SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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3秒でわかる本エピソードのあらすじ。

陰謀で真っ黒ジャングルはいつもよりカオスです。


Episode15-12 転換

 マチェットに破損は無し。残り耐久度は7割程度。

 食料の備蓄は1日2食計算で8日分。水は3日分。

 回復アイテムは深緑霊水の残数が3個、紅燐光草が6枚、白亜草が2枚。

 デバフ回復アイテムは毒紫の苔玉、毒紫の花苔玉、バランドマ侯爵の万能薬をそれぞれ複数。

 バランドマ侯爵のトカゲ試薬と止血包帯もそれぞれ5回分ある。欠損などそもそも負うべきではないが、十分に処置は可能だ。

 

(争奪戦から9日目か。最速で2つのソウルを確保しているチームが現れている頃だな。焦る事はない。ソウルを3つ確保=ユニークスキルの入手ではない)

 

 弾薬の消費はほぼゼロだ。9日間をマチェット1本で耐えてきた甲斐があったというものである。

 スミスは禍々しい青い大輪を裂かせる蔦に覆われ、またラフレシアのような悪臭を漂わせる巨大花が咲き乱れる白亜の建物を探索していた。

 今回の装備である【ISONOKAMI mdl.1】は装弾数に優れた長期戦向きのライフルだ。射程距離・火力・精度のいずれもイマイチであるが、連射性は悪くなく、ばら撒く事に適したライフルである。持ち込んでいるのは【アイリッシュ社製E2合金弾】だ。火力補正は低いが、とにかく数を持ち込める為にISONOKAMI mdl.1とは相性が良い。

 そして、近接用のハンドガンの【ライトイーター】だ。攻撃力は皆無であるが、【スタムロッド社製閃光弾】を装填してあり、命中か一定距離に到達すると強烈に発光して視界を潰すことができる。着弾すれば、いかなるスキルを保持していようとも2秒間は視界が真っ白に染まるだろう。オートリロード不可、装填可能数は5発、持ち込める弾数は15発と心細いが、そもそも乱射する武器ではなく、近接戦闘に持ち込まれた際の撹乱武器なので問題は無い。

 

(回復アイテムをあまり持ち込めなかったのは痛いが、【清めの水の指輪】……1晩に3回まで瓶入りの水を祝福して24時間有効な10パーセントの回復薬にする事ができる。いざとなれば、これで回復アイテムは確保できるだろう)

 

 この指輪の購入には多額のコルを支払う事になるはずだったが、巣立ちの家のコネで所有者から格安で入手することができた。だが、無限に回復アイテムを補充できるわけでもなく、1度祝福する度に指輪の耐久度が削れ、しかも≪鍛冶≫の修復以外では耐久度が回復できない。有限の回復アイテムの作成だ。

 あくまで緊急手段。そう割り切る方が良い。スミスは館の内部を内部を慎重に探索しながら、額から伝って顎から垂れる汗の滴りを耳にする。

 ここはシャルルの森の南方にある南の洋館である。ようやく食料の備蓄も終了し、憂いなくソウルの探索が可能になったスミス達は手始めに南の館の調査から始めた。

 ソウルの数は全部で12個。聖剣騎士団はシャルルの森の解放以前から、神殿の解放には12のソウルが必要である事をつかんでいた。スミスがパッチを通して北の洋館へとクゥリを誘導する策を準備できたのも、聖剣騎士団が保有するソウルの情報があるからこそである。

 それぞれの大ギルドが情報を隠蔽し合い、バラバラのピースとなった情報を組み合わせていけば、自ずとシャルルの森の全容が露わになるのだが、幸いと言うべきか、残念と言うべきか、今のところスミス達は他のプレイヤーと遭遇していない。

 

(南の洋館には確実にソウルが1つある。この様子だと先を越されていなさそうだが、実際はどうだろうな)

 

 ここは書庫だろうか? スミスはすっかり植物の侵蝕を受けた広々とした空間を見回す。梯子が無ければ届かない高さまである本棚には、すっかり紙が腐敗して文字が読めなくなった本が詰められている。

