SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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実はですね、グリセルダ編はですね、10話くらいで終わらす予定だったんです。エピソード15の教訓を活かして、スピードエピソードにしようかと。

……プロットを見て、非常にまずいと危惧を覚えました。そして、筆者は考えるのを止めました。


Episode16-7 沈黙を尊ぶべし

 6本腕を脳天から死神の槍で突き刺し、エドガーのショットガンで右側の腕が全て吹き飛んで機動力を失って転がるもう1体の背中を踏み潰しながら、壁に張り付いて駆ける3体目にマシンガンを浴びせて落下させる。

 そこをエドガーが瞬時に銀の剣で刺し貫いて撃破する。死神の槍で貫かれて続けて貫通ダメージを受けた1体は赤黒い光となり、踏みつけ続けた最後の1体はレベル不足が著しいグリムロックの足しにさせるように、彼の強化警棒で倒させる。

 地下下水道に比べれば狭い研究所の通路では、機動力のある6本腕の襲撃もそれなりに脅威だ。だが、逆に言えば上手く迎撃すれば、その機動力の強襲さえ防げば、元よりHPが多くない6本腕を倒すのは格段に楽になる。

 さすがに下水道施設の深部にあるというだけあって、雑魚オブ雑魚だったゾンビは既に登場せず、こうしたグロテスクなクリーチャーが主力となってきている。油断すれば手傷を負いかねない。

 

「しかし、この研究所は鉱毒について研究していたようですが、どうして地下に設ける必要があったのでしょうね?」

 

「排水処理施設と一体化させる為だろ? 鉱毒のサンプルは取り放題だし、何か事故があっても『こんな風に』閉鎖も容易で地上にも迷惑をかけない。それに、本命の古いナグナに通じる坑道もあるらしいしな」

 

「なるほど」

 

 納得した様子のエドガーはショットガンのリロードを行う。元々ショットガンはマシンガンやアサルトライフル程に多量の弾薬を持ち込めないジャンルだ。そろそろエドガーも節約を考えなければならない頃だろう。

 あるいは、ショットガン系の弾薬を複数種持ち込んでるとも考えられるか。ロボット系にもバイオ系にも通りが良いらしい光属性付与のショットガンは貴重なダメージ源だ。この先には強敵が控えているだろうから、それまで温存してもらいたい限りである。

 

「油断するなよ。オレみたいに感染する事になる。遅かれ早かれとはいえ、遅いに越した事はないからな」

 

「ええ。『油断』など致しません。このエドガー、常に全力で事に当たらせていただきます」

 

 にっこり、と全てお見通しと言わんばかりの笑顔を顔に張り付かせているエドガー、それに妙に据わった目をしたグリムロックには……うん、分かってはいるが、どうやらオレの嘘はバレバレらしい。だが、肝心要のアニマには勘付かれていないようだ。

 そしてギンジは負い目を感じた眼差しをずっとオレの背中に向けている。馬鹿をする心配はこれ以上無さそうであるが、今度は自責の念に駆られているようだ。存分に反省しろよ。今回は守れたが、強化巨人兵の時にあんな阿呆な真似をされたら守ろうにも守り切れない。

 密閉ガラスが割れ、研究室と廊下は繋がり、破損して開閉できなくなった自動ドアの代わりを果たす。ガラスは粒状になって砕け、特に体を傷つける心配も無いので、オレは研究室内に跳び込み、マシンガンを構えて安全を確かめてから4人を招く。

 

「電源は……まだ生きてるみたいだな」

 

 非常灯のようなものが地下研究所を薄暗くも照らしているように、この廃棄された研究所には電力が行き届いている。恐らく自家発電の設備が整っているのだろう。破損していないパソコンを見つけて起動させるが、パスワードによって阻まれる。

 

「駄目だな。パスワードを探すしか――」

 

「任せて。≪暗号解読≫があるわ」

 

 さすがはサポート型だ。オレは感心してパソコンにスキルを発動させるアニマの評価を高める。見ているかね、ギンジくん。何も戦闘ばかりが活躍する場面ではないのだよ。彼女のような戦えずともサポートを極めれば、立派な戦力の1員となれるのだ。しっかり自省したまえ。

 表示されたのは、この研究所のサーバーと直結した管理システムのようだ。恐らく、研究データを一律で管理しているのだろう。

 

「マップを出してくれ。大よそでも良いから構造を知りたい」

 

「ちょっと待ってて……多分、これかしら?」

 

 アニマがパソコンから研究所内の地図を発見し、それが共有される。本当に大よそではあるが、3層構造になった研究所のマップデータが入手できたのは、彼女の御手柄だ。

 

「ふむ。やはりと言いますか、研究所の最下層に地下へと続くエレベーターがあるようですな。恐らくは……」

 

「ああ。古いナグナに続く坑道まで続いているだろうな。グリムロック、現在時刻は?」

 

「ちょっと待ってくれ……午前5時半だね」

 

 そろそろ疲労も限界だな。オレとエドガーはまだまだ大丈夫だが、グリムロックも含めて疲弊が大きくなっているだろう。何処か休めそうな場所は無いかとマップデータを探り、仮眠室を発見する。ここからも近いだろうし、仮眠室ともなれば体を休める設備も整っているだろう。

 

「他に情報は?」

 

「えと……研究内容自体は真っ当だったみたい。薬の開発とか、重病者の治療方法の模索とか」

 

 それは意外だ。6本腕や赤の沼に浸された通路の惨状を思えば、とんでもない非人道的な研究を行っているものばかりと思っていたが、確かに研究内容は良くも悪くも平凡で、なおかつ善良だ。

 だとするならば、何がこの研究所で起こったというのだろうか? DBOにおいて、ストーリーを読み解くのはそのまま攻略とボス情報に直結する。残念ながら、DBOにはボスの弱点やら攻撃パターンやらを教えてくれるサービス精神溢れたNPCはいないのだ。散りばめられたヒントから自力で解析していくしかない。

