SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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現実世界編の後半です。
ようやくネズミ―ランドの刺客が登場です。彼女には現実世界編で暗躍してもらう予定です。


Side Episode10 鼠

 通称『鼠』。呼び名は【アルゴ】。本名は不詳。

 SAOで情報屋を営んでいたアルゴは、現実世界に帰還した後にVR犯罪対策室のオブザーバーとなり、GGO事件の解決に協力した後に、警察の内部不正をネットに公開して行方を暗ました。

 彼女に何が起きたのかは謎だ。だが、アルゴはSAOから現実世界の『自分』を取り戻す事ができず、情報屋としてデスゲームを生き抜いたという感触だけが、あるいはそこに混ざった異物が、彼女に真っ当な人生を歩ませる事を拒絶させた事は間違いない。

 現在では、警察の威信を揺るがした危険人物として捜索されているが、日本どころか世界中で目撃情報が寄せられ、今以って確保の目途は立っていない。分かっているのは、彼女はあらゆる組織や企業に手を貸してスパイ行為を繰り返し、危険の見返りに情報を売り歩いているという事だけだ。

 そんなアルゴと連絡を取る手段は限られている。彼女は1箇所に留まることなく、また1つの連絡方法につき1回しか応じない。つまり、彼女と定期連絡を取ることは絶望的なのだ。

 リズベットが知るアルゴとの連絡方法は、セキュリティも甘い無料メールアカウントに『ネズミはチーズが嫌い』という件名で本文無しのメールを送り、特定の駅のロッカーにカマンベールチーズを入れて鍵をかけ、その鍵を指定されたポストに自分の住所を書いて投函するというものだ。この手順がどのように繋がってアルゴから連絡が届くのかは謎であるが、戻ってきた封筒には某有名テーマパークのネズミのシールが貼られたガラケーが同封され、中には1件の電話番号が入っていた。

 

『ハイハイ、こちらはニコニコチューチュー、安心安全のアルゴの情報屋だヨ。ご依頼の方はメッセージを10秒後に入れて、ピッタリ1時間後にこの電話を粉々になるくらいまで壊してネ。じゃないと依頼は受け付けないヨ』

 

 そして、このふざけた留守番メッセージである。リズベットは苛立ちを抑えながら、簡潔に依頼内容を告げる。

 

「リズベットよ。大きな仕事を依頼したいの。決行は2月14日午後7時半。連絡を待ってるわ」

 

 ピッタリ1時間後にガラケーを金槌で破壊したリズベットのスマフォにアルゴからのメールが届いたのは、それから5分後の事だった。

 光輝は護衛を申し出たが、VR犯罪対策室のメンバーに今回の1件を知られるのはまずいという理由で断り、メールに記載された待ち合わせの場所へと……新幹線に乗り、九州の南端である鹿児島……そこにある指定された白くまの店に入る。

 2月真っ盛りでも店内は満員であり、冷房が利いた店内では白くまが振る舞われている。リズベットは店内を見回してアルゴらしき人影を探すも、彼女のような小柄な女性は見当たらない。

 

「こんにちは。リズベットさんでよろしいですね?」

 

 代わりに話しかけてきたのは、中年の、何処にでもいるような、やや前髪が後退しているサラリーマンである。

 

「は、はい。そうですが、あなたは?」

 

「いえ、私はアルバイトですよ。ピンク色の髪をした女性が来店したら『これ』を渡すように言われていまして」

 

 そう言ってサラリーマンが手渡したのはA4サイズの茶封筒である。

 中身は鹿児島空港から羽田空港まで航空券である。ご丁寧にも鹿児島駅から空港までのバスの時刻表まで同封されている。

 まどろっこしい真似を。リズベットは鹿児島空港まで急ぐ。指定された席の隣には、ミュージシャンのような革ジャンを着た若い男性がヘッドフォンをして目を閉ざしていた。

 

「アンタがリズベットさん?」

 

 そして、革ジャンの男はポケットからUSBメモリを取り出すと、リズベットに投げ渡す。

 

「あなたもアルバイト?」

 

「ああ。そのUSBを空港にいる赤服の女に『剣士たちは眠らない。死人は蘇り、今も地獄で戦争を続ける』って言って、『竜が仕える黒は血塗れの花嫁を求め、死人の国に旅立った』って返事が来たら、それを渡してくれ」

 

「もう1度お願い」

 

「駄目だ。伝えるのは1回だけって約束なんだ。俺のアルバイト料が無くなっちまう。あと発ったら話しかけるのもNGな」

 

 面倒を通り越して、何をさせるつもりなのか、リズベットは不安に覚えながらも、フライト時間の間ずっと小声で革ジャンの男から聞き出した合言葉を復唱する。そうして羽田空港に到着したリズベットはエントランスに出ると、これでもかと言う程に目立つ、赤い服を着た女性を見つける。白薔薇の飾りが付いた鍔の広い帽子を被った女性は、まるで血のようなルージュの口紅をつけ、不気味な笑みを浮かべていた。

