SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回からグリセルダ救出編となります。
グリムロックとの2人旅スタートでヒロイン不在。

香ばしいニオイがしますね! 野郎祭り再開です!


Episode16
Episode16-1 終末の時代


 終末の時代。オレが暮らす〈神に至る都トリニティタウンの記録〉もそうであるが、神の時代や王の時代のファンタジー調の世界から大幅に技術が進歩した末期的な、まさしく人類の終末が訪れる直前のようなステージが特徴的だ。

 魔法や奇跡といった概念は廃れ、神々の名残も失われ、人が人と殺し合う戦争の時代であり、行き過ぎた進歩によって閉塞感が漂っているのが特徴だ。この時代の最大の特徴は多数の銃器を仕入れられる事や先進的な武器が入手可能である事だ。とはいえ、だからといって他の時代よりも著しく武器や防具が上位的に強い訳ではなく、また癖が強い武器も多い。

 ファンタジー世界に慣れ親しんだプレイヤー程にこの時代では苦戦し、また馴染めない傾向が強いが、GGO出身者を始めとした少なくないプレイヤーからは好まれている時代である。

 

「さすがは最前線。プレイヤーもそれなりの数がいるな」

 

 普段の瑠璃コートではなく、オレが纏っているのは渇いた砂色の、大き目のフードが付いたコートだ。名前は【砂嵐の外套】であり、グリムロックが大幅な改良を施したものだ。終末の時代では厄介な射撃属性に効果を発揮し、雷属性防御力への高さが魅力的であり、火炎属性防御力と魔法属性防御力は平均以上だ。だが、光属性や闇属性には著しく弱い為に注意も必要である。

 インナー防具は91式タクティカルアーマーのままだが、腕と足の防具は変更してある。腕は【月隠れの手甲】だ。薄型の金属手甲である。防御力は平均的であるが、クリティカル率を僅かに高める効果がある。足の防具は【ガルマス遊撃隊のブーツ】である。終末の時代で入手できるブーツであり、落下ダメージの軽減効果と格闘攻撃補正の高さが売りだ。

 指輪は【青く渦巻く炎の指輪】と【千里を望む指輪】だ。青く渦巻く炎の指輪は魔法防御力を高め、また火炎属性防御力の5パーセントが更に魔法防御力として上乗せされる効果があるレアアイテムだ。終末の時代でも厄介なレーザー対策である。千里を望む指輪は有効視界距離を伸ばす効果がある隻眼対策だ。効果は大したものではないが、これでもない無いよりは増しである。

 さすがに目立つので死神の槍はアイテムストレージに格納し、装備は奪い取った灰被りの大剣とグリムロックが仕上げた新装備【打剣ナーガ】だ。名前に剣とついているが、分類は≪戦槌≫であり、外観的にも刃の部分が平たく斬撃属性を持たず、先端は青い半透明のクリスタル素材である。

 だが、コイツにはもう1つの顔がある。それが≪鞭≫としてのキメラウェポンなのだ。【仕込み杖】という刃付きの鞭に変形するキメラウェポンから発想を受けたらしい彼は、それの純打撃版を作成した。それが打剣ナーガだ。最大リーチは6メートルであり、ワイヤーにはレアリティが恐ろしい数値の高純度カーボンマテリアルをふんだんに使用している。どちらかと言えば、奇襲……≪暗器≫としての特性の高さを持つ。なお、先端だけはそこそこの魔法属性を持つ刺突属性だ。

 オレは≪鞭≫を持っていないので、その分のステータスボーナスが乗らないので火力は十分に出し切れないが、サブウェポンとしては優秀過ぎる性能である。何よりも、外観で騙せるというのがオレ好みだ。今回は≪暗器≫を準備できなかった分これを上手く活用して奇襲に活かさせてもらおう。

 ……と、こんな思考に至っているのは理由がある。最前線であるが故にプレイヤーが大勢いるという事は、それだけ超進化を遂げたオレの悪名を聞いた上位陣プレイヤーやそれを支援するプレイヤーもこのステージにはいるという事だ。

