SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回は情報回です。
少しずつギアを上げていきます。すっかりコメディ調を書くのに慣れてしまった指にリハビリさせています。


Episode15-2 準備は万事

 念願のマイホームで、オレはユニークスキル争奪戦に向けた準備を進める。

 先程、正式にサインズから依頼を受託し、依頼主とも顔合わせを済ました。中規模ギルド【セイレーン音楽隊】という、そこそこ腕の立つプレイヤーが集まっているギルドだ。彼らがどんな思惑でクラウドアースのダミーを引き受けたのかは知らないが、オレを雇うにしてもそれなりに説得力があるギルドだ。これならば情報屋の目も誤魔化せるだろう。特に、彼らは聖剣騎士団寄りのギルドであるらしく、ミュウは真っ先に疑うだろうが、オレのバックが聖剣騎士団かクラウドアースか、見抜くのは困難のはずだ。

 

「持ち込める武器もアイテムも限られている。補給は絶望的か」

 

 場所は先日メインダンジョンが攻略された≪封じられたシャルルの記憶≫だ。ラーガイの記憶と同様に密林系のステージなのであるが、こちらの方が難易度は当然ながら遥かに高く、また森に侵蝕された都市の名残もある。特徴として、マッピング有効範囲が半減、ジャングル内はダンジョン扱いなのでメールなどの通信機能は停止、ギルド拠点などは確認されていない。

 正式名は【シャルルの森】らしい。このジャングルの中心部にあるとされる迷宮、その最奥に到達する事によって、ユニークスキルを獲得できるアイテムが入手できるらしい。つまり、正確に言えばユニークスキル争奪戦ではなく、ユニークスキル『獲得権』争奪戦となる。

 NPCが語るには、得られる力の名はシャルルが編み出したとされる神殺しの力≪剛覇剣≫。どのようなスキルなのかは謎らしいが、ユニークスキルともなれば破格の能力をもたらす事は間違いない。

 オレが知っているSAOのユニークスキルと言えば≪二刀流≫と≪神聖剣≫の2つなのであるが、どちらもバランスブレーカーと言っても過言ではないスキルだった。DBOにもユニークスキルが準備されているのは予想していたが、まさかイベントで獲得できるものがあるとは思いもよらなかった。

 個人的には≪剛覇剣≫にも興味はあるが、オレみたいなタイプがユニークスキルを獲得しても、結局は自分のスタイルの中で腐らせるだけかもしれない。それにユニークスキルという絶大な力は、プレイヤーの培った戦闘スタイルすら捻じ曲げる危険なものだしな。

 トレーニング終わりのオレは上半身裸体のまま、髪を結う不死鳥の紐を外し、冷蔵庫からユウキのオリジナルブレンドを取り出す。随分と数が減ったかのように見えるが、それは錯覚だ。飲んでも飲んでも作って押し付けるからな。しかも、ブレンドはアイツの気分次第だから、時々糞不味い悪魔の作品も出来上がってしまう。今のチョコレート風味の果肉入りソーダとか喉が渇く味だ。飲み物のなのに喉が渇くって何だよ。まぁ、味は意外と悪くねーんだがな。

 長期戦……下手したら週単位の戦いが予想されるかもしれない。ギルドからの支援さえあれば、途中途中で補給できるかもしれないが、オレの場合は完全に孤軍奮闘。1人でジャングルを歩き続けねばならないという地獄だ。

 武装は長期戦を前提にした物が望ましいが、今のオレは短期決戦仕様だからな。どのような構成でいくべきだろうか。

 本来ならば長期戦に向いた血風の外装は有効な武器だ。だが、今回はオミットする。場所はジャングルだ。少しでも隠密性を高めたい。代わりに通常防具の【漆蛇の手甲】と【しじまの脚甲】を装備する。

 漆蛇の手甲は毒耐性と麻痺耐性を高める。しじまの脚甲は隠密ボーナスが付き、また低熟練度相当の≪消音≫スキルと同じ効果を発揮する。ジャングルでの戦闘には有効だが、血風の外装よりも物理防御力が下がるものの、デバフ対策は完璧だ。

