SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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投稿大幅遅れのスーパー言い訳タイム

1.予約投稿はばっちりだ!
2.間もなく投稿時間だ。誤字脱字が無いか最後のチェックをスマホでしよう
3.アカン。これアカン。それに後書きも書き忘れてる。
4.6時になって投稿されてテンパる
5.トチ狂って修正(削除)
6.……帰宅まで2時間以上、実質3時間あるね
7.そして伝説へ

というわけで、言い訳もそこそこに本編をお楽しみください。今回は少し時間が遡ります。


Episode15-34 再起

 ユウキに肩を借りながら、オレはとりあえず一息入れてからシャルルの森の脱出の算段を立てようと、炎の熱ですっかり焦げた遺跡群の瓦礫に腰かけた。

 右腕は動く。右手の開閉は痛み以外に問題は無いか。あるいは、痛覚情報が結果的に脳とアバターの仲介をする運動アルゴリズムの接続との繋ぎになっているのか、それは分からない。

 右足は脹脛辺りの肉が軽く吹き飛んでるな。止血包帯で隠されているが、ごっそりと肉が無くなって抉れている。どうしてこうなったのかはぼんやりと憶えているが、それよりも熱を帯びた痛みが酷い。それと肉が減ったお陰か、アバターにおける骨格と呼べる部分まで欠損しているのか、動かすのも一苦労だ。存外、左足の方が現状では幾分かまともだな。左足首は可動が上手くできないくらいだ。

 視界は……少し回復したか。相変わらずノイズが走ったりしているが、フォーカスシステムは最低限機能している。聴覚は……辛うじて周囲の音が拾えている程度か。それ以上は音が混ざり過ぎて砂嵐のような雑音にしか聞こえん。

 周囲の炎と熱だが、ユウキがオレから離れようとするとスリップダメージを受けた所を見るに、どうやらオレの……というか封じられたソウルの周囲にのみ、バリアのようなものが張られているようである。これは難儀だな。

 

「歩いて帰るのは、大変そうだな」

 

 幾らジャングルがすっかり燃焼したとはいえ、この距離を歩くのはしんどいな。なかなかに骨が折れそうだ。

 

「アリーヤの背中に乗って良いよ。ほら、毛が見た目よりふわふわなんだ」

 

「おお、確かに! 癖になりそうだな」

 

 ユウキの勧めでアリーヤの背中に顔を埋めると、黒狼は『野郎にモフモフさせる気はねーんだよ』と言わんばかりに睨む。まぁ、唸り声も上げないし、されるがままなのでその意思表示は丁重に無視するとしよう。

 

「というか、オレって≪騎乗≫持ってねーぞ。乗るにしてもペナルティがあるな」

 

「要らないよ? アリーヤとアリシアは≪騎乗≫無しでも乗れるんだ」

 

「……このワンちゃんチートじゃねーの?」

 

 黒色はチートの象徴なのだろうか? 顔をモフモフの毛に埋めながら、オレは抱き枕替わりにもなりそうなアリーヤに埋もれたくなる。

 

「まだ眠い?」

 

 アリーヤのモフモフを堪能したオレに、ユウキは優しく問いかける。さすがに瞼が重いオレは素直に頷いた。

 

「……ちょっとな。そういや、昨夜はほとんど寝ずにあの糞忍者と追いかけっこしてたか」

 

 まぁ、ザクロは忍者らしく途中で偽物と入れ替わってたんだがな。帰ったら、あの糞女も追わないといけないとは。癪だが、ミュウに調査を依頼するのが1番か。あの様子だと元通り傭兵業に戻るって事は無いだろうしな。

 

「オレはどれくらい寝てたんだ?」

 

「あんまり寝てないよ。えーと、15分くらいかな?」

 

 少し考えた後にユウキが返答する。冗談だろと言いたいが、この様子だと嘘ではないのだろう。15分も寝てたのか。我ながら呆れるな。

 

「寝過ぎた」

 

「は?」

 

「完全に堕ちてた。熟睡だ。15分間無防備で、しかも戦場で寝てたなんて、こんなのDBO始まって以来だな」

 

 普段は意識を尖らせたまま眠る。そうすれば、本能が警戒心を残してくれるから、危険が迫れば自然と目が覚める。『アイツ』は『なにそれ、ふざけてる』と抜かしてたが、睡眠PK上等だったSAO時代を考えれば当然の事だ。気絶やデバフの睡眠をカウントしなければ、オレはDBOに囚われてからコレを気にかけている。まぁ、限度もあるので宿屋とか家では多少警戒レベルを下げているが、ここまで眠りに落ちたのはかなり不味いな。

 

「クー、まずは生活改善しよう。全てはそこからだよ」

 

 ガッシリと肩をつかまれ、鬼気迫る表情でユウキは勝手にオレの生活方針を決定する。

 

「オレ程に健康優良体はいないと思うぞ?」

 

「言い訳無用だよ。どうせジャンクフードばっかり食べてるんでしょ!? 次にスキル枠を取ったら絶対に≪料理≫を取ってね! 約束だからね!? それと睡眠! DBOで1番大切なのは睡眠だから! 脳を休ませる事だから!」

