SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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ボス戦、開幕です。

スキル
≪再起≫:スタン時間を減少させるスキル。
≪畜産≫:特定のモンスターを飼育することができるスキル。

アイテム
【失楽園の鍵】:遠き昔、妖精たちの王国があった。妖精たちは時に争い、時に手を取り合いながら、王の下で自由を謳歌した。だが、古き災厄によって王国は滅びに向かい、騎士を率いる王は宮殿の奥に消えた。そして、妖精たちは災厄に呑まれ、朽ちた。
【甘い青の粉】:舌にこびり付くほのかに甘い粉。使用者の意識を朦朧とさせ、夢見心地にさせる。その製法は古い神を信奉する1部の呪術師の間にのみ伝わっており、本来の用途はこれを使う事により、内なる信仰を覗き見る事にある。だが、世の常として物とは望まれる形でのみ使用されないものである。


Episode13-17 聖夜の戦い

 3対の白翼を持つ天使は滑空し、オレへと襲い掛かる。

 武器らしきものを持たない天使の攻撃手段は格闘攻撃だろうか? 判断するには早過ぎる。オレは足下の雪を意識しつつ、バックステップを踏んで距離を取る。さすがにスピードがある相手だ。間合いの取り方を間違えるわけにはいかない。

 距離にして3メートル。互いに踏み込める間合いに入った瞬間、天使の2対の腕、それぞれの手に氷の結晶が生まれた。それは瞬く間に武具へと変貌する。

 下の両手には剣、上の右手には槍、上の左手には斧を形成する。なるほど。氷で武具を精製する事ができるのか。

 氷という事は水属性攻撃か、はたまた純粋な物理属性か。オレは天使が振るう剣を掻い潜り、腹を薙ごうとするが、槍で振り払われ、撤退を余儀なくされる。

 雪を舞い上げながら滑り、再度張り付こうとするオレに対し、天使は翼で自身を覆う。繭のように閉じこもったかと思えば、周囲に5つの青い光の塊が出現した。

 ぞわりと首筋を悪寒が撫でる。オレは背後へと姿勢を崩し、そのまま背中から雪へと倒れる。一瞬遅れで、青い光の塊から極太のレーザーが開放される。更に、青い光の塊は天使を中心に周回し、レーザーで周囲を広範囲に薙ぎ払った。

 再び天使は翼を広げてその身を晒す。恐らく、あの青のレーザーはソウル系の魔法に近しいのだろう。だとするならば、魔法属性による高威力攻撃と見るべきだ。

 発動までは約1秒ってところか。姿勢を屈めるか跳躍すれば回避できそうであるが、跳躍の場合は滞空中にレーザー攻撃が終わっていなければ落下中にダメージを負う危険性がある。ならば、屈んだ方が回避は確実だろう。

 再度オレは突撃し、天使と接近戦を試みる。だが、天使はふわりと浮いて後退すると、剣で十字を作る様に構える。すると、天使の周囲に氷の礫が次々と生まれ、それは氷柱と化し、弾丸のようにオレへと飛来する。

 凄まじい連射で氷柱はオレを追尾しながら飛び、地面に着弾する度に氷の柱を立ち上げる。それはオレの自由な移動を阻害し、徐々に回避ルートを絞っていく。

 命中かガードすれば削り殺され、回避すればフィールドに障害物の発生か。厭らしい攻撃だ。だが、この程度ならば十分に対応できる。

 まずはスタミナを温存しつつ、情報の収集に撤する。そう方針を決めたと同時に、天使はもはや瞬間移動とも言うべき加速でオレの正面に立つ!

 

「なっ!?」

 

 振るわれた斧を辛うじて鉈で逸らすも、追撃の槍は横腹を掠める。HPが僅かに削れ、更に連撃の双剣が鉈のガード越しにオレを衝撃で揺らす。

 ふざけた加速だ! ラビットダッシュ以上じゃねーか! 舌打ちするオレだが、天使は更なる猛攻を仕掛ける!

 片手剣の基本的ソードスキル、レイジスパイク。片手剣による単発突進型ソードスキルを発動させ、後退したオレの心臓へと天使は右手の剣を突き出す!

