SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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主人公(狂)、まさかの不在状態で開戦の本エピソード最後を難関のボス戦です。


Episode15-30 竜の神

 楽だったボス戦など、これまで1度として無かった。

 最初の腐敗コボルド王戦では度肝を抜かれ、壊滅寸前まで追い込まれた。

 続く双面大蛇と呼ばれるボスは、双頭の大蛇であり、右側の頭が雷属性の、左側の頭が水属性のブレスを使う強敵だった。

 最後の巨人は、ボス自体は弱い部類であるが、ボス部屋ギミックが凶悪であり、閉所で落石と足場崩落が続く中での時間制限勝負だった。

 物理属性攻撃が大幅に減衰する初のゴースト系ボスだった時計台の悪霊は、遮蔽物が多い中ですり抜けて自由に攻撃してくるボスをいかに誘き寄せ、属性攻撃持ちの集中攻撃を浴びせるかが勝負の鍵だった。

 弓矢がメインだった時代も、銃器に移行してからも、シノンは常に最前線でボスと戦い続けた。その経験は伊達ではなく、彼女は死線を潜り抜けてきた猛者である。

 だが、そんな彼女にとっても、今まさに眼前にいる『神』は、かつてない脅威として目に映る。

 煌々と熱が帯びたような赤の体躯。人間の骨格に近しいが、爬虫類を思わす頭部と翼、そして太い尾は正しく竜。赤く光る複眼は威光と凶暴性に満ち、牙が並ぶ口内の奥には更なる牙が並ぶ別の口が隠され、そこから咆哮の度に舌が震えて踊る。

 体長は30メートル以上にも到達し、それはシノンが今まで出会ったドラゴン系の中でも最大。何よりも恐ろしいのは、その爪や牙を用いたドラゴン系特有の近接攻撃ではなく、人間的な拳や蹴りを用いたアグレッシブな格闘攻撃だ。

 竜の神はモンスター専用スキルの≪ハウリング≫も持ち、フォースのように周囲を薙ぎ払う効果がある。ダメージは付与されていないが、1度大盾でガードしたグローリーが遥か彼方まで吹き飛ばされる勢いで弾かれた事から、その巨体に相応しい衝撃がある。それを有情と捉えるかどうかは、追撃の連続火球をグローリーのように凌げたらの話だろう。

 

(残弾全てを叩き込んでも、HPバーを1本削り取れるかどうかも怪しいわね)

 

 このボス部屋……と呼ぶべきか否かは定かではないが、プレイヤー側に与えられた能力としてジャンプ力の強化と落下ダメージ規定の大幅緩和がある。竜の神が翼を使って暴風を撒き散らしながら飛行する中で、大小様々な地面から剥離して浮遊する大地……『島』を足場にして戦闘を行わねばならない。その為の処置として、落下ダメージは余程の高度から落下しない限り発生せず、あったとしても微量だ。また、島から島へと移る為にジャンプ力が大幅に上昇されている。

 とはいえ、このジャンプ力の強化とは無制限に使えるものではない。現在、シノンのHPバーの下には3つの玉状のアイコンが表示され、内の2つは赤く点滅し、残りの1つは青くなっている。

 連続使用できるのは3回。1度使うと60秒のインターバルを挟んで1回分回復する。つまり、3回連続で使用したならば、180秒は強化ジャンプを使用することできない。これは温情処置にも見えるが、正直言ってプレイヤー殺しだ。というのも、竜の神自体が巨体であり、その回避に強化ジャンプを使ってしまいそうになる上に、扱いとしてはソードスキルに近く、専用モーションを引き起こさなければならない。

 最初にシステムメッセージのアナウンスと共に、ご丁寧に強化ジャンプのモーション説明が戦闘開始と同時に視界を埋めた時には、危うく巨大火球で丸焼けにされそうになったものである。あのタイミングで視界不良など製作者の悪意以外に何も感じない。

 強化ジャンプのモーション自体は単純である為に、数回の練習も挟めば、ソードスキルの使用になれた、竜の神に挑めるだけのプレイヤーならば特に難関にはならないだろう。それでも、ソードスキルの瞬時発動には相応の反復練習が求められる為に、やはり後継者の性悪な『優しさ』を意識せざるを得ない。

 

(島は破壊されても補充されていくから、余程のペースで壊されない限りには足場に困ることはない。でも、竜の神と接近戦を挑むにはより大きくて、なるべくブレスを防げる遮蔽物が多い島が好ましいわね)

 

 3メートル規模ほどの、ほとんど足場らしい足場として使える限界とも思える島の瓦礫を背にして隠れ、シノンは冷静に弾詰めを行う。竜の神の特徴として、その余りにも高過ぎる凶暴性から最も接近し、なおかつ視界に映っているプレイヤーを襲う傾向がある。故に、グローリーが撹乱に撤している間は、比較的安全に補充作業が出来た。

 1発の火力不足。それが今のシノンを悩ませる問題だ。今回持ち込んだスナイパーライフルは機動戦仕様であり、近接適性を完全狙撃仕様に比べれば持ち合わせているのが旨みなのであるが、距離減衰も含めて、竜の神を相手にするには余りにも不適切な銃器である。

 弾詰めを終えたシノンは瓦礫の山から身を乗り出し、下方の島で竜の神の連続火球ブレスを回避するグローリーを援護する。彼は防具を一切装備していない赤褌1枚という破廉恥かつ変態的な格好なのであるが、この状況でそれを成すのは自殺行為そのものである。なのに、彼は笑顔を崩さず、大盾と片手剣のコンビネーションで的確に竜の神の懐に潜り込んでは斬りつけて離脱するというヒット&アウェイ戦法を実施し続けている。

 だが、竜の神のHPはまるで揺るがない。サポートでシノンは竜の神の複眼をスコープ越しで狙って狙撃するも、目潰しどころか、怯みすらもせずに、逆にシノンの攻撃を蠅が集って煩わしいとばかりに、直線ブレスで彼女を島ごと焼き尽くそうとする。

 強化ジャンプではなく、島から跳び下りたシノンは1番近場の5メートル規模の島に着地し、衝撃を殺すように転がって立ち上がると、そのまま回復したばかりの1回分を使って強化ジャンプをする。竜の神の大槌など目ではないパンチを辛うじて回避したグローリーの援護に、頭上から連続で、弱点らしき、赤い鱗にまだ覆われていない、首の裏に隠された結晶の骨格と肉の内部へと弾丸を落下しながら数発撃ち込み、更にその背中に足がつくと駆け上がり、振り落とされる前に至近距離で更に3発撃ち込む。

