SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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主人公が主人らしくないくらい活躍しない事がデフォルトになりつつありますが、問題ありません。
本作の主人公はコミュ力の全てを戦闘力に回しています。なので、日常パートになればなるほど活躍する機会を失います。
そして、肝心の戦闘でもなかなか活躍の場を与えてもらえないのですが、これも仕様です。
大丈夫! これから主人公らしく七難八苦してもらいます。
もちろん、七転八倒されようとも主人公が主人公らしく活躍できるとは限りませんが。

スキル
≪暗視≫:暗闇を見通す事が出来るスキル。ただし、デバフ『盲目』を打ち消せるわけではない。
≪潜水≫:水中での行動制限が緩和されるスキル。
≪聞き耳≫:小さな物音が小声を聞き取る事ができるスキル。対抗として【気配遮断】スキルが存在する。

アイテム
【クレイモア】:両手剣。取り回しや使い勝手の良さから多くの戦士に愛されている両手剣の代名詞とも言うべき存在。切れ味も重量も申し分なく、これを使いこなせば剣士として一人前であり、また敵からすれば恐るべき強敵となるだろう。
【鎖の鞭】:鎖を鞭として改造したもの。粗末な品であるが、それでも鎖の重量は馬鹿にすることができず、命中すれば相応の手傷を負わす事が出来る。
【二重鉄の大盾】;2枚の鉄板を重ねた大盾。名も知られない鍛冶屋の作品であり、鉄板同士の間に緩衝材を詰める事によって防御力を飛躍的に増す事に成功した。だが、その分重さが増し、高い筋力が要求される事となった。



Episode4-1 北のダンジョンのボス攻略会議

 寝覚めが悪い。たとえ仮想世界であろうとも、目を開いた瞬間から頭に靄がかかったような、理由のない苛立ちというのはあるものだ。

 ZOOのホームハウスを皆が眠っている夜明け前に出ると黒鉄宮跡地に赴き、誰もいない墓所のような場所で時間を潰して北のダンジョンのボス攻略会議が開催される時刻まで待つことにした。

 現在は午前4時半。ウインドウに表示された時刻は常にプレイヤー間で統一されており、1分1秒として狂う事はない。

 会議の時間は正午。7時間以上も適当に時間を潰さねばならないのは面倒だ。

 

「手順でも確認しとくか。間違うわけにはいかねーしな」

 

 オレはディアベルがわざわざ準備してくれた今日の会議の流れを確認する。

 まずダイヤウルフが開催の挨拶をし、北のダンジョンのボス攻略会議を進行する。

 次にディアベルが北のダンジョンのボス部屋までの発見者として壇上に立ち、情報を述べる。

 その後、ダイヤウルフが既に南のダンジョンのボスは撃破されており、北のダンジョンのボスさえ倒せば現状に何らかの変化が訪れるだろう事を述べる。

 そして、一体感が生まれかけた場面でオレが水を差すように乱入する。ベータテスターを適当に責め立てて、ダイヤウルフとディアベルの両名に論破されて負け犬よろしく席に戻る。

 最後にソロでオンリーで気落ちしているオレにディアベルが声をかけ、オレとディアベルとシノンの3人の元の鞘に収まる。

 

「うわぁ……スゲェ噛ませ犬っぽいな。オレにできるのかよ」

 

 立候補したのは違いないが、こうしてみると今後のベータテスターの扱いを変えかねない重大な立ち回りを要求される大役だ。

 オレに求められているのは、いかに口だけの馬鹿犬野郎を演じられるか、という点だ。台本通りに進めれば問題ないだろうが、決して八百長だとバレる訳にはいかない。

 ずっと廃村を拠点にしていた以上、オレ達3人が仲良しこよしのパーティだったなんて知る由もねーだろうし、見た覚えがあってもオレが上手く役を演じれば見間違いで済ます事ができる。

 SAOでは、確かエギルがベータテスターの功績を主張する事で場を収めた。そして、その功績はあの鼠女……アルゴによる部分が大きい。彼女が自身の情報とベータテスターが収集した情報をまとめて無料配布した本は、ルーキーにとって地獄に現れた聖書のようなものだったはずだ。

