SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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いよいよコメディエピソードも結末です。
二転三転したようでしてなかったり、寄り道したり、何やら危険なイイ男が徘徊するエピソードでしたが、色々と楽しかったですが、それも終わりです。

さぁ、革命を始めましょう。


Episode14-10 ジェノサイドタイム

「それでは会議を始める」

 

 ストラテスはデスクについた4人の部下を見回しながら、各々が集めた取材内容を纏めた資料を手にして、厳かにそう宣言する。

 時は正午、太陽は天上に至り、終わりつつある街の雪景色を陽光で照らして輝かせている。だが、それでも寒さが和らぐという事は無く、依然として暖房が必要不可欠である事に疑いようは無い。

 

「諸君らの特集企画案は3つ、【クリスマスの聖女】の正体、【渡り鳥】のインタビュー、そして連続通り魔事件。いずれも甲乙つけがたいテーマだ。なるほど。諸君らが私からの激励を受け、力の限り尽力しただろう痕跡が資料の節々から見て取れた」

 

 だが、とストラテスは残念そうに溜め息を吐きながら、緊張の面持ちをしたエネエナへと、蛇がカエルを丸呑みする寸前のような眼で見つめる。彼女はごくりと生唾を呑み、次の言葉を待つが、編集長がこのような前置きをする事自体が結論を物語っていた。

 

「少々無謀が過ぎたのではないかな? 何事にも時間を要する案件というものはある。【クリスマスの聖女】の正体、あと1歩のところまで追い詰めた事は評価に値するが、それは締切に間に合えばの話だ。記事にならない限り、どれだけ素晴らしい特ダネであろうと井戸端会議の奥様達の暇つぶしにもならん」

 

「も、申し訳ありません」

 

「構わない。何も今回採用しないからと言って、永久に封印するネタというわけでもない。このネタはいずれ我々の総力を結集して読者の皆様にお届けする。異論はないな?」

 

「もちろんです!」

 

 やっぱり【クリスマスの聖女】は見送りか。ブギーマンは大して残念がる様子も無く、椅子の背もたれに体を預けて天井を見上げる。どう考えても時間が不足しているのだから、編集長の決断は妥当だ。そこに反論の余地は無い。

 さて、そうなると【渡り鳥】のインタビューはどうだろうか? 関係者への事前取材も済ませ、後はオファーするだけだ。インタビュー記事ならば、比較的短期で記事も仕上げられる。メリットは大きいはずだ、とブギーマンは期待する。

 

「続いて、【渡り鳥】だが……こちらも断念だ」

 

「な!? ちょっと待ってください、編集長!」

 

 デスクを叩いて立ち上がるエネエナに、ストラテスは猛る馬を落ち着かせるように手をかざす。

 

「落ち着け。先に言っておくが、取材内容は素晴らしい。担当受付嬢からの情報提供を始め、傭兵関係者、そしてラスト・サンクチュアリの大農場襲撃まで、これだけの材料があればインタビューも可能だろう。だが、【渡り鳥】は極めて危険な人物だ。だからこそ、インタビューを見送り続けた。それを忘れたのか?」

 

「そんな事はありません! いえ、むしろ、だからこそです! 私は今回の取材で、【渡り鳥】が噂通りの狂犬とは少し違うような印象を覚えました! 隔週サインズは傭兵紹介雑誌として出発した原点! 傭兵のインタビューこそ基本! 私は例外なく傭兵はインタビューすべきと考えます!」

 

「だから落ち着けと言っている。私は何も、我が身可愛さに見送ろうと言ってるのではない」

 

「では何故!?」

 

 あくまで喰らいつくエネエナに、ストラテスは椅子の肘かけで頬杖をつき、ゆっくりと目を細めた。それは落日のようであり、編集室の気温と光量が大きく下がったような、異様なプレッシャーを放出している。

 さすがのエネエナも激情の矛を収める。編集長がこのような表情をする時は、決まって大きなミスを犯した時だからだ。

 

「動き過ぎたな、エネエナ。大ギルドから正式な抗議があった。『隔週サインズ』にではなく、『サインズ』にだ。この意味が分かるな?」

 

 本来サインズとは中立組織であり、等しく分け隔てなく傭兵の斡旋を行っている仲介ギルドだ。その平等性はラスト・サンクチュアリのような大ギルドと反目する組織からの依頼も取り扱っている事からも明らかだ。だが、だからと言って何処のギルドからも影響を受けていないわけではない。傭兵ランクを始めとして、多くの所で大ギルドはその影響力を及ぼしている。

 

「彼らの情報網を甘く見たな。キミ達が【渡り鳥】の取材を試みている事は既に彼らに周知されている」

 

「……圧力ですか」

 

「否定はしない。大ギルドはインタビューする上で3つの条件を提示した。1つ目は『インタビュー内容の限定』、大ギルドに質問内容を事前に通して認可を貰う事が大前提だ。第2に並列して記載する『【渡り鳥】がこなした数々の依頼の選定』、彼の依頼は秘匿性や隠密性の高い物が多く、そうでないものも大ギルドのイメージダウンに繋がる物が多いらしいからな。そして最後に『インタビューは大ギルドが選抜した代理人を同伴させる』、要はお目付け役だ」

 

 それでは、ほとんどインタビューの意味がないではないか!? 大ギルドとパートナー契約を結んでいる傭兵でも、ここまで厳しい制約は課されない。愕然とするブギーマン達に、ストラテスは残念そうに呟く。

 

「次回も頑張ってくれ」

 

 ガクリとうな垂れるエネエナを見て、確かに少々はしゃぎ過ぎたと思う点が多々あったな、とブギーマンは反省する。普段のノリで取材できる相手では無かったという事だろう。どうやら本当の爆弾は【渡り鳥】ではなく、彼を雇う依頼主の方だったようだ。それに気づかなかった彼らの怠慢だ。

