SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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虚ろの衛兵戦……の前に、まずは蜘蛛を片付けましょう。
大丈夫大丈夫、所詮は蜘蛛公です。強化のしようがありません。








白竜「そう言うと思って、超狂化しといたよ! 仕方ないよね! だって主人公(真)だもん! 全力でぶち殺す! 英雄死すべし、慈悲は無い!」



Episode15-14 公のフレイディア

 じめじめとしたジャングルが一転して、地下へ続く洞窟はひんやりとしており、汗が否応なく引いていく。

 恐らくは各所から流れ出している地下水のお陰だろう。崩落した地下の採掘場といった趣の、それでいて何かを祀る様に神殿のような神々しい意匠が彫り込まれた通路が目立っていた。

 出現するモンスターはアンデッド系らしい、背中を蜘蛛に寄生された亡者と大型で近接攻撃をしかけてくる大蜘蛛が中心だ。

蜘蛛亡者は人体部分よりも後ろの大蜘蛛が本体であり、亡者側を怯ませても関係なく攻撃を仕掛けてくるので厄介だ。攻撃力もなかなかに高く、確実に回避して堅実に隙をつく戦法が求められる。

 大蜘蛛単体では足こそ速いが、耐久力も大した事が無いので脅威度は低く、先手を取ればほぼ確実に撃破できる。ただし、高火力の近接攻撃を持ち、数で攻めてくる上に、各所で待ち伏せしているのが厄介だ。

 だが、シノンとUNKNOWNの敵ではない。彼女達は冷静に、着実に、モンスターを撃破しながら深部を目指していた。

 シノンが今回用意したスナイパーライフルは【KURETAKE mdl.2】だ。

 本来、スナイパーライフルは1発撃つ度に単発ソードスキル級のスタミナを消費する銃器でも例外カテゴリーであり、これを回避する為にはリスクが高い狙撃体勢状態に移行しなければならない。

 だが、KURETAKE mdl.2はスナイパーライフルでもスタミナ消費が小さく、射程距離が長いライフルのように活用できる。ただし、距離減衰が通常のスナイパーライフルよりも遥かに高く、本来の旨みが失われているという、評価が厳しい武器だ。

 こうしたスナイパーライフルは一定数存在し、『行動型スナイパーライフル』と呼ばれている。移動しながら使える射程距離が長めの精度が高いライフルといったポジションだ。

 シノンが今回コレを採用したのは、UNKNOWNと協議した上で、より彼のサポートに撤し、なおかつシノンの3次元戦闘適性を活かす為だ。

 

『確かに≪狙撃≫による奇襲はキミの強みだ。でも、それは索敵と「待ち」を繰り返さないといけない。ユニークスキル争奪戦はある種のスピード勝負だ。俺が前衛を務めるから、キミにはそのサポートをして欲しいんだ』

 

 ランク3の上位ランカーにして、最高の狙撃主があえて≪狙撃≫を捨てる。それがどれ程の意味を持つのか、もちろんUNKNOWNは理解していたが、シノンは素直に彼の意向に従った。

 防衛戦や奇襲ならばともかく、索敵やマッピングすらも困難で障害物も多いジャングルでは、≪狙撃≫を活用しきるのは難しい。それよりも機動力と手数を増加させ、ダメージをUNKNOWNに稼がせ、シノンは安定した射撃攻撃でサポートするのは悪くない策だった。

 それに、何も≪狙撃≫がまるで出来ない訳ではない。射程距離を本来のスナイパーライフル程ではないが増加させ、距離減衰も控えさせる着脱可能パーツも準備した。ただし、着装にも解除にも30分要し、なおかつ火力が乏しくなるというオマケ付きだが、それでも無いよりはマシだ。

 事実として、現在この着脱可能パーツのお陰でシノンは多大な活躍を成していた。

 竪穴状の洞窟を潜り続け、道案内のように神殿としての意匠を成した通路を進み、結晶の不気味な光を頼りに進む。そこには採掘場とは思えない巨大な町の名残が存在しており、多くの狙撃ポイントを発見することができたからだ。

 シノンはスコープを覗き込み、ふらふらと砂で覆われた噴水広場を歩く蜘蛛亡者……その背中の本体へと銃弾を撃ち込む。狙撃体勢となり、スタミナ消費を極限まで抑え、幾らパーツで火力が低下してるとしても、≪狙撃≫と併用すれば、弱点へのダメージボーナスも加わり、ほぼ2発で仕留めることができる。

 もちろん、わざわざ2発も消費するような馬鹿な行為をシノンは行わない。先行したUNKNOWNがあくまでダメージを与え、彼に忍び寄る、あるいは戦闘中の蜘蛛亡者を正確に撃ち抜き、弱点部位へのダメージで蜘蛛も亡者も怯ませたところに、UNKNOWNが容赦ない一撃を叩き込むといったスタイルだ。

 

(にしても、やっぱり凄いわね。あの数を相手に、ほとんどノーダメージなんて)

 

 だが、シノンのサポートを抜きにしても、UNKNOWNの戦闘能力は圧倒的だ。

 組んだのは初めてであるが、これまでの協働で嫌でも彼の次元が違う強さを思い知らされる。事実としてチェーングレイヴ戦でUNKNOWNの強さは十分に思い知ったはずだったが、あれが彼の底であるはずが無く、また今もほとんど余裕綽々といった様子で8体以上の蜘蛛亡者に囲まれていながら、二刀流で次々と迫る敵を葬っている。

 恐ろしいのは反応速度とラッシュ力だ。二刀流というジャンルを完全に自分の物として他の追随を許さない領域にある。多くのプレイヤーにとって二刀流は【黒の剣士】が成した英雄の業であるという認識だが、現実に二刀流を試してみるとプレイヤースキルという意味で高い壁があると思い知らされる。

 当たり前だ。両手の武器を同時に運用するというのは極めて難しい。片方をガードするためのものと割り切るならば盾の方が効率は良く、また同時に振るって火力を稼いだり、リーチや特性の異なる武器を扱う事によって距離の対応やテンポ崩しなどに活用するのがほとんどだ。そして、それらすらも難易度が高い。

