SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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本当に今回はオールコメディですよ?
前回の最初は本当に例外ですよ?
あんなバトル展開は本エピソードではありません。


Episode14-2 特ダネ探し

『ごめん、生理的に無理』

 

『残念系イケメンってアンタの事よね』

 

『半径20メートル以内に近寄らないでもらえますか?』

 

『通報しました♪』

 

 何でカノジョができないのか? ブギーマンはそんな疑問を抱かない。自分の性癖が異常である事を自覚し、誇りに思っているからだ。

 カメラのフレーム越しでしか興奮できない異常者。小学校の頃、両親のデジカメを持ち出し、偶然にも夕方の公園で、隣の家に住んでいた憧れの女子大生と彼女のカレシの情事を目撃してシャッターを切った瞬間から、彼の進むべき道は進んでいた。

 可愛い女の子を静止した世界に残し、永遠にしたい。それの何がいけない? できればスカートの中も覗かせていただきたい。ただし、警察への通報だけは止めていただきたい。

 ブギーマンは開き直っている訳ではない。悟っているのだ。自分は変質者であり、変態であり、このような形で生まれるべく神に選ばれた人間なのだと。その辺の盗撮魔のように自身の性欲を満たす為ではなく、あくまで求道者としてカメラを手にしたのだと。

 大学の写真部にて、『夏』をテーマにした1枚をコンクールに応募した。大学内の日常の1コマ、夏の涼風が神風となり、緑の木の葉を舞い上げなら、ロングスカート女子の膝が露わになるという奇跡の1枚だった。

 それの何がどう評価されたのか、ブギーマンは審査員特別賞を貰った。高名な写真家から『大学生活にある停滞した日常と風をモチーフにした成長うんたらかんたら』という長いお褒めの言葉を貰ったが、彼らは1ミリも自分の作品の真価に気づいていないと分かると絶望したものである。

 だが、1人の女性だけは違った。

 

『素晴らしいわね。左端のミニスカギャルではなく、あくまでロンスカ……それも膝だけが露出した一瞬を切り取っている。いかにも清楚でお嬢様系の被写体の素質を上手く活かしているわ』

 

 それはポニーテールが似合う女性だった。額縁に飾られた写真を前に、感服の声を漏らした。

 

『良いカメラマンになるわ。もしも「この道」を目指すなら、いずれ一緒に仕事する機会があるかもね』

 

 そう言って、女性はウインクすると颯爽と去って行った。この時ブギーマンは、彼女がジーパン姿である事に、やはり女性はスカートこそ至高だな、と再認識した。

 就職の時期、ブギーマンは友人にVRゲームを進められた。それはサファリ系の大自然を満喫するタイプだった。

 目覚めた。アバターとはいえ、質感は限りなく現実の肉体に近い。アフリカのようなフィールドの川辺にアザラシがいる事には微塵も疑問を感じず、そこで水遊びをする女性プレイヤーの一団を激写した。なお、彼女らはそのゲームにおける『保安官』というジョブだったらしく、『密猟者』のジョブだったブギーマンは容赦なく射殺された。

 この時の写真が評価され、ブギーマンはVRゲーム専門雑誌『ライトニングVR』にスカウトされた。そして、かつて自分の写真を褒めてくれたポニーテール女性こと、エネエナとの再会だった。

 その後は紆余曲折があり、DBOのサービス開始初日に取材でログインし、現在はデスゲームに囚われの身である。

 

「それで先輩、追うにしてもネタがあるんですか?」

 

 ハンバーグのような焼いた挽肉が包まれた焼きおにぎりを食べながら、ブギーマンは窓の外の真冬の光景に不似合いなアイス珈琲を飲むエネエナに問う。

 オリジナル料理が美味しい事で有名な酒場ワンモアタイム。最近になって昼間はカフェとしてもオープンするようになり、内装もリフォームによって華やかで明るいものになり、終わりつつある街では珍しいお洒落な店として人気を高めている。

 かの有名な菓子職人プレイヤーのテツヤンがプロデュースしたパフェやケーキも販売しており、店主のイワンナの明るい人柄、彼女の友人として経営を手伝っている美人で穏やかなアイラ、そしてサインズ本部からも比較的近い事もあり、多くのプレイヤーが利用している。

 ワンモアタイムはラスト・サンクチュアリの保護下にあるが、彼女達はそれを感じさせない自由な運営をしており、いかなるギルドの所属……敵対ギルドであるクラウドアースの客も差別しない。イワンナ曰く『誰もが寛げる、安心できる空間』を目指しているとの事だ。

 隔週サインズとしてもいずれ特集を組みたいのであるが、イワンナが取材NGとやんわり断っている為、編集部としても貴重な美味い食事が取れる場所を失いたくない事から、辛抱強い交渉を続けている最中である。

