SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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今回のエピソードもようやくエンジンがかかってきました。

VS深淵の魔物、開戦です。


Episode16-13 深淵の魔物

 3本の左腕による鋭い3連撃、大剣と一体化した右腕による異質の剣技、その巨体を活かした突進とプレス、左腕による闇属性だろうレーザー、口内から放出される炸裂する黒い泥、そして大顎による喰らい付き。深淵の魔物の攻撃手段を大よそ分別し、動き出した魔物に対応すべくオレは左手にマシンガンを、右手に死神の槍を握り、その全てを注視する。

 VITと防御力の両方が高いだろうノイジエルとベヒモスならば、右腕の一閃にも左腕の連撃にも1度ならば耐えられる。だが、魔物の恐ろしい点はラッシュ力だ。巨体であるが故に怯み辛く、またスタン耐性も高いだろう。それを遺憾なく発揮して攻め込んでくる。しかもスピードまで備わっているのだから始末に負えない。

 動く。深淵の魔物が黒い泥が混じった唾液を垂らしながら、跳躍と共に左腕を振り上げて襲い掛かったのはノイジエルだ。重圧な甲冑を纏ったノイジエルは決してスピードファイターではない。円盾は鈍い金色に太陽が彫り込まれた【女王の守護盾】だ。オートヒーリング能力と雷属性に対して高い防御力を誇るが、大盾程にはガード性能は無い。タンクの分厚い大盾すらも揺るがし、剥ぎ取るだろう深淵の魔物の連撃には耐えられないだろう。

 だが、彼とて円卓の騎士だ。伊達に聖剣騎士団の幹部ではない。勇敢にも敢えて3連撃が繰り出される瞬間に懐に入り込み、その腹に両刃の大斧を当て、踏み潰される前に股を潜り抜ける。

 高火力が売りの重量型の大斧だ。深淵の魔物は怯みこそしないが、悪くないダメージである。反転しながら右腕の同化した大剣を振るう魔物であるが、離脱距離を稼げなかったノイジエルはしっかりと盾でガードする。踏ん張りを利かせたノイジエルは2メートルほど後方に押し込まれるに留まる。

 そこにベヒモスが援護とばかりにガトリングガンを魔物の頭部にめがけて放つ。だが、距離があってはガトリングガンも減衰してダメージも与えられず、集弾性も悪いので全弾頭部には命中しない。それでも確かな削りを与えたところに、オレがノイジエルと魔物の間に入り込む。

 繰り出されたのは左腕による3連撃だ。それを先程と同様に潜り抜け、続く切り返しを大きなサイドステップで間合いから外れ、尚も追いすがる魔物が放った大振りの右腕の斬撃を屈んで躱し、ようやく出来た隙に死神の槍を押し込む。

 下顎と左目以外は兜のような銀色の光沢に覆われているので、死神の槍による貫通は望めないだろう。そこで狙ったのは首筋である。死神の槍は灰銀色の肌を突き破るも、その硬質な感触にオレは歯を食いしばる。

 まずい! 全力で刺し貫くつもりだったが、浅く刺した時点でオレは即座にバックステップを踏んで攻撃範囲から離脱しながら、咆哮を上げる魔物に牽制のマシンガンを放つ。

 

「気づいたようだな」

 

「ああ。とんでもなく肉が硬い。下手に深く刺したら抜けなくなるな」

 

 恐らくノイジエルも大斧で攻撃した時の感触で、魔物の異常な肉の硬さに気づいたのだろう。忌々しそうに吐き捨てる彼にオレは同意する。

 まずいな。今回のオレの武器のラインナップは斬撃属性が不足しているのだ。灰被りの大剣を使い捨てた事が裏目に出たか? いや、どちらにしてもあの剣の破損具合では魔物と相対した時点で耐久的にお陀仏していただろう。

 やはり、こういう時にはバランスの良い両手剣か斬撃特化武器であるカタナが欲しくなる。だが、無い物をねだったところで解決はしない。手持ちのカードだけで対処するしかない。

 魔物は後退し、3本の左手に闇を集中させ、レーザーを放つ。動き回るレーザーは回避ルートの選定を厳しくさせるが、この程度の攻撃は慣れている。レーザーの攻撃を掻い潜り、逆に接近のチャンスにしようとするも、ヤツメ様がオレの首根っこをつかんでブレーキをかけさせる。

 瞬間の跳び退きながらの回転斬りがオレの数センチ前を踊った。あと1歩踏み込んでいたならば、黒いレーザーを突破したばかりのオレの体は両断されていただろう。

 

「どれだけ肉が硬かろうとも!」

 