 その中でも無事な何冊かを手に取るが、いずれも神のありがたい教訓話を載せた宗教の本だった。

 この南の洋館の主はどうやら熱心な聖職者だったらしく、各所に宗教的なモチーフが飾られている。絵画なども宗教画ばかりであり、スミス個人としては面白みに欠けていた。

 神などこの世にいない。いたとしても、それは神を気取るだけの力を持つ存在に過ぎない。

 そもそも神の定義とは何か? 全知全能? 宗教的頂点? はたまた概念的畏敬の対象? 退屈に哲学の領域に行ったり来たりしながら、スミスはソウルに繋がる情報はないか探っていく。

 だが、特にこれといった手掛かりもなく、スミスは2階を調べているグローリーと合流すべく、白亜の螺旋階段を上る。

 

「何か情報はあったかな?」

 

「いいえ。ですが、これを見て貰えますか?」

 

 鎧など着込んでいるせいか、すっかり汗だくとなってダウンしているグローリーが腰を下ろして休んでいる……もとい、サボっていたのは寝室と思われる部屋だ。内装からして高貴な女性の部屋だと思われるのだが、ベッドの上では1人の白骨死体が寝そべっていた。

 

(頭蓋骨が陥没している。撲殺されたのか? 手を組んでいるな。眠っている最中に殺されたのか、それとも何者かが遺体をここに安置したのか)

 

 衣服はボロボロだが、金糸が縫い込まれた女性物の聖職系のローブのようにも見える。部屋の内装も含めれば、この南の館の主といったところだろうか? その首には小さな金の鍵がかけられている。

 それを手に取るとアイテムとして回収される。入手したのは【小さな金の鍵】だ。ストレートな名前過ぎて、何処で使用すべきかスミスには見当が付かない。

 

「グローリーくん、この鍵の使えそうな場所に心当たりはあるかな?」

 

 1階を探索したスミスは、鍵がかかった部屋などを発見できなかった。いや、そもそもサイズ的に扉を施錠している鍵を開けるものではないだろう。小型の金庫などを開ける簡易的な鍵だ。

 

「う~ん、私も鍵が使えそうな場所は見つけていないですね。あ、でも、それって日記の鍵じゃないですか? 以前女の子に似たような物をプレゼントした事がありますけど、その類の鍵に似てる気がしますよ」

 

「日記の鍵か。となると、この部屋の何処かにありそうだな」

 

 相変わらず大量発汗でダウンしているグローリーに代わり、スミスは寝室に備わったデスクを調べる。時代的な関係か、写真などはないが、代わりに意中の男と思われる騎士の似顔絵が引出の中から見つかる。凛々しい若い男だ。この男と釣り合うとなると、あの女性は年齢的には10代後半から20代半ばだろうか。如何せん、髪の毛も骨も時間の経過で激しく痛んでおり、スミスの知識では年齢までは推測できなかったが、こうなると若い女の確率が高まる。

 

「いやぁ、あの時は本当に幸せだったんですけどね。このデスゲームが始まったばかりの頃に知り合ったんですが、なかなか可愛い子で、子犬みたいで守ってあげたいって感じだったんですよ。今にして思えば、自分らしくない純愛だったですね。リアルじゃ何人も女を泣かしたのに、手すらも握るのが恥ずかしったですよ」

 

「ふむ、続けたまえ。どのようにして別れたのか、そのオチが気になる」

 

「酷いですよ! 別れてるの前提ですか!?」

 

「そうでもないと傭兵なんてやっていないだろう」

 

 傭兵になってから付き合ったならば継続しているかもしれないが、それ以前に付き合っていたならば危険が付き纏う傭兵業などに身を落としているはずがないだろう。ましてや、グローリーは元々聖剣騎士団の前身となる組織にいたのだから。

 引出を1つ1つ開けて日記を探すが、それらしい物は見つからない。やはり別の部屋にあるのだろうか、とスミスは悩む。日記のサイズは分からないが、本1冊くらいならばこの館の何処にでも隠すことができる。館中をひっくり返すにしても2日や3日では終わらないだろう。