 

「あるにはあるわよ。その前に、アンタの意見を聞いておきたいわ」

 

 隔週サインズはその名の通り2週間ごとの発刊であるが、編集部は僅か5人しかいない。取材もせいぜい1週間で済まさねばならないハードスケジュールだ。故に、各員は常にネタを集め、温存し、ここぞという時に放出する気構えが無ければならない。

 そもそも隔週サインズとは、傭兵斡旋ギルドであるサインズが発行する隔週雑誌である。元々は傭兵向けのアイテムや武器の紹介、3大ギルドの広告、また傭兵雇用の促進を狙った傭兵の紹介記事など掲載していたが、傭兵インタビュー特集が火付けとなり、今ではすっかり本来の立ち位置を忘れた娯楽雑誌である。

 

「そうですね、俺としてはやっぱり可愛い女の子を撮影したいし、『強い女子』特集で女性上位プレイヤーたちを取材するってのはどうです?」

 

「1人や2人ならともかく、特集汲めるほど今からアポイントメントなんて取れるわけないでしょ? 1人に絞ってインタビューするにしても、やっぱり交渉も含めて2週間か3週間は必要よ」

 

「ですよねー。だったら、最前線に同行して密着取材とかどうです? タイトルは『最前線ダンジョンを取材! DBO攻略の今!』みたいな!」

 

「……アンタ、レベル幾つだっけ?」

 

「22です!」

 

「今の最前線が幾つか知ってる? 最低でも45よ。死ぬに決まってるじゃん。それに最前線に行くにしても記憶の余熱を回収しないといけないし。そうなると、傭兵雇って護衛してもらって、必要な記憶の余熱を手に入れるにしても、取材時間が足りないわよ」

 

 確かにその通りだ、とブギーマンは腕を組んで唸る。

 DBOはレベル20まで上昇し易いが、それ以降の必要経験値量が大幅に増加する為、スキル枠目当てのプレイヤーは大体が20でレベリングを止める。それ以降は地道に安全に経験値を稼ぎながら、少しずつレベルアップしていくのである。

 ここで厄介になるのがDBOの経験値分配システムだ。与えたダメージや戦闘貢献度によって決定される為、上位プレイヤーとパーティを組んで護衛してもらいながら収得経験値が高いモンスターを狩っても、分配経験値は微々たるものだ。徹底したパラサイト対策が施されているという、茅場の後継者の執念のようなものを感じる。

 DBO最大の鉄則は『経験値は自分で稼げ』である。これこそが大多数の貧民プレイヤーが現状から抜け出せない最大の原因にもなっている。

 スキル枠を9枠まで増やせるレベル20に到達できるか否か。これこそがDBOにおいて『不足ない生活』を送る1つの基準にもなる。戦闘系スキルを潔く諦めて≪鍛冶≫

≪農業≫、≪採掘≫、≪採取≫などのスキルを入手すれば、大ギルドの雇用チャンスをつかめるのだ。

 

「他に無いの? 他に!?」

 

 相変わらず喧しい人だ。デスゲーム開始の宣告の時に泣いていたのが懐かしい……とブギーマンは回想に浸りそうになるが、何かがおかしいなと記憶を精査する。

 

 

 

 

 

 

『これってSAOと同じじゃん! ヒャッハー! 生還すれば特ダネじゃあああああ! 売れる! 売れるわよ! 1000万部狙えるわよ!』

 

 

 

 

 

 

 全然違った。むしろ、興奮し過ぎてブギーマンの首根っこを引っ張って即日レベリングに赴く程にノリノリだった。

 あの時は本気で死ぬと思ったものである。幸いにも、近くの廃村でレベリングをしていたという、【青の騎士】ことディアベルに助けてもらっていなければ、2人して今頃はあの世で茶を啜っていた事だろう。

 

「じゃあ、先輩の目星は何なんですか?」

 

 駄目出しばかりではブギーマンも口を尖らせたくなる。そこまで言うならば、エネエナの特ダネ候補とやらを聞かせてもらうではないか、と彼はハーブティーを口にしながら尋ねる。

 

「ふふふ、聞いて驚きなさい。それはね……」

 

「それは?」

 

「そ、それはね……」

 

「それは?」

 

「…………ちょっとタイム」

 

 やっぱり何も考えてないのではないか、とブギーマンは頭を抱えるエネエナに呆れる。編集長に啖呵を切った時点で分かっていた事であるが、この考え無しの猪突猛進だけが取り柄の先輩には、ネタの候補など元より無いのだ。

 やはり、無難に女性プレイヤーのファッション特集とかで良いだろう、とブギーマンが主張しようとした時、エネエナが限りなく嫌な予感がする三日月を口元に描いた。

 

