SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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いよいよバトルロワイヤル編も本番です。
今回は多数の勢力が入り乱れ、主人公以外の視点も幾らか描写していく予定です。



Episode15-3 シャルルの森

 シャルルの記憶に出発する前、早朝にも関わらずにグリムロックが想起の神殿でオレを待っていた。

 オレから出向くと言ったのだが、彼は頑なにそれを拒否し、オレの家を訪問すると言い張ったのだが、さすがにオレもそこまで迷惑はかけられないと断り、結局は想起の神殿で待ち合わせする事で合意した。

 

「要望にあった眼帯だよ。気に入ってもらえると良いんだがね」

 

 かつてはサチの特等席だった半壊した女神像の台座の前で、グリムロックはオレに黒地の眼帯を手渡す。地味なのを要望したのであるが、彼なりのポリシーの表れなのか、オレのエンブレムである白い烏と金の林檎が描かれている。

 

「いきなり頼んで悪かったな。お陰で助かった。それで幾らだ?」

 

「8000コルだよ。素材を集める時間が無かったから、在庫にある物で仕上げたものだからね。【常闇の濡れ地】をベースにしてあるから、少しだけ闇属性防御力を高める程度しか効果が無い」

 

「十分過ぎだって」

 

 というか、単なるアクセサリーにそんなレア素材使ってんじゃねーよ。オレはその場でグリムロックに支払いを済ませ、彼が持参した珈琲を頂く。

 冷たい半壊した女神像の台座に腰かけ、オレはかつてサチと語らった時間を思い出す。能面のように表情を作らず、感情を表に出さず、彼女は淡々とNPCである事を演じ続けた。

 オレはマイホームの金庫に隠してあるサチの心……黒猫のクリスタルに篭る、オレが知るサチとSAOで生きて死んだ『サチ』、2人のサチの想い。あのアイテムがどんな力を持っているのかは分からないが、サチはオレに自分の最も尊い物と祈りを託してくれた。

 

「最近のキミは、本当に変わったね」

 

 唐突にグリムロックは珈琲を傾けながら、ぼそりと呟いた。

 いきなり何を言い出すのだ? 訝しむオレに、グリムロックは嬉しそうに、だが同時に悲しそうに、オレと目を合わせる事も無く正面を向いて、想起の神殿を通して他ステージに旅立つプレイヤー達を見守っている。

 

「とても柔らかい表情ができるようになったよ。以前のキミは何処か無理をしているようだった」

 

「……そうか?」

 

「そうさ。でも、おかしな話なんだが、私はね、今のキミを見ている方が不安になるんだ」

 

 言ってる本人も、自分の言葉に疑問を感じているのだろう。グリムロックは小さく苦笑するも、その眼差しはあくまで真剣だ。

 

「クゥリ君、キミはとても優しい子だ。そして、率直に言うが、とても恐ろしい所も持っている。だからこそ怖いんだ。今のキミが、まるで自分自身を傷つけているように見えるんだ」

 

「…………」

 

「だから、無理をしないでくれ。今回の戦いは今までにないくらいに厳しいはずだ」

 

 オレの身を按じてくれるグリムロックに、オレは無言で珈琲を啜り、適当な言葉ではぐらかそうとして、だが、それは彼の誠実さを裏切る行為だからと気づき、息を吹きかけて珈琲の水面に波紋を作ると一息入れる。

 

「きっと、無理するんだろうから、今のうちに言っておく。約束はするけど、絶対に破る。だから、お詫びに帰ったらメシでも奢ってやるよ。帰ったら、必ず」

 

「はは、それは良い。実にキミらしいね」

 

 それ以上はグリムロックも何も言わずに、静かなお茶の時間を2人で楽しんだ。

 立ち去る彼の後ろ姿を見送ることなく、オレはシャルルの記憶へと赴く。ラーガイの記憶を彷彿させる密林エリアであるが、こちらの方がより熱帯に近しい気候のせいか、蒸し暑く、アバターで無ければコートを羽織った状態では数分と待たずして熱中症で倒れてしまうだろう。