 だが、DBOでは……というよりも終わりつつある街では肝心要の印刷手段がない。文字データの複製を作成して配布する方法がない以上、1冊1冊手書きするしかなく、またその為の金銭的・時間的コストも馬鹿にできない。

 そもそもシノンが北のダンジョンで一体幾つのベータテストとの変更点を挙げたか分からない程なのだ。ベータテストの情報など、余計な不確定情報になって油断を呼ぶだけのような気もする。

 一方でその前情報である程度の命運とスタートダッシュが決まったのも確かだ。ベータテスターは確かに多くの……それも生存に直結する情報を持っている。スタミナなどその最たるものだ。

 たとえ、会議の場で収める事が出来ても、いずれ何らかの形で理不尽な憎悪は爆発する。『アイツ』は自己犠牲でそれがSAO全体に波及する事を抑えたが、そもそもベータテスターでもないオレに生贄の羊になる事はできず、またオレ自身も磔刑にされるような尊い自己犠牲精神は持ち合わせていない。

 爆発した時はした時だ。そもそも自らをベータテスターと言い触れ回っているような馬鹿はいないだろうし、ベータテストで得られた情報を活用できるのもこの最初のエリアだけのはずだ。ならば、存外ベータテスターへの怒りは萎み、自然消滅するかもしれない。

 

「頭脳労働はオレの担当じゃねーし、オレはオレにできることをするしかねーよ。なぁ、皆?」

 

 オレは背中を預ける『それ』に問いかける。無論、答えが返る事はない。

 それはこの黒鉄宮跡地に残された墓標。全てのプレイヤーの名前が刻まれ、そしてその生死を教えてくれる冷たい石。

 既にDBOにおける死者の総数は2000人を突破していた。1ヶ月半程度しか時間が経っていないのに、既にプレイヤー側の2割が犠牲になった。

 許容範囲内であり、予想の範疇だ。オレはディアベルもシノンもいないからこそ、鼻でその事実を笑ってしまう。SAOでも2ヶ月で2000人だったが、その後の死者のペースは落ち着いた。今回も似たような展開になるだろう。

 イルファング・ザ・コボルドロード。オレ自身は戦った事がないSAO第1層のボス。当時のプレイヤーのレベルは平均10程度だった。だが、今のオレはレベル12であり、コボルド王が当時と同じ強さならば十分に安全マージンを取っている事になるが、このDBOで安全という単語程脆い事もないだろう。

 あの腐敗した姿はかつてのコボルド王との再戦を意味するものか、それともオレ達に対する何らかの油断を誘発させるものか。何にしてもオレがすべき事はシンプルだ。戦って勝つ。それだけだ。

 

 

Δ     Δ     Δ

 

 

 半壊した広場には見覚えがある。SAOのデータを流用し、改造したものならば、この地にはかつてコボルド王に挑んだSAOのプレイヤー達が集合していたに違いない。

 正午ギリギリに広場に足を運んだオレが見たのは、30人近い、ダイヤウルフの想定通りの数が集まったプレイヤー達だった。

 幸いと言うべきか、見知ったリターナーの姿はない。SAOを生き抜いたリターナーでもスタートダッシュのスピードは違うだろうから、まだこの場に居合わせるだけの実力が備わっていないのか、それとも会議の情報を得ていないのか、あるいは知った上で無視しているのか。可能性は幾らでもある。考えるだけ無駄だ。

 オレは目だけを動かしてプレイヤーを1人ずつ確認する。役回りの関係で壇上に上がらなければならないので真ん中辺りの席を確保する手前、それとなくプレイヤーを確認する事ができた。

 グループごとに固まっているが、ソロはいないような気がした。オレはなるべく他のプレイヤーから距離を取って腰を下ろす。べ、別に下手に話しかけられて喋れなくなる事が怖い訳ではない。

 

「まず今日は集まってもらって感謝する!」

 

