SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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コボルト王無双回の始まり始まり。

スキル
≪追跡≫:対象の足取りを追う事ができるスキル。
≪建設≫:簡素な建造物を作り上げることができるスキル。使用には素材系アイテムが必要になる。
≪耐寒≫:寒さへの耐性を高めるスキル。また、微量だが氷属性への抵抗力を高める。

アイテム
【棍棒】:原始的な木の棒。太い幹を削り、敵を殴り倒す為に作り上げられた武器。特別な力など何もないが、そのシンプルさに裏打ちされた威力は恐ろしいものになるだろう。
【商人の七つ道具】:商人にとって必須となる7つの道具。物を売買し、生計を成り立てる者を人は商人と呼んだ。彼らは時として羨まれ、妬まれ、憎まれた。
【由来の知れない竜の盾】:竜の鱗を用いて作り上げただろう、ほんのりと赤みかかった鉄のような色をした盾。鋼のように硬質でほのかに温かい。だが、これでも決して物語に名を残すような竜の鱗ではないだろう。それこそが竜の偉大さと恐ろしさを物語る。


Episode4-3 選択と犠牲

 その光景をディアベルは、まるでスローモーションで再生される映画でも見るかのように眺めていた。

 心よりも先に体が動き、放物線を描いて地に叩き付けられたダイヤウルフの元へと駆け寄っていた。

 胸の奥底の錆びた歯車が悲鳴を上げる。彼に近づくな。近づけば、お前は大事な物を失うかもしれない、と叫び声を上げる。だが、体に追いついた心は救いようがない仲間の最期を認めることができなかった。

 鎧が粉砕され、赤黒い光を舞わせながら倒れたダイヤウルフの上半身を持ち上げ、ディアベルは燐光草をその口に押し込もうとする。

 だが、ダイヤウルフは無言でそれを手で制した。彼自身が、ディアベルよりも、他の誰よりも、自分がもう駄目だと悟っているかのように。

 

「駄目だ。駄目だ、ダイヤウルフさん。貴方は……貴方は死んではいけない」

 

 俺は臆病者だ。自分自身の深淵を覗き込み、真実を探ろうともしない弱虫だ。ディアベルの目から涙が溢れ出る。

 ダイヤウルフは真っ直ぐだった。ディアベルの指揮能力をいち早く見抜いたのは、現実世界で教師だったからか、それともディアベルのカリスマ性に魅入られてしまった1人だったからか。

 だが、ディアベルには彼の評価など関係ない。弱い自分よりも、ダイヤウルフのような力強く他者を引っ張る人間がこのデスゲームには必要なのだ。

 神に祈る。どうか彼の代わりに自分を殺してくれ、と。だが、この世界に天上の神は存在する余地はない。支配するのは仮想世界の法則だけだ。

 

「頼む」

 

 これから訪れる死。それを呑み込んだ表情で、ダイヤウルフはディアベルの手を取った。

 何かが被る。

 ディアベルの脳髄で、封印していた、忘れようとしていた、目を背け続けた、あるビジョンがゆっくりと現像され、再生され、重なっていく。

 

「ボスを」

 

 かつて、ディアベルはダイヤウルフと同じだった。だが、彼と違うのは、自分が周囲の皆に力を示す為、リーダーとして確固たる存在となる為、焦りの余り、ベータテストからの変更点に気づけず、ラストアタックボーナスに固執して敗れた自業自得だった。

 ディアベルは敗北した。己の弱さに。既に自分を慕ってくれている仲間がいたにも関わらず、自分の能力を信じ切れず、より力を高める為のレアアイテムを欲した挙句に敗北した。

 

「斃してくれ」

 

 祈り。あるいは願い。それを告げ、無念そうにダイヤウルフは赤黒い光となって砕け散る。血にも似た光の中で、ディアベルは動けなかった。

 自分にその資格はない。臆病者である自分に、一体何を任せろと言うのだ?

