SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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続・ボス戦……と見せかけた乱入者だらけのパーティです。


Episode15-31 狂縛者

『婿に来い。孫をくれてやる』

 

 特別に名が知られているわけではない。だが、『死線』を潜り抜けた者ならば、自然と彼に声をかけられる。

 曰く、冷戦時代に好き放題に暴れたという根拠のない噂がある、何年も姿が変わらない妖怪爺さん。肩を叩かれたら最後、婚姻届けを役所にシュート。

 曰く、公私問わずにいつの間にか背後に立っていた和装の爺さんに道を尋ねられたら全力で逃げよ。さもなくば人生の墓場にタッチダウン。

 曰く、気に入った者に御歳暮で牛肉を送りつける畜産業界の回し者。ただし、タンを送られたら3ヶ月以内に式場にゴール確定。

 後に『スミス』という極めて凡庸な名前で仮想世界で傭兵業を営む男は、この老人と何度か顔合わせをした事があるが、せいぜい『上』に顔が利くらしい古株の中の古株という事以外に知らなかった。

 

『いきなり飲みに誘ったと思えば、縁談ですか。お断りしましょう。生涯独身とは言いませんが、妻帯者になる予定はありません』

 

『美人だぞ? 女優だぞ? ハリウッドでも活躍しているぞ? 何が不満だ』

『あなたと親族になりたくない、では理由になりませんか?』

 

『満点の回答だな』

 

 路地裏にあるような、昭和が取り残されたような酒場の席で、スミスは60前半ほどにしか見えない男の笑い声を、不快感を押し隠しながら耳にして、自分の今にも割れそうな薄いコップに注がれた芋焼酎を煽る。

 

『だが、このまま飼い殺しもつまらんだろう? お前さんは暴れ過ぎた。現場復帰は無理だろうな。「普通の自衛官」として生きる道もあるが、戦場の味を知ったお前さんにそれは無理だろう?』

 

『それ以前に自宅待機を言い渡されて5年目ですからね。「普通の自衛官」すらも夢のまた夢でしょう。今は税金を貪る寄生虫みたいなものです』

 

『組織で生きるのは辛いもんさ。儂も若い頃は随分と馬鹿をやったがな。だが、今の時代は何でも機械やコンピュータが関わって来て煩わしくて敵わん』

 

『時代の流れというものですよ。ですが、いつの時代も引き金を引くのは人間だ。そこだけは変わりません』

 

 慰めのつもりではなく、スミスは自分の経験から断言する。

 2人の間に店主が皿に盛ったおでんが並ぶ。牛筋、こんにゃく、卵など定番ばかりであるが、どれも美味そうなニオイを含んだ湯気を立ち上らせていた。

 

『そうかねぇ。儂の孫が……ほら、なんだ、「かそうせかい」ってヤツのせいで3年くらい眠ったまんまだったんだがな』

 

 SAO事件か、とスミスは興味もなく、内心でご愁傷様だとだけ呟いた。

 

『機械が人を殺す。「命」の無い連中が「命」を摘む。あるべき殺意と理屈が介在せずに何千人も殺された。時代ってのは恐ろしいもんだ』

 

『その口振りだとお孫さんは無事だったようですね』

 

『当たり前だ。儂の孫だぞ? 機械なんぞに負けるわけがなかろう。まぁ、予想外もあったせいで当主には据えられなくなったがな。茅場という阿呆のせいで一族で大会議だ。ようやく先月になって1番上の孫を当主にする事が決まったところだ。ところが、今度は本人にその気が無い。オマケに嫁も取らん。儂も若い頃は遊び倒した身だから口うるさく言えんが、そろそろ嫁を見繕って夜這いさせてやろうかと企んでるところだ』

 

 目が覚めたらベッドの横に知らない女がいる、というのはスミスも経験はあるが、それを家族が計画的に実行しようとするとは恐怖以外の何物でもないだろう。スミスはやはり断固としてこの男の一族に加わるべきではないと決心を新たにした。

 

『美人だぞぉ。傾国の美女だぞぉ。胸は血のせいか残念だがな』

 

『それは尚更お断りですね』

 

『……やっぱりそこじゃよなぁ。母親は豊かなのに、どうしてあんな残念に……それこそ血のせいか。儂ら一族は代々ボイン好きなのに何故か俎板を嫁にする。儂もボイン好きなのに妻は……もう目を背けたくなるくらいに無かった。ふむ、そう考えるとあの屑息子は何気に例外か』

 

 自分の息子を屑呼ばわりとは酷い事だ。スミスは空になったコップに新しく注ぎ、透明な液体を揺らす。その水面に、顔も知らぬ老人の孫を想像する。

 両親は数年前に他界した。父は肝硬変、母は肺炎だった。スミスは灰皿を引き寄せ、煙草を咥えて火を点ける。

 

『ご老人、私はね、銃が撃ちたいというインモラルな願望で自衛官を目指した。挙句に幼馴染を殺した。そんな男です。あなたの孫は不釣り合いだ』

 

『だから、スパスパ煙草を吸って、酒を飲むだけ飲んで、早死にしたいってわけかい? 伝手が無かったわけじゃないだろう。国を離れて、何処かで傭兵業でも営めたはずだろうに。何なら便宜を図ってメキシコ辺りで斡旋してやるぞ? 実は、そこで良い嫁候補を見つけてな、孫の嫁にしようと「買い取った」縁がある。毎日が硝煙と血で溢れた宴だ。毛並みの悪い野犬ばかりだが、お前さんにはむしろ性が合ってるのではないかね?』