 と、オレが腰を下ろしたタイミングを見計らったかのように、壇上に勢ぞろい……というわけではなく、イーグルアイを除いた5人のZOOの面々から1歩前に出て、ダイヤウルフが北のダンジョンのボス攻略会議の開催挨拶を行う。

 少しオレの着席とタイミングが合い過ぎているが、別に不自然ではないだろう。オレは自然とディアベルとシノンを探す。ディアベルの青髪はすぐに最前列で確認できたが、シノンについては見当たらない。

 もしかして出席していないのかとも思ったが、最後尾で腰かけずに柱にもたれていた。その顔には何処か不満がある。もしかしたら、オレがベータテスターの為に芝居を打つ事を当事者として良く思っていないのかもしれない。

 実は今回の芝居、シノンを抜きにして決めた事だ。彼女がその場にいれば、ベータテスターとオレ達に公言している彼女ならば必ず反対してくると分かっていたからだ。ディアベルには彼女の説得も頼んでおいたのだが、この様子だと失敗したのかもしれない。

 

「私はダイヤウルフ! 後ろにいるのは仲間達だ。まずは皆さん、今日は貴重な時間を割いていただいて感謝する! 今回は事前告知した通り、このDBOでもトッププレイヤーの皆さんに集合していただいたのは他でもない……北のダンジョンを攻略する為だ!」

 

 少々声に力が入り過ぎているが、ダイヤウルフは明瞭な声で力強く宣言する。さすがは教師だ。まずは集まったプレイヤーを賛美し、その上で会議の主旨を明確にする。お手本通りだな。

 

「このデスゲームが開始してから1カ月半。既に総死者数は2000人を突破し、プレイヤー達の間には絶望と閉塞感が漂っている。それは致し方ない事だ。だが、だからこそ我々トッププレイヤーは多くの心が折れた者たちに、まだ我々という希望が残されている事を示さねばならない! 諸君らは既に噂を耳にしているかもしれないが、南のダンジョンのボスが撃破されたのは事実だ。他でもない我々の手によって斃された!」

 

 1部の情報を得ていなかったらしいプレイヤーがざわめくが、大半のプレイヤーはどっしりと構えている。だが、その表情が心なしか明るくなった者が多い気がした。

 噂は本当だった。その事実が勇気を与えてくれる。そして、ダイヤウルフを英雄視する眼差しが送られる。なるほどな。こういう演出も込みで噂を広めてたわけか。教師よりも政治家の方が天職なんじゃねーのか。

 

「そして喜ばしい事に、我々ZOOの盟友でもあるディアベル君とシノン君の2人パーティが、ついに昨日……北のダンジョンのボス部屋を発見した!」

 

 今度こそ、プレイヤーの間で大きなざわめきが起きた。ダイヤウルフに手招きされ、壇上に上がったディアベルの顔は何処か優れない気がした。仮想世界の表現とは言え、SAOが開発されてから6年近い。オーバーな演出のみならず、細やかな心情表現もより精密になったのかもしれない。

 あと何気にオレを抜いた2人の功績になってるんだな。まあ、オレの名前があったらこれから始まる茶番に影響が出るし、妥当だろう。

 

「紹介ありがとう、ダイヤウルフさん。皆、俺はディアベル。ご覧の通り、ナイトを気取らせてもらっているよ」

 

 柔らかだが、見る者の心を惹く強さを宿した微笑み。ダイヤウルフのややオーバーな演出とは対照的であるが、その立ち姿は絵になっている。

 ギルドの設立が可能なのかDBOは分からないが、あの2人はいずれ組織を率いる男になるだろう。その時、彼らは同じ組織か、それとも別々の組織を率いるのかは知らないが、上手く切磋琢磨してくれる事を望むばかりだ。

 だが、ここで予想外の展開も起きた。幾人かのプレイヤーがぼそぼそと何やら話し始めたのだ。

 

「シノン? シノンってあのGGOの?」

 

「【魔弾の山猫】のシノンの事かよ」

 