 竜の神は叫び声を上げ、僅かに怯んだ。ダメージは目に見えるほどではないが、確かに与えられたらしく、7本もあるHPバーの内の最初の1本が少量ではあるが、減少したのを見届けて、やはり弱点はあそこにしかないか、とグローリーがいる島に着地したシノンは嘆息した。

 怯んだ隙を見逃さず、グローリーはもう1つの弱点である、まるで古傷ように、線上の僅かに内部の結晶が露出した胸部へと、強化ジャンプを使って飛距離を稼いで到達する。そこに深く片手剣を押し込み、裂くことでダメージを与えるが、所詮は片手剣の一撃だ。目に見えた大ダメージが与えられるはずもなく、雀の涙ほどに、それこそ指摘されてようやく減ったと分かるだろう量だけHPを減らすことに成功する。

 1本分に込められたHP量、弱点部位以外の防御力の高さ、巨体通りの格闘攻撃の破壊力、厄介な飛行能力、連射性に特化した巨大な火球ブレスと薙ぎ払いにも派生できる直線火炎ブレス。いずれもボスに相応しい、ギミックや特異な能力に頼らない正統派の強敵だ。

 出来れば無理をせずに持久戦に持ち込み、援軍を期待したい。それがシノンの本音だが、多少の無茶をしても攻め続けねばならない理由がある。

 それは遥か頭上、竜の神があまりにもインパクトが強過ぎるせいと『巨大過ぎる』せいで意識できない黄金の時計だ。

 巨大な金の文字盤を刻む時計は、刻一刻と、確実に針を進めている。まだ時計で言うところの1時にも到達してないが、この竜の神は戦闘モード時の赤い目の時、そして索敵モードとも言うべき黄色の目の時の2つの状態があり、後者の時は通常の倍以上の速度で針が動くのだ。

 つまり、常に戦い続けていなければ、針が回ってしまう。そうなれば、間違いなくシノン達が考え得るでも最悪の事態が引き起こされるだろう事は予想も難しくない。

 

「いやー、さすがはランク3ですね! あの弱点部位を見事に撃ち抜きました!」

 

「褒めても何も出ないわよ。距離減衰が酷過ぎて、最後以外はまともにダメージも与えられないわ。射撃減衰に類似した能力も持ってるのもほぼ確定ね」

 

 むしろ射撃減衰能力を持たないボスの方が探すのは大変なくらいだ。やはり、プレイヤー側が遠距離攻撃による『逃げ』に撤する事を良しとしない調整が、ボスにはこれでもかと施されている。

 

「でも、テンポ自体は単調ね。『今のところ』っていう注釈が必要になるけ……ど!」

 

 怯みなど数秒にも満たない。すぐに復帰した竜の神の長い尻尾が振るわれ、シノンは跳躍して躱し、そのまま破砕されずに残った、神殿を囲む建物の残骸だろう人工物の名残がある石の塊を足場にして3次元機動を取り、心臓部の傷口に向けて更に1発撃ち込む。巨体の割には余りにも小さすぎる弱点であり、僅かに体を傾けるだけで狙いはそれて鱗によって弾丸は通らず、シノンは舌打ちした。

 着地する寸前にシノンへと竜の神は10連火球ブレスを放つ。逃げ場のないそれは強化ジャンプによる離脱を求められるが、間に入ったグローリーがご自慢の大盾【金鷲の赤盾】を掲げて壁となる。

 

「ぬぅううううううううううううう!」

 

 グローリーの歯を食いしばる雄叫びは爆炎に掻き消されそうになるも、シノンへと1発として、プレイヤーの倍近い大きさを誇る火球ブレスを彼は通さない。乱射である為に、実質的に防いだのは4発だが、それでも大盾という性能を除いても真正面から受け止めるグローリーの精神力は感嘆に値する。

 削りダメージは……ほぼ無し! グローリーは大盾を焦がす残り火を振り払い、不敵に片手剣を竜の神に向けてナルシスト全開のポーズを取る。ここに来てもおふざけ……いや、自身の美学を捨てないのはもはや称賛する他に無い。

 

「やはり、火球ブレスは多段ヒットがありませんね! 直線ブレス以外はノーダメージで防いでみせますよ!」

 

「そんな無茶をしたら、コイツを倒すより先にご自慢の大盾が砕けるわよ?」

 

「それは困りましたね。ですが、その時はその時です!」

 

 竜の神は翼を広げて浮遊し、シノン達のいる島に向けて言った傍から直線ブレスを放つ。地面に放たれたそれは島の地面を削って穴を開けながら、全体へと炎を撒き散らす。シノンは最後の強化ジャンプで1度離脱するも、グローリーはあえて大盾を構えて拡散する火炎ブレスを受け止める。

 いかに優れたガード性能を持っていようとも、多段ヒットするブレスを受け続ければ、耐久度はもちろん、貫通ダメージがグローリーを削る。ほぼ裸体の彼はそれに長くは耐えられないだろう。

 だが、それを見越してグローリーは片手剣を収めて右手に握った燐光紅草をひたすらに口内に押し込み、左手の大盾の鋭い先端を地面に突き立ててブレスによって弾かれないように耐え続ける。

 我慢勝負に応じ続ける竜の神だが、ブレスの使用時間が限界に達したのか、口を閉ざして降下しながら、人間的な5指が備わった右手の拳を振り下ろす。

 破砕される島の中で、グローリーは島の残骸を足場にして竜の神に接近し、左手の大盾を緑色の光で溢れさせる。【盾】のソードスキル【レール・パンサー】だ。【盾】は他の武器系スキルに比べればソードスキルの数は少ないが、それでも実用性に富んだスキルは豊富だ。特に大盾はそのガード性能もさることながら、武器としてもその重量通りの破壊力を秘めている。特に鋭い先端が備わっていれば、意外な程に大ダメージを叩き出す事もあるのだ。

 グローリーの単発ソードスキルは弱点部位に突き刺さる……寸前で竜の神は体を震わせ、胸の傷口の数センチ横に命中する。歯ぎしりしながらも、ソードスキルの硬直が解けると同時に追撃される前に竜の神を蹴って、1度地上へと高速で落下していく。

 こうなると、必然的に身近にいるシノンへと竜の神のターゲットは切り替わる。まだ強化ジャンプが回復していないシノンは、せめて機動力を確保できる広さがある島を探すも、せいぜい10メートル規模しかない。それでも無いよりはマシだと、浮遊する小島を跳んで移るが、飛行能力を持つ竜の神はあっさりと回り込み、容赦ないストレートパンチをシノンに穿つ。

