SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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主人公(狂)とのバトル開始です。
主人公力(暴走)VSヒロイン力(地雷持ち)

…………
…………
…………
……国家公務員の活躍にご期待ください。


Episode15-28 敵対者

 着地と同時に突き攻撃が繰り出され、左右に分かれたスミスとユウキは初撃の回避に成功するも、ほぼノータイムで次の行動を開始するクゥリが最初に狙ったのはスミスだった。

 腐敗コボルド王戦からの知己ではあるが、意外な事にスミスとクゥリは協働こそあっても、敵対する機会は巡ってこなかった。

 最高位のランクを持つ独立傭兵のスミスと事実上の最下位の独立傭兵のクゥリ。どちらも、あらゆる勢力と契約をせず、独立傭兵として好きなように依頼を受け、報酬を得る三大ギルドにとっての『イレギュラー』とも言うべき戦力。

 

「こんな形でキミと戦う事になるとは……ね!」

 

 認識する。今回の『依頼』は『クゥリの撃破』ではない。故に殺害は論外だ。求められるのは『無力化』だが、これ程までに難しい達成条件はないだろう。

 まず現状のクゥリのHPは3割程度だ。それも、微量ではあるが、オートヒーリングによって回復しつつある。だが、この戦闘中に完全回復するようなペースではないので無視するとまでは言わないが、短期決戦を仕掛けるならば大きな障害にはならないだろう。

 むしろ問題なのは『殺さずに止める』方法がまるで思いつかない点だ。

 およそ焦点が合っていない目は、瞳孔の拡大と縮小を繰り返し、微細に揺れている。本人が言っていたように、視覚に大きな障害を抱えているのだろう。だとするならば、聴覚も機能していないと信じて構わないかもしれない。太鼓が鳴り響くような大雨の中では、スミスとて聴覚が制限されるのだが、クゥリの場合は文字通り音が判別できない状態なのかもしれない。

 だが、クゥリの両手剣は正確にスミスへと迫り、その額を叩き割ろうとする。もちろん、その一閃を甘んじて受けるスミスではない。彼はバックステップを踏みながら、マチェットを抜き、いつでも接近戦を演じられるようにする。

 とはいえ、本格的な剣戟になれば、耐久度に限界が見え始めたマチェットでは両手剣の連撃に耐えきれないだろう。何よりもスミスの戦闘スタイルは近・中距離射撃戦であり、近接武器はあくまで補助に過ぎない。

 そこで頼りになるのはユウキだ。彼女は即座にスミスの間に割って入り、細身の片手剣で両手剣の突きを逸らす。だが、STR負けしているのが、ユウキは歯を食いしばり、思っていた以上に軌道がズレさせられなかったのか、あわや耳が削ぎ落される場所へと突きが通り抜けていく。

 

「反則臭いなぁ、もう! 何だよ、この馬鹿力! クーっていつからSTR特化になったの!?」

 

「STRの高出力化だろうね。ステータス上で許された――」

 

「講義は後にして、おじさんも援護して! そう何度も受けられない!」

 

 だろうね、とスミスはライフル弾をユウキの動きの隙間を縫うように、彼女の向こう側で剣戟に応じるクゥリへと放つ。

 だが、それは着弾の寸前で体を後ろに傾ける事で躱され、そのままバック転をしながらのサマーソルトキックでユウキの片手剣を正確に蹴り飛ばす。辛うじて手から離れることは無かったものも、あの一瞬で射撃攻撃と斬撃を同時に対応するのは人外そのものだ。

 

「うわぁ、手が痺れそう」

 

「刃毀れしていないだけマシではないかな?」

 

 雨は更に勢いを増し、視界は制限されていくが、戦闘には問題無い。むしろ、これだけの大雨ならば、クゥリの聴覚を撹乱する役割も持つだろう。もちろん、胡麻粒ほどの差異だが、それは明確に戦況を変える一助となる。

 まるで犬のように、クンクンとクゥリの鼻が動く。

 

「本当にニオイでこちらを探知しているようだね。彼の先祖は犬なのではないかな?」

 

