SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回は少ししんみりしたお話です。嵐の前の静けさとでも思ってください。


Episode14-9 好奇心は神を殺した

 まだ魂が戻ってきていないキリマンジャロを連れ、ブギーマン一行は終わりつつある街に戻り、北区にある小さな赤屋根の店の前に赴いていた。

 

「完全に燃え尽きてるわね」

 

「炭化してますね」

 

 ヒソヒソと声を潜めながら、後ろで口を半開きにしてブギーマンたちの後を付いてくるキリマンジャロを見て、エネエナは心配そうに呟く。同意したブギーマンは、シノンの猫が鼠で遊ぶような加虐の笑みを思い出し、少しの興奮と共に身震いした。

 キリマンジャロの様子を見る限りでは、どうやらシノンは彼の致命的な弱点を握ったようである。それが何なのかブギーマンには分からず、また今のキリマンジャロが哀れで深く追求しないようにしていた。

 ともかく、これから【クリスマスの聖女】の決定的な情報をつかむべく、DBO最高の菓子職人プレイヤーのテツヤンを取材するのだ。極めてストイックで、菓子に関する取材以外は決して受け付けない彼が珍しく二つ返事で了承してくれた貴重な機会である。幾ら同伴者に過ぎないとはいえ、今のキリマンジャロの状態を見せて不快になってキャンセルされても困る。

 テツヤンはともかく職人気質で、仕事以外には極めて無口だ。表情も乏しく、それが逆に女性プレイヤーの人気を集める要因の1つにもなっているのだが、大ギルドすらも彼の気難しさには手を焼いている。

 先日はキャサリン達がクラウドアース主催の料理教室の講師として呼ばれたテツヤンを撮ったらしいが、それでも彼自身のインタビューは叶わなかった。密やかな衝撃を起こしたワンモアタイムへの全面プロデュースの際も、あくまで提供メニューの紹介に止まり、本人の口からワンモアタイムへの宣伝すら無かった。

 そんな彼が打診から数秒で取材認可を下ろしたのは奇跡だ。エネエナが切ったカード……KI○INビールに関する情報をつかんでいる事のリークが彼を動かしたのは間違いないだろう。

 

「キリマンジャロくん、あんまり暗い顔していると店の外で待って貰うことになるよ?」

 

「す、すまない」

 

 こちらも仕事で、しかも普段のノリは間違いなく通じない相手だ。ブギーマンは見ていられずに注意すると、彼もようやく精神の復帰を果たしたのか、帽子を被り直して小さく頷く。

 時刻は午後8時、酒場ならばここからが稼ぎ時の時間であるが、テツヤンの店は当然ながら営業終了済みである。彼が従業員として雇っている2人の男女のプレイヤーが最後のお客様に頭を下げ、商品を手渡しているところだ。菓子自体はテツヤンが全て作成するが、ここ最近は先月から雇われた従業員に接客は任せっきりである。

 店内には小さいが飲食コーナーもあり、今回はそこで取材する予定だ。まだ料理教室から帰っていないテツヤンは不在のようであるが、従業員は隔週サインズの取材だと伝えると笑顔で席に案内し、もう間もなくテツヤンが帰る旨を伝える。

 カーテンが閉められ、店にも鍵が閉められる。これで余程の熟練度がある≪聞き耳≫などが無い限り、盗聴される恐れはないだろう。飲食コーナーの四隅に配置された観葉植物も【音食いの鈴】が取り付けられている。1つ1つは効果が微弱であるが、4つもあれば相乗効果は大したものだろう。

 従業員が珈琲を3つ並べてから5分後、カウンターの奥から普段と同じ白の料理服を着たテツヤンが姿を現す。

 

「……ども」

 

 ぼそりと挨拶し、テツヤンは軽く会釈する。それを見て従業員の年齢は10歳くらいだろう少年は慌てふためく。

 

「店長、もっと愛想よくしてください!」

 

「そうですよ! 折角の取材なんだから、もっとお洒落してって言ったじゃないですか!」

 

 少年と同じくらいの年齢の従業員の少女が、テツヤンのやや歪んだ赤のネクタイを背伸びして正す。それを頭を掻いて抵抗せずに彼は受け入れる。

 