 ならば、残るは連続通り魔事件だ。悔しさはあるが、今回はキャサリンたちに特集ページを譲る事にしよう、とブギーマンは素直に諦めた。

 

「まずはキャサリン、ダンベルラバー。無事で何よりだ」

 

「ありがとうございます。ダンベルちゃんが助けを呼んでくれなかったら、私もタルカスさんもどうなってたか……」

 

 涙目のキャサリンは、連続通り魔事件の背後に大ギルドの裏取引があるという情報をつかんだのだが、尾行がバレて昨晩は攻撃を受けたのだ。幸いにも取材協力していたタルカスの助力といち早く救援を呼びに行ったダンベルラバーのファインプレーによって窮地を脱したのだ。

 そのダンベルラバーと言えば、先程から妙に自信に溢れた表情をして腕を組んでいる。ここ数日で急成長があったのか、ブギーマンには彼がまるで別人のようにすら思える程である。

 

「フフフ、構わないぞ、キャサリン。俺はイイ男として当然の事をしたまでだ」

 

「謙遜しないで。私、本当に怖かったんだから!」

 

 涙を拭うキャサリンに、ダンベルラバーは薔薇の刺繍が施されたハンカチを差し出す。おかしい。ダンベルラバーは小心者で気の良い奴ではあったが、ここまで紳士と呼べる人間だっただろうか? ブギーマンは増々違和感を募らせる。

 ブギーマンの視線に気づいたのか、ダンベルラバーは好意的なはずなのに背筋が冷たくなる……それも悪寒が尻に集中する不気味な笑みを浮かべる。思わずブギーマンは悲鳴を上げそうになるのを、自身の足を踏んで堪えた。

 

「さて、その連続通り魔事件だが、タルカスさんからご提案があった。この事件の裏には大きな何かがあると彼も踏んでいる。そこで、この事件について完全同行取材をさせていただける事になった。そうだな、ダンベルラバー?」

 

「ええ。どうやらタルカスさんもきな臭い事件を幾つか追っていたようで、今回の件で糸が繋がったようです。そこで部隊を準備し、YARCAの幹部クラスを捕縛する作戦があるとの事です」

 

「え? 聞いてないよ、ダンベルちゃん!?」

 

 驚くキャサリンに、申し訳なさそうにダンベルラバーは眉を曲げた。

 

「キャサリンは昨晩ずっと取り乱していたからな。俺がタルカスさんと話をつけた」

 

「い、いつの間にそんなに頼りになるキャラになったの?」

 

「魅せ筋を卒業しただけだ」

 

 太い二の腕の筋肉を脈動させ、胸筋を上下に動かすダンベルラバーはストラテスから話を引き継ぐ。

 

「タルカスさんからのオーダーは敵幹部の捕縛の瞬間を撮影してもらいたいとの事だ。もちろん、その後の捜査の全てに同伴する許可を貰っている。捕縛予定地点は、今から送るマップデータの通りだ」

 

 ダンベルラバーから送信されたマップデータによれば、西区にある人通りが少ない倉庫街の傍にある白兎の街路だ。タイルの何枚かに白兎が描かれており、下位プレイヤー向けのイベント≪白兎の忘れ物≫が発生する以外に特に目ぼしい物は無い場所だ。強いて言えば、酒場などが密集している西区の、治安の悪いエリアという点である。

 

「ここってディアベルさん達を目撃した場所じゃない?」

 

 キャサリンの指摘に、ダンベルラバーは小さく頷く。どういう事か、とエネエナが尋ねると、彼女はこの白兎の街路にある十字路でディアベルと噂の眼帯少女がデートしている姿を目撃したのだと述べた。

 

「それこそ大スクープじゃない!? キャサリンったら何やってるのよ!?」

 

「ど、怒鳴らないでよぉ! 色々あり過ぎたの! 本当に色々あったの!」

 

「あ、そう言えば、俺も眼帯少女見たっけ」

 

「ハァ!?」

 

 大声を上げるエネエナに怯えるキャサリンに呼応し、ブギーマンもすっかり報告を忘れていたと、先日の聖剣騎士団の墓所を取材した時に眼帯少女を見かけた事を今更になって告げる。

 これにはエネエナも脱力し、がくりと頭を垂らした。

 

「特ダネがぁああああああ! それこそ、特集ページに相応しいじゃない! タイトルは『聖剣騎士団のイケメン団長、噂の眼帯少女と逢引!?』ね!」

 

「二兎を追ってダメダメだった俺たちが3匹目を狙っても中途半端になってただけだと思いますよ?」

 

 悔しがるエネエナを横目に、ブギーマンは眼帯少女を思い出して顔を赤らめる。夕陽の逆光でハッキリとは見えなかったが、優しく微笑んだ美しい姿は、今も目というレンズを通してブギーマンの中に焼き付き、想い出のアルバムにしっかりと収められている。

 だからだろうか? ブギーマンはキャサリンがディアベルと眼帯少女がデートしていた事に、まるで横恋慕していたかのように衝撃を受け、なおかつ異物のような奇妙な感覚に襲われる。

 それは小さなズレ。意識して拾い上げ、泥を落とす為に磨かねばならない何か。だが、それを解明するよりも先に、ストラテスが決断を下す。

 

「良し! 次の特集ページは『密着! 謎の連続通り魔事件の真相に迫る!』とする! タルカスさんの計画は明日午後8時! 西区の予定地点で取材を敢行する! 諸君、健闘を祈るぞ! それまでは十分に英気を養いたまえ!」

 

「「「「了解!」」」」

 

 会議が終了し、編集室を出たブギーマンは、今までにない粘ついた手つきでダンベルラバーに肩を回される。

 