 メインの街となるようなものはなく、小さな村が幾つかある程度のステージである。オレは赤剣の転送機能でシャルルの森から2番目に近しい村へと移動する。あえて1番近い村を選ばないのは、既に大ギルドを始めとした数多の部隊が駐屯しているからだ。

 そもそも、今回のユニークスキル争奪戦で、何故何処の勢力も抜け駆けせずにお行儀よく足並みを揃えているかと言えば、シャルルの森は外縁部を除けば東西南北4つの大燭台によって封印されているからである。この燭台がある神殿はそれぞれ難関ダンジョンだったらしい。そのせいで、燭台をバラバラのギルドが確保してしまったのだ。こうなっては、条件を整えて合意に持ち込まなければいつまで経ってもユニークスキルを入手できない。

 そこで、本日の午前10時丁度に4つの燭台全てに火が灯される手筈になっている。それと同時にユニークスキル争奪戦がスタートするのであるが、外縁部まで解放されているという事は、最大限にスタートダッシュする為にも封印された境界線ギリギリで待機している必要がある。

 クラウドアースが割り出したシャルルの森の侵入路として理想的なルートは全部で8つだ。その内の1つをオレは提供される手筈になっている。

 

「お待ちしておりました、【渡り鳥】殿」

 

 住民の大半が痩せこけた老人ばかりの、今にも朽ちそうな村。アイテム販売も宿屋もなく、虚ろな目をしたNPCが住まうこの地でオレを待っていたのは、先日のYARCA旅団殲滅作戦で顔合わせをしたブリッツだ。

 オレは無言で頭を垂らして挨拶すると、彼女が案内した赤土を塗り固めただけの小屋へと案内される。内部は暗く、光源と言えば、根と壁の隙間に設けられた小さな穴から差し込む陽光くらいであり、通気性が最悪のせいでまるで釜の中なのではないかと思う程に熱気が籠っている。狭い空間に5人以上の人間が詰まっていたら尚更だ。

 小屋にいるのは、全員がブリッツと同じデザインの黒服に身を包んだ男女だ。それぞれが高い実力を窺わせる雰囲気を纏っており、オレが入るとジロリと目を向けるだけであり、そこにはプレイヤーが【渡り鳥】としてオレを見る時特有の軽蔑などは感じられない。

 

「隊長、【渡り鳥】殿をお連れしました」

 

「ご苦労だったな、ブリッツ。下がれ」

 

 黒服でも唯一赤の腕章を付けた黒髪の男に敬礼したブリッツは、小さく頷いて引き下がる。

 

「キミにはルート5を使って侵入してもらう。出現するモンスターの資料には目を通していると思うが、我々が把握できたのは数種に過ぎない。封印の奥では多数の情報が無いモンスターが出現するはずだ。注意して欲しい」

 

 隊長と呼ばれた右目の下に小さな傷痕がある男は、小屋の中心に配置されたテーブルに広げられた地図、その中の赤いラインを指差す。スカーフェイスのプラグインは珍しくないのだが、この男の傷痕はとても自然であり、きっと現実の肉体にも同じ傷痕があるのだろうと納得させられる説得力がある。単純なファッションでスカーフェイスにしているわけではなく、彼自身のアイデンティティに関わるものなのだろう。

 だが、それ以上にこの男の声には何処かで聞き覚えがあるのだが、思い出せないな。オレは記憶の爪で引っ掛かれる不快感に悩みながら、スカーフェイスの説明に耳を傾ける。

 

「ルート5の特徴は?」

 

「石像が幾つか配置されている。強力な【沈黙】のデバフを付与するが、我々が破壊済みだ。リポップするまで後1時間半といったところか。モンスターは出現するが、≪気配遮断≫を使えば遭遇率は大幅に下げられるだろう。封印のラインを超えてからは不明だから、進行には最大限の注意を払ってもらいたい」

 

 さすがはクラウドアース、依頼達成の為のサポートと情報収集は一流だ。何処かの糞女とは大違いである。ついこの間も、珍しく太陽の狩猟団が素材収集依頼を出したかと思えば、火山に暮らす超物理防御力を持つ【火吹き大亀】の巣に情報ゼロで放り込まれるという悪夢を見せられた。

 

