SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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早くも150話を超えて、何話で終わるかも分からない本作ですが、昔は50話で終わると楽観視。
……プロット、ほとんど加筆してないはず何ですけどね。


Episode15-10 古竜博物館

 シャルルの森に傭兵達が突入して8日目の朝を迎え、ブリッツはクラウドアースのテントの中でも一際厳重な警備が敷かれた物……の隣にある、比較的簡素な緋色のテントへと赴いていた。

 そこでは持ち運びできる組み立て式の執務テーブルに厚切りのステーキを切り分け、濃厚なソースに浸された肉をナイフとフォークで丁寧に口へと運ぶセサルの姿がある。3大ギルドが血眼になってユニークスキルの争奪戦を繰り広げる中で、クラウドアースの総指揮を預かっている男はリラックスした表情で料理を楽しみ、傍らにはチェス盤がある。

 チェスの相手になっているのは、ブリッツと同じ意匠の黒服を着た、右目の下に傷痕がある男だ。彼は唸りながら、すっかり乏しくなった白の陣営をどうにかして盛り返せないものかと悩んでいるようだが、素人目から見ても逆転はあり得ない。

 

「また隊長を虐めているのですか?」

 

 半ば呆れながら、ブリッツは半分ほど減っているセサルのグラスへと真新しい水を注ぐ。それをセサルはにっこりと笑って感謝を示し、両手を組んで椅子にもたれた。

 

「仮にも隊を預かる者だ。チェス程度は嗜んでいないと様にもなるまい?」

 

「私のような凡夫がセサル様に勝つなど、土台不可能ですよ。ブリッツ、キミならば暇潰しの相手くらいにはなるだろう。私の代わりに打ってくれ」

 

 溜め息1つに、頭を下げて降参する傷痕の男に、セサルは投了を許さずに続行を無言で求める。たとえ詰んでいようとも、キングが討たれるまで足掻かせるのがセサルの流儀だ。別に痛めつけて楽しんでいるのではなく、最後まで抵抗の術を尽くす事にこそ次なる勝利の布陣に向けて学べる事がある、というのがセサルの考えだからだ。

 

「申し訳ありませんが、チェスには疎いものでして」

 

 やんわりと断るブリッツに、傷痕の男は数手先にはキングを取られる運命に向けて指を躍らせる。

 

「しかし、セサル様はチェスが本当にお好きですね」

 

 暇さえあれば、自分独りでもチェスをして時間を潰しているセサルの細やかな趣味は、彼の軍略に通じるものがあるのだろう、とブリッツは思う。

 だが、意外な事にセサルは小さく首を横に振った。

 

「所詮は盤上の遊びだ。こんな物は退屈凌ぎ以上にはならない。陣形と相手の思考を読む事を学ぶには悪くないゲームだが、本物の戦いとは全く同じ戦力、横並びの陣形から始まるものではない。相手の戦力を事前に削り取り、有利な陣形を最初から敷き、情報戦を制する所から始まる。そして、そんな下準備すらも突出した個人の戦力によって無意味な屑となり、成す術なく蹂躙される事もある」

 

 なるほど、とブリッツは納得する。確かに同等の戦力で礼儀正しく始まる戦いなど、それこそスポーツの世界ですらあり得ない。あくまでチェスはチェスの域を出ず、そこに軍略を見出すなどナンセンスというセサルの弁には納得させられるものがある。一方で、やはり時代を動かした将とはこの白黒の盤上に何かを見出したのではないだろうか、というロマンも捨てられなかった。

 

「もう8日目か。セサル様の読みだと近い内に聖剣騎士団と太陽の狩猟団が手を組むとの事だったが、状況はどうだ?」

 

 もう1戦どうかと誘うセサルに、土下座する勢いで頭を下げて勘弁してくださいと懇願する傷痕の男は、威厳を取り戻そうとするように襟を正してブリッツに問う。

 

「はい。午前4時53分に聖剣騎士団と太陽の狩猟団が合議に向けて調整を開始し、本日午前11時にディアベル団長とミュウ副団長の両名が正式に会談する事になりました」

 

 ブリッツの報告に、セサルは口元を手で覆う。思案しているようにも見えるが、実際には口元の歪みを隠しているのだ。

 

「それは実に『困った』な。幾ら我々がリードしているとはいえ、聖剣騎士団と太陽の狩猟団が組んだとなれば、理事会も慎重な対応に移らざるを得ないだろう。『一介の軍事顧問に過ぎない』私は、理事会の意向を無視することはできないからな。さて、どう動いたものかな」