 そうなると、鍵にヒントがあるのだろうか? スミスは小さな鍵を改めて見つめるが、意匠らしい意匠は無い。アイテム説明欄も簡素で、純金製の小さな鍵とだけしか書かれていなかった。

 

「死んじゃいました。守ってあげるって言ったんだけど、手が届かなかった」

 

 自分らしくない。スミスは感傷的に一瞬だけ日記を探す手を止め、再び引出の奥まで手を突っ込んで調べる。

 

「『あなたの傍にいたいから』って言って無理して、それで死んでしまいました。馬鹿な奴ですよ。怖がりは無理せず後ろでガタガタ震えていれば良いのに」

 

 強き者が弱き者を守る。それが聖剣騎士団が発足した当時の理念だ。今でもトッププレイヤーによる積極的攻略という形で保持しているが、もはや形骸化していると言っても過言ではないだろう。

 かつての理想は繰り返される流血で汚れてしまった。それに対してスミスは何かを言おうとは思わないし、グローリーが古巣にどんな想いを抱いているのかも分からない。だが、聖剣騎士団を離れたグローリーには、どうしても許容できない何かがあったのだろう。

 

「やはり日記帳は無いな。別の鍵かもしれないし、もう1度よく探すとしようか」

 

「了解しました! 遅れを取り戻す為にも、必ずソウルを見つけないといけませんからね! まだ探していない部屋もありますし、私が見てくるのでスミスは休んでいてください!」

 

「……キミは私が1階にいた1時間を何に消費していたのか、300文字以内でレポートする義務があると思うのだが、ここはお言葉に甘えるとしよう。だが、くれぐれも注意したまえ。何処に敵が潜んいるか分からないのだからね」

 

「ハハハ! 私も傭兵ですからね。それくらい分かっていますよ。食事も水もしっかり取ってますからね! スミスが最初に食料確保に努めた理由が良く分かりますよ! 幾ら仮想世界とはいえ、食も満足ではない状態ではとてもじゃないですけど戦えませんからね! 他の連中に遅れは取りませんよ」

 

 だと良いのだが。スミスは不安を募らせながら、女性の白骨死体が眠るベッドに腰かけ、煙草替わりの枝を咥えて休憩を取る。早くこの仮想世界の肉体にたっぷりと紫煙を送り込み、体が火照る程にアルコールで蹂躙したい。だが、それはまだまだ時間がかかりそうだ。

 

(手が届かなかった、か。大切な者など作らない方が傷つかないで済む。常に独りであれば、何にも苦しむ必要はない。それが分かっていながら、人は繋がりを求めずにはいられない)

 

 傭兵をやっている者達は何処かしら欠陥を抱えた者たちだ。明るい底抜けの馬鹿に見えるグローリーも、傭兵をやるだけの背景がある。

 スミスは単に組織の中で生きる事を拒絶したからだ。フリーの傭兵ならば、この殺し合いの世界で限りなく自由を得られる。だが、それも巣立ちの家という帰るべき場所を得た事によって、自由に空を飛んで、何処までも遠くにいけるような気がした解放感は失われてしまった。

 だが、それでも心地良いと感じるのは、やはり人は孤独に耐えられない生物だからだろう。たとえ煩わしくとも繋がりがあるだけで、明日を生き抜こうという活力が沸いてくる。命への執着が生まれる。そして、それが強さになる。

 ふと思い浮かべたのは、北の洋館へと誘導して限りなく遭遇の機会を減らしたクゥリだ。

 彼はスミスと似ているようで、まるで違う。彼は自らの命に執着しない。それは強さかもしれないが、自身を慮らないのは脆さでもある。

 

「クゥリくんにもカノジョの1人や2人できてしまえば、少しは変わるのかもしれないが、あれでは無理だろうな」

 

 独りは恐ろしい。それはスミスすらも逃れられなかった人の性だ。規格外と言われる、理性で人を殺せる彼ですらも、帰るべき家を持てるという誘惑には勝てなかった。

 思考を切り替える。今成すべきはソウルの確保であり、ユニークスキルの入手だ。

 実のところ、スミスの策はほぼ完成していた。

 まず初期情報として聖剣騎士団から提供された12のソウルについて。神殿を開く為には3つのソウルが必要だという情報は得られていなかったが、ソウルを収集せねばユニークスキルが獲得できない点までは容易に予想できていた。

