SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回でコメディエピソードも終了となります。
本編ブレイクとばかりに好き勝手やらせていただきました。

そういうわけで、オチも最低最悪でカオスに行きたいと思います。


Episode14-11 こんな綺麗な子が(以下略)

 終わりつつある街の北西部、屋敷などのかつての上流階級の住居が密集した区画。セサルの屋敷があるこのエリアには、大ギルドの終わりつつある街の支部も存在し、この街を中心とした活動の拠点として利用されている。

 普段ならば、オレが訪れる理由など無い場所だ。依頼ならば仲介人を通してサインズ本部で説明を受け、そうでなければ適当な酒場や飲食店などで話をつけるからである。

 だが、今回の依頼はサインズを通してはいるが、依頼内容を極力秘匿する必要があるらしく、仲介人は通さない事が条件だった。普段ならば『騙して悪いが』を警戒するのであるが、依頼主は聖剣騎士団……それのディアベル名義となれば別だ。

 もちろん、ディアベルだからと言って警戒を怠るのは愚かしいのであるが、彼がオレを罠に嵌めるならば、依頼を出すなどというまどろっこしい真似はせず、正面から精鋭を揃えて叩き潰そうとするはずだ。そこで、オレは最低限の武装……なるべく目立たないようにとカタナだけを腰に差し、グリムロックに仕上げてもらった新防具を身に纏って北西区画を訪れていた。

 まだ冬も厳しい2月、仮想世界の雪景色にもすっかり見慣れたが、それも後数週間もすれば見納めだと思うと心に寂しい物も覚える。オレは首にユウキから貰った灰色のマフラーを巻き、お化け屋敷として即日利用できそうな廃墟となった屋敷の前に立つ。

 

「待ち合わせはここだよな?」

 

 フレンドメールで送信されたサインズからの依頼に添付されたマップデータによれば、ディアベルが指定した待ち合わせ場所は大ギルドが何処も買い取っていない、廃墟として残されている屋敷の1つだ。

 廃墟は夜になるとゴースト系モンスターが出現するものもあるが、この屋敷は確かそう言ったギミックも無ければ、イベントも準備もされていない。せいぜい強めの野犬が出没する程度だ。尤も、そのせいで初期には随分とプレイヤーが犠牲になったものだ。下手なモンスターよりも動きが素早く、攻撃力の高い野犬は存外侮れない強敵だ。オマケに苦労して斃してもコルも経験値も絶望的に低い。

 鉄柵の門を開き、凍てついた枯れた噴水を眺めながら、オレは屋敷への1本道を歩む。途中で野犬が襲ってくるかと思ったが、よくよく見れば、野犬避けの香が焚かれており、何者かがこの屋敷を密やかに利用している事が分かる。

 ディアベルの名を騙った別人からの依頼という危険性も排除できないが、そうなればサインズが傭兵に依頼内容を偽った事になる。間違いなく、サインズには聖剣騎士団のディアベルとして依頼が出されていた。そうなると、この屋敷でディアベルは一体何の話があるというのだろうか?

 屋敷の扉を開き、オレはタイルが剥げ、シャンデリアが落下して砕けたエントランスに踏み入る。

 背筋を貫いたのは悪寒。暗がりから伸びる影を視界に捉えるよりも先に本能が察知し、抜刀して迫る銀光を弾く。横腹を狙った鋭い一撃をカタナの刃で弾き、そのまま手首を返して片手一刀流で襲撃者の首を狙って薙ぐも、影は身をのけ反って斬撃を回避し、なおかつ蹴りでオレのカタナを手元から吹き飛ばそうとする。それをバックステップで辛うじて躱し、コートから茨の投擲短剣を抜くと急接近して影の喉に突き付けるも、全くの同タイミングで同じく投擲系ナイフを抜いた影もまた俺の首筋へと刃を押し当てた。

 

「じゃれ合いはこれくらいしようじゃねーか」

 

「そうだな。久しいね、クゥリ君」

 

 悪寒こそしたが、殺気は差ほどの物では無かった。オレは溜め息を吐きながら、襲撃者のスミスに突き付ける茨の投擲短剣を下ろす。スミスもまた右手の、普段の彼が用いない簡素な軍刀風のサーベルを鞘に戻しながらナイフをオレの首から離した。

 

「また腕を上げたようだね。素晴らしい反応だ」

 

「そういうアンタも絶好調……じゃなさそうだな」

 

 普段と同じように振る舞っているようにも見えるが、スミスの顔には明らかにストレスが滲み出ていた。何か不機嫌な事があったのか、攻撃にもストレス発散のような怒気も乗っていたような気がする。

 

「ああ、少し厄介な仕事を引き受けてしまったものでね。キミをこうして迎えに来たのもその1つさ」

 

 そう言ってスミスは屋敷の扉を閉め、オレを屋敷の奥……地下へと続く階段へと案内する。お化け屋敷の類は余り好きじゃねーんだがな。どうして、こんな場所で待ち合わせする必要があったのかは、スミスに大人しく付いていけば分かる事だろう。

 壁や天井に亀裂が入り、今にも崩落しそうな地下へとスミスはオレを誘う。意外な事に、階段を下りた先はそれなりに整備されており、少なくとも瓦礫や鼠の死骸が散乱している事は無く、外部から持ち込まれただろう物資が積まれていた。どうやら、この地下空間を何者かが利用しているようだ。物資の量からして、スミス個人ではないだろう。だとするならばディアベルを筆頭にした聖剣騎士団だろうか?