 

「セサル様の考えでは、この後はどのように動くと?」

 

 伺いを立てる傷痕の男に、セサルはフォークで最後の肉片を刺す。肉汁が溢れてソースと絡み合う様は、仮想世界のデータの塊に過ぎないはずなのに、本物以上の美味を視覚的に表現している。

 

「次の手は争奪戦の前提を崩すだろうな」

 

 どういう意味か分からず、傷痕の男とブリッツは顔を見合わせる。

 

「ユニークスキルを奪い合う。それがこの争奪戦の根幹だ。ならば、これを否定してしまえば良い。盤上のゲームに勝てないならば、ゲーム盤自体を壊してしまえば良い」

 

 セサルの頭の中では……いや、各ギルドのトップたちはどの策略を練っているのか。ブリッツは興味があるが、自らの主に従う事こそが彼女の役割だ。ならば、その意向を知る事に意義はあっても、そこに自らの意見を求める事は無い。

 最後の肉を咀嚼して呑み込んだセサルは口元を拭い、後味を流すようにグラスの水を飲み干す。そして、黒のキングを手に取るとその指先で弄び、握りしめた。

 

「策略家とは盤上を俯瞰する者だ。駒を操る者だ。だが、そこは白と黒の2色で分けられているわけでもなく、明確なルールもなく、駒の動きも定まらない。そして、何よりも自覚しなければならない事は、駒を動かす自分こそが誰かからすれば駒であるかもしれないという点だ」

 

 黒のキングをブリッツに投げ渡したセサルは、普段の不気味な柔和な微笑を潜め、彼本来の獰猛な本性を滲ませる。

 

「ゲーム盤が壊れた時、指し手から自由になった駒たちはどんな動きを見せるだろうな」

 

 それは誰にも分からないのか、あるいはセサルには読めているのか。ブリッツは黒服からいつもの仕事服へ……セサルに仕えるメイド服へと姿を変える。傷痕の男もまた、その素顔を隠すアーロン騎士装備へと防具を変更する。

 戦局は新たな様相を生み出す。今は脚本通りに、ブリッツもまた駒らしく振る舞うとしよう。それこそが成すべき職務なのだから。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 8日目の朝を迎え、北の洋館を発ったオレは、木の枝に腰かけて雨宿りをしていた。

 キノコ人たちが目覚める前に出発したまでは良いが、オレの鼻は1時間と待たずして環境パラメータの僅かな変動、湿気の増幅を嗅ぎ取り、そして想定通りのようにスコールが直撃していた。

 雨の中も行動できれば良いのであるが、視界を覆い尽くすほどの大雨の中で行動は危険だ。特に、雨の中だけで出現する【レイニーモンキー】というモンスターは、降雨で不可視化する能力を持っている。耳と視界が潰れた状態で移動し続ければ、レイニーモンキーの餌食になるのは目に見えていた。

 北の洋館での収穫の1つは、シャルルの森に出現する多数のモンスターのデータを入手できた事だ。この森に潜む危険なモンスターの特徴が纏められていた資料が幾つもあり、昨晩は寝つけるまでにそれらを読み、必要な情報は頭に叩き込んである。

 オレが現在目指すのは北の洋館から北東の方角にある古竜博物館だ。文献によれば、ある種の研究機関が集中した地域らしい。そこにソウルが安置されているという情報は発見できなかったが、無作為に探索するよりも入手できる確率は高いだろうと見込み、オレは古竜博物館に向かっていた。

 

「なかなか止まねーな」

 

 そこそこ太い枝のお陰で、オレは寛ぐように幹に背中を預けて足を伸ばす事ができる。レイニーモンキーもそうであるが、雨の中で歩き続けるとレベル1の鈍足が蓄積してしまうのだ。鈍足は明確な回復手段は奇跡くらいしか無く、時間経過以外では回復は絶望的だ。そんな状態でレイニーモンキーを始めとしたモンスターに囲まれれば、あっという間にあの世にご招待である。

 幸いにも水や食料には余裕がある。ソウルも1つ入手できて、他の傭兵達に遅れを取っている事も無いだろう。今回のところはのんびりと休憩させてもらうとしよう。警戒だけは怠らず、瞼を閉ざして体……というよりも脳を休めるオレは、雨音に耳を傾けながら、静かに情報を整理していく。

 ずっと考えているのは、ナナコの死についてだ。犯人はウルガンが最も有力なのであるが、一方でオレの中ではどうにも納得できない点があった。

 そもそも、犯人は何故オーブンにナナコを放り込んだのか。生きたまま焼き殺す為というならば、それ以上の理由はないかもしれないが、オレにはナナコの遺体を激しく損壊させる事が目的だったのではないか、と考察していた。

 発見者、即ちオレにナナコの遺体を発見させる。だが、果たして遺体はナナコ本人だろうか?

