SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回はバイオハザード系エピソードです。
サイエンスホラー風味でいく終末世界を描いていきたいです。



Episode16-3 鉱毒感染

「外はゾンビのバーゲンセールだ」

 

 簡潔にオレは資料室でギンジとアニマのメンタルケアという名の食料提供を行っていたグリムロックに、外の惨状を伝える。

 さすがと言うべきか、グリムロックは狼狽する事無く、だが難しい顔をして、壁にもたれて腕を組む。

 

「2人の話を聞いたけど、彼らのHPバーの下にはパーセンテージが表示されているらしい。2人はそれを『感染率』と呼んでいる」

 

「感染率?」

 

「ああ。2人は野犬に襲われて、噛まれた時にその数値が現れたらしいんだ。他の散り散りになったギルドのメンバーも同じ数値が、1部の敵……クゥリ君のいうゾンビの仲間からの攻撃を受けた時にシステムメッセージで『感染』と表示されたらしい」

 

「……100パーセントになるとどうなるんだ?」

 

 缶詰を貪っていたギンジに、オレは情報提供を求める。彼は牛肉が詰まったそれを喉に押し込みながら、思い出したくないと言うように眼鏡のレンズ越しでオレを睨んだ。グリムロックには信頼も信用も無いフラットな感情を抱いている……いや、食料を提供した分だけプラスに傾いているとしても、オレには土台として山ほどのマイナスが土壌を汚染しているようなものだから、悪感情を持たれて対応されるのも仕方ないか。

 

「死ぬ、と思う。【ザラ】は……仲間の1人は100パーセントになって、正気を失って、モンスターになった。カーソルがプレイヤーのものからモンスターに変わったから間違いない」

 

「街を出ても死ぬわ。まだ感染率が低かった【モモタ】も街の外に出た瞬間にモンスターになってしまった。醜くて、ブヨブヨとした、ただの怪物に」

 

 だと良いがな。あの茅場の後継者ならば、もっと酷い、何かの実験体にされていてもおかしくない。プレイヤーとして死んだならば、その後は実験体として有効活用するくらいの真似をしそうな男だ。

 いや、プレイヤーとしての死はヤツがデスゲーム化の際に約束した事項だから、そっちはしっかりと守っているか? ああいう手合いはプライドが高いからな。自分のルールに縛られる場合が多い。

 この辺りは推測の域を出ないか。どちらにしても、3人に伝えるべきではない。

 

「他に情報は?」

 

「……ごめんなさい。何も分からないわ」

 

 首を横に振るアニマの疲弊した顔を見て、彼女を労わる様に手を伸ばしたギンジだが、何かを思い至ったように手を引っ込める。どうやら、単純に仲間同士という人間関係では済まないものでもありそうだな。特にギンジの眼差しは……他人の色恋沙汰に首を突っ込んで藪蛇もつまらない。余計な口出しは無用か。

 

「それで、これからどうするんだい? 私は彼らの仲間を探しながら、感染を治療する方法を探したい」

 

 グリムロックの提案はオレの予想通りだ。彼も本心ではグリセルダさんの探索を優先したいはずだが、彼らを見捨てるという選択肢が無い以上は、この流れは必然だ。それに、感染なんて物騒なものがのさばっているステージにグリセルダさんがいるともなれば、当然ながらこの危険な要素が絡んでくるはずだ。それならば、やはり対抗手段の1つや2つは探しておくのも悪い話ではない。

 問題は、グリムロック1人ならばともかく、ギンジやアニマまで、あるいはそれ以上の数をオレ1人で守り切れるかどうかという点だ。元々護衛依頼は苦手の部類であるし、情報皆無の状態ではやはり守れて1人が限度だ。

 

「オマエらのレベル、それに戦闘スタイルについて教えろ。策を考える」

 

「41だ。≪片手剣≫と≪弓矢≫でのミドルレンジだ」

 

「私は≪曲剣≫での近接型よ。どちらかと言えば支援系スキル構成だから、戦いは……得意じゃないかも。レベルは40」

 

 グリムロックよりも少し高いくらいか。これで最前線に来るとなると、中小ギルドでも本当に名の知られない弱小かもしれないな。聖剣騎士団もコイツらに資源調査とか何を考えているのやら。あるいは、コイツらを使わなければならない程に戦力が逼迫しているのか?