 武器は、≪両手剣≫からは対警備組織単式振動突撃剣、≪カタナ≫からはトレードで入手した雪雨。そして≪暗器≫のライアーナイフ。血風の外装の代わりに装備するのは、≪戦槌≫で【レザリア社11型スタンロッド】だ。リーチは短く、攻撃力も低いが、コイツは携帯性に優れ、また魔力をチャージしておく事によって雷属性を付与させ、スタン蓄積能力を一時的に高める事ができる。耐久度は戦槌では低い方ではあるが、十分に長期戦にも耐えられるだろう。

 回復アイテムはクラウドアースから仕入れた【青緑霊水】だ。深緑霊水よりも高い25パーセントのHPを即座に回復させるが、その分だけお値段も高い。特に霊水系は連続使用するとしばらくはHP回復アイテムは効力が減少するので乱用はできないが、即効性を今回は重視する。後は保険で白亜草を5枚ほど持ち込んでおく。不死鳥の紐には微弱なオートヒーリングもあるし、今回はクリスマスダンジョンの時のように回復アイテム不足で悩まされる事も無い……と信じたいが、確実に不足するだろうな。なるべく現地調達でどうにかしたいものだ。

 それから止血包帯とバランドマ侯爵のトカゲ試薬も忘れないようにしないとな。これが無いともしもの時に詰む。それから修理の光粉よりも耐久度回復力が高い【エドの砥石】を多めに持ち込む。

 後は飲食物だ。モンスターにはアイテムストレージ内の食料に毒を付与する【腐敗】攻撃を持つタイプもいる。そこで、腐敗攻撃を防ぐ保存水と保存食を持ち込む。どちらも味は最低最悪だが、何とかなるだろう。後はサバイバル道具一式だな。ナイフや銛、マッチなどだ。特にナイフは多めに持ち込む。後はロープやワイヤー、鈴、スコップ、それに以前クラウドアースから頂いた粘性爆薬は全て持って行く。それから空き瓶も何本かは要るな。

 この辺りが限界だな。後は定番の投げナイフだが、茨の投擲短剣は重量があり、それに比例してアイテムストレージを喰う。そこで使用するのはNPC販売の【羽鉄のナイフ】だ。極めて軽量で攻撃力も低いが、貫通性能が高く、投擲距離もある。意外と使い道が多いんだが、馬鹿みたいに高値だ。1本300コルとかふざけんな。NPC販売オンリーだから、値切る事も出来ないので、仕入れるのには随分と散財してしてしまったが、それに見合うだけの持ち込みができる。

 後は指輪と義眼か。指輪は耐久度減少を抑える【封壊の指輪】、それに環境ステータスによるDEX下方修正を抑える【錆びた鉄輪】だ。封壊の指輪は少しでも継戦能力を高める為に、錆びた鉄輪はジャングル対策だ。

 

「ギリギリだな」

 

 火炎壺や火竜の唾液も持ち込みたかったが、容量が足りない。こればかりは仕方ないというものだ。血風の外装よりもスタンロッドの方が容量が低いお陰で、これだけのアイテムを持ち込めるのだ。それで良しとしよう。

 最後は義眼だが、今回は恐ろしい事にクラウドアースから提供された物を使用することになっている。≪竜賢者の義眼≫というらしいが、視覚を取り戻せないが、擬似的な≪言語解読≫スキル……古竜語が解読できるようになる。わざわざクラウドアースが準備したという事は、今回のイベントで≪言語解読≫、正確に言えば古竜語の読解の有無が大きなポイントになるという事だろう。ただ、コイツの難点は使用すると一時的に雷属性の耐性が激減する。竜は雷に弱いとか何とか聞いたが、その伝承を反映させているのだろう。ご利用は計画的に、だ。

 

「意外とキモいな。普通の義眼を持ち込むスペースもないし、付けていくか」

 

 木箱を開けたオレは義眼を右手で持ち上げる。グリムロック製の義眼は人間の目に似せてあるのだが、竜賢者の義眼は爬虫類のような細長い縦の瞳だ。カラーリングも淡いグリーンである。左目に押し込んで装着したオレは鏡の前に立ち、よくよく見ればぼんやりと光っている事に気づき、眼帯を装着する事を決める。夜間の森で光源とか見つけてくれって言ってるようなもんじゃねーか。

