SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

169 / 356
Nさんとの2回戦開始です。
超強化されたNさんはレザブレ二刀流で溶けたりしません!


Episode15-26 アガペー

 Nが放った黒の輪は高速回転しながら飛来し、オレに接近すると急速に拡大して直径を伸ばし、広範囲斬撃へと変貌する。

 追尾性はほとんどが無いが、その分スピードがあり、一撃でも浴びればオレの肉体は両断されてHP全損しそうな勢いがある。だが、輪という特性上その中心部こそ死角になっており、拡大する斬撃を跳んで避けると中心部を潜ってやり過ごし、そのまま次の黒い輪に対抗していく。

 注意せねばならないのは、こうしている間にもNは縦横無尽に動き回れる点だ。彼は2対の翼を広げて舞い上がり、頭上から次々とバスケットボール程の大きさがある黒い滴を落としている。それは地面に接触すると闇属性の爆発を引き起こす。まるで爆撃だ。

 再び地上に舞い戻ったNが左手に凝縮させた闇を開放する。それは渦巻くように荒れ狂う闇の玉であり、オレの知る闇の玉を遥かに上回る速度で放出される。間一髪で身を翻して直撃を避けるも、背後の噴水に直撃した強化版闇の玉は巨大な黒い炎を周囲に撒き散らす大爆発を引き起こす。どうやら、闇の玉というよりも闇術版の大火球に近いようだ。噴水が破壊不能オブジェクトで無ければ、今頃跡形も無く木っ端微塵になっていただろう。

 だが、闇術版大火球にはかなりのチャージ時間が必要のようだ。だからこその飛行による時間稼ぎだろう。闇の滴による爆撃攻撃はランダム要素が強いが、回避自体は難しくない。闇の輪も対応できる。

 ただし、それは今のところは、という条件が付く。オレのスタミナは危険域であるし、Nは遠・中・近の全てにおいてハイレベルで纏められている。ハレルヤ戦でもそうだが、この手の射撃攻撃が豊富な相手というのは戦い辛くて困る。

 

『今のも躱すか、イレギュラー』

 

 舞い降りたNは槍を振るい、突貫する。胴を狙った高速突きをカタナで強引に軌道変更させ、火花を散らしながら刃を槍の柄に這わせ、Nに切っ先を触れさせるも、振るい抜く前に彼の膝蹴りが横腹に突き刺さりかけ、咄嗟に体を捩じってそれを紙一重で過ごし、体勢が崩れたオレにNの左手の爪が迫る。

 咄嗟にオレは雷壺を取り出して左手に握ると爪の一撃に合わせる。雷壺と左手が激突し、雷壺が炸裂してオレとNの双方にダメージを与える。

 雷壺の雷爆風で吹き飛ばされたオレは、近距離から雷壺の直撃を浴びてHPを1割半ほど失う。対してNは数パーセントのダメージだ。

 まだHPバーは緑色として余裕を持っているようにも見えるが、VITが低いオレでは信用できない。そもそも現状では火炎壺のような壺系は単体では火力不足で、スミスのように連鎖式にして火力を増幅させるか、いっそ牽制に割り切るか、戦術に組み込んで有効利用するか、のいずれかだ。ダメージソースとして活用するには既に一線を退いている。せいぜい黒い火炎壺が辛うじて次世代登場までの座を守っている程度だ。

 そう言えば、グリムロックが良く分からん新しい投擲系の攻撃アイテムを開発した、とかこの前メシの席で話してたな。オレが≪投擲≫を持っていないのが残念だとも漏らしていたが、何を開発したのやら。

 何にしても、雷壺の直撃で1割半も削れる以上、Nの闇術の直撃など即死コースだ。そもそもスタン耐性も高くないオレでは、スタミナ削り効果もある闇術を浴びれば、多段ヒットでスタン&スタミナ切れで死亡確定だ。

 DBOにおいて、HPはレベルの上昇とVITにポイントを割り振る事で増加する。つまり、レベルが上がればその分だけ耐久性をプレイヤーは増していくわけだ。だが、レベルアップ分での上昇量は当然ながらVIT成長には及ばない。故に、あらゆるプレイヤーは生存能力を高める為にVITを最優先で引き上げていく。

 だから、オレが紙装甲なのは自分のステ振りの結果であり、なおかつ軽装である以上は直撃が死に直結する。故に、文字通り回避し続ける事こそがオレの生命線だ。だからこそ、回避の余地が無い飽和攻撃や強制削りが恐ろしいわけだが。

 Nが槍衾を思わす連続突きを繰り出し、空いている左手から至近距離で拡散する黒い炎を撒く。それは至近距離から放たれる闇の飛沫、あるいはショットガンを彷彿させ、オレは槍の穂先から先に抜けきれなかったらこそ、バックステップで黒い炎の拡散から逃れる事に成功する。

 踏み込めていれば直撃は免れなかったか。Nはオレが槍を潜り抜けると予想していたようだが、オレの本能はストップをかけた。

 まだだ。まだいける。今度こそ、オレはNの間合いに踏み込んでいく。それに応じたNが2対の翼を羽ばたかせ、加速し、槍を振り下ろす。それをサイドステップで躱し、左右に蛇行するように揺れてNのフォーカスシステムを欺き、そこから一気に彼の背後に回り込む。それに対応するNの回し蹴りを屈んで躱すも、同時に翼が巻き起こした突風で体幹が乱されかける。