 

「『剣士たちは眠らない。死人は蘇り、今も地獄で戦争を続ける』」

 

「『竜が仕える剣士は花嫁を求め、死人の国に旅立った』。それで、USBは?」

 

 女の横を通り過ぎるフリをしながら口早く合言葉を述べると、女は並列して歩いてリズベットにUSBを差し出すように要求する。手早くリズベットは手のひらの中に隠したUSBを渡すと、代わりに女に白い封筒を押し付けられる。中身はリズベットがチーズを入れたロッカーの鍵である。

 1日かけて東京から九州までを往復してきたリズベットは疲労が溜まった体に命令し、件のロッカーに赴く。チーズを入れたロッカーには1機の黒い無線機が入っていた。活字印刷されたメモも挟まれており、そこには『電源を入れろ』と簡潔に指示が記載されている。

 

『よう、リッちゃん。元気みたいで安心したヨ』

 

「これはどういうつもり、アルゴ?」

 

 無線機から聞こえてきたのは、懐かしきSAOの戦友、アルゴの声だ。付き合いは決して長くないが、リズベットは鍛冶屋として、アルゴは情報屋として【黒の剣士】を支えていた。

 

『怒らないでくれヨ。オイラも色々な組織に追われて大変なのサ』

 

「あのUSBは?」

 

『企業秘密』

 

「……無理に尋ねない方が良さそうね。どうせろくでもないものだろうし」

 

『そういうことサ。それよりもリッちゃんこそ片手の指の数くらいは国や世界の危機を救って、ろくでもない人生を歩んでるみたいじゃないカ』

 

「SAO事件さえなければって何度も思うわ。でも、今は、こんな人生も悪くないって感じてるの」

 

 時刻は既に午後9時を回り、駅のホームには残業帰りのサラリーマンや夜遊びする学生などが行き来している。リズベットは目だけを動かして人の流れの中でこちらを監視している人物を探すが、該当者はいない。

 このタイプの無線機は通信範囲が狭い。必ず何処かにアルゴがいるはずだ。

 

『無駄だヨ。ちょっと特殊な中継機を使ってるんダ』

 

「本当に用心深いわね。カメラは何処に仕掛けてるのかしら?」

 

『言うと思うかイ?』

 

「期待してないわ。それよりもビジネスの話に入りましょう」

 

 正確にリズベットの目の動きを把握できる程度には、視覚的にこちらを捉えている。今のリズベットは壁を背中にしており、正面には改札口があるのみ。

 なるほど、カメラはあそこか。リズベットは改札口の横に立つ警備員が不動の姿勢で起立するのを見て、彼にカメラがセットされているならば、体を傾けるだけで正確にリズベットを正面に捉え続けられると判断して笑いかける。

 

『……驚いたナ。勘付かれたのは初めてだヨ』

 

「簡単な推理よ。今日の御遣いゲームで、鼠さんは人を雇って動かすのが好きみたいだったからね。根本的に機械を信頼していない、利益で動く人の欲と心の機敏を信用している。そういうタイプだと思っただけ。それよりも仕事の話をしましょう」

 

『大きな仕事を頼みたいって事だったネ。具体的な内容を聞かせて貰えるかナ? 言っとくけど、本業はあくまで情報屋だから内容次第では断わらせてもらうヨ』

 

「あなたのスキルを見込んで頼みたい事があるの。4日後にキサラギとレクトの提携を祝うパーティがある。そこで、レクトのサーバーにアクセスできる高位権限のパスコードを入手したいの。ターゲットはこちらで見繕うから、ハッキングをお願いできる? 前金で200万、後金で300万」

 

 伊達に世界を救っていない。口止め料兼報奨金で口座の残高は他人に見せられない程度の金額は溜まっている。とはいえ、500万は決して軽く出せる金額ではない。半分は光輝に捻出してもらったものだ。逆に言えば、世界を救ってもその程度しか金銭は得られていないのである。

 しばらくアルゴは黙り、無線の僅かなノイズばかりが耳を擽る。彼女にとって今回の仕事で500万は妥当か、それとも不足か。過分である事はまず間違いなくあり得ないだろう。

 

『レクト・バイオテクノロジー。今まで電機を中心に業務拡大をしていたレクトがキサラギと手を組んで製薬と医療分野に進出するのカ。そのパーティに出席ってどんな裏技を使ったんだイ?』

 

「情報屋のアルゴさんならご存知なんでしょう?」

 

『リッちゃんのカレシの伝手かイ? 悪い事は言わないヨ。少し調べたけど、あの一族はイカレてるから別れた方が良イ』

 

「カレシじゃないわよ。それと、次にあたしの相棒の悪口を言ったら脳みそに硫酸流し込むわ」

 

 自分でも驚くほどにドスの利いた声音に、リズベットは感情に流されるなと自制心を促す。ここでアルゴの協力を得るのが作戦の大前提なのだ。一時の感情に任せてチャンスを逃すのが愚の骨頂である。