 そして、内訳も6つが南北にある『試練』とされるイベントをクリアしなければ入手できず、残りの6つは強力なネームドを撃破せねば獲得できない。

 今回参戦している傭兵の数は10名を突破しており、それぞれが単独、ないし2人から3人のチームで動くとなれば、せいぜい確保できるのは1つか2つだろう。スミスが狙うのはなるべく戦闘が避けられそうなソウルだ。というのも、食料や水は確保できても、それ以上に武器の消耗はいずれの勢力も絶対に回避できないからだ。モンスターや狩猟行為、また傭兵同士が激突すれば、必ず耐久度が削れ、破損し、戦力として機能しなくなる。

 依頼の継続不可の見極めを何処でするかはそれぞれの傭兵で異なるだろう。だが、いずれも限界寸前まで続行するならば、3つのソウルを確保する者は少なからず1度はネームド級の戦闘を終えねばならない。

 仮に3つのソウルを確保した者が現れたならば、『ユニークスキルを入手して帰還するところを狙えば良い』だけの話だ。ユニークスキルを確保して、皆一緒に仲良くゴールで依頼終了、ではないのだから。依頼主のところまでユニークスキルを持ち帰る。そこまでが依頼だ。

 これが1つ目の方針。2つ目の方針は、神殿を守護する鉄の巨人だ。あれもまたソウルを確保するネームドであり、正式名称は【アイアンゴーレム】というらしい。シンプル過ぎる名称だが、とにかくパワーとタフネスが備わっている。というよりも、攻撃を浴びせてもまるでHPが減らないのだ。あれを撃破するとなれば、相応の消耗が求められるので、いずれの勢力も最後まで倦厭するだろう。

 逆に言えば、アイアンゴーレムの撃破に移るのは、他の勢力を出し抜く為にアイアンゴーレムのソウルが必要な者……つまり、ソウルを2つ確保している者だ。これを狙い撃つ。アイアンゴーレムを撃破するならば、それで良し。3つのソウルを纏めて奪い取る。アイアンゴーレムに敗れたならば、その遺体からソウルを奪い取る。この場合に備えて自前のソウルを1つ準備しておく。仮にアイアンゴーレムに敗れた者が1つしかソウルを持っていなくとも、傭兵ともなればアイアンゴーレムにそれなりの被害を与えているだろう。

 既にアイアンゴーレムの『殺し方』は見当が付いている。疲弊したネームドを目論み通りに潰すなど、スミスにとって簡単な作業だ。これもまた難なくこなせる。

 そして3番目の方針はソウルを売却する事だ。グローリーは『馬鹿』だ。彼は依頼を達成する事が目的であり、ボーナスにそこまで執着があるわけでもない。依頼達成という形で聖剣騎士団の勝利を目指しているのだ。ならば、いずれかの聖剣騎士団所属の傭兵にソウルを売却し、少しでも自分の雇用主であるグローリーに実利をもたらし、後金を半分でも支払ってもらうのが現実的だ。とはいえ、聖剣騎士団の傭兵は貧弱な者ばかりなので、実質的に交渉相手は777に限られるのだが。

 

(この為の持久策だ。ネームド1回と傭兵1回は全力で戦えるだけの残弾数がある。そして、ユニークスキルを得た他の傭兵を襲撃する為に、あるいは我々が獲得した場合に全力で退却して帰還できる分の食料と水も準備できた)

 

 勝った。アジトの岩場は神殿の傍であり、アイアンゴーレムが戦闘に移ればすぐにでも察知できる。後はこの南の洋館のソウルを確保し、上手くグローリーを説得してアジトに籠れば、勝利は確定だ。

 いかにシノンが最強のプレイヤーであるUNKNOWNと組んでいようとも、ランク1が強力な魔法使いを後衛に備えていようとも、本能で狩り尽くす怪物がジャングルに潜んでいようとも、そんなものはスミスにとって些事だ。