 雨ともなれば、必然的にニオイも制限されるはずだ。若い頃の任務で軍用犬に追いかけ回されたウクライナを思い出す。あの時は大雨のお陰で助かったが、眼前の猛犬には単純な嗅覚以外のものでこちらを探知しているはずだ。『臭い』とは恐らく比喩のようなものを含んでいるだろう。

 

(右足の可動にストレスを感じるな。左足は……足首だな。右手は庇うような動きこそないが……あれは『痛覚』か? 痛みは耐えられても隠せるものではない)

 

 ライフルの残弾は十分だが、何発も命中させられないし、命中できるとも思えない。

 

「まずはオーソドックスに武器を奪うところから狙ってみよう」

 

「……それで止まると思う?」

 

「まず、あり得ないな」

 

 獣のような慟哭を上げ、クゥリが突進する。スミスはライフルを向けて射撃するも、左右に揺れ、こちらのフォーカスシステムを振り切ろうとするクゥリに弾丸が喰らいつく事は無い。

 こちらの射線を見切っている。スミスは落ち着いて、2発を囮にして本命の1発を回避コースへと『置く』ように撃つ。それはあわやクゥリの右肘を貫く寸前で、急激なブレーキングによって外れる。

 

(これも避けたか)

 

 そもそもライフルの1発程度で肘を破壊できるはずがないので期待はしていない。最低でも短時間で集中的に5発は要求されるだろう。

 そうなると、勝負は一瞬だが、ここでネックになるのはクゥリのHPだ。彼は低VIT型である為に、HP総量は決して高くない。ライフルは高火力武器ではないし、距離減衰も含めれば、長期戦仕様の今回のライフルならば急所に命中しなければ4、5発は十分に耐えてくれる計算になる。

 だが、それは逆に言えば、1回しかチャンスが無く、なおかつ弾丸全てを同一箇所に命中させねばならないという事だ。それは現実的ではない。

 

(ユウキくんのSTRは低い。高出力化はそれなりに出来ているようだが、根本的に不足しているのだろう。パワーで押し切られるならば、スピードしかない)

 

 再びユウキが水飛沫を散らしてクゥリの前に立ちふさがる。

 

「クー、落ち着いて! ボクだよ! ユウキだよ!?」

 

 繰り出される両手剣の連撃を逸らしながら、ユウキは呼びかけるも、そもそも耳が機能していない現状ではどれ程近距離で叫んでも声は届かない。それは分かっていても、叫ばずにはいられない。

 スミスは崩落した中庭の中心部にある、竜の石像が鎮座する噴水を足場にして跳びあがり、剣戟の中にあるクゥリを狙う。だが、敏感に反応したクゥリはユウキの腹を蹴飛ばして彼女を吹き飛ばすと、両手剣を盾にして銃弾を受け止め、スミスの着地を狙ってカタナを振るう。それをマチェットでガードするも、カタナの一閃の中に隠された蹴りが迫る。

 

「舐めるなよ、若造」

 

 だが、スミスの方が1歩早かった。彼はカタナの衝撃が突き抜けるマチェットを手放し、あえてクゥリに密着してその襟首をつかんで蹴りを不発にさせ、そのまま背負い投げを決める。

 背中から叩き落とす。荒々しいが、それでも柔道が確かな『武術』として発達した歴史は伊達ではない一撃。それは、クゥリが即座に体幹バランスを掌握し、叩き付けられる寸前に足の裏を先行させて着地する事で不発に終わり、体を捩じってスミスの手から離れたクゥリが今にもキスできそうな距離までスミスに近づく。

 フラッシュバックしたのは、スミスがグローリーに話して聞かせたコヨーテの物語。それを即座に777の遺体状態と連想させ、スミスは本能ではなく思考で以って身を反らし、喉に喰らいつく噛みつきの一撃を躱す。

 手放したマチェットの代わりにフラッシュガンを抜き、牽制で撃とうとするが、スミスは堪える。この至近距離でフラッシュガンを撃てば、その隙に数発ならばライフルを命中させる自信がある。だが、それでは駄目だ。

 距離を取り、ユウキと入れ替わったスミスは情報を再整理する。

 

(彼の本能、その最大の脅威は学習能力だ。奇策が使えるのは1度だけ。フラッシュガンは、ここぞという時の切り札だ)

 