 喰らいつく! 地面を走らせ、水面を裂く斬り上げの一閃がNの鎧と同化した肉体の表面を削る。遠い1歩分の踏み込み。Nは迅速に後退してオレの攻撃を避けた。

 まだ終わらせない。退いたNにオレは更にカタナを振り下ろし、そこから瞬時に突きに派生させ、右に避けさせたところで横薙ぎに派生させ、それを左手の爪でガードされると同時に手首を捩じってカタナに回転を加えて刀身がつかまれるのを防ぎ、接近して肘打を穿つ。

 Nの腹に肘が入り、STR出力を引き上げた一撃はNの身を押し飛ばし、そこから止まることなくカタナを両手持ちにしてNが後退しながら展開する槍衾を弾きながら接近していく。

 槍衾を越えて、カタナがNの槍を握る右腕を裂く。切断には至らなかったが、確かなダメージが重ねられる。理性が後退を、本能が追撃を叫ぶ。オレは後者を信じ、Nのバリアの全体爆破が繰り出されるギリギリの瞬間に彼の顎を蹴り上げて宙を浮かし、カタナの柄から放した右手の正拳突きを打ってNを吹き飛ばす。

 爆発の余波がオレの全身を舐め、不発で終わったNの接敵切り札が消失する。爆発で舞い上がった水が雨のように降り注ぎ、オレは心地良く目を細めながら、HPが7割を切ったNを睨む。

 これでバリアも失われたはずだが、再展開までの時間が不明な以上、追う者たちを使えない現状で攻め込むべきだ。コンマ数秒にも満たない仕切り直しの思考切り替えを済ませ、翼で体勢を整えたNに飛びかかる。

 だが、Nはオレを迎え撃たずに、槍をその場の地面に突き刺す。

 

『【磔刑】』

 

 その一言と共に、地面から次々と出現したのは赤黒い光で構成された槍だ。幅広く禍々しい歪みを持つ穂先を持った、地上から伸びる槍をオレは水面下で生じる、発生の予兆である地面を染める発光を視界で感じ取り、後は本能が示すルートに従って通り抜ける。

 槍を地面に突き刺したNの首をオレは狙うも、彼がその全身から闇を開放してオレを押し飛ばす。ほぼノーモーションのそれは闇術版の奇跡のフォースといったところか。ダメージこそないが、衝撃で飛ばされたオレは水面を滑り、左手を地面に突き立てて衝撃を殺そうとするも、その間に放出された追う者たちが接近する。

 回避できない! オレはSTR出力を全開にして踏み止まり、強引に数発を受けて突破しようと思考が判断するよりも先に、本能が脳髄を支配して右手を操る。

 無意識で繰り出された斬撃は追う者たちの中心部を正確に捉えて『切断』し、拡散させて消滅させていく。そして、その感覚が情報となり、オレの体に馴染んでいく。

 

「……そうか。オマエも力を貸してくれているんだな」

 

 セサルの屋敷で見た映像の中で、UNKNOWNが見せた闇術の当たり判定を斬るという人外のシステム外スキル。この土壇場に来て、本能があの時の映像を咀嚼し、窮地を脱する為に適応してくれたか。

 出来る。斬れる。その確信がオレの中で生まれる。次々と襲い掛かる追う者たちをオレは剣舞のようにカタナを振るい、その中心部の『悪臭』の根源とも言うべき点を斬りつけていく。

 

「届いた」

 

 少しだけ、『アイツ』に近づけたかな? オレはカタナを振るって刀身に纏わりつくような闇術の残滓を払う。もうオレに追う者たちは通じない。斬り方は分かった。

 

『……「命中判定」を斬ったか』

 

 命中判定を斬るというのは、カタナを闇術に接触させるという事だ。ある程度は相殺できているかもしれないが、刀身には確実にダメージが蓄積しているはずだ。それに、この魔法の当たり判定を斬るのは、とんでもない集中力を要する。『アイツ』は昔から何食わぬ顔でとんでもない事を平然とやってしまうが、魔法を斬るって発想はさすがにおかしいだろ。

 

『イレギュラーか。どうして、セカンド・マスターが貴様を危険視したのか、カーディナルが新たな規定を設けたのか、理解できた気がする。だが……』

 

 1歩踏み込む。そこで、オレは胸苦しさを覚え、視界が赤く滲みだした事を把握する。辛うじて膝をつくことこそ堪えるが、状況が一気に最悪へと転んだ事に舌打ちした。ようやく追う者たちを潰せたというのに、神様は本当にオレにサイコロの良い目を出すのがお嫌いのようだ。

 スタミナ切れだ。不味いな。恐らく、闇術版フォースを受けたのが駄目押しになったか。ダメージこそないが、闇術のスタミナ削り効果はしっかり発揮されていたのだろう。

 思えば、Nが闇術を連射していたのも、オレのスタミナを奪い尽くす為だったのかもしれない。彼は槍を構えて突撃し、オレに連続突きを繰り出す。スタミナ切れで脳が悲鳴を上げる中で、オレはカタナで槍を弾き、逸らし、Nに刃を届かせようと右腕を伸ばした突きを繰り出すも、右手の感覚が乱れ、指先が僅かに脱力したのか、カタナがNの肩に触れると同時に零れ落ちる。

