターが来るものと思ったけど、やっぱり運命ってのは思い通りにいかないもんだな」

 

 溜め息1つに、ササマルは肩を竦める。その姿はSAO寄りのファンタジー調の防具ではなく、テツオと同じように学生服だ。アインクラッドの風景に馴染まない為か、周囲の風景から浮いて見え、また決して触れられないズレがあるように感じられる。

 息を飲むサチの前に立ち、彼女を庇うようにしてオレは鉈を抜く。テツオと同じならば、呼吸をするように、まるで自然と攻撃を仕掛けられる。油断しないに越した事は無い。

 

「そう言えば、ビーターの嘘の話だったな。要は俺たち全員、あいつのお遊びの道具だったわけさ。自分のレベルを隠して、なのに強さをひけらかして、仲間面をして攻略組を目指そうなんて言っていた大ペテン師さ」

 

「……違う! 違うよ、ササマル! 確かに『あの人』は嘘を吐いたかもしれない。でも、私達を玩具みたいに思ってたわけじゃないの! ただ……ただ、受け入れてもらえないかもしれないのが、怖かっただけなの!」

 

「そうかもしれないな。でも、怖くても1番隠しちゃいけない部分を隠したのも本当だろ? そして、サチ……それはお前も同罪だ。この卑怯者が」

 

 サチの反論はササマルの睨みによって押し込まれる。

 やはりか。仲間から殺気の籠った言葉と視線を向けられて動揺し、怯えるサチを背中に隠しながら、恐れていた通りだったかとオレは半ば無念に近い感情を抱く。

 嘘吐きの剣士。サチは『アイツ』がそう呼ばれる事に激昂し、また嘘を吐いている事も把握していた。つまり、『アイツ』が嘘吐きであると生前から知っていた事になる。だが、一方で月夜の黒猫団の壊滅の原因は『アイツ』の嘘であると鍵の説明文には書かれていた。そこには茅場の後継者の悪意が注ぎ込まれていたとしても、根本の部分で『アイツ』を心理的に追い詰める為ならば、全くの虚言であると断じることはできない。

 以上の事から推測できるのは必然、サチは『アイツ』の嘘を知った上でそれを仲間に伝えず、遠因であれ何であれ、嘘は月夜の黒猫団の壊滅に繋がる一因になったという事だ。

 

「だからサチ、償いたいなら『待ってて』やるよ。俺達は仲間だからな」

 

 言葉を失うサチへと笑いかけ、ササマルは腰からナイフを抜いた。そして、それはオレ達に向けられることなく、一切の躊躇なく自らの首を貫く。

 テツオ同様に本物の肉体のように出血し、ササマルは笑いながら斃れる。石畳の上に広がる血がオレの足下にまでたどり着く。

 

「ひ……ぐひひ……そ、うさ……ダれも……逃れ、らレナイ。サチ、お前だって同ジさ……俺達と同ジ、偽リの――」

 

 それを最期に、ササマルは数度の痙攣を繰り返して動かなくなる。オレは念のために鉈で彼の心臓を背中から突き刺し、死んでいる事を確認してからうつ伏せに倒れた遺体をひっくり返す。

 首を真横から貫き、なおかつ捩じって傷口を広げるという、確実な死傷を狙った自傷。テツオの時もそうだが、どうにも月夜の黒猫団の連中は死と痛みを恐れていない……いや、耐性が付いているようにも思える。

 テツオも含めて、何かカラクリがあると考えるべきかもしれない。オレはササマルの首に紐が下げられている事に気づいて引っ張ると、衣服の中に隠された鍵を発見する。紐を引き千切って鍵を手にすると、前回の迷宮区と同様に霧がオレ達を包んだ。

 戻って来た。霧が晴れるとオレ達は司書室の前、図書室の受付カウンターの先にいた。そこには依然としてテツオの死体が横たわっている。

 

「何なの……いったい何が起きてるの? みんな、どうしちゃったの?」

 

 頭を抱えてしゃがみ込むサチを見て、ここら辺が限界かとオレは判断する。これ以上無理にダンジョン攻略を推し進めようとすれば、サチの心が壊れてしまうかもしれない。

 時刻は午前3時前。オレも耐えられこそするが、眠気が疲労感となって蓄積していない訳ではない。ましてや、連戦と慣れない護衛の疲れは集中力の欠如を及ぼしかねない。それはソロでは致命的な隙を生むだろう。

 

「少し休むぞ。立て。立つんだ、サチ」

 

 さすがに呪縛者2体と戦い、なおかつテツオの死体が転がる図書室ではまともに休む事も叶わない。オレは座り込んで動けずにいるサチの腕をつかんで強引に立たせると、自失寸前の彼女を引っ張り、何処か休める手頃な教室は無いかと探そうとする。

 だが、次の瞬間にサチがオレの手から鍵を掠め取った。

 

