SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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続・戦闘回です。
思えば今回のジャングル編は戦闘数がかなり多いエピソードですね。
話数が思っていたよりも増えるのも納得です(言い訳)。


Episode15-24 喰らう者

 こんなはずでは無かったのに! ヘビーライトは迫る『バケモノ』に向かって大弓の狙いをつけるも、射線は最初から見切られているかのように、1本として掠らず、こちらへと直進してくる『バケモノ』の足止めにすらならない。

 スタミナ消費量が大きい大弓は、そもそも連射性能が低く、機動戦にも適さない。時と場所を選ぶ武器だ。それでもヘビーライトが大弓に拘り続けるのは、1発でも命中することができれば、その大威力でプレイヤーならばHPが大幅に削り取られ、ガードさせてもその上からダメージを与えられ、常に相手にプレッシャーをかけて有利に立てる武器の代表だからだ。

 だが、『バケモノ』はむしろこちらの大弓を利用し、共同戦線を張っていたデイヴ・フィッシャーの殺害に利用した。確かに矢は一定時間ならばその場に残るかもしれないが、それを武器として利用されるなど、どうして考え付く?

 間もなく自分がいる場所に到達される。ヘビーライトは恐怖心に襲われ、大弓の構えを解く。これ以上の攻撃は無駄だ。今ならば、十分にジャングルまで逃げ込めるだけの距離と時間がある。

 飛び降りたヘビーライトは多少の落下ダメージも気にせずに、一目散にジャングルへと駆けこもうとした。だが、それよりも先に背後から疾走する足音が聞こえる。

 

(大丈夫だ! DEXはこちらが上だ! 全力で……全力で逃げれば!)

 

 戦うという選択肢は無かった。それがヘビーライトの運命を決定づけた。

 背後の『バケモノ』が足を止める。そして、数秒の後に剛速球とも言うべき速度で小さな瓦礫が投擲される。てっきり投げナイフかと思ったヘビーライトは、自分の真横を通り過ぎる瓦礫に安堵した。どうやら、さすがにここまで距離があれば、そう簡単に命中するものではないらしい。

 だが、瓦礫にワイヤーが括り付けられているのを見て、ヘビーライトの表情は凍てつく。瓦礫がピンとワイヤーを張り、そのタイミングで横に振った『バケモノ』の狙い通り、ワイヤーがヘビーライトの首に巻き付いていく。足を止めたのは、ワイヤーを瓦礫に巻き付ける為の時間が欲しかっただけだ。

 こんな簡素な武器とも言えないもので捕縛されたヘビーライトは必死に抗おうとするも、ワイヤーがギリギリと締まり、圧迫していく。呼吸ができずに意識が混濁する事は無いが、窒息状態となった彼はいち早くこの状況脱せねば嬲り殺しにされるだけだ。

 悲劇だったのは、ヘビーライトの武器が刺剣であり、こうした状況……ワイヤーの切断には向かない武器だった点だ。必死にワイヤーを刺し貫こうと足を浮かした瞬間を見逃さず、『バケモノ』は綱引きの駆け引きでもするかのように力を込めて彼を引っ張り、その身を転倒させる。

 

「うわぁあああああああ!」

 

 喉から無様な叫び声が漏れる。

 思い出したのは、小さな優越感だった。≪狙撃≫を組み合わせれば、どんなモンスターだって遠くから撃破できる。自分よりも格上だと思っていたプレイヤーを始末した事もある。それ程までに≪狙撃≫は強力なスキルだ。

 それ故に、最初の1射が敗れた時点で彼は撤退すべきだったのだ。3対1という優位に胡坐を掻いて攻撃を続けず、自分の役割は失敗したと認めて退くべきだったのだ。それが出来なかったからこそ、彼の命運はどん詰まりへと進路を決めた。

 引きずられる。足掻こうにも背中が擦られる感覚ばかりが先行し、どう抵抗すべきなのかが分からない。

 

「こんにちは。それとも、時間的にはおはようが適切か?」

 

 影がヘビーライトを覆う。そこにいたのは、『美しい』という表現が似合う、男性的でも女性的でもない、傭兵というのが信じられないくらいに綺麗な人だった。真っ白な髪を金色の紐で結い、赤みがかかった黒の瞳はやや珍しいカラーリングではあるが、とても映える。

 助けてくれ。何でもする。何でも喋る。一生下僕扱いされても構わない。ヘビーライトは痙攣する喉で命乞いの言葉を唱えようとするが、それは舌の震えばかりとなり、言葉を編み出さない。