 

『組織に馴染めない男には野良犬がお似合いでしょうが、死んだ仲間たちに顔向けできないと思う程度には人の心もあるのですよ。自由には憧れますが、猟犬は首輪を嵌めてこそ猟犬だ。主人に不要とされるならば、お役御免になるのも飼い犬らしい末路でしょう? それに、最近は米国の友人に勧められて始めたGGOというVRゲームに嵌っていましてね。これがなかなか上手くできている。生身とは勝手が違うので思うように動かすにはまだまだ慣れが要りますが、戦場の空気を思い出すには丁度良い。私はあの生温いデータの中の鉄火場で戦場を懐かしみながら、さっさと末期癌にでもなってくたばりたいのですよ』

 

 それは本心からの吐露だった。

 多くの戦場を渡り歩いたスミスにとって、最後にして最大だった『あの作戦』。

 戦友は全員失われた。スミスを独りだけ残して……彼に希望の全てを託して、死んでいった。

 もう自分の撃つべき『時』は回って来ない。『上』はスミスを危険視し、飼い殺しの道を選んだ。元より性格的にも行動的にも問題があり過ぎた我が身を呪うべきかもしれない。むしろ暗殺されないだけマシだろうとさえ思っていた。

 

『……儂には、お前さんが死に場所を求めているようには見えんし、死にたがっているようにも思えんがね。お前さんが腹の底で望んでいるのは、間違いなく家族と故郷だ。儂ならば、そのどちらも与えてやれる。それに何より……お前さんならば「神殺し」を成せるかもしれん。儂は老い過ぎた。「神」を殺せるかどうか分からん』

 

『「神」を殺すとは、随分と恐れ多いですね』

 

 この老人が呼ぶ『神』とは何なのか、スミスは少しだけ興味を持つ。それは何かの比喩なのか、それとも文字通りの意味なのか。

 これまで多くの任務で神の名を呼ぶ者達を殺してきた。狂信者はもちろん、強要された者、洗脳された者、神に縋るしかなかった少年兵も殺してきた。故にスミスが至ったのは、この世に神などなく、ただ人の盲信と盲目の中にいる虚像にして幻こそが神だという結論だ。

 

『神話の時代において、神とは力だった』

 

 老体には染みるだろう、グラスに溢れる程に日本酒を注いだ老人は、一気にそれを喉に流し込み、唇が垂れるそれを手の甲で拭う。その姿は獰猛な獣のようだった。

 

『来るぞ。10年後か、50年後か、100年後か。必ず、再び力こそ神であると呼ばれる時代が。新しい戦争の時代がな。残念じゃよ。お前さんの血があれば、久藤は増々高みを目指せたというのに』

 

 無念そうに、だが老人は何故か嬉しそうに、スミスへと乾杯を求めるように、再び日本酒を溢れる程に注いだコップを差し出した。

 

『お前さんは「人」だ。うむ、それが良いだろう。「獣」の血は要らんだろうさ。それを誇りとして生きよ。そして、「人」として死ね。儂ら一族がそうであらんと望み続けたように』

 

 その翌日の事だった。スミスに奇妙な手紙が添えられた1つのゲームが送られてきたのは。

 差出人は不明だが国際便で届いており、海外の友人の誰かの凝った悪戯だろうと、スミスは油断していた。

 

『ふむ、噂のDBOか。サービス開始は明日だったかな』

 

 どうせローディ当たりが『独り身で寂しいゲーマー野郎が』と嘲う為に送り付けたのだろう、と見当をつけたスミスは苦笑して近所の家電量販店に向かい、展示品だったアミュスフィアⅢを金で物を言わせて購入した。退役軍人らしく暇を持て余しているのだろうと思うと呆れた。

 ダークファンタジー調という売り文句なので興味は無かったが、コピー紙にタイプされた『新しい戦場が欲しくないかい?』という簡素な誘い文句に惹かれた。

 

『新しい戦場か。悪くない。どれ程のものか、見せてもらうじゃないか』

 

 後にデスゲーム宣言がされた際にスミスは、人生初めて両手と両膝をついてうな垂れた。命を懸けて完全攻略を目指さねばならないという途方もない難題にではなく、5年のブランクはすっかり自分を腑抜けにしてしまったようだ、と我が身に失望したのである。

 だが、すぐに彼はこうも考えた。ここでは誰も自分の経歴を知らない。ならば、自由に、この情け容赦ない『新しい戦場』を歩こうではないか。

 阿鼻叫喚に包まれたプレイヤー達の中で、スミスは考えた。

 自由とは何だろうか? この仮想世界の檻の中で、自分は何を求めるべきなのか。

 すぐに最初の目的は決まった。

 

『煙草だな。何はともあれ、口が侘しくて困る』

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 浮遊しながら、外観が変化した呪縛者はスミスを執拗に狙いをつけて、左腕で抱えた大砲を放つ。

 1発の着弾の度に地面が抉れるほどの爆発を引き起こすが、元のDEXと高出力化、そして射撃タイミングを見切って緩急をつける事で、スミスは爆風さえも届かせない程に攻撃を見切っていた。

 右手のライフルを呪縛者に向ける。それから逃れるように滑空するも、スミスの偏差射撃は的確に呪縛者へと命中する。だが、バリアによって阻まれてダメージらしいダメージは与えられない。

