SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回は壁(妖精王)を準備しました。
あとブラックコーヒーも準備しました。
残念ながら麻婆豆腐は売り切れです。


Episode14-8 月下狂乱

 振り回せば嵐の如く、振り下ろせば雷の如し。特大剣はリーチと攻撃力と引き換えに過大な重量とスタミナ消費というリスクを背負う。

 必然として機動力は失われ、その巨大さ故に攻撃は単調になり易い。一撃の破壊力に惹かれて特大剣を手にしたプレイヤーは、その魅力的な高火力に驕り易い。スタン蓄積も優秀となれば、特大剣1本あれば攻略など余裕だと錯覚する程だ。 

 だが、そうしたプレイヤーは真っ先に淘汰される。前述したように、特大剣はその重量とリーチ故に武器に振り回され、また火力が出過ぎるからこそ単調になり易い。対人戦では、上位プレイヤー程に特大剣の勝率は極めて悪いとされている。これは敵の攻撃を掻い潜る事が常である上位プレイヤーにとって、攻撃の軌道が読みやすい特大剣の攻撃など、特大剣級の威力の攻撃を複雑怪奇に連発してくるボスを相手取る彼らからすれば児戯に等しいからだ。また、モンスターも特大剣のスタン蓄積に耐えて反撃してくる者も少なくないので、武器の性能に依存した特大剣使用者は次々と死亡した。

 故に求められるのは鍛錬。ひたすらに特大剣の扱いを熟知せねばならない。

 

(その1、特大剣の基本は『牽制』!)

 

 場所は現最前線ステージ≪隻眼王ザリの記憶≫。このステージは本来ならば拠点となるべき街がメインダンジョンという、街自体がステージでダンジョンでもあるトリニティタウンの記録と似ている。城壁に囲まれた巨大な都市に侵入すべく、南北のどちらかの城門、あるいは地下水路からの侵入を選ばねばならない。地上からは多量のモンスターが、地下では厭らしいデバフ攻撃を仕掛けてくる不潔なモンスターが出現し、攻略は困難を極めていた。

 そして、ラジードはそんな攻略部隊の1員として参加しているのであるが、彼はあえて仲間とのパーティ行動を断わり、ソロで攻略を続けていた。

 現在、南の城門からの攻略を試みている太陽の狩猟団は、他の大ギルドの勢力よりも先んじてボスが待つ中心部の王城へと迫っている。

 魔法災害で壊滅したという設定らしく、登場するのはいずれも結晶に侵蝕された兵士や騎士、場合によっては市民だ。結晶市民は貧弱であるが、とにかく数で押してくる上に、攻撃を喰らう度に呪いが蓄積し、レベル1の呪いで『回復制限』がかかってしまう。呪いは他のデバフとは違い、一癖も二癖も厄介な効果を発動する。この回復制限は、連続での回復アイテムの使用を禁じるというものだ。1分間ごとにしか回復アイテムが使えないという事は、それだけ大きくHPを回復させる高値のアイテムを使用しなくてはならないという事に他ならず、結晶市民自体は経験値もコルも少量しか落とさない為にコストばかりが嵩んでしまう。

 逆に結晶兵士と結晶騎士は呪いを蓄積させない代わりに馬鹿げた程に攻撃力があり、一撃一撃が予想外の大ダメージを叩き出すのだ。

 ラジードが相手取るのは3体の結晶兵士を連れた結晶騎士だ。結晶兵士は結晶に侵蝕された片手剣と盾を持ち、結晶騎士は同じく侵蝕を受けた荘厳な鎧に相応しい重厚な盾と槍を装備している。

 理性を失った結晶騎士の指揮で結晶兵士3体がラジードを取り囲む。場所は結晶で水が氷のように固まった噴水広場であり、間合いは十分に取れる。ラジードは今の愛剣である【蛮竜兵の特大剣】を引き抜き、回転斬りの要領で石畳を削り飛ばしながら囲む結晶兵士が飛びかかるのを防ぐ。

 DBOのモンスターは優秀なオペレーションが組まれ、なおかつ戦闘データを蓄積し、定期的にアップデートされていく傾向がある。つまり、戦闘を重ねれば重ねる程にパターン化が難しくなり、後続のプレイヤーを苦しめる。もちろん、最前線で戦うプレイヤーからすれば豊富なオペレーションを解析しながら戦わなければならず、それもアップデートで僅かな穴を埋められ、また新しい攻撃パターンを得て攻めてくるので、決して楽ではない。むしろ、情報が欠如している分だけアドリブが求められる。

 だが、それでも後続プレイヤーは『最前線プレイヤーは狩りたい放題でレベルを上げられて羨ましい』という妬みを抱く。ラジード自身も最前線に立つ以前はその感情を持たなかったと言えば嘘だ。今は過去のそんな自分をぶん殴って最前線に放り込んで性根を叩き直したいくらいである。

 

(その2、特大剣は『盾』と思え!)

