SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回は珍しく仲間(かどうかは置くとして)とダンジョンに挑むという展開です。

それはそうと、筆者はついにブラボの日本語版のプレイをしてみました。意外と違和感が無いと言いますか、オマケ要素みたいな感じで新鮮プレイができてなかなかに良いですね。できればAC6には逆に英語版を入れてもらいたいです。

……期待して良いですよね、フロムさん。
あ、でも、AC5の装甲・貫通諸々は引き継がないでください、お願いします。


Episode16-5 下水道施設上層

 地下下水道というネーミングから、どれ程に不潔に塗れたダンジョンなのかと思えば、想像を裏切る様に小奇麗としていた。

 天井では埋込式の照明が陽光の届かぬ地下を照らし、コンクリートのような灰色で統一された通路と水路を分け隔てるように青色に塗装された柵が設置されている。工業排水らしく、水は汚染されているらしくドロドロとした灰銀色をしたものを含んでいるが、それら以外には特に見るべき物は無い。

 排水は水路からパイプへと更に分かれ、地下の奥深くへと流し込まれているようだった。下水道系ダンジョンに付き物である巨大な鼠やスライム系の姿は見られない。

 その代わり、というものではないが、下水道の従業員らしきゾンビが蔓延っており、鉄材を手にして襲い掛かって来る。硬質な黄色のヘルメットを被っており、頭部へのダメージを軽減できる事以外には他のゾンビと大差が無く、オレ達は苦も無くダンジョンを進行していた。

 灰被りの大剣でゾンビの胸を貫き、そのまま串刺しにした状態で持ち上げて叩き付ける。そして、ダウンしたところに頭部を踏みつけ、アサルトライフルを至近距離から背中に撃ち込む。オレは淡々と、次々と決して手広くない通路に飛び出してくるゾンビを殲滅していく。

 本来ならば、背後で守るグリムロック達にゾンビが接近しないように防戦を強いられる状況であるが、エドガーの参戦によって幾分か……どころか、随分と楽をさせてもらう事ができていた。

 彼の武器は外観で分かるだけでも、大型のショットガンと銀の剣だ。ショットガンは近距離向けの銃器であり、至近射撃でフルヒットさせれば、銃器でもトップクラスのスタン蓄積とダメージが狙えるジャンルだ。その分だけ反動も大きく、また射程距離も短い。

 銀の剣はリーチも火力もややイマイチな印象を受けるが、素早い連撃によってエドガーはゾンビを近づけず、即座にショットガンを撃ち込んで怯ませ、またスタンさせて容赦なく追撃を決める。

 

「そんなに撃って弾は大丈夫なのかよ」

 

 ゾンビを殲滅し『地下16F』というプレートを眺めながら、オレは灰被りの大剣に付着した赤黒い光を振り払う。ショットガンは持ち込める弾薬が決して多い部類ではないのだ。アサルトライフルやマシンガンは対してかなりの弾薬数を持ち込める。もちろん、≪銃器≫の熟練度上昇によって持ち込める弾薬量も増えるが、高レベル帯で通じる弾薬程に持ち込める数には制限がかかるので、結果的に継戦能力は変化しない傾向もあるのだ。

 

「ええ。私は≪荷造り上手≫でアイテムストレージを拡大させていますし、【狙撃者アラの銀指輪】を持っていますからね。予備の弾薬も含めて、相当数持ち込んでいますよ。その分だけ回復アイテムを削っていますがね」

 

 狙撃者アラの指輪は、NPCの1人である【白の狙撃主アラ】のイベントをクリアする事で得られる指輪だ。彼は複数ある≪銃器≫を習得する為のイベントの1つを担っており、彼に弟子入りする事で≪銃器≫を獲得できるようになる。その後、彼のイベントを進めていくと、巨大な白毛の猪退治を試練として課される。これは≪銃器≫のみで撃破せねばならないモンスターであり、なかなかの強敵なのであるが、退治するすると彼から一人前として認められて【狙撃主アラの指輪】が与えられる。これは持ち込める銃弾数を増やすことができる有用な指輪だ。

 ちなみに、≪銃器≫以外で攻撃して報告すると、アラに嘆息されて『未熟者め』と怒られる。だが、指輪の代わりに【白い金霊樹の葉】という序盤では有用な素材系アイテムをくれるので、わざと≪銃器≫以外で白毛猪を倒す通称『白猪マラソン』があった。

 そして、更にアラのイベントを進めていくと、彼が長年狙っているという青鶏冠のグリフォンの討伐を任される。これを撃破すると、弟子から友となり、友好の証として狙撃者アラの銀指輪がもらえる。これは更に持ち込める弾薬数が増加するものだ。だが、この青鶏冠のグリフォンはソロでしか遭遇できない上に、飛行能力と広範囲攻撃を持つ強敵であるので、オレも所持者はスミスくらいしか知らなかった。

 

「なるほど。やはり『補助スキルは必須ですよね』。それにしても、素晴らしい銃ですね。どなたの作ですか?」

 

 暗にグリムロックが『いい加減にキミもスキル構成を考えたまえ』とオレに忠告しているようで、思わず視線を逸らす。良いんだよ。オレはスキル脳筋をこのまま突っ走る予定なんだから。レベル80になったら、絶対に≪光銃≫を取ってやる。もしくは≪光剣≫だな。でも≪武器枠増加3≫も欲しいな。確か≪武器枠増加3≫はイベントをクリアしないと習得できないんだよな。あのイベント、ソロだと時間制限的な意味で厳しいから、スミスを誘うか雇うかしてクリアしておくか。