 ……あり得るな。今や3大ギルド同士の摩擦は熱を高め続け、緊迫しつつある。ならば、最前線と言えども、十分な戦力を回せないのかもしれない。あるいは、補給部隊壊滅のせいで、資源調査1つでも安易に請け負える下部ギルドが減ったのか。

 

「市民会館に侵入してくる気配はないようだね」

 

 窓の外を眺め、うろつくゾンビのような感染者を見つめながら、グリムロックは不思議そうに呟く。

 

「連中は光と音に敏感だ。だから、夜間の内はこうやって隠れておけば……」

 

 そこまで言って、ギンジは黙る。彼も分かっているのだろう。このまま隠れ潜んでいるだけでは、いずれ自分も感染が拡大し、仲間と同じ末路を迎えるだろう事を。

 さて、方針は大よそ決まった。グリムロックは戦力外だし、アニマも自称してしまっている時点で戦闘では役に立たん。ギンジは辛うじてアウトレンジからの射撃攻撃で支援できるかどうかだ。

 

「出るぞ」

 

「昼間まで待たないのかい?」

 

 周囲のゾンビは昼間には出現しなかった。つまり、夜間は別の何処か、恐らく地下や暗がりに潜んでいるという事だろう。それを考慮し、グリムロックは当然の疑問をオレにぶつける。

 

「待ってどうする? オレ達はともかく、そっちの2人はいつ爆発するかも分からない時限爆弾を抱えているみたいなものだろうが。だったらスピード勝負だ。まずはこの市民会館からさっさと出て、別の場所に移動する。この感染が鉱毒関連なら、この街には対処法に関しても歴史があるはずだ。だったら、探すべきなのは診療所か病院だろう。まずはそれを探して、少しでも感染について情報を得るぞ」

 

 口早にオレは指示を飛ばす。こうした時にリーダーシップがあるヤツがいれば助かるのだが。策は提示できても、人を奮い立たせるという事がオレにはできない。

 

「嫌よ! 私の感染率はもう40パーセントを超えているのよ!? もしも、また噛まれでもしたら――」

 

「だったらここで死ね」

 

 そこまでバッサリと切り捨てて、オレは前髪をぐしゃりとつかむ。こんな物言いだから駄目なのだ。すっかり怯えて縮こまったアニマを目にし、オレは道に迷ってしまったかのように視線を彼らから外す。

 ギンジもアニマも普通の人間だ。普通の心を持った、普通の人間であり、常識と道徳を重んじる恥じる事が無い一般人だ。何の因果か、殺し合いの世界に囚われてしまっただけの、普通の男と女なのだ。

 グリムロックのように、グリセルダを探すという意思の下で飛び込んだのとも違う。彼らは純粋に巻き込まれただけだ。だったら、オレは彼らに残酷な現実を突きつけるだけであり、その心を抉り取る言葉を吐きつけているだけなのではないだろうか?

 怯えるアニマに寄り添いながら、ギンジは非難するようにオレを睨んでいる。元より悪感情しか抱いていないだろうオレの言葉は、彼らに響くはずもなく、説得力も無い。

 だったら、必要なのは何だ? オレは深呼吸を挟みたい気持ちを抑えながら、打剣を握る左手を見つめる。

 

 

 

 

 

「……オレが、戦う……から」

 

 

 

 

 

 結局、オレにはこれしか能が無い。

 戦って、殺して、戦って、殺して……その繰り返し以外にオレには出来ない。

 だから、せめてそれを有効活用しよう。オレは彼らを直視できない自分の弱さに情けなさを募らせながら、言葉を紡ぐ。

 

「オマエらが戦えないなら……オレが戦う。だから……だから……外に出よう。ここで死なない為に」

 

 きっと、『アイツ』なら彼らの心を動かすことができるのだろう。その言葉を見つけることができるのだろう。

 でも、オレには無理だ。だから行動で示す。窓から飛び出したオレは、ゾンビが群がる月下で身を翻し、その視線を一身に集める。

 数は軽く40体以上か。内の半分が市民のようであり、武器らしい武器も持っていない。だが、残りの半分だろう兵士は、その手にアサルトライフルを装備し、体を揺らしながら、生前の戦闘経験を引き摺り出すように銃口を向ける。

 射線から逃れるように疾走し、ふらふらと歩きながら金属質の斑点が浮かび上がった肌と頭髪が抜け落ち、白濁した赤い発光する眼を向ける市民型の首に打剣を振るう。HP量は大したものではないが、物理属性の通りが悪いか。

 ならば、黄金松脂の出番だ。打剣に雷属性をエンチャントさせ、火炎属性を持つ灰被りの剣を右手で構える。打剣のギミックを発動させ、周囲を薙ぎ払ってゾンビを吹き飛ばし、ばら撒かれる銃弾を躱し、横転したトラックまで跳躍し、そこから更に跳んで地上のゾンビたちを睨む。