「GGO最強のスナイパーがいるのか」

 

「死銃事件の解決の立役者って噂の……」

 

 おやおやシノンさん。どうやら人気者のようですね? オレはチラリと最後尾のシノンを見るが、明らかに影が薄くなっている。≪気配遮断≫使いやがったな。

 パンパン、と拍手が響く。静粛を求めるディアベルとダイヤウルフが同時に手を叩いたのだ。指導者同士、打ち合わせ無しで話を戻すタイミングを取るのが被ってしまったという事だろう。

 

「悪いけど、彼女は笑ってサインをしてくれるような飼い猫じゃない。あまり騒ぐとご自慢の狙撃が飛んでくるからこれくらいにしておこうか」

 

 お茶目にウインクを挟んだ上でディアベルは凛と顔を引き締める。たったそれだけでプレイヤー達の意識が再びディアベルに戻された。

 

「北のダンジョンのボス部屋までの安全なルートは既に俺たちが発見している。最低限の交戦でボス部屋にまで安全に到達する事が出来る。ボスは4~5メートルの獣人型だと思われる。残念だけど、実際に交戦して情報を得た訳じゃない。でも、俺たちが独自に得た情報によるとそのボスの外観はSAOの第1層ボス、イルファング・ザ・コボルドロードに酷似している。このDBOの製作者は茅場晶彦の後継者だ。だから、茅場晶彦への敬意を込めたサプライズとして登場させた……そう考えるのが自然だろうね」

 

「ならば我々にも勝ち目がある。実を言うと、ディアベル君はイルファング・ザ・コボルドロードの戦術についても情報も集めてくれた。情報源は本人も明かせないそうだが、リターナーである事は皆も想像が付くはずだ」

 

 ダイヤウルフが引き継いだ展開にオレは目を丸くした。それは寝耳に水だったからに他ならない。

 確かにディアベルにはイルファング・ザ・コボルドロードがSAO第1層のボスだった事は教えた。だが、いかなる戦術を取るのかまでは教えていない。というよりも、オレ自身が交戦したわけではない為、教える事ができなかったのだ。

 そもそも『アイツ』以外の誰がコボルド王戦に参加したのか、オレ自身も知らないのだ。コボルド王の外観もアルゴが販売していたボスのスナップ写真をたまたま買い集めていたからに他ならない。

 だとするならば、ディアベルにはオレ以外のリターナーとも繋がりがあり、それを隠していた事になる。……別に嫉妬はしねーよ。どんな情報屋と繋がりがあるのかなんて仲間同士でも易々と明かすものじゃねーだろうしな。

 

「ボスの情報を後ほど共有するとして、もう皆さんお分かりだろう。我々は大きな勝ち目がある! 確かにボスは強いが、決して倒せない訳ではない! いや、この場にいる全員が一丸となって戦えば、必ず1人として欠ける事なく勝利できると確信している!」

 

「その通りだ! 俺たちの力をあの狂人に見せてやろう! そして、多くの絶望にあるプレイヤーに教えてあげるんだ! 俺たちはデスゲームに屈したりしない! 必ず現実に戻ると!」

 

 2人の宣言で広場のボルテージは一気に高まり、その熱狂はまるでドラゴンの火炎ブレスのように息苦しさを覚える。アイドルのコンサートとか、アメリカの大統領演説とかこういう熱を持ってるんだろうな、って何となく思ってしまうオレは駄目な子だ。

 さて、そろそろオレが水を差すタイミングだ。最悪のタイミングだが、だからこそやる意義がある。

 

「ちょ、ちょちょちょちょ……ちょっと待てぃ!」

 

 芝居かかった口調と共に、オレは拍手と口笛の渦の中で立ち上がり、大きく跳んで壇上に着地する。

 ダイヤウルフとディアベルの2人と視線を交わす。これから始まるオレの人生初の大芝居だ。2人にはせいぜいオレのフォローに回ってもらわねばならない。

 

「何か不満でもあるのかな?」

 

「どんな意見でもOKだよ。でも、できればまず名乗ってもらってからで良いかな?」

 

 緊張が丸分かりなのだろう。幸いにも集合したプレイヤーにはまだ背中を見せている状態なのでギリギリ大丈夫だが、即座にディアベルがオレをリラックスさせるように優しい口調で台本通り自己紹介を促す。

 ツバメちゃんと目が合った。そんな駆けっこで早々にこけた子を見るような目をしないでください。オレはできる子です。できる子なんです!