「NPCから情報収集した限りでは、どうやらシャルルの森は特別なギミックが幾つもあるらしい。単純に中心部を目指すだけではクリアできないだろう。それとシャルルの森はマッピング有効範囲が通常の半分、更にマップ表示が3分の1だ。全体図を確認し辛い上に、マップ情報は48時間で消滅する。全マッピングが出来ない仕組みだ。≪地図作製≫や≪地形把握≫を持たないキミには辛い戦いになるだろう」

 

 情報提供も終わり、オレは望郷の懐中時計で時刻を確認する。ここからシャルルの森まで徒歩で1時間弱、ルート5から侵入する事を加えれば1時間半といったところか。現在時刻は午前7時過ぎだから、のんびり移動しても十分に封印解除に間に合う。

 

「オレがクラウドアース側だと知っているのは?」

 

「我々と理事長だけだ。傭兵達にも伝えられていない。止む無き交戦は仕方ないが、出来る限り控えてくれ」

 

「そういう依頼だ。きっちりこなすさ」

 

 オレはスカーフェイスに別れを告げ、ブリッツの案内でシャルルの森へと赴く。途中で何体かモンスターに遭遇したが、オレを消耗させない為か、彼女が全て撃破していく。

 

「鞭と片手剣か。面白い組み合わせだな」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 初対面の時の印象は正しかったのだろう。ブリッツは鋭い鉤爪が複数ついた【鮫牙の鞭】と刺突性能が高い【ファーナムの鉄剣】を使いこなし、まるでモンスターを近寄らせない。正直、俺が参戦する隙間すらない見事な戦いっぷりだ。

 

「【渡り鳥】殿の戦いも拝見した事がありますが、あなた程に多種多様な武器を用いるプレイヤーもいません。何かコツがあるならばお聞かせ願いたいのですが」

 

「コツなんてねーよ。戦い続けてれば嫌でも慣れる。というか、被雇用者にはもう少し偉そうにしても良いんだぞ。そういう態度だと、その……ムズ痒いんだ」

 

 オレの意見にブリッツは嬉しそうにクスクスと笑う。やや目元を好意的に緩めた彼女は、結った黒髪を尻尾のように揺らす。

 

「本当に面白い人ですね。私にとって、あなたは敬意を示すべき強き者の1人ですから、お気になさらずに」

 

 シャルルの森への入口、密集した木々の間を通るような小道を前に、ブリッツが足を止める。どうやら彼女の道案内はここまでのようだ。

 

「真に強き者は誰なのか? 私の興味はそれだけです、【渡り鳥】殿。ユージーンか、UNKNOWNか、あなたか、それとも誰1人として勝者はいないのか。いずれ答えは明らかになる日が来ると良いのですが」

 

 会釈してオレを森へと送り出したブリッツに、こういう類の人間というのは何処にでもいるものだ、とオレは呆れる。戦闘狂とは違う、観察する事を至上の喜びとするタイプだ。こういう手合いは自分から動くと面倒事を引き起こすのだが、ブリッツはどうやら自由気ままに事態を見守る事が好きなタイプのようだが、注意が必要だな。

 森へと踏み込んだオレは相変わらずの蒸された空気の中、鬱蒼と茂るジャングルの奥へと進んでいく。途中途中で木の根が絡みついた石像を発見したが、いずれも破壊されており、それが道標となってオレを封印の境界線まで連れて行く。

 さすがはクラウドアースが選定したルートというだけあってか、それなりに開けている部類で歩きやすい。よくよく見れば、土や木の葉で埋もれた中に石のタイルのようなものも確認できる。

 このジャングルの中心部には迷宮があるが、迷宮を中心にしてジャングルが広まっているという解釈の方が正しいかもな。情報によれば、ジャングルの中には幾つかの建造物もあるそうだし、この辺りも時間があれば調査すべきかもしれないな。どうにも、単純に中心部を目指して終わりではないらしいし、探索も相当量必要になるかもしれない。

 あと5分。靄と言うべきか何と言うべきか、虹色に輝く何かによってそれ以上進めなくなった境界線で、オレは封印が解除される瞬間を待つ。開けた場所もここで終わっており、この封印の先は歩くのも一苦労しそうな、本当のジャングルだ。