 だが、アルゴがイカレてると表現する一族とは、やはり光輝が言い澱むだけの理由が彼の家族にはあるようである。

 

『ゴメンゴメン。じゃあ仕事の話に戻ろうカ。まず先に行っておくけど、ハッキングってのは手軽にできる魔法じゃないんダ。特にレクトはVR管理をいち早く導入したグループ企業だからネ。VR管理が推進されているのは、オブジェクトコードにデータを変換する事にあるんだヨ。つまり、今までは文字列の世界だったパソコンの中身を3次元的に捉える必要になったのがVR管理なわけダ。まぁ、受け売りだから理解できてるわけじゃないけどネ。それにオイラには昔と変わらず文字列にしか見えないんだけどサ』

 

 そういえば、何度かVR犯罪対策室に講義に来た技術者が同じような事を言っていた、とリズベットは記憶を発掘する。

 

「つまり、出来ないって事?」

 

『誰もそんな事は言ってないヨ。VR管理を相手取るなら、こちらもVR接続する必要があるっていうシンプルな理屈サ。コイツが最高に面倒臭いんだヨ。仕事の話に戻るけど、要はリッちゃんが狙った相手の端末をハッキングして、パスコードを盗めって訳だよナ? 可能と言えば可能サ。パーティ会場は如月ホテルの34階。やり方は幾らでもあるからネ。それじゃ、当日に現金払いでよろしく頼むヨ』

 

 それを最後に一方的に無線が切られる。互いに段取りなどの取り決めもあるだろうに、とリズベットは嘆息する。

 光輝の自宅に戻ったリズベットは、彼が準備した如月ホテルの見取り図や参加者名簿を確認する。

 

「狙い目は松井修一郎かな。レクト・バイオテクノロジーの取締役を務めるんだけど、権力志向が強いエロオヤジみたいだ。今回の取締役の席を得るのにも、結構あくどい手を使ってたみたいだね」

 

 料理本を片手に肉じゃがを作る光輝の説明を受け、リズベットは良く表現してふくよか、悪く言えばブクブクに太った脂肪の塊のような男の写真を手に取る。

 

「取締役なら権限も十分ってわけね。でも、問題はアルゴがどんな方法を選ぶかよね。幾つかパターンは考えておくことはできるけど、アドリブも覚悟しないと」

 

「大丈夫だよ。核爆弾の時に比べたら楽勝さ」

 

「アレと比べないで。それよりも焦げ臭いから、ちゃんとお鍋を見てね」

 

 そうして訪れた2月14日、世間はバレンタイン商戦で最後の激闘を繰り広げる中、リズベットは作戦を練るばかりでチョコレートの準備を忘れるという乙女として致命的な失敗を朝方になって気づき、妙にそわそわしながらチラ見する光輝に罪悪感を覚えながら、ようやくアルゴから入った連絡でパーティ会場の如月ホテル傍の有料立体駐車場に彼と共に向かう。もちろん、そこに至るまでにも入念な尾行対策が実施され、いかに知り合いと言えども警察と一緒に、しかもオブザーバーとして今も働くリズベットに警戒しているのは明らかだった。

 指定されたのは、最近放映されている深夜枠の魔法少女アニメのデコレーションが施されたハイエースである。リズベットは若干引きながら、運転席にいる帽子を被った作業服の男に軽く会釈する。すると後部座席のドアが開けられ、真冬に相応しくない冷房が利いた空気が彼女を撫でた。

 

「お久しぶりだネ。こうしてリアルで会うのは初めてかナ?」

 

 膨大な排熱をする無数の機器に囲まれた小柄な女性、SAOの頃とは違って頬にペイントこそしていないが、フード付きのパーカーを被ったアルゴは3台のディスプレイに表示されている無数のデータを相手にキーボードを叩いていた。

 

「今回は依頼を引き受けてくれて感謝するわ。こっちは知ってると思うけど、久藤光輝さん。あたしの相棒よ」

 

「こんにちは、アルゴさん。今晩はよろしく頼むよ」

 

 女性が相手となれば上機嫌に光輝は挨拶するも、アルゴは特に反応らしい反応も返さず、彼は軽く肩を竦めた。だが、数十秒遅れで、アルゴはジロリと光輝を睨む。

 

「オイラは裏切者だロ? 捕まえなくて良いのかイ?」

 

「正義の味方を気取って実利があるならそうするけどね。どうせ数時間後には僕らも犯罪者だ。同じ穴の貉だよ」

 

 光輝の宣言に納得したかは不明だが、アルゴは運転席にいる作業服の男に合図を送る。男は前金の支払いを求め、リズベットは鞄から200万が入った銀行封筒を渡す。

 ピッタリ200万あるか調べた作業服の男が確認を取って頷くと、アルゴはハイエースの中に入る様に手招きする。機器で埋め尽くされ、とてもではないが人間3人が腰を下ろせるスペースは無く、1番大柄な光輝は身を縮こまらせる。