 と、跳び退き回転斬りの着地点へと猛然とダッシュしていたベヒモスは、着地したばかりの魔物の頭部へと右手の戦槌を振り下ろす。それは鈍い金属音を響かせて魔物の頭部を打った。

 

「叩き潰せば良いのだ!」

 

 シンプルだ。故に真理だ。ベヒモスの2連撃の戦槌が頭部にクリーンヒットし、魔物は僅かにだが退く。そこにガトリングガンの銃口を槍のように突き出したベヒモスは、猛烈なマズルフラッシュで魔物を焼くように至近距離から弾丸を吐き出す。

 これにはさすがの魔物も無頓着ではいられなかったらしく、上半身を逸らし、威嚇するように咆哮を轟かせて闇のフォースでベヒモスを吹き飛ばす。だが、吹き飛ばされる最中に宙で体勢を整えたベヒモスは血の海を足裏で滑りながら減速をかけた。

 

「臆するな! こういう手合いには攻めて攻めて攻めまくるしかない!」

 

 突進するノイジエルに魔物は左腕の3連撃を浴びせるも、それを彼は≪盾≫の単発ソードスキル【ウォール・アタック】で相殺する。

 上手いな。発動時間の長いソードスキルで素早い3連撃を纏めて受け止めた。しかも≪盾≫のソードスキルは軒並みに硬直時間が短いので即座に反撃できる。大斧の斬り上げで下顎を潰し、そこから打撃属性も備えた≪戦斧≫の性質を発揮するように即座に振り下ろしてダメージを稼ぐ。それを援護するように、オレは魔物の背後に回り込み、マシンガンを撃ち込んでいく。

 魔物はオレとノイジエルを払い除ける回転斬りを放つ。ノイジエルはこれもしっかりとガードし、オレは血の海に鼻先が触れる程に屈んで回避し、そのまま即座に間合いを詰めて死神の槍を右足の付け根に突き刺し、即座に抜いて離脱する。コンマ1秒遅れで後ろ蹴りが空を切る。

 やはり闇属性の通りが悪いせいか、死神の槍は思う程にダメージを与えられない。物理属性と闇属性の複合である死神の槍は、恐らく高い闇属性防御力を持つ深淵の魔物とは相性が悪いのだろう。そうなると、せめて無属性と闇属性の複合である【磔刑】を決めるしかないか。

 深淵の魔物は高々と跳び上がり、ベヒモスに落下攻撃を仕掛ける。それを彼は無様だろうと前に跳び込むローリングで躱し、膝をつきながら起き上がるとガトリングガンを撃ち込む。そこへノイジエルが≪戦斧≫の単発ソードスキル【ハイ・ボルケーノ】を繰り出す。大型モンスターに高い効果を発揮する前方に跳びながら大振りの縦振りのソードスキルは隙だらけにも見えるが、滞空中ならば任意のタイミングで攻撃をできるので意外にも対応力が高い。

 だが、ソードスキルに対して深淵の魔物は無造作に右腕を振るう。それはハイ・ボルケーノと衝突し、競り合う事も無く、あっさりとノイジエルを弾き返す。背中から血の海に倒れた隙だらけのノイジエルを逃すはずも無く、深淵の魔物は素早い左腕の3連撃……どころではない切り返しも含めた9連撃を浴びせる。辛うじて円盾で防いだノイジエルだが、大盾でも防げるか否かの左腕の3連撃であるのに、それが9連撃ともなれば防ぎきれるはずも無く、ガードを弾き飛ばされ、がら空きになった胴体を爪で抉られる。

 不幸中の幸いだったのは、無理な体勢で受けた余りに、最初の1発が命中した時点で吹き飛ばされて連続ヒットしなかった事だろう。それでもクリティカル扱いとなれば、ノイジエルのHPは一撃で3割以上が奪い取られる。

 

「まさか、通常攻撃がソードスキル以上とは……!」

 

 たとえ迎撃されても相殺できると踏んでいたのだろう。ショックを受けた様子のノイジエルだが、戦意は失っていない。

 だが、これはかなりまずい。今の魔物は言うなれば『様子見』のようなものだ。オレ達3人が残った事で、その戦力としての高さを把握し、いかなる攻め手を組むべきか、自身の耐久力を武器に分析してやがる。

 テンポを変える! 死神の槍を背負い、オレは右手を打剣に切り替える。魔物は地面を抉りながら、血の海に波を起こし、飛沫を上げ、突進するオレの視界を1度潰し、そこに右腕の刃を振り下ろしてくる。瞬時にサイドステップで斬撃を避け、打剣のギミックを発動して鞭のようにしならせて右腕を打つも、硬質な肉のせいか、まるでダメージが通らない!