 とはいえ、オレの眼帯と言えば、あの悪夢の女装の時に準備したものくらいしかない。アレは絶対に付けたくない。

 今からグリムロックに注文すれば間に合うだろう。オレはフレンドメールでグリムロックに至急眼帯を手配してもらいたい旨を伝える。すぐに届いた返事には、明日の出発前には渡せると記載されていた。

 これで準備は万端……とは言い難いが、どうにかなるレベルになっただろう。

 改めて今回の依頼内容を確認する。サインズを通して受理した表面的な依頼はユニークスキルの獲得であるが、その裏であるクラウドアースからのオーダーは『クラウドアースが最終的にユニークスキルを獲得する』というものだ。つまり、オレ自身が獲得しても良いし、クラウドアース勢力の誰かが入手しても構わない。

 だが、依頼の最大の特徴は、他勢力の雇った傭兵を積極的に始末する事にある。大ギルドのメンバーも参加するだろうが、あくまでそれはサブターゲット、本命は傭兵だ。

 言うなれば、これは傭兵を用いたギルド間の代理戦争だ。ギルド対ギルドの展開は遭遇しても最大限に抑えられるだろう。ギルド同士が殺し合いをしてしまえば、これまでの大ギルド間の友和という建前が無くなってしまうからだ。

 今回の依頼も根底は同じだ。傭兵から傭兵に、傭兵からギルドに、ギルドから傭兵に……この3つのカードの切り合いであり、ギルドからギルドへの攻撃は最大限に自粛されるはずである。

 つまり、お抱えの傭兵が依頼達成困難になるか、あるいは全滅してしまえば、その時点でそのギルドはユニークスキル争奪戦から脱落したと言っても問題ではないだろう。まぁ、武闘派の連中はギルドメンバーでも単身ないし少数で続行するかもしれないがな。

 さて、問題の争奪戦に参加が予定されている傭兵のリストであるが、クラウドアースからはランク1のユージーン、ランク11のレックスとランク17の虎丸のコンビ、ランク22の【エイミー】、ランク25の【ガイア】、ランク29の【フレンマ】の6人を派遣予定だ。

 ユージーンはUNKNOWNと並ぶ最強の傭兵と名高い。正面からぶつかり合うのは危険だし、そもそもクラウドアースの傭兵は潰す必要が無いので、遭遇を最大限に避けねばならないだろう。まぁ、ユージーン程の傭兵ともなれば、クラウドアースから話が通ってるかもしれないが、希望的観測は控えるべきだ。

 レックスと虎丸はコンビで常に依頼をこなし、抜群のチームワークで高い戦果を挙げている2人組だ。好戦的で戦闘力は戦いが思慮が欠けたレックスを、知性的な虎丸がサポートする事によってランク以上の実力を発揮する。2人揃えば1桁ランカー級なのは間違いない。

 エイミーはINTの高い魔法使い型だ。後方支援に撤するタイプであり、クラウドアース繋がりでユージーンと協働も多く、恐らく今回もユージーンと組んでいるだろう。豊富な補助スキルと高火力の魔法は侮れず、ユージーンと組んだ状態ならば、即退却が正解だ。

 ガイアは通称【仮面巨人】と言われる大男だ。その身を高いスタン耐性と高防御力の鎧で纏い、スキルも装飾品も徹底的に防御とスタン耐性強化で固めている。両手剣と盾を装備しているが、彼の持つ【古木の朱盾】は盾としてあるまじき程にガード性能が低い代わりに隠し性能【生命の覚醒】によってスタミナ消費量に応じてHPを回復する事ができる。とにかく、コイツはタフネスを活かしたノーガード戦法を好み、エンチャントアイテムで火力を増幅させた両手剣によるゴリ押しは脅威だ。まぁ、その分だけ鈍足だから遭遇しても逃げるのは簡単だろう。

 そしてランク29のフレンマ。【ミスター火炎達磨】なんてふざけた通り名であるが、呪術を活かした近接戦を好む強敵だ。とにかく攻撃が火炎属性に傾倒しているので火炎属性防御力を固めれば怖い相手ではないのだが、通り名とは裏腹にかなりクレバーで慎重な男だ。ランクが低いのも依頼の『半達成』が多いからである。つまり、本当に危険な時は最低限の戦果を挙げたら即座に撤退するのだ。こういう相手は存外手強い。