「すまん。2人とも上がって良いぞ。外には出るな。最近は変な事件が多いからな」

 

 声のトーンも表情もまるで変化が無い。無関心の極まりのような態度であるが、その裏腹に言葉は2人への心配りを感じる。そのアンマッチに慣れているのか、2人の従業員はブギーマンたちに愛想よく笑顔で頭を垂らすと、店の奥に消えた。

 

「遅刻だな。悪い」

 

「い、いえ! こちらこそ、本日はありがとうございます!」

 

 さすがのエネエナも緊張している……というよりも、昼間の太陽の狩猟団の取材よりもガチガチだ。彼自身には権力が無くとも、ネタを餌にして稼ぎ続ける記者にとって、安定して読者の人気を得られる食べ物ネタを提供してくれるテツヤンに印象を悪く持たれては困るのだ。

 

「それにしても、可愛らしい従業員ですね。先月からいらっしゃいますが、テツヤンさんのお弟子さんですか?」

 

「孤児だ」

 

「…………え?」

 

「孤児だ。2人は姉弟で、少し前に引き取った」

 

 先輩いきなり地雷踏んだぁあああああああああああ!? まずは無難な話でリラックスを図ったエネエナは、いきなり重たい話題を突いてしまって顔を蒼くしている。

 どうしてリサーチしてないんですか!? 怒鳴りたくなる声帯を抑えこんで、ブギーマンは震える指で珈琲を手に取る。

 

「へ、へぇ! さすがテツヤンさん! 児童保護もなさっているんですか!」

 

「俺の前で父親が死んだからな」

 

「…………」

 

「強盗に襲われていた。父親は2人を庇って死んだ」

 

 すかさず助け舟を出したブギーマンもまた、機雷によって轟沈する。スタートダッシュしたつもりが石もない平らな地面で躓いて派手に転倒して複雑骨折したようなダメージを負い、取材開始早々に2人は即時撤退を考案する程度には自滅している。

 

「教会に預けられていたとは知っていたが、罪悪感でなかなか立ち寄れなかった」

 

 相変わらずの無表情と変化しない声音のせいで、今のテツヤンが不快を感じているのかどうかすらも2人には見当がつかない。だが、とにかく遠回りした話題で攻めていくよりも、さっさと本題に切りこんだ方が吉と判断したらしいえねえ根は、仕切り直しとばかりに咳をする。

 

「今回はご連絡しました通り、K○RINビールの件についてお話を聞かせていただきたくお伺いしました。実は、我々は現在【クリスマスの聖女】の正体を追っています」

 

 時間をかけてエネエナは丁寧にテツヤンの元にたどり着いた経緯を説明する。せめて店内BGMを流してくれれば緊張も解れるのであるが、営業時間終了のせいで完全無音の空間では生唾を飲む音すらも爆音のように響くような気がしてならなかった。

 

「……少し前にビールゼリーの開発を始めた。完成の目途が立ったから不要な分を彼女達に渡したんだが、それが裏目に出たか」

 

 珈琲のお替わりを持ってきたテツヤンが無言でエネエナとブギーマンの珈琲カップに注ぐ。ちなみにキリマンジャロは珈琲に手を付けておらず、口を真一文字にしてテツヤンの話の続きを待っていた。

 やはり、キリマンジャロにとって【クリスマスの聖女】は特別な存在なのだろう。その眼差しは真剣そのものだ。だが、それが余計な圧力をテツヤンにかけないか、ブギーマンとしては心配でならなかった。

 

「ビールはある人に提供してもらった。他にも幾つかの食べ物も取引材料で受け取った」

 

「取引とは……ワンモアタイムのプロデュースでよろしいですか?」

 

「ああ。だが、彼女達の反応を見ると独断のようだったがな」

 

 つまり、ワンモアタイムの人間と関わりが深いプレイヤーの誰かが【クリスマスの聖女】という事なのだろう。そして、テツヤンは【クリスマスの聖女】と接触しているのは間違いない。

 ついにたどり着いた! エネエナはテーブルの下で拳を握り、ブギーマンは耳を澄ます。ようやく謎に包まれた【クリスマスの聖女】の正体が明らかになる時が来たのだ。

 