 

(やはり射撃攻撃はほぼ無効化されているな。だが、大よそ性質は把握できた)

 

 まずバリアは呪縛者の周囲に張られている。これは爆風及び銃弾を防ぐ効果があり、射撃属性攻撃は大幅な威力の減衰を阻まれると見て良いだろう。

 だが、スミスは戦闘の最中に的確に足下の小石程の瓦礫を蹴り、バリアを突破して呪縛者を超えるかどうかを試していた。それは回避行動の最中で行った密やかな実験であり、跳んできた瓦礫など爆風を撒き散らす呪縛者からすれば取るに足らないものだろう。

 

(効果としては≪射撃減衰≫に近いな。射撃ダメージを大幅に削る壁のようなものだ。そして、次に求められるのは貫通性能。バリアその物を突破するだけの貫通性能が無ければ、威力が減衰した弾丸が届くこと自体が無い。これならば、爆風の自爆ダメージで奴自身が削られないのも納得がいく。爆発系は貫通力が無いからな。バリア自体を突破できないのだろう)

 

 イメージとしては硬質な壁というよりも水流か。呪縛者自身を覆う水流の膜。その流れによって触れようとする物体とエネルギーは阻害されるが、水流を押し退ける勢いさえあれば突破できる。

 飛行にも近しい程に空を舞い、スミスの頭上を取った呪縛者が大砲の連弾を放つも、スミスは落ち着いて砲弾へとライフルの弾を命中させて起爆させ、ダメージが無い熱の余波だけを浴びる。

 大砲の攻撃速度は遅い。分類でいえばグレネードキャノンだろう。趣味のように収集こそしているが、要求STRと弾速の遅さがスミスの好みではないので扱う機会はなかなか無い。何よりも弾数が少ないので長期戦には向かないが、1発のダメージが大きく、爆発ダメージによる雑魚の掃討にも大物食いにも使える面白い武器だ、というのがスミスの評価だ。

 

『平然ととんでもない事やるねぇ! 面白くなってきたぁ!』

 

「この程度も出来ない者が傭兵を名乗るなど、この世界ではおこがましいというのが私の意見なのだがね」

 

 もっとも、スミスはリアルの方でも同じことはできるし、訓練でも似たような事は死ぬほど積んだ。中東で飛んできたRPGを撃ち落とすなど、スミスたち非公式部隊からすれば出来て当然であり、出来ないものは去るか死ぬかのどちらかだった。

 

『それ程の力がありながら「上」に疎まれ、飼い殺しにされ、挙句にこんな場所でおじさんと遊んでるとは、生き残りも随分な扱いなもんだ』

 

「私たちのような、突出した個人が求められる時代は終わった。それだけだよ。管理され、統制された「秀才」こそが時代に適しているだけの事だ」

 

 やはりバリアは減衰する。着弾の度に、呪縛者のバリアの勢いが明らかに弱まっている事が視認できる。

 浮遊して滑空する呪縛者は、確かに重量の外見に見合わない機動力がある。だが、逆に言えばそれだけだ。フォーカスシステムを振り切るほどの速度があるわけでもなく、あくまで重量型に見合わない高速戦闘ができる。それだけなのだ。

 

(残弾は2割。竜の神の為に取っておきたかったが、ここでペースを上げねばバリアは剥げまい)

 

 安易に接近はしない。DBOの常であるが、全方位攻撃持ちへの注意こそがボス・ネームド戦において最重要事項だからだ。

 大振りの得物が仇になったな。スミスは嘲う。確かに呪縛者の動きは良い。だが、特大剣はその重量故に軌道が読みやすく、大砲もまた弾速の鈍さによって迎撃は容易。そして、武器を捨てて格闘攻撃や全方位攻撃を仕掛けようにも、常に近・中距離の間を維持するスミスを捉えることはできない。

 追えば引き撃ち、引けば大砲を迎撃、時折混ぜる闇弾は命中判定を撃ち抜いて消滅させて着弾の危険があるものは的確に排除する。

 

「どうした? もうバリアは無いぞ」

 

 ついにバリアが剥ぎ取られ、呪縛者にライフルが着弾する。火花が散るも、重圧な鎧のお陰でダメージの通りは悪い。それでも、バリアに阻まれていた頃よりも遥かに効果を発揮する。

 ここからは温存だ。ライフルから片手剣への攻撃に切り替え、スミスは呪縛者の特大剣の乱舞を掻い潜り、左逆手に構えた太陽の直剣を腹にある鎧の隙間に通す。

 肉が斬れるような感覚が指先まで通り、呪縛者へのダメージが加速する。大砲を捨ててつかみかかろうとするも、スミスは足首が捻じれる勢いで鋭いターンをして回避を決め、ライフルを至近距離で連続着弾させてダメージを稼ぐ。

 元来中距離戦でこそ活きるライフルの至近距離での運用。この手の戦術はマシンガンやアサルトライフルの方に軍配が上がる。呪縛者の裏拳や膝蹴りを木の葉が舞うようにひらりひらりと躱し、スミスはライフルを背負うと代わりに抜いたフラッシュガンを呪縛者の顔面に叩き込む。

 閃光が解放され、呪縛者がスミスを見失った隙にバックステップを踏みながら、フラッシュガンをホルスターに戻してスミスが取り出したのは、グローリーを隠れ家に押し込んでいる間に山ほど狩ったマンモス・ナーガの毒がたっぷり入った瓶だ。それを3本ほど呪縛者の頭上に放り投げる。

