SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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思えば本作でプレイヤーが頑張って攻略しようとしているゲームはSAOではないので、タイトルにSAOが付いているのは不適確かもしれません。
この際『デスゲームより、茅場の後継者から愛をこめて』とかいうフランス映画風のタイトルにすべきなのではないかと最近悩んでいます。

スキル
≪隠蔽≫:完全に静止している状態で使用可能のスキル。他プレイヤーやモンスターの視界から完全に消える。≪気配遮断≫の上位スキル。
≪認識阻害≫:プレイヤーの容姿や音声にノイズをかけるスキル。≪気配遮断≫の上位スキル。
≪狙撃≫:射撃属性の物理攻撃のみに発動するスキル。このスキルを使用した射撃攻撃は対象がスキル使用者を未認識の状態に限り、相手の防御力を無視したダメージを与えられる。ただし、通常よりも2倍の威力の距離減衰が発生する。

アイテム
【解毒の燻製虫】:毒の葉を食む芋虫の燻製。毒を喰らうが故に毒の耐性を持つ芋虫を食せば、微弱な毒ならば治癒させる事が出来るだろう。しかし、芋虫の小ささでは1度食しただけで解毒効果を発揮するかは疑問が残る。
【解麻痺の燻製虫】:死肉を貪る百足の燻製。麻痺の唾液を持つ百足の燻製ならば、微力ではあるが麻痺を治癒を促進させる効果がある。だが、百足の小ささでは1度食しただけでは効用は発揮されるか疑問が残る。
【覚醒の燻製虫】:死にかけの生物の脊髄を啜る蜘蛛の燻製。獲物を深い眠りに落とす牙をもつ蜘蛛を食べれば、望まぬ弱き睡魔に打ち勝つ事ができるだろう。だが、蜘蛛の小ささでは1度口にするだけで眠気を消せるか疑問が残る。



Episode3-2 晩餐会で知略は回る

 終わりつつある街は、その大半がボロボロになった建物であり、いずれも応急処置が施された物ばかりだ。

 夕暮れになれば、今日も今日とて意味もなく修復作業を行うNPCの、重そうな金槌を振るう音が聞こえてくる。

 だが、この終わりつつある街にも幾つか立派な建物がある。その1つがバランドマ侯爵の屋敷だ。バランドマ侯爵は何を理由に『侯爵』と名乗っているのかは知らないが、終わりつつある街の領主の真似事を行っている。罪人の管理などはその代表例だ。とは言え、オレが打たれた薬などを開発している背景を考えるに、まともなNPCとは到底思えない。

 そして、後は強い影響力を持つ商人たちの家だ。これらのNPCは等しくイベントを持っているようなのだが、その受注条件がそのNPCの店で多額の買い物をする事であり、命と同じくらいに懐事情にも厳しいDBOではまず序盤に発生させる事は難しいイベントだ。

 

「武装解除っと。コレで良いか?」

 

「う、うむ。その、すまんな」

 

「グリズリーさん。気にしたら負けよ。クーは『アレ』に限っては短気なだけだから」

 

 オレがいた寝室は2階らしく、これから1階にいるZOOのメンバーと会談という名の晩さん会に出席することになっている。武装や防具のような無粋なものは禁止というらしく、オレは改めてウォーピックを解除していた。

 その様子を監視していたグリズリーは、余程オレの制裁が堪えたのだろう。目が泳いでいる。そして、まるで悪気を見せないシノンは、どうやらオレの爆発を日常茶飯事として割り切る事にしたらしい。

 まあ、オレも寝覚めの悪い夢を見て機嫌悪かったしな。恩人にいきなり鉄拳制裁は少しやり過ぎだっただろう。せいぜいラリアット1発程度で済ませておくべきだった。

 

「そういえば、キミ達のリーダーは誰だ? ほら、一応パーティ同士の会談も兼ねてるわけだからな」

 

 グリズリーの問いは尤もだ。大抵のパーティにはリーダー格が必ず存在する。どんなに仲良しこよしの皆同格グループでも纏め役がいるのと同じだ。

 

「あー……ディアベルで良いんじゃねーの?」

 

「そうね。私もクーもリーダーって柄でも器でもないし」

 

「2人とも適当だな。分かったよ。俺が暫定リーダーという事にしてくれ」

 