 落下しながらの右手の両手剣で市民型を縦に両断し、そのまま鞭状態の打剣で至近距離から抉り取り、ギミック解除して元に戻して腹を突き刺して撃破する。そのまま飛びかかるゾンビたちを両手剣の回転斬りで薙ぎ払い、そこから斬り上げに派生させて跳び上がり、指を躍らせて焼夷手榴弾を取り出す。打剣を手放し、ピンに指をかけ、そのまま焼夷手榴弾をゾンビの群れに投擲する。地面に落ちる寸前の打剣をキャッチし、そのまま背後へと反転しながら振るいあげて迫っていたゾンビの顎を砕く。

 焼夷手榴弾が炸裂し、広範囲へ炎を散らして燃焼する。1発の威力は黒い火炎壺が大きいが、多段ヒットする焼夷手榴弾は火炎属性が弱点の相手ならば大ダメージが狙える。ゾンビたちは火炎属性にそこまで強い部類ではないらしく、炎に炙られてダメージを重ねていく。

 オレの言葉で彼らを奮い立たせる事は出来ない。ならば、行動で示す。たとえ、そこに恐怖を抱かれたとしても、オレの力で彼らに道を切り開かせる。

 無様でも良い。嗤われても良い。まずは立ち止まった死地から飛び出す事。それが彼らの運命を変えるのだから。

 

 

△   △   △

 

 

 虐殺。そんな表現しか似合わない程に、圧倒的。

 市民会館の出入り口まで思わず出てきてしまったグリムロックは、鬼神としか言いようがない戦いっぷりに慄く。

 月光と火炎で彩られた市民会館の周辺は、40体を超えるほどのゾンビに囲まれていたはずだ。だが、その数は急速に減らしていき、残りは十数体である。

 次々と襲い来るゾンビを、まるで木の葉が風で舞うようにクゥリはほぼ全方位から迫るゾンビたちをすり抜け、命中率が悪いと言ってもアサルトライフルを撃ち続ける兵士ゾンビの位置を全て把握しているかのように、そのステップは射線から逃れ、跳躍すれば銃弾を躱し、宙を舞えば打剣をうねらせて地上を一掃する。

 着地と同時に打剣を鞭状態のまま地面を抉らせ、ゾンビたちの足を纏めて打って転倒させ、即座に近場の1体に両手剣を突き刺し、串刺しにしたまま剣を肩で背負うと、打剣を元に戻して復帰した1体の口内へと突き刺す。

 3体並んだ兵士ゾンビの掃射を突き刺した状態のゾンビを盾にして防ぎ、そのまま間合いを詰めながら刺したゾンビを放り投げる。それは兵士ゾンビたちに激突して体勢を崩させ、そこに踏み込みと同時の右手の両手剣による横薙ぎでまとめて両断する。それでも迫る1体のゾンビが顎を開けば、左手の打剣を即座に放棄して喉をつかみ、ギリギリと締め上げながら持ち上げて砕き、両手持ちにした右手の灰被りの大剣で力任せに残りの2体を刻む。

 残り4体。市民ゾンビへとクゥリは両手剣をその場に突き刺して足場にすると、柄頭を蹴って高度を稼ぎ、その上空を取ってマシンガンの雨を降らせる。射撃攻撃によってHPを減らされていった市民ゾンビは唸り声を撒き散らすも、地上に着地した頃には新たに死神の槍を打剣の代わりに装備したらしいクゥリの連続突きによってまとめて撃破される。

 

「嘘だろ?」

 

 ぼそりと、グリムロックの背後で唖然としていたギンジがそう零すのも無理はない。恐らく1体1体の強さは大したものでないにしても、あれだけの数を相手に、ただの1度としてダメージを貰わずに殲滅したのだから。

 自分たちが何に怯えていたのか、それすらも分からなくなるほどの強さ。

 冷たい月の光を浴びながら、死神の槍を振るってこびり付いた赤黒い光を振り払ったクゥリが、足下で小さくなる炎で陰影ができた顔をゆらりとグリムロック達に向ける。

 

「道は開いた。行くぞ」

 

 やわらかな微笑みは、この惨状に最も不釣り合いであるはずなのに、何よりも映える程に美しい。

 有無を言わさぬ力の証明に、ギンジもアニマも反論の余地は無かった。

 

 

△   △   △

 

 

 メインストリートには既にゾンビがかなり蔓延っていたが、オレが囮になって彼らを引きつけ、その間に指示してあるグリムロックが2人を先導して目的地を目指すを繰り返す。

 幸いにもゾンビは動きが鈍く、注意すべきは兵士ゾンビの射撃攻撃くらいだ。嫌な話だが、ゾンビの動きはクリスマスの白の亡人たちに近い。お陰で動きへの対応はスムーズにできるし、戦闘経験を本能がしっかりと蓄積しているので問題は無い。