「その、連絡を取る方法はありますか?」

 

「ある」

 

「でしたら――」

 

「断わる」

 

 交渉の余地はないと言わんばかりに、テツヤンはエネエナが全てを言い切る前に返答する。

 パクパクと金魚のように口を開閉するエネエナが次の1手を打つより先に、テツヤンは首を軽く撫でながら、カーテンの外の夜景を眺めるように視線を逸らす。

 

「……元々こうして取材を受けるのも約束に反する。今回は、キミ達が真実に触れそうだったから口止めする為にOKしただけだ」

 

 約束という事は、【クリスマスの聖女】は今回の取引について秘密にしてほしいと頼んだのだろう。【クリスマスの聖女】が現代の食料を多量に保持しているならば、下手に嗅ぎ付けられれば命すらも狙われかねない。売却すれば多額のコルになる宝の山であり、何よりも現代の味に飢えたプレイヤーからすれば黄金の塊にも匹敵する価値があるはずだ。

 もちろん、ブギーマンと同じ見解にエネエナは至ったのだろう。しばし考える素振りを見せて、提案するように指を立てた。

 

「分かりました。【クリスマスの聖女】に至った経緯は記事にしません。お約束します」

 

「……止めておけ。謎は謎のままの方が良い時もある」

 

 だが、テツヤンは静かに首を横に振る。彼の牙城を崩す為の鍵が見つからず、また普段の強引な戦法も使えず、エネエナも攻めあぐねているようだ。かと言って、取材能力に関してはエネエナに大きく劣るブギーマンでは、現状を打破する手段が思いつかない。

 そもそもテツヤンがこうまで【クリスマスの聖女】を隠したがる理由は何だろうか? もしかしたら、彼の個人的な知り合いなのだろうか? あり得る話だ。自分の身内ならば、記事にして全プレイヤーに曝されるような真似はさせたくないだろう。

 そもそも【クリスマスの聖女】が自己顕示欲の強い人物ならば、話題になった時点で名乗り出ているはずだ。実際に何人かの偽物も現れた。だが、もう2月にもなるというのに大ギルドすらその尻尾をつかめていないのは、彼女が微塵として自分の正体を明かしたがらないからに他ならない。

 記者というのは、他人の秘密を掘り返すような仕事だ。そこに罪悪感を抱くべきではないし、そんな脆い精神では続けられない。鈍感なまでの図太さこそが記者の必須スキルだ。

 だが、この謎を本当に明らかにすべきなのだろうか、という考えが芽生えてしまった事実をブギーマンは否定できない。それはエネエナも同様なのだろう。彼女がリスクを覚悟で踏み込めずに躊躇しているのは、心の何処かでテツヤンの言葉に惹かれてしまっているからだ。

 

「……謎のままでは終わらせられないんだ」

 

 だが、キリマンジャロはテツヤンの言葉を否定する。本来ならば、テツヤンの機嫌を損ねない為にもここは大人しく退いて作戦タイムを設けるべきなのだが、ここまで沈黙を保っていたキリマンジャロは耐えられないとばかりに口を開く。

 

「アンタの言い分は分かる。それでも、俺は……俺は見つけないといけないんだ。問わないといけない事があるんだ。だから……頼む! 1度で良い! 迷惑はかけない! 俺に【クリスマスの聖女】に会わせてくれ!」

 

 立ち上がってテーブルに頭をぶつける勢いで腰を折るキリマンジャロに、テツヤンは表情こそ変わらないが、困ったように頭を掻く。それは、キリマンジャロの、決して野次馬根性では無い、ブギーマンたちのような好奇心でもない、彼にある譲れない嘘偽りのなき純粋な意思を感じ取ったからだろう。

 

「すまないな。俺の一存では決められない。それが約束だ」

 

 約束とは双方の合意によって成されるものだ。ここでテツヤンが情に動かされ、キリマンジャロの頼みを呑めば、彼は約束を破った事になる。それはキリマンジャロも重々承知しているのだろう。静かに椅子へと腰を下ろす。

 だが、テツヤンは初めて、少しだけ口元を曲線にする。それは彼がキリマンジャロの真っ直ぐな言葉に好感を覚えた証なのだろう。

 ここで終わらせられない! ブギーマンは記者としてではなく、キリマンジャロという『仲間』の為に鉄壁の城塞へと矢を射る事を決意する。

 