 無言でスミスが地下空間にある1室、元は屋敷らしく地下牢だったのだろう空間に相応しい看守室のドアを開け、オレに先に行くように促した。

 踏み入ったオレは部屋の外に比べれば春の陽気のように温もりに満ちた室内の空気を肌で感じ取る。そして、そこにいる人物たちにやや驚いた。

 1人はデスクに腰かけたディアベルだ。神妙な……というよりも、まるで夏休み最後の日を迎えた小学生、あるいは出社を翌日に控えた日曜日の夜のサラリーマン、そんな表現が似合う暗い顔をしている。

 ディアベルがいることは別に問題ではない。依頼主は彼だ。問題なのは、彼の両隣で控えている人物たちだ。

 右側を陣取るのは太陽の狩猟団の副団長にして、オレの宿敵、あるいは天敵とも言うべき不倶戴天ではあるのだがお得意様でもあるという、実に素晴らしい傭兵ビジネスライフの賜物をご提供くださっている、相変わらずの企業スマイルを仮面のように張り付けたミュウだ。

 そして左側を陣取るのは、やや薄めの黒色の髪を首筋で1本に束ねた、レア度の高い金色の瞳のプラグインを使用した女性だ。服装も全体的に黒で統一しており、温厚そうな笑みを浮かべてこそいるが、オレの本能が危険を訴える程度にはヤバさを感じる。

 

「お初にお目にかかります、【渡り鳥】殿。私はクラウドアースの【ブリッツ】と申します。以後お見知りおきを」

 

「ご丁寧にどうも」

 

 笑顔で友好的に握手を求めるブリッツに、オレはカタナを意識しながら応じる。

 背後でスミスが煙草を咥えながら壁にもたれているが、この面子から察するに、どうやら危険度の高い依頼のようだ。気を引き締めて当たらないといけないようだな。特にゴミュウがいるし、間違いなく厄介事に違いない。

 

「それで、わざわざこんな場所に呼びつけた理由は何だ?」

 

 沈黙を保つディアベルに、余計な前置きは不要とばかりにオレは本題を切り込む。ミュウがいる以上はくだらん問答は自分を窮地に追いやるだけだ。言質を取られるよりも先に、速攻で勝負を決するのが糞女との交渉の秘訣だ。

 だが、オレの質問に対してもディアベルは口を開かず……というよりも、目を逸らしながら、実に言い辛そうに、唇をもぞもぞと動かしている。

 この様子だと誰かを暗殺しろという理由だろうか? スミスと協働ととなると、かなりの難敵かもしれねーな。

 

「――くれないか?」

 

「聞こえねーよ。もっと大きな声で言ってくれ」

 

 ようやく耳に聞こえてきたのは、ぼそぼそとした消え入りそうな、何かを頼むディアベルの声だ。

 やはり暗殺の類か。何も感じないわけではないが、ディアベルが依頼するともなれば、余程の危険人物なのだろう。頼み辛いのも分かるが、依頼主としてハッキリと伝えてもらいたいものだ。

 だが、生真面目で正義感の強いディアベルが罪悪感を覚えるのは分かる。だからオレは微笑んで、どんな依頼でも受けてやるさと表情で伝えた。それを受け取ったのか、ディアベルは生唾を呑んで、意を決して喉を震わせた。

 

 

 

 

 

 

 

「クー……俺のカノジョになってくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 …………WHAT?

 オレの聞き間違えだろうか? 耳の穴に指を突っ込んで垢をほじくり出そうとするが、そもそもアバターだから耳掃除なんて必要ない事をたっぷり1分間両耳を掃除した後に思い出す。

 

「悪いが、もう1度頼む」

 

「カノジョになってくれ」

 

「…………」

 

 どうやら聞き間違いではないようだ。

 さて、どうしたものだろうか。オレは顎を撫で、ディアベルの真剣な眼差しを直視する。どうやら冗談の類ではないようだ。

 思い出したのは、SAOにログインする以前の日々、男子校に通い、毎日のように糞ホモ共に告白された苦々しい、抹消したい記憶。うわぁ、この記憶をアルシュナに見られなくて良かった。絶対に引かれるからな。

 オレはカタナを抜いて、反りで肩を叩く。まさか、こんな形でDBO初期からの仲であるディアベルを葬る事になるとは思わなかったが、彼も正気を失ってしまった可哀想な人間ならば、介錯するのも人の情けという物だろう。

 

「そうかそうか。死にたかったのか。OK、ぶち殺してやるよ」

 

「お待ちください、【渡り鳥】さん」

 

 オレが踏み込んでディアベルの脳天にカタナを振り下ろす事を決意した0.1秒後にミュウが間に入る。

 

「ディアベルさんは少々動揺して言葉が不足しています。ここは私たちから説明させてください」

 

 相変わらずの企業スマイルであるが、いつになく焦りのようなものを滲ませるミュウに免じて、オレは渋々カタナを鞘に戻す。背後でクツクツと喉を鳴らして楽しげに嗤っているスミスは無視する事にする。

 

「近頃、ディアベルさんはどうやら悪質なストーカー被害に遭っていたようなのです」

 

「ストーカー?」

 

 DBOには≪追跡≫なんていうストーカーご用達のスキルもあるから別に珍しくとも何ともない。それにディアベルは聖剣騎士団の団長だ。その人気は絶大であり、彼のファンは多い。当然ながらストーカー紛いの連中もいるだろう。

 

「具体的にはどんな被害だ?」

 

「尾行や盗撮、盗難ですね。ちなみに盗まれたのはパンツです。私室の箪笥から持っていかれたそうです」

 

「…………」

 