 

 仮想世界で何食ってもメタボにならないし、糖尿病にもならないし、動脈硬化にもならねーよ……と言おうと思ったが、オレはファンタズマ・エフェクトの事を思い出す。心臓が止まるくらいだ。こちらでの思い込みで病気の1つや2つになるのも十分にあり得る。

 特に、オレの場合はどうにもファンタズマ・エフェクトの影響を受けやすい気がする。他に例が無いから比べる事ができないが、今回もかなり心臓にダメージが入った事を考えると、単に致命的な精神負荷を受容しただけではなく、オレの脳の体質自体がファンタズマ・エフェクトを引き起こしやすいのかもしれない。

 

「取らねーよ。≪料理≫なんて無くてもDBOの生活には困らねーし。欲しいスキルも――」

 

 と、オレは自分のステータス画面を見て愕然とした。おいおい、成長ポイントがとんでもない量溜まってやがる。しかも新しくスキル枠が2つ解放されているな。いつの間にかレベル60を突破してたとは。リザルト画面を見ないで消すもんじゃない。

 オレは少し悩み、2つの新しいスキルをユウキがよそ見をしている間に選ぶ。元から次はこの2つを選ぶと決めていたので迷いはない。後は成長ポイントの振り分けであるが、オレはその前にNの遺品を確認したかった。

 死神の槍。AIであり、自分の生き続けた意味を探し、そして見つけた死神の力の結晶だ。性能をチェックし、その破格の性能にオレは苦笑する。ユニークウェポンであるのだから当然だが、かなり強力な部類だ。そして、コイツを最大限に活かす為に必要不可欠なステータスがある。

 どうせ糞ステ呼ばわりされているんだ。オレは最終調整用のポイントだけを残し、望むままに割り振る。『アイツ』はSAOでレベルが上がる度に何時間もステータス画面と睨めっこしていたが、あんなに悩んで何が変わるんだか。まぁ、悩むのは愉しいけど限度があるだろうに。そこら辺がオレと『アイツ』のゲーマー精神の違いか。

 

「そろそろ行こう。帰って、しっかりご飯を食べて、もう1度ちゃんと寝よう。今のクーに必要なのは休息だよ」

 

「それに従う気はねーが、さすがに疲れた。さっさと帰りたいのは同意だ」

 

 オレの視線まで頭を下げたユウキに頷き、オレはアリーヤの背中に乗ろうとする。だが、ふとこの炎と熱……それが吐き出されているだろう神殿があるシャルルの森の中心部が気になった。

 傭兵達はかなりの数を殺した。ログを見せれば証明になるし、ベクターもオレが依頼を最低限以上に果たしたと認めるだろう。できればユージーンと合流してソウルを譲渡して神殿への道を開いてやりたいが、この状況では無理だ。

 

「…………嫌な感じだ」

 

 本能が牙を剥いて唸っている。神殿に『大物』がいる。大方ボスだろう。誰かが赴いているだろうが、苦戦は必至だな。オレには関係の無い話だし、ボス相手に撤退は恥ではない。

 だが、オレは足を止める。

 アイアンゴーレムを撃破したところまではそれなりに記憶がある。そして、何かシステムメッセージが流れた事もだ。ログを確認し、オレは自分の手でシャルルの封じられたソウル、その最後の1つを入手してしまったのだと知る。

 だとするならば、ボスを解放したのはオレだ。全てのソウルを解放してはならないと知っていたはずなのに。

 仕方なかった、と言えばそこまでだ。アイアンゴーレムが最後のソウルの持ち主だったなんて知らなかったのだ。オレに非は無い。有るはずが無い。

 

「ユウキ、今……中心部に誰が向かっているか分かるか?」

 

 オレの質問に、ユウキは少し困ったような、言い辛そうな顔をするも、渋々といった感じに口を開く。

 

「どうだろう。確証はないけど、お兄さんが……えと、グローリーって人が向かってるんじゃないかな。普通なら近寄らないだろうけど、あの人、なんていうか……」

 

「あー、全部言わないで良い。噂通りの馬鹿だったか」

 

 協働した事こそないが、かなり頭のネジがおかしいヤツだという評判は耳にしている。曰く、協働したヤツがブチギレて殺そうとするまでが様式美だとも。低ランカーを見下している訳ではないが、侮っている節があるのでオレと協働する機会は無かったんだが、やはり噂通りだったか。

 しかし、この口振りから察するに、どうやらユウキはグローリーと行動を共にしていたようだ。そうなると、チェーングレイヴと聖剣騎士団に繋がりが合って、ユウキがここに派遣されたのか? というか、そもそもユウキがいる理由は何だ?

 

「だから、多分シノンとおじさんも向かってると思うよ。それと……UNKNOWNも」

 

 続いた言葉に、オレは疑問が吹き飛ばされ、心臓が絞めつけられた。

 まずユウキがシノンと面識がある事にも驚いたが、UNKNOWNが彼女の口からこの場面で飛び出すとは思わなかった。

 ユウキの目的は『アイツ』と戦う事……あるいは、その先の殺す事だ。何にしても、【黒の剣士】を超える事が彼女の目的なのだ。だとするならば、目にした瞬間に戦いを申し込むものとばかり思っていた。だが、この様子からすると行動を共にしていたのだろうか。つーか、『おじさん』って誰だ?