 

 結晶兵士の片手剣の突きを特大剣の刀身で防ぎ、そのまま押し返す。生半可な盾よりも頑丈な特大剣は盾としても優秀だ。最前線のモンスターの攻撃を受けても、そのガード性能でラジードのHPは揺らぎもしない。逆に弾かれて体勢を崩したところに蹴りを打ち込み、そのまま大きく振り上げる。

 

(その3、特大剣は『一撃必殺』ではない!)

 

 脳天から特大剣を振り下ろし、結晶兵士のHPが7割以上消し飛ぶ。クリティカルダメージではあるが、片手剣の連撃ソードスキルがフルヒットしたのと同等のダメージだ。これが通常攻撃である。多くのプレイヤーが安易に特大剣に手を出すのも仕方ないだろう。

 だが、その振り下ろしの隙に左右から結晶兵士が斬りかかる。斬られた結晶兵士はスタンしているが、指揮をしていた結晶騎士が槍を振るい、ソウルの太矢でカバーに入る。

 ラジードはソウルの太矢を身を捩じって回避し、両脇の結晶兵士の斬撃を特大剣を振り回して防ごうとするも、左側から迫った結晶兵士は横振りのそれを屈んで回避し、逆に彼の腹を斬りつける。HPが減少するも、中量級の防具で身を固めたラジードは片手剣の1発程度でスタンにはならない。ダメージフィードバックの不快感を味わいながら、ここまでは『予定通り』だと歯を食いしばる。

 

(その4、特大剣は『肉を切らせて骨を断つ』!)

 

 誰もがダメージを恐れる。死に直結するデスゲームである以上はダメージを受けないようにするのは当然だ。だが、その心構えは過ぎれば攻めるべき時に攻められない弱さになる。

 特大剣は高火力故に隙が大きい。ならば、ダメージを受けてでも敵を粉砕する1歩こそがその神髄に至る道なのだ。これが出来なければ、特大剣使いになる資格は無い。

 

「うぉおおおおおおおおおお!」

 

 特大剣に赤熱するようなソードスキルの光が……いや、まさしく炎が噴き出して纏い出す。ラジードは蛮竜兵の特大剣を肩で背負うように構えると、そのままソードスキルと炎の赤を纏い、独楽のように回転しながら突進する。

 それは『エクストラ・ソードスキル』の1つ、【ソル・ストライカー】。フルHPの2体の結晶兵士と辛うじて生き残ったもう1体を粉砕し、そのまま炎の斬撃が結晶騎士を襲う。

 分厚い盾で炎の斬撃を受け止める結晶騎士であるが、盾は粉砕されて吹き飛ばされる。耐えきれなかったのが逆に救いになったのか、壁に叩き付けられた結晶騎士のHPは1割を残留させていた。

 即座に体勢を整えた結晶騎士は槍を手に、ソードスキルの硬直で動けないラジードに迫るも、1歩が足りずに復帰した彼は特大剣を背負って腰の片手剣を抜く。レア武器の1つ【アヌビスの審判剣】だ。これも以前使用していた風霊の双剣と同じで、2本で1つのタイプの武器である。ラジードの誓約【アヌビスの代行者】の誓約レベル3になる事で発生した高難度ソロイベント【アヌビスの試練】を突破した報酬で得られたものだ。

 その特徴は霊体への特効ダメージなのであるが、結晶騎士はゴースト系ではないのでその本領を発揮できない。だが、闇属性攻撃力と光属性攻撃力の両方を持つ異質なこの武器は相手の属性防御耐性の低さを突けば手数任せで致命的なダメージを稼げる。逆にこの武器は物理属性がゼロであるので、属性防御力が高いモンスターを相手にすると手も足も出ないのであるが、そこは逆に物理特化の特大剣で戦えるので心配はない。

 左手の剣で槍を捌き、右手の剣で結晶騎士の腹を突く。だが、結晶騎士は寸前でバックステップで回避したかと思えば、槍を空へと掲げると自身に光を集めてHPを3割回復させる。

 

(HP回復能力か。あの槍ドロップするかな)

 

 回復効果があるとなるとMYS系の武器かもしれない。結晶騎士は軽く30体以上は狩っているのであるが、この回復能力は初見だった。どうやら、結晶騎士の能力が強化される程度には奥地にまで到達したようである。

 

(いや、それよりもアヌビスの審判剣のリーチをつかみ切れていない。それが問題だ。あそこで仕留めるべきだったのに、それが出来なかった)

 

