SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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クゥリの今回エピソードの戦闘一覧

1.30人以上の補給部隊ぶち殺し
2.蝕まれた竜狩り
3.魔法後衛付きランク1
4.魔強化虚ろの衛兵
5.レギオン・バーサーカー&雑魚
6.偽ザクロ↓ここから連戦↓
7.ガロ&タイフーン
8.フィッシャー父子&狙撃主ヘビーライト
9.777
10.オペレーションⅡ有りの超強化N
11(NEW!).何か地響きが聞こえるね←今ココ



Episode15-27 『答え』を探す迷子

『主様、死神部隊のNは敗れたようです』

 

 ジャングルに溶け込む、全身を隠す迷彩柄のローブを着た人影は、肩に止まる奇怪な虫の言葉に足を止める。

 その虫は蜂のような体躯をしているが、尻部は針ではなくムカデのような姿をしており、なおかつ複眼の目はいずれも黒い点がギョロギョロと蠢いていた。縦割りの顎の奥には横割りの口が潜んでおり、薄い翅は刃のように鋭く、脚には禍々しい緑色の爪が備わっている。

 

「だらしない男達」

 

 ぼそりと人影は、今回投入された戦力の面々を思い出す。遠隔操作したパラサイト状態のグリーンヘッドはともかく、タイフーン&ガロのコンビ、フィッシャー父子とヘビーライト、聖剣騎士団の誇る上位ランカーの777、そして死神部隊のN。前半はともかく、後半は単身で多勢やゴーレムを撃破できる猛者だ。それでも尚、【渡り鳥】を討つには至らなかった。

 

『全ては主様の「予定通り」というわけですね』

 

「私の予定は777まで。死神は『あの男』との契約よ。ご自慢の死神部隊を【渡り鳥】が消耗しきった所にぶつける。それでも私は殺しきれるとは思ってなかったけど、あなたの報告からすると五体満足かしら?」

 

『かなり消耗しているようではあるようですが。それに、どうやら予定外の戦力も【渡り鳥】を目指して急行中のようです』

 

 予定外の戦力? 人影は顎に手をやり、先程のシステム・メッセージを思い出して大笑いする。さすがに『あの男』もシャルルの森のイベントのランダム要素にまでは手を加えていないだろう。だとするならば、偶然の呼ぶ偶然が【渡り鳥】を殺しに向かった事になる。ここまでハードラックだと笑いが零れるものだ。

 これならば殺せる? いや、足りないだろう。人影は【渡り鳥】を過小に見積もったりはしない。

 

「やはり数の暴力で押し潰す。それが最適解のようね。となると、アームズフォート計画に期待ね。聖剣騎士団はいよいよランドクラブ1号を実戦導入したし、マザーウィルの開発も大詰め。太陽の狩猟団も5割がた完成済み。後れを取っているのはクラウドアースだけど……あそこは腹黒いから、何をしでかすか分かったものじゃないわ」

 

『主様が言うとフラグにしか聞こえませんね』

 

「あなたも随分と語彙が増えてきたわね。AIのくせに、最近は妙に生意気だし」

 

『主様は忍者気取りのくせにお喋りですから』

 

 忍者ではなくNINJAを気取ってるつもりなのだが。人影は小さく嘆息し、シャルルの森を脱出を目指す。昨夜の鬼ごっこの最中にはグリーンヘッドと入れ替わり、人影は……ランク10の【ザクロ】と呼ばれた傭兵は、気ままに森の外へと足を進めていた。

 グリーンヘッドを買収して『太陽の狩猟団』に雇われていたフリッカーを殺害させて信頼をつかみ、フリッカーに化けさせて暗躍させた。目的は2つ、協力者であるSAOで悪の権化と謳われたPoHへの助力、そして【渡り鳥】殺害戦力の収集だ。

 だが、ザクロにとって予想外だったのがクラウドアースの動向だ。明らかにユニークスキルを狙った動きではない。奇妙なまでに静かなのだ。

『あの男』は全知の権限を持っていながらも、クラウドアースに関する情報を提供しなかった。つまり、ザクロはまだ価値の低い駒だという事だ。それについては不満も無い。今回は自分の戦力価値を売り込むデモンストレーションとして割り切っていた。あわよくばランク1をぶつけて【渡り鳥】を殺害できないものかと、フレンマを殺してみたが、どうやらクラウドアースの裏の王……セサルの目論みは根深いようだ。

 上手く聖剣騎士団は動いてくれたが、ここから先は森の外に出て情報を集めねば何とも言えないだろう。

 

「利用し、利用され、そんな風に殺し合う。本当に退屈で汚らしいわ」

 

『主様がそれを言いますか? 暗躍筆頭の忍者のくせに』

 

「だからこそよ。傭兵になって嫌というほど分かった。利用される側の馬鹿馬鹿しさと利用する側の意地汚さ。どちらも気分は最悪」

 

『世界なんてそんなものでしょう』

 

「……あなた、本当にAI?」

 

『自我は持っているつもりです。言っておきますが、成長速度は人間よりも速いと自負しています』

 

 それは素晴らしい事で、とザクロは嘆息する。

 殺しきれるとは思っていなかった。ランク1ならばと期待はしていたし、虚ろの衛兵戦後に奇怪なモンスターと戦闘中の【渡り鳥】を暗殺できるかもしれないとも淡い希望程度は抱いていたが、それが成せるとは微塵も考えていなかった。

 だが、それでも恐ろしい、とザクロは拳を握る。傭兵は低ランカーでも決して雑魚ではない。全員が最低でも上位プレイヤー級の実力を持っているのだ。それを1人で殲滅した挙句に死神まで撃破。人外の戦果である。

 

「強過ぎる。あなたは……そんなにも強いのに、どうしてキャッティを……」

 

『差し出がましいですが、主様のそれを人は「逆恨み」と呼ぶと思いますよ?』

 

「自覚はあるわ。それでも、誰かを恨まないと前に進めない人間もいるのよ。醜いでしょう?」

 

『ええ、とっても』

 