 シノンが知る上で多種の武器を操るという意味では、クゥリが1番であり、バケモノ級だ。何をどう間違ったら4種の武器を戦闘中に滑らかに運用できる脳みそが出来上がるのか、是非とも問いたいものである。しかも彼の場合は投げナイフや火炎壺といった攻撃系アイテムも駆使する。とてもではないが、真似できない。

 そして、UNKNOWNもまたシノンの常識の外にある。彼の場合は、リーチと重量がやや異なるが、同じ武器カテゴリーである片手剣の二刀流……本家本元のスタイルだ。

 攻防一体にして左右独立、そして疾風迅雷。攻撃とガードの両立、左右の片手剣をバラバラに動かす技術、そして左右の呼吸を合わせればもはや嵐そのものだ。

 最強。その称号に相応しい戦闘能力だ。正面からの近接戦闘ならば、シノンが考える上で対等に『剣術』の土台で戦えるのはユージーンくらいだろう。ユージーンの呪術による対応力も加えれば、ややUNKNOWNの方が分は悪いかもしれない。もちろん、UNKNOWNが本気を出してない以上は隠し玉もあるだろう。

 

(そう、確かに強いわ。本当に頼もしくて、全てを預けてしまいたいくらいに強い。きっと、彼の強さは誰かを依存させてしまうような、無邪気に憧れを抱いて、嫉妬してしまいそうな、魅力に溢れた強さ)

 

 そして、それは白髪の傭兵とは真逆。クゥリの強さは他人を恐れさせる強さだ。何処までも暴虐で、残忍で、狂おしいまでに恐怖を与える強さだ。

 力の高みにあるのは同じなのに、こうまでも印象が違う。それは何故だろうか? シノンは最後の1体の蜘蛛亡者が縦割りにされて撃破されたのを確認し、パーツを外してからロープを垂らして狙撃地点から下り、UNKNOWNと合流する。

 

『さすがは【魔弾の山猫】、1発も外さないとは俺も驚いたよ。これなら張り切らなくて良かったかな?』

 

「嘘もお世辞も嫌いよ。余裕過ぎて欠伸を噛み殺してたくせに」

 

『いや、そんな事は……』

 

「人を舐めるのも大概にして、『キリマンジャロ』さん。私もあなたも傭兵としてここにいる。互いの実力を認めた上で組んでいる。私はこの眼を頼りに撃ち続けてきた。スコープ越しで見たあなたの強さ、それが錯覚だと言いたいの?」

 

 イラつく。シノンは死体が残り、UNKNOWNによって斬られた蜘蛛亡者たちを見下ろしながら、胸の内で広がるストレスに歯ぎしりする。

 理由は分かっている。最近、シノンは眠れないのだ。夜番で自分が眠る時間になっても、瞼を閉ざしても心が意識を手放す事を嫌がっている。

 怖いのだ。森の中には怪物が潜んでいる。モンスターよりも遥かに恐ろしい、人の命を狩る為のバケモノがいる。

 

(お互い傭兵だから、ライバルを減らすのは当たり前。でも……それでも……やっぱり、クーが怖い)

 

 だから、UNKNOWNがなかなか眠れないシノンを、それとなく退屈な世間話をして落ち着かせてくれるのだ。眠らなければ戦えない。だから、UNKNOWNがシノンの精神を安定させる為に、さり気なくサポートしてくれているのは協働相手として、雇用主に死なれては困るという業務に基づいてのもの……ではなく、純粋にシノンを心配しての行動だと嫌でも分かる。

 それが情けないのだ。多数の協働を行ってきたとはいえ、スコープを覗き込む間は誰も背中を守ってくれない。何日も狙撃地点でターゲットを待つ孤独も知っている。

 ヘカトンケイルとは高ランカー同士、それなりに協働する機会も多かった。低ランカーを見下した彼は、狙撃ばかりのシノンの事も決して認めてはいない傲慢な男だった。事実として、協働中に何度も背中を撃ってやろうかと悪魔の甘言を耳にしたことがある。

 それでも、何度となく依頼を共にした仲だ。否応なく、互いの心の内というのは暴かれていく。それは理解へと繋がっていく。

 ヘカトンケイルを殺したクゥリ達。その中でも、彼はわざわざ首を斬り落としてシノン達のいる方向へと投げた。

 嫌でも分かる。彼は『遊んだ』のだ。それに反応すれば狩りの始まりであり、無反応ならば楽しみは取って置く。その程度の『遊び』だ。

 そして、シノンは恐怖に飲まれて狂乱し、UNKNOWNは彼女を抱きしめて抑え込んだ。そんな醜態を晒した上に、眠れないからと話し相手をされるなど、屈辱的である。そして、そこに安心感を抱いてしまっている自分が何よりも憎い。

 

「さっさと行くわよ」

 

『ああ』

 

 どう話しかけたら良いか分からない。そんな声音をしたUNKNOWNはやや落ち込んでいるようで、それが増々シノンの自己嫌悪を促進させる。

 剣山のように結晶が突き出した谷にかかった橋を渡り、いよいよシノン達は最深部と思われる神殿にたどり着く。門には竜の意匠が彫り込まれており、解読不可の言語が記載されている。恐らく古竜語だろう。

 こんなところで≪言語解読≫が必要になるとは思わなかったが、文字以外にも彫り込まれたレリーフで、大よその内容と思われるものを感じ取る。

 扉に彫り込まれているのは巨大な竜だ。そして、それに挑む1人の戦士である。左の扉では巨大な竜と戦士の戦いが、右の扉には斃された竜の上で剣を掲げる戦士が、それぞれ彫り込まれていた。

 ここでも竜だ。ソウルを持つというが蜘蛛住まうこの洞窟、その最奥にある竜の亡骸を巣窟にするネームド。ここでも竜というキーワードが出てくる。

 

 