 

「神灰教会お抱えの鍛冶屋の【イド】が仕立てたものですよ。名を【イド式退魔散弾銃】と申します。人の時代で入手できる古型銃をベースに開発したものでして、【渡り鳥】殿が持つ終末の時代仕様の物とは随分と赴きは異なりますが、その分少々特殊な銃弾を使える利点がありますな。やはり終末の時代のモンスターは総じて物理防御力が高いですからね」

 

 拳ほどの銃口がある大型のショットガンは鉄と見紛うほどに硬質な黒い木製であり、銀色の金属補強パーツには神灰教会のシンボルであえる三日月とオリーブのレリーフが刻み込まれている。

 

「神灰教会の『秘儀』で洗礼を施して作成した洗礼済みの【銀鋼弾】。物理攻撃補正は低い弾丸ですが、光属性攻撃力が追加されているという大きな強みがあります。終末の時代とは進歩が過ぎた時代でその分だけ神秘に疎いものですからね。光属性や闇属性への防御力が総じて高くないので効果もなかなかのものですよ」

 

「ほうほう。その『秘儀』とは?」

 

「これ以上は神灰教会の深部に関わりますので。ですが、我々が聖遺物探索を進めているのは、こうした力を手に入れる為でもあるのですよ。いかがですかな、グリムロックさん。あなたも神灰教会に加わってみては? 我々はいかなる誓約も否定しません。ただ1つの神を信じるのではなく、多神教の理念を解す。我々は教義に基づき、あらゆる神の認可する組織なのです」

 

「それは面白い。どうにも今まで宗教には興味が無かったのですが、そのような面白い武具を生み出す工房があるとなれば……いえいえ、ですが」

 

「遠慮なさらずに。私の紹介となれば、信徒でなくとも工房の立ち入りくらいはできるでしょう。もちろん、『秘儀』を公開することはできませんがね」

 

「是非とも!」

 

 饒舌に語るエドガーと新たな技術を前にして目を輝かせるグリムロックに、オレは嘆息しながら、地下4階へと続く階段を発見する。照明は生きているが、エレベーターは各所が止まり、探索を続けながら地下へ地下へと潜るルートを見つけねばならない。ゾンビ以外で言えば、あのブヨブヨとしたカエルもどきくらいしか登場していないが、まだまだ地下下水道も序盤であると考えれば、あまり油断はしたくないものだ。

 

「私も神灰教会入ろうかなぁ。どうせ、生きて帰れても……」

 

「アニマ」

 

 ネガティブな思考に囚われて呟くアニマをギンジは名前を呼んで叱咤する。だが、ふわふわウェーブの髪を指で弄るアニマの瞳は暗い感情で支配されている。

 ギルドの仲間を死亡して壊滅状態だ。このままギンジと共に生還を果たしても、今まで通りの生活は送れないだろうし、聖剣騎士団からの仕事もこなせないだろう。せいぜい、何処かのギルドに加入する道が残されているくらいだ。

 

「ギンジは良いよね。元々さ、別のギルドから入ってきた人だし、交友関係も広いし。きっと受け入れてくれるギルドも多いはず。でも、私は――」

 

 まずい兆候だな。感染状態で発狂されるのも問題だが、現実を直視して心が折れるのも厄介だ。

 だが、オレが何かを語り掛けたところで、彼女の心に希望を灯すことなどできないだろう。こういう時に『アイツ』ならば、どんな言葉をかけるだろうかと想像してみても、とてもではないがオレでは効果が発揮出来ない台詞しか思い浮かばない。

 

「アニマさん。人の愚かしさの1つは、自らの境遇を貶める事ですよ」

 

 と、そんなアニマに、エドガーは『にっこり』という擬音そのものの笑顔で、黒ずんだ眼差しをしたアニマに語りかける。

 

「人は妬み、欲しがり、求める生き物です。故に、自らに不足した物を常に手に入れようとします。それは素晴らしき人の前進の活力ではありますが、余りにも自らの暗闇を見つめ過ぎると、人は自分の立ち位置に囚われてしまいます。それは貧富、家柄、才能、美醜と様々です。ですが、それはあなたが今ここにいる要素であり、何1つとして貶めて良いものではありません。ましてや、他人と比べて蔑んではなりません」

 

「……で、でも」

 

「時間はたっぷりある……とは言いませんが、このエドガーにはアニマさんを神灰教会に迎え入れる心構えがあります。それを胸に、今一度だけ、自身を正しく見つめ直し、選択するべき道を考えてみてはいかがでしょうか? たとえば、心無い言葉で傷つけてしまった友への謝罪……などね」

 

 エドガーの言葉で、アニマは目を見開き、隣のギンジへと恐る恐るといった様子で顔を向け、反省を示すように眉を垂らして視線を下げる。

 

「ごめんなさい。言い過ぎたわ」

 

「良いよ。本当の事だし。俺も、まだ晴天の花に来て日が浅いから、アニマ程に思い入れがある訳でもないし」

 

