SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回は長すぎた物を分割させていただきました。
と言う事で、まずは現実世界ターンの前篇です。


Side Episode9 反撃の序章

 後悔の無い人生などなく、また未来を完全に見通すことができる人間もまた存在しない。

 常に不測の事態とは引き起こされる。故に人は仮定の選択を過去に求め、今そこにある結果を否定する術を求める。

 リズベットは病院のベッドの上で眠り続けるエギル……アンドリュー・ギルバート・ミルズを見つめる。その顔の半分は人工呼吸器で覆われ、安定したバイタルサインが彼の生命が繋がっている事を示すも、それはいつ目覚めるかも分からぬ生と死の狭間にある身である事を逆に主張している。

 昨年のクリスマスイヴ、ダイシー・カフェを偶然訪れた客によって発見されたアンドリューは、血だるまにも等しい姿で病院に運び込まれた。全身に打撲跡があり、骨折は21カ所にも及び、脊髄には粉砕された脊椎が食い込んでいた。

 事件現場となったダイシーカフェはアンドリューが何者かと争った形跡はあったが、犯人に繋がる手掛かりは無かった。分かった事と言えば、執拗にアンドリューが何者かによって拷問紛いの行為を受けたという事だけだ。彼は一命を取り留めたのではなく、『生かされた』のである。

 事件当初、警察はアンドリューの覚醒を待ち、彼から事情聴取して犯人逮捕に乗り出す予定だった。アンドリューは日本人離れした体格を持つ。現場検証から彼が単独犯によって襲われた事までは分かっていたが、彼を一方的に殴り倒せる人間は決して多くない。それこそプロボクサーでもない限り無理だろう。アンドリューの関係者が捜査対象になったが、該当者はいなかった。店の売り上げにも手付かずだったことから強盗の線も消えた。

 だが、監視社会と言われる程に監視カメラが各所に設置された現代だ。ダイシーカフェには監視カメラは設置されていなかったが、周辺のコンビニや有料駐車場などの事件当時の監視カメラの映像によって犯人の容姿が確認できるはずだった。だが、不可思議な事に、当時の監視カメラにはいずれにも特定の時間にノイズがかかり、映像が消失していたのである。

 完全に捜査が手詰まりになるかと思われたが、意外なところでアンドリューの事件は別件と糸が繋がる。

 アンドリューが襲われた翌日、クリスマスに須和如月病院を警備していた3名の捜査官と1名の看護師が殺害されたのである。DBO事件被害者を収容する須和如月病院を襲撃した犯人は今以って不明であるが、アンドリューの時と同様に監視カメラの映像が消失するという人為的としか考えられない処置が施されていた。

 2つの事件の解決の為にもアンドリューの早期回復が望まれているが、それも絶望的だ。アンドリューの脳には、紺野木綿季の叔母と同じようなインプラントがいつの間にか仕込まれていたからである。

 脳と完全に同化する、須和ですら外科的に除去が不可能なこの謎のインプラントは、搬送された当時には確認されていなかった。だが、それこそ厳重な監視体制があるにも関わらず、アンドリューの脳は何者かによって細工が施されてしまっていたのだ。

 幸いにもマスコミには嗅ぎ付けられていないが、警察は今や威信をかけて事件の犯人逮捕に乗り出している。殺人は管轄外であるVR犯罪対策室は捜査協力をしているのだが、事件発生から間もなく2ヶ月経とうとしているにも関わらず、捜査が進展していないのが現状だ。

 だが、リズベットは犯人と思われる人物と出会っている。クリスマス・イヴ、事件直前に彼女にダイシーカフェの場所を尋ねた、紫のコートを着た神父服を着た黒髪の男。あの男こそがアンドリューを襲った犯人なのだろう。リズベットの証言から須和如月病院で聞き込みを調査をしたところ、同様の人物を目撃したという情報も入った。似顔絵も作成されたが、それでも犯人にたどり着くことは無かった。

 

「お待たせ」

 

「もう良いのかい?」

 

 病室を後にしたリズベットは、廊下の壁にもたれて腕を組んで待っていた光輝に頷く。

 