「情報通りね。不気味なくらいに」

 

『ああ。注意していこう。俺が先に入るよ。シノン、何かあったらすぐに逃げるんだ。トラップの危険性もある』

 

「馬鹿言わないで。私がキッチリあなたの背中を守ってあげる」

 

『頼もしいな。それじゃあ、行くぞ!』

 

 パーツ解除から30分経ち、スナイパーライフルの使用が可能になる。扉を開いたUNKNOWNが剣を構えながら飛び込み、シノンはスコープを覗かずにスナイパーライフルの銃口を向けた。

 だが、神殿の内部は広々としており、特に何ががあるわけもない。天井には垂れる蜘蛛たちがいるが、シノンが1発で撃ち落とせば撃破され、残りも次々と降下するも着地前か同時にUNKNOWNによって刻まれる。

 

『ここも情報通りだ。やっぱりおかしい』

 

 あっさりと奇襲トラップを突破できたというのに、シノンの顔は優れず、UNKNOWNも警戒を強める。

 彼女たちがここを訪れたのは、1人の情報提供を持ちかけたプレイヤーがいたからだ。

 独立傭兵のフリッカーだ。どうやら彼は聖剣騎士団側として参加したようだが、クゥリの襲撃を受けて仲間とはぐれてしまったらしく、孤立していたところをシノン達を見かけて話しかけてきた。

 彼はシノン達に食料の提供を求め、その見返りとして北の館で得たというソウルの隠し場所に関する情報を渡した。

 事実として、フリッカーの誘導で南にあった小さな墓所に至ったシノン達は、そこにいた亡者が持つロザリオに隠されていたソウルを入手できた。このロザリオを手に取ろうとすると墓からアンデッドが蘇るというトラップがあったものの、UNKNOWNの奮戦によってこれを突破し、難なくソウルを入手できたのである。

 フリッカーは情報の対価として食料をもらい、また太陽の狩猟団の補給部隊が【渡り鳥】によって壊滅させられた事、そして仲間割れによってナナコがクゥリによって殺害された事を告げた。

 

『都合が良過ぎる。フリッカーはマッピングを中心にした傭兵だけど、決して弱くない。どちらかと言えば、パッチと同じで素行面で評価が低い傭兵だ。なのに、彼は千載一遇の情報を手にしていて、どうして俺たちに食料と引き換えに渡すんだ?』

 

 パッチはギャンブル狂いの借金漬けで有名だが、フリッカーも負けず劣らずだ。酒場に入り浸っては、酒や娼婦に溺れ、報酬の大半は返済に充てていたらしい。パッチと違う点があるとするならば、彼には情報屋を商うだけのネットワークが無く、またパッチが【ハイエナ】と呼ばれるような小悪党としての才覚も無かった事だろう。シノンも噂でしか知らないが、パッチのあの生存能力の高さは何処から来ているのか分かったものではない。本人の自称である『【幸運】のパッチ』もあながち間違いではないのだ。

 

「本人曰く、武器が破損して、もうまともに戦えないからって言ってたわね。だから森を早く脱出したくて、食料の対価として釣り合わないソウルの情報を渡した」

 

『そうであるにしても、たとえば報酬の1部を分け前として貰うとか、そういう交渉もできたはずだ』

 

「殺されると思ったんじゃない? 私はイヤリングであなたの声が聞こえるけど、他の人からしたら終始無言よ。威圧されてると勘違いされてもおかしくないわ」

 

 もちろん、口で言う程にシノンも楽観的に考えている訳ではない。だが、結果的にフリッカーは2人にソウルを1つもたらし、そして2つ目のソウルの情報どころか、危険なトラップに関してまでご丁寧に指摘を添えてくれたのだ。

 何か裏がある。だが、彼のメリットが見えない。せいぜい、この場所に戦力を待機させて待ち伏せしている事くらいだろうが、この様子だと先を越されているとは思えなかった。

 あり得るとするならば、何者かに尾行されている事だろう。ネームドの撃破で疲弊したところを襲撃して横取り……いかにもスミスやクゥリが取りそうな策だ。だが、それでも納得できない点が多々ある。

 

『いや、それよりもおかしいのは、クーがナナコを殺した事だ』

 

「それが意外なの?」

 

 酷い話であるが、シノンは今のクゥリならばストレス発散くらいの気持ちでナナコを斬殺するかもしれない、と思っている。だが、UNKNOWNの意見は違うようだ。

 

『彼は殺さない。気分屋だけど、彼は自分と組んだ以上理由なく殺害しないよ。クーはそういう奴なんだ』

 

「……信頼しているのね」

 

『伊達に肩を並べていたわけじゃないさ。俺は彼のやり方を知っている。彼が殺すのには理由があるんだ。決して、殺したいから殺すって目的で動く快楽殺人鬼じゃない。無差別に殺し回るなんて真似はしない』

 

 だったらヘカトンケイルの末路はどうなのだ、とシノンは訊けなかった。あの時のクゥリは、明らかに殺すのを楽しんでいた。苦痛を与え、精神を蹂躙し、そして首を落とした。

 ただ殺すだけの存在。それこそが悦びであり、存在意義であり、生まれた理由。人類種を根絶やしにする為だけに生まれた天敵。シノンの中でそんなイメージが石鹸の泡のように心の表面を滑り、弾ける。

 見えたのは、ディアベルと一緒に冒険していた頃の、素直ではない捻くれ者で、どうしようもないくらいにコミュ障で、口とは裏腹に世話焼きだったクゥリの横顔だった。

 あの時のクゥリと今のクゥリは違うのかもしれない。それでも、2人は別人ではなく、同一人物なのだ。ならば、重なり合うべき心もまた1つであり、見せてくれた表情の1つ1つに宿っていたシノン達への思いやりもまた、真実のはずだ。

 多面性を持つのは、人として当たり前なのかもしれない。だが、クゥリの場合は、あまりにも落差が激し過ぎる。それは、まるで迷子が右へ左へと、誰も導いてくれないから必死に道を探そうとしているかのようだ。