 無様に身を転がして水面を弾かせてNから距離を取り、赤い滲みが拡大する視界の中で右手を見れば、止血包帯で巻かれた指が小刻みに震えている。どうせならば完全に触覚が死んでいれば良いものを、中途半端に回復し始めた弊害……指先までミンチにされたかのように、動かし方が上手く思い出せない。自転車に乗れないヤツってこういう感覚なんだろうな。本当に指先をどうやって動かせば良いのか分からない。

 残る武器は折れたライアーナイフだけか。左手で逆手で握りしめ、オレは嗤う。

 

「死ぬ時間が……来た、か」

 

 都合の良いヒーローは現れない。いつだってそうだ。だから戦隊モノは大嫌いだ。あんなのは神様級の幸運を持ったヤツがたまたま救われる瞬間を切り取ったものじゃねーか。その裏でどれだけの人が犠牲になっているのか分かったものじゃない。

 

「だけど……まだ、死ねないな」

 

 Nはオレに安易に襲い掛かってこない。ヤツも分かっているからだ。オレに残された最後の武器を。ジョーカーの存在を。いや、むしろオレからそれを引き摺り出す為だけに、コイツはスタミナを早急に奪い尽くす事を選んだのかもしれない。

 イレギュラーとは何なのか? コイツらが何を以ってオレを殺したがっているのか、まるで理解できない。

 だけど、きっと、コイツは『戦いたい』のだ。使命よりも先に、オレに何かを求めているのだろう。それこそが、コイツが求めていた存在意義……いや、生き続ける意味の探索なのかもしれない。

 少しだけ、オレはNが好きになる。コイツがこのタイミングを狙っていたのは、単純にオレがジョーカーを切らざるを得ない状況を作り出す為だ。本当に手間をかけやがって。でも、その企みにまんまと嵌ったオレは、彼に微笑んだ。

 

『来い、イレギュラー』

 

「行くぞ、死神……いや、N」

 

 託すのは1つの想い。この場にいる理由。必ずグリセルダさんを見つけるという意思だけだ。

 耐えきれるかどうかは分からない。でも、薄っぺらな嘘でも、それが無ければオレは焼き尽くされる。だから、オレが瞼を閉ざした先に、グリセルダさんに斬り殺されるグリムロックを思い浮かべる。

 彼が求める審判の日、断罪。グリムロックの贖罪は彼の死を以って成し遂げられるのか、それとも……いや、考えるのは止そう。それはオレの物語ではない。

 道化師にもなれなかった。英雄も無理だった。救世主なんて論外だった。だから、ここにいるのは1人の傭兵であり、1匹のバケモノであり、1つの『人の心』を持ったオレという個人だ。

 脳の中にある黒点とも言うべき穴に身を沈めていく。そこには燃え盛る炎があり、オレは炎に抱かれ、そして炎を抱きしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、Nの左腕が捻じれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 反応しきれなかったNが彼の背後に回ったオレに、赤黒い光を傷口から撒き散らしながら槍を向ける。

 別に難しい事をした訳ではない。DEX出力を最大限にした状態で≪歩法≫のライジング・ライン……短距離ではあるが、ラビットダッシュ以上の加速を持つそれを、かつて習得した二重発動と共に使用しただけだ。そして、その勢いでNの左肘、その内側へとライアーナイフの鋭い断面を突き刺し、ギミック発動で伸ばして抉り込ませ、右腕を絡めて捻った。

 灼ける。灼ける。灼ける。

 

「全ての命はいずれ死して循環を回す糧となる。だから、オマエもここで喰われるんだ」

 

 でも、見失わない。ソードスキルの負荷がダイレクトに脳へと通じ、全身の筋肉に針が押し込められたように痛み、心臓が握り潰されていくように圧縮されていく感覚が広がり、眼球の裏で灼熱の鉄が滾っているかのようだった。

 Nが槍を振るう。スローモーションになったわけでもないのに、その軌道の全てが先程よりもクリアに読める。体が澱みなく動き、まるで先程まで水中の中で運動してかのように、体が羽のように軽い。その代償として呼吸ができないような息苦しさ、灰が破裂するような圧迫感、脳髄が溶解するような熱、血が塩酸に切り替えられたかのように内側から焦がされる。

 Nの左腕が修復されていく。想定で25秒。その間に、オレは折れたライアーナイフで槍を捌き続け、潜り込み、闇のフォースを発動させたタイミングで範囲外ギリギリに跳び、そのまま再度潜り込んで顔面へと刃を伸ばして斬りつける。

 火花が散る。破損した状態のライアーナイフでは甲冑と同化したNを斬り裂けない。ソードスキルで加速した状態で無ければ、柔らかい間接部を貫くことすら無理だっただろう。

 槍の横薙ぎ、そこから飛行して黒い輪が至近距離で飛ぶ。同時にNがバリアの再展開をし、30を超える追う者たちが放たれる。拡大する黒い輪……つまり、線を捉えてオレは体を傾けて、歩むようにそれらを潜り抜け、続く追う者たちへと真っ向から飛び込む。

