SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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竜の神「まだだ! まだ俺は惨敗確定したわけじゃない! フロム系の全てのドラゴンの為にも、俺が意地を見せなくてはならないのだ!」

竜の神「今こそ……覚醒の時だ!」


Episode15-33 神殺しに捧げる

 竜の神の周囲で滞空する炎の玉からレーザーが射出され、接近を試みるユージーン、グローリー、UNKNOWNを迎撃する。

 レーザー自体は発射までに時間がかかり、また速度も無いので回避自体は容易だ。だが、その破壊力は決して侮れるものではない。こうしたスピードの無い攻撃は大抵が大威力に設定されているものだからだ。

 また炎の玉自体も視界に映るだけでも億劫になるだけの数が浮遊しており、竜の神という巨大なボスの周囲を完全にカバーしている。こうなれば、たとえ速度は遅くとも数で埋め尽くされて回避は困難だ。

 だが、5人の誰1人として、その表情に現状への絶望は無い。

 

「炎の玉を引きつける! シノンくんは左回り、私は右だ!」

 

「了解したわ!」

 

 炎の玉の性質は接近したプレイヤーを感知し、追い払うために執拗な攻撃を加える点にある。逆に言えば、感知範囲境界線ギリギリに居座れば、その分だけ竜の神から炎の玉を引き剥がし、アタッカーの3人のチャンスタイムが増えるという事だ。

 問われるのは回避能力と状況把握能力、そして空間認識力だ。数多に迫るレーザーの網の中を、何処のルートを通れば潜り抜けられるのかを、瞬時に判断し、更新し、実行し続けねばならない。

 それは言うなれば、縫い針の穴から穴へと細い糸を通し続ける作業だ。

 だが、シノンに焦りはない。焦燥感こそ胸の奥でジリジリと焚かれているが、それに侵蝕される事は無い。

 自分の仕事をまずは全うする。それだけを念頭に入れ、スミスの指示通りに左回りでシノンは竜の神の視界にチラつきながら、炎の玉のレーザーを集めていく。

 その間に接近を果たしたグローリーが、まずは1発とばかりに右足首に槍を叩き付ける。もはや、それは槍というよりも戦槌の使い方に等しいのだが、穂先が膨れた削り取る槍は戦槌の外観にも良く似ている。突きに比べれば火力こそ劣るだろうが、薙ぎ払い攻撃の1種として判定もされているはずだ。

 何よりも、グローリーの役割はもう1度鱗を剥ぎ取る事にある。彼の槍が命中する度に、竜の神の再生された鱗は傷つき、砕かれ、裂かれ、内部のブヨブヨとした結晶体が露わになっていく。

 竜の神自身の攻撃パターンは変わらず単調であり、拳を叩きつけ、尻尾を振るい、足下に到達したプレイヤーを踏み潰そうとする。いずれも一撃必殺級の威力を秘めてこそいるが、3人のトッププレイヤーは死を伴う鉄槌を避け、尾を跳び越え、連続火球ブレスを潜り抜け、確実に竜の神へと攻撃を加えて、炎の玉に攻撃を加えられるよりも前に離脱する。

 

『特効ダメージなのか? 通りが良過ぎる』

 

 その中でも、ダントツのダメージ量を誇るのがユージーンだ。彼の禍々しい赤紫の光がエンチャントされた重量型両手剣は、まるで豆腐でも裂くように、手応えすらも無いかのように竜の神を斬りつけていく。そこには鱗の抵抗があるとは思えず、またダメージも減衰された様子が無く、ほぼ素通りのようだ。

 UNKNOWNが驚くのも当然だが、そう言う彼もまたグローリーが鱗の亀裂を作る度に、ソードスキルを使っているのではないかと見紛うほどの高速連撃で傷口を広げ、結晶体を露出させていく。

 

「破壊天使砲を使います! 援護を!」

 

「あの強力な奇跡のことか? まだ温存しろ。UNKNOWN、貴様が鱗を剥ぎ取り、ヤツの防御の内側に奇跡を撃ち込むだけの穴を作れ」

 

 以前に太陽の光の翼を見たことがあるのか、ユージーンは渋い顔をして指示を飛ばす。迫る火球ブレスに対し、ユージーンは火蛇を発動させる。その火柱は火球ブレスを次々と下方から貫き、炸裂させて彼に到達するのを防ぐ。本来追尾性が売りの火蛇を防御に使い、なおかつ火球ブレスに命中させるタイミングに発動させるなど、度肝を抜く判断なのだが、この場の誰もが『その程度』で驚く事は無い。

 いや、正確に言えばシノンは驚く側にまだメンタルはあるのだが、UNKNOWNが散々常識破りを見せつけたせいか、すっかり麻痺してしまったと言うべきだろう。

 

(攻勢に衰えは無いし、ユージーンが加わったお陰で火力は大きく高まった。スミスさんも参戦してくれたお陰でレーザーも引きつけられる。でも……時間が足りない!)

 

 現在の竜の神のHPは残り3本だ。今のペースならば、じっくり時間をかければ、竜の神を撃破すること自体は可能だろう。シノンにはその確信が芽生えている。

 だが、時間が足りないのだ。間もなく時計の針は時刻版で言えば8時に到達するも、残された3本のHPバーの1本も削れていない。その最大の理由は、これまで竜の神に効率よくダメージを与えていた張り付きが出来なくなっている事だ。

 幾らスミスとシノンの2人がかりで炎の玉を引きつけようとも、その全てが竜の神から分散されていくわけではない。3人が踏み込めるだけの『濃度』を薄めても、張り付いて攻撃し続けるには、どうしても炎の玉が残り過ぎているのだ。

 そして、攻撃と離脱の繰り返しは走行距離を伸ばし、より大きな回避行動を要求され、スタミナが奪われていく。ユージーンはまだ余裕があり、回復したばかりのグローリーもまだ大丈夫かもしれないが、UNKNOWNは限界のはずだ。今はリカバリーブロッキングの回数を増やしてスタミナ回復にも費やしているが、竜の神相手には数を稼げず、また質量が違い過ぎて押し込まれてダメージを負いかねないのでチャンスが明らかに少ない。魔力を変換してスタミナ回復もできる≪集気法≫だが、それをすればスタミナの自動回復が停止する。即ち、1回限りの、撃破できるか否かの決定的チャンスで切るべき最後のカードなのだ。