 フラッシュガンで視界がくらみ、後退する呪縛者を追うように放物線を描いた毒入り瓶を、スミスはつまらなさそうに撃ち抜く。1発の銃弾が通り抜ける中で3つの瓶は割れていく。それは毒のシャワーを呪縛者に浴びせ、レベル1の毒状態にする事に成功した。

 

『おいおい、毒とはつまらない真似するじゃないよ。おじさん萎えちゃうよぉ』

 

「言っただろう? こちらは『本気』だとね。使えるものは使う。それが傭兵の戦い方だ」

 

 呪縛者のHPは残り半分ほどだ。レベル1の毒では削り切れないだろう。そして、スミスは≪片手剣≫を保持していないので太陽の直剣は真価を……ステータス補正をつけない。故に火力は素の攻撃力のみだ。

 重量武器は武器自体の攻撃力がかなり高いのでスキル無しでも相応の威力を発揮するのだが、軽量武器……特にTEC系やSTRとTECの両方が求められる『上質』が多い片手剣は、やはりスキルの有無によって火力不足が大きく変わる。

 

『な~るほど、そりゃ確かに! だけど残念だ。この「ポンコツ」じゃ、お前の「本気」を出し切らせる事はできないみたいだ。まぁ、折角だし、最後にでかい花火を上げさせてもらうとするかねぇ!』

 

 呪縛者の特大剣にノイズが走る。ポリゴンの欠片が散り、特大剣を<ERROR>というシステムメッセージが包み、呪縛者がまるで自らの高熱で爛れるかのように鎧を煌々と赤熱に輝かせていく。

 今まで浮遊していた呪縛者が地面につく。その間にも毒によってジリジリとHPは削られ続けているのだが、呪縛者はそんなものに頓着せず、異常を更に加速させていく。

 

『P00040、考えた事はあるか? 人間という種は争い続ける愚かな存在でありながら、戦いこそが人間に進化と進歩をもたらす。その理由は何なのかと』

 

 これまでの人を小馬鹿にした道化師のような口ぶりから、真剣そのものの神妙な口調へと呪縛者は変化する。

 立ち止まった呪縛者にライフルを撃たないのは、単純に残弾の温存と、その右腕が吹き荒れる暴風と全身から発せられる熱によって銃弾が効果的にダメージを与えられないだろうという判断の上だ。

 故にスミスは当然のように、左の片手剣を収め、フラッシュガンを左手で抜き、トリガーを引く。そして、その閃光弾が呪縛者より放出される暴風であらぬ場所に外れるより先に、軌道を捻じ曲げられる境界線を正確に見抜いてライフルで閃光弾を穿つ。

 自分で撃ったフラッシュガンの軌道を完璧に把握してライフルとフラッシュガンの初速と弾速減衰を計算した上での神業。それは最後の攻撃の前口上を続けようとした呪縛者の目を再度奪い取る。

 

「話が長い。それとタイムリミットだ」

 

 その間に背後に回り込んだスミスは高熱によってスリップダメージが与えられるのも厭わずに、その兜と鎧の隙間に片手剣を押し込んでいく。

 毒で削れ、なおかつ鎧に守られていない内部への直接攻撃。それが呪縛者のHPを大幅に削り、また右手の特大剣を変質させる途中で動作が鈍った呪縛者の左肘打を冷静に躱しながら、その青の光が漏れる兜の覗き穴へと銃口を押し込んだ。

 それは刹那の停止。呪縛者とスミスは、笑みと視線を交差させる。

 

「失せたまえ」

 

『本当に……容赦ないねぇ! ギャハハハ! 別に良いさ。また遊ぼうぜ、「傭兵」さんよぉ』

 

 覗き穴へと弾丸が呑み込まれていき、頭部を貫いだ弾丸がクリティカルダメージを与えて呪縛者のHPを全損に追い込む。それを最後に、呪縛者は消滅していく。その残滓をライフルを振るって掻き消し、スミスは腰に片手剣を差して新しい煙草を咥えると、炎結晶の兵士たちがわらわらと湧くのを見つめる。

 どうやら、シノン達の援護に赴くにはもう少し時間がかかりそうだ。

 銃弾は残り1割未満。まだ慣れていないDEXの高出力状態を維持したせいか、脳裏に熱のようなものも感じ、スミスは気怠さを覚える。あとは持続性をいかに得るかが鍵になるな、とスミスは嘆息した。

 

(あの呪縛者の乱入さえなければ、もう少し持ち堪えられたものを。やれやれ、女神のサイコロは悪い目しか出さない決まりでもあるのか?)