「フフフ、ちゃんと特ダネ候補はあるに決まってるじゃない」

 

 アイス珈琲をストローで飲み干したエネエナは、とびっきりの秘密でも伝えるかのように声を潜めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「UNKNOWNの素顔を暴くわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 この人の怖いもの知らずは病気だな。ブギーマンは、傭兵業界3大タブーの1つに切り込もうとするエネエナにある種の感動を覚えながら、こういう寒い日には本当にハーブティーが身に染みるとティーカップを傾ける。

 

「ちょっと何よ、その反応は!? もう少し『さすが先輩! リスペクト待ったなしですよ、先輩!』くらい泣きながら感動するところでしょ!?」

 

「感動はしてますよ、感動は」

 

 そんなんだから政治部からゲーム雑誌に異動になるのだ、とまではブギーマンも哀れ過ぎて言えなかった。タブーだろうと何だろうと踏み込み、真実を暴こうとする姿勢には敬意を覚えるが、これ程までに『身の程を知れ』という言葉が似合う人もいないだろうな、と彼は感嘆する。

 

「アンタも疑問に思わないの? わざわざ素顔を隠して傭兵業をやっているUNKNOWNが何者なのか、知りたくないの!?」

 

「そりゃ知りたいですよ。あんな露骨に隠されたら、気にするなって方が無理ですから」

 

 傭兵ランク9ではあるが実質的に最強の傭兵として認識され、ランク1のユージーンがライバル視する傭兵、【聖域の英雄】UNKNOWN。彼個人でラスト・サンクチュアリは支えられていると言っても過言ではない。

 あらゆる依頼を完璧にこなし、ボス戦に参加すれば多大な戦果を挙げる。ラスト・サンクチュアリと敵対するクラウドアースすら、時として依頼する事がある程だ。

 以前インタビューを申し込んだことがあるが、もちろんNGである。その素顔はおろか、声すらも聞いた者はいないとされているのだ。協働する傭兵ともコミュニケーションは全てインスタントメールで行う徹底ぶりだ。

 

「だけど、暴くにしてもどうやってするんです? まさか本人に直訴するんですか?」

 

「バーカ。そんなのとっくに試したに決まってるじゃない」

 

 試したんだ。さすがと言うべきかどうか迷うブギーマンであるが、このチャレンジ精神だけは素直に尊敬できた。

 

「じゃあ、どうするんです?」

 

「幾らUNKNOWNでも風呂に入ってる時は仮面も被ってないでしょ。そういうわけで、アンタ今からラスト・サンクチュアリ本部に潜入して風呂場を盗撮してきなさい」

 

「嫌です」

 

「即答すんな!」

 

「嫌です。野郎の裸体盗撮なんて死んでもご免です。ついでに言えば、自殺願望は無いので嫌です」

 

 女風呂を盗撮して死ねるならば本望だが、男風呂を盗撮して死ぬなど末代までの恥だ。頑なに譲らないブギーマンに、先に根負けしたエネエナは溜め息を1つ吐く。

 

「……ネタ帳でも確認しますか」

 

 そう言ってエネエナが取り出したのは赤い革張りの手帳だ。ネタ帳には隔週サインズ編集部で共有されている情報が多数記載されている。明らかな虚言から真実味を帯びた噂まで、DBOのありとあらゆるネタの種が詰まっているのだ。

 

「ディアベルさんに結婚疑惑。謎の眼帯少女と実は恋人同士なんじゃないかって噂があるけど、追う価値はあるんじゃない?」

 

 DBOには結婚システムがある。アイテムストレージの共有や有用な効果が得られる結婚指輪、また結婚したプレイヤー限定イベントなども存在するが、そうした実利を省いても結婚する最大の理由は、やはり男女関係を確かなものとして形を得たいという願望だろう。

 

「でも、それって本人は否定してるんですよね?」

 

「そりゃ否定するわよ。ディアベルさんは大ギルドのリーダーよ? 結婚となれば大事に決まってるじゃない。もしかしたら、この眼帯少女って太陽の狩猟団のメンバーなのかもしれないわね。ロミオとジュリエットみたいでロマンチックだと思わない!?」

 

「先輩って意外と乙女ですよね。今年で確か2×歳なのに」

 

「黙りなさい、童貞野郎が」

 

 黙ってればそれなりに美人なのに、と自分の事は棚に上げてブギーマンは鬼の角を伸ばすエネエナに嘆息する。

 

「『眼帯少女の謎を追った者は白い悪魔と出会う』って噂、先輩も知ってるでしょう? 以前被害者にインタビューした事ありますけど、記憶が飛ぶくらいに酷い拷問をされたみたいですよ? 1部は憶えていたみたいですけど、ナメクジいっぱいの壺に頭から突っ込まされたとか、ゴキブリを生のまま口に押し込まれたとか……」