 恐らくだが、このナグナのダンジョンはメインダンジョンではない。サブダンジョンの類だろう。ギルド拠点が無いところを見るに、シャルルの森と同様のチャレンジ型ではあるが、難易度自体はステージと同程度だろう。そうなると、メインダンジョンを攻略する上で必要不可欠になるタイプだろうか? イベントダンジョンは総じて高難度であり、メインダンジョン以上の強敵が蔓延っている。上位プレイヤーであるオレとエドガーの2人がかりでも、最前線のイベントダンジョンともなれば情報無しでここまで突き進むのは無理だろうから、まず違うだろう。

 

「警備システムもまだ生きてるみたい。3層目に行くには、2層にあるサーバールームでメインコンピュータを操作して警備システムをダウンさせないと」

 

「お手柄ですよ、アニマさん。あなたのお陰で我々は探索に回すはずだった時間と物資を節約できました」

 

 惜しみない称賛を送るエドガーに、アニマは照れた様子ながらも、満更でもないといった表情をする。対してギンジは増々表情が暗くなるばかりだ。

 しかし、サーバールームか。オレとエドガーは目を合わせ、無言で合意する。ボスでないにしても強敵……最低でも強化巨人兵、あるいはネームドが配置されていると覚悟すべきだろう。

 それに、この廃棄された研究所で何が起こったのか、調査しておくのは決して無駄ではない。仮眠室に到着したら、エドガーに護衛を任せてオレは探索を続けるとするか。だが、グリムロックを警護する上でもあまり離れすぎるのは……こういう時に団体行動というのは不便だな。

 思考・戦闘スタイル共に徹底的にソロ型のオレではどうしてもパーティでの動き方というのが身についていない。改善すべきとは分かっているんだがな。

 ……無駄な努力かもな。たとえ変われたとしても、それは周囲からの評価や目が変わるわけではない。オレはどう足掻いても【渡り鳥】のままだろう。そして、そうして生きてきたツケが簡単に拭える程に軽いものではない事も重々承知している。

 

「仮眠室がある。そこでしばらく休憩するぞ。エドガーもそれで良いな?」

 

「ええ。武器の整備もそろそろしたいと思っていたところです。グリムロック殿が請け負ってくれるそうなので、この機に修理しておくのも戦略としても有効でしょう」

 

 決まりだ。割れた窓ガラスから再び通路に戻ったオレ達は、仮眠室に何事もなくたどり着く。唯一気がかりなのは、天井に設置された監視カメラがオレ達を見つめ続けていた点だ。

 視線を感じる……というのは言い過ぎかもしれない。だが、何かがオレ達を監視している気配を感じる。杞憂ならば良いのだが、まずあり得ないだろう。

 

「意外と広いね。仮眠室というよりも娯楽室かな?」

 

 カーテンで分離できるベッドから5台並び、テレビや自動販売機が設置され、マッサージチェアまで完備だ。幸いな事に遺体らしい遺体は数人分しかなく、オレは彼らの遺体をベッドの1つに積み重ねると、誰の視界にも入らないようにカーテンを閉ざした。

 さすがにマッサージチェアが動く気配はない。テレビも同様だ。電力の割り当てがされていないのだろうか?

 安全である事を確かめてから、グリムロックは一息吐いてベッドの上に腰かける。感染率の時間経過による上昇もある以上は悠長に休憩もできない。せいぜい2時間か3時間が限度だろう。彼は時間を無駄にしないように、携帯用鍛冶道具を取り出し、先客のエドガーの両刃剣を預かる。

 

「【銀鋼の両刃剣】ですか。MYS補正が高いですね。エドガーさんはやはり≪奇跡≫の使い手なのですか?」

 

 なるほど。整備を予約したのは、エドガーの武器がお目当てか。今にも涎を垂らしそうな顔で、眼鏡をギラリと光らせたグリムロックが、今度はショットガンの方も頬擦りしたいのを堪えるように喉を鳴らして武器ステータスを確認している。

 

「ええ。お粗末ながら」

 

「そう言えば、巨人に変な奇跡を使ってたよな。あれは?」

 

 援護でエドガーは無数の灰の剣で強化巨人兵を攻撃してくれた事を思い出す。あのような奇跡は見た事も聞いた事も無い。奇跡で攻撃と言えばフォース系と雷系だ。あれはどちらかと言えば魔法に近しい気がする。

 すると、エドガーは尤もな質問だと仰々しく頷く。

 

「あれは我ら神灰教会の秘儀の1つです。3大ギルドが未だ得ていない、我々の数少ないアドバンテージの1つです」

 

「ほうほう。是非ともお聞かせ願いたいですね」

 

「後にしろ。今はさっさと整備して休め。倒れられたら困る」

 

 スイッチが入って語りだそうとするエドガーと鍛冶屋の性で情報を得ようとするグリムロックを諌める。どうしてオレが常識人ポジションに収まっているのだろうか?

 

「はぁ、こうして地下にずっといると肩が凝るわね」

 

 思いの外にアニマの精神状態も良いらしい。とりあえず、順調にダンジョン攻略が進んでいる事、そして今のところは時間経過以外では感染率が上昇していない事が彼女の精神を上手く保たせてくれているようだ。

 

「肩が凝るって……仮想世界で凝る訳ねーだろ」

 

「あー、そうでもないんだ」

 

 アバターである以上、血流と筋肉とリンパが関係する肩凝りなどあるはずがないだろう、というオレの実に真っ当な意見を、何故かその場の全員が思いっきり否定する表情で反論してくれた。優しい声音でグリムロックが説明を始めてくれたのは世間知らずのオレへの慈悲か。

 

「実はね、ここ最近でDBOでは深刻な肩凝りや腰痛が蔓延しているんだ。発汗するようになった頃と同じ時期からだから、クゥリ君が知らないのもしょうがないだろうけど」

 

「早速クラウドアースがマッサージ専門店をオープンさせた程なのよね。15分で3000コルもするけど、本職のマッサージ師がしているだけあって、気持ち良いったらないのよ」

 

 うっとりとした表情のアニマに、オレは逆に危機感を募らせる。

 肉体的な疲労を感じない。それは仮想世界と現実世界をハッキリと区分する1つの要素だったはずだ。だが、DBOでは今まさに、オレの想像した以上にアバターが現実の肉体に近づいているのだと危惧する。