 咄嗟に鉈をその場に捨て、黎明の剣を抜いて絡め取る様にしてレイジスパイクの突きを捌き、足下に落ちる寸前の鉈の柄を蹴り上げる。

 1秒未満の刹那の攻防。突進型ソードスキルに対するカウンターを、オレは逆手でキャッチした鉈の斬りつけで決める。

 

「ソードスキル持ちのボスか。珍しくねーさ」

 

 むしろ問題なのは斬った手応えだ。

 硬過ぎる。打撃属性と斬撃属性を両立させた≪戦斧≫である鉈でもまるでダメージを与えられた感覚が無い。事実として天使のHPは微動もしていない。

 打撃属性も斬撃属性も通じないならば、刺突属性だろうか? オレは鉈を1度鞘に戻し、黎明の剣に切り替える。高い刺突属性を持つ槍や刺剣があればより効果的であるのか調査できるのだが、両手剣の突きでも十分に代用可能だ。

 天使は3対の翼の内の2対を羽ばたかせて突進してくる。槍の連続突きを黎明の剣で弾き、更に斧の横振りを屈んで回避しながら足払いするように蹴りで雪を抉りながら体を回転させる。浮遊する天使に足払いは通じないが、舞い上げた雪が一瞬だが視界を潰したはずだ。その隙に胸部へと片手突きを放つも、双剣を交差してガードされる。

 途端、オレは雪の壁の中、翼が帯びている山吹色の光、それが強まるのを感じ取る。サイドステップを踏んで追撃を諦めて距離を取ると同時に、使用されていなかった翼から山吹色の光を帯びた羽が弾幕となって射出され、天使の前面をほぼ埋め尽くす。

 

「面攻撃持ちか」

 

 厄介だな。連射性能の高い氷柱、面制圧能力が高い羽、そして360度周囲を薙ぎ払うレーザー。射撃攻撃が充実している。特に面制圧攻撃は単発威力こそ低いだろうが、確実にHPを削る上では有効な攻撃手段だ。

 回復アイテムさえ充実ならば、多少のダメージ覚悟で飛び込んででも斬り込めるのだが、回復アイテム不足のせいでそれが出来ない。

 接近すればソードスキルを使用する上に、多腕を活かした近接攻撃。浮遊によって雪に足を捕らわれることなく移動でき、なおかつ目にも留まらぬ瞬間加速も可能とする機動力。

 残りの火炎壺は2つ。ここで確認しておくか。オレは再び翼で身を覆い、薙ぎ払いレーザーを放つ天使にスライディングで雪を蹴りながら接近する。

 レーザー攻撃後の翼を展開した一瞬に、強引に黎明の剣を押し込む。切っ先は天使の双剣を潜り抜け、その胴へと命中するも、手応えは先程の鉈と同じで、まるで効果があるとは思えない。

 天使は≪槍≫の回転系ソードスキル【リニア・ゲイル】でオレを牽制する。両手で持った槍による周囲を薙ぐソードスキルの緑の光が顎先数センチを通り過ぎた。だが、リニア・ゲイルの恐ろしさはソードスキル後の硬直がほぼ無い事だ。追撃の突きが左耳を掠める。

 バックステップを踏みながら火炎壺を投擲する。それを天使翼を盾にして直撃を防ぐ。だが、爆炎が去った瞬間に更に投げられたもう1つの火炎壺は予想外だったのか、その身に爆発を浴びる。

 だが、天使はたじろぎもせず、またHPも変動が無い。火炎属性の火炎壺でも効果無しとなると、物理防御力が高いわけではないな。

 恐らく、スタンさせる事によって防御力が大幅に減少するチャンスタイムが生まれるタイプのボスだ。そうなると、慎重に攻めていては単身ではどう足掻いてもスタン蓄積がスタン蓄積回復速度に追いつかない。

 無理にでも飛び込む以外に無い訳か。つくづく現状にとって最悪だな。

 だが、望むところだ。黎明の剣を背負い、鉈へと切り替える。連撃ならば軽量両手剣の方がスタン蓄積効率は良いが、攻撃を掻い潜りながら1発ずつ叩き込んでいくならば鉈の方がスタン蓄積を稼げる。

 氷柱の弾丸を駆けて回避し、逆に生えた氷を足場にして蹴り、宙を跳ぶ。滞空中のオレに天使は面制圧の羽の弾丸を放とうとするが、それより先に蛇蝎の刃を天使の足下に向けて射出する。雪の下の地面に突き刺さった刃の感触が腕に伝わり、即座にワイヤーを巻く推力で羽の弾丸を回避しながら天使の懐に潜り込む!