 いやいや、それは無視して良い。そんな事はどうでも良い。重要なのはUNKNOWNが……十中八九『アイツ』だろう傭兵が、何処かの馬鹿のせいでボスに挑んでいるかもしれないという点だ。

 普段ならば、オレは気にしない。気にもかけない。『アイツ』は単独でボスを撃破できる、オレが知る中でも最高のプレイヤーだ。

 だが、炎と熱……そして、本能が慢心なく牙を剥く殺意の奔流。これがボスから流れ出たものだとするならば、かなり不味い相手だ。

 

「援軍がいるな」

 

 ぼそりとオレは言葉にして、認識する。

 全く、世話の焼ける相棒だ。ぐしゃりと前髪をつかみ、オレは苦笑する。取り越し苦労で終わればそれで良い。むしろ、確率的にはそちらの方が高いだろう。シノンとUNKNOWNとグローリーがいれば、並のボスならば撃破も可能であるはずだ。『おじさん』が誰なのか知らんが、ユウキの口調にはかなりの信頼があるようだ。だとするならば、相当の実力者と見るべきだろう。

 だが、これだけのギミックによる解放が求められるボスが一筋縄でいくはずがない。ましてや、Nが……死神部隊という後継者側からの刺客まで送り込まれている。後継者の狙いは【人の持つ意思の力】の体現者たる【黒の剣士】だ。

 ヤツは必ず動く。そして、考え得る限りでも最悪のトラップを仕掛けているはずだ。ならば保険が大いに越したことはない。

 

「クー?」

 

 不安そうに……いや、勘付いてしまったように、ユウキがオレの名前を呼ぶ。

 

「行く、つもり、なの?」

 

「ああ」

 

「止める気はない。ううん、ボクには止められない。クーがそれを望んでるなら。でも、現実的じゃないよ。自分の状態を見て。とてもじゃないけど、戦えない。戦える状態じゃないよ」

 

 正論をユウキは突き刺す。確かに、今のオレの状態はとてもではないが足手纏い以下だ。特にまともに歩けもしないのだ。これでは戦う以前の問題だ。

 オレは改めて左足首の可動をチェックする。右手で触り、その動きを把握する。続いて右足だ。こちらはラグ自体こそあるが、そちらは何とかなる。問題は脹脛の欠損状態か。肉と骨が飛ばされているのが原因だな。

 処置はできる。オレは今も痛みが脳髄を突き刺す中で、これから実行する事を想像して嘆息したくなる。だが、これ以外に思いつかない以上は決行するだけだ。

 

「ユウキ、少し後ろを向いてろ。ちょっとグロい事するから」

 

「嫌だ。見てるよ。クーが何をするのか……ちゃんと見てる」

 

 そうかい。だったら、しばらくベジタリアン生活確定だな。一切の迷いの無い、どうしてそこまでオレを直視してくれるのか戸惑いたくなるユウキの眼差しにたじろぎながら、オレはアイテムストレージよりナイフを取り出す。オブジェクトアイテムなので攻撃力は低いが、調理や蔦の切断、ワイヤーの加工などに使えるサバイバル仕様だ。

 続いてオレが選んだのは、柄だけになったライアーナイフだ。それをエドの砥石で耐久度を最大限に回復させる。

 

「そんな壊れた武器を何に使うの?」

 

「図工の時間さ。美術は嫌いだったが、図工は好きだったんだ」

 

 ワイヤーの先端をナイフで削って尖らせる。まぁ、こんなもんで良いだろう。オレは止血包帯を剥ぎ、赤黒い光が零れる右足を露出させる。皮膚と肉が吹き飛んだ傷口に指を突っ込めば、オレの脳を強烈な痛覚の熱と電撃が駆け抜ける。

 

「な、何してるの!?」

 

「『図工』って言っただろ?」

 

 だが、表情には出さない。ユウキに知られるわけにはいかない。涼しい顔をして、オレは赤黒い光を掻き分ける。その中で、他の部位よりも色が濃い部位を発見する。これがアバターの内部骨格だ。これまで『お喋り』でプレイヤーのアバターは解体し尽している。オレ達プレイヤーのアバターの内部には、繊細に頭蓋や肋骨といった人間の骨とも呼ぶべき部位が埋め込まれている。

 HPは……まだ余裕があるな。オレはナイフを傷口に押し込み、一気に傷口を広げる。眼球が飛び出すような、喉が痙攣するような痛みが産声を上げる。

 表情を動かすな! オレは奥歯を一瞬だけ噛み締め、口笛を吹けるような顔で開いた傷口の奥にライアーナイフの柄を埋め込む。そして、先端を尖らせたワイヤーを皮膚に、肉に突き刺し、荒々しく縫合していく。

 要は運動能力を阻害しているのは部位欠損によるバランスの崩壊だ。後は痛覚もあるだろうが、そちらは何とかなる。これで『補強』はできた。1回くらいならばギリギリ無茶もできるだろう。

