SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回のエピソードも主人公(白)と主人公(黒)の両方で進んでいきます。
ようやく主人公(黒)にも強化ルート入りですね。早く正妻に出番を回さないといけません。


Episode16-8 鍛冶屋の美学

「弟子入りの件だが、引き受けよう」

 

 早朝、シノンはキリマンジャロと共に、スミスに指定された終わりつつある街のNPC経営の陰気臭い料理店にて、歯が折れそうな程に硬く味気も無いパンと薄味の野菜スープという質素な朝食を取っていた。

 予想通り、というわけではないが、シノンは驚きながらもスミスの返答はあり得るものだったと納得する。昨日の最後に見せたあくどい微笑。あれは間違いなく、弟子入りをさせるメリットとデメリットの計算で、自身に利益があると断じた大人の顔だった。

 

「ありがとう。これから頼むよ、『師匠』」

 

「ジョークでも止めたまえ。私の事は今まで通り『スミス』で構わない。敬称も不要だ。だが、弟子入りにするにしても条件が幾つかある」

 

 その後、スミスが提示したのは以下の条件だった。

 

・条件1:ステータス及びスキルの全公開。これを拒否した場合、弟子入り自体は無かったものとする。また、ステータス・スキル・戦闘ログは2週間毎にスミスに提出する。これを拒んでも弟子入りは無かったものとする。

・条件2:弟子入りは契約とみなす。更新期間は3ヶ月。弟子入りの間は『協定』により、依頼上敵対する事があっても互いを殺傷しない。

・条件3:弟子入り中は巣立ちの家に依頼報酬の5パーセントを納金する事。これが滞った場合、残り契約期間を問わずに弟子入りは終了。

・条件4:師弟関係が露呈した場合も弟子入りは終了する。

・条件5:更新せずとも3カ月間は『協定』を順守する事。

 

 正直なところ、かなり厳しい条件である。シノンは他人事ではあるが、とてもではないが、キリマンジャロが受容できる条件ではないと判断する。

 特にステータスとスキル構成の開示は致命的だ。自分の弱点をさらけ出すようなものである。しかも、あくまで開示するのはキリマンジャロのみだ。スミスは自分のステータスとスキルを公開する必要はない。

 とはいえ、元より弟子入りなんて無茶苦茶な真似を頼み込んでいるのはキリマンジャロの方である。これくらいは妥当といったところだ。シノンから見れば、依頼報酬5パーセントの納金は、スミスにしては随分と有情処置にも思えた。彼ならば5割を払えくらいは平然と要求するとシノンは断言できる。

 しばらく顎に手をやって考える素振りを見せていたキリマンジャロだが、意外にも即決、すぐに首を縦に振る。

 

「分かった。飲もう」

 

「あなた……正気?」

 

「至って平常だよ。むしろ、もっと厳しい条件を突き付けられると思ってたさ。元より無理を言っているのは俺の方なんだ。これくらいは当然だよ」

 

 狂っている。シノンは頭痛を感じる額を抑えながら、契約完了のサインを始めるキリマンジャロを横目に薄味野菜スープを飲む。どちらにしても、シノンが欲しいのは義手なのだ。彼が誰の弟子になろうと知った事ではない。

 

「さて、それではシノン君の義手の件だが、私からも頼んではみる。だが色々と性格に難があるものでね、引き受けてくれるかどうかは定かではない」

 

 こればかりはしょうがない事だ。スミス自身は満更でもないようだが、肝心要の鍛冶屋が引き受けてくれねば事態は進展しない。

 

「だが、昨晩の内にフレンドメールを飛ばしてアポイントは取ってある。食後にでも向かうとしよう。さて、それに伴って、シノンくんにも幾つかの条件がある」

 

「当然よね。幾ら支払えば良いの?」

 

「気が早いな。幾ら専属とはいえ、鍛冶屋を紹介したくらいで仲介手数料を要求する程に困窮はしていないさ」

 