 ディアベルは託された遺志を手に自らの闇に呑まれ、理解できない過去への恐怖と自らの迷いの中に囚われた。

 

 

Δ     Δ     Δ

 

 

 

 ダイヤウルフが死んだ。その事実を、意外な程にオレはすんなりと受け入れる事が出来た。

 これはデスゲームだ。殺し合いだ。ならば、仲間から一切犠牲が出ないなんて夢物語の方がおかしい。今回はたまたま悲劇的に指揮官が殺されてしまっただけの話だ。

 コボルド王の強化復活と共に追加で現れたボール型ロボットは、今までにない高機動を見せ、収束レーザーと拡散レーザーを使い分けながら攻撃してくる。完全に気が抜け、なおかつダイヤウルフの死の衝撃から立ち直れないでいるE隊は混迷にあるが、前線で戦うA~D隊は浮足立ち、完全にコボルド王のペースに呑まれていた。

 

「タンク前に出ろよ! こ、攻撃を防げ!」

 

「射撃隊援護してくれ! 早くぅ!」

 

「む、無理だ! まずは距離を……距離を取るんだ!」

 

 戦術も何もなく、ただ我武者羅に恐怖のままに攻撃を当てに行き、迎撃される。ザ・スカル・リーパーを背中に生やしたコボルド王は、タルワールを振るいながら、次々と辛うじて形を保っていた陣形を破壊していく。

 

「どうする? 加勢に行くか?」

 

「まずはコイツらの数を減らしてからだ!」

 

 相変わらず余裕がありそうなスミスは見てる分には頼り甲斐のある男だが、下手すれば薄情と思われかねない程に冷静だ。これが普段から生き死にを考えさせられているからこその冷静さならば、是非とも見習いたいものである。

 バトルアックスを的確にボール型ロボットに命中させ、怯んだところをスミスが銃撃する。言葉を交わしたわけではない、咄嗟の連携を組んでオレ達は1体、また1体とボール型ロボットを撃破していく。だが、いつの間にか1体増えているボール型ロボットの拡散レーザーが命中しかけ、コイツらが時間経過ごとに増える存在である事を知って思わず舌打ちした。

 

「うわぁああああああああああ!」

 

 そして、また1つ叫び声が増えた。

 振り返れば、恐怖のままに、リーダーを失って暴走したキングライガーが、あろうことかタルワールをその場に突き刺して鉄骨に持ち替えたコボルド王の叩き付け攻撃を浴びてしまった所だった。

 キングライガーのHPが一気にレッドゾーンに突入する。そして、そのまま鉄骨の下敷きになったままコボルド王は周囲の攻撃など物ともせずにその大きな足の裏で鉄骨を踏みつけた。加重により追加ダメージを受けたキングライガーは悲鳴を上げたまま、赤黒い光となって砕けた。

 

「お、落ち着いて! 落ち着くのよ! 一時後退……後退よ! ボス部屋の外に逃げるのよ!」

 

 レイフォックスの命令は正しい。確かにボス部屋と教会区画を繋げる扉は開いたままだ。このまま逃げれば、安全圏に入って窮地を脱する事が出来るだろう。

 だが、それはこの場において……

 

「悪手だな。副司令官が前線の維持ではなく、逃亡を良しとするなど」

 

 シミターで新たなボール型ロボットを切断したスミスの軽蔑した発言は、まさにオレの危惧した通りの展開を予見したかのようだった。

 最初に逃げ出したのは、最も安全な場所にいたはずの射撃隊だった。1人のプレイヤーが我先にとボス部屋の出口に向かって走り出す。それに続いて、本来ならば雑魚を始末して退却を支援せねばならないE隊の面々も戦う事を止めて逃げ出した。

 出口に群がるプレイヤー達をコボルド王は嘲笑う。まるで追う必要もない、袋の中で暴れる鼠を見るかのように。

 

「駄目だ! 出口に近づくなぁああああああああ!」

 

 邪悪な罠の気配を感じ取ったオレは、喉が裂ける限りに警告した。だが、逃走以外は頭にない逃げ出したプレイヤー達の耳には届かない。そして、最初のプレイヤーが出口に辿り着いた時だった。

 激しい雷撃。それと同時に彼は弾き飛ばされる。そして露わになったのは、まるでバリアのように出口を覆い尽す半透明の壁だった。

 

「そんな……出口が」

 

 ギリギリで足を止め、バリアとの激突を避けたプレイヤーが肩を落とし、その手に持つ弓を手放す。それから1秒遅れで彼はミンチとなって赤黒い光になり、この世から消え去った。コボルド王がタルワールで燭台の1つを切断し、ザ・スカル・リーパーがそれを咥えて体を鞭のようにしならせて投擲したのだ。その質量攻撃は元々HPの低かったDEXとTECにポイントを振った弓兵のHPを奪い尽すには十分だったのだ。

 これで3人目。だが、オレはまだ加勢に向かうことができない。E隊が抜けた事によりボール型ロボットは縦横無尽にボス部屋を飛び回り、攻撃を仕掛けている。それを1体でも多く斃さねば全滅は免れない。