「アンドリューの回復を祈るのはあたしの役割じゃないわ。それは奥さんの仕事」

 

 皮肉な事に、アンドリューが自ら断った繋がり……元奥さんは彼が目覚めぬ身になった事によって取り戻される事になった。今もアンドリューの妻はほぼ毎日のように夫の覚醒を願い、病室に足を運んでいる。

 ならば、リズベットにできる事はアンドリューを回復させる方法を探し出す事だ。

 ハッキリ言って、今回の事件はこれまでの日本……いや、世界中の警察が蓄積し続けたノウハウが通用しない相手だ。インプラントが脳と同化したエックス線やCTスキャンの映像を見た時の本庁の刑事たちの唖然とした表情は仕方ないものだろう。

 だが、VR犯罪対策室が今まで相手にしてきたDBO事件の犯人とは、それ程の未知なる技術を保持する相手なのだ。そして、彼、あるいは彼らは仮想世界に留まらず、現実でも確かな脅威を振るっている。

 光輝の車の助手席に乗り込んだリズベットは資料を閉じたファイルを開く。

 

「どう思う?」

 

「ミルズさんを襲った理由かい? 十中八九、DBO事件絡みだろうね」

 

「そうよね。だとしたら、アンドリューは一体何を知っていたのかしら?」

 

 発進した車内で、リズベットはこれまでの捜査資料に目を通す。いずれも途中で糸が途切れ、捜査続行が困難になった筋ばかりである。だが、1つ1つは独立しているわけではなく、必ず犯人に繋がるヒントが隠されている。

 情報整理しよう。リズベットは今までの捜査で得られた全てを頭の中でパズルのピースのように思い浮かべて組み合わせていく。

 まず紺野木綿季の叔母、彼女の脳に組み込まれたインプラントと記憶操作。その必要性は何だったのか? 彼女から奪われた紺野木綿季という少女はメディキュボイドの第1号被験者だった。そのメディキュボイドには茅場晶彦が密接に関与しており、表向きの発表者である神代凛子は行方不明。

 アミュスフィアⅢはDBO事件の犯人によって設計されたのは確実であり、レクト内部まで深く影響を及ぼすことができる人物だった。だが、肝心要のアミュスフィアⅢの開発者だった人物はダミーであり、なおかつ自殺済み。

 SAO生還者であるアンドリューの襲撃。彼を襲撃するメリットは何だったのか? そして、須和如月病院の捜査官を殺害した理由は? どうやって監視カメラに細工が施されたのか?

 

「ミルズさんの家宅捜査をしても何も情報は出てこなかったし、口座に不審な動きも無かった。SAO事件の被害者という事以外は完全に無関係だよ」

 

「でも、何かあったはずよ。連中は今まで静観してたのに、クリスマスだけは派手に動いたわ」

 

「あるいは、今までも動いていたのが露呈した、か。どちらにしても僕らは舐められてるね。どうやら相手は不遜で傲慢。僕らを小馬鹿にして楽しんでるみたいだ」

 

「いっそ、日本中の人間の脳をスキャンしてみる? 他にもインプラントが組み込まれている人がいるかもよ」

 

 ジョークでも何でもなく、リズベットは本気で発言する。

 赤信号で停車した光輝は、一考の価値あり、といった表情でリズベットに一瞬だけ視線を移し、すぐに正面を向いた。

 

「そうでなくとも、最低でも信用できるラインは必要かもしれないね。記憶が操作されているような相手と組みたくない。ミルズさんの件からも分かるように、相手は何処にでも潜り込んでインプラントを仕込める危険性がある」

 

「だったら、今日から一緒に住みましょう。今日から光輝さんの家に泊まるわ。寝てる間にインプラントが仕込まれてたら笑えないし」

 

「そうだね。その方が安全だね……って、え!?」

 

 青信号になると同時にアクセルを踏み込んで急発進する。加速でシートに押さえつけられたリズベットは、そこまで驚く事じゃないだろうに、と顔を赤らめながら顎杖をついて窓の外へと目を逃がす。

 

「それって、僕と同棲OKって事かい!?」

 