 オレ達2人の投げやりな回答に、ディアベルは呆れて頷く。それ以上にグリズリーの方が呆気に取られていたようだが。

 思えばオレ達の中途半端なチームワークは指揮系統がしっかりしてなかったせいかもな。これを機会にディアベルにしっかりと指揮を執ってもらおう。

 だが、思えば少しおかしい話だ。オレが第一印象で『リーダー型』と思う程度には、ディアベルは人を率いる魅力がある人間だ。にも関わらず、彼はこれまで自分がリーダーをしようと発言も、その姿勢も見せなかった。

 今回にしてもそうだ。あくまで暫定リーダーと言い放っている。

 それは……まるでリーダーをしたくないかのような……

 

「考え過ぎか。人様の心なんて予想する程度が1番。立ち入りは厳禁」

 

「貴方の発言、時々思うけど本当に前後関係が不明ね」

 

 シノンの適切なツッコミを受けつつ、オレは階段を降りる。グリズリーを先頭に、次をディアベル、オレ、シノンの順だ。

 グリズリーに案内された先はリビングらしく、9人分の食器と椅子が準備されていた。内の5席は既に埋まっている。

 

「目が覚めたようだな。随分と2階で暴れたみたいだがね」

 

 偉そうに、1人だけ他とは違って肘掛け椅子に腰かける男が、ジッとオレを見つめている。

 赤毛で短髪の、現実世界ではスポーツマンだろうことが想像できる、それなりに整った顔立ちの男だ。コイツがZOOのリーダーだろう。

 

「あ、え……す、すす、すみま、せん」

 

 しどろもどろになりながら、オレは何とか謝罪を述べる。いきなり初対面の人間5人+1人とか、オレには難易度が高過ぎる。すぐさま視線でディアベルにバトンタッチした。シノンはその様子を何処か笑いを堪えているようだった。

 リーダー格に着席を促され、オレ達は椅子に腰かける。準備された料理は、いかにも農場のお母さんが作った風のクリームシチューとこの世界では珍しい柔らかそうなパンだ。これだけでコイツらの財布がどれだけ丸々と太っているのか想像できる。

 

「まずは改めて感謝と自己紹介を。俺はディアベル。暫定的だけど、このパーティのリーダーをやっている。この、女の子みたいに見えるだろうけど、正真正銘の男なのがクゥリ。あっちがシノン」

 

 無言でシノンは軽く頭を下げる。どうやら彼女も今回の1件はディアベルに放り投げて食事を貪る考えらしい。そうだよな。面倒事はコミュ力が高い奴に任せて、オレ達は腹を満たす事に専念しよう。

 と、そこでオレは1つの懸念を覚える。SAOでは安全圏での服毒は無理だったが、DBOはどうなのだろうか? そもそも、茅場の後継者が安全圏を準備している時点でオレには見え見えの罠にしか思えないのだが。

 

「なるほど。私は【ダイヤウルフ】。6人パーティ【ZOO】のリーダーをやっている。よろしく頼む。先程クゥリ君の様子を見に行ったのは【グリズリー】だ」

 

「アタシは【レイフォックス】。よろしくね~。一応副リーダーやってるの」

 

 リーダーのダイヤウルフから引き継いで自己紹介したのは、肩が丸出しの格好をした露出度が高い20代半ばくらいの女だ。

 

「それでこっちが……」

 

「【ツバメ】です。よろしくお願いします」

 

 眼鏡をかけた10代後半だろう、知的ではあるがルールにうるさそうな、いかにも委員長タイプの少女が会釈する。名前から察するに、本名でログインしてしまったタイプだろうな。

 

「俺は【キングライガー】だ。パーティじゃ戦斧でダメージを稼ぐアタッカーやってるぜ!」

 

 そう意気込んで発言するにはバンドでもやってる方がお似合いそうな、派手な金髪に赤メッシュをかけた20歳前後の男だ。

 そして、最後に1人だけ自己紹介していない、赤い鍔付き帽子を部屋の中でも被っていて、腕を組んでいる赤コートの男にオレ達の視線が向かう。だが、男は一向に口を開く気配はない。

 

「ゴホン! 彼は【イーグルアイ】だ。まあ、寡黙な男でね。気を悪くしないでくれ」

 

 代わりにダイヤウルフが紹介するも、それが言い終わるや否や、イーグルアイは食事にも手を付けずに退席する。

 何だろう。アレはコミュ障とか孤高カッケーとかいうタイプとは違う気がする。本物の1匹狼のハードボイルドっぽいな。いや、名前は鷲なんだけどさ。何にしても、ああいうタイプは勧誘されたかどうか知らないが、どんな経緯であれパーティを組むとは思えない。