 

「クラウドアースと繋がっていないってアピールの為にも誰かと1戦しておくか? ガイアなら戦うのも簡単で逃げるも容易いしな」

 

 まぁ、それは追々考えれば良いだろう。とにかく、クラウドアースの傭兵には手出しせず、むしろ彼らを裏でサポートする必要がある。大変ではあるが、やるしかない。

 続いて太陽の狩猟団からは、ランク3のシノン、ランク4の【ヘカトンケイル】、ランク10の【ザクロ】、ランク14の【ジュピター】、ランク24の【カイザー・ファラオ】、ランク31の【ナナコ】、ランク35の【エディラ】の7人が確定している。

 シノンはDBO最高のスナイパーではあるが、ジャングルと見通しが悪い場所では彼女の狙撃能力は十分に活かせないだろう……という甘い予想をオレはしない。彼女は最高の狙撃地点を確保し、針の穴を通すように狙撃し続ける。気付かぬ間に彼女に額を狙われていた、なんて洒落にならない事態も避けられないだろう。彼女が参戦しているだけで他の勢力は常に狙われ続ける恐怖で精神が削られるはずだ。

 ヘカトンケイルは、戦槌と戦斧を操るストレートに強い傭兵だ。ランク4は伊達ではなく、彼は上半身の装備を全て捨てて機動力を引き上げ、≪二刀流≫にも迫るラッシュで敵を蹴散らす。しかもMYSもある程度備わっていらしく奇跡による自己回復と強化が可能という難敵だ。最近はOSSの開発にも成功したらしく、少なくとも2つのOSSを所持しているだろう。

 ザクロ。コイツは不気味な野郎だ。2本の角が備わった獣の骸骨のような兜を付け、全身を薄型の甲冑で身に着けたヤツの戦闘スタイルは、一言で言うならば『忍者』だ。カタナと格闘と呪術と暗器のコンビネーションで強襲し、幻惑し、敵を葬る。噂では≪変装≫スキルもかなり高いらしく、化ければ『本人よりも本人らしい』と言われる程だ。オンリーロンリーでお独り様のオレには関係ないが、組織で動く連中からすればザクロ程に危険な相手はいないだろう。

 ジュピターは短槍とクロスボウの使い手の女の子だ。DEXを活かした高速戦闘を好み、クロスボウで削りながら取り回しが良い短槍で堅実に戦う。ただ、総火力の低さからゴーレム戦では思うように戦果が挙げられないらしく、悪い意味でランク不相応と言われているが、今回のようなゴーレムの出番が無いジャングルならば、その強さを遺憾なく発揮するだろう。

 カイザー・ファラオは、名前に不釣り合いなシーフ型であり、戦闘を本職にしない傭兵では最高ランクである。主にマッピング依頼でその真価を発揮し、索敵からトラップの解除まで彼1人がいれば安心安全と太鼓判だ。また、彼自身も戦闘能力は高くないと謙遜しているが、曲剣と弓矢を使った援護は的確で心強いと評判である。

 ランク31の【パペットガール】ことナナコ。最近になって急激に危険度が高まった傭兵だ。その強さの秘訣は彼女が闇術の使い手であると判明した事だ。最近になって解析が進んだ闇術の習得条件に、INTとMYSが高い事、そして『複数名のプレイヤーを殺害している事』だと分かった。彼女が得意とする闇術の1つ【虚ろな骸】は、撃破したモンスターやプレイヤーを蘇生して操り人形にして配下に加えるというものだ。他にも単独で多数の戦力を『生み出す』闇術を保持している。

 そしてエディラ。ランク35と低いが、それは傭兵としての経歴の短さであり、彼自身の戦闘能力の低さを示すものではない。渋いおっさんであり、戦闘スタイルには謎が多いが、大剣と盾を使った戦法だけで多大な戦果を挙げている。いわゆる『底』が見えていない要注意人物だ。

 

「さすがは太陽の狩猟団。どいつもこいつも癖の強い連中ばかり選びやがって」

 