 

「作戦は至ってシンプルだヨ。ターゲットの1メートル以内にこれを100秒接近させておくだけで良イ」

 

 アルゴが取り出したのは銀色の小箱だ。化粧ケースに偽装されているが、彼女が蓋を開けるとそこには赤いランプが点滅する機械が押し込まれている。

 

「まず、如月ホテルは全ホールで通信遮断できるようになってるんダ。ほら、入試試験とかで不正防止で導入されたりとかしただロ? あれを起動させて、全通信を遮断させてもらウ。次にこちらで偽造した通信ラインに誘導すル。後はそれを通して対象の端末を『中継機』としてメールをこっちに送らせル。簡単に言えば、コイツをレクトのサーバーだと錯覚させるのサ」

 

「注意点は何だい?」

 

「通信遮断は最高でも300秒が限界ダ。それ以上は機械以前に人間が異常に気付ク」

 

 光輝の質問にアルゴは大した障害ではないように言うが、300秒の内の100秒……実質的に200秒しか猶予が無いという事になる。

 とはいえ、この程度はリスクの内に入らない。リズベットに動揺が無いように、光輝も特に問題視している様子も無い。それに対して、アルゴの方が面を食らったようだった。

 

「さすがは世界を救いまくってるヒーロー様達だナ。余裕綽々で羨ましいヨ」

 

「皮肉は要らないわ。それじゃあ、よろしく頼むわよ」

 

 その後、連絡用の無線機を渡され、リズベット達は1度アルゴたちと別れると、パーティに向けて最後の準備を進める。

 今回の『設定』は、リズベットは光輝の『婚約者』だ。美容院で髪を整えたリズベットは急遽仕立てた白のドレスを着て鏡の前に立ち、何とか人前に立てるだけの姿になったと安堵する。髪をアップにして大人っぽくなった自分は普段の毛虫状態に見慣れた自分の脳では本人と認識できないレベルである。脳内アスナも大満足である。

 

「ど、どうかな?」

 

「今日が命日でも良い位に、今の僕は幸せだよ」

 

 スーツ姿の光輝と腕を組み、リズベットは受付に招待状を差し出す。招待されたのは光輝のみであるが、彼が叔父を通して工作してくれたのだろう。リズベットは特に怪しまれる事無く、パーティ会場への潜入に成功する。

 煌びやかな光に満たされ、テーブルごとに料理が並べられた会場には、キサラギとレクトの重役が既にグラスを手に、楽しげに語り合い、騙り合っている。中には議員バッチをつけた『先生』までいる始末だ。リズベットは心拍数が僅かに上がるのを意識しながら、光輝に絡める腕を強める。

 

「こういう場所は何度来てもなれないわね」

 

「上海以来だっけ? あの時のリズベットちゃんのチャイナドレスは最高だったなぁ。あ、そういえば、後で写真撮って良いかい?」

 

「……ターゲットを確認したわ」

 

 光輝の戯言を無視し、リズベットは無線をオンにして、アルゴとの通信を開始する。

 

『了解、こっちは準備万端ダ。合図をくれればいつでも実行可能だヨ』

 

 まだパーティは始まったばかりだ。この狭いパーティ会場で、なおかつターゲットは1度話し込めば100秒くらいは動かない時間もあるだろう。好機が来るまでじっくりと待つ。

 

「どう、『鼻』の調子は?」

 

「問題ないよ。でも、あの黒服2人には気を付けて。かなり手練れだ」

 

 シャンパン2人分を取ってきた光輝は、リズベットの腰を引き寄せながら、出入口を警備する体格の良い2人の男を、どんな女性も魅了するような人懐っこい笑みの下に隠した凶暴な狩人の舌なめずりで囁く。

 

「たぶん『殺し』もやったことがある」

 

「……はぁ。いつから日本は物騒な国になったのよ」

 

「物騒じゃなかった時代なんてあると思う?」

 

「否定できなくなってる我が身が悲しいわ」

 

 お父さん、お母さん。あたしはすっかり荒んで汚れた人生を歩んでいますが、元気にやっているので心配しないでください。いえ、たまには心配しても良いかもしれません。リズベットは独り暮らしを許してくれた、心優しい両親に、今では男と同棲している挙句、世界中を飛び回って死人が出る大事件のオンパレードですっかり血塗れになった自分を思い浮かべて乾いた笑い声しか漏れなかった。

 

「1メートルって結構近いわよね。どうやって怪しまれないように近づく?」

 

「シンプルに行こう。僕が松井に話しかける。リズベットちゃんは適当に相槌を打ってくれていれば良いよ」

 

「光輝さんに小難しい政治の話ができるの?」

 

「……絶望的だね」

 