 逆手による鉈の一撃を浴びせ、更に横腹に蹴りを打ち込む。だが、天使は斧でオレの頭を叩き割ろうとする。寸前でそれを裏拳で弾いて軌道をズラし、更に双剣による喉を狙った突きを後ろに身を反らして回避し、そのままサマーソルトキックで天使の顎を狙うも、翼で羽ばたきながら後退して天使は見事に回避し、逆に氷柱の弾丸を至近距離で連射する。

 今のを避けるか。舌打ちし、オレは氷柱回避しようと駆けるが、いつの間にか正面に青い光の塊がある事に気づく。

 視界を極太の青のレーザーが埋める。寸前でスプリットターンを発動させて回避行動を取るも、右腕の上腕の肉がごっそりレーザーで抉り取られる!

 

「糞が! 分離可能かよ!?」

 

 レーザーを放出する青い光の塊、それは翼で身を覆った射撃体勢でなければ不可能だと踏んでいたのだが、どうやらそれは誤りだったようだ。あくまで光の塊を5つ作って薙ぎ払うレーザーの為に射撃体勢が必要なだけであり、1つや2つならば戦闘しながらでも使用可能なのだろう。しかも、自分の周囲だけではなく、好きな場所に設置し、好きな時に発動させられると見て間違いない。

 今のレーザーでHPが4割吹っ飛んだ。しかも欠損状態だ。即座に止血包帯を出して使用するも、その動作の間に天使は面制圧の羽射撃に切り替え、逃げ切ることができずにオレの左半身に羽が突き刺さる!

 更にHPが2割か。右腕の上腕に包帯が巻かれ、欠損よるHP減少を止めたオレは、天使のHPをろくに削れていないにも関わらず、こちらのHPはもう残り4割以下になってしまったかと笑いが零れそうになる。

 やはり、ここがオレの『終わり』なのか?

 ああ、それも良いかもしれない。戦いの果てに死ねるならば、この本能も満足だろう。

 深緑霊水を飲み、HPを15パーセント回復させる。これで、深緑霊水は残り1つ。

 鉈は不要だ。接近戦で張り付くならば格闘戦が最適だ。オレは鉈を鞘に収め、天使へと接近を図る。だが、天使はオレを近づかせまいと氷柱を自分の正面に射出させて氷の壁を作り上げる。

 そんな知恵も回るか!? 感じてはいたが、コイツもまた『命』ある存在だ。感覚としては呪縛者に近しいものを感じるが、微細ではあるが、違和感もある。だが、何にしても思考し、知恵を回し、戦術と戦略を組み立ててる事が可能のようだ。

 ああ、面白い。素晴らしい。それでこそ戦いだ。オペレーション通りの『命』無いAIを相手にするよりも、ずっと、ずっと、ずっと、殺し合える!

 氷の壁を回り込む? それとも跳び越える? 否! 断じて否! オレは≪格闘≫の単発ソードスキル【疾閃脚】を発動させる。助走をつけての跳び蹴りのソードスキルは氷の壁を破砕し、天使への突進となる。

 氷の破片の中で、天使が正確にオレの喉と心臓を狙って双剣で突いてくる。だが、それを体を捩じって躱し、そのまま蹴りを天使の側頭部に打ち込む。たじろぎもしない天使は斧でオレの胴を両断しようとするが、密着する程接近してこれを封じる。

 

「シッ!」

 