 判断基準は背格好と特徴的な黒兎のローブのみ。長い付き合いでもないオレには、彼女を特定する項目はその2つくらいしか思い当たらない。つまり、ナナコが自分にそっくりな遺体を準備して、死を偽造したという事も十分にあり得るのだ。彼女は棺を所持している。ならば、事前に自分と姿恰好が似た遺体を手配するなど容易いだろう。

 だが、この推測には幾つかの疑問がある。

 そもそもナナコが自分の死を偽造する為に遺体を準備したのであるならば、それはシャルルの森の特徴を把握していた事に他ならない。遺体が残るのはシャルルの森の特徴であり、他のステージならば赤黒い光となって飛び散る。つまり、死を偽造する為の遺体など無用なのだ。

 次にメリットだ。ナナコが自分の死をオレに思い込ませて、どんなメリットがあるというのだ? たとえば、自分が死んだ事にして密やかに動くとしても、情報が伝播しないジャングルでは、オレだけが彼女の死を知るという拡散しない情報として腐ってしまう。

 そうなると、焼死体はやはりナナコ本人である、という方がしっくり来るのだが、そうなると彼女を殺害したのは誰なのか、という疑問が浮かぶ。

 仮定する。もしも第3者による犯行ならば、オレ達が北の洋館にたどり着いた時には犯人が館内に潜んでいたと考えるべきだ。そして、ナナコの遺体の損壊具合から、彼女が何らかの拷問を受けた事は間違いないだろう。つまり、ナナコを殺害した理由は情報を奪い取る為だ。

 だが、この仮定に立ちはだかるのはウルガンの存在だ。仮に背後から強襲されて成す術なくナナコが捕らわれたとして、ウルガンは抵抗しなかったのだろうか? ウルガンも殺害されたならば、彼の遺体が無い理由は? わざわざナナコの遺体はオーブンに残したのだ。ウルガンの遺体を綺麗に処分する合理性が見えない。

 仮定する。ウルガンが犯人ならば、ナナコの殺害はスムーズに行われたはずだ。彼女は闇術使いであり、近接適性は低い。隙を突けば殺害も容易だろう。だが、そうなるとウルガンの動機が不明だ。ユニークスキル狙いでもないだろう。もしもライバルを減らすにしても、ソウルを入手してから、ナナコと協力してオレを殺害し、その後に彼女も始末する方が自然だ。

 考えてもしょうがないとはいえ、謎を放置するのも気持ち悪いものだ。ナナコが生存しているにしても死亡しているにしても、オレの推測では必ず無視できない疑念が生じてしまう。

 ならば別の視点から考えてみるか? ナナコは最初から自分の死を偽造する事こそが目的だった、とか。ウルガンには個人的にナナコを殺害する理由があった、とか。

 駄目だな。こうなると私情を探らねば答えは出ない。そもそも、ナナコが自分の死を偽造して誰かに目撃させるにしても、わざわざ自分の腕をぶった切るパフォーマンスをしてまで取り込んだオレを利用するのは手間がかかり過ぎている。仮に外部へと『シャルルの森でナナコが死んだ』とアピールしたいならば、それこそウルガンを共犯にして彼に証言させれば良い。ウルガンが殺害にするにしても、もっと適切な場所と時間があっただろうに。つーか、それならオレと組む前に殺してるはずだ。

 

「駄目だ。分からん」

 

 そもそも頭脳労働担当じゃねーんだ。オレに探偵役は似合わない。

 いつしか雨も止み、オレは休憩も終わりだと枝から跳び下りる。綺麗に着地したオレは、まだ薄暗い空と蒸し暑くなった空気に嘆息しながら、再び古竜博物館へと移動を開始する。

 やっぱり森は良い。ヤツメ様の森……というか、日本の森とは趣が異なるジャングルであるが、それでも似ている部分は幾つもある。

 まずは人間社会の煩わしさが無い。自分を1つの命として見つめることができ、道徳や法律といった自分を縛る概念から解き放たれ、本能に健やかな自由を感じる。

 そして、この植物と水と土が絡み合ったニオイ。仮想世界である事を忘れたくなるほどに自然だ。SAOの森も嫌いではなかったが、やはりアインクラッドは綺麗過ぎる印象が強かった。