 砂嵐の外套に変更したのも、大き目のフードで顔を隠す意図がある。このステージのメイン街となる【ラフテン要塞街】に入って10秒で聖剣騎士団の面々と遭遇してかなり気まずい雰囲気になった。さすがに自制が利いているというか、昼間のメインストリートでいきなり斬りかかる馬鹿はいなかったというか、部隊のリーダー格だった男から『さっさと失せろ、殺人狂』と睨まれながら吐き捨てられるだけで済んだ。

 

「それで、首尾はどうだ?」

 

 単眼遠望鏡を外し、乾いた空気が包む砂漠の……いや、周囲の砂漠化が進んだ街の観察を終えたオレは窓から離れ、現在の拠点にしている古臭い、倒壊寸前のようなホテルの一室でオレのもう1つの武器の最終調整を進めるグリムロックに話しかける。

 さすがに工房で長々と時間をかけるわけにもいかず、街にある鍛冶屋(というよりも終末の時代なので科学者)から有料で工房を借り、夜通しでオレが購入した≪銃器≫の調整を行っていたグリムロックは、持参の携帯型工具で細部のパラメータ調整を行っていた。工房で必要な分は全て済ませたが、それでもグリムロックの自前設備には遠く及ばないらしく、彼は不満たらたらだったが、オレは後で再調整する事を約束して彼に武器の仕上げを進めて貰っていた。

 このステージに到着して奪ったアサルトライフルを使用したのだが、さすがに弱過ぎて使い物にならなかった。奪った銃弾が安価なものだった事もあるかもしれないが、飛行する自律小型ロボットに跳弾しまくってほとんどダメージを与えられなかった時には、『よくぞスミスはこんな糞武器ジャンルを使いこなせたもんだ』と≪銃器≫自体に思わず絶望したものである。

 だが、どうやらグリムロック曰く、オレが奪ったアサルトライフルは中堅下位程度が使う類だったらしく、ろくに強化・改造もされていないならば最前線で通じないのは当たり前だったらしい。

 

「ベストは尽くした、としか言いようがないね」

 

 やっぱり不満を口にするグリムロックの表情は厳しい。今のオレの全財産は数万コル……この時点でも分かる様に、財力に物を言わせてこのステージでNPCが販売していた最高ランクの銃器を購入し、オレの代理で大ギルドを含めてグリムロックに交渉を任せて改良に必要な素材を集めた。

 

「マシンガンの【CANTUTA】だけど、クゥリ君の要望通りにただでさえ悪い命中精度を下げて射程距離と威力の強化を重点に上昇させたよ。射撃反動はその分キツくなったけど、大丈夫なのかい?」

 

「ああ。装備の要求STRとTECは満たしていれば、後はSTR出力を上げて制御できる。その為の微調整は済ませてもらったからな」

 

 ステータスボーナスが乗らない≪銃器≫は要求ステータスさえ満たせば使えるが、反動や射撃精度補正などを含めれば必要以上のSTRやTECが要求される。また、軽量処置を施せばその分だけで耐久度の減少も飛躍的に高まるので、修理費が嵩み、また破損のリスクも高まるので考え物だ。

 マシンガンを受け取ったオレは、視界に表示された2つのサークルを睨む。外側の緑のサークルは不動であり、内側の赤のサークルは拡大と縮小を続けている。命中精度が高い程に赤のサークルに集弾し、悪いと緑のサークル内に銃弾が飛ぶ。これはシステム的な判定の話であり、プレイヤーに要求されるのは拡大と縮小を続ける赤のサークル、これをいかに小さく絞り込んで精度を高めるか、という話になる。

 マシンガンはそもそも命中精度が悪いので、赤いサークルはそこまで縮小しない。というか、ガバガバだ。これでは中距離もやや厳しいくらいだろうが、そもそもマシンガンは距離減衰も含めれば近接向きの射撃武器なのだ。後はせいぜいばら撒きに使えれば良い。