 

「別のにしましょう。他人の恋路を邪魔して馬に轢き殺されるとか笑えないわ」

 

 その変わり身は潔し。エネエナの数少ない弱点が虫なのだ。ブギーマンとしては、美少女と噂の眼帯少女を写真に収めたいのでそれなりにやる気だったので、この判断は少し残念である。

 

「とは言ってもねぇ、特集組めるネタともなると……あとは連続通り魔事件とか、【クリスマスの聖女】とかくらいしかないわよね」

 

「連続通り魔事件って、もしかして【絶剣】ですか?」

 

 多連撃のOSSを所持する謎の辻斬りプレイヤー、その余りの強さに付いた名は【絶剣】。噂ではUNKNOWNのように仮面をつけた女性プレイヤーらしく、凄腕のプレイヤーだけを狙ってデュエルを仕掛けてくるらしい。ブギーマンも何度か取材を試みたが、そもそも自分が負けた事を喧伝するプレイヤーがいるはずもなく、追いきれずに放置していたネタの1つである。

 だが、どうやらエネエナの言う通り魔事件とは別件らしく、彼女は首を横に振る。

 

「違うわよ。アンタ、本当に会議の内容を聞いてないのね」

 

「女の子の話以外憶える価値があると?」

 

「最低過ぎて逆に見直したわ」

 

 それ程でもない。胸を張ったブギーマンは、【絶剣】ではない別の通り魔事件とは何だろうかと疑問を抱く。

 

「正直、これも【絶剣】と同じくらいに追いようがないのよね。分かってるのは被害者が男性ばかりってくらい。取材しようにも被害者は皆口を噤んでるみたいだし。兜だけを装備したブーメランパンツ姿の男が事件現場から逃走していくのを見たって噂はあるけど、変態過ぎて典型的な面白おかしい嘘よね。ダンベルラバーとキャサリンはこの事件をもう1度調査してみるらしいけど、期待しない方が良いわ」

 

「ですね。それに仲間の手柄を横取りってのも嫌ですし」

 

「そういう事。だったら、あとは【クリスマスの聖女】くらいよね。でも、これも謎の中の謎だし」

 

 唸るエネエナの悩みにブギーマンも同調する。

 先のクリスマス、黒鉄宮跡地前の広場で行われた慰霊祭にて、突如として聞こえた、下手な上に旋律だけだった為に分かり辛かったが、まるで天使が歌っているかのような赤鼻のトナカイ。

 当時は慰霊祭に取材で赴いていたブギーマンも耳にしたが、まさしく聖女の祝福だ。あれ程までに感情が乗った美しい歌声を彼は聞いた事が無かった。

 もちろん、隔週サインズ編集部は通称【クリスマスの聖女】の正体を探った。当初は3大ギルドの何処かのサプライズという見方が強かったが、いずれのギルドも調査しているという情報から、3大ギルドに所属する女性プレイヤーではないという線が濃くなり、やがて手詰まりになったのである。

 あんな歌声の持ち主なのだ。きっと、美人で清楚で優しい女性に違いない。そう意気込んでいただけに、【クリスマスの聖女】を追うともなれば、ブギーマンもやる気を引き上げる。

 

「だけど、これが空振りだった時はどうしようかしらねぇ」

 

 エネエナの懸念は尤もだ。取材猶予は長く見積もっても1週間だ。【クリスマスの聖女】を特集記事に据えるとしても、大した成果を得られなければ、とてもではないがページを埋める事はできないだろう。

 だからと言って、連続通り魔事件を追うダンベルラバー達に期待するわけにもいかない。やはり保険で、堅実かつ確実に記事できるネタも並行して追うべきだろう。【クリスマスの聖女】の正体が分からなければ、そちらのネタを使えば良い。仮に【クリスマスの聖女】で特集できるだけの成果があれば、堅実なネタの方は次号に採用すれば良いのでどちらにしても無駄にはならないだろう。

 そうなると、確実に特集を組めるネタの方を考えねばならない。追加注文でホイップパンケーキを注文したエネエナを見て、ブギーマンはハーブティーのお替りをアイラに頼む。儚げな美人のアイラは、まだ接客業になれていないのか、ぎこちなく笑みながら注文をカウンターの奥で忙しげに料理や飲み物を作るイワンナに告げに行く。

 

(う~む、アイラさんもやっぱりポイント高いよなぁ。何というか、『未亡人』って感じのエロさがあるっていうか……是非とも最高の1枚を撮らせていただきたい!)