 息を吐きながら、接触状態からの肘打。更に、踏み込んで腹に1発右拳を打つ。天使は翼を羽ばたかせた風圧でオレを吹き飛ばそうとするが、あえてそれを踏ん張らずに受けて宙を舞い、1回転して着地と同時に黎明の剣を抜いて間髪入れず突きを放つ。それを槍で弾こうとする天使の動きを視界に捉え、急ブレーキをかける。槍は黎明の剣の剣先1センチ先を通り抜けた。

 ここで踏み込まない! あえて、退け! オレは両脇から感じた殺気に従って後退する。刹那のタイミングでオレが先程までいた場所を、10メートル以上先に配置されていた青の光の塊から放たれたレーザーが通り抜けた。

 天使が大きく3対の翼を羽ばたかせる。すると雪が舞い、4つの竜巻が生まれる。雪を含んだそれは白い柱のようだ。竜巻は次々とオレへと向かってくる。それは単純な脚力だけでは逃れられない。

 ならばどうする? 簡単だ。いつだって、最も危険で、最も安全なのは敵の懐だ。オレはラビットダッシュの推力で迫る竜巻と交差し、1つ目、2つ目、3つ目を蛇のように左右へと動きながら、地を這うように姿勢を低くして、駆け抜ける。

 だが、これも想定内なのだろう。天使は例の瞬間加速でオレの真横を取る。迫る槍の一閃。それを、オレはあえて頭部で受ける。

 頭部を氷の槍が貫通する……事は無い。オレがあえて突き刺させたのは左目。グリムロック謹製の義眼だ。その硬度はハッキリ言って、オレの防具以上だ。槍の先端は義眼を貫くに止まり、オレのアバターの脳にまで届いていない。

 その間にオレは黎明の剣を突き出し、天使の胸の中心へと刃を押し込み、更に捩じる。

 更に傷口を広げようとするオレに対し、天使が槍を引きながら後退する。それによって義眼が引き抜かれ、オレの左目が空洞になる。だが、それこそが狙いだ。その天使の後退動作の内にアイテムストレージを開き、梟の義眼を取り出すと左目に押し込んだ。

 梟の義眼の効果が発動する。とはいえ、暗視効果は現在でも十分に明瞭である為に恩恵は無い。

 むしろ欲しかったのは左目の視界。久々に取り戻した完全なる視力。

 

「ここからが全開だ」

 

 見える。馬鹿らしいくらいに、天使の動きが見える。

 ああ、当然だ。人間の目玉は2つで1つ。片目ではどう足掻いても限界がある。

 天使の氷柱の弾丸。それを軽量両手剣のスピードある連撃で弾く。

 全てを弾く必要はない。必要なのは数発。適切な角度で、適切なスピードで、適切なタイミングで弾き返せば、それは次弾と接触し、次々と弾き合って道を作ってくれる。

 これで何度目か分からない天使への接近。天使はまず槍でオレを近づかせまいとしつつ、踏み込まれた時に備えて双剣を構えている。

 だが、オレは槍の突きをその場に黎明の剣を突き立てて防ぎ、そのまま柄頭を足場にして跳躍し、ふわりと浮いて天使の背後に立つ。

 鉈を抜いて一閃。更に、翼を鈍器のように振りながら反転する天使に対し、逆に翼の攻撃を鉈で弾いて自身を宙で回転させ、振り返った瞬間の天使へと斬撃を浴びせる。だが、天使はそれを双剣で防ぎ、さらに宙にあるオレへと槍を突き出す。だが、槍の柄をつかみ、STR任せに宙で体を強引に持ち上げて避け、そのまま膝蹴りを天使の顔面にお見舞いする。

 着地寸前にソードスキルの起動音を耳にする。放たれるのは≪戦斧≫のソードスキルであるグラインドベア。切り上げのソードスキルは雪を切断しながらオレへと襲い掛かる。

 だが、届かせない。体を捻り、これも紙一重で避ける。グラインドベアが通り抜けた瞬間に、その腕に鉈を振り抜いて手首を切断しようとするが、さすがはボスか。簡単に欠損状態にはさせてくれない。

 天使が前面への羽攻撃でオレを遠ざけようとする。だが、それは見切りの範疇だ。面攻撃ではあるが、前面にしか撃てないならば回り込めば良いだけの話だ。

 右回りで再び背後を取ろうとするオレに対し、天使は事前配置していた2つの青い光の塊からレーザーを放つ。それを雪上を転がって回避し、立ち上がると同時に鉈で斬りかかろうとするも、突如として雪の中から3つ目の光の塊が飛び出す!