 ベヒモスの重量寄りの中量級戦槌ならばともかく、軽量戦槌でしかもギミック状態の打剣では魔物には効果が薄いか。鞭形態ではせいぜい牽制が限度だろう。

 手札という手札が相性悪いとは笑えないな。マシンガンもあまり効果を与えているようには思えない。恐らく、ネームドやボスの常として≪射撃減衰≫と同様の能力が備わっているのだろう。そうしたスキルの上から削り殺せるのも近距離向けのマシンガンやガトリングガンの強みなのだが、マシンガンの改造を連射性能と火力増強に回していない事が完全に裏目に出た。

 予定変更だ。次のマシンガンは弾幕云々を捨てて、徹底的な近距離戦闘特化にしてやる。舌打ちしながら、右腕の連続斬りを避けながら鞭状態の打剣を振るって雀の涙のようなダメージを与えつつ、マシンガンを追撃で浴びせるも、トリガーを引いても反応しなくなり、代わりに射撃サークルの下にリロードゲージが表示される。

 

「撃ち過ぎたか。糞が」

 

 このオートリロードで品切れだ。次に弾切れになれば、マシンガンはただのお荷物である。ただでさえ相性が悪い武器だらけだというのに、マシンガンまで使い物にならなくなるのも目に見えてきたな。射撃武器は壊す以外で限界が来るから普段とは戦いのテンポが違う。まだまだ勉強が必要か。

 深淵の魔物の残りHPはようやく1本目が残り4割といったところである。高火力のノイジエルとベヒモスがいるお陰で、順調にダメージは稼げているが、アホみたいな耐久の高さだ。パワー・スピード・テクニックに加えてタフネスまで揃ってるとか、バランス考えろ、バランスを!

 回復を済ませたらしいノイジエルが修理の光粉で盾も補修し、戦線に復帰する。ベヒモスもオレに魔物が専念している間にリロードを済ませたらしく、弾切れの懸念も無さそうにガトリングガンをばら撒く。

 この調子ならば時間稼ぎは何とかなりそうだが、ヤツメ様は微塵も油断をしていない。もはや笑ってすらいない。牙を剥き、獲物を狩るのではなく、生存をかけた縄張り争いのように咆えている。

 そして、ついに首筋の悪寒がこれまでにない程に膨張し、魔物の赤い舌がべろりと牙を舐めた。

 

「来るぞ!」

 

 全力で回避しろ、までは言えなかった。そんな暇など無かった。

 急速突進と同時の右腕による薙ぎ払い斬り。回避を許さぬ豪速に対し、ヤツメ様が導いたのは死神の槍……ユニーク武器の強度を活かした強引なガードだった。槍の穂先を地面に突き刺し、柱のように立たせる事で斬撃を防ぐも、オレは壁に叩き付けられる。だが、魔物はそれで終わらずに、鋭い顎で壁ごとオレの体を食い千切ろうとする!

 バランスを掌握しろ! 叩き付けられた衝撃と痛みで思考がホワイトアウトしそうになるのを本能で無理矢理繋ぎ止め、打剣で壁を叩いて宙でバウンドを制御して喰らい付きを躱す。だが、これすらも読んでいたように魔物は左腕の3本腕の爪で壁をつかみ、跳び上がって宙を舞うオレに追撃をかける!

 立ち並んだ牙に対し、オレは地面に向かって鞭状態の打剣を突き出して先端をアンカーのように突き刺し、ギミック解除による引っ張りで喰らいつき攻撃から免れる。だが、着地と同時に逃がさないとばかりに魔物は跳びかかりながら右手の剣を叩き付ける。

 連撃なんて甘いものではない! 一切の休息を与えぬラッシュだ。横に転がりながら、オレを追跡してくる叩き付けを免れるも、血の海を割りながらも左腕の3連撃には回避が間に合わず、悪手とも言うべき打剣によるガードを強いられる!

 亀裂が入る音が聞こえる。ギミックを成す刀身の繋ぎ目は軋み、ポリゴンの破片が飛び散る。STRを全開にして、押し飛ばされながらも壁に叩き付けられる事だけは防ぎきるも、突進突きがオレを串刺しにすべく迫る!

 

「おぉおおおおおおおおおお!」

 

 だが、それを阻止すべくノイジエルが魔物の側面へと戦斧の横薙ぎを決める。肉を抉り、赤黒い光が飛び散る確かな一撃は突進突きを止める。

 

「馬鹿が! 手を出すな!」

 

 違う! たかだか横薙ぎの1発『程度』で深淵の魔物が足を止めるはずがない! コイツの狙いは別にある!