 右目を貫いたのはカタナの切っ先。それが脳髄をぐちゃぐちゃにするような、痛みとは異なるダメージフィードバックによって、彼の精神は蕩けた。

 笑い声が聞こえる。自分の叫びに重なり、ケダモノの歓喜の唸り声が聞こえる。

 残された左目が今度は突き刺される。今度はあっさり抜け、視界が奪われた中で何度も何度も何度も何度も何度も、その身を串刺しにされる。

 

 それがヘビーライトが最後に味わった感覚であり、死への恐怖であり、断末魔こそが彼の全てとなった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「あっさりと死に過ぎだろ」

 

 もう少し楽しみたかったのだが、根性ねーな。オレは動かなくなったヘビーライトを見下ろし、不満を鼻息で漏らす。

 何でもシノンに対抗心を燃やしていると噂だったので、それなりの腕があると思えば、彼女の足下にも及ばない。これで傭兵とは恐れ入る。

 

「少し過大評価し過ぎてたか」

 

 オレと同じ傭兵の道を歩む者だ。相応の覚悟と実力が備わっているだろうと思えば、蓋を開けてみれば、そこら辺にいる連中と大差ない。デイヴとマーカスは楽しめたが、思い描いていた水準には到達していなかった。あれで家業がリアルでも傭兵なのだから驚きだ。

 やはり1桁ランカーとの戦いこそが至高だな。そう思うと、ヘカトンケイルは勿体ない事をした。ナナコとウルガンをさっさと殺し、ヤツとの1対1のダンスパーティが出来ていれば、ここまで空腹感に苛まれる必要は無かっただろうに。

 と、そこで電子的な音楽が鳴り響き、オレの前にシステムメッセージが登場する。おお、ようやくリザルト画面が来たか。かなり殺したからな。それなりの経験値とコルが入って然るべきだろう。

 

<生贄は捧げられ、封じられたソウルが開放されました>

 

 だが、内容はオレが想像していたものと違う。それと同時に、噴水のある中庭の方で眩い光が漏れていくのを見届ける。どうやら、ここは封じられたソウルが隠されていた場所のようだ。しかし、生贄とはどういう事だろうか?

 オレが中庭に移動しようとした瞬間に、太陽に重なるように影が躍り出る。それが左手で何かを構えている事、そして本能の全力回避の命令に従い、オレは猫のように右側へと跳ぶ。

 

 

 

「プラズマァアアアアアアアアアアアアバァアアアアアアアアアアアアアスト!」

 

 

 

 雄々しい叫び声と共に、オレが先程までいた場所へと青緑色っぽい半透明のエネルギー波が撃ち込まれ、そこからエネルギー爆発が生まれる。危うく爆発範囲に巻き込まれるところだったが、何とか回避しきったオレは、着地した新たな敵対者を睨む。

 体格は190センチといったところ。もさもさと黒髪と口髭を生やした姿は、某世界的人気キノコアクションゲームの主役Mのようだ。胸や手足だけを纏う白のタクティカルアーマーを装着し、左手にはプラズマガン【Au-N-C73】を、右手にはもはや拳と一体化しているとしか思えない直径60センチほどの棘付き鉄球を備えている。

 

「ほう、プラズマバーストを躱すとは。さすがはフィッシャー親子を正面から倒すだけの実力はある」

 

「……主菜がようやくやって来たか」

 

 噂をすれば影じゃないが、悪くない展開だ。喉を鳴らし、オレは現れた新たな襲撃者であるランク7の【777】を歓迎する。

 

「全員でかかってくれば勝機があるものを。どうして、バラバラになって襲ってくるのやら」

 

「傭兵なんてそんなものさ、ボーイ。自分が1番報酬が欲しいから、自分にとって有利な状況で動く。協働で律儀に仲間意識を持つ必要が何処にあるかね?」

 

 ふむ、そういう考え方もあるか。オレの場合は、協働とは共に依頼達成に励む、邪魔し合わない程度に協力する同業者程度の認識だが、そもそも協働だからって相手に協力しなければならない義理は無い。今回の争奪戦で自陣営だから協力するどころか蹴落とし合うのが当たり前という認識があるように、平素の協働でも報酬を独り占めにする為に仲間を利用するのも普通か。

 

「それに、私は誰かと組むよりも自分だけの時の方が強い。キミの戦いは見せてもらったよ。だから分かる。キミも同じ貉じゃないかな?」

 