 オレは全く凝っていないので、どのようなパラメータ判断で凝るのかは知らんが、間違いなくプレイヤーの精神と活力を疲弊させる要素となるはずだ。それ程までに、肩凝りという概念は恐ろしい。世にこれでもかとマッサージ店が溢れている現状を考えれば分かるだろうに。

 

「そういえば、ギンジって肩もみが上手なんだよね」

 

「末っ子だったから、家族の肩もみを良くしてからね。……小さい頃からそんな感じさ。雑用ばかり押し付けられて」

 

 アニマに話を振られた未だに調子を取り戻せていないらしいギンジに、オレはどうしたものかと、らしくない事で悩む。反省してくれるのはありがたいが、いつまでも気分が沈んだ状態では精神上よろしくない。

 ……オレはMHCPじゃねーんだがな。出てこい、本職AI共。今のギンジくんこそ治療のやりがいがある患者さんだろうに。

 

「だったら1つオレにも頼む。生まれてから肩凝りが無いこのぷにぷにの肩にオマエのテクニックを披露してやれ」

 

 トントン、とオレは自分の肩を軽く親指で叩く。ギンジは躊躇いながらも、椅子に腰かけたオレの肩に触れる。

 

「硬ぁあああああ!?」

 

 だが、オレの肩を押し込もうとした彼の親指はまるで仮想世界の肉に押し込まれない。それどころか、揉もうとしたギンジの指の方が折れ曲がる勢いだったらしく、彼は悲鳴を上げる。

 

「はぁ? 硬いわけねーだろ。全然凝ってないんだぞ?」

 

「これが凝ってないっておかしいぞ!? まるでガチガチに固まったスポンジを押したみたいな感触だったから!」

 

「ちょっと良い? どれどれ……うわぁ、これって本当に人の肩なの?」

 

 試しにといった様子でオレの肩に触れたアニマも同意見のようだ。そんなに凝ってる気はないんだがな。どちらにしても、ギンジが断念したので肩もみで調子を戻させよう作戦は失敗だな。

 

「ふむ。いわゆるアレでしょうな。凝り過ぎると1周して何も感じなくなるというアレです」

 

「ああ、私もサラリーマンですからね。その感覚は痛い程分かります。凝り過ぎると本当に何も感じなくなるんですよね」

 

 そして社会人組だろうグリムロックとエドガーは妙なシンパシーを感じているようだ。大人って怖いな。

 ……大人か。そういえば、オレも20歳だ。大学は休学状態だろうし、仮にDBOから帰れば大学生としての生活を再開する事になるだろう。その先で、オレはどのような未来を得るのだろうか。

 

 

 

『篝さんは良い人ですよ。だから……きっと、誰でも得られるような、「普通の幸せ」が見つけられますよ』

 

 

 

 SAOから帰還したオレに、真っ当な道を示してくれた直葉ちゃんの言葉が蘇る。彼女のお陰で、オレはDBOに戻るまでの間、人間らしい生活を続ける事が出来た。たとえ、それが自分の本質から目を逸らし続けた悪しき期間だったとしても、『人』としての心を持ち続けられた、そこに愛おしさと尊さを認識できた大切な時間だった。

 きっと、オレはもうあの夢物語には戻れない。『普通の大学生としての久藤 篝』には決して戻れない。

 ならば……いっそのこと、この仮想世界がずっと続けば……

 

「馬鹿らしい」

 

 それこそ、茅場の後継者の思い通りの様な気がして、オレは唾棄する。それこそ、この仮想世界に真に囚われるという事だ。

 グリムロックが無事にオレとエドガーの武器の整備を終え、各々が休憩を取り始める。グリムロックはベッドに横になり、アニマは布団を被って丸くなり、エドガーは神父のくせに座禅を組んでいる。どういう教義なんだよ、神灰教会は。

 オレは警戒も含めて出入口の付近で壁にもたれたまま、眠ることなく瞼を閉じ続ける。

 

「で、謝罪の言葉は聞きたくねーぞ?」

 

 休めと言っただろうに。オレは珈琲を持ってきたギンジの話したそうな面を、溜め息と共に迎える。

 小声ならばアニマには聞かれる心配こそないが、エドガーは寝てるかどうかも怪しい。他人に聞かれたくない話ならば場所を変えるべきだろう。グリムロックに修理してもらった打剣を手に、オレはギンジを伴って仮眠室から出る。

 敵影は無し。通路の壁にもたれたオレは、銀色の金属製マグカップに注がれた珈琲に口をつける。砂糖もミルクも無しか。まぁ、ダンジョンだし贅沢は言えねーよな。だけどブラックはあまり好きじゃない。やっぱり1番心が落ち着くのはミルクココアにマシュマロたっぷりのドロ甘だ。これこそが我が家のスタンダードである。兄貴だけが唯一嫌いだったみたいだけどな。

 

「焦っていたんだ。俺だけ……俺だけ役立たずで、アニマも守れないで……情けなくて、それで……」

 

「それであんな無茶をした、か。馬鹿じゃねーの?」

 

 バッサリと、次の言葉が続かない程にオレは言い切る。ギンジはショックを受けた表情をしていたが、身から出た錆だ。素直にオレの罵声を受け入れる気構えらしい。

 

「確かに、オレは独りで戦えば強くなれると言った。だけどな、生き残れたら、とも言ったはずだ。土台、オマエには無理なんだよ。スキルもそうだが、他人と連携するって概念が頭にこびり付いてるだろうからな」

 

 連携を取る為の動きと単独で戦う為の動きは違う。キャッティがそうだったように、チームプレーが染み付いている以上は、単身で戦う事を学び取るにはかなりの時間と努力が必要になるはずだ。

 もちろん、ラジードのように自力で開花した連中もいるだろうが、あれはそもそもモチベーションが違う。ギンジみたいに、自棄になるのとは出発点が異なる。まぁ、ラジードの場合も女絡みなんだけどな。

 

「それでも! それでも……俺は強くなりたかったんだ。せめて……せめてアニマだけでも守りたい。彼女を無事にここから脱出させたい! 自分が中途半端な役立たずだって分かってる! アンタみたいに強くもないし、スキルも整ってないし、心だって……」

 