 嘘だ。スミスは交渉において徹底したビジネスライクを貫き通す事でも有名だ。たとえ知人であるとしても、情報を与える事に見返りを求めるはずである。

 食後の一服とばかりに煙草を吸うスミスは、煙たそうなシノン顔をみて、『これは失敬』と言って灰皿に煙草を押し付ける。空気が濁り、空調が無い密閉された店内では、煙草のニオイもすぐに充満するのだ。

 

「まず先に言っておく。専属の方に先んじてキミの状態について連絡し、要求に100パーセント応えられる義手を作成できるかと尋ねたが、不可能との事だ。どう足掻いてもキミは戦闘スタイルの方針転換を求められるだろう。もちろん、狙撃がまるで不可能になる訳ではないが、これまで通りとはいかない。それは覚悟してもらいたい」

 

「……ええ、大丈夫よ。まず優先すべきなのは左腕を取り戻す事。それ以上は過分だわ」

 

 腕さえ取り戻せば、新しい道を得られる。まずはその糸口を……突破口を得る事が最優先なのだ。もちろん、これまでの戦闘スタイルからの転身を求められるのはシノンにとって決して喜ばしい事ではない。

 だが、同時に彼女は今までの狙撃中心の戦闘スタイルに限界を感じていたのも事実だ。狙撃はどちらかと言えば対人向けのスタイルであり、ボス戦や強力なネームドを相手にすることはできず、また対多数戦においても不利だ。今後も傭兵として依頼を受け続ける為には、サポート専門でもない限り、狙撃以外の道を選ばねばならなかったのである。

 

「そこでだが、シノン君も私の指導を受けてみないかね?」

 

「へ?」

 

 あまりにも突拍子もないお誘いに、シノンは不覚にも間抜けな声をあげてしまう。

 この男が100パーセントの善意でこのような申し出をしない事は承知どころかもはや常識である。ならば、そこに潜んだ意図は何処にあるのか。

 と、そこでキリマンジャロは何故か納得したように、早速1つ学んだと言わんばかりに師匠と同じようなあくどい笑みを浮かべて腕を組む。

 

「そうだよなぁ。シノンも、俺が弟子入りした事を知っちゃったもんなぁ。このまま放置は駄目だよなぁ」

 

「ククク、そういう事だよ、キリマンジャロ君。どうやら、キミは優秀な弟子になりそうだな。期待しているよ」

 

 は、嵌められたぁあああああ!? スミスがわざわざキリマンジャロとシノンの両方の返事を同時同所に行う意図はここにあったのだ。シノンはキリマンジャロの付き添い、キリマンジャロはシノンを同伴、といった軽い気持ちだったのかもしれないが、そもそも弟子入りの件は2人からすればトップシークレットの事案である。そこに第3者、それこそ他勢力どころか3大ギルドの1つである太陽の狩猟団と契約どころか同ギルドのトップランカーであるシノンが耳にして良い話ではないのだ。

 口封じ。それを限りなく穏便に進める為に、義手と新たな戦闘スタイルの獲得という餌をぶら下げて、シノンの首根っこをつかもうとしているのだ。

 

「なに、キリマンジャロくん程の条件を付ける気はないよ。いや、そもそも条件なんて『善意』につけるべきものでもないだろうからね。そうさ。これはあくまで同じ銃器運用をする傭兵仲間への『好意』なんだよ、シノン君。私は別に、これを断れば、義手について実は確実に手配する為の奥の手があるけど『好意』を無下にされて大人げなく私はキミが義手を得られないせいで泣く泣く傭兵引退どころか上位プレイヤーから転落する様を見届けようなんて、そんな事は欠片でも思っているはずがないだろう?」

 

 確かに『好意』だろう。これが赤の他人、より事務的な関係の相手ならば、スミスはわざとらしい脅し文句を付け加えるなどしない。暗に警告をしてくれている分だけ、彼なりの配慮を感じる。

 もしかして、ルシアはこの展開まで睨んで『シノンがいる場面』で協定について提案したのだろうか? いかにもギャル系で巨乳たゆんたゆんの、男性プレイヤーに数多のファンがいるサインズ3大嬢の1人が実はそんな腹黒だったなんて信じたくないシノンは、恐ろしい考えを頭から振り払う。