「なぁ、ブギーマン。明日の為に、今晩でも西区の酒場に行かないか? お前はカメラマンだし、撮影ポイントはチェックしておきたいだろう?」

 

「気持ち悪いから、まずその腕を外せ」

 

 暑苦しいんだよ、とブギーマンはダンベルラバーの腕を跳ね除ける。ダンベルラバーは両手を上げて、悪かった、と小さく呟いて彼から距離を取った。

 

「う~ん、確かに撮影ポイントはチェックしておきたいな」

 

「だろう? それに、お前に会わせたい人たちがいるんだ。とてもイイ人ばかりで、お前にも会いたがってるんだ」

 

 ダンベルラバーの申し出はありがたいが、ブギーマンは首を横に振って断わる。

 

「今日中に済ませないといけない事があるから無理だ。撮影ポイントは大丈夫さ。何度か西区には取材に行ってるし、大体分かる」

 

「……そうか。いや、別に構わない。時間はこれから幾らでも、たっぷりとあるからな」

 

 あっさりとダンベルラバーは引き下がり、妙にケツを振りながらサインズ本部から出て行った。エネエナはキャサリンにディアベルと眼帯少女について、詳細を尋ねるべく彼女を連れてワンモアタイムへと向かう。

 残されたブギーマンは、今晩中に終わるだろうか、と頭の中にある構想をどう具現化するか考えるも、あれこれ悩むよりも行動した方が早いと走り出した。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 部下が全員出て行った隔週サインズ編集室にて、編集長デスクにて手を組むストラテスは、まるで死者が眠るように、あるいは真理の深淵を探る哲学者のように、瞼を閉ざしていた。

 彼の背後からは窓より正午の陽光が差し込み、編集室全体が日向と影のコントラストを描き、まるで二分された世界のように温度差を視覚的に表現している。

 

「全ては予定通りに進んでおります」

 

『ご苦労だったな、ストラテス編集長』

 

 ふわりと編集長デスクから飛び出したのは、遠声の人工妖精である。会議中から彼のデスク内に潜んでいた人工妖精は、先程の会話の全てを傍受していた。故に報告など無用ではあるが、何事も形式とは必要である。

 

『しかし、部下を自ら狼の狩場にやるとは、あなたもとんでもない外道だ』

 

「彼らは記者です。最初から覚悟の上でしょう」

 

『そうだな。だが、我々としてもキミの思い切りの良さには驚かされている。キミを「計画」の1員として勧誘しておいて正解だったよ』

 

「全ては『計画』の為に。ですが、取引をお忘れなく」

 

『ああ、もちろんだ。我々は取引を蔑ろになどしない。キミの貢献に相応しいだけの対価も付与しよう。では、最後の仕事に期待しているぞ』

 

 遠声の人工妖精はストラテスが開けた窓の隙間から飛んで消え去る。

 可愛い部下たちであるが、彼らもまた記者として多くの修羅場を潜り抜けた猛者たちだ。ストラテスの予想通りの活躍をしてくれる事だろう。そして、それこそが『計画』の完遂に必要不可欠なものであり、その先にある取引によって得られる報酬を大きな物にする。

 罪悪感? そんな物は記事の為ならば野良犬に喰わせて糞にしてしまえ。ストラテスは編集室から出て行った4人の可愛い部下たちの顔を思い浮かべる。彼らという生贄がどれだけの素晴らしい特ダネになるのか、そればかりを期待して、今は座して時を待つ。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 寝落ちしてしまったか。自室の作業テーブルでうつ伏せになる形で眠っていたブギーマンは、ぐっと体を伸ばして筋肉を解す。もちろん、アバターなので筋肉が凝るわけがないのだが、それでも脳に染み付いた習慣と錯覚はなかなか抜け落ちず、多くのプレイヤーが体の凝りなどを感じる場面が多々ある。無理な体勢で眠った翌日など特にそうであるし、疲労が蓄積すれば自然と肩が重くなったようにも感じるのだ。

 編集室で行われた会議の後、自室に籠ったブギーマンは食事も睡眠も抜いて夜通しで作業を行った。『それ』を完成させるのは一晩では到底不可能だったはずであるが、人間の集中力とは恐ろしい物であり、システム外の効率が重視される作業であるならば、ひたすらに精神力に物を言わせて従事できるものである。

 早朝の太陽を見届けた辺りまでは記憶があるのだが、それ以降はぼんやりとしていて不鮮明だった。だが、無事に『それ』が思い描いた通りの完成に至っているのを見る限り、たとえ意識が朦朧としていようとも我が身はやり遂げられたのだと分かり、ブギーマンは誇らしさで胸がいっぱいになる。

 時刻は午後4時過ぎ。今日の午後8時には、タルカス主導による『やるか』なる組織の幹部を捕縛を撮影する大きな仕事がある。集合時間は午後6時で、もう余り時間は残されていない。

 慌てて自室を飛び出したブギーマンが目指したのは黒鉄宮跡地、その傍にある釣鐘の塔である。鉄柵に覆われた釣鐘の塔の、今にも抜け落ちそうな古ぼけた木製の階段を上り終えたブギーマンを待っていたのは、出会った時と同じように、終わりつつある街の光景を眺めるキリマンジャロの背中だった。

 

「良い景色だね」

 

「……ああ」

 

 出会った時の再現のように、ブギーマンはキリマンジャロに話しかけて彼の隣に立つ。

 夕焼けに染まった雪に覆われた終わりつつある街は、街全体が黄昏色に輝いているかのようだった。

 

「どうして、ここにいるって分かったんだ?」

 

「キリマンジャロくんの落ち込みを見れば、何処にいるかなんてすぐに分かるさ。キミって自分が思っているよりも単純だよ」

 