 自分の左胸を指でつかみ、歯を食いしばるギンジの目を見て……その苦渋に彩った眼光に、オレは羨望する。

 ああ、そうか。彼もまた変わりたいと望んでいるのだ。そして、彼にはオレよりもその余地が残されていて、その為に我武者羅でも良いから行動に移せるだけの『強さ』もあった。オレみたいに……ユウキに剣を向けるまで狂い続けたような阿呆とは違う。彼は地力で、どんな形でも良いから、悪名高い【渡り鳥】に縋ってでも、変革を望もうとする『強き人』なのだ。

 重ねる。たとえ、あり方が違うとしても、力の有無もあるにしても、コイツもまた『アイツ』と同じ側にいる。きっと、泥をしっかり綺麗に洗い流して磨いてやれば、宝石のように光り輝けるだろう。

 

「……片手剣はそもそも盾とのコンビネーションが売りだ。単体で扱うにしても、魔法なり奇跡なりの触媒を空いた手に持つもんだ。オマエみたいな、弓矢との組み合わせなら≪曲剣≫の方が良い。≪弓矢≫はTECボーナス型が多いから、≪曲剣≫とも相性が良いからな」

 

 オレには他人に語れる戦闘理論なんて持ち合わせていない。だから、いま語っている事はDBOの常識みたいなものだ。

 

「どう頑張ってもオマエは前線で戦える接近戦型に転身は無理だろうさ。弓矢を捨てて、TEC型片手剣二刀流で【黒の剣士】もどきを目指すのがせいぜい。それでも、二刀流なんて一朝一夕で身に付くようなもんじゃねーしな。センスが無ければ完全攻略まで戦力外だ」

 

「……そうか。そうだよな、やっぱり」

 

「だから、今のままで良いじゃねーか。射撃攻撃主体で、いざという時に後衛を守れる近距離攻撃持っていてアタッカーとタンクがカバーに戻るまでの時間を稼げる。しかも索敵スキル持ちだ。パーティに1人はいたら安心できる万能型じゃねーか」

 

 慰めではない。本心から、オレはギンジを評価する。

 アニマはサポート特化だ。彼女がいれば探索は格段に楽になる。確かに戦闘能力は低いが、そもそもサポート型に戦闘を任す時点で終わっているのだから責める方がお門違いである。

 そしてギンジは器用貧乏とも言い換えられるかもしれないが、苦手な事が無い万能型だ。索敵も探索も戦闘も何でもござれ。あらゆる場面で1等賞の活躍はできずとも、あらゆる場面で機能する事が出来る。

 

「ギンジ、オレが言えた義理じゃないが、仲間と連携して戦うってのはさ、1番『強い』理想形なんだ。オレみたいなのは、ただの無理と無茶と無謀を繰り返す馬鹿だ。そう罵って馬鹿にしておけ。それは何も間違っていない、正しい事なんだからな」

 

 だからこそ、仲間で戦うというのは難度が高い。真なる連携は真なる信頼の中でしか生まれないのだから。そして、その綻びを見つけ出して、毎度のように壊滅させているのがギンジの前にいる糞野郎だ。

 

「丁度良いじゃねーか。アニマは後衛どころかろくに戦えないんだ。『騎士様』の役目を果たすには、オマエは絶好のポジションだ。ポイント高いぞ? この状況を利用して一気に好感度を稼いでやれ」

 

「んな!? 俺はアニマの事なんか別に……っ!」

 

「あー、そういうの要らねーから。つーか、隠せてると思ってるならばオマエも立派な馬鹿だ。絶対にアニマにも勘付かれてるから男として覚悟決めておけ」

 

 最後のトドメはオレなりの細やかな最後の嫌がらせである。ワンワンに噛まれた時はマジで痛みで昇天するかと思ったからな。これでチャラだ。

 

「だから、今は無茶なんかするな。屑みたいな仕事は全部オレが引き受けてやるよ。我らが偉大なる聖職者のエドガー様もボランティアでお手伝いしてくれるさ。生き残る事、それといざという時にアニマを守って、オレらが駆け付けるまでの時間を稼ぐ事。それだけを考えてろ。後はネームドだろうとボスだろうと、エドガーが死んでも、オレが必ず倒す。その為にも、まずはナグナの良薬探しだ」

 

 アニマに恋心を知られていると判子を押されて悶絶していたギンジは、それでも濁りが失せた目でオレを見て、彼本来の表情だろう、落ち着いた子供っぽそうな顔で、小さく頷いた。

 

「……噂と本当に全然違うんだな」

 

「女装癖は断固として否定するが、それ以外は間違ってないさ」

 

 何百人も殺しまくった狂人。その評価は覆すべきものではない。オレ自身が積み重ねた屍の為に。喰らい続けた命の為に。

 

「少し寝ろ。感染率は気になるだろうが、寝る時に寝てないと愛しのアニマちゃんが守れないだろうからな」

 

「だからアニマの事は――」

 

 それ以上言わせる前に、オレは自動ドアを開けてギンジの背中を蹴飛ばして仮眠室に放り込んだ。全く、オレはこういうキャラが似合わないと言うのに。らしくないを通り越して、オレが『オレ』である事を見失いそうになるくらいだったぞ。

 だが、オレは1つとして嘘は言っていない。慰めも、同情も、そういったモノは切り捨てて、可能な限り、彼に本心をぶつけたつもりだ。これでまた無茶をして死に曝すならば、オレに何とかできる範疇を超えている特大級の馬鹿だったという事だ。

 

「……本当に、羨ましいな」

 

 オマエが妬ましいよ、ギンジ。惚れた女の為に無茶ができるなんて、男として最高じゃねーか。

 大それたことを言っても、結局のところ……オレは誰かを愛せない人間だ。カノジョが欲しいとか、募集とか、そんな道化を気取っても、自己分析くらい済んでいる。

 分からないんだ。『命』を愛する事は知っていても、『誰か』へと愛を傾けるなど……オレには分からないんだ。深く『誰か』を想えば思う程に、壊したい、殺したい、グチャグチャにしたいっていう欲求しか湧いてこない。

 オレはどちらかと言えば惚れっぽい方だ。可愛い子とか綺麗な人にあえば、あっさりと胸が高鳴る。普通ならば、容姿に惹かれて、そこから人となりを知るだろう。誰かを愛そうとするだろう。でも、オレはそこで終わりだ。行き止まりだ。

 アイドルや女優を見て、恋人になりたいや結婚したいって考えるのと同じ次元だ。それの何処に『愛』があるというのだ?