 

「あー、え、えと、オレはく……クーと呼ばれてるプレイヤーだ! まあ、あ、あああ、あい、愛称だけどな!」

 

「落ち着いてくれ。何か言いたい事があった。だから壇上に上がってくれたんだろう?」

 

「その通りだ。我々には些細な疑問でも答える準備ができている」

 

 2人ともマジで堂々とし過ぎだろ。今から八百長の茶番するんだぜ? いや、オレが単にダメダメなだけか。

 覚悟を決めろ。オレは役者だ。大根役者には大根なりの味がある事を見せつけてやれ!

 呼吸を整え、オレはプレイヤー達を見回す。最大限に悪意を込め、また煽動の意思と共に視線を広場に這わせる。

 

「プレイヤーが一致団結してボスに挑む。それ自体に文句はねーが、その前に、死んでいった2000人近いプレイヤーに詫びを入れねーといけない連中がいるんじゃねーのか?」

 

「クーさん。それはベータテスターの事かな?」

 

 腰に手をやり、ディアベルがやんわりとオレに聞き返す。よし。ここまでは台本通りだ。

 生唾を飲み、オレは必死になって昨晩頭に叩き込んだ台本を思い出す。

 

「そ、そうだ! 死んでいった連中には、このデスゲームをクリアする可能性を持った、他のVRMMOでもトップランカーだったプレイヤーも数多くいた……とおも」

 

 思う。そう弱気に繋げそうになったオレをダイヤウルフは眼力で封じ込めてくれる。ありがとう。さんきゅー。めるしー。だんけ。

 

「ここにもいるはずだ! ルーキーの多くを見殺しにしたベータテスターの屑がな! そいつらには是非ともここで土下座して詫び入れてもらおうじゃねーか。そうしないと連携も糞もないだろうからな!」

 

 や、やった! オレはやりきった。後はディアベルとダイヤウルフの2人がかりでボッコボコに論破されれば良いだけだ。

 

「キミの言いたいことは分かった。でも」

 

「その通りだ! アンタ良いこと言うぜ!」

 

 だが、何事にもイレギュラーは起こる。ディアベルの言葉を遮る形で、比較的前列にいたプレイヤーの1人が拍手をしながら立ち上がる。

 20歳前後……オレとそう年齢が変わらないプレイヤーだ。プレートアーマーを装備した、比較的重装備のプレイヤーだ。傍らにはフェイスカバーがないタイプの、鳥の尾羽っぽい飾りがついた兜が置いてある。武器は両手剣だろう。刃渡りが1.3メートルはある剣を背負っている。

 

「そもそもベータテスター共がルーキーを何人見殺しにしたか分かったもんじゃない。そんな連中と一緒にボスに挑む? いつ裏切られるかも分からない、そもそもルーキーを見捨てた前例があるベータテスター共と一緒に戦えるわけないだろう。なぁ、みんな?」

 

 ねっとりとした、ワインを汚す泥水のような、そんな口調で重装備プレイヤーは他のプレイヤーを見回す。嫌な展開だ。

 

「……なら、キミはどうしたんだい?」

 

 ディアベルも表情を険しくする。芳しくない展開だ。オレはベータテスターを責める側である為フォローできない。まあ、そうでなくとも口下手のオレが助け舟を出してもありがた迷惑だろうけどな。

 重装備プレイヤーは指を立てて、さも名案のように考えを述べ始める。

 