 スミスは傭兵として理性と知性を総動員して依頼を達成する。戦うだけが傭兵の能ではないのだ。こういう所はシノンにしてもクゥリにしても、まだまだ青いとスミスは悪い顔をして咥えた枝を揺らす。

 

「おっと、こういうのを世間一般では『フラグ』と言うらしいな。油断大敵だ。私としたことが」

 

 気を抜かずに、しっかりと計画を遂行せねばならない。このジャングルでは意図しないイレギュラーが多過ぎる。それに振り回されては、ここまで仕立てた作戦も駄目になってしまう。

 と、そこでスミスの耳が微かに擦れる金属音の足音を捉える。隠密ボーナスをかけているとはいえ、鎧装備のグローリーはジャングル内ならばともかく、屋内では鎧の擦れる音が響く。こういう点からして、彼がシャルルの森を舐めているだろう事が分かるのだが、それは指摘するだけした事なので、心労にもならない程に受け入れている。

 

「おや、早かったじゃないか。もう何か手掛かりを――」

 

 スミスがそう言って寝室に入って来たグローリーを迎えるのだが、彼の顔は引き攣り、ヒクヒクと苦笑いしている。

 

「す、すまない、スミス。油断したわけじゃないんだ。ちょっと……ううん、凄い可愛い子だなって思って、ついつい声をかけちゃっただけなんですよ」

 

「簡潔に言いたまえ」

 

 口は禍の元、か。スミスは半ば諦めながら、ライフルを握る手に力を籠め、マシェットの柄に触れる。

 

 

 

 

 

「つまり、こういう事だよ」

 

 

 

 

 

 そう言ってグローリーの背後、彼の鎧の隙間に剣先を押し込んだ小柄な人影がひょっこりと顔を出した。

 年頃は10代半ばか後半くらいだろう。幼さが目立つ、端正で可愛らしい顔立ちをした少女だ。黒紫の髪を揺らし、赤紫の瞳は無邪気さで彩られている。だが、その眼光こそがスミスに最大限の警戒心を生ませた。

 

「こんにちは、おじさん。この人はお仲間だよね?」

 

 まるで楽譜通りに曲を奏でるように、少女は尋ねてくる。

 グローリーのHP残量は3割といったところか。不意打ちでソードスキルでも浴びたのだろうか? ご自慢の大盾は背負ったままだ。片手剣に関しても腰に差したままである。

 

(だからあれ程注意しろと言っただろうに。やれやれ、完全に詰みだな)

 

 この位置から射撃するにしてダメージを与えられるかもしれないが、腹部の鎧の隙間に押し込められた剣はグローリーの体内に侵入し、命を奪い取るだろう。それができるからこそ、少女は首ではなく腹に剣を突き付けているのだ。

 少女が足で扉を大きく開くと、ダメ押しのように1メートル半はあるだろう大型の狼が2匹も寝室に潜り込んでくる。どちらも牙を剥いて唸り、今にもスミスに飛びかかってきそうな勢いだ。

 単身ならば逃げ切るのは簡単だ。まずはフラッシュガンの不意打ちで視界を潰し、その間に窓に乱射して破壊し、そこから外に飛び出す。ジャングルに潜り込んだらこちらの物だ。即座にニオイを追われないように泥でも何でも頭から被れば良い。

 だが、それは出来ない。スミスはグローリーに雇われた傭兵だ。彼をサポートする事が依頼内容であり、同じ傭兵だから余程油断しなければ大丈夫だろうと楽観視してしまっていた。

 

(私の……私の想像を超える『馬鹿』だったか)

 

 正面切った戦闘能力と人格だけでランクを決定したのか、無能なサインズめ! これでランク5とは呆れて物も言えず、スミスはここまで組み立てた策の全てが瓦解していく音を聞く。

 

(落ち着け。いかにグローリーくんが底抜けの『馬鹿』だとしても、彼も傭兵として修羅場を潜り抜けたプロだ。奇襲を受けた事も1度や2度ではないはず。だとするならば、あの少女の戦闘能力が異常だと判断した方が妥当だ)

 