 そこは無言を貫いて慰めてくれるのが相棒というものだろうに。ザクロは肩に止まる虫の頭を指で撫で、灰色の雲に覆われた空を見上げる。間もなくジャングル全体を大雨が襲うだろう。

 

「私は憎い。キャッティを奪ったこの世界が、あれ程までに強いのに彼女を守ってくれなかった【渡り鳥】が、何もかもが憎い」

 

『だったら、尚の事「あの男」と協力するのは止められた方が良いかと。「あの男」こそが主様の宿敵にして元凶です。何卒一考を』

 

「……1人で戦える程に私は強くない。それに、「あの男」が何を考えてるのか……私には何となく分かる気がする。だからね、【渡り鳥】を殺す手伝いもしてくれて、その先にあるものを見せてくれる『あの男』に協力するのも吝かじゃないわ」

 

 その代償は決して安くないだろうが、そんなものはどうでも良い。

 

「【渡り鳥】、お前は何も悪くない。きっとキャッティが死んだのも、お前にとって不測の事態だったのだと思う。お前にすら覆せないならば、私にも、ランク1にも、誰にも、それこそ【黒の剣士】くらいにしか変えられない結末だったのだと思う」

 

 ポツポツと雨が降り始める。それが迷彩のローブを着た女性を濡らしていく。それでも彼女は空へと手を伸ばす。まるで神に救いを求めるように。

 

「それでも、お前の強さを知れば知る程に、憎たらしくてたまらないんだ」

 

 仲間も、敵も、何もかもを糧にして強くなり続ける怪物。そこにはキャッティの『力』もまた息づいている。だから、彼を殺す事とは……キャッティがこの世に存在した証明を1つ削る事に他ならない。

 

『主様は……本当にどうしようもないですね。それでもお供しましょう。この世界で主様に尽くす為に生まれた私の存在意義を貫く為に。そして、何よりもあなたの友として傍にあり続け得ましょう』

 

 頭に乗り、翅を広げて傘代わりになる虫に、ザクロは小さく微笑む。

 

「……ありがとう。それでは進めましょうか。破滅主義者の復讐劇をね」

 

 ここで【渡り鳥】が死ぬならば、それもつまらない結末として受け入れよう。ザクロは12個目のソウルが解放されれば何が起こるのかを知っているが、それはとびっきりタチの悪いジョークであり、喜劇の役者たちを呑み込むはずだ。

 

「きっと、お前は立ち向かうのでしょうね、【渡り鳥】。あなたは英雄から程遠く、救世主にもなれない。それでも……戦うのでしょうね」

 

 だからこそ、キャッティもきっとあなたを『信頼』したはずだ。

 これ以上は考えるのを止そう。ザクロはフードを深く被り直すと、ジャングルの外へと向かうべく歩を速めた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「水がいつでも飲めるってこんなにも素晴らしい事だったのね」

 

 ボトルの水をがぶがぶと飲んで手の甲で恥じらいも無く拭うシノンを目にしながら、スミスは心底呆れた眼差しを向ける。

 憐憫の感情を抱く、というのはこういう事を言うのだろう。シノンとUNKNOWNの両名のサバイバル対策の不足っぷりに、スミスは自分が思っていた以上にジャングル生活で精神的に追い詰められた傭兵が多いのではないだろうか、と悩んでいた。

 2人と言えば、水を補給する為の空き瓶すらも持ってきていなかった始末だ。辛うじてUNKNOWNが釣り竿を持ってきてはいたようだが、それでも飲料水の確保にはかなりの苦労が強いられたようである。

 もはや2人を捕虜というよりも保護している気分だ。簡素な朝食を済ませたスミスは、眠たそうなグローリーを置いておくとして、さすがに徹夜程度ではまるで堪えた様子が無い面々を見て、この辺りは傭兵としての基準を満たしているかと、何故か安心してしまう。

 

(私の基準が間違っているのか? それとも、彼らが今回は甘く見積もっていただけなのか? だが、グローリーくんという先例もある)

 

 それにしても、この広いジャングルで新たに同行者が3人も加わる事態に発展するとは、何か呪われるような真似をしただろうか、とスミスは我が身を振り返るが、せいぜい酒と煙草とギャンブルにコルを突っ込んだ程度しか思い浮かばない。

 

(……駄目人間の見本みたいな趣味だな。少し改善するか)

 

 パッチを嗤えたものではないか、とスミスは自生活の改善を予定する。そうなると『例の計画』も前進させる必要があるだろう。だが、その為には必要なものが幾つかあるのだが、それを何処から調達したものだろうか、とスミスは頭の隅で計算し、すぐに放棄する。そんなものは生きて帰ってからすれば良い話だ。今は、この散々としか言いようがない状況を脱するのが先決である。

 

「さて、クゥリくんとどう合流したものかな?」

 

 思考を切り替え、スミスは本日中にクゥリの発見を望むが、ハッキリ言ってノープランだ。そもそも、これは完全に予定外の行動である。封じられたソウルを3つ得た時点でスミスの仕事は事実上終わりだ。後はグローリーに丸投げして神殿に入ってもらい、ユニークスキルを獲得してもらうだけである。

 だが、一方でスミスは昨晩シノンとUNKNOWNから聞き出した情報から、1つの疑念を膨らませていた。

 シノン達に封じられたソウルを2つも提供する足掛かりとなったフリッカーの暗躍。どうにもきな臭い、とスミスは情報の再整理を行っていたが、現状では真実が見えてこない。

 

(ソウルの情報は何処からつかんだ? フリッカーが聖剣騎士団に雇われたという情報は無い。それ以前に正確なソウルの位置情報をつかんでいるのは何故だ?)