 故に『その時』が来るまで使う訳にはいかない。スミスは舌打ちする。『殺さない』戦いとは、これ程までにしんどいとは思わなかった。たまにパッチが『不殺の主人公モノこそ至高ですよ、旦那!』と酒の席で愚痴っていたが、このバケモノを相手に貫き通せるものならば通してみろと反論したくなる。

 踊る様にユウキが剣を振るい、雨水を斬ってクゥリのカタナを狙う。直接斬るわけにはいかない以上、武器破壊を狙ったつもりなのかもしれないが、それが通じる相手ではない。至近距離でありながら、鋭いターンを加える事で半ば滑空するようにユウキの背中へと旋回したクゥリのカタナが逆に彼女の背中へ迫る。間一髪で片手剣を逆手に持ち替えて盾のように背中で掲げる事で防ぐも、完全には防ぎきれなかったのか、赤黒い光が僅かに飛び散る。

 そこへスミスがライフル弾を援護でばら撒くも、クゥリはそれに対してカタナを舞わせる。

 放たれた4発の弾丸。それをカタナの刃……ではなく刀身に滑らせ、僅かな傾斜で以って軌道を歪め、絡め取り、ほぼ真横にいるユウキへと飛ばす。まさかのほぼ90度直角の意図的な跳弾が襲い掛かるも、ユウキも超人的な反応速度で弾道を見切ってほぼ至近距離で迫るそれらを横に跳んで躱す。

 カタナによる弾道変化も驚いたが、ユウキの回避も人外級だ。

 

「やれやれ、キミ達2人とも人間離れし過ぎではないかね?」

 

 思わず、そう愚痴を零したスミスに、ユウキは冗談ではないと言うように睨む。

 

「おじさんに言われたくない。何で、そんなに余裕綽々なの?」

 

 余裕があるわけではない。冷静さを捨てていないだけだ。事実として、スミスは完全に手詰まりだ。

 そもそも今回のライフルは装弾数重視の長期戦仕様だ。クゥリを相手にするならば、弾数制限があっても、連射性能・弾速・命中精度を重視したライフルを持ち込んでいるし、両手に銃器装備の『ダブル・トリガー』で来ているだろう。

 

(せめて『アレ』さえ持ち込んでいれば……いや、『アレ』は火力過多だな。この場面ではどちらにしても役立たずか)

 

 何にしても低速のヒートマシンガンは論外だが、パルスマシンガンは装備しておきたかったところだ。炸裂による範囲ダメージならば、回避されても削り効果が高く、効率的にダメージを稼げる……が、それも結局は無意味にHPを奪う行為なのでどちらにしても使えないか、とスミスは嘆息したくなる。

 と、そこでクゥリの体がぐらりと傾く。倒れそうになるのを、何とか左足を水面の下の地面に押し付けて堪えるも、クゥリの体がガタガタと震えだす。

 

「ようやく運が回って来たな。スタミナ切れだ」

 

 それもそうだ。ゆっくりとポリゴンの欠片となって消えていく封じられたソウルの守護者……アイアンゴーレムは成す術なく撃破されたわけではなく、限りを尽くす程にスタミナを奪い取るだけの攻防を繰り広げたのだろう。スミスはアイアンゴーレムの奮戦に感謝しつつも、そもそもコイツさえいなければ、会話できる程度にはまともな状態では無かったのでないだろうかと思い、即座に取り消した。

 これでもう戦えないはず、とスミスは何を甘い予想を立てていると自分を叱咤する。

 

「ウォアァァァァオァアオァアアアアア!」

 

 疾走。クゥリの喉から漏れるのは、痛みを訴える叫びか、それとも更なる死闘を求める飢えた獣の咆哮か。どちらにしても、その動きは微塵と衰えることなく、ユウキへの渾身の両手剣突きが繰り出される。

 ゆらり、とユウキがまるで宙を舞う木の葉のように揺れ、突き躱し、懐に潜り込んで裏拳でクゥリの左手首を狙うが、そもそもパワーが足りず、両手剣を落とすには至らない。

 顎の蹴り上げを繰り出すクゥリに対し、ユウキは大きな1歩を下がって回避し、即座に肘打を出すも、これをクゥリは身を捩じって避け、そのまま胴回し蹴りでユウキの肩を打ち、水面へと顔面から叩き付ける。

 顔を上げようとするユウキの後頭部を容赦なく踏みつけて追撃し、両手剣をクゥリは振り上げる。それを阻止すべくライフルを放つも、右手のカタナがそれを弾き、時間稼ぎ程度にしかならない。

 今しかない! スミスはライフルではなく、マチェットの代わりに左手に握っていたフラッシュガンを撃つ。それを律儀に迎撃したクゥリだが、弾丸に刃が触れると同時に閃光が開放される!