 

 それもローアングルで! 鋭い眼光でアイラを激写するならば、やはり彼女の儚さを演出できる夕暮れ、あるいは真逆の早朝が良いだろうな、とブギーマンはにやける。

 

「やっぱり傭兵特集かしらねぇ」

 

「でも、もう名のある傭兵のインタビュー記事は全部書いちゃいましたよ? 低ランクの傭兵のインタビューも良いかもしれませんけど、それこそ特集でするようなものじゃないでしょう? あ、そうだ! 上位ランカーを集めて飲み会記事とかどうです!? 題して『上位ランカー、アルコール入りぶっちゃけトーク特集!』みたいな」

 

「企画としては悪くないけど、時間的に無理ね。ランカーは乗り気でも、バックにいるギルドの許可を簡単に取れるとは思えないわ」

 

 上位ランカーの大半は何処かしらのギルドとパートナー契約を結んでいる。インタビュー記事のアポイントを取るにしてもギルドを通さねばならない。そうなると、アルコールトークを開くにしても時間的にはギリギリ、間に合うかどうかと言ったところだろう。求めているのは堅実ネタのはずなのに、そんな博打はできない。

 

「……あ、1人だけいたわ。インタビューもしてなくて、特集も組んだことが無い、知名度だけは変な方向にある傭兵。しかも、ギルドの承認なんてまどろっこしい真似しなくて済む独立傭兵」

 

「そんな都合の良い傭兵なんているわけないでしょう? 先輩、現実逃避しないでください」

 

 独立傭兵はアポイントメントも簡単だった為、早期に特集を組んでしまっている。だから、特集を組んでいない名の売れた独立傭兵などいるはずがない。

 そこまで思考が到達し、ブギーマンは『例外』たる独立傭兵を思い浮かべ、背筋を冷たくする。

 

(いやいやいや! 自殺願望があるんじゃないかと思う程の怖いもの知らずとチャレンジ精神の先輩でも、幾らなんでも……)

 

 だが、明らかに猪突猛進モードの光が宿ったエネエナの目を見て、ブギーマンはツッコミの準備をした。

 

 

 

 

 

「【渡り鳥】の特集を組むわ」

 

「先輩の墓は何処に建てれば良いですか? 安心してください。毎日献花しますから」

 

 

 

 

 

 0.1秒未満の切り返しにエネエナは、不満そうに椅子にもたれる。デザートをお預けされたような彼女の顔に、ブギーマンはなるべく怒鳴らないように、なおかつ真剣みを帯びさせた声音で口を開く。

 

「『命を何とも思わない狂人』、『ジェノサイドモンスター』、『SAOが生んだ殺人鬼』……【渡り鳥】だけには手を出しちゃ駄目ですよ。編集長すらストップかけてるんですよ?」

 

 傭兵業界3大タブーの1つ、【渡り鳥】。

 情報操作で幾分か自分の悪名を隠蔽しようとしているようだが、情報屋同様にネタを追い続ける隔週サインズ編集部は惑わされていない。ましてや、編集部の5人は全員がリアルでもVR関連記者なのだ。当然ながら、SAO事件に関してもそれなり以上の知識がある。

 狙った獲物は確実に仕留め、SAO時代には単身で数々の犯罪プレイヤーを暗殺。彼の手にかけられたプレイヤーは241人。特に末期には無抵抗の低レベルプレイヤーを虐殺したという未確認情報もある、殺人鬼にして虐殺者。

 DBOでは、ディアベルの伝説的活躍が成された腐敗コボルド王戦に参加し、寄生攻撃されたプレイヤーを障害と見做して惨殺し、更にそれの敵討ちをしようとしたプレイヤーも殺害。その後、仲間を殺されたプレイヤー達の1部は復讐を誓ったようであるが、行方不明になっている。

 傭兵業でもその残虐性は見られ、依頼達成率は100パーセントでありながら、依頼主からも危険視されている傾向がある。ランク41と低ランクなのも、大ギルドが『首輪』を付けたがっているからなのではないかとブギーマンは睨んでいる。

 

「だからこそよ。こんな特ダネを放置して、アンタは悔しくないの? 売れるわよぉ! 人間ってのはね、フィクションのようなノンフィクションを求めるものなのよ。噂は耳にしているけど、それを記事として読むことができたら、読者にとって最高のエンターテイメントになるわ」

 

 確かにエネエナの言う通りではある。【渡り鳥】はネタの宝庫だ。彼ならば特集ページも十分に稼げるだろう。だが、相手が相手だ。変に面白おかしい記事を書いて報復されれば、エネエナのみならず、編集部の全員が殺されかねない。

 さすがに止めねばならない。だが、アクセルを踏んでしまったエネエナを止める手段が思いつかず、ブギーマンは丁度ホイップパンケーキとハーブティーを運んできたアイラに協力してもらおうと声をかける事にした。

