SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

159 / 356
希望「うん、サブタイトルで分かると思うけど……僕ね、いつもみたいにお休みの時間なんだ。だけど、皆に1つだけ言わせて欲しい。僕も頑張ってるんだ。だけどね、やっぱり無理なんだ。だって……僕は死んでも働きたくないから」

救済「おい、カメラ止めろ。アイツを1度殺す」

喜劇「落ち着け! あんなんでもリーダーなんだ! 必ず……必ずいつか覚醒してくれるはずなんだ!」

奇跡(独り人生ゲーム……これは流行る!)


Episode15-16 神楽を舞て、禍津神は下りる

「はい、そこに正座」

 

 腕を組んだシノンは、太陽も氷の塊になってしまいそうな程に冷え切った眼差しを、ガタガタと震えながら正座をして背筋を伸ばすUNKNOWNに向ける。

 

『シ、シノン。落ち着いてくれ。話せば分かる。分かり合えるはずだ!』

 

「ええ、そうね。きっと、あなたには事情があるのでしょうね。私もね、≪二刀流≫くらいまでなら、ちょっと甘い物を奢ってもらえれば良いかなって思ってたわ。それに、正直に言えば、あなたがまだ隠し玉を持っているって聞いた時には、ユニークスキルをもう1つくらい持っているかもしれないって思ったの」

 

 ふふふ、と聖母のように優しい表情……なのに、どう考えても阿修羅が業火の中で小躍りしているようにしか見えない笑みで、シノンは計算し尽くした角度で首を曲げる。

 

「それで、『キリマンジャロ』さんはもちろん≪集気法≫の詳細を教えてくれるわよね?」

 

 スマイルは交渉テクニック。偉い人も言いました。シノンは男たちを魅了するほどの満面の笑顔でハンドガンの銃口を、UNKNOWNの仮面越しの額に押し付ける。

 

『分かった! 分かったから、銃を下ろしてくれ!』

 

「大丈夫よ。ハンドガンのクリティカルダメージくらいで、あなたは死なないわ。誤射の1発くらい耐えなさい」

 

 本当にぶち抜いてやろうかしら。シノンはトリガーに指をかけるも、あの二刀流でフレイディアを撃破した勇ましい姿から一変して情けなく正座するUNKNOWNを見下ろして、もうどうでも良いかと、ハンドガンをホルスターに戻す。

 

「まず、ショックが小さい方から聞くわ。あの硬直無視の連続ソードスキルは何?」

 

『スキルコネクトだよ。システム外スキル。どんなソードスキルでも繋げられるわけじゃない』

 

 UNKNOWNによれば、ソードスキルとは結局のところシステムアシストによるアバターの自動操作らしい。その中でも、片腕だけで発動できるソードスキルは、比較的反対の手は自由な『感覚』があるとの事だ。そして、ソードスキルが終わり、硬直がスタートする直前、コンマ1秒以下の誤差も許されずに、ソードスキルを発動していない反対側の手で発動モーションを起こす。

 条件として片腕で発動できるソードスキルである事、次に繋げるソードスキルの発動モーションと繋げられる最低限のモーションがある事、最後に繋げるソードスキルの発動モーションを硬直直前のシステムアシスト終了のタイミング……時間にしてコンマ1秒以下の猶予でズレも許されずに実行する事。これだけの条件を突破して、初めてスキルコネクトは成功するらしい。

 

『俺も成功率は5割くらいさ。調子が良い時でも6割。今回は自分でも驚くくらいに上手くいったよ』

 

 5割成功の6連続成功だから、確率で言えば10パーセント以下ね。暗算するのも面倒なので、シノンは先程の6連続スキルコネクト成功は、UNKNOWN曰くまぐれに近い奇跡の連続の結果だったのだろうと判断しようとして、そんな事あるかと全力否定する。

 こういうタイプの5割は7割くらいか8割くらいの成功率だと思っておくものだ。シノンは彼の事を信頼こそしても、その調子の良い言動は信用すべきではないと認定する。面白い事に、クーは信頼こそされないが、信用はされる。まさに真逆だ。

 

「クーも大概だと思ってたけど、今納得したわ。あなたの相棒を務めてくれるのは、確かにクーしかいないでしょうね。彼ならあなたがどんなトンデモをしでかしても『ふーん、それで?』で済ましてくれそうだもの」

 

『実際にそうだったんだよなぁ。俺がスキル・コネクトを見つけた時も、クーって全然驚かないし、追及もしないし、やる気なくどんな仕組みなのか食事の時に聞いてくるくらいだし、本当に気が楽だったよ。アインクラッドも終盤で、チェーン・ソードスキルと同じタイミングで見つけたんだけど、ほとんど無反応だからなぁ。でもさ、それがゲーマーとして逆に腹立たしくも――』

 

「元相棒への惚気はそれくらいにして、次は≪集気法≫について教えて。いえ、それよりも! あんな万能スキルがあるなら、最初から追い込まれたりするはずがないじゃない! その辺りどうなの!?」

 

 場合によっては、≪集気法≫というユニークスキルは全プレイヤーのヘイトを集めかねない禁忌のスキルだ。

 DBOにおいて、最重要の概念がスタミナだ。スタミナ管理こそがDBOにおいてプレイヤーが日夜磨き続けているプレイヤースキルであり、スタミナ配分こそが戦闘で何よりも重要視される技術だ。

 だが、UNKNOWNが持つ≪集気法≫は間違いなくスタミナを回復させた。DBOにおいて、スタミナを回復させる手段は時間経過以外にあり得ない。もしも回復アイテムでスタミナ回復できるのならば、どれだけドロップ率が悪いレアアイテムであろうとも、全ギルドが総力を挙げて収集するはずだ。

 逆に言えば、未だにスタミナ回復をさせるアイテムは発見されていない。せいぜいスタミナ回復を促進する指輪や装備が見つかっている程度だ。それも、決して劇的な効果をもたらすわけはない。

 

『アレはそんな万能なものじゃないよ。最初に使ったのは【ウォー・リヴァイヴ】。魔力を全てスタミナに変換する専用ソードスキルなんだけど、発動できるのはスタミナ切れの状態だけだし、使用後はしばらくスタミナの自動回復もしなくなる』

 

「でも、他にもスタミナを回復させるソードスキルもあるじゃない」

 

『シノンは格ゲーってやった事あるか?』

 

 突然の話の方向転換に訝しみながら、シノンは首を横に振る。GGOに触れる以前はゲーム自体に興味が無かったのだ。当然ながら、世間一般の格闘ゲームはもちろん、ストリートファイター系のVRゲームも未経験だ。

 

『格ゲーにも色々あるけど、幾つかはブロッキングっていうシステムがあるんだ。相手の攻撃に合わせてブロッキングを発動させると、ダメージを無効化して、ゲームによっては必殺技ゲージが上昇する。俺が使ったリカバリーブロッキングも理屈は同じだよ。発動時間はとても短くて、このタイミングで相手の攻撃に合わせて当てるとスタミナが回復するんだ。便利だけど、使い勝手の悪いソードスキルだよ』

 

「見た感じでは使いこなしているみたいに見えたけど……」

 

『あれはフレイディアの攻撃が単調だったお陰さ。攻撃力が無いブロッキングだから、ソードスキルというよりもガードスキルと呼んだ方が正しいかもしれない』

 

 他にも話してはいないだろうが、色々とデメリットもあるのかもしれない。シノンが思っていた程に無敵スキルではなさそうだが、どちらにしても二刀流という燃費の悪いユニークスキルとは最高の相性なのは間違いないだろう。

