SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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あけましておめでとうございます。

皆様は年末年始をどのようにお過ごしになられたでしょうか?
筆者はヤーナムに旅立って青い血を求めて病を治癒しておりました。

長らく休養を取らせていただきましたが、これからは上位者を目指して、新年も皆様にフロム色たっぷりの本作を届けたいと所存です。


Episode16-9 機械仕掛けのアンタレス

 機械仕掛けのアンタレス。それはナグナの英雄の名を冠した機械の騎士。全身に繋がれたケーブルが電撃と共に外れ、自由になったアンタレスは右手の剣の切っ先で床を削り、火花を散らしながらエドガーを狙って斬り上げる。豪快な一閃をエドガーは難なく回避し、その間にオレは右側に回り込もうとする。

 だが、アンタレスは左手に持つ銃器をオレに向け、そこから射出されたパルスマシンガンをばら撒く。低射程ではあるが、爆発ダメージによる追撃が恐ろしい≪光銃≫版マシンガンともいうべき射撃攻撃に、オレは舌打ちして距離を取る。

 紙一重で回避できる実弾系はともかく、爆発による範囲攻撃付きかつ連射性能が高いパルスマシンガンはオレにとって1番相手をしたくない類だ。

 右手の実体剣と左手のパルスマシンガン。それに左右の肩にはそれぞれ別の武装を取りつけている。右肩には折り畳み式のキャノン系か? 左肩はポッド系だからミサイルだろうか。

 エドガーはまず牽制とばかりにショットガンを撃ち込む。距離は取っていたとはいえ、範囲攻撃のショットガンはアンタレスに命中する。呪縛者のようなバリアは無いらしいが、同様にダメージもほとんど与えられていない。やはり物理属性への耐性が高いらしい。付与された程度の光属性では、アンタレスを削るには不足のようだ。

 オレは打剣に黄金松脂を塗り、雷属性をエンチャントする。打撃属性でも物理が通らないのであるならば効果は薄い。ならば、たとえエンチャントでも属性攻撃を付与していた方がダメージには効果的だ。

 蒼白いブースターを吹かし、アンタレスが加速してオレに斬りかかる。袈裟斬り、斬り返し、そこからの流れるような刺突を躱し、お返しとばかりに打剣を振るう。直撃したアンタレスは兜の様な頭部に潜ませた青いカメラアイをオレに向け、至近距離でパルスマシンガンを撃ちこもうとする。それを阻止すべく背後から迫ったエドガーが両刃剣モードで連続斬りを繰り出すも、アンタレスはこれを左への加速で以って回避に成功する。

 強さ的には強化巨人兵よりもやや手強い程度だ。1対1ならば相応の苦戦を強いられるかもしれないが、エドガーと2人がかりならば倒せない範疇ではない。

 右肩の折り畳み式キャノンが展開され、そこから強力なプラズマの光が解き放たれる。右肩はプラズマキャノンか。そこに左肩のポッドが開き、複数のミサイルが放出される。それはオレ達を追尾するも一定距離で爆ぜて光を撒き散らす。プラズマミサイルか。実体剣以外は全て属性攻撃みたいだな。

 

「手を出すなよ。下手にヘイトが傾いても困るからな」

 

 サーバールームの隅に固まるグリムロック達3人に、一応は忠告しておく。ボスや1部のネームド程に飛び抜けた強さが無いとはいえ、最前線のネームドだ。彼らでは手に余るはずだ。

 打剣のギミックを発動させ、エドガーにパルスマシンガンを撃ち続けるアンタレスに連撃を浴びせる。鞭形状の打剣を受ける度にアンタレスの装甲から火花が散るも、スタン状態にはならない。この辺りはさすがネームドだな。耐性が高い。

 死神の槍よりも黄金松脂を塗った鞭形態の打剣で援護しつつ、エドガーの両刃剣とショットガンの属性削りで堅実に狩る。これがベストか。注意すべきなのは1発が恐ろしいプラズマキャノンくらいだな。プラズマミサイルは追尾性能も低いようだし、そこまで問題ではない。

 事実として、アンタレスのHPは確実に削れ続け、攻防を繰り返す度に減って今では半分まで失っている。対してオレとエドガーのダメージといえば、逃げ切れなかったパルスマシンガンやプラズマミサイルの爆風程度だ。どちらも7割以上を十分にキープしている。

 余裕はある。額から汗が飛び散り、感染の影響か、まるで風邪にかかったかのように熱がじわじわと内側から広がっているが、それ以外のコンディションはほぼ万全だ。エドガーにも焦りは無い。

 

「どう見ます?」

 

「絶対に何かあるな」

 

 だが、だからこそ疑問が生じる。重要なサーバールームを守護するネームドの強さがこの程度など、まるでトラップを準備していると主張しているようなものだ。

 いつものように2回戦が始まるのか、それとも追加戦力か。どちらにしても、オレもエドガーもこれで終わりなど欠片として思っていない。

 エンチャントが切れた打剣を収め、両手で死神の槍を構えてオレはHPが3割を切ったアンタレス、その腹部の装甲が薄い隙間へと穂先を突き入れる。禍々しい捻じれた穂先を持つ死神の槍は、火花を散らして装甲の隙間に潜り込み、アンタレスにダメージを与える。そのまま力任せに壁まで押し付け、拘束したところにエドガーが≪両刃剣≫の連撃系ソードスキル【ブルーオーシャン】を繰り出す。青いライトエフェクトを秘めた両刃剣による左右からの連続斬り、そのまま回転連続斬りに繋がる、8連撃にも及ぶソードスキルはアンタレスのHPを完全に奪いきる。

