SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

164 / 356
黒騎士「おい、何で死神部隊も登場が確定している敵陣お祭りエピソードなのに、どうして俺達は登場してないんだ! ダクソの看板と言ったら俺だろう!? やられ役で100話以上前に1回登場しただけじゃないか!」

ファーナム騎士「出てる分良いだろ! 俺とかダクソ2の看板なのに、ゲームからして影の薄さったらないぞ!?」

上級騎士「やっぱり、私は勝ち組だったか。イケメン実用性有り装備万歳!」

アストラ直剣「……強力な祝福が施された上質の武器」

黒騎士剣「わ、私はRTA勢とか初見プレイとかに大人気だから! コスプレ以外にも実用性があるから!」



Episode15-21 喜劇の主役は誰なのか

 繰り返される触手攻撃の嵐を掻い潜り、光の鎧を纏ったレギオンの腹へとカタナを振るうも、その手応えはまるで鋼の塊を叩いているかのようだ。

 振り抜く事は許されず、強烈な衝撃が手首にかかる。これが現実の肉体ならば、手首を痛め、まだ関節がイカレるのではないかと思う程の衝撃であるが、アバターはそれに耐え抜く。

 この新型レギオンは光の鎧を纏っている間、あらゆる攻撃を無効化する。それのみではなく、貫通も切断も出来ない。つまり、あらゆる攻撃を無条件で弾く。もちろん、高火力で無理矢理押し通すこともできるかもしれないが、生憎のところ、今のオレにはそれができるだけの手札が無い。

 こういう時こそ≪格闘≫で威力が増した格闘攻撃の出番なのだが、血風の外装は無いし、オレが手足に付けている防具は格闘攻撃への補正がお世辞でも高くない。こういう時はやはり高防御力・高重量防具の方が役立つ。

 とはいえ、まるで通じないわけではないので、レギオンの顎を蹴り上げ、更にそのまま宙で舞って回し蹴りを追加で浴びせる。それでも一切怯まず、オレの打撃をご丁寧に弾くレギオンは両手に白い光を凝縮させ、2つの近距離用の拡散レーザーを放つ。

 そこからの瞬間移動。拡散レーザーを即座に退いて回避したオレの背後に回る。ここまでは問題ない。見切っているし、本能が嗅ぎ取った通りだ。後ろも見ずに踵で爪を振るうレギオンへと、身を前のめりにして攻撃を躱しながら逆に間を縫って踵蹴りのカウンターを決める。

 感覚で記憶しているが、あと4発も良い具合の蹴りを喰らわせれば光の鎧は剥げる。そうなれば発狂モードに突入するのだが、その一瞬のラグの間に攻撃に傾倒して少しでもダメージを稼ぐ。正直、発狂モードの時は手が付けられない。つーか、手を出したくない。伊達に低防御力と低VITじゃないのだ。無理する理由もないし、無理に攻撃を捻じ込む必要も無い。

 1発でも直撃すれば死へと迫るギリギリの綱渡りではあるが、オレが亘るのは荒縄程度には太さがある。回避と攻撃の両立は今のところ問題が無い。たまに増援で来る雑魚っぽいレギオンは数で押してくるが、この赤甲殻の大柄なレギオンは発狂モードに入れば仲間をどんどんぶち殺してくれるからな。

 恐らくだが、レギオン・プログラムの凶暴性をより効率的に運用する為に、敵味方の識別……ヘイト管理を一時的に凍結するのが発狂モードなのだろう。後継者の糞野郎も随分とレギオンの使い方が上手くなってやがるな。不愉快ではあるが、責任はオレにもあるか。どう考えてもクリスマス・レギオンをぶち殺した事がヤツの対抗心と研究心に火を点けたと見るべきだろう。

 感覚の問題だが、幾分か新型レギオン達はクリスマス・レギオンに比べれば、劣化の度合いが大きくなっている。その代わりと言うべきかは知らんが、よりレギオン・プログラムに適性があり、運用にも成功しているようだ。どちらかと言えば、レギオン・プログラムの凶暴性のままに暴れ回っていたクリスマス・レギオンよりも正当に『兵器』として進化しているように思える。

 