 マシンガン用の【ブルーネット鋼弾】も買い込んである。≪銃器≫の熟練度が低いので持ち込める量は最低ランクだが、連射性能が売りのマシンガンだけあって、かなりの数が持ち込める。その分だけアイテムストレージが圧迫されたが、今回はグリムロックと2人組なので彼にもアイテムを所持してもらっているので、余程の連戦でもない限り1度で使い潰すなんて……なんて……いや、思えばシャルルの森でもあんな連戦があるとは思っていなかったので、想定くらいはしておくか。

 

「そして、こっちがアサルトライフル【AZAN】だ。希望通り、こちらは連射性能に特化させてある。射撃精度を維持する為に威力をやや下げてあるけどね」

 

 マシンガンを1度オミットし、アサルトライフルを手にしたオレは感嘆する。望んだ通りの重量であり、また赤のサークルもマシンガンに比べれば縮小している。これならば、中距離ならばある程度の精度ある射撃が可能になるだろう。

 後はプレイヤースキル次第だ。スミスのような超人的な射撃はどうやって会得するんやら。アイツ、本当にシステムに則ってるのかと言いたくなるくらいの命中精度の高さだからな。

 

「オートサイティングはオフ、と」

 

 武器は揃った。≪銃器≫の細かい設定を組んでいく中で、フォーカスシステムで捉えたターゲットに自動的に銃口を向ける機能をオフにする。そのまま追尾射撃するには≪自動追尾≫が必要になるが、オートサイティングを使えば、システムアシストによってプレイヤーはターゲットへと即座に銃口を向けることができる。

 

「本当に良いのかい? 私も≪銃器≫を使った事が無いので正しいアドバイスが出来ないが、初心者はオートサイティングに頼るものなのだろう?」

 

「スミスが以前に言ってたんだが、コイツに頼るのは良いが、癖がつくとプレイヤー自身が成長を疎かになるんだと。だったら、最初から無い方がマシだ。コツをつかんだら、後は我流で鍛える」

 

「……今まで興味本位で≪銃器≫を取って諦めて行ったプレイヤーたちが聞いたら卒倒するだろうね」

 

 呆れるグリムロックは工具にアサルトライフルを収納する。さすがにアイテムストレージに全ての武器を収納するのは辛いので、彼に状況に応じてアサルトライフルとマシンガンの交換を頼むつもりだ。手間はかかるが、2つの銃器を入れられる程にオレのアイテムストレージに余裕はない。

 しかし、呆れているのは他でもないオレ自身だ。≪銃器≫の扱いにはそれなりに苦心するだろうと思っていたのだが、想像以上にすんなりと体に……脳に馴染んだ。

 分かる。オレの中にあるイメージが指先に重なっているのだ。彼の射撃ロジックをオレの本能が学習している。彼のやり方を学び取り、基礎を喰らい尽している。

 確かに協働は何度かした事はあるが、この感覚は……間違いなく『敵』から学び取った感覚だ。だが、オレとスミスはデュエルすらした事が無い。だとするならば、いつオレの本能は学び取ったのだろうか。

 

「他の装備の調子はどうかな?」

 

 グリムロックはやや不機嫌そうな眼差しでそう尋ねるのは、オレが仕入れた投げナイフが彼のお手製ではなくNPC販売の既製品だからだろう。いや、大半のプレイヤーはNPC販売かせいぜいベースにカスタムを加えた程度の物を使うんだからな。オレみたいにフルメイキング品を使っているのは珍しい部類なんだからな。

 仕入れたのは【光学スローイングナイフ】だ。これは≪光剣≫が無ければ本来使用できないレーザーブレードの投げナイフ版であり、僅か6秒しか刃を展開できないが、代わりに投擲武器としてレーザーナイフが使える優れものだ。ちなみにお値段は1本1500コルとすこぶるお財布に優しくない。これをオレは2桁購入し、コートの裏地に仕込んでいる。