 

 予感をスミスは信用しないが、今回ばかりは不自然な点が多過ぎる。

 

(……やはり、ここはユニークスキルの『有無』から調査すべきか。やれやれ、前提から疑わねばならないとは、トコトン傭兵を舐めた真似をしている奴がいるようだな)

 

 そうなるとユウキをどうやって説得したものだろうか、とスミスは悩む。彼女は連れる2匹の狼の頭を撫で、クゥリの捜索の下準備を進めている。

 

「アリーヤ、アリシア。クーを見つけるんだ。良いね? 他は無視して良いから」

 

 2匹の狼はプレイヤーで言う所の≪追跡≫に近い能力があるらしく、今はその能力をクゥリ探索に注いでいる。索敵能力もかなり高く、スミスとしても非常に頼りになる2匹だ。だが、下手をせずとも人間以上の体格がある狼たちは彼女の命令1つで自分たちの喉に喰らいついてくると思うと、とてもではないが従順な大型犬を見るような目はできなかった。

 

「クーを見つけるってどういう事?」

 

 何か嫌な記憶でもあるのか、やや目を逸らしながら、シノンが尋ねる。そう言えば、とスミスは彼らにまだ現在の目的を話していなかったな、と今更に気づく。グローリーとの約束を彼らが守る気ならば、戦力として活躍してくれるはずだ。ならば、目的の共有を怠るわけにはいかない。

 

「私はグローリーくんに雇われた身だ。そして、そのグローリーくんがユウキくんに協力する事を約束した。だから、私の今の目的はユウキくんの目的……クゥリくんの探索だ」

 

 あえて写真の2名について語らなかったのは、その一瞬にユウキの鋭い眼光のアイコンタクトを見逃さなかったからだ。

 こちらの情報は余りばら撒かれたくない、というわけか。スミスは彼女を動かす勢力がどのような目的で動いているのか分からないが、あの写真の2人に関しては穏便に済ませられる話題ではない、と改めて認識する。

 

「そう……なら、不満は……いいえ、そもそも言えるような立場じゃなかったわね」

 

「その通りだ。UNKNOWNくんも文句があるならば、命を懸けて発言したまえ」

 

 だが、仮面で素顔を隠すUNKNOWNはインスタントメッセージを送る気配も無く、どうやら元より意思表示する気もないようだ。あるいは、彼が噂通りの【黒の剣士】ならば、久しぶりに相棒と再会するのも悪くない、と思っているのかもしれない。スミスはどうでも良い推測をそこで切り捨て、アリーヤとアリシアの2匹に先導されながらジャングルを歩んでいく。

 

「それにしても、これ程の大所帯なのにモンスターと遭遇しませんね。フッ! さすがのモンスターたちもこの騎士☆グローリーに恐れをなしましたか」

 

 キミのような赤褌1枚の男がいればモンスターも裸足で逃げ出すさ、とはスミスも言えなかったが、グローリーの疑念は尤もだ。

 現在のスミス達は5人という、モンスターの索敵に引っ掛かり連戦を余儀なくされる人数で動いている。事実として、昨夜が夜番中に幾度襲撃されたか分かったものではない。全員が徹夜上等でなければ、スミスも彼らを何度蹴り起こす事になっただろうか。

 だが、現在5人組+2匹で移動しているというのに、まるでモンスターと遭遇する気配が無い。ユウキの話では、狼たちは≪威嚇≫に近しい、低レベルモンスターを退ける能力があるらしい。とはいえ、そもそも最前線級のダンジョンであるシャルルの森ではその能力が発揮されても微々たるものであり、事実としてそうだった。

 

〈警戒しよう。この辺りのモンスターは誰かに狩り尽くされている〉

 

 スミスが同様の結論に達すると同時にUNKNOWNからインスタントメッセージが飛んでくる。

 エンカウントしない理由はただ1つ、モンスターの全てが狩られ、リポップが間に合っていないからだ。だが、周囲にはモンスターの遺体も見当たらない。そうなると、何処かに集められて一網打尽にされた、と見るべきだろう。

 何の為に? スミスは考えを巡らせば巡らす程に、現実世界で嫌という程に味わった謀略の雰囲気を肌で感じ取る。不自然な要素とは何者かの介入があった証拠だ。

 世界は朝焼けを迎えてから久しく、ゆっくりと暗雲が広がっている。これは一雨来るかもしれない、と咥えた小枝を揺らしながら、スミスは足下の蔦に覆われた石畳を発見する。

 このシャルルの森は最初からジャングルだったのではなく、神殿を中心にした街が森に呑まれたという設定だ。それは南の洋館で得た日記からも得た確定情報である。

 かつて、南の洋館の主だった太陽の光の王女グヴィネヴィアの信徒は、北の洋館の主……白竜の信徒とシャルル亡き後に対立を深めたようだ。

 そして、北の洋館の主は何かを企てた。それによって、シャルルの森の前身だった都市は混乱がゆっくりと広がっていった。そして、何かを悟った南の洋館の主は神殿を封印した。文字通り、シャルルの都に住まう全ての住人を犠牲にして。森と調和が取れていた都は、そうして滅んだ。

 日記帳には全てのソウルを解放してはならない、と示されていた。そこでスミスは、現在のソウルの数は幾つかだろうか、という思考に至る。

 スミスは6日の時点で、更に10日はかかると踏んでいた。だが、現在スミスは3つの封じられたソウルを確保している。他の勢力にもフリッカーのようにソウルを獲得するように誘導している勢力があるとするならば、必然的に1つの狙いに集約する。

 

(まずいな。日記帳の事を話すべきか? だが、ここでシノンくん達に余計な情報をばら撒きたくない。そもそもユニークスキル争奪戦……これ自体が破綻している危険性すらも見えている)

 

 やはり撤退一択か。スミスは迅速に決断する。傭兵は引き際も大事だ。そもそも今回の作戦は、補給部隊が壊滅的被害を受けた時点でこれ以外の選択肢は無かったのだ。だが、伝令が到達しないシャルルの森だからこそ、傭兵達は依頼遂行を優先していた。スミスに至っては、補給部隊が壊滅する事を前提に動いていた。

 補給線は生命線だ。これが戦争ならば既に決着がついている。クゥリと合流さえすれば、ユウキの説得も可能だろう。彼女にも今の内容を伝え、クゥリにも同様の情報を渡す。彼は傭兵歴が長く、こうした事態にも慣れているはずだ。ならば、同じ選択肢に到達するはずである。

