SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回から本格探索スタートです。

最近は忙しさ+体調不良で、投稿ペースが乱れています。
やはり寒くなると、1度健康不良体になると長引いてしまいますね。


Episode16-2 鉱山街ナグナ

『ようこそ、鉄と火の街ナグナへ!』

 

 赤錆び、また砲弾らしきもので大穴が開いた看板が、街の玄関口に飾られ、オレ達を迎える。鉱山街のシンボルキャラクターなのか、頬が真っ赤に染められたくるみ割り人形を彷彿させる少年がウエスタン姿で描かれている。

 かつては採掘と金属精製で富と人を呼び込んだだろう名残があるメインストリートは、今や無残に自動車や横転した路面電車がゴーストタウンを彩るオブジェクトとなり、略奪されたらしい貴金属店では煤で汚れたマネキンが一糸纏わずに首が千切れる寸前まで折れていた。

 バイクを鉱山街の駐車場に止め、オレとグリムロックは無言で頷き合う。バイクを利用できるのはここまでだ。サイドカーから下りたオレは、グリムロックが自動返却申請を行っているのを見届ける。レンタル品は時間単位、あるいは日単位で利用料金が決まっており、破損等に応じて追加請求がされる。無人駐車している間にモンスターに破壊されるというのは低確率だが有り得るし、悪意あるプレイヤーに目をつけられて全損させられでもしたならば、すっかり潤沢な資金を溶かしたオレでは補えないし、グリムロックも全額払えたとしても大きな痛手になるだろう。

 最も、今の彼からすれば、帰還後の生活など微塵も考慮していないだろう。ならば、レンタルを返却するのは、逃げるという選択肢を潰すといった意味合いの方が強い。何かがあっても、この街からすぐに立ち去れる手段など無用なのだろう。

 

「プレイヤーはいないみたいだね」

 

「油断するなよ。最前線なんて『殺し』をするのに持って来いの場所なんだ。死者の碑石を欺く『事故』に見せかけ易いからな」

 

「……実感がこもっているね」

 

「オレ自身が何度も使った手だからな」

 

 正直に、嘘を吐く事無く、オレはグリムロックに明かす。彼はそれに対して、僅かに目の中で揺れる感情を渦巻かせるだけであり、何かを口にして問い詰めようとする事は無い。それは無駄な行為であり、また自分の作った武器やアイテムが殺しに使われている事を彼は重々に受け止めている。

 まずは役所らしき場所に足を運ぶと、そこにはミイラ化した遺体が幾つも転がっていた。兵士の遺体が多いが、民間人らしきもの……女や子供も混じっている。どうやら民間人を守るために役所に籠城し、そのまま殲滅されてしまったといったところだろうか。腹に大穴が開いた女兵士の遺体は腐敗を通り過ぎて乾燥した空気に相応しく干乾び、元の顔の造形は見て取れないが、骨格からして相応の美人だっただろう、とオレは脳裏に小さく書き留めておく。

 オレもグリムロックも≪気配遮断≫持ちだからエンカウント率は下げているし、ロボット系が中心ともなれば発汗機能の追加によってモンスターに本格実装されたらしい嗅覚索敵機能も備わっていないだろう。それでも無臭化する為の清涼スプレーを複数持ち込んでいる。これはクラウドアースが元々販売していたものであり、今では最大の売れ筋商品である。

 多くの嗜好品分野へと手広く事業を拡大していたクラウドアースが隔週サインズに香水の広告を大きく載せたように、今や貧民プレイヤーでもない限り、女性プレイヤーは特にニオイ対策に敏感だ。終わりつつある街では、スラム街化がどんどん深刻化し、また貧民プレイヤーへの差別も加速しているようだ。まぁ、終わりつつある街には風呂が無いからな。悪臭というのは想像以上にキツイものがあるだろう。

 差別をバネにして貧民プレイヤーから脱するか、それとも心折れたまま貧民であり続けるか、それは彼ら次第だろう。尤も、この1年で立ち上がれなかったヤツが、自分から現代日本人の忍耐を超えるほどの、『皮膚が汚物になっていく』ようなニオイ程度で覚醒できるとは思わないが。