 それはあまりにも素早過ぎる跳び退き回転斬り。もはやノイジエルの邪魔入れを『読んでいた』としか思えない、完成されたカウンター。分厚い刃はノイジエルの右肘に容赦なく喰らい付き、大斧を握る右手諸共奪い去る!

 この糞野郎が! オレへのラッシュは……こちらが死に物狂いで回避と防御に撤した連撃は全て『誘い』だ! ノイジエルの攻撃を仕掛けるタイミングと癖を『様子見』の間で分析して、見事に釣り上げやがった!

 右肘から先を失い、ノイジエルは歯を食いしばりながらも悲鳴を堪えて退却しようとするが、そこに魔物は泥を吐きつける。それを円盾で防ぐも、炸裂する泥の爆発がノイジエルの、右腕を失った衝撃から復帰できずに甘くなったガードを容易く弾き飛ばす!

 間に合え! オレは打剣を上空に放り投げ、焼夷手榴弾を魔物に放り投げる。炸裂し、炎上した事によって魔物はノイジエルへの必殺の右腕の一閃が僅かに遅れ、その間にガトリングガンで殴りつけてノイジエルを吹き飛ばして退避させたベヒモスが位置を交換し、爪の連撃をガトリングガンの盾で防ぐ!

 破砕音が響き、ガトリングガンの銃身が飛び散る。大盾のガードすらも弾き飛ばすのだ。本来ガードには向かない銃器で防げば当然である。だが、ベヒモスは鼻をヒクヒクと痙攣させながらも、ガトリングガンを捨てて後退する。

 だが、そこに繰り出されたのは猛然とも言うべき、宙を前転しながらの右腕の叩き付け斬り。唖然とするベヒモスは、戦槌を掲げてガードを取るも、その巨体の重量と回転が乗った叩きつけ斬りを前に両膝をつく。

 だが、終わらない! 即座にまた宙を前転した魔物が2回目の叩き付け斬りを放つ! それはベヒモスを背中から地面に押し付ける!

 そして、3回目。それはついに武器ごとベヒモスの体を縦に斬り裂き、彼のHPが8割消し飛ぶ!

 させるか! 4回目の動作に入る直前で、オレはキャッチした打剣を伸ばし、背中に突き刺してギミックを解除で一気に深淵の魔物の背中に乗る。同時に溢れた黒い靄がオレの感染率を引き上げるが、そんなものは知った事か!

 ベヒモスへの攻撃からオレの振り落としへと切り替えた魔物は暴れ馬のように動き回って振り落とそうとする。だが、右手の打剣をより一層深く押し込んでアンカーにして、オレは左手の槍を魔物へと突き刺す!

 

「【磔刑】!」

 

 魔物の全身から飛び出した槍の森が、ついに魔物の動きを一瞬だが、確かに止める! その間に跳び下りたオレは、右腕に止血包帯を巻き、左手の盾をオミットして、再装備した大斧を左手に握るノイジエルを睨む。

 

「リタイアだ」

 

 短くだが、オレはノイジエルに現実を突きつける。チャンスタイムであるはずの、全身から突き出した槍の傷口から赤黒い光と泥を散らしながら、痛みにもがき苦しむ魔物を視界に収めつつ、ノイジエルに離脱を促す。

 ベヒモスは白亜草を食してHPを回復させ、サブウェポンらしき先程に比べたら小ぶりではあるが、中量級だろう戦槌を装備している。彼はともかく、片腕のノイジエルの本領はガードを組み合わせた突進戦法だ。それが出来ない今は戦力半減も良いところである。

 

「まだだ! 私はまだ――!」

 

「失せろ! 足手纏いだ!」

 

 ああ、分かってる。これは彼のプライドを砕く言葉の刃だ。そもそも、彼が右腕を失ったのは、連撃で追い詰められたオレをカバーしようとした善意の代償だ。だから、本来ならばオレがこんな事を言う資格など無い。

 それでも……それでも右腕を失った彼では本気になった魔物を相手取るなど不可能だ。実力の問題ではない。戦闘スタイルの問題だ。コイツを相手取るには、ノイジエルは相性が悪過ぎた。それだけだ。

 兜の向こうでノイジエルが歯を食いしばる様が見えた気がした。

 

「後は……任せたぞ」

 

 坑道側へと逃げていくノイジエルに、復帰した魔物は咆哮をあげて飛びかかろうとするも、オレは先程のお返しとばかりに、左手の槍の穂先を振るって下顎を裂く。磔刑がまともに直撃したにも関わらず、まだHPバーが1本目をギリギリ残している。闇属性には桁外れの防御力を持つだけではない、属性防御力も物理防御力も軒並みに高いせいで無属性すらも効果を十分に発揮できなかったか。それでも3割以上を一気に奪い取れたのは、さすがは【磔刑】のフルヒットと言ったところか。

