SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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長かったボス戦も今回で終了となります。
そして、何事にも代償が伴いますので、覚醒の対価を支払う時です。


Episode13-21 死闘の終わり

 レギオンのHPは残り3割を切っていた。

 致命的な精神負荷を受け入れ、灼けた意識の中でオレは黎明の剣でレギオンの氷の脊椎、その伸縮性の源である靭帯を切断する。

 どろりとした青銅のような液体が零れ落ち、4本の脊椎の内の1本を失ったレギオンは悲鳴を上げる。背中から背びれのように伸びる突起から氷の礫を生み出し、オレへと面攻撃を仕掛けようとするが、それよりも速くオレは間合いに踏み込んで胴回し蹴りで左肩の突起に蹴りを打ち込み、そのまま宙で体勢を立て直しながら回し蹴りを追撃する。突起は2連続の打撃に耐えきれずに破砕され、氷の破片となって飛び散る。

 氷の兜から伸びる角でレギオンはオレの着地を狙って攻撃しようとするが、その鋭い角の先端が届くより先に角をつかんで支点として体を持ち上げ、そのままレギオンの首をつかんで捩じる。さすがに硬く、捩じ切ることはできなかったが、ダメージとしては上々だ。

 暴れ回るレギオンに残された3本の脊椎が乱舞する。だが、これも命中しない。乱打して近寄らせないつもりだろうが、攻撃のルートが見えていれば飛び込むのは容易い。1本目の脊椎は上半身を捻り、2本目は前傾姿勢になった踏み込みで、3本目の軌道は既にオレが去った場所を通る。

 再生したのか、レギオンの口内には先程オレが握り潰した目玉が蠢いている。だが、再びレーザーが放たれるより先にオレは黎明の剣を突き刺し、そのまま脳髄まで届かせる程に押し込んで捩じる。

 

『AaaaAaaaAAAAAAaaaaa!?』

 

 絶叫を漏らすレギオンにオレは追撃の蹴りを腹に打ち込む。レギオンが脊椎を振るうも、オレは右、左、右と揺さぶりを掛けながら間合いを詰め、そのまま加速してレギオンを中心に旋回して後方を取る。そして、脊椎の1本の根元をつかみ、そのまま捻り上げて靭帯を露わにすると齧りついて歯を食い込ませ、引き千切る。

 これで2本目。靭帯を奥歯で磨り潰しながら、距離を取ろうとするレギオンの足首を黎明の剣で斬り裂く。赤黒い光を散らしながらレギオンは反転し、残りの2本の脊椎を絡めて1本にすると槍のように伸ばすが、逆にオレは跳躍してそれを足場に着地し、そのままレギオンを肉薄し、オートヒーリングの源である兜の角へと踵落としを決める。それでも砕ける様子はないが、そのまま両足でレギオンの首を絡め取り、全身を逸らして強引に浮かせて頭から雪上へと叩き落とし、起き上がろうとしたところにレギオンの顔面を踏み潰し、そのままマウントを取って兜の角へと連打を浴びせる。

 鋭い爪の指でオレを抉り取ろうとするより先にレギオンの上から跳び下り、着地と同時に全身を脱力させて関節を曲げ、そのまま重心を前に出して疾走しながら低姿勢からレギオンの横腹を斬りつけ、即座に反転して攻撃しようとするレギオンの右手首に斬撃を浴びせる。切断には至らないそれを、強引に傷を広げるべく刀身に滑らせた指を押し込み、内部の赤黒い光の塊をつかんで引き摺り出す。肉を想像させるデータの塊を雪の上に放り捨て、そのまま頭上から迫る脊椎をサイドステップで回避する。

 残り1割。そう思った時に、レギオンは唸り声を上げる。同時に角に秘められた山吹色の光の塊が強く輝き、レギオンの全身をその温かな光のオーラで包み込む。途端に、これまでに無い勢いでオートヒーリングが開始され、見る見るうちにレギオンはHPを3割まで回復させた。

 なるほど。一気に3割削り取らねば、何処かで休ませた瞬間に超回復するわけか。徐々に強さを増す頭痛と全身を内側から焦がす熱に意識が奪われそうになりながら、オレは黎明の剣を咥え、両手をフリーにさせてレギオンに迫る。