 だが、大ギルドほどの財力があれば、公衆浴場の整備なども含めて対策が立てられるはずだ。中世のように大衆浴場で感染病が広まるなど仮想世界では気にする必要が無いのだから、人気取りの為にも導入しそうな話である。だが、オレが片手間で集めた情報だけでも、3大ギルドはそうした動きはおろか、貧民プレイヤーへの救済策すらも打ち出していないようだ。

 ……やはり見せしめ要素が大きいか? 今まで通り炊き出しはやっているようだが、貧民プレイヤーの大半は3大ギルドよりもラストサンクチュアリ寄りだし、何よりも反大ギルドの動きを真っ先にやらかした連中が多過ぎると聞いた。それを考えれば、わざわざ他勢力と差をつけられるような、あらゆる妨害工作が予想される大規模施設の導入を終わりつつある街で目指すなどあり得ないだろう。

 これからの動きはどうなるのか。役所の中の、観光客向けの展示コーナーにたどり着いたオレは、広まっている噂通り、オレが補給部隊を壊滅させた事が回り回って、新たな緊張状態を生み出した事を思い出して溜め息を吐く。

 いずれ大ギルド同士が激突する。戦争が必ず始まる。それは分かっていた事であるが、仮にDBOが完全攻略されてSAOと同じように世に出版されて中身が広まるような事があるとするならば、オレは大ギルド同士の戦争を誘発させた、その最初の引き金として書かれても文句は言えないだろう。

 

「ナグナは良質な鉄鉱石の産地だけではなく、希少なクリスタルや精霊石の採掘地だったようだね」

 

 少し集中力が欠如したか。DBOの実状は忘れるべきとは言わないが、思考の隅に追いやるべきだ。ボロボロのパンフレットを手にしたグリムロックは、ナグナの情報を早速オレに伝えてくれる。

 

「クリスタルか。結晶関連は嫌な思い出しかねーな」

 

 シャルルの森のキーワードとなっていたのも結晶だ。槍でぶち抜いてストレス発散してしまったが、やはり思う所があって隔週サインズを買い直したのだが、『アイツ』がトドメを刺したらしいボスの竜の神もまた、結晶によって血肉を作られた存在だった。

 DBOに深く関わる要素の1つである結晶、そして纏わりつく白竜の存在。それも早急に調査を進めねばならない事案であるのだが、オレが思い至る事は当然ながら大ギルドも進めている事だろう。ならば、オレは彼らの続報を待ちつつ、大ギルドであるが故に出来ないアプローチを試みるべきか。

 

「DBOはクリスタル系素材が多いから、クゥリ君が思っているような結晶ばかりではないよ。ストーリー的には、元は1つだったのかもしれないけどね。クリスタル系素材は加工が前提になるし、合成比率によって効果も細かく変わるから、強化の時のサブ素材として優秀だよ。その分入手方法のほとんどがレアドロップなのはご愛嬌だけどね」

 

「確か太陽の狩猟団がクリスタル関連の鉱山を1つ保有してたな。……丸ごと爆破して潰したけど」

 

「キミは本当にやる事が派手だね」

 

 いや、アレは爆破する以外に無かったのだ。だってゴミュウさんが『あのクリスタル鉱山は維持費の割にリターンが少ないので、敵襲に見せかけて完膚なきまでに破壊してください。1種の利権化して組織内派閥を作る要因になっているので邪魔なんです』なんて笑顔で告げるのだから堪ったものではない。

 

「しかし、そうなると尚更に謎だね」

 

 訝しむように、グリムロックは顎を撫でる。彼の話を聞いて、オレもまた同様の見解を抱いたはずだ。

 

「ああ。これだけ旨みのある資源施設を破壊するだけ破壊して、占領していないのはおかしい」

 

 このステージの大よそのストーリーは分かっている。どうやら砂漠化に伴い、生活圏が狭まる中で、豊かな土壌と清潔な空気、潤沢な水を巡る資源戦争だ。要塞の街の南部を除いてほぼ全てに大規模な侵略と攻撃を受け、要塞の街で援軍を待ちながら防衛と小さな反撃を続けている、といったものだ。