「べ、別に付き合うってわけじゃないからね!? まずはお互いの頭にインプラントがあるかどうか調べて、それで無かったら……その、互いの安全の為に、ね。ほ、ほら、あたし達独り暮らしだし」

 

 安全第一の対策だ。それ以上の何物でもない。リズベットは我ながら大胆であるとは思うが、光輝の勘の鋭さと強さには信用と信頼を置いている。この先、更に踏み込んで捜査を続けるならば、『自分』を守らなくてはならない。

 その後、2人は須和如月病院に赴いて須和の監視下の下でCTスキャンし、脳に何ら異物が埋め込まれていない事を互いに確認する。その後、光輝の鼻歌を耳にしながら自宅に送られたリズベットは、衣服などの必要最低限の私物を旅行鞄に詰めた。

 

「こんな事なら掃除しておくんだったな。僕の家、かなり汚いよ?」

 

「誰だって同じようなものよ。足の踏み場がないわけじゃないんでしょう?」

 

「…………」

 

「……とりあえず、掃除しても良い?」

 

「2時間もあれば終わると思うよ」

 

 そんな会話を交わし、リズベットは光輝の自宅……住宅街にある8階建てのマンションに到着する。建築からそれなりに年月が経っているのか、周囲の真新しいマンションに比べれば古ぼけているが、最低限のセキュリティが成されているのは安心できる。

 

「僕の部屋は602号室だよ。後で合鍵を渡すから」

 

 そう言って光輝は申し訳なさそうに玄関を開ける。足の踏み場もないと言っていたが、なるほど、とリズベットは納得した。ゴミで溢れているのかと思えば、まるで物が整理されておらず、積み上げられているのだ。これならば掃除も幾らか楽だろう。

 リズベットは廊下まで何が溢れているのかと手に取り、それがVR技術関連の書物である事に気づく。いや、リビングから寝室まで、ほぼ全てのスペースを埋め尽くしているのは、DBO事件を追う為に必要となるだろう知識が記述された学術書、科学雑誌、資料などである。

 

「意外と勤勉なのね」

 

「リズベットちゃん、今最高に悪い顔してるね。そそられるよ」

 

 気恥ずかしそうに山積みの書物を持ち上げて道を切り開いていく光輝を見て、いつも自由気ままに捜査しているように見えて、彼がどれだけ本気でDBO事件に携わっているのかをリズベットは感じ取る。

 

「弟さんが被害者だもんね。あたしも、もっと頑張らないと」

 

「努力した分だけ捜査進展するわけじゃないさ。これは僕の独りよがりな自己満足だよ」

 

 1時間ほどの掃除で何とか2人の人間が暮らせるだけのスペースを確保し、冷蔵庫を開けてみれば缶詰とビール以外に入っていない事にリズベットは頬を引き攣らせる。

 

「これからはあたしが作るわ」

 

「リズベットちゃんの手料理を食べられる日が来るなんて……今日は記念日にしないと!」

 

「はいはい。確か近くにスーパーがあったわね。ちょっと買ってくるわ」

 

 そう言ってリズベットは適当に肉や野菜を買いこむと、まるで使われた形跡のない包丁やフライパンを見て嘆息し、埃を被った電気釜を見て哀れみ、オムライスを2人前作る。

 

「ケチャップでハートもお願いするよ」

 

「はいはい。それじゃあ『シね』と」

 

 嬉しそうに殺意入りのオムライスを食す光輝を見て、我ながら本当に子供っぽいな、とリズベットは呆れた。ここで少しは本心からアピールする事ができれば関係も進展するのかもしれないが、それを目指すにはまだ『男女』の関係については手探りである。

 今の『相棒』という関係が心地良いが、それにいつまでも甘えたくない。同棲は『相棒』としての意見であるが、自分に対する脳内アスナの荒治療命令も含んでいるのだ。ちなみに、脳にいるアスナは勝手にオムライスを採点し、『60点ね。そこはハートとリズの名前をケチャップで書くべきだったわ。あと、野菜は全部同じ大きさで刻む事。雑過ぎ』と辛口評価を下している。

 

「それにしても、光輝さんって何気にハイスペックよね」

 