「オレは単純に背中を預けられるヤツに恵まれなかっただけさ。アンタみたいに、独りだから強いイカレ野郎と同じじゃねーよ」

 

「問答とは、傭兵らしくなかったね。ボーイの実力は見せて貰った。噂など当てにならないものだよ。『捨て駒』5人分の成果、無駄にせずに使わせてもらうよ」

 

 777が動く。軽装防具と高火力武器を備えた、常に単独行動で依頼を遂行し、最多のゴーレム撃破率を誇る。

 注意すべきは右手の鉄球と左手のプラズマガンだな。特にプラズマガンは奇襲時のキャノンモードと一定距離で爆発するプラズマ弾を射出するガンモードに切り替えられる火力重視の≪光銃≫だ。その分残弾数は決して多くない。丁寧に当て続けねば弾切れは必定だ。

 対して、オレはスタンロッド半損、ライアーナイフは半ばから折れて、残存はカタナのみ。コイツで鉄球をガードすれば、さすがに真っ二つに折れるな。

 ……相変わらず武器を壊しまくって泣きたくなる。厄介な依頼ばかりであるが、武器がこうも損失していくのは報酬が吹っ飛ぶので避けたいところだ。

 HPはヘビーライトを追う最中に回復させてあるので全快だが、スタミナはそうもいかない。使用したソードスキルは飛燕だけだが、それでも連戦が続き過ぎた。スタミナ残量がそろそろ怪しい。

 仮にソードスキルを使用するならば、効率的な1発を必中させる。それしか無いだろう。

 オレと777は並走し、互いに距離を詰めることなく睨み合う。オレが陣取るのは777の右側であり、左手に装備したプラズマガンを撃つには難がある。それこそ、ブレーキをかけるか、身を翻すしかない。だが、その瞬間にオレは距離を詰めて斬れる。だからこそ、777は並走に甘んじる。まぁ、オレも左目が無いせいで仕掛けるのは苦労するから、正直陣取り的には失敗に近いのだが、それよりもプラズマガンの警戒が優先だった。

 先に仕掛けたのは777だ。ゆっくりとこちら側へと迫り、右手の鉄球で殴り掛かる。ガードは許されない以上は回避一択だ。横殴りの一撃を躱し、続いた振り下ろし、突き、そこからの回し蹴りだけをしっかり腕でガードするも、STRに差があり過ぎるのか、高出力化しても耐えきれずに押し切られる。

 ガードが緩んだ瞬間にプラズマガンを突き出し、そのまま近距離射撃が放たれる。キャノンモードの高密度のプラズマが開放され、美しいエフェクトと共にオレを掠め、背の瓦礫に着弾して爆発を引き起こす。

 なるほど。並走はチャージ時間を稼ぐためでもあったのか。上手くしてやられたな。

 ギアを上げていく。コイツの全てを『読み取る』には、今以上に本能を引き上げねばならない。

 

「クヒャハ……クヒ……」

 

 自然と口から歓喜の声が漏れる。

 そうだ。本能から届く高熱こそが、オレに力を与えてくれる。熱とは動く為の力だ。エネルギーだ。それは精神でも同じだ!

 もっとスピードを! 腕が千切れても良い位に加速を! 脳の反応速度が足りないならば、アバターの四肢を操作する運動速度を引き上げれば良い! 反応速度と言うなれば瞬発力! 1つの情報に対する1つの動きを行う時間の圧縮! ならば、そこから先は!? 瞬発力に物を言わせて反応して見せても、剣を振るうには腕を動かし続けねばならないのだ。これこそが運動速度だ。

 その為に必要なのはDEXの高出力化と脳の処理能力の引き上げだ。出来るか? VR適性の劣等を抱え、ただでさえダメージとストレス負荷を抱えている今のオレの脳に、更なる負担を重ねられるか?