 だが、確かに鉱山街には争いの源である3要素は薄いかもしれないが、膨大な資源が眠る宝の山でもあるはずだ。ならば、敵軍によって占拠されているべきである。なのに、殲滅と破壊と略奪の痕跡はあっても、駐屯と再利用の様子は無い。ゴーストタウンになるなど、あり得るものではない。

 放棄された街というコンセプトだから、と言えばそこまでだ。だが、やはり気になる。パンフレットを閉ざしたオレは打剣を抜いて周囲を警戒しながら、グリムロックを背にして役所から出る。

 

「街のMAPを見つけたけど、このままメインストリートを突き進めば精製区画と採掘区画に繋がっているようだね。十字路から左右に入れば居住区があるみたいだけど、どうするかい?」

 

「日暮れまであと3時間半か。オレ達はこのエリアをクリアしに来たわけじゃない。だが、何処に情報が隠されているか分からない以上は慎重に慎重を重ねるべきだな。居住区を確認しよう。オレは東から調べるべきだと思うが、どうだ?」

 

「その心は?」

 

「勘だ」

 

「だったら、私に反論の余地は無いよ」

 

 そもそも、どちらにも情報が無いかもしれないのだから、話し合うべき事も無いというのが事実だろう。オレ達は無人の、それこそモンスターもいないメインストリートを進み、巨大な石像が邪魔そうに中心部に設置された十字路に至る。

 

「『【紅玉の騎士アンタレス】はナグナが毒に蝕まれた地であった頃の英雄である。彼は古き魔女の1人と契約し、鉱山に住む魔物を封じ込めた。やがて、呪いに蝕まれた彼は魔女をこの地に残して戴冠の地に赴き、2度と戻る事は無かった』か。どうやら、街の設立の英雄のようだね」

 

 石像の碑文を読み上げたグリムロックは感慨深そうに、腰から上が砲撃で吹き飛ばされただろう英雄の石像を見上げる。

 辛うじて雄々しい甲冑姿の石像だっただろう事は分かる。どうやら、ナグナはオレ達が思っていたような鉱物資源で成りあがった街ではなく、伝統と歴史がある土地だったらしい。

 十字路を東の方に曲がり、灰色の家屋が並び立つ居住区に入り込む。いずれの建物にもパイプが張り巡らされ、注意書きには『火傷注意』とあるように、どうやらスチームを通して暖を取る構造を全体で共有しているようだ。恐らく、冬の寒さを休むことなく働き続ける精錬施設から放出される熱を利用して凌いでいたのだろう。だが、そうした知恵の構造は戦闘行為によって大きく破損し、また2度と戻らぬだろう事は予想つく寂れた空気に満ちていた。

 

「止まれ」

 

 入り組んだ路地の中の緩やかな蛇行する坂を上り切る直前で、オレはグリムロックに制止をかける。彼はごくりと生唾を飲んで頷いた。

 角からそっと顔を出したオレが見たのは、広めの路地に佇むロボットだ。大きさ5メートルほどで、高さは3メートルほどだ。6脚の足を持ち、人型に近しい上半身を持っている。頭部は大きなモノアイが1つ装着されており、まだ敵影を補足していない事を示すようにカラーリングは青だ。

 右腕部は形状からしてガトリングガン、左腕部はレーザー系かプラズマ系の火器である。6脚の足で安定した上半身は360度全方位に腰で回転が可能らしく、20秒間隔で腰を回転させて前後を入れ替えている。

 戦闘は最小限に抑えたいが、この鉱山街のモンスターがどの程度の強さなのか、それを把握しておく為にも戦闘は必要だろう。それに≪銃器≫も早く我が物にしておきたいところだ。

 

「隠れてろ。オレが始末する」

 

「注意してくれ。脚部にブレードが付いている。接近戦も対応できるはずだ」

 