 追尾性の高さ故に追う者たちはオレに向かって集中していく。前傾姿勢になって水面に鼻先が触れるほどに突き進み、地を這うオレを狙って下降した追う者たちが次々と水面に着弾していく音が背後から聞こえる。追尾性の高さを確保する為に速度が無い追う者たちはあえて正面に飛び込んで交差する方が安全だ。

 威力が減衰しながらも、追う者たちは次々とオレを追う。

 

「ああ、キラキラして綺麗」

 

 抱きしめたくなる。まるで人懐っこいハムスターみたいだ。オレは反転しながら腕を広げて跳び、迫るNの放った闇の槍を跳躍で躱す。闇のソウルの槍が一纏めにされた追う者たちを吹き飛ばしてくれる。

 着地するよりも先にNの槍が迫るが、それをライアーナイフを伸ばして制動をかけてギリギリで届かせない。

 

「世界にたくさんお星さまが光ってる。オレはそれに手を伸ばし、1つ1つもぎ取って、宝箱に詰めたんだ。でもね、泥棒が全部奪ったんだ。だから殺す殺す殺す。オレの宝物……『ぼく』から奪うな! アハハハ! それよりもミートパイを食べたいよ、母さん! 母さん? 母さん、何処にいるの? おじいちゃん、そんな風にオレを見ないで。オレはヤツメ様じゃないよ! ヤツメ様じゃないんだよ!?」

 

 落ち着け。自分を見失うな。繰り返せ繰り返せ繰り返せ! 殺意を純化させたまま、本能に首輪をつけろ!

 Nが飛行して闇の滴をばら撒く。黒い爆発が次々と引き起こされる。下りたところを強襲し、折れたライアーナイフで腹を斬りつける。だが、甲冑に阻まれて火花が散り、ダメージはほとんど与えられない。

 だから殴りつける。槍を突き刺し、磔刑を発動させられるも、伸びる槍を足場にしてその側面を取って宙を舞い、Nの頭上より踵落としを決める。

 

「昔ね、葡萄狩りに行ったんだ! 楽しかった! 皆でいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱいいっぱい、いぃいいいいいいいいいっぱい、葡萄を摘んだよ! 甘酸っぱくて、口が幸せになったんだ」

 

 槍を短く持ったNが昆のようにオレを打とうとするも、そこに既にオレはいない。着地と同時に宙へと前転し、彼の肩を蹴って宙を跳び、その首に足を絡めて体を捩じり、ライアーナイフを地面に突き立てて体を固定する『棒』にするとNを浮かび上がらせ、そのまま頭から地面に叩き落とす。

 

「オレはここにいる! だから返せ! 赤い花が咲いたら吹雪が止んで、森に新芽が……殺せ殺せ殺せ殺せ! 間引け!」

 

 あれ? 葡萄って『何』だっけ? ああ、この赤くてキラキラしたものだっけ? オレはNに馬乗りになり、頭にある赤い光に指を突っ込む。そのままぐちゃぐちゃと押し通して、引っ張り出すと、赤い光が消えてしまう。

 

 ちがう。これ、は……Nの目だ。

 

 バリアを炸裂させたNから逃れ、オレは右手に赤黒い光が纏わりつくのを見つめ、『味』を確かめる為に舌を伸そうとして、堪えて顔を右手で覆う。

 灼ける灼ける灼ける。灼けていく。ここにいるのは『誰』だ? オレだ。オレだオレだオレだ。『オレ』なんだ。

 

「仕切り……直し、だ」

 

 取り戻す。右目を失ったNに、オレはライアーナイフを構える。

 

「オレは……『オレ』だから、殺す、んだ!」

 

 首輪のリードが千切れ始めている。もう時間が無い。何でここにいるのか、戦っている『理由』が分からない。

 誰にも譲らない。譲るものか。オレは高速で接近するNに対して、全身を脱力させる。

 

「風の音は四季の知らせ。春は琴、夏は笛、秋は琵琶、冬は太鼓。聞こえる聞こえる……聞こえる」

 

 右手の感覚は……『ある』! 左手を突き出してライアーナイフを槍の一閃に這わせるも、Nの本当の狙いは左手に凝縮させた闇術の大火球だ。だから、オレはライアーナイフを捨てる。槍を滑り、飛んだライアーナイフが宙を舞う。そのまま左手で右腕を補助したオレは、踏み込みながら右手の拳でその手首を突き上げる。

 

「穿鬼」

 

 破壊の轟音がNの左手を破砕する。その外殻のような籠手が弾き飛ぶ。そこから体を捩じりながら、オレはソードスキルの発動が、脳に過負荷をかけていく

 オレは宙を舞うライアーナイフを左手でキャッチし、彼が飛行するより先に右手で頭をつかみ、その喉の隙間へとライアーナイフの断面を押し当て、伸ばす。

 通常ならば貫けない。ならば、N自身を固定してしまえば良い。右手で頭をつかんだまま、決して逃さず、ギリギリとライアーナイフが砕け散りながら、Nの喉を貫いていく。

 それは数秒だったかもしれない。あるいは1秒にも満たなかったかもしれない。Nの喉をライアーナイフが貫通して崩壊していき、刀身をほとんど失う。それと引き換えに喉から赤黒い光を跳び散らせたNが、そのHPの残された限りで、槍を最大限に短く持って振り上げる。