 方針は2つ。光輝かリズベットのどちらかが松井に話しかけて100秒間を稼ぐ。もう1つは、松井の1メートル周囲に100秒間張り付く。確実なのは前者であるが、今回の作戦は隠密性が高く、後々に発覚しても犯人が絞り込み辛いのが特徴だ。なるべく怪しまれないように接したい。

 松井個人のプロフィールはリサーチ済みであるが、典型的な権力志向が強い企業人間だ。趣味はゴルフで、週に3回は高級クラブに通っている。妻はいるが別居中で、愛人を毎日のように家に連れ込んでいる。およそクリーンと呼べない人間がレクト・バイオテクノロジーのトップに立つのだから、彼自身の政治的手腕は大したものだろう。だが、セキュリティ意識が低く、コンピュータのアカウントにパスワードすら設定していなかったエピソードもある程度には情報管理の脇が甘い。

 松井だからこそパスコードも抜き易いと踏んだのだが、アルゴの腕を信じて別のターゲットに切り替えるべきだろうか? リズベットは数秒迷うも、アルゴには既にターゲットを伝えてある。彼女もそれに向けて調整を進めているはずだ。作戦通りに進める。

 

「なんだなんだ、若いのが2人揃って難しい顔して。もっとパーティを楽しまんと損だぞ!」

 

 そこに話しかけて来たのは、ラグビー選手のような大柄の体格をした光輝の叔父、KISARAGIバイオテクノロジーの如月理輝である。はち切れんばかりの胸筋がスーツを押し上げ、相反するような知的な銀フレームの眼鏡を光らせ、彼は初対面の時と同様に白い歯を輝かせて登場する。

 

「叔父さん、今日はありがとう。お陰で助かったよ」

 

「ハハハ! 良いって事だ。ほら、お前はこういう行事にあまり出ないだろう? 久藤の長子として、場馴れしておかんとな!」

 

「継ぐのは篝さ」

 

「そうか? カガリンは継がないだろう? それに『ヤツメ様』ともなれば、親父は俄然に家長に据えんと思うがな。ヤツメ様が久藤の長を兼ねるなどできんからなぁ」

 

 途端に光輝の全身から冷たい殺気が放たれ、リズベットは理輝が彼の逆鱗に触れた事を察知する。咄嗟に、彼女は光輝の足を踏みつけ、今は作戦中だという事を思い出させた。

 それに気づいたのか、理輝は申し訳なさそうに頭を掻く。

 

「あー、すまん。口が過ぎたな。悪気は無かったんだが……」

 

「叔父さんのせいじゃないよ。ごめん、リズベットちゃん。少し頭を冷やしてくるよ」

 

 居心地が悪そうに光輝は苦笑いすると、足早にパーティ会場から出ていく。どうやら、彼らしくない程に感情が昂ぶっているらしく、その足取りには怒気が滲み出ている。

 残されたリズベットは、よりにもよって彼の親族を前に、どう対応すべきか悩むも、このまま沈黙を保つわけにもいかず、ウエイターが通りかかったのを良いことに、新しいシャンパンを手に取る。

 

「お、お替わりはいかがですか?」

 

「気が利くな、良いお嫁さんになるぞ。おい、そこのキミ。グラスを下げてくれ」

 

 半分ほど飲み干していた理輝は一気に残りを飲み干すと、ウエイターに空いたグラスを渡す。その動作は様になっており、彼がこうした場に慣れ親しんでいる事がありありと伝わって来る。

 

「しかし、こうして着飾ると本当に女性ってのは化けるな。最初に会った時は毛虫かと思ったが、今じゃすっかりレディだ」

 

「あははは。ほぼ初対面の女性にそんな発言するなんて、如月さんはデリカシーが無いんですね」

 

「だが、その分だけ話し易いその辺のおっさんになっただろう? おじさんは可愛くて若い女の子とお喋りするのが大好きなんだ。もっと気軽に接してもらえると嬉しいよ」

 

 ウインクする理輝を見て、顔立ちは似ていないのにリズベットは光輝と彼を重ねる。やはり家族なのだろう。根底に流れる血の持つ雰囲気と呼ぶべきか、その独特な存在感には気圧されるものがある。

 

「すまんな。コウも随分と丸くなったと思ったんだが、やっぱり地雷はそのままか」

 

「もしかして、分かってて怒らせたんですか?」

 

「まぁな。光莉さん……ああ、コウの母親に正月にも『祭り』にも帰ってこないから何とか説得してくれと言われてな。家族でコウと仲が良いのは私と光莉さんくらいだし、何とか懸け橋になりたいと思ってるんだが、上手くいかないもんだ。アイツのキレっぷりは相変わらずみたいだ。あれじゃあ、月が地球に落下する方が家族仲を戻すよりも確率が高いな」

 

 それってほぼ絶望的って意味じゃ、とはリズベットも無粋なツッコミを入れられなかった。

 本来ならば立ち入るべき領域ではない。家族の問題だ。『まだ』部外者であるリズベットは口を閉ざすべきなのだろう。

 