 そりゃ頭が狂うのも当然か。オレは同情の視線をディアベルに向ける。

 だが、そうなると3大ギルドが勢揃いしている意味が分からない。団長がストーカー被害に遭うなど、本来ならば何としても隠し通したいスキャンダルのはずだ。こうしてミュウが把握し、なおかつこの場にディアベルが同席しているという事実が、彼が情報提供をしたという証明でもある。

 と、そこまで考えが至って、ディアベルの私室から盗まれたならば、犯人は聖剣騎士団のメンバー……それも本部を自由に出入りできる正規メンバーである確率が極めて高いという事に気づく。

 

「そこで、ディアベルさんはスミスさんを雇われ、自分を尾行していたストーカーの捕縛に成功したそうなのですが、その……」

 

 何故かそれ以上の説明を濁らせるミュウは、彼女らしくない事に続きをバトンタッチするようにブリッツへと顔を向ける。

 

「【渡り鳥】殿、こちらにどうぞ」

 

 看守室の外へと案内するブリッツに従い、オレは他の3人と共に地下空間の奥にある牢屋へと赴く。

 最低限の暖房設備のせいか、寒冷状態にならない程度に温度は調整されているが、それでも肌寒さは消えていない。どうやら捕らえたストーカーとやらはこの地下牢に閉じ込めているようだ。

 

「ストーカーは捕まえたんだろ? だったら事件解決じゃねーか」

 

「残念ながら、そういう訳にはいかなくなったのです。百聞は一見に如かず。こちらをご覧ください」

 

 そう言ってブリッツが示したのは、1番奥にある、わざわざ檻が新調された地下牢だ。

 そこでオレが見たのは……変態だった。

 全身を太い鎖で縛られている、白いブーメランパンツと頭部にはフリューテッドヘルムだけという、何とも斬新なファッションをした男である。体はムキムキでこそないが引き締められており、割れた腹筋は彼の荒々しい呼吸と共に脈動していた。

 

「こんな事言いたくねーが、人権はともかく人の尊厳くらいは犯罪者に与えても良いんじゃねーか? 服くらい着せてやれよ」

 

 幾ら尋問とはいえ、辱めも過ぎるだろう。オレの睨みに、ブリッツは虚しそうに嘆息する。

 

「誤解があるようなので申し上げますが、彼は捕らえた当時からこの姿だったそうです」

 

「変態だな」

 

「はい、変態です」

 

 なるほど。こんな変態にストーキングされたとなれば、ディアベルが壊れたのも頷ける。しかも、男が男のストーカーとか、気持ちは嫌と言う程に分かる自分が憎たらしい。

 だが、まだ先程のディアベルの発言とストーカーが繋がらない。オレは続きを求めると、ブリッツは変態の姿を直視できないのか、頬をやや赤くしながら、咳を1回挟む。

 

「【渡り鳥】殿は連続通り魔事件をご存知ですか?」

 

「西区で多発してるっていう事件だろ。噂じゃ……ああ、そういう事か」

 

 オレも小耳に挟んだ程度であるが、終わりつつある街の西区で通り魔事件が起きている事は知っている。被害内容は一切不明であるが、噂では兜だけを装備したブーメランパンツ姿の変態が目撃情報があった。

 確かに牢に囚われたフリューテッドヘルム装備は、連続通り魔事件の目撃情報を一致している。だとするならば、この変態が犯人という事で連続通り魔事件も解決……というわけではないのだろう。

 

「フフフ、私を捕らえても無駄だ」

 

 だが、どうやらオレの疑問の続きは変態自らが答えてくれるようだ。妙に威勢よく、フリューテッドヘルム装備は笑いだす。

 

「我らYARCA旅団の目的、革命の日は間もなくだ。私を捕らえたところで、何も変えらないのだよ」

 

「YARCA旅団? 何だそれ? ギルドの名前か?」

 

「さぁ、何だろうな? すぐにわかる。革命の日は間もなくだ」

 

 それ以上は答える気が無いのだろう。フリューテッドヘルム装備は黙り込む。何にしても、コイツ1人の犯行ではなく、少なくとも複数名の仲間がいるのだろう。

 

「ところで、【渡り鳥】殿は連続通り魔事件の被害内容についてご存知ですか?」

 

「あんまり興味なかったから調べてねーし、それに被害も謎なんだろ?」

 

「それは被害者の精神を配慮し、情報操作した結果です。我々クラウドアースは早期よりこの事件について調査していました」

 

 さすがはクラウドアース、情報戦はお手の物というわけか。しかし、情報操作してでも被害者を守ろうとするという点にオレは引っ掛かりを覚える。

 だが、いつまで経ってもブリッツは被害の具体的な内容を口にせず、顔を赤らめて視線を泳がせるばかりだ。

 

「掘られたのだよ」

 

 それを引き継いだのは、これまで煙草を吸うばかりで沈黙していたスミスだ。

 

「掘られたって、何が?」

 

「尻が。男による男に対する性行為。別に珍しい事でもない。古代ローマ時代にも同性愛は流行っていたし、自然界でもオスがオスに性的行為に及ぶこともある」

 

「…………」

 

 この男は本当に理性の塊っていうか、冷静さも度が過ぎているのではないだろうか? お陰でオレはすんなりと事態を呑み込むことができたが。前髪をくしゃりと掴み、深呼吸を1つ挟んでオレは情報を整理する。

 この糞ホモ変態は連続通り魔事件の仲間であり、事件の被害者は……その、えと、なんだ……男に襲われたってわけだな。で、コイツには仲間がいて、そいつらはYARCA旅団と名乗っている。オマケに革命とかいう物騒な事を企んでいる、と。

 