 だけど、彼が槍を突き立てた場所にオレはいない。舞うようにくるりとターンしながら、スプリットターンの再現をしたオレは、トンとNと背中合わせになって、微笑んだ。

 

「N、オマエは『答え』が見つかったか?」

 

『……ああ』

 

「そっか。良かった」

 

 それを聞けて満足だ。オレはラビットダッシュで一気に距離を取ると同時に、旋回の最中に投げた最後の雷壺がNの頭上に落ちるのを見つめる。

 雷撃がNのHPを奪い尽くす。それと同時にNの崩壊が始まる。

 致命的な精神負荷の受容を止め、オレは、槍を握りしめたままこちらへと向かってくるNへと、大きくその腕を広げる。

 

「おいで、N」

 

『私は……戦う理由を……探し続けていた。生きる意味とは……生き続ける意義とは……何なのかを』

 

 剥げ落ちていく甲冑がポリゴンの欠片となって、星の最期のように光っては消える。

 

『ようやく、見つけた……私は「敗北する」為に、生まれて……来た。きっと、負ける為に……それを望まれて、生まれて……それに、抗いたくて、生き続けて……きた』

 

 右膝から先が無くなるNは、それでもオレに槍を向けて這いずり、近寄る。

 だから、オレは彼を抱きしめる。

 

『イレギュラー……私は……「ここ」にいるのか? ちゃんと、生きて……いた、の、……か?』

 

「いるさ。オレが殺した以上、オマエの全ては糧になる」

 

『……そうか。オマエと戦えて、良かった、よ。だが、次があれば、今度こそ私が――」

 

 全てを言い切るより先に、Nが赤黒い光となって飛び散る。血潮のようなそれをオレは吸い込み、喰らい、そして祈る。

 

「恐れるな、死ぬ時間が来ただけさ」

 

 残されたのは、Nの槍だ。収得したそれの名前は【死神の槍】。彼の使用していた槍を手に、オレは点になるまで凝縮しそうな心臓に鞭を打つ。

 たくさん、殺した。

 たくさんたくさん、奪った。

 たくさんたくさんたくさん、喰らった。

 

「まだ……足り、ない……もっと、もっとオレは……」

 

 違う。もう休むんだ。これ以上戦っては駄目だ。

 視界が乱れる。ノイズが走り、まるで水墨画のように滲んでいく。

 さすがに連戦が過ぎたか。だが、2度目のせいかは分からないが、致命的な精神負荷を受け入れても、ある程度は制御が上手くいった。

 

「それにしても、葡萄……狩り、か。あれは……本当に、楽し、かった……なぁ」

 

 家族全員で行ったんだよな。おばあちゃんがまだ生きていた頃だ。小学校を卒業する前日に、おばあちゃんは亡くなった。おばあちゃんの作る菓子は……作る菓子は……作る菓子は……

 

「あ……れ?」

 

 思い出せない。どんな味がしたんだっけ? とても……とても、特徴的な味だった気がするのに……上手く思い出せない。

 

「……大丈夫、少し休めば、思い出すさ」

 

 だから、立ち上がれ。オレはシステムウインドウを開き、ライアーナイフを正式にオミットする。だが、アイテムストレージには残しておく事にした。Nを殺し、戦い抜いてくれたのだ。少しくらいは思い入れがある。

 カタナと両手剣を再装備する。この状況でさすがに使い慣れていない槍の装備は自殺だし、体が重く感じるのでこれ以上の武装は止めておきたい。

 と、そこでオレは地面に躓いて、派手に転ぶ。水面に顔が触れ、そこから立ち上がろうにも体に力が入らない。

 封じられたソウルとは目と鼻の先だ。噴水まであと数メートルだ。ここで横取りされても困る。

 横取り……横取り……どうして、オレは、そんな事を考えている?

 

「冗談、だ……ろ」

 

 本能が叫び散らす。振り返ったそこには、オレの見知った人物が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クゥクゥったらスゴーイ! ナナコ、感動しちゃった♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 やはり、生きていたか。オレは心臓が痙攣するような感覚と共に痛覚が全身に広がる中で、無言でカタナを抜きながら棒のような右足を無理矢理軸にして立ち上がる。

 

「オマエ、スゲーナ! ツーヨスーギ! オドローイータ!」

 

 別れた時と同じ、黒兎を思わすフード付きのローブを着たナナコ、そして相変わらずムカつく喋り方をするウルガンが、平然とペアでオレの目の前にいる。

 問いたい事は色々あるが、その前にぶち殺す。睨むオレに対し、ナナコはウインクしながら自分の口に指を這わせた。

 

「死神まで倒すなんて。クゥクゥのバケモノっぷりも半端ないね」

 

「で、バケモノ退治のフィナーレ……は、オマエらが飾るって、わけか?」

 

「まさか! ナナコは言ったよね?『次はクゥクゥのお手並みを見せてもらう』って」

 