 

「UNKNOWN、ペースを上げろ! 遅れているぞ!」

 

 汗を散らし、竜の神の炎の鉄拳を辛うじて両手剣が折られないように、肌を削り取る様に滑らせながらカウンターを決めたユージーンが叱咤する。直撃はせずとも、炎に炙られてダメージを受けた彼も普段と変わらぬ悠然かつ豪傑とした態度を崩さないが、決して余裕溢れて戦っているわけではない。だからこそ、無茶を承知で……ダメージ覚悟で攻撃を入れているのだ。

 せめて一撃。ユージーンとUNKNOWNが高火力ソードスキルを、そしてグローリーが弱点部位に奇跡を撃ち込めるだけのチャンスさえあれば、一気に覆せる。シノンは思考を巡らせ、1つの策を思い浮かび、ニッと笑う。

 撹乱に撤すると宣言したのは自分だ。片腕でナイフしかない自分に出来る事は囮だけだ。シノンは立ち止まり、呼吸を入れ、迫るレーザーの網を前傾姿勢で突破する。

 と、そこで右回りをしていたスミスがシノンの意図を察してか、援護するように彼女と同じように竜の神へと突撃する。

 

(炎の玉の感知は2種類。炎の玉自体に接近するか、竜の神に接近するか)

 

 恐らく、外観は同じでも優先感知が異なるのだろう。ならば、常に一定数が竜の神を加護しているのも納得がいく。

 ならば、竜の神に最接近した状態で回避し続けるしかない! 攻撃を完全に捨て、生餌となってレーザーを全て引き受ける。そうすれば、必ず竜の神に張り付けるだけのチャンスが生まれるはずだ。

 だが、飛び込むよりも先に竜の神へと熱を視覚化したような炎のオーラが集中していく。大地から溢れ、浮遊する島々に届き、竜の神に吸い込まれていくそれは、まるで何かをチャージしているかのようだった。

 恐怖心が絶叫し、シノンは接近ではなく回避へと思考を切り替え、強化ジャンプを発動させて一気に近場の島へと跳ぶ。そのコンマ数秒後、竜の神の口内から解放されたのは、直線ブレスという領域を超えた閃光だ。

 広大だった島が炸裂し、瓦礫へと変貌し、そのままブレスは地上に到達させて爆ぜさせていく。

 

「オーバーキルも良いところね」

 

 頬を引き攣らせ、シノンは攻撃の次元を超えたブレスに戦慄する。直線ブレスも直撃すれば即死確定だったが、あんな強力ブレスを受ければ、たとえガチガチに防御を固めたHP全快状態のタンクでも跡形もなく消し飛ぶだろう。

 竜の神が飛行し、手頃な島の上に降り立つと、瓦礫の中で飛び回り、新しい島へと強化ジャンプをするタイミングを狙っているグローリーに狙いをつけて口内より炎を溢れさせる。

 まずい! シノンは2度目の強化ジャンプで竜の神の視界に入ってブレスの矛先を変えさせようとするも、それよりも先に竜の神に赤紫のライトエフェクトの嵐が吹き荒れる。

 あの足場が崩れる状況で、強化ジャンプを駆使して竜の神に飛び乗ったのだろう。その背中に到達したユージーンが、ライトエフェクト自体に攻撃判定があるとしか思えない、長大な光の刃を纏わせた両手剣を振り回す。それは実に4メートルを超える刃渡りをユージーンに与えているようなものだ。竜の神にダメージを与え、ブレスの射撃を遅れさせるには十分だった。

 その間にシノンは強化ジャンプで竜の神に最接近し、飛行して後れを取った炎の玉を集めていく。破砕された瓦礫の、数十センチしかない浮遊する足場を巧みに使い、得意の3次元機動を取ってレーザーの囲いを抜けていく。

 ユージーンを振るい落とそうとする竜の神だが、その目に眩い光が絡みつき、視界が奪われる。複眼に直撃した閃光弾を撃ったのは、シノンが炎の玉を引きつける行動の中でより上方の島に移動し、そこから落ちながら竜の神の眼前を交差する瞬間にハンドガンを構えたスミスだ。シノンは初めて見たが、アレが噂のフラッシュガンなのだろう。ダメージこそなくとも、竜の神の行動を瞬間停止させるのは十分だった。

 

『おぉおおおおおおおおおおおおお!』

 

 シノンが炎の玉を集め、スミスが視界を奪い、その間に開かれた接近への道をUNKNOWNが竜の神と同じ島に降り立って突き進む。

 狙うのは、再びグローリーが剥いでくれた右足首だ。そこへと、ソードスキルの光を纏わせた両手の剣を迫らせる。

 繰り出されるのは突進からの8連斬り、それは深く竜の神の内部が露出した足首を削る。それは竜の神の姿勢を崩し、前方に体を倒させる。

 竜の神が両手を地面について咆え、足下で片膝をつくUNKNOWNを睨む。あの状態で燃費が悪い≪二刀流≫のソードスキルはUNKNOWNのなけなしのスタミナを奪い尽すには十分だったのだろう。

 逃げられない。竜の神が拳を振り上げるも、逃げる気配がUNKNOWNにはない。無様でも体を引きずってでも攻撃から逃れようとする意思が無い。

 何故ならば、シノンが切り開いた道を跳んだもう1人がいたからだ。

 強化ジャンプで浮遊する中で、奇跡を発動させ、まるで天使の翼のように両脇に3対の雷球を滞空させたグローリーは、最接近には至らなかったが、それでも狙える最高のタイミングで竜の神へと……倒れた事によって狙いやすくなった首裏の弱点へと狙いを澄ます。

 

「今、超必殺の、破壊天使ほぉおおおおおおおおおおおおおおおおう!」

 