 だが、こんな『ぬるい』相手ばかりではないだろう。このメインストリートも含めて、ここはナグナの序盤の序盤だ。言うなれば感染システムに関してのチュートリアル的な意味が大きいに違いない。ならば、この先は大多数の敵を相手取るような無茶はなるべく避けた方が良い。

 グリムロック達が無事にメインストリートに居を構えていた病院に入り込んだのを見届け、誘導は十分だろうと見切りをつけ、オレはスタミナの残量を気にしながら、灰被りの剣の回転斬りで周囲を一掃し、焼夷手榴弾を投げつけて炎の壁を作ってゾンビたちの進路を塞ぎ、彼らを追って病院に飛び込んだ。

 さすがはグリムロック。準備が良い。オレが入り込むと同時に、ギンジたちと一緒に病院の待合室に似合う長椅子を押し込んで出入口を塞ぐバリケードを手早く構築していく。

 

「クゥリくん」

 

「ああ。分かっている。焼夷手榴弾を使い過ぎた。残り3つだ。大事に使うさ」

 

 炎の光と爆発音が響く焼夷手榴弾はゾンビを引き寄せる『餌』には有効だったが、さすがに消費し過ぎだ。この先も長いというのに、残数は3つである。グリムロックには在庫で5つ所持させてある。

 

「そうじゃない。無茶をしないでくれ。顔色が悪いよ」

 

 だが、どうやらグリムロックの心配事は別のようだ。彼の不安そうな眼差しの通り、オレは傍目から見ても芳しい状態ではないのだろう。

 幾らたっぷり10日間眠ったとはいえ、病み上がりのようなものだ。大事を取ってしばらくはリハビリに費やすべきだったのかもしれない。だが、そうしなかったのはオレの意思であり、選択だ。故に心配されるべき事ではない。

 

「……無茶はオレの代名詞だ。まだまだ大丈夫さ」

 

 グリムロックから水筒を受け取り、喉に冷たい水を流し込んだオレは手の甲で口元を拭うと、生きた心地がしないと言った様子でへたり込んでいるギンジとアニマを睨む。この程度の修羅場も潜り抜けた事が無いようだ。どうやら最前線級の未知なるステージの探索は初めてのようである。

 

「武器の修理を頼む。打剣の耐久度が減り過ぎた」

 

「灰被りの剣は良いのかい?」

 

 携帯鍛冶道具を取り出し、グリムロックはオレから譲渡された打剣の修理にかかる。エドの砥石や修理の光粉に比べれば時間はかかるが、耐久度回復アイテムはレアドロップ品ばかりなのでなるべく消耗したくない。今回もエドの砥石を2つ持ち込んでいるが、最低限の危機管理だ。

 一方のグリムロックの装備は強化警棒と背負う≪背嚢≫のリュックサックだ。元より素材集めに赴く機会が多い彼は、アイテムストレージの拡大に余念がない。容量を大きく喰う携帯鍛冶道具を持ち込んでいても、オレの予備弾薬やアサルトライフル、回復アイテムや食料すらも抱え込んでくれているのだから大助かりだ。

 

「大剣は使い潰す。修復も無限じゃねーからな」

 

 携帯鍛冶道具は使用すればするほどに耐久度が摩耗していく。灰被りの大剣はどうせ繋ぎで持ってきたものだ。限界まで使用して死神の槍に切り替える。

 グリムロックは高純度カーボンを修復素材として使用し、打剣の耐久度を回復させる。武器の耐久度回復と欠損修理にも素材が必要なのもDBOの難儀なところだな。耐久度回復は武器のレアリティや強化具合との相談になり、それに応じて素材系アイテムを修理素材として使用する事になる。この修理素材は特に物を選ばないので、極論を言えば【粗悪な鉄鉱石】1000個で高純度カーボン分1個分の耐久度回復が出来たりする。まぁ、そもそも1000個も持ち込めないから、工房のストレージと直結した鍛冶屋が在庫処分くらいにしかそんな真似はしないが。

 逆に破損状態になると、武器に応じた素材系アイテムが必要になる。複数の修復レシピがあるらしいが、レアリティの高い武器程にレア素材を修復素材として要求される。この仕様のせいでDBOのプレイヤーは戦うだけで財布が火の車なのだ。故に、潤沢な資金と資源を持つ大ギルドの強さの秘訣でもある。

 そして、毎度のように武器を大破損させて帰るオレは、どう考えても鍛冶屋泣かせである。本当にグリムロックには頭が上がらない。

 

「あは……あははは! 私たち、生きてる! 生きてるね!」

 

「ああ、不思議だな」

 

 そして、ギンジとアニマは死を待つばかりだった市民会館から脱出でき、なおかつ前進できた喜びからか、僅かに笑い合えるだけの気力も回復したようだ。それをどのように判断すべきか知らんが、彼らのメンタルが良好な方向に傾いたのは素直に歓迎すべきか。