 下顎を裂かれた事で逃げるノイジエルからオレへと気が逸れたのか、その刹那の間に背後へと回り込んでいたベヒモスの≪戦槌≫の単発ソードスキルであるインパクト・スマッシュが決まる。基本的な≪戦槌≫のソードスキルであるが、それ故に使い勝手も良い。左膝に直撃し、僅かにバランスを崩させる事に成功する。その間にノイジエルは逃げ切り、坑道の闇へと消える。

 

「存外、優しい男なのだな」

 

「何が?」

 

「ノイジエルは誇り高い男だ。彼を退かせるには、ああした物言いしか無かっただろう」

 

「……知らねーよ」

 

 退避した魔物を睨みながら、オレの隣に立つベヒモスの言葉をオレは冷たく切り捨てる。結果が全てだ。オレは彼のプライドを傷つけ、彼は戦線離脱して状況は悪化した。それだけを認識すれば良い。

 2本目のHPバーに突入した魔物は、右腕の剣を高々と掲げる。それと同時に、彼の周囲に紫色がかかった黒いオーラが集中していく。

 強烈な波動が暴風となってオレとベヒモスを撫で、全身に紫が滲んだ黒のオーラを纏った深淵の魔物が咆えた。

 恐らくは自己強化のバフの類だろう。元からクリーンヒットすれば一撃死亡がほぼ確定だったオレは、完全確定になった程度なので大差はないが、ベヒモスは先程のようにまともに攻撃を浴びれば耐えきれるか怪しい。

 

「回避優先で行くぞ。時間稼ぎが最優先だ」

 

 感染率は83.88パーセントか。いよいよ危険な状態だな。接触すれば感染上昇確実であり、泥も感染攻撃と見るべきだろう。HP全損よりも先に感染で死亡しそうだな。

 それに問題はそれだけではない。先程から左手に痺れが広がっている。というよりも、槍を握る感覚が薄れている。後遺症が最悪のタイミングで染み出し始めた。オマケに感染状態のフィードバッグの、体を蝕む高熱が看過できないまでに高まっている。

 思考が熱のせいで揺らぐ。脳にもたらされている錯覚に過ぎないにしても、この仮想世界は紛い物ではない本物なのだ。

 気を抜いたら……意識が刈り取られるな。痛覚遮断が死んだ事で、痛覚以外のフィードバッグもフィルター無しになっているのだろう。

 

「オレは狩り、奪い、喰らい、戦い、そして殺す者」

 

 時間は十分に稼げたかもしれない。恐らく、グリムロック達は逃げ切ってくれただろう。

 だが、この場面における足止めには2つの選択肢しか無い。

 誰かに任せてその場を離脱するか、それとも最後の1人になってまで深淵の魔物と対峙するか。要するに1人は絶対に逃げられない。

 最初から勝つ以外に道は無い。オレもベヒモスを残して退却する気は毛頭ない。

 深淵の魔物が動く。だが、その速度は先程の比ではない。攻撃力だけではなく、スピードまで強化されたか! 血の海の底、地面を抉る左腕の連撃は、これまでとは異なって地面との摩擦の火花が散り、その火力増幅を視覚的に表現している!

 ベヒモスは左に、オレは右に跳び退き、先制の連撃を躱すも、そこから派生した回転斬りからの突きがオレの脇を抜ける。咄嗟に体勢をわざと崩していなければ、オレの正中線を通っていただろう正確な刺突は、とてもではないが理性無き獣とは思えない。

 純粋に強い。ただひたすらに、戦う為だけに鍛えられた意思を感じる。それは何処か孤独で、寂しく、そして静かだ。故に苛烈である。だからこそ、理性を失っても、その剣技は錆びついてしまっているとしても、吐き出される暴力は圧倒的なのだ。

 ならば、こちらもそれに応じるまでだ。熱で蕩ける意識の中で殺意を純化させる。ヤツメ様とより深く繋がっていく。本能を研ぎ澄ます。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 部隊壊滅の責任を取り、深淵の魔物と戦う決断を下したベヒモスであるが、その余りの強さを前に、半ばであるが、死を覚悟していた。

 もはや目的はほぼ達成したに等しい。戦闘時間を考えれば、深淵の魔物が今から仲間達を追跡するには無理があるだろう。この巨体ならば通れる道を限られている。細い小道の1つにでも入れば、それで逃亡は叶う。