 光に溢れた数秒の間にユウキは後頭部を踏みつけるクゥリの右足に灼熱の赤色が帯びたナイフを突き立てる。それは爆発を引き起こし、ユウキとクゥリの双方を炎が呑み込んだ。

 

「これで……もう右足は使えない!」

 

 踏みつけられるまでが『作戦』か。スミスの援護を合図無しで組み込むとは、随分と『信頼』されているようだ、とスミスは自分の隣まで撤退したユウキに自嘲を零す。これでは増々『殺す』という選択肢を取れないではないか。

 スタミナ切れ状態では全ての攻撃がクリティカルダメージ扱いだ。右脹脛が炸裂し、赤黒い光が飛び散ったクゥリのHPは1割ほどまで減っている。思っていた程に削れていないのを幸いと言うべきか。

 

「不死鳥の紐。クーの髪紐には高い火炎属性防御力とオートヒーリング効果があるんだ。本人も自慢してたけど、確かだったみたい」

 

「そんなレアアイテムを何処で仕入れたのか、是非とも聞き出したいものだ」

 

「クリスマスに入手したユニークアイテムだってさ」

 

「……結局はそこに行き着くか」

 

 クゥリの何かが決定的に変化したのはクリスマスからだ。

 彼に変革をもたらした『何か』が起きた。それが現状と繋がっているようにしか思えない。

 

「痛い」

 

 ぼそりと、クゥリは呟く。ゆらゆらと現実に取り残された亡霊のように揺らぎながら、両手剣とカタナを垂らして、その美しいとしか表現しようがない中性的な容姿を、まるで迷子の子猫のように、今にも泣き出しそうな顔に歪めながら……叫ぶ。

 

「痛い『痛い』痛い『痛い』痛い『痛い』痛い『痛い』痛い『痛い』痛い『痛い』痛い『痛い』痛い『痛い』痛い『痛い』痛い『痛い』痛い『痛い』痛い『痛い』」

 

 右足を引きずり、左足を杖のように地面に押し付け、クゥリはそれでも尚戦いの意思を鎮めない。

 

「やはり、痛覚遮断が機能していないようだな」

 

 スミスの嘆息に、ユウキは目を見開く。

 

「そん、な……じゃあ、今のクーは……っ」

 

 文字通り、『右足を爆破された』痛みがアバターを通して脳を蹂躙しているだろう。以前に地雷を踏み抜いた米兵の同胞を思い出す。彼は左足を完全に失ったが、クゥリの場合は原型を留めている。そして、アドレナリンによって痛みが緩和されるような『サービス』はこのDBOにおいて期待できないだろう。

 

「だが、これで無力化はした。あの足では機動力は――」

 

「戦える」

 

 スミスの推測を覆すように、クゥリは呟く。大雨の中でも、その声は芯が通っており、凛としていた。

 

「痛みとは……生の証。故に、オレの『命』はここにある」

 

 右手のカタナを捨てる。それは決して戦闘放棄ではない。むしろ、濃厚な殺気が放出され、スミスの全身が痺れるかのように悪寒が駆けた。

 

「オレには……戦うしか……『それだけ』しかないんだ。だから、オレから奪うな。オレの『価値』を奪うな! オレは戦えるぞ! まだ戦えるぞ! 喰らった『命』たちの為にも! オレは……オレは最後まで戦う!」

 

 まるで衰えぬ戦意と殺意。もはやそれを原動力としているとしか思えない程に鬼気迫りながらも、雨に濡れた姿は『痛い』と泣き叫んでるようにしか思えない。

 

「だから殺す殺す殺す殺せ殺す殺す殺せ殺せ殺せ殺せ殺す殺せぇええええ! アヒャハハハハハ! 満たせ! オレを満たせ! 今日は愉しいバイキングだぁ♪ クヒャハ! もっともっともっと殺そう! アハハハ!」