 

「できるさ。オレにはそれ以外に無いんだから」

 

 幻視したのは『アイツ』の背中だ。オレは『アイツ』にまだ手が届いていない。あの英雄のような強さに憧れたままだ。

 超えてやる。いつか、『アイツ』と殺し合う日の為に。そして、そんな日が訪れない事を願っている自分がいる事も自覚して、オレは本能の炉に石炭を放り込み、ガソリンを注ぎ込み、多量の酸素を送る。

 

「ぬぅ!?」

 

 カタナの斬撃に対し、777は鉄球で対応するも、運動速度に喰らいついていけなくなる。反応速度は777が上でも、それに続く運動速度はオレの方が上だ。

 感謝する。オマエのお陰でオレはまた新しい強さを手に入れられた。『アイツ』に近づけた。まだまだ遠い背中だが、必ず喰らいついて見せる。

 

「だから、オレの糧になれ!」

 

 ここだ! スプリットターンを発動させ、鉄球で凌ごうとした瞬間にオレは777の背後を取る。カタナでその背中を斬りつけようとする。

 

 

「甘いよ、ボーイ」

 

 

 だが、オレの本能は斬撃を認可せず、咄嗟にカタナを右側からのガードに使う。気づいた時には、777の右手にあるはずの鉄球が消失し、右側真横から飛来してきていた。

 金属が砕ける音と共に雪雨が砕け散る。大きな質量を持った鉄球を無理にガードした為に、耐久度が低いカタナでは耐えきれなかったのだ。

 ガードのお陰でダメージを最小限に抑えられたオレは、地を転がりながら羽鉄のナイフを投擲する。それを777は宙を舞う鉄球を操って弾き飛ばした。

 

「腕の良い鍛冶屋がいるのは、そちらだけじゃないんだよ。我が【マジシャン・ボール】は専属の傑作キメラウェポンだ。≪鞭≫としての操作性と≪戦槌≫の破壊力。私の為のワンオフさ」

 

 よくよく見れば、鉄球と777が握るグリップの間にはワイヤーがある。鉄球を操るには細すぎると思うが、特注品ならば最高の素材アイテムで仕上げたものだろう。

 油断は無かった。ならば、これは純粋に777の強さだ。それがむしろ喜ばしい。

 

「最高だ! 最高だよ、777! さぁ、もっと殺し合おう! オレを殺してみろ! バケモノを殺す英雄にオマエがなれるならな!」

 

「……まるで血に飢えた獣だね。ボーイはそんなにも殺されたいのかい?」

 

 呆れたような777に、オレはきょとんとして首を軽く傾げる。ああ、そうか。今のオレは無手だったな。これでこの発言は自殺願望にしか見えねーか。仕方なく、様になるように残された最後の武器であるスタンロッドを抜く。

 

「クヒャハ……誤解するなよ、マ○オ野郎。戦って死ぬのは悪くない。それだけの話さ。自分より強いヤツに殺される。それこそが命の掟! オレを殺すヤツが、オレより強い捕食者だったってだけの話だ! だから、証明して見せろ! オマエはこの世界のピラミッドの何処にいる!? オレはいつだって頂点にいるつもりだ! 他のヤツらは等しく餌だからな! アヒャハハハハ!」

 

「話には聞いてたけど、イカレてるね。ボーイのような綺麗な子が、そんな下品に大口開けて笑うものじゃないよ」

 

「男だから良いじゃねーか」

 

「男も品性が問われるものさ。私の口髭を見てみたまえ! ダンディズムの象徴そのものさ!」

 

 自信満々に胸を張った777は、チャージを終えたプラズマガンを放つ。プラズマキャノンがオレに直進するも、≪光銃≫でもスタンダードなレーザーライフルには速度も劣るので回避は難しくない。だが、破壊力は比較できない以上直撃は駄目だ。

 続いて777はチャージせずに、ガンモードでプラズマ弾をばら撒く。次々とオレの周囲で炸裂するプラズマは、確実に、ジリジリと余波でオレのHPを削っていく。

 残り5割か。回復したいが、そのタイミングが無いな。

 羽鉄のナイフの残数は14本。雷壺は6個。粘性爆薬は1個。これが今のオレの戦闘用アイテムの残量だ。ひっくり返すには武器が足りないか。

 プラズマガンを避けるオレを追い、777が操る鉄球を蛇のように蛇行させて迫る。鍔から10センチほどだが、カタナの刃も残っている。せめてワイヤーを切断できないか試しておくか。

 ワイヤーにカタナを振り下ろすも、接触の瞬間にワイヤーは赤熱する。溶接されるのではないかと思う程であり、切断されるとは思えない。

 

「我がマジシャン・ボールに死角はないよ。接触対象を焼き切る火炎属性オートエンチャント付きだ」

 

「そいつはスゲェな。グリムロックが喜びそうだ! オマエをぶち殺して土産にしてやるよ!」

 