 

「それで【渡り鳥】。ここでは何を探せば良いんだ?」

 

 立ち上がったギンジは、先程までと同じように嫌悪感を滲ませた眼差しをしてはいるが、最低限の礼儀はある態度でオレに尋ねる。それに若干だが、オレは驚いた。もっとぶっきら棒に突っかかられるものとばかり思ってたんだが。

 すると、ギンジは恥ずかしそうに、同時に悔しそうに、目を背ける。

 

「……あなたへの感情の整理はつかないさ。でも、命の恩人を無下にする程に、常識外れじゃないよ」

 

「わ、私も……その、ごめんなさい。怖い人ばかりと思ってたけど……なんか、噂と少し違うかなって。だって、見ず知らずの私たちの為に、あんなにもたくさんの敵と戦ってくれるなんて……」

 

 2人して殊勝な態度を取られ、オレは真横で除夜の鐘の108発を連発されたかのように精神が揺らぐ。

 ちょっと待て! オレは2人の好感度を上げるような真似はしてないぞ!? むしろ、いつもならば絶賛でドン引きされるような真似しかしてないぞ!? ここは普段通りならば『この糞バケモノ野郎』って罵られる場面だろう!?

 

「……なんか、こそばゆいな」

 

 それに調子が狂う。頭を掻きながら、オレは助けを求めるようにグリムロックに視線を向けるが、彼は意図的に無視して打剣の修理を続けている。

 

「ここでは感染に関しての手がかりを探す。オマエらの仲間は残り3人。生死は不明だが、捜索の手伝いもするさ。だけど、あくまでオマエらの脱出支援が最優先だ。率先して探すわけじゃない」

 

「分かっている。もしかしなくとも、俺たち以外は皆死んでるかもしれない。それは覚悟してる。だけどリーダーは……【マックスレイ】は何が何でも助けたい。だから……」

 

 ギンジの目にあるのは複雑な感情だ。マックスレイがどんなヤツなのかは知らんが、やはり色々と人間関係でゴタゴタがありそうなギルドだな。伊達にSAO時代に【渡り鳥】なんて異名が付いたわけではない。ギルドやパーティを渡り歩いた経験から、間違いなく男女関係絡みだとオレは判断する。

 昼ドラは嫌いなんだがな。顔も知らないマックスレイさん、どうか安らかに何処かでくたばっていますように。これ以上に厄介事を増やすな、糞が。

 修理が終わった打剣を受け取り、オレは暗闇の、非常灯の緑色の光だけが照らす病院の待合室を改めて見回す。当然と言うべきか、荒れ放題の惨状であり、銃撃を受けたらしい女性看護師の遺体が受付カウンターの奥では無数と転がっているが、バイオハザードのお決まりとして起き上がる気配はない。

 あくまでゾンビっぽいだけであり、根本にあるのは鉱毒によるものだからな。だとするならば、感染が意味するものは何だ? 普通ならば『汚染』なのではないだろうか。

 ……深く考えてもしょうがないか。探偵役は性に合わない。まずは情報収集が先だろう。

 

「病院は5階建てのようだね。広さもそれなりだし、探索にも時間がかかる。狙いを絞った方が良いと思うけど、どうだい?」

 

 グリムロックの提案に、オレは首肯する。あくまで狙いはアイテム回収ではなく、感染関連の情報だ。ならば、自然と情報がありそうな場所も限られるだろう。

 

「院長室と資料室。この2つを探るぞ。院長室は……4階の1番奥か。資料室は地下だな」

 

 全くの真逆か。近いのは資料室になるが、何かトラップが待ち構えていそうだ。

 急がば回れで院長室か? だが、距離がある以上は敵に遭遇する危険性も高まる。それを考慮すれば、資料室が優先だろうか。

 

「資料室だ」

 

 この判断が吉と出るか、凶と出るか。オレはグリムロック達を率いて受付カウンターを通り過ぎ、さすがに停止しているらしいエレベーターのボタンを試しに押して無反応である事を確認し、その隣にある階段を下りる。

 相変わらず死体が平然と転がっているが、さすがにギンジもアニマもそれを目撃したくらいでは悲鳴を上げない。幾ら最前線慣れしていないとはいえ、それ以外のステージでも死体のオンパレードなのだ。このくらいは見慣れているといったところか。

 

「鍵は……かかってないな」

 

 オレはハンドサインでグリムロックに待機を命じ、彼は無言でギンジとアニマを扉から引き離す。オレは背負う灰被りの剣の柄を右手で握りしめ、いつでも抜ける状態にしてドアノブを回す。