 さすがはゴーレム作成にも熱心な鍛冶屋だ。よく観察している。オレは右手にマシンガン、左手に打剣を握り、6脚型の背後に立つ。足音を立てず、また≪気配遮断≫も効果を発揮しているらしく、6脚型は感知している素振りを見せない。

 奇襲は成功か。暗器があれば背後から突き刺せたのだが、そもそもロボット系は動力部やメインコンピュータ……生物でいう脳が急所扱いになり、何処にあるか分からないので急所ダメージが狙い難い上に、装甲にも守られているので奇襲によるクリティカルダメージは思う程に効果が無い。

 踏み込み、打剣を6脚型の背中に振るう。激しい金属と金属の衝突音が響き、打撃特有の砕き散らすような感覚が指を突き抜ける。

 良し。左手は問題なし。これまでの戦闘で調べたが、シャルルの森での後遺症は両手両足共に残っていない。少なくとも自覚できるだけのラグは無いし、指先までしっかりと動いてくれている。

 問題なのは、依然として痛覚遮断が機能してない事だ。つまり、銃弾で腹をぶち抜かれれば、オレは現実の肉体が撃ち抜かれたのと同じ痛みが襲い来るだろう。故にガトリングガンなど受ければ、低ダメージでも痛覚で脳が焼き切られそうになってしまう。

 6脚型にまずまずのダメージを与えて開戦し、オレは腰を回転させてこちらへと向き直り、赤くモノアイを光らせると同時に放たれたガトリングガンを回り込むように駆けて躱す。

 追尾性能は悪くないが、オレのスピードについて来れる程ではないか。続いて左腕の大きな銃口を向けた6脚型は、そこからプラズマの光を迸らせ、プラズマ弾を拡散させてばら撒く。それらは一定距離で炸裂して範囲攻撃になるも、十分に距離を取っていたオレに命中する事は無い。

 中距離まで対応できる射程が長そうなガトリングガン、近接対応の拡散プラズマガン、そして張り付き対策の脚部ブレードか。非ネームドにしては、なかなかの性能だ。HP量も悪くない。

 更に、6脚型の肩が開き、そこから小型ミサイルが飛来する。低速であるが、追尾性が高いそれに、オレはマシンガンをばら撒いて迎撃し、爆風が起こす熱風にむせそうになる。

 ガトリングガンで追いきれないと見て、即座に低速高追尾ミサイルを織り交ぜて来たか。さすがにミサイルは連射できないようだが、手数の豊富さはさすが最前線といったところだろう。

 情報収集はこんなもので良いか。確かに悪くないが、倒せない程ではない。ギミックを発動させ、打剣を鞭のように変貌させて胴体を打つ。打撃属性のリーチが伸びた攻撃は乗ったスピードの分だけ6脚型を揺らがせる。

 僅かに遅れた追尾の隙に、オレはマシンガンのトリガーを引く。全体的に反動がキツいジャンルであるマシンガンは、その射撃精度の悪さ以上の反動による弾道の不安定さが厄介であり、結果的に要求STR以上の数値が求められる。

 だから、オレはSTR出力を引き上げ、じゃじゃ馬と表現するしかないマシンガンを縛りつけ、コントロールする。射程距離を伸ばした分だけ距離減衰が緩やかになり、マシンガンでも大きな的を相手にするならば着弾率も高いので削りも悪くない。遠寄り中距離ではダメージも与えられないだろうが、それ以上ならばダメージも十分に発揮してくれるだろう。

 元よりマシンガンなど近距離でぶち込むくらいしかできないのだ。ならば、潔く射程距離を縮めてでも威力と連射性能を高めるべきなのだろうが、敢えて命中精度を下げて射程距離を引き上げたのは、自分よりも巨体のデカブツ相手にマシンガンによる削りが何処まで有効か調べる為でもある。

 さすがはロボット系とあって装甲もあり、根本的に物理属性ダメージの通りがよろしくない。だが、それを差し引いても効果は上々。確実にHPを削り続ける事ができた。とはいえ、使用した弾薬コストに見合ったダメージかと問われれば大否定だが。なるほど、たしかに≪銃器≫をメインで戦うのは金喰い虫だ。確実にダメージが狙る近接攻撃の間合いに入るならば、もはや手持ち武器で斬る・殴る・突くをした方が遥かに効率的だ。