 回避できない! 既に踏み込み体勢を取り、自らレーザーの射線上に出てしまったオレは咄嗟に黒い火炎壺を足下に投げつけ、その爆風で何とかレーザーを回避する。グリムロック謹製コートの高い火炎防御力は機能しているが、至近距離での火炎壺以上の爆発はオレのHPを1割奪い取った。

 とはいえ、あのレーザーの直撃を受けていては死を免れなかっただろう。ならば、1割程度の損失はむしろ安上がりだ。HPは1でも残っていれば良い。

 それにしても、まさかトラップを仕掛けていたとはな。やはり頭が回る。だが、トラップとは1度しか通じないものだ。

 

「さぁ、オマエの手札はあと何枚だ?」

 

 1つ1つ潰してやる! 双剣を鉈でガードし、その刃が肩に喰い込むのを防ぎ、そのまま膝蹴りを打ち込む。だが、天使は瞬間加速でオレの右側に移動してこれを回避するも、そのルートへとオレは蛇蝎の刃を射出する。

 それは天使の喉を貫くと思われた瞬間、その姿は消失する。

 背後から死の楽曲が聞こえた。オレは鉈を背中に回し、続いた衝撃に全身を揺らがせる。いつの間にか回り込んだ天使の斧を何とか防ぎ切った事を刹那のタイムラグで把握する。

 

「2連続加速か。本当にふざけたヤツだな」

 

 再び天使の姿が消失する。今度は頭上に移動し、天空から羽による面攻撃を仕掛ける。しかも、そのまま降下することなく、青い光の塊を5つ出現させ、地上にむけて薙ぎ払いレーザーを放った。

 雪が爆発し、視界が潰れる。その中で天使の加速音を耳で捉え、オレは左側から接近していた天使の槍の一閃を鉈で受け流してカウンターを決めようとするも、天使は瞬間加速でこれを回避し、逆にオレの後ろを取る。

 反転したオレは迫る双剣を防ぐべく、刃ではなく双剣の柄を握る天使の手に対し、両手の籠手を押し当てて止める。しばしの拮抗の後、STRが上回る天使が力押しでオレの膝を着かせようとする瞬間を狙ってわざと力を抜きながら前進し、天使を前のめりにさせたところに鉈で顔面を斬る。

 仮面越しに通った斬撃もまた手応えはない。だが、もうスタン蓄積限界のはずだ。オレは迫る斧を無視し、その頭をつかみ、追加の渾身の左ストレートをぶち込む。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaah!』

 

 それは天使が響かせた初めての悲鳴。途端に滑らかだった青銅の仮面が変形し、泡立ち、生理的嫌悪感を催すように突起を無数に作って変形する。

 ヤバい! オレが距離を取った直後、天使が青い光の爆発を撒き散らす。攻撃判定があるかは知らんが、それを確かめる為に受けるわけにもいかないしな。

 青い光が消え去った先、そこにいたのは翼がボロボロと雪へと変じて朽ちていく天使の姿だ。2対の多腕は人間と同じ1対になっている。3メートル超の体格は依然として変わらないが、浮遊状態は解除されて着地し、その顔面を両手で覆っている。

 ボタボタと、まるで水銀のように溶解した仮面が雪上に零れ、まるで命を宿しているように蠢く。それは雪の中に隠れて消え去り、仮面が剥がれた天使がその顔をオレに向ける。

 

「……そうか。オマエは『そこ』にいたのか」

 

 本当に……何処までも、人の心を抉るのが上手い。オレは思わず茅場の後継者に拍手を送りたくなる。

 仮面を失った天使の顔、それは未だ登場していない月夜の黒猫団の最後の1人にして、リーダーでもあるケイタだった。だが、その肌は凍死寸前のように青白く、その吐息は氷の粒を含み、目玉の白目にあたる部分が赤く染色されている。瞳は赤色の光を帯び、その口からは半分凍結した唾液が零れ落ちていた。

 身の丈ほどもある氷の剣を出現させ、天使が……いや、ケイタがオレへと斬りかかる!