「強さは3割くらいってところか?」

 

 まぁ、体感だがクリスマス・レギオンの半分以下だな。劣化もそうだが、アバターの性能もさすがにボス級ではない。触手の数も半分の2つだし、オートヒーリングも無い。だが、苛烈さは劣っているが、格闘攻撃や能力はより洗練されている気はする。効率性ある残虐性ってヤツか? これはこれで興味深いし面白い。ヤツメ様の血を愚弄しているという前提さえ無ければな。

 ハッキリ言って、AIの本能という意味では、レギオンはそれなりの結果を出しているだろうが、オレの中では電脳が至った本能ではやはりダークライダーとシャドウ・イーターのツートップだな。前者は正直何がどう狂ってあんなAIが誕生したのか分からないレベルだし、シャドウ・イーターは一瞬とは言え、オレの本能を読み取るまでに至っていた。

 伸びた触手が振り下ろされ、床を抉り取って土煙を上げる。オレは身を捩じって回避しながら、再び縮小して戻ろうとする触手を足場にレギオンの背後に回り、瞬間移動で逃げようとする寸前の背中を斬りつける。そのまま上空へと瞬間移動したレギオンが口内から光属性の太いレーザーを放つも、それを旋回するようなターンステップで躱し、そのまま薙ぎ払いに移行したレーザーを前進1歩で回避する。

 同調ってヤツなのか知らんが、不愉快な事にレギオンの攻撃は読みやすい。オレ自身が根源にあるプログラムだからか、それともヤツメ様の再現を目指している為か、どちらにしても殺意の流れみたいなのを嗅ぎ取り易い。本能のギアが入りっぱなしというのもあるかもしれないが、それを抜きにしてもレギオンの動きはレーダーが頭に搭載されたのではないかと疑いたくなるレベルで察知できる。

 これが初見ならば違ったかもしれないが、より強力なクリスマス・レギオンと戦った時の経験を本能はしっかりと活かし、なおかつ『殺し方』も学習してくれたようだ。過信は禁物だが、同じレギオン・シリーズならば相応に通じそうで何よりだ。

 せめて左腕があれば、もう少し時間もかけずに撃破できるのだろうが、無い物ねだりをしてもしょうがない。ついに光の鎧が剥げたレギオンへと、オレはラッシュを駆けるべく踏み込んでいく。

 だが、瞬間的にオレは背中、アバターの体内を通る仮想世界の肉体を支える脊椎に悪寒が集中し、咄嗟にレギオンへの攻撃を停止して反転しながらカタナを振るう。

 

 

 

 散ったのは火花。そして、何もない空間にノイズが走り、1つの人影が薄っすらと視界で滲む。

 

 

 

 ゆらり。ゆらり。ゆらり。まるでそこだけの空間だけ洗剤が混じって滲んでいるかのように、風景が人型に歪んでいる。そして、オレのカタナと衝突したのもまたカタナである。ふざけている事に、外観は限りなくオレの持つ雪雨に近い。違うと言えば、せいぜい特徴的な刃紋くらいか。

 攻撃を受けたカタナだけがまるで浮かんでいるようにも見えるが、滲む人の形が構えを取っているのは明らかだ。

 これは≪隠蔽≫か? いやいや、アレは止まった状態でしか発動できないし、攻撃なんかをしかければ即座に解除されるだろう。そうなると、不可視のまま攻撃できるスキルがあるのだろうか?

 

「オマエか。オレを騙ってユージーン達を襲ったのは」

 

 ああ、面倒だ。背後では発狂モードに入ったレギオンがいるし、目の前には微妙に見えてる糞犯人か。レギオンちゃん、今だけはオレじゃなくてコイツを襲ってくれちゃって良いのよ。そうすれば、優しく生皮を剥ぐようにぶち殺してやるからさ。

 だが、発狂モードのレギオンは悲しくもオレにばかり攻撃を集中させる。もしかしたら、レギオンはこの人影を認識していないのかもしれないな。あくまで、レギオンが敵対者として把握しているのはオレだけって事か。