 解放された合計6つにも及ぶレーザーとしか表現できない雷。それは寸分狂わずといかずとも、6発の内の4発が弱点部位に吸い込まれ、竜の神に絶叫を上げさせることに成功する。そして、その隙にユージーンが振り落とされそうになっていたところから体勢を取り戻し、見た事も無い回転系ソードスキルを放つ。それは命中箇所から亀裂を加えていき、竜の神の背中の鱗に甚大なダメージを与え、更には右翼の根元にまで到達し、千切り飛ばす。

 一連の最高火力級の連携。竜の神がいる島に降り立ったシノンはスタミナが危険域アイコンがあるのも無視して≪歩法≫のソードスキルを発動させて炎の玉を振り払い、UNKNOWNを回収して竜の神から引き離す。

 

「よく我慢したわね」

 

 もちろん、UNKNOWNがスタミナを回復させる≪集気法≫を使わなかった事だ。あの場面で『誰かに助けられる』ことを信じていなければ、スタミナ回復を使って自力で離脱したはずだ。

 信じてくれたのだろう。シノンではなくとも、この場にいる誰かが自分を助けてくれるはずだと、信じてくれたのだろう。

 

『信じ、るさ……シノンが来てくれるはずだって……信じない、はずないだろう?』

 

 スタミナ切れの影響か、息絶え絶えといった感じで、UNKNOWNは『誰か』ではなく『シノン』が来ると確信していたと発言し、思わず彼女は目を背ける。

 

「……そういう発言、気を付けた方が良いわよ」

 

 やや頬を紅潮させ、シノンはUNKNOWNを残された右腕で肩を担ぎながら、竜の神から引き離そうとする。だが、今にも千切れかけの右翼を舞わせ、竜の神は火球ブレスの準備を取る。

 ここに来て最接近しているグローリーやユージーンではなく、シノン達を狙うというこれまでのオペレーションパターンに反する行動を取った。

 

(あれは……『憎悪』!?)

 

 これまでの竜の神は典型的なAIだった。定められたオペレーションに従い、設定された攻撃パターンを取捨選択していく。シノン達、VRゲーマーが……いや、古き時代から多くのゲームプレイヤー達が相手にしていたAIそのものだった。

 だが、竜の神の複眼にシノンは『感情』が宿ったとしか言いようがない、肌寒さと共に襲う灼熱ような感情の熱を感じる。

 それはプライドを傷つけられた……『蟻』に膝をつかされたという屈辱。これまでシノンも幾度か出会った事がある、強敵の共通点でもある『意識がある者』の輝きだ。

 これまでの形だけだったとは違う、本物の殺意が乗った咆哮。それが一瞬ではあるが、この場にいる5人に神と呼ばれる者の圧力で動きを止めさせるには十分だった。

 グローリーがカバーに入るべく、大盾を構えて間に入ろうとするも、竜の神はそれを見越してブレスを堪え、大股で踏み込んで距離を縮めて強烈な蹴りを見舞う。それは彼の自慢の大盾を完全粉砕し、HPを7割以上消し飛ばして島の外まで放り出す。依然として張り付こうとするユージーンだが、スミス1人では担いきれない炎の玉が戻り始め、レーザーの嵐で追われている所に、これまでの定められた形とは違う、単発ではない連続パンチが上空から降り注がられる。

 咄嗟にユージーンは両手剣を頭上で盾のように掲げて回避しきれない1発をガードするも、そのまま押し込まれて地面にクレーターができた。

 

「うぉおおおおおおおおおお!」

 

 ユージーンの喉から猛獣のような叫びが漏れる。それはまるで彼の体内で燃料が一気に投入されたかのように、STR負けして押し潰される寸前で数秒のラグを生む。その間に事態を察したスミスが鱗が剥がれた足首に一撃を与えて竜の神の意識を逸らし、ユージーンは拳の拘束から脱する。STRの高出力化かもしれないが、あの巨体相手には僅かに持ち堪えられただけでも奇跡だろう。

 それは僅か10秒未満。たったそれだけで、時間制限を除けば完全優勢だった流れを一瞬で竜の神は塗り替えた。そして、今度こそシノン達を狙って火球ブレスを解き放つ。

 逃げられない。これまでのような単純追尾とは違う、シノンの逃げ場を奪うような連射ブレスの撃ち方は明らかな『思考』の産物だ。シノン達に必殺をもたらす為の自我が生んだ攻撃だ。

 ここまでなのか。シノンはせめてUNKNOWNだけでも逃がす術を探そうとするも、思い当たらず、迫る火球ブレスを忌々しく睨むしかなかった。

 だが、シノンの左側で爆発が起き、そのまま火球ブレスの範囲から飛ばす。

 片腕でしっかりUNKNOWNを抱きしめながら、大きく自分のHPが減る中で何事かと思ったシノンが見たのは……この場に不相応としか言いようがない姿だった。

 

「緊急時でしたので、ご無礼をお許しください」

 

 それはグレネードキャノンを両手で構えた、何をどう間違ってこの場にいるのか分からない、白と黒の仕事服……つまりメイド服を着た女性だった。

 

「御2人は回復と休憩を。ここからは我々が引き継ぎます」

 

 グレネードキャノン系の常として、再装填される機械が喉を鳴らすような金属音が響く。およそアンマッチした武器を構えるメイドの目にあるのは、まるで猛獣を殺処分するような冷徹な光だけだ。

 

「隊長、敵対象は通常AIアルゴリズムより逸脱。生体型モデルに進化を遂げた模様。危険度をAと認定します。回避優先で戦術を立ててください」

 

「残りHPは1本と半分か。上の時計は時間制限だな。なかなかに難題ではあるが、この戦力ならば火力に不足はないだろう」

 

 メイドの前に立ち、必殺の火球ブレスを外された怒りに燃える竜の神を相手に、涼しげな声を漏らすのはアーロン騎士装備の男だ。フルフェイス型の為に顔は分からないが、両手に【黒鉄刀】を握り、二刀流の構えを取る。