 ソードスキルの硬直で動けないエドガーの首根っこを引っ張って距離を取ったオレは、2回戦を警戒してアンタレスを睨む。

 

「終わったの?」

 

「あり得ない」

 

「あり得ませんな」

 

 涙声のアニマの願望を、オレとエドガーは同時に否定する。やはりというべきか、プレイヤー間での実力のみならず、DBOの悪辣さに対する意識の差もかなり大きく開きがあるようだ。ネームドでHPバーが1本でギミックが無いとか、これまで生き延びてきた、相応の修羅場を潜り抜けた上位プレイヤーならば、即座に2回戦か増援のどちらかを警戒するはずである。

 予想通り、というよりも予定調和に、アンタレスは火花を散らしながら、その身から破片を零しながらも剣を振り上げる。

 同時に噴き出したのは黒い液体だ。最初はオイルの類による引火攻撃の追加かと思ったオレであるが、異様に泡立つそれに首筋に悪寒が駆け抜ける。

 

「来るぞ!」

 

 黒い液体を撒き散らしながら、HPを完全回復したアンタレスがパルスマシンガンを捨て、獣のように跳び上がったかと思えば、黒い液体を左手に凝縮させ、ショットガンのように撒き散らす。黒い液体は硬質化しているのか、礫となってオレたちに襲い掛かる。

 あまりの広範囲攻撃にオレは脇腹に1発、エドガーは両刃剣で捌き切れずに、右太腿に2発浴びる。同時に、オレの感染率が1パーセントほどだが上昇した。まさかのロボット系による感染攻撃は完全に予想外だったな。だが、それよりもまずいのは、感染率が上昇する感染攻撃を浴びたという事は、エドガーもまた感染状態になってしまったという事だ。

 これでオレ達の中で感染していないのはグリムロックだけか。まぁ、彼さえ無事ならばオレはそれで良いが、増々ナグナの良薬探しを急がないといけなくなりそうだな。

 アンタレスは肩部装備のキャノンを自らの手で剥ぎ取り、ヘドロ状態の黒い液体で接合し、左手の装備に変質させる。また、露出した腹部や胸部は赤熱し、まるで溶岩のようにどす黒さの中にも煌々とした輝きを宿していた。

 加速する。アンタレスがこれまでにない豪速でオレに接近し、右手の剣を振るう。寸前で跳び、短く持った死神の槍でカウンターを狙うも、左手のキャノン砲を鈍器のように振るい、殴りつけられる。咄嗟に攻撃からガードに切り替え、死神の槍で防ぐも、先程とは倍近く差があるだろうパワーに、オレは歯を食いしばって壁に叩き付けられないように槍を床に突き刺してブレーキをかける。

 両刃剣モードでショットガンを収めて、両手で連撃をしかけるエドガーであるが、アンタレスは背後からのそれの初撃を超反応のカウンター回し蹴りで横腹を打ち、彼を吹き飛ばす。

 強い。先程はまさしく前哨戦。何よりも、コイツからは不気味な程に『命』を感じる。一筋縄ではいかないか。

 試すか。打剣を右手に、死神の槍を左手に、オレは復帰が遅れたエドガーに攻撃されるより先に、アンタレスの間合いに入る。

 ヤツの剣は一撃の重さ重視だ。連撃を仕掛けてこない。まずはリーチを稼げる死神の槍で牽制をかけ、それを潜り抜けようとするアンタレスを打剣で迎撃する。だが、打撃属性の打剣は思いの外に通りが悪い。どうやら、全身から溢れた黒い液体は防御性能の強化も施しているようだ。

 やはり属性攻撃がいるな。そうなると闇属性持ちの死神の槍は期待できるのだが、先程から一変して死神の槍の通りもかなり悪くなっている。まさかと思うが、今のコイツは闇属性に対しても高い防御力を持っているのだろうか?

 物理属性は効きが悪い。闇属性も通らない。そうなると、打剣の先端は魔法属性の刺突攻撃だから、これとアイテムエンチャントに頼るしかないか。

 ここは【磔刑】で潰すか? アレは無属性と闇属性の複合だ。ダメージは期待できる……いや、アレは自身を中心とした広範囲攻撃だ。単独で乱戦状態ならば有効的だが、周囲に仲間がいるパーティでは同士討ちを誘発する。ここでは使えない。

 何よりもエドガーの手前、【磔刑】はなるべく温存、もとい隠蔽しておきたい。下手に切り札を明かすわけにもいかないからな。

 

「そこまで余裕もねーんだけどな!」

 

 汗が飛び散る。激しく動けば動く程に発汗し、感染状態がもたらす澱んだ体の熱が意識を重く、鈍らせていく。

 まずいな。想像以上に痛覚遮断が機能していないのが枷になっている。アンタレスの剣先が意識の揺らぎを感じ取ったように首を刈り取る寸前となり、ギリギリで1歩退避して首の皮1枚で致命を免れる。

 と、そこにアンタレスに飛来した灰の刃が命中する。見れば、エドガーは奇跡特有の円陣を自身の周囲に展開し、次々と灰の刃を生み出しては撃ち出している。どうやら近接戦はオレに譲り、魔力の限りに援護する事を決定したようだ。

 ここでラッシュをかける! 近距離からの黒の礫のショットガンを銃身を蹴って防ぎ、続くプラズマキャノンを放出しながらの横薙ぎを屈んで避け、赤熱する腹部へと死神の槍を突き刺し、そのままSTRを全開にしてアンタレスを持ち上げると頭から床に叩き付ける。