 それは鋭く、そして豪快。だが、それはケイタが身に着けた技というよりも、まるで何かに支配されているかのような歪な剣技。だが、それは一切の淀みがない殺気を伴ってオレへと向かう。

 斬撃を前回転で回避し、オレはケイタの胴を鉈で薙ぐ。雪が固まったような……いや、実際に雪で形成されているだろう鎧は鉈の一撃を通す。途端にHPが削れ始める。ダメージの通りは悪くない。

 

「オマエへの思い出なんて、オレには無い」

 

 だから、オレには殺せる。今ここにある、『命』あるサチの仲間を、躊躇なく殺せる。

 その顔にあるのは苦悶。死による解放を欲してか、それとも荒れ狂う戦いへの渇望か。どちらでも構わない。

 分かることがあるとするならば、今ここにいるオマエは、もうかつての『ケイタ』という人間の部分がどれだけ残っているかも分からない程に、呪縛者とほとんど同じように、『個』を奪い尽されて、ただひたすらに戦う存在として改造されてしまったという事だ。

 そうであるならば、この叫びはケイタの耐えがたい自己崩壊の悲痛な訴えなのかもしれない。『ケイタ』という残骸の自己主張なのかもしれない。

 だが、こうして対峙した以上は殺し合うしかない。ならば、存分に殺り合おう。

 

「さぁ、踊ろう! 殺してやるよ! 糞ったれなダンスパーティの始まりだ!」

 

 ケイタの連撃がオレの頬を掠めたかと思えば、剣の振りを利用した回し蹴りが連携に組み込まれ、咄嗟に籠手で防ぐも、体格差もあってオレは吹き飛ばされる。雪上を転がり、立ち上がったオレは、ケイタの周囲で無数の、彼が持つ身の丈ほどの特大剣に比べれば小さい……だが、オレ達からすれば片手剣サイズはある氷の剣を次々と出現させる。それは回転しながら飛来し、オレへと斬りかかる!

 鉈で1本ずつ弾くも、氷の剣はケイタによってコントロールされているのか、執拗にオレを全方位から狙ってくる!

 ならば砕く! オレは剣を弾くのではなく、鉈で刀身の腹を狙って正確に斬りつける事によって、氷の剣を破壊していく。だが、その間にケイタの左手には青い光が凝縮していた。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!』

 

 掛け声と共にケイタが左手を突き出す。凝縮された青の光が弾丸……いや、隕石のように放たれた。咄嗟にオレは宙をブーメランのように飛ぶ氷の剣に蛇蝎の刃のワイヤーを絡ませて体を引っ張ってもらい、凝縮された光の直撃を免れる。

 そして、暴風がオレを撫でた。背後で青い強烈な広範囲爆発が引き起こされ、発生した暴風がオレの動きを停止させる。

 嵐の中で人は真っ直ぐに走れない。だが、体格からして既に『人間としての規格』ではなく『人外』のアバターを……いや、精神すらも改造されただろうケイタはお構いなしにオレへと接近する。

 フラつくオレに対してケイタの特大剣が迫る。頭蓋骨ごと肉体を両断するような縦斬りであるが、オレはスプリットターンを発動させて彼の背後を取って鉈で斬りつけようとする。だが、呪縛者がそうであったように、超高速反応でケイタは肘打でオレの鉈の腹を叩いて軌道をズラした。

 学習してやがる! オレがダークライダーから学び取ったように、オレからケイタも戦術を吸収している!