 竜の神が連続ブレスを放つ。だが、アーロン騎士装備は悠然と歩いて進む。そして、ブレスが直撃するより先に、彼の前に新たな影が割って入り、奇跡のフォースを使用する。

 強力な連続ブレスを受けるのは『黒』。

 その身に纏うは要塞とも思える重圧な甲冑。

 構えるは黒色の特大剣であり、同じく黒のタワーシールド。

 

「利かん。利かんぞぉおおお。それが攻撃とはな! 我らが【渡り鳥】ちゃんの攻撃は、もっと愛に溢れて重かったぞぉおおおお!」

 

 グローリーと同じ人外染みたボディバランスで衝撃による体勢崩しを乗り越え、タンク最高峰と謳われるプレイヤーは竜の神へと踏み込んでいく。

 

「聖剣騎士団円卓の騎士にしてYARCA旅団の旅団長! 【黒鉄】のタルカス見参!」

 

 ぞわり、とシノンはかつてブーメランパンツを着た変態集団を思い出して、これがアバターでなければ全身に湿疹ができるのではないかという悪寒に襲われる。

 いや、それよりも、どうしてここに彼らがいる? シノンとUNKNOWNは顔を見合わせるも、答えは出ない。メイド、アーロン騎士装備、そしてタルカス。この新たな戦力は歓迎すべきかもしれないが、ここにいる理由が分からない。

 だが、混乱を上書きするように、竜の神を銀色の旋風が襲う。それが高速斬撃だとシノンが気付いた頃には、グローリーが新たに剥がした鱗によって露わになった竜の神の腹に深い一撃が入り込んでいた。

 

「笑止」

 

 それは白色の和服を着た、DBOでも珍しい純和風の男。袴姿に長刀1本という目立つ姿でありながら、DBOにおいて『存在』を疑われる程に影が薄い、聖剣騎士団の団長であるディアベルの護衛にしてDBO最強のカタナ使い。

 

『あれが【真改】。実在したのか』

 

 思わずUNKNOWNがそう零すのも仕方のない話だ。シノンもその目でハッキリと見たのは、どういう訳か初めてのような気がする。何回か同じ戦場に立ったはずなのに、イマイチ意識に残らない天性の影の薄さの持ち主なのだ。

 炎の玉が舞い、レーザーが真改を追うも、タルカスが重たそうな体で駆けながら黒鉄の大盾を構えて突進し、炎の玉が分散されている。そして、変わらずスミスが撹乱を続けて炎の玉を引き寄せている為に、迫るプレイヤー達に十分な対応がしきれなくなり始めている。

 だが、『意識』と『自我』を得たらしい竜の神は、迷うことなく自分の足下へと、これまでしなかった直線ブレスを放出する。それは炎の拡散を招き、周囲を焼き払っていく。辛うじて真改は高速離脱するもブレスは彼を追い、そのまま盾を構えるタルカスへと炎を浴びせる……も、炎属性防御力が高い黒鉄シリーズとグローリーと違って本職タンクである彼はまるで怯みもせずに歩みを止めない。

 しかし、幾ら炎属性防御力に優れているとも、ダメージは僅かずつ入り続けている。このままブレス限界時間まで炎を受け続けるわけにはいかない。

 それを打破したのは、旋風と雷光。

 小型の片手剣の二刀流を振るい、鱗が剥がれた足首へと絡みついたかと思えば、クゥリのお株を奪うような即時に武器を収納させ、そのまま背負う特大剣のソードスキルを発動させる。≪特大剣≫の回転型ソードスキル【ギガント・ウインドミル】だ。回転斬りからの斬り上げ、更にそのまま振り下ろしに派生させる≪特大剣≫屈指の3連撃にも及ぶソードスキルだ。

 まさかの足下に忍び込んだ猛者。蟻の一噛み。それが竜の神のバランスを崩す。その間に雷撃としか言いようがない、太陽の光の剣でエンチャントを施した槍を手に、超スピードで背中を駆けあがったのは戦乙女。彼女は一切の容赦なく、相方がバランスを崩した瞬間を見切っていたかのように、それができると信じていたかのように背中を迷いなく登り切り、首の裏に槍を突き刺す。

 竜の神が絶叫を上げる。口から溶岩混じりの唾液……いや、吐血をして、その体が揺らぐ。だが、そこへと、まるで太陽を思わすほどに眩いソードスキルの光を帯びた突きが残された左翼の付け根に突き刺さる。

 

「うーむ、さすがに一撃では奪えんか! フハハハハ! だが、奇襲としては上々だ! 2人とも見事だったぞ! さすがは太陽の狩猟団が誇るラブラブカップルだ! ご褒美で最高レストラン付きホテルを予約してやるから、今夜は存分にイチャイチャして良いぞ!」

 

 剛槍を担うは、太陽の狩猟団のリーダーであり、そのカリスマ性で一大組織を束ねながらも前線に立ち続ける男、サンライス。

 

「だ、団長!? 何を言い出すんですか!? ぼ、ぼぼぼ、僕たちはまだ、その、清いお付き合いの最中でして!?」

 

 特大剣を背負い、サンライスと共に後退するのは、太陽の狩猟団で急成長中かつ多くの男性プレイヤーのヘイトを集めるラジード。

 

「……ラジード君のヘタレ」

 

 ぼそりと不満を漏らすのは、その美貌と強さでDBO内でも人気を集める女性プレイヤーの槍使い、【雷光】のミスティア。

 太陽の狩猟団の陣営のシノンも知る、サンライスは当然のこと、ギルド内外でも名声を集めているプレイヤー達だ。特にラジードは先の≪隻眼王ザリの記憶≫のメインダンジョン攻略・ボス戦の両方で多大な戦果を挙げ、その実力で主力メンバー入りを果たしたばかりだ。

 

「どうして……どうして、皆ここにいるのよ? どうして、これだけの戦力が――」

 

「話せば長いッスから、割愛すれば『サンライス団長が馬鹿やった』って事ッス」

 