「それで、それとディアベルの戯言はどう繋がるんだ? コイツが糞ホモで、他にも仲間がいるとして、何がどうなってオレにカノジョになれって話になる?」

 

「彼らが同性愛者であれ何であれ、革命という単語からも大きな計画を企てている事は間違いありません。もしかせずとも、大ギルドの崩壊を狙っている危険性もあります。そこで、ディアベル殿が提案されたのは、3大ギルド共同によるYARCA旅団の殲滅計画なのですが、肝心要の組織の全容が分かりません。そこで、ディアベル殿は自らを囮にしたYARCA旅団の殲滅作戦を計画されています」

 

 スミスに代理で話の恥部を語ってもらったブリッツが、いよいよオレに依頼を出した理由を説明する。だが、それでもやはりディアベルの戯言とは繋がらない。

 ここからは本人の口から聞かせてもらうしかないだろう。オレはチラリとディアベルを見やる。彼は多少冷静さを取り戻したのか、それでも死んだ魚のような目をして、作戦を説明する。

 

「俺がストーカー被害に遭い始めたのは、『眼帯少女と付き合っている』という噂が流れ始めたからだ。それに、彼を捕らえた後もストーカー被害は止まっていない。敵が複数名であれ、YARCA旅団の何名かは俺を狙っていると見て間違いない。そこで、敵を刺激し、誘き寄せる為にも、俺が『女性』とデートして撒き餌になる必要がある」

 

「やっぱり死ね」

 

 オレは笑顔で抜刀してディアベルに斬りかかる。それをギリギリで片手剣を盾にして防ぐディアベルであるが、オレはSTR出力を高めて強引に押し斬ろうとする。

 

「落ち着いてくれ、クー! こうするしかないんだ! だってそうだろう!? 相手は変態なんだ! 女の子に被害があったらどうするんだ!?」

 

「関係ねーよ。オレの被害を勘定に入れろよ、屑ベル。他のヤツに頼みやがれ。そもそも、オレは野郎と付き合うなんて演技でもご免だ」

 

「無理に決まってるだろう!? そもそも女の子顔負けなのはクーぐらいしか俺も知らないし、それに何処にYARCA旅団が潜んでいるかも分からないんだ! だからこそ、クーは信用できるんだ!」

 

 スミスに羽交い絞めにされ、ディアベルから引き離されたオレは、一応の納得をする。確かに、YARCA旅団なる糞ホモ共が何処にいるかも分からない以上は、安易に人を……特に男を頼るわけにはいかないだろう。太陽の狩猟団とクラウドアース、2つの大ギルドから出向しているのがどちらも女性である事からも、彼は決して考え無しでオレにあのような提案をした訳でない事も理解できる。

 ディアベルはオレが糞ホモ共に告白された過去を知っている。最初の頃、懐かしき廃村のレベリング時代に着せ替え人形にされていた時にストレス任せでぶちまけたからな。それを最悪にも、オレが糞ホモ共をいかに嫌っているかをしっかりと憶えていたわけだ。

 きっとディアベルも最後の手段だったのだろう。そりゃそうだ。下手すれば、自分も牢にいる男に襲われていたかもしれないのだ。必死になるのも当然だ。

 

「頼む、クー! もうキミしか頼れる人はいないんだ!」

 

 恥も外聞も無く土下座するディアベルに、オレは天を仰ぐ。

 断ってしまえば良い。こんな糞みたいな依頼は、さすがに引き受ける気も起きない。

 だが、悲しい事にオレは自分では否定したいけど、やっぱり世話焼きみたいで、土下座しているディアベルが見ていられなくて、彼の肩を叩いた。

 

「分かった。引き受ける」

 

「本当かい!?」

 

「ああ、だから土下座は止めてくれ。依頼なんだ。払うものさえ払ってもらえれば、オレはそれで良いさ。それに……」

 

「それに?」

 

 頬を掻きながら、オレは立ち上がったディアベルを直視できずに目を逸らし、小さく笑みながら呟く。

 

 

 

 

 

「それに……と、友達のピンチは、た、たたたた、助けないと、な?」

 

 

 

 

 自分の顔が熱々なのは把握済みだ、糞ったれが! ああ、こういうのはオレのキャラじゃないって分かってるんだよ!

 それでも、オレは変わりたいって思ったんだ。変わらないといけないって、思ったんだ。

 あのクリスマスの夜、オレは自分をバケモノって認めて、同時にオレは人でありたいと強く願った。

 だから、オレは『オレ』である為にも、きっと、もっと正直にならないといけない。目を背けていた、自分の想いにも向き合わないといけない。

 だが、やはりオレらしくない発言だったのだろう。ディアベルは硬直し、ミュウは唖然とし、スミスは呆然としている。初対面のブリッツは不思議な物を見るような目をしていた。オレは珍獣じゃねーぞ。

 

「……ディアベルさん、この可愛らしい生物はなんですか?」

 

「ミュウさん、俺にも分からない事はある。でも、これがクゥリっていう、俺達が知る傭兵に似た別の生物である事は間違いないよ」

 

 真顔でコイツらは何を相談してやがる。ぶち殺すぞ、糞共が。オマエらは敵対ギルドのトップと頭脳だろうが。仲良くしてるんじゃねーよ。

 

「それで、具体的な作戦は? オレとディアベルが餌になって糞ホモ共を誘き寄せるにしても、何日かかるか分からねーし、構成員も不明なんだろ?」

 

「キミ達を餌にして寄ってきた変態を私がリサーチするのが基本戦術になるだろうが、確実ではないだろうな。とはいえ、そこの情報源は私も拷も……ではなく、尋問したが、まるで吐かない。女性の色仕掛けならばどうかと、そこの2人にも協力してもらったが、鼻で嗤われたよ」