 だから、ベヒモスはせめて一矢を報いる。それだけを決意していた。仲間達の無念を晴らす為に、僅かでも深淵の魔物の血肉を抉り取ることだけを考えていた。

 だが、これは何だろうか? 戦槌を両手で握りながら、鈍重な体を動かして、必死に回避に専念するしかないベヒモスであるが、もはや彼に襲い掛かっているのは『余波』だけである。

 深淵の魔物が注視するのは1人、自分よりもずっと小柄で、男とも女とも思えぬ中性以外の表現無き顔立ちをした白髪の傭兵だ。

 自身にバフを施した事により、スピードとパワーを更に引き上げた深淵の魔物の攻撃。もはや左腕の連撃は9連撃から12連撃が通常となっており、右腕の執拗な連続斬りや突き、回転斬りに至るまで、ただ1人の傭兵に注いでいる。

 対する白髪の傭兵の動きは、もはや人外そのものだ。左腕の連撃を、まるで針の穴から針の穴へと糸を通すかのように腕の間を潜り抜けたかと思えば、背後から迫る切り返しを振り向きもせずに躱し、続く地面を抉るような引っ掻きを反転するような宙を舞うターンで躱す。その過程で槍を薙いで深淵の魔物の肉を裂く。続く宙を前転する連続叩きつけ斬りには、ギリギリまで刃を引きつけてサイドステップを繰り返しながら、あろうことか、槍を振り上げて、小さい傷を、だが確かなカウンターを重ねている。

 大きく跳び退いて黒いレーザーを左腕から放つ深淵の魔物に対し、【渡り鳥】は正面から突進する。そして、初披露となる、突如として直角に折れ曲がったレーザーを、まるで最初から見えていたかのように体を捩じって躱し、そのままバック転して次々と折れ曲がり、網となっていくレーザーを避け、そこに迫る突進突きに対し、宙を舞って回避できないならばと言わんばかりに槍の穂先を地面に突き刺し、そのままくるりと槍を軸にして回転させて逆に深淵の魔物へと飛びかかる。

 突きと応対したかと思えば、その槍を必殺の分厚い刃に滑らせて、まるで靄を斬らせたように受け流し、逆に刀身を足場にして1ステップを踏み、魔物の頭部を槍の穂先で薙ぐ。

 絶技に次ぐ絶技の連続。回避1つすらも神業にも等しい見切り……いや、もはや未来を感知しているかのような驚異的な察知能力によって、予備動作が余りにも早過ぎてベヒモスの目には、まるで深淵の魔物が触れることができない幻に攻撃を仕掛けているようにしか見えなかった。

 

(これが……これが【渡り鳥】か!)

 

 なるほど。ミュウが危険視するわけだ、とベヒモスは納得する。病み村で救われた彼だが、【渡り鳥】の実際の戦闘を目視するのはこれが初めてだったが、その動きはまるで翼を持った猫のようだ。

 たとえ無尽蔵の体力を持っていたとしても、人間は動きに思考が追い付けずに必ず何処かしらでブレーキをかける。だが、【渡り鳥】は文字通り止まらない。未来感知とも言うべき人外染みた攻撃察知によって常に予備動作が先行し、同じく休むことなく連撃を繰り出している深淵の魔物に際限なく張り付き、喰らい付き、攻撃の手を緩めない!

 

『【渡り鳥】……クゥリは、強いです』

 

 以前は教育係として導いた、そして今では同列にまでのし上がったラジードとの、何気ない夕食の席での会話をベヒモスは思い返す。

 悪名高い【渡り鳥】との交流が続くラジードを心配したベヒモスは、彼にそれとなく関係を断ち切ることを持ち掛ける為に、【渡り鳥】について尋ねた。

 

『彼は独りでも戦える。どんな敵であろうと、どれだけの数だろうと、必要ならば戦い、そして勝つと思います。だけど、それは「そうするしか無かったから」としか思えない時があるんです』

 

 寂しそうに、だが確信を持って、ラジードはベヒモスにそう言った。

 

『だから怖くなるんです。クゥリからすれば、きっと仲間なんて「邪魔者」に過ぎないような気がしてならないんです』

 

 その意味を、ようやくベヒモスは目の当たりにする。

 ノイジエルがいた時とは格段に動きが違う。深淵の魔物がベヒモスをターゲットにしなくなってからは、更に動きのキレが別次元になっている。恐らく、深淵の魔物がベヒモスという『雑念』を振り払ったお陰で、より魔物の動きを察知し易くなったせいだろう。

 

(だが、この拮抗は長く続かんな)

 

 確かに【渡り鳥】の動きは絶技そのもの。人外の極み。バケモノと呼ぶ他ない。だが、深淵の魔物は徐々にであるが、【渡り鳥】の先読みに追いついてきている。察知能力を、同じように察知能力で対抗しているかのように、攻撃が命中するギリギリの紙一重になっていく。ただでさえ紙のように薄い生と死の壁が擦れている。