 ロシア語で書かれたAR技術書を見て、リズベットは何が書かれているのかサッパリだ、と皴を寄せる。そもそもロシア語を勉強したいという気持ちにもならない程度には、英語の習得で彼女の心は折れていた。

 

「……昔は親父に憧れてたからね。言語は特に勉強していた時期もあったよ。英語とかはその名残さ」

 

「へぇ、お父さんは何をやっているの?」

 

「家族の話は、あまりしたくない」

 

「そっか」

 

 ビールを手に、光輝は苦々しそうに笑う。家族関係に問題を抱える人間は少なくない。光輝もまたそんな1人であるというだけだ。リズベットは彼の缶とかち合わせて乾杯の音を上げる。

 掃除して露わになった光輝の部屋は、リズベットが言うのも何であるが、やや殺伐としている。肉体を鍛えるトレーニンググッズを除けば、娯楽品と呼べる物は何もない。いつも軽い態度を取る彼からは想像できなかった。調度品は全体的に頑丈な金属製が選ばれ、それが余計に部屋の温かみを奪っている気がした。家族の写真も1枚もなく、弟の為に事件解決を望んでいる家族想いの一面と矛盾しているような気もした。

 

「それにしても、電子化のご時世なんだから、部屋が埋まる程に本を買うのも加減したら?」

 

「直接触れるものじゃないと信用できないんだよ。コンピュータの中にあると言われても、そこに物質として存在している訳じゃないからね。インターネットを検索するよりも、図書館で書物を漁っている方が性に合ってるアナログ人間なのさ」

 

 そんな事無い、と言おうとして、リズベットは小さな引っ掛かりを頭の中で覚える。

 

「……ねぇ、最近の監視カメラって、全部ネット接続されているのよね?」

 

「ん? ああ、そうだね。監視カメラはサーバーに接続されているからね。以前はビデオ録画だったらしいけど、それはもう少数派だよ」

 

 特にクリスマス直前まで続いたデスマーチを根底に監視システムのVR管理導入など、その最たるものである。

 

「『最新技術ほど古いやり方に弱い』」

 

「ああ、それって須和先生の口癖だね」

 

「どうやって監視カメラの映像に細工したのか、ずっと考えてたの。あたし達は勘違いしていたのかもしれない。細工されてたんじゃない。最初から乗っ取られてたんじゃないかな」

 

 もちろん、リズベットの推測は、価値のない憶測に過ぎない。何故ならばそれはシテムをクラッキングし、完全に掌握している存在がいるという荒唐無稽に他ならないからだ。

 だが、光輝のアナログ人間発言で閃いたのだ。今の時代、何処に行くにしてもネット接続は基本になっている。VR管理が加速し、特に東京はVR技術とAR技術をふんだんに導入した仮想世界との融合都市を目指し、技術的再開発が推進されている。

 

「どうしてクリスマスまで動かなかったのか。もしも、警察の監視システムの全てがVR管理されるのを敵が待っていたとしたら?」

 

「クラッキングというよりも、最初からシステムに抜け穴が組み込まれていたとみるべきだろうね」

 

 だとするならば、システムの発注元を洗えば……と、そこまでリズベットが思考を加速させると、光輝が彼女の唇に指を触れさせる。

 

「それ以上は駄目だよ。外部の敵を追うのと、内部の敵を探るのは、全くの別物だ」

 

「……そうよね。ごめんなさい」

 

「良いんだ。リズベットちゃんは探偵役、僕は警察犬。それが役割分担だからね。僕はリズベットちゃんを守って、犯人の臭いを追うのが仕事だ」

 

 仮に敵が監視システムの全てを掌握できるのであるならば、当然ながら警察内に手引きした人間、あるいはグループがある存在する事に他ならない。

 何よりも、自覚が無い監視者も何処にいるかも分からない。アンドリューの件からも分かる様に、インプラントを仕込むのに大掛かりな処置は必要ないのだ。昨日までの仲間が翌日には思考操作されているかもしれないのだ。

 

「幸いにもインプラントはCTスキャンで見破れるから、安易に数は増やしていないはずさ。でも、僕らが追っている相手は常識が通じない。十分に注意していこう」

 