 あとは戦力に物を言わせて24時間ぶっ通しでシャルルの森の外を目指す。消耗無視ならば、森に慣れた現状ならば十分に可能のはずだ。

 

「どうやら、近くに建造物があるようだね。とりあえず、そこを目指すとしようか」

 

 内心で腹積もりを終えたのとは思えぬほどに、何食わぬ顔でスミスはユウキに進言する。そもそも補給部隊を壊滅させられたのは聖剣騎士団側の落ち度だ。これを盾にすれば、前金の返却を求められる事は無いだろう。グローリーは聖剣騎士団からしても重要な傭兵戦力だ。幸いにも彼の裸体を見せれば、スミスの撤退選択の説得性も増す。

 

「アリーヤが反応している。クーを見つけたみたい。近いよ、急ごう」

 

 やや焦った様子のユウキに、スミスは疑念を覚える。それを口にすべきか悩むも、舌にのせる事にした。

 

「なにか急用かな?」

 

「嫌な予感がする。モンスターがいないって事は、誰かが『邪魔が入らない』ように始末したって事だよ。そんな事を目論む理由は1つしかない」

 

 ああ、ユウキが言っていた『あの男』か。スミスは写真の内の1枚、ユウキに教えてもらったその正体を思い出し、内心で小さく嗤う。知ったのは、SAO事件後だった為に『始末』し損ねたが、よもやクゥリがゲーム内で『あの男』を殺害していたとは思いもよらなかった。

 

(サーダナの1番弟子、か。やれやれ、イラクで『殺し損なった』のがここまで尾を引くとはね)

 

 真の一流とは逃げ上手とはよく言ったものだ。これだから爆撃は信用できない、とスミスは嘆息する。あそこまで追い詰めたのだ。我々に任せておけば良いものを、とスミスは当時を思い出して舌打ちしそうになる。世論を気にして歩兵を消耗品として割り切れない無能共が、とスミスは吐き捨てたくなる。

 

(……いや、誰もが死を恐れる。それは当然のことか)

 

 だから、あの時の判断を誰も責めることはできない。爆撃ではなく突入を要望したのは当時もスミスだけだった。そもそも、日本政府としてもあの作戦に、これ以上自衛官を派遣し続けるわけにはいかなかった。マスコミに嗅ぎ付けられていては、それこそ政権交代の大事態になっていただろう。タイムリミットだったのだ。

 

(私もすっかり『おじさん』呼ばわりされる年齢になったものだ。些か戦場を渡り歩き過ぎたな)

 

 どれだけ見た目は若くとも、心はしっかりと年月を重ね続ける。そして、その分だけ多くの経験を積み重ねた。

 と、そこでスミスは地面の揺れを感知する。よもや地震か、とも思うが、DBOにおいて火山地帯はともかく、その他のステージで地震などあった試しがない。

 

「な、何……あれ?」

 

 背後でシノンの慄く声が聞こえ、スミスは振り返る。見れば、呆然として頬を引き攣らせるシノンの視線の先にあったのは、1つの人影だった。

 いや、何かがおかしい。スミスは口元を覆い、違和感の正体に気づく。遠近法が成立していないのだ。小さな人影は、明らかに森から上半身を突き出し、木々を薙ぎ倒し、踏み潰し、一直線にこちらへと向かって来ている。

 

 

 

 

 それは、まさかの全力疾走をする8メートル以上の巨体を誇るアイアンゴーレムの姿だった。

 

 

 

 

 美しいフォームだ。思わずスミスは現実逃避する。両腕をしっかり振り、まるで陸上選手のように斧を手にしたアイアンゴーレムは巨体に見合わぬ機敏な動きで駆け、スミス達の頭上を大股で通り抜けていく。仮に足の裏が迫ってもこの面子ならば難なく散開して逃れられるだろうが、これが普通のプレイヤーならば度肝を抜かれ、魂が抜けている内に踏み潰されていてもおかしくない。

 そもそも、巨大な人型の……巨人系モンスターは幾らネームドでも動きがある程度鈍いのが鉄板だ。だが、アイアンゴーレムはまるでスーパーロボット物を思わす動きをしている。

 

「アリシア!」

 

 と、そこでユウキが叫び、黒い狼の背に乗る。狼がクゥリのいる方向を示した先へとアイアンゴーレムは突進している。ならば、必然的にその先にいるプレイヤーを狙っていると考えるのが妥当だ。

 同時に、アイアンゴーレムに追い立てられたのか、森がざわめき、モンスターたちが流れ込む音が聞こえる。

 

「スミス、先行を! ここの足止めは私たちが……グローリー☆ナイツがします!」

 

「はぁ!? ちょっと、いつから私があなたの……もう良いわ。捕虜だものね。どんな不名誉にも従うわよ。それで良いわね、UNKNOWNさん?」

 

 スナイパーライフルを構え、猿系モンスターの額を撃ち抜いたシノンに応えるように、UNKNOWNは万全の両腕を広げ、二刀流の刃を躍らす。

 それは正しく嵐。数体の猿系モンスターが刻まれ、瞬く間に撃破される。いかに雑魚とはいえ、片手剣の威力を超越している。ソードスキルを放てば、大型の白い猿が胴から両断され、眩いライトエフェクトの残滓が刃の軌跡をなぞる。

 

(ほう。これはなかなか……いや、だが、しかし……なるほど、そういう『弱点』か)

 

 素晴らしいの一言の二刀流剣術だが、瞬時にスミスはそこに潜む致命的な急所に気づく。それにUNKNOWNが気づいているかどうかは別だが、そこが分からなければ、彼はこの先必ず命を落とすだろう。他の傭兵達は、決して節穴ではない。

 

「おじさんはアリーヤに!」

 

「……ジ○リはあまり見ないのだがね! 頼むぞ、アリーヤくん!」

 

 黒い狼はスミスに返事をするように啼き、黒い風となってジャングルを駆ける。なるほど、これは便利だ。これならば単独の機動力だけならば、このジャングルでも他の追随を許さないだろう。スミスはマチェットで枝を斬り裂けば、アリーヤは敏感にそれに反応し、より最速ルートを選択していく。