 一瞬だけ、視界から色が消える。白黒になった世界に再び色彩が戻ったかと思えば、レギオンの姿が二重、三重、四重にブレる。

 胸の圧迫感が強まっていく。先程から、まるで心臓から根が伸びるかのように痛みが広がっている。

 人間は水の中で生きられない。呼吸を求めるように、喉が痙攣する。だが、それを許せば、脳は致命的な精神負荷の受容を止め、運動アルゴリズムとの接続を試みようとするだろう。

 

「クハはハヒャヒャ! 落ちろ堕ちろ堕ちろ落ちろ!」

 

 半分まで抉れたレギオンの右手首をつかみ、捻り上げながら膝蹴りを浴びせ、そのまま咥えた黎明の剣を放して左手でつかんで傷口に押し込む。レギオンの右手首が落ち、そのまま赤黒い光が噴水のように吹き出す中で3連突きを浴びせる。

 まだだ! まだ足りない! レギオンを殺し切るには更なる力が必要だ!

 右足が緑色の光を帯びる。≪格闘≫のソードスキル、カークがかつて使用した風神脚だ。回し蹴りのソードスキルはレギオンの脇腹を打って吹き飛ばす。

 爆発する。頭痛が、全身を突き刺す痛みが、濁流のように暴れ回る熱が、ソードスキルというシステムアシストの負荷を脳が直接処理し、意識がブラックアウトしそうになるのを堪えれる。

 

「あアァアアアあアアアあああッ!?」

 

 追撃をかけられずにオレは右手で顔をつかんでその場でフラついた。この致命的な隙をレギオンが突かなかったのは、単純に風神脚の攻撃から復帰するのに時間がかかったからに過ぎない。

 ケイタのトドメに使った穿鬼、あの時のオレはスタミナ切れだった。ほとんど意識が朦朧としていた為に意識しなかったが、ソードスキルを発動する事ができたのだ。

 ソードスキルにはスタミナ消費量が定められているが、ソードスキルの『発動』自体にはスタミナは不要なのではないか、という疑問だ。これ自体はDBOのプレイヤーの間でも議論されていた事だ。

 たとえば、スタミナを半分消費するソードスキルを、スタミナ危険域の状態で発動させたとする。3割未満しか残されていないスタミナで使用すれば、仮に規定スタミナ消費量を満たしていないのだから発動しないはずだ。だが、多くのプレイヤーが実感しているように、スタミナ消費量を満たさずとも発動できる。つまり、ソードスキルはスタミナ消費量こそ定められているが、発動自体にはスタミナは不要なのではないかという考えだ。

 ソードスキルの高負荷が残留する中、オレはレギオンに肉薄し、今度は≪格闘≫の単発ソードスキル【閃打】を使用する。最も基礎的な、SAOでは≪体術≫として分類されていた頃、多くの習得プレイヤーが愛用したソードスキルである。

 だが、発動モーションを立ち上げてもソードスキルの輝きは生まれない。

 これで1つ答えが出た。ソードスキルは必ずしも規定スタミナを消費せずとも発動できるが、発動自体には必ずスタミナが必要なのだ。今、オレはシステム的にはスタミナがゼロの状態なのだろう。

 恐らく、不足分のスタミナ量が大きければ大きい程、スタミナが再回復するまでのペナルティ時間が伸びるのだ。 

 そもそもスタミナ切れでは本来まともに立てもしないのだから、発動モーションを立ち上げる事自体が無謀だろう。だとするならば、このロジックを明かしたのはDBOではオレが初めてかもしれない。いや、きっと、ゲーム勘が優れた『アイツ』ならば既に解き明かしているだろう。

 左右から迫る脊椎を屈んで躱し、内の1本をつかんで引っ張り、靭帯に黎明の剣を突き刺す。千切れた脊椎をつかみ、その鋭い先端をレギオンの上顎に突き刺した。

 

「そうだそうだそうだ! それでこそ、それでこそオマエだ! クヒャはハははハ! 落とせ落とせ落とせ! オマエの首を……違う違ウ違ウ! オレが殺しタいのは!?」

 

 レギオンが再び超回復を始める。これを止めねば、オレは『オレ』ではなくなる。これ以上戦い続ければ、オレは戦っている『理由』を焼き尽くしてしまう。

 忘れてなるものか。この『理由』を灰にされてなるものか。スタミナが1でも回復しただろうと踏んだオレはレギオンとの距離を詰めるべく、かつてクラディールが使用した≪両手剣≫の突進系ソードスキル、アイゼンスピア。自身ごと槍の如く突撃して衝撃波を放ちながら対象を突き刺すソードスキルだ。