 ブギーマンの答えに、キリマンジャロは苦笑して、違いない、と頷いた。

 ようやくたどり着いた【クリスマスの聖女】の正体。テツヤンを縛り上げて無理矢理吐かせる手段がありながら、キリマンジャロはそのような非道で訴えない。それだけ【クリスマスの聖女】に、あるいは彼女に重ねる何かに、彼は尊い感情を抱いているのだろう。

 ボロボロの南京錠がかかった扉、蹴破れば簡単に内側に入り込み、秘密を暴くことができる。だが、それでもキリマンジャロは、そのような横暴な真似を行う事ができない。

 共に釣鐘の塔を下りたブギーマンとキリマンジャロは、黒鉄宮跡地に設けられた慰霊碑の前に立ち、共に手を合わせる。碑文には何やらありがたい言葉が彫り込まれているのであるが、2人にとってはそんな事よりも死者の冥福を祈る方が意味はあった。

 

「これから、最後の大仕事があるんだ。キリマンジャロくんには護衛を頼みたいんだけど、良いかな?」

 

「ああ。約束だからな。ちゃんと守るよ」

 

「それで……何だけどさ、俺からキミに報酬って言うか、プレゼントって言うか、友情の証って言うか……とにかく渡す物があるんだ」

 

 照れながら、ブギーマンは綺麗に包装された、やや厚めの長方形のオブジェクトを手渡す。

 不思議そうにキリマンジャロは丁寧に放送を剥ぎ、中身を目にすると、眼鏡のレンズ越しでも分かる程に大きく目を見開いた。

 

「正規品ってわけじゃないし、急拵えだから色々とお粗末な部分もあるけど、その分編集長とかのチェックも入っていない。文字通り、この世でただ1つ、俺の友人の為に仕上げた物だ」

 

「ぶ、ブギーマン……こんなの、こんな素晴らしい物、受け取れない!」

 

 狼狽するキリマンジャロに、ブギーマンはニヒルに口元を曲げ、そのビジュアル系に相応しいウインクを飛ばす。

 

「キリマンジャロくん、俺たちは友達だ。友達からのプレゼントを拒否することは許されない。OK?」

 

「……ブギーマン」

 

 大事そうにキリマンジャロが抱きしめるのは、ブギーマン謹製の『ミニスカサンタ写真集』である。まだ発売されていない編集段階だったものを、ブギーマンが根性で完成させた、とてもではないが正規品には載せられない過激な写真の数々も載せた、世界で1つだけの試作品である。

 

「キリマンジャロくん、俺はキミの秘密を探ろうとは思わない。記者として好奇心はあるけど、俺の興味はあくまで可愛い女の子とそのスカートの中身だからね! だから、これは俺の変わらない友情の証明だ」

 

 今にも泣きだしそうな顔をしたキリマンジャロと肩を組み、ブギーマンは地平線へと沈む太陽を指差す。まるで真っ赤に燃え上がり、溶けているかのような、馬鹿みたいに大きい夕陽に咆える。

 

「さぁ、キリマンジャロくん! 叫ぼう! 俺達の友情を!」

 

「ああ!」

 

 互いに大きく息を吸う。今日までの数々の出来事を腹の中でパワーに変え、その全てをこの一瞬に吐き出す為に。

 

 

 

「ミニスカが良いんじゃない! ミニスカが似合うから美しいんだぁああああああああああああ!」

 

「巨乳こそ至高にしてさいこぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう!」

 

 

 

 2人の漢の叫びは、黒鉄宮跡地に染み込んでいき、彼らの思いの全てが届いたかのように、夕陽は静かに沈んでいく。

 そうだ。それで良いのだ。男の友情を確かめ合ったブギーマンとキリマンジャロはガッチリと握手を交わす。ブギーマンとしては、胸に貧しきも富めるも無いのであるが、そこに至るにはキリマンジャロの求道が足りないとして、これからも神に選ばれた使徒として導きを与えれば良いだけの事だ。何よりも、個人の嗜好にとやかく言うのはナンセンスである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デデンデンデン♪ デデンデンデン♪ テレレ~テ~レレ~♪ テレレ~テ~テ~テ~レ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕陽は落ちた。否、堕ちた。

 ここからは夜の時間。闇の時間。儚き光に満ちた時代は終わり、暗闇より魔性が蔓延る時間。

 古来より『逢魔が時』とは魔と巡り合う境界の時間とされてきたが、その真の恐ろしさとは光が失われ、夜の闇が世界を覆う事によって、影に隠れていた者達が這い出てくる事にある。

 

「これって……ターミ○ーターのテーマ?」

 

 突如として聞こえてきた、あの有名なテーマソング。それが可愛らしい女の子の声で、しかも明るい声音で黒鉄宮跡地に響く。

 まさに太陽が落ちた西の方角、国鉄宮跡地前の広場に踏み込んでくる1つの人影があった。それは完全に訪れた夜の闇を背負い、まるでダンスでも踊る様にステップを踏みながら、こちらへと近寄ってきている。

 それは1人の少女。その顔を埋めるのは満面の笑みだった。

 

「デデンデデンデン♪ デデンデンデン♪」

 

 その少女が揺らすのは2つのツインテール。纏うのは軽量系の赤の防具であり、胸には銀色の胸当てが装備されている。だが、幾ら胸当てをしているとはいえ、その胸部装甲は余りにもお粗末。余りにも平ら。余りにも地平線にして水平線。

 

「う、う、うわぁあ……うああぁああああああ!」

 

 ガタガタと震えてキリマンジャロが腰を抜かす。その様子を、石化したように動けないブギーマンなど無視しているかのように、少女は軽やかに跳んで迫りながら眺めていた。

 

「もう! 探しましたよ、『キリマンジャロ』さん? 何処に行ってたんですかぁ?」

 

 それは甘ったるい、まるで子猫がご主人様に甘えるような声音。だが、その裏に潜むのは生来のハンターが爪を研ぎ、狩りをすべく光らせる眼光。

 