 

「何と!?」

 

 エドガーは感嘆しながらも灰の刃による援護を続ける。恐るべき速度で飛来する灰の刃は着実にアンタレスを削り続けている。今やハリネズミのような状態のアンタレスは、砲台と化したエドガーに敵意を向け、火花を生み出しながら剣先を床に滑らせる。

 放たれたのは黒いヘドロの斬撃だ。それは刀身以上のリーチを生み出し、エドガーに回避を強要して奇跡による援護を停止させる。だが、その瞬間にオレに背を向けた為に、隙を狙ったオレは残数に限りが見えた黄金松脂を打剣にエンチャントする時間を得る。

 

「ラッシュをかけるぞ!」

 

 オレの呼びかけに応じ、スタン蓄積が高いショットガンを撃ち、アンタレスの右腕を弾き飛ばして斬撃の軌道を曲げたエドガーは両刃剣で腹を薙ぎ、そこから連撃に繋げる。対してオレはミサイルポッドが開かれた瞬間に死神の槍を投擲し、射出タイミングに貫いて誘爆させてアンタレスを怯ませる。

 ショットガンを捨てて踏み込んだエドガーが正面から≪格闘≫の流星打を、オレが背中から≪格闘≫の【轟鉄破】を放つ。自身を3回転させてからスピードを乗せたミドルキックを穿つこのソードスキルは隙こそ大きいが、火力ブーストはスタミナ消費量に比べて大きいので、ここぞという瞬間火力を求める時に重宝する。

 オレとエドガーのソードスキルに挟み撃ちにされ、押し潰されたアンタレスが機械の悲鳴を上げる。再びHPを全損したアンタレスは沈黙するが、すぐに内部の赤熱が再燃し、立ち上がる。だが、その身を作る機械の鎧は大半が剥げ、右腕は剣を握ったまま千切れ落ちる。そこから溢れた黒い液体から伸びたのは、黒い繊維質の、これまでの道中のモンスターが散々披露した無数の細い触手だ。

 死神の槍を捨ててフリーになった左手でマシンガンを抜き、バックステップを踏みながら弾丸をばら撒く。再びHPを完全回復させたアンタレスはマシンガンを浴びながら左手のキャノン砲からプラズマを迸らせたかと思えば、破損の影響なのかは知らないが、余計に避け辛くなった拡散するプラズマキャノンを放出する。しかも規則性が無く、ランダムで広がるプラズマキャノンを長時間放ち続けるので、場所取りを間違えれば隅で固まっているグリムロック達に命中しかねない。

 ギミックを発動させ、鞭にした打剣で大破しながらも動く、まるで別の何かに無理矢理動かされて悲鳴を上げるように金属特有の高音を響かせるアンタレスに連撃を浴びせるも、まるで怯まず、エドガーは黒い繊維に邪魔されて動く事が出来ない。

 と、そこでアンタレスの動きが止まり、攻撃が中断される。かと思えば、その背中から溢れる黒い液体が変色し、灰銀の金属色に変質したかと思えば風船ように膨張する。瞬間にオレは範囲攻撃の前兆だと判断し、潰すべく打剣を伸ばしてその先端でアンタレスの頭部を貫く。装甲が剥げ落ちたアンタレスは攻撃を弾かれる事が無くなってきているが、それを補うように高スタン耐性と怯み耐性を持つ。この程度では止まらないか!

 マシンガンを浴びせるも、アンタレスは背中の腫瘍のような膨らみを巨大化させていく。下手すればサーバールーム全体を呑み込むかもしれない範囲攻撃が想像されるだけに、オレは近接攻撃で阻止すべく間合いを詰めようとする。だが、接近しようとすれば黒い触手が暴れ回り、人間1人が通れるスペースすら作らず、踏み込めない!

 だが、そこに1本の矢が飛来し、アンタレスの赤熱した胸部を貫く。気付けば、ギンジが弓を構え、次なる一撃を放とうとしている。

 また蛮勇か? オレは一瞬そう思ったが、違う。ギンジの目にあるのは『合図』だ。

 ……まったく、これだから惚れた女がいるヤツは成長が早くて困る。苦笑しながらも、オレは彼の意図を察知し、次なる1本が放たれる瞬間に再度アンタレスの間合いに入り込む。

 黒い触手は狙い通り、これまで石ころのように存在が無かったギンジの攻撃に対応すべく、射線に張り巡らされる。あの触手はほぼオート対応だ。だからこその反応速度の高さなのであるが、故に融通が利かない。矢の迎撃で薄くなった網を潜り抜けたオレは爆発寸前のようなアンタレスの胸にギミック解除した打剣を突き刺し、そのまま刃無き刀身で無理矢理斬り上げる。

 それは肉を押し潰すような感覚に近く、また溢れる黒い液体がオレの全身を染め、HPを減少させ、また感染率を上昇させる。それは急速な勢いであるが、無視してオレは広げた傷口、その赤熱した最も輝く部位へとマシンガンを捨てた左手を押し込む。

 引き千切る! 煌々と輝く溶岩のような肉を奪い、アンタレスが僅かにだが怯む。そこにショットガンを再装備したエドガーが跳び込み、顔面に至近距離から散弾を撃ち込み、今度こそスタン状態にさせる!