 これが対人戦ならば、回避直後に回復せずに反撃してきていたはずだ。いや、高度に柔軟な対応をする『特殊なモンスター』ならば、下手すればラジードの腕を奪っていたかもしれない。今回はダメージ蓄積によって回避重視のオペレーションに変更されていた事が救いだった。

 足りない。まるで不足している。何の為に更なる力を求めて、ギルドという戦力に事欠かない場所にいながらソロで潜っているのだ? 戦闘報酬の全てを独占できるソロは、リスクを背負い続ければ、爆発的にレベルアップしていき、武器やスキルの熟練度も劇的に上昇する。それが最前線ともなれば、成長速度は更に速まる。

 ラジードのレベルは今朝の戦闘で46に到達した。太陽の狩猟団の最強プレイヤーである団長のサンライスは54であり、ミスティアは51だ。4日に1度はレベルアップするラジードの成長速度は異常である。その最大の理由は、寝る時間以外のほぼ全てを最前線でソロを続けるという自殺行為同然のレベリングにある。

 再び結晶騎士が迫る。ラジードはアヌビスの審判剣を交差して受けて立つ……と見せかけて、咄嗟に双剣を破棄して顔が地面を擦れる程の前傾姿勢で疾走し、背中の特大剣を抜いて槍の突きに合わせたカウンターを決める。結晶に侵蝕された両腕ごと結晶騎士の胴体を両断し、彼の背後で赤黒い光が弾けた。

 

「その5……特大剣とは『抜剣』にこそ真価あり」

 

 戦闘終了。息を吐いてラジードはリザルト画面を確認するが、結晶騎士の槍はドロップしていない。代わりに魔術書がドロップしている。魔法剣士を目指しているわけではないラジードには無用の長物であるが、ギルドとしては有益である

 中身は何だろうか? ラジードは結晶騎士がソウルの太矢を使用していた事から、あまり期待できないなと思いながら確認して仰天した。

 

「【ソウルの結晶槍】!?」

 

 かなりのコストが必要になるが、ソウルの槍の発展版の魔法はボスにすら大ダメージを与えられる可能性を秘めている。市場に出せば、100万コル級の値段が付く、間違いなく最上級レアドロップだ。

 もちろん、太陽の狩猟団の1員だからこそ最前線のダンジョンを、ギルドの支援を受けながら潜れるラジードは勝手に売却するような真似はしない。これはギルドに納めるつもりだ。もちろん、こうしたレアドロップをギルドに渡せば相応のコルは得られる。自尊心が高いプレイヤーがギルドの為とはいえレアアイテムを提供するならば、最低限のメリットは無ければならないのだ。

 アヌビスの審判剣を再装備したラジードは燐光紅草を食べてダメージを回復させる。周囲に敵影は無いが、何処からモンスターが出現するか分からない以上はのんびりできない。

 

「やっぱりミスリルメイルは重すぎだな。レザー系で良い防具があれば良いんだけど」

 

 もしゃもしゃと、すっかり慣れた草の味を舌で転がしながら、ラジードは身にまとうミスリルメイルに不満を漏らす。NPC販売のこの防具は中量級防具としてはなかなかの物理防御力と魔法防御力を持ち、魔法属性攻撃を多用してくるこのダンジョンでは有用なのだが、重量級1歩手前である為か、特大剣も装備すれば必然と機動力が大幅に失われる。

 機動力がこれ以上失われれば盾を装備しなければならないが、ラジードの装備枠は初期の2つのままだ。今の戦闘スタイルを変えねばならず、また慣れない盾の扱いに時間もかけねばならない。そもそも何種も武器を扱い、いずれも中途半端になれば本末転倒だ。

 

(クゥリみたいに何種も武器が使えれば……いや、あれは例外。うん、あれは例外だから。僕は地道に片手剣と特大剣を極めていこう)

 

 ラジードの持つ武器系スキルは≪片手剣≫・≪両手剣≫・≪特大剣≫の3つと、これでも多い方だ。特に≪両手剣≫は≪特大剣≫を入手後にはすっかりお蔵入りしている。DBOでは武器系スキルが無くとも全ての武器を装備できるが、ステータスボーナスが得られない、ソードスキルを使えない、という理由から、やはりスキルを得た武器を扱うのが一般的だ。

 

「機動力重視戦なら両手剣、火力重視戦なら特大剣、みたいな感じで切り替えるかな? でも、武器を持ち込めばアイテムストレージが圧迫されるし……」

 

 悩ましい。ラジードは噴水広場を抜け、区画を分ける鉄柵の鍵を開ける。その先に新たなギルド拠点となる白剣を見つける。ラジードはギルドメンバーの権限で白剣を起動させ、太陽の狩猟団の拠点として登録を済ませた。

 

「王城まであと少しか。多めに見て1週間と考えておこう。うん、そうしよう」

 