 神殿の底にある、蜘蛛の巣が張り巡らされた空洞地帯。かつては祭礼の地として、多くの聖職者が訪れただろう、神聖な場所の名残。それを証明するように、巨大な竜骨が幾つも転がっている。

 その中の1つ、ほとんど完璧な状態に近しい竜のミイラは蜘蛛の巣で覆われていた。

 結晶がランプのように照らす中で、蠢く黒色は蜘蛛。そして、それの母にして竜の亡骸を巣にするのは、およそ巨大としか言いようがない蜘蛛だった。

 何処となく人間味のある、胴体に比べて小型の頭部。それが前面と後面の2つについた巨大蜘蛛。全身は黒光りする甲殻に覆われ、無数の大蜘蛛を配下として、あるいは我が子として連れている。

 出入口が霧で覆われて脱出不可となり、シノンはスナイパーライフルを構える。そして、彼女を守護するように、群がる大蜘蛛を斬り払いながら、UNKNOWNが双頭の蜘蛛へと剣先を向ける。

 

 

〈公のフレイディア〉

 

 

 これが双頭の蜘蛛の名前だ。シノンは頭部で爛々と輝く赤の2つの目玉、その内の右目へと銃弾を撃ち込もうとするが、次々と蜘蛛の巣から出現する大蜘蛛が邪魔で、なかなかフレイディアへと照準を合わすことができない。

 ボス部屋は竜のミイラがあるだけあって広大であるが、遮蔽物といえば蜘蛛の巣くらいしかなく、狙撃するのに利用できそうな高台はない。もちろん、こうした事態を見越してのKURETAKE mdl.2なのだが、こうも大蜘蛛に群がられてはフレイディアを狙えなかった。

 仕方なく、シノンは至近距離で大蜘蛛の頭部を吹き飛ばす。体液をようなものを撒き散らして大蜘蛛の1体が停止するも、その間に2体目、3体目、4体目がシノンへと飛びかかる。だが、伊達にDEXを強化している訳ではなく、彼女は猫のように素早い身のこなしで攻撃を回避する。

 そこに、突如として足下に大きな影ができる。それがフレイディアの足だと気付くより先に、彼女は今までの大型モンスターとの戦いの経験が体に染みついたかのように、前転しながら回避行動を取りながら次弾を発射する。スナイパーライフルはライフル程に近接適性が無く、またマシンガンには遠く及ばない。単発単発で撃ち込む他が無い連射の利かない武器だ。その分だけ精密性は高く、シノンがスコープで狙いもつけずに放った弾丸は狂うことなく、狙っていた関節部に命中する。

 だが、見た目以上に硬質なのか、ダメージエフェクトも無く銃弾は弾かれる。HPを確認するも、フレイディアのHPバーは微塵も揺らいでいない。

 

(頭部のすぐ上にHPバーがある。それも2つの頭にそれぞれ)

 

 だとするならば、自然とシノンは1つの推測へと導かれる。まずは地上を這う大蜘蛛をUNKNOWNが、フレイディアの踏みつけ攻撃を回避しながら、瞬く間に一掃するのを見届けると、シノンは攻撃が届かない遠距離からフレイディアの目を再度狙う。

 着弾。それと同時にフレイディアが悲鳴を上げる。HPの減少は目に見えるか否かだが、目への命中はクリティカル扱いになったのだろう。1発にしては悪くないダメージである。

 

「頭部以外への攻撃は無効化されるわ! 何とかして張り付いて!」

 

『分かった! シノンこそ注意しろ! この手のネームドは必ずMobのリポップと遠距離攻撃能力を持っているはずだ! キミは俺が守る! 無茶な攻めは絶対にするな!』

 

 守るうんぬんはともかく、攻め急いではならない事くらい分かっている! シノンを根城に潜り込んだ餌ではなく、明確な敵として認定したのか、顎を割って威嚇するフレイディアへとトリガーを引くも、暴れ回るフレイディアの目には命中しない。それでも、確実に体格に比べれば小型の頭部に命中させるシノンの腕前は超人的だ。

 射線に導かれる。最近はそんな感覚が日々増していた。以前は時々しか起こらなかった神がかり的な射撃が、今では半ば望むように発揮できる。それでもムラはあるが、シノンがスコープを覗き込めば、余程の相手で無い限りは命中必至だ。

 位置取りをしてトリガーを引く。それをひたすら繰り返す。その間にUNKNOWNは脚攻撃を潜り抜けて頭部に到達すると、まずは右手の分厚い片手剣を振り下ろす。

 良いダメージだ。そして、追撃の左手の薄刃の片手剣がフレイディアの頭部へと深く突き刺さり、薙ぎ払われる。さすがはネームドといったところか、通常攻撃程度ではダメージは微々たるものだが、それでも確実にダメージを負わせられる。

 フレイディアは顎を広げると、まるでブランコのように体を揺らし、UNKNOWNへと突撃する。それを彼は丁寧に体格に沿うように回り込んで回避し、反対側の無防備な頭部へと連撃を浴びせる。

 独立した2つの頭部による目視を用いた索敵。シノンはフレイディアの索敵形式を把握し、即座にUNKNOWNを援護すべく狙撃する。硬質なフレイディアの脚部を利用した跳弾が反対側にいるUNKNOWNが斬りつけるフレイディアの目に直撃した。だが、跳弾では威力が弱いのか、怯む気配はない。

 途端に、フレイディアがその口内からほぼノーモーションで眩いレーザーを解き放つ。幸いにも薙ぎ払い速度が遅かったお陰でシノンは直撃を免れるも、魔法属性と思われる輝きに背筋が凍る。

 左側から右側への薙ぎ払いレーザー。これが逆からだったならば、シノンは間違いなくレーザーによってHPを丸ごと消し飛ばされていただろう。それだけの威力を見ただけで理解したシノンは、絶対にレーザーを撃たせてはならないと、更なる集中力を注いで執拗に目を狙う。