 

 筋金入りの糞ホモだな。スミスの補足で当時を思い出してか、美人の部類のミュウとブリッツはどちらも女性としてのプライドが傷ついた表情をしている。

 ディアベルとオレを餌にする作戦は悪くないが、やはり確実性が欲しい。あわよくば、一網打尽にしたい。こんな糞ホモ共が何処に潜んでいるのか分からないとか、パニック映画じゃねーんだからご免だ。

 

 

 

 

 

「……だったら、男性でも女性でもない人物の色仕掛けならばどうでしょうか?」

 

 

 

 

 と、そこで悪魔の提案したのは、もちろん悪魔の代名詞である糞女のゴミュウさんでした。

 依頼は了承したのだ。もう何があろうと断る気はない。だから、ここからは徹底的にやらせてもらう。別に自棄になっているわけではない。プロに徹しているだけだ。それだけだ。本当にそれだけだ。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

「わ、【渡り鳥】?」

 

 ブギーマンも直接面と向かって話した事は無いが、タルカスを殴り飛ばした眼帯少女は、彼も幾度か目にした事がある白髪の傭兵その物だった。

 以前から中性的と言われていた顔はそれなりに有名だった。『白髪で女顔の傭兵』と言えば【渡り鳥】と認識されていた程である。だが、こうして間近で見て、ブギーマンの心臓はバクバクと加速を止めない。

 男性的ではない、かといって女性的でもない、綺麗という表現以上が無い中性的な『何か』。それが今、血に飢えたケダモノのような凄惨な表情を浮かべ、群がる変態達をチェーンブレードで薙ぎ払っている。

 

「フハハハハハハハハハ! GYAKUSATUだ、糞ホモ共が! オマエらに人権なんてねーんだよ! 同性愛が好きなら、好きな者同士で勝手にやってりゃ良い物を、人様に迷惑かけやがって! 死ね死ね死ね死ね! 変態に慈悲は無い!」

 

 チェーンブレードの派手な駆動音が獣の咆哮のように鳴り響き、雪を撒き散らして石畳を破砕しながら、振り上げられる。それをグレートソードでガードした変態であるが、チェーンソーのように高速回転振動する刃を受け、派手なポリゴンの火花を散らしてグレートソードは半ばまで削られ、その手から奪い取られる。そのまま変態の腹に強烈な蹴りを見舞った【渡り鳥】は、身を回転させて周囲を薙ぎ払い、一斉に襲い掛かった変態全てを吹き飛ばす。

 それでも変態たちは何処に熱い魂を秘めているのか、勝ち目がないと分かっていながらも数を頼りに再度【渡り鳥】に迫る。それと同時にチェーンモードが停止し、チェーンブレードの駆動が止まる。

 それは絶好の好機。だが、【渡り鳥】の姿が『消える』。いや、ブギーマンのフォーカスシステムが対応しきれない急激な緩急を付けた動き、鋭いターンの連発と驚異的な運動能力で視界にいながら見失ったのだ。

 圧倒的、とはこういう事を言うのだろう。白く長い髪が再び風に舞っていると分かった頃には、足や腕を失った変態達が雪へと頭から突っ込んで柱のように立っていた。

 

「ぐっ、まさか……まさか女に化けていたとはな。とんでもない変態だな、【渡り鳥】!」

 

 黒鉄の特大剣を杖にして立ち上がったタルカスが、仲間の全滅を見て、それでも最後の抵抗とばかりに【渡り鳥】へと立ち向かう。

 

「オマエにだけは言われたくねーよ」

 

 それはこの場にいる全ての人達(YARCA旅団は除く)の心の底からの叫びを【渡り鳥】が代弁する。

 タルカスは黒鉄の特大剣で雪を抉りながら振るい、同時に高く跳躍して【渡り鳥】の背後を取る。それを屈んで必殺の破壊力を秘めた横薙ぎを回避し、逆に【渡り鳥】は回し蹴りでカウンターを決めようとするが、タルカスは気持ち悪い程に足をカサカサと動かして蹴りを躱す。

 

「認めよう。同志の大半は覚醒を果たしていながら、その真の力を得ていなかった事実を! だが、私は違う! 身も心も開放し、自由の翼を得たYARCA旅団の旅団長にして始まりの1人! 潜在能力を開放した私に敵う者などいない!」

 

 チェーンブレードの連撃でタルカスを捉えようとするが、タルカスは分身しているのかと思えるほどの俊足で斬撃を潜り抜ける。他のYARCA旅団のメンバーとは、確かに動きがまるで違うのだが、それは単にタルカスが円卓の騎士に選ばれる程の猛者であるだけという理由が1番しっくりくるのは、決してブギーマン個人の感想に留まるものではないだろう。

 

「4割強から5割に届くか否かってところか? 変態のくせに、リミッター外しかけとかふざけんじゃねーぞ」

 

 だが、【渡り鳥】の動きは更に異様さを増す。本当に同じ人間なのかと、同じシステム内にあるアバターなのかと疑いたくなるほどに、その運動能力が引き上げられていく。斬撃は速度を増し、タルカスの動きは全て見切られていく。

 

 

 

「だったら、こっちも全開だ。7割の世界を見せてやるよ」

 

 

 