 

「穿鬼」

 

 肉を抉られ、大きく開いた胸にオレは左手で穿鬼を放ち、アンタレスの上半身を爆散させる。今度こそHPが完全にゼロになったアンタレスは膝を折り、どす黒い液体の爆散となって撃破され、リザルト画面が表示される。

 

「終わったようだね」

 

 安堵した様子のグリムロックに油断するなと言いたいが、リザルト画面が表示された以上はアンタレスとの戦闘は終了したはずであるから、無用な心配か。

 その場に座り込んだオレは垂れた前髪を掻き上げ、吐息を漏らす。さすがは最前線のネームドだ。リポップ型では無さそうであるが、それに見合うだけの強敵だったと断言できる。

 改めて感染率を確認するが……61.45か。一気に上昇したな。あの黒い液体を浴び過ぎたのが原因か。HPも4割ほどまで減少している。

 と、そこにエドガーがオレの近くで奇跡の中回復を発動させる。回復系の奇跡は円陣内にある味方全員に恩恵を与える。オレのHPも一気に回復し、回復アイテムの消耗が抑えられたのでエドガーに無言の感謝を告げた。

 

「あの……」

 

 弓を握りしめたギンジの濁った表情に、オレは小さく笑って頷いて立ち上がり、彼の肩を叩く。

 

「ナイス援護だ。さすがは万能型」

 

 別に怒らねーよ。馬鹿やるならばともかく、勝算と打算が合った攻撃なのは明らかだったからな。むしろ、あの乱戦の中でよく黒い触手がオート対応だと見切ったものだ。まぁ、最前線落ちしたとはいえ、元々は上位プレイヤーに名を連ねていただろうからな。センス自体はあったという事か。

 だが、かなりの強敵だったな。2回戦どころか3回戦とかふざけた性能しやがって。オレはドロップしたアイテムを確認しながら、そこで奇妙なアイテムを見つける。

 それは【アンタレスのソウル】だ。どういう訳だろうか? あれは機械仕掛け……つまりロボットだ。ソウル系アイテムが入手できるなどあり得ない。オレはアイテムの説明欄を確認する。

 

 

『ナグナの英雄、【紅玉の騎士アンタレス】のソウル。かつて王の地、巡礼に旅立ったアンタレスは名高い深淵狩りだった。いかなる運命を辿ったのか、その棺は深淵の始まりであるウーラシール遺跡より発見され、心無い探究者たちによって暴かれた。ソウルを用いた技術開発戦争の黎明、冒涜の始まりである』

 

 

 ……この世界は悪趣味だとは思っていたが、ここまで来ると笑い声も出ねーよ。

 つまり何か? あの機械仕掛けのアンタレスには、文字通りアンタレスの『魂』が組み込まれていたって事か?『命』を感じるのも道理だ。

 

「やれやれ。私もついに感染してしまいましたな」

 

 魔力とショットガンの弾薬を大幅に消耗した以外では、エドガーにとって最大の痛手は感染してしまった事だろう。だが、ネームドを相手にこれだけで済んだのは儲けと考えるべきだ。

 

「何か良いドロップはあったか?」

 

「ええ、多少は。ですが、どれも取るに足らないものですよ。【渡り鳥】殿はいかがだったですかな?」

 

「……普通だ」

 

 ソウルがドロップした事は言わない方が良いだろう。エドガーは嫉妬に駆られるタイプでは無さそうだが、念には念を入れておく。

 サーバー操作をグリムロックに任せ、オレとエドガーは戦いを癒すように水を飲む。これで研究所の3階層になる、ナグナに通じるエレベーターが使えるようになるはずだが、どうなる事やら。

 

 

『簒奪者よ。愚かな盗掘者よ。何を望んで故人の墓を暴く?』

 

 

 だが、途端にサーバールームに響いたのは、厳かな女の声だった。

 

『かつてのウーラシールの悲劇を繰り返すつもりか? 人は成長しないものだな。何度も何度も同じ悲劇を繰り返す。火継ぎの因果から解き放たれたというのに、どうして禁忌に踏み入る? そうして待つのは世界の終わりだというのに』

 

 一難去ってまた一難か? 再装備した死神の槍を握りしめ、オレは声の主を探す。だが、何処にもそれらしい影は見当たらない。

 

「……オレ達は薬を求めて来ただけだ。ナグナの万能薬が欲しいだけだ」

 

 とりあえず返答してみるか。声音からして女だとは思うのだが、何が出るやら。

 

『誰もが始まりは似たようなものだ。我が身を蝕む病の為に、愛する者を死の淵から救い出す為に、数多の苦痛に苛まれる名も無き人々の為に、古きナグナに希望を追い求める。そうして、失われた叡智に触れ、禁忌を知り、好奇を抑えられなくなる。得るべきでは無かった力に魅入られる』

 

 声音に潜むのは失望と怒り。オレは黙って女の声に耳を傾ける。

 

『引き返せ。そして死を受け入れろ。心安らかに逝くが良い』

 

 その通告を最後に、女の声は響かなくなる。オレは死神の槍を振るい、怯えた様子のアニマを横目に、わざとらしく足音を鳴らす。古きナグナの道は開かれた。ご丁寧に警告してくれたならば、坑道の先には古きナグナがあるのは間違いないのだろう。

 だが、ウーラシールの悲劇か。エドガーが探しに来た聖遺物もウーラシールのレガリアだ。そして、アンタレスの棺が見つかったのはウーラシール遺跡。全ては偶然ではないのだろう。

 サーバールームを出発したオレ達は研究所の3階層目に到達する。そこは保管庫の意味が強いのか、黄ばんだ緑色の液体に浸された臓器などの標本がある以外は至って普通のようだ。

 

「ふむ、増々解せませんな。この研究所はどうして封鎖されたのやら」

 

「事故が起きたにしては綺麗過ぎるしな」

 