 半ばその反応は無意識だった。シノンは自身のバランスを放棄し、重力に逆らわずに足場から頭より落下して寸前で竜の神の鉄拳を躱す。落下しながらスナイパーライフルのスコープを覗き込み、胸部の傷口を狙うも、翼が引き起こす風によって弾丸の射線は乱された。

 さすがにこの高さから地面に叩き付けられれば、落下ダメージは免れないか。シノンは諦めながら、今の内に燐光紅草を準備するも、彼女の背中が地面に叩き付けられるよりも先に浮遊感がその身を持ち上げ、近隣の島へと降り立たせる。

 

『ごめん、遅れたみたいだな』

 

「ベストタイミング……とは、とてもじゃないけど言えないわね」

 

 シノンを抱き上げて再び戦場に戻したのは、黒衣を纏った仮面の剣士、ランク9のUNKNOWNだ。彼女にしか聞こえない声と共にその身を地面に下ろし、彼は背負う2本の片手剣を左右の手に構えて新たな敵が加わった事を察知して咆哮を上げる竜の神に挑む。

 

「この戦力でボス戦とは、なかなかに厳しい状況だな。だが、やるしかないな」

 

 グローリーの後を追って同じ島に着地したらしいスミスは、左手にマチェットを、右手にライフルを装備し、悠然と舞い降りる竜の神を睨む。

 

「シノンくん、簡潔にヤツの情報をくれ」

 

「弱点は胸と首の裏の2カ所。そこ以外はほぼダメージが通らないと見た方が良いわね。格闘攻撃が主だけど、ブレスは単発ヒットで連射が利く火球型と多段ヒットして薙ぎ払いにも派生できる直線型の2種類。射撃減衰に近い能力があるから、弱点部位を遠距離から狙撃しても砂粒ほどのダメージも与えられないわ。あと、分かり辛いけど空に大きな時計があるわ。きっと何かのタイムリミットよ」

 

「なるほど、酷いな」

 

 頬をヒクヒクと痙攣させたスミスは竜の神が地響きを鳴らしながら突撃し、豪快に拳を振り下ろすのに対し、バックステップを踏んで距離を取りながら正確な射撃でライフルの弾丸を胸の傷口に集中させる。スナイパーライフルに比べて連射性が高いそれらは、精度こそ低くともスミスの腕の高さもあり、何発かが命中するも、減ったと言える程にHPは失われない。

 

『この手のタイプのボスは弱点部位に攻撃が著しく利くはずだ』

 

「首の裏を至近距離で攻撃した時は1、2秒は怯んだわ。スナイパーライフルはDPS性能で劣るから無理だったけど、あなたの≪二刀流≫なら、ダメージを稼げるかもしれないわね」

 

『後は、お決まりとしては鱗を剥がす! それくらいか!』

 

 グローリーが左から、スミスが右から、そして中央突破をUNKNOWNが目論んで、3人の男達が3方向より竜の神へと仕掛ける。それに対して、蟻が自分に向かってきて面倒だと言わんばかりに、竜の神が太い尻尾を、身を1回転させながら振るう。

 もはや面攻撃にも等しいそれらを、3人はそれぞれ跳んで躱す。だが、着地したのは2人だけだった。

 尻尾が振るわれる瞬間に跳び越えながら鱗の隙間にマチェットを押し込んだスミスは、そのまま尾を駆けて背中に到達し、翼が巻き起こす風に煽られながらも首裏に到達してライフルを至近距離から撃ち込む。連射性能がスナイパーライフルに比べれば勝るライフルによって、竜の神へと次々と弾丸が食い込み、HPをジリジリと微量ではあるが、確かに削る。それと同時に怯みが発生し、接近のチャンスを得たグローリーは竜の神の膝に突きを入れ、UNKNOWNは足首へと素早い6連撃を浴びせる。

 2人に気を取られている間に、シノンはスコープを覗いて確実に胸部の傷へと着弾させていく。ここに来て、ようやくペース良く竜の神のHPが減らせるようになったが、そもそも7本もあるのだ。最初の1本か2本は様子見として性能を大幅に制限し、能力を封印していると見て間違いないだろう。

 故に気になるのは、スミスの残弾数だ。スナイパーライフルを運用するシノンは、先程の弾詰めでオートリロード分まで満タンにしたが、それで撃ち止めになる。スミスも長期戦を続けられるだけの弾丸の余裕はないはずだ。

 そうなれば、シノンに残されるのはせいぜい火力が高めのハンドガンとナイフのみ。スミスはダメージが目立ち始めているマチェット1本で立ち向かわねばならなくなる。

 つまり、ここでシノンとスミスが撤しなければならないのは、いかに後半戦まで攻撃を最低限に抑えながら、UNKNOWNとグローリーというダメージソースを援護できるかにある。

 

「グローリーくん、あの強力な奇跡はまだ使用してないだろうね!?」

 

「破壊天使砲ですか? ええ、もちろん! 切り札はここぞという場面で切るからこそ映えますからね!」

 

「連射は利くかね?」

 

「いいえ、チャージ時間がかかるのもありますが、そもそも私の魔力量では2回目を即座に撃てません。使用回数自体は5回なので、魔力さえ回復すれば即座に使用できますよ」

 

 その返答が示すのは、破壊天使砲こと太陽と光の翼はグローリーの魔力の半分以上を消費するという事だろう。つまり、魔力の回復さえ待てば、序盤に1回使っても後半戦でもう1回使用できるかもしれないという希望が残る。

 

「ならば、まずはヤツの足……そのどちらかの鱗を剥ぐ。雷属性はドラゴン系の弱点だ。通常攻撃よりは効果があるだろう。それと片手剣ではダメージソースとしてはやや弱い。これを使いたまえ!」

 

 竜の神が飛行し、まるで流星のように連続火球ブレスを殺到させる。スミスとグローリーは右側の、シノンとUNKNOWNは左側の島に強化ジャンプで移り、何とかやり過ごすも、続いて竜の神は直線ブレスを吐きながらゆっくりと回転し、薙ぎ払いどころか360度方位へと炎を散らす。シノンは強化ジャンプ切れであったが、UNKNOWNはそれを見越してシノンの腕をつかみ、更に上の島を目指す。