 段ボールが積み重ねられ、鉄製の棚にはファイルが並べられている。いずれもナグナで起きた疫病や感染病に関する資料のようだ。こうして無造作に管理されている所を見るに、重要性は低く、誰に閲覧されても問題ないようだ。

 子供を庇った姿のまま頭部を銃撃で半壊された男の遺体を資料室の奥で見つける。白衣の姿、そして病院服の子供を見るに、敵兵から資料室に入院患者の子供を匿おうとしている最中に発見され、追い込まれて殺されたといったところだろうか。

 ここまで徹底した、もはや殲滅戦にも近しい行為。何か意味があると見るべきか? 市民も関係なく惨殺するのは、それだけこの時代の人心が荒んでいるだけなのか? まだ判断はつかないな。

 グリムロック達を呼び、安全である事を伝えると、そこからオレ達は人海戦術で散らばった資料の確認に移る。何処に情報があるか分からない以上は手探りでも良いから、少しずつ進めるしかない。

 

「どうやら以前からナグナには奇病が流行っていたようだね。彼らは【銀毒感染】と呼んでいたようだ。下水道施設によって大半が除去されていたらしいけど、働き手である鉱夫には多く見られた症状だったようだよ」

 

「治療法は?」

 

「初期ならば【ナグナの月光草】と【黒色マンドレイク】を煎じて作った【ナグナの良薬】で抑え込めるらしい。恐らくだけど、完治とはいかずとも、感染率を下げる効果が期待できるかもしれないね」

 

 グリムロックの発言に、ギンジとアニマは露骨に表情を綻ばせる。あまり希望を持たせ過ぎるのはよろしくないと言うのがオレの意見なのだが、別に良いだろう。

 

「≪薬品調合≫があるオレならば素材さえ集まれば作れるかもしれないな」

 

 資料を受け取った事により、オレの≪薬品調合≫のレシピに正式にナグナの良薬が登録される。

 まぁ、それ以前にここは病院なのだ。オレが作るまでも無く、ナグナの良薬が保管されている確率も十分にあるだろう。

 

「これ、【古い魔女の言葉】だわ。私、読めるけど……どうする?」

 

 それは他とは違い、革張りの古く分厚い医療書のようだ。それは元々資料室に保管されていたものではなく、銃撃を受けて壁にもたれかかりながら死んだらしい、老いた医者の所有物なのだろう。

 遺体が抱える医療書を、オレは彼の死を労わりながら、指を外して手に取ってアニマに渡す。こういう時に支援特化のスキル構成は役立つな。

 ペラペラと医療書を読み進めたアニマは難しい顔をして顎に手をやる。どうやら、内容がかなり難解のようだ。これはあまり期待できないな。

 

「『紅玉の騎士アンタレスは山脈に街を築き、そこをナグナと呼んだ。愛しき魔女の名を与えたのだ。魔女は火の力と万能なる薬の知恵でナグナに繁栄をもたらした。彼女の万能薬は、鉱山の奥……暗闇の底から漏れる毒すらも浄化することが出来た。人はこれを【ナグナの万能薬】と呼んだ』。やっぱり感染を完治させる方法はあるみたい。だけど……」

 

 アニマの顔は良薬以上の、感染を完治させる手段を見つけたにも関わらずに暗い。どうやら、話は簡単では無いようだ。

 

「『だが、際限なき採掘は再び毒を溢れさせ、ナグナを呑み込んだ。これによってナグナは1度滅び、その叡智は失われた。今は鉄と炎の街となったナグナは、逃げ延びた者達が慎ましく、自らの業を恥じて生きる罪人の都なのである。古きナグナの叡智を求める者よ、始まりの坑道を見つけよ』。これって、つまり街の探索だけじゃなくて、鉱山の攻略をしないといけないって事よね?」

 

 なるほど。それは確かに厳しいな。オレはアニマから医療書を受け取り、付属していたらしい地図を受け取る。どうやら、それは下水道施設の初期設計図らしく、その最奥には鉱毒関連の研究施設と古い坑道へと繋がる地下道がある事を確認する。

 ルートは2つか。採掘場に赴き、鉱山探索を丹念し続けるルート。そして、もう1つが地下迷宮とも言うべき入り組んだ下水道施設から古き坑道を目指すルート。

 どちらもグリセルダさんに通じているような気もするが、アニマたちを助けるとなると危険が大きそうな下水道施設からだな。どちらにしても、下水道施設の正式な入口は採掘場にあるらしい。そうなると、次に目指すべき場所は決まった。

 

「オマエらはここで待ってろ。ナグナの良薬……それが無かったら材料を探してくる。1時間で戻る。それまでは絶対に、たとえオレの声が聞こえてもドアを開けるな。バリケードを作って閉じこもってろ。グリムロック、何かあったらケチらずに火炎手榴弾とプラズマ手榴弾を使いまくれ。そうすれば、雑魚ゾンビ共なら倒せるはずだ」