 シノン達を満たすのは温かな山吹色の光。それが奇跡の中回復だ。シノンとUNKNOWNの双方を包み込み、完全回復とはいかずとも相応のHPを回復させる。

 振り向けば、そこには傭兵ランク最下位にして運び屋専門のRDがいた。彼は竜の神の威圧感を前に、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 協議はセサルの『茶番劇』を明かした事による3大ギルドの亀裂を拡大させるに至り、今後は直接的戦力の激突もあり得る方向へと流れが定まった。

 

(この事をどう報告すべきでしょうね)

 

 テントに備えられた簡易ベッドで横になり、ミュウはジャングルで全てが茶番劇とも知らずに暴れ回っているだろうサンライスを想像し、憂鬱になる。

 今回の1件を伝えれば、間違いなくサンライスは激怒するはずだ。彼は陰謀や謀略を認めこそするが、好む事は無い。ましてや、セサルが仕組んだのは3大ギルドの仮初めの友好を破壊するというものだ。今後も表面的な協力こそ続くだろうが、それでも傭兵たちに限らない、直接戦力による殴り合いに至るのは目に見えている。

 

「ミュウ様、ラジードとミスティアが報告に来ていますが、いかがなさいますか?」

 

 側近のルーシーがテントに入ると頭を下げ、来客の旨を伝える。ミュウはもうしばらく待ってほしい、という疲労が籠った弱音を押し込み、いつもと変わらぬスマイルで頷く。

 

「彼らを呼んだのは私です。通してください」

 

 簡素な執務デスクに腰かけ、ミュウはテントに入ってきた、太陽の狩猟団が誇る主力メンバー2人を迎え入れる。

 1人は戦乙女のような、清楚でありながら凛とした戦士の雰囲気を宿した槍使いのミスティア。そして、最近はソロで無理を繰り返して成長を続け、戦果で以って主力メンバー入りを認めさせたラジードだ。

 ただし、思想的にはミュウはミスティアを危険視している。彼女はサンライスがそうであるように、謀略を唾棄すべき物と考えている。清廉な戦士と言えば聞こえはいいが、組織を動かす汚濁のような油には馴染めない。最も、これは太陽の狩猟団の主力メンバー全体に平均して言える事だ。サンライスが選抜しただけあって、戦士としては一流でも、後ろ暗い闇には抵抗感が強い者は多い。

 これまでは、上手くミュウの直轄部隊と傭兵を使って彼らにはそうした太陽の狩猟団の『日陰』を見せてこなかったが、雰囲気は感じ取っていたはずだ。今回の茶番劇がこれまでの方針にも影響を与えると思うと、ミュウの頭痛の種は増えるばかりだ。何でもかんでも内部粛清を【渡り鳥】に依頼すれば良いというものではない。彼にはすでに2月に入ってから2人も死者の碑石で死因がバレないように、かなり回りくどい殺害方法を選んでもらったのだ。これ以上は粛清で主力メンバーを失う事も避けたい。

 

「失礼します、副団長」

 

 背筋を伸ばして起立したラジードのやや上ずった声に、ミュウは緊張する必要はないと微笑む。隣のミスティアは慣れたもので、軽く会釈をするだけだ。

 

「副団長、ご報告に参りました。顔色が悪いようですが……」

 

 決して関係は良好ではないと言っても、自分の組織を仕切る副団長の体調を気にしないわけにはいかない。あるいは、彼女が口に出す程に今のミュウは隠しきれない程に疲労がアバターによって表現されているのだろう。

 

「ご安心を。少し疲れが溜まっているだけです。それよりも報告を」

 

「畏まりました。ご命令通り、終わりつつある街を中心に治安維持活動を実施。暴動を起こしていた下部組織の中ギルド【アフタヌーン】の制圧を完了しました」

 

「正直、酷い状態です。連中は貧民プレイヤーを煽って、『現状は全て大ギルドが悪い』って吹聴していました。今はデモ程度で済んでいますが、未確認ですが、聖剣騎士団の鉱山が襲撃されたとの情報も入っています」

 

 事務的に報告するミスティアも、感情を露わにするラジード。2人を組ませて治安維持活動をさせて正解だった、とミュウは内心でほくそ笑む。

 どちらも真っ直ぐな性格をしているが、2人の方向性は異なる。ミスティアは社会的模範、道徳と法的秩序に基づいた『正義』を重視するタイプだ。逆にラジードは悪く言えば単純、良く言えば素直な心意気だ。

 石頭でもあるミスティアでは対応しきれない事態はラジードが、ラジードでは対応しきれない難題にはミスティアが処理できる。また、2人ならば決して悪印象を持たれることがなく、いち早く治安維持に尽力した太陽の狩猟団の評価は高まる。

 

(まずは1ポイント、といったところでしょうか)

 

 争奪戦では大負けしたが、それは1セット取られたようなものだ。何十点差で撒けようとも負け1つは1つに過ぎない。ならば、次のセットを取れば良いだけだ。

 

(反大ギルドのメンバーの割り出しはルーシー達に任せて、治安維持は……やはり我々の手ですべきでしょうが、殺害ではなく捕縛に拘りましょう。本当に危険な勢力は先んじて【渡り鳥】に壊滅してもらう。これがベストですね)

 

 その為にも、彼には何が何でも生きて帰って来てもらわねば困る。今回の混乱の元凶である補給部隊殺戮を担ったのは、ほぼ彼で間違いないだろう、とミュウは確信している。

 雇わなかったツケは大きかった、とミュウは溜め息を吐く。最近は汚れ仕事ばかり押し付け過ぎたか、とミュウは改善を促す事を決める。そうなると、粛清依頼の他にも多少真っ当な仕事を渡すべきだったかもしれない。

 

「副団長、外を見てください!」

 

 と、ミュウがようやく好転してきたと思った矢先に、部下が血相を変えてテントに飛び込んで叫ぶ。何事かと、ミュウは嫌な予感を募らせながら、ミスティアたちを伴ってテントの外に出た。