 ワイヤー切断は現状装備では無理か。水属性を備えた雪雨が破損状態とはいえ出来なかったとなると、高火力武器で強引に斬る以外にないかもしれないな。

 777は強い。カーク級か、それ以上だ。カタナを投げ捨て、オレはようやく目当てのデイヴ達と戦った場所に到着する。

 オレに直進して飛来する鉄球を、つかんで掲げたマーカスの遺体で防ぐ。さすがは高防御力の鎧装備だ。遺体になってもしっかり盾の役割を果たしてくれる。

 

「何と! 同じ傭兵とはいえ、遺体にくらい敬意を持ちたまえ!」

 

「そう言いながら、馬鹿みたいに撃ち込んでるのはどちらさんだ?」

 

「当たり前だろう。死人に口なし。盾に使われるくらいならば、爆死して粉々になっていてもらった方が助かるに決まってるだろう?」

 

 呆れる777は、何処までも自分本位に喋る。こちらと語りあっているようで、ただ意見を垂れ流しているだけ。まぁ、それはオレも同じだがな。

 結局分かり合う気など元より欠片も無いのがオレ達だ。そして、それで構わない。だってオレ達は傭兵だ。エゴイズムの塊だ。だから、オレはむしろ777への好感度を高めていく。

 殺したい。『喰らいたい』だけではなく、『殺したい』。認めよう。オマエは縄張りを争い合う捕食者同士だ。だから、カークのように失望させるなよ? 死に間際になって化けの皮が剥げたなんて興醒めだ。

 鉄球の攻撃を防ぐたびにボロボロになっていくマーカスの遺体。それを最後の役割を果たさせるべく、777に放る。それがジャストタイミングにプラズマ弾を防ぎ、解放されたエネルギー爆破でマーカスの遺体が破裂する。

 血の雨のように赤黒い光が舞う中で、オレは次の盾としてガロをつかむ。今必要なのは回復だ。不死鳥の紐によって少しずつだがオートヒーリングしている。せめて6割は確保しておきたい。それまでは弾数を費やさせて、こちらは防ぎ続ける!

 

「死体の盾が何度も通じると思ったかい?」

 

 だが、鉄球を飛ばした777は、その質量によって逆に自分の体を浮かせて、オレの上空を取り、プラズマキャノンを開放する。一直線に飛んだそれはガロの遺体を手放すのが遅れたオレの背中を削り取る。

 更に地面の炸裂とプラズマ爆風が追撃で襲われ、呑み込まれた左腕が雷属性特有の鋭い刺激を帯びた熱のダメージフィードバックに蝕まれる。

 残り3割か。結局マイナスで目論見はご破算だが、本命は成し遂げられた。オレは無手の状態で777へと接近を試みる。彼はプラズマガンをこちらに向けて迎撃しようとするも、渋い顔をする。プラズマガンのガンモードではトリガーを引き続けた時間によって炸裂距離が変わる。長く押し過ぎたせいで、オレを迎え撃つには爆発距離が調整できないのだろう。

 仕方なく、777は直撃狙いでプラズマ弾を射出するも、弾速が実体弾に比べて遅いそれに命中するほどにオレは馬鹿ではない。交差したプラズマ弾が背後数メートル先で爆発するのを感じながら、右手に引き戻した777が鉄球によって殴りつけようとするのを見つめる。

 ここだ。オレは敢えてストップをかけて全身に慣性の衝撃を受けながらスタンロッドを収め、強引にバックステップを踏み、システムウインドウを操作して躍らせる。そして、右手にマーカスから奪い取った灰払いの大剣を、左手にガロから頂戴した黒銀の槍を装備する。≪槍≫はスキルを持っていないので補正もソードスキルも無いが、それでもリーチを稼ぐ武器とここぞの使い捨ての投擲くらいにはなる。

 できれば削り取る槍が欲しかったのだが、どう考えてもオレのSTRが足り無さそうだからな。だったら、まだ実用性の高そうなのを選ぶ。

 

「かつての敵から力を受け継ぐ! 何という主人公スタイル!」

 

「まぁ、INTが低いから魔法ダメージはお察しってことだ!」

 

「冷静に考えれば、ただの剥ぎ取りの盗人行為ではないかね?」

 

「冷静になり過ぎだ。まぁ、古来より傭兵なんて略奪前提の仕事だろ?」

 

「おお、その通りだよ、ボーイ!」

 

「だろだろ? だから、オマエも殺して武器を奪って有効活用させてもらうから安心して死ねよ」

 

 コイツとの語らいも割と楽しいものだ。しかし、黒銀の槍の装備条件がTECだけで助かった。INTもありだったら、オレのINTじゃどう足掻いても無理だからな。攻撃力ボーナスがかかるだけならば、物理属性+低い魔法属性って具合で済む。