 確かに荒れ果てているが、それは内部で暴動が起きたかのような印象に近い。まるで何かに襲われ、慌てて逃げ出したかのようだ。

 そうして到着した古きナグナに通じるだろうエレベーターであるが、その周辺だけどす黒く汚れ、また床や壁にも鋭い傷痕が幾つも刻まれていた。何かが研究所に侵入してきた形跡にも見えるが、どうだろうな。

 

「オレは研究所内をもう少し調査したい。ナグナの月光草もあるかもしれないしな」

 

「私も同意見ですが、アニマさん達を連れ回すのは危険でしょう」

 

「だから、オレ達以外の3人で多数決を取ってもらう。このまま坑道を進むか、それとも研究所を調査するか」

 

 敢えてオレやエドガーの意見ではなく、3人に決定権を委ねるのは、直接的な被害を最も受けやすい立場だからである。その気になれば、場馴れしたオレやエドガーならば危機的状況からも離脱は可能かもしれないが、グリムロックも含めて彼らは死線から自力で脱するには弱者の立場だ。

 しばらく考えるように腕を組んだグリムロックだが、やがて意を決したように口を開く。

 

「私は前進すべきだと思うね。確かにナグナの月光草があれば、良薬が作れるかもしれない。でも、無いモノを探す手間よりも前進するメリットの方が今は大きいはずだ」

 

「俺は反対だ。これだけ広い研究所なんだ。感染に関して研究もしていたなら、必ず良薬かそれを作る材料があるはずだ」

 

「わ、私も……もう少しここを調べるべきだと思う、かな?」

 

 賛成2、反対1か。決まりだな。グリムロックの意見も分かるが、やはり調査を推し進めるべきだろう。

 しかし、どういう訳だ? 普段のグリムロックは慎重派のはずだ。それこそ足下を踏み固めねば安心できないタイプである。彼こそ賛成に回るとオレは睨んでいたのだが。

 再び2層に戻り、オレはエドガー達が薬品庫のロックされている薬品庫の開錠に手間取っている隙に、やや不満そうな表情を隠しもしないグリムロックに近寄る。

 

「らしくないな」

 

「それは私の台詞だよ」

 

「かもな」

 

 壁にもたれて腕を組んだグリムロックの視線はいつになく厳しい。オレはやはり感染した経緯を見抜かれていると確信し、溜め息を吐きながら、ギンジ達に聞かれないように小声で応じる。

 

「だが、オレはどうにでもなる。この程度は慣れっこだ。それよりもギンジとアニマだ。2人の感染率は上昇し続けてるからな。まだ時間はあるとはいえ、できれば24時間以内に――」

 

「キミはいつもそうだ」

 

 だが、グリムロックは吐き捨てるようにオレの言葉を遮る。

 彼らしくない、それでもギンジ達に聞かれないように配慮した、怒気の籠った声音にオレは狼狽える。正直な話、グリムロックが感情的になるのは武器とグリセルダさんの事くらいだからだ。

 

「自分勝手に見えて、自分本位に見えて、いつだってキミは他人本位なんだよ」

 

「…………」

 

「どうしてそうなんだ? どうして自分を傷つける事を躊躇わないんだ? どうして平然としているんだ?」

 

「言っただろう? オレは自分が好きなようにやっているだけだ。誰かを守りたいとか、そんな高尚な意思はないさ」

 

 何を怒っているかと思えば、そんな事か。オレは少しだけ嬉しく思いながらも、グリムロックの見当違いな怒りを微笑みで受け流す。

 

「オレは好きなように生きて、好きなように死ぬ。だからオマエの気持ちは素直に受け取っておくが、あれこれ言われる筋合いは無いさ。それに、オレはお優しい善人じゃない。妥協と打算で、アイツらを見捨てる選択だってするだろうさ。本当に優しいヤツは……そんな考えさえ浮かばないだろうさ」

 

 グリムロック、オマエはオレの行動や言動の表面ばかり見て、中身がどれだけグロテスクな怪物なのか分かっていない。分かって欲しくない。

 開錠され、薬品庫のドアが開かれる。話は終わりだ。まだ何か言いたげなグリムロックを残し、オレはエドガーと共に薬品庫に跳び込んで警戒するも、特にモンスターやトラップの気配はない。

 薬品庫というだけあって燐光草を始めとした回復アイテムが多く保管されているが、目当てのナグナの月光草は無い。段ボールに詰められた白い液体がたっぷり入った瓶を手に取るも、アイテムストレージに収められないオブジェクト品ばかりである。

 ナグナの月光草は見当たらないな。オレとエドガーも感染してしまったので、余計にナグナの良薬が必要だというのに。材料自体が見つからないとはな。

 やはりルートを間違ったか? どう考えても裏ルートだしな。表ルートを通っていたら山ほど入手できるとか泣くぞ? というか、どう考えてもアンタレスは良薬で感染率下げながら戦う事を前提とした設計だったので、その確率は高そうで頭痛がしてくる。だからと言って、今から表ルート……地上の鉱山から侵入とかタイムロス云々の次元を超えている。

 ポジティブに考えよう。良薬は入手し辛いが、その分だけ万能薬には最短で迫っていると! うん、それが良い!