 

 ここで炎の結晶兵士たちの足止めに使えば、スミスの戦闘力は激減する。

 次にサバイバルがある機会が巡ったならば、たとえ不合理と思えても、こうした事態を想定して最低でもレーザーブレードを持ち込むとしよう。スミスはそう固く決心する。

 

「元より竜の神を時間制限内に討つには火力が足りない。『おじさん』らしく、若人の活躍に期待させてもらうとするよ」

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 最高には天井があるが、最悪には底が無い。それが真理だ。シノンはスナイパーライフルを狂縛者に撃ち込みながら、竜の神を1人で引き受けるグローリーに感謝する。

 

『そうですね。スタミナ切れギリギリまで、5分間ならば粘れます。「神様」は引き受けますから、そちらも早めに決着をつけてくださいね! グローリー☆ナイツは皆の心を1つに合わせた時にこそ最強になるのですから! 次の破壊天使砲は3人の……いえ、スミスを合わせた4人の合体奥義にすると決めているんですからね! ポーズはしっかり考えておいてくださいよ! リーダー命令です!』

 

 いつの間にか……いや、捕虜になった段階でグローリーとその愉快な仲間たちの1員にされたのはスルーするとして、シノンは彼の勇気に感謝をする他ない。そもそも彼からすれば自らを奮い立たせるまでもなく、自身の騎士道を微塵として疑わずに竜の神の前に立つのだろうが、それは並大抵の精神が成せるものではない。

 どんな状況でも自分を捨てず、歪めず、絶望せず、勝利を疑わず、真っ直ぐと前を向ける。確かに馬鹿かもしれないが、グローリーという『人間』の強さは、多くのプレイヤーが道を踏み外し、堕落し、挫折する中で、まるで1等星のように、太陽のように、眩しくて堪らない。

 

(ただの馬鹿じゃない。大馬鹿者だからこそ、か。羨ましいわ)

 

 自分には無い『強さ』だ。この死闘の中で素直に、シノンはグローリーを認める。

 UNKNOWNと共に狂縛者と竜の神の挟み撃ちを避けるべく、強化ジャンプで竜の神とグローリーのいる島を見下ろせる、やや右上方の島に移動したシノンは、彼女を完全無視でUNKNOWNを狙い続ける狂縛者のバリアへと弾丸を喰い込ませる。

 バリアのせいで弾丸は阻害されてこそいるが、ダメージとしては想像していた程に抑え込まれてはいない。貴重な残弾を消費されている事、そして慣れない片腕射撃による精度の劣化を除けば、UNKNOWNが囮になってくれている形だ。

 そして、UNKNOWN自身もシノンに狙撃を集中させるべく、ガトリングガンの射線を決してシノンの方に向かせないように立ち回っている。凄まじい連射性能でこそあるが、≪集気法≫で青い光のオーラを纏い、本人曰く物理防御力を引き上げたという彼には、中距離でのガトリングガンのダメージは数発命中しても微々たるものだ。

 だが、ガトリングガンの真の恐ろしさは、その連射性能によるスタン蓄積だ。シノンが以前協働した傭兵は、ゴーレムの低威力ガトリングガンを浴び、スタン状態にされて動けなくなったまま弾丸を浴びせられ続け、逃げることも出来ないままにキャノン砲の直撃を受けて死亡した。ゴーレム黎明期にあった『ガトリング無双』と言われた、多くの傭兵が去るか死亡するに至った選別の時代の話である。

 今でも傭兵は十分に多いが、あの頃は小遣い稼ぎの気分でサインズに登録していた傭兵が数多くいて、むしろ依頼の奪い合いすらもあった。それを崩壊させたのが、ギルドNPCの配備完了とゴーレムだった。

 

(あと7割。良いペースだけど、残弾がまずいわ。それに、指が震えて照準が……!)

 

 動き回る狂縛者を撃ち続ける集中力を掻き乱すのは、左腕を失った傷口……左肩の断面だ。止血包帯を巻いているとはいえ、継続的に送られ続ける、痛覚とは異なる頭をミキサーにかけられるような不快感は、確実に戦闘を継続する為の精神を削ぎ落としていく。

 欠損はその度合いにもよるが、慣れない者は泣き叫んで蹲る。体験したプレイヤーは欠損の真の恐ろしさを知り、このダメージフィードバックこそDBOにおける危険要素と確信してそうならないように立ち回る。欠損する危険が必然的に多い近接プレイヤー腕を失えば戦闘能力の減少以前にこの不快感で集中力を失って戦えなくなる事は多く、最も戦い慣れた、最前線に立つ上位プレイヤー達での中にも、欠損すれば動けなくなるのは珍しい事ではない。

 

「当たれ」

 

 狙うのはガトリングガンを構える為に重心が乗った右膝だ。一瞬で良い、バリアに阻まれて威力が減衰しているとしても、関節の隙間に弾丸が入れば、少なからず体勢を崩せるはずだ。だが、狙った場所に飛ばず、弾丸は狂縛者を掠めるだけだ。

 

「当たりなさいよ」

 

 今度は狂縛者自体には命中するも、鎧に当たって火花が散る。

 グローリーが稼いでくれる5分間。あのガトリングガンの弾幕をUNKNOWNが潜り込める僅かな隙を作らねばならない。

 

「当たりなさい!」

 

 だから、シノンは叫ぶ。こっちを見向きもしない狂縛者が恨めしくて、どんなに足掻いてもこの場にいる4人の中で1番役立てていない自分が情けなくて、彼女は激情の全てを乗せてトリガーを引く。

 撃った瞬間に分かった。この弾丸は命中しない。するはずがない。それ程までに射線がブレていた。

 もっとSTRを高めて片腕撃ちの練習をすべきだった、などというどうでも良い後悔が自嘲を漏らすも、次の光景にシノンは唖然とした。

 狂縛者の右膝、鎧に守られていない関節へと弾丸がバリアに妨害されながらも抉り込む。ダメージは変わらず微々たるものでも、ガトリングガンの射線が瞬間的に下がり、UNKNOWNが近接戦に持ち込める道が開かれる。