 特大剣を軽量剣のように振るうケイタの斬撃に秘められた破壊力は、オレの残りのHPをどれだけ奪うだろうか? 残り4割弱のオレのHPでは、とてもではないが直撃に耐えられないだろう。

 死が傍にある。なのに、オレの心臓から送り出される血が沸騰する程に滾っている事が分かる。

 斬撃を潜り抜け、ケイタの顎に拳を打ち込む。スタンにこそならないが、ケイタの体が揺らぐ。その隙に宙へと跳んで胴回り回転蹴りを鼻っ面に打ち込んで更に怯ませ、その間にシステムウインドウを操作して黎明の剣を再装備状態にして着地し、そのまま跳躍してケイタの突きと体を交差させながら彼の腹を薙いだ。

 べっとりと赤黒い光がこびり付く。それを振り払い、振り向いたケイタへとオレは剣先を突き付けた。

 

「オレはまだ踊れる。オマエはどうだ?」

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!』

 

「そうか。じゃあ、もっと踊ろうじゃねーか!」

 

 黎明の剣で右肩を叩きながら、オレは突進するケイタと対峙する。ケイタは特大剣で雪を抉りながら逆袈裟斬りを放つ。それを体を捩じって躱すも、ケイタは形振り構わないショルダータックルへと派生させる。3メートル以上もある彼の巨体がオレへと打ち込まれ、HPが更に減少する。だが、そんな事は気にしない。オレは全身をバネにして跳びながら左手の突きでケイタの右目を狙うも、それを見切った彼が首を振って手刀を回避する。

 躱されるのは分かっていた。だから、オレは手刀から拳打へと切り替えて、躱したところへ、その側頭部へと打つ。それでもケイタは止まらない。むしろ宙にあるオレの左足首をつかみ、そのまま振り上げて地面へと叩き付ける。柔らかな雪がクッションになってダメージは負わなかったが、仰向けになって倒れたオレへとケイタは特大剣を振り下ろした。

 体を回転させてケイタの手から足首を解放させ、特大剣の刃から逃れる。危うく鼻を削がれそうになったオレに、ケイタはまるで最初から回避されると分かっていたかのように膝蹴りをオレに撃ち込んだ。

 腕を交差させてガードするも、衝撃と削りダメージがオレを突き抜ける。1メートル以上吹き飛ばされたオレに、ケイタは氷の剣を8本出現させ、今度は回転させるのではなく、矢のように高速で撃ち出した。

 1本目と2本目を黎明の剣で弾き、3本目をサイドステップで躱しながら4本目と5本目を迎撃し、6本目は左手で柄をつかんで得物として振るって7本目と8本目を防ぎ、そのまま投擲する。

 ケイタの額に向かった氷の剣を彼は特大剣の一閃で破壊する。そして、先程に比べれば凝縮が甘い左手の青い光をケイタは解放させた。それは青いレーザー……いや、線から曲線となり、鞭となる!

 ケイタは左腕を振るい、青い光の鞭を操る。魔法属性攻撃だろう光の鞭は単純なガードでは防ぎきれない! その変幻自在な軌道を読み、オレは針の穴に糸を通すように回避ルートを選択していく。

 10秒ほどで鞭攻撃は終了したかと思えば、ケイタはふわりと浮上し、自身の周囲に氷の剣を複数生み出す。そして、それは天上で高速で飛行し、まるで雷撃のように高速でオレへと放たれた。

 雪を蹴りながら走って飛来する氷の剣を回避し、舞い降りたケイタへと黎明の剣と鉈による交差斬りを放つ。ケイタは特大剣を盾代わりにしてそれを防ぐも、同時に射出された蛇蝎の刃に喉を貫かれた。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaah!』

 

 苦悶の叫び声をあげ、ケイタがワイヤーをつかんでオレごと振り回す。宙を浮いたオレはワイヤーを回収してケイタに接近し、黎明の剣で額を貫くも、それでも彼は止まらない。

 射出した刃を袖に戻したオレにケイタは斬りかかるかと思えば、その場に特大剣を突き刺した。

 突き上げられたのは霜柱。鋭い槍のように、ケイタの周囲で次々と霜柱が立ち上がる! バックステップで逃れようとするオレだが、広範囲の霜柱攻撃に巻き込まれ、オレのHPがついにレッドゾーンに到達する!