 そこで見たのは、空を焼き尽くす赤だ。

 それは炎。遥か向こう、森の中心部からだろう、吐き出され続ける灼熱の炎だ。ジャングルの外縁より吹き込む風は熱が籠り、思わずミュウは咳き込んでしまう。

 

「副団長、何が起こっているのですか?」

 

 未だに全てが茶番劇だった事を知っているのは、あの協議に参加していた大ギルドのトップの一握りだけだ。太陽の狩猟団で言えば、出席していたミュウだけである。

 ならば、この炎も茶番劇が呼んだ災厄だというのだろうか? ミュウは頭を巡らすも、今重要なのはジャングルに取り残されたサンライスの安否だ。

 騒然とする部下たちを諌めながら、ミュウは思考を巡らせる。報告によれば、ジャングルが中心部より燃焼し始めているようだ。全てを炭化させながら炎は拡大を続け、外縁部付近まで1時間とかからずに急速に拡大し、そこからの燃焼速度は極端に落ちているらしい。

 境界線となっているのは、シャルルの森を封印していたバリアだ。あそこから先は正式にはダンジョンと認定されていないのだろう。だが、炎の侵蝕があるところを見ると、時間次第では森の外にも影響を及ぼしかねない。

 

「最低限の人員と物資を残して引き上げの準備を進めます。後は、団長の救援部隊を……いえ、ですが……」

 

 ミュウは冷徹に、ジャングルの何処にいるかも分からないサンライスの安否を確認する為に、戦力を投入すべきかどうか悩む。

 だが、それも一瞬のことだ。どちらにしても、サンライスがいなければ太陽の狩猟団は瓦解する。ミュウは組織運営と知略にこそ優れていても、組織を纏め上げるだけの人望が無いのだ。ならば、この先の大ギルド同士の激突で太陽の狩猟団が内部崩壊するのは目に見えている。大黒柱を欠けた家屋は嵐に耐えられず、倒壊する運命にあるのだから。

 

「……ミスティア、撤退指揮を頼みます。私は部隊を編成し、団長捜索に赴きます」

 

「副団長!?」

 

 この判断は誤りだ。ミスティアもミュウらしくない、極めて愚かな選択に驚きの声を隠せない。あるいは、血も涙もないと思っていた女が、団長の為に死地へと飛び込む心情が理解できないのかもしれない。

 だが、ミュウは努めて冷静だ。冷静に、団長が欠ければ太陽の狩猟団に未来は無いと判断した。

 

「……でしたら、僕も行きます」

 

 と、そこで参加を申し出たのはラジードだ。だが、その目には死地に飛び込む決死の覚悟こそあれども、心中する気は微塵と無いという強い意思が宿っている。

 いつの間にか、駒の1つに成り得るかと引き込んだ人物が、思いもよらぬ成長を遂げている。ミュウは純粋に驚き、その成長は隣の少女……そして、常に災厄を振りまいていく白いカラスによるものかと思うと、苦笑が漏れそうだった。

 

「分かりました。でしたら、アタシも同行します。サンライス団長もですが、ミュウ副団長もまた太陽の狩猟団に無くてはならない御方です。それに……恐れながら、副団長のレベルでは、最前線級と言われるシャルルの森を生き抜けるとは思えませんから」

 

 そういえば、と執務に追われ続けたミュウはすっかりレベリングを怠っていた事を思い出し、自分のレベルが30で長い間止まっていたことを思い出す。いつの間にか、ダンジョンに潜る時間よりも、本部で書類と睨めっこする時間ばかりが重なり、死線に潜ることを忘れていた。

 

「そうですか。ありがとうございます。では、撤退指揮を別の者に――」

 

 

 

 

 

「フハハハハ! 今帰ったぞ、ミュウ!」

 

 

 

 

 だが、ミュウやラジード達の覚悟を大声で吹き飛ばしたのは、両手をブンブン振ってジャングルから帰還を果たしたサンライスだった。

 

「……あはは、団長らしいですね」

 

 思わず、ミスティアがそう零してしまうように、ミュウは肩を脱力させてうな垂れそうになる。

 出会った時から何も変わらない。DBOのデスゲームが始まった日を思い出し、ミュウは嘆息する。あの頃から僅かとして曇っていないサンライスの眼差しのままだ。

 サンライスの両隣には、ミュウの記憶にあるよりも血走った目をして『ニクニクヤサイニク』と繰り返すジュピター、そしてすっかり精神的な意味で疲弊したらしいエディラだ。どうやら彼らがサンライスを発見して連れ戻した……いや、あの様子から察するに、それを担ったのはエディラらしい。

 

「ご苦労様でした」

 

「雇われた身として当然の行為をしただけだ」

 

 素っ気なく返すエディラに、今後も彼を重宝しようとミュウは内定する。この手の仕事に対してドライに徹してくれる傭兵は存外貴重なのだ。

 2人の傭兵に帰還指示を出し、ミュウはサンライスをテントに招くと、水を豪快にがぶ飲みする彼から事情を尋ね……今度こそ腰を折って立ち上がれなくなった。

 

「というわけで、俺は迷子だったのだ! すまん! ユニークスキルの『ユ』の字にも関われなかった!」

 

「い、いえ……団長らしいですので」

 

 ならば、今日までの気苦労は本当に何だったのだろうか? 顔を覆って泣きたくなるミュウであるが、何にしても団長が帰還を果たしたのだ。他の傭兵達には悪いが、これ以上この場に留まっておくメリットは無い。

 それに、これが中心部の神殿から広がっている事態ならば、上手くいけば『彼』が情報を持ち帰って来てくれるだろう。その点で言えば、あの傭兵は仕事内容に捕らわれずに雇い主から報酬を引っ張り出す為に『利益』を持ち帰る優秀な傭兵だ。

 

「その件だがな、俺は帰らん! ユニークスキル絡みかは分からんが、変なソウルを入手した! コイツのお陰で炎から助かったのだが、入手した時とは違って新しい説明文が加わっているのだ!」

 

「それはどのような?」

 