 考えろ……考えるのよ、シノン! これまでの人生で培った全ての交渉ノウハウをここに! 必死に頭をフル回転させて切り抜ける方法を編み出そうとするが、シャルルの森の時と違い、ここにはスミスの枷となってくれたユウキも、背中から仲間の胃をぶち抜いていくスタイルの馬鹿筆頭のグローリーもいない。唯一利用できそうなキリマンジャロに至っては既に弟子として師匠を援護すると言わんばかりにスクラムを組んでいる。

 

「そうね、『好意』は無下にすべきものではないわよね。それが『善意』ならば尚更よね」

 

 降参だ。それに、これはシノンにとっても悪い話ではない。狙撃戦ばかりを続けていた彼女が新たな戦い方を目指すにしても、誰かの指導を受けた方が良いのは間違いないのだ。

 納金はせいぜい『気持ち』くらいで良いだろう。それに、子どもたちの世話を見ながら自立を目指すという巣立ちの家については、シノンも噂を聞いていた。援助金がそのまま運営に使われるならば、それはそれで良いのかもしれない。

 

「決まりだな。さて、それでは専属のところに行くとしよう。道すがらに、キミ達が目指す目標についても聞かせてもらうとしようか」

 

 料理店の支払いを一括で済ませたスミスに率いられて、想起の神殿に転送したシノンは、彼の専属の拠点があるのだろう、<時計技師ペイマンの記憶>を訪れる。DBO序盤の鬼門と言われた【時計塔の悪魔】がボスとして君臨していた人の時代のステージである。外観としては拠点となる19世紀ロンドンを思わす街とその周辺の村々や森といった具合であり、巨大な時計塔にしてダンジョンをまさかのメイン街の中心に持つステージである。

 この時計塔の悪魔はゴースト系のボスであり、物理攻撃を半減どころか3割以下まで減衰させる。しかも物理属性ではスタン蓄積も無く、浮遊し、壁をすり抜け、怨霊を召喚し、更に自身も高火力の闇属性攻撃を使ってくるという強力なボスだったのだ。唯一の温情があるとするならば、このボスには出現の時間帯が明確に定められており、夜間しか出現しない。つまり夜明けを迎えればボスは戦闘状態に問わず消えるのだ。

 この特性を利用し、夜明け前に何度もボスに挑む事で情報を蓄積し、対策を立てる事で撃破に成功するも、それまでに5人が犠牲者が出たのだ。

 

「まずはシノンくん、キミが目指すのはどのような戦闘スタイルかな?」

 

「そうね。理想としてはスミスさんみたいな中・近距離スタイルを得たいと思ってるわ。私に足りていないのは火力だからそれを補える形にしたいわね」

 

 さすがに今から≪曲剣≫や≪刺剣≫といった武器系スキルを得ても生半可な付け焼き刃にしかならないだろう。ならばマシンガン系に転向することも考えたが、シノンは今の自分に不足しているのは属性攻撃ではないだろうかと考えているので、ヒートマシンガンなどを装備する事も見当に入れている。これならば反動も合わせて使いようもあるが、そうなると今度は武器枠が2つしか無い点が足を引っ張る。

 隻腕のせいで決めるに決められなかった、レベル60に至って得たスキル枠の2つ。これをどう活かすかがシノンに新たな戦闘スタイルをもたらすだろう。

 

「ふむ、シノンくんはDEX重視のスタイルだ。回避しながら撃ち込む中・近距離型か。私の専門でもあるし、十分に指導もできるだろう」

 

 次はキリマンジャロの番であるが、そもそも彼の場合は完成された二刀流スタイルがある。スミスが昨日言ったように、指導するにしても剣術指導などスミスに求めるよりも彼が独自に鍛え上げた方が効率は良いはずだ。

 ならば、キリマンジャロが求める力とは何処にあるのか。それはシノンも気になる点だ。

 