 どうやらオレがとやかく関与するまでもなく解決したらしい。うん、これでこそオレだ。そもそも対人関係の調整などオレが手を加えた段階でデストロイ確定みたいなものだから、本当に良かった。

 亀裂が入ることなく、むしろ絆を結び直したらしいギンジとアニマを見て、オレは満足そうなエドガーと共にクリアリングして角を曲がりながら、呟く。

 

「まるで本物の聖職者だな」

 

「ええ、そのつもりです。私は神灰教会の神父として務めを全うする所存ですから」

 

 それは素晴らしい事なのだろうが、オレは一切迷いのないエドガーの声音に小さな不安感を芽生えさせた。

 仮想世界に囚われていく。プレイヤーは、現実世界を忘れて、この世界の住人になっていく。それはDBOに蔓延している『病』のようなものだ。オレは1種の現実逃避だと思っていた。オレ自身がこの殺し合いの世界をSAOの終焉から胸の奥底で渇望していたが、それとは性質が異なる、この世界に呑まれ、適応し、現実世界への帰還を考えなくなっていくプレイヤー達の多さは、気がかりだった。

 だが、エドガーのそれは現実逃避とは異なる、ある種の真実味……強い意思のようなものを感じる。

 

「人は自らの血の因果、環境、本質から逃れることはできません。【渡り鳥】殿もそうは思いませんか?」

 

「……さぁな」

 

「なればこそ、それを卑下するなどあってはならないのです。それを否定する事は、我々がここにいる意味を否定する事に他なりません。血の否定とは自らの存在否定であり、本質の拒絶とは自己の殺害なのですから」

 

 ……耳が痛い話だ。さすがは聖職者気取り……いや、『本物』の聖職者か。

 騎士気取りはいつしか騎士となっていた。

 傭兵気取りはいつしか傭兵となっていた。

 悪党気取りはいつしか悪党となっていた。

 ロールプレイングのつもりだったのかもしれない。大半の人々からすれば、現実世界への帰還を諦めないように、このゲームの皮を被った殺し合いの世界で生き抜くために『別の誰か』を演じようとしていたのかもしれない。

 

 

『でも、このデスゲームのお陰で分かったのは、この世界に「自分以外」を求める事などできない。むしろ、「本当の自分」が丸裸にされていくという事だった』

 

 

 蘇ったのは777の言葉だった。

 傭兵として生き、傭兵として死んだ、オレが殺した敵。彼は満足そうに死んでいった。彼もまた、何処にでもいる普通の人間だったはずなのに、その生き様と死に様はまさしく傭兵としての在り方を彼なりに貫いたものだった。

 もしかしたら、『何処にでもいる一般人』という役を、最初からオレ達は演じていたのかもしれない。現実世界にいる時こそが、仮面を被る役者であり、この殺し合いの世界で剥ぎ取られ、自分の本質を露呈して言っているのかもしれない。

 騎士気取りの本質は騎士だった。傭兵気取りの本質は傭兵だった。悪党気取りの本質は悪党だった。聖職者気取りの本質は聖職者だった。

 それだけの話なのかもしれないな。

 

「ガードロボだ。装備は右腕が3連キャノン、左腕が近接対応型プラズマ拡散砲だな。背中のユニットは謎だが、十中八九ミサイルか」

 

 次の下層へと至る為のエレベーターを守る、360度全方位に自由移動が可能なローラー脚を装備した、分厚い装甲に守られた3メートルほどのガードロボが3体いる。人型からは外れた外観であり、円盤状のセンサーが取りつけられ、ゆっくりと回って索敵をしている。

 

「私も同意見です。ロボット系ならば感染のリスクも無いでしょう。私と【渡り鳥】殿ならば敵ではないと思いますが……」

 

「だな。だが、安全には安全を重ねる。焼夷手榴弾で先手を打って、一気に殲滅するぞ」

 

 お喋りはこれくらいにしよう。オレはエレベーターを守るガードロボ3体の中心部へと焼夷手榴弾を投げる。炸裂し、炎を撒き散らしてガードロボを焦がす焼夷手榴弾のダメージは悪くない。オレは角から飛び出し、索敵にヒットしたオレへとキャノン砲を向ける3体に右手で構えたアサルトライフルを撃ち込みながら、左手の指に挟みこんだレーザーナイフを投擲する。それらは3体の円盤状のセンサーに直撃する。

 カメラの類は無く、あくまでセンサー頼りの索敵ならばそこにダメージを与えれば一時的にオレ達を見失うかと思ったのだが、寸分狂わずにキャノン砲を向け続けるガードロボに、やはり最前線は甘くないかと舌打ちする。

 3連キャノン砲が3機分オレに殺到し、計9発の強力な射撃攻撃が迫るも、オレは左手で抜いた灰被りの大剣を振るう。

 直撃するだろう4発分のキャノン弾を刃毀れした厚めの刃で逸らし、そのままアサルトライフルを撃ち続けてガードロボを削る。そこに躍り出たエドガーがプラズマ拡散砲が使われるより先に接近し、ショットガンを至近距離から1機に撃って怯ませ、そこに銀の剣を振るう。

 予想通りと言うべきか、背中のユニットはミサイルポッドだったらしく、撃破された1機が囮になる形で残り2機は距離を取ってミサイルをエドガーに放つ。10発を超えるミサイルがエドガーに迫るも、彼は冷静に、コートで隠れていた腰に差している『もう1本』の銀の剣、その柄頭に手に持つ銀の剣の柄頭を『接続』する。