 左手の槍で突き、右手の剣で躱す777を薙ぐ。回避能力も高く、なおかつ宙を舞いながらプラズマガンを放つ。オレはバック転気味に爆破範囲から逃れながら、大剣の柄を咥え、右手をフリーにすると羽鉄のナイフをつかんで4本放る。

 飛来する羽鉄のナイフを鉄球で弾くも、続いた雷壺までは予見できなかったのか、雷撃の爆風が777の真横で炸裂する。

 だが、ダメージは微量。VITの高さもあるが、自身がプラズマガンを使っているだけあって、自爆を防ぐために雷属性防御力が高いのだろう。

 右手に両手剣を戻し、オレはリーチを確かめるように振るう。クレイモアとほぼ同等ってくらいか。まぁ、あとは使いながら覚えるさ。数回も剣戟すれば把握できる。

 

「まるで猫だね。【渡り鳥】という異名は返上した方が良いのではないかな、子猫ちゃん?」

 

「ベースが猫だからな。仕方ねーさ」

 

 今もオマエの力を借りている、マシロ。オマエとの日々がオレの強さの礎になっている。それこそが命を糧にするという事だ。だから、喰らえ。喰らえ喰らえ喰らえ!

 プラズマガンが再びキャノンモードに入る。前兆は砲口の輝きだ。あれがチャージ状態だ。目に焼き付けろ。ヤツは中距離ではなく、近距離での解放を狙っている。だから、それを誘え。

 だが、777はオレが撃つにはベストの間合いに入っても構えを取らず、逆に自身が突っ込んでくる。彼は自身の武器を手放すと、ファイティングポーズを取り、オレの顎へと右手のジャブ、そして左手からの穿つようなストレートをぶち込んでくる。

 どちらも掠めるに留まるも、身軽になった777は巨体を活かして頭上で手を組むとハンマーのように打ち下ろす。それが肩に入り、オレは衝撃で地面に叩き付けられそうになるも、STR出力を全開にして踏ん張り、逆に衝撃を利用して胴回し蹴りに派生させて777の脳天を揺らす。

 残りHPは1割半か。良いのを貰ったな。その場に煙幕爆弾を投げつけ、視界を奪った777をオレは本能で探り取り、槍を突き出す。だが、聞こえたのは金属音によるガードだ。

 

「再装備スピードの速さは、ボーイだけの専売特許じゃないんだよ」

 

 僅か数秒で再装備をおえたか。さすがオレと同じで単独行動が多いだけあって、こうしたシステム外スキルもしっかり磨いている。煙幕が晴れた中で、プラズマガンを構えていた777に、オレはその砲口に向けて黒銀の槍を投擲する。

 ここでプラズマガンによる連射で削り取りは終了。オレの負け。それくらい読めている。

 砲口に黒銀の槍は突き刺さり、プラズマガンは不発に終わって彼の手元で炸裂する。破損には至らなかったが、直撃ダメージに等しいそれは、いかに雷属性が高くとも十分にダメージを与えた。

 残り8割。こちらが1割半。VITの関係を考えれば、死はオレの方を奈落に落としたがっている。

 

「もうオマエの動きは見えた。ここからは殺しの時間だ」

 

 だけど、もうこれ以上オレが死の崖に進む事は無い。

 

「やっぱり両手剣1本はしっくりくるな」

 

 しっかりと両手で握りしめ、這わせるように刀身を肩に置き、オレは777へと斬りかかる。

 長年SAOで相棒だったのは両手剣だ。特に初期装備だったからな。扱いは熟知している。

 鉄球がワイヤーによって操られ、1つの独立した生き物のようにオレに襲い掛かる。

 だが、命中しない。オレは左に僅かに重心を傾けて、半身を抉り取るような鉄球を躱す。

 鉄球の動きに惑わされるな。見るべきは777の手首の動きだ。指の僅かな開閉すらも見逃すな。そこに操るリズムが隠されている。

 ワイヤー自体にも攻撃力がある以上は鉄球とワイヤーの両方の位置を把握せねばならない。オレは接敵に成功すると、777の膝蹴りを躱し、更に左右へと緩急をつけて揺れ、DEXを高めて距離を取る。

 徐々にだが、プラズマガンの命中精度が悪くなる。フォーカスシステムが追従できていないのだ。777の射撃適性はスミス以下のようだ。アイツならばこの程度には喰らいついてくるはずだ。