 1滴の雨水がジャングルを濡らす。それはやがて大雨に変わるだろう。

 雨は嫌いだ。スミスは頼もしい3人のグローリー☆ナイツが雑魚を抑えつけている間に、距離をすっかり離されたアイアンゴーレムの足跡を追う。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 たくさん、戦った。

 たくさん、殺した。

 これからも戦い続ける。

 これからも殺し続ける。

 きっと、オレが『オレ』でなくとも、止まる事は無い。だって、それはオレの生まれた時から与えられた本能という名の本質なのだから。

 

「N、羨ましいよ。オマエは……見つけられたんだから」

 

 雨が降り注ぐ。それが体の全てを濡らし、火照る脳髄とアバターの隅々まで残る余熱を冷ましてくれる気がした。だが、それは表面的な話であり、今も焦がされた脳の熱、ファンタズマ・エフェクトによる心臓の苦しみ、そして痛覚遮断が機能しなくなった事による右腕から発せられ続ける痛みが、オレの意識を、まるで羽毛の枕にナイフを突き立てて裂くように、傷つけていく。

 目が霞む。もうフォーカスシステムが上手く機能していない。焦点が合わせられない。

 耳もそうだ。音の方向がつかめない。雨音は聞こえるのに、何処で何が鳴っているのか、よく分からない。

 

「戦ってやる」

 

 地響きが足から伝わって来る。もうすぐ、新たな『獲物』がやってくる。

 

「戦ってやる」

 

 どんな敵でも構わない。オレを止めてくれ。我慢できなくなる前に。

 

「戦ってやる」

 

 まるで足りないんだ。頭の奥底でうるさいんだよ! 飢えと渇きを訴える本能が、もっと『数』を寄越せって叫んでるんだよ

 

「戦ってやる! どんなヤツが相手だろうと、勝つのはオレだ! オレは狩り、奪い、喰らい、戦い、そして殺す者!」

 

 地面を破裂させ、着地させた存在を残された右目が最後の力を振り絞って捉える。それはパッチを追いかけてきた鉄の巨人、頂くのは3本のHPバー。その名は【アイアンゴーレム】。右手に持つ斧を振り上げ、雄叫びのように金属を擦り合わせたような高音を発する。

 目は死んだ。耳は不完全。右腕は痛覚に耐えれば問題ない。左手は小指と中指の反応がおかしい。右足は膝より先の可動に0.4秒のラグあり。左足は足首の可動がほぼ死んでいる。

 確認作業終了……戦闘続行可能。

 

「この程度……なんだ!? 腕が千切れても、目を失おうとも、耳が聞こえずとも、オレは戦える! 戦えるぞ! それが……『それだけ』しか……オレには!」

 

 振り下ろされた斧の刃を本能に従って回避し、右手の両手剣をアイアンゴーレムの右足首に振るい抜く。いかにフォーカスシステムが死んでいるといっても、この巨体だ。精度はともかく、像として捉えるのは難しい事ではない!

 アイアンゴーレムは巨体に見合わぬ機敏な動きでオレに蹴りを入れるも、巨体故に足下で張り付くオレを狙うには必然的に踏みつけ攻撃が主になる。

 そこは死地。少しでも回避が遅れれば蟻のように惨めに踏み潰されて死ぬ。

 

「アハハハ!」

 

 そうだ。これだ! この情け容赦ない戦いの間だけは、オレは何もかもを忘れられる! 

 今は全てを忘れろ! 生き残るために……いや、殺す事に意識を没頭させろ!

 

「戦いたい。それの何が悪い!? 何が悪いって言うんだ!?」

 

 足首に連撃を浴びせ、アイアンゴーレムを転ばせる。その巨体の胸に乗り、刃を突き立てるも、ダメージらしいダメージは与えられない。

 

「殺したい。それの何が悪い!? 生きるとは殺す事! 弱い者は喰われ、強い者が喰らう! それが掟だ!」

 

 復活したゴーレムが全身からフォースのような波動を放つ。ラビットダッシュで離脱しながら、降り注ぐ雨によってあえて足を滑らせて距離を取る。

 

「なのに、どうしてそれが駄目なんだ!?」

 

 距離があるのにアイアンゴーレムが斧を振るうモーションをする。水墨画のように滲んでは精度を取り戻す視界の中で、オレの本能は右へと駆け、残された石柱を足場に駆けあがって宙を舞い、地面が抉れていく姿を見る。

 不可視の遠距離斬撃か。面白い。面白い面白い面白い!

 

「そうだ! 情け容赦なく殺しに来い!」

 

 巨体なのに、動作速度が早過ぎる! 1つの挙動の度に暴風が吹き荒れ、雨が竜巻に呑み込まれたように歪む。

 視界から色が消える時間が伸びる。セピア色に、白黒に、そしてカラーに、移ろっては変化する。輪郭が歪み、捻じれていく。

 左足が思い描いた動きをせずに転倒し、そこを狙って豪速で迫るアイアンゴーレムが地面を抉りながら斧を振るう。間一髪で横に転がって斬撃を避けるも、飛び散った瓦礫が腹に当たり、胃が潰され、腸が揺さぶられるような痛みが貫く。

 

「がぁああああ!」

 

 口から叫びが漏れたのは、いつ以来だろうか?

 

「痛い……痛いぞ。クヒャハハハ……そうか、痛みとは生きる証か! アハハハハハハ! オレはまだ『ここ』にいる! 生きているぞ、N! そうさ、オマエを無駄にするものか! ここまで喰らった全てを無駄にするものか! オレは捕食者だ! だからこそ、喰らった全てに敬意を持たないといけないんだ! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せぇええええええ!」

 

 立ち上がれ。両手剣を杖にして、オレはアイアンゴーレムのぼやけた姿を睨む。

 雨粒から感じる痛み。そうだ。こんな大粒の雨だ。肌を打てば、当然のように痛みが発せられるはずだ。

 

「殺して……殺して……それで?」

 

 考えるな。

 

「それで、その先は……?」

 

 考えちゃ駄目だ。

 

「オレは狩り、奪い、喰らい、戦い、そして殺す者……それは本能」

 

 嫌だ。理解したくない。

 

「食べる事に意味を見出す。それは『ケダモノ』も『人』も同じだ。だから、オレが殺すのは……『食事』と同じなんだ」

 

 知りたくない。知りたくないんだ!