 だが、今度は口内から酸の塊を次々と放出し、シノンの狙撃をフレイディアは妨害する。しかも、酸の塊は卵でもあるのか、次々と大蜘蛛が誕生し、10体近い大蜘蛛によって再びシノンは鬼ごっこを強いられる。

 

『シノン!』

 

「あなたはフレイディアを! コイツらは自分で何とかするわ!」

 

 シノンの援護に戻るべく、折角張り付いた頭部から戻ろうとするUNKNOWNを叱咤し、シノンは大蜘蛛たちへと弾丸を1発1発お見舞いする。一撃で倒せるとはいえ、オートリロード分も含めて決して装弾数が多くないスナイパーライフルの消耗は、徐々にシノンに焦りを蓄積させていく。

 以前のシノンならば、ここで焦りがピークになれば無謀な手で訴えてでも解決を試みただろう。だが、今のシノンには冷静に対処できるだけの経験があった。

 まずはスナイパーライフルを、大蜘蛛たちから距離を取れた段階でオミットし、ナイフと拳銃を装備する。そして、大蜘蛛たちを一撃で倒せずとも丁寧に始末していく。

 

(コイツらはただ目の前の獲物を追いかけるだけ。ただそれだけのAI。対処は難しくないわ)

 

 むしろ危険なのは、大蜘蛛ばかりに集中力を割いて、レーザー攻撃や酸攻撃の直撃を受ける事だ。実際にシノンが4体目の大蜘蛛を始末した時に、明らかに彼女を狙った一瞬だけのレーザーは解放される。それを避けられたのは、フレイディアの頭部……その視線が執拗にシノンを追っていたからだ。

 このままいけば順調だ。そう思われた時、フレイディアがその全身を震わせて叫ぶ。モンスター専用スキル≪ハウリング≫だろう。UNKNOWNはギリギリで暴力的な衝撃波が襲う効果範囲を逃れたようだが、それでも風圧がボス部屋全体に解き放たれ、耐える為にシノンの足が止まる。だが、元より地面を這うようにして動く大蜘蛛たちは風圧の影響をあまり受けず、瞬く間に接近する。

 ダメージは避けられないか。シノンがせめてガードでダメージを軽減すべくナイフを構えた時、UNKNOWNは片手剣を持ちながら指を躍らせ、クイックアイテムで何かを出現させる。

 それは、この場面では不似合いな人工妖精だ。人工妖精は、遠声・遠望・発光など様々なサポートに有用なアイテムであり、愛用するプレイヤーも多い。だが、UNKNOWNが実体化させたのは、シノンが見たことが無い程に大きな、それこそバレーボールほどの大きさもある人工妖精だ。白い光の塊であり、僅かにみえる薄い翅のようなものから燐光を散らすそれは、UNKNOWNの片手剣を持つ手の動きに従うように動き、そして解き放たれる。

 弾丸にはもちろん、矢にも及ばないが、投げナイフに1歩遅れる程度の速度で放たれた、大き目の人工妖精。それは、あろうことか一定の距離を飛ぶと弾け、1つの人工妖精につき6つの小型の人工妖精へと変貌する。それらは攻撃を探知して逃げ惑う大蜘蛛を執拗に追尾し、命中すると、火炎壺にも届くだろう爆発をあげる。それが分裂数計6ともなれば、シノンの周囲は熱風で風景が揺らぐのも仕方のない話だ。

 

「な、ななな……なぁ!?」

 

 今の攻撃は何!? 新手のスキル!? シノンが言葉を失っていると、UNKNOWNがニヤリと仮面で隠された表情を……その口元を驚いたかと言わんばかりに歪めた事を察知する。

 

『実験攻撃用アイテム、【分裂の人工炎精】だ』

 

 人工妖精の攻撃アイテム版など、前代未聞だ。聖剣騎士団の技術開発部が猛烈な追い上げを見せ、鍛冶屋組合で噂される『HENTAI』と呼ばれる伝説のソロ鍛冶屋に、多量のゴーレム資材と引き換えに幾らかのアイディアを売って貰ったと聞いていたが、これもその成果の1つだろうか? まるでゴーレムのミサイルをプレイヤーに実装したかのような火力に、シノンは旋律を覚える。

 恐らく、1発1発の威力は火炎壺の同程度だろう。だが、分裂前も威力を保持しているならば単純に考えて6倍の威力、分裂後もとんでもない追尾で6発分の火炎壺が襲ってくるとなれば、その脅威度がどれ程のものか分かる。それをUNKNOWNは同時に2つ使用したのだ。

 モーションから分析すれば、恐らく≪投擲≫スキルによる誘導援助を併用し、ロックオンのようなものをしてから解き放つのだろう。実際にはどのように使用するのかは謎であるが、それなりの時間は必要なようだ。いや、それが無ければあの人工妖精を湯水のように使うだけで対人戦は決着がついてしまうだろう。

 コスト・高い熟練度の≪投擲≫・そして対象を捉える卓越したフォーカスシステムの制御、それらを揃えていなければ、あの人工妖精を使いこなすのは難しいだろう、とシノンは希望的な観測を立てた。

 敵対すれば危険であるが、今はあのような強力なアイテムを隠し持っていた事を喜ぶべきだ。邪魔な大蜘蛛がいなくなった事により、自由になったシノンは再びスナイパーライフルを装備し、フレイディアへの狙撃を開始する。

 本来ネームドは、最低でも6人のパーティで挑むものとして強さを設定されている。これは大ギルドが多くのリポップ型ネームドと実験的に戦闘を繰り返して結論付けた確かなデータだ。つまり、単独や2、3人で戦闘に持ち込むなど、土台として間違いなのである。

 だが、それを成し遂げるのが傭兵であり、彼らが依頼主に期待される戦果だ。そして、この場にはDBOで唯一単独ボス撃破を成し遂げたUNKNOWNが存在する。

 幾度となくボス戦に参加した事があるシノンには分かる。ボスはネームドを遥かに超越した例外的な存在だ。何十人ものプレイヤーが一丸となって戦わねば、撃破など夢のまた夢であり、それだけの性能を有し、また秘密を隠し持っている。