 いや、だからこそプラズマガンか。爆風ダメージで直撃が狙えずともダメージを稼げる。自身の適性を理解しての武器選択は、むしろ誉れだ。

 

「クヒャハハハハ! どうした!? 追いついて来いよ! ほらほらほらほら!」

 

 両手剣の切っ先がついに777に触れる。そこでオレは右手を剣から手放す。ひらひらと舞わせた右手で777の頬を横殴りにするも体勢を崩さずに777は右手に装着した鉄球で殴り掛かる。それに対してオレは跳躍し、まるでイルカが水面から舞い上がるように体を浮かせて鉄球の真上を通りながら、逆に彼の右手首をつかんで捻り上げる。

 そのまま腕を捩じり、膝蹴りで肘を破砕する。ぶわりと777の顔に脂汗が滲むのを楽しみながら、オレは更に左手の剣で彼の横腹を薙ぎ、退いて距離を取りながらプラズマガンを放とうとするところへ羽鉄のナイフを喉に殺到させ、内の1本は左目に突き刺す。

 

「ぬ、ぬかった……か」

 

 HP的には777が半分近く残して依然有利だが、彼は右腕が潰されて鉄球が使えず、残るは左手のプラズマガンのみ。そちらも弾数はあまり残されていないだろう。

 

「命乞いなら聞いてやるぞ?」

 

「……フフフ、ボーイは優しいね。だが、私も傭兵だ。覚悟はできているよ」

 

 ニッと777は痩せ我慢でも何でもなく、777は心の底から本気でそう思っているように、笑顔を見せる。

 

「退屈な話を聞いてくれ。私は現実では、今にも潰れそうな珈琲ショップのマスターなんだ。お客さんなんてほとんど来ない祖父から継いだ店さ。今年で37になったが、妻もいないし、恋人なんて何年もいない。だからね、ちょっとした遊び感覚でDBOにログインしたのだよ。自分以外の『誰か』になれる気がしてね。でも、このデスゲームのお陰で分かったのは、この世界に『自分以外』を求める事などできない。むしろ、『本当の自分』が丸裸にされていくという事だった」

 

「…………」

 

「だからこそ、私は強さを証明したかった。この世界で何処まで自分が通用するのか知りたかった。ボーイ、今ね、私は満ち足りているよ。ありがとう」

 

 感謝されても困るが、これが最後になる。オレは右手で両手剣を突きだし、777はフルチャージさせたプラズマガンを構える。狙いはただ1つ、キャノンの直撃だろう。

 突進する。それに対してのカウンターのブラズマキャノン。右耳を掠めたプラズマの閃光を目に焼き付けながら、オレは彼の胸を斬り裂く。

 

「故に、私の勝ちだ!」

 

 777はプラズマガンを捨て、斬りつけた後の隙を狙ってオレの顔面へと拳を振るう。STRの全てを乗せた、ソードスキルの光を帯びた左拳。発動させているのは、最も簡易的な≪格闘≫のソードスキルである閃打だろう。それ故に出が早く、このタイミングでは最適のソードスキル。

 

「読んでるよ」

 

 殺意の全てを乗せた一撃に対して、オレは小さく微笑んだ。そして、顔面を打ち抜くはずだった閃打を更なる1歩でするりと抜ける。

 ほとんどキスできそうな程の至近距離。この距離では武器はもちろん、拳も蹴りも使えない。

 

 

 

 

 

 

 だから、オレは777の喉に喰らいつく。歯を立て、喉の肉へと食い込ませた。

 

 

 

 

 

「ごぉおおおおおおおおおおお!?」

 

 777の叫びが漏れ、オレは彼の喉に喰らいついたまま引き摺り倒し、左肘へと羽鉄のナイフを刺し込んで拘束すると、そのまま喉を貪り喰らう。

 ぐちゃぐちゃと咀嚼し、そこから胸に向かって傷口を広げるように何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も喉の肉を喰らい千切る。暴れる777の顔面と胸を抑えつけて捕食し続ける。

 

「……モン、スター……だね、ボーイ」

 

 そんな呟きが漏れたのは死に際だっただろうか。それとも首が半分以上も無くなる前だっただろうか。

 赤黒い光の流出が止まらない777はだらりと四肢を放り出し、立ち上がったオレを見つめている。

 満足そうな表情がそのまま蝋で固められたかのように顔に貼り付き、777は目は何も映さずに空を見上げる。彼のHPは既にゼロになり、この世から退場していた。

 頭部や喉の欠損は通常とは比較にならない程に多量のスリップダメージを生む。急所部位とは本来守らねばならない場所であり、アバターに設定されているのは、心臓・頭部・喉の3つだ。そして、これらと背中に特効ダメージを与えるのが暗器だ。