 どちらを狙うか迷う……なんて素振りも見せずに、真っ直ぐと竜の神はシノン達を追う。距離的にはほぼ同等ではあったが、視界に映っていたのがシノン達だからこそ、その翼を広げて飛翔し、新しい島に着くと同時に地面を抉って滑りながら制動をかけ、竜の神は再戦だと咆える。

 まずい。島の規模は決して広くなく、直線ブレスの薙ぎ払いが来れば飛び降りる以外に回避方法が無い。シノンは後ずさりながら、落下後の移動ルートを割り出そうとするも、それより先に竜の神がブレスを放つ予備動作として口内から炎を溢れさせる。

 

『いける』

 

 だが、ブレスが解放されるよりも先に、UNKNOWNが懐に飛び込む。≪二刀流≫というユニークスキルが通常攻撃を強化し、片手剣クラスを超えるダメージを生み出すも、鱗に阻まれて思うようには通じない。それでも斬れるならば、と彼は連撃を浴びせるも、その巨体の蹴りで押し飛ばされる。まともに命中したように見えたが、緑のライトエフェクトが散ったところを見ると、上手くリカバリーブロッキングを決めてダメージを最小限に抑えこんだのだろう。UNKNOWNのHPは9割以上を十分にキープしている。

 さすがはユニークスキルといった所か。竜の神と、前哨戦段階とはいえ、単独でも十分に渡り合えるだけの戦闘能力がUNKNOWNにはある。彼自身の経験と剣技を合わせれば、最初の1本目は確実に消し去れるだろう。

 

『俺は、戦える』

 

 しかし、シノンは黒衣を纏う剣士の背中に不安を覚える。

 まるで自分を追いつめるように、UNKNOWNは戦意を高揚させるように呟き、再度死地とも言うべき竜の神への接近戦を果敢に挑む。それに応じた竜の神が拳を振り下ろし、そのまま即座に蹴り上げ、そこから人間的骨格を活かした踵落としへと繋げる。島の半ばまで亀裂が入り、同じ連撃があれば真っ二つに割れそうな中で、シノンは弱点を狙い撃つも、やはり竜の神はまるで動きを止めない。

 連続の火球ブレスは着弾の度に爆発を起こす。その中を潜り抜け、UNKNOWNが左足首を執拗に斬りつける。それを鬱陶しそうに竜の神は足踏みして踏み潰そうとし、それでも捉えられないと見るや、≪ハウリング≫で吹き飛ばそうとする。それを2本の剣をその場に深く突き刺して強引に耐えたUNKNOWNは、右手の片手剣の突進型単発系ソードスキル【ソニックリープ】を、そしてスキルコネクトで左手の片手剣によるバーチカル・スクエアに繋げる。

 そこから更に右手のソードスキルが……発動しない! 決して10割の成功率を誇るわけではないスキル・コネクト。本来ならば1回だけでも繊細さが問われ、莫大な集中力が要求されるはずだ。UNKNOWNがソードスキルの硬直で止まり、竜の神はたかだか突進単発と4連撃の片手剣ソードスキルを鱗に守られた部位に受けたところでスタン状態にはならず、シノンの援護射撃も虚しく、その尻尾によってUNKNOWNは吹き飛ばされる。

 幸いだったのは、接近して根元だった為に遠心力が十分に乗らなかった事だろう。それでも大質量の攻撃を受け、UNKNOWNが水切りする石のように4回ほど地面を跳ね、体勢を取り戻した時には、そのHPは一撃で6割ほども削られていた。

 やはり接近戦型とだけあって、比較的軽装の部類とはいえ、VITには高めに振っていたようである。いかにパワー型のボスとはいえ、一撃死が無かったことを素直に喜ぶべきだろう。安堵するシノンは、ヘイトを稼ぐべく竜の神に接近し、スナイパーライフルを構えたまま、わざと目立つ位置を駆ける。

 

「私が時間を稼ぐから回復を!」

 

『駄目だ! 下がれ、俺が――』

 

「何を思いつめたのか知らないけど、あなたは大事なダメージソースなのを分かっているの!?」

 

 ボス戦しながら説教とは、自分もなかなかに高度な真似をするものだ、とシノンは精神の擦り減らしと体熱がもたらす汗が額より流れ、唇に触れて、舌で舐め取る。

 

「私もスミスさんも火力が足りないし、グローリー1人だけじゃ時間が足りない! 悔しいけど、あなたの≪二刀流≫だけが頼りなの……希望なのよ!」

 

 逃げられるならば逃げてしまいたい。だが、あの時計の針が1周回った時に何が起きるのか、このDBOに間もなく1年にもなる程に最前線で戦い続けたシノンには嫌でも最悪の展開が訪れる事を予想できる。

 これがステージボス……攻略に必須の為のボスならば、まだ楽観視できただろう。何故ならば、彼らの撃破は必須であるが故に、強力に仕立ててこそあるが、挑むプレイヤー以上の被害は及ぼす事がない。

 だが、シャルルの森は攻略の上で不要なイベントエリアであり、竜の神はイベントボスなのだ。それ故に、ステージボスのように参加パーティ数が制限されていない代わりに、凶悪性がより高い。

 

『……ごめん。分かっている。分かっては……いるんだ。でも――』

 

 そう言ってUNKNOWNが取り出したのはクリスタル系回復アイテム【雫石】だ。仮面装備で口から摂取することが出来ないUNKNOWNの限られた回復手段の1つだ。

 クリスタル系の回復アイテムは使用に口から摂取する必要が無いというメリットがあるが、その代わりに持ち込み制限がかけられており、雫石は5個しか持ち込めない。回復性能は3割を20秒で回復と、回復速度こそ遅いが、握り潰すだけで使用できるというメリットは大きい。ただし、使用後は回復終了までDEXに下方修正がかかり、回避能力が大きく下がるデメリットもある。また商人NPCが販売しておらず、レアドロップで集めねばならない。

 幾らバトルヒーリングがあるとはいえ、最低でも2つの雫石を使わせるまでは戦線復帰させるわけにはいかない。決死の40秒を稼ごうとしたシノンであるが、UNKNOWNが両手の剣をゆっくりと振るい、自身に山吹色の全身から光が噴き出すようなライトエフェクトを纏わせたのを確認し、彼には≪集気法≫というもう1つの未知に溢れたユニークスキルを所持している事を失念していたと苦笑する。

 DEXが下方修正されていようとも、20秒程度ならば竜の神をシノンだけに集中するのを避けるだけの撹乱はできる。バフのオートヒーリングは本家の奇跡の生命湧きには及ばないようであるが、それなりの回復速度があるらしく、雫石とバトルヒーリングの効果も合わさって、瞬く間に復帰を果たす。