 他にも雷壺よりも広範囲に電撃……というよりもプラズマ爆風をばら撒く【プラズマ手榴弾】や火炎壺よりも燃焼時間が長くダメージも狙える【焼夷手榴弾】、そして1つ2万コルというふざけた金額をする【凍結剤拡散爆弾】を購入している。後は黄金松脂を複数持ち込んでいるのでエンチャントも問題は無い。

 回復アイテムはその分削っており、白亜草を3枚と深緑霊水を5個だけだ。それ以外の回復アイテムはグリムロックに全て預けてある。

 

「ああ、悪くない。全部試しに1度は使ってあるから癖もつかんである。特にプラズマ手榴弾は雷属性の攻撃でロボット系にも効果が高いからな」

 

「……まさか≪光銃≫も取りたい、なんて思ってないだろうね」

 

「レベル80になったら考えるさ」

 

 さすがのグリムロックも、オレがこれ以上にスキル脳筋になる事を危惧しているらしい。ベッドに腰かけ、自身の武器である強化警棒を手に、彼は嘆息する。

 オレのレベルは60以上なので最前線でも十分に戦えるが、グリムロックは40以下だ。幾らDBOはプレイヤースキルが物を言うとはいえ、このレベルで最前線を歩き回るのは自殺行為だ。とはいえ、彼と組んで最前線級ダンジョンに素材収集に赴いたのは1度や2度の話ではないので大丈夫だろう。

 ……なんて、そんなはずがない。彼が赴くのは、基本的に情報収集が完了し、マッピングも終えたダンジョンだ。オレも彼と素材集めに行く時にはパッチに情報収集をさせて念入りに調査をしている。

 だが、今回は最前線の中の最前線、まだメインボスの撃破はもちろん、メインダンジョンすらも発見されていない現在進行形で攻略が進められているステージなのだ。危険度のランクが違う。

 

「怖いか?」

 

「死ぬのは怖くないよ」

 

 オレの問いに、グリムロックは静かに、ぼそりと答える。

 本当に? オレは彼の様々な感情が渦巻く眼を、ジッと見つめる。すると、彼は観念したように、苦々しく震えた指を見せる。

 

「……やっぱり怖いね。ようやくユウコの……グリセルダのいる場所をつかんだのに、ようやく断罪される時が目の前に来たのに、力及ばずに、彼女の裁きを受けることができずに、情けなく死ぬなんて、私は怖い」

 

 人によっては狂っているとも言える発言だが、オレは彼の真摯なグリセルダさんへの愛を受け止める。

 妻を殺した男。たとえ、自らの手にかけずとも……いや、自らの手で殺さなかったからこそ、妻に冒涜の死を与えてしまった男。

 

「情報によれば、街から西にある山岳地帯で迷子になっていたプレイヤーがモンスターに襲撃された際に、彼女に似た女性に助けられたらしい。最前線でしかも未探索ともなれば、そこにいるプレイヤーは相応に名が知られているはずだが、助けられたプレイヤーは聞き込みしてもそれらしい人物は上位プレイヤーにいなかったらしい」

 

「その助けられたプレイヤーは、女性と話をしたのかい?」

 

「いや、しなかったそうだ。かなりの数のモンスターに襲われていたらしいから、自分を逃がしてくれた女性の名前も聞けなかったそうだ。だが、彼女のマントには『金色の林檎の刺繍』があったそうだ。フリーに行動できるNPCかもしれないが、オレはNPCという『役』を与えられた、SAOで死んだプレイヤーを知っている。迷子のプレイヤーには胸像でも確認してもらっているから、NPCだろうとプレイヤーだろうと、その女性がグリセルダさんの確率は高い」

 

 サチ。オレが殺した少女。最後まで『アイツ』を想い、そしてオレに『理由』を授けてくれた黒猫たちの亡霊であり、このDBOで確かに生き、そして死んでいった少女。彼女を殺した生々しい感覚は指先から消える事は無い。