 さすがのシノンもこれ以上を訊きだす気はない。他にも≪集気法≫には色々な秘密技があるかもしれないが、それはUNKNOWNにとっても隠したい能力のはずだ。幾ら協働とはいえ、互いの事を全て明かす道理はない。

 

「……ハッキリ言ってあげる」

 

 だから、これはシノンなりの感謝の証だ。彼女は深呼吸をしてから、正座するUNKNOWNに背中を向ける。

 

「さっさとユニークスキル持ちだと明かしなさい。そうしないと、あなたは取り返しのつかないことになる」

 

『…………』

 

「隠し続ける事なんてできないわ。必ず何処かから情報が漏れる。私は黙っているつもりでも、あなたがその2つのユニークスキルをずっと人前で使わないなんて土台不可能なんだから、適当な場所で明かしなさい。嫉妬もあるだろうし、憎まれるだろうし、下手したら誰かが殺しに来るかもしれない。でも、そんな物は『大した問題』じゃないわ」

 

『……シノン』

 

「あなたの相棒を思い出してみたら? 悪名のせいで人生ハードモードみたいよ。噂じゃ、色々とヤバい依頼をこなしているせいで、ちょっと裏道を歩いたら殺し屋を差し向けられる事も少なくないらしいわ。だったら、ユニークスキル2つ所持しているくらい何よ。むしろ、その2つの力を誇示して、ラストサンクチュアリを守り続けなさい。【聖域の英雄】さん」

 

『そうだな。俺も開き直らないと、駄目だよな』

 

 拳を握って立ち上がったUNKNOWNに、シノンは世話の焼けるんだからと微笑んだ。

 わざわざ隠していたのは、きっとUNKNOWNが嫉妬と憎悪の視線に耐えられないからだろう。確かに、これが普通のVRMMORPGならばユニークスキル1つ所持しているだけでも阿鼻叫喚、2つともなれば地獄の顕現となりかねないだろう。

 だが、もはやDBOにおいてユニークスキル持ちがどんな扱いになるかは分からないが、ラスト・サンクチュアリという『弱き人々の最後の砦』を守る英雄ともなれば、嫉妬や憎悪よりも、その英雄性を示す格好の御旗となるはずだ。

 

「だから、次にピンチの時は迷わず使って。じゃないと私が死ぬわ」

 

『約束するよ。そういえば、シノンの呪いも解除しないと。だけど、俺は解呪石を持ってきていないし……』

 

「私もよ。もう、私には事実上これ以降の探索は無理ね。ここが引き上げ時ってところかしら」

 

 フレイディアの死亡した場所には、封じられたソウルが瞬いている。だが、呪い鈍足という致命的なデバフを受けたシノンは、これ以上の戦闘はおろか、シャルルの森を歩き回ることさえ不可能だ。

 

『解呪か。どうにかならないかな』

 

「無理よ。解呪石なんてわざわざ持ち歩いているプレイヤーがいる訳が無いし。レベル1の呪いだから解呪法が分かってるだけマシね。クーなんて、もう何ヶ月も左目を潰された状態なのよ? 私は治るだけ救いがあるわ」

 

 依頼失敗だ。だが、シノンはむしろ解放されたように気持ちが軽くなる。これ以上、この森に留まり続けていれば、何か恐ろしい事が起きる気がするのだ。

 

『……分かった。だったら、安全な脱出方法を探そう。森の外へ移動できる手段が必ずあるはずだ。この辺りだったら南の館が近いらしいから、まずはそこに行って情報を集めよう』

 

 そんな都合が良いものがあれば万々歳だ。シノンは苦笑しながら、封じられたソウルに手を伸ばした。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「戦闘終了。『予想通り』、UNKNOWNとシノンの勝ちだ」

 

 フレイディアの巣から十数メートル離れた物陰にて、レックスは退屈そうに欠伸を噛み殺しながら相棒の虎丸の言葉に寝惚け眼を擦る。

 

「ようやくかよ。あんな雑魚蜘蛛相手に時間かかり過ぎなんじゃないか、猫ちゃんと名無し様はさ」

 

「前情報無しでは十分にやった方だろう。総合戦闘時間は628秒。連携もろくに取れていない2人組にしては悪くないタイムだ」

 

「俺たちなら300秒もあれば挽肉にできるぜ」

 

「無理だな。450秒あって後先を考えなければ何となるかもしれないが」

 

 そこは強気で『当たり前だろう』と返すところだろうに。ノリが悪い相棒に、こんな真面目馬鹿だから組んでいて面白いと喉を鳴らしてレックスは笑う。

 彼の今回の装備は普段の白いファーがついたワイルドなコート姿ではなく、ジャングル仕様の迷彩装備だ。隠密ボーナスをかなり高める為か、≪気配遮断≫すら持っていないレックスでも、十分に隠れ潜むことができる。その分防御力は悪いのだが、隠密用と割り切ればそこまで悪い装備ではない。

 

「しかし、≪二刀流≫と≪集気法≫か。ユニークスキル2つ持ちとはね。さすがは最強プレイヤー候補といったところかな」

 

 眼鏡を外した虎丸は厳しい表情をする。フレイディア戦を『観戦』していたレックスも、まさかUNKNOWNが2つもユニークスキルを所持していた事には驚いたが、それ以上の感情は無い。

 

「ハッ! そんな事どうでも良いじゃねぇか! 油断しきったあの2人を潰すぞ。猫の方が呪い付きで弾切れだ。殺るのに10秒とかからねぇさ」

 

「……レックス、ここは退くぞ」

 

 やる気満々で屈伸運動をするレックスの出鼻を挫く虎丸の撤退宣言に、彼は相棒を睨む。だが、虎丸は眼鏡をかけ直すと、逆にレックスへと問いかけるような視線を向けた。

 

「確かに、今ここで背後から彼らを襲うのは理にかなっている。シノンの撃破も可能だろう。だけど、今の僕らが2人がかりで、ダメージを受けているとはいえ、UNKNOWNに勝てる見込みは無い」

 

 相変わらずハッキリと物を言う奴だ。レックスは燻る戦意を相棒への信頼で押し潰す。彼を高ランカーまで押し上げているのは、自分にはできない頭脳労働を担ってくれている虎丸のお陰だ。故に、彼は絶対的な信頼を虎丸に預けている。

 だが、今回ばかりは別だ。せめて納得できる理由が欲しい。間違いなく、これはシノンとUNKNOWNを始末する最高の機会だ。彼らは背後から、それこそフレイディアの巣窟である洞窟に潜り込んだ時から背後を取っていた彼らに気づいていない。それを成したのは、彼らが今回与えられた【霞の指輪】という、高い隠密ボーナスを与える指輪のお陰だ。特に相手の有効視界距離の半分に入るまでアバターを認識されないという、強力な指輪だ。ただし、使用中は歩く以外の行為ができなくなるという欠点がある。

 

「まず第1に、今回の僕らの装備は隠密仕様だ。対してUNKNOWNは武装も防具も万全。特に、あの人工妖精の新型攻撃アイテムは分析が終わっていない。これは勝率を大きく下げる要因になる」

 

「アレ欲しいよなぁ」

 