「そうね。後は、もう1つ踏み込める相手としてはレクトよね。全面的に協力していると言っても、特にSAOで使用されたサーバーはブラックボックス化されているとはいえ、何ら手付かずのはずがないし」

 

 だからと言って、捜査に全面協力しているレクトに対し、強硬手段は取れないし、仮に取ろうものならば圧力がかかるだろう。

 そうなると、隠密にレクトから情報を引き抜く必要になって来るのであるが、そんな真似をするには、相応以上の権限がある人間の端末からレクトのサーバーにアクセスする必要があるだろう。

 どうしたものだろうか。リズベットは飲み終わったビールを見て、新しい物を得ようと立ち上がる。と、そこでキッチンの隅に置かれた段ボール箱が目に入る。掃除をしている際には余り気にしなかったが、野菜が描かれたそれに貼りつけられた伝票を見て、誰かからの贈り物であると気付く。

 

(送り主は久藤光莉。家族かな)

 

 段ボール箱の蓋を開けたリズベットは、中に入ったフォーマルなファイルを手に取る。中身は着飾った綺麗な女性とそのプロフィールが記載されている。

 

(ふーん。へー。ほー)

 

 どう見てもお見合い写真だ。他に色々と手紙が無造作に突っ込まれているが、どうやらこの段ボール箱は多量のお見合い写真を送る為の物だったようである。同封されていただろう、開封された手紙をリズベットは胸に苛立ちを募らせながら読む。

 

 

『光輝へ

 

 最近はなかなか電話をしても出てくれないので、少し心配です。お母さんも東京には足を運んでいるけど、お仕事が大変みたいで、なかなか会う事ができませんね。お正月も帰ってこなかったので、皆心配していました。

 それはそうと、あなたも今年で29歳です。いい加減に身を固めるようにとお義父様も仰っています。お母さんはあなたの女性の好みが分からないけど、とりあえず今まで受け取り拒否していた分を全部送ることにしました。

 お義父様はこのまま独身のようなものなら、選んだ嫁に寝床を襲わせると言っています。冗談だと思いますけど、気を付けてね。でも、既成事実を作ったらちゃんとお嫁さんを貰うのよ?

 

 あなたを愛する母より』

 

 

 なかなかにぶっ飛んだ家庭のようだ。リズベットがアルコールですっかり回転がおかしくなった頭に、お見合い写真で笑む美人たちを記憶していく。

 

「リズベットちゃん、座り込んで何をやってるんだいぃいいい!? ちょ、それはプライバシーの産物だから駄目だよ!」

 

「良いじゃない。別に減る者じゃないし。へー。この人とか光輝さん好みなんじゃない? 巨乳でモデル体型とか、芸能人でもお目にかかれないわよ?」

 

「藍子!?」

 

「へー、藍子って言うんだ。知り合い?」

 

「知り合いも何も幼馴染……って、違う違う! あの糞ジジイ、何を考えてやがる!? つーか、藍子もOKしてんじゃねーよ! ほら、リズベットちゃんも放して!」

 

 一瞬だが普段とは違う荒々しい口調……恐らく地が出た光輝は、慌ててリズベットの手からお見合い写真をもぎ取る。それを、リズベットは座った目で、なおかつ冷めた視線で鼻を鳴らす。

 

「美人で可愛い子ばかりね。あたしみたいな枯れた女とは大違い」

 

「どれもガラス細工みたいな女さ。僕にとって本物の宝石はリズベットちゃんだけだよ」

 

「そういう臭い台詞を吐いて様になってるからモテモテなんでしょうね。別に良いけど。別に良いけど! どうせ、あたしは枝毛だらけで! 髪も伸ばし放題の毛虫で! 面倒臭いを体現したみたいな女よ!」

 

 全自業自得よ、と脳内アスナが鋭いツッコミを入れ、自ら吐いた言葉によってリズベットの胸は貫かれてダメージを受ける。これがSAOならばHPゼロでポリゴンの欠片になっていた事は間違いないだろう。

 全部アルコールのせいだ! 仕事以外では光輝と繋がりが無い自分が嫌になり、彼女はその場で膝を抱える。

 

「……そういう女の子だから、僕は好きになったんだよ」

 