 そして、グローリーを人質に取っているのは、交渉する余地がある、という事だ。スミスは冷静に、最初の1手を考える。

 

「これはこれは、私もおじさん呼ばわりされる年齢になってしまったか。月日が経つのは早いものだよ。それでお嬢さん、私はどうすれば良いのかな?」

 

「どうって……武装解除、かな。戦うなら殺すけど、どうする?」

 

 軽く首を傾げながら、デッド・オア・アライブをまるで夕飯のメニューを尋ねられたかのように答える少女に、スミスは一考する。

 まず彼女は傭兵ではない。スミスが記憶する傭兵のいずれとも容姿が一致しない。ならば、3大ギルドのいずれかの戦力かとも思ったが、彼が記憶する範囲でグローリーに抵抗させる暇も無く捕らえる人物ともなれば名も通っているはずだが、やはり見覚えが無い。

 

「それは無理だな。この状況で武器を捨てるとは自殺行為だ。グローリーくんは私の雇用主でね、ここで見捨てる訳にもいかない。体面的には『奮戦するも及ばずにグローリーくんは戦死、しかし襲撃者は撃破する』というのが私の評価の下げ幅を抑えるベストな選択だ」

 

「つまり、この人は死んでも良いって事?」

 

「不本意ながらね。だが、私としてはキミに協力する事でグローリーくんが安全に解放されるならば、喜んで助力を申し出よう。グローリーくん、それで構わないかな?」

 

「……私も騎士です。自分の不始末くらい自分で決着をつける、と言いたいですが、苦渋の決断ですが、ここは全面的にスミスさんの判断に従いましょう。騎士として。騎士として! 騎 士 と し て!」

 

 だからキミは傭兵だろうに。スミスは暑さ以外でクラクラする頭を押さえたい衝動に駆られながら、余裕を崩さぬ笑みで少女に語り掛ける。

 

「そういう訳だ。まずは、キミがわざわざ『私たちに接触した理由』を聞こうかな?」

 

 ピクリ、と少女は反応し、表情を怪訝そうに曇らせる。正直な子だ。表情で分かり易い子どもは嫌いではない、とスミスは内心で悪魔の微笑みを浮かべる。やはりこの少女は戦闘能力こそグローリーを凌駕しているかもしれないが、舌戦を潜り抜けた『数』がまるで足りない。

 伊達に醜い大人の社会、そして国防に携わる自衛官を務めていたわけではない。友好的にスミスはまずライフルの銃口を下げる。

 

「どうしてそう思うの?」

 

「思うさ。そうでもなければ、わざわざ人質を取る必要性が無い。情報を引き出したいならば1人いれば事足りるし、アイテムが狙いならば人質を取って脅すよりも殺害して略奪した方が手っ取り早い。そうだろう? つまり、キミは明確な目的があって我々に接触した」

 

 それに何より訊き返した時点で肯定したようなものだよ、とスミスは彼女の発言ミスに減点の赤ペンを付けた。

 

「別におじさん達を狙って接触したわけじゃないよ。この南の洋館にはソウルが隠されてるからね。それを狙って傭兵が来るだろうから、待ち伏せしてただけだよ。ボクも着いたのは数時間前だから、おじさん達が来たのは吃驚しちゃったよ」

 

「なるほど。運が無かったのは私たちというわけか」

 

「うん。おじさんの事は有名だから知ってたよ。独立傭兵で最高ランク、赤字ギリギリのガンナー、冷徹に依頼を達成する理想的傭兵。そして……クーとも結構仲良し。だから接触する事にしたんだ」

 

 ……キミの地雷か、クゥリくん。スミスはパッチで北の洋館に誘導した因果が回り回って自分に最高最悪の厄災を運んできたのではないだろうか、と嫌な予感を募らせる。

 

「ボクからの要求は1つ。ボクの手伝いをしてほしい。代わりにボクがおじさん達に協力する。これはその証明だよ。中には屋敷の何処にソウルが隠してあるか書いてある。他にも色々と不味い事がね」

 

 そう言って少女が掲げたのは鍵穴がついた日記だ。小さな金の鍵で開錠できるものだろう。先に屋敷に到達されていたのだから、確保されていても当然と思っていたが、どうやらスミス達が鍵を入手するまで待っていたようだ。