「うむ! どうやらコイツはシャルルのソウルらしいのだが、『シャルルは神を殺し、神に至り、神となる事を拒絶した』というものだ! システムメッセージで12のソウルが開放された事と合わせば、ボスが出現したと見るべきだろう! ならば、俺が成すべきはボスの撃破! ここで手をこまねいて見ているなど性に合わん!」

 

 なるほど、ボスか。ミュウはセサルの企みにはやはり続きがある、と計算する。

 だが、ここにいる戦力で未知なるボスを撃破できるだろうか。仮にボスが出現したならば、今頃傭兵達の誰かが戦闘を行っているだろう。

 勝利の天秤はこちらに傾いているか否か。ミュウは見極めようとするより先に、サンライスの頑固な目に負け、溜め息を吐いた。

 

「分かりました。すぐに部隊を召集します」

 

「それでは遅い! この炎がステージ全体に燃え広がるのも時間の問題と見ていいだろう! ならば、早急にボスを撃破せねばならん!」

 

「ですが、戦力が――」

 

「あるではないか! ここには3大ギルドが結集している! フハハハハ! ならば、この辺りで3大ギルド合同でボス退治と行こうではないか!」

 

 本当にぶっ飛んだ思考を平然と斬り出す団長様だ、とミュウは腹にキリキリとした痛みを覚えるも、そこに愛おしさと羨ましさも同時に感じる。

 突拍子もないが、サンライスは馬鹿だからこんな事を言っているのではない。

 

「ミュウ、何があったのか知らんが、派手に祭りといこうではないか! ミスティア! ラジード! 俺について来い!」

 

 要はフィーリングだ。ミュウの、3大ギルドが集結しているこのテント地帯の、その雰囲気を感じ取り、何かよからぬ事が起きたと把握したのだ。そして、それを吹き飛ばす為には『お祭り』が必要だと感じたのだ。

 ボス戦を『お祭り』と考えてしまうのはサンライスが強過ぎるからこそだろう。ミュウは呆れながらも、打診の準備を進める。

 

「良いだろう。聖剣騎士団としてもこの事態は見逃せない。タルカス、それに真改の2人を戦力として提供するよ」

 

 意外にもあっさりと、今までとは違う暗い光を宿したディアベルはミュウの申し出を受け入れる。

 真改とタルカスを呼んで、わざわざ何を企んでいたのやら、とミュウは強敵が謀略の舞台に上がってきた事を感じ取る。情報によれば、聖剣騎士団より雇われたフィッシャー父子がシャルルの森に入ったともある。ならば、今ここで最高戦力を2人も集めた理由は何なのか、ミュウは気になるも、今は口出しをしない事にした。

 残るはクラウドアースだけであるが、ミュウが窺うまでも無く、アーロン騎士装備とメイドが、現行最高峰の地上系騎乗モンスターである【スレイプニル】を準備し、シャルルの森の前に陣取っていた。その中には、今にも泣きだしそうになりながらも、小切手を握りしめているRDの姿がある。

 

「クラウドアース理事長、ベクター様より伝言です。『我らクラウドアースの理念は調和。よって、ここに3大ギルド合同作戦を支援する』と」

 

 メイドの笑みに含まれていたのは、この言伝の本当の主はセサルという事だった。

 茶番劇で躍らせるだけ躍らせて、最後の最後に支援を申し出る。そこにいかなる策略が含まれているのか分からないが、騎乗系モンスターを準備していたという事は、こうなる事態も予測していたと言う事だろう。

 

(情報部を組み立て直す必要がありますね。今回の最大の敗因は情報不足です。また睡眠時間が減りそうですね)

 

「コイツらには俺の馬に誘導されるようにオペレーションを組んでます。騎乗スキル持ちの人が乗れば、後は俺にイニシアティブが回ってほぼ自動操縦になるはずッス。森は燃焼してほぼ整地されたようなものですから、最初の外縁部さえ突破すれば、後は一気に抜けられるッスよ。もしもモンスターが出た時には……まぁ、最悪落馬をかくごしてください」

 

 涙ぐみながらRDは説明を終え、合計4頭のスレイプニルの先陣を切る。しかも、彼の腰に手を回すのはミスティアでもメイドでもなく、ガチガチの筋肉モリモリのサンライスである。

 ちなみに他の馬にはタルカスと真改、ラジードとミスティア、アーロン騎士装備とメイドがそれぞれ騎乗している。

 

「では行って来るぞ、ミュウ! フハハハハ!」

 

 初日にジャングルに突撃した時と同じように、サンライスは森の中へと消えていく。それを見送った笑顔でミュウは、今度こそ後頭部から地面に倒れた。

 

「ミュウ様!? ミュウ様ぁああああああああああ!? 担架だ! 誰か担架を!」

 

 その後、ミュウが再起するまでに2週間の時間を要したのは、また別の話である。

 

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 ここに来て新戦力か。暴れ回る竜の神を相手に1歩も引かずに撹乱を続けるスミスは、煙草を揺らしながら、これだけの戦力が集結するのを喜ぶべきかどうか迷っていた。

 スミスは予感というものを信じない。信じて碌な目に遭ったことがないからだ。だからこそ、彼は理性で物事を判断する。知性を逸脱した選択には、必ずリスクが伴うと考えている。

 そして、今ここに来て、スミスの首筋には嫌な予感が蓄積していた。

 戦力が集まっている事自体は好転の要素だ。事実として、竜の神が『覚醒』を果たした一瞬の隙で、上位ランカー5人がかりの優勢は崩された。だから、時間制限的な意味も含めて、この戦力の追加は朗報だ。

 ならば、この嫌な予感が示すものはなんだ?