「最低でもユージーンと上位ランカーを同時に相手取る。それだけの実力が無いといけない。クラウドアースは戦争の機運を利用して、必ずラストサンクチュアリを潰しにかかるはずだ。戦力は恐らくランク1のユージーンとランク2のライドウの2人。ライドウを温存するにしても、実力者を選抜するはずだ」

 

 そして、ユージーンはランク1として、竜の神戦でも見せ付けたようなキリマンジャロにも劣らない実力者であり、しかも彼と同じユニークスキル持ちである。そこにユージーンに劣るとはいえ、強者が同時に派遣されれば、キリマンジャロの苦戦は確実……敗北もあり得るだろう。

 そして【聖域の英雄】の敗北はそのままラストサンクチュアリの死だ。アバターのリアリティが増し、貧民プレイヤーへの蔑視が加速するDBOで、守護者を失ったラストサンクチュアリの人々がどうなるかなど考えるまでもない。

 

「無理だな」

 

 だが、ハッキリとスミスはキリマンジャロの目標に否定の烙印を押す。

 

「ユージーンとそれに退け劣らない実力者のセットを相手に圧倒する。こちらからの襲撃ならば目もあるが、キミが言うのは防衛戦だろう? ならば無理だ。そのような事態になった時点で『情勢』として詰んでいる。それに、『あの』クラウドアースが何ら対策なしにキミに戦力を派遣するなどあり得ない。守り切ることだけを考えるならば、早急に傭兵を雇って協働したまえ。たとえ、その1戦を勝利で終わらす事ができてもラストサンクチュアリの壊滅は免れないだろうがね」

 

 一切の希望的観測を許さない断言に、キリマンジャロは反論の余地など無かった。

 

「……だが、それが望みならば私もそれに合わせてキミを鍛えよう。仮にラストサンクチュアリを潰しにかかるならば、クラウドアースが雇うのは間違いなくクゥリ君だ。彼との『殺し合い』で、打倒できる力が身に付くかどうかはキミ次第だがね」

 

 明らかにキリマンジャロの顔が強張る。無理もないだろう。シャルルの森以降は鳴りを潜め、まるで音沙汰がないDBOで悪名を拡大させている彼は、キリマンジャロにとって決して浅からぬ関係の人物なのだから。

 デュエルならばともかく、本気の殺し合いにおけるクゥリの恐ろしさを1番知っているのはキリマンジャロ本人なのだろう。だが、その強く握りしめた拳には、彼に対する過剰な恐怖は無い。

 

「俺は逃げない。たとえ、相手がクーだとしても、全力で迎え撃つ」

 

 強い人ね。シノンはヘカトンケイルを斬殺するクゥリの姿がフラッシュバックし、視線を伏せる。羨ましいくらいに、キリマンジャロは強い。

 キリマンジャロの回答に、スミスは咥えた煙草を揺らしながら無言で、だが嬉しそうに少しだけ目を細めた。そこにスミスがいかなる感情を抱いたのか、シノンには分からない。

 そうして、メインストリートから外れ、無数の時計が廃棄された小道を通り抜けると、まるで街の開発から取り残されたような雑草ばかりが生えた、苔生した白い石像が幾つもおかれた空白地帯が現れる。そこに設けられた、金属板を幾つも張り付けた即席小屋を思わす建物があった。

 

「到着だ。改めて言っておくが、かなり気難しいから発言には気を付けてくれ。以前にキリマンジャロくんとあの少女が義手について依頼したようだが、かなりのご立腹だ。どうやら2人はサインズに納品に来ている所を見つけたようだが、彼は背中から声をかけられるのが大嫌いなものでね。その地雷を踏み抜いてしまったようだ」

 

 極度の神経質、なのだろうか? そんな事で機嫌を悪くするなど、日常生活にも支障をきたすようにも思えるシノンは、自分の義手を受け持つ人物に不安を募らせる。

 ドアをノックし、スミスが工房のドアを開ける。中身には店としての最低限の佇まいを整えるように、雑多に商品が展示されている。銃器のみならず、多種多様な武具を販売しており、それらはいずれもオリジナルメイド品であることは一目瞭然だ。