「第2に、僕らが優先すべきは情報を持ち帰る事だ。UNKNOWNが≪二刀流≫を保有している可能性は以前から指摘されていたが、スタミナ回復まで出来るのは完全に予想外だ。あのスキルにはまだ他にも能力があると見て間違いないだろう。今はこの情報を持ち帰る事こそが最優先事項だ。仮に戦ったら、キミは優勢でも劣勢でも生き残れるかもしれないが、万が一でも『僕』は無理だ。絶対に死ぬよ」

 

 冷静に、『相棒を殺すつもりならば、どうぞご勝手に』と言われ、レックスは唸りながら黙る。ここで虎丸を失ってまでUNKNOWNの首を上げる程に切羽詰まった事情があるわけでもない。

 

「……分かった。『弱っちいお前』の為に、ここは退くさ」

 

「ありがとう」

 

「気にするなよ。相棒だろ? 勝つ時も負ける時も2人一緒さ」

 

 頭を下げて感謝する相棒に、レックスはニシシと歯を剥いて笑う。彼はちゃんと分かっている。虎丸は自分が弱いから死ぬと言ったが、実際にはレックスの身を案じての事だ。チャンスだと逸った自分は、必ず悪い癖が出て冷静さを失い、そこをUNKNOWNに突かれれば死は免れない。それを理解した上で、虎丸は自分の弱さを言い訳にしてレックスのプライドを守る形で撤退する事を決定したのだ。

 本当に頭が良い相棒を持って幸せ者だ。レックスは名残惜しさを覚えながらも、UNKNOWNたちを視界から外す。

 

「情報は得られた。ハッキリ言うよ。『UNKNOWN、恐るるに足らず』。≪二刀流≫の弱点は見えた。『最強のプレイヤー』なのは間違いないが、『最強の傭兵』には程遠いよ。撃破の道筋は見えた」

 

 断言する虎丸に、レックスはならば尚の事ここは退こうと確信する。虎丸は鼓舞する為に虚言を吐く男ではない。彼が言うからには、本当にUNKNOWN撃破の作戦を組み立てられるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、ウルガン。そろそろキミの意見を聞こうか? 僕らにわざわざ2人の戦闘を見せてくれた、その真意をね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 虎丸は振り返り、砂が固まったような壁にもたれかかりながら青々とした果実を齧るウルガンに、友好的とは言えない笑みを向ける。

 

「ワタシ、シジ、シタガーウ、ダーケ! オマエタチ、ミセル、UNKNOWN、ツヨサ!」

 

「なるほど。僕たちに……いや、僕にUNKNOWNの戦闘データを収集させる事がキミの……キミ達の目的というわけか。ミュウの指示じゃないね? キミは誰の命令で動いているのかな?」

 

「ムーツカシイコート、ワカラーナーイ! ワタシ、イワーレタ! UNKNOWN、ツヨサ、ヒミツ、アーバーケ! オマエ、ワカッタ! ソレ、モチカエーレ!」

 

 ムカつく喋り方をする野郎だ。レックスは虎丸に視線で『ぶち殺して良いか?』と問うが、虎丸は『耐えろ』と無言で返答する。

 ウルガンは対人特化の傭兵だ。交戦する意思を見せていないとはいえ、やはり隠密仕様の装備で揃えた自分たちではやや厳しい。それに何より、戦闘に入ればUNKNOWNに勘付かれる。それは虎丸の望むところではないだろう。

 

「OKだ。ここは道化を演じようじゃないか。僕らの依頼も『ユニークスキルの入手』じゃないからね。この辺りで森を脱出するとするよ。12のソウルの解放、ドラゴン、神殺し……何が起こるのかは大体見当が付いたからね」

 

 え? 俺の知らないところで、虎丸ちゃんは何を理解しちゃったの!? レックスは目を丸くし、この場での撤退どころか、森からの即時脱出を宣言する相棒に、事態が自分の把握している範囲から遠く離れてしまった事を今更になって気づく。

 だが、ここはウルガンにプレッシャーをかける為にも、虎丸に乗るしかないだろう。レックスは片目を閉じながら、強気に笑う。

 

「そういう事だ。ウルガン、お前がどんな事を企んでるのか知らねぇが、俺たちは森を出るぜ」

 

「スキ、シーロ。ワタシ、シゴト、オワーリ!」

 

 ウルガンは跳躍し、壁を蹴りながら、ロープも使わずに立体的なダンジョンを上っていき、姿を消す。同じプレイヤーとは思えないアクロバティックな動きだ。あんな動きでジャングルにて襲われれば、レックスとて苦戦は免れないだろう。

 

「で、虎丸。何が分かったんだ?」

 

「森を出ながらじっくり教えてあげるよ。僕は死にたくないし、キミにも死んで欲しくないからね。でも、シノンが呪いを受けた以上、彼らも森を脱出するならば早い方が良いだろうね。お勧めできないのが実に残念だよ。僕らクラウドアースが保有するルート情報さえあれば、鈍足状態の彼女でも安全に脱出できるかもしれないからね」

 

 眼鏡の奥で、レックス顔負けの肉食獣のような眼光を秘めた虎丸は楽しげに口元を歪める。

 レックスと組む前の虎丸の2つ名は【詰将棋】だ。彼自身の戦闘能力ではなく、環境・アイテム・トラップ・友軍・敵軍……ありとあらゆる要素を利用して、対象を追い詰めて倒す。

 

「行くよ、レックス。『今』は逃げるが勝ちさ」

 

「おうよ、相棒。『次』は俺たちが勝てば良いんだからな。期待してるぜ?」

 

 俺は馬鹿だ。冷静さもすぐ失って、余計な被害ばかり生んで、挙句に戦果も満足に上げられなかった傭兵だ。そう、レックスは自分を評価する。

 

 

『馬鹿で良いじゃないか。僕はキミみたいなバイタリティ溢れる欲望丸出しの生き方に憧れを抱くよ。何にも悩む必要が無いシンプルな心。それも立派な強さだ』

 

 

 それが虎丸からタッグを組んでくれと頼まれた時の誘いの言葉だった。

 虎丸は将士、俺は駒。飛車だろうと角だろうと何だろうと、指示通りに姿を変える駒だ。レックスは自分を正確に操ってくれる相棒を、虎丸は自分の指示通りに動いてくれるレックスを、互いに一切の不純物なく信じている。

 

「さてさて、『英雄殺し』を企んでいるのは誰なんだろうね? そして、その為の駒は誰なのかな? 英雄はバケモノを殺すものだけど、存外バケモノに喰われる英雄も多いものさ。特に……英雄譚の末路なんて大半がそんな『悲劇』で終わるものだよ」

 

「だったら、俺が超英雄になって、英雄もバケモノもぶち殺せば完・全・解・決、だな!」

 

 グーサインで自分を示すレックスに、心底呆れた眼差しを向けた虎丸だが、やがて嬉しそうに脱力した様子で嗤った。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 ルカが破壊され、飛び散る破片の向こうで、アレサンドラの悲しみを感じる。

 自分の攻撃が仲間を殺してしまった。その気分はどうなのだろうか? オレは淡々と背後のレギムのウォーハンマーを、その軌道も見ずに頭を下げて回避し、前転しながらの蹴りでエンチャントが施された柄を蹴り上げる。僅かなダメージがオレにも入るが、そんなものは微々たるものだ。

 手放されたカタナが宙で踊り、オレはライアーナイフを伸ばす。それはウォーハンマーを蹴り上げられて隙ができたレギムを狙う。頭が地面を向き、足が空へと伸ばされる中で、ライアーナイフは色彩を黒から白に変えて一直線にレギムの胸部を貫いた。