 ラジードはボス戦参加権限は無く、ミュウが割り振るボス討伐メンバーに選ばれなければ参加できない。だが、こうして功績を挙げ続け、太陽の狩猟団の主力と認知されれば、いずれは参加権限が得られる。そうなれば、更なる成長が見込めるはずだ。

 貴重だが、今日は良いだろう。ラジードは【繋がりの糸】という、ギルド拠点同士で転送を可能とするアイテムを使用する。NPC販売していないレア度の高いアイテムであるが、先の病み村の件を踏まえて太陽の狩猟団は攻略メンバー全員に所持を義務付けている。これはミスティアの発案によるものであり、サンライスが全面的に支持した事によってスムーズに可決された新たなルールだ。

 ボスさえ撃破すれば、全ての拠点で繋がりの糸無しでも転送できるようになるのであるが、そうなれば転送の旨みは半減だ。

 転送したラジードは太陽の狩猟団の現主力拠点に到着する。南城門から最も近いギルド拠点であり、ちょっとしたキャンプ地のようなものだ。安全圏でもあるので、攻略に励むプレイヤーはのんびりと英気を養うことができる。ただし、傭兵を雇ってギルド拠点を襲撃する事例も少なくなく、油断は禁物だ。その証拠に派遣されたギルドNPCによって周囲は徹底的に固められている。

 大きな赤のテントにラジードは踏み入り、そこでマッピングされたダンジョンの構造を睨む、全身を最重量防具で固めた太陽の狩猟団の幹部であるベヒモスにラジードは敬礼する。

 

「ただいま戻りました」

 

「ご苦労。それで成果は?」

 

「第4ギルド拠点の確保に成功しました。また、魔術書で【ソウルの結晶槍】を入手しています。お納めください」

 

 フルフェイスの兜の奥でベヒモスが息を飲む。ラジードは彼に魔術書を渡し、ギルド拠点までのマップデータを提供した。ここからベヒモス率いる本隊や傭兵を護衛に用いたギルド拠点への物資移動作戦が始まる。マップデータを見れば分かるが、ラジードが今回確保したギルド拠点は現在の拠点を移すには格好の場所だ。ここを確保すれば、ボスまで王手である。他ギルドへの牽制にもなるだろう。上手くいけば、クラウドアースの戦力をボス討伐参加させる見返りとして物資の供給があるかもしれない。

 

「ラジード、あまり無茶をするな。お前の気持ちは分かるが、焦りは禁物だぞ?」

 

「焦ってなどいません。DBOの早期完全攻略。それこそが太陽の狩猟団の目指すべきものです」

 

「それが焦っていると言っている。ラジード、隊長命令だ。1週間の休養を命じる」

 

 腕を組んだベヒモスが兜越しで睨んでいるのを感じ、ラジードは怯んで思わず頷いた。

 テントを出たラジードは溜め息を吐く。1週間もあれば、ボス戦までにもう1つくらいレベルを上げられたかもしれない。それを思えば無念だった。だが、今回の実績さえあれば、ボス討伐戦参加は濃厚だろう。

 

「またラジードがギルド拠点を確保したんだって。スゲーな」

 

「ソロで潜って調子に乗りやがってよ。どういう了見なんだか」

 

「ああ、ヤダヤダ。そこまでして功績が欲しいかねぇ」

 

 ……陰口ならばもう少し小声で言ってもらいたい。ラジードは溜め息1つに、ギルド拠点の隅にある木箱に腰かける。

 以前はほとんどいない者同然として扱われていたが、今ではこうした嫌味を耳にする事も多くなった。というのも、こっそりとミスティアと付き合っていたつもりが、いつの間にか公然の秘密のような扱いになっていたからだ。

 太陽の狩猟団の幹部であり、上位プレイヤーでもトップクラスの実力を持ち、なおかつ見目麗しいミスティアに多くのファンがギルド内でも存在する事は知っていたが、まさか人気がこれ程とは思ってもいなかった。お陰で嫉妬の視線がいつの日か傭兵……特に依頼とあれば何でも請け負いそうな白髪の傭兵が笑顔で『とりあえず依頼内容は私刑な♪』と言って釘バットを担いで現れそうで恐ろしかった。というよりも、軽く2桁ほどそんな夢を見ている。ほぼ毎日見ている。

 強迫観念というわけではないが、ラジードは無茶なレベリングに励むのも、これが理由の1つだ。もう1つは、刻一刻と険悪化が進む聖剣騎士団との抗争……それが戦争になる前にDBOを解決したいという彼なりの信念によるものだ。

 お陰で新たな力……EXソードスキルも入手できた。EXソードスキルは、エクストラスキルのソードスキル版であり、スキルの熟練度を上げるだけでは習得できない。特殊なイベントをこなしたり、特定のソードスキルを重点的に使用して派生させたり、と発現は様々だ。