 カーテンから漏れる日光と空気の中で揺れる埃。細かく表現された、まるで現実と変わらないような、仮想世界との線引きが出来ない程のリアリティ。オレは薄っすらと額から流れる、冷房の効きが悪い室内で垂れた汗を指先で拭い取る。

 命のあるAIたちに出会った。蘇った死人たちとも巡り合った。そして、今まさに現実世界に肉体を残したオレ達の仮想世界の肉体は、確実に現実世界と同じ性質の物に近づいている。

 

「ここまで準備するのに3日かけた。その分だけ、グリセルダさんは追い詰められているかもしれない。かなりの強行軍だったとは思うが、精神の疲労を慮る暇はない」

 

 記憶の余熱が無い彼の為にメインダンジョンを強行突破するのに1日。装備を揃えるのに2日。3日分だけ、オレ達はグリセルダさんを『見捨てた』事になる。情報をつかんでいながら、動く事ができなかったのは、そういう事になる。

 幾らダンジョン慣れしているとはいえ、未探索同然のステージを突き進むなどグリムロックには初めての経験だろう。既に彼の精神的疲労は相応以上に溜まっているだろう事を考えれば、1日くらいは休暇を挟むべきなのかもしれない。

 だが、オレがそれを許しても、彼は止まらない。そして、オレもまた彼が望まないと分かっているからこそ、与えない。

 

「オレが全てを薙ぎ払う」

 

 だから、オレに出来るのは彼に約束する事だけだ。

 

「どんな敵が立ちはだかろうと、オレが倒す。どれだけの恐怖がオマエを呑み込もうとしても、オレが喰らい尽す。だから、オマエはグリセルダさんの事だけを考えてろ。恐れるな、死ぬ時は死ぬ。だけど、それはグリセルダさんに会ってからだ。それまでは死なせない。オレが死なせない」

 

 確証の1つも無い、言葉だけの約束。だからこそ、オレは自分の口にする意思をハッキリとグリムロックに伝える。

 彼の望んだ道の果てがグリセルダさんによる死罪の宣告だとしても、彼は心静かにそれを受け入れるだろう。断罪の刃を、愛する妻への想いを胸に甘んじるだろう。

 だから、オレは彼の望みを見届ける。そして、それを邪魔する者はたとえ『アイツ』だろうと薙ぎ払う。たとえ数百の、数千のプレイヤーが彼の断罪の時を阻もうとしたとしても、その全てを相手取る。

 

「行こう、グリムロック」

 

 捻じ曲げるものか。グリムロックの悲願はもう目の前にある。後は走り抜けるだけだ。たとえ、万人が悲劇と呼ぶような末路だとしても、彼が望んだ……ベストなハッピーエンドではないとしても、ビター風味なベターエンドが待っているはずだ。

 望むならば、その願いを叶える中で、オレの『答え』が見つかれば良いとも思う。だけど、それは二の次だ。彼との約束を、契約を成し遂げる。それが傭兵として、オレが何よりも成さねばならない義務……いいや、オレ自身も見たいのだ。彼の望んだ断罪がどんな形で訪れるのか知りたいのだ。だから、彼を必ずグリセルダさんの元に連れて行く。

 無言で、覚悟を決めたグリムロックが迷いと恐怖を押し込んだ目で頷く。

 

「ありがとう」

 

「感謝はまだ早いし、言われる筋合いも無い」

 

「キミは謙遜じゃなくて、本気でそう思っているからタチが悪いんだろうね」

 

 当たり前ではないか。オレは小さく笑い、ドアノブに手をかけ、これから始まるグリセルダさんを追う旅の始まりを告げるようにグリムロックへと振り返る。

 

 

△   △   △

 

 

 かつて、グリセルダは彼の事を自由の象徴として【渡り鳥】と名付けた。

 だが、それは侮蔑の称号へと変わり果て、今では憎しみと怒りと血で塗れた汚名に成り果てた。

 それでも、クゥリは今もグリセルダに名付けられた、その名を大切にし続けている。たとえ、自分を縛り続ける呪いに変質してしまっているとしても、共にある事を選んでいる。

 グリムロックが仕立てた砂塵の外套にも、彼のエンブレムである白い烏と金色の林檎が背中に縫い込まれている。それは彼の【渡り鳥】という称号とグリセルダの想いを象徴したエンブレムだ。