 いや、それを言えば傭兵で癖のないヤツの方が少ないのか? 何にしても、太陽の狩猟団もメンバーだけを見ればかなり本気だ。

 最後は聖剣騎士団だ。ランク5の【グローリー】、ランク7の【777】、ランク26の【ヘビーライト】、ランク28の【クレイトン】、ランク33の【ガロ】、ランク34の【タイフーン】、ランク39の【グリーンヘッド】の7人を送り込む。正直、数だけといった印象だ。

 グローリーは元聖剣騎士団の正規メンバーという異色の経歴を持つ傭兵だ。元々は円卓の騎士にも数えられてもおかしくない実力者だったらしいが、聖剣騎士団結成初期にディアベルと対立して去ったらしい。その後も聖剣騎士団と繋がりを持つ事から関係は良好だと分かるが、それでも一線を引くは相容れない理想があったからか、それとも確執か。片手剣と大盾というあのヒースクリフを彷彿させる戦闘スタイルは、オレの目から見ても≪神聖剣≫と重なる。奇跡も使いこなすので注意せねばならないだろう。

 777で『ラッキーセブン』と読むらしいが、とにかく顔が濃い口髭のおっさんだ。得物の大槌からは想像できない巧妙な戦闘スタイルで知られるパワーファイターだ。スキル構成もバランスが良く、ギャンブル好きそうな名前に反してソロのお手本みたいな野郎だ。ちなみにゴーレム撃破数はダントツ1位だ。

 ランク26のヘビーライトは、大弓を用いた狙撃プレイヤーなのだが、シノンの陰に隠れている男だ。支援特化で遠距離からの攻撃を得意とし、接近されれば刺剣で戦えるオールマイティであるが、やっぱりシノンの陰に隠れて評価が低い。正直、目立った戦果もないので、ランク26という真ん中くらいの順位がそのまま彼の実力である。

 クレイトンは鉄仮面を装備した戦斧使いであり、なかなかの手練れだ。実力はあるが、重要な依頼を回されておらず、結果的にランクも低めで抑えられている。だが、今後の戦果で上がる事はあっても下がる事は無いだろうと期待されている。

 顔全体を包帯で覆ったガロは、一説ではオレの左目と同じく再生不可の呪いの炎で顔を焼かれたと噂されている男だ。密着性の高い鎧を装備し、槍を使った連撃を得意とする。DEXとTECに特化しているらしく、3次元戦闘では目を見張るものがあり、攻撃系アイテムによる撹乱は決して侮れない。

 ランク34のタイフーン。ガロと協働する機会が多いタンクであり、世にも珍しい大盾二刀流だ。大盾を打撃武器として扱い、なおかつ鉄壁のガードで攻撃を抑え込むという前代未聞のスタイルである。大盾の二重ガードはゴーレムの主兵装やボスの大攻撃にも耐える程であり、ボス戦の参加数も意外と多い。

 そしてグリーンヘッドは魔法使い型のプレイヤーであり、後方支援としてはそれなりに定評がある、がそれだけだ。ランク39通りという事だろう。

 

「コイツら自殺しに行く気かよ?」

 

 特にグリーンヘッドはどういう気持ちで依頼を受けたんだ? ガロとタイフーンは協働する事で自分たちの実力以上を出せるかもしれないが、グリーンヘッドは後方支援という役割分担を入れたとしても、傭兵同士の殺し合い以前にダンジョンで死ぬだろ? それとも、気にしたら負けなのか?

 何にしても聖剣騎士団も本気と言えば本気なのだろうな。ランク5とランク7を出しているのだから、別に自殺させに行くつもりはないのだろう。元々傭兵の囲い込みに遅れた聖剣騎士団は粒が揃っていない。それだけだ。というか、連中は円卓の騎士っていう武闘派がいるから、いざとなれば傭兵に頼らなくても良いからな。

 後は独立傭兵がどう動くかだな。何処の陣営につくか分からない上に、今回は大ギルド以外にも中小ギルドも戦力を出すだろう。スミスも必ず参加しているはずだ。少なくともクラウドアースは独立傭兵を雇っていない。まぁ、裏ではオレが参加しているがな。

 これ以上は考えても仕方ない。準備はするだけ済ませたし、大よその相手も判明している。オレは全力を尽くすのみだ。

 

「……そうさ。オレは殺せる。きっと殺せる」

 

 シノンだろうと、スミスだろうと、オレは殺せる。きっと一切の躊躇なく、敵として出会えば命を奪う為に死力を尽くせる。

 だが、それは果たして『人』と呼べるのだろうか? オレはまだ『オレ』のままなのだろうか? 実は、もうオレが気づいてないだけで、バケモノに……ヤツメ様に成り果てているのではないだろうか?