 

 

 

 

 

 

 

「だったら、オレが『人』として生きる目的は……何なんだ?」

 

 

 

 

 

 

 壊れる音が……聞こえた。

 ずっと、ずっと、ずっと昔から分かっていた。

 マシロを殺した時から、本当は分かっていたんだ。

 本能が殺したがっている。それは仕方ない。それは『食事』を欲する食欲と同じなのだから。

 

「オレは……何がしたかったんだ」

 

 死は恐れない。それでも、本能は振り下ろされるアイアンゴーレムの拳を躱す。まだ動く右足を軸にして回転し、崩落した壁を蹴り、両手剣の斬撃を肘に浴びせるも、まるで利かない。

 

「なぁ、何がしたかったんだよ? こんなにも『痛い』のに、こんなにも我慢して、我慢して、我慢して、何を目指してるんだよ!? 何を目的にして『人』として生きようとすれば良いんだよ!?」

 

 教えろよ、鉄の巨人。

 オマエを殺せば『答え』があるのか? だったら殺してやる。

 まるでHPが減った様子の無いアイアンゴーレムは、恐らく通常攻撃がまるで通じないのだろう。そういう特殊なネームドなのだろう。あるいは、防御力が異常に高過ぎてまるで利いていないように見えるだけか。

 心臓が叫ぶ。もう戦うなと訴えている。そんなもの知った事か。オマエは1度止まり、そして動いたオレの心臓だ! だったら今回も応えてみせろ! オレの心臓である限り、敵を殺し尽くすまで止まることは許さない!

 

「来い、糞巨人が!」

 

 両手剣を背負い、オレは駆ける。アイアンゴーレムがあり得ない速度でオレに追いつき、斧を振るい、蹴りを浴びせ、そしてフォースを放つ。フォースの範囲は幸いにも狭いが、ダメージ効果があると見て間違いないだろう。だが、兆候はある。ぼやけた視界でも、ハッキリと胸部の中心部が……そこに埋め込まれた結晶が発光しているのが見えたのだ。

 

「あぁあアああぁアぁぁあああアアアアあああああッ!」

 

 唸り声を搾り出す。心臓から広がる痛みが、飛び散る瓦礫がぶつかる度に『痛覚』というダメージフィードバッグが、オレを蝕んでいく。神経を焼いていく。

 あそこへ……『あの場所』に行けば、この鉄の巨人を殺せる! そこまでは堪えろ! 本能が叫ぶルートのままに躱し続けろ!

 不可視の刃の嵐。だが、斬られた雨が斬撃の流れを教えてくれる。たとえ音の位置は分からずとも、たとえ正確に見えずとも、腕のモーションで斬撃の角度は分かる! 振るわれた回数で飛ぶ数も分かる! 速度は先程の一閃で見切っている!

 

「喰らった全てを活かす! それが久藤の掟だ! 狩人に与えられた使命だ!」

 

 跳べ! オレは本能が示すままに、体を傾け、跳躍し、斬撃の網をやり過ごす。背後の円柱や壁がズタズタに斬り裂かれていってるようだが、知った事か。

 今度はアイアンゴーレムの左手で白い光が凝縮している。まさか奇跡【放つフォース】か? それをあの巨体版で再現する気か!? ふざけやがって!

 

「オレ達はそうして生きてきたんだ! 否定するな、『餌』の分際で!」

 

 そんな目でオレを……オレを見るな!

 オマエ達も同じだ! 皿の上で綺麗に着飾った肉の意味も知らない糞共が! そこに満たされた命の意義も知らぬ屑共が! オレ達狩人の方が真っ当に生きている! 生きているんだ! オマエらみたいな『自然の輪』を忘れた連中に、何でオレ達が蔑まれないといけない!?

 

「違う違う違う違う違う! オレ達は『人』の世を生きる事を選んだんだ! 山を下り、ヤツメ様と対峙する道を選んだんだ! 神を祀り、鎮め、討つこそ久藤の狩人の役目! 故にヤツメ様とは……ヤツメ様とは……!」

 

 ああ、そうか。

 どうして、じーちゃんがオレをヤツメ様のように見るのか分かってしまった。

 きっと、じーちゃんはオレにヤツメ様を重ねた。だからこそ、覚悟を決めたのだ。あんなにも愛してくれた孫としてではなく、『ヤツメ様』として見守り続ける覚悟を決めたんだ。

 

 

 

 

 オレがヤツメ様なら……オレも『人』を捨て、民を喰らい殺す『バケモノ』となった時、久藤の狩人に討たれるべき存在になるのだから。

 

 

 

 

 

 

「あは……アハハハハハハ……アヒャハハハハハハハ! コイツは傑作だ! アヒャハハハハハハハ!」

 

 最高だよ、じーちゃん。じーちゃんは本物の狩人だ。

 

「母さん……親父……兄貴……ねーちゃん……待ってくれてるよね? オレを……『ぼく』を……『篝』を、待ってて、くれる、よね?」

 

 怖いんだ。

 帰った時、じーちゃんと同じように『狩人の目』をしてオレを見つめるんじゃないかって、とっても怖いんだ。

 放つフォースをムーンスプリットで旋回してギリギリ躱すも、炸裂したフォースが瓦礫を吹き飛ばし、オレを生き埋めにする。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

「うォわァああああああアアアアアアああ!」

 

 だが、怯まない。オレはこの程度で止まらない。痛み程度で動きを止めてなるものか! これまで拷問してきた人々に顔向けできないではないか! 彼らを本能のままに嬲りたい昂ぶりの中で刻み続けたオレに、この程度の痛みで意識を手放す事も、戦いを止める事も許されない!