「私……休んでなんかいられない。ごめんね。クゥリを、こんなひどい世界に巻き込んだのは……やっぱり私のせいみたい。テツオとササマルがいるなら……この世界の何処かに【ダッカー】とケイタも居るはず。もう……もう死なせたくない。だけど、これ以上クゥリを巻き込めない。だから……だから!」

 

 ヤバいな。恐慌状態のサチは鍵を握りしめて後ずさる。オレは落ち着かせるように、鉈を鞘に戻してから慎重に1歩近寄る。

 

「サチ、深呼吸しろ。冷静さを忘れるな」

 

「私は冷静だよ! でも、ササマルが言った事は……本当なの。私は『あの人』がレベルを隠していて、たくさんの情報を教えないでいて、月夜の黒猫団の皆を騙していることを知っていた! 1人だけ、『あの人』のレベルが高い事を知っていて、安心していた卑怯者が私!」

 

 泣きながら叫び散らすサチに、こういう時にどう宥めたら良いのか経験上知らないオレは大いに冷や汗を掻く。とにかく、サチをここで暴走させれば待っているのは最悪の結末以外に思い浮かばない。それだけは阻止せねばならない。

 

「『あの人』のせいじゃない! 誰よりも仲間を裏切っていたのは私! 皆に真実を言ったら、『あの人』を詰るんじゃないかって、そうすれば、『あの人』が月夜の黒猫団からいなくなるんじゃないかって、身勝手に怯えて、嘘を隠したのは誰でもない私なの!」

 

 サチの悲痛な叫びは、彼女が感じ続けていた自身への負い目、罪悪感その物なのだろう。

 それを癒す言葉をオレは知らない。オレ自身が罪の塊のようなものだ。何を口にしても説得力の無い。

 だから、オレにできるのは1つだけだ。スタミナを消耗する事を覚悟でラビットダッシュを発動させ、瞬時にサチの間合いに入り込むと槍を弾き飛ばし、その喉をつかんでソードスキルで得た推力のままに床を滑って彼女を本棚へと叩き付ける。

 

「いい加減にしろよ? オマエが嘘を隠していようといまいと関係ねーんだよ。オマエらが死んだのは誰のせいでもない、月夜の黒猫団が弱かったからだ。それを好き勝手に『アイツ』がレベルを隠したからだの何だの言いやがって」

 

 サチの喉を潰さないように最大限に注意しながら締め、オレはSTR任せに彼女の足を床から浮かす。ジタバタと足掻き、必死に喉をつかむオレの手を引き離そうとサチの爪が腕に食い込んでいく。

 

「あの世界は油断したら死ぬ。弱かったら死ぬ。戦えなければ死ぬ。騙されれば死ぬ。それだけだ。それだけだったんだ」

 

 お笑いだ。結局、オレにできるのは力で捩じ伏せることだけだ。サチの感情を無視し、応急処置ですらない暴力による屈服を強いる事だけだ。

 サチを解放したオレは怯えて震える子猫にする為だけに、冷徹な眼でむせる彼女を見下ろす。

 

「死にたければ独りで突っ走れ。冷静さを欠いたヤツから死ぬだけだ。生きて、サチが『サチ』だって答えを見つけたいなら、オレに従え。言ったはずだ。守りきるとは口が裂けても言う気はねーが、傍にいるなら火の粉くらいは払い除けてやる」

 

 鍵をサチから奪い取り、オレはわざとテツオの遺骸を蹴飛ばす。仮想世界のアバターでありながら、血と肉と骨が精密に再現された彼の体がサチの目の前に、死の沈黙を湛えて転がる。

 オレの蹴りで陥没し、割れた頭部から赤黒い体液を流すテツオの虚ろな瞳と目があったのだろう。サチは小さく悲鳴を上げて息を呑む。

 

「そうなりたいか?」

 

「なりたく……ない。死にたくない。死にたくない死にたくない死にたくない!」

 

 サチの悲痛な叫びに、オレは背中を向ける。付いてきたければ勝手にしろ、と言うように。

 狙い通り、サチはオレが図書室から出ると後を追ってきた。ローブの裾を握りしめ、槍を杖代わりにするサチは、きっと死とオレへの恐怖で何とか精神を保っているだろう。

 この手が使えるのは1度まで。次に破綻する時は、死すらも彼女は許容してしまうだろう。

 

 

『お母さん、何でマシロは死んだの? 何で殺されないといけなかったの? ただ、頑張って生きてただけなのに』

 

 

 ああ、今日は本当に多くの事を思い出す日だ。

 脳裏に過ったのは、幼き日の問いかけ。初めてのトモダチの死。

 彼女はただ生きたかっただけだったのに。

 でも、それは許されなかった。

 

 弱さは罪だとしても悪ではない。それは誰より知っていたはずなのに。オレはいつから強さだけを信じるようになったのだろう?




少しサチに厳しい展開になってきましたが、彼女の内面に触れるエピソードでもあるので、もう少し心を抉っていこうと思います。
一応言っておきますが、筆者はサチが嫌いではありません。泣いたり、痛い目に遭っている姿が可愛いなぁ、とかも思っていません。

それでは、115話でまた会いましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。