 ユウキは口を押え、今にも顔を背けそうな顔をしている。だからグロいって言っただろうに。痛みで震えて精細さを失いかけた指を叱咤し、オレはワイヤーで傷口を強引に縫い付けていく。

 

「仮想世界はこういう時に楽だな。化膿や破傷風を気にする必要がねーし」

 

「そういう問題じゃないよ!?」

 

「そういう問題だ。1回だ。1回だけ全力で戦えれば良い」

 

 立ち上がり、オレは右足に尋常ではない痛みを感じて前のめりに倒れそうになる。

 堪えろ! この程度が何だ!? 痛みは生きている証だ! 震える膝を睨み、オレは倒れる寸前で踏み止まる。

 いける。オレはまだ戦える。全てのエドの砥石を使い、武器の耐久度を回復させる。深緑霊水を飲み、HPを回復させてオレは笑って見せた。

 

「ほらな。大丈夫大丈夫。どうせ痛みは無――」

 

「嘘。痛覚があるんでしょ?」

 

 全てを言い切られるより前にユウキに看破され、笑みが凍り付いたのをオレは理解した。

 さすがオレだ。伊達に元大根役者ではなかったか。やはり表情でバレてしまったのかと、オレは笑みを引っ込めて頭を掻いて視線を逸らす。

 

「バレてたか。まぁ、大した事無いから気にするな」

 

「クー、こっちを見て」

 

 だが、ユウキはオレの『逃げ』を許さない。顔をつかみ、無理矢理自分の方へと向かせる。

 そこには怒りもなく、悲しみもなく、微笑みだけがあった。虚を突かれたオレに、ユウキは涙を拭うように親指で頬を撫でる。そんなもの、1粒として流していないはずなのに。

 

「痛い時は……『痛い』って言っていいんだよ?」

 

「…………」

 

「他の誰にも言いたくないなら、ボクが聞いてあげるから。ボクだけが……キミの『痛み』を受け止めてあげるから」

 

 思い出したのは、聖夜にオレの傷口から膿を引き摺り出して、熱で拭ってくれたユウキの言葉だった。

 そうだ。オレはまた同じことを繰り返すところだった。何の為に誓ったのか。オレは変わるんだ。ここから変わっていくんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「痛い……です。とっても……痛い、です」

 

 

 

 

 

 

 零れた弱音と共に、『痛み』が和らいだ気がした。

 オレの吐露に、ユウキは安心したように頷く。だからそういう顔は止めろ。殺したくなるだろうが。

 

「最初の1歩だね」

 

「ああ、最初の1歩だ」

 

 今度こそ、オレは演技ではなく、ちゃんと笑えた。

 だが、ユウキは次の瞬間に悪戯を思いついたような顔をする。

 

「あ、でもクーはもうとっくにバラしてたんだよね。ボクと戦ってる時に、痛い痛い痛いって叫んでたし」

 

「嘘だろ?」

 

 恥ずかし過ぎて死にたいカミングアウトありがとう。オレはユウキの細い首を締めたくなる衝動に駆られる。

 

「本当だよ。だけど、自分の意思で、自分の心で、自分の言葉にして、誰かに伝える。それが大事なんだ。だから、これが『1回目』だよ」

 

 そういう事にしておいてやる。オレは溜め息を吐き、装備を確認する。回復アイテムはまだ余裕があるし、武器は奪い取ったものがある。

 何処まで戦えるかは分からないが、この事態を引き起こしたならば、オレが決着をつけるべきだろう。何よりも、『アイツ』がいるならば、オレが行かない訳にはいかないはずだ。

 そして、オレがこんな状態では保険の内にも入らない。そうなると、『数』が必要になる。というか、ボスは数を揃えて挑むものだ。ソロで挑むとか馬鹿のする事だ。

 

「オレは神殿を目指す。ユウキ、オマエはシャルルの森を脱出しろ。ソイツらを使えば、これだけ森が綺麗に燃えていれば、時間はかからないはずだ」

 

「嫌だ。ボクも一緒に行くよ。戦力としては、今はボクの方が有力だと思うよ?」

 

 腰の片手剣をチラつかせ、ユウキは強気で宣言する。確かに、ユウキの実力は間違いなくDBO最強クラスだろう。援軍としては一騎当千だろう。

 

「オマエは馬鹿か? 自分が何処に所属しているか、よーく思い出せ」

 

 だが、オレとユウキが一緒にボス戦に挑めない決定的な理由が存在する。

 

「何処って……チェーングレイヴだけど?」

 

 何を当たり前のことを言っているの、といった顔をするユウキが首を傾げる。コイツ、もしかしてオレ級の大馬鹿なんじゃねーのか?