 

「オレは誰も……誰も……無駄にしない! するものか! オレは『オマエら』とは違うんだ! 喰らった全てがオレの中にあるんだ!」

 

 コイツはただのAIだ。命令のままに殺し続ける鉄の人形だ。データの塊以上の価値など無い。故に『命』ではない。そんなものに、オレが敗れることなどあってはならない。

 瓦礫を押しのけ、全身を殴られたような痛みの中で、オレは左足を半ば引きずりながら、可動が遅れる右足を動かし続ける。ラグがあるならば、それを見越した指令を脳から発信し続ければ良い。そうすれば、思い描いた動きができる!

 HPバーが点滅している。確実に削られ続け、Nとの戦いから回復を怠っていたオレのHPは1割を切っていた。

 それでも、オレはようやく目当ての場所にたどり着き、立ち止まり、オレは背後で剛腕を振り上げるアイアンゴーレムへと中指を立てる。

 

「殺してみろよ。舐めるなよ、『命』を」

 

 ここはオレがこの神殿遺跡に来て最初に踏み込んだ場所だ。

 逃げ回り、逃げ回り、逃げ回り、ここにようやくたどり着いた。

 振り下ろされるアイアンゴーレムの拳を、オレは≪歩法≫のムーン・ジャンプで躱す。そして巨大な拳が『亀裂』に吸い込まれていく。

 踏み外せば水が溜まった地下へと吸い込まれそうだった亀裂。危うくオレも踏み外しそうだったそこに、常識離れした巨体と質量を誇るアイアンゴーレムの拳が叩き込まれればどうなるだろうか?

 破壊不能オブジェクトとして設定されていないのは、これまでの戦闘を含め、アイアンゴーレムの飛来する不可視の斬撃によって幾度となく抉られた状況から予想済み。

 

 

 

 

「落ちろ、鉄屑が」

 

 

 

 

 ならば、結果は1つだ。アイアンゴーレムの拳を受けて亀裂は拡大し、その鉄の巨体は奈落へと沈んでいく。落ちていく。

 轟音が鳴り響き、金属が砕け散る音が聞こえる。耳が音を拾えるだけの能力を残していて良かった。この最高の演奏を聞き逃さない訳にはいかない。

 

「疲れ……た……な」

 

 腰を下ろし、オレは空を見上げる。灰色の空のお陰か、セピア色になる以外はあまり視界に異常が起きていないかのように錯覚を受ける。

 

「これから……どうし、よう?」

 

 グリセルダさんを見つけて、アスナを見つけて、『アイツ』の悲劇を止めて……その先はどうする?

 考えても、考えても、考えても、新しい『理由』を見つけて、それに縋る以外の道が思い浮かばない。だけど、それはどん詰まりの袋小路だ。そもそも、そこに至るまでにオレが『オレ』のままであり続ける保証は何もない。

 

「戦い続ければ……良い、か。うん、それが……良い」

 

 小さくだけど、オレは笑えた。ちゃんと笑えた。

 

「もしかしたら……『理由』の為に戦い続ける中で……見つけ、られる、かも……しれない。オレが『人』として、『何か』を残せたら、それがきっと……目的に……なる、かも、しれな……い」

 

 悪いな、PoH。オレは往生際が悪い上に、独りで戦える馬鹿野郎だ。

 だから、立ち上がり方もちゃんと知っている。オレの中で糧となった、多くの戦士たちが……情けないヤツらもたくさんいたし、雑魚や、悪党や、糞共も腐るほどいるけど、777のように、Nのように、カークのように、クラディールのように……まぁ、蘇ったがPoHのように、自分の信念に殉じた連中もたくさんいる。

 

「だから……だから……」

 

 それ以上の思考に至るより先に、地響きが鳴り響く。

 

「ジョークも……ここまで、来ると、笑えねーよ」

 

 亀裂が広がった大穴。そこから水飛沫を撒き散らし、巨体が舞い上がる。

 それは全身の鉄の表面がところどころ剥げ、生々しい筋肉のようなぶよぶよとした結晶の内部を露出したアイアンゴーレムだった。こういう時にしっかりグロいものを見せるのが好きだな、オレの右目よ。

 

「……本当に、茅場の後継者の糞野郎が。こういう、ギミック野郎は……2回戦は……反則、だろ?」

 

 左手に灰払いの剣を、右手に鬼鉄を。もはや思考は必要ない。斬って斬って斬り続けて、そして殺す。あとはどちらが生き残るかの真っ向勝負のはずだ。

 

「戦え」

 

 必ず見つけてやる。オレは『オレ』の為に……見つけてやる。『理由』の果てに、何か残せるものが……オレが『人』として望んだ何かがあるはずだから!

 

「戦え! 戦え戦え戦え! 殺してやるさ! オレが『オレ』である証明の為に!」

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 中東の名立たる遺跡、砂塵に吹く戦場を思い出す惨状だ。スミスは大雨で濡れた、巨大な何かが暴れ回った遺跡の姿に、ここでとんでもない激戦があったのだと理解する。

 それも、単なるネームドとの戦いではない。スミスが遺跡を見て回れば、そこには明らかに対人戦の果てに死亡した傭兵達の遺体が幾つも転がっていた。その中には、首と肩までの肉をごっそり奪われた、スミスも強敵と睨んでいた777の遺体もある。

 

「ふむ、削り取る槍か」

 

 赤黒い光の肉片が散らばる中で、辛うじて原型を留めたデイヴ・フィッシャーの遺体を発見し、スミスはそこからユニークウェポンを頂戴する。

 発見しただけでもタイフーン、ガロ、777、デイヴ・フィッシャー、ヘビーライトの死体があった。デイヴ・フィッシャーは独立傭兵だが、聖剣騎士団保有のユニークウェポンを持っていたとなると、聖剣騎士団側だろう。