 赤甲殻が発光し、凶暴性を増したレギオンが背中から光弾を撃ち出す。それは一瞬だけ停止して浮遊すると、微妙な追尾性を備えてオレに飛ぶ。回避自体は容易なのだが、発狂レギオンが使用すると回避ルートが絞られて、あっさりと立ち塞がってカウンターを浴びる事になる。

 これが『アイツ』ならば、当たり判定を斬るなんていう真似もできるのだろうが、オレはそこまで出来ない。挑戦したいとも思わねーよ。だから、オレが選ぶのは回避一択なのだが、当然ながらレギオンは回り込み、更に微妙不可視の襲撃者もまたオレへと斬りかかる。言うなれば挟み撃ちだ。

 カタナと衝突した襲撃者の持つカタナもゆっくりと、少しずつだが不可視になっている。どうやら、攻撃を受けてから一定時間が経つと不可視化が進むらしい。それに、距離に応じて居場所を教えてくれている人影の形をした歪みも見えづらくなっている。

 距離と運動量、それと接触によって不可視の度合いが決まってそうだな。距離的に5メートル以上離されると完全に見えなくなるか? それとも、これはオレが片目だからなのか? まぁ、分析は追々するとして、現状は大幅に変わった。

 このままレギオンとタッグを組まれて襲われるのはまずい。発狂モードのレギオンが触手を振るいながら全身を回転させ、宙に浮きながら広範囲に触手攻撃を放つ。ほとんどランダム攻撃だが、本体であるレギオン自体が高速回転している為に、攻撃回数が多く、その分だけ攻撃軌道も多種に至る。これは先程まで無かった攻撃だ。

 少しずつだが成長している、か? だとするならば、あまり戦闘行為を引き延ばすのはよろしくないか。だが、発狂モード中に無理に攻撃するには、背中を気にし続けるというのは厳しい。

 今度は完全に見えなくなった状態で、突如として宙に複数の手裏剣が殺到する。飛び道具は不可視化されない。あくまで保持している武器だけに効果を及ぼすか。

 手裏剣が頬を掠め、1つが右太腿に突き刺さる。レギオンの攻撃を避ける最中に狙われては、回避が難しいな。避け方を手裏剣攻撃も見越したものに変えていくか。渡ってる綱が秒単位で細くなっているが、ピアノ線くらいまでならば許容範囲だ。

 レギオンのHPは半分程か。押し切るにはやはり火力が足りない。ソードスキルを当てれば傾けることもできるが、さすがに不可視の相手がいる中で硬直時間が僅かでもあるソードスキルは使いたくない。

 ダメージ覚悟で穿鬼をレギオンに打つか? 駄目だな。手裏剣にはレベル3の麻痺薬が仕込まれている。手裏剣系暗器は蓄積能力が低いとはいえ、穿鬼のタイミングを見切られて手裏剣を殺到させられれば、オレの麻痺は確実だ。

 

「【渡り鳥】、ソウルを取れ。我々を開放しろ」

 

 と、窮地に陥りつつあるオレにアドバイスを投げたのは、他でもない牢獄で観衆に甘んじていたユージーンだ。

 確かにソウルを手にすれば、牢獄は解放され、ユージーン達が自由になる。恐らく遠目でも彼らは不可視の襲撃者のカタナを目撃しているだろうし、フレンマ殺害犯がここにいる事を察知している確率は高い。

 エイミーの強力な魔法、それにランク1のユージーンが加われば、間違いなく戦況はこちらに傾く。だが、ソウルを得る為には、レギオンと襲撃者の攻撃を掻い潜って封じられたソウルを入手せねばならないと言う事だ。

 ……余裕ではある。それくらい、別に無理でも何でもない。だが、オレとしてはレギオンを自分で殺したい。ここでユージーン達の参戦を許せば、レギオン殺しを奪い取られるかもしれない。

 と、オレが悩んでる間に、何故か牢獄の方が勝手に開く。何事かと思えば、祭壇にあったはずの封じられたソウルが無い。

 そして、これ見よがしに、今まで不可視だった襲撃者の姿が、まるでペイントされていくように何もない空間が色づき、露わになっていく。

 

「……テメェ」

 