「あの、光輝さんって、何で家族仲が悪いんですか?」

 

 それでも尋ねずにはいられなかったのは、パーティ会場を出て行った光輝の背中に寂しさを感じたからだろう。彼は飄々としていて、人懐っこそうに見えて、根本的には人間を拒絶しているタイプだ。リズベットにすら、心を開いているように見えて彼個人の深奥には触れさせない。

 リズベットは光輝と出会い、『篠崎里香』に戻る事を決意した。その道はまだ半ばであるが、彼に出会ったからこそ未来を向いて生きたいと望んだ。

 だからこそ、光輝が何か問題を抱えているならば解決する手助けをしたい。だが、その為にはまず彼の謎を雁字搦めにする紐を解かねばならない。

 

「別に家族の全員と仲が悪いわけじゃない。妹さんとはよく口喧嘩するが、あれは根本的に反りが合わんだけだろうからな。母親には1度も汚い言葉を吐いた事も無い。問題は私の親父と兄貴……つまり、コウの祖父さんと父親だな。この2人との関係は壊滅的だ。祖父さんはアイツが猫可愛がりだった弟君関係で、父親とは確執だな。私の兄貴は善人面したお人好しに見えて腹黒の悪魔だからな。コウが1番嫌いなタイプだ。アイツが刑事を目指したのも父親を牢獄にぶち込みたいっていう願望からだ。今はどうだか知らんがな」

 

 確かに、コウは裏で色々と画策して人を操る人間を毛嫌いしている。リズベットも余り好ましいとは思わないが、コウの場合はそれも度が過ぎているような気がした。それは卵が先か、鶏が先かの話かもしれないが、コウにとって嫌悪すべき対象こそが父親なのだろう。

 

「とはいえ、妹ちゃんも弟くんも悲しき事に父親の事は毛嫌いしてるからな。アイツはアイツで愛情深い奴なんだが、誤解されるまでもなく『外道』だからな。にこにこ笑って他人を破滅させるタイプだ。しかも好感が持てる努力家で、善人らしく振る舞うにしても我が身を切る事を厭わないからタチが悪い。動物で譬えるならば、間違いなく『人間』が似合う奴だよ」

 

 ここまで実の弟に評され、そして我が子達に嫌われる光輝の父親とはどんな人物なのか、逆にリズベットは興味を募らせる。

 

「だったら、お祖父さんとは何で?」

 

「……ヤツメ様さ。昔は、コウも親父には懐いていた。だが、ヤツメ様が全てを変えてしまった」

 

「ヤツメ様? そういえば、先も言ってましたよね。何かの……称号ですか?」

 

「近いな。正確には神様の名前だ。まぁ、これ以上は自分で調べた方が良い。人の口から聞かされても理解できんだろうしな。ネットでは拾えないだろうが、虱潰しに図書館でも漁っていれば、1冊くらいは文献があるだろう」

 

 言い辛そうな理輝の様子から察するに、この『ヤツメ様』こそが光輝の……いや、久藤家のタブーなのかもしれない。

 

「ありがとうございます。家族の事なんて1番話にくいはずなのに……」

 

「ハハハ! 気にしないでくれ、未来の家族よ! コウの事が好きなんだろう? だったこれくらいサービスしちゃうよ!」

 

「……そうなれたら良いなって思ってます」

 

「OH! 思ってたよりも素直だ。その意気だぞ、未来の家族! 可甥っ子の可愛い嫁ちゃんのデレを見れた叔父さんから、もう1つプレゼントしちゃおう! HEY、松井! ちょっと紹介したい相手がいるんだ!」

 

 はいぃいいい!? リズベットは急に話が急展開を迎え、精神の半分くらいが白いペンキで塗りつぶされる。だが、時間は残酷にも平等に流れ、理輝に応じてターゲットの松井がこちらに歩み寄って来る。

 

「これは如月部長、相変わらず……何というか、暑苦しい体をしておりますな」

 

「フハハハハ! 松井さんもどんな手を使ったんだ? アンタが取締役なんて。まぁ、KISARAGIバイオテクノロジーとしては、レクトの資産と販売ルートを使って新製品を世に送り出せるんだからウハウハだがね!」

 

「……共同出資です、如月部長」

 

「それは建前だろう? キサラギは売りたい物が売れない。だから代わりにレクトに売ってもらう。これこそWinWinだ」

 

 この人はもしかして喧嘩を吹っかけるのが大好きなのだろうか? リズベットは小声でアルゴに合図を出し、作戦を開始する。何にしても、このチャンスを逃さないわけにはいかない。

 

「フン! そういうキサラギグループこそ、最近はINCグループにベッタリではないか」

 