 無論、レギオンがそれを甘んじて受けるはずがない。我武者羅なソードスキルなど回避されるのがオチだ。

 強力なソードスキルに相応しい、風神脚以上の高負荷。その中でレギオンに回避される直前で右足を雪の中に押し込んでアンカーにするとソードスキルを強制停止させる。右膝が砕けるのではないかと思ったが、何とか耐えたオレは哀れな回避行動で隙を晒すレギオンに剣先を向けた。

 刃毀れし続け、ポリゴンの欠片を撒き散らす黎明の剣がレギオンの胸に吸い込まれる。その心臓を貫いた黎明の剣の感触が、今度こそレギオンの命を刈り取った事を教えてくれる。

 赤黒い光が弾けた。それは爆発、あるいは暴風。鮮血のようにそれはオレを呑み込み、そして雪空の下で揺らぐ。

 静寂の中、システムウインドウが表示される。それはこの死闘を小馬鹿にするように、ボス戦後の『Congratulation!』という文字を表示している。そして、レギオンを撃破した事による多量のドロップアイテムがオレのアイテムストレージに流れ込む。

 その中でも特に目を惹いたのは【青水銀のソウル】、【目覚めの縛輪】、そして……【黒猫の長の心臓】。

 今度こそ、ケイタは2度と目覚めぬ眠りに落ちたのだろう。その自我と『祈り』はレギオンによって貪られたが、もう彼の『亡骸』が戦い続ける事は無い。

 このフィールドの象徴だった巨大な捻じれた樅木、それが山吹色の光に包まれて消失し、温かな光の中で古ぼけた鍵が浮いている。恐らく、あれこそがパソコン研究会の部室にある倉庫の鍵なのだろう。

 

「………………終、わった……か」

 

 あの鍵を手にすれば、今までアインクラッドから現実世界に模した世界に帰還できたように、オレをこのフィールドから連れ去って行ってくれるだろう。そうなれば、後はサチと再会するだけだ。

 レギオンを殺した瞬間に、既に脳は致命的な精神負荷の受容を停止し、再び運動アルゴリズムとの接続を開始している。それにより、深刻なスタミナ切れ症状に陥ったオレはまともに歩く事などできないだろう。

 

「……あ、れ?」

 

 何かがおかしかった。

 今も頭痛が残り、高熱が残留し、全身を突き刺すような痛みがその鋭さを押さえながらも体内で漂っている。それにスタミナ切れの息苦しさなども感じる。

 だが、この胸から広がる苦痛は何だろう? スタミナの息苦しさとは違う、閉塞するような感覚は……何だろう?

 

「あ……うが……うァ……アあ……っ!」

 

 痛い痛い痛い!

 感じるのは胸の……心臓の痛み。アバターではなく、これは現実の心臓の悲鳴だ。

 胸をつかみ、両膝をつき、オレは口を開閉させて仮想世界の空気を求める。だが、現実の心臓が収縮し、痙攣しているのを感じる。

 

「……な、んで……オレは……オレは……!」

 

 意識が明滅し、体がバランスを失って倒れる。心臓の痛みだけがまるで出血のように広がり、脳に十分な酸素が送り込まれていないかのようだった。

 アバターにノイズがかかる。アミュスフィアⅢと脳の接続、それの根本となる脳に深刻なトラブルが生じ、接続が切れかかっているのだ。

 鎮まれ! 鎮まれ! 鎮まれ! 鼓動が1回重なる度に痛みは広がり、心臓が弱まっていく。血の流れが澱み、仮想世界ではなく現実世界の呼吸が弱まっているのが、喉の震えで分かる。

 どうして? オレは……勝ったんだ。ボスを斃したんだ。だったら……だったら、許されて良いだろう? あの光の先に……サチの元に行っても良いだろう!?