 

「それに……『面白い事』も考え付いたしな」

 

 ついつい声に出てしまい、アニマが気持ち悪そうにオレを横目で見る。だが、それを気にしない程度にはオレの中でアイディアが形作られている。前々から考えてはいたが、より明確にイメージとして固まったのは大きいな。

 と、そこでオレの鼻が異臭……とはとても呼べない、もはや嗅ぎ慣れた血のニオイを捕まえる。打剣を抜き、足音を忍ばせて薬品庫の奥に行くと、そこには壁にへばりついた、胸を深く抉られ、そこから感染者特有の金属質の斑点が広がる白衣の男を見つける。その肉体は研究所にたどり着くまでに目撃した肉の根に変質しているが、その変異は中途半端で終わっており、だからこそ苦痛を味わっているようにも思えた。

 

「うぅ……うぅ……助けてくれぇ……助けてくれぇ……」

 

 謝罪の言葉を繰り返す男に、アニマは悲鳴を上げて後ずさる。ギンジは彼女の肩を押さえ、必要以上にオレ達から距離を取らせないようにする。

 男の目には『命』を感じない。つまり、設置されたNPC以上の意味は無い。オレは彼と視線が重なる位置まで腰を下ろす。

 

「何があった?」

 

「俺たちは何もしていない。ただこの病を癒す方法を探していただけなんだ。なのに、『連中』のせいで……再び毒が溢れて……ああ、奴が来る。古い怪物が……!」

 

 古い怪物? エドガーに無言で情報を持っているかと視線で問うが、彼もまた心当たりはないようだ。ギンジとアニマも同様のようである。

 オレは男の首をつかみ、軽く揺さぶる。『命』が無いとはいえ、ある程度の自由な返答はできるはずだ。ならば、準備されたパターンが正答を引き当てる質問をぶつければ良い。そうなると必要になるのはキーワードだな。

 

「地上のナグナは壊滅状態だ。感染に原因があるなら教えろ」

 

「あ……ああぁあああ……奴が来る……奴が来るぅうううううううううううぁあああああああああ!?」

 

 だが、男は悲鳴を上げるばかりでオレの質問には答えない。どうやら質問に応じるようにロジックが組み込まれていないようだ。あるいは、オレの質問にキーワードが入っていなかったのか。

 

「介錯してさしあげましょう。たとえNPCでも、無用な苦しみは負うべきではありません」

 

 エドガーが銀の剣で男の首を刎ね飛ばす。物を言わなくなった男から得た情報は何処まで役立つだろうか。何にしても、古い怪物……アンタレス以上の危険な存在が地下には潜んでいるとみるべきだろう。

 その後、薬品庫を調査していたオレ達だが、結局はナグナの月光草どころか、黒色マンドレイクすら入手できず、時間だけを消費する事になった。

 

「これ以上の調査は不本意ではありますが、やはり時間の浪費ですね。地下に進むべきでは?」

 

「……だな。できれば地下の構造を少しでも知りたかったんだが」

 

 地下は今まで以上に光源が無いかもしれない。携帯ランプを腰に下げ、オレ達は3層目の坑道に続くエレベーターに乗り込む。ワイヤーが軋む音を立てながら、ゆっくりと更なる地下へと続くエレベーターが到着したのは、坑道というイメージに合わない、まるで地下鉄の駅のような空間だった。どうやら整備はしっかりされていたらしく、様々な作業用の機器が設置され、錆びついた線路も敷かれている。だが、研究所までの道のりがそうであったように、血肉の根に侵蝕され、赤黒い液体で湿っている。

 それは新たなモンスターだろう。触手がより肥大化し、また先端が食虫植物のように変異した、辛うじて人間を核にしている事が分かる怪物が蠢いている。動きは鈍そうだが、1発が重そうだな。

 

「そろそろショットガンの弾が厳しいですね」

 

 溜め息を吐くエドガーはこれ以上の交戦を避けたいと暗に告げる。彼の戦闘スタイルはショットガンで隙を作り、両刃剣の連撃を押し込むものだ。ショットガンが使用不可になれば、彼の戦闘能力は低下してしまう。それを補う奇跡もあるが、アンタレス戦での灰の刃の連射で魔力も尽きかけているのだろう。

 だからと言って魔力を回復させるような休憩を取る時間も本格的に確保できなくなってきた。多少強引でも前に進むしかない。

 怪物は感知範囲が狭いのか、≪気配遮断≫を使用するオレ達が10メートル先を歩いても反応を示さない。そのまま坑道の奥まで敷かれた線路のレールへと跳び下り、薄暗い地下を視野に入れる。

 使うか。オレは左目を覆う眼帯を取り外し、眼球の代わりに押し込められた赤いランプを灯したカメラを露出させる。これにはギンジ達も驚いたらしく、言葉を失うように唖然としている。

 グリムロックの試作品の義眼【暗視カメラGRP1】だ。稼働時間は120分で、1回の起動で10分間継続できる12回仕様だ。使用中は≪暗視≫が発動して視力も取り戻せるのだが、スキルの≪暗視≫と同様に明るい場所で使えば視界が真っ白になってしまって逆に相手を見失うので戦闘には向かない義眼だ。

 

「何か見えるかい?」

 

「いや、今は何も。だが、注意していくぞ」

 

 グリムロックの問いかけに簡潔に答え、オレはエドガーに殿を任せ、レールが敷かれた坑道の奥へと進む。見た感じ、元々あった坑道を無理矢理整備したといったところか。恐らく、古いナグナまで通じるレールを敷いて高速移動を可能にしたのだろう。だが、所々のレールが破損している状態を見るに、上層の研究所が壊滅したタイミングから扱われている事は無さそうだ。