 銀の旋風が吹き荒れ、高速斬撃がエドガーに迫るミサイルを切断し、彼は爆炎が散らされるより先に残り2機を肉薄し、両刃剣と化した銀の剣で刻む。

 さすがは元円卓の騎士か。【両刃剣使い】のエドガーとして名を馳せていただけの事はある。1発の火力が不足していたのも当然だ。アレは元々が双刃剣であり、分離ギミックを持っている武器なのだから。

 最後の反撃でプラズマ砲を使おうとする生き残りの1機のガードロボに灰被りの大剣を投擲して撃破し、エドガーを援護したオレは再び双刃剣を分離するエドガーを見ながら、余りにも順調すぎる事に増々の嫌な予感を募らせる。

 自慢ではないが、オレは物事が予定調和に終わった事など数える程しかない。今回だって、グリセルダさんを探しに来たはずなのに、蓋を開けてみれば感染の治療法を探さねばならなくなっている。アニマとギンジ、更にエドガーも加わった事も、何もかもが不安要素でしかない。

 

「ところで、【渡り鳥】殿とグリムロック殿はどのような理由でナグナに?」

 

 エレベーターに乗り、更に地下へと潜る間にエドガーは腕を組んで瞼を閉ざして少しでも脳を休めようとするオレを邪魔するように話しかけてくる。悪意は無いのだろうが、少しでも脳へのストレスを軽減させておきたいオレとしては妨害行為である。

 だが、そんな彼に非の無い文句を言ってもしょうがないし、言う程にオレは身勝手ではない。彼の疑問は尤もであるし、オレは顔をやや強張らせたグリムロックを目にしながら、慎重に言葉を選ぶ。

 

「……人探しだ。それ以上は訊いても答える気はない」

 

「なるほど。【渡り鳥】殿も探し物……いえ、探し人というわけですか」

 

 興味深そうな視線をエドガーはオレに絡めさせるも、一々説明する気などないオレはこれ以上の回答をする気はない。エレベーターが到着し、どうやら下水道処理施設の本体とも言うべき、無数のパイプが繋がった巨大な機材が安置された空間に到着する。巨大な円筒の内部を思わし、見下ろす形で排水処理装置が見える。

 だが、その肝心要の機材は大きく破損し、送り続けられただろう排水を垂れ流し、半ば水没してしまっている。金属製の50センチ幅ほどの橋が蜘蛛の巣のように張られ、巨大な機材を各所から見下ろせられるようになっているが、どうやら老朽化や事故で壊れたというよりも、爆薬などによって破損させられたと見て間違いないだろう。

 水没した機材の周辺では、この下水道処理施設の従業員らしきゾンビが呻き、あるいは遺体が浮かんでいる。

 

「おかしい。どういう事だい?」

 

 と、そこでグリムロックは何かに気づいたように眉を顰める。

 

「なるほど。やはりそういう事でしたか」

 

 そして、何故かエドガーも納得している。この展開は久々だな。やはりオレには頭脳労働役が似合わないと納得させられる。

 

「ここまでに登場したゾンビだけど、従業員の姿をしたものばかりだったんだ。だけど、ここの下水処理の心臓部とも言うべき機器は『爆破』された。つまり、ナグナに進行した兵士が攻撃を加えたものじゃない、という事なんだ」

 

「そうなると、侵略による破壊はともかく、感染による壊滅はナグナによる自作自演の人為的災害……という線が濃厚ですな。これは攻略の上で重要なヒントとなるでしょう」

 

 グリムロックとエドガーに解説され、なるほどとオレは頷く。確かに、これまで倒したゾンビは地上と違う従業員タイプばかりだった。ロボット系に関しても、防衛を目的としたタイプばかりだったのも解せない。

 橋を渡り、反対側にあるエレベーターに接触するも、システムウインドウでエレベーターの起動にはカードキーが必要であると拒絶される。

 カードキーか。恐らくだが、島のように機材やパイプが水面から露出した、灰銀色の排水で濁った下水処理機材は配置された区画に行く必要があるだろう。

 機材がある下の区画までは下りれる階段もあるのだが、途中で破損してしまっている。使えない事は無いだろうが、崩落トラップが仕掛けられていても面白くない。オレは橋の柵につかみ、強度は十分である事を確認する。

 

「グリムロック、ロープをくれ。オレが下りてカードキーを探す」

 

「ご一緒しましょう」

 

「エドガーはここに残れ。万が一もある。3人を守れるのはオマエくらいしかいないからな」

 

 信頼はできないが、ここでエドガーが裏切る事に意味は無い。ならば、今は任せても大丈夫だろう。オレはグリムロックからロープをもらい、柵に結ぶとそのまま水没した機材が安置された、今は水没した区画まで降下する。

 上手く幅1メートルはあるだろうパイプの上に着地したオレは、アサルトライフルを構えながら周囲を警戒しつつ、呻きながら水面を叩いて迫って来るゾンビにヘッドショットを決めていく。これだけ鈍ければ十分に狙いをつける事もできる。まずはしっかりと掃除をしないとな。