 事実として、【渡り鳥】の顔には余裕が無い。歯を食いしばり、汗を散らしている。ノンストップで超高速連撃の中で攻防を繰り広げても、それを支えるシステム的な要素であるスタミナは加速度的に消耗されているはずだ。

 そして、スタミナ消費量に対して火力の乏しさが致命的なまでに追い込んでいる。あのバフは防御力強化も含まれていたのだろう。どれだけ【渡り鳥】が攻撃を与えても、それはヤスリで鋼を削っているかのように、HPバーを目に見えぬほどのダメージで減らしているに過ぎない。

 ならばSTRが高いベヒモスこそが跳び込んでソードスキルを命中させるべきなのであるが、深淵の魔物の止まらぬ攻撃の嵐の中には、鈍足の彼ではもはや踏み込めない状況に陥っている。

 せめてガトリングガンさえあれば! 破損したガトリングガンは使用不可の状態になっている。もう1つ『切り札』があるのだが、アイテムストレージの関係で部下に預けたままだ。その部下は幸いと言うべきか、皮肉にもと言うべきか、生存して無事に逃亡できてしまった。アレさえあれば、【渡り鳥】に注意を全て向けている隙に大ダメージを与えられ、援護もできるというのに、とベヒモスは奥歯を噛み締める。

 と、そこで不意に【渡り鳥】の足が止まる。スタミナ切れかとベヒモスは思うも、どうにも様子がおかしい。表情は苦しげに歪み、息が異常に荒いのだ。激しい動きに伴った、そうした錯覚現象は確認されているが、【渡り鳥】のそれはまるで病人が無理して動いているかのようなものにも感じる。

 そして、足が止まった一瞬を深淵の魔物は見逃さない。モーション無しの突進攻撃を繰り出し、【渡り鳥】を轢き殺そうとする。それを地面に向かって、拳から放つ≪格闘≫のソードスキルを使った反動で加速を得て躱した【渡り鳥】だが、受け身を取れずに血の海で転がる。

 

「いかん!」

 

 咄嗟にベヒモスは動いた。

 どれだけ悪名があろうとも、今の戦争の機運のトリガーを引いたとしても、仲間の為に死地に残れる者……その信念を解さない程にベヒモスは無粋な男ではなかった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 血の海をリバウンドし、オレは痺れる体を無理矢理起こそうとする。

 意識が……途切れる。

 呼吸が……苦しい。

 感染状態の影響だけではない。胸を絞め殺すような心臓の痛みが……度重なる致命的な精神負荷の受容し続けた歪みが……確実にオレを蝕んでいる。

 左手の感覚が無い。右目も先程から視界がブレ始めている。

 だが、それ以上に厄介なのは深淵の魔物だ。

 ヤツメ様の導き……本能による攻撃察知。それをコイツは『上書き』してきやがった。シャドウイーターと同じだ。本能の読みを、本能の読みで察知して、攻撃を随時切り替えて、こちらの『読み』を上書きしてやがる。しかもその精度は戦う度に増していき、こちらがどれだけ深淵の魔物の動きを喰らい、見切ろうとしても、その度にディレイを、テンポを、攻撃連携を切り替えている。

 あと数十手で、遠からぬ未来で、本能による攻防の読み合いで……競り負ける!

 

「ああ……糞が。本当に、強い……なぁあああ!」

 

 素晴らしい。これ程の敵と再び出会う事ができようとは! シャルルにも匹敵する……いや、下手したらそれ以上かもしれないな。

 もっとだ。もっともっともっと殺し合おう! オレはまだ戦える! 戦えるぞ!

 ヤツメ様が吼えている! 並の獲物では新たな強さなど得られない! コイツを喰らう事で、オレは更に強くなれる! また『アイツ』に近づける! このままでは本能の読み合いで負けるならば、勝てるように強くなれば良いだけの話だ。それが出来なければ死ね!

 

「うぉおおおおおおおおお!」

 

 と、そこでベヒモスが突っ込んでくる。オレの危機を見ていられなかったのだろう。この隙に見捨てて逃げていれば良いものを。本当に、太陽の狩猟団は……内政を取り仕切っているヤツらの腹黒さと違って、サンライスにしても、ラジードにしても、ミスティアにしても……このベヒモスにしても、勇敢で、高潔で、羨ましいくらいに眩しい連中ばかりだ。

 多連撃のソードスキルを深淵の魔物の横腹に当て、気を逸らしたベヒモスは反撃の左腕の連撃を、あえて懐へとローリングしながら跳び込む事で回避し、そのまま重たい体を転がして踏み潰し攻撃を避け、立ち上がると同時にガードして大剣の斬り払いを防ぐ。弾き飛ばされるも、高いSTRで踏ん張り、お返しとばかりに無謀とも思える突撃をする。それを至近距離からの黒いレーザーで迎え撃つ魔物だが、ニッと笑ったベヒモスは魔物目がけて何かを投擲する。それは魔物の眼前で炸裂し、強烈な閃光を放つ。閃光爆弾か!