 基本的な方針は中心部の迷宮を目指しつつ、敵対者を発見次第妨害していき、隙があれば殺す。積極的に狩りに行っても良いのであるが、消耗はなるべく避けたいし、相手もプロだ。どんなトラップを組んでるのか分からない以上、最初はできるだけ様子見に徹するべきだな。特に、情報が揃っているとはいえ、傭兵達は何かしらの切り札を全員が隠し持っているものだ。

 スキル欄で≪気配遮断≫を発動させ、深呼吸を1つ挟む。

 スイッチを切り替える。頭の奥底にある本能に覚醒を促す。

 駆け巡るのは代々受け継がれた狩人の血。そして、おじーちゃんから託された狩人の戦い方。そして、SAOから培ったオレの我流。

 

「行くか」

 

 虹色の靄が失せる。シャルルの森の封印が解かれ、オレを招き入れるかのように、怪物の息吹のような生温い風が頬を撫でた。

 最初の1歩。オレは迷うことなく、まるで散歩でもするかのように封印の先へと突き進む。足場が無いような木々、突き出す石、背の低い茂みの中から、特に考える必要も無く歩きやすい道を嗅ぎ分ける。

 馬鹿正直にサーチ&デストロイするのは愚の骨頂だ。まずは環境を把握する。オレは≪気配遮断≫でエンカウント率を下げながら、ジャングルの植生やドロップするアイテムなどを調査していく。

 まず最初に発見したモンスターは、巨大なムカデだ。頭部が青いクリスタルで覆われており、全長5メートルはあるだろう。太い幹に巻き付いて動かないが、接近すれば攻撃を仕掛けてくるかもしれない。

 次に見つけたのは、これまた大きな蜘蛛だ。種類で言えばタランチュラに近いだろう。蜘蛛の巣を貼らず、木の根元に掘った穴倉に籠り、複眼を並べて獲物が近寄るのをジッと待っている。

 他にも蛾や猿人といった、ジャングルに相応しいモンスターが徘徊しているようだ。オレの≪気配遮断≫は熟練度も高いし、ソロのお陰でエンカウント率は下がっているし、しじまの脚甲のボーナスもあってか、モンスターを発見する事はあっても奇襲したり、遭遇する事は無かった。

 

「にしても、暑いな」

 

 早速1本目の保存水を取り出し、オレは苔生した木の幹にもたれながら中身を飲み始める。薬品っぽい味付けがされ、とてもではないが、喉を簡単に通るものではない。だが、それでも水は水だ。オレは汗で湿った額を左手の甲で拭う。

 

「……え?」

 

 待て。オレは今何をした? しっとりと濡れた手の甲をオレは舌でそっと舐めとる。

 それは懐かしい、人間の体から排出される塩分混じりの液体の味。そして、体をべっとりと重く湿らせているのは間違いなく『汗』だ。

 アバターに発汗機能は無い。それは火山だろうと砂漠だろうとジャングルだろうと、どれだけ高温の世界にいようとも、オレ達は汗の1滴だって流すことができない。

 だが、今のオレの体からは熱に悲鳴を上げた体が必死に体温調整しようとしているかのように、汗が吹き出している。厚くないとはいえ、コートを真夏の大気以上の粘つくような湿気過多の空気の中で着装しているのだ。

 

「ヤバいな」

 

 これは単なる演出ではない。発汗していると言う事は、それだけニオイを遠くまでばら撒いているという事だ。≪気配遮断≫である程度の隠密ボーナスはもらっているかもしれないが、この手のギミックがあるという事は、嗅覚に優れたモンスターが配置されている危険性を暗示している。

 そして、汗を掻くという事はそれだけ水分を失うという事だ。DBOには脱水というデバフが実装されている。オレの実験では、高温状態でならば12時間何も飲まなかったら脱水状態になり、スタミナ消費量が大幅に増加する。戦闘せずとも少し走っただけでスタミナ切れになると考えれば、このデバフがどれだけ致命的なのかは言わずとも分かるだろう。

 脱水状態のアイコンカラーは緑・黄色・赤・赤点滅の順番で進行し、赤点滅を過ぎるとHPの残量に関わらず死亡するらしい。さすがに貧民プレイヤーも脱水で死亡することはないらしく、あくまで噂の範疇に過ぎないが。