 傭兵達ですら……あのユージーンですら、単独ボス撃破を成し遂げていない。そもそも、単身でボスと戦うような狂った事態そのものが大ギルドによってダンジョンが管理された現状では起こりえないので当然だが、UNKNOWNはその鮮烈なデビューとして大ギルドに戦力価値を知らしめるためにボスの単独撃破を成し遂げた。

 ならば、ネームドに後れを取るなど、UNKNOWNがいれば……ましてや、自分という狙撃主がサポートに撤すればあり得ない。シノンはレーザーを回避しながら目へと撃ち込み、フレイディアをついにスタン状態にさせる。やはりクリティカルダメージとUNKNOWNの連撃によってスタン蓄積が相当なものだったのだろう。

 ここぞというチャンス。シノンはあえて深呼吸の時間に割り振り、足を止めて微量でもスタミナ回復に務める。スタミナ切れこそがDBOで最も危険で愚かな行為だ。スタミナ管理が出来ないプレイヤーから死ぬ。だからこそ、スタミナを回復させる暇が無い猛攻を繰り出すボスの単独撃破は、限りなく不可能なのだ。

 攻撃を控えて防御と回避に撤してもスタミナはいずれ切れる。

 攻撃に全力を回せば、やはりスタミナはあっという間に尽きる。

 攻撃と回避を両立させ続けてスタミナ消費を抑えても、悪辣な性能を持つボスにそれをし続けるのは事実上不可能。

 だからこそ、シノンにはどうやってUNKNOWNが単独ボス撃破を成し遂げたのか分からない。かつて腐敗コボルド王を抑えるだけでも、当時のシノンを含めたトッププレイヤー級が4人も必要だったのだ。それでも、今よりもスタミナ量が少なかったとはいえ、4人とも最終的にはスタミナ切れで戦闘続行は無理だった。

 

「まずは……1つ目!」

 

 シノンは叫びながら、ついにHPバーが赤くなって点滅し、ほとんど削られた頭部の中心部へと銃口を向ける。それを阻止すべくフレイディアはレーザーを放とうとするが、ノーモーションに見えて顎が僅かに痙攣するのは、シノンは既に見破っていた。

 コンマ1秒早くトリガーを引いたシノンは、獰猛に笑う。山猫の牙の如く飛来した弾丸は、フレイディアの頭部を貫いた。それが、まるでダメージが今まで爆薬として蓄積されていたかのように、フレイディアの頭部と胴体を繋げる首にあたる部分が爆発し、生首が大きく弧を描きながら飛んだ。

 これで残りはHPが半分程度しか残っていないもう1つの頭だ。シノンがそちら側に回ろうとした時、フレイディアの頭部が落ちた断面……そこから体液のように、どろどろの光る何かが流れ出す。

 それはフレイディアが主食とする結晶。それが体内で溶かされ、液状となったものだった。それは傷口から際限なく溢れだし、悪臭を漂わせる。

 蓄積し始めたのはレベル1の呪いだ。しかも触れればHPが削れ始める。シノンは自分のHPの減るスピード、そしてアバターに染み込むようなダメージフィードバックの特徴から、高い魔法属性のダメージだと判断する。

 

「距離を取って! 呪いを受けるわ!」

 

 シノンは狙撃主体なので距離を取れば、呪いの蓄積も避けられ、体液に触れてダメージを受ける事も無い。だが、至近距離でもう1つの頭を攻撃し続けるUNKNOWNは、最高濃度の呪い蓄積と魔法ダメージを受ける事になる。

 ここは距離を取るべきとUNKNOWNも判断したのか、1度体勢を整えるべく退こうとするも、それよりも先にフレイディアの全身を覆う甲殻に亀裂が入り、鋭い結晶が伸びる。そこから次々と、先程の口内から放たれたものに比べれば細いが、その分数が増したレーザーがボス部屋全体を蹂躙し始める。

 それだけではない。フレイディアの体液に触れた大蜘蛛たちも変異を開始し始め、その全身を結晶で覆う。それはレーザーを拡散させ、より1発の攻撃力は劣るも、その分広範囲へとレーザーをばら撒く反射体の役割を果たし始める。

 フレイディアの残されたもう1つの頭が叫ぶ。それと同時に大蜘蛛たちの何体かがフレイディアに飛びつき、その体を溶かす。それは結晶と混ざり合ってフレイディアと融合し、半分まで減らしたはずのHPが急激に回復を始める。

 ヒーリング能力! ネームドやボスが持つ事も珍しくないが、その厄介な能力は存在しているだけで忌まわしい。シノンはヒーリングを阻止すべくフレイディアの目を狙うも、そこも薄い結晶に覆われ、以前のように怯まなくなっている。

 言うなれば、頭部を1つ破壊するまでは前哨戦。残りの1つになった時からが本番だったというわけだろう。しかも防御力が激増しているのか、スナイパーライフルでダメージを与えられた様子がまるで無い。

 

(……いいえ、違う! 僅かだけど、結晶が剥げてる。攻撃を与え続ければ、頭部の結晶の鎧は破壊できる!)