 その光景をブギーマンは一生忘れないだろう。

 タルカスの渾身の突き。両手を添えた黒鉄の特大剣のリーチと重量を最大限に生かした刺突。

 それを回避すべく、【渡り鳥】は『飛んだ』。

 白い髪はまるで穢れを知らない白の羽のようであり、舞う黒のロングスカートのワンピースは翼の羽ばたきのようだった。

 突きの一瞬、【渡り鳥】は身を捩じるように回転させ、宙で反転しながらふわりと曲線を描いた。特大剣の刃が背中の数ミリ先を通り過ぎ、タルカスの頭上を舞い、彼の背後に着地する寸前でその背中をチェーンブレードで斬りつける。

 刹那の交差を見切れた者はどれだけいただろうか? 傍で目撃していたブギーマンでさえ、まるでタルカスが幻に斬りかかったかのような印象さえ受けた。

 

「次は防具を着て出直しやがれ。タンクは防御を固めてこそ本気だろうが」

 

 赤黒い光が遅れてタルカスの背中から吹き出す。さすがはタンク、防具を外していてもVITは十分なのか、それとも兜の分だけの防御力に助けられたのか、はたまた最初から【渡り鳥】が加減していたのか、彼のHPはレッドゾーンで減少が停止する。

 気づけば、ブギーマンはカメラのシャッターを切っていた。その戦う姿が恐ろしい程に美しくて、無意識に撮っていた。

 シャッター音を耳にした【渡り鳥】がチェーンブレードを武装解除し、タルカスが捕縛されるのを見届けてから、こちらを向いた。

 こ、殺される!? ごくりと生唾を呑んで喉を鳴らすブギーマンに、1歩、2歩、3歩と【渡り鳥】は近寄って来る。

 

 

「無事みたいだな、良かった」

 

 

 その微笑みは、あの日……聖剣騎士団墓所で、夕陽を背にしてブギーマンに見せてくれた微笑みと同じものだった。

 これで……これで、どうして男なんだよ!? ブギーマンは血涙を流す勢いで悔しがる。そうしている間に、ブギーマンやエネエナは3大ギルドの面々によって無事に保護される。

 捕縛された変態共は全員が鎖で縛られ、3列に並べられていた。毛布を肩から掛けられ、珈琲を貰ったブギーマンは、彼らをどう『処分』するのか、とカメラを手にして処断の時を待つ。

 

「ダンベルちゃん、嘘……だよね?」

 

 だが、それよりも先に解決せねばならない問題もある。

 物陰に隠れていたお陰で凄惨な現場を目撃せずに済んだキャサリンは、すっかり変わり果てた変態ダンベルラバーに衝撃を受け、放心しながらも彼に駆け寄る。

 ずた袋を被ったかつての仲間。そして、ブギーマンに襲い掛かった変態。彼としては、このままYARCA旅団として処分される事も止むを得ないと思っているのだが、彼とパートナーでもあったキャサリンとしてはこのまま見捨てるわけにはいかないのだろう。

 エネエナと顔を見合わせて頷き合い、ブギーマンは恐る恐る、幾ら鎖で捕縛されているとはいえ、何がある分からない事もあり、十分に距離を取って尋ねる。

 

「どうして、こんな真似をしたんだ? お前は女の子が大好きな、それもボインボインのバイーンが好きな男だったじゃないか! それがどうして!?」

 

 気づけば、ブギーマンは叫びながら質問していた。どれだけ頭は変態として切り捨てる事を望んでも、心はまだダンベルラバーを仲間として助けたいと願っているのだろう。

 

「フフフ、俺は覚醒を果たしたと言っただろう? 尻を貸し合う快楽の虜になってしまったのさ」

 

「嘘だよ。絶対に嘘だよ!」

 

「キャサリン、俺はもう身も心もYARCAに捧げたのだ。もはや女に何の感情も抱かん。あるのは、男を掘り尽くしたいという欲望のみ!」

 

 ずた袋の中で咆えるダンベルラバーを、もう見ていられないとエネエナは顔を背ける。それも仕方ないだろう。ブギーマンも、正直自分が彼を見捨てられないのが不思議なくらいである。

 

「ダンベルちゃんは、ボインが好きなんだよね? だ、だったら……!」

 

 そう言って、キャサリンはダンベルラバーの右手をつかむと自身の胸に押し当てる。隠れ巨乳と噂されるキャサリンの大胆な攻撃に、ブギーマンはもちろんシャッターを連射する。

 

「ほ、ほら、ダンベルちゃん、な、ななな、何も感じないの?」

 

「フッ、感じないなぁ! そんなもの、所詮はただの肉のぉおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 途端にダンベルラバーがもがき始める。まるで猛毒を打ち込まれたかのように、のた打ち回り、それでも右手はキャサリンの胸から離さず、激しく痙攣し出す。

 

「ぐ、ぐぉおおおおおおおおおおお!? な、なんだ、これは!? 俺の……俺の忘れていた何かが……何かがぁああああああああ!?」

 

「だ、ダンベルちゃん!?」

 

「お、おおおおおおおおお、俺は掘られ……掘られたぁああああああああ!? だから掘らないとぉおおおおおおおおおおお!?」

 

「違うよ! ダンベルちゃんは女の人が好きな男の人! 自分を偽らないで! 全部忘れて良いから! 男の人に掘られて、快楽でアヘ堕ちしちゃった事とか全部忘れちゃって良いから!」

 

「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 それはキャサリンの仲間を想う奇跡か、はたまた隠れ巨乳がもたらした必然か、ガクリとダンベルラバーは頭を垂らしたかと思えば、被っていたずた袋が抜け落ちる。そこには、まるで憑き物が落ちたかのような、清らかなダンベルラバーがいた。

 お帰り、ダンベルラバー。ブギーマンは、今まさに自分を見守ってくれていた、変態写真道を示してくれた偉大なる神がその御業で以って仲間を救ってくれた事を知る。まだまだ自分が神を超える日は遠い。