 だが、コボルド王の猛攻は終わらなかった。今まで遠距離攻撃がなかったコボルド王だが、ザ・スカル・リーパーはまるでゲロのようなものを砲弾のごとく放つ。それはタンクとして仲間を守ったグリズリーや、恐怖の余り逃走していた幾人かのプレイヤーに直撃する。幸いにも火力は低いが、ここに来て距離を取っても攻撃できる手段は辛い。

 

「恐れるな! 俺が攻撃を全て受け止める! たった2本……2本だ! 奴のHPバーを削り取れ!」

 

 リーダーの死にも、仲間の死にも耐え、グリズリーは大盾を構えて鈍足ながらもコボルド王の猛攻を受け止める。だが、それもスタミナが切れるまでの話だ。早く陣形を立て直さなければならない。そして、それができるのは1人だけだ。

 

「ディアベル! 陣形を……陣形を立て直して! 私とグリズリーさんで時間を稼ぐから! ツバメちゃんは射撃援護をお願い!」

 

「は、はい! 分かりました!」

 

 泣きながら矢を放ち続けるツバメちゃんに支持を出し、シノンがついに弓兵にとって致命的な近距離ギリギリの間合いで射撃攻撃を開始する。だが、矢の尽くをザ・スカル・リーパーが迎撃し、最もダメージ効率が良い頭部への命中がなかなか決まらない。しかし、火炎属性と距離を詰めたお陰か、今まで減った様子がなかったコボルド王のHPが僅かに減少する。

 そして、ここに来てコボルド王は攻撃の手を緩め、まるで距離を取るようになる。その姿はシノンを恐れているかのようだが、その顔はむしろ何かを待っているかのような不気味さを宿している。

 

「A隊とC隊は後退して回復を。B隊は、えと……とにかく囲んで攻撃するのよ! D隊とE隊は雑魚をお願い!」

 

 未だ動けずにいるディアベルに代わり、レイフォックスが指揮を執るが、とてもではないがディアベル達には及ばない。しかし、それでも彼女の声に縋って辛うじて陣形を取り戻し始めるのは、プレイヤーの生存本能が成す業か。

 だが、今回はそれこそが最悪だった。ようやく形を取り戻しつつあったレイドの中で、幾人かのプレイヤーに変化が生じ始めた。

 

「うぎぃ!?」

 

「せ、背中がぁああああ」

 

「体が勝手にぃ!?」

 

 それはザ・スカル・リーパーのゲロ攻撃を受けたプレイヤー達だった。彼らの背中が一様に盛り上がり、不気味な白骨の寄生虫が姿を現したのだ。そして、寄生虫を宿したプレイヤー達は混乱状態にあるかのように、周囲を闇雲に攻撃する!

 ここに来て、ついにオレとスミスは自らの役割を放棄した。まさかの仲間の攻撃に対応できないプレイヤー達を救う為だ。

 

「うわぁあああああああ」

 

「ひっ!?」

 

 絶叫をあげながら仲間を襲っている槍持ちのプレイヤーの攻撃を捌き、ギリギリでレイフォックスの首に命中しそうだった穂先をバトルアックスで弾く。何とか全体指揮を執ろうとしていた彼女だが、このまさかの事態に完全に頭がフリーズしたのだろう。涙を流して無様に怯える事しかできていない。

 

「1……2……3の4、5人か。糞ったれが! シノン、コイツらに『これ』は効くか!?」

 

 そう言ってオレが槍持ちプレイヤーの攻撃を防ぎながらアイテムストレージから出したのは、シノンに言われて購入しておいて対寄生虫アイテム【黒油の果実】だ。これは以前シノンが言ったように、虫下しの効果がある。

 だが、ほぼ1人でコボルド王の攻撃を一手に引き受けるシノンに答える余裕はない。ならばと、オレは小さい黒色の果実がたくさん入った袋をその場に落とし、中身を掴むと槍持ちプレイヤーに向かってばら撒く。幾つかは口内に入り、その激マズの味でプレイヤーの顔はおぞましいものになるが、寄生虫が消え去る様子はない。

 まるで効果がないのか、あるいは数が足りないのか、オレはもう1度黒油の果実を左手で多量につかむと、槍の一撃をあえて腹で受けて攻撃を止め、そのまま体を槍に押し込んで寄生されたプレイヤーに近づくと口の中にたっぷりと黒油の果実を押し込んだ。

 

「うげぇえええええええええ!?」

 