 その姿にはオレも見覚えがある。

 2本の角が備わった獣の骸骨のような兜。全身に密着する薄型の鎧。カタナを右逆手に構えている。

 ランク10、ザクロ。恐らく、このジャングルで暗躍しているだろう、ご本人様の登場だ。

 ザクロはまるで誘うかのように、フリーの左手で手招きし、オレとユージーンが開けた壁の穴へと逃げていく。ヤツは封じられたソウルを所持している。このまま逃がせば、オレ達……というか、オレの努力が水の泡だ。大事に育てた野菜を畑から根こそぎ奪われる農家さんの気持ちを考えた事が無いのか、あの糞野郎は。……まぁ、傭兵としては100点満点だけどな。そこは認めてやるよ。

 

「追え、【渡り鳥】。そこのバケモノはオレが相手をしよう」

 

 牢獄から脱出したユージーンが発狂モードのレギオンへと、初見であるにも関わらず、牙を剥いて振るわれた爪を掻い潜って重量級両手剣の片手振りのカウンターを決める。

 さすがはランク1か。実際に手合わせしたわけでもなく、オレとレギオンの戦いを観察しただけで見切った。これにエイミーの魔法援護が加われば、まず敗北はあり得ないだろう。

 だからこそ、オレは腹立たしい。正直な話、ユージーンにはレギオンに殺されてもらいたいとすら思っている。そうすれば、レギオンもオレが殺せる。1匹も渡したくないというのが本音だ。

 冷静になれ。深呼吸を1つ挟む事も無く、逃げていくザクロへとオレは転身して疾走する。背中に向けてレギオンの触手は迫るが、エイミーのソウルの槍が直撃し、逆に触手の1本が半ばから千切れとんだ。相変わらずぶっ飛んだ威力だな。

 レギオンが再び光の鎧を纏う。発狂モードは終わったようだが、ユージーンならばレギオン攻略法も言わずとも把握しているだろう。教える気は更々ないが、ここでアドバイスを述べるなんて真似をしないで済む良い理由ができた。

 

「任せた。その糞を必ず殺せ」

 

「言われるまでも無い。貴様こそ、ザクロを逃すな」

 

 体裁はこんなもので良いだろう。レギオンを殺す機会を奪われた不愉快さも、いずれもユージーンと殺し合う機会が巡ってくれば、存分に命を喰らい合う死闘のスパイスになるというものだ。ああ、それを想像しただけで、本能が涎を垂らすのを止めない。

 唇を舐め、オレは最後にユージーンを一瞥する。今回はクラウドアースからの依頼だというのが心底無念だ。それさえなければ、ザクロを殺した後にでもユージーンを『狩り』に行けたというのに。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「折角【渡り鳥】キュンの殺しを観戦できたのに、あっという間にランク1様とのお仕事に逆戻りとはね。嫌だわー。反吐が出るわー。生理だって言ってサボりたいわー」

 

「貴様のその発言は全世界の女性労働者を敵に回したぞ」

 

 白い三角帽子を被り直し、エイミーは愛用の【賢人の杖】を振るい、滞空するソウルの塊を発動させる。あの瞬間移動は厄介だ。【渡り鳥】は1対1であるが故に見抜けなかったようだが、瞬間移動の最大の恐ろしさは前衛無視で後衛を襲撃できる点だ。後衛殺しの能力である。

 それ故にエイミーは自身を守る壁として滞空するソウルの塊を利用する。これならばレーザー以外の攻撃には機雷代わりになって相殺できるし、接近されても最低限の防護壁になる。

 後はユージーンに期待と言ったところか。エイミーは触手を1本奪われてご立腹らしいモンスターを見て、明らかにヘイトが自分に集まっていると嫌気が差す。

 

「ランク1様を信用してるわよ。だから、せいぜい攻撃を届かせないでよね」

 

 エイミーが発動させたのは【硬化するソウルの鎧】だ。ユージーンの身を淡い青の光が帯び、防御力が増幅される。具体的には物理・魔法防御力を高め、更にスタン耐性を一時的に増やす。これで多少の無理はできるが、【渡り鳥】がレギオンと呼んだあの怪物に何処まで通じるか分からない。