 

(そうよね。これが近接型のあるべき姿よね)

 

 今更何を驚いているんだか、とシノンは自分の基準が何処かで狂っている事を感じる。近接型プレイヤーとは、本来防具の重量はどうであれ、VITを高め、攻撃に耐えうるだけのスキルを持つものだ。何故ならば、近接型アタッカーとは『ダメージを受ける』という前提でステータス・スキル・装備を組み立てるのが当たり前なのだから。それをよりダメージを最小にして『壁』となるのがタンクだ。

 だからこそ、DBOにおいて盾とは極めて推奨される装備だ。プレイヤーは2つの武器枠が与えられているのだ。片方に得物を持ち、もう片方に盾を持つ。これこそがDBOにおける基本にして奥義なのである。そもそも両手にメイン級の武器を持つ攻撃特化は少数派なのだ。せいぜいが牽制を成すサブウェポンか魔法触媒を持つのが盾無しスタイルの近接戦の基本である。

 

「やぁ、待たせたね」

 

 と、そこに島へとようやくスミス達がたどり着くも、その姿を見てシノンは唖然とする。

 何故ならば、最高に嫌な顔をしたスミスが、赤褌1枚のグローリーを肩車した姿で現れたからだ。股間が後頭部に押し付けられ、今にもグローリーを叩き落としたい衝動を顔面全てで表している。

 

「見せてやりましょう、スミス! 私たちのコンビネーションを!」

 

 そう言って、グローリーは太陽と光の翼……彼曰く、破壊天使砲を発動させる。チャージが開始されたその光は、レギオン戦でも発揮されたように、極めて高威力だ。だが、射撃属性である以上、最高の効果を与える為には、距離減衰を抑え、ボスが持つ射撃減衰能力が効果を発揮しにくい近距離で6発全てを命中させる必要がある。

 だからこその肩車か、とシノンは度肝を抜かれながらも納得する。スミスはグローリーを振り落とす勢いで竜の神に接近する。それに気づいた竜の神はブレスを放とうとするも、跳びあがりながら腹を斬り、さらにバツ印を描くように追撃を浴びせるUNKNOWNが邪魔でスミスに狙いをつけられない。

 拳が唸り、尻尾が嵐を呼ぶ。破壊の鉄拳が亀裂を拡大させ、島が割れるのも時間の問題となり、震動で足が取られそうになった瞬間に迫る尻尾はガードしても押し飛ばす為に回避以外に対策は無い。

 地面を抉りながら迫る尻尾をUNKNOWNは股を通る事でやり過ごし、スミスは強化ジャンプを使って高々と舞い上がる。そして、そこからグローリーの足をつかみ、全身を使って地面へと放り投げた。

 投げ槍のように真っ直ぐ飛んだグローリーは、竜の神の懐に入り、その翼を使って飛翔されるより先に3対の雷球を解放する。

 

「今、超必殺の……破壊天使砲!」

 

 強大な6つの雷が左足に集中し、竜の神が絶叫を上げる。それは鎧の役割を果たしていた鱗を剥がし、内部の肉であるブヨブヨとしたゼリー状の結晶を露わにする。

 そこを狙ってシノンが撃てば、弱点部位に与えたのと同等のダメージが入る。こうなれば、近接型の攻撃も十分に通じるというものだ。その証拠に、UNKNOWNが即座に水平に並べた2本の片手剣で深く斬り込めば、これまでとは比べられない程に、確かなHP減少が引き起こされる。

 

「これで、ようやく土台ができたわね」

 

 だが、楽観視すべき事は何1つ無い。ようやく、まともにボスにダメージを与えられるようになった。それ以上もそれ以下も無いのだ。シノンはスナイパーライフルの残弾が残り半分まで切っている事を考慮し、攻撃を緩める。いざとなればハンドガンとナイフだけでも立ち回るつもりだが、それは最後の手段だ。今は少しでもスナイパーライフルで確実に削り続ける……それも厳しいだろう後半戦に備えねばならない。

 それでも希望はある。≪二刀流≫によって高められた通常攻撃とソードスキルの組み合わせで、UNKNOWNはラッシュ力を遺憾なく鱗が剥げた左足に発揮し、ダメージを稼いでいく。対してグローリーは撹乱に撤し、片手剣から禍々しい返しが複数付いた槍へと切り替え、竜の神の鱗へと着実なダメージを与えている。

 槍の扱いには慣れていないようだが、太過ぎる穂先と相手の巨体のお陰もあり、グローリーの槍は確実に竜の神へと当たる。あれはシノンの記憶が正しければ、聖剣騎士団がソウルの火種を使った初のソウル加工によって生み出されたユニークウェポンである削り取る槍だ。

 どのような効果があるのかは不明であるが、グローリーが槍を振るう度に、これまでは破壊される気配も無かった竜の神の鱗に傷や亀裂が入る。この効果は大きく、UNKNOWNは目敏く、回避の合間を縫って、そうした鱗に破損が生じた場所にも剣を振るい、それをサポートするようにブレスの嵐を縫ってスミスが左足にライフルを撃ち込んでいく。

 

「そろそろ……休みたいところですね!」

 

 気づけば、HPバーは2本目に突入し、半分以上が削れていた。竜の神は依然として『虫』を相手取るような攻撃であるが、怒気のように炎のオーラを放つようになり始めている。

 対して、UNKNOWNたちが到着する以前から戦い続けていた。特に近接戦で派手に動き続けていたグローリーのスタミナは順調に奪われ続けた。このままでは、3本目か4本目に到達する頃にはスタミナ切れも逃れられないだろう。

 ここでグローリーが抜けるのは痛手であるが、それをカバーするように、UNKNOWNが両手の片手剣を振るい、型を取る。すると、彼に赤いオーラが集中し、その身を加護するように纏う。

 

『攻撃力を上げた。スタミナ消費は激しくなるけど、グローリーが抜けた分は俺が埋める!』

 

「リカバリーブロッキングはこの巨体相手には使えるタイミングが限られているわ! あなたもスタミナ管理に気を配って!」

 

「ふむ、そのリカバリーブロッキングとやらを詳しく教えてもらえないかな? どうにも、彼の攻撃力の異常な高さとあの不可解なガードとバフに関係している秘密があるようだが」

 

 そして、何処までも余裕を崩さないスミスは、あれ程『煙草が恋しい』と夜に零していたにも関わらず、口に半分ほど吸った煙草を咥えている。

 