「だったら、せめてどんな人なのか教えて貰えませんか? 隔週サインズの為じゃない! 記事の為じゃない! キリマンジャロくんの為に!」

 

「……ったく、アンタも馬鹿ね。テツヤンさん、約束を破れないのは分かりました。だったら、せめてヒントをください。容姿だけでも良いんです。後は、私が記者魂で見つけ出します。それならテツヤンさんも約束を破った事になりませんよね?」

 

 まさかのエネエナの援護射撃が加わり、テツヤンは顎に手をやってしばし考えると、小さく頷いた。

 

「外見だけなら良いだろう」

 

 それは難攻不落の城壁に開いた、鼠も入れない小さな穴。だが、そこから漏れた希望の光にブギーマンとキリマンジャロは顔を見合わせる。ここで手詰まりになるわけではないのだ。

 

「とても綺麗な子だ。荒んだ目をしていたが、奥底には優しさに溢れていた」

 

「……それだけですか?」

 

「フード付きのマントを被っていたから、それくらいしか分からない。悪いな」

 

 エネエナも思わず訊き返す程に情報量は少ないが、これでもテツヤンからすれば譲歩なのだろう。

 その後、3人にお土産だと言って新作ケーキを渡したテツヤンに見送られ、すっかり夜も更けた街を並んで帰路に着く。キリマンジャロは、ようやくつかんだ手掛かりにまだ固執しているようだが、今日のところは大人しく帰る事を選んだようだった。

 

「【クリスマスの聖女】は特集が間に合いそうにないわね。残念だけど、ここで打ち切りね」

 

「ですねー。キリマンジャロくんは可哀想だけど、仕方ないですよね」

 

 エネエナの言う通り、あと取材期間は2日しか残されていないのだ。明日は編集長が確認の会議を開く事になっている。今の情報量では、とてもではないが【クリスマスの聖女】の特集を組む事は許可されないだろう。

 だが、【渡り鳥】に関してはそれなりに情報は集められた。後は実際にインタビューするだけなのであるが、こればかりは編集長のゴーサインが無ければ不可能だ。幾ら独立傭兵とはいえ、『傭兵』として受け答えをしてもらう以上はサインズを通して打診しなければならないからだ。

 

「キャサリンたちの方はどうかしらねぇ。連続通り魔事件なんて物騒なネタを追ってるらしいけど」

 

「あっちも無理難題ですからね。明日の会議に期待って事で」

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「……ふむ」

 

 場所は終わりつつある街の西区にある倉庫、3メートル級の正方体の木箱が押し込められ、腐った肉のようなニオイが充満している。

 悪臭の正体は全身が膿んだ人間である。この倉庫には10人近くの、全身が膿んだ、ゾンビの方が数倍は精神衛生に優しい人間が押し込められている。だが、彼らはその外観に反して善良なNPCであり、話すことができるNPCから有用な情報が得られる。

 だが、それ以外ではまず訪れようとは思わず、また居つくなど貧民プレイヤーすら考えもしないだろう。だからこそ、隠れ家としては格好の場所なのである。

 膿の塊のような死骸を貪る犬鼠の咀嚼音をBGMに、木箱の上に腰かけたスミスは隔週サインズを捲りながら、咥えた煙草を上下に揺らす。

 

「なるほど。事情は分かった。追加料金で依頼内容の変更を了承しよう」

 

「そりゃ良かった」

 

 彼の隣に立つのは、貧民プレイヤーに偽装するようなボロボロのマントを身に着けた人物だ。頭をすっぽりと覆う大き目のフードを被っている。顔はフルフェイス型のフリューテッドヘルムで隠しているが、声音からして男だと分かる。だが、兜でくぐもった声は悪臭で痙攣した喉のせいで震え、更に聞こえ辛くなっていた。

 

「これだけの金額を全額前払いだ。断る理由なんてないさ」

 

 小切手を手に、スミスはフリューテッドヘルム装備に煙草を差し出す。だが、そもそも兜で煙草が吸えず、また兜を外せば悪臭でまともに喋れなくなるだろう。彼は全力で拒否する。