 イーグルアイの後ろ姿を複雑な表情で見送った残されたZOOの面々だが、気を取り直したように食事を始める。まあ、それより先にシノンが既にシチューの半分を平らげているのだが。まあ、確かにここまで来て、わざわざ毒を盛ってPKする必要もないよな。オレの考え過ぎか。

 オレも早速シチューを口にする。なるほど。普通のクリームシチューだ。可も不可もない。それ故に感動を覚えてしまう。

 最近の食事と言えば、パサパサのパンか硬過ぎる干し肉、あるいは味が壊滅的な草と木の実スープだった。それ程までに、この終わりつつある街周辺では食の娯楽は少ない。あの甘味処モドキでさえ、高級料理店だったのだから、いかに普通の食事の物価が高いのかは言わずとも分かるだろう。

 

「それでダイヤウルフさん。俺達に話って何かな? クーの保護の話はもうグリズリーさんから聞いたと思うし、別件……それも北のダンジョンの攻略の事だと思うんだけど、違ってるかい?」

 

 ディアベルにとっても普通の食事は感動的なはずだ。だが、彼は目の前の快楽に流される事無く、本題を早速ダイヤウルフにぶつける。やっぱりオレやシノンよりもリーダー向きだな。

 そもそも食事を口にしていなかったダイヤウルフは力強く頷く。どうやら彼もディアベルの器を気に入ったようだ。だが、その目には対抗心っぽいのもある。リーダー同士、せいぜいどちらが上なのか切磋琢磨してもらえればそれで良い。そもそもディアベルには大したやる気がないみたいだけどな。

 

「ああ。実は明日、終わりつつある街の広場で大々的な発表をしようと思っている」

 

「発表? 一体何を発表するつもりだい?」

 

「……我々が南のダンジョンを攻略した事だ。もちろん、ボスも含めてな」

 

 厳かに発言したダイヤウルフの言葉に、オレとシノンは思わずスプーンをシチューの器の中に落としてしまう。

 南のダンジョンを攻略した? オマケにボスも倒した? 寝言でも言っているのだろうかとも思ったが、オレは彼らが決して冗談を言っている訳ではない、確固たる実績で得られた自信を持っている雰囲気に真実である事を理解する。

 

「ま、待って頂戴! 南のダンジョンを攻略した!? 貴方たち6人で!? そんなの無理に決まってるじゃない!」

 

 だが、ベータテスターのシノンには、彼らの自信だけでは到底受容できるものではなかったらしい。テーブルを叩いて立ち上がったシノンの態度は咎められるものではない。それくらいに、ダイヤウルフの発言は現実離れしている。

 SAOですら第1層を攻略するのに2ヶ月も要した。だが、コイツらは1ヶ月程度で、SAOの第1層に匹敵するエリアの重要ダンジョンをクリアした事になる。

 

「落ち着きたまえ。何か誤解しているようだが、我々だけで全てを攻略したわけではない。それに南のダンジョンのモンスターは人型ばかりで、AIも優秀だが、その分単体か多くても2体で出現する。パーティ最大人数の6人で、しっかり前衛後衛の役割分担をし、十分な回復アイテムさえ持っていれば、確実に攻略する事ができる。我々はレベリングよりもコル稼ぎに終始努め、アイテムによる物量作戦での南のダンジョンの攻略を目指しただけだ」

 

 言うが易く行うは難し。まさにこの事だな。オレはパンを食い千切りながら、コイツらのした頭のネジが外れた攻略法に脱帽する。

 このDBOというゲーム、確かにレベルが設定され、レベルアップの度に得られるポイントをステータスに割り振る事で自身を強化できる。あるレベルまで上昇する事にスキル枠も増加する。

 だが、レベルが1上昇するだけで劇的に強くなる訳ではない。たとえレベル10になっても、安全マージンと呼ばれるレベル帯にいようとも、死ぬ時はあっさり死ぬ。北のダンジョンでめでたくレベル10に達したオレでさえ、VITにろくに振ってないせいで、あの8脚機械蜘蛛のキャノン砲で7割削られてしまった。咄嗟に胴体直撃を避けて左腕を盾にしたのにも関わらずだ。レベルアップの時の無条件HP上昇もあったはずなのにだ。