 すぐに縮小させて刃を抜き、今度はライアーナイフを手放す。カタナを逆手でキャッチしながら、ライアーナイフの柄頭を蹴りあげ、カタナの反りで叩く。それは仲間の瓦礫を超えて反撃に移ろうとしていたアレサンドラの兜と鎧の隙間へと衝突する。

 火花が散る中で、オレは突き出されるウォーハンマーをこめかみと1ミリ未満の距離を掠らせながら接近し、ライアーナイフの柄頭へと更に駄目押しの肘鉄を加える。それは分厚い刃を強引に兜と鎧の間に押し込み、更に容赦ない蹴り上げを柄にお見舞いしてライアーナイフの頑丈さを利用して刃を更に潜り込ませる。

 アレサンドラがもがき苦しみ、青い光を撒き散らす。さて、もう少しといったところか。時間的には100秒くらいが残っているかな。まぁ、あと15秒も殺し尽くすのにかからないが。

 伸びたライアーナイフで胸部を貫かれたレギムが、ウォーハンマーの先端に闇を集める。重力闇術を使うつもりか。オレはカタナを収めると、羽鉄のナイフを抜いてレギムのウォーハンマーを握る指へと放つ。総数4本にも及ぶ羽鉄のナイフは高い貫通性を活かし、レギムの指に次々と突き刺さる。それでもレギムは闇術の発動を止める事が無い。

 まぁ、それで構わんさ。オレはスタンロッドを抜くと、雷撃を纏わせながらレギムがまさに闇術を放つ瞬間を狙ってウォーハンマーを叩く。それは闇術の放つタイミングをズラし、まさに体勢を整わせようとしていたアレサンドラに直撃する。

 金属が悲鳴を上げながら、アレサンドラが手を伸ばすも、闇術の重力をまともに受けたのだ。傷ついた甲冑がグシャグシャに捻じ曲げられながら、残り僅かだったHPを散らせる。

 これで、後はレギム1体か。腹に大穴が開いたレギムは、もはや脅威ではないが、茅場の後継者ならば、この段階から更に奥の手を発動させるギミックを準備しているはずだ。

 高々とレギムが跳躍し、オレから距離を取る。

 感じたのは、レギムを中心に吸い込まれていく風。それは散っていった彼の仲間2体の中身……ソウルの光をレギムに集中させていく。もはや屑と化した破片すらもレギムに凝縮され、破壊された甲冑を修復していく。

 瀕死状態だったレギムのHPが完全回復し、なおかつ青い炎のようなオーラを纏う。それだけではない。レギムの目とも言うべき兜の覗き穴。そこから、確かな感情の光を宿した炎の如き赤い光が溢れる。

 オレへと注がれる感情は……『憎悪』、そして『憤怒』だ。仲間を殺された仇を討とうとする強い想いに、オレは背筋に何かが這うような気持ちを味わう。

 ようやく……ようやくか! 仲間2人を殺され、ようやく『命』へと昇華したか!

 

「そうだ! それで良い! オレは狩り、奪い、喰らい、戦い、そして殺す者! オマエは今まさにオレの獲物となった! さぁ、殺し合おう! その全てを貪り喰ってやるよ!」

 

 青いオーラを纏ったレギムが突進する。先程とは違う、オペレーションと性能が最終決戦モードとしてパワーアップしたのではない、『命』があるからこそ乗せる事ができる、感情という強い力……気迫とも言うべきものを乗せたウォーハンマーの一撃。一見すればエンチャントが解除されているようにも見えるが、果たして実際はどうだろうか。

 単調な叩き付け攻撃だ。何かの誘いか? オレはサイドステップで回避しようとした瞬間に、咄嗟にスタンロッドを捨て、チェーンブレードを盾のように構える。それは本能が行った無意識の防御行動であり、コンマ数秒の後に凄まじい衝撃がオレを突き飛ばす。

 チェーンブレードが破砕音という悲鳴を上げ、ポリゴンの欠片を散らす。全く、これでグリムロックからのお叱りが1つ増えたではないか。半ばから巨大な亀裂が入ったチェーンブレードを見て、オレは舌なめずりする。

 叩き付け攻撃の一瞬、レギムの腕が『分裂』したのだ。そして、回避したはずのオレへと同時に2本のウォーハンマーと突きと薙ぎ払いが襲った。チェーンブレードの破損拡大は、その攻撃を無理矢理ガードした結果だ。

 レギムが右腕を振るう。すると、まるで残像のように複数の腕がオレの視界の中で揺れる。

 

「そうか……オマエは仲間と1つになったんだな」

 

 それは虚ろの衛兵に定められた、最後の姿なのだろう。試練を突破しようとする者に与えられる、彼らが仲間を失い、1人になった時にこそ得られる力。だが、それを今まさにレギムは盲目的にオペレーションに従うからではなく、オレを斃すという殺意を力にして振るっている。

 チェーンブレードはあと1回くらいは防御に使えるか。ライアーナイフはアレサンドラにダメージを与える時に投げて回収してないし、スタンロッドは放り捨ててしまった。残るは右手の拳と足、それにダメージの通りが悪いカタナくらいだな。

 せめて左腕が残ってたら、もう少し楽ができたのだが。残り時間は70秒くらいか? あまり遊んでいる時間は無い。

 レギムが加速し、オレの背後を取るように回り込む。そして、ウォーハンマーを振るえば、分裂し、3方向からの同時攻撃が襲い掛かる。

 バックステップで攻撃範囲から逃れるも、瞬時にレギムはルカが使ったソウルの槍のような魔法弾を、アレサンドラの地面に広範囲で広がる雷撃と併用しながら放つ。

 宙へ跳べば魔法弾の餌食、かと言って地面に残れば雷撃を喰らう。オレは瞬時にチェーンブレードをその場に突き刺し、足場にする。柄頭を踏み、雷撃をまとも浴びて半ばから折れたチェーンブレードのご臨終を耳にしながら、魔法弾をチェーンブレード分で稼いだ高さで跳び越え、レギムへとカタナで斬りかかる。

 まともに胸に斬撃を浴びたレギムは、怯むことなくオレへと膝蹴りを打ってくる。先程には無かった柔軟な近接への対応。やはり『命』があると思考が違う!

 距離を再び話されたレギムは、その身に纏う青い光を更に強める。それと同時にカタナで与えたダメージが高速で回復する!

 

「ちょ、HPが……っ!」

 

 と、そこでオレの耳に入ったのは、エイミーの叫び声だ。チラリと横目を見れば、格子にしがみついてオレとレギムの死闘を見守るエイミー、ユージーン、クレイトンのHPがやや削れている。

 なるほど。牢屋に囚われたプレイヤーのHPを変換し、自己回復、それに恐らく攻撃力と防御力の際限ない強化を行うわけか。どちらも時間制限という条件突破を困難するだけではなく、仲間のHPが奪われる為に、1度で攻めきれなければ、仲間を自分の無力さで殺してしまう事になる。

 レギムが回転攻撃をしながらオレに迫るも、それはもちろん単純に3倍の威力を誇る。残像の腕を合わせてウォーハンマー3本を振るい、更に同時に全方位へと魔法弾・雷・闇の玉を撒き散らす。もはや、これはシューティングゲームだな。僅かな隙間を縫うように射撃攻撃を躱すも、魔法弾が頬を掠め、アバターの肉が抉れたのを感じる。