 しかし、カードキーか。定番ならば、少し特別なモンスター……ネームドなどが持っていそうなものだ。あるいは、トラップ満載の所から回収だな。どちらになる事やら。

 と、そこで水面が盛り上がり、何かがオレに向かって迫るのを見て、咄嗟に跳んで別のパイプへと移る。水面から伸びた何かはオレが足場にしていたパイプを粉砕して水没させる。

 それは巨大な多関節の腕だ。皮は剥げて内部の肉が露出して赤黒い体色をしており、感染されている事を示すように灰色の金属の斑点が浮かび上がり、また膿んでいる。頭部は縦に割れ、脳髄とも言うべきそれは膨張し、そこから無数の黒い繊維のようなものがイソギンチャクのようにうねうねとしていた。胴から千切れたらしい下半身は無く、断面からは10本以上に分かたれた脊椎がまるでイカの触手のように伸びていた。

 体格は5メートル以上だろう怪物は非ネームドらしく、名前はHPバーに記載されていない。その証拠と言わんばかりに、更にもう1体が水面より飛び出し、オレを7つはあるだろう多関節の腕でつかみ、水面下に引き摺り込もうとする。

 2対1か。アサルトライフルを撃ち込み、斑点以外の素の肉の部分は通りが悪くないと確認した上で、オレは足場となるパイプからパイプへと跳び移る。アサルトライフルで少しずつ削りながら、濁った水中を脊椎の足で泳いで強襲をかける怪物を、丁寧に灰被りの大剣で迎撃する。伸びた多関節の腕を両手剣で薙ぎ、軌道を逸らして露出した脳髄へとアサルトライフルを近距離で連続着弾させ、怯んだところに、即座に両手剣を黒い繊維が伸びる脳に叩き込む。ダメージは悪くなく、また火炎属性も効きが良い。

 と、そこに上空から落ちてきた焼夷手榴弾が怪物に直撃し、広がる炎が焼いて絶叫を轟かせる。どうやらグリムロックが援護してくれているらしく、在庫に限りが見えてきた焼夷手榴弾を惜しみなく投下してくれているようだ。ありがたい援護を受けながら、オレは刃毀れが目立ってきた灰被りの大剣を見て、コイツともそろそろお別れかと名残惜しく思う。元々使い潰すつもりで持ってきたので未練はないが、まだまだダンジョン攻略が残っているのに破棄が迫っているのは痛手だ。それだけゾンビ退治に耐久度を喰われたと言う証左そのものなのだから。

 多関節の腕を鞭のように振るう、残りHP3割を切った1体に接近し、オレはその口内に両手剣を突き刺し、右に薙ぐ。飛び散った肉片の赤を視界に、そのままソイツの額を足場にして宙を舞い、飛びかかるもう1体へアサルトライフルを浴びせる。銃弾から逃げようとするソイツを、機材に繋がった細めのパイプに足をかけてぶら下がり、正確に銃弾を追跡させる。だが、水面下に潜られて銃弾は届かなくなり、オートリロードが開始されてアサルトライフルは一時使用不能になる。時間にして5秒程度であるが、その分だけ敵の攻めに牽制が出来なくなる。

 足をかけるパイプごと破壊する勢いで水面から飛んだ怪物がタックルを狙うも、オレは両手剣を振るう勢いで足をかけるパイプから離脱し、そのまま宙で両手剣を投擲して残りHP1割を切っていた怪物の背中を貫いて撃破する。そのまま水面に落下しそうになるのを、抜いた打剣のギミックを発動させて別のパイプを絡め取ってぶら下がる事で防ぎ、もう1体が水中を動く、水面の揺らぎを見抜いて銃口を這わせる。

 水面が爆発し、腕を広げた怪物がオレをつかもうとするも、出現場所を見抜いていたオレは登場と同時に銃弾を頭部に集中させ続け、オレに接触する数センチ前でスタン状態にさせて無様に落下させる。そこにグリムロックが投下した焼夷手榴弾が決め手となり、炎に呑まれた怪物は沈黙した。

 カードキーのドロップは無し。この様子だとトドメを刺したグリムロックの方も得てないようだ。打剣を絡ませたパイプから別のパイプへと体を振って飛び移り、ギミック解除をして打剣を戻したオレは、何処かでカードキーを見失った確率が高いかと、探索のし直しを検討する。

 だが、苦労は全く意味を成さなかったと言えば違ったらしく、背中の肉をごっそりと奪われた、水面から上半身を伸ばし、パイプをつかんだまま絶命していたらしい男の遺体を見つけ、そこから【地下下水道地図】を入手する。

 オレはロープを伝ってグリムロックの元に戻り、援護について感謝を述べると、入手してマップ情報で登録された地下下水道の全貌を共有化する。

 

「やはりと言うべきかもしれませんが、我々が辿ったのはルートの1つに過ぎないようですね。全体攻略率は僅か3パーセントとは……」

 

「1晩で3パーセントも攻略出来ただけマシと考える方が良いだろ? それに、どうせ大半はレアアイテムが安置されているだけだろうさ。単純に突き進むだけなら、この広さなら時間はそこまでかからないさ」

 

 とはいえ、それは感染していないオレやエドガーの感想だ。こうしている間にも感染率が上昇しているギンジとアニマからすれば、まだ97パーセントも攻略すべき場所が地下下水道の『上層』だけで残っているとなれば、絶望も濃くなるというものである。