 

「アイラさん、ちょっと聞いてくださいよ! 先輩がまたブレーキ利かなくなっちゃったみたいで」

 

「そ、そうなんですか。大変ですね、雑誌の記者さんも……えと、ブギーマンさん?」

 

 名前を憶えていてくれた! 盆を胸元で抱え、はにかみながら自分の名前を呼ぶアイラに、感激してブギーマンは号泣しそうになる。

 

「そうなんですよ! 先輩ったら、あの【渡り鳥】の特集を組むって言いだしたんですよ! インタビューして、あの殺人鬼の晩餐になろうとしてるんですよ! この人の死にたがり止めてください! どう考えても初期装備の木の棒で魔王退治に行くような物だって説得してくださいよ!」

 

 ブギーマンとしては、アイラが全力で止めてくれるものだろうと期待しての事だった。だが、彼女は何故か困ったように笑い、そして切なそうに目を伏せた。

 

「あの人は……言われている程、怖いばかりじゃないと思いますよ。とても優しい人、ですから」

 

「え?」

 

「アイラ! ほら、次の料理持って行って!」

 

 それはどういう意味だろうか? 思わず呆けたブギーマンが真意を問おうとするよりも先に、イワンナがアイラを呼び、彼女は会釈して去っていく。

 今の口振りは、まるで【渡り鳥】と交流があったかのようだ。いや、ワンモアタイムはサインズからも近いのだから、もしかしたら【渡り鳥】も何度か足を運んでいるのかもしれない。

 

「そう言えばさ、忘れられがちだけど、【渡り鳥】って【黒の剣士】の相棒だったのよね?」

 

 ホイップクリームといっても、あくまで食感を再現しているだけで本物には及ばない。だが、テツヤンの日々の研究の成果か、毎日のように味は進化し続けている。エネエナはナイフとフォークでパンケーキを切り分けた。

 

「【黒の剣士】はどうして悪名高い【渡り鳥】を相棒にしたんだろうね。他にも強いプレイヤーはたくさんいたはずなのにさ」

 

「言われてみればそうですね」

 

「噂ばかり広まってさ、【渡り鳥】がどんな人間なのか、まるで分かってないわけじゃん。本とかでも【渡り鳥】はとにかく残虐って書かれてるばかりで、どんな人物だったのかはほとんど記述が無い。だから、私は知りたいわけ。ジェノサイドモンスターとか言われてる【渡り鳥】がどんな奴なのか」

 

 結局のところ、この人の原動力は『知りたい』という好奇心だ。どうせ止める事ができないならば、後輩として地獄行きのツアーに同行してレールから踏み外さないようにサポートするとしよう。ブギーマンは諦めながらも、こういう先輩だからこそ一緒にいるのは楽しいのだと内心で笑った。

 方針は決まった。ダンベルラバーとキャサリンは連続通り魔事件を、ブギーマンとエネエナは【クリスマスの聖女】と【渡り鳥】を調査する。

 

「とりあえず、【クリスマスの聖女】の始まり、黒鉄宮跡地前広場に行きましょう。何事もスタート地点が大事なのよね」

 

 ワンモアタイムを後にしたブギーマンたちは、雪が絨毯のように広がる終わりつつある街の大通りを歩く。今日は晴天の青空であるが、凍えるような空気は2月に相応しく寒々しい。

 貧民プレイヤー達はドラム缶で焚火をして暖を取っている。1歩間違えば、自分もあのような貧民プレイヤーだったのではないかと思うと、ブギーマンは身震いした。あの日、テンションが暴走したエネエナに引っ張ってもらっていなければ、今頃は彼も貧民プレイヤーとして絶望の毎日を送っていただろう。

 

「さてと、情報を纏めると、どうにもあの釣鐘の塔で【クリスマスの聖女】は歌ってたみたいなのよね」

 

 以前に【クリスマスの聖女】を探った時の地道に聞き込み調査にて、その音源が何処にあったのか隔週サインズ編集部はつかんでいる。彼らの情報収集能力は並の情報屋を上回るのだ。

 黒鉄宮跡地には慰霊碑オブジェクトが設置されている。慰霊祭に合わせて作られた急造品であるが、それ故に無駄な装飾が無くシンプルでブギーマンの好みだ。彼らは手を合わせて死んでいったプレイヤーに祈りを捧げる。

 鉄柵に覆われた敷地内に建てられた釣鐘の塔は、その屋上に青銅の鐘があり、何らかの警鐘として利用されているだろう。だが、特にイベントらしいイベントもなく、多くのプレイヤーは黒鉄宮跡地の場所を確認する目印として利用している。