 怖くなる。ベッドの上で頭を抱え、オレは情けないくらいに体を丸める。

 

「オレは狩り、奪い、喰らい、戦い、そして殺す者」

 

 ああ、分かっている。迷いはここに置いていけ。この依頼にはグリセルダさんの情報がかかっているのだ。

 今もサチを殺した感触が、まるでこびり付いた血が落ちないように指先まで残っている。そして、爪の隙間から滲み出るのはクラディールの首を刎ねた一瞬だ。

 揺れる。揺れる揺れる揺れる。

 視界が歪む。オレは途端に襲ってきた頭痛に歯を食いしばり、白黒に明滅する視界で、歯を食いしばって悲鳴を堪える。

 聖夜のあの日、オレは致命的な精神負荷を受け入れた。あの時の後遺症は随分と和らいだが、完治したわけではない。今でも唐突に襲ってくる眩暈や頭痛、視界の異常、そして引き摺られるように頭の奥底からオレの『痛み』が浮かび上がる。

 壊れている。確実に、オレの脳はダメージを残している。あの日の傷痕は、オレを今も苛ませている。

 揺れる。揺れる揺れる揺れる。叔父さんが腐敗ガスで膨張した眼でオレを見下ろしている。

 これも致命的な精神負荷を受け入れた代償なのだろうか? それとも、オレ自身が狂い始めている証拠なのだろうか?

 全ては幻覚。仮想世界でもたらされる夢に過ぎない。きっと、オレの脳は微睡んでいるだけなのだ。

 

 

 

『忘れないよ。絶対に忘れない』

 

 

 

 思い出したのは、ユウキの抱擁の温もり。聖夜で零れてしまったオレの弱さ。

 

「忘れないでくれ。お願いだ」

 

 あんな風に甘えるのは、アレが最初で最後だ。

 恐怖を振り払うために、瞼を閉ざす。このまま眠ってしまえば良い。そうすれば、きっと明日になれば元の調子に戻っている。この『痛み』も押し戻せる。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 その人物は暗がりの中で、依頼主から貰ったファイルを開く。

 そこに記載されているのは、無数のプレイヤーに関する情報だ。武装、予想される構成スキル、戦闘スタイル、主な戦歴など、詳細に纏めてある。これを準備した依頼主が、このファイルに載せられているプレイヤーに関して調べ尽くしている事は明らかであり、そこには明確な殺意が潜んでいる事もまた容易に見て取れた。

 そのファイルの中の最後のページを見て、その人物はファイルを捲る手を止める。

 最後のページに添付された写真にあるのは、男性的とも女性的とも違う、中性的な人物だ。白い髪を後頭部で結い、サインズで受付嬢のヘカテと話し込む姿が盗撮されている。

 ファイルを受け取った人物は、同じく暗がりに潜む依頼主に問う。これだけの情報をどうやって手に入れたのか、と。

 だが、依頼主は答えずに意味深な笑みを浮かべるばかりだ。出所は謎という事らしいが、ファイルを受け取った人物は追及をする気は無かった。この白髪の傭兵はその人物にとっても許し難い仇敵だ。ならば、下手な詮索でまたとない機会を失いたくない。

 依頼主はこれ以上と無い程のバックアップを約束し、いよいよ明日に迫ったユニークスキル争奪戦で、自分にどのような役割を果たしてほしいのか告げる。

 その役割にいかなる意味があるのか、それはファイルを受け取った人物には分からないが、少なくとも白髪の傭兵に復讐を果たす、絶好の機会が巡って来たことは間違いない。

 これを逃すわけにはいかない。ファイルを渡された人物が同意して頷くと、依頼主はその口を裂けるように歪めた。

 

「それは良かった。さぁ、一緒に滅茶苦茶にしようじゃないか♪」




今回は今まで登場しなかった傭兵達の紹介となりました。彼らも本編で暴れ回ってもらいます。

それでは、146話でまた会いましょう。

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