 やはりナグナの月光草の入手が先だな。『下層』に行くには、カードキーで封じられたエレベーター以外では無いようだ。地道にカードキーを探索するしかないのであるが、せめて目星はつけておきたい。

 

「このマップ、不完全じゃないかしら?」

 

 そこで意見を出したのはアニマだ。彼女は考え込むような顔をして、やがて結論を出したように小さく頷いた。

 

「うん、やっぱり不完全ね。ほら、地下12層の東側、通路が途中で途切れてるでしょう? 普通、マップデータは完全な物だとしっかり線で区切られているんだけど、ここは途中で途切れてる感じがするもの」

 

「言われてみれば、そうだね。でも、良く気付いたね」

 

 感心するグリムロックに、アニマは苦笑しながらも、まんざらでもないようにマップデータを撫でた。

 

「私……ろくに戦えないし、サポートしか出来ないから」

 

「そんな事ありません! アニマさん、あなたのような縁の下の力持ちがいるからこそ、多くのプレイヤーは戦えているのです! もっと自信をお持ちください」

 

 自分を卑下する傾向があるらしいアニマに、エドガーは惜しみない賛辞を送る。

 最前線で戦うギルドのプレイヤーはそれだけ多くの注目を集め、また独力で全てができるような錯覚に陥り易い。それは特に大ギルド程に顕著だ。だが、彼らを支えているのは、アニマたちのような細やかでも、欠かさず支援を続けているプレイヤー達だ。

 そのままオレ達は自分たちが乗ってきたエレベーターに戻り、地下12階に到着する。通路を浮遊する、円盤が3つ組み合わさったような60センチほどの小型の巡回型ロボットを打剣を鞭に変形させて撃墜し、再飛行する前に形状を戻して貫く。こうした巡回型は継戦から一定時間経つと援軍を呼び寄せる。なるべく手早く、それも奇襲で処理するのが最適だ。

 

「なぁ、【渡り鳥】」

 

 どうやらエドガーとグリムロックとアニマは距離が縮まっているらしく、小声ながらも語らい合いながら並んで歩んでいる。オレは彼らよりも先んじてクリアリングしていたのだが、同伴したギンジがぼそりと声をかけてきた。

 ギンジは≪気配察知≫と≪千里眼≫を所持しているらしいので索敵には有用なスキル構成だ。そこで、通路が入り組んでいる地下12層ではこうして組むことになったのだが、当然ながら関係が良好に発展する余地が無いオレ達で、グリムロックという緩衝材無しで声をかけてくるのは意外だった。

 

「どうやったら、そんなに強くなれるんだ?」

 

「藪から棒に何だよ」

 

「俺さ、実は……昔は最前線でそれなりに頑張ってた時期があるんだ。だけど、どんどん難易度が増していくし、モンスターは強くなるし、ボスは勝てっこないと思うくらいにバケモノばかりだし、それで……」

 

 それで諦めたわけか。少しでも安全な、最前線で戦うプレイヤーではなく、それを支える側に回ったわけか。その挙句が最前線の未開エリアに放り込まれるとは随分と皮肉が利いているがな。

 

「レベリングに励め。強い武器を手に入れろ。以上」

 

 レベルならば時間をかければ、その分だけ上昇する。DBOでは【カウント・キャップ】というシステムが導入されているので一概には言えないがな。

 たとえば、レベル帯の割に経験値が多量にもらえる上に倒し易い、ボーナス的なモンスターが存在する。だから、そういうモンスターばかりを狩ればレベルは上昇し易くなる。経験値にも入手コルにもばらつきが多いDBOにおいて、旨みがあるモンスターが出る場所は『狩り場』として管理される。

 だが、モンスターの撃破数に応じて得られる経験値とコルは減少していく。設定は各々にあるが、平均的に言えば、最終的には当初に得られていた経験値の10分の1、コルは4分の1まで減る。これは旨みが大きいモンスター程に相対的に早くカウント・キャップが進む。

 つまり、安全な場所に引き籠もって、下位ステージの旨みあるモンスターばかりを倒していても、レベルは上がり辛くなる。このシステムのせいで泣かされたプレイヤーはかなりの数いるはずだ。

 終わりつつある街周辺のモンスターはカウント・キャップも緩いので1000体倒そうが、大して変化もないが、そもそもあの辺りのモンスターの経験値もコルも雀どころか蟻の涙のようなものだ。特にレベル20以降はレベルアップに必要な経験値量が劇的に増加する。そこを乗り越えても、今度はレベル40以降は更に大幅に必要量が、レベル60以降も同様だ。

 これは『20の壁』と言われており、挫折の障害でもある。20の壁とカウント・キャップさえなければ、ここまで下位・中位・上位のプレイヤーの格差は無かったのではないか、と言われているほどだ。

 

「俺も、昔はそう思っていた。でも、DBOで必要な強さは、レベルとか武器とか、そんなものだけじゃない。もっと根本的な強さなんだ。それを思い知ったんだ」

 

「…………」

 

「恐怖に打ち勝つ強さとか、そういう精神的なものだけじゃない。足りないんだ。上手く言葉にできないけど、アンタの戦いを見ていたら、諦めた時の事を思い出したんだ。ゾンビからも、あの触手の怪物からも、1回も攻撃を受けないで切り抜けるなんて、俺にはできない。だから教えてくれ。どうやって、そんなに強くなったんだ?」