 体をくの字に曲げ、その場に倒れたプレイヤーの背中から寄生虫が音を立てて砕ける。

 良し! 大量に食わせれば寄生されたプレイヤーを解放する事が出来る。貫通状態にあった槍を引き抜き、オレは燐光草を食んで失われたHPを回復させる。

 

「無茶をするな、君は」

 

 一方のスミスは曲剣持ちと戦い、シミターで背中から張り出した寄生虫本体を攻撃する。寄生虫にもHPがあるらしく、本体ならば攻撃も有効のようだが、同時に寄生虫が減った分だけ寄生されたプレイヤーのHPも減る。

 

「駄目だな。寄生されたプレイヤーを回復させながらでなければ、寄生虫を除去する事はできない」

 

 ならば有効手段は黒油の果実だけとなるが、それはつまり、闇雲に周囲を攻撃するプレイヤーの動きを拘束し、その口に多量の黒油の果実を押し込まねばならないという事だ。それをボール型ロボットやコボルド王の猛攻を避けながらせねばならない。

 

「無茶だ。無理に決まってるだろーが!」

 

 そして、最悪とは存外底が見えないものだ。ただでさえ危機的な状況であるにも関わらず、コボルド王を抑えていた2人の内の1人、グリズリーにも変化が生じた。

 大盾で防いだ為、寄生を免れたかとも思ったが、どうやらそれは早合点だったらしく、もがき苦しみだした彼の背中に例の寄生虫が現れる。

 

「シノン! グリズリーから離れろ!」

 

 だが、コボルド王に集中しているシノンはグリズリーの変化に気づけていない。オレの声が届いたか、横目でグリズリーを確認した時には既に遅く、彼女は彼が持つメイスの餌食となっていた。

 破壊力に特化した、恐らくはH6(重量6)のメイスだろう。STR特化のグリズリーの攻撃は、ただの横振りで軽装かつHPが少ないシノンのHPを3割削る。床を滑りながら転倒し、その過程で弓を落としてしまったシノンはふらつきながら立ち上がる。

 だが、混乱状態にあるとは思えない程に機敏に、グリズリーは最も近くにいるシノンへと突撃した。

 

「どうすれば良い?」

 

 オレは気づけば駆け出していた。

 

「どうすれば良い? どうすればこの危機的な状況を脱することができる?」

 

 オレは気づいていた。本当の解決策など、既に思いついていた事に。

 

「どうすれば良い? どうすれば良い? どうすれば良い?」

 

 ああ、そうさ。分かっていた。もはや戦線は崩壊だ。全てが死にかけだ。オレ達は無様に死を待つだけの兵士だ。

 糞喰らえ。オレは生き残る……いいや、コボルド王を殺し、勝利をもぎ取る。その為にすべきことは分かっている。

 シノンは咄嗟の回避ができず、メイスを短剣で防ぐも、重量特化のメイスの、それもソードスキルを発動した攻撃に耐えきれず、短剣は折れてシノンは壁に叩き付けられる。

 

「逃げて……逃げてくれぇえええええ!」

 

 短剣で防いだお陰でダメージを軽減できたが、HPがついにレッドゾーンに達したシノンにグリズリーはその右手のメイスを、今まさに殺そうとしている彼女に対しての叫びと共に振り下ろした。

 

 

Δ    Δ    Δ

 

 

 死は突如として訪れる。シノンは叩き付けられた衝撃に呻く暇もなく、今まさに自分の命を叩き潰そうとするメイスを見上げていた。

 

(そんな……嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! こんなところで死ぬの? こんな場所で……何も成せないまま、『強さ』を得られないまま、殺されるの?)

 

 非情な現実と言えばそこまでだ。

 だが、シノンは拒絶した。死を拒絶した。

 彼女の中で蘇ったのは、あの日だ。あの日、自分の手の中にあった人の命を奪う鉄の塊だ。

 血が彼女を狂わせた。異常なまでの恐怖心を植え付けた。それに抗うべくGGOに赴き、仮想世界での戦いに身を投じた。だが、その果てにあったのは死銃事件という、現実世界の死が仮想世界を侵蝕するものだった。

 そして、彼女は新たな戦場を求めた。それがダークブラッド・オンラインだった。

 今までのVRMMOとは異なる本格的にダークで荒廃的な世界観とPK推奨の問答無用の戦い。それが自分に新しい力を与えてくれるとシノンは信じた。

 だが、それがどうだろうか? 待っていたのは、死銃事件より悪質なデスゲームだった。必死になって、『強さ』を求めて、それでもデスゲームを生き抜こうとした1ヶ月半は何だったというのだろうか?