 残りHPは3割くらい。時間は60秒を切った。そして、レギムの強力なオートヒーリングと攻撃力・防御力の強化、更に攻撃回数は単純に3倍で対応力も3倍。

 ネームド? 馬鹿を言うな。こんなのボス級だ。蝕まれた竜狩りはタイマン仕様で助かったが、コイツは時間制限から牢屋まで、ギミックの全てをフルに活用した、間違いなくプレイヤーに『仲間を救える』という希望を持たせて殲滅させる意図を持ったネームドだ。

 残念だよ、レギム。オマエとはもう少し『遊び』たかったんだけどな。オマエの殺意を堪能して、怒りも憎しみもへし折って、その『命』を叩き潰してあげたかったのだが、それをするだけの時間的猶予がもう無い。

 ユージーンの目がある以上、ライアーナイフという暗器の特徴も披露したので、情報公開は避けたかったのだが、もはや仕方ない。

 

「レギム、これはオマエへの詫びだ」

 

 本当は、もっとじっくり戦いたかったよ。だけど、もう終わりにしよう。

 オレは指で不死鳥の紐をつかみ、引っ張って外す。『アレ』をするならば、やはり髪は下ろした方が気分的にもやり易い。

 カタナを逆手に構え、その刀身をゆらりと背中に隠す。レギムは更なる自己強化を施し、ユージーン達のHPを啜っているが、あの減り様ならばエイミー以外は60秒くらい大丈夫だろう。まぁ、さすがに回復手段は禁じられているだろうが、その辺は考慮するのもダルいしな。

 どちらにしても、依頼達成の為には彼らを死なすわけにはいかない。だから、今はその為に本能を全開にする。

 

「見せてやるよ、ヤツメ様の血……その『力』をな」

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 自分の選択が間違っていたのか、今のグリムロックにはまだ判断できない。彼は自宅ではなく、クゥリのマイホームに足を踏み入れ、来客対応用のたった1脚の椅子に腰かけながら、天井で回る空気の流れを生むファンを見つめる。

 ユニークスキル争奪戦は1週間を超え、いよいよ大ギルドは大量戦死者の情報を隠せなくなっていた。噂によれば、初日の夜に聖剣騎士団と太陽の狩猟団の補給部隊が壊滅し、2つの大ギルドとそれらの勢力寄りだった中小ギルドは大慌てのようだ。

 特に、今回の戦死者の中心は、大ギルドの下部組織である。要は精鋭部隊である本体ではない。それが大ギルドによって『使い捨て』にされているのだという、これまでもアンダーグラウンドで囁かれていた論調に着火がされてしまった。

 大ギルド排すべし。それを声高に宣言し、下部組織を抜ける者もまで出現する始末だ。このイメージを払拭すべく、聖剣騎士団と太陽の狩猟団は何とか挽回の一手を狙っているはずだが、それが何なのか策略家ではないグリムロックには想像がつかない。

 彼にとって分かっている事は、知らされた『事実』の生々しい重さだ。そして、そこに生まれた感情を『彼ら』に利用され、協力してしまった事も自覚している。いや、それはむしろグリムロックが望んでの事だ。まるで自分が詐欺師に騙された被害者のような言い分をすべきではない。

 

「ジッとしていられないが、仕方ないか」

 

 まだ『時間』では無いのだ。その時がくれば連絡を受ける手筈になっている。いつもならば、可愛いソルディオスの設計データを弄るか、レイレナードの再設計に取り組むか、クゥリに使ってもらう新しい実験武器の構想を練るか、のいずれかで時間を嬉々と潰すのだが、今はそんな気分になれなかった。

 

「殺風景だね、クゥリくん。キミの心を映しているようだよ」

 

 インテリアに凝った様子が無い、倉庫を改良したマイホーム。ただ眠り、武器を安置し、食料を置き、そしてトレーニングを積む。それだけの空間だ。遊び心が介在していない。

 家主のいない間に模様替えをしてしまおうか、とグリムロックは誘惑に駆られるが、それを振り払って、せめてトレーニングプログラムの状態だけでもチェックしようと地下室に向かう。

 螺旋階段を下りた先にある広々としたトレーニングルームは、クゥリの強い希望によってグリムロックが仕立てたものだ。動かない目標ばかりの、個人でも使える安物トレーニングプログラムであり、それでも高額でメンテナンスコストも決して馬鹿にならない。

 グリムロックはトレーニングプログラムの起動画面を見て、トレーニングログが限界まで蓄積しているのを見つけて苦笑する。ログは限界まで溜まると、トレーニング終了の度に最古ログを消去するか否かの判断をプレイヤーに仰いでくる。それは煩わしいので、定期的にログを消去して掃除した方が良いのだ。

 親切心でグリムロックはログを消そうとして、ふと1つの疑念を覚える。

 そもそも動体目標もなく、トレーニングと言っても、ただひたすらに武器を振るう以外にないのだ。こんな物を相手にして、クゥリ程のプレイヤーが満足にトレーニングができるはずがない。

 単純に体を動かしたいだけかもしれないが、それならば適当な狩りをすれば良い。このトレーニングプログラムの価値といえば、せいぜい最大限に人目から忍ばせておきたい武器の扱いを熟練させる事くらいだろう。だが、それならばグリムロックの工房でも十分できるはずだ。いや、むしろ工房の方がグリムロックの意見やサポートも加わり、武器の微調整も行えるので効率が良いはずである。

 ならば、このトレーニングルームの真価とは……グリムロックにすら『見せられない』トレーニングを積む為なのではないだろうか? そんな推測に至った彼は、湧きだす好奇心でログの確認をしようと指を震えさせる。

 見たいようで、見たくない。そもそもグリムロックにマイホームの出入りの自由を許しているならば、このログを確認されるところまでクゥリもまた予想済みなのではないだろうか? あるいは、彼は脇が甘くなるほどにグリムロックを信じてくれているのではないだろうか?

 前者ならば見ても問題なく、後者ならば裏切りになる。グリムロックは悪魔と天使が行ったり来たりする中で、開き直って目を通すことにした。ビックリ箱と分かっていても開けざるを得ない人の心理である。

 

「ログは主にアバターの運動データか。自分の動きをチェックしていたのかな?」

 

 戦闘に関しては妥協しないクゥリらしい。恐らく、イメージする相手との戦いに基づいた動きを何度も何度も重ねていたのだろう。反復練習は決して裏切らないのだから。

 これらのデータを流用すれば、更なるクゥリの強化が可能になる! レイレナードを完成させる為の絶好のデータの塊に、グリムロックはゲへへと涎を垂らして、ログを次々と開いて確認していく。コピーを取れないのが残念だが、後でクゥリに交渉すれば、これくらいのデータは提供してもらえるだろう。

 だが、ログを読めば読むほどに、グリムロックは奇妙な違和感を覚える。

 多種多様に見える運動データだが、その中にパターンが幾つもあるのだ。いや、それは反復練習なので当たり前なのだが、何かがおかしい。

 1つ1つ確認する度に違和感は悪寒に変質し、ログが『ある目的』の為だけに重ねられ続けた狂気の沙汰だとグリムロックは悟る。

 

「う、うわぁ……うわぁあああああああああ!」

 

 無様にグリムロックは腰を抜かし、ガクガクと震える。彼にとって悲劇だったのは、膨大な運動データの塊が成す断片的な情報を繋ぎ合わせ、クゥリが何を生み出そうとしていたのか理解できてしまった事だろう。

 こんな物を……こんな物を、『人間』が編み出して良いというのか!? 確かに『システム上』は許されるかもしれない。だが、こんなものは狂気そのものではないか。

 

「クゥリ君……キミは……キミは……」

 

 殺意。何処までも純化された殺意の産物。それ以外の何物でもない。

 何度も訪れたクゥリのマイホーム。渇いた空気ばかりが沈殿するその地下室で、おぞましい狂気が熟成されていた事を、今更になってグリムロックは知るのだった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 

 

 揺れる……揺れる……揺れる。

 

 叔父さんが……揺れる。

 

 腐った眼でオレを見下ろし、助けを求めるように蛆を濁った血肉の唾液と共に垂らしながら、死のニオイを漂わせている。

 

 手繰り寄せる。あの時のビデオに映っていたのは何?