 

 ……面倒だな。こういう質問を受けたことは1度や2度ではないのだが、オレにまともな回答など元より無いのだ。

 ただひたすらに強くあれ。そうあり続けようとしただけだ。迫りくる困難を切り抜け続けただけだ。常に絶望的な戦場で勝ち残るために、殺して殺し殺して、ひたすらに殺し続けて、そうして生きて来たから、今のオレがいるだけだ。

 敢えて言うならば本能の有無だろうが、そんなものは彼からすれば理不尽な要素だろう。

 

「逆に聞きたいが、どうやったら一緒に戦ってくれる仲間ができる?」

 

「は?」

 

「オマエの質問は、オレにとってそういう意味だ。独りで戦い続けたから、今のオレがいる。オマエらに蔑まれ、憎まれ、侮蔑される【渡り鳥】がいる。そういう強さが欲しいなら、独りで戦え。どんな敵が現れても斬り捨てろ。たとえ……それがかつての仲間だとしても。そうやって戦って生き抜けば、望んだ強さの半分くらいは手に入るだろうさ」

 

 そうして、オマエも『バケモノ』と呼ばれる存在になる。敢えて最後にそれを付け加えなかったが、オレが言いたかった事はギンジには伝わったはずだ。

 到着したマップデータが無い境界線は、多量の資材が積まれて封鎖されていたが、オレとギンジで取り払ったところ、焼き焦げた壁と溶接されたドアが露わになる。オレは殴り掛かって破壊可能オブジェクトである事を確認する。

 

「隠しルートの類かな?」

 

「あるいは、こっちこそ正規ルートかもな」

 

 悩むグリムロックを尻目に、オレは武器の耐久度を減らすのも勿体ないので壁を殴り続ける。痛覚が機能している為か、殴りつける度に鈍い痛みが指に広がる。だが、それは本物の鉄材に全力で殴りつけたものに比べれば弱々しい。やはり、痛覚遮断が完全に死んでいるわけではなく、ダメージ関連で機能が不完全になっているのだろうか? 後で念入りに調べる必要がありそうだな。

 溶接されたドアを数分間に亘る攻撃で粉砕し、道を開けたオレは悪臭に顔を顰めた。

 ドアの向こう側に広がっていたのは、まるで火事があったように煤で黒ずんだ壁だ。だが、それ以上に奇怪なのは、不気味な植物たちだ。赤肉を思わす毒々しい根が張られ、小さな赤く光る果実を生やしている。

 床は青黒い苔で敷き詰められているが、オレはその中にある盛り上がりに意識が傾き、体を屈めて慎重に苔を剥がしていく。

 

「焼死体か。それもゾンビ……というよりも異形だな」

 

 この植物のような『何か』は、通路で眠る無数の焼死体を養分に、あるいは死体から派生するように拡張しているようだ。

 まるで足に絡みついてくるような、ざわざわと、よくよく見れば蠢ている苔を踏みながら、オレは顔を蒼くしたギンジを下がらせる。エドガーは殿を務め、背後に警戒するようにして、戦闘力が不足している3人を守るような縦の隊列を組む。

 何処もかしこも苔と根ばかりだ。赤く光る果実は照明の代わりを果たしてくれているが、これまで通ってきた下水道よりも光源として弱々しく、必然的に有効視界距離は狭まる。

 

「ヒッ!」

 

 アニマが短く悲鳴を上げる。根が張り巡らされた壁に、体の右半分を炭化させた人間が埋め込まれていたからだ。もう左半分からは、皮を破って内部から伸びた骨が肉を纏い、根となって周囲に広がっている。つまり、この根もまた人間が発生源という事だ。しかも、埋め込まれた人間はまだ生きているらしく、焼け落ちた瞼によって乾燥した右目が視神経に繋がれながら零れ落ち、毒々しい肉の花を咲かせ、そこから小さな7本の黒の触手を伸ばし、こちらを知覚するように蠢いている。

 精神的なダメージが大きいらしく、アニマもギンジも、そしてグリムロックも今にも吐き出しそうな面をしている。やはり言わないで正解だったな。先程から光源になっている果実であるが、あれは子宮だ。薄い皮の向こうで、胎児のようなものが小さく脈動して発光しているのだ。もちろん、それは人であり、人から外れた形状をしている。

 そして、根から伸びる破裂した果実……つまり中身は既に外に出ている。さてさて、どんな怪物が現れる事やら。

 

「……チッ」

 

 いつの間にか、口元が楽しげに歪んでしまっている事に気づき、オレは手で覆う。抗う気はないが、あまり反応を表面化させるべきではない。千里の道も何とやら、だ。内側で消化するようにしなければ、余計な感情を周りに植え付ける事になる。これだから団体行動は大変だ。

 強さとは何なのか。そう言えば、以前にサチにも尋ねられた事があったな。

 人は強さに惹かれる。それは生物として、より上位に……優位になる為に必要不可欠な要素だからだろう。だが、人は単純な暴力以外にも強さを見出すことができた。オレにとって『アイツ』が憧れなのも、たとえ弱さと断じられるとしても、それを捨てなかったからだ。どんなに絶望的な状況でも、切り捨てなかったからだ。