 赤く点滅するHPが示すのは残り1割未満という警告。だが、ここで回復アイテムを使う隙を見せれば、それこそケイタは決定打を得る。ならば、このまま戦闘を続行する他ない。

 あと一撃で死ぬ。もうすぐオレは死ぬ。抗えぬ『終わり』がオレの喉を締めている。

 ケイタが両手で特大剣を構え、その刀身に血のような赤い光を帯びさせる。発動させたのは≪特大剣≫の連撃ソードスキル【ツインファング】。突進しながらの縦斬りから横斬りへと繋げるソードスキルだ。≪特大剣≫は元の火力が高い関係上、ソードスキルも単発ものが多く、また連撃ソードスキルも使い勝手が悪い物ばかりだ。だが、ツインファングは≪特大剣≫の中でも規格外に発動が早く、隙も小さい。その代わりスタミナ消費も馬鹿げているのだが、ボスであるケイタにスタミナの概念があるのか怪しい物だ。

 縦の一閃を身を横にして回避し、続いた横の一閃を跳躍で躱す。背中のすぐ先で斬撃が通り過ぎるのを感じながら、天地逆転、宙で上下反転した体勢でオレはケイタの左肩からその心臓に至るまでを鉈で斬ってカウンターを決める。

 まだだ。鉈を鞘に戻し、反転したケイタへと密着し、先程のお返しとばかりにショルダータックルを打ち込む。彼の巨体が揺らぎ、1歩後退したところに、右拳をその腹に押し込んだ。

 解放するのは≪格闘≫のソードスキル【烈火】。拳が密着状態でなければ発動できないこのソードスキルの特徴は『連撃』である事。

 密着状態から1発、更に押し込みで1発。それはまさしく炸裂する炎の如き連打であり、ケイタの腹を貫くようにオレの拳が埋め込まれていく。彼の口から氷の粒混じりの赤黒い光が吐血のように盛大に漏れた。

 

『Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaah!』

 

 反撃してくるかと思えば、ケイタは特大剣を手から落とし、頭を抱える。同時に雪の中から溶けた青銅の液体が飛び出し、ケイタに絡みついた。

 追撃したい気持ちを抑えて、オレは退きながら深緑霊水を飲む。これでもHPは3割未満までしか回復せず、虎の子の最後の1枚である白亜草を口内に放り込んだ。

 ケイタを青い光が包み込んだかと思えば、再びその姿は以前と同じように天使へと変貌する。

 

「なるほどな。HPバーを1本ずつ減らしていくわけか」

 

 天使が頂くHPバーは3本。その内の1本が完全にHPを失っている。先程の烈火で、ケイタの状態の時に負ったダメージ総量がHPバー1本分に到達したのだ。

 天使をスタンさせる事によってケイタの状態に戻してHPを削る。残りのHPバーは2本であるから、あと2回天使をスタン状態にさせなくてはならない。そして、スタンの度にケイタ状態にさせて交戦し、ダメージを与えねばならない。

 大丈夫だ。まだオレならできる。鉈を構えたオレはスタミナを少しでも回復させるべく、面攻撃だけに注意すべく天使を中心にして大きく小走りで回る。こういう時にCONを高めておいて良かったと感じるな。

 だが、天使がその姿を陽炎のように揺らす。新たな攻撃手段かと警戒したオレだが、それは余りにも無意味な行動だった。

 

 

 

 何故ならば、揺らいだ天使が2体に分裂したからだ。

 

 

 

 2対の多腕は1対の腕となり、天使の1体は槍と斧を、もう1体は双剣を手にしている。どうやら武器は分配されたようだ。

 そして、スタン時以外は滑らかな表面だった青銅の仮面は……今は慈悲深い聖母の顔を形作っている。

 

「……本当に、ふざけてやがるな」

 

 1体でも激闘だったというのに、今度は2対1……恐らく攻撃手段にも変化が生じているだろう。また情報収集をやり直さなければならない。しかも、今のオレには回復アイテムが無い。

 白亜草のお陰でHPは7割近くまで回復しているが、何処までやれるだろうか?

 決まっている。オレが死ぬまでだ。

 

 

「さぁ、殺し切ってみろよ、天使様」




オールバトル回でしたが、次回もオールバトル回です。
でも、絶望が足りないから、より人間性を捧げたいと思います。

それでは、121話でまた会いましょう。

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