 だが、一様に言えることがあるとするならば、EXソードスキルは強力なものばかりだという事である。そして、ソードスキル以上に支払うコストも大きい。たとえば、ラジードが獲得した≪特大剣≫のEXソードスキルのソル・ストライカーは、他のゲームならば魔法剣と言うべき攻撃だ。使用した武器の物理攻撃力の半分を火炎属性に変換し、独楽のように回転して突撃する。代償としてどれだけ耐久度があろうとも必ず総耐久度の半分は減耗する。

 2発使えれば武器はポリゴンの欠片になって砕けるのだ。しかも1度使用すると4時間は使用した武器は極めて脆くなり、特大剣の強みである継戦能力はガタ落ちする上にプレイヤー自身も3分間はスタン耐性がゼロになる。つまり、STR1の貧弱プレイヤーのパンチですらスタンしてしまうのだ。

 その代わりと言っては何だが、破壊力と発動までの短さは凄まじい。たとえ、大盾装備であろうとも先の結晶騎士と同じように盾を粉砕できるだろう。回転しながらの突撃であるが故に多段ヒットもし易く、まさしくタンク殺しの技となる。

 ちなみに、ラジードが有するEXソードスキルは誰にもまだ告知していない。発現方法が分かっていない事もそうであるが、現状でこれ以上の嫉妬を集めれば、それこそ本気であの傭兵に誰かが依頼を出しそうだからである。

 

「背中が煤けてるね。肩揉んであげましょうか?」

 

 と、ラジードが休暇の間は何処でレベリングしようかと悩んでいた時、背中に温かいものが触れ、彼の首に腕が回される。

 垂れるのは金糸のような淡い金髪の髪。いつの間に背後にいたのか、ミスティアがラジードの疲れを溶かすような温かな笑みを浮かべて立っていた。

 

「上司にそんな真似はさせられないよ」

 

 今にも真っ赤になりそうなのを耐えながら、やんわりとラジードはミスティアを引き離す。

 

「あ、あれ? おかしいな……こうすれば喜ばれるって『彼女』が……やっぱり、アタシには魅力が……でも……」

 

 何やら独り事をブツブツと漏らすミスティアは、分厚いノートを捲り、首を捻る。

 

「ミスティア?」

 

「ふぁひぃ!? ご、ごめんね!? 急に驚かしちゃったよね!? 過度なスキンシップはラジードくん苦手だったんだよね!? 本当にごめんね!?」

 

 訝しんでラジードが声をかけると、自分が我慢する以上に顔を真っ赤にしてミスティアは慌てふためく。その様子が可愛らしくて、ラジードは頬を掻いて目を逸らした。

 

「いや……き、嫌いじゃないよ」

 

 特に胸とか当たってたし。当たってたし。当たってたし! 茅場晶彦と茅場の後継者がアバターのリアルさを追求してくれた事に、ラジードは感謝を捧げたくなるくらいには、心臓が破裂しそうな程に鳴っていた。

 

「最近頑張り過ぎだと思って、その……料理持ってきたの。アタシも最初に取ってからほとんど使ってなくて、まだ下手だけど、友達に教わりながら作ったんだ」

 

 そう言ってミスティアはラジードの横に腰かけると、アイテムストレージからバスケットを取り出す。中には高級食材である白パンで作られたサンドイッチが入っていた。瑞々しい野菜も挟まっており、これだけで幾らかかったのかとラジードは目玉が飛び出しそうになる。

 

「あまり無茶しないで。心配なの。最近のラジードくんは……まるで死に急いでるみたいで。アタシは嫌だから……ラジードくんに、死んで欲しくないから」

 

「ごめん」

 

 顔を俯けるミスティアの言葉に、ラジードは自分の浅はかな無茶が彼女を苦しめていた事に気づいて我が身を呪う。

 ミスティアは無言で首を横に振る。謝らないでと告げるような微笑みがラジードを癒してくれる。

 

「それにしても、ミスティアの友人か。どんな人なんだ?」

 

「とても可愛い子かな。一途に恋する乙女で、アタシの先生でもあるの。『色々』と教えてくれて、勉強になってるんだ」

 

 なるほど。それで料理も教えてもらったわけか。ラジードはサンドイッチを手に取り、ミスティアの友人に感謝する。こうした手料理が食べられるとは思わなかった。

 

「うん、美味しそうだ。僕も≪料理≫取ろうかな」

 

「駄目。絶対に駄目」

 

「え?」

 

「ラジードくんの料理は全部アタシが作ってあげる。だから、ラジードくんは≪料理≫なんて取る必要ないからね?」

 