「我が社の社訓は『利益よりも好奇心を優先せよ。さすれば未来は訪れん』なもんでね。INCはなかなかに発想が面白いんですよ。いやー、これも財団総帥の代替わりしたお陰かな。あのイケメンくんは我々キサラギの心をよく理解してくれているよ! 今はウチの重工が共同開発している対テロ局地戦を想定した、VR技術とAR技術をふんだんに導入した人型の……えーと、開発コードは何だったかな? フハハハハ! 酒が回ってるせいか思い出せんよ! まぁ、何にしてもお陰で私も今度はバイテクから重工に鞍替えするように義父さんに言われてしまいましてな!」

 

「レクトとINCが競合関係にある事を知っての発言だろうね? 我が社の北米シェアの落ち込みはINCが息を吹き返したからだ。しかも、先には歴史ある有澤まで買収する始末。奴らに好き勝手にさせては堪らん」

 

「それはそうと、レーザー兵器って浪漫だと思いません!?」

 

「キミは本当に何が言いたいのかね!? これ以上は侮辱と見るぞ!」

 

 顔を真っ赤にしておちょくられる松井に哀れみを覚えるも、これも理輝の作戦なのだろう……とリズベットは信じたかった。どう見ても素でからかっているようにしか見えないのであるが、あえて目を背ける。

 と、そこでようやく松井はリズベットの視線に気づいたのか、ゴホンと咳を入れる。

 

「それで、キサラギ部長。こちらのお嬢さんはどなたかな? あなたは未婚のはずだが、まさか……」

 

「いやいや、残念ながら、私に惚れてくれるような残念過ぎる頭の女性とは巡り合えないものでしてね。こっちは私の甥の婚約者の――」

 

「篠崎里香です」

 

 丁寧に、時間をかけてお辞儀をしてリズベットは時間を稼ぐ。残り20秒だ。必ず乗り切って見せると、松井が酒とも怒りとも分からぬ紅潮した顔を厭らしく向けている事に吐き気を催しながら、にこにこと笑顔を絶やさない。

 

「ふむ、どうやら甥っ子さんはあなたと違ってセンスがあるようだな。こんな可愛らしいお嬢さんとお付き合いできるとは、羨ましいものだよ」

 

 勝手に手を取る松井に背筋を冷たくしながら、リズベットはもうひと踏ん張りだと我慢を心に訴える。ここで手を振り払うのは簡単だが、何かの拍子に1メートル圏外に出られては、全てが水の泡だ。

 だが、それは最善であり、最悪の一手だった。松井の指がリズベットの手を、そして手首を撫でたのだ。ドレスに合わせた、レースのリストバンドの下に隠された、無数のリストカットの痕に触れる。

 

「はん。傷物か。やはり、如月部長の甥っ子ですな。見る目がまるでない」

 

 リズベット自身は、その程度の侮辱で揺るがない。彼女自身もこんな醜い傷痕が残っている自分は、今も手首を紐を結び付けてベッドと縛らねば、目覚める頃には剃刀を手に手首を抉っているような気がする程度には、精神に異常をきたしている。SAO事件が今も彼女を歪め続けている。

 だから、彼女の怒りを肩代わりするように、歴代の仮面ラ○ダーに採点してもらいたい程に綺麗なジャンピングキックを松井のぶよぶよした腹にぶち込んだのは、冷静になるとパーティ会場を出て行ったはずの光輝だった。

 時間の流れは平等だと言ったが、あれは嘘である。その時、世界は間違いなく時を止め、松井は10回転スピンを決めてテーブルに叩き込まれたのだから。

 静まり返るパーティ会場で、光輝は歪んだネクタイを正して、優雅に一礼する。

 

「皆様、失礼いたしました。季節外れの蚊がいましたもので、引き続きパーティをお楽しみください。では」

 

 そう言ってリズベットの手を引いてパーティ会場から退出する。リズベットが堪えようと踏ん張るも、それもお構いなしに彼はエレベーターの中に押し込む

 

「どういうつもりなの!? これって傷害事件よ!? それでも刑事!?」

 

「逮捕されるならそれで良い。免職になるなら構わない。それよりもリズベットちゃん、早く消毒しよう。あの豚の腐敗油のせいシミができたら大変だ」

 

 無理矢理引っ張り続ける光輝の手をようやく振り払ったリズベットは、1階へと下り続けるエレベーターの中で、かつて彼女が須郷に横腹を撃ち抜かれた時と同じ表情をした光輝にビクリと怯える。それを悟った彼は、自分が鬼ですらない、ケダモノのような表情をしている事に気づいたのか、深呼吸して顔を覆い、普段の人懐っこそうな微笑を描く。

 

「ごめん。でも、リズベットちゃんを傷物呼ばわりなんて、許せなかったから」

 

「……良いの。嬉しかったから。でも、暴力は極力止めて。いつも力業で解決してるけど、時と場合を考えないと」

 

 機械音と共にエレベーターが開き、1階エントランスに到着したリズベットを待ち構えていたのは、あろうことか34階上にいたはずの理輝だった。ここまで止まる事無く降下したはずのエレベーターよりも先にエントランスにいるという事は、他でもなく階段を下りて彼は先回りしたのだろう。