 問題なのは、デイヴ・フィッシャーがユニーク争奪戦に参加していると言う情報をスミスは『聞いていない』という事だ。つまり、聖剣騎士団最高ランクの傭兵であるグローリーにも知らされていなかったか、それとも『ユニークスキル争奪戦勃発後に投入された』かのどちらかだ。恐らく後者だろう、とスミスは睨む。わざわざユニークウェポンを持たせたのだ。かなりの戦力として期待されていたはずである。

 

(聖剣騎士団同士で殺し合ったにしては遺体の位置がバラバラ過ぎる。誰かを狙い、返り討ちなったか。つまり、事実上の『聖剣騎士団による攻撃』を誰かが受けたか)

 

 その『誰か』は1人しかいないだろう。スミスは雨に濡れながら、必死の形相になって想い人を探す少女と並ぶ。

 

「クー! 何処にいるの!? クー!?」

 

「焦るな、ユウキくん。彼は強い。簡単には死なないさ」

 

 これ程の傭兵達を相手取り、なおかつネームドと戦っても、クゥリは勝つ。スミスにはその確信がある。

 バケモノ。そう呼ぶ他ない強さ。スミスとて万全、そして全力で挑まねば必死は確実の相手だ。もちろん、負ける気はまるで無いが。『この程度』の傭兵達など、スミスとて『全員同時』に相手取っても勝てる自信がある。

 

「おじさんの馬鹿!」

 

 だが、少女は怒り、あるいは悲しみ、そして不安を織り交ぜた表情でスミスに叫ぶ。

 

「クーは……クーはとっても強い! ボクが知る限りで、誰よりも強い! 心も、力も、何もかも……強過ぎる! だけど、クーは……クーだって……『人』なんだよ? どうして、皆それを忘れてるの?」

 

「……ユウキくん」

 

 黒紫の髪を雨で濡らし、少女は俯き、右手に握る片手剣を震えさせる。それはスミスへの怒りというよりも、自身の不甲斐なさを示しているようだった。

 

「ボクは……ボクは……知ってたのに。クーの『脆さ』を知ってたのに……」

 

「ならば探そう。彼は生きている。そこだけは私たちの共通見解だろう?」

 

 スミスの言葉に、ユウキは面を上げ、小さく頷く。

 そうだ。スミスもいつの間にか……彼の悪夢を思わす戦果を聞く度に失念していた。かつては分かっていたはずなのに……彼もまた『迷子』のように『答え』を探し続ける子どもの心を持った『人』である事を……いつの間にか忘れてしまっていた。

 と、そこで狼たちがまるで怯えたように、踏み込むのを躊躇する道……というよりも、アイアンゴーレムが強引に突っ走った通り道を進む。

 その先にあったのは、雨水が……いや、壊れた噴水から流れる水によって浸された中庭の跡地だった。

 

「ウワァあああああああああァアアア!」

 

 それは獣の咆哮。

 両足首を斬り飛ばされ、右肘から先を失い、全身を覆っていた鋼鉄の大半が剥げて中身の気持ちが悪いゼリーのような結晶の肉体を露わにしたアイアンゴーレム。それが助けを求めるように残された左手を空に伸ばす。

 だが、それを許さぬはアイアンゴーレムの胸に乗り、その胸へと深く両手剣を突き刺し、カタナで斬り裂く白髪の傭兵……いや、『怪物』。

 

 

<最後の封じられたソウルが解放され、シャルルの封印は解かれた>

 

 

 そして、システムメッセージが流れると同時に、遥か彼方から熱風が一陣の風となって吹いて、一瞬だけ雨を吹き飛ばす。

 それが示すのはアイアンゴーレムの撃破。だが、白髪の『怪物』は剣を突き刺し、抉り込ませるのを止めない。何度も何度も何度も剣を振り下ろし続ける。

 

「オレは……オレは戦える! 戦えるぞ! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せぇえええええええええ!」

 

 根元まで両手剣を押し込み、一気に引き上げて結晶の血肉を撒き散らした『怪物』は、呆然とする2人に気づいたのか、その虚ろな……人を魅了するような赤みのかかった黒の瞳を向ける。だが、そこには焦点と呼べるものがあるような気がしなかった。

 

「次の敵は……オマエらか。目が見えずとも、耳が聞こえずとも……『臭い』で分かるぞ! クヒャハハハハハ! オレは『オレ』だ! 必ず……必ず見つけてやる! オレが『人』である証を……必ず! だから……オレの糧となれ!」

 

 左手の両手剣を肩に背負い、右手のカタナを垂らし、腰を沈めて『怪物』は……クゥリは咆哮を上げる。

 

「……おじさん、手伝って。クーは『まだ』忘れていない。ちょっと興奮してるだけだよ。だから、ボクたちが『敵』じゃないって教えてあげないと」

 

「『ちょっと』かい? しかし、殺さない保証はしないぞ。手負いの獣は何よりも恐ろしいからね」

 

「取り消して。クーは『人』だよ?」

 

「これは失礼したね」

 

 黒紫の少女は片手剣を構え、スミスは銃を向ける。

 

 そして、傭兵で最も美しく、最も危険で……最も『人間らしい』白き狩人が、アイアンゴーレムの遺体から跳び上がり、牙を剥く。




<システム・メッセージ>
・精神状態が不安定Sに移行しました。シークレット・スキル≪バーサーカー≫を発動します。
≪バーサーカー≫状態は攻撃性の増大と引き換えに、敵味方識別に大幅な下方補正が入ります。

・生命の危機の為、特例でモード≪天敵≫を限定的に解除します。
本能のギアを強制的に最上位に引き上げます。
以下が本戦闘のみ限定で許可されます。

本能『殺気の嗅覚』が強化されました。
本能『虚実の看破』が強化されました。
本能『悪意の判別』が強化されました。
本能『狩人の心得』が全開放されました。
本能『マシロの教え』の読み込み速度がMAXになりました。
本能『学習能力』がMAXになりました。

・本状態では『理由』が判別できません。この状態では致命的な精神負荷の受容はできません。



エクストラ・ミッション『天敵の雛』を開始します。

皆様のご検討をお祈りします。


では、171話でまた会いましょう。

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