 

「頼むよ。もう少し……あと1万安く!」

 

「安売りする趣味は無い。金額に見合う性能のはずだ。それを値切るならば、我々の関係はここまでだ」

 

「……ケチ臭いな。ほらよ!」

 

 どうやら客と交渉中だったらしい。専属とはいえ、他の客がいない訳ではない。あくまで専属とはそのプレイヤーの一切合切の整備を受け持ち、また装備開発を主軸で担うという契約だ。それだけでやっていけるならば別であるが、こうして他の客の相手をする事など珍しくも無く、むしろ普通である。それでも、このような探し出すのにも一苦労する場所に店を構えているとなると、闇雲に客を呼びたいわけではないのだろう。

 新しい武器を購入したらしい、恐らくは中位プレイヤーだろう男は、スミスの顔を見ると軽く会釈し、咄嗟に隠れたキリマンジャロに気づくこともなく去っていく。

 

「また値切られたのかね?」

 

「ああ。金が無いのは分かるが、命を預ける武器を値切るなど阿呆のする事だ。自分の命を安売りするようなものだからな」

 

 店頭で接客に疲れたと言わんばかりに安楽椅子にもたれているのは、シノンが店の外観から想像していたのとは違い、身なりの正しい、いかにもエリート然とした男だった。スーツ姿も板についており、どちらかと言えばクラウドアースに所属していると言われた方がしっくり来るだろう。

 これがスミスの専属鍛冶屋? 余りにも予想に裏切られたシノンの驚きの視線に気づいたのか、男は鼻を鳴らす。

 

「鍛冶屋がスーツを着てたら悪いか?」

 

「あ、いえ……悪くないと、思います」

 

 礼を失しないように気をつけながらシノンは返答する。だが、男は不機嫌そうに眉を曲げ、トントンと2回素早く右手の人差し指で安楽椅子の肘掛けを叩く。

 

「不自然だ。似合わない。鍛冶屋ならば作業服か白衣を着てろ。どうせ貴様もそう思う口なのだろう? そうなのだろう? それが偏見というものだ。何処の鍛冶屋も見た目ばかりを気にして、さもその職業に合わせた格好をしようとする。嘆かわしい。実に嘆かわしい。我々はより自由であるべきだ。自由な発想が許されるべきだ。鍛冶屋の工房は芸術家にとってのアトリエ、宇宙なのだよ。分かるか? 分からんのか? 分からんのだろうな? 愚かな。蟻からやり直せ。チンパンジーの方が無知な分だけ愛でようもあるというものだ」

 

 一通り毒を吐いて落ち着いたのか、男は表情を崩さないスミスに、倦怠感をこれでもかと上乗せした視線を向ける。

 

「帰れ。客の相手をして疲れた。定期販売分の弾薬はサインズに納品してある」

 

「そういうわけにはいかない。紹介が遅れたが、こちらはシノンくん。メールで伝えた通り、キミに義手の作成を希望している」

 

「ああ、聞いている。だが、引き受けるとは言っていない。そもそも、そこのサングラスの真っ黒、それに今日はいないみたいだが小柄な女にも頼まれたが、断ったはずだ。この鍛冶屋【ヘンリクセン】、認めた者以外には弾薬どころか投げナイフ1本も売る気はない」

 

 交渉の余地など無いと言わんばかりに睨むヘンリクセンの牙城を崩すにはどうしたら良いのだろうか。既にシノンが隻腕である経緯は伝わっているのだから、それでも首を縦に振らないならば、スミスに全てをかけるしかない。

 

「それに、その女は大ギルドの傭兵だ。義手を渡してみろ。その技術がそっくりそのまま大ギルドに奪われかねない。優秀な鍛冶屋なら現物さえあればある程度の解析ができる。俺はGRのように金や資材を欲するゴーレム開発なんかしていないからな。大ギルドに売るような技術もアイディアは無い」

 