 

「しかし、こちらから依頼したとはいえ、よくこんな場所に何日も潜伏できますね」

 

「西区で確実かつ安全に使用できる隠れ家がここであるだけさ。異臭など1時間もいれば慣れる」

 

 本物の戦場、その血と肉と火薬と砂塵と炎が混ざり合ったニオイ。あれを嗅げば、この程度の悪臭は我慢の内にも入らない。スミスの発言にフリューテッドヘルム装備は若干退いた素振りを見せて、彼は退屈な男だと鼻を鳴らす。

 今回の依頼は金払いが良く、経費も全額を依頼主が負担するから派手に暴れられるかと思えば、隠密と待機の繰り返しで戦闘勘も鈍ってしまいそうだった。苦労なく報酬が得られるならばそれに越した事は無いが、やはりある程度の刺激は欲しい物である。

 とはいえ、仕事は仕事だ。プロとして手抜かりはしない。スミスはフリューテッドヘルム装備に、情報を複数記載したマップデータを渡す。

 

「依頼通り、『獲物』のリストと行動パターンだ。調べ上げるのに時間がかかったがね」

 

「さすがは1桁ランクの独立傭兵ですね。ここまで精密に調べ上げるとは」

 

「世辞は要らないさ。私は傭兵だ。依頼を達成してこそ価値がある。キミ達の『計画』が何であれ、私は私の価値を証明し続けて、今後も贔屓してもらわねばならない。依頼が無ければ飢えてしまうからね」

 

「ハハハ。こちらとしても、スミスさんのような猛者を雇い続けられれば良いんですがね」

 

 使い潰されるのはご免だがね、とスミスは心の内で吐き捨てる。都合の良い駒を演じる気はあるが、捨て駒にされる事を許容できる精神は持ち合わせていない。もちろん、切り抜けられる自信と相応の見返りがあるならばやぶさかではないが、クゥリのように大ギルドの依頼以外はほとんど来ない程に偏向した依頼傾向ではないスミスは、バランスよく大中小あらゆるギルドや個人からの依頼をこなすように心掛けている。

 敵を作らないなど土台不可能であるが、敵が増え過ぎないように管理を心掛けることは必要だ。スミスは変更された依頼内容に目を通す。

 

「しかし、こんな『計画』の為に傭兵を雇用するとはね」

 

「我々にとっては死活問題ですよ。何としても『計画』を達成しないと。先程、ようやく最後の『仲間』の引き込みに成功したと連絡がありました。準備は万端です。では、よろしくお願いしますよ」

 

 こんな場所にもう何十秒も居られないとばかりにフリューテッドヘルム装備は駆け足で出て行く。

 

「『仲間』……か。はたして、この世界にどれだけ本当の意味での『戦友』がいるのやらね」

 

 私にとって戦友と呼べるのは誰だろうか? スミスはフリューテッドヘルム装備同様のボロボロのマントを羽織り、倉庫の外に出る。時刻は午後11時を回っており、複雑な構造をした西区ではNPC以外の人影を確認することはできない。だが、それでもスミスは慎重に、なるべく人気が無いルートを選び、時間をかけて大通りに到着する。

 予定された『計画』の実行は明後日だ。それまでは『計画』の事を悟られないように、スミスは日常を演じねばならない。西区に潜伏し続けても良いのだが、やはり万が一という事もある。

 ならば、どうやって時間を潰すか。スミスがそう考えを巡らせていると、自然と彼の足はある場所へと赴いていた。

 それは終わりつつある街の北区にある、教会を改築したような建物だ。1階の窓からは光が漏れ、まだ住人が起きている事を示している。

 

「私も人の子か。恐ろしいものだな」

 

 苦笑しながら、スミスは玄関の戸を3回叩き、反応が無いと4回叩き、最後に1回叩く。すると開錠音が響き、住人が彼を迎え入れた。

 

「スミスさん!」

 

「夜更けにすまないね、ルシア」

 

 嬉しそうに飛び出したルシアに抱き付かれ、スミスは彼女を受け止めて衝撃を殺すようにくるりと回る。そして、彼女を着地させてボロボロのマントのフードを脱ごうとするが、それよりも先に顔を引き寄せられて唇を奪われた。