 暗闇の坑道には、灰銀色のスライムが蠢いている。それらは携帯ランプの光に反応し、ゆっくりと近づいてくるが、いずれも動きが鈍いので相手にする事は無い。だが、天井からトラップのように降って来るものもいるので、頭上にも注意を払わねばならないだろう。ちなみにコイツらは試しに攻撃してみたら吃驚するくらいに物理攻撃が通らなかったので、恐らく属性攻撃で倒すくらいしか方法は無さそうだ。

 

「うう、こんなグロテスクなダンジョン作るなんて、頭がおかしいわよ」

 

「後継者にとって褒め言葉だろうな」

 

 弱気なアニマからすれば、研究所よりも厄介なモンスターがいない代わりに精神的に追い詰める暗闇と外観の方が目を背けたくなるほどに辛い現実なのだろう。

 暗視カメラは今のところスライムを除けば、強襲をかけてくる6本腕以外は発見していない。だが、張り巡らされた血肉の根は奥に進めば進むほどに太く、より脈動している。

 やがて、レールを途切れさせるように大きな崩落がオレ達の道を途切れさせる。このままレールを辿れば古いナグナに到着……というのは甘い考えだったようだ。

 

「道は……あるみたいだな」

 

 崩落したすぐ真横に、塗装で封鎖されていた、元々の坑道だろう、岩肌が露出した穴が続いている。そちらは苔生すような血肉の泥の上に、光源のように小さな白い花が咲いている。一瞬だが、ナグナの月光草かと思うも、オブジェクトに過ぎずにオレは肩を落とす。

 可憐とも言える白い花の苗床は血肉の苔か。オレは坑道の横穴に入り込み、先へ先へと進んでいくと、巨大な崖にたどり着く。

 それは採掘できなかっただろう、巨大なクリスタルの柱が何本も乱立する大空洞だった。これまでとは一変した幻想的な風景に、オレは逆に気持ち悪さを重ねる。

 

「かなり深いけど、地面があるようだね。ロープもあるようだけど、降りるかい?」

 

 グリムロックの問いかけにオレは近くの結晶に繋がったロープを手に取り、顔を顰める。

 これは元々設置されている物ではない。プレイヤーが使用するアイテムだ。つまり、この地には先客がいる。だが、アンタレスは撃破されていなかった。つまり、研究所からこの坑道まで降りるのはオレ達が最初の一行のはずだ。

 

「……行くぞ」

 

 罠だとしても食い千切るだけだ。オレはロープを伝い、数十メートルはあるだろう、大空洞の地面まで一気に降りる。手袋が無ければ摩擦で皮膚が抉れているだろう速度だったが、着地寸前でしっかりブレーキを1度かけて大事を取る。

 頭痛と吐き気がする。それに体がだるい。感染が進行しているせいか、意識も少し朦朧としてきた。足下を浸す冷たい地下水がクリスタルの柱が立ち並ぶ大空洞を溺れさせており、下手に足を踏み外せば深みに引き摺り込まれてしまいそうだ。

 携帯ランプとクリスタルの光を頼りに、水浸しのクリスタルの柱の森をオレ達は進む。モンスターもいない静かな場所であり、休むには持って来いなのだが、そんな時間は無いのだから残念だ。

 

「綺麗な場所ね。素敵」

 

 数分前までが血と肉と悪臭漂う世界だっただけに、一変したクリスタルの森はアニマに憩いを与えているようだ。ギンジも心なしがホッとした表情である。

 そんな優しい世界を期待するだけ無駄だ。オレは水に生まれる波紋、それが少しずつ迫っている事を見落とさずに、死神の槍を何もない空間に突き出す。

 手応えあり。ギンジの数メートル隣まで迫っていたのは、昆虫のような胴体とカメレオンのような頭部を有した異形のロボットだ。火花を散らし、胸部に死神の槍が突き刺さったロボットは埋め込まれた2つの球体型カメラアイを激しく動かし、背中から薄い翅のような物を出現させると無音で飛行して距離を取る。

 装甲はかなり薄く、今の一撃でHPは3割ほど削ることができた。武装も2対の複腕の爪を除けば、背中に背負った折り畳み式のキャノン砲だけのようである。隠密仕様のロボットはオイルのようなものを貫かれた胸から垂らしながら、俊敏な動きでカウンターを入れたオレにターゲットを絞る。

 

「後ろだ」

 

 だが、それに惑わされない。ヤツメ様が踊る。敵意を指し示す。本能の導きが打剣のギミックを起動させ、鞭として振るう。それは水を裂き、水面下の地面を抉り、ほとんど背後を振り向かずに無造作に振るったオレの腕の動きに則ってアニマとグリムロックの間を通り抜ける。それは水飛沫と風を生み、彼らの後ろに迫っていた隠密ロボットを炙り出すように火花を弾けさせて迷彩を剥ぎ取る。

 だが、打剣程度では迷彩を完全に剥ぐ事は出来なかったのか、胸を貫通された1体目とは違い、すぐに迷彩を起動して姿をくらませる。

 そこで役立つのがエドガーのショットガンだ。彼は即座にショットガンで弾丸をばら撒き、ヒットした火花のエフェクトで場所を炙り出すと即座に銀の剣で突進突きを繰り出す。それは装甲の薄い隠密ロボットの胸を貫き、完全に迷彩を停止させる。

 こうなれば、後はスピードを除けば対応し易い。キャノン砲で1発を狙われても、むしろその隙に接近して攻撃を浴びせられる。

 

「2体だけだったみたいだな」

 

 無事にエドガーも狩り終えたのだろう。最初の不可視の奇襲は恐ろしいが、逆にそれだけだ。スピードがある高火力型なので油断すれば致命になるが、これまでの経験を組み合わせれば、冷静さを失わない限りは十分に対応可能だろう。