 ふと思い出したのは、蜘蛛の雌は雄を『養分』として喰らう、という曖昧な知識だ。凶暴な蜘蛛は交尾する為に接近した雄の蜘蛛、あるいは交尾を済ませて体力が無くなった雄を『養分』として貪る。

 だが、それは命の循環だ。次なる種を残す為の必要不可欠な『栄養摂取』だ。

 

「考えるな。リセットしろ。深呼吸だ」

 

 あれこれ考え過ぎる悪癖。これも矯正しないとな。やはり戦いは良い。それに没頭していれば、余計な事を考える必要が無いのだから。

 今はギンジとアニマを全力で守る事。そして何よりもグリムロックを無事にグリセルダさんの元に届ける事。彼がいかなる末路を迎えるとしても、オレはそれを見届けたいのだ。

 だが、もしかしたらルートを誤ったかもな。この地下ルートはグリセルダさんの痕跡が見られない。クラウドアースの情報が全て真実でないにしても、目撃したのは地上の鉱山ルートのはず。だとすると、これは大きな遠回りかもしれない。

 

「さすがですな、【渡り鳥】殿」

 

 と、自動ドアが開き、エドガーが後ろ手を組んで現れる。やはりというか、起きてやがったな。さすがに≪聞き耳≫で盗聴はされていなかっただろうが、仮眠室に戻ったギンジの様子から、オレと彼のやり取りを察したのかもしれない。

 

「ギンジ殿の不調は私も気がかりでした。これからダンジョンは更に難度が増すはず。そこに一抹でも不安要素があるのは危険です。砂上の楼閣が、頬を撫でる弱き風の一吹きで崩れてしまうように」

 

「メンタルケアは専門外だ。何処かの神父様が放置プレイを貫いたせいで大変だったぞ」

 

「今はアニマさんの方が気がかりでしたからね。彼女は言うなれば嵐の中に残された小舟。いつ転覆してもおかしくない。今は辛うじて安定を保っているようなものです。ギンジ殿の問題が露呈すれば、それは瞬く間に彼女も蝕むでしょう。そう、まるで病が感染していくかのように。だからこそ、私はギンジ殿には自力で立ち直ってもらいたかったのです。それがアニマ殿への想いならば尚更のこと……」

 

「……本当に? 本当に、それだけか?」

 

 ゆっくりと目を細めて睨むオレに、エドガーは何のことやら、と肩を竦める。

 信用はしているが信頼はしていない。あくまで戦力としてカウントしているだけだ。グリムロックとどれだけ親睦を深めるとしても、オレは彼もまた不安要素として数えている。

 ギンジやアニマは何とかなる。その気になれば、いつものやり方で『暴力』で解決すれば良い。変わりたいと望んでいる今のオレには不愉快ではあるが、サチが不安定に陥った時も、そうした手段で時を稼いだ。結果的にそうした引き延ばしが彼女を苦しめる事になったとしても。

 だが、エドガーは確固たる信念に基づいて、わざわざ『ソロ』で最前線の未開ダンジョンに訪れている。聖遺物が何なのか知らんが、もしもそちらの優先度が高ければ、コイツはオレ達と聖遺物のどちらかを選択しなければならなくなった時にどのような判断をするか、それは分かり切っている。

 必ずコイツはオレ達を切り捨てる方を選ぶ。信仰とはそういうものだ。そして、オレもまたグリムロックを優先する。ギンジとアニマ、それにエドガーを選ばない。

 優先度がある。それだけだ。エドガーは悪ではない。だが信用はしない。故に腹を探る。

 

「……良いでしょう。では、お互いに情報交換しましょう。少しでも『信用』を深める為に」

 

「ああ、そうだな。『信用』を深めるのは大事だ」

 

 少しでも互いを利用し合う利害関係が長く続く為にも、な。

 

「まず先に誤解無きように。私は心からアニマさんとギンジ殿を心配しています。そこに嘘偽りはありません。ギンジ殿のケアは【渡り鳥】に任せただけの事です。あなたに無理ならば、折りを見て彼のケアも行うつもりでした」

 

「だとするなら、過大評価し過ぎだ。オレはそもそも人間関係を調整できる程に対人慣れしてねーよ」

 

「ですが結果はこのように」

 

「結果論で語るな、糞神父。オレみたいな歩く爆弾に任せるなんてリスクマネジメントがなってねーぞ」

 

 にっこりと笑うエドガーの本心は何処にあるのやら。だが、言葉通りに受け取っておくとしよう。コイツはギンジとアニマを心配する程度には人格が整っている。問題は、コイツが根っこから『神灰教会の神父』として存在している点だ。

 分かる。もうコイツは『現実世界で生きた誰か』ではない。『神灰教会のエドガー』なのだ。故に、コイツはもはやゲームを攻略するという意図すらも持っているとは思えない。攻略するにしても、そこには現実世界への帰還ではなく、別の目的が絡んでいるはずだ。

 

「……情報交換だったな。オレとグリムロックがナグナに来たのは、ある女性を探す為だ」

 

 落ち着け。ペースを乱されるな。これは交渉だ。オレが1番苦手とする言葉の舞台で知略を巡らす戦いだ。

 

「ある女性とは?」

 

「名前はグリセルダ。それ以上は言う気が無い。今の『対価』じゃな」

 

「なるほど。では私の番ですな。先に申した通り、この地には聖遺物を求めて参りました。聖遺物とは文字通り神の遺産。その名残。神灰教会は聖遺物の収集を是とし、3大ギルドに悪用されるよりも先にその回収を進めているのです」

 

「その聖遺物ってのは? 単純なレアアイテムじゃないのか?」

 

「そうですね。具体例で言えば、聖剣騎士団が保有しているソウルの火種も格は下がりますが、聖遺物の1つとも言えるでしょう。ですが、あれは複数存在する量産品。聖遺物の数多き模造品の1つに過ぎません。私がこの地に求めていたのは、唯一無二の存在。【ウーラシールのレガリア】を求めてきたのです」

 

 レガリア? どういう意味だっただろうか。思い出せ、爆睡してばかりだった講義の数々よ! 確かキリスト教史の先生がそんな事をペラペラと熱く語っていたはずだ!