 つまり、このゲームは敵の火力が高めに設定されている割合が圧倒的に多い。しかもAIは軒並みに優秀で、いずれも一癖も二癖もある攻撃手段を隠し持っている。しかも仲間同士の連携も淀みがない。

 ロジックパターンを読み切れない。それはプレイヤー側からすれば致命的だ。単体ですらもAIは遺憾なく柔軟かつ高度な戦術を繰り出してくる上に、複数になると完璧な連携と戦術を以て攻撃してくる。

 やっぱりこのゲームでソロをやっていくのは危険だな。見返りは馬鹿でかいかもしれないが、常に圧倒的物量で押し潰すのが最も安全だ。

 話を戻すが、要はコイツらは……あるいはダイヤウルフはその点をいち早く感じ取り、戦略に取り入れた。オレ達がせっせと僅かな安全を得る為にレベリングをしている内に金稼ぎで駆けずり回り、回復アイテムと状態異常回復アイテム、武器や防具の強化素材収集に明け暮れた訳だ。

 効率的な経験値稼ぎ以上に効率的な金稼ぎは難しいはずだ。この中の1人か2人、あるいは全員がベータテスターだろう。その情報を最大限に活用してイベントを効率的にこなして金策を行ったに違いない。

 そして、アイテム収集が終わり次第、南のダンジョンに赴く。後はなるべく単体の敵を、きっちりと前衛後衛に分かれて、温存することなく回復アイテムを湯水のように使って攻略していく。同時にダンジョン攻略上、得られる経験値とコルの量は増える為、パーティ全体のレベルも上昇する。更にダンジョンでまだ手付かずのレアアイテムも入手することができるから強化にもつながる。それが結果的に生存率を上昇させる。

 シノンにこの発想ができなかったのは、おそらく彼女の思考がソロとして特化されてしまっていたからだろう。ベータテストの段階でソロだったみたいだしな。

 何にしても、ハッキリ言って頭がイカれてる。デスゲーム開始1ヶ月以内で、ここまで戦略的に動ける奴は頭がおかしい。普通のゲームならまだ分かるが、これは生死が常に天秤で揺れる、あの狂人との殺し合いだ。

 だが、コイツらはやってのけた。そして、現実として南のダンジョンを攻略したのだ。

 

「ボスも貴方達6人で?」

 

「我々も最初はボスの情報だけ集めて戻る予定だった。そこまで過信していなかったからな。だが、どうやら我々の攻略を見て焦って先走っていたソロや少数人パーティが我々に先んじてボスに挑んだらしく、危機的な状況にあったから手助けすべくボスと戦い、勝っただけだ」

 

 ダイヤウルフの表情が優れないところを見ると、助けようとしたソロや少数人パーティは全滅したか、それに近い結果になったといったところだろう。まあ、それでもボスを相手にして自分のパーティはしっかり全員生かしている所を見ると、本当に戦術よりも戦略が重要なんだなって実感するな。

 

「幸いにもボスは一撃重視の物理攻撃しかない動きが鈍いタイプだった。私がメンバーのスタミナ切れを起こさないように全体を指揮し、タンクであるグリズリーが南のダンジョンで得た【二重鉄の大盾】を使って防御に専念しながら燐光草を常時食べて回復し続け、DEXが最も高いイーグルアイがヘイトを稼ぎながら撹乱し、ツバメが遠距離攻撃で確実に削る。レイフォックスは回復アイテムや矢をメンバーに補給する事に専念し、ここぞという時はキングライガーでダメージを稼ぐ。アイテムは空になったが、お陰でボス撃破によるレアアイテムと莫大な経験値とコルが手に入った」

 

 なるほど。マジで大した連中だ。オレは思わず称賛の拍手を送りそうになる。

 というか、ちょっと危ないくらいだな。もしかして、コイツらはオレの知らない何処かでデスゲームに参加してたのではないかって思うくらいに、冷静に対処し過ぎだ。

 

「なるほど。話は分かったよ、ダイヤウルフさん。でも、話が見えないな。それをどうして俺達に話すんだい? 俺達は言うなれば貴方達に救われたプレイヤーだ。まるで貴方の口振りは、俺達に協力を求めているようだった」

 

 ああ、そういえば『実は明日』とかいかにも相談するような前振りしてたな。確かに妙だ。というか、ディアベル細かいな。

 ちなみに気づいていなかったのはオレだけかとシノンに目線で確認したが、どうやら彼女は当然察していたらしい。こうしてオレとシノンのコミュ力熟練度の差が露呈したのであった。