「ま、待つんだ! 俺は……その、俺は!?」

 

「良いんですよ。『キリマンジャロ』さんは『きょにゅう』好き。私も認めるべきものは認めます。個人の趣味は仕方ないですし、男の人は大きい方が好きなのも理解があります。私は何も怒っていません。怒る権利なんてあるわけがないじゃないですか」

 

 必死に弁解しようとするキリマンジャロと視線を合わせるように膝を折った少女は、彼の首に抱き付く。それは、まるで蟷螂の鎌が獲物を狩った瞬間に見えたのは、決してブギーマンの見間違いではないだろう。

 

「ええ、分かってます。私は分かっています」

 

 にっこりと笑い、少女はキリマンジャロを起こすと彼の右手を胸当て越しで自分の胸に押し付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『巨乳』じゃなくて、『虚乳』が好きなんですよね? それくらい、私はちゃぁあああああんと分かってますよ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこに強制力はない。きっと、キリマンジャロは振り払おうと思えば振り払えるだろう。腕を少女に抱き付かれ、傍から見れば人目も憚らずにイチャ付く恋人にしか見えない姿で、キリマンジャロは連行されていく。

 

「た、助けて! ブギーマン! 友達だろう!? 友達なんだろう!?」

 

「ふーん、『キリマンジャロ』さんはミニスカサンタが大好きなんですね。あらあら、『キリマンジャロ』さん好みの『虚乳』の写真は少ないですね」

 

 ペラペラとキリマンジャロから奪った写真集を見る少女の横で、キリマンジャロが泣き叫ぶ。まるで死刑台に連れて行かれる死刑囚のような哀愁すら漂っているが、ブギーマンは何も手出ししない。

 

「もう! こんな写真集が欲しい位に欲望が抑えられないなら、もっと早く言ってください。今夜は寝かしませんからね。全部忘れさせてあげます……『全部』ね♪」

 

 ツンとキリンマンジャロの頬を、甘える恋人のように突く少女に邪気はまるで無い。欠片も無い。あるのは純粋な愛情のみ。

 これも愛の形か。諦めきったブギーマンは、助けを求めて手を伸ばすキリマンジャロにグーサインを送る。

 

「キリマンジャロくん、ファイト!」

 

「わぁああああああああああああああああ! 誰か助けてくれ! 助けて、クー! 助けて、アス――」

 

 その叫びの全てはブギーマンの聴覚有効範囲から彼らが外れた事により聞こえる事は無かった。

 きっと、明日の朝にはキリマンジャロは自分が『巨乳好きの美乳派』である事はすっかり綺麗に忘れているだろう。

 だが、それも幸せの1つであるならば、ブギーマンは応援しよう。何よりも、あんな可愛い女の子がカノジョならば、巨乳じゃないくらい受け入れてやれば良いではないか。

 そう納得する以外に、ブギーマンは足の震えを抑える方法が無かった。

 

「さようなら、キリマンジャロくん」

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 

 午後7時半、終わりつつある街の西区にある白兎の街路にある物陰にて、ブギーマン達4人の隔週サインズ記者が集結していた。

 捕縛予定地点は、キャサリンがディアベルと眼帯少女のデートを目撃したという十字路である。街灯によって黄ばんだ白の光で照らされた十字路は、踏まれて汚れた雪が薄い絨毯のように広がっている。

 

「本当に来るのかしら?」

 

「心配無用だ。タルカスさんの情報網は確かだ。ターゲットは間もなくこの地点を通る」

 

 特集ページを物にできなかった事が不満なのだろう。懐疑的に尋ねるエネエナに、自信たっぷりのダンベルラバーは答える。

 今回の撮影の為にブギーマンは最高クラスのカメラを装備している。4人の中でも≪撮影≫スキルがダントツで1位の熟練度を持つ彼ならば、どれ程の悪条件でも完璧な撮影が可能であり、それを実現するだけのカメラも装備可能である。

 

「なぁ、ダンベルラバーの様子おかしくないか?」

 

 数枚シャッターを切り、静音性能が標準を満たしている事を再確認しながら、ブギーマンは両手を毛糸の手袋で覆ったキャサリンに質問をぶつける。ここ数日の間は、キャサリンと共に行動したダンベルラバーだが、明らかに以前とは別人だ。

 小心者であるが、根は真面目で、ここぞという時に勇気を発揮する。それがブギーマンの知るダンベルラバーだ。だが、今の彼はまるで石油採掘場に火を投げ込んだかのように猛々しい情熱と自信に溢れている。以前も筋肉信者ではあったが、今はそのムキムキっぷりをこれでもかとアピールし、隙があれば獲物を物色するような目でブギーマンを見つめているのも気持ち悪い。

 

「やっぱり、そう思う? 助けを呼びに行ってから、なんかおかしくて……」

 

 同じ違和感を覚えるキャサリンも漠然とダンベルラバーの変化を捉えているが、原因に心当たりは無いようである。

 

「はいはい、お喋りはそこまで。それよりも、タルカスさん達の捕縛部隊は何処にいるの? 先に取材しておきたいんだけど」

 

 エネエナの希望に対し、ダンベルラバーは意味深な微笑を浮かべるだけだ。確かに、密着取材という事で撮影場所で待機しているのであるが、捕縛部隊と思われる人影は見られない。単に≪気配遮断≫スキルが高過ぎてブギーマン達が感知できていないだけかもしれないが、タルカスの方から取材認可が下りているのだ。事前の打ち合わせが無いのはおかしい。

 

「ダンベルちゃん、どうしちゃったの? 本当におかしいよ!」

 

「フフフ、俺は何もおかしくない。そうだな……適当な言葉で言えば、本当の自分を理解してしまったんだ。それよりも、ターゲットが来たぞ」

 