 

 そうと思えば、今度は愉しげに笑い出す。だが、すぐに右手で顔を押さえ、まるで自縛するように唸り声を漏らす。

 

「オレは『虐殺』なんかしたくない! したくないんだ! したいんだ! したいんだ! アハハハ! したくて堪らないんだ! でも、したくない! だってそれは『人』から逸脱するから! だから、殺すなんて『勿体ない』じゃないか! アヒャハハハハハハ!」

 

 意識が混濁しているのだろう。もはや言葉に脈絡を感じない。必死に言葉を紡ぐ事で意識を保とうとしているのだろう。

 

「……教えてよ。教えて……オレは『人』ですか? ちゃんと『オレ』はここにいますか? ずっとずっと『痛い』のが止まらないんだ。何処にいるの……何処にいるの……おばあちゃん? おばあちゃん、何処? 思い出せないよ。おばあちゃんが……おばあちゃんのお菓子の味が思い出せないんだよぉおおおおおおおおおお!」

 

 だとするならば……これは全てクゥリの本音に他ならないのだろう。

 

「忘れたくないよ……忘れたくないよぉ! オレは『オレ』だ! 心まで『バケモノ』にするものか! だから……忘れないで……忘れないで……忘れないで……憶えていて……お願いだから……忘れないで……忘れないで……」

 

 震える右手が伸びる。止血包帯に撒かれたそれは、まるで不治の病に蝕まれた者が神に救いを求めるかのようだったが、それを戒めるように、罰するように、許しを与えないと叫ぶように握り拳に変える。

 不屈。ここに来ても、敗北の意思は欠片としてない。

 

「オレが『オレ』であり続ける為に……必ず見つけるから。『理由』の中で拾い上げてみせるから!」

 

 殺意が……純化されていく。ここに来て、更に獰猛に、気高く、『バケモノ』と言われ続けた傭兵が進化を遂げていく。

 

「オレは『約束』したんだ! 傭兵達は殺した! 殺しまくった! 依頼は成し遂げたんだ! 後は帰るだけなんだ! だからだからだからだからだからだから! 殺せ殺せ殺せ殺せ、『敵』を殺せ! オレの……グリムロックの、邪魔をするな! オレから『理由』を奪うなぁああああああああああ!」

 

 

 

 

 

 両手剣を咥え、クゥリはまるで四足獣ように両手で地面を捉え、『跳ぶ』。

 全身のバネを活かした、仮想世界という現実の肉体を超越した運動が許された世界だからこその芸当。まだ戦いは終わらないとばかりに、クゥリは跳んでは両手で地面を捉え、原型を残す右足と足首が動く気配の無い左足で地面を強引に蹴る。

 

「本当に……彼は人間かね!?」

 

 ライフルを浴びせようとするも、この状態で下手に命中でもすれば、逆に死の決定打となりかねない。何よりも注意せねばならないのは欠損ダメージだ。炸裂ナイフによって破損した右足からは赤黒い光が零れ続け、クゥリのオートヒーリングと拮抗しながらもHPを僅かずつ削っていく。

 執念という次元を超越している。ここまで彼を突き動かすのは何なのか、スミスには見当もつかない。咥えた両手剣で辻斬りのように迫るクゥリに、スミスは回避を選ぶが、ユウキは何故か棒立ちのまま動かない。

 

「ユウキくん!?」

 

 全身を使った斬撃を受け、ユウキのHPが減少する。だが、所詮は咥えた状態での攻撃だ。本来の火力が発揮されているとは思えない。だが、それでも連撃を浴び、ユウキのHPはどんどん失われていく。

 まさか、右足を爆破した自責で自棄になったのか、ともスミスは思ったが、ユウキのHPが赤く点滅すると同時に一閃が光る。

 

 

 

「ボクは『敵』じゃないよ」

 

 

 

 ふわりと、ユウキが軽く片手剣を振るう。

 それは馬鹿みたいに、あっさりと、クゥリの首へと刃を到達させる。その皮に触れる。

 あり得ない。スミスは呆然と、ユウキがどんな手品を使ったのかと口を開ける。そして、それは何よりもクゥリ自身が驚いているようだった。

 