 

「本当は北のダンジョンをボス直前まで攻略して発表するつもりだったが、キミ達を見て確信した。既にプレイヤー側は十二分にダンジョンを攻略できる程に成長している。ならば、前回のように誰かが焦って数も揃えないままにボスに挑むより、いっそ今の内に北のダンジョンのボス討伐隊を組むべきだとな」

 

 言うなればダイヤウルフにとって南のダンジョンのボス撃破は奇跡の賜物。次は確実に倒す為に討伐隊を組み、現状で最大限に準備できる戦力でボスを叩き潰す。

 定石にして最良の策。いつだって物を言うのは物量だ。相応の質が伴っていればの話だけどな。

 

「そこでキミ達には私達の協力者となって欲しい。このDBOの性質上、そう簡単に他のプレイヤーを信頼などできない。だが、最初の切っ掛けさえあれば必ず参加してくれる。キミ達にはその最初の1歩になってもらいたい」

 

「つまり私達をエサにして他のプレイヤーを集めるという事? サクラをやらせるつもりならお断りね」

 

 早速シノンは反対意見を表明する。まあ、シノンの性格からしてそうだよな。

 だが、オレは賛成だ。実際に参加したわけでも見た訳でもないが、SAO第1層を攻略した時も、ボス攻略会議が開かれたらしい。『アイツ』もそれに参加してたらしいんだが、それのお陰で攻略の糸口が見えたらしい。

 それにダイヤウルフのやり方は間違っていない。このDBOで信用と信頼を得るのは並大抵の努力じゃない。そもそも努力で成るようなものとも思えない。

 SAOと決定的に違うのは、既にPKが始まっている事だ。PoHも大喜びの修羅のフィーバータイムだ。そんな状態で大人数のプレイヤーが纏まるのは難しい。だったらダイヤウルフの言うように、サクラを仕込むのもあながち悪い手じゃない。

 まあ、オレは胸の内でダイヤウルフの策に賛成しておく事にしよう。こんな初対面の人間たくさんの前でまともに喋れる自信無いし、リーダーはディアベルだから彼の方針に従うだけだ。

 それに、戦う相手がボスだろうとMobだろうとプレイヤーだろうと、要は生き抜けば良いだけだ。戦って、戦って、戦って、HPを1でも構わないから残して終われば良いだけだ。それ以外は難しく考える必要はない。

 

「……その策、少し待って貰えるかな?」

 

 シノンの反対表明を受けた上で、ディアベルが出した回答は引き延ばしだった。

 当然だが、ダイヤウルフは良い顔をしない。この瞬間にもデスゲームは進行し、死人は増え続けている。一刻も早くこのデスゲームがクリアできるものだと希望を与えるのは、彼にとって何よりも重要な急務だろう。

 

「ダイヤウルフさん、勘違いしないで欲しい。俺が引き延ばしを要求するのは、あくまで北のダンジョンのマッピングを終わらせて、ボス直前まで攻略する必要があると考えたからだ」

 

 だが、ディアベルはどうやら単純に思考する時間が欲しくて先の提案をした訳ではないらしい。その表情にはむしろ活き活きとした、まるで水を得た魚のような力強さが宿っている。

 

「そもそも何で貴方が南のダンジョンを攻略した事を大々的に発表していないのか。多分、俺達が知らないだけで、確実に終わりつつある街では南のダンジョンが攻略された事もボスが倒された事も『噂』という形で広まっているはずだ。貴方の戦略通りにね」

 

「へぇ。イケメンやるねー。惚れちゃいそう」

 

 豊満な胸を揺らしてレイフォックスの唇が吊り上がる。あ、これ男を骨抜きにするタイプの女だ。オレの中で警告レベルが上昇する。この女とは交友を深めたら、異性交際経験ゼロのオレは弄ばれて破滅する。勝手に勘違いして貢いじゃう。

 そして、シノン。お前はお前で何を対抗心持って彼女を睨んでるんだよ。アレか? 胸部装甲を気にしてるのか? 何にしてもオレは関与しないし、察した気配を見せる気もないからな。1人で対抗心を燃やしてろ。あ、でも1つ言っておく。お前レベルが嫉妬するとか、本当に胸部装甲が薄い人間からしたら怒髪天ものだからな。ソースはオレの知人2人。具体的には言わないが、『アイツ』絡みの2人。