 レギオンの攻撃には光属性もあるようなので、出来ればそちらの防御力も高めたいが、それは奇跡の範囲なのでエイミーには無理だ。とはいえ、エイミーの装備である白魔女シリーズは物理防御力は紙でも属性防御力はなかなかの物であるし、ユージーンの鎧もバランスよく属性防御は高められている。問題は無いだろう。

 牢獄の中では、脱出せずにクレイトンがジッとこちらを観戦している。エイミーはその理由が大体見当がついていたが、それでも背後に鉄仮面の男がいるというのは安心感が無い。さっさと怪物退治を済ませるべく、反射するソウルの矢でユージーンの援護を行う。

 だが、早速レギオンが瞬間移動でエイミーの眼前に迫り、その爪を振るう。やはり後衛を始末しに来たかとエイミーは冷静に滞空するソウルの塊が迎撃したのを目撃した上で、怯まずに顎を開くレギオンに、べろりと舌を出して小馬鹿にする。

 

「残念でした♪」

 

 接近する瞬間にエイミーが発動させたのは【強い魔法の武器】だ。武器に魔法属性をエンチャントさせる魔法である。

 轟。漢字が音になったかのように、レギオンの喉にエイミーの手刀が潜り込む。

 

「……フン。何が『攻撃を届かせないで』だ。貴様には元より前衛など不要だろう」

 

「そう言わないでよ。私はか弱い『魔法使いちゃん』なんだから。STRとか初期値よ? ムキムキマッチョマンのランク1様に比べれば、ひ弱過ぎて泣けるわ」

 

 爪の連撃を振るうレギオンに、エイミーは笑いながら拳を振るう。それは明らかに武術を嗜んだ者特有の無駄のないキレのある動きであり、肘打、膝蹴り、裏拳に至るまで、彼女が真っ当な『スポーツ』として身につけた技術ではなく、明らかに『殺傷』を目的としていろはを修めた事を物語る。

 

「私は哀れで、毎日のようにセクハラ三昧を受ける、お茶を出すのとコピーがお仕事の事務員様よ。『ブラックPMCの正社員』って但し書きが付くけどね♪」

 

 至近距離からの頭上から迫る触手攻撃をバック転で躱す。エイミーの額には冷や汗1つ無い。一撃でも直撃すれば死亡確実の魔法使い型であるというのに、死を微塵も感じていない。

 

「アフガンとかイラクとかソマリアとか、本当に色々な場所に行ったわー。なーにが、『前線には行かないよ。あちらのお客様と契約を結ぶ間、ずっと後ろでニコニコ笑っていればいいから』よ! お陰で2桁くらいレイプされかけたわよ! 全員ぶち殺したけどね! アフリカ舐めんな!」

 

 勘違いしている馬鹿が多過ぎる。エイミーはDEX型の大半が『回避』の意味をはき違えていると考えている。

 スピードがあるから回避し易い? それは真理だ。マッハで飛ぶ戦闘機に無誘導ロケット砲をぶち当てるのは至難だ。DEX強化の回避とはそういう事だ。

 だが、回避の神髄とは『見切り』だ。【渡り鳥】自身がそうであるように、武術とはいかに自身の肉体を把握し、操作するか。相手の動きを見切るかに集約する。どれだけ高速化しようとも、それを見切られれば命中は必然。故に、高速化しようと何だろうと、エイミーに言わせればやるべき事は変わらない。

 躱す。そしてぶちのめす。特に魔法使い型というのは相手が勝手に油断してくれるからやり易い。こちらは『魔法以外に対抗手段が無い』と思い込ませられる。接近されたら負けという先入観を持たせれば、後はエイミーの『殺し』の手中だ。

 STRとDEXが無いからこそ格闘攻撃も威力が出ない。その分をエンチャントで補う。エイミーの武器枠の1つは杖、そして、もう1つは格闘武器である≪白露の布籠手≫だ。一見すれば薄型防具にしか見えない、両手を淡く覆う半透明の手袋ようだが、実際には魔法属性を秘めた格闘武器である。防御力は最低クラスだが、その外見を更に鍛冶屋によってお洒落防具らしい華やかさを加えてあげれば隠蔽完了だ。

 