 それもネックの1つだ。シノンが義手を装着すれば、太陽の狩猟団に説明責任が発生する。契約主として、多くの依頼を任せる傭兵が義手装備など信頼におけない、という名目だ。そして、それは必然として義手の譲渡に繋がる。

 専属を持たず、整備の全てを太陽の狩猟団任せにしているシノンでは、たとえヘンリクセンが義手を作成したとしても、その後の整備を彼以外がする事になれば、そこからヘンリクセンが培ったノウハウが抜かれるかもしれないのだ。

 

「良いか? お前たちの多くが勘違いしている。≪鍛冶≫とは、素材を選んで、作成したいジャンルを選んで、OKボタンを押すだけだと勘違いしている。間抜けが。フルメイド品を舐めるな。フレーム開発の時点でシステムに100回弾かれるのは当たり前。そこからメイン素材を組み込んで再試行の繰り返し。最適のメイン素材配分を作り上げて、それでフレームが出来上がったら肉付けだ。剣ならば刀身を組み込む為のメイン素材選別の始まりだ。そこからサブ素材を組み合わせて要望に一致させていく。≪鍛冶≫とは本来運営側が行うウェポン・オブジェクト・クリエイトを、複雑怪奇な専用システムで代行するものだ。鍛冶道具1つ、炉に使う種火や燃料に至るまで精密に設定されている。それを貴様らは素材だけ持ち込んで『明日取りに来るからよろしく』とか平然と要求する。愚かなのか? 馬鹿なのか? 頭にはミミズと煩悩以外詰まっていないのか? そのくせ、整備性を無視してでも要求通りに応えたら修理費が高いだのなんだのと文句ばかり。その程度だから貴様らは死に晒さすのだ」

 

 かなりの鬱憤が溜まっているのだろう。ヘンリクセンは一息でそれを言い切り、更に言葉を続けると言わんばかりにポキポキと片手で指を鳴らす。

 

「義手とはどのようにして開発されるのか、貴様には分からんだろうな? ただ1つの知的欲求を満たす為に、私はGRと協議を重ねに重ねて、彼に義眼技術を提供した見返りを以って義手の開発に成功した。あれは要は『武器』なのだ。システムアシストによってアバターが生み出す運動に依存せずプレイヤーの思考で動くタイプの武器は幾つか確認されている。そうした武器を丹念に解析し、部位的な素材を抽出し、そこからフレームを作成を行う。システムに何度も何度も何度も弾かれ、ダメ出しを喰らい、何度も何度も何度も何度も何度も気が遠くなるほどに、人格否定されるほどにエラーメッセージが出る。たとえシステムに認知されても、あくまでフレームが出来上がっただけだ。そこから肉付け作業が待っている。実用化……それも戦闘用ともなれば、どれ程の性能が要求されるかは分かるだろう? 素材を幾つも無駄にし、取って置きさえも塵芥となり、それでも自身に鞭を打つ。全ては1つの誓った理想の為に。そうして出来上がるのが――『コレ』だ」

 

 まるで巨獣がジャンプしたかのような重々しい衝撃音と共にカウンターに放り投げられたのは、1つの革張りの横長ケースだった。

 一瞬だが、シノンは何が起こったのか理解できていなかった。スミスに背中を叩かれ、ようやく意味を把握した彼女は、恐る恐るといった調子でケースの箱を開ける。

 

 

 そこには、灰色の金属色をした光沢ある左腕の義手が収められていた。

 

 

「キミのそういうところは嫌いではないが、もう少し素直になれないのかね?」

 

「知らん。私は『知的好奇心』に従っただけだ。それに、そこの女が話を遮るような真似をすれば渡す気も無かった。あと、ソイツは元々あった試作品を多少調整した物に過ぎん。これから気が遠くなるほどの調整作業はあるだろうが、私は受け持つ気など無い」

 

「あの……何て言ったら良いのか……そうだ! お代は!?」

 

 思考が停止していたシノンが精一杯にそう搾り出すと、ヘンリクセンはつまらない事を聞くなと吐き捨てるように鼻を鳴らす。

 