「後で本人にでも聞いてください。私は呆れて物も言えませんでしたけど」

 

「今更驚く事など何もないさ。まさかユニークスキルを2つも持っている、なんてふざけた回答でもない限りね」

 

「…………」

 

 ボス戦の緊張解す軽いトークのつもりだったのだろうが、シノンが無言を貫いていると、全てを察したのか、スミスは愛する煙草を吐き捨て、その場で踏み躙る。

 

「……あの後頭部に1発ぶち込んで良いかね?」

 

「許可します」

 

『俺は希望じゃなかったのか!?』

 

 状況は好転しつつある事もあるのだろう。口数も増え始めるが、誰1人として油断は無い。最悪が少しでも改善された事に追加でお替わりを持ってくるのがDBOのボス戦の基本なのだ。

 グローリーが一時離脱の前に、置き土産とばかりに連続火球ブレスを大盾で防ぎながら突撃し、その腹へと深く削り取る槍を突き刺す。それは繰り返される鱗へのダメージも重なり、新たな傷口を開くことに成功した。馬鹿ではあるが、確かに戦闘では圧倒的だと認めるべきだろう。たとえ大盾で防げるとしても、全身を揺さぶる衝撃を逃がしながら突撃スピードを緩めないなど、並大抵のボディバランスでは無理だ。

 

「では、少し休みます。後は頼みましたよ、ランク9」

 

『ああ、任せてくれ』

 

 UNKNOWNの言葉はグローリーには届いていないはずだ。だが、彼はそれを受け取ったばかりに、敬礼をしながら島から跳び下りる。

 タイムリミットの針は既に3時に当たる部位まで到達し、全体の25パーセントが消化された事になる。対して、竜の神のHPは残りバーが5本弱……いや、スミスの連射が鱗が剥がれた腹に突き刺さり、最後を削り取られる。

 今のペースで攻めればタイムリミット間際に何とかHPをゼロにできる、という計算だ。だが、シノンの残弾は順調に失われ、頼みのスミスも決して無駄にばら撒けるだけ残されているはずがない。

 

「来るぞ」

 

『来る』

 

「来るわね」

 

 竜の神が咆哮を上げ、3人はボス戦が次なる段階に入った事を、それぞれの経験に基づいて判断する。

 竜の神の周囲で湧き上がるのは炎。それらに胸の傷口から溢れた結晶が混じり合い、形を生み出していく。

 それは炎に呑まれた結晶の兵士たちだ。それぞれが剣、戦槌、斧槍などの武器を持っており、炎が噴き出す目と口から叫び声のように火の粉を撒き、10体や20体では利かない数が溢れだす。

 翼を羽ばたかせ、竜の神が離れる。そして、次々と太陽のような炎の塊を生み出し、そこから炎結晶の兵士たちを量産していく。

 兵士たちの動きは鈍く、武器を振るうにしても大雑把だ。およそ脅威にはならないだろうが、とにかく数が多過ぎる! 当然ではあるが、竜の神はたった4人で挑むような設定が施されていないのだろう。

 だが、シャルルのソウルの数制限を考えれば、12人程度でも撃破できるはずだ。その証拠に、鱗が剥がれた部位へのダメージは面白い程に効きが良かった。

 覆せる。幸いにも、これは逆にUNKNOWNがスタミナを回復できる絶好のチャンスだ。大雑把で軌道が読みやすい炎結晶の兵士たちはリカバリーブロッキングを発動させ易いはずである。

 

「私はスタミナにもまだ余裕があるし、竜の神を追うわ。少しでもスタミナを回復させて後を――」

 

『シノン! 後ろだ!』

 

 油断はしていなかった。事実として、シノンは全体を正しく把握し、竜の神を追跡して待機モードにして時計の加速を防ぐという、この場でベストの判断を下した。

 ならば、彼女にとって予想できなかった事とは何だったのか?

 やたらスローモーションに感じる世界の中で、振り返ったシノンが見たのは、まるで地面から湧きだすように現れた騎士だった。

 全体に重厚で丸みのある鎧を纏い、左右が半円形に斬り抜かれた分厚い円盾を装備した、巨大な剣を装備した……赤い光を覗き穴から漏らす騎士は、その重々しい姿に相反するように浮遊し、青く光った剣の突きシノンに迫らせていた。

 

 

 

 

 

 半ば反射的に右に跳んだシノンであるが、それが間に合うはずも無く、彼女の左腕は肩先がごっそりと肉厚の刃の刺突によって抉り取られる。

 

 

 

 

 

「アァアアアアアアア!?」

 

 ボタリ、と左腕が落ち、脳を蹂躙する不快感を耐えきれずに悲鳴が口から放たれたのは、余りにも予想外過ぎる不意打ちに精神が追い付けなかったからだろう。

 それが致命的な隙となるも、即座にカバーに入ったスミスが続く連撃をマチェットでガードするも、特大剣級の攻撃を曲剣であるマチェットで防ぐのは無理があり、半ばまで断たれる。

 そのまま押し切られる! パワー負けしたかのように見えたが、歯を食いしばり、スミスは右腕で補佐するように腕を十字にさせてマチェットを切断しようとする刃を止める。

 

「STR高出力化は『6割』まで到達済みだ。だが、これはなかなかに疲れる。『おじさん』に無理させないでもらいたいものなのだがね! UNKNOWNくん、シノンくんを連れて竜の神を追え! ここは私が引き受ける!」

 

 シノンはUNKNOWNに止血包帯を巻かれながら、別の島に移動する中で見つめる。ステータスの高出力化はシノンも耳にしているし、実際にYARCA旅団騒乱でクゥリが披露したのを目撃している。だが、スミスもまたそれを成し遂げている者とは知らなかった。

 炎結晶の兵士が数十体いる中で、【呪縛者】とHPバーに頂く謎のネームドが、更にスミスを撃破すべく新たに出現した大砲持ちの2体目が襲い掛かる。あの数では、いかに彼とて苦戦は……いや、死は免れない!