 

 だが、その為に何発の弾丸を消耗するか分からない。あるいは、UNKNOWNの人工妖精ならば効率的に破壊できるかもしれないが、それを拒むようにレーザーが撒き散らされている。あれでは、追尾性能はあっても回避能力は無い人工妖精が迎撃されるのは目に見えている。

 やはりネームドは格が違う! それでも勝機はある以上、シノンは狙撃を止めない。あのレーザーの嵐では、UNKNOWNは飛び込むことが出来ないのだから。

 だが、今度はこちがお返しとばかりに、フレイディアの背にのった大蜘蛛たちが結晶を雨のように撃ってくる。その1発がシノンの右太腿を貫き、彼女のHPが3割も消し飛ぶ。どうやら1発の火力は低くとも、高い魔法属性を秘めた結晶攻撃は、魔法属性防御力を軽視しているシノンに大ダメージを与えるには十分なようだ。

 しかも寄りにもよって太腿だ。DEX型のシノンにとって、足への直撃は致命的である。僅かにスピードが鈍った瞬間に、拡散レーザーが迫る。

 それを防いだのはUNKNOWNだった。彼は片手剣を交差させてガードし、その全身も使ってシノンに拡散レーザーが直撃するのを防いだのだ。

 

「あ、あなた……なんで?」

 

『言っただろ? 俺がキミを守る』

 

 右手の分厚い片手剣を振るい、その剣風がシノンの頬を撫でる。その頼もしい黒のコートが隠す背中を、呆然とシノンは見つめていた。

 

『だけど、キミを守るには……フレイディアを倒すには少しだけ時間がいる。10秒で良い。時間を稼いでくれ』

 

「……10秒で良いの?」

 

『シノンなら10秒と言わずに100秒でも余裕だろ? だったら、俺はこれくらい謙虚じゃないとね』

 

 肩を竦めて見せて、UNKNOWNはシノンを奮い立たせる。本当に、キザったらしい部分が鼻をつく。だが、それが妙に似合っているのだからタチが悪い。

 

「大サービスで15秒、絶対にあなたへの攻撃は届かせないわ」

 

 そう言ってシノンは、あえてフレイディアの足攻撃とレーザーの猛攻が襲い来る間合いへと飛び込む。もちろん、そこはフレイディアの背に乗る大蜘蛛たちの結晶攻撃も激しさを増すエリアだ。

 見極めろ。シノンは、ざわざわと首筋を、全身の肌を、かぎりなく敏感にさせるように集中する。

 いつだってそうだ。神がかかりな射撃を成す時には、このような……まるで『システムから情報を直接もらう』ような、アバターが鋭敏になっていく感覚がある。

 目を閉ざす。何も見えないはずの世界で、シノンがつかみ取るのは『情報』だ。

 それはレーザー攻撃……そのエフェクトに隠された精密なデータの塊。射撃威力や速度計算、拡散率などの緻密な情報たち。それを肌が感覚的に理解し、シノンのアバターを十全に動かしていく。

 見える。目が見えずとも……シノンには『見える』のだ。

 まるで傍から見れば、レーザーや結晶が自ら避けたかのように、シノンは全ての攻撃を回避する。それも1度や2度ではなく、10……20……30にも届く。

 そして約束の10秒を超えた時、シノンが見たのは眩いソードスキルの光だ。それはシノンが避けるはずだった、それでも余波の回避は不可能と割り切っていた足攻撃を、あろうことか真っ向から弾き返す。

 幾らソードスキルのブーストがあるとはいえ、STR特化に見えないUNKNOWNがそれを成せる理由。それはただ1つだろう。

 

 

 

 

 

『≪二刀流≫ソードスキル……ブレイヴクロス』

 

 

 

 

 突進しながらのバツ印を描くソードスキルの斬撃。それがフレイディアの巨体を揺るがす。

 もう回避しなくて良いのだ。安心感と共にシノンはとてつもない疲労感に襲われる。何とかフレイディアの攻撃範囲外に逃れながら、彼女は猛然とフレイディアの頭部を目指して突き進むUNKNOWNを見守る。

 体液を踏むごとにダメージがUNKNOWNに与えられるも、それを彼は≪バトルヒーリング≫で軽減する。レーザーは射撃属性なのだろう。彼に命中する寸前で著しく弱まっているようにも見えた。どうやら≪射撃減衰≫も所持しているようである。

 だが、それ以上にシノンの心を奪い取ったのは、何の変哲もない通常攻撃だった。

 右手の一振り。それがフレイディアの頭部に命中した瞬間に、結晶の鎧が2割ほど轟音を鳴らして剥がれ飛ぶ。その威力は目視によるものだが、片手剣の範疇を超越していた。まるで中量級両手剣並みの威力である。

 それが……それが二刀流によって……DBO最高の二刀流使いにして、空前絶後の≪二刀流≫スキルの加護を受けながら解放されていく。

 

『うぉおおおおおおおおおおおぁああああああああああああ!』

 

 ラッシュ。その単語が意味するのは、ゲームでは強烈な連続攻撃だ。ヘカトンケイルが特に有名だったが、そんなものはコレの前では児戯だろう。

 攻撃を受けても止まらない。射撃属性は≪射撃減衰≫で低減され、≪バトルヒーリング≫がダメージを受けても回復する事によってHPの損耗を抑え込み、まるでスタンが蓄積しないかのような……いや、攻撃を受けるタイミングでソードスキルを発動させる事で強引にスタンになるのをシステム的に『回避』しているのだ。

 止まらない。フレイディアを悲鳴を上げながら、顎で噛みつこうとし、レーザーを浴びせるも、それらの攻撃軌道はUNKNOWNの神の領域にあるような反応速度によって対応され、逆にカウンター攻撃でガードと両立されて防がれてしまう。

 これにはさすがのフレイディアも堪らずに巨体を活かして距離を取ろうとする。そうはさせまいと、シノンは我に返ると、結晶が剥げて露わになった左目に銃弾を撃ち込んだ。今度こそ通った弾丸はフレイディアを怯ませ、致命的な隙をUNKNOWNに曝す。

 まず右手の片手剣が放ったのは≪片手剣≫の連撃ソードスキル【ダイヤモンド・ブレイカー】だ。6連撃にも至る、現行最高峰の≪片手剣≫連撃ソードスキルである。縦斬り、斬り上げ、そこから横薙ぎ2連撃、そして突いて斬り払いまでのセットになった、突貫能力が高いソードスキルだ。

 スタンする。フレイディアの攻撃でまるでUNKNOWNはスタンしなかったにも関わらず、逆にUNKNOWNのソードスキルが強大な存在であるネームドの動きを完全に停止させる。