 だが、林檎は知恵、そして『愛』の象徴だとも言われている。頼もしく、そして儚さを感じる背中を見つめる。

 きっと、彼は本心から自分に感謝を述べられるに値しない人間だと思っているのだろう。

 だから、グリムロックはこの旅の果てが自分の死だとしても、何1つ咎める事も、疑問を投げかける事も無く、成就の為に力を尽くしてくれるクゥリに感謝の念を受け取って欲しかった。

 だが、そもそも、それは間違いだったのかもしれない。

 振り返ったクゥリの微笑みを見て、グリムロックは知ってしまう。

 

 

 

 

「オレは自分の望むままに、好き勝手にやっているだけさ」

 

 

 

 ただ、それだけだったのだ。

 これでは感謝する余地なんて最初から無いではないか。

 グリムロックは呆れながらも、彼らしいといえば彼らしいと苦笑した。 

 

 

△   △   △

 

 

 小恥ずかしい事を言ってしまった。ホテルから出たオレは、妙に穏やかな顔をしたグリムロックを背後に、戦争の名残を残す都市を見回す。

 要塞の街なんて言われてるだけあって、この街は駐屯地であり、負傷兵で溢れ、市場にも活気が無い。住民も戦争商売に精を出す商人か、度重なる戦闘で絶望した者たちばかりだ。そんな街を闊歩するプレイヤー達はどうしても浮いてしまう。姿恰好が鎧甲冑や魔法使いのようなローブ姿をしていれば尚更だ。

 そんな中でグリムロックの服装はやや目立つ部類であるが、十分に『古典的』という程度で抑えられているし、オレの砂塵の外套なんて思いっきり終末の時代仕様なので、上手くNPCの人の流れにも身を隠すことができる。まぁ、カーソルを確認されたら1発だけどな。

 軍用ジープが道路を走り抜け、破損した戦車が転がり、自律浮遊兵器のジャンク品が街角で山積みにされている。足を失った負傷兵の忌々しそうな眼差し、銃を手に緊張した面持ちの新兵らしき若者、上空ではヘリが何機も飛び回っている。

 

「まず街の西側だが、旧鉱山地帯になっているみたいだ。既に放棄されて久しい鉱山街があるらしいから、そこをまず目指す。移動手段としてイベントをクリアすれば、街の軍人がジープで運んでくれるらしいが、聖剣騎士団の連中がそのイベントを確保しているらしいから、オレ達は利用できない。転送用の赤剣も未発見状態らしいからな」

 

「そこで≪騎乗≫を持っている私の出番というわけだね」

 

 街のレンタルショップにあったサイドカー付きバイクは手配済みだ。車庫で待っていたそれにオレは乗り込む。≪騎乗≫を持っていないオレはもちろんサイドカー側だ。

 グリムロックの≪騎乗≫の熟練度は決して高くないが、バイクを運転できる程度は問題ない。オレはNPCから購入した周辺マップをシステムウインドウで開く。

 街のゲートで屯していた太陽の狩猟団のメンバーがジロリとグリムロックを目にするが、どうやらサイドカーに乗っていたオレの正体には気づかなかったようだ。彼らは特に反応を示すこともなく、グリムロックを見送るような視線を向ける。まだ未開の西エリアに新参者が挨拶も無しに飛び込んで行った、くらいの感情だろう。

 

「敵だよ」

 

「無駄な消費はしない。突っ切れ」

 

 街を出て数分と経たずして、飛行する灰色の、赤いカメラアイを備えたロボット系の【アイゼン・バード】に発見される。可変型であり、高速移動ができる航空機形態と3次元機動に優れた浮遊形態がある。赤いモノアイが無機質にオレ達を捕らえ、3機ほど執拗に小型ガトリングガンで撃ち抜こうとする。