 最適の間合いを把握し、自分自身で運用法を編み出し、消耗する弾薬を計算し、お財布に悲劇を絶えずもたらす。こんな武器を扱うくらいならば、同じ射撃攻撃でも大人しく≪弓矢≫、それが無理ならばクロスボウを用いるだろう。

 さて、射程距離を伸ばしたデカブツ相手の削りは分かった。ガトリングガンが激しく左右に振られ、追尾ではなくばら撒きに切り替えた6脚型の攻撃を屈んで躱し、そこに撃ち込まれた低速追尾ミサイルを間合いを詰める前進で頭上を通らせて避け、背後で起きた爆風を利用して加速して跳ぶ。浮遊する中で、左腕のプラズマガンを向ける6脚型であるが、それは予想済みだ。

 伸ばす。打剣をギミックを使い、リーチが伸び、その先端をしならせながら路上に突き刺し、そこを起点にして空中での軌道変更に成功し、ギミック解除による打剣が元の形状に戻ろうとする動きを利用して地上に急行落下する。

 着地と同時に打剣を引き抜き、そのまま6脚型を足下から振るい打つ。切断属性ではないので振るい抜く事が難しい打剣であるが、それでも火花を散らしながらオレは力任せに打ち抜き、そのまま2撃目の振り下ろし、脚部ブレードを身を反転させながら回避してそのまま回転力を利用して六脚型の横腹を打つ。

 攻撃力は低めの連撃仕様とはいえ、≪戦槌≫の連撃を浴びて6脚型はスタンする。その完全停止状態になったところで、オレはマシンガンを突きつけ、トリガーを引いて至近距離から銃弾をぶち込む。

 金属が強引に銃弾で爆ぜていく音がし、ポリゴンの欠片と火花を撒き散らして6脚型の胴体の装甲が剥がれていく。そして、スタンから復帰する暇も無く、6脚型はあっという間にHPを削り尽くされて撃破された。

 さすがは近距離戦向けというだけあって近距離での連続着弾による瞬間火力は凄まじいな。幾らスタン状態だったとはいえ、とんでもない速度でダメージが加算されていっていた。スタン蓄積はガトリングガン程ではないので期待できないが、打剣と組み合わせればスタンした所にマシンガンを打ち込んで大ダメージを狙うという必勝パターンも構築できそうだ。

 

「……少し痺れたか」

 

 だが、オレはマシンガンを握りしめていた指先に、じわりと広がった痺れに目を細める。本気を出したつもりはないが、戦闘で脳に負荷がかかり始めた途端にこれだ。やはり、高出力化はそれだけ脳が無理矢理擦り合わせている運動アルゴリズムとの連動に悪影響を及ぼしているのだろう。後遺症が本格化する前に、オレはマシンガンを専用ホルスターに仕舞い、打剣を腰のベルトに差す。

 マシンガンの初制御でSTR出力の加減をできなかった。それが最大の原因だろう。ぼんやりと脳の中に浮かぶような点にも思える黒い穴。脳と運動アルゴリズムの齟齬を象徴するような空洞のイメージ。その内に、オレはスタミナ切れ無しの状態でも致命的な精神負荷の受容ができるようになるのだろう。それができる程に『ズレ』が大きくなっていくのだろう。

 速度が違う歯車を無理矢理かみ合わせ続けるには、片方に無理をさせて速度を合わせるしかない。そして、無理をしているのは脳の方だ

 

「もう良いぞ」

 

 オレの合図と共にグリムロックが姿を見せる。パーティを組んでいる関係上彼にもリザルト画面は届いているかもしれないが、戦闘に参加していない彼が得られる経験値とコルは最低水準のものだ。ほとんど無いようなものである。パーティへの寄生を許さず、システムが判断した貢献度によって分配するDBOでは、高レベルのプレイヤーが低レベルのプレイヤーを庇護しながら育てる事は難しい。これも貧民プレイヤーがなかなかレベルを上げられない理由だ。