 鍵もかかっておらず、内部に入るのは簡単である。これならば誰でもクリスマスには釣鐘の塔を上ることができたという事になる。

 

「そういえば、特にラスト・サンクチュアリが【クリスマスの聖女】を探しているらしいですね」

 

 長い階段を黙って上り続けるのもなかなかの苦行である。現実の肉体のように疲労は堪らないが、精神的には辛いものがある。ブギーマンは木製の階段を踏みしめながら、先を進むエネエナに話しかける。

 

「みたいね。他のギルドよりも、かなり力を入れて調査したらしいわ。どうせ【クリスマスの聖女】をスカウトして人気集めに利用したいんじゃないの? ラスト・サンクチュアリも【聖域の英雄】様のお陰で盛り返したようなものだし、もう1つ広告塔が欲しいんじゃないかしら」

 

「ですかね? なーんか、動きがおかしいような気がして」

 

 多額の費用がかかる傭兵すらも雇って【クリスマスの聖女】を探そうとしているラスト・サンクチュアリのリーダーであるキバオウの動きには、どうにも別の思惑があるように思えてならない。だが、形を成していない靄のような疑問である。

 間もなく屋上という時、先行するエネエナが足を止める。

 一体何が? 尋ねようとしたブギーマンに対し、エネエナはハンドサインで『≪気配遮断≫と≪消音≫を使用せよ』という指示を出す。

 ブギーマンは緊張した面持ちで2つのスキルを発動させ、エネエナの隣に向かい、2人揃ってこっそりと屋上を覗く。

 青空に映える巨大な青銅の釣鐘、終わりつつある街を見回せるだけの高さがある屋上には、冬の風でコートを靡かせる1人の男がいた。

 元より施錠されていないのだから誰がいてもおかしくないのであるが、どうにも雰囲気に哀愁が漂っている。エネエナと顔を見わせたブギーマンは、まずは自分が話しかけるとジェスチャーで主張するも、彼女は首を横に振って先に屋上へと躍り出る。

 2人の≪気配遮断≫と≪消音≫の熟練度は上位プレイヤーすらも上回る程だ。コートの男はこちらの存在に気づいている様子は無い。

 

「良い景色ですよね。私もここから見える風景が好きなんですよ」

 

 エネエナはわざと≪消音≫を解除し、雪を踏み鳴らしてコートの男の隣に立つ。彼からすれば、いきなりエネエナが隣に現れたように思えただろう。明らかな驚いた様子を見せた。

 

「あ、ああ。そうだな。キミは?」

 

「隔週サインズ記者のエネエナです。どうぞお見知りおきを」

 

 さすがは先輩! 相手に主導権を与える事無く、あっさりと握手を交わすエネエナの記者スキルの高さにブギーマンはガッツポーズする。

 風景から突如として出現した2人へと目を向けたコート男は、何処か困ったように腰に手をやった。

 

「人が悪いな。≪隠蔽≫……いや、≪気配遮断≫と≪消音≫の組み合わせか。まるで気づかなかったよ」

 

「プロですから」

 

 にっこりと笑うエネエナに、コートの男は苦笑する。トレンチコート、ズボン、鍔付き帽子、そして縁あり眼鏡を付けた男は、禁酒時代のアメリカンギャングを彷彿させる。その全てが黒色で統一され、唯一例外として首に巻いているマフラーだけは白色だ。

 深く帽子を被った男の素顔は見えないが、声からして若い……20歳前後だろう。帽子から漏れる髪も黒であり、このプレイヤーは余程黒色に愛着があるんだろうな、とブギーマンは感想を抱く。

 

「隔週サインズか。良く読ませてもらっているよ。今日も取材で?」

 

「本当は秘密なのですが、お教えしましょう。【クリスマスの聖女】の再調査を進めているんです」

 

 で、出たぁ! エネエナ先輩の殺し文句『本当は秘密なのですが』だ! ブギーマンも知るエネエナが情報を引き出すトーク術だ。人間は『秘密を教えてくれる』という行為に優越感を抱き、自分が特別な存在とか運が良いとか勝手に思い込む。その隙を狙って彼女は情報を引き出すのだ。

 

「……【クリスマスの聖女】って、慰霊祭の?」

 

 明らかに黒コートの雰囲気と声のトーンが変わる。だが、それはブギーマンが想像していたのとは違う、やや殺気立ったものだった。

 

「え、ええ……そうです」

 

 その異常を感じ取ったのだろう。エネエナは無意識に1歩後ずさる。元より戦闘スキルは皆無に等しい2人では、たとえ同レベル帯のプレイヤー1人が相手でも、暴力で訴えられた勝ち目はない。その分逃げ足だけは特化しているが、閉所の屋上ではそれを活かすことはできないだろう。