 即答して、有無も言わさぬ笑顔を向けるミスティアに、ラジードはやや驚きながらも、そもそも欲しいスキルは他にも幾らでもあるのだから、彼女が作ってくれるならば、それで良いかと納得した。

 

「それにしても、どうしちゃったんだろう。その友達の話なんだけど、さっきまで一緒にランチを取ってた時に店員さんと何か話してたら、急用があるって言って帰っちゃったんだ。それもとても怖い顔をして……」

 

「怖い顔?」

 

「うん。ちょっと恥ずかしいけど、店員さんとその子ね、胸の話をしてたみたいなの。確か『巨乳好き』とか何とか……」

 

 巨乳好きねぇ。ラジードはパクリとサンドイッチを口にしながら、隣のミスティアの胸を見て……それなりに大きいよなぁ、と直ぐに目を逸らしながら感想を胸の内で呟く。

 

「ん? なぁ、ミスティア。このサンドイッチなんだけど、なんか鉄っぽくないか?」

 

 もぐもぐとサンドイッチを咀嚼するラジードは、口の中で広がる野菜とパンの絡み合う味の中で、場違いな……『味』と区分できるかも分からない鉄のような金属っぽさを拾い上げる。

 

「う~ん、やっぱり少し量が多かったかな。ごめんね、ラジードくん。次は『ちゃんと隠す』から」

 

 ああ、隠し味が多過ぎたのか。納得したラジードは、ニコニコと笑むミスティアに見られながら、美味そうにサンドイッチを次々と頬張っていった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 時は午後7時半、キャサリンとダンベルラバーはディア・スリーパーの裏口付近の物陰にて、牛乳とジャムパン(テツヤンの店で購入したのだが、あんぱんはまだ開発されていなかった)を手に、見張り続けていた。

 

「なぁ、やっぱりタルカスさんを待たないか?」

 

 そして、その見張りにタルカスの姿は無い。フレンド登録したダンベルラバーに護衛をする旨の連絡があったのだが、彼は約束の午後7時になっても現れなかったのだ。仕方なく2人で見張りを始めたが、暗がりの中から野良猫だけが闊歩するディア・スリーパーの裏は小さな街灯すらもなく、月明かりを覗けば光がまるでない。それは恐怖心を煽り続け、寒さ以外の理由で指を震わせる。

 

「でも来ないんだから仕方ないよ。私もダンベルちゃんの魅せ筋だけじゃ不安だけど、タルカスさんは聖剣騎士団の幹部で忙しい身なんだし」

 

 フレンドメールを飛ばしても返事が無いところを見ると、余程忙しいのだろう。とはいえ、よくよく考えれば、護衛と言っても全身甲冑装備のタルカスは目立つ上に歩く度に金属音も響く。今回は隠密重視だ。護衛がいないのは心許ないが、元から棚ぼたラッキーのようなものだったのだ。最初からいないものとして考えるべきだろう、とキャサリンは無理に心を落ち着かせる。

 今回は下手すれば大ギルドの裏取引を暴けるかもしれない大スクープであり、同時にバレれば殺害されるかもしれない危険なミッションなのだ。

 仮に戦えば、キャサリンもダンベルラバーも敗北は必至。抵抗する術もなく敗れるだろう。STR特化のダンベルラバーならば、度胸さえあれば、中級プレイヤーに牽制程度の攻撃はできると思うのであるが、小心者の彼に戦闘スキルを期待する方が愚かだ。

 

「しかし、大ギルドの裏取引か。どんな物なんだろうな」

 

「物とは限らないんじゃないかな? 情報とか。だけど、人目を忍んで会ってるんだから、きっとやましいものに違いないよ」

 

 ジャムパンを齧って牛乳を飲む! これが見張りのジャパニーズスタイル! ぐびぐびと喉を鳴らして牛乳を飲むキャサリンは、何処か呆れたようなダンベルラバーの視線を頭上から浴びる。この古き良きスタイルをダンベルラバーは好んでいないのだ。

 やっぱり、あんぱんの方が牛乳は合う。キャサリンはパンと絡みあうミルクが薄味なのを残念に思いながら、ディア・スリーパーの裏口が開くのを目撃する。

 現れたのは店主のマーブルナッツの言う通り、フルフェイスの兜を装備した2人の男だ。服装とアンマッチした、顔だけを隠すような兜は……なるほど、確かに秘め事があると宣伝しているようなものだ。

 恐らく彼らを目撃した誰かが『兜だけを装備したブーメランパンツの変態』なんていう噂を流したのだろう。何がどう転がってあんなふざけた噂になったのかは分からないが、伝言ゲームのように少しずつ内容が変わっていき、本質から離れて行ったのだろう。