 相変わらず情熱的な女性だ。恥じらいで顔を赤らめる程に純情は残されていないスミスであるが、何も感じないわけではなく、視線を逸らす。

 

「ずっと依頼でいなかったら、心配だったの! 依頼内容は秘匿レベルが高くて閲覧できないし!」

 

「傭兵が4、5日いないのは普通だろう?」

 

「それでも心配なの! ほら、入って! 今ね、丁度お客様が来てるところだから」

 

 夜更けにお客様? スミスはやや身構えながら家に入ると、そこには珍しい顔がいた。

 普段の白の料理服ではなく、簡素なレザーアーマーと旅人のマントで武装したテツヤンだ。

 

「キミか」

 

「ども」

 

 別にそこまで親しい間柄ではないが、警戒し合う関係でもない。スミスはマントをオミットし、ルシアが夜食を作ると言って厨房に行くのを見届けると、テツヤンと対峙するように大きな横長テーブルの席に着いた。軽く10人は利用できるだろう木製のテーブルは、この家の住人が決して1人や2人ではない事を主張している。

 

「煙草を吸っても?」

 

「構わない」

 

 相変わらず表情の乏しい男だ。スミスは煙草を咥えて火を点けると、紫煙を漂わせる。

 

「街中で武装とは珍しいね。キミはレベルもそれなりだし、貧民プレイヤーに襲われても切り抜けられるだろう?」

 

「最近は何かと物騒ですから。変な連中もうろついていますし」

 

「違いない」

 

 1本吸うかと煙草ケースを差し出すが、テツヤンは無言無表情で首を横に振る。これも予定調和だ。そして、わざわざテツヤンがこの家に訪れた理由も分かりきっている。

 

「【マキ】と【アラタ】は元気です」

 

 彼が引き取った、現実世界ならばまだ小学生くらいだろう、今はテツヤンの店で従業員として働く2人のプレイヤーの事だ。マキが11歳、アラタが10歳の姉弟であり、2人は数ヶ月前に目の前で父親を殺害されている。

 2人の父親は著名なゲームデザイナーらしく、そのコネを使ってDBOを子供たちの分も合わせて3本得たそうだ。年齢制限が20歳であるのだが、20歳以下のプレイヤーが山ほどいる現状を考えれば、規制などまるで無意味である事も分かりきっている。

 

「2人ともしっかり者ですし、俺も助けられている」

 

「そうか。その報告をわざわざ夜中に?」

 

「記者に『例の件』を嗅ぎ付けられた」

 

 ああ、それは確かに厄介だ。マスコミには『過去』について随分と絡まれた経験があるスミスとしては、彼らのしつこさは尋常ではない事を熟知している。テツヤンの懸念は尤もだろう。

 現代の嗜好品。全プレイヤーにとって金銀を上回る価値がある財宝。この家には酒類や菓子、そして煙草など、それなりの数が隠されている。いざとなれば、売却して多額の富にできる貴重な資産だ。

 

「彼らは【クリスマスの聖女】について探っていた」

 

「【クリスマスの聖女】? ああ、あの歌声の事か。それがどう転んでキミの所に?」

 

「ワンモアタイムにビールを提供した事がバレた切っ掛けのようだ」

 

 テツヤンは淡々と経緯を語り、スミスは吸い終わった煙草をポリゴンの欠片にして、話の内容を精査していく。

 

「なるほど。キミが接触した『謎の女性』が【クリスマスの聖女】というわけか。縁とは怖いものだな」

 

 クリスマス後、テツヤンに接触してきた『謎の女性』は、ワンモアタイムへのプロデュース契約の対価として、彼が菓子製造の研究に求めていた現代の味覚を提供した。市場に流せば500万……いや、それ以上の値段は付くだろう量の現代の嗜好品の数々に、テツヤンも度肝を抜かしたそうだ。

 とはいえ、テツヤンからすれば現代の味を思い出せるだけの数口さえあれば満足だったらしく、山盛りの現代の嗜好品をどう処分すべきか悩んだ末に、プロデュースしているワンモアタイム、そしてこの【巣立ちの家】に譲渡する事を決めたのだ。

 