 グリムロックは右に、左に、と揺れてガトリングガンを避け続け、バイクのスピードもあって射撃は追いついていないが、同時に敵を引き離すことも出来ていない。

 無駄な消費はしない、といったが必要経費だ。オレは嘆息し、早速プラズマ手榴弾を投げつける。空中で爆発し、プラズマの光に呑まれた3機はダメージを負い、HPを減らして墜落する。そこに右手で抜いた打剣のギミックを発動させ、サイドカーから跳び下りて鞭の如く振るう。それは地面を抉りながら分裂してワイヤーで繋がった刃の無い刀身をしならせ、墜落したアイゼン・バードを薙ぎ払う。

 そのまま着地し、打剣のギミックを解除して元に戻し、灰被りの大剣で浮遊して逃げようとする1機を叩き潰し、残りを打剣で叩き壊す。

 あっさりと撃破されて終了になるが、経験値は最前線と思えぬほどの雀の涙だ。これがこのステージの特徴というか、アイゼン・バードはいわゆる強行偵察機のようなものであり、耐久・攻撃力・防御力共に最前線級と思えぬほどに低いが、代わりに追尾能力がストーカーと思うレベルであり、振り払うことができないのだ。それが最低でも3機、多い時は20機以上も群がって来るのだから大変であり、しかも索敵性能も高いので、≪気配遮断≫をしていても探知されかねない。それがフィールドに夏に沸いた小蠅のように飛び回っているのだから、攻略速度も大幅に落ちるというものである。

 

「すまない。私の≪騎乗≫が高ければ、もっと性能が良いものを扱えたはずなのに」

 

「そもそもサイドカーはスピードが出にくい仕様なんだ。≪騎乗≫を持っていないオレに文句は言えないし、言う気も無いさ」

 

 夕暮れ前には余裕を持って廃墟と化した鉱山街にたどり着くだろう。再びサイドカーに乗り込んだオレは、NPC販売の大雑把ではあるが、ステージの広さを確認するには十分過ぎるマップを睨む。

 

「かなり広いな」

 

「大半がこんな風な荒れ果てたフィールドらしいね」

 

 このステージの特徴として、昼夜問わずに東西南北で勃発的にフィールドで起こるNPCと無人兵器の戦い、また敵兵らしき人型モンスターの登場、他にも生体兵器っぽい奴らまで登場する始末だ。聖剣騎士団が北側を、太陽の狩猟団が東側を重点的に攻略を進めているらしく、そのどちらかにメインダンジョンがあると睨まれている。だが、先の強行偵察機や上空を飛行する大型航空戦艦から投入される様々なモンスター、更には空爆もある始末であり、かなり攻略には苦戦しているようだ。とはいえ、メールを確認した限りでは最前線攻略に携わる依頼は来ていなかったので、攻略はまだまだギルドの力で少しずつ広げ、傭兵を導入するような時期には至っていないという事だろう。

 草木1本生えていない乾いた大地を見つめ、半壊したまま動かなくなった無人兵器のオブジェクトが並ぶ戦場跡を見つめる。

 オレはまだシャルルが言っていた薪や闇の王の意味を分かっていない。それはグリセルダさんを助けてから探るべきDBOという1つの流れがある物語だからだ。

 

「虚しいな」

 

 神がいた時代。王がいた時代。それが過ぎ去って人の時代に至り、そして荒れ果てた終末の時代が訪れる。そこには神々が統治した名残はなく、王が君臨した欠片もない。あの魔法と神秘に満たされていた世界が何をどう転んだら、こんな時代が訪れてしまうのか、不思議でならなかった。

 

「鉱山街について何か情報はあるのかい?」

 

「事前に確認した通りだ。準ダンジョン扱いだからフレンドメールは使えなくなる。生体兵器のモンスターが確認されている以上は無いが、グリセルダさんを目撃したプレイヤーは鉱山のかなり奥地まで入り込んだらしいから、まずは鉱山街を調べて、それから鉱山そのものを調査する。モンスターもそうだが、探索しているプレイヤーもいるかもしれない。注意するぞ」