 続いて左手の片手剣が煌めかせるのは≪片手剣≫の突進連撃型ソードスキル【グランドフレア】だ。渾身の突きから、更に3連続の突きを浴びせる、計4連撃という突進型ではあり得ない連発をもたらすソードスキルは、フレイディアのHPを大幅に削り取る。

 間もなくスタンから復帰する。それでもなお、コンマ1秒まで計算してソードスキルの順番から必殺に至る道のりをUNKNOWNは作り上げていたのだろう。

 

『≪二刀流≫ソードスキル【エンジェル・ダウン】』

 

 左右の片手剣がフレイディアの頭部を縦に割り、そして、そこから無造作とも言える片手につき7回……14回にも及ぶ連続斬りが決まる。

 もはやフレイディアのHP減少が止まる事は無かった。完全に足を折り、動かなくなったフレイディアの頭部は吹き飛ぶ。それが意味するのは、UNKNOWNの完全勝利だ。

 

『ハァ……ハァ……ギリギリ、かな?』

 

 スタミナ切れなのだろう。UNKNOWNは膝をつき、荒々しく呼吸を漏らす。

 何がギリギリだ。シノンは呆れて物も言えない。頭部1つ、バーは1本とはいえ、高防御力化したフルHPのネームドを、文字通り1回のラッシュで押し込んだのだ。これがバランスブレーカーと言わずに何を言うというのか?

 

「ちょっと、今のは何なんのよ!?」

 

『言わないと……駄目、か?』

 

 スタミナ回復しきっていない、声が絶え絶えのUNKNOWNの元まで歩み寄り、その首根っこをつかんで振り回すのを堪えながら、シノンは語気が荒くなるのを感じながら尋ねる。

 UNKNOWNは頬を掻きたいのか、仮面に指を触れ、やがてあきらめたように嘆息する。

 

『ユニークスキルだよ。≪二刀流≫さ』

 

「ソードスキルだけじゃ無さそうね。通常攻撃の威力をブーストさせる効果もあるの?」

 

『武器へのステータスボーナスが軒並みに大幅増加するから、武器攻撃力が片手剣クラスを超える、かな』

 

 言い辛そうなUNKNOWNの声に、シノンはどうしてユニークスキルを大ギルドが傭兵同士の殺し合いになるのも厭わずに、それこそ大ギルド間の摩擦増加も覚悟で入手を目指すのか思い知らされる。

 たった1人でステージも、ダンジョンも、ボスすらも蹂躙する可能性を秘めたスキル。それがユニークスキルなのだ。いや、そもそもユニークスキルがなければ、土台単独ボス撃破など不可能なのだろう。

 とはいえ、≪二刀流≫はラッシュ力こそ凄まじいが、専用ソードスキルのスタミナ燃費は悪そうだ。恐らく、武器威力の大幅増加による通常攻撃の超強化と扱いやすい≪片手剣≫ソードスキルのブースト効果の恩恵を高める方が、実際の有益だろう。

 だが、あのブレイヴクロスという専用ソードスキル……フレイディアの足を弾き返したのを見るに、火力ブーストを合わせれば、≪特大剣≫の突進型ソードスキル級にも匹敵しそうだ。それが二刀流という、片手剣2本装備で実現可能なのだ。しかも、あのソードスキルの軌道を……突進も含めてシノンには見切れていなかった。事前情報が無い者が使われれば、成す術なく一撃死もあり得る。

 

「なるほどね。そのスキルを使用オフ設定にしてたわけね。それを解除するのに10秒。へぇええええ、ほぉおおおお、ふぅううううん」

 

『秘密に……してくれないよなぁ』

 

「当たり前でしょ。まぁ、でも、あなたの弱みをまた1つ増やせるかもしれないし、対価次第では――」

 

 諦めムードのUNKNOWNに、シノンは助けてもらったのだから、せいぜいテツヤンのスペシャルパフェを奢りで口止めしてあげようか、という甘い判決を下そうとした時だった。

 フレイディアの死骸、そこから伸びた結晶がシノンへと襲い掛かる。間一髪でスタミナ切れから脱却して反応することができたUNKNOWNが彼女を抱えて距離を取る。

 

「さすがはネームドね。簡単には勝たせてくれない、ってわけね」

 

 本当に、どうしてこのゲームのネームドやボスというのは厄介な能力ばかりを所持しているのだろうか?

 首無しフレイディアの背中が完全に割れ、そこから伸びたのは……新たな8本の、蜘蛛よりも遥かに多関節な8本脚。

 まるで脱皮するように出現したのは、その全身を完全に結晶で構築された、赤い目を持つ巨大蜘蛛。

 

 

〈白竜の使徒 フレイディア〉

 

 

 それは竜の首を模る胴体を持つ、巨大な結晶蜘蛛だった。

 

『シノン、援護を頼む。もう1度……もう1度押し切るぞ!』

 

「それ以外に生き残る方法が無いだけでしょう? 言っておくけど、オートリロードはあと10発あるか無いかよ?」

 

 もはやシノンの援護はほぼ無いに等しい絶望的状況だ。事実として、フレイディアを最後までラッシュで潰せたのは、シノンの援護射撃でスタンさせたからだ。それが無ければ、再び距離を取ったフレイディアによって、UNKNOWNはスタミナ減少を強いられる戦闘を続行させられ、勝ち切れたかどうか怪しい。

 やはり、たった2人でネームド撃破なんて土台無謀なのだ。改めてシノンは、このゲームに立ちはだかる強敵の存在を思い知らされた。




絶望「二刀流で完全勝利……かぁらぁのぉ、恒例の2回戦」

悲劇「普通だな」

苦悩「普通だね」

恐怖「全く以って目新しさが無い。まぁ、最初だしこれで良いだろう」

希望「良くねぇよ。再起動を標準装備化してんじゃねぇよ」

喜劇「アサルトアーマーがネームド級で標準装備なんだよ?」

救済「諦めよう」

奇跡(チーズバーガーとコーラ、この組み合わせこそ最強)


それでは、158話でまた会いましょう。

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