 キャサリンとダンベルラバーは≪気配遮断≫を使用しているが、彼女は更に≪聞き耳≫を発動させる。

 

「計画はすでに大詰めだ」

 

「ああ、ここまで長かったな」

 

「だが、時間をかけただけはある。同志は十分に集まった」

 

「いよいよ我らYARCAのお披露目か。くぅううう、この時を待ちに待っていたぜ!」

 

 2人の兜男は何やら小声で話しながら、裏路地の奥へ奥へと歩いていく。その背後をキャサリンとダンベルラバーは≪消音≫を重ねて雪を踏み鳴らす音を消して追いかける。

 やるか? お披露目? 計画? なにやら不穏な雰囲気が漂う単語を並べる2人の男の話しぶりからするに、彼らは何かを企てているようだ。キャサリンは写真を撮りたい感情を我慢する。幾ら≪気配遮断≫と≪消音≫を発動させているとはいえ、カメラのフラッシュに気づかれるだろう。かと言って、この暗がりではフラッシュ無しでは撮影しても何も写らない。

 せめてもう少し近くに。キャサリンは息を殺しながら、≪聞き耳≫の有効範囲に捉えている2人に迫る。だが、不意に彼らは立ち止まった。

 

「さて、杜撰な尾行もこれまでだな」

 

 男2人はくるりと振り返る。そこは袋小路であり、行き止まりだ。男達は壁を背中にして腕を組む。

 

「ば、バレていたのか!?」

 

「当たり前だ。お前たちとは潜った修羅場もレベルも違うんだ」

 

 狼狽するダンベルラバーにそう言ったのは、上級騎士の兜を被った男だ。スーツと不釣り合いのはずの兜の中で、男が舌なめずりをする音が聞こえる。

 もう1人の玉ねぎフォルムが特徴なカタリナヘルムを被った男は壁を蹴って三角跳びをすると、2人の退路を阻むように彼らの背後に着地する。

 

「悪いが、キミ達にはここで消えてもらうとしよう。しかし、見れば見る程にイイ体だな。ふふふ……期待するなというのが無理な話か」

 

 カタリナヘルムが戦槌を取り出し、上級騎士兜が路地でも取り回し易い短槍を装備する。

 か、体って……やっぱりそういう事だよね!? キャサリンは自分の胸元を腕で覆い、ダンベルラバーに縋りつく。そこは男のダンベルラバー、震えながらも拳を握り、彼女を守るべくファイティングポーズを取る。

 

「安心したまえ。我々は紳士だ」

 

「キミは丁重にもてなす。本当さ」

 

 ジリジリと兜頭達は距離を詰める。その動きは明らかに戦い慣れたものであり、自分達との実戦経験の差が余りにも離れていることを2人は実感して絶望する。

 これからエロい事を無理矢理されるの!? そんなの嫌! キャサリンは瞼をギュッと閉じて奇跡を祈った時、袋小路を突破するように横の壁が大きく吹き飛んだ。

 今度は何事!? パニック1歩手前のキャサリンは舞い上がる土煙と雪に咳き込みながら、次々と火炎壺が穴から放り投げられている事を知る。

 

「聞こえるか? こちらに逃げ込め!」

 

「こ、この声はタルカスさん!?」

 

 呆然とするダンベルラバーは壁に開いた穴の先から聞こえたタルカスの声に応じる。その間にも次々と火炎壺が投擲され、2人の兜男を何とかその場に押さえつけている。この機会を逃すわけにはいかない。

 キャサリンはダンベルラバーに担がれ、壁に開いた穴に飛び込む。そこは西区にある倉庫の1つなのだろう。自慢の黒鉄シリーズが兜を除いてボロボロになったタルカスが待っていた。

 

「タルカスさん、大丈夫ですか!?」

 

「酷くやられてしまったよ。私も内々にこの件を調べていたら、この様だ」

 

 膝をつくタルカスは火炎壺の在庫が切れたのか、半壊した盾を構え、特大剣を構える。火炎壺の牽制が無くなり、2人の兜男達は悠然と倉庫内に踏み入って来た。

 倉庫には木箱が複数重ねられており、隠れられる場所は多そうであるが、あの2人ならば木箱を破壊しながら追跡も可能だろう。かと言って、逃げ道は倉庫の出入口を除けばタルカスが開けた穴しかない。

 

「ダンベルラバーくん、キミはあの出入口から逃げたまえ」

 

「そんな……俺も戦います! このままじゃキャサリンが!」

 

「駄目だ! キャサリンくんは見たところ戦闘能力が無い。だが、キミならば最低限は戦えるはずだ。私ならば、あの2人を相手にしても1人ならば守り切れる。だが、2人は無理だ。頼む、大ギルドの陰謀が関わる以上は私には誰が敵で誰が味方なのか分からない! だから、キミが救援を呼ぶんだ!」