 

 資料室を出たオレは、階段を物音がしないように上り、身を屈めながら周囲を窺う。バイオハザード系といえば、病院などゾンビで溢れているのが定番なのだが、あまりにも無人過ぎる。それとも、元々いたゾンビは全部外に出てしまったのだろうか。

 医薬品倉庫を探し、十数分でそれを見つけたが、内部は既に略奪された後だった。それも当然か。ナグナの良薬は住民からすれば常識の産物だ。つまり、鉱毒感染が広まったならば、真っ先に確保されるべき必需品である。

 だが、元となる素材である黒色マンドレイクを1つ見つける。瓶詰にされたそれをアイテムストレージに収め、オレはついでだと院長室を目指す事にした。

 

「……オレは、嬉しい、のか?」

 

 階段をのぼりながら、ギンジとアニマの表情に希望が溢れていく様を思い出し、複雑な感情を抱く。

 いつだって、オレは絶望を振りまく側だった。救おうとしても、誰も救えず、だから救わないような道を選ぶようになった。サチの時だって、どれだけ代償を支払っても、彼女に死をもたらす末路しか無かった。

 オレも……誰かを救えるのだろうか? 今度こそ、変わろうとしている今ならば……死という形以外で誰かを救えるのだろうか。

 

「望んで良いのか、クラディール?」

 

 オマエを殺す形でしか救えなかったオレが、そんな、身の丈以上の願いを抱いても良いのか?

 馬鹿らしい。まずは現状打破を全力で成すのが最優先だ。グリムロックにグリセルダさんを引き合わせる事こそが目的だ。そこに付随するものに一々余計な感情を割くべき事ではない。

 でも、彼らが、オレが選んだ行動のお陰で救われるならば、それは……それはとても嬉しくて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………酷く『退屈でつまらない』ものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ああ、分かっているさ」

 

 ヤツメ様の指がオレの首を這う。

 耳元で囁いている。それが『オレたち』の本質なのだ、と嘯く。

 

「壊したい。彼らが……死に怯えて、恐怖で歪んでいく顔を見れたら……どんなにオレは満たされるだろう? 分かっているさ。分かっているんだ。だからこそ、否定も肯定もしないさ」

 

 そうだろう、ヤツメ様? あなたと一緒に生きるとは、そういう事なのだから。

 だから、嘘でも良い。今は信じたいんだ。彼らが救われて欲しいと思い、それが成し遂げられたら、オレは嬉しいと感じられる。それは確かな事のはずだ。ならば、それは本質が抱く残虐な欲求と同じくらいにオレを形作る、オレの求めていた人の心の片鱗を得られた事になるはずだから。

 

「やっぱり駄目だな。独りになると、すぐにこれだ」

 

 ネガティブな思考ばかりが頭を巡ってしまう。根本的にオレの戦闘スタイルは単独向けなのだが、やはり誰かが傍にいる方があれこれ悩まされずに済む。他人の目って素晴らしい。

 スイッチを切り返る。自問自答は終わりだ。攻略に集中する。オレは何事も無く到着した院長室の前に立ち、破壊された電子ロックを見つめる。それは兵士が閉じこもった院長を襲撃する為のものか、それともゾンビには電子ロックを破壊するだけの知能がある証拠か。

 自動ドアが摩擦音を響かせながらゆっくりと開き、オレを院長室に招き入れる。アンティーク調の、古い都市の歴史ある病院の長に相応しい空間であるが、クリスタル製の透明な応接テーブルの上には、院長らしきやや太めの男が横たわっている。

 だが、彼の遺体は普通とは違い、損傷が別の意味で酷い。というのも、爪は剥がされ、目玉は焼かれ、何度も何度も肉を太い針で抉られたような、歯は強引にペンチで折られたような、拷問の痕跡があったからだ。

 

「増々きな臭いな」

 

 さて、どう推理したものか。鉱毒感染と院長の拷問、そして地下下水道施設から続く古きナグナ。荒らされたらしい院長室で無事である、彼のパソコンへとオレは歩み寄ろうとするも、それよりも先に本能が右手で両手剣を抜いて無人に思われた壁に突き付ける。

 

 

 

「……ほう。私の姿に気づくか。さすがだよ、同胞」

 

 

 透明だった……いや『認識できていなかった』だけか。高い隠密ボーナス、恐らくは≪隠蔽≫の類か。出現したのは、古ぼけた金細工が施された黒いコートとゴーグルをつけた、短めのオレンジの髪をした男だった。背中には銀色の両刃の両手剣を背負い、両腰には赤みを帯びた拳銃が2丁差し込まれていた。