「目が見えない」

 

 クゥリが退く。だが、それをまるで羽が風に飛ばされたような跳躍で追いかけたユウキの剣がまたしてもクゥリの体に触れる。斬るのではなく、あくまで触れるだけだ。

 

「耳も聞こえない」

 

 怯えるように、クゥリが『敵』を見失ったかのように、眼前のユウキを無視してスミスへと焦点が合わない眼を向ける。

 

「だから……キミが追っているのは、自分を害そうとする『敵』なんだ」

 

 ふと、スミスが思い出したのは、なんてことない、退屈な動物番組だ。ある老齢のカメラマンは、肉食獣にどうやって至近距離で撮影するのかとレポーターに尋ねられ、こう答えたそうだ。

 

『彼らはね、とても「臆病」なんですよ。だから、自分が「敵」じゃないって教えてあげるんです。何度も何度も何度もね』

 

 皮肉だ。スミスは哀れむ。誰よりもクゥリを『人』として見ているはずのユウキが実践しているのは、『獣』に対するコミュニケーションと同じだ。

 殺意と敵意と害意を乗せない剣。つまり、目も耳も聞こえないが故に探知できない現状のクゥリ限定のステルス。もちろん、それはユウキの並外れた剣術の腕と反応速度があるからこそ、クゥリが『軌道』を感知する前に到達できるのだろう。

 

「落ち着いて。深呼吸して」

 

 剣を何度も何度も何度も、クゥリが逃げようとしても『檻』に囲い込むように、刃を触れさせる。自分は『斬らない』と教えていく。

 スミスはライフルを下ろし、深呼吸が必要なのは自分こそだ、と昂ぶる闘争心を抑える。

 殺意を鎮める。今のクゥリが嗅ぎ付けているのは、自分を傷つけようとする者たちだ。

 きっと、この場に来た時点で、アイアンゴーレムに剣を突き立てるクゥリを目撃した時点で、ユウキもスミスも間違っていたのだ。あの場で必要だったのは、荒れ狂う獣を前にして武器を構えず、静かに語り掛ける事。

 熊と対峙した時に1番重要なのは、逃げることではなく、落ち着いて語り掛ける事だと言う。それは言語を解さない熊が混乱するからとも、『敵意』を示さない事で熊の興奮を抑えるとも言われ諸説あるが、少なくとも死んだフリよりも有効な『生存手段』とされている。

 

(いける……か?)

 

 ふらふらと立ち上がったクゥリの顔から闘争心が抜け落ちていく。咥えた両手剣を落とし、ゆらりと赤熱色に変色しつつある暗雲の空を見上げる。

 雨が止んだ……いや、膨大な熱が雨を消し去っているのだ。見れば、神殿のある方角だろう場所から赤熱の光が溢れている。

 届く。今ならば、声が聞こえるはずだ。もう、邪魔な雨音は無い。

 

「もう、『敵』はいないよ。クゥリの仕事は……もう終わり」

 

「終わっ……た?」

 

 言葉を、返す。虚ろな眼がユウキを捉えた気がしたのは、決して勘違いなどではないだろう。

 

「『今回』の戦いは終わり。お疲れ様。クーは『クー』のままだよ。ボクが憶えている通りの……『クー』がここにいるよ」

 

 そっとユウキの手がクゥリの頬に触れる。それと同時に、その右目の瞼がゆっくりと物語の幕引きのように閉ざされていく。

 

 

 

 

 

 

「……うん、『終わり』なら仕方ない、か。これで……依頼完了……だ」

 

 

 

 

 

 体から力が抜け、クゥリが頭からユウキの胸に倒れる。それを受け止めたユウキが即座に止血包帯を取り出し、彼を労わる様に腰を下ろしながら欠損ダメージで残り数パーセントまで減少していたHPの全損を喰い止める。

 

「眠って……いるようだね」

 

「みたいだね。へぇ、クーってこんな寝顔なんだ。思ってたよりも可愛くて驚いちゃうね」

 

「全面的に同意だ。何回か協働依頼はしたことがあるが、こんな無防備な寝顔は初めて見た」

 

 それだけ脳が休息を要求したのだろう。何より『ユウキ』を警戒していないのだろう。電源コンセントが抜かれたパソコンのように意識をシャットダウンさせたクゥリは、甘えるようにユウキの胸の中で寝息を立てている。まるで『遊び疲れた』子猫のようだ。