 途中で何体かのモンスターを仕留め、ドロップした肉を回収したオレは夕暮れになり始めた頃に夜営できる場所を探す。この辺りはリサーチ外であるし、何処に水場があるかも不鮮明だ。オレがリサーチしたのは南から西にかけてのエリアだし、それでも全てを明らかにしたわけではない。北側は完全に未知なのだ。

 だが、不安は無い。オレは小川を見つけて遡り、ちょっとした滝を発見する。滝壺に清流が落ち、心地良い水飛沫が上がっている。猪のような鋭い2本の牙を備えた【グランツボア】だ。正面からの突進攻撃は危険だが、側面に回り込めば簡単に狩れる。

 チェーンブレードを抜き、水を飲むグランツボアの背後に忍び寄ったオレは、≪両手剣≫の単発ソードスキル【ダウナーブレード】を発動させる。単調な振り下ろしのソードスキルを背後からまともに浴び、グランツボアのHPが大幅に吹き飛ぶ。振り返る前にソードスキルの硬直を終えたオレは、チェーンブレードを捨ててカタナを抜き放って右側面を斬りつける。

 これで終わりだ。突進攻撃をしかけようとオレへと必死に照準を合わせるように頭部を向けるグランツボアの脳天にカタナを突き刺し、赤黒い光を顔に浴びながら絶命させる。経験値もコルも美味しくないが、それでもコイツは肉を多めにドロップする。狙い通り、【グランツボアの肉】が2つドロップした。

 

「魚ばっかりじゃ飽きるからな」

 

 口笛を吹きたいのを堪え、オレは夕闇が迫るより先に手早く焚火の準備をすると、杭に差したグランツボアの肉を炙って調理する。さすがに肉を焼くくらいは≪料理≫無しでも可能だ。焼き加減の調整は難しいが、それでも喰うには十分だ。

 肉汁が滴るグランツボアの串焼きを食い千切る。グランツボアの遺体には小型の動物やモンスターが群がり、その屍を貪っている。それを微笑ましく見つめながら、オレは焚火を踏み潰して消火する。

 付近にラジュの木は見当たらない。そうなると、今日は寝ずに夜を越すのが吉だな。オレは滝の傍に腰かける。周囲はゴロゴロと大きな石や岩もあり、身を隠すには十分だ。

 カタナを抱え、オレは木の葉に遮られぬ夜空を見上げる。

 仮想世界という事を忘れたくなるような満天。そして、地上に降り注ぐ月光。そこに、オレはサチと見上げた夜空を重なる。

 指先に彼女を殺した感触が蘇る。その首を、喉を、頸椎を潰した生々しい肉を潰した時の感覚は今もこびり付いている。

 

「サチを殺したくなかった。殺したくなかったんだ」

 

 気づけば、オレは子どものように震えて、そう何度も繰り返していた。

 大丈夫。オレはまだ戦える。まだ自分を見失っていない。皮肉な事にサチを殺害した事への精神の軋みが、オレの心は『人』を捨てていないのだと教えてくれる。

 分かっている。この森に来てから、オレは少しずつ『オレ』じゃなくなり始めている。ヤツメ様の血が騒いでいるんだ。

 そうして夜明けを迎えたオレは川を遡るようにして進み、ジャングルの中に現れた人工物の群体を発見する。

 あれが古竜博物館だろう。ざっと北の洋館から歩いて1日の距離か。まぁ、途中で足止めを喰らったりしたし、妥当な経過時間といったところだろう。

 全体的に地盤沈下したのか、かなりの部分が水没しているな。というよりも、この辺りの水源はココなのかもしれない。オレは瓦礫を足場にして水に落ちないように気を付ける。水中は巨大ヒルが泳いでおり、落下すれば群がられて瞬く間に死亡だろう。本当に即死コースが多いな。

 博物館とあったが、このありさまでは展示される側の遺跡だな。モンスターがいる確率も高そうだが、どうにも気配がヒル以外に存在しない。オレは門を潜り、エントランスに入ると、巨大な竜と思われる骨に出迎えられる。

 茅場の後継者の事だから、踏み入った瞬間に骨が動いて戦闘開始……なんて事も予想してチェーンブレードの柄を握っていたのだが、竜の骨は微動する気配も無く、天井に開いた穴から差し込む陽光と潜り込んだ蔦によって絡め取られていた。