 

「ご様子からして、釣鐘の塔に思い入れがあるようでしたから。何かご存じないかと……」

 

「……情報はある。話しても良いが、条件がある」

 

 エネエナとブギーマンは視線を合わせ、とりあえず聞くだけ聞こうと合意する。タダで情報を貰おうなどと2人とも思っていない。相応の謝礼の準備はあるのだから。

 だが、黒コートの要求は2人の予想外のものだった。

 

「俺も取材に同行させてくれ」

 

「え? い、いや、それは困ります! 部外者を取材に同行させるなんて、そんな……」

 

 さすがのエネエナも困惑する。当然だ。このような要求は現実世界も含めて、過去に例のないものだからである。

 ここは俺の出番だな。幾ら命知らずでチャレンジ精神の塊のようなエネエナでも女性だ。男性に迫られれば恐怖心で折れかねない。ブギーマンは唯一の武器である腰のナイフを意識しながら2人の間に入る。

 

「謝礼なら支払えますが、取材の同行は許可できませんね」

 

「そこを頼むよ。もちろん、こんな無茶なお願いをするんだから、こちらから払うべきものは払うよ。対価は俺が持つ【クリスマスの聖女】の情報全てだ。実はラスト・サンクチュアリと繋がりがあってね、彼らが集めた情報を全部持ってるんだ。それを提供するよ」

 

 これは破格の条件だ。幾ら隔週サインズ編集部が並の情報屋以上と言っても、大ギルド級の情報網には及ばない。人数だけは腐るほど抱え、また貧民プレイヤーからも支持を集めるラスト・サンクチュアリの情報収集力……特に終わりつつある街での情報網は馬鹿にならない。

 だが、問題はこの提案が何処まで真実なのか、である。口では何とも言えるのが世の中だ。情報という無形のものならば、その精度は尚更求められる。

 

「困ったわね、どうする?」

 

「どうするって先輩……駄目に決まってるでしょう」

 

 ラスト・サンクチュアリの持つ【クリスマスの聖女】の情報は魅力的であるが、やはり取材同行を許可するわけにはいかない。

 だが、黒コートの男は諦めきれないのか、帽子を脱いで頭を下げる。

 

「頼む! 1週間で構わない! アンタ達の取材に同行させてくれ! 俺は……俺はどうしても知らないといけないんだ。【クリスマスの聖女】の正体を!」

 

 深く頭を下げる黒コートの男が再び顔を上げた瞬間、ブギーマンが聞いたのは、天使の矢がエネエナのハートを貫く幻聴だった。

 顔を上げた黒コートの顔立ちは……どう評価してもイケメンである。ブギーマンは自分をビジュアル系イケメンと自認しているが、こちらは正統派のイケメンだ。そうでありながら、その目は何処か迷子の子犬のようでいて、女性の母性本能を擽る。

 

(ヤバい! 先輩の最大にして致命的な欠点! それは――)

 

 取材同行拒否宣言をしなければならない! ブギーマンが口を開こうとするが、それより先にエネエナの鋭い手刀が喉に叩き込まれれて声が潰される。

 

「構いません! いえいえ、むしろこちらからお願いします!」

 

 黒コートの男の手を握りしめ、顔を紅潮させたエネエナが壊れた人形のように何度も頷く。

 喉を押さえながら唸るブギーマンはうな垂れる。

 

(先輩……本当にイケメンに弱いなぁ)

 

 面食い。エネエナはとにかく美形男子に弱いのである。それが元で情報漏洩した回数は両手の指でも足りず、どちらかと言えば、それが原因で政治部からゲーム雑誌に回された程である。

 

「ありがとう。取材と言えば危険が付き物だろ? それなりに腕には覚えがあるから、ボディガードだと思ってこき使ってくれ」

 

 帽子を被ってお礼を述べる黒コートを見て、もうどうにでもなれ、とブギーマンは諦めた。

 

「そんな事させませんよぉう! あ、それよりもお名前! お名前聞いて良いですか!?」

 

 くねくねと体を捩じらせる2×歳独身に、黒コートはやや退きながら頷く。

 

「俺はキリ――」

 

「「キリ?」」

 

「キリ……マンジャロだ。1週間よろしく頼む」

 

 キリマンジャロか。きっと自然番組とか見ながら決めてしまったんだろうなぁ、とブギーマンは哀れんだ。

 今回の取材は最初から波瀾万丈だが、どうせ【渡り鳥】が関わって来るのだ。この黒づくめ野郎はせいぜい肉壁として利用してやろう、と目をハートにするエネエナが面白くなく、ブギーマンは鼻を鳴らした。




新キャラクターも参戦というわけで、次回から本格取材編です。

それでは、133話でまた会いましょう。

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