 これ程の手負いの状態で、いかに殺す気が無かったとはいえ、ユウキとスミスを相手にほぼ互角。底知れない強さにスミスは、今ここで『処分』すべきかと悩む。このままクゥリを放置すれば、いずれ災厄となってプレイヤーを……いや、人類種を脅かす事になるような気がしてならない。

 

(……子猫、か)

 

 だが、スミスはライフルのトリガーにかける指を外す。まだ彼は迷子の子猫のようなものだ。何処に飛べば良いのか分からない雛鳥と同じだ。

 撃つべき時に撃て。このタイミングを逃すな。そうした理性の判断をスミスは感情で捻じ伏せる。

 

(私たちが殺し合い、そして死すべきは戦場だ。女性に抱かれながら死ぬなんて贅沢をキミに与える気はない)

 

 判断ミスだ! 今すぐ撃て! 殺せ! 理性は際限なく『殺処分』を要求するも、スミスは溜め息1つでそれらを脳髄の奥底に押し退けてシュレッダーにかける。伊達に長い間『大人』をやっているわけではないのだ。

 

「間もなくグローリー君たちもここに到着するだろう。『ここにクゥリくんはいなかった。キミは彼の痕跡を追って独断先行し、私は見失った』。これで良いね?」

 

「……ありがとう、おじさん」

 

 クゥリを抱きしめるユウキは、感謝と共に笑顔を咲かせる。男性の心を鷲掴みするようなそれに、やはり魔性の女か、とスミスは冷淡な評価を下す。

 

「おじさんは良い人だね」

 

「惚れても構わないぞ?」

 

「『薄い』女の子は趣味じゃないんでしょ?」

 

「おや、聞かれていたのか」

 

 そして、スミスとユウキは互いに唇を釣り上げて無言の別れを交わす。次に会う時は何処か分からないし、存外あっさりとした再会になるかもしれない。だが、一期一会のこれっきりという事は無いだろう、と漠然とスミスは確信していた。情けないことながら、彼は今回の1件で自分が『苦労人』という星の巡りがやってきた事を受け入れる程度には、変なところで心が折れていた。

 

(頑張りたまえ、ユウキくん。その馬鹿は朴念仁の方がマシだと思う程度には手強いぞ?)

 

 そもそも彼にとって愛とは、きっと……いや、言葉は不要か。スミスは2人を背にしてアイアンゴーレムが作ってくれた通り道を歩みながら、2人の所に駆ける隠れていた2匹の狼を見送る。

 と、そこで視界の端を通ったのは黄金の蝶だ。このような蝶がいたのか、とスミスは美しい燐光を散らすそれに惹かれるも、途端に蝶は1つの小さな紙箱に変化する。

 

「……そうか。『これ』は感謝の印か」

 

 もしかしたら、クゥリに声が届いたのは、ユウキの力だけではなく、別の『誰か』が干渉してくれていたからなのかもしれないな、とスミスは蝶が変じた愛用の煙草箱から1本取り出し、ライターで火を点ける。

 ようやく一服出来た。これぞ大人の至福。禁煙など糞喰らえ。スミスは煙草の紫煙を漂わせながら、歌を紡ぐ。

 

 

「I've already fallen♪ I can't drive my head♪ It's that I fall in you♪ Fall in you♪」

 

 

 今は全てを忘れて眠るが良い。せめて、その眠りが悪夢で無い事をスミスは願う。

 

「さて、彼らの『邪魔』をしない程度には、キミにも感じるものがあったようだね」

 

 そして、スミスは瓦礫の陰でもたれ、腰を下ろしている1人の男に声をかける。

 本当に、苦労ばかりが水を吸うスポンジのように重くなっていく。

 

「キミが何者なのか、正直なところ興味は無い。だが、彼は『傭兵』として戦い抜いた。ならば、このジャングルの『後始末』は我々の仕事だ。違うかな?」

 

 まるで呆然自失しているかのように動かないのは、傭兵最強と名高いランク9のUNKNOWNだ。彼が何処から戦いを見ていたのか分からないが、少なくとも参戦出来ない程度には、クゥリのあの姿に衝撃を受けていたのだろう。