「金は要らん。未完成の試作品で金を取る程に落ちぶれていない。だが、条件がある。まず、その義手の整備を含めて全てはこちらの指定する1人の鍛冶屋プレイヤーに任せる事だ。もしも太陽の狩猟団が義手関連であり得ん進歩なり応用なりを開発した時は覚悟しておけ。GRの伝手を使ってお前を抹殺出来得る暗殺者を送り込んで、拷問の限りを尽くし、女としての辱めを受けさせて精神を壊した後に、生かさず殺さずのまま地下室でこの仮想世界が終わる日まで監禁してやる。死などいう甘えはやらん。永遠に苦痛に囚われるが良い」

 

 冗談ではなく、本気でそれを実行すると眼光で語るヘンリクセンに、ごくりとシノンは生唾を飲む。この男の≪鍛冶≫にかける情熱は本物であり、狂気的だ。そして、何よりも自分の作品を愛している。故にそれを冒涜する者は許さない。

 

「そのプレイヤーは誰なの?」

 

 自分の義手整備を担う生命線となるべきプレイヤーは誰なのか、シノンも知りたいところだ。だが、何故か自分で指定したはずのヘンリクセン自身が忌々しそうに眉間に皴を寄せる。

 

「本当に大丈夫なんだろうな、スミス?」

 

「ああ。そういう『約束』だろう? まさか1晩で最低限の調整まで済ませた上に準備してくれているとは私も想像外だったが、やはりキミは思いの外に甘い」

 

「……『アレ』がDBOに囚われたのは私の責任だ。そして、未熟なまま放り出してしまったのも私だ」

 

 これがスミスの奥の手なのだろう。自分の与り知らないところで決着がついていたらしい事に躊躇いながらも、シノンは義手が入ったケースを抱きしめる。

 また戦える。これで戦える。ならば、全ての因果に感謝せねばならない。自分1人では再び戦場に戻る事など夢のまた夢だったのだから。

 

「それで、シノンの義手の整備をするプレイヤーは誰なんだ?」

 

「……私の妹だ。元は2人で仕事をしていたが、意見の相違から出て行った。腕は良いし、発想も悪くないが、独りよがりな部分も大きい馬鹿な妹だ。死者の碑石は定期的に確認しているが死亡していない以上、何処かで生きているのだろう。だが、鍛冶屋組合や大ギルドの工房には属していないから探しようも無い。フレンド検索も拒絶されているからな。義手の手配を条件に、妹を探し出すようにスミスに依頼した。だから……その、なんだ、頼むぞ?」

 

 キリマンジャロの要求に、ヘンリクセンは言い辛そうに、ぼそぼそと呟くように教える。

 奥の手とは、要は家族想いの面を刺激して譲歩を引き出す、という事だったのだろう。スミスに目星があるのかは知らないが、シノンは死活問題として彼の妹を見つけ出さなければならない。

 店を出たシノンは、早速にでも義手を取り付けたい衝動を抑えながら、店内では煙草を我慢していたスミスの一服が終わるのを待つ。

 

「さて、まずはお手並み拝見といこう。弟子にするにしても、まずは実力を把握しなければならない。より正確にね。キリマンジャロくん、彼の妹の探索を命じる。期限は5日間だ。午前中は私と修行を。午後は彼女の探索を行いたまえ。期限を過ぎても成果が無ければ、私も探索に加わる」

 

 そう来たか。恐らく、キリマンジャロが使うだろうラストサンクチュアリと個人保有の情報網……特に情報屋関連を暴きだそうというのがスミスの魂胆なのだ。ステータスやスキルのみならず、情報網すらも把握しようとするスミスの徹底っぷりにシノンは慄く。

 

「分かった。でも、せめて名前くらい教えてくれ。手掛かりなしはさすがに……」

 

「それもそうだな。私も彼女の事はそれなりに知っている。明るくて、少々我儘ではあるが、人懐っこい娘だ。だからこそ、あんな性格のヘンリクセンも妹を可愛がっていたのだろうがね」

 

 懐かしむように紫煙を空へと吹くスミスが見ているのは、彼らが『3人』だった時間か。

 