 問い詰めるキャサリンを躱し、ダンベルラバーが顎で十字路に向かってくる男女を指し示す。

 まさか『彼』が連続通り魔事件の犯人!? さすがのブギーマンも我が目を疑う。というのも、現れた男女の1人は他でもない、聖剣騎士団のリーダーのディアベルだからだ。その彼の腕を組んで歩くのは、これまたブギーマンが胸を射抜かれた、あの聖剣騎士団墓所で出会った眼帯少女である。

 

「これはどういう――」

 

 混乱するブギーマンがダンベルラバーに問おうと振り返るが、そこには先程までいた彼の姿は無く、代わりに彼が着ていた衣服だけが、まるで本人が大気によって溶かされて消えたかのように雪の上に落ちていた。

 

 

 

 

 

 

「こんばんは、団長」

 

 

 

 

 

 そして何処に潜んでいたのか、十字路に複数の、4、5人では済まない……軽く20人はいるだろう、人影が姿を現す。

 だが、その姿というのは尋常ではない。いずれも衣服を身に纏わず、装備しているのは白のブーメランパンツのみ。ただ頭にのみ、兜や仮面といった顔全体を覆い隠す防具を装着している。

 その中でも、特に逞しい肉体をした大男は、あの有名な黒鉄の兜を装備している。肩には彼の特大剣である【黒鉄の特大剣】が担がれていた。

 

「これはどういう事だい、タルカスさん」

 

 怯えた様子の眼帯少女がディアベルに縋りつき、彼は咄嗟に片手剣を抜いて周囲からにじり寄るブーメランパンツの変態たちを牽制する。だが、数の利もあるのか、それとも元より恐怖など無いのか、変態たちはDBO最高クラスのプレイヤーに剣を向けられていながら、まるで怯える素振りはみせない。むしろ、狼の群れが囲んだ羊の細やかな抵抗を楽しむような余裕すらあった。

 

「それはこちらの台詞だ。団長よ、あなたは何処で道を間違ってしまったのだ?」

 

「何の話だい?」

 

「その横に連れている女の話だ。ああ、嘆かわしい。眼帯フェチなのは理解できるが、あなたのような御方が女人の色香に惑わされ、真理の探究を止め、玉座を自ら捨てるなどあってならない事だと言うのに」

 

「……まるで話が理解できないんだけど、説明してもらえるかな」

 

 是非ともお願いします。もはや取材の事など完全に忘れ、呆然とするブギーマンの願望を受け取ったかのように、ディアベルは黒鉄の兜だけを被った白ブーメランパンツの変態、ブギーマン達に連続通り魔事件の密着取材を申し出たはずのタルカスへと、よくぞ冷静さを保てるものだなと感心するほどに、落ち着いた声音で尋ねた。

 だが、そんな質問すらもが嘆かわしい、とタルカスは腕を組んで溜め息を吐く。

 

「私はDBOに囚われてからずっと考えていた。我々はより自由にあるべきなのではないか、とな。そうだ。今やジェンダーフリーの世の中と叫ばれていながら、その実は女に現を抜かす男ばかり。誰も真なる美を探求しようとしない!」

 

 タルカスがマッスルポーズを取ると、他の変態たちも一様に石像の如く、その隆々とした筋肉、あるいはバランス美ともいうべき肉体を披露するようにポーズして固まる。その異様な光景を思わずブギーマンは撮影しそうになるも、それだけはカメラへの侮辱だと思って何とか堪えた。

 

「しかし! あなたは違った! 数多の女人たちの誘いを断り続け、孤高を保ち、我らが王に相応しい人格と品格を備えていた! そんなあなたから聖剣騎士団への加入を求められた時には、天にも昇る気持ちだった! 絶頂した! 正しく!  私は絶頂したのだ!」

 

「変態よ。変態がいるわ」

 

 さすがのエネエナもドン引きである。幾ら記者魂溢れる彼女と言っても、この光景を撮影できるほどの精神力は無いようだった。

 

「だが、あなたは堕落してしまった。あの娘を傍に置き、あまつさえ自らの伴侶のように大切にする。あってはならん。あってはならんのだ、我らが王にそのような事は決して! 絶対に! あってはならん!」

 

「……まず誤解があるようだから指摘するけど、ジェンダーフリーとは社会的性差別の撤廃を目指す物だよ。同性愛を推進するものではないし、異性愛を否定するものでない」

 

 そして、ここに来てまでツッコミを冷静に入れるディアベルは本当に何者なんだ!? ブギーマンはもう理解したくないという脳の悲鳴でいっぱいなのであるが、ここで意識をブラックアウトさせれば、恐ろしい結末が待っているようで、何とか精神を繋ぎ止める。

 

「策略を巡らせ、あなたからあの魔女を引き離したつもりだったが、どうやらそれも無意味だったようだ。あなたには自らの力で真理に至って欲しかったが、仕方あるまい。YARCA旅団の旅団長として、あなたを『王』として覚醒を促す使命を私は果たす」

 

「本当に待ってくれ。まるであなた達の目的が分からないんだが」

 

「フフフ、知れた事だ。この世界に我らの存在を知らしめ、真実の美で以って得られた『力』を手にし、DBOの完全攻略を成し遂げるのだ! そして、現実世界への帰還の暁には、あなたを『王』として頂き、世界にYARCA旅団によって生み出された尻を掘り合う肉欲のユートピア……楽園の建設を宣言するのだ!」

 

 拳を握って力説するタルカスをもはや視界に収められず、ブギーマンは口を押さえる。今ならば仮想世界でも吐けそうなのであるが、胃液1つ漏れてくれず、喉がヒクヒクと震えるばかりである。

 

「ここは退くわよ。良く分からないけど、良く分からないけど! ここは危険よ!」

 

「おっと、そうはいかんな」

 