 

「犯罪ギルドだ、犯罪ギルド! マスク無しとはいえ、バレる時はバレるに決まってるだろうが! そんなヤツがユニークスキル争奪戦どころか森全焼でボスさんがHELLOしてる所に居合わせたら、大問題に決まってるだろうが!」

 

 ユウキは言われてみれば、という顔をしてうな垂れる。理解してくれて何よりだ。

 だが、言葉にしたのは嘘だ。まぁ、半分くらいは本当なのだが、ユウキをボス戦に参加させたくない理由は別にある。

 

「だからユウキ。オマエは援軍を呼べ。外にはクラウドアースが控えているはずだ。オマエらチェーングレイヴとヴェニデにはパイプがある。だから、セサルにオレがボス戦の援軍を要請したと伝えろ。3大ギルドの戦力がそれなりに森の外には控えているはずだ。ソイツらを上手く動員すれば、ボス戦に戦力を呼べる。スピード勝負になるから間に合うかどうかは分からねーがな。提示する報酬は……『どんな依頼でも1つ無償で受ける』だ。これで納得しないなら数は3倍でも5倍でも増やせ」

 

 本当の狙いはこっちだ。ユウキはチェーングレイヴでもかなり上層部に食い込んでるはずだ。あのマクスウェルって野郎はそれなりに調べたが、チェーングレイヴの幹部クラスだ。それと繋がりがあるだろうユウキならば、セサルへの伝言もスムーズにできるはずだ。問題はセサルがベクターに働きかけるまでのタイムラグだな。ボス戦の報酬を餌にチラつかせれば、上手く事が運べば3大ギルドは纏まってボス戦に挑むだろう。

 馬鹿だな。オレは最高最悪の馬鹿だ。あのセサルに1番してはならない、心臓を明け渡すような報酬を提示するなんて、自ら死刑台の階段を上るようなものだ。

 それでも、今のオレでは何処まで戦えるか分からない。そうである以上は、『アイツ』に戦力を送る手はこれくらいしか思いつかない。

 

「……そこまで、必要なの?」

 

 拳を握るユウキに、オレは目を伏せる。彼女の、静かな怒りを感じる。それが何を根源にして燃え盛っているのか、どうしてもオレには分からない。いや、分かりたくないだけなのかもしれない。

 

「必要だ」

 

 もしかしたら不要かもしれねーがな。『アイツ』ならば、杞憂で済む確率の方が高い。そうなれば、オレは支払い損だな。まぁ、それはそれで良いさ。

 

「どうして? クーの得する事は何もないよ?」

 

「損得じゃねーよ」

 

「だったら……何?」

 

 何処までもユウキは喰らいつく。オレの口から『理由』を吐き出させるまで、それを聞かなければ動かないと言うかのように。

 正直、恥ずかしいから言いたくないのだが、今はスピード勝負だ。はにかみながらも、オレは率直に『それ』を述べる。

 

 

 

 

 

 

「オレは今も……『アイツ』の相棒で……友達でありたいって望んでるからだ」

 

 

 

 

 殺したい。

 その心臓に剣を突き立てて、敗北と死の恐怖で歪んだ『アイツ』の顔が見たい。その命を貪りたい。

 でも、そんな気持ちと同じくらいに、『オレ』が訴えているんだ。

 あの浮遊する鉄の城で共に戦い抜いた日々は嘘なんかではない。オレが『オレ』であり続ける『理由』になってくれたのは、他でもない【黒の剣士】だった。だから、『アイツ』の隣は心地良かったんだ。

 だから、これはケジメだ。オレは『アイツ』のアスナを奪われた事への悲しみ、そしてヒースクリフへの復讐心を出汁にして、自分の本質と本性から目を背け続けた。だから、オレがいつか『アイツ』と戦って、殺し合って、その時に追い続けた背中ではなく、真正面から『アイツ』を見据える為に必要な事だ。

 殺したい。でも、殺したくない。その時にならなければ天秤がどちらに傾くかは分からないが、オレは相棒として、友達として、1人のライバルとして、『アイツ』と戦いんだ。

 

「男の友情には敵わないのかなぁ」

 

 天を仰いだユウキが、そう呟く。そこには、何処かオレへの恨めしさも混じっているような気がした。

 

「何が?」

 

「何でもないよ。うん、その役割、確かに引き受けたよ。必ず援軍を呼ぶ。呼んでみせる」

 

 宣言するユウキに、オレはせめてもの餞別として、武装解除した不死鳥の紐を渡す。結った髪が解けて熱風で舞う。

 止血包帯が巻かれた右手で不死鳥の紐を握り、オレはユウキへの譲渡をシステムで申請した。

 

「持っていけ。オレの封じられたソウルは3つ。3つあれば神殿に入れる以上、ボス戦でも役立つかもしれないから渡せない。だから、炎属性のスリップダメージなら、コイツの炎属性防御力アップとオートヒーリングでかなり耐えられるはずだ」

 

「……要らないって言っても、渡すんだろうね。だったら、クーにはコレをあげる」

 

 そう言ってユウキが差し出したのは、彼女の首に下げられたチェーングレイヴのエンブレムのペンダントだ。

 

「【天霊石】を素材にして作成したものだよ。スタミナ回復速度を少しだけ早める効果があるんだ。本当に少しだけだから、役に立たないかもしれないけど」

 