 水は十分に持ち込んだつもりであるが、オレの発汗は収まる気配が無い。これは定期的な水分補給を怠れば、戦闘はおろか探索もできずに、モンスターに嬲り殺しにされるかもしれない。そうなると、手持ちの水の数が足りなくなる危険性がある。

 焦るな。駆ければ死ぬ。じっくり、ゆっくりと中心部を目指すのだ。まずは体臭を隠さねばならない。オレは新しい保存水を取り出し、モンスターではあるが、攻撃する気配のない小猿の群れ、彼らが食す赤い果実に目をつける。

 素早く木を登り、太い枝に腰かけたオレは赤い果実を収集する。アイテム名は≪ラクの果実≫。軽く齧ってみるが、かなり酸っぱいが瑞々しい。そして、その果汁はなかなかにニオイも強い。

 果実を握り潰し、首や脇に丁寧に擦りつける。ペイント効果こそ無いが、ニオイを誤魔化す事くらいはできるだろう。応急処置だが、差し当たっては問題ない。

 

「確か消臭剤のレシピがあったな。作れると良いんだが」

 

 こういう時に持っていて良かった≪薬品調合≫だ。普段は自前で準備する毒やら麻痺薬やらしか調合する機会は無いが、≪薬品調合≫の本領が発揮されるのはこうしたサバイバルだ。薬物を合成できるこのスキルは、オレの脳筋スキル構成の中にある、最初のスキル選択の時に得た奇跡の産物だ。あの頃はデスゲーム化するとか思ってもいなかったから、キャラメイクの為に選んだんだよな。スキルは本当に大事だ。

 ナイフを取り出してコケを採取してみるが、これもアイテムとして回収可能のようだ。≪マダラコケ≫か。レシピリストを調べてみるが、幾つかベース素材になるらしいし、保存水で空いた分だけ収集していくとしよう。

 

 

「うわぁあああああああああああああああ!」

 

 

 と、オレが苔集めに精を出し始めると同時に、小猿たちの何匹かが枝から落下する程度には大きな悲鳴が上がる。

 どうやら人間の叫び声のようだが、NPCか、それともプレイヤーか。後者だと罠の危険性もあるが、距離も近いし、下手に無視するよりも確認だけしに行こう。枝から跳び下り、オレは息を殺して悲鳴の方向へと進む。

 そこにあったのは腰までの深さがありそうな川だ。マングローブのような木が茂っている。そこで、川から飛び出した無数の爬虫類……口内に鋭い牙を複数備えたワニのようなモンスターに襲われているのは、独立傭兵の1人であるランク32の【フリッカー】だ。竿状武器……≪槍≫と≪戦斧≫のキメラウェポンであるハルバート系列を使う傭兵なのだが、今はその左腕が無く、赤黒い光が肘の断面から零れている。

 あの傷口からして『喰われた』か? だとするならば、あのワニに喰われたのだろうか? だが、川にはワニがこれでもかと泳いでいる。馬鹿でもない限り、自分から入り込む事は無いだろう。

 だとするならば、木の根を伝って渡る最中に足を滑らせたのか。

 いいや、違う。オレは茂みに伏せながら、マングローブのような木の陰、そこで川の中でワニに群がられ、更に80センチはあるだろう肉食魚に体を抉られていくフリッカーを鑑賞する人影を発見する。だが、隻眼のオレは有効視界距離が短く、ぼやけて見えて、それが誰なのか確認できない。

 もう少し距離を詰めるか? いや、フリッカーが『餌』だとするならば、これ以上近づけばトラップに引っ掛かる危険性がある。

 やがて水面を叩く音が消え去る。オレは人影がひっそりと去っていくのを視認し、それからたっぷり30分間堪えて川へと向かう。そこには悠然と泳ぐワニ、そしてフリッカーの『死体』が浮いていた。

 オレは適当な木の棒をつかむとフリッカーの死体を引っ掛けて陸まで引っ張る。

 

「HPはゼロか」

 

 彼の体に触れると<遺品を剥ぎ取りますか?>というメッセージが表示される。

 なるほど。これがこのジャングルの仕様か。汗を掻くどころか、プレイヤーは死亡すると赤黒い光になって弾けて消え去るのではなく、遺体となってその場に残る。もしかしたら腐敗もするかもしれないな、とオレは歪む口元を手で覆い隠す。

 オレはフリッカーの遺品リストを探り、そこから依頼書を見つけて開く。どうやら彼は聖剣騎士団に雇われていたようだ。だとするならば、彼を川に突き落としたのはクラウドアースか太陽の狩猟団だろうか?