「……その為だけに、死を偽装したとでも言いたいのか?」

 

 そんなふざけた話が……と言おうとして、元から狂人のナナコに正論は通じないだろう、とオレは焼き焦げた思考で余計な労力を切り捨てる。

 

「それも半分。もう半分は……ミュウの依頼かな? ナナコはクゥクゥに殺されたように偽装し、ベストのタイミングで『仲間殺し』すらも敢行する【渡り鳥】って形であなたの傭兵として作り上げた『信用』を失墜させ、危険人物として討伐令を出す。そこまでがミュウの狙い……じゃないかなぁ? ナナコも詳しい事分からない♪」

 

 そして、この話を広めるのは『オレに襲われながらも生き延びたウルガン』という人物が成すはずだった、ってところか? だとするならば、ナナコがこうして姿を現してきたのは、ゴミュウの企みから逸脱した事を示す。

 

「ねぇ、クゥクゥは殺し足りないでしょ? だ・か・ら、ナナコと一緒に行こうよ。今日はね、そのお誘いに来たんだ♪ ずっと見てたよ。クゥクゥは、殺せば殺す程に、どんどん強くなる。もっともっともっと殺させてあげる。クゥクゥが自由に、愉快に、殺せる場所を教えてあげる♪」

 

 後ろで手を組んだナナコの言葉には真実味が帯びているが、それに一々構っている程にオレも暇人ではない。

 この状態で危険度が高いナナコとウルガンのペアを相手にするのは厳しいが、それはいつもの事だ。

 

「要らねーよ。そんな都合の良い場所が何処に――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Wow、俺の事を忘れるとは……悲しいぜ、【渡り鳥】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り返ってはいけない。オレの理性が軋みながら、それでも声音に満ちた誘惑の魔力に抗えず、錆びついたネジを回すようにオレは首を動かす。

 噴水に腰かけているのは、見知った姿……ポンチョ付きのフードを被った男。

 その手に持つのは、かつてオレが対峙した人食いのミルドレットが装備していた巨大な包丁。

 懐かしき姿のままに、オレはその男の名を、忌々しさと哀愁にも似た感情を込めて呼ぶ。

 

「……【PoH】。やっぱり、オマエもいたのか」

 

「おいおい、感動の再会だって言うのに、相変わらず冷めた物言いだな」

 

 芝居がかったように肩を竦め、PoHは腰かけた噴水の縁から立ち上がる。

 思い出したのは、SAO100層攻略前日……始まりの街のある平原で殺し合った日だ。夕暮れによって染められた大地にPoHは沈み、ポリゴンの欠片となって消えていった。

 確かに殺した。だが、平然とPoHは蘇り、この場にいる。それを認めないわけにはいかない。だから、オレは深呼吸を挟み、3人同時を相手取って、どうやって殺しきったものだろうか、と戦術と戦略を組み立てる。

 

「さすがだ。『生き残る』ではなく、『殺す』事を考えた目をしている」

 

 そして、PoHもまたオレの思考を暴く。まずいな。ナナコとウルガンだけならば、勝機も十分にあるが、PoHも加わるとなると……些か厳しいか。

 

「おっと、先に言っておこうか。こちらに戦意は無い。お前と話がしたかったさ。ナナコ、ウルガン、お前らは下がってろ。【渡り鳥】とは2人で話す」

 

 PoHが命令すると、ナナコはつまらなさそうに足下の水面を蹴り、ウルガンを連れて神殿の瓦礫の向こうへと去っていく。

 いつかの再現か。オレはPoHと初めて出会った森を思い出しながら、あの時とは違って呑気にメシを共にする事も無く、カタナを向けて対峙する。

 

「死んだ自覚があるようだな」

 

「もちろんだ。その辺の雑魚と一緒にされるのは心外だ。死んだ程度で俺のフラクトライトは破損したりしないし、俺は『特別な処置』が施された。自我も記憶も俺自身のままさ」

 

「そんな保証は何処にもねーぞ? もしかしたら、そう思ってるだけで、違う自分がそこにいるかもしれねーな」

 

「それはそれで良い。殺しているんだ。殺されもするさ。仮に昔の俺が死んでるのだとしても、今ここにいる俺は揺るがない」

 

 言葉遊びが通じるような相手ではない。だからと言って、現状で無暗に斬りかかるのは愚の骨頂だ。それに、PoHは俺に嘘を吐いた事は無い。ならば、本当に今は戦う気が無いのだろう。

 カタナの切っ先を下ろすと、PoHはニッと小さく笑んだ彼もまた包丁を腰に収める。

 

「しかし、俺がいない間に随分と成長したもんだ。アレは以前教えた致命的な精神負荷の受容か?」

 

「ああ。お陰で助かった。オマエには……何度も助けられたよ」

 

 スタミナは回復したか。スタミナ切れアイコンの消滅を確認するも、視界は相変わらずノイズが走ったままだ。フォーカスシステムは完全にイカレてるな。レギオンの時程に長時間の受容は無かったが、それでもダメージは十分だ。先程から続く心臓の痛みがまるで和らぐ気配が無い。今回は最初にソードスキルを二重掛けし、更に最後は穿鬼まで使用した。その高負荷を直接処理した脳は今も熱を孕んでいる。