「俺はFNCだ。表情インターフェイスが上手く機能していないのはともかく、耳が悪い以上は奇襲に弱い。拷問されても喋るつもりはないが、保障はできない」

 

 VR適性の劣等がもたらすFNCを患うテツヤンは、表情を変化させる事ができず、また音声を認識し辛い。彼が接客を苦手とするのも、単に彼自身のコミュ力の問題だけではなく、複数人の客の注文を判別できないからだ。

 そこでテツヤンは≪気配察知≫を始めとした対奇襲スキルを備えているが、熟練度は高くない。その手の者が襲えば、簡単に背後を取られるだろう。だからこそ、テツヤンがFNCを患っている事は最大の秘密でもある。

 

「忠告ありがとう。キミも早く帰りたまえ。幾ら店は安全圏とはいえ、子ども2人を残しておけないだろう?」

 

「……そうだな」

 

 軽く頭を下げてテツヤンは出て行き、それと入れ替わる様に野菜と肉が沈んだスープをルシアが運んでくる。

 

「【クリスマスの聖女】かぁ。どんな人なのかしらね」

 

「さぁ、私は興味が無い……と言えば嘘になるが、正体を暴きたいとは思わないね。謎は謎のままだからこそ美しい。好奇心に任せて神秘を暴き、月がただの岩の塊だったなど人類が知るべきでなかったようにね」

 

「スミスさんって意外とロマンチストよね」

 

「リアリストや夢想家を気取るつもりはないだけさ」

 

 スープを一口飲み、ここ数日はあの悪臭漂う倉庫でまともな食事をしていなかったスミスは丹念に濃厚な野菜と肉の絡みを味わう。

 夜食を平らげたスミスは物音を立てないように2階に上り、2段ベッドが複数配置された寝室を覗き込む。そこには8人の子どもが、DBOの残酷な戦いの日々を忘れるように、静かに寝息を立てている。

 

「……本当によかったの?」

 

「何がだい?」

 

「スミスさんは自由な人。縛られるのが嫌いな人。なのに私たちの為に……」

 

「私も人間だ。殺人マシーンではないよ。それに、傭兵として帰るべき場所があるというのは悪い話ではない」

 

 肩にもたれかかるルシアに、スミスは一切の澱みなく自身の言葉を紡ぐ。

 DBOにおいて、子どもとはプロパカンダの格好の道具だ。大ギルドは率先して保護しようとする。だが、それは籠の中の鳥であり、野獣が蠢く世界で戦う術を教えない愚かな行為だ。

 巣立ちの家は、DBOで生きる術がない子供を保護し、養うのではなく、完全攻略の日まで生き抜くための術を与えている。もちろん、彼らには自由意思があり、大ギルドの保護下に行くのも、独り立ちするのも自由である。だが、心の傷を負った子どもは少なくなく、依存するようにこの家から離れられない者がいるのが実状だ。

 テツヤンに引き取られたマキとアラタも父親を殺され、巣立ちの家に保護されていた。彼らの心の傷は深かったが、それでも前を向いて生きたいという意思が強く、テツヤンの下で働く事を決意して巣立ったのだ。たまに帰って来る時には、巣立てぬ者達に、自分の力で稼いだコルで買った服や食べ物を届け、立ち上がる為の活力を与えてくれている。

 ラスト・サンクチュアリからすれば、子どもの保護というのは垂涎の大義だ。だが、クラウドアースとの対決が騒がれるラスト・サンクチュアリはハリボテの要塞であり、閉じ込められた死地でもある。そこで戦う術もなければ、抗い方も知らない子どもは、大義に守られきれるとは思えない。それが世界の常であるように。

 

「私は撃つべき時に撃つ。敵だろうと、友だろうと、何だろうとね。だから、私はキミ達の為にも撃てる。私の帰る場所はここだからね」

 

 理性で以って人を殺す。これからも殺し続ける。それがスミスの選んだ道だ。だが、その過程に何かが残るならば、それも悪くない話だろう。

 ルシアはサインズの受付嬢で得られる収入の大半を巣立ちの家の経営に当てていたが、それは厳しい物だった。クリスマスの夜、あの慰霊祭に響いた歌声の後で、彼女はこの家に案内した。