 

「確か……王の証、だったか?」

 

「ええ。【渡り鳥】殿は博識ですね」

 

 ありがとう、キリスト教史の先生。名前も憶えていないし、レポートにD判定をつけてギリギリで単位を落とさせるという悪魔の所業をした糞野郎だったけど、本当にありがとう。あなたの知識は見事に役立っています。

 

「偉大なる光の王が支配したとされる王の地より持ち帰られた聖遺物の1つ。この世界の歴史が古竜との戦いで記され始めるより前から存在したものです。これ以上は、残念ながら私も……」

 

 姿形も分からない、という事か。情報の全てを吐いたとは思えないが、この辺りが妥協点だな。

 

「……グリセルダさんはグリムロックの奥さんだ。諸事情があって離れ離れになっている。その生存が確認されたのがこのナグナの地だ。僅かな手がかりを求めて、オレ達は彼女の痕跡を追ってこの地に来たんだ」

 

 嘘は言っていない。全てを語っていないだけだ。ゴミュウとの交渉で鍛えられたからな。元よりオレは嘘が下手なんだから、隠す事を主軸にして戦えば良い。

 そうさ。隠す事にはなれている。先程からじわじわと広がる、感染率の上昇と共に高まる痛みと痒みを孕んだ熱……これだって隠し通せている。ギンジ達にはこのような反応が無い以上、恐らく痛覚遮断が利いていない事が原因だろう。

 

「妻を探してとは、グリムロック殿も重い使命を背負っていたのですな」

 

「……本人には訊くなよ。ああ見えて、かなり精神を擦り減らしているはずだからな」

 

 だが、これでお互いの目的はハッキリしたはずだ。そして、その為に戦力として利用し合う境界線も把握できたはず。

 繰り返すが、エドガーは悪ではない。あくまでお互いの優先度が異なるだけだ。ならば、妥協ができて利害一致が通じる内は、戦力として『信用』できる。

 

「他にも聖遺物は多くあります。【渡り鳥】殿もそれらしき物を手にしたならば、是非とも神灰教会の門を叩いていただきたい。相応以上の対価をお支払いいたします。このエドガーも回収し損ねたものが多くありまして、それらを何とか神灰教会に収めたいと思っているのですよ。たとえば、あの乱暴者……シャルルの森でお亡くなりになられたヘカトンケイル殿にこのエドガーの不手際で、回収のあと1歩のところで掠め取られたアルトリウス卿の銀のペンダントなど最たるものです」

 

 嘆息するエドガーに、ギクリとオレは体を強張らせるも、表情は動かさない。というのも、他でもない銀のペンダントはオレがヘカトンケイルの遺体が奪い取ったのものだからだ。

 

「その、銀のペンダントってのは……?」

 

「深淵狩りの英雄であるアルトリウス卿が保持したとされる聖遺物です。闇術を始めとした、あらゆる闇を跳ね除ける力があり、ヘカトンケイル殿がその本質も理解せずに扱っていました。多額のコルを積んでも、あの盗人紛いは首を縦に振らず、どうしたものかと悩んでいたのですが……」

 

 グリムロックに整備された銀の剣を眺めながら、エドガーが苦笑する。あ、これは間違いなく実力行使前夜だったな。良かったな、ヘカトンケイル。オレ達に殺された方がマシだったかもしれないぞ。

 

「じゃあ、ヘカトンケイルが死んだから、もう失われてしまったわけだな。そいつは残念だ」

 

「いえ、聖遺物は完全に消滅するなどあり得ません。ヘカトンケイル殿の死によって遺体と共に消え去ったならば、元の安置されていた聖堂に戻るはず。ですが、このエドガーが確認しに赴いた時にはそのような痕跡はありませんでした。つまり、誰かがヘカトンケイル殿の遺体から……そういえば、噂を耳にしたのですが、ヘカトンケイル殿を討ったのは他でもない【渡り鳥】殿だったとか」

 

 噂さん、お仕事早過ぎませんかねぇえええええ!? まさかの強襲に、オレは明らかに表情が動いてしまうという失態を晒す。そして、それを見逃すエドガーではない。

 よ、よよよよ、ようやく分かったぞ! コイツは善意+銀のペンダント狙いでオレに助太刀しやがったな!? 糞ったれ! 交渉でオレが1歩リードしたと思っていたが、最初から嵌め込みくらっていたのかよ!?

 

「【渡り鳥】殿、ご存じありませんか? 銀のペンダントの『行方』を……」

 

 いつの間にかエドガーはショットガンに手をかけている。両刃剣モードを発動させる1歩手前である。完全に実力行使する気満々じゃねーか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………はい、オレが持っています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もちろん白旗を挙げるオレに、エドガーは嬉しそうに、本当に嬉しそうに『にっこり』と笑う。

 

「おお、それは何たる『幸運』でしょうか!? まったく、【渡り鳥】殿も人が悪いですね。『よろしければ』なのですが、このエドガーに譲っていただけないでしょうか? もちろん! 先の通り、相応以上の対価をお支払い致しましょう! そうですね、まずはお約束の1つとして、神灰教会が保有するソウルの火種……その1つを提供するというのはいかがでしょうか? いかに聖遺物の模造品とはいえ、個人では手にする事も難しき、デモンズソウルを加工する為の貴重な火種です。【渡り鳥】殿の有用な力となるはずですが……」

 

 ソウルの火種は確かに欲しい。ソウルを複数所持するオレにとって、コイツを加工する為のソウルの火種は確保したかった1つだ。現在は聖剣騎士団がソウルの火種を所持しており、他の大ギルドは何とかしてソウルの火種を得ようと画策を巡らしている。聖剣騎士団はそれこそあり得ない額で加工を受け持っているらしいが、あんな額は傭兵でも易々と支払えるものではない。