 まるで全身を浸す重油に火を投げ込まれたかのように体が熱い。呼吸の度に喉が焼けるようだ。平然と話をするフリを続けているが、気を抜けば膝から崩れ落ちるどころか、意識を保っていられるかも怪しい。

 それに何より、先程からする右手の『痛覚』だ。右手の掌にはオレ自身が開けた穴がある状態だが、止血包帯に覆われたそこから『痛覚』としか思えない鋭い痛みが断続的に続けている。

 痛覚遮断に障害が生じているのかもしれない。つまり、オレは下手すれば斬られれば、本来ならばダメージフィードバックとして伝わるはずだった不快感に含めて、まるで本物の肉体が斬られたかのような痛みもまた同時に味合わう事になるだろう。

 

「満たされない。そんな顔をしているな」

 

 そして、PoHは的確にオレの状態を見抜いている。恐らく、後遺症に蝕まれ、立っているのもやっとな状態である事も把握されている。その上で、戦うという選択肢を除外している。

 

「殺し過ぎただけだ。すぐに落ち着くさ」

 

 正直に言えば、PoHが生き返った事を悦んでいる自分がいる。これで、もう2度と味わえないと思っていた、彼との最高の殺し合いで踊ることができる。それは甘美な誘いだ。

 

「そいつは無理だな。今のお前は長年の空腹から……冬眠を終えて、胃もしっかり動くようになった熊みたいなものだ。どれだけ『質』の伴った『食事』をしても、根本的に『量』が足りないのさ」

 

 ……その通りかもしれない。オレはPoHの言葉を否定しない。その要素を持ち合わせていない。事実として、彼の弁論は間違っていないだろう事を、他でもない本能が認めているからだ。

 きっと、箍が外れてしまったのは補給部隊を殺した時だ。いつもは1度に殺しても数人だ。だが、1晩で何十人も、ほとんど抵抗らしい抵抗もさせずに、しかも情報を引き出す為に何人かは拷問までした。そうしてた蹂躙が今も尾を引いている。

 もっと殺したい。無抵抗な、泣き叫び、命乞いをする愚図共を腹が膨れるまで殺しまくりたい。その細やかな反撃を踏み躙りたい。

 そんな狂った虐殺への渇望。それこそが、きっと今のオレを苛ませる飢えと渇きだ。

 

「耐えてみせるさ。適度に『食事』を続ければ、いずれ静かになる」

 

「我慢は体に毒だ。どうだ? ここは1つ、終わりつつある街で『バイキング』と洒落込もうぜ、【渡り鳥】」

 

「No,thank you」

 

 残念そうにPoHはあっさりとお誘いのお断りを受け入れる。この男の評判は様々だが、死してもPoHは『PoH』のままのようだ。オレの頭を撫でてくれた頃と何ら変わらない、悪意をばら撒きながら殺し続けるイカレた狂人のままだ。

 疼くな。ここでPoHを『デザート』にするのも悪くない。舌なめずりしそうになるのを堪えながら、オレはカタナを鞘に収める。

 

「それで、オマエはザクロと組んで何を狙っている?」

 

 さすがにこのタイミングで現れて『ザクロは何ら関係ございません』とは言えないだろう。PoHもわざわざそれを否定しない。そもそも、PoHは死からの生還……復活をSAO時代から予期していたのだろうか? 先程の『処置』という単語にはそうしたヒントが含まれていた。

 

「別に。ただ、面白そうなイベントに参加しただけださ。ついでにオマエの『食事』の手伝いさ」

 

 腕を組んだPoHはまじまじとオレを見つめる。その無機質とも思える眼差しには、どのような思考が隠されているのか、オレには見抜けない。

 

「……昔からは変わらないな、クゥリ。お前の本質は残虐で、残忍で、残酷で……そして純粋だった。だがな、俺がお前の中で1番気に入っているのは、お前の血に宿った本能なんかじゃない。その精神の奥底にある『アガペー』さ」

 

「アガペー?」

 

 悪いが、頭は良い方じゃない。聞きなれない単語の意味を問うべくPoHを睨むが、彼はオレに意味を教える気はないようだ。まぁ、コイツが良く分からん単語を使うのは今に始まった事ではない。

 

「オマエは優しい奴と言う事さ。それはそうと、どうやって致命的な精神負荷の受容を成し遂げた?」

 

「自分をバケモノと認めただけさ。認めた上で、『人』としての心を捨てない事を決めた。それだけだ」

 

「……そいつはクレイジーだな」

 

 自覚はあるさ。オレに背を向けたPoHは、噴水の上空でふよふよと浮く封じられたソウルへと向かう。軽々しい跳躍で竜の石像の上に立ったPoHは、オレを見下ろしながら、まるで迷子の子猫を見るような目をしていた。

 

「可哀想に。お前は随分とボロボロだ。そうまでして、自分の本質を否定してまで戦うアガペーには敬意を覚える。だがな、【渡り鳥】。1つ聞いて良いか?」

 

「ご自由に」

 

「お前はきっとこれからも殺し続ける。殺して、殺して、殺して、それでも『人』の心をどうやって保つ? バケモノと自分を認め、それでも心をバケモノにしないのは辛いだろう?」