 最低限の交渉術はあるようだが、やはり甘いな。だが、ここは大人しく従うのが吉だろう。スミスはマチェットに触れる指を離す。

 

「キミの手伝いとは、具体的に何をすれば良いのかな?」

 

「あるプレイヤーを殺さないといけない。そして、ソイツの仲間を確保する。それがボクの仕事なんだ。それさえ済めば、ユニークスキルだろうと何だろうと、おじさん達が持って行って構わないよ。でも……」

 

「でも?」

 

「……クーを早く見つけないといけない。それがボクの1番しないといけない事なんだ」

 

 悲しげな少女の眼差しは何処までも澄んでいた。理屈を並べる必要が無い、純粋な感情の火が灯っている。

 

「早くしないと、クーが『忘れて』しまう。『あの男』はそれが狙いなんだ。ボクには分かる。『あの男』は、クーにバケモノになって欲しいんだ。そんな事は、絶対にさせない。ボクが憶えている限り……絶対に!」

 

 スミスはやれやれと額を数度叩いた。

 散々女っ気が無かったと思えば、殺し合いの真っ最中の陰謀渦巻くジャングルに飛び込んできてくれる女と縁を持つとは。少しは落ち着きというものを彼は知るべきだろう、とスミスは嘆息した。

 

「分かった。傭兵は契約を破らない。キミに助力をしよう。グローリーくんもそれで構わないね? 我々にとっても、彼女のような強力な戦力が加わるのは喜ばしい事だ」

 

「まるで話に付いていけていませんが、スミスの判断を信じましょう」

 

 キミは『馬鹿』だから話を理解する必要はない。スミスは絶対零度の視線が発露しないように堪えながら、解放されたグローリーに回復を促す。彼は奇跡の【中回復】でHPを回復させ、清々しい表情で先程まで剣を突き付けていた少女に握手を求める。

 

「じゃあ、どうぞよろしく頼むよ」

 

「え!?」

 

 グローリーの変わり身……というよりも対応力に驚いているのか、いきなり友好的な態度を取られ、少女が勘ぐってか、僅かにたじろぐ。

 

「安心したまえ。彼は少し『ネジ』がおかしいだけだ。傭兵としてあり得ないくらいに底抜けの善人だよ」

 

 それに納得したのかどうかは分からないが、握手を拒否しながら、少女はアイテムストレージから2枚の写真を取り出すとスミスに投げ渡す。

 

「左の写真が殺害ターゲット、右の写真が確保ターゲットだよ」

 

「……なるほど」

 

 スミスは左の写真には見覚えこそないが、右の写真には記憶にある人物が映っている。

 

(厄介事を抱え込んだが、むしろ運が向いてきたか。これをグローリーくんの功績にすれば、仮にユニークスキルの獲得ができずとも、彼の名声はむしろ増す。そして、彼を『神輿』にしてサポートに撤した私は聖剣騎士団からも高く評価される。契約は論外だが、重要度の高い依頼に起用されるフリーの傭兵……この立ち位置は美味しい。これは点数稼ぎのチャンスか)

 

 方針変更か。スミスはまず右の写真のターゲットを確保すべく、策を練り始める。

 

 

△  △  △

 

 

 カーディナルより伝達、セクションQ22B05のイレギュラー値が規定値を超過。

 新規定の実験的導入を認可。レベルⅢまでの対応を許可します。

 マザーコア、正常に稼働。コード【呪縛者】の使用申請……認可。

 過負荷実験プログラム4を繰り上げで認可。マザーコア、負荷率50.285……レギオンプログラムver2正常にフォーミュラブレインと連動。

 

 

 死神部隊に通達……イレギュラーを排除せよ。




スミスさんも、いよいよ陰謀真っ黒世界にウェルカムされてきました。
……さて、次はSAN値が危険域のシノンさんが泥沼に落ちねばなりませんね。
名無しの二刀流さん? あの人は最初から本作のトラブルの根源にいるような方なのでノーカウントです。

それでは、156話でまた会いましょう。

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