「まずはアイテムとコルを全部差し出してもらう。それを俺たちルーキーで分配する。後は武器だ。当然ベータテスターだから優秀な武器を持ってるはずだ。だから、それをトレードしてもらう。そもそもDBOはプレイヤーのステータスレベルよりもプレイヤースキルの方が攻略の上での役立つ。武器がグレードダウンしても問題ねーだろ」

 

「ま、待てよ。いくらベータテスターでも武器が弱くなっちまったら……」

 

「そんなの関係ないだろ? 裏切らせない為の保険だよ、ほ・け・ん。後で武器は返す。しかもこの条件は今回の攻略1回だけ。たった1回でベータテスター全体の汚名を返上出来て信頼も得られる。安いものだろ?」

 

 1人のプレイヤーの意見を重装備プレイヤーは暴論と甘い毒で黙らせる。

 先程とは種が異なるざわめきが広がる。希望と光ではなく、人間特有の薄暗い打算の欲と猜疑心のざわめきだ。

 ヤバい。この重装備プレイヤーは典型的な場の空気を悪くさせるタイプだ。会議や相談の場において、とにかく話を纏まらせないようにして、全てをぐちゃぐちゃにして嘲笑っているのが生き甲斐にしているような奴だ。この手の奴は意外と一定数いるから始末に負えないが、まさか命懸けのデスゲームの攻略の会議でそれを発揮するとは想定外だった。

 

「確かに。俺たち1度見捨てた奴らだもんな」

 

「SAOじゃラストアタックボーナスを掻っ攫ってばかりのベータテスターもいたってネットの書き込みで……」

 

「何にしても名乗り出ないのは卑怯だろ」

 

「そもそもZOOの奴らだけでもボス撃破できたんだろ? だったら、俺たちだけでもいけるんじゃないか」

 

 ヤバい。ヤバいヤバいヤバい! この流れはヤバい! オレはディアベルとダイヤウルフに視線を投げるが、彼らは静粛を求めるだけでカウンターとなる発言をできていない。当然だ。これは台本通りの八百長。オレが論破される物語が、いつの間にかボス攻略自体がお流れになりかけているのだ。

 しかも奴の発言を根本から覆すベータテスターの擁護する要素が思いつかない。だからこそ、この場のプレイヤー達も重装備プレイヤーの甘言に惑わされてしまった。

 この場を乱した当の本人はニヤニヤ笑っている。まるでこの状況を楽しんでいるようだ。おいおい。ここでボス攻略がお流れになったら、お前自身の首も絞める事に成るんだぞ。分かってねーのかよ。

 ああ、そうか。もしかしたら、奴は現実逃避しているのかもしれない。確かにこの場に集まるプレイヤーはゲーム上の強さはあるかもしれないが、精神まで強い訳ではないはずだ。

 ならば、奴のようにとにかく現実逃避して、場を乱して、自分の我欲を満たそうとする奴は現れるかもしれない。だからこそ、このDBOはたった1カ月半でPKが平然と行われるようになったのだ。

 

 

「いい加減にしてもらえる? ベータテスターならここにいるんだから、文句があるなら直接私に言えば良い。私に……ベータテスターのシノンにね」

 

 

 だが、その涼しげな声が騒乱の場に静寂をもたらす。

 重装備プレイヤーの正面に立ち、彼に挑むように睨むのは他でもないシノンだった。この場に紛れているだろう、ベータテスター達の沈黙を破って、彼女は悪意に立ち向かう。

 

「アイテムとコルを全部差し出す? 武器をトレード? 笑わせないで。これは私が命懸けで集めたもの……仲間と一緒に生き抜いた証でもある。誰にも渡すつもりはないわ」

 

「へ、へぇ。まさか【魔弾の山猫】様が卑怯者だったとはなぁ。だけど、自己弁護は醜いだけじゃないかなぁ」

 

「そういう貴方も十分卑怯者ね。【ラインバース】さん」

 

 会心の笑み。シノンが重装備プレイヤーの名前を呼ぶ。

 どういう事だ? オレは戸惑う。DBOの仕様として、パーティメンバー以外に名前を公開するか否かはプロフィール画面である程度設定できる。無論、それを看破するスキルもあるらしいが、少なくともシノンはそういった類のスキルを所有していなかったはずだ。

 重装備プレイヤーは、プレイヤーを表す緑のカーソルとHP以外表示されていない。プレイヤー名は明かされていない。ならば、何故シノンは見破る事ができた?