 

 オレにとって厄介なのは、未確認のモンスターよりも、むしろプレイヤーの方なんだがな。フードを被り直し、オレはシャルルの森の件が引き起こした問題の数々を思い出していき、思わず嘆息した。

 ……ユウキはどうしているだろうか。シャルルの森の件は情報を集めたが、どうやら『アイツ』が英雄的な活躍をして幕を閉ざしたのは隔週サインズにあった通りのようだが、あれだけの戦力が集結したのはユウキがチェーングレイヴ経由でセサルを動かしたからだろう。

 オレは代償としてセサルに無料でどんな依頼でも受ける事を約束しているが、彼からのオーダーらしきクラウドアースの依頼は今の所は無い。というか、ゴミュウが再三に亘って『お食事でもどうですか?』という恐怖のメールを送りつけているのがすこぶる嫌な予感しかしない。

 オレが殺したい、壊したい、そう望まずにはいられない2人の内の1人。ユウキの笑顔がぐちゃぐちゃになるまで壊れる姿が自然と浮かぶ。

 これがオレの本質なんだ。ヤツメ様を閉じ込めたりしない。一緒に連れ添っていく以上は、嫌悪して、握り潰して、押し込めようとする事は出来ない。

 会いたい。その細い首を絞めたいという欲求を超えて、彼女に感謝を告げたいという気持ちがオレにはある。ユウキが成し遂げてくれなければ、『アイツ』に援軍は駆けつけなかったはずなのだから。

 だが、どういう訳か、オレのフレンドメールは総無視されているんだよな。何か気に障るような真似をしたのか、それともユウキが単にフレンドメールを受信できない状態……ダンジョンにでも籠っているとでもいうのだろうか?

 今から赴くステージはフレンドメール機能が制限されているエリアだ。街を旅立つ前に連絡を取っておきたかったのだが、彼女の気分が優れないならば仕方ない。いずれ機会があった時に、改めてお礼を兼ねてテツヤンの店で好きなだけ甘い物でも奢ってやるとしよう。

 オレはフードを深く被り直す。眼帯はシャルルの森に旅立つ前にグリムロックに作成してもらったものであるが、義眼に関してはグリムロックの急拵えとはいえ『新作』を装備している。コイツが何処まで機能してくれる事やら。数百万コルを溶かして装備を整えた分の1部なのだから、相応の働きを期待したいところである。

 

「なぁ、グリムロック。そういえば、オレはどうしてローガンの記憶にいたんだ? 匿うにしても、オレのホームハウスがあるだろ?」

 

 途端に、何故かグリムロックが『ギクリ!』という擬音をそのまま顔にしたような表情をする。

 グリセルダさんを助けに行く為の準備に追われて考える暇も無かった、というよりも敢えて除外していたのだが、シャルルとの戦いの後に意識が途切れたオレを運び出した存在がいるはずだ。

 1番濃厚なのはアリーヤなのだが、だとするならばユウキかチェーングレイヴの誰か、あるいはクラウドアースに目覚めなかった間は世話になった事になる。だが、あの場にいたのはグリムロックだけだった。

 

「……いや、その……すっかり忘れてたんだけど……」

 

 ぼそりと、鉱山街が見え始めた頃に、言い難そうにグリムロックは切り出す。

 

 

 

 

 その後、オレはグリムロックに諸々を教えられ、目元を覆って天を仰いだ。

 

 

 

 マジでごめん。本当に悪かった。どう考えてもオレが先走り過ぎたせいです。ユウキが怒るのも無理ねーな。

 全てが終わったら、どう彼女に謝ったものだろうか。新たに増えたやる事を考えながら、オレは荒野にたたずむ最初の目的地、鉱山街を視野に入れながら、眼帯を撫でた。




エピソード始めはお決まりの装備回と現状把握回でした。本格的には次回からとなります。

それでは、187話でまた会いましょう。

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