 静謐なクリスタルの森には不気味な隠密ロボットの登場だ。アニマは辟易した様子だが、むしろグリムロックは腕を組んでブツブツと『不可視迷彩。これは面白い』とか言いながら嫌な笑みを浮かべている。コイツのゴーレム作りはアームズフォートの域に入り始めてるからな。最初こそ応援していたが、最近はいい加減に止めるべきではないかとオレも悩んでいる。

 今回は水場だったので対応もし易かったが、これが乱戦状態ならば危険な相手だ。とはいえ、不可視能力持ちのモンスターなど今更珍しくもない。存在さえ認知していれば警戒もできる。

 そうして、水に浸されていない丘にようやくたどり着き、オレは眉を顰めた。

 

「野営の跡ようだね。しかも、まだ最近みたいだ」

 

 まだ耐久度がゼロになっていない空の缶詰など、およそ10人以上が軽い休憩を取っただろう痕跡の発見である。グリムロックは空いた缶詰を手に取り、軽く握り潰して光の欠片に変えた。

 このナグナは最前線とはいえ、まだ手付かずの未攻略エリアだ。つまり、こんな奥地まで探索しているだろう部隊はいない、というのがオレの予想だったのだが、この様子からすると外れだったようだ。

 やはりこのエリアはメインダンジョン攻略の鍵なのか? ならば部隊が派遣されていてもおかしくはないが、この感染システムからも分かるように、むしろイベントダンジョンの類だろう事が分かる。

 

「注意していくぞ。敵か味方か、それも分からない連中と出くわしたくないからな」

 

 他プレイヤー発見=即殺なんて血の気の多い連中は少ないだろうが、オレは大ギルド内でブラックリスト入りしているかもしれないからな。誰が死んでもおかしくない最前線のダンジョンともなれば、チャンスと見て襲い来る連中もいるかもしれない。

 その時は……まぁ、逃げるしかないか。さすがにグリムロックを守りながらプレイヤー相手の複数戦とかやってられない。

 再び薄暗い坑道に入り、携帯ランプの灯りを頼りに進むも、壁面から露出しているクリスタルが光源となっているお陰か、明度はそれなりに保たれている。

 と、そこで4回目の曲がり角を辿った時に、オレ達の耳に剣呑なざわめきが届いた。

 唇に人差し指を当て、静かにするようにとサインを送ったオレは姿勢を屈め、曲がり角から顔を出す。そこは開けた、採掘地の1つだろう、破損したトロッコやつるはしが無数と転がっている。だが、その足元はおびただしい赤黒い液体で浸され、高過ぎるせいか、あるいは光が届いていないせいか、クリスタルすら侵蝕する肉の蔦と根が伸びた天井は闇に包まれている。

 そこで激しい火花を散らすのは、あろうことか、プレイヤー同士だった。

 片方は騎士然とした甲冑や鎧装備の一団だ。エンブレムからして聖剣騎士団だろう。もう片方は射撃部隊と近接部隊によるバランスが取れた編成されている、エンブレムからして太陽の狩猟団だろうか。

 

「なんでプレイヤー同士が……」

 

「聖剣騎士団と太陽の狩猟団は潜在的敵対関係とはいえ、少し奇妙だね」

 

 ギンジとグリムロックの指摘は尤もだ。幾ら彼らは大ギルドの黎明期からの険悪な関係とはいえ、ダンジョン内で遭遇して殺し合うなどあり得ない。確実に戦争の機運が高まっているとはいえ、未知なるダンジョンでの消耗は自殺行為だからだ。少しばかり頭が回れば、ここはお互いの為に退き合うか、一時的協力体制を取るものだろう。

 一方で、彼らは真剣に殺し合っているようには見えない、というのもオレの見解だ。どちらもHPの損害が小さく、また回復中に攻撃をしていない。まるでルールが決められた試合のように、どちらかが折れるのを待っているかのようだ。

 

「聖剣騎士団を率いているのは……ノイジエルか。太陽の狩猟団はベヒモスみたいだな」

 

 共にクラーグと戦い、病み村の脱出に尽力したノイジエルは、相変わらずのガチガチの重装甲の甲冑、分厚い円盾、大型の戦斧というスタイルだ。対してベヒモスは装備を一新したのか、それともGGO出身というだけあって彼の本来のスタイルなのか、高いSTRに物を言わせた大型ガトリングガンを左手に装備し、右手には戦槌でありながら刺突属性攻撃である赤錆色のウォーピックを装備している。

 彼らは攻撃的な外観に反した理性的な人物たちだ。ならば、この戦いはあくまでポーズに過ぎないのだろうか? 悩んでいる間に、オレの真横をグリムロックが制止をかける暇も無く、アニマが駆け抜ける。

 

「レイ! 無事だったのね!」

 

 嬉しそうに、アニマが採掘地に飛び出して声をかけたのは、聖剣騎士団陣営にいる、他のメンバーと違って武装が2ランクは貧相に映る、刈り上げた金髪の男だ。彼は驚いた様子で目を見開く。

 

「アニマ!? どうしてこんな場所に……!」

 

 男の驚きは奇妙な小競り合いを続ける双方に波紋を呼んで停止させ、そして当然のように彼らの眼差しは隠れていたオレ達に向かう。

 一難去ってすらいないのに、また一難か。オレは諦めにも似た感情で、両手をホールドアップして彼らの前に出頭した。




今回のエピソードも多様な戦力が交差します。

絶望「……ステンバーイ、ステンバーイ」


それでは195話でまた会いましょう。

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