 既に竜の神のHPは最後のバーに突入する寸前となっている。ユージーンも無事に戦線に復帰し、UNKNOWNがスタミナを回復させる時間も出来た。何よりも翼を奪った事により、厄介だった空中移動をされなくなった事が大きい。

 

「いやぁ、絶景ですね! まさか3大ギルドの戦力まで集結するとは!」

 

 そして、この男は思考を深化させるタイミングで邪魔をしてくる。スミスは呆れと殺意を宿しながら、燐光紅草をもしゃもしゃ食べるグローリーを睨む。大盾を失い、削り取る槍1本にもなったにも関わらず、彼の顔から笑顔は消えていない。

 

「やはり、騎士は仲間を呼ばずとも呼び寄せてしまうものみたいですね」

 

 ウインクするグローリーに、スミスはどう返すべきか悩みながらも、本気でそうなのではないかとさえ思い始めていた。本当に、この男が言うように、彼の騎士道魂が事態を打破すべく、戦力を呼び寄せたのではないだろうか、と。

 と、そこでついに竜の神が最後のHPバーに突入する。いよいよ追い詰められた竜の神は、既に満身創痍だ。グローリーが剥がしにかかった鱗、翼を片方失い、そして目も右側が潰れている。それでもなお、これだけの戦力を相手に拮抗し続けられるのは、まさしくボスと呼ぶに相応しい。

 竜の神が咆える。全員が身構え、何が来るのかと思うと同時に、竜の神はあろうことか、自身の残されたもう1つの翼をもぎ取る。それがダメージを与え、HPを削り取る行為であるにも関わらず、力任せに翼を千切った竜の神は、その両手を地面に付けた。

 それが最後の選択か。スミスはプライドを捨てた神が最後に選んだのは、地を這う怪物に至る事に慄く。それと同時に時計の針が時刻版で言う9時を指した。

 

 

 

 

 

<強大なソウルは時を歪め、記憶を抜けて、あるべき時の流れに戻るだろう>

 

 

 

 

 その短いシステムメッセージと共に、頭上に大きな円ができかと思うと、それは鏡のような光沢を円内部に作り出し、1つの風景を映す。

 それは、終わりつつある街だった。

 ここに来て、スミスは本格的にスイッチを切り変える。

 ふざけた真似をする。スミスが想像した通りの事を、今この場にいる全てのプレイヤーが察したはずだ。

 時間制限以内に竜の神を撃破できなければ、この怪物が終わりつつある街のあるステージに解き放たれるのだ。そうなれば、どれ程の被害が出るのか、もはや想像する必要すらもない。

 更に駄目押し。先程強大なブレスの力を与えた大地から吹き出す熱が、竜の神の自傷行為で減ったHPを回復させていく。それは最後のバー1本分以上の回復をしないが、最後の最後に解放されたのは……鱗とHPのオートヒーリングだ。

 

「アハハハ……皆、馬鹿じゃないッスか? どうして、こんなバケモノ……いや『3つ』か? とにかく、こんな場所にいるべきじゃないッスよ!」

 

 それを前にしても、プレイヤー達は怯まない。むしろ、最悪の事態を回避する為に戦意を高めていく。ただ1人、RDだけは泣き言を漏らしているが。

 

「待て、今なんと言った?」

 

 だが、その言葉をスミスは拾い上げる。

 RDは自分が何と言ったのか、あるいは無意識だったのか、スミスの眼光が怖すぎるのか、ガチガチと歯を震わせて答えない。

 

「バケモノが……『3つ』?」

 

 目の前にいる竜の神の他に、あと2ついる? だが、それは何処に? と、そこで何故かグローリーが意味深に腕を組んで、フフンと笑っているのを見る。

 

「なにかおかしい事を言ったかね?」

 

「いえ、別に。私のような騎士には分かっちゃうんですよねぇ……これも『愛』の結晶ってわけですよ! この戦い、必ず私達の勝ちですよ!」

 

 その自信の源なんなのか、とスミスは問いたかったが、それを竜の神は許さない。

 もはや翼を捨て、四肢を使って駆ける怪物となった神は、その全身から結晶を生やし、最後の戦いに挑む。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 ゆらり、ゆらり、ゆらり、と。

 ゆらり、ゆらり、ゆらり、と。

 炎が舞っている。

 その光景はとても美しいけど、まるで燃え尽きる前の火の粉のようで、とても儚い。

 3つのソウルが門を開いてくれた。

 導かれる。とても悲しくて、寂しくて、辛くて、『痛み』に満たされた叫びの元に。

 

「ここで待ってろ。1人で決着をつける。オマエが死んでしまったら……きっと、悲しんでしまうだろうから」

 

 巨大な扉の前で、ここまで連れて来てくれた黒い狼に感謝を残し、震える右手で扉を押し開ける。

 そこは墓標。

 そこは霊廟。

 そこは炉。

 1つの黒い棺の上に腰かけるのは、目は空洞となり、口から火の粉を散らす1人の男。

 

「オマエが……シャルル、か?」

 

 男はゆらりと立ち上がり、炎を集めて剣に変えた。それは、いつかの幻を追いかけるような、そんな物悲しい殺意だった。

 何があったのだろう。

 彼の身に、何が起きたのだろう。

 聞いてあげよう。戦いの中で、少しでも語らうことができたなら、その『痛み』を受け止めよう。

 

「ごめんな。ゆっくり戦ってる時間は無いんだ。『アイツ』が……外で戦ってるんだ。だから……『力』を送っているオマエをぶち殺さないと、『アイツ』が苦労するだろうからさ」

 

 頂くのは3本のHPバー。

 それは神殺しを成した英雄の証か。

 

『我が名は……シャルル……火は継がぬ……ただ、陽炎のように……熱で揺らぐ、のみ』

 

 扉が閉まり、火の玉がゆらり、ゆらり、ゆらり、とシャルルの安息の地を照らす。

 

「ごめんなさい。オレが……あなたの眠りを妨げた。封印を解いた。だから……決着はオレがつけます」

 

 待ってろ、相棒。

 そうさ。『いつも通り』だ。

 オレが全力でサポートしてやるから、好きなだけ戦え。好きなように戦え。あの鉄の城でそうだったように。

 

「サインズ独立傭兵ランク41【クゥリ】だ。神殺しを成した者よ、その首……もらい受ける」 




地上:オートヒーリング&時間制限付き竜の神最終形態
神殿地下:お独り様VSシャルル

……一体いつから、主人公(聖女)が戦線離脱したと錯覚していた?

それでは、177話でまた会いましょう。

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