「それで、ランク1様は今回の件はどういう腹積もりな訳? あ、それとそろそろ援護してくれる? あくまで格闘戦は副業みたいなものだから。そろそろキツいわ。コイツ思ってたよりもかなり強い。ちょっと集中力保たない」

 

 エイミーはカバーに入ったユージーンにバトンタッチし、ふぅと息を漏らして汗を垂らす。やはり、魔法を遠距離から撃ってる方が楽であるし性に合っている、と彼女は難なくレギオンの間合いの中で両手剣を振るう協働相手を気怠そうに見つめる。

 やはり強い。【渡り鳥】に匹敵すると言われても納得するだけの強さをユージーンは秘めている。巨体に似合わぬフットワークはボクシングがベースだろうか? 剣技は我流のように見えるが、実際には西洋剣の扱いに適した『剣術』の影が見える。

 誰に師事を仰いだのか知らないが、西洋の古武術は大半が途絶えたようなものだ。だとするならば、誰かが復興した物を学び取ったのだろう。

 さすがは特大剣に最も近いとされる重量型両手剣だ。普段は片手で振るうユージーンだが、今は両手でしっかりと構えを取り、まるで独立した生物のように剣を扱う。

 だが、恐ろしきはレギオン。最初こそユージーンの動きに翻弄されていたが、徐々に対応し始め、彼の剣がクリーンヒットし辛くなる。彼の剣の動きを学び取り、対応を身に着け始めているのだ。

 とはいえ、時間が足らない。光の鎧が剥げた瞬間にユージーンが鋭く踏み込み、STR補正というふざけた性能を持つレア装備である剛なる呪術の火を備えた左手でレギオンの喉をつかむ。

 爆砕。レギオンが発狂するよりも先に、つかんだ場所から爆炎が引き起こされ、甲殻で守られていない喉、そして周囲の甲殻もまた弾け飛ぶ。

 

(エグいわー。ランク1の【轟く炎】はいつ見ても退くわー。アレをプレイヤーにブッぱした時は本当にヒいたわー)

 

 呪術の轟く炎は、超近接呪術だ。発火や大発火など、近接型呪術は数あれども、轟く炎は至近距離で爆炎を引き起こすと言うイカレた呪術だ。厄介なのは自身に来る衝撃でまともに使うには難がある点だが、ユージーンは並外れたボディバランス、STRによる安定補正、更に訓練に訓練を積むことによってSTR出力を高める事に成功し、完全に我が物にしている。対UNKNOWNを目論んだ彼の十八番だ。命中すれば、高VITプレイヤーでも大ダメージと欠損は免れない。

 

(さすがセサル様が直々に指導しただけはあるわね。STRの高出力化を完全に我が物にしてるわ)

 

 ユージーンは貪欲に力を求める。後継者候補筆頭は【渡り鳥】だが、敢えて次席を選ぶならばと尋ねられれば、ユージーンが候補に挙がる程度にはセサルも彼の性分を気に入っている。

 理知的でありながら攻撃性を持ち、自らの戦闘能力を高める事に妥協が無い。その点において、エイミーはユージーンの事を気に入っている。そうでもなければ、ここまで壊滅的な友好関係である彼と効率重視だけで組んだりしない。

 わざわざランク1の権力を使ってクラウドアース理事会に直接交渉し、セサルに土下座をしてまで戦闘技術の教えを請う。彼は自らの不足する技術があると知れば、迷うことなく強者から学び取れる。これは極めて貴重な才能だ。普段のプライド高い彼を知る者からすれば、とてもではないが、従順にセサルから戦いの全てを熱心に学ぼうとする彼の勤勉な姿を信じられないだろう。

 先天的な戦闘適性の高さ。高いVR適性に基づいた反応速度。STRの高出力化の成功。格闘術と剣術を糧にして自身で鍛え上げた、呪術を融合させた戦闘スタイル。そして、セサルより学んだ戦闘技術。

 ランク1は決して伊達ではない。純粋な戦闘能力だけならば、エイミーは私情を抜きにして【渡り鳥】より今は『まだ』上だと確信する。

 