 

「俺は……」

 

「良いんだよ、ダンベルちゃん。やり直そう。全部……全部やり直そう。皆で」

 

 抱き付いて涙を流すキャサリンの背中をダンベルラバーは優しく摩る。涙をボロボロ流すエネエナの肩をさり気なくブギーマンは抱こうとするが、手の甲をつねられて断念した。

 

「感動かどうかは置いといて、御取込み中のところ悪いけど、そろそろ話を進めて良いかしら?」

 

 と、そんな彼らに割って入ったのは、太陽の狩猟団の刻印が施された毛皮のコートを着たシノンだ。さすがに冬景色の終わりつつある街ではあの脚線美を披露してくれないようで残念だ、と思いながらも、もちろんブギーマンはレアな毛皮コート姿を写真に収める。何処となくロシアチックなのもポイントが高い。

 

「それにしても、本当に詐欺よね」

 

「うるせーよ。嗤うな」

 

 ニヤニヤと口元を歪めたシノンに【渡り鳥】は毒吐く。だが、シノンは彼のワンピースの裾をつかんで持ち上げる。それを慌てて【渡り鳥】はスカートを押さえた。

 

「筋肉表現オフにしているとはいえ、ここまで女性っぽくなるのは天性の素質よね。侮ってたわ」

 

 男のはずなのに!? ブギーマンは必死になって、【渡り鳥】の露わになった膝小僧を撮ろうとする指を押さえ付ける。白く長い髪を振り回し、シノンを払い除けようとする【渡り鳥】は、どう見ても女同士の悪戯で顔を真っ赤にした美人にしか見えない。

 

「今回は我々の負けだ。だが、YARCAは不滅だ」

 

 そして、ディアベルとタルカスによる交渉もまた、終盤に差し掛かっているようだ。

 

「じゃあ、どうあっても信念を曲げるつもりはないんだね?」

 

「そうだ。ダンベルラバーくんはYARCA旅団に入ってから日が浅く、俗世に戻ってしまったが、我々は違う! 男と男の肉欲のユートピア! その崇高な目的の為に結成されたYARCA旅団は止まる事など無い!」

 

「だったら、仕方ない。あなた達を処分する」

 

「ほう? 我々を殺すか? それとも牢に入れるか? どちらにしても無駄だ。いずれ、第2、第3のYARCAが――」

 

「あなた達を『女の子が好きな男』に矯正する。他人の嗜好を否定するのは嫌だけど、これが貴方達への罰だ」

 

 ディアベルの判決に、YARCAの面々は大笑いする。さすがのブギーマンも、ディアベルの判断は現実的ではないと言わざるを得ない。とてもではないが、彼らは異性愛好者に変化させる事ができるとは思えない。

 と、そこに出現したのは、フリューテッド装備の……もちろん、全身を防具で纏った聖剣騎士団の男だ。その人物の登場に、タルカスは驚きを隠せないようだった。

 

「貴様は……!」

 

「お久しぶりです、タルカスさん」

 

「こちらの動きが読まれ過ぎていると思ったが、貴様が裏切っていたのか!? YARCAの誓いを忘れたのか!?」

 

「……裏切りは否定しません。ですが、思い出してしまったんです。女の子を愛する素晴らしさを! ムキムキマッチョマンの尻を追うのではなく、たゆんたゆんの胸に熱く滾っていた青き時代を! それを……それをこの人が思い出させてくれたんだ!」

 

 そう言ってフリューテッド装備が指差したのは、他でもない【渡り鳥】だ。彼は居心地が悪そうに、頭を掻き、今にも泣きそうな目でディアベルを見つめる。

 

「ディアベル……せめて、せめて人がいない場所でやりたいんだが」

 

「駄目だ、クー。ここで彼らを『矯正』する。皆が見ていないと安心できないだろう? それに……」

 

 首を横に振ったディアベルは、言い辛そうに、最高の笑顔を向けるシノンを引き寄せる。

 

「私の変態討伐の参加報酬に、『これ』を皆の前で見せてくれる、が入ってるの♪ だからよろしくね、クー!」

 

「オマエが元凶か! 糞ったれが!」

 

「これくらいしてもらわないと、あんな変態をスコープで直視しないわよ! こっちの精神的苦痛を考えて!」

 

 何も言い返せないのか、【渡り鳥】は溜め息1つに、3列に並んで正座をさせられた変態たちの前に立つ。その顔は憂鬱で、今にも自殺しような程に暗い。

 

「タルカスさん、あなた達が女性に性的興奮ができないのは承知済みだ。だから、まず女性への興味を思い出させるべく、『クッション』を挟む事を思いついたんだ。そう、つまり男性でも女性でもない中性……男の娘を通して、あなた達に異性を求めた心を取り戻させる!」

 

 恰好よく宣言しているが、それはどう見ても【渡り鳥】を生贄にして公開処刑を実行しているようにしか見えない事を、ブギーマンは黙っておき、なおかつカメラを構える。

 トコトコと、【渡り鳥】は変態達に更に歩み寄り、白く長い髪を揺らす。そして、その胸で手に手をやり、涙目で小首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

「『わたし』ね、『お兄ちゃん』たちが変態なのは嫌」

 

 

 

 

 

 

 こんな可愛くて綺麗な子が男の子のはずがない。ブギーマンは我も忘れて激写する。フラッシュが瞬き、凍り付いた世界に温もりを戻していく。

 

「だ、だから、『お兄ちゃん』たちの為に、『わたし』……頑張るよ! ほ、ほら!」

 