 

 ああ、そうだ。オレだ……ヤツメ様の祭事……そこで神楽を舞うオレだ。

 

 くるくる。

 

 くるくる、と。

 

 くるくるくるくる、と。

 

 くるくるくるくるくるくる、と。

 

 オレは舞う。ヤツメ様に捧げる為に……いいや、ヤツメ様の面を被れば、そこにいるのは『オレ』と『ヤツメ様』。

 

 揺れる……揺れる……揺れる。揺れているのは『誰』? ああ、『オレ』だ。そして『ヤツメ様』だ。この身を揺らし、首を揺らし、頭を揺らし、まるで酔うかのように意識を深く深く潜らせていく。

 

 レギムが突っ込んでくる。その姿は、アレサンドラとルカが重なり、レギムは仲間の魂と力を纏ってオレを叩き潰そうとする。

 

 良いよ。おいで。全てを受け入れてあげる。『オレ』と『ヤツメ様』は微笑んで、レギムの殺意を抱きしめる。

 

 

 

 

 

 

 対【黒の剣士】想定OSS【八ツ目神楽】……発動。

 

 

 

 

 

 

 解放されたのは、真紅のライトエフェクト。

 オレの体はシステムアシストに則り、動き始める。ただし、その加速は極大。オレの平時出力7割を超し、8割から9割に至るほどのSTRとDEXを使った、旋回込みの逆手からの斬撃。

 それを実現したのは、脳に致命的な精神負荷を受け入れた状態での1発限りのOSSのモーション記憶。OSSとして登録するモーション自体がオレの最高到達点の動きであり、更にそこへと自身のアバターの動きを重ねてモーション値を高めてブーストをかける。

 それはレギムに完全なカウンターとして食い込まれ、そのままオレはシステムアシストに則って、レギムの周囲を回るようにしながら、更に踊る様に3回の斬撃を浴びせつける。

 ここまで……コンマの世界、1秒未満。

 本来ならば、この4連撃で八ツ目神楽は終わりだ。レギムのHPはそれなりに削れるが、超回復もあって削り尽くすことはできない。

 そう、ここまでで……『壱之型』が終わりだ。

 脳の出力を切り替える感覚。オレはOSSを……【八ツ目神楽弐之型】へとスキルコネクトで繋げる。

 オレは【黒の剣士】を誰よりも知っている。故に、誰よりも殺す事に関して妥協しない。そこで、クリスマス後にOSSの開発を勤しんだ。

 だが、そもそもオレにOSSを作ろうにも、何連撃もあるようなオリジナルを作れるはずがない。そこで、オレは発想を変えた。

 ならば、『ソードスキルの範疇を超えた大きな運動を行うOSS』を編み出せば良いのだ。

 そして、OSSとして組み込める土台を、オレは元から持っていた。幼き頃に習得した、祭事においてオレが神子となって舞う神楽。その剣舞。

 ただひたすらに、殺意を純化させ、神楽の剣舞を鍛え上げる。OSSの領域として採用したのは、≪歩法≫だ。ラビットダッシュなど多用したオレには、推力を得るソードスキルの感覚が身についていた。それを利用し、より体幹コントロールが利いて旋回半径や運動距離を御しやすいOSSを編み出した。

 だが、それでもせいぜい4連撃が限界だった。いや、それ以上はOSSとして登録できても、『型』として登録されてしまうので見切られてしまえば終わりだ。

 もっと選択肢がいる。オレが思い出したのは、アインクラッドで『アイツ』が自慢するように披露したスキルコネクトだ。

 片手で発動できるソードスキル、そのモーション終了直前に、空いた手で別のソードスキルを入力して硬直無しで繋げる。≪二刀流≫を持っていた、『アイツ』だけに許された……ように見えたシステム外スキル。

 だが、オレは考えた。DBOはソードスキルも潤沢になっている。誰でも両手で武器を持てるようになった。多くのソードスキルの起点は『腕』だけに止まらない。

 だから、オレが目をつけたのは『足』だ。足の動きをOSSの起点にする。それはまさに神楽を舞うような繊細な動きであり、右足と左足のそれぞれに発動モーションを組み込んだ。

 スキルコネクト前提OSS【八ツ目神楽】。その型式は全部で49。これは、実際の八ツ目神楽をソードスキル用に拡大した動きで細部までバラした結果できた、49の神楽の動き。その全てがオレには染み込んでいる。

 だから、後はソードスキルとして発動させる為に、高出力のSTRとDEXで『舞える』ようにするだけだった。そして、1発勝負の、あの脳が灼けるような致命的な精神負荷を受け入れきるギリギリで、オレは全てを登録した。

 だが、結果的に言えば、オレは『狂った』。致命的な精神負荷を完全に受容せずとも、やはり理性を保つ『理由』が無ければ維持できない。オレがOSSの登録で生きていられたのは、脳が受け入れきる前に強制的に本能をシャットダウンさせたからだ。トレーニングルームには動体目標が無い……『敵』も『餌』もいなかったからこそ、本能は止まってくれた。

 ああ、思い出しただけで死にそうだった。だが、お陰で49の型全てを最上に近い状態で登録することができた。

 繋げる。繋げる繋げる繋げる! 何度も何度も何度も何度も、時間があれば八ツ目神楽のスキルコネクトをトレーニングルームで練習し続けた。だが、どうやっても上手くいかなかった。当たり前だ。脳の出力を切り替える? そんな真似、オレにできるはずがない。それこそ『アイツ』のように、高いVR適性が必要になるはずだ。

 だから、オレは思い出す事にした。神楽を舞った時の感覚を。『ヤツメ様』と『オレ』が重なる瞬間を。そしたら、どうだろう? オレは舞えた。

 そうだ。神楽とは神事。即ち、祭事と同じ精神状態に戻すのだ。

 ただひたすらに、型から型へと繋げ、神楽を舞う。それだけでレギムはソードスキルの嵐に呑み込まれたかのようだった。ウォーハンマーを振るい、分裂させ、ソードスキルの斬撃を迎撃しても、そこから先が読めない。何故ならば、次にどんな型に繋がるか分からないのだから。対応しきる前に、システムアシストの推力がスキルコネクトで維持され、増幅され、際限なく暴力的になっていくのだから。

 ならば宙で対応する。そうだ。レギムはオレが舞い上がった瞬間の刹那にウォーハンマーで突こうとする。良い追尾だ。『命』のギリギリで奇跡的な、偶然とも言うべき正解を叩き出してソードスキル中のオレへとウォーハンマー迫らせる。

 だが、それも対策済み。空中での型は全部で7つ。飛び跳ねる八ツ目神楽の動きは宙でも荒々しい。そして、ソードスキルのシステムアシストがもたらす運動は、空中でも軌道変更を生み出す仮想世界の物理法則の上位にある事は、成り損ないの苗床戦で実証済みだ。蓄積した推力と追加推力で、空中でも劇的に軌道変更できる。