 だから、オレは喰らい千切る事にした。これまでプレイヤー・モンスターの双方に喰らいつけるのは実証済みだ。そして、そのダメージ量から、急所部位の欠損ダメージの大きさにも注目していた。

 それでも、実際に人の喉に喰らいつこうなんて発想をする『人間』がどれだけいるだろうか? ましてや、傷口から更に何度も何度も、赤黒い光がもたらす血の味を舌に染み込ませながら、歯を生々しい肉に食い込ませるなど、誰ができるだろうか?

 

「弱いヤツが喰われる。それだけだ」

 

 どうでも良い。人も獣もそこだけは同じだ。ならば、深く考える理由なんて無い。

 ちょっと疲れた。スタミナも危険域だし、休息が必要だろう。777との戦いはなかなかに歯応えがあった。

 戦闘の報酬として777の持っていたマジシャン・ボールを貰う。さすがにオレのSTRでは装備条件を満たせない代物だが、グリムロックに渡せば開発の足しくらいにはなるだろう。破損した雪雨を正式にアイテムストレージから破棄して容量を確保する。黒銀の槍は要らないか。確か偽ザクロのカタナがあったはずだから、そちらを貰おう。

 あれ程にたくさん詰めていたはずのアイテムストレージも今では随分と寂しくなってしまった。

 白亜草を口内に押し込んで血の味を緩和させながら、オレは噴水がある中庭を目指す。

 これでオレの封じられたソウルは2つだ。ユージーンと上手く合流して、どちらも押し付けてやる。傭兵を7人も、それも1桁ランカーを2人も始末したのだ。仕事としては十分過ぎる程にしただろう。その後はザクロについて少し調べないとな。

 白亜草を更にもう1枚食したオレは、ふと、何故こんなにもレア度の高い回復アイテムを使用しているのだろうと疑問に思う。

 その理由は簡単だ。無意識にこれを選択したならば、本能が叫び散らしているからだ。

 まだ、戦いは終わっていない、と。

 周囲を途端に埋め尽くすのは、赤く点滅するシステムメッセージ。<CAUTION>という文字が視界で主張する。

 噴水の中庭では、ザクロと交戦した時と同様に水面が張られている。暗雲が立ち込めて灰色となったそこに、1つの影が舞い降りる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お前で28人目。恐れるな、死ぬ時間が来ただけだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現れたのは、漆黒の騎士。

 右手に握るのは黒の槍。左手に握るのは黒の片手剣。間接部は赤色に染まって淡く光り、横一本ラインのフルフェイスの兜……その覗き穴からは赤い光が灯っている。

 重ねたのは、ダークライダー。だが、鎧の意匠は異なり、何処か悪魔を彷彿させる。

 

「……死神部隊」

 

『こちら【N】。イレギュラーを排除する。カーディナルの新規定に則り、P10042を処分する』

 

 頂くのは1本のHPバー。そこに刻まれた名前はNという簡素な彼の名前を示すアルファベット。

 多くの腕の立つプレイヤーを襲っていた死神部隊のお出ましとは、オレも随分と出世したものだ。とはいえ、こちらはスタミナが危険域で、武器と言えばスタンロッドとマーカスから奪った灰払いの剣だけだ。

 どうして、こうも連戦が続くのやら。誰かに恨まれるような覚えは……あり過ぎて困るな。

 

「来いよ、死神。こっちはまだまだ喰い足りなかったところだ!」

 

 おかしいな。

 777程の大物を喰ったのに、まだまだ飢えてるんだ。乾いてるんだ。

 どれだけ殺せば満たされるんだろう?

 誰か教えてくれ。

 誰か教えてくれよ。オレはどうやったら満たされるんだ?

 システムメッセージの電子音が場違いに小気味良く鳴る。

 

<エクストラ・イベント『死神部隊』 クリア条件:600秒生存せよ>

 

 HPバーの下にデジタルタイマーが表示され、カウントダウンを開始する。

 了解だ。600秒以内に死神をぶち殺す。どうせ、こちらのスタミナは10分も耐えきれないからな。




いよいよ死神部隊登場です。

それでは、168話でまた会いましょう。

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