 

「圧倒的だね。最前線だという事を忘れそうになるくらいに見事な戦いっぷりだったよ」

 

「これくらい傭兵なら誰でもできるし、上位プレイヤーならソロでもよっぽど酷いヤツでもない限り撃破できるさ」

 

 耐久度もそれなりにあったが、それでも思っていたよりも柔らかかったからな。経験値の量を考えても、2体か3体同時に出現してもおかしく無いだろう。

 だからこそ解せない。何故6脚型が単独で行動していたのだろうか? 最低でも2機から3機、あるいはそれ以上の数が並んで戦闘能力を真に発揮する『兵隊』として、コイツは設計されていた。あのガトリングガンの追尾の甘さも、そうした徒党を組んで相手取る事を狙ってのものだろう。

 幾つか予想できるが、外れて欲しいな。居住区の探索に戻ったオレ達は、続いて死肉を貪って汚染されたらしい1メートルほどのカラスの群れに襲われるも、グリムロックが予備のプラズマ手榴弾を投げつけることで撃破する。トラップ要素が大きかったらしく、それだけで倒せたのもまた、このステージからモンスターが影も形も無くなっているという恐ろしさを滲ませる。

 

「市民会館か。調べておくか?」

 

 郷土史などの展示物があるらしい、すっかり戦争によって焦げ付いた、だが原型はしっかり残しているシェルターとしての役目もあるだろう、市民会館を発見し、オレはグリムロックに尋ねる。ああした場所ならば、生存者的なNPCも存在するかもしれない。

 

「調査するに越したことはないだろうね。だけど、あまり時間をかけて夜になるのも……」

 

 DBOでは昼夜でモンスターが入れ替わったり、オペレーションが変更されたりする。元より初見状態のようなオレ達では、どちらであろうとも大差はないのだが、オレの左目の事も考えれば、夜間はなるべく行動を控えたいところだ。

 ならば、市民会館の安全性を確かめる事ができたならば、今日はここで夜を過ごすのも悪くないだろう。打剣で肩を叩きながら、無人の受付を通り過ぎ、オレは市民会館へと立ち入っていく。

 かつては周辺地帯も緑が多かったのだろう。展示された『300年前のナグナの風景』というタイトルがある写真には、街の周辺を満たす青々とした木々が映し込まれていた。他にも、どうやら西側の居住区には湖もあるらしく、水鳥が泳いでいる姿も撮影されている。

 鉱山街といえば鉱毒が付きものであるが、どうやらナグナは鉱山の街としての歴史に相応しく、汚染に対抗する術を見つけていたようだ。その正体が、ナグナの地下に作り込まれた巨大な下水道施設である。

 

「地下か。どう見る?」

 

「間違いなくダンジョンだろうね」

 

 だよな。これ見よがしに、展示された下水道施設の写真のラインナップは、『さぁ、ここを攻略してもらうよ! そして死ね!』という茅場の後継者からの宣戦布告のようにしか見えない。

 だが、そうなると下水道施設への入口を見つけないといけないな。まぁ、マンホールはそこら辺に幾らでもあるから侵入は難しそうではないのだが。下手に突っ込んで行ってグリムロックが死んでしまっては意味が無い。

 それに、地下の下水道施設にグリセルダさんの手がかりがあるかどうかも微妙なところだ。ここは大人しく鉱山の調査を進めるべきだろうか?