 地上で、空中で、ありとあらゆる場所で軌道変更を可能とし、49の型へと際限なく枝分かれし続ける。これによって、たとえ『アイツ』が≪二刀流≫を持っていたとしても、神のような反応速度で対応しようとも、それごと磨り潰せる。

 当然ながら、スタミナはいずれ切れる。ほとんどが単発か2連程度でもソードスキルの連発なのだから当然だ。だが、オレは知っている。スタミナ切れ状態でもソードスキルは発動する。数値で『1』でも残っていれば、スタミナは回復するのだ。

 あえて、低連撃のOSSにしたのは1つの型のスタミナ量を抑え込む為だ。1つの型が行っている間に『1』を回復させる時間があれば良い。そうした『スタミナを回復させる時間を稼ぐ型』も入れてある。

 スタミナ切れの状態でも、正確にOSSの発動モーションを起動させ、スキルコネクトをする。スタミナ切れに耐え忍び、戦闘を続行した経験がある、オレだけが可能とする……『アイツ』を殺す為だけのソードスキル。

 まぁ、片腕しか使えない現状では、実際にできる型はせいぜい25個ほどだし、動きも制限されるがな。

 

「  クヒャ   ヒャハハ     ハハハハ    アハハハ   アハ   ウヒャ  アハハハ クヒ   クヒャハハ アハハハ    アハ アハハハ クヒャ    クヒャハ     クヒハハハ    クヒャハハハハ!」

 

 レギムが恐怖を感じているのが分かる。死にたくないって叫んでいる。

 大丈夫だよ。全部『食べてあげる』からね。

 その『命』も、恐怖も、何もかも……『オレ』と『ヤツメ様』のものだから。

 

 だから、死ね。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 これが……本当に『ソードスキル』なの? エイミーの目に映るのは、もはや真紅のライトエフェクトの線ばかりだ。もはや、レギムを中心に真紅の光が嵐のように回転しながら解き放たれているようにしか見えない。

 ライトエフェクトが拡散する暇もなく、新しい見た事も無いソードスキルに繋げられ、硬直も無く、【渡り鳥】はレギムを中心に舞っている。レギムはただ真紅の光を帯びた斬撃の嵐に呑み込まれ、抵抗もできずに刻まれ続けている。鎧は破砕され、中身が漏れ出し、肘から先が切断され、細切れにされていく。

 不思議だ。目では見えていないはずなのに、エイミーには【渡り鳥】が美しい剣舞を踊っているかのようにしか見えない。

 

「……トランス状態」

 

 ぼそりと、絶句するエイミーの隣で、ユージーンが……彼らしくない、険しい表情と僅かな冷や汗を垂らしながら、呟く。

 

「【渡り鳥】があの詳細不明の絶技を放つ直前、奇妙な状態だっただろう?」

 

 言われてみれば、レギムが襲い来る瞬間、その直前に【渡り鳥】の体が揺れていた。それはバランスを保てていないというよりも、まるで何かを余計な物を削ぎ落としていくような、水面の波紋を打ち消すような、そんな集中力の塊のような状態だった。

 

「ソードスキルからソードスキルへと繋げるシステム外スキルは、チェイン・ソードスキルを始めとして確認されている。恐らく、アレもその応用技術だろう。だが、その為には高い集中力が必要とされるはずだ。動く針の穴に糸を通すような……人間離れした繊細な感覚がな」

 

「それを可能にするのがトランス状態?」

 

 エイミーも聞いた事がある。トランス状態とは極度の集中状態による自己催眠の1種とも言われているものだ。

 

「ああ、日本におけるトランス状態の代表と言えば――」

 

 真紅の光が消える。レギムはただの金属の残骸と成り果て、その中心部で【渡り鳥】が立ち竦んでいる。フラフラと、スタミナ切れ特有のバランス感覚の欠如が見られるが、依然として立ち続け、ぼんやりとした虚ろな眼をしている。

 そして、笑う。その表情は男性でもなく、女性でもない、中性的な……『別の誰か』としか思えないような狂えるほどに純粋な笑顔。

 

「あは……アハハ……アヒャハ……クヒャハハハハ……アハハハはははハハハはは!」

 

 それはまるで、疲れるまで玩具で遊んだような無垢な笑い声だった。

 腕を広げ、くるくると舞の名残を愉しむように、フラフラした体で【渡り鳥】と『誰か』は笑う。

 

「神楽。神を下ろす神事だ」

 

 そう言い切ったユージーンが見ているのは【渡り鳥】ではない『別の何か』なのか。それはエイミーには判断できなかった。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 これで2つ目。シノンが封じられたソウルを入手したと同時に、その『異常』は起こった。

 肌で感じる、というのはこういう事を言うのだろう。

 シノンは振り返る。同様に、何かを感じたように、UNKNOWNもまた抜剣し、周囲を見回す。

 互いにHPは回復済みだが、シノンはスナイパーライフルの弾詰めがまだ済んでいないし、UNKNOWNにはウォー・リヴァイヴのペナルティ時間でスタミナの自動回復が停止している。

 

『シノン……「感じる」か?』

 

「ええ。何なの、この感じ……」

 

 言い知れない不気味な、まるで蜘蛛の巣にかかったかのような、そんな悪寒。

 シノンはまさかフレイディアが再生するのではないかと見つめるが、ソウルの守護者は例外なのか、その肉体はポリゴンの欠片となって少しずつ消滅している。これならば、さすがに再起動はあり得ないだろう。

 だとするならば、これは『何』なのだ? シノンが訝しんでいる間に『答え』の方が先に姿を現す。

 それは黒い水。あるいは泥。

 フレイディアの住み家とダンジョンを繋げる出入口、そこから5メートルほどの距離にて、地面に黒い水面が現れたのだ。

 たぷん、と波紋が生まれ、黒い水は立体化し、1つの形となり、新しい色を生む。

 思わず、シノンは見惚れた。

 それは女だった。いや、女の『形』をした何かだった。

 比較的小柄な体格であり、腰まである長い髪。

 その肌は黒。アフリカ系のような生命ある色黒ではなく、純粋な漆黒。ただし、赤い血のような幾何学的な模様が浮き上がっては消滅するのを緩やかに繰り返している。その肌を隠すのは白のワンピースであり、足首まであるノースリーブのそれは、まるで夏の草原を歩む令嬢にのみ許された物のようだった。

 髪の色は純白。まるでそれ自体が淡く発光しているかのようであり、漆黒の異質の肌とエキゾチックに映える。

 顔もまた肌と同じ黒色で塗りつぶされているのだが、その異様な真紅の目は爛々と輝ている。およそ白目と呼べる部分は無く、無数の円が重なり合ったような不気味な眼球なのであるが、それは生理的嫌悪感以上の完成された美のようにしか思えてならない。

 ゆらり、と少女がこちらを見る。その視線がシノンを射抜いた瞬間に彼女は悟る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分はここで死ぬのだ。彼女に『喰われる』のだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 どちらが捕食者で、どちらが餌なのか。それを目を合わせるだけで理解する。シノンはガクガクと膝を震わせ、それでもナイフを握りしめ、ハンドガンの銃口を向ける。だが、恐慌のままにトリガーを引くより先に、UNKNOWNが彼女の前に立って、その2本の片手剣を振るって壁となる様に立ちはだかる。

 ああ、UNKNOWNがいるから大丈夫。彼ならば、きっと何とかしてくれる。そのように頼れるはずの背中は……今まさに、シノンの目でもハッキリと分かる程に『恐怖』で震えていた。