 浸水は足首程度であり、徒歩には問題ない。オレは博物館の全体図と思われるパネルが壁に貼りつけられているのを見つける。どうやら博物館は5つのエリアに区分されているらしい。

 もしかしたら、ジャングルに呑まれる前のこの辺りは学術都市だったのかもしれないな。博物館の食堂は広々としており、耳を澄ませば学徒たちの賑わいが聞こえてくるようだ。だが、今はもちろん無人であり、あるのは蔦と舞い込んだ木の葉ばかりだ。

 北の館の主は祭壇にソウルを奉じたと記されていた。ならば、この博物館にソウルが隠されているならば、祭壇を探すのは手っ取り早いだろう。だが、そもそも博物館に堂々とソウルを展示しているはずもないだろうし、そうなると地下が有力なのだが、水没してしまっているので探索は困難か。

 

「『古竜の神秘、その不死性は鱗にある。だが、多くの英雄は鱗を伝説のように剥がさずとも竜殺しを成し遂げている。これは鱗のもたらす不死と矛盾する。また、古竜は幾度となく絶滅が示唆されていながら、時代を超えて目撃される事も多い。古竜の秘密は未だに解き明かされていない探究のテーマである』」

 

 巨大な竜骨の説明文を読み上げ、オレは改めて今にも動き出しそうな竜の骨格を見上げる。博物館など小学校の遠足以来だが、この未知と出会えるワクワク感は嫌いではない。まぁ、ここが現実世界だったならばのんびりと学問の世界に浸るのも悪くないのだが、今はソウルが優先だ。

 ふと気になったのは、古竜の骨格の前にある青銅の像だ。3人の騎士が悪魔に槍を突き立てた不気味な構図である。しかも、悪魔は泣いて懇願し、騎士たちはそれこそ悪魔の形相だ。

 

〈真なる敵は汝の眼である〉

 

 銅像に彫られた意味深な言葉はソウルのヒントだろうか?

 古竜の骨格が飾られたエントランスから2階に上がり、オレは複数の碑石が展示されたエリアに踏み入る。ここは古竜の祭礼に関わる展示室だ。古来より人間は古竜を崇めてその神秘に至ろうとしたらしい。だが、それらは異端視され、排斥の対象だった……と展示室にご丁寧に残っていた説明文が読み取れた。

 この辺りで竜賢者の義眼の出番といったところか。オレは眼帯を外し、解読できない碑文を目視する。するとシステムメッセージで翻訳するか否かの選択肢が表示され、オレは迷わずに翻訳開始を選ぶ。

 

「『かつて、太陽と光の王は騎士を率いて、最初の死者と魔女を盟友に、古竜へと戦いを挑んだ。戦いは熾烈を極めたが、鱗の無い白竜の裏切りによって古竜たちは敗北し、神々の時代が到来した』」

 

 ここでも白竜か。書斎で死んだ冒険者は、人類救済には狂う前の白竜から知恵を借りる必要性を明示していた。つまり、逆に言えば白竜は狂気に呑まれてしまったというわけだ。

 碑文の内容は大半が歴史に関するものばかりだ。ソウルに関する情報はない。

 もしかして外れか? いや、早計だな。幸いにもモンスターはいないのだ。丹念に探索していくとしよう。

 その後の情報を纏めれば、以下のようにDBOの歴史は進んだようだ。

 まず、神と人が手を組んで古竜に戦いを挑んだ。最初こそ苦戦したが、白竜の裏切りによって神は勝利した。そして、神の統治する時代がやってきた。

 だが、満ちてばかりだった月が欠け始めた頃に、人を惑わす魔性が姿を現すようになった。その頃になって、神々は1部の古竜と盟約を結ぶようになった。これによって白竜は公爵の地位を得ていながら、裏切者として日陰者に追いやられた。

 やがて、神々の統治する時代に陰りが現れ始めた。その頃になると、人間から不死と呼ばれる存在が生まれ始め、彼らはやがて亡者と呼ばれる怪物になった。

 そして、亡者で人の世が溢れ始めた頃、1人の名も無き英雄が神の地で呪いを払う力を得た。

 こうして人の世から亡者は消え去り、再び神の統治する幸福の時代がやって来た。

 

「だけど、どうにも『繰り返されてる』みたいだな」

 