 

 そんな事か。オレは馬鹿馬鹿しいと鼻を鳴らす。

 クリスマスでオレを導いてくれたのは、サチだった。

 今回のNの戦いで、オレが握りしめたのは、グリセルダとグリムロックだった。

 

「好きなように生き、好きなように死ぬ。だから……オレは『人』として戦えるだけの理由を探し続けるさ」

 

「なるほどな。これからも『理由』を見つけては戦い続ける。そんな建前に縋り続けるわけだ。コイツは恐れ入った。最高の馬鹿だ」

 

「貶したければお好きにどうぞ」

 

「そうか。だったら1つ言わせてもらおうか」

 

 馬鹿なのは自覚済みだ。本能に身を委ねてしまえば、どれ程に楽だろうかと夢にも見る。だが、オレは『オレ』のまま戦って死にたいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「その『理由』が無くなったら、どうするんだ?」

 

 

 

 

 

 

 それは単純な疑問だ。PoHでなくとも到達する、簡単な問いだ。

 だが、オレは言葉に詰まる。言い返す為に舌を震わせようとしても、何を紡いだら良いのか分からない。

 分かっていた事だ。グリセルダさんをグリムロックに会わせれば、アスナを見つけて『アイツ』の悲劇を止めれば、オレの戦う『理由』は無くなる。

 せいぜい、茅場の後継者をぶちのめすという目標くらいだ。だが、そこには『殺す』為の理由が無い。

 

「……だ、から、傭兵をやっているんだ」

 

「その『依頼』も無くなったらどうする?」

 

「そ、それは……もちろん、オレは……オレは……」

 

 考えた事も無かった。毎日のように、無茶振りの依頼を見ては嘆息する日々の中で、いずれこうして舞い込み続ける依頼が失われる日が来る事を予想もしていなかった。

 3大ギルドが不安定な現状が、更に悪化すれば、オレに来る依頼が途絶える事は無いだろう。だが、いずれ安定に向かうか、勝者の一強時代が訪れれば、傭兵は不要になるのは目に見えている。敵対勢力があるからこそ、それを出し抜く為に、保有戦力外としてカウントされる自由に動かせる傭兵は重宝されるのだ。

 

「なぁ、クゥリ。そもそも現実世界に戻っちまえば、お前には戦う為の『理由』なんて何処にも無いさ。それどころか、お前はきっとイカレた殺人鬼として、自由も何もかも奪われて管理されるかもしれないな」

 

 戦えなくなる?

 オレが……殺す『理由』が無くなる? 戦う為の建前が失われる?

 嫌だ。そんなのは嫌だ。だって、オレが『オレ』なのは、戦い続けるからこそだ。だけど、殺し続ける為には『理由』が必要で……そうしないと『オレ』じゃなくなってしまって……あれ?

 オレは何を矛盾しているんだ?

 そもそも殺し続けているのは、他でもないオレが望んだからではないのか?

 

「まぁ、じっくりと悩め、【渡り鳥】。俺はいつでも大歓迎さ。約束する。俺はこれからも一切お前の邪魔をしない。たまにお誘いに行くだけさ。だがな、1つだけ忠告しておくぜ。お前が『仲間』と思っている連中は……お前の事を『バケモノ』としか思っていない」

 

 PoHが封じられたソウルを入手し、オレに投げ渡す。足下に転がった封じられたソウルに、オレは力なく手を伸ばした。

 

<11個の封じられたソウルが開放され、最後の守護者が動き出す>

 

 そして、1つのシステムメッセージがオレの視界を流れた。それが何を意味するものなのかは分からない。

 

「周りの死体を見てみろ。そこに『答え』があるさ」

 

 それを最後に、あっさりとPoHは姿を消す。まるで、オレが見ていた幻だったように。最初からこの語らいは夢に過ぎなかったかのように。

 いや、もしかしたら夢だったのかもしれない。何故ならば、オレはいつの間にかふらふらと、殺した傭兵達の遺体を見て回っていたからだ。

 

「ああ……そう言う事か」

 

 PoHが言おうとしていた意味を知り、オレは苦笑する。

 

「殺して……殺して……殺して……」

 

 地響きが聞こえる。

 何か巨大な者が近づいている。

 両手剣を抜き、切っ先を地面で触れさせて引きずりながら、オレは迫る存在を迎え撃つ。

 とくかく戦いたい。まだまだ足りないんだ。もっと殺さないといけないんだ。そうしないと、オレはきっと『虐殺』を始めてしまう。

 

「『理由』の為に戦って、戦って、戦って……」

 

 分からない。

 分からないよ。

 誰か教えてよ。オレはどうすれば殺し続けられるんだ? どうすれば戦い続けられるんだ?

 

 

「……それで? それで、オレはどうすればいいんだ?」

 

 

 戦い続けたかった。

 殺し続けたかった。

 でも、気づかないふりをしていた。

 

 いつの日か、建前にすべき『理由』が無くなる日が来る事を……ただ怯えて、目を逸らし続けていたんだ。

 




そもそも自分が目指す道がどん詰まりで破綻している事に気づいたクゥリ、SAN値チェックのお時間です。

それでは、170話でまた会いましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。