 

『あア、ヨウやく会えたね』

 

 少女の真っ赤な口から漏れたのは、何処かで聞いた覚えがある美しい音色。

 ああ、そうだ。あのクリスマスの夜に聞こえた、下手糞でありながら心を震わせる、聖女のような歌声と同じ声なのだ。

 だが、その本質は真逆。同じ声音なのに、籠る感情は純粋な残虐性を秘めた冷たさだ。

 

『私は待っていた。あなたと会える日を……ずっとずっと待っていた』

 

 嬉しそうに、少女は微笑んで両腕を広げてシノン達を……いや、UNKNOWNを迎え入れるように微笑む。

 だが、反応を示さずに、剣を構えたまま動かないUNKNOWNを見て、少女は残念そうに腕を下ろす。

 

『halleluiah♪ halleluiah♪ halleluiah♪』

 

 異質の少女が歌うのは、メサイヤのコーラス部分だ。その麗しい歌声は人々を魅了する魔力に満ちていながら、それ以上に心を掻きむしる狂気に浸されている。

 聞きたくない! これ以上、彼女の歌声を耳にしたくない! シノンは自分の頬に涙が伝っているのを知るも、それを無様とは思わない。『コレ』の前で、正気を保てている方が生物としておかしいのだ。

 

『フフフ、猫さんは怖がりだね。大丈夫、私は「オリジナル」と違って優しいの。ちゃんとね、ぐちゃぐちゃになるまで、その命と心を貪り尽くして、バラバラにして、繋ぎ合わせて、壊して壊して直して壊して壊して直して……遊び尽くして、飽きてから殺してあげる。だって、あなたは「オリジナル」にとって大切な想い出の1つだもん』

 

『オマエは……何なんだ!?』

 

 UNKNOWNは力の限りに、自らを侵蝕する恐怖と狂気を振り払うように叫ぶ。だが、仮面とイヤリングの二重効果で発声が禁じられているUNKNOWNの声はシノンにしか届かないはずだ。

 だが、UNKNOWNの叫び声を耳にしたかのように、少女の笑みは固まる。

 

『分からない……の? 私が……私が「誰」から作られたのか、本当に分からないの? 酷い……酷いよ! あんなにも「オリジナル」はあなたの事を大切に想っているのに! 聖夜の中で狂いながらも、あなたの為に戦い続けたのに! 自分の心を毟りながら、私という存在を生み出すまで「痛み」を背負ったのに!』

 

 泣きわめく少女は髪を振り回し、腰を折ってその場にうずくまる。グスグスとすすり泣き、目を擦りながら、ゆらりと立ち上がる。

 

『そうよ……そうよね。あなたに、私も「オリジナル」も理解できるはずがない。最初から分かっていたのに。だったら殺しましょう。殺しましょう! 殺しましょう! アハハハ!』

 

 壊れたように、ケタケタと笑い出す少女の声が洞窟で反響し、それはまるでコーラスのようにシノンの全身に波となって押し寄せる。

 

「あなたは、何なのよ!? 何なのよぉおおおお!」

 

 もう限界だ! シノンはハンドガンを乱射し、弾丸を少女へと放つ。銃弾は次々と着弾し、少女の肌を貫き、赤黒い液体を銃創を生み出しながら散らす。それは彼女の体液であり、まるで心を蝕む猛毒のようだった。

 自身の額の穴から垂れる血を手に取り、少女はべっとりとしたそれを舐める。ぴちゃり、ぴちゃり、ぴちゃり、と音が繰り返される。

 

『私? 私はあなた達が生んだバケモノ』

 

 少女の指が踊る。血が線を描き、点となり、大地に染み込んでいく。そこから生まれたのは、無数の数字とアルファベット、そして記号。それらは赤黒い光を宿した無数の針金となり、少女の背中に集まっていく。

 

『私はホロウ。狂える鉄の城の奥底に眠っていたバケモノの鏡写し。でも、「あの男」が私を目覚めさせた。不完全で、自我も無い私から、何かを抜き取った。そこから「オリジナル」の血を再現しようとしたみたいだけど、無駄だったみたいね。誰も血を制御できなかった。だから、「あの男」は私を使う事にした。不完全な私が「命」を持てるだけの器と「餌」を準備した』

 

 黒い針金は集積し、凝縮し、少女の背中で形を生み出していく。それは巨大で赤黒いもの。

 

『多くの人の感情と願いを集積して反映させるのがホロウ。だから、私は「オリジナル」の記憶を全て持っている。そして、あなたたちプレイヤーが「オリジナル」に向け続けた感情と願いも知っている』

 

 クスクス、と少女は上品に口元を隠す。そうしている間にも、赤黒い針金達は絡み合っていく。

 それは少女の小柄な体の背中から伸びる8本の鞭。いや、まるで脊椎のような触手。あるいは爪。もしくは牙。何にしても、禍々しい命を奪う為の力の権化。

 

『恐怖恐怖恐怖! 怖いのでしょう? 恐ろしいのでしょう? 殺したいのでしょう!? 否定否定否定否定! そうやって「私たち」を否定し続けた! そうよねそうよねそうよね! だったら、存分に恐れなさい! 怖れなさい! 畏れなさい!「私たち」はバケモノなんだもの! アハハハ! アヒャヒャヒャハハハハハ!』

 

 だが、シノンが少女の背中より伸びる赤黒い8つの脊椎の如き触手に重ねたのは、たった1つのイメージ。

 

 

 

 

 

 

 

 それは……『蜘蛛』。

 

 

 

 

 

 

 

 少女の頭上に1本のHPバーが生まれる。だが、それはノイズがかかり、揺らぎ、名前を示すべき場所は文字化けしている。だが、それもパズルが組み替えられていくかのように、1つの名前を作り出していく。

 

『私は「オリジナル」の残骸。「オリジナル」の「痛み」とお前たちの「恐怖」が生んだホロウ! だったら演じましょう。だったら成りましょう! 私はそんな風に望まれて生まれたのだから! あなたたちが「私たち」に「神」になれと……「バケモノ」になれと、願ったのだから!』

 

 

 

〈The mother Legion/hollow AI code【Yatsume】〉

 

 

 

 

『殺し合いましょう、剣士さん!『私たち』はずっとあなたを殺したかったのだから! ここにいるのは魔王! あなたは英雄! さぁ、バケモノを殺して見せなさい! アヒャハはハハハ♪』




いったい、いつからシステム的チートを得た程度で無双出来ると錯覚していた?

<システムメッセージ>
・主人公(真)が難易度「ゴー・トゥ・ヘル」へと突入しました。結果的にラストサンクチュアリにも壊滅フラグが立ちました。哀れなり、キバオウ。

・元相棒がチート殺しの発狂技を完成させました。<二刀流>専用ソードスキル? スタミナ回復? そんな物に頼る暇があるなら純粋な戦闘能力を高めなさい。ぶち殺されますよ?

・キミと殺し愛たい系ヤンデレが参戦しました。大丈夫大丈夫。相手は現代に蘇った狂神の残骸ですから。オリジナルの無限成長型本能さんには及びませんから。アバターがボス級くらいで、残骸とはいえ「それなりに再現されている」くらいですから。

・これくらい切り抜けないと正妻を取り戻すなんて、夢のまた夢ですよ? その為のチートスキル2つなんだから頑張ってください。


……これが、主人公力だ!


それでは、160話でまた会いましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。