 もはやシノンには分からない。だが、不思議とGGOの頃よりも充実していたような満足感があった。

 それは仲間がいたからだろうか? GGOでも臨時のパーティを組む事は少なくなかったが、1カ月半も寝食を共にし、命を預け合ったような仲間はいなかった。現実世界にも仮想世界にも、そこまで信頼と信用がおける存在はいなかった。

 

(ああ……ちゃんと言えば良かった)

 

 後悔は青の騎士と純白の戦士への想い。

 いつも素直になれなかった。いずれ離れ離れになる、ソロとして戦っていく為に自分の手で解散するパーティに、いつしか固執し、自分の居場所を求めている事を認める事が出来ずにいた。

 彼らは大切な仲間だ。だからこそ、1カ月半もの間、シノンは何ら怯える事無く戦う事が出来た。

 ダークライダー戦の時、ディアベルは何度もシノンを窮地から救ってくれた。クゥリは自分の危機に我が身も鑑みずに助けに来てくれた。

 ありがとう。自分を見捨てず、常に仲間として一緒に戦ってくれて、ありがとう。シノンはその全てをせめて最後の一言に残そうとした。

 

 だが、彼女の祈りは仮想世界の火花によって焼き尽くされる。

 

 金属と金属の激突。≪戦斧≫の単発ソードスキル【グラインドベア】の切り上げが、グリズリーのメイスを弾き返したのだ。

 本来ならばSTR値の関係上グリズリーのソードスキルを完全に押し返すなど不可能のはず。だが、『彼』はラビットダッシュと併用した二重ソードスキルでその不可能を可能にした。

 純白のロングヘアを舞わせ、『彼』はまるでシノンを守るように立つ。

 

「……クー」

 

 思わずシノンは彼の名前を口にする。そんな暇があるならば、一刻も早くこの場から脱せねばならないというのに。

 結果としてそれは小さな正しさと大きな過ちを彼女に与えた。

 一瞬だけ振り返ったクゥリの顔を……いや、その目を見た瞬間、シノンは呼吸を失った。

 ああ、そうだ。彼女はこの目を1度見ている。だが、あの時よりもずっと濃い『何か』によって支配された、まるで蜘蛛のような……獲物を一方的に狩る捕食者のような目をしたクゥリがそこにいた。それは彼女の中にあった、ようやく形を持ちつつあったクゥリへの正の感情を根こそぎ吹き飛ばした。

 それ程までの恐怖がシノンを蹂躙した。

 だが、同時にシノンの目から流れた涙の1滴が示すのは、そのおぞましい純白の恐怖に対するものではなく、あの時と同じ……クゥリのPKKを止めようとした時と同じ、哀れみに近いものだった。

 

「見るな」

 

 小さくだが、確かにクゥリはこれから成す事をシノンに警告する。自分のようにはなるな、とシノンに優しく教示するかのように。

 既にグリズリーのHPは4割を切っている。あの猛攻の中でタンクとして攻撃を防ぎ続けた彼のHPに余裕はない。なおかつ、先のソードスキルによってスタミナ切れを起こしたのだろう。グリズリーは空気を求めて水面に顔を出しているかのように、荒く呼吸を繰り返していた。

 スタミナ切れの状態では全てがクリティカル扱いになる。かつてシノンは、そうクゥリに教えた。

 こんな状態で『それ』をすれば、いかなる結果になるのかも想像できていたはずだ。それでも成すのは、彼が僅かな奇跡に縋ったからか、それとも最初から覚悟の上か。

 

「悪いな、グリズリー。もうお前らを無力化するには、『コレ』しかない……いいや、違うな。『コレ』が1番手っ取り早いんだ」

 

「嫌だ。やめ、俺には……お、俺には娘が待っているんだぁああああ」

 

 寄生虫に肉体を奪われた狂乱者の、偽らざる命乞いに一切の耳を貸さず、クゥリは乱打されるメイスを潜り抜け、その全力で以ってグリズリーの両腕をバトルアックスで切断した。

 逞しい2本の腕がシノンの膝に落ちる。彼女は茫然とそれに触れ、そして声にもならない悲鳴を上げて、欠損状態によるHP減少によって辛うじて残っていた僅かなHPすらも削り取られ、砕け散ったグリズリーの最期の眼差しを目にした。

 そこに映っていたのは、このデスゲームの不条理ではなく、1人のプレイヤーに向けられた怨念だった。

 




現状でのプレイヤーにとっての危険度

コボルト王≧オリ主>Mob

何もおかしくありません。
実に適正な評価です。

それでは、19話でお会いしましょう。

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