 ようやく撤退指示を出したエネエナを否定するように、闇よりずた袋を被った、見知った体のラインをしたイイ男がブギーマンとエネエナの首根っこをつかみ、十字路へと放り投げる。雪がクッションになってダメージこそ受けなかったが、変態たちの檻の中の中心へと押し込まれ、逃げ道が失われる。

 ディアベルはチラリと2人を一瞥するが、今は話しかける暇が無いかのように剣を構えるばかりだ。ブギーマンも慌てて腰のナイフを抜くも、次々と武装する変態たちに比べれば余りにも貧弱だ。

 

「どういうつもりなの、ダンベルラバー!?」

 

 2人を十字路に投げ込んだずた袋装備の変態にエネエナは怒鳴る。やはりか、とブギーマンは信じたくなかった思いで、白のブーメランパンツが眩しいずた袋装備が下腹部で構えるギガメイスにごくりと生唾を呑む。

 

「フフフ、彼は私の右腕だ。キミ達は『王』の戴冠式を撮影する為に選ばれた存在だ。キミの事は良く知っているよ、女体の探究者という悲しい事実を除けば、DBO最高のカメラマンであるブギーマンくん? それに、記者としては一流と名高いエネエナくん」

 

 雪を踏み躙り、タルカスがダンベルラバーの裏切りを告白する。件の本人と言えば、罪悪感など無いと言わんばかりに、ジリジリとブギーマンへと迫っている。

 

「ブギーマン、このギガメイス……最高にデカいだろう? お前にも味あわせてやるよ。なぁに、すぐにお前も分かる。一瞬の絶望の先にある楽園のビジョン! 自由の翼を得る解放感をな!」

 

「こっちに近寄るなぁああああああ!」

 

 ナイフを振り回すブギーマンに対し、ダンベルラバーは彼も見たことが無い程に……まるで本当に翼を得たかのように軽やかに跳躍する。それを合図に、変態たちは次々とそれぞれの得物を手に、壁を、街灯を、屋根を足場にして飛び回る。その立体機動はとてもではないが、同じ人間とは思えない。

 

「このアイアンランスを受け止めてくれ」

 

「シルバーレイピアは連射性能が売りさ。数は任せろ」

 

「おいおい、このラージクラブのデカさに怯えるなよ」

 

 変態たちはディアベルに群がり、次々と武器を振り回していく。それを迎撃するも、数の不利、何よりも変態的な動きのキレによって、瞬く間に彼の手から片手剣が弾き飛ばされていく。

 DBO最高プレイヤーが傍にいる。それが唯一の希望だったブギーマンは、自分の上で仁王立ちするダンベルラバーを見上げてガチガチと歯を鳴らす。

 

「分かっただろう、団長? これが自由の翼の力だ。我々は異性交遊を排し、男と男の楽園のビジョンの果てに覚醒を果たした。すなわち、このDBOでステータス上許された潜在能力の全てを引き出す方法を会得したのだ! この力を以って、我々はDBOを完全攻略する!」

 

「そんな事できるわけがないだろう!? 目を覚ますんだ、タルカスさん!」

 

「できるさ。既に3大ギルドの中枢を掌握する計画はできあがっている。まずは女性プレイヤーを腐らせ、指導者的男プレイヤーの全てをYARCAに取り込む。そして、全プレイヤーから優秀なイイ男を選抜し、我らの力で高みに押し上げるのだ! だが、それよりもまずは団長……あなたの戴冠式を行う!」

 

 頭上で振り回した特大剣をタルカスは下腹部で構え、ディアベルへと突き付けた。

 

「この特大剣を……あなたにぶち込ませてくれ!」

 

 そして、武器を失ったディアベルへと、変態たちが一斉に飛びかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか。残念だよ、タルカスさん。あなた達はここで『終わり』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何が起こったのか、ブギーマンには理解できなかった。

 見えたのは『線』だった。そして、続いて聞こえたのは轟音。それが、ディアベルに突撃していた父の仮面装備のアイアンランスに命中し、表面を爆ぜさせ、相応しいだけの衝撃が武器を手元から奪い取る!

 呆然とする父の仮面装備の隣で、子の仮面装備のラージクラブもまた吹き飛ぶ。そこで、ようやくブギーマンは……否、そこにいた変態たち全員が遥か遠方、黒鉄宮跡地付近にある釣鐘の塔より狙撃されているという事実に気づく!

 

「ど、どういう事だ、これは!?」

 

 動揺するタルカスを尻目に、やれやれと言った具合で苦笑しながら、ディアベルは後ろ手で手を組む。

 

「さすがだね、シノン。良い腕だ」

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 釣鐘の塔屋上、そこには一際巨大な……もはや鉄塊と表現した方が適切な銃器を構えたシノンが高倍率スコープを覗き込み、十字路で右往左往する変態たちの武器を狙撃し続けていた。

 彼女が装備するのは、太陽の狩猟団が開発した最新の≪銃器≫、スナイパーキャノンである。重量はシノンの装備重量を大きく上回り、およそ持ち歩ける装備ではない。設置してから狙撃開始まで15分必要であり、機動力を完全に殺す、狙撃特化武装だ。

 その名も【YAKUMO mdl.1】。直撃すれば、最前線に立つタンクすらもHPが半分以上吹き飛ぶだろう、スナイパーライフルを上回る高火力狙撃武器だ。

 

「変態」

 

 トリガーを引く。本当ならば、頭を綺麗に吹き飛ばされるところを、あえて武器を破壊して無力化する。

 

「変態」

 

 トリガーを引く。足の付け根を狙撃し、最低限のダメージで済ますように心掛ける。

 

「変態」

 

 トリガーを引く。胸をぶち抜けるはずなのに、シノンは周囲に撃ち込んだ衝撃波で変態たちを蜘蛛の子のように散らす。

 