 あり得ない。シノン自身が1番不可解だった。今のは外れていたコースだった。なのに……銃弾が、その軌道が『歪んだ』のだ。

 途端に、これまでシノンをまるで無視していた狂縛者が新しい獲物を発見したかのように、兜の覗き穴を埋める赤い光を向ける。

 

『Uhhwwooooo......Irr、eg、ular......』

 

 ガトリングガンの銃口がシノンを狙うも、それよりも先にUNKNOWNのソードスキルの閃光がガトリングガンの銃身に突き刺さる。それは≪二刀流≫専用ソードスキルなのか、右手の突進突きに1テンポ遅れて左手の片手剣が更にガトリングガンの銃身を刻む。

 

『おぉおおおおおおおおおおお!』

 

 左手の斧で狂縛者がソードスキルで硬直した隙にUNKNOWNを振り払ってガトリングガンの破損を防ごうとするも、シノンはここぞとばかりにスナイパーライフルを撃つ。それは狙った左肘には至らなかったが、新たな敵を認識した狂縛者を乱すには十分だったのか、斧の攻撃が僅かに遅れ、硬直から復帰したUNKNOWNはリカバリーブロッキングを決めて、逆に斧を弾き返す。

 これはシノンの推測であるが、リカバリーブロッキングの恐ろしい点はスタミナ回復以外にも、ソードスキルでありながら、発動時間の短さに応じるようにほぼ硬直が無い点、そして攻撃力は無くとも相手の攻撃を弾けるだけの衝撃が伴ってる点にある。まともにリカバリーブロッキングを決められて、危うく斧を手から放り飛ばされそうになるも、狂縛者はそれを何とか防ぐ。だが、その代償として左腕が大きく開かれ、ガトリングガンと我が身を守る手段が無くなる。

 両手の片手剣の同時振り下ろし、そこから連続斬りに繋げ、ガトリングガンを細切れにする。突進系のソードスキルをまともに浴びたガトリングガンが、通常攻撃とはいえ≪二刀流≫で強化されたそれに耐えられるはずが無かった。

 途端に狂縛者のバリアが収縮する。全方位の爆発攻撃だと経験則から悟ったシノンはUNKNOWNに下がる様に叫ぼうとする。だが、UNKNOWNはシノンが想定するよりもコンマ数秒ほど間合いの中に残って左の剣を兜に振るい、そして反応速度の高さを活かした瞬発力によって爆発範囲から離脱する。

 アバター動作の初速の高さ。それこそが反応速度の真骨頂だ。普通のプレイヤーならば先読みするか、余裕を以って回避行動に移らねばならないところを、UNKNOWNはそれをする必要が無い。

 見てから対応できる。脳が決定を下してからアバターを操作するまでのタイムラグの無さ。それが結果的にアバターの運動開始速度を驚異的に引き上げている。

 右手の重量型片手剣の一撃を深く浴びたせいか、バリアの爆発の果てに、狂縛者の兜には傷痕が残っている。兜を破壊すれば、シノンの弾丸も効果的にダメージを与えられるようになるだろう。特に爆発攻撃によってバリアを失ったらしい今ならば尚更だ。

 

『一気に押し込む! 援護してくれ!』

 

「言われなくてもやってるわ。私も狙っているようだから、しっかり肉壁になってよね」

 

『ははは。シノンの壁になれるなんて、光栄なこと……だよ!』

 

 斧を両手で握り、パワーファイター特有の大股の1歩で踏み込んで跳んだ狂縛者が唸り声を上げながらUNKNOWNに斧を振り下ろす。それは地面に亀裂を生み、その破壊力をアピールするも、UNKNOWNは悠然と躱し、カウンターで鎧越しに右手の片手剣で横腹を斬り、二刀流という攻撃回数の多さを見せつけるように、左手の片手剣による3連斬りを浴びせる。

 右手の重量型片手剣と左手の軽量寄りの中量型片手剣。どちらも黒く塗装されたそれらは、右の重い一撃、左手の連撃、それぞれを使い分ける意図があるのだろう。もちろん同時に振るえば瞬間火力も高まるので、その爆発力は1回の攻防で戦況を優勢に引き寄せることができる。

 しかし、狂縛者も負けていない。やはり、今はシノンよりもUNKNOWNを撃破すべきと優先順位を定めたのか、巧みに斧を操るだけではなく、蹴りを織り交ぜ、更には2メートルを超す体格そのものが武器であるかのようにタックルまでしてくる始末だ。

 バリアが無くなったことによって銃弾の通りは良くなり、シノンは腰溜めしたスナイパーライフルを、UNKNOWNと交戦して足が止まった隙を狙って撃つ。着弾の度にHPが減り、狂縛者の叫びが大きくなっていく。

 斧の左片手突きを右手の片手剣で滑らせて懐に入り、左の片手剣の素早い斬り上げから即座に振り下ろしに派生させ、ついに狂縛者のHPがレッドゾーンに到達する。鎧越しなのに、斬撃属性の、しかも片手剣の通常攻撃であれ程のダメージを叩き出せるのは、こんな状況でも無ければ毒の1つでも吐いてるところである。

 そして勝負が決する。連続攻撃によってスタン状態となった狂縛者が動きを強制停止する。

 

『Uhwoooooo........kikkkkkikkkkkkkkirikkkkkk』

 

 スタン状態に抗うように、ピクピクと狂縛者の右手の指が震える。それは、まるでUNKNOWNへと手を伸ばそうとしているかのようだった。

 もうシノンの援護は必要ない。何とか5分前に勝負を決められた。安堵には早いが、下の島で炎を纏った竜の神の鉄拳をひたすら躱し続けるグローリーの元へとシノンは先に向かう準備をする。