 それを銀のペンダントで得られる。よく分からん聖遺物なんて厄介事の種みたいなのはエドガーに押し付けて、実利を取る方が良いな。神灰教会にまで追いかけ回されてもつまらないし。それに、エドガーの言葉通りならば、ソウルの火種以外も融通してもらえるようだしな。

 

「ああ、構わない。オレも別に固執してるわけじゃねーからな。取引成立だ」

 

「【渡り鳥】殿は話が分かる御方で助かります。それで、銀のペンダントは今何処に?」

 

「ある場所に預けてある。言っておくが、オレが死亡したらそれは別の人物の所有物になる。この意味が分かるな?」

 

「……なるほど。サインズの貸し出し倉庫というわけですか」

 

 杭は打っておかないとな。本当は出発前にマイホームの保管庫に放り込んだのだが、こう言っておけば、エドガーもオレの背中を刺そうなんて真似は考えないはずである。

 サインズは傭兵が死亡すると、貸し出していたサインズ倉庫の中身を全て権利をもらう事になっている。つまり、オレが死ねばエドガーのお目当てである銀のペンダントはサインズの手に収まり、増々回収は困難になるわけだ。

 つまり、このナグナにおいて、銀のペンダントをつつがなく回収する為には、オレの生存こそがエドガーにとって優先せねばならない事案の1つとなる。

 問題は、ウーラシールのレガリアと、オレが死亡しても回収の目が残っている銀のペンダント、そのどちらを優先するかの話だな。この辺りを読み損なうべきではないだろう。

 

「では、早々にこのナグナを攻略せねばなりませんな。もちろん、このエドガーは【渡り鳥】殿の感染治癒とグリムロック殿の奥様の捜索、そのどちらにも力を貸す所存です」

 

 やっぱり交渉は苦手だ。もういっその事、誰か専門家を雇うか? 最近は傭兵でも交渉を任せるマネージャーを設けているヤツも多いし。

 しかし、聖遺物か。少し気になるな。銀のペンダントは渡すつもりだが、これを機に神灰教会とパイプを持つのも悪くないかもしれない。上手くいけば、新しい『お得意様』になってくれるかもしれない。

 

 

△   △   △

 

 

「ふむ、義手か。確かに難儀だな」

 

 すこぶる機嫌が悪いのだろう。シノン達が巣立ちの家を訪れた時、スミスは辛うじて門前払いこそしなかったが、煙草を咥えたままリビングに彼らを通すとたっぷりと10分間の沈黙を置いてから訪問の理由を尋ねた。

 シノンが左腕の義手を求めている旨を話すと、やはり10分以上の沈黙をスミスは貫き、それから吸い終わった煙草を灰皿に押し付けた。

 元々スミスの拠点についてはシノンも知り得ていなかったものだ。フレンドメールを先に飛ばしたとはいえ、友人関係ではない、しかも商売敵どころか殺し合う事すらもあり得る傭兵の自宅を訪ねるなど、宣戦布告とスミスが捉える確率も無きにしもあらずだった。だが、そこは大人のスミスである。シノンが予想した最悪の事態は起こらず、むしろ当初の機嫌の悪さを潜めていた。

 

「それで、そちらの……『キリマンジャロ』くん、という事にしておこう。キミはシノン君の付き添いかね?」

 

 UNKNOWN=キリマンジャロという点は、既に彼が片手剣2本を背負っている時点でバレバレだろう。目立つドラゴンクラウンはオミットしているとはいえ、勘の良いスミスが気づかないはずがないチープな変装だ。

 

「ああ。だけど、俺はあなたに用もあるんだ」

 

 まだ義手の返答はもらっていないが、スミスの様子からすると満更でもないのだろう。相当な額を要求されるかもしれないが、それで義手を得られるならば、シノンはたとえ1000万コルと要求されても支払う覚悟だ。

 

「……本気なんですね」

 

 そこで、何故か同伴していたシリカが思いっきり溜め息を吐く。どうやら、キリマンジャロがこれからスミスにとんでもない事を頼むのはシノンにも予想できた。

 だが、キリマンジャロが『それ』を頼む事を、予想できるはずもなく、思わずシノンは唖然とする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頼む、スミス。俺を弟子にしてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最強の傭兵と名高いUNKNOWNがスミスに頭を下げて教えを請うなど、誰が予想できるだろうか。

 それは無論、スミス本人とてそうだ。ポカンと口を開けたまま硬直している。

 

「足りないんだ。自分だけじゃ身に付かない力がある。到達できない頂きがある。でも、自分の手だけじゃ登り切れないからって諦める訳にはいかないんだ。あなたに言われたんだ。あなたが、最初に気づかせてくれたんだ。俺はこの世界で『英雄』で在り続けないといけない。【聖域の英雄】という称号を背負わないといけない。その為にも、もっと力がいるんだ」

 

「……それで、いつ殺し合うかも分からない私に弟子入りを? 気が狂っているな」

 

 シノンも同様の意見だ。テーブルに額を擦りつけるキリマンジャロは、シノンが知る上でも最強格の1人だ。もはや他人に教えを求める立場ではなく、教えを与える側の人間のはずである。

 それでも足りない。そう言い切るのは、きっとエギルという狂える彼の知人との再会だけではなく、フレイディア撃破後に出現したレギオンを統べる少女、ヤツメに完膚なきまでに叩きのめされたからだろう。

 あの時はシノンという枷があったかもしれないが、それを抜きにしてもヤツメは余りにも強過ぎた。もしも再戦する時に、今のままでは勝てないと彼は判断したのだろう。

 

「あなたは強い。俺には無い強さをたくさん持っている。俺は知りたいんだ。自分の弱さを。それを克服する為の強さを」

 

「帰りたまえ。シノン君の義手については検討するが、弟子入りは論外だ。そもそも私に教えられる事があるとも思えないからな」

 

「断る。俺はあなたに弟子入りするまで帰らない」

 

「私は自分で鍛えた剣に斬られる気はない。我々は潜在的敵対者である事を理解しているのかね?」

 