 戦いを追い求める執念。決して退かない怪物的な強さ。そんなものは取るに足らない。重要なのは、彼はとっくに限界を迎え、壊れてしまっていた事だ。それでもなお、まるで何ともないように振る舞い続けていた事だ。

 本当に恐ろしいのは、その精神力。彼は狂いながらも、必死に自分を保とうとしていた。あれ程の狂乱にありながらも、ユウキ『たち』の声が届くだけの余地が残されていた。

 ユウキがあの場面で敵意と害意を排した剣を編み出さねば、最終的に『バケモノ』としてクゥリの死を看取っていたはずだ。

 最後の叫びは、文字通りの『悲鳴』なのだろう。自分を見失わない為に、最後の力を振り絞った慟哭だったのだろう。

 そして、最後に彼を止めたのはユウキの言葉と……傭兵として『依頼を達成する』という、彼がこの場で戦っていた『理由』だったのかもしれない。

 

「証明してみせろ、【聖域の英雄】。キミが背負う称号は重い。それでもキミは『ソロプレイヤー』としてではなく、『傭兵』として戦う道を選んだ。キミの双肩にはラスト・サンクチュアリ1000人以上の希望がのっている。無様な敗北は論外だ。英雄的な勝利こそがキミに求められる『価値』だ」

 

 数秒だったか、あるいは数十秒だったかもしれない。UNKNOWNは立ち上がり、尾ひれが引かれるようにユウキとクゥリがいる方へと顔を向けるが、2本の片手剣を抜くと同時にそれを振り払ってジャングルの中へと飛び込んでいく。

 

「ここからは共同戦線だ。私の所持する情報と見解の全てを話す。全戦力を以ってこの異常事態を解決するぞ。全てが終わったら、3大ギルドに賠償請求だ。傭兵を舐めた報いを受けさせるぞ!」

 

 喝を入れて再起したUNKNOWNを横目に並走しながら、敵に塩を送ったか、ともスミスは思うが、今は少しでも戦力が必要だ。このシャルルの森で何が起こったのかは分からないが、スミスが考えるよりも3段階ほど最悪な事態が進展しているはずである。

 

「ところで、グローリーくんとシノンくんはどうした?」

 

〈『絶好のタイミングで援軍は来たる! その栄誉はキミに譲ろう、ランク9!』って言って俺を送り出したよ。まだかなりの数だったけど、彼は強いし、シノンもいる。大丈夫だとは思うけど、あの炎を見たら向かってるだろうから急ごう〉

 

「……彼の馬鹿も極まっているな。ほぼ当たりだろう」

 

 だが、今はそれすらも頼もしい。馬鹿ではあるが、戦力として最上位であるグローリーが元凶に向かったのはありがたい事だ。できれば、到着までにこの世から退場してもらえているとスミスとしてもストレスの源が減って助かる。

 さて、ここからどう転ぶものやら。スミスは煙草をじっくり味わいながら、ジャングル最後の激戦の場所へと赴く。




<システム・メッセージ>
精神状態を不安定Bに移行します。
≪バーサーカー≫及びモード≪天敵≫を解除します。


絶望「ふむ、今回はこんなものか。まずまずの戦果と言えるだろう」

苦悩「希望もついに動き始めたからね」

悲劇「だが、まだ救われたわけではない。今回は主人公(狂)が負傷し過ぎて本能に頼り過ぎのが敗因だ」

恐怖「ですね。焦らずじっくりと行きましょう」

救済「……長かった。ようやく、ようやく希望が働いた」

喜劇「泣くな、救済。これでやっと互角になったんだ」

奇跡「ええ、慢心せずに行きましょう」



希望「ごっめ~ん☆ うどん食べてたら遅れちゃった! テヘペロ (・ω<) 」


絶望「え?」

苦悩「え?」

悲劇「え?」

恐怖「え?」

救済「え?」

喜劇「え?」

奇跡「え?」

希望「え? え? 何驚いてるの?」



愛情「三狂の1人、愛情よ。人を狂わすのはいつも愛。そこに希望も絶望も無いのよ。今回は良い方に転がったようだけど、次はどうなる事かしらね」


それでは、171話でまた会いましょう。

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