 スタミナの自動回復速度を引き上げるのは、そこそこのレア度があるガード性能が低い【草紋の盾】やディアベルが主有するユニークアイテムの【戦い続ける者の指輪】がある。だが、素材アイテムでスタミナ回復を促すものがあったとは初耳だ。さすがにスタミナそのものを回復させるアイテムやスキルは無いが。そんな物があるならば、バランスブレイカーというかシステムブレイカーだ。ソードスキル連発のSAO戦術が可能になってしまう。

 しかし、どうやら、チェーングレイヴは単なる犯罪ギルドという訳では無さそうだな。これ程のアイテムを所持しているのはヴェニデと繋がっているからか? いや、早計だし、今は裏を読むべき時ではない。

 

「意味は分かるよね」

 

 ユウキは不死鳥の紐を受け取り、装備する。髪を結い、黒紫の尾を作る。オレはペンダントを下げ、懐に入れる。その冷たい、鎖が絡まった十字架のエンブレムに託された、彼女の意思を受け取る。

 

「安心しろ。この程度の苦境は慣れっこだ。心臓が止まっても戦い抜いてやるさ」

 

「そういうジョークは要らないよ」

 

「酷いわ、ジョージ! オレは遊びだったのね!」

 

「フフフ、ボクはキミを信じてるだけさ、キャッシー!」

 

「「HAHAHA!」」

 

 2人で英語風の演技っぽい笑い声を上げ、オレとユウキは、もう1度笑い合う。コイツも随分とオレの寒い即興に付き合えるようになってきたな。

 さて、そろそろ行くとするか。オレが1歩を進もうとすると、するりとアリーヤが背中に乗れというように姿勢を低くする。

 

「ここから徒歩じゃ無理でしょ? だったらアリーヤに乗って。ただし! アリーヤにはなるべくゆっくり行ってもらいます! そうしないと、ボクが援軍を呼ぶ前にクーが全部片付けちゃうからね!」

 

 指を立てて力説するユウキに、オレは仕方ないなといった調子でアリーヤの背中に腰かける。

 分かっている。これはユウキの気遣いだ。オレが納得して、少しでも休める時間を得られるような、彼女の優しさだ。否定するわけにはいかない。

 

「任せたぞ」

 

「任されたよ」

 

 これが最期になるとは絶対に言わない。オレは必ず帰る。必ず勝つ。できれば、戦わないで済むのがベストだろうけど、オレの本能はそれこそあり得ないと叫んでいる。

 

「ユウキ、ありがとう」

 

 アリーヤが走り出す。オレを振り落とさないように気を配ってくれている、緩やかな速度だ。

 眠りはしないが、目を閉ざしておこう。今必要なのは脳を休めておく事。次に脳に点火させる時は、生きるか死ぬかの戦いの時だ。

 

「そっか。オレ、眠れたんだ」

 

 あの抱擁の中で、虚ろな夢を見る中で、オレは全てを忘れて眠ることができたのだ。

 それだけで、今は十分だ。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 今にして思えば、一目惚れだったのだろう。

 彼は真っ白な髪をした、中性的な顔立ちをした人だった。

 人を惹きつかせるような赤みがかった黒の瞳を鎮座させる目は、荒み、澱み、薄暗い感情の渦で覆われていた。

 でも、その中でも決して折れる事が無いだろう『強さ』を感じた。

 今まで何人も似たような人たちと出会った事はあった。ボスもその1人だった。だが、これまでにない程に、背筋が痺れ、魅入られるように、その人に声をかけた。

 いざ戦ってみたら、楽しかった。心躍る、底知れない『強さ』の塊。歓喜した。これを超えることができれば、きっと【黒の剣士】を倒せるはずだと。

 狂気を感じるような、本気で自分を殺しに来てくれる、真っ直ぐに『命』という炎を奪いに来てくれる純粋な殺意の意思に、惹き込まれた。

 語らってみたら、戦っている時とは違う、口調は粗野を装っていても、心はとても穏やかな人物なのだろうという事がすぐに分かった。本人は気づいていないかもしれないが、好戦的な本性を心で無理矢理抑え込んでいるように思えて、少しだけ危うさを感じた。

 聖夜に再会を果たした。とても下手ではあったが、その旋律には慈愛と慈悲に満ちていた。でも、その歌声はまるで泣き叫んでいるかのように悲壮を滲ませていた。

 そして、『強さ』そのものだと思っていた人が……『強過ぎる』が故に折れる事ができず、傷だらけになって、ボロボロになって、膿が毒のように蝕んでいる姿を見て、自分が彼の表面だけしか見ていなかったのだと、自身を軽蔑した。

 愛おしさを覚えた。自分の胸の中で、涙も流さずに『痛み』を叫び散らす彼を、支えてあげたいと望んだ。

 それから普段の彼は少しだけ素直に、穏やかになったように見えた。誰もがそう思っていたようだった。でも、彼女には彼が『衰弱』しているだけにしか見えなかった。必死に自分を取り繕って、自分が抱える狂気と戦って、転覆寸前の船の縁でしがみついているようにしか思えなかった。もう『粗野で強気でデリカシーの無い傭兵』という『仮面』を維持できなくなっているだけにしか見えなかった。

 あのクリスマスに彼女がしたのは、膿を取り出しただけだ。傷口は今も残り、広がり、また再び腐り始めて新しく膿んでいる。依頼に出かける度に、彼の笑みに暗い影が増えるようになった。疲れ切ったような目に澱みが増した。