 手狭ではあるが、比較的遮蔽物が多い小島に着地したUNKNOWNはシノンをそこで休ませようとする。

 

『ここに隠れていてくれ。俺は……竜の神を倒す!』

 

「あなた、だけじゃ……無理、よ。私も行くわ」

 

『その腕じゃ、キミは戦えない。ここでリタイアだ』

 

 起き上がろうとするシノンを、UNKNOWNは力任せに押し倒す。だが、それでもシノンは抗いを止めない。

 

「ここで震えて待ってるなんて、スミスさんに顔向けできないわ。まだ右腕が残ってる。照準はブレるけど、腰でしっかり構えれば撃てない事は無いわ」

 

 こんな事ならば、ステータスの高出力化なんて練習のしようがない、と割り切るのではなかった。過去の自分を殴り飛ばしたくなり、シノンは必ず帰ったら、恥も外聞もなくスミスに頭を下げて教えを請おうと誓う。

 

『分かった。サポートはする。だけど、無理だと思ったら逃げてくれ。残弾が尽きても同じだ。俺は……俺は「仲間」を失いたくない。もう、絶対に、失いたくないんだ』

 

「……努力するわ」

 

 左腕を失った事でバランスが取れずに倒れそうになるも、シノンは何とか堪えて、下方の島で陣取る竜の神を睨む。その目は黄色に……移行していない! 異常事態を察知し、スタミナ回復の為に休憩に入ったはずのグローリーが竜の神を相手に1人で死闘を繰り広げている。

 グローリーを失う訳にはいかない。彼には今度は弱点部位に太陽と光の翼を撃ち込むという大仕事が待っているのだ。

 

『つかまれ!』

 

「ええ!」

 

 シノンは残された右手をUNKNOWNの首に回し、グローリーがいる大島へと跳ぶ。

 片腕で何処まで戦えるかは分からない。だが、自殺行為に近しいのは間違いない。ならば、撤退こそがシノンが選ぶべき道なのだろう。

 

『クーと同じだ』

 

「え?」

 

『あれは97層のフロアボスだったんだけど、彼は右腕を失っても戦い続けたんだ。その時もさ、自分の方が死にかけなのに、励ましてくれたんだ。「オレは戦えるから。だからオマエは前を見ろ。いつも通りで行くぞ」って……』

 

「……クーらしいわね」

 

『ああ。でも……俺は本当の彼を見ようとしてなかった。どんな状況でも、諦めないで、覆す為に力を貸してくれて、たとえ最後の1人になっても戦い抜いてくれるだろう彼の背中に憧れて……彼が「どうして戦えるのか」を知ろうともしなかった』

 

 着地した2人を歓迎するように、相変わらず能天気であるが、汗を垂らし、拳に炎属性が追加された竜の神を相手取るグローリーが迎える。

 

「遅いですよ! 幾ら騎士と言えども、美味しい所を1人占めなんて礼儀に反しますからね! ランク3もランク9も参戦頼みま……って、腕が無いじゃないですか!? これは隻腕の女傭兵にジョブチェンジですね、ランク3!」

 

 白い歯を輝かせるグローリーに殺意を覚えながらも、この男もまた、戦場にいるだけで人々に力を与えるという不可思議な素質の持ち主なのだろう、とシノンは思わず笑いながら納得する。

 状況が最悪なのはいつものことだ。それでも、戦える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、それは駄目押し。竜の神とシノン達の間で立ちはだかる様に、新たな呪縛者が出現する。

 

 

 

 

 

 

 

 その形はスミスが交戦するものよりも鎧のように丸みはなく、より体に密着したものになっている。

 だが、獲物は決定的に違う。装備しているのは……かつてシノンがGGOで遭遇した、今では太陽の狩猟団で幹部になっているベヒモスが愛用したミニガンを彷彿させる巨大なガトリングガンだ。それを右腕で抱えるように持ち、左手には巨大な両刃の戦斧を装備している。

 

『Uhhhhwoooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooooo!』

 

 その名は【狂縛者】。まるで狂気を撒き散らすような雄叫びと共にガトリングガンを撒く。シノン達は散開するも、元より狂縛者はUNKNOWN以外狙う気はないと言わんばかりに、ガトリングガンを吐かせながら彼を追撃する。

 ガトリングガンの売りはその連射性能であり、単発威力は極めて低く、ヒート系程ではないが弾速が遅い部類であり、また距離減衰もあって中距離でもダメージを稼ぐのは難しい。何よりも重量の高さ、射撃反動が凄まじく、高機動で動く相手を追うのはほぼ絶望的な『固定武装』とまで言われている。

 ところが、狂縛者は他の呪縛者のように浮遊こそしないが、どんなSTRをしているのか想像できないほどに自在にガトリングガンを操り、弾丸を確実にUNKNOWNへと命中させていく。連続ヒットこそ免れているが、そこに竜の神がブレスで襲い掛かれば別だ。

 UNKNOWNの数メートル先に火球ブレスが着弾し、炎の余波が彼を舐め、更にガトリングガンがHPを削る。瞬く間にHPが7割まで奪われるも、UNKNOWNは虎の子である人工炎精を2つ出現させ、グローリーが竜の神を引きつける間に狂縛者へと放つ。

 追尾性の高い人工炎精が次々と飛来し、それをガトリングガンで迎撃するも、小型目標を狙うことができる程に器用な武器で無いガトリングガンが迎撃できたのは分裂した1発のみ。残りの15発の分裂した人工炎精が狂縛者に着弾する。

 これならば、倒せずともかなりのダメージを与えたはず。腰溜めをしてスナイパーライフルを構えたシノンが見たのは、HPが1割ほどの減少で留めた、周囲に蒼白い光の粒子のバリアを有した狂縛者の姿だった。

 

「……ふざけないでよ。こんなの、無茶苦茶じゃない」

 

 竜の神はまだHPバーが5本で、余裕を示すように、本気を出すには挑戦者が『弱すぎる』と嘲うように、腕に炎を纏わせただけだ。

 スミスは多数の炎結晶の兵士と呪縛者2体を同時に相手取っている。グローリーはスタミナ切れ間近で長期戦は絶望的。シノン自身も左腕を失っている。ここに来て、最も戦力として期待できるはずのUNKNOWNを徹底的に狙う狂縛者の追加など、もはや誰かが『殺しにかかっている』としか思えなかった。

 

 

▽    ▽     ▽

 

 

 ライフルの残弾は3割ほどか。スミスは新しい煙草を咥えながら、特大剣としか思えない巨大な剣を振り回す呪縛者の攻撃を利用して炎結晶の兵士たちを薙ぎ払わせながら、この戦力不足をどうしたものか、と悩んでいた。

 動き自体が決して良い方ではない呪縛者たちだが、時より奇妙なまでに超反応を示す。その正体はぼんやりと掴めてはいるが、それよりも問題なのは射撃攻撃を防ぐ謎のバリアだ。