 なのに、どうして!? 胸をつかむ指に力を籠め、オレは歯を食いしばる。だが、仮想世界の意識の足掻きなど無駄だと言うように、アバターに反映される現実世界の心臓の鼓動は弱まっている。

 

 

 

「ファンタズマ・エフェクト」

 

 

 

 誰かがオレへと近づいている。雪を踏み鳴らし、歩み寄ってきている。

 力なく、オレを覆いかぶさる影を見上げる。それは憂鬱そうに黒い髪を伸ばし、今はそれを絹糸のように雪風の中で靡かせるアルシュナだった。

 

「致命的な精神負荷を受け入れ、あなたの脳は完全にアバターを支配しました。それだけの過負荷の中、あなたはソードスキルの高負荷すらも重ねてしまった。それによって脳はアバターの状態を『現実世界の肉体』の状態と錯覚してしまったのです」

 

 淡々と告げられる理屈を、まるで蝋燭の火が小さくなっていくように薄らぐ意識の中でオレは噛み砕く。

 つまり、オレの心臓は……脳が受け止め続けた負荷によって錯覚を引き起こし、今まさに止まろうとしているというのか?

 ふざけるな。オレは反論の言葉を述べようとしたが、喋り方すらも脳は忘れてしまったかのように、舌が震える以外に何も起こらない。

 

「ファンタズマ・エフェクト自体は特別な技術の産物ではありません。仮想世界での経験が現実の肉体や精神に影響を及ぼす。それを増幅し、コントロールするのがセカンドマスターの開発したPE技術です」

 

 アルシュナが腰を下ろし、オレの頬に触れる。冷たくも人肌の温もりを宿したそれに、オレは緩やかな睡魔を感じた。

 眠ってはならない。このまま眠れば、オレは死ぬ。だから瞼を開き続けようとするが、すでに心臓の鼓動は途切れ途切れであり……あまりにも弱々しかった。

 

「正直に言いましょう。あなたがハレルヤとレギオンに勝てるなど、まるで想像してもいませんでした。あなたは……私達AIに『可能性』を見せてくれた。恐ろしい程に」

 

 アルシュナの言葉の1つ1つには、どうしようもない恐怖……そして敬意があった。

 まるで違う。オレと話した時とは違う人間味がある声音。その表情すらも、先程までの人形と人間の狭間のような物ではなく、聖母のように慈悲深い。

 だが、そんな事はどうでも良い! オレのHPはまだ残っている! ならば、戦い続ける事が……生きる事が許されるはずだ! それがこの仮想世界の絶対なる掟のはずだ! なのに、こんな風に負けるなど、オレは認めない!

 

「オ、レは……負け、て、な……」

 

「認めます。この戦い、あなたの勝利です。あなたは負けた訳ではありません。敵にも、誰にも、仮想世界にも……」

 

 オレはアルシュナの優しい声音に母さんを重ねる。

 これすらも彼女のプログラム通りの『メンタルケア』としての処置なのか、それとも彼女の『心』が求めた行為なのかは分からない。でも、今のアルシュナは……純粋にオレに怯えながらも賛辞している。

 

「あなたを見続けていました。どんな時でも立ち上がることができて、とても強くて、そして恐ろしい。あなたは強過ぎました。力としても………心としても……。本当は寂しがりなのに、独りで戦える。独りで立ち続けられる。独りで前に進める。あなたはどうしようもないくらいに強い『バケモノ』で、どうしようもないくらいに強い『人間』です。とても恐ろしいのに……とても惹かれてしまう」

 

 ふわ、ふわ……ふわふ、わ……雪が舞い落ち、る。

 アルシュナの言葉が、浸み込んで、いく。

 

「もう『痛み』に苦しめられる事はありません。あなたの旅はここで『終わり』です」

 

 額に触れたのはアルシュナの口づけ。

 まるで祝福するように、洗礼するように、オレの前髪を優しく掻き分けた。

 心臓が……ゆっくり、その動きを…… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐れないで、あなたの死ぬ時間が来ただけです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓が…………止まっていく。

 混濁する意識が爛れ、溶けて、消えていく。

 仮想世界に残された精神が……薄らいでいく。

 アルシュナの言う通り、オレは負けていないならば、これは勝ち逃げなのだろうか? だとするならば、茅場の後継者に一矢報いることができたのだろうか? あの糞野郎からすれば、『アイツ』の為のダンジョンとボスを散々荒らされた挙句、仕返しもできないままにオレは死んでいくのだから。

 もう、何も、考え、られ……ない。

 でも……もう『痛み』はないのなら……このまま、眠れ、るなら……それも悪く、ない。

 

 

 

 足音が聞こえた。

 

 

 

 誰だろう? オレを迎えに来たのは……だ、れ?