 

「貴方がまだ発表せずに噂で留めているのは、北のダンジョンにプレイヤーが殺到しないようにする為だろう? このゲームがクリアできると思わせるのは確かに正しい。でも、それが可能なのは一握りのトッププレイヤーだ。下手にやる気を出した、レベルも経験も装備も中途半端なプレイヤーが北のダンジョンに挑めば、待っているのは犠牲者の増加だ」

 

「そして、それを防ぐ方法は、北のダンジョンのマッピングを終わらせ、ボス攻略だけを残した上で、我々が南のダンジョンの攻略とボス撃破の報せと共に北のダンジョンのボス攻略会議を開く事。そうする事で十分に実力が備わったトッププレイヤーだけを選抜して参加させる事が出来る。正解だ、ディアベル君」

 

 ヤバい。コイツらの知略に付いていけてない。何でも立ち塞がる者はブッ殺せば良いのオレはやはり頭脳労働担当じゃねーな。

 

「それだけじゃないでしょう? 貴方が南のダンジョンの攻略を表明しない理由は、新しいエリアが先に無かったからじゃないの?」

 

 そしてシノンも話に参加し始める。おいおい、本当に止めてください。脳筋ステじゃないのに思考脳筋のオレが惨めになるじゃねーか!

 だが、そんなオレを放っておいて、話は加速度的に進む。

 

「ベータテストの段階では少し強力なMobがダンジョンの最奥に設置されてるだけだった。でも、私の記憶が正しければ先に通じているようなデザインだったはず。なのに貴方は南のダンジョンを攻略したにも関わらず、その先にあるだろう新エリアの事は一切触れていない。ここまで情報が揃えば馬鹿でも分かる」

 

 馬鹿で悪かったな。オレはシノンの澄ました横顔を睨みつつ、パンを食しておく。できればシチューもお替わりしたい。デザートも欲しいな。サッパリとしたフルーツが良い。

 

「そこで貴方は考えたはず。北と南の2つのダンジョンが攻略されれば新しいエリアが開示されるのではないか、とね。違う?」

 

「……どうやらディアベル君だけではなく、シノン君も大した推察力をお持ちのようだ。完敗だ。全面的に認めよう」

 

 両手を挙げて降参を表明するダイヤウルフだが、少しも悔しがっている素振りはない。最初のディアベルへの対抗心から器が小さいと思ってたんだが、存外大物かもな。そういやグリズリーの話じゃ教師だったか? オレみたいな問題児を相手にするなら、そりゃ精神的にもタフで許容量も多くないとやってられないだろうな。

 

「シノン君の言う通り、南のダンジョンの奥には何もなかった。道は続いていたが、霧の壁で塞がっていたよ」

 

「霧? 東西にある、あの霧かい?」

 

「私には同質の物に見えた。やはり、アレは意図的に設置されたエリアを制限するギミックなのだろう。私は新エリアの解放条件が南北のダンジョンのボスを撃破する事にあると考えた。今の状態で南のボスが撃破された事を発表しても、北のダンジョンに殺到するか、新エリアが結局見つからなかった事の絶望で余計に立ち上がれなくなるか、そのどちらかだと考えた」

 

「だけど、俺達をダンジョンで見つけて方針を急遽変更した。既にダンジョンを独自に攻略しているプレイヤーは、自分たちが南のダンジョンを攻略しようとしていた時よりも多く存在する。むしろ今の内にそうしたプレイヤーの意志を統合し、ダンジョンのみならず、DBOクリアという1つの大きな目的意識をより強固に束ね、トッププレイヤーから限りなく犠牲が出ないように組織的にダンジョンを攻略する必要があると」

 

 ……だから高度な会話は止めろ。オレの脳がパンクする。

 ディアベルとダイヤウルフは、何か分かり合った顔で頷き合っているが、もう好きにしてくれ。オレはお前らのやり方に全面的に従うからさ。

 

「デザートです。どうぞ」

 

 そして救いの女神のツバメちゃん。キミは天使だ。給仕のように円卓に座るメンバーと客のオレ達にデザートの……なんか青のゼリーっぽいものを並べてくれる。見たところZOOで最年少のようだし、部活動における1年生みたいにいろいろと雑用も担ってるのかもしれない。

 ゼリーっぽい見た目通りのデザートは、まさにゼリーのような触感をした、羊羹だった。ここまで来たら味もゼリーっぽくしろよ!