「変態変態変態変態! 変態は死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね!」

 

 顔を真っ赤にし、シノンはひたすらにスナイパーキャノンを撃ち込み続ける。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 狙撃による攻撃で次々と変態たちが無力化されていく。それを呆然と眺めるブギーマンを余所に、タルカスは特大剣で狙撃攻撃を弾くという神業を披露するも、そこには心に響くものはまるでない。

 悠然と、眼帯少女に縋りつかれながら、次々と倒されていく変態を冷めた目でディアベルは見つめている。全ては予定調和。ゴキブリ退治に、一々憐憫の情など湧かないのと同じだ。

 

「ぐぅ! 全員物陰に隠れろ! 狙撃攻撃は弾数が少ないのが弱点だ! 身を潜め、弾切れを待つのだ!」

 

 タルカスの指示を受け、変態たちは十字路から路地裏へと逃げ込もうとする。だが、それを拒むように、暗闇の中から次々と弾丸が飛び出していく。

 ある者は膝を、ある者は肘を、着弾する度に小さな爆発のように炎が撒き散らされている。恐らく低火力で高連射が売りのヒートマシンガンだろう。

 

「やぁ、残念だが逃げ場など無い。悪いが、これは一方的な狩りだ。大人しくした方が身の為だよ」

 

 夜の闇から、まるで影が縫うように、高速で弾丸をばら撒くのは、独立傭兵として最高ランクを得ているスミスだ。彼は両手にヒートマシンガンを装備し、抵抗しようと立体軌道を取る変態たちを、何手も先を読んでいるかのように、低速のヒートマシンガンをばら撒き、次々と着弾させて落としていく。その様子は蠅を殺虫スプレーで退治しているかのような手軽さすらある。

 

「ど、どういう事だ!? 俺達は自由の翼を得たはずなのに……!」

 

「『その程度』で潜在能力の全てを開放した? 嗤わせないでもらいたいね。私でもまだ全開の境地に至っていない。キミ達のそれはただの妄想。防具を排除すれば、身軽になるのは当たり前だろう?」

 

 足を焼き焦がされて立てなくなった変態の1人の顎を蹴飛ばすスミスは、酷く冷めた声で真実を告げる。言われてみれば、普段ムキムキマッチョのSTR特化はそれに応じた重量防具を装備しているのだ。それが兜だけとなれば、体が軽くなるのは当たり前である。

 そうしている間にも狙撃によって次々と変態たちは倒れていく。そして、何処からともなく出現した、聖剣騎士団のメンバー(ちゃんと防具を身に着けている)や太陽の狩猟団、そしてクラウドアースの面々が姿を現し、無力化された変態たちを捕らえていく。

 

「ここで終わりだ、タルカスさん。投降するんだ」

 

「ぐぅううううう! まだだ……まだYARCA旅団は終わってなどいない!」

 

 残された変態は8人程度。それが最後の悪足掻きとばかりに、狙撃が止まった瞬間を狙ってディアベルを取り囲み、彼から眼帯少女を奪い取る。

 人質のつもりなのか、逞しい腕で少女を抱えたタルカスが特大剣を振り回して周囲を牽制する。それに合わせて、残りの変態たちも武器を構え、脱出ルートへとにじり寄っていく。

 何て卑怯な! ブギーマンはあんな美人な子を人質に取るタルカスに怒りを感じる一方で、何かおかしさを覚える。

 眼帯少女は長い髪を揺らし、その美しいとしか表現できない……何かがおかしい顔立ちで儚げに、困ったように、タルカスを見上げている。

 そして、その様子を、ディアベルを始めとした、その場にいる大ギルドの捕縛部隊は目を逸らし、そしてスミスすらもヒクヒクと頬を引き攣らせている。

 

「た、タルカスさん……その手を放した方が良い」

 

「分かっている。これは卑怯な真似だ。女子を人質に取り、仲間を見捨てるなどあってはならん! だが、全てはYARCA旅団存続の為!」

 

「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ……その、あのね、その……ストレスがね、たまり過ぎて……もう、我慢できそうにないみたいなんだ。だから……」

 

 何を言わんとするのか分からない。そんな雰囲気がタルカスの全身から溢れ出たのは一瞬の事。

 爆音。それにも似た炸裂するような何かがタルカスの顎で解放される。

 ブギーマンが見たのは、眼帯少女がその全身を超速で反転させてタルカスの太い腕の拘束を抜け出したかと思えば、その顎に加速された右拳を打ち込んだという事だ。一瞬だが、ソードスキルのような輝きを見たのは、決して見間違いではないだろう。

 どさりと十数メートルほど浮上した後に落下したタルカスは、HPを4割近く減らし、震えながら上半身を引き起こす。

 

 ふわり。

 

 ふわりふわり、と舞うのは眼帯少女の『白』の髪。

 

 その長い髪を雪風の中で舞わせ、黒のロングスカートのワンピースが花弁のように広がる。

 

 その『左目』を覆うのは黒の眼帯。残る右目から覗くのは、赤みがかかった黒色の不思議な瞳。

 

 少女がその指で操作すれば、その可憐な姿に不釣り合いな、複雑な機工が組み込まれた工具のような……禍々しいチェーンブレードが手元に出現する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁああああああああああああい、糞ホモ共♪ 処刑のお時間だぞ☆」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違和感の正体をブギーマンは理解した。

 眼帯少女は確かに美しい。だが、それは女性的な美でもなく、男性的な美でもない……まさに『綺麗』としか表現できない、中性的な美。

 先程までの儚く優しい表情など嘘のように、眼帯少女は……白き髪の傭兵は残虐に笑っていた。




革命にはジェノサイドが付き物と古王も言っていました。
次回、本エピソード最終話にして裏ストーリーです。


それでは、141話でまた会いましょう。

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