 だが、この程度で魔物の追尾から逃れられるとは思えない。事実として、閃光の直前でオレも目を閉ざす事で被害を最大限に抑え込めた。薄れる光の中で黒いレーザーが解き放たれる!

 

 

 そして、消える光の中で、青いソードスキルの光が魔物の下顎を打ち抜いた。

 

 

 唖然とするオレが見たのは、殺されたタンクの大盾を装備したベヒモスの姿だった。あの閃光爆弾は攻め込むと見せかけたブラフであり、本命は足下にある仲間達の遺品……その身を壁として仲間を守るタンクの大盾を回収し、装備する事だったのか! そして、見事に黒いレーザーを盾で防ぎ、カウンターのソードスキルを浴びせたのだ!

 魔物が距離を取る。それは連撃の小休止を取る為ではない事は明白だったが、フラつくオレにも、鈍足のベヒモスにも追えない。

 

「無茶……するんじゃねーよ」

 

「それはこちらの台詞だ」

 

 ゴーグル越しで、深淵の魔物を正面に捉えていながらも、ベヒモスはオレに向かって吐き捨てる。

 

「私はお荷物ではない。確かに、お前のようにヤツの連撃を延々と躱し続ける事も、その隙間を縫って攻撃する事もできん。だがな、お前には無い物を確実に1つは持っていると断言できる」

 

 黄金松脂をエンチャントし、ベヒモスは電撃を纏わせた戦槌を構える。深淵の魔物は剣を地面に突き刺し、更なる闇を自身に集め、そのどす黒く汚れた大剣にベヒモスと同様にエンチャントを施す。更なる強化を施した魔物から放たれる威圧感は、もはやネームドやボスの次元を超えた、まさしく伝説にあるべき怪物そのものだ。

 

「避け続けろ。お前ではあの槍を生み出す攻撃以外はヤツには通じないのは明白。ならば、お前よりも火力が高い私がアタッカーとなる! だから、ひたすらに避け続けてくれ! そして、隙があれば必ず……必ず! 私がソードスキルを叩き込む!」

 

 だが、折れない。オレも、ベヒモスも、心折れる事無く、魔物の前に立つ事が出来る。

 ここからはベヒモスすらも大剣の直撃は即死と考えるべきだろう。そして、深淵の魔物の攻撃は更に深まり、これまでにない攻め手を繰り出してくるに違いない。

 

「……オマエが死んだら、ラジードが悲しむ。絶対に死ぬんじゃねーぞ」

 

「フッ! 男に悲しまれても痛くも無いが、帰りを待っている嫁がいるのでな。ここで死ぬ気はない!」

 

「結婚してるのかよ!?」

 

「大ギルドの幹部ともなればモテモテだからな。何処かの傭兵さんとは違うのだよ」

 

 力強くグーサインを掲げてニヒルに笑うブ男に、オレは唖然として、苦笑して、打剣で肩を叩き、右足の爪先で数度地面を叩く。血の海の底にある確かな足場を踏みしめる。

 仕切り直しのように深淵の魔物が咆えた。ここからが本当の意味での第2ラウンドだ。

 

「お前は強い。ラジードの言う通り、独りでも戦えるのだろう。だが! だが、『この戦い』においては、お前は孤独ではない!」

 

「大層な事を言いやがって。期待してやるよ」

 

 独りではない……か。

 瞼の裏で通り過ぎたのは、ディアベル、シノン、クラディール、キャッティ、ユイ、ダークライダー……DBOで確かに『仲間』として、たとえ時間は短くとも一緒に過ごした者達の姿だ。

 

「死ぬな、ベヒモス」

 

「お前もな、『クゥリ』」

 

 互いの名を呼び合い、オレとベヒモスは同時に駆ける。たとえ速度は違えども、狙うべき獲物は同じだ。深淵の魔物を討ち取る。それこそがオレ達の目的だ!




絶望「ほうほう。自らフラグを立てに行くとは、殊勝な羊な事だな」

救済「果たしてそうかな? 羊も角がある。舐めると手痛い目に遭うぞ」

ベヒモスさん……まさかの覚醒回。


それでは、199話でまた会いましょう。

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