 

 言葉を呑んだダンベルラバーは罪悪感を秘めた目でキャサリンを見る。彼は自分だけ逃げる事を恥じているのだろう。

 

「行って、ダンベルちゃん! 大丈夫だよ、た、たたた、タルカスさんは強いから! ですよね?」

 

「安心しろ。だから行け、ダンベルラバーくん!」

 

 2人からのエールを貰い、ダンベルラバーは唇を噛んで倉庫の出入口へと駆けた。それを阻止すべき2人の兜男が飛びかかるも、タルカスが大盾と特大剣を使って邪魔をする。

 信じてるからね、ダンベルちゃん! キャサリンは手を組んで祈りながら、邪魔者を排除すべくタルカスに襲い掛かる2人の兜男との戦いを見守った。

 

 

▽     ▽     ▽

 

 

 俺はなんて弱いんだ! ダンベルラバーは涙を流しながら、倉庫から飛び出して大通りを目指して走る。

 魅せ筋だけに満足し、自らの鍛練を怠ったツケ! この世界では力こそが全てであるという真実から目を背けたばかりに、同僚の……それも女性を満身創痍の男に任せて無様に逃げるしかない自分が恥でしかなかった。

 だが、それを悔やむのは後だ。今、ダンベルラバーがしなければならないのは、救援を呼ぶ事だ。それも信頼のおける、確実に彼らの仲間ではない人物だ。

 そうなると、やはり傭兵こそが最良だろう。大ギルドと繋がりを持たない独立傭兵だ。仲間を救う為ならば、どれだけの借金を背負おうとも彼らに依頼を出すとダンベルラバーはスタミナが危険域を示すアイコン表示を目にしながらも、全力疾走を止めない。

 あともう少し……もう少しだ! 井戸がぽつんとある広場を通り抜ければ、すぐに大通りである。西区は複雑な構造をしているが、マップデータは頭に叩き込んである。ダンベルラバーは迷うことなく、最短ルートで大通りへと突っ走れた。

 だが、大通りへと続く最後の路地……それを塞ぐ人影が現れる。

 

「なるほど、イイ男だ。『あの御方』が気にするわけだな」

 

 その人影が装備するのは、三人羽織と呼ばれるリポップネームドがドロップする子の仮面だ。その気味が悪い装飾から、有用なバフが付くのに人気が無い。

 子の仮面装備が手に持っているのはラージクラブ……武骨な戦槌である。その外観通り、硬質な木材を削った原始的な槌は高い打撃属性を持つ。

 

「そこを……どけ!」

 

 ここで退けば男が廃る! ダンベルラバーとて≪格闘≫は持っている。STR特化の彼ならば、一撃でも入れば多少のレベル差など物ともしないだろう。

 戦意を受け取ったのか、子の仮面装備は嬉しそうに頷く。同時に、背後に新たな2つの足音が響いた。

 

「ほほう。話には聞いていたが、なるほど……イイ尻だ。気に入った」

 

「それにあの筋肉のライン……まさしく『本物』だ」

 

 振り返れば、そこには同じく三人羽織からドロップする父の仮面と母の仮面を装備した2人の男がいた。父の仮面装備は長大なアイアンランスを、母の仮面は両手にヒートパイルを装備している。

 さ、3人がかり!? しかも囲まれた!? ダンベルラバーは、それでも負けじと構えるが、彼らのねっとりとした気持ち悪い視線に鳥肌が立つ。

 いや、それよりも……気にすべき事は別にあった。それは彼らの格好だ。

 

 

 

 

 

 3人とも全員が仮面以外の装備が無いのだ。その身に纏うのはただ1つ、純白のブーメランパンツである。

 

 

 

 

 

 そういえば、イイ尻とか、何とか……言ってなかっただろうか? ダンベルラバーは、悲しくも現代知識からそれらの意味するところを連想してしまい、そして、それが真実であると直感してしまった。

 それは悲劇か、あるいは諦観を得られて幸せだったのかは、分からない。

 ただ1つ、確実に言えることがある。

 

 

 

「ところで、ダンベルラバーくん。このラージクラブ、キミは受け止められるかな?」

 

「おいおい、俺のアイアンランスが先だろ?」

 

「まずは私のヒートパイルだ。さぁ、キミの本気を見せてみたまえ!」

 

 

 にじり寄る3人の変態。ついに戦意を失ったダンベルラバーは喉が割けんばかりに叫んだ。どうか助けが来ますように、と無様に願いながら。

 

「う、うわぁあああああああああああああああああああ!」

 

 だが、いつの時代も都合の良いヒーローなど現れないものである。




ダンベルラバー……戦線離脱。


それでは、139話でまた会いましょう。

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