 碑文から得られた歴史の内容は以上なのだが、おかしいのは、何度も何度も人の世に不死が溢れては誰かが呪いを払おうと冒険に旅立ち、そして呪いが払われるということだ。

 DBOは4つの時代……『神』・『王』・『人』・『終末』の4つに分けられる。そして、≪封じられたシャルルの記憶≫は『王の時代』に分類される。

 この碑文はいずれも『神の時代』の歴史なのだろうが、どうして呪いを払うのが人間なのだろうか? 人を支配する力を持つ神ではなく、あくまで人が呪いを解く力を探し求めている。

 もう少し探ってみるか? 碑文は調べ終わったが、別の物を探れば何か情報が得られるかもしれない。

 改めて方針を固めようとした時、オレの耳が物音を捉える。水を踏みつけて飛沫をあげる、複数人の足音だ。

 オレは姿勢を低くしながら、2階からエントランスを見下ろす。上手く古竜の骨格に隠れながら博物館の訪問者を目視したオレは、小さく舌打ちした。

 

「ソウルはここにあるはずだ。探すぞ」

 

 燃えるような赤毛と大柄な体格、そして背負う重量型の両手剣。クラウドアースが抱えるランク1のユージーンだ。彼が連れているのは、オレが読んだ通り、ランク22のエイミーだ。いずれもクラウドアースと契約している傭兵であり、あの様子から最初から2人組で行動していたようだな。

 

「本当にこんな場所にソウルがあるの?」

 

 白魔女といった格好をしたエイミーは、銀色の杖を構えながら周囲を警戒しつつ、ユージーンに意見する。

 

「情報は確かだ」

 

「信用できる情報じゃないと思うけど?」

 

「だが、嘘にしては出来た話だ。罠かもしれんが、それならば悪意ごと飲み干せば良い」

 

 確信を込めて断言するユージーンに、やる気無さそうにエイミーは沈黙する。

ユージーンはオレがそうしたように博物館の見取り図を確認している。こちらにはやはり気付いていない。

 

「ここでソウルを手に入れれば2つ目だ。警戒を怠るな」

 

「はいはい。【漂うソウルの塊】っと」

 

 エイミーが杖を振るうと、青い光の塊がふよふよとその場で10個ほど滞空する。あれはプレイヤーやモンスターが接近したら自動的に追尾を開始する上級魔法だ。それをエントランスの入口に使用し、玄関を封じ込める。

 どうやら2人は誰かから情報提供を受けて古竜博物館に来たようだ。間が悪いというか、こんなに広いジャングルでこうも鉢合わせするだろうか?

 何にしても、クラウドアース陣営との交戦はご法度だ。ここにソウルがあるのは確定のようだが、素直に諦めてここは退散するとしよう。

 いや、待てよ? ここでオレがユージーンにソウルを提供すれば、彼は博物館のソウルも合わせて3つのソウルを確保できる。ならば、やるべきはクラウドアース陣営だとカミングアウトし、ソウルを譲渡する事ではないだろうか?

これだな。この方針でいこう。オレはそう判断してユージーンの前へと降り立つ。

 

「よう、ユージーン」

 

 なるべく敵愾心を持たれないように、無手でオレは彼に笑いかける。それに対し、ユージーンは剣を抜き、エイミーは顔を強張らせて杖を構えた。

 

「そう睨むなよ。オレは――」

 

 だが、それより先にエイミーはソウルの槍を放ち、ユージーンが間合いを詰める。おいおい、オレが言えた義理ではないが、血の気が多いな。

 危うく袈裟斬りにされそうになるが、オレはあくまで友好の笑みを崩さずに、何とか回避に成功する。

 

「待ってくれ。こっちに戦う意思はない。この通りさ」

 

両手を掲げてオレは争う意志がない事をアピールする。だが、ユージーンは馬鹿らしそうに鼻を鳴らした。

 

「貴様と話す事はない。フレンマの命、その首で支払ってもらうぞ」

 

 明らかな怒気を孕んだ声音、そして内容に、オレは何かがおかしいと感じる。

 ユージーンはサーチ&デストロイするタイプの傭兵ではない。依頼達成の為ならば交渉も良しとするクレバーな男だ。

 噛み合わない。オレは嫌な予感を募らせながら、恐る恐る尋ねる。

 

「何か恨まれるような真似をしたか?」

 

「闇討ちしておいて、大した神経ね」

 

 闇討ち? おいおい、本当に何の事だ?

 訳が分からないオレに冷徹にユージーンが剣をむける。

 意味不明だが、これは最悪の展開か? 後衛付きのランク1と殺し合いとは、なかなかにハードだ。




主人公、相変わらずの強制ハードモードです。
それでは、154話でまた会いましょう。

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