 カーソルはNPCか。プレイヤーではない事に安心感を覚えるが、NPC=友好的ではないDBOにおいて、敵意を収めるべき場面ではない。何よりもコイツからは『命』を感じる。

 

「そう牙を剥くなよ。私もお前も目的は同じだろう? 記憶と記録を旅し、滅びる世界を救う術を探している」

 

 クツクツと喉を鳴らして笑い、もたれる壁から離れた男は友好を示すように腕を広げる。だが、オレは構える剣を下ろさず、彼を睨み続ける。すると、残念そうに彼は肩を竦めた。

 

「お喋りは嫌いか。久々にまともな同胞に出会えたというのにこの仕打ちとはな。まぁ良い。私は【グランウィル】だ。この記憶に来たのは随分と前だが、なかなかに奇怪な病が流行っているようだな」

 

 自己紹介と同時に、男の名称らしい【聖遺物探索のグランウィル】と表示される。どうやら、珍しい記憶・記録に住まうNPCではなく、オレ達プレイヤーと同じ立場、つまり記憶と記録を渡り歩く闇の血を持つ者としてのNPCのようだ。

 とはいえ、サチと同じように、SAOの死者がNPCを演じているパターンもある。慎重に、だがこれ以上敵意を向け続けるのも無用かと、オレは剣先を下ろす。

 

「クゥリだ。アンタと同じ闇の血を持つ者として、想起の神殿の【黒猫の乙女】に導きを受け、旅をしている」

 

「【黒猫の乙女】? ふむ、私の時とは違うな。やはりあの神殿の守り手は複数いるわけか。あるいは、次元が異なって……推測に過ぎんか。だが、こうして正気を保った同胞と出会えたのは幸運だった。どうだ? 互いに同じ苦難を目指す者だ。協力し合わないか?」

 

 そう言ってグランウィルが取り出したのは、小さな古ぼけた青銅のようなハンドベルだ。だが、壊れているのか、音が鳴る気配はない。

 

「それは【天啓の青鐘】だ。然るべき場所でしか鳴らすことができない神具だ。私のサインを見つければ、1度のみならば召喚することができるだろう。ククク、協力の証というわけだ。悪い話ではないだろう?」

 

「……タダより怖いものはないがな」

 

「金を取っても良いのだぞ?」

 

「無料素晴らしい」

 

「……意外と正直な男……いや、女……だが声は男で……ふむ、分からんが、とにかく私のサインを見つけたら呼んでくれ。徒党を組んでばかりの愚物に比べれば、幾らか腕は立つと自負している」

 

 幾らから苛立つ発言はあったが、一々怒るのも面倒なので、オレは素直に彼から天啓の青鐘を貰う。恐らくお助けNPC的な立ち位置なのだろうが、どうにも信用ならないヤツだな。

 

「感染について何か知らないか? 仲間……ってわけじゃねーけど、2人程感染しているヤツがいるんだ」

 

「さぁな。だが、どうやらここの院長はかなりまずい研究に手を貸していたようだ。古きナグナに研究所を構え、人心から外れた探究を進めていたらしい。気をつけろ。この街を襲った軍の兵器もそうだが、研究所より逃れた怪物共こそが真なる脅威だ。私も1度襲われたが、巨人を素体にしたらしい強化兵がいる。強力な銃器を使いこなし、不死身の様な再生能力を持っている。弱点は『右』の心臓だ。そこにトドメを刺さない限り殺しきれん」

 

 自分の右胸をトントンと2度叩き、不敵な笑みをグランウィルは送る。オレはありがたく彼の忠告を受け取り、ここで得られる情報はパソコンだけだと画面を覗き込むが、ブルースクリーンになったそれを見て無駄だったかと嘆息する。

 このダンジョンを進めていけば、いずれグランウィルと再会できそうだな。オレはそんな予感を募らせながら離れようとした時、彼は思い出したように踵を鳴らす。

 

「ああ、それともう1つ忠告しておこう。感染の末期になると酷く心が不安定になって攻撃的になる。ククク、どうやら感染から逃れる方法は『薬』以外にもあるようだな。それが何なのかは知らんがな」

 

 不吉なNPC野郎だ。だが、『命』を持っているならば、彼の意思と思考は何かを導き出してオレに助言を示しているのだろう。

 ありがたく受け取っておくとするか。オレはグランウィルに無言の別れを告げ、院長室を去った。




仲間も敵も地雷臭ばかりして、主人公(白)が精神疲労するのは、もはや様式美です。
そして、深刻なヒロイン不足。やはり今回は野郎祭りエピソードですね!
……グリセルダさん、予定より早く登場させようかな。

それでは、189話でまた会いましょう。

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