 

『これで、終わりだ!』

 

 兜の傷をなぞる様にUNKNOWNが右手の片手剣を振るい、頭部へのダメージによって残り1ドットをあるかないかまでHPバーが減り、ついに兜が割れる。

 あと一撃を残すのみ。揺るがない勝利。

 

『…………え?』

 

 そして、UNKNOWNの動きが止まる。

 兜の向こうに隠された、狂縛者の素顔は、特にシノンにとっては驚くものではなく、また何の感情も揺れないものだった。

 

 

 

 

 

 そこにあったのは、アフリカ系の色黒の肌をした、白目を赤く染め、口からまるで水銀のような泡を吹いた男の顔だった。

 

 

 

 

『そん、な……エギ……俺は、ちが……ごめ……っ』

 

 トドメを刺すべき最大のチャンスのはずなのに、UNKNOWNは逃げるように後ずさる。

 

「何をやってるの!? 早くトドメを刺しなさい!」

 

 だが、シノンの声が届いていないのか、ぶらんと両手を下げたUNKNOWNは硬直し、その間にスタンから復帰した狂縛者が水銀混じりの唾液を撒き散らしながら、高々と斧を掲げる。ソードスキルの光を纏わせる。

 防御態勢も、回避運動を取る気配も無いUNKNOWNが頭から高火力の≪戦斧≫のソードスキルを、それも連撃系を浴びれば急所命中も手伝って一撃死もあり得る。シノンはスナイパーライフルを構え、スコープも覗かずに、命中することを祈ってトリガーを引く。

 あわや斧がUNKNOWNの額に潜り込んでアバターの頭蓋を叩き割る直前に、銃弾は狂縛者のこめかみを貫き、赤黒い光を飛び散らせる。それは血飛沫のようにUNKNOWNの白の仮面を染める。

 

『kikikikkkkkkkkkkkri........』

 

 斧を落とし、狂縛者の痙攣しながらその手をUNKNOWNの仮面に触れる。

 

『うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!』

 

 絶叫を上げ、UNKNOWNが膝から崩れ落ちる。何が起きているのか理解が追い付かないシノンは困惑するしかない。

 HPがゼロになった狂縛者の口から水銀のような、見ているだけで心が恐怖で蝕まれる液体が溢れだし、その身を覆っていく。まるで人間をバクテリアが貪っているかのように、その全身を喰らい、変質させていくかのように。

 

『ope...r...ati....on...patt,e,rn Ⅱ...kikikkkkkk』

 

 だが、狂縛者は水銀に抗うかのように指で顔を掻き、頭をつかみ、舌を突き出す。

 

『kikkkkkkkkkkkrikirririrrri...Le////g/////ggggg///二//io//**//////oooooo*****/////ゲ....pro////gra****staaaaaaaa......ロ!』

 

 水銀が荒れ狂う中で、シノンはUNKNOWNを、伸びる水銀の刃が貫くより先に狂縛者から引き離す。狂縛者の全身を覆い尽くそうとする水銀はUNKNOWNに伸びようとするが、それを狂縛者自身が押し留めるように叫び、やがてその身が圧縮され、出現した時と同様に地面の中へと消え去った。

 唖然とするシノンは理解が追いつけずにいたが、ともかく狂縛者という危機の中にあった危機が去ったと把握する。

 

『エギル、ごめん……どうして……ごめん、なんで……なんで撃った!?』

 

 剣を落とし、立ち上がることも出来ないUNKNOWNがシノンの服にしがみつく。STRの差、そして左腕が無いアンバランスもあり、シノンは無理矢理引き寄せられる。

 

『なんで撃ったんだ!?』

 

 エギル。それはあの狂縛者の『顔』を持つ者の名前か。シノンはUNKNOWNの、今にも心が壊れそうな悲鳴に危機感を募らせる。

 恐らく、あの狂縛者の素顔はUNKNOWNの知人なのだろう。大事な『仲間』なのだろう。

 どう声をかける?

 どう引き裂かれそうな心を繋ぎ止める?

 思考の時間は1秒未満。シノンはスナイパーライフルを捨て、右拳を握る。

 決してSTRが高くない部類のシノンであるが、避けるという思考が働いていないUNKNOWNの顔面に、大振りのアッパーが顎に突き刺さる。

 軽く2メートルほど垂直に宙を舞い、地面に背中から叩き付けられたUNKNOWNの声から苦悶が零れる。たとえ痛みはなくともダメージフィードバックと受け身も取らなかった落下衝撃は、十分過ぎるものだったはずだ。

 

「あなたを助ける為に決まってるでしょう!? 何を寝惚けた事を言ってるのよ!」

 

 こうしている間にもグローリーは追い込まれている。『神』を相手に、たった1人で、必ずシノン達が来ると信じて、死地に留まっている。

 言葉を選べ。シノンは我が身に言い聞かせる。一呼吸を挟み、冷静さを引き寄せ、シノンは倒れたまま動けないでいるUNKNOWNの胸に馬乗りになり、更に腹に1発叩き込む。

 

「後で全部聞いてあげるわ。泣き言だろうと何だろうとね。胸を貸してあげる。酒を飲んで喚きたいなら付き合ってあげる。だから……立って」

 

『…………俺は、エギルを、斬った。殺して――』

 