 

「……違うな」

 

 彼の腰、人体急所で言えば腎臓を正確に貫いた投げナイフをオレは引き抜く。刃には紫色の粘ついた液体……毒が塗られていた。オレが手に取った瞬間に耐久度がゼロになって砕け散るが、傷口と毒の使用から、恐らく油断した背後からの奇襲だと分かる。

 フリッカーはランク32と決して高い部類ではないが、ジャングルに入っていきなり背後を取られる程に腑抜けではないはずだ。だとするならば、彼は『仲間』と思っていた誰かに背後から刺され、突き落されたと見るべきだろう。

 つまり、聖剣騎士団、あるいは聖剣騎士団に雇われた傭兵の誰かがフリッカーを裏切って殺害した。

 理由は色々考えられるが、今はその前提情報を得られただけでも良しとしよう。オレは試しにフリッカーの衣服などを剥奪するが、どうやら裸体になるのは防がれるらしく、ボロボロの衣服だけが彼に纏わりつく。まぁ、どうせ持ち運べないし、装備だけでも身に付けさせておいてやろうと思ったが、再装備させられないらしいので、仕方なくその場に捨てた。

 

「血の気の多い連中ばかりだな。少しは落ち着けよ。まだまだ先は長いんだからな」

 

 他にも目ぼしいアイテムなどはない。回復アイテムは惜しいが、まだ何も消耗していないのでアイテムストレージに空きは無い。オレはフリッカーの死骸を川に放り捨て、残さずワニのご飯になった事を見届けた上で川から離れる。このまま木の根を伝って対岸に行っても良いが、フリッカーを殺したヤツがトラップを仕掛けていないと保証は無いからな。

 川岸を歩き、オレは他に川を安全に渡れる場所は無いかと探すが、せいぜい浅瀬を見つけたくらいだ。足首くらいまでの深さだし、この距離ならば簡単に駆け抜けられる。

 嫌な予感がする。オレは浅瀬へと投石する。水音が立ってモンスターを誘き寄せるかもしれないが、それよりもどの程度の『殺意』をプレイヤーが持ち込んでいるのか調べておきたい。

 案の定、オレの7回目の投石で派手な水飛沫を立てて爆発が引き起こされる。『終末の時代』で入手できる地雷系のトラップアイテムだろう。もしも不用心に渡ろうとすれば、ダメージは必至、場合によっては足を1本欠損していたかもしれない。

 さて、誰が仕掛けたものやら。オレは安全を確認した川を渡ろうとするが、対岸を踏む直前で、もしも地雷を仕掛けたプレイヤーが『ここまで』を読んでいたとしたら、と思案する。

 目を凝らしたオレが見たのは、草の陰に隠されたワイヤーだ。地雷は囮で本命はこっちか。ワイヤーの先にはモンスターを誘き寄せる【子泣きの鈴】が取り付けられており、このままオレが岸を踏んでいれば、モンスターに群がられて絶命の危機に及んでいただろう。

 ここは大人しく川を戻る。この先には誰かが確実に進んでおり、トラップがたっぷりと仕込まれているはずだ。≪罠感知≫が無いオレでは看破に時間がかかるし、何よりもこの手のトラップを仕掛けるヤツの癖は分かっている。

 

「その手は喰わねーよ、馬鹿が」

 

 中指を立ててジャングルの奥に挑発し、オレは素直に川を引き返して木々の間に消える。

 どうやら、このバトルロワイヤルは想像以上に乗り気の連中が多いようだ。

 

「素人が。教えてやるよ、本当の『狩り』の仕方をな」




ランク32【フリッカー】……死亡。
死因:ビルアリゲーターと骨面魚に捕食され、見せ場もなく退場。

それでは、147話でまた会いましょう。

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