 だから、彼女はボスが『うっかり』零したシャルルの森の作戦に喰いついた。彼がシャルルの森に、傭兵同士の殺し合いに、クラウドアースの謀略で派遣されたと聞いて、黙っていられなかった。彼女の直感がここで彼に手を伸ばさなければ、もう取り返しのつかないことになると叫んだ。

 騎士を名乗る傭兵らしくない傭兵と『おじさん』に出会い、彼女は自分の本心と向き合った。

 どうして、彼の事が気になるのか。

 どうして、彼の傍にありたいと望むのか。

 どうして、彼の『痛み』を取り除いてあげたいと願っているのか。

 嬉しかった。同時に知りたくなかった。それは彼女がこの仮想世界に……死と狂気と恐怖が蔓延する世界に求めてはいけないものだった。

 彼の『力』を模した粗悪な怪物たちと戦った。ここまでハッキリと怒りという感情を意識したのは初めてだった。怪物の姿をして現れたのは、尚更に彼女の逆鱗に触れた。彼は誰よりも自分をバケモノと受け入れていながら、『人』であろうとしているのに、それを嘲って否定するような怪物たちが許せなかった。

 狙い続けた獲物だろう、仮面の傭兵に巡り合った。片腕とはいえ、その伝説的な強さならば、未だ不十分である自分ならば不足ないだろうと踏んだ。だが、片目を潰された女傭兵の説得に、彼女は乗る事にした。

 信じたかった。彼はよく『相棒』の話をしてくれた。彼にとって『相棒』との日々は誇りであり、掛け替えのない大切な時間だった事はよく分かっていた。だからこそ、仮面の傭兵が怪物たちの正体に気づいているはずだと信じたかった。そうでなければ、彼が哀れでならなかった。

 そして、狂える彼にようやく出会った。

 もはや戦えぬ身でありながらも『敵』を追い求める姿は狂戦士。だが、彼女には迷子の子猫が周りの全てに敵意を向けて、自分を傷つけようとする者を手当たり次第に攻撃しているようにしか見えなかった。

 ようやく止まった彼は眠りについた。全てに疲れ切った、戦いと殺しに満足したような、安らかな寝顔に、彼の本質が何処までも彼の心を苦しめているのだと理解した。

 目覚めた彼の、彼女へと抱く殺意の告白にこそ驚きこそしたが、それ以上は何も抱かなかった。むしろ、彼に殺されるのならば、それは自分の強さが彼を超えられなかっただけなのだから、強き者が弱き者に敗れる摂理の正しさに思えた。何よりも、彼女個人の為に作られた殺意は彼にとって特別な感情に思えて、くすぐったい様な心地良さすらあった。

 彼はあまりにも強過ぎた。だからこそ、自分を傷つける事を厭わない。傷つけられる事を恐れない。どんな時でも独りで戦える。それ故に、彼は【渡り鳥】という自由の称号を持ちながら、血の沼に足が取られて何処にも飛べない。

 見たいと思った。『変わりたい』と口にする彼が……いつか自由に、何にも囚われず、気ままな猫のように飛び回る白い烏となる所が見たいと望んだ。

 

「クーは本当に強いね」

 

 それが彼女の……ユウキの『祈り』だった。

 アリシアの背に乗り、ユウキは焦土と化した大地を槍が貫くように駆ける。

 

「絶対に無駄にしないよ。クーの覚悟を……絶対に無駄にしない!」

 

 ジョークだとユウキは断じたが、心臓が止まっても戦うというクゥリの覚悟は本物なのだろう。

 たった15分間だけの、ユウキに縋りつくように眠り続ける中で、彼女はクゥリの心音をその身で聞き続けた。

 それは……あまりにも弱々しかった。彼女だからこそ分かる。それは『死』に近づいていく、2度と浮上できない深海へと溺れていく、彼の生命が終わりに近づく証拠だ。クリスマスの時は冗談だと思ったが、クゥリは本当に1度心臓が止まったのだろう。

 

「アリシア、もっと速く!」

 

 燃焼エリアを抜け、まだ炎に呑まれていないジャングルの中に突入し、ユウキは自分のHPを確認する。スリップダメージは不死鳥の紐で随分と緩和されたが、それはユウキだけの恩恵だ。アリシアのHPは削られ続け、それを補う為に持ち込んでいた回復アイテムはほぼ使い切ってしまった。

 だが、ここから先はスリップダメージの影響はない。ならば、後はスピードに物を言わすだけだ。

 

(まずはボスと連絡を取って、ヴェニデに何とか条件を呑ませないと! でも、3大ギルドから戦力を纏めて派遣させるのは、クラウドアースだけで出来るかどうか)

 

 考えるのは後だ。まずはダンジョンエリアから脱し、フレンドメール機能を使えるようにする。もう間もなく外縁部に到着するはずだ。そこまで行けば、エリア上はダンジョン外に出る。フレンドメールも使えるようになるはずだ。

 

 

 

 だが、ユウキの道を阻むように、黒い礫の雨が降り注ぐ。

 