 だからこそ気がかりだ。『アイツ』は今も99層の事を思い悩んでいるのではないだろうか? あれは不幸な出来事だったのだ。それに手を下したのはオレだ。変に気に病んでいなければ良いのだが、あの性格からすると、今も抱え込んでいるんだろうな。

 根と苔に満たされ、血のような赤黒い液体で濡れた階段を見つけ、オレは無言で彼らを先導する。

 

「もう嫌ぁあああ」

 

 泣き言を言いながらも、アニマは何とかといった調子で同行する。昔のオレならば容赦なく置いていくところだが、そろそろ休憩が必要だな。まぁ、精神的に来るものだろうから、この区画を抜けない限りには休みたくても休めないだろうが。

 階段を下りた先は赤黒い液体の川……というよりも沼だった。水草のように苔が赤黒い液体に浸されて揺れていた。踝まで浸す赤黒い沼に立ち、オレは目を閉ざして耳を澄ます。

 

「来るぞ」

 

 水面が跳ねる独特の音を捉え、オレはエドガーに注意を促す。グリムロック達を階段に残し、オレは右側から、エドガーは左側から、それぞれ通路の暗がりの奥から血の沼を駆けてくる敵を迎え撃つ。

 それは6本腕の人間……のようなものだった。足はなく、胴体から3対の腕が生え、それで蜘蛛のように動き、頭部は細長く、口には青い牙を取りつけている。目はなく、代わりに華が肥大化し、口からは舌の代用品のように黒く細長い触手を無数と伸ばしている。

 アレが子宮の果実から産まれた存在なのか否か。どちらでも関係ない。6本腕で以って高速で動くそれにアサルトライフルを撃ち込み迎撃する。どうやらスタン耐性も怯み耐性も低いらしく、ヘッドショットを受けずとも減速するも、とにかく数が多い。オレが対応する右側からは4体の6本腕が接近している。

 アサルトライフルの迎撃を潜り抜け、減速しなかった1体がオレに飛びかかる。口内から伸びる触手を針のように尖らせたそれらをサイドステップで躱し、左手のアサルトライフルを撃ち込みながら、右手の両手剣で半ば叩き付けるように斬り払う。そうしている間に、残りの3体の接近を許すも、冷静にアサルトライフルを捨てて打剣を抜いて鞭に変形させて飛びかかる2体を弾き返し、沼に潜る様に迫っていた1体が跳び上がるより先に踏みつける。

 斬り払って落とした1体に、変形解除した打剣の先端で突き刺し、そこから変形させて内部から抉り取るように振るう。まずは1体。壁を這い、背中をぱっくりと開いて肉の礫をばら撒かれるも、それを目視せずに、ヤツメ様の導きに従って両手剣を振るって防ぎ、そのまま投擲して串刺しにして拘束する。続く1体が鋭い爪を備えた手でオレを拘束するように腕を広げて飛びかかったので、蹴り上げで顎を打ち砕き、そこから即座に踵落としで額から突き落とし、レーザーナイフで背中を引き裂く。これで2体。そのままレーザーナイフの展開時間が切れるより先に背後のエドガーの側へと投げる。それはエドガーが両刃剣で振り払っていた5体の6本腕の1体の胸を貫いて怯ませ、その間に彼はショットガンを口内に押し込んで頭部を吹き飛ばす。

 そうしている間に灰被りの大剣を引き抜いて拘束から脱した1体がグリムロックたちを狙って駆ける。それを防ぐべくオレは6本腕の背中に飛びかかり、両手剣で空いた背中の穴に右手を突き刺す。

 抉り取る。たとえアバターであるとしても、そこには内臓とも言うべき部位が設定されている。それは今までの戦いから分かっている。深く、奥深くにある、心臓とも言うべき鼓動している部位を発見し、握り取り、千切る。

 6本腕が絶叫して死亡し、赤黒い光になる中で、残された心臓の様な赤黒い光の塊を捨て、頬に付着した肉片のようなそれを袖で拭う。最後の1体が背後から飛びかかるも、オレは伸びた口内の触手が直撃する前に左手でつかみ取り、逆に引っ張って引き寄せてその喉をつかみ、STRを全開にして砕き、赤い沼に沈める。そのまま触手を千切り、口内にプラズマ手榴弾を押し込めると、蹴飛ばして数メートル先で内部から爆破させて肉片と赤黒い光の雨を降り注がせる。

 これで感染したら洒落にもならないが、どうやら茅場の後継者もそこまで設定はしていなかったようだ。全身が血塗れ状態になったオレは、汗と混じり合って悪臭がするそれに辟易する。

 そうしている間にエドガーの方も始末がついたようだ。彼もまた無傷である。オレが言えた義理ではないが、コイツも大概だな。さすがは最前線にソロで来るだけの事はある。

 

「いやはや、借りを返された、という事ですかな?」

 

「援護くらいはしてやるさ」

 

 あの程度で強化巨人兵の時の助太刀分が返せたつもりはない。武器を再装備状態にしたオレは、ギンジの嫉妬と恐怖が混じった視線に嘆息した。




今更ですが、今回はグロテスク路線です。モンスターの強さはまだまだ弱いですが、精神面をガンガン削る仕様になっています。
※なお、主人公(白)には効果が無い模様。

それでは、191話でまた会いましょう。

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