 マチェットは破損して長くは使用できない。ならば、とスミスはマチェットが折れるのを覚悟で、特大剣持ちの青い光帯びた、ソードスキルとは違う不気味な刺突攻撃をかわして潜り込んで、強引に腹部にある鎧の隙間に刃を入れて斬り抜き、そのまま逆手に持ち替えて即座に突き刺しへの2撃目、鎧に阻まれながらも捩じって追加ダメージを与えてマチェットを自ら折る。

 

「ご苦労だったな」

 

 そのまま全身を投げるように跳びながらマチェットに敬礼し、ポリゴンの光に戻ったのを見届け、特大剣持ちが全身から放った闇術だろう、追尾性のある10を超える闇弾へとライフルの照準を合わせる。

 地面を滑りながら、他の雑魚たちが確実に追いかけていることを把握しながら、一呼吸と共に『撃ち抜く』。

 

「当たり判定撃ちか。『実戦で使う機会』が巡ったのは3度目だな」

 

 DEXの高出力化も順調だ。今のところは体感で『5割』程を安定して出せるし、瞬間的には『9割』まで到達できるだろう。STRの方は今のところ短時間の6割維持が限界であるが、4割半ほどならば20分程度ならば保てる自信がある。

 大砲持ちが照準を合わせているが、半ば見もせず、腕を振るいながらスミスは発砲する。その銃弾は砲身の中に吸い込まれ、起爆して呪縛者自身にダメージを与える。爆発ダメージも軽減する効果を持ったバリアだが、内側ならば比較的ダメージの通りも良いようだ。大砲を破壊できなかったのは残念だが、自爆ダメージはまずまずだ。

 

「やはり煙草があると体がよく動く。『この程度』の危機は慣れているものでね」

 

 そう言ってスミスがシステムウインドウを操って出現させたのは、グローリーが使用していた片手剣だ。鋼の刀身の持つそれの名は【太陽の直剣】。何ら特別な力を宿していないが、グローリー曰く、それ故にあらゆる脅威に立ち向かえる武器らしい。削り取る槍を渡す時に『だったら交換しましょう! いざとなった時に、スミスの武器が無くなっていたなど困りますからね!』と預けてくれたものだ。

 あの馬鹿も気配りができるだけの精神を持っていて助かる。スミスは笑いながら、逆手に構えた片手剣をナイフのように躍らせ、呪縛者たちと炎結晶の兵士たちを迎える。

 

 

 

『いやぁ、さすがは「4人の特例イレギュラー候補」の1人! このバケモノっぷり……堪らないねぇ! ギャハハハハハハ!』

 

 

 

 だが、特大剣持ちが何故か仲間であるはずの大砲持ちへと刃を振り下ろし、滅多刺しにして撃破すると盾を捨てて大砲を奪い取り、挙句に炎結晶の兵士たちを撃ち払う。

 見れば、赤い光を宿していたはずなのに、暴走した呪縛者の兜の覗き穴から漏れるのは……青の光だ。

 呪縛者が変形する。浮遊していたはずなのに着地し、より鎧が分厚く……いや、機械的なデザインに変わっていく。

 

「……なるほど、レギオンの同類か」

 

『いやいや、アレと同類にされるのは心外だねぇ! それにしても凄いじゃん! この劣勢でもその余裕と冷静さ! う~ん、コイツは「特別」か「例外」か、おじさん知りたくなっちゃったぞぉ!』

 

「同じ『おじさん』として1つ尋ねよう。クゥリくんを追い詰めたのも……キミたちかね?」

 

『だとしたら?』

 

「彼は傭兵だ。だから、戦場で出会えば私は殺す。撃つべき時に撃つ。それが私だからな。だが、迷える若人が徒に傷つき苦しむ姿を事を良しとする程、自らの職務を忘れたつもりはない。それとストレス発散の憂さ晴らしを込めて、貴様を『本気』で討たせてもらう」

 

 冷静に、スミスは変わらず煙草から紫煙を揺らしながら、殺意を宣言する。

 それに応じるように、呪縛者は特大剣を振るい、大砲をこちらに向ける。

 

『なら見せてみろよ。お前にその力があるならなぁああああああ!』

 

「無論だ。国家公務員を舐めるなよ」

 

『ギャハハハ! 公務員って冗談キツいよ!』

 

 冗談も何も本当のことだ。スミスはライフルを呪縛者に向け、自身の中でリミットを決める。竜の神の撃破への援護、更に追加の雑魚のペースも考えれば、この呪縛者を180秒以内に撃破する。

 

 

 

 

『来いよ、P00040……いや、陸上自衛隊特殊作戦群所属非公式米国同盟ドミナント候補部隊最後の生き残り、世界を24時間で救った男さんよぉ! 人間の可能性を証明してみせろ!』

 

 

 

 

 それも知っているか。何処まで情報が漏れているのやら、とスミスは煙草を味わいながら笑う。

 

「やれやれ、これならば久藤の妖怪爺さんの見合いを受けておくべきだったかな?」

 

 ご自慢の美人の孫とはいえ、女優の夫などご免だったが、まさか『新しい戦場が欲しくないかい?』という手紙と共に送り届けられたゲームのせいで、こんな地獄に来るとは思わなかった。

 

「だが、今の私には帰るべき場所がある。故に、敗れる事は無い。あってはならない。それが私の傭兵としての『価値』だ」

 

 過ぎるのは巣立ちの家の子どもたちとルシアの顔だ。

 帰る場所があるというのは良いものだ。過酷な戦場を生き抜いたスミスだからこそ、その価値を誰よりも認める。

 

「肩書など……言葉など不要だ。私は公務員であり、傭兵であり、『おじさん』だよ」




本作の最大の狂気ポイント
現実世界の方が実はかなりヤバい状態です。具体的には核戦争で世紀末ヒャッハー直前だったり、ディストピアが腕を広げてウェルカムしてたり、大破壊までリーチだったり、国家解体戦争前夜だったり、もうコイツ1人で良いんじゃないかなって大統領がいなければ世界が終っているレベルあです。
だから現実世界の2人組は今日も世界を救っています。

竜の神「普通のボスはHPバーが多くて5本くらい。まだまだ舐めプ余裕ですよ」

呪縛者「また主任に憑依された。死にたい」

狂縛者「(言語化不能)」

というわけで、主人公(狂)が少しだけプラスに傾いた反動として、他キャラの難易度が激増しました。質量保存の法則です。

それでは、174話でまた会いましょう。

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