 

 咄嗟にアリシアがブレーキをかけ、ユウキは背中から放り飛ばされる。即座に受け身を取って着地するも、続いた森の木々の隙間から縫うように現れた人影の昆による連続突きに襲われ、頭部、肩、腹部、太腿を狙う攻撃を軽やかに避けると、最後にデバフをもたらす薬品が塗られているだろう死角から投擲された投げナイフの空気を切る音だけを頼りに抜いた片手剣で迎撃する。

 

「ツエーナ! オドローキ、ギョーテーン!」

 

 片言の日本語で、昆使いは嬉しそうにニシシと歯を剥いて笑う。

 

「ウルぴょん、久々に『お気に入り』を見つけたの?」

 

 葉が茂る木々の枝から飛び降りたのは、ウサギの耳のようなフードが付いたローブを着た女だった。その手に闇術の媒体だろう古ぼけたナイフを握っている。

 

「ウルガンとナナコ、だね?」

 

 牙を剥いて唸るアリシアに待ったをかけながら、ユウキは慎重に現状の把握に努める。

 

「あれれ~? もしかして、ナナコって有名人?」

 

「キミを捕縛する事がボクのお仕事の1つ。それだけだよ」

 

 こんな時に限って、とユウキは奥歯を食いしばる。

 シャルルの森に突入した理由は、ユウキとしてはクゥリが『忘れる』前に約束を果たす事だったが、チェーングレイヴとして与えられた任務は2つだ。それは1人の捕縛。そして1人の抹殺。

 

「【パペットガール】。死体を操れるらしいね」

 

「そうだよ♪ ナナコの闇術は――」

 

「そんな闇術は無いよ」

 

 ユウキの断言に、ナナコは予想外……ではなく、むしろ言い当てられて歓喜したように口元を歪める。

 闇術のプロフェッショナルであるマクスウェル。チェーングレイヴを切り盛りする彼は、ナナコに疑問を抱いていた。

 確かに闇術には死体に干渉するものがある。だが、それは撃破されたモンスターを擬似的に蘇生させ、闇の爆弾にする【生命の活性】という闇術であり、ナナコのように遺体を収集する事はもちろん、改造することができるものではない。

 

「持っているんだね? ユニークスキル【死霊術】を」

 

「……どうして、それを知っているのか、ナナコはとっても知りたいなぁ。スキルの名前はウルぴょんにも教えた事無いのに」

 

 自分の唇を撫でながら、ナナコは殺意を濃くする。だが、そんなものはユウキにとってそよ風のようなものだ。

 

「それよりも、どうしてこのタイミングで『邪魔』を入れてきたのかな? ボク、急いでるんだ。今なら見逃してあげるから消えて」

 

 片手剣を躍らせ、ユウキは殺意を尖らせ、刃に圧縮する。

 だが、背後から加わった足音が、ユウキの威圧など何処吹く風とばかりに彼女の背中へと斬りかかる。瞬時に反転し、襲い掛かっていた刃を片手剣で滑らせて軌道をズラし、そのまま手首を返して襲撃者を斬らんとする。だが、襲撃者はそれを見越していたようにバックステップで刃から逃れた。

 

「良い動きだ。殺す事に迷いが無い」

 

 襲撃者は分厚い……まるで巨大化させたような包丁を肩に背負い、顎を撫でる。

 

「さすがはクゥリを止めただけの事はある。だが、ここで狩らせてもらうぜ。アイツの邪魔はしないと言ったが、俺の邪魔者を消さないとは言ってないからな。お前は未来の虐殺者様には不要な存在だ。この辺りで露払いするのが『相棒』の役目さ」

 

 それはポンチョ付きフードを被った男。ボスが命じた抹殺対象。

 SAOで【渡り鳥】との殺し合いの果てに敗れ、死したアインクラッドを狂気に陥れたレッドギルドの長、PoH。

 

「ずっと見てたの?」

 

 3対1か、とユウキはアリシアにハンドサインを送る。もう間もなく外縁部だ。ならば、森の外に待機しているマクスウェルまではそう遠くない。アリシアだけでも先行させ、緊急事態である事を知らせねばならない。

 

「優秀な『目』を提供してくれた奴がいるのさ」

 

「……そう。クーが……クーが、あんなにも壊れかけていたのは、やっぱりお前のせいか」

 

 ボスが言った通りだった。

 絶対に会わせてはならない。PoHとクゥリが再会すれば、必ず事態は悪化する。

 

「壊れかけた? 違うな。アイツは迷子で袋小路に進んでたから、優しく『道』を教えてやっただけさ。むしろ、無責任はお前だろう? クゥリは『バケモノ』だ。それがアイツの本質であり、本性だ。なのに、必要以上に傷を増やさせる道を選ばせるとはな」

 

 時間が無い。これ以上の問答は不要だ。

 多人数戦は初めてではないが、このクラスの実力者を同時に相手取った事は無い。

 

「殺す」

 

 だから、ユウキは一切の、微塵の迷いもなく、簡潔に明言した。




ユウキさん、ブラックモードに突入です。

では、178話でまた会いましょう。

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