 悩みどころだな。そうしている間に、窓から差し込む光は夕陽のそれに変質し、夜の訪れをぼんやりとオレ達に感じさせる。

 

「……ッ!」

 

 ぞわり、とオレの本能がざわめく。今まで随分と大人しかったと思ったが、ここに来て警告を飛ばしてきた。市民会館の調査も順調に進んでいる中で、資料室と思われる場所を見つけたのだが、もしかしたら、ここに何かトラップが仕掛けられているのかもしれない。

 オレはハンドサインを送り、グリムロックに下がる様に指示して、資料室のドアを蹴破って突入する。

 

「うわぁああああああああ!」

 

「きゃあああああああああ!」

 

 だが、オレを歓迎したのは2人分の悲鳴だ。バリケードのように鉄製の棚が倒された資料室でオレが見たのは、プレイヤーカーソルが表示された2人の男女だ。

 1人は20代半ばほどの男、もう1人は20歳前後だろう女性だ。男の方は銀フレームの眼鏡をかけた、やや短めの髪をしたスマートな印象を受ける。女の方はふわふわのウェーブがかかった黒髪だ。

 

「わ、【渡り鳥】!? どうしてここに!?」

 

 片手剣を構え、男は女を守る様に、カタカタと震えながらも、勇ましく壁になるべくオレの前に立ちふさがる。これで斬りかかったならば、以前のオレならば即殺していただろうが、さすがに可愛そうなので今ならば腕の1本でも折って足を切断して大人しくさせるくらいで済ますだろう。

 

「あー……どうしよう」

 

 悪名が絶賛拡大中のオレは存在しているだけで混乱を招く厄病神みたいなものだろう。彼らを落ち着かせる言葉が思いつかないオレは、壁を数度叩いてグリムロックを呼ぶ。彼らはグリムロックの姿を見て、続いてオレを3度見し、やがて呼吸を整えたように武器を下ろす。

 

「助けに来てくれた……わけではないよな?」

 

「残念だけど、私もクゥリ君もそうした依頼で来たわけではない」

 

「……そうか。俺は【ギンジ】。彼女は――」

 

「【アニマ】です。私たち、ギルド【晴天の花】のメンバーで……」

 

 聞いた事が無いギルドだな。となると、中小ギルドの類だろうか。オレが無言でグリムロックに既知かどうか問うが、彼は首を横に振る。

 最前線に来ているとなれば、中小ギルドでも相応の実力があると思うのだが、名前も無いとすると売名の為についつい頑張っちゃった連中だろうか。ならば自業自得で置いていく事は決定なのだが、グリムロックの手前でそれはすべきではないだろう。彼は何だかんだで善人だ。見捨てるという選択肢は無い。

 

「ギルドというと、他のメンバーがいるだろう? ソイツらはどうした?」

 

「……全員で7人いるが、内の2人はもう……亡くなった。後は安否も分からない。俺たちは、聖剣騎士団からの命令を受けて、この街の資源調査に来たんだ。護衛もいたんだけど、3人とも……」

 

「OKだ。逃げ出せないなら、オレ達が護衛して街まで連れて帰る」

 

 これで良いのだろう、グリムロック? グリセルダさんを救う為の最短を捨てる事にはなるが、グリムロックは彼らを放置したくないはずだ。何故か嬉しそうに、まるで子供の成長を見た父親のように、グリムロックは頷く。

 

「無理だ。俺もアニマも、もう街から出られない。『感染』してしまったんだ」

 

「……穏やかじゃねーな」

 

 というか、まさかの厄介事か? 本能の警告は、2人の存在ではなく、別の事柄を示していたというように、完全な闇が訪れた廃墟の街に突如として溢れた、本能が察知し呻く程の『危険』に、オレは顔を覆う。

 

「ここで待ってろ」

 

 素早く窓から飛び出し、市民会館の屋上まで駆け上がったオレは、頬をヒクヒクと引き攣らせる。

 街にあふれていたのは……かつてこの街にいただろう住人と占拠しただろう兵士たちだ。だが、いずれもその表面にイボや膿のような金属的な斑点を浮かび上がらせ、ゾンビのように呻きながら、赤く光る眼を輝かせている。

 感染。鉱毒対処の下水道施設。戦争による街の壊滅。それらを組み合わせていき、オレはこのナグナのコンセプトを把握する。

 

「神様殺しの次はバイオハザードか? ふざけやがって」

 

 上等だ。むしろ、オレの戦いがイージーモードだった時など1度として無いのだ。これくらい派手である方が分かり易くて助かる。




無人の街=夜間襲撃は基本です。

それでは、188話でまた会いましょう。

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