 そんなリズベットの頬に冷たい、冷蔵庫から出したばかりのビール缶が触れる。

 

「ごめんなさい。ビール、愛してる」

 

「僕は?」

 

「死ね」

 

「うん、いつものリズベットちゃんだ。それでこそ、僕が好きになった人だよ」

 

 缶を開け、ビールをがぶ飲みしたリズベットは気持ちよさそうに息を吐く。その隣に腰かけた光輝は彼女の頭を軽く2度撫でた。

 泣きたくなる。これでは、もう自分の想いを白状したようなものではないか。それでも、黙って何も言わないでくれる光輝に、リズベットは増々情けなくて泣きたくなる。

 と、そんなリズベットから逃げるように這わせた視線が捉えたのは、先のVR技術展覧会で出会った光輝の叔父、如月理輝からの手紙だ。

 

「へぇ、あの人からも手紙が来るの?」

 

「我が家はアナログ好きだからね。メールよりも手紙の方が安心できるんだ。ほら、糊付けの所に細工されているだろう? こうすれば、配送中に誰かに盗み見されても分かるって仕組みさ」

 

 この一族は忍者の末裔か何かか。思わずツッコミを入れそうになったリズベットはぐっと堪え、手紙の中に入った小奇麗なカードを見つける。

 

「これは?」

 

「ああ、それはパーティの招待状さ。叔父さんは何かと誘ってくれるんだよ」

 

「出ましょう」

 

「え?」

 

 リズベットの宣言に、光輝は目を丸くする。

 これもきっとアルコールのせいだ。リズベットは、自分に浮かんだ最低最悪のアイディアが引火した重油のように脳内に回っていくのを感じる。

 

「出ましょう。このパーティ、キサラギとレクトの技術提携を祝うものよね? そう書いてあるわよね? つまり、高確率で重役が出席するわよね!? 端末を盗む大チャンスじゃない! 接続は無理でも、パスコードくらいは盗めるかもしれないわ!」

 

 力説するリズベットに、光輝はしばし考える素振りを見せるが、首を横に振る。

 

「いや、さすがに僕たちのスキルじゃ、短時間でパスコードの解析は無理じゃないかな。さすがに小型端末にVR接続することはできないだろうし」

 

 光輝の意見は尤もだ。だから、リズベットはこんな時の為の切り札があると怪しく笑う。

 

「大丈夫。援軍を呼ぶわ。餅は餅屋よ。『鼠』さんに協力してもらうわ」

 

「……本気かい?」

 

 さすがの光輝も若干引いている。それも当然だ。『鼠』はVR犯罪対策室に迎え入れられたまでは良かったが、その後にハッキングをやらかして機密情報を閲覧した挙句に幾つかの警察の不祥事をネット上にばら撒いた挙句に行方をくらました、VR犯罪対策室の汚点なのだ。

 連絡を取る方法は限られているが、リズベットはシリカ経由で手段を1つだけ教えてもらっている。彼女はSAO事件後も情報屋を生業にしているらしく、スパイ行為を各所で繰り返しているそうだ。その目的は不明であるが、多くの組織・企業を敵に回し、また彼女を利用して利益を得ているのは間違いない。

 

「本気よ。敵が裏技を駆使してくるなら正攻法で勝てるはずがないわ。相手がその気なら、こちらもお上品に作法に則った決闘に甘んじる必要なんてない」

 

「完璧に酔ってるみたいだね。明日の朝になって、後悔しても知らないよ?」

 

「後悔しない人生なんて無いわ。それよりもパーティは1週間後の2月14日、それまで準備は整えられる?」

 

「……リズベットちゃんのドレスを仕立てないとね。あと、叔父さんにも最低限の口裏合わせも頼まないと」

 

 肩を竦めながらも、ようやく自分達らしいやり方になってきた、と光輝は牙を剥く。

 そちらがルール無用ならば、こちらも警察の枠組み以外からも攻めさせてもらうだけだ。リズベットはアルミ缶を握り潰しながら、最後の1滴までビールを口内に垂らした。




次回は現実世界の後篇です。

それでは、143話でまた会いましょう。

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