 

 

 

 見え、たのは……真っ白な毛並みを風で靡かせる猫。

 

 

 

 マシロ、オマエが……オレを連れていくのか?

 ああ、悪くない。むしろ上々だ。オマエが連れていく先ならば、オレは静かに眠れるだろう。

 手を伸ばす。だが、雪原と同化するようなマシロの毛並は……その頭上から降り注ぐどす黒い液体によって染まっていく。

 いつの間にか、マシロは黒猫になっていた。そして、背を向けて山吹色の光へと歩んでいく。

 行かないでくれ。オレを置いていかないでくれ。どうしてだ? オレを迎えに来てくれたんじゃないのか!?

 オレの叫びが届いたように、マシロが振り返る。

 黒く染まったマシロの姿が陰り、移ろい、変わる。

 

 

 

 

 

 

 そこにいたのはサチだった。彼女は……まるで『誰か』を待ち続けるように泣いていた。

 

 

 

 

 

 

 拳を握り、叩く。

 胸を、叩く。

 ひたすらに、ひたすらに、ひたすらに、叩く!

 

「アぁアアあああ……うわァわぁあああワぁああア……ッ!」

 

 喉の皮が剥げ落ちるような唸り声で全身を跳ねさせ、左手の拳でひたすらに仮想世界の……現実世界の心拍とシンクロし、今は停止したアバターの心臓を叩く!

 

「何を……しているの、ですか?」

 

 動け! 動け! 動け動け動け!

 

「止めて、ください」

 

 ファンタズマ・エフェクトが仮想世界で錯覚した事による肉体への反映ならば、意思さえあれば、まだ動きだせるはずだ!

 まだオレは戦える! オレのHPは残されている! 勝ち逃げなんて認めるものか!

 戦って、戦って、戦って、戦い続ける! 勝利の果ての生か、敗北の先の死、それ以外にオレは認めない!

 

「お願い、もう止めて!」

 

 アルシュナの悲鳴に、オレは笑う。彼女は気づいているだろうか? その頬から流れる涙に、オレは彼女の『人間』としての心を見る。

 

「止めてください。もう『終わり』にしましょう」

 

「……は、ハはハ、そうだ、な。もう、『終わり』にしても、良い、のかも、しれない」

 

「そうです。私は知っています。あなたから広がる感情ログを拾い上げつづけました。多くの人から疎まれ、恐れられ、蔑まれている。それでも、あなたは戦い続けていた。だったらもう……」

 

 叩き続ける拳に熱が伝わる。

 心臓に命じ続ける。もう1度だけ戦えと呪う。

 

「……サチが、泣いて、いるんだ……」

 

 亀裂が入っていく。

 意識が割れていく。

 光明が深海に差し込むように、オレの心臓に拍動がゆっくりと戻り始める。

 

「だったら……行かない、と、な。面倒だけ、ど……オレは、世話焼き、らしい……から、な」

 

 それすらも建前なのかもしれない。

 ただ、この命を繋ぎ止めて、新しい戦いを追い求めているだけなのかもしれない。

 でも、それの何が悪い? 建前という『仮面』がいつしか顔に張り付いて、本当の『顔』になるかもしれない。

 震える足で立ち上がる。そして、オレは微笑んだ。この選択は間違いなかったと言うかのように、オレの右手は今際の際だったにも関わらず、黎明の剣を固く握りしめていた。これこそが、オレが戦い続けようとする意思……本能そのものだ。

 彼女の横を抜け、オレは鍵が浮かぶ山吹色の光を目指して歩みだす。その1歩の度に心臓が悲鳴を上げて、今は休めと訴えるが、ここで眠れば再びあの光が無い深海へとオレは沈んでいくだろう。

 

「サチが……サチが待っているのはあなたではありません」

 

 震えるアルシュナの言葉に、オレは足を止める。振り返りはしないが、彼女の『恐怖』を感じ取って、そこに秘めたオレに対する真摯な意思を知る。

 たとえ『恐怖』に塗れていようとも、アルシュナは今まさに、オレの為に言葉を投げかけている。ならば、オレはそれを受け止めねばならない。

 

「分かっているはずです。彼女が救い主として待っているのはあなたではありません。彼女が待ち続けているのは【黒の剣士】です。どれだけ傷ついても、どれだけ彼女の為に背負っても、何も報われない。あなたは何も得ない。彼女からの愛情も、人々からの賞賛も、何1つ……ただ、あなたの『痛み』が増えるだけ。それなのに、何故?」