 そう言って【渡り鳥】はスカートの裾をつかむと、ゆっくりと持ち上げていく。それをごくりと、変態達は直視している。これが煉獄かと言いたくなる光景だ。

 涙目で顔を赤らめて【渡り鳥】は、まずは脹脛、次に膝、そして太腿までが露わにしていく。それを見つめていたが変態達が一様にもがき苦しみ始める。

 

「ど、同志よ!? ぐぅうう! 負けん! 私は負けんぞ! ムキムキな筋肉美こそ至高! 男の娘など……男の娘などぉおおおおお!」

 

 ただ1人、タルカスだけが頭を激しく振って抵抗するも、それも数秒の事だった。

 タルカスの視線にまで顔を下げた【渡り鳥】は、赤らめた顔を背けながら、チラリとタルカスを見た。

 

「『お兄ちゃん』は、変態さんですか?」

 

「イエェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエス!」

 

 それがタルカスという1人の変態の断末魔であり、新たな変態の誕生の産声だった。

 地獄絵図を見つめていたディアベルは、爽やかに腰に手をやると笑む。

 

「フッ! さすがは末っ子属性だ。勝ったな、シノン」

 

「ええ、私たちの勝利よ。クー、その雄姿は忘れないわ! ずっと笑い話として語り継いであげる!」

 

 こうして、後にYARCA旅団事件と呼ばれる、DBOを震撼させたイイ男たちの反乱は防がれた。

 次号の隔週サインズの特集は、このYARCA旅団壊滅が記事なった。数々の写真や情報、それらは編集長が3大ギルドに協力し、わざとキャサリンとダンベルラバーを連続通り魔事件の捜査に赴かせ、ダンベルラバーを餌にしてYARCA旅団を炙り出した事に対する報酬だと分かるのは、それからもう少し先の事である。

 そして、その特集ページで大きく【渡り鳥】の姿が載った事により、『【渡り鳥】は女装趣味の変態』という噂が新しく追加され、隔週サインズに彼が殴り込みにくるのもまた、遠くない未来である。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 終わった。色々と終わった。

 ふらふらと、ようやく久しぶりにスカートから解放されたオレは、YARCA旅団の始末に追われ、午前零時を回り、ようやくサインズ本部で報酬を受け取った。

 大ギルドの面々の前で、あんな糞みたいな演技をする羽目になるなど、一生の汚点だ。それに見合うだけの高額報酬なのであるが、どう考えも倍くらいは貰っても良いだけの物を失ってしまった。

 

「ん? 何かやけに糞カップル共の数が……ああ、そうか」

 

 午前零時を回れば、もう人気など無いはずなのであるが、終わりつつある街のメインストリートには妙に男女がイチャイチャしてくっ付いている。

 

「今日はバレンタインか」

 

 道理で恋人たちが謳歌している訳である。良いですね、良いですわね、良いでございますわねぇ!? どうせ独り身のオレには関係ねーよ、糞が!

 嫉妬に焼かれても虚しいだけだ。せめてロンリーオンリーを慰めようと、オレは適当な酒場に向かおうとするが、サインズ本部の外で、見知った顔が待っているのを見つける。

 

「よう」

 

「うん」

 

 黒紫の髪を靡かせ、仮面をつけたユウキが、赤色のラッピングが施された小さな箱を手にして、そこに立っていた。

 

「色々とお仕事で大変だったみたいだね。裏でちょっとした噂になってるよ」

 

「……泣きたくなるから止めてくれ」

 

「泣く時は受け止めてあげるから安心して」

 

「そうかよ。だったら絶対に泣かねーぞ」

 

「強情だなぁ。あ、そうだ。これ、皆に配ってるんだ。クーにもプレゼント」

 

 並列して歩くオレにユウキは小箱を手渡す。ラベルにはテツヤンの店のエンブレムが刻まれている。彼の店から買った既製品だろうが、義理だろうが、貰えるだけでも幸福という物だろう。オレは先程までの嫉妬を全てチャラにし、ユウキに笑いかける。

 

「纏まった金が入ったから奢ってやるよ。だからホワイトデーは期待するなよ?」

 

「えー!? まぁ、別に良いか。クーって義理堅いから、なんかとんでもない物送ってきそうだし。自分の血とか髪とか混ぜたクッキーとか」

 

「人をヤンデレみたいに言うな」

 

「ヤンデレなんて実在するわけないよ」

 

「それもそうだな。いるわけねーよな、ヤンデレなんて」

 

「そうそう。ちょっと愛が強過ぎる子はいるだろうけどね」

 

 そんなどうでも良い会話をして、夜は更けていく。

 色々と失ったものもあった気がするが、退屈しない仕事だったと割り切る事にしよう。

 

 ふと、オレは思う。

 

 こんな風な、誰も死なない日々ならば、どれだけ気苦労が重なろうとも、悪くないのかもしれない。

 

 でも、きっと明日にはまた誰かを殺す。誰かが死ぬ。

 

 オレの明日の依頼は、再稼働したラスト・サンクチュアリの大農場の襲撃だ。

 

 今度の依頼内容は『障害物は全て抹殺せよ』という一文が追加されている。

 

 どうか頼む。明日は誰も抵抗しないでくれ。オレは殺したいから、きっと殺す。だけど、殺さないで済むならばそれに越した事は無い。

 

 それはきっと無理な願いなのだろう。

 

「まぁ、それで良いさ。明日は明日の風が吹くからな」




これにてコメディエピソードは終了となります。

次回は再び現実世界、リズベットのターンです。


それでは、142話でまた会いましょう。

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