(正面からやり合って戦える傭兵は、UNKNOWN、【渡り鳥】きゅん、スミス、ヘカトンケイル、777、ウルガンくらいかしら? 竜虎コンビはソロなら無理だけど、いつも通りタッグなら良い勝負かも。戦闘馬鹿のレックスはソロなら楽勝だろうけど、相棒の虎丸は頭がキレキレ過ぎてヤバいわ。グローリーは論外ね。アレは強いとかの次元を超えてるわ)

 

 それともう1人、クラウドアースが有するランク2【ライドウ】。アレも桁違いだ。好戦的かつクレバーであり、強者との戦いに飢えた戦闘狂。傭兵で唯一の『格闘戦主体』のプレイヤー。クラウドアース・サインズの双方から危険視する意見があってもランク2に収まる怪物。グローリーと正面から戦い、唯一あの最強馬鹿のHPを半分まで削る事ができた存在だ。双方の支援ギルドが慌てて仲裁に入らなければ、その勝負はどちらに転んでいたか分からないだろう。

 総合能力ではランク1に軍配が上がるだろうが、爆発力と勝利への執念ではランク2が勝るだろう。殺し合いならば二転三転するのは当たり前だ。そうなれば、どちらが最後に立っているかは分からない。

 

「……そうだな。オレとしてもこんな下らん喜劇は終わりにしたい。良いだろう。見せてやる」

 

 そう言って、ユージーンは発狂レギオンを正面から斬りつけて力任せに押し返すと、ゆらりと片手で剣を掲げる。それに対し、発狂モードが終わり、再び光の鎧をレギオンは纏って咆える。

 途端に剣へと凝縮されたのは禍々しいとさえ思う赤紫色のライトエフェクトだ。それは嵐のように周囲へと解き放たれていき、両手剣を共鳴させていく。

 

 

 全ては茶番劇だ。

 

 張り巡らされたのは、複数人の互いが互いを利用し合った謀略の糸。

 

 その最初の糸がようやく姿を現す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユニークスキル解放≪剛覇剣≫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、最初から全ては仕組まれた事。

 

「アハハハハハハハハハハハ! サイテーね、ランク1様! アハハハハハハ!」

 

 これにはさすがのエイミーも大笑いだ。自嘲を止められない。自分のことを馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、このジャングルで誰もが競い合い、命を奪い合う事を覚悟して望んでいたものが、最初から自分の協働相手が……それも傭兵達の最高峰であるランク1が所持していたなど、最悪の喜劇だ。

 

「専用ソードスキル【レイジング・ウェイブ】」

 

 瞬時の踏み込みと同時の横薙ぎ。本来ならば光の鎧によって弾かれるはずが、それは許されずに甲殻が裂かれ、撒き散らされた衝撃波がアバターを粉々にする。ユージーンの前方に巨獣の爪跡のようにライトエフェクトを纏った亀裂が拡大していき、実質的な攻撃範囲は彼の前面扇状の広範囲空間だ。

 

「【剛覇剣】は『完全貫通』だ。どれ程に優れた防御機能を持っていようとも無駄だ」

 

 レギオンの塵に対し、ユージーンは大した事が無い言わんばかりに、剣にこびり付くライトエフェクトの残滓を払った。

 完全貫通という事は、攻撃による相殺を除けば『あらゆる防御効果を無視してダメージを与えられる』という事だ。盾はもちろん、レギオンの持っていた光の鎧による弾き効果すらも無視し、ダメージ減衰能力があるドラゴン系モンスターの鱗も意味を成さない。

 赤紫のライトエフェクトを帯びた両手剣を見るに、【剛覇剣】とは完全貫通能力を武器にエンチャントするスキルのようだ。使用中は何かデメリットがあるのかもしれないが、それを上回るメリットがあるのは明らかだ。他にも秘密があるのは確定だろう。

 

「本当にサイテーね。これだから、傭兵は辞められないわぁ」

 

 恍惚そうに、エイミーは何事も無かったかのように両手剣を背負うユージーンに向かい、唾を吐きかけた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 すっかり日が暮れたジャングルを疾走し、オレはザクロを追跡する。