 普段は明るく、奔放で、何ら悩みの無いようなルシアにあった秘密。彼女なりの『この世界』との戦い方に共感したわけではない。むしろ、スミスにとって、この殺し合いの世界は心地良いものだ。

 それでも、彼女に依頼されたのだ。

 

 

 どうか助けてください、と。

 

 

 大ギルドに匿ってもらえば良いかもしれないが、いずれ訪れる戦争の日を思えば安全な場所など何処にもない。

 スミスが依頼の報酬で受け取ったのは帰る場所だ。彼はこれからも戦い続け、人を殺し、金を稼ぎ、自身の力を高め、そして巣立ちの家に助力し続ける。それが自分の弱点になると分かっていても、止める事は出来ないだろう。

 スミスは子どもたちの眠る寝室の扉を閉め、我が身を振り返って苦笑した。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 その素顔を覆うのは兜や仮面。身に着けるのは、ただ1つ、白のブーメランパンツ。

 終わりつつある街の西区にある倉庫の1つ。そこには一様に同じファッションに身を包んだイイ男たちが集結していた。

 月の光が屋根に開いた穴から差し込み、冬の冷たさを主張するも、彼らの生肌から放出される熱気により、まるで真夏のような蒸し暑さを覚える。

 

「諸君、時は来た」

 

 木箱に赤のシーツが敷かれてできた簡素な壇上。そこに、他の者達と同様に兜と白のブーメランパンツだけの姿をした、筋骨隆々の大男が腰に手を回し、高々と宣言する。

 

「いよいよ『計画』は明後日。我々はこの世界に反旗を翻す。今の大ギルドの秩序を否定し、我々が導くユートピアを完成させる為に!」

 

『然り! 然り! 然り!』

 

 壇上に立つリーダーの強き言葉に、異様な姿をした男たちは胸に手をやって同調する。それはまさしく革命前夜のような、果てしなく炉に放り込まれる石炭が赤熱するような情熱で溢れていた。

 

「諸君らが狙うべき『獲物』はリストにある通りだ。まずはこれらの障害を排除し、全大ギルドの中枢を掌握する。無論、その前に我らが『王』を迎えねばならない」

 

『然り! 然り! 然り!』

 

「だが、嘆かわしき事に『王』は女人の色香に惑わされ、正しき道を見失われてる。まず、我々が成すべき事は『王』に戴冠していただくべく、彼を虚ろな悪夢から引き戻す事にある!」

 

『然り! 然り! 然り!』

 

「そこで、最後の『仲間』……偉大なる同志を紹介しよう! 彼も先程までは我々を敵対視し、ユートピアを否定する俗人だったが、今は覚醒を果たした、有望なる我が右腕である!」

 

 そう言ってリーダー格の男が壇上に立つように指示したのは、白のブーメランパンツと頭にずた袋を被った、リーダーにも匹敵する筋肉モリモリのイイ男だった。

 

「頼むぞ、我が右腕よ。覚醒を果たしたキミは、もはや何者も捕らえることができない自由の翼を持つ。そして、これは私からのプレゼントだ」

 

 リーダーがずた袋装備に渡したのは、先端が大きく膨れ上がった大槌だ。ギガメイスと呼ばれる打撃武器である。

 ずた袋装備はそれを両手でつかみ、下腹部で構える。

 

「このギガメイス……デカいだろう?」

 

『然り! 然り! 然り!』

 

「フフフ、それでこそ我が右腕だ。見込んだとおりだな。覚醒を果たしたキミの筋肉はもはや魅せ筋ではない。ユートピアを得る為の武器であり、美の探究の証だ」

 

 満足そうにリーダーは頷き、ずた袋装備はギガメイスを肩で担ぐ。その姿はまさしく威風堂々である。

 

「キミの任務は『彼ら』を誘導し、王の戴冠式を全プレイヤーに告知させる事にある。重要な役目だ。任せられるな?」

 

「無論です。全てはYARCA旅団の為に!」

 

『然り! 然り! 然り!』

 

 DBOを震撼させる『計画』の日は明後日。

 それは地獄の幕開けか、それとも楽園の解放か。




名残惜しいですが、間もなく本エピソードも終了です。


それでは、140話でまた会いましょう。

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