「彼を撃ったのは私。あなたは殺していない。それに、あの消え方は……まだ『生きてる』はずよ」

 

 おぞましい。それ以外の表現が出来なかった水銀に、UNKNOWNを殺したくないという一心で狂縛者が抗っていた。シノンにはそう思えてなからなかった。

 

「……ほら、立って」

 

 シノンは手を差し出し、UNKNOWNは震える手でそれを握りしめる。

 

「休みたいなら休んでて良いわよ、『キリマンジャロ』さん?」

 

 悪戯っぽくシノンは問う。もちろん、UNKNOWNが首肯する事は無い。剣を再装備し、グローリーのいる島へと向かうべく、縁へと進む。

 シノンもスナイパーライフルを再装備しようとして、もう残弾が1桁しかないのを見て、仕方なくハンドガンとナイフへと装備を切り替える。炎属性が売りのヒートナイフは竜の神には効果を発揮し辛いが、雀の涙も重なり続ければコップ1杯分にはなるだろう。

 

『助けてくれ、て、ありがとう』

 

「お礼は要らないわ。協働相手を助けるのは当たり前だし、今はグローリー☆ナイツの『仲間』でしょう?」

 

『……はは、そうだな。やっぱり、俺は誰かに助けられながら、前に進んでるんだな。うん、俺らしいよ』

 

「やる事はまだまだ残ってるわよ。時間はもうあまり無いわ」

 

 2人同時に島から跳び下り、グローリーの傍へと落下する。竜の神は依然として悠然としており、炎に燃え盛る拳を叩きつけては、まるで炎の嵐のように火柱を立ち上がらせる。だが、そのテンポは遅く、前兆として地面が赤熱するので冷静さを失わなければ、ここにいる誰1人として避けきれない事は無いだろう。もちろん、その炎の嵐の中でも竜の神は平然とブレスや尻尾攻撃を繰り出しているようなのだが、グローリーは赤熱する光の加減から火柱の順番を見切り、竜の神の格闘攻撃を同時に避けている。だが、ブレスまでは回避できるはずも無く、ご自慢の大盾は半壊し、もはや火球ブレスをノーダメージでガードする事はおろか、まともに受けるのも厳しい状態のようだった。

 

「ようやく到着ですか。遅刻ですが、許してあげましょう! フフフ、さすがは騎士たる私ですね! 5分と48秒も耐えました! この48秒はさすがに騎士ハートが軋みましたが……信じてましたよ、ランク3! それにランク9! 今度こそバトンタッチです!」

 

 HPがイエローゾーンで小さく点滅し、死が迫っているにも関わらず、グローリーの笑顔は曇らない。危機感を覚えない馬鹿という次元を超えて、この男は文字通り絶望を前にしても屈しない、騎士という称号に相応しい不屈の精神を持ち合わせているのだろう。

 強化ジャンプで去っていくグローリーを目で追いながらも、新たな『蠅』を前に、竜の神は拳の炎を猛らせる。

 

「時計の針は間もなく3分の1を回るわ。ご自慢の≪二刀流≫で残り5本HPバー、全部削り切ってもらうわよ。グローリーが頑張って随分と鱗を剥いでくれたみたいだし、空飛ぶトカゲの神様を捌くのはあなたの仕事よ」

 

『男の料理を見せてやるさ。期待しててくれ』

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 シャルルの森が炎に包まれる光景を1人の男が双眼鏡を手に観察していた。

 全ては『予定通り』に進んでいる。多くの不特定要素が絡んだが、計画に支障はない。

 男は背後に控えた部下たちに指示を送る。早急に『回収』と『潜入』の作業を推し進めるべく、自ら指揮を執ると伝える。

 

「畏まりました、ボス。既に我らチェーングレイヴ、シャルルの森への突入準備はできています」

 

 恭しくスキンヘッドの男、マクスウェルが頭を垂らす。

 

「まずはユウキの回収ですかぁ。あのコ、暴れる時は暴れますからねぇ。なんか【渡り鳥】にお熱っぽいし、『アレ』を使ってないと良いんですけど。あ、でも個人的には無茶してでも関係が進展していると弄り甲斐があるので嬉しいですねぇ」

 

 ヘラヘラ笑いながらも、その目元は引き締めたチャクラム使いのレグライドが拳を握る。

 

「3大ギルドも動き始めた。隠密かつ迅速に成すべきことを成す。傭兵との色恋沙汰など放って置くべきだ」

 

 猛禽類の尾羽が付いた赤い鍔付き帽子を被った男が、静かに現状に物を申す。

 

「……待て。誰が、誰に、何してるだと?」

 

 赤服の男の発言に、マクスウェルが聞き捨てならないと言わんばかりに睨む。

 

「え? もしかしてマクスウェルさん気づいてなかったんですかぁ? ほら、あのコ、最近【渡り鳥】の話ばっかりじゃないですか。アレってどう考えても――」

 

「……とりあえず、その話は後にしろ。胃がキリキリしてきた」

 

 コイツらには緊張感というものがないのか、と男は笑う。双眼鏡で肩を叩き、まるで定時前に最後の仕事を片付けると言わんばかりに、ポケットに手を突っ込んで歩き出した。




<システム・メッセージ>
主人公(真)のコミュが更新されました。
・シノンとの信頼度が上昇しました。
・ヤンデレ感染源がウォーミングアップを始めました。
・正妻が出番を要求し始めました。


それでは、175話でまた会いましょう。

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