「名前は【マユ】だ。頼むぞ、キリマンジャロ君。それにシノン君」

 

 

△    △    △

 

 

 休憩を終えたオレ達はサーバールームを目指し、研究所の第2層に到着していた。

 新手に登場し始めたのは、まだ生きているのだろう、研究所のガードロボである。近接でスタン蓄積が高いだろう電撃攻撃を備えたドラム缶型であり、全方位対応型の衝撃爆雷をばら撒き、上部に取り付けられたレーザーキャノンで攻撃するという、徹底した物理対策型である。しかも物理防御力とスタン耐性が異常に高く、打剣のリーチを伸ばして攻撃してもまるで怯みもせずに爆雷をばら撒くので困りものだ。

 そこで役立つのがNの遺品である死神の槍である。高い物理属性のみならず、彼が多用した闇術を反映しているかのように高い闇属性もある。加えて切り札の【磔刑】は無属性攻撃だ。ロボット相手でも十分に立ち回れる。特に狭い通路ともなれば、リーチの長い槍は効果的にダメージを与えられる。

 ギンジは先程のように馬鹿をする気配も無く、アニマを守る様にして、援護する程度に矢をばら撒いている。彼の使用している矢は【黄玉の矢】であり、貫通性能はあまり高くないが、雷属性を持つ矢だ。ロボット系に通りも悪くなく、ヘイトを稼がない程度の援護には有用である。

 自分の立場を認識したらしいギンジの的確なサポートもあり、オレとエドガーは4体のドラム缶型の撃破に成功するも、とにかくばら撒くタイプだった相手だけに狭い通路では無傷とはいかなかった。深緑霊水で手早く回復を済ませる。

 

「もう間もなくサーバールームとだけあって、バイオ系よりもロボット系が主力ですな」

 

 エドガーの指摘通り、この辺りのバイオ系はすっかり駆逐され、遺体として転がっている。つまり、警備システムが何としても死守している研究所の禁域なのだ。

 これで幾つ目とも分からないシャッターによる通路の封鎖のトラップであるが、アニマが≪暗号解析≫で解除し、先への道を開ける。こういう時に遠回りせずに突き進めるのは、やはりサポート型がいればこそだろう。

 ようやくたどり着いた、他とは違う重圧な自動ドア。それは当然のようにロックされている、と思ったのだが、何故かオレ達を迎え入れるように開く。

 どういう訳だ? 一瞬だが迷い、直ぐに覚悟を決めてオレは踏み入る。そこは冷房が利いているらしい、冷え切った空気と青色のランプで染まった世界だ。足下には無数の配線が埋め込まれている事を目視できる半透明のパネルが敷かれ、頭上では星のように赤のランプが瞬いている。

 そして広々としたサーバールームの中心部には、全ての配線が集中しているだろう、ガラスのように透明なボックスに詰められた円筒状の巨大な機器がある。あれがこの研究所の頭脳ともいうべきサーバーなのだろう。そして、その前には人型の様な何かが両膝をついて固まっている。

 グリムロック達をサーバールームの隅に移動させ、オレとエドガーがゆっくりとした足取りでサーバーに近寄る。そして、残り4メートルといった距離で、人型がピクリとその指を動かした。

 

『侵入者ヲ排除スル。侵入者ヲ排除スル。シ、ンニュ、ウ、シャヲハイ、ジョ、スル』

 

 まるで何度も何度も繰り返し過ぎて擦り切れたテープのように、人型は俺たちを敵と認識した事を告げて立ち上がる。

 頂くのは1本のHPバーであるが、そこには名前が記載されている。つまりはネームドだ。やはりと言うべきか、強力なガーディアンを配置されていたか。

 

 その名は<機械仕掛けのアンタレス>。その身はロボットであるとしても、騎士を思わす風貌をした赤の守護者は、右手の機械的なデザインをした実体剣を振るい、左手の銃器を構えた。




今年も残すところあと数日、更新できて1回か2回でしょうか?

それでは、194話でまた会いましょう。

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