 この出鱈目っぷり、やっぱり光輝さんの家族だ。驚きよりも呆れが強い程に慣れてきたリズベットは、真剣な表情をした理輝の怒気を感じ取って身構える。

 

「この馬鹿野郎が!」

 

 金槌が叩き付けられたのではないかと思う程の轟音が響き、光輝がエレベーター内に押し戻される。それが、理輝のラグビー選手のような大柄の肉体、その覆う筋肉と重量の全てを乗せた右ストレートの命中音であり、咄嗟に腕を交差させて後ろに飛んで威力を殺していながら、光輝に十分なダメージを与えたのだと理解する。そして、冷静に分析できている自分に途方もない嫌悪感とSAO事件前の過去の自分へと郷愁に駆られて落ち込みそうになる。

 

「どうして、お前は耐え性がそうないんだ!?」

 

「叔父さん、でも!」

 

「『でも』も糞も無い! どうして……どうして……!」

 

 プルプルと拳を震わせた理輝は顎が外れんばかりの勢いで大口を開けて叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてライ○ーキックなんだ!? そこはドラゴ○アッパーから瞬獄○の流れだろう!?」

 

「いつも言ってるだろう!? 僕はSF派じゃない! GG派だ! だからDESTROYこそ至高!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、やっぱり家族だ。絶対に家族だ。リズベットは、急にゲーム談義で盛り上がり、松井を吹っ飛ばした事など微塵も気にした様子が無い理輝に、この家族は本当にこんな奴らばかりなのだろうか、と恐ろしさを覚え、同時に胸にそれを楽しむような疼きを覚え始めている自分に焦る。

 

「あの、松井さんは大丈夫なんですか?」

 

「ん? ああ、大丈夫大丈夫。アイツは脂肪の塊だからな。後で適当な菓子を包んで、お気に入りのキャバ嬢を病室に送ってやれば、ウハウハで今日の事は忘れるさ。それに我が家がエキセントリックファミリーなのは周知の事実だからノープロブレム! それに、お前さんらは得られる物も得られただろう? だったら何も気にするな」

 

 その通りだが、リズベットも光輝も理輝には作戦の詳細を伝えていない。せいぜいリズベットがパーティ会場に入れるように、招待名簿に加えて貰えるように協力してもらっただけだ。なのに、彼はリズベットたちのターゲットが松井だと見抜き、そして時間稼ぎの算段も立ててくれた。

 だが、理輝がどのような回答をするのか、リズベットは何となくだが、分かるような気がした。

 

「『鼻』が利くんだよ、未来の家族さん」

 

「やっぱり、家族ですね。光輝さんにそっくり」

 

「失礼だなぁ。僕は叔父さんよりイケメンだよ」

 

 そうして、理輝に後始末を任せ、アルゴたちの元に赴いたリズベットは、無線機で内容を耳にしていただろうアルゴの、ニヤニヤした面を見て、自分が理輝に喋った自分の本心もバッチリこの鼠は録音したのだろうな、と半ば諦める。

 

「とりあえず作戦は成功ダ。パスコードは無事に抜き取れたヨ」

 

「上々ね。はい、後金の300万。それでパスコードは?」

 

「ほらヨ。この中に入ってるけど、セキュリティ的に考えて使えるのは1度だけダ。くれぐれも注意しろヨ? 友達がいなくなるのは嫌だからネ。それとそこのイケメン、次の仮面○イダーはアンタに決定ダ。良いキックだったヨ。リッちゃんをよろしくナ」

 

 薄い直方体をした、最新のプラスチック記憶媒体を投げ渡したアルゴは、運転席の作業服の男に命令し、ハイエースを出発させる。その間際に窓ガラスから紙飛行機をリズベットたちに向かって飛ばした。

 ふわりと浮いて宙を1回転した、失敗作らしい紙飛行機を手に取ったリズベットはそれを開くと、中には新しい連絡方法が記載されている。どうやら、アルゴもこれで終わりという事にはしたくないようだ。

 

「というか、キックの事知ってるって……まさかパーティ会場にもカメラを仕掛けてたのかな?」

 

「だろうね。さすがは『鼠』だ。抜け目がないよ」

 

 だとするならば、500万なんて『格安』で引き受けたのは、彼女にとって別の仕事も絡んでいたからなのではないだろうか? そんな予想すらも立てられるが、今はどうでも良いとリズベットは溜め息を吐く。

 手のひらに収まるプラスチック記憶媒体がもたらすのは、新しい手掛かりか、それとも深まる謎か。

 

「ねぇ、光輝さん。少し、話をしない?」

 

 だが、今はそれよりも彼に尋ねたいことがたくさんあった。そう、たとえば家族の話だ。リズベットは彼の領域に今度は自分が踏み入る番だと勇気を出して、口を開いた。




次回からはまた仮想世界編です。

それでは、144話でまた会いましょう。

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