 幸いにもヤツの不可視化は解除されているが、有効視界距離の短さとDEX差のせいか、足音だけが追跡の頼りだ。

 DEX出力を高めてスピードを出してはいるが、なかなか距離は縮まらない。というのも、オレ自身のジャングル……というよりも森での動きは半ば本能的なものであり、じーちゃんから教わった技術とのハイブリットだ。故に運動する事に難など1つも無い。だが、ザクロの動きもまたかなりジャングルに適応化されていて淀みが無い。

 相当の訓練を積んでいる。オレは走りながらバランドマ侯爵のトカゲ試薬を左腕の断面に打ち、再生を開始する。追跡劇は長丁場になりそうだ。できる事は全て済ましておくに越したことはないだろう。

 ヤツはわざわざ封じられたソウルを奪って姿を見せ、挑発しながらジャングルの中を移動している。つまり、これは明確な誘い出し。罠だ。そして、オレがそれに敢えて乗って来る事も理解している。

 

「足音が消えたか」

 

 スタミナが尽きかけたか? オレもまた足を止め、耳を澄まし、本能を研ぎ澄ます。

 殺意を感じ取れ。オレはザクロから向けられる殺しの意思を拾い上げていく。そこには煮えてドロドロに濃くなったような憎悪と憤怒が混じっている気がした。

 数えきれない程の人を殺してきたんだ。ザクロがオレに恨みを持つ1人だとしても何らおかしくない。ならば、いつものように復讐者を斬ってやるのがオレの流儀だ。

 残存する武器はカタナ、スタンロッド、ライアーナイフか。カタナは少し傷んでるな。あまり長くは使えないか。エドの砥石で耐久度を回復させておくが、何処まで耐えてくれるやら。

 途端に暗闇から飛来した手裏剣をオレはスタンロッドで弾き飛ばす。闇に紛れるように塗装が施された手裏剣は、確実に急所を狙って放たれた。≪投擲≫持ちか? いや、早計だな。オレ自身も≪投擲≫には頼らずに投げナイフを使っている。≪投擲≫があれば火力の増幅とソードスキル、更にロックオン機能も付けられるのだが、正直わざわざブーストをかけても投擲ナイフの威力なんて劇的に変わらないし、ソードスキルに頼るほどに主力にはしていない。そもそもロックオン機能してシステムアシストとか必要性を感じない。結論として≪投擲≫で貴重なスキル枠を埋めたくない。

 ザクロは≪カタナ≫と≪暗器≫と呪術の3つを使いこなし、≪変装≫も持っている事から、犯人としては確かに有力だった。というか、太陽の狩猟団から支援を受けているという時点で、ゴミュウが何か仕掛けてきてもおかしくない位には思っている。あの糞女の事だから、ジャングルでオレを騙って好き放題にやるくらい息をするように平然とするだろう、というのがオレの公平な偏見に満ちた見解だ。

 だが、この様子だとザクロ本人にはオレへと復讐をする理由がある。ならば、真実は何処にあるのやら。

 

「殺してるんだ。殺されもするさ」

 

 さて、何処までがザクロの作戦なのか。

 

「I've got from hell♪ find it♪ hound it♪」

 

 だから見せてみろ。

 

「I've got to you alone♪ stand it♪ beat it♪」

 

 殺しきれるものならば殺してみろ。その喉を食い千切ってやる。

 

「I've got from hell♪ find it♪ hound it♪ I can still alone♪ start it♪ feed it♪」

 

 歌なんて大嫌いだ。下手糞なオレが歌える数少ない歌だ。

 ヤツメ様の子守唄。

 歌詞も憶えていない赤鼻のトナカイ。

 そして、この灼け焦されるような想いが込められた歌。

 ああ、この歌を教えてくれたのは誰だっただろうか?

 

 

『誰も本当のお前を分かっていないさ。お前自身も「まだ」分かっていない。だが、俺は知っている。お前が殺す事に大層な理由なんてない。単純明快な食物連鎖。お前にとって殺しは食欲と同じなのさ。満たして当然の生理的欲求だ。だから満たせ。腹が減ったらメシにする。どうせなら美味いメシが良い。量か、質か、珍味か。オマエにとって「命」とは糧だ。だろう?』




???「まるでファルスだ」

それでは、165話でまた会いましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。