 

「そこで先程の提案なんだけど、俺達がボス前まで攻略する。その間にZOOの方々には攻略に参加できそうなプレイヤーに会議参加の勧誘と可能な限り回復アイテムの収集をお願いしたいんだ」

 

「ふーん。なるほどねー。確かにアタシ達の方が人脈がありそうだし、財力もある」

 

「それに俺らがたっぷり蓄えた回復アイテムを攻略参加プレイヤーに借用で売りつけておけば、実力はあるけど金がないプレイヤーも、回復アイテムの在庫が無いからって二の足を踏む必要もなくなるってか? しかもボス撃破すりゃ大量のコルが皆に入るから借用分もすぐ戻って来て俺達が損する事はない! いや、いっそ利子も付けちまえばむしろプラスになる! スゲーな!」

 

 頼む金髪赤メッシュのパンクお兄さん。キミまで頭の良さそうな発言をしないでください。オレ凹みますから。

 ダイヤウルフは考えるように口元を手で隠す。だが、それも数秒の事。すぐに大きく首肯した。

 

「その作戦で行こう。ではディアベル君達に北のダンジョンの攻略を任す。具体的に今のキミ達なら何日程度でボス部屋までたどり着けるだろうか? それを目途に準備を進めたい」

 

 確かにその通りだ。ダイヤウルフの質問に対し、ディアベルはベータテスターであるシノンに目で尋ねる。

 

「単純にボス部屋までなら私達のペースなら7日間。マッピングして、安全ルートを割り出すのに更に3日間。合わせて10日間って言ったところね」

 

「たった10日間か。3人パーティなのに頼もしい限りだ」

 

「ええ。何せ、私達には無茶と無謀と無理をしても生き抜いてくれそうな奴がいるからね」

 

 明らかにオレを見ながら、シノンは自信ありげに言い放つ。何気に負けず嫌いだよな、シノンってさ。

 まあ、期待されているならば、期待を裏切る寸前くらいまでの働きはするとしよう。ほら、オレってVITにほとんど振ってないから、HPの低さがヤバいし。

 オレはゼリー羊羹を食い終わると、とりあえず明日から気張ってダンジョン攻略に励むとしようと、大天使ツバメちゃんに誓った。

 




オマケ≪今日も今日とて暇を持て余す茅場の後継者さん≫


茅場の後継者(以下KK)「デスゲーム開始から約1ヶ月経ったね。沢山プレイヤーが死んで、ボクちゃんウルトラハッピー(*`▽´*)」

KK「茅場さんには悪いけど、最初のエリアはSAOみたいに2ヶ月でクリアなんてさせるつもりはないよ。ボス1体を倒すのに半年はかかるだろうねヽ(゜∀゜)メ(゜∀゜)メ(゜∀゜)ノ」

システム『報告です。南のダンジョンのボスが撃破されました』

KK「( ゚д゚)」

KK「(つд⊂)ゴシゴシ」

KK「(;゚ Д゚)」

KK「そんな……馬鹿な……ボクの設計は……完璧だったはずだ(´;д;`)」

何処かにいる茅場さん(以下何処茅)「フフフ。ベリーハードモードの鬼畜ゲーだろうと糸口さえみれば瞬く間に攻略してしまう。それがゲーマーというものだよ。まだまだ勉強が足りなかったねKK君(´_ゝ`)」

KK「くっそー! まだ攻略されていない内に北のダンジョンの難易度をもっと高く設定して、あとトラップとかも倍増しておかないと(。´Д⊂)」

何処茅「ダメだよ。それはルール違反だ。だからしっかりベータテストしなさいって言っただろう? キミは昔からサプライズにこだわり過ぎなんだよ( ̄□ ̄#)」

KK「(´・ω・`)」

何処茅「ほら、落ち込んでないでまだプレイヤーが来ていない内に他のエリアやイベントの調整確認をしておきなさい。少しくらいなら手伝ってあげるから(ゝ∀・)」

KK「そうだね! まだゲームは始まったばかりだ。よーし、これから頑張って懇切丁寧にプレイヤーの皆様をサプライズしながら苦しめてやるぞ(≧∇≦)」

何処茅「その意気だ、KK君d(^^*)」

KK「ありがとう、茅場さん! お陰で元気が出たよ(*´▽`*)」


~Fin~


↑は本編とがっつり関係があります。特に気にしないでください。
では、第13話でお会いしましょう。

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