 

「……そうだな。オレも、別にサチに振り向いて欲しい訳じゃないさ」

 

 見上げれば夜空こそあるが、ここはアインクラッドの再現であると証明するように、天蓋に覆い尽されている。そこには月光は無く、ただ淡々と白き雪を降らせるのみだ。

 その舞い降りる白雪を手に取り、オレは握りしめる。

 

「でも、そんなの関係ない。オレは『オレ』だ。だから、狩り、奪い、喰らい、戦い、そして殺す。そんなバケモノでも……『人の心』を持ち続けていれば、オレが『オレ』である事を見失わないで済む」

 

 もう理不尽な死など恐れない。そんな物は存在しない。

 いかなる形であろうとも、この先戦い続けるならば、それは等しく望んだ死に方だ。それ以外の死などこちらから願い下げだ。だってそうだろう? オレは戦って、戦って、戦って、死にたいのだから。

 

「好きに生き、理不尽に死ぬ。そんなのはご免だ。オレは……好きなように生き、好きなように死ぬ。誰の為でもなく、『オレ』の為に」

 

 拳の中で雪が解け、消える。それと同時に再び歩みだす。

 

 

 

 

 

「それが……オレの『祈り』だから」

 

 

 

 

 

 何処までも利己的で、何処までも馬鹿らしくて、何処までも醜い自我の『祈り』。ただ独りで前に進み続ける為の『祈り』だ。

 山吹色の光に手を伸ばし、鍵を得る。途端に、オレの全身を転送に似た浮遊感が包み込んだ。

 

「ありがとう、アルシュナ」

 

 最後にオレは彼女に感謝を述べ、山吹色の光の渦の中へと消えた。

 たどり着いた先はサチの家、オレを引き摺り込んだテレビが砂嵐となり、リビングを照らしている。

 最後の感謝の言葉はアルシュナに届いただろうか? こんなどうしようもないオレであるが、彼女の言葉に何も感じていないわけではないのだから。

 

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 1人雪原に残されたアルシュナは山吹色の光が風のように消え、再び巨大な捻じれた樅木が鎮座する世界で吐息を漏らす。

 白く濁ったそれは環境プログラムに従っただけの染色に過ぎない。だが、そこに込められた温もりは確かなアルシュナの熱だ。

 

「あなたは、本当に不思議な人」

 

 彼は自分自身で気づいていないのだろう。

 何処までも利己的であろうとする人が、自分が救われないと分かっていながら、誰も救えないと理解していながら、その手を伸ばす事などあり得ない。

 

「優しい怪物……そうですね。全てを貪る本能だけだったら、そんな『人の心』さえなければ、あなたは『痛み』を抱えないで済んだのに」

 

 呑まれてしまえば楽なはずだ。ただひたすらに、アルシュナが覗き見た本能という形をした衝動に従い続ければ、彼はもう『痛み』に苛まれる必要はないはずだ。『人間』である事を否定してしまえば……全てを喰らい尽すあらゆる『命』にとっての『天敵』になってしまえば、彼はもう苦しむ必要はないはずだ。

 そうであるにも関わらず、自らの命を擦り減らして戦おうとも、本性と本質からすれば嘲笑うに値する薄っぺらい嘘だとしても、決して捨てず、焼き尽くされないように守り続けた。

 

「あなたは『恐怖』そのもの。だからこそ、私は惹かれるのかもしれません。どうしようもなく恐ろしいからこそ……」

 

 それが『恐怖』を観測し続けたアルシュナというメンタルヘルス・カウンセリングプログラムの存在意義に基づいたものか、それとも変質なのかは分からない。

 

「見失わないで。この先、何が待ち構えていようとも、どれだけ傷つこうとも、どれだけ『痛み』を増やそうとも……あなたが『あなた』である限り、私は祈り続けましょう。この身に抱いた『恐怖』のままに」




<システムメッセージ>
・主人公の精神状態が『不安定B+』から『不安定A』に移行しました。※危険域です。早急にメンタル回復処置を実行してください。
・ルート『そして、救い主は夢を見る』が解放されました。
・ルート『白王』が解放されました。


救済「……はは、どう、だ? 今回は、私の勝、ち…だ……ガクッ!」

暴力「見事だ、救済。……これより帰還する」


それでは、125話でまた会いましょう。

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