 結局はそこだ。スミスもUNKNOWNも傭兵同士だ。つまり、シャルルの森でそうであったように、ぶつかり合う事は十分にあり得るのだ。ましてや、スミスは独立傭兵最高ランクだ。UNKNOWNへの対抗馬とも成り得る存在だ。低ランカーに比べて、必然的な衝突の機会は格段に増えるだろう。

 煙草を咥えたスミスは、さすがに巣立ちの家で武力で訴える気はないようだが、馬鹿以前の何かを見るような目で頭を下げているキリマンジャロを睨んでいる。それは呆れを通り越した殺意のようだった。

 背筋に冷たいものを流しながら、シノンは成り行きを見守る。これは自分が口出しをして良い領域ではない。

 

 

 

「あら、良いじゃない、スミスさん」

 

 

 

 冷たい沈黙が10分どころか夜明けまで続くのではないかと思う空気を破ったのは、仕事帰りだろう、クリスマス以来のスミスの恋人であるルシアだ。彼女は剣呑な雰囲気など痛くも痒くもないといった調子で、台所で今晩の献立に使うだろう料理の素材を並べていく。

 

「ルシア、キミまで何を言い出す?」

 

「だって、スミスさんは教えるのが上手そうだし。それに、なんか熱血男子って感じて好感が持てるじゃない」

 

「それと現実は別だ。UNKNOWNとまともにやり合えば、私とて危うい。その程度には彼の実力は評価している。故に教えを与えるなど自殺行為だ」

 

 ご尤もな意見である。シノンも全面的に同意だ。だが、ルシアは楽しげに笑う。

 

「だからこそ、じゃない。スミスさんも危ない依頼が増えて来たし、UNKNOWNさんと本気で殺し合うなんて嫌でしょう? だから、ここは2人で協定を結んだらどうかしら?」

 

「協定?」

 

「ええ。つまり、2人がぶつかった時には『八百長』をしようっていう協定よ。傭兵をピンポイントでターゲットにするような依頼はサインズも『余程の事が無い限り』は認めていないし、2人がぶつかるとしたら、それこそラストサンクチュアリ保有の資源基地の襲撃、もしくはスミスさんが防衛している場所にUNKNOWNが襲撃、そのどちらかでしょう? その時は2人とも適当に、それらしく見えるように戦うけど、殺しはしない。そういう協定を結んでおくのよ」

 

 名案とばかりにルシアが口にした協定は、サインズの受付嬢として許されるべきかどうかは置いておくとして、1人の女として、恋人の身を案じる者としては絶妙なものだ。確かに、本来ならば傭兵同士がぶつかり合うにしても、我が強い傭兵同士が裏で八百長を決め込むなどあり得ないし、いつ裏切るかもしれないのだから、そんな危うい橋を渡るわけにもいかない。

 だが、ここでルシアがわざわざ協定を口にするという事は、UNKNOWNが協定を破れば、弟子入りの件も含めて、それこそ彼の背後にあるだろうラストサンクチュアリに大ダメージを負わせる形で多種多様な情報を露呈してやる、という脅しだ。

 

「……ふむ、そう考えると悪い物ではないな。キミも変装しているという事は、UNKNOWNが私に弟子入りしているなどと噂が広まる事を避ける意味もあるのだろう? ならば、キミが弟子入りした時点で、私の『飼い犬』になる覚悟があるわけだ」

 

 一考の価値はある、とスミスは煙草を揺らしながら腕を組み、やがて何やらあくどい事を考え付いたように、唇の端を釣り上げる。

 

「良いだろう。義手の件も含めて、1晩時間を貰おう。明日の朝に改めて返答させてもらいたい」

 

 何を代償に差し出すのやら。まさかの展開に、シノンは頭痛を覚えながらも、彼がどうなろうと知った事ではなく、あくまで義手さえ得られればそれで良い、と割り切る事にした。

 

 

△    △    △

 

 

「キミの腹黒さには驚いたよ」

 

「それに気づくスミスさんもスミスさんでしょう?」

 

 シノン達をにこやかに見送ったルシアに、スミスは賛美の拍手を送りたくなる。

 当初こそUNKNOWNの弟子入りなど狂気の沙汰に思えていたが、ルシアの提案通り、協定を結ぶという意味では弟子入りについて悪い話ではない。だが、それ以上のメリットもまた複数あるのだ。

 謎が多いUNKNOWNの手札を見放題なのである。つまり、対策が難しいユニークスキルを2つも保有している彼に関する情報をそのまま抜き取れる。そして、いざUNKNOWNが敵対したとなれば、その情報を武器として使うも良し、売り払うも良し、なのだ。もしも対策として隠蔽しようものならば、その時点で弟子入りは終わり。無論、スミスは初日に全公開を要求するつもりだから、自分の技術を与えるより先に彼の全てを知る事が出来る。

 そして、スミスは彼に技術を与えるが『全て』を渡すつもりはない。そして、技術とは血脈だ。戦闘技術ともなれば尚更である。つまり、どれだけアレンジしても源流としての『型』が残る。それはUNKNOWNの戦闘スタイルをスミスが掌握できるという事だ。そして、それはそのまま彼のみが知る弱点となり、『全て』を渡さないスミスは常に優位を保てるカードを持てる。

 

「それに、最近は色々とギルドも含めてきな臭いわ。彼は裏表の使い分けが苦手そうだし、この辺りで師弟関係でも良いから、協働以外で助力を得られる人を確保しておかないと」

 

「……ああ。戦争の機運も高まっている。早急に『計画』も移す必要があるだろうな。そういう意味では、腕の立つ『2人』を確保できたのは都合が良い」

 

「何よりも、スミスさんってなんだかかんだで世話好きだから、ずっと頭を下げられたら折れちゃうだろうしね」

 

 悪戯っぽく最後を付け加えてルシアは台所に消えていく。

 私がそんな温情をかける人物に見えるのだろうか? 煙草を吸い終えたスミスは、明日の返答を腹で決めながら、ソファに寝転がって天井を眺めた。




主人公といえば修行編ですよね! 自分に喝を入れてくれた大人に弟子入りしてパワーアップを目指す、実に真っ当な主人公スタイル! 主人公(黒)は書いていてホクホクします。

主人公(白)に修行編は……要らないですね。毎回が試練みたいなものなので。


それでは、193話でまた会いましょう。

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