 

「は、はぁ? な、なんだよ、急に……」

 

「その兜、【バランドマ侯爵の近衛兜】でしょう? 序盤で入手できる兜では破格の、STRにボーナスが付くかなりのレアアイテム。私が知る限り、ベータテスターの間でも入手方法のイベントについて情報は出回ってなかったから、兜にボーナスがあること自体ほとんど知られてなかった。まぁ、私は知ってたけどね。だって、私がPKしたのよ……その兜を愛用していた、重装備で両手剣使いのプレイヤーをね。その時にドロップしたから良く憶えてるのよ」

 

「ま、まさかお前があの時のぉ!?」

 

 思い当たるのだろう。重装備プレイヤーは震える指でシノンを指す。だが、それは自白に他ならない。

 重装備プレイヤー……ラインバースが我に返った時は既に遅かった。周囲のプレイヤーの冷たい視線と彼の仲間だろうプレイヤー達がしどろもどろになっている姿が、彼には後悔と共に映った事だろう。

 ベータテスターを責め立てていたのがベータテスターとは、ある意味で最悪の展開だな。主にベータテスターの評判を落とすってところで。

 

「あー、とりあえず、なんだ。オレはただ謝って欲しかっただけだし、別にアイテムとかコルとか……うん、別に良いかな。えと、ダイヤウルフさんとディアベルさんもそういう事で頼む」

 

「あ、ああ。分かった」

 

 怒涛の展開に頭がフリーズしていたのか、ダイヤウルフが機械的に反応して頷く。何でオレが纏めをしないといけないのかは甚だ疑問だが、こういう展開もありだろう。

 

「ラインバースさん。今回の事は不問にするよ。だけど、次に悪意を以って場を乱すつもりなら……分かっているね?」

 

 締めにディアベルがラインバースに睨みを利かせる。それは同時に他のプレイヤーもラインバースを責める事は許さないという意味も含んでいた。

 屈辱に塗れた様子で腰を下ろすラインバースは哀れだが、幸福な事に残念過ぎる彼の肩を叩いて慰めてくれている心優しい仲間もいるようだ。うん。まあ、これから更生すれば良いんじゃねーか? オレみたいにコミュ症患ってるわけじゃねーし、仲間もいるならいくらでもナイスガイを目指して再出発できるだろうさ。

 席に戻ったオレだが、その傍にはシノンが既に腰かけていた。満足感に浸った顔でオレをチラリと見てくる。

 

「どーも、【魔弾の山猫】さん。オトナリイイデスカ?」

 

「ベータテスターの隣で良ければどうぞ」

 

 嫌味たっぷりのシノンの隣にオレは舌打ちしながら腰を下ろした。

 

「……助かったよ。サンキューな」

 

「貴方こそ泥被りご苦労様」

 

「皮肉かよ? オレ最後影薄かったぞ」

 

「皮肉よ。それでも感謝する。それが私の意思よ。不満?」

 

「べっつにー。つーか、アドリブで良くやるよな。最後のアレとか直前で気づいただろ? お前の位置からじゃ兜見えねーだろうし」

 

「人生アドリブみたいなものじゃない。難しい事は何もしてないわ」

 

 小声でオレ達は言葉を交わし、その後の会議が順調に進んでいく様を見守った。

 最後の最後まで、シノンは先程までの不機嫌面とは違って笑顔だった。そんな上機嫌の彼女を見て、オレがした茶番も悪いものでなかったかもしれない、と思うのだった。

 




今回の話は第1層ボス攻略会議の流れをオマージュです。
こうしてみると、やはりキバオウ様の偉大さを感じてなりません。
いずれその威光をDBOプレイヤーの愚民たちに知らしめてくれる事でしょう。

では、第17話でお会いしましょう

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