SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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拝啓、天国にいる偉大なるニーチェ先生へ

貴方の言葉は日本人に愛されています。
でも、言葉は周知されていてもニーチェ先生の知名度はそこそこしかないようです。
だから、いつか私も立派になってテレビの取材を受けた時、日本中にニーチェ先生の事を知らしめたいです。

1-C 出席番号2番 イルファング・ザ・コボルト・ロード



※しばらくスキル&アイテムはお休みします。ストックの残量を回復させてから復活させたいと思います。


Episode4-5 善悪の彼岸

 巨大なシステムウインドウで『congratulations』と表示され、ようやくオレは一息を吐いてその場に仰向けになって倒れた。

 想像以上の激戦だったが、何とか勝つ事ができた。最後の美味しいところはディアベルに持っていかれてしまったが、それに関しては文句はない。

 獣人の王。確かな知性と知能と自我を持った強敵だった。どれだけのプレイヤーが気づいたかは知らないが、アレはダークライダーと同じ規格外のAIだ。それでもダークライダーに及んでいたとは思えないが、不屈の闘志とボスとしての性能を活かし切った事によって、ボスとして要求された以上の強さを手に入れたのだろう。

 ようやくスタミナ切れの状態から復帰したオレは、女子であるにも関わらず大の字になって倒れているシノンに手を差し出そうとした。

 

「大丈夫。自分で立てるから」

 

 だが、やはり彼女は意地っ張りのようだ。澄ました顔で先手を打ったシノンは上半身を起こし、燐光草を1枚食んでから立ち上がった。

 

「酷い状態だね。7人程死んだようだよ」

 

 そして、コイツはある意味で1番の化物かもしれない。あれだけの死闘など大した物ではないと言わんばかりに、煙を漂わせる煙草を手に、スミスが歩み寄る。もちろん、オレに話しかけるのは序でであり、実際にはコボルド王に突き刺したままだったシミターの回収だろう。

 だが、残念なことにシミターは半ばから折れ、スミスの足下で砕け散る。ディアベルが放ったあの凄まじい真紅の光の刃……ソードスキルの範疇を超えたソードスキルに耐えきれなかったのだろう。元々曲剣のカテゴリーは耐久値が低く、また外部からのダメージで他の武器よりも多く耐久値が減る仕様なので彼が発見するまで形を残していた方が奇跡と呼べる。

 無言でスミスは塵1つ残さず、この仮想世界のデータの海に戻った相棒に敬礼する。ロボットみたいな男かとも思ったが、命を預け続けた得物には、相応の愛着があったのだろう。

 オレは改めて周囲を見回す。ボス部屋の燭台の大半は破損しているが、ボス撃破の結果か、それとも燭台自体は演出に過ぎなかったのか、明るさは寸分も変化していない。

 プレイヤー達は皆その場にへたり込み、いずれも勝利の余韻と疲労感が混じった顔をしている。

 その中で唯1人、プレイヤー達に駆け寄られ、祝福されているのがディアベルだった。最後にプレイヤーを纏め上げ、自らで規格外のトドメを刺した彼は、まさしく英雄に映ったはずだ。

 オレが彼と重ねたのは『アイツ』の後ろ姿だ。極限まで鍛え抜かれた強さを持つ、魔王を討った【黒の剣士】の背中だ。

 今も『アイツ』は心の奥底では孤独に苛まれているのだろうか。それともシリカやアルゴとの日々の中で、大切な物を再び作り直す事ができたのだろうか。

 会いたい。オレを相棒と認めてくれて、隣に立たせてくれて、現実世界に戻ろうとも常に仮想世界で共に戦う事を求めてきた、どうしようもない位に仮想世界を愛してしまった男と話がしたい。

 だが、それは遠からず叶う事だろう。オレは確信している。茅場の後継者と名乗る奴が、1番の宿敵である『アイツ』を招待する事無くデスゲームを開始するはずがない。必ず『アイツ』もこの世界の何処かにいるはずだ。

 だとするならば、何故『アイツ』がボス戦に参加しなかったのだろうか? その疑問も残るが、それは会ってから問えば良い。

 それよりも、今優先せねばならない事は眼前にある。

 

「何で殺したんだよ」

 

 よりにもよってコイツか。オレは溜息を呑み込み、両手剣……クレイモアを構えた、尾羽が付いた兜を被った重装備のプレイヤー、ラインバースと対峙する。

 いつの間にか背後にはラインバースと一緒にいたプレイヤーが回り込んでいた。カイトシールドと長槍を持った、堅実な戦いが得意そうなプレイヤーだ。

 

「何でクローバーを殺したんだ!?」

 

「クローバー?」

 

 残念ながらオレはボス戦に参加したプレイヤーの名前を全員憶えている訳ではない。コイツらもオレの名前は知らないだろう。レイドの仲間とはいえ、パーティではないオレの名前は、オレ自身がプロフィール設定でクローズ状態にしている。だが、オレがボス戦中に殺害したプレイヤーはグリズリー、そして片手剣と盾を持ったプレイヤーの2人だ。ならばクローバーとは後者の事だろうと予想が付いた。

 よりにもよってラインバースの仲間か。オレはジリジリと背後から迫るプレイヤーに視線を向ける。

 

「お前の名前は?」

 

「す、スカイピアだ。悪いが、お前をここから無事に帰す気はない。償いをしてもらう!」

 

「ラインバースとスカイピア、それにオレが殺したのがクローバーか。憶えた」

 

 不思議とオレの口は滑らかに動いた。頭が妙に冷え切っているせいもあるだろう。こんな時にコミュ障スキルが発動しても困るしな。

 コイツらにはオレを討つ理由がある。仲間を殺された。それの言い訳をするつもりはない。たとえ、あの時、寄生されたプレイヤーが周囲を無差別攻撃し、多くのプレイヤーにとって脅威となっていたとしても、彼らは望んで仲間達を攻撃していた訳ではないのだから。

 だが、オレはベストではなくともベターな選択はしたつもりだ。後悔はない。むしろ、あれ以外の方法を模索し続けた時間が無駄だったとすら感じている。迅速に対処していれば、たとえ欠損状態であったとしてもHPを十分に残して生存させる事ができたかもしれない。

 

「謝罪はする。クローバーの事はな。殴りたければ殴れば良い。コルが欲しいならくれてやる。オレにできる償い方はそれくらいしか無いけどさ」

 

 一触即発の空気がボス部屋を包み込む。だが、多くのプレイヤーの目に爛々と輝いているのは、正義の処断を求める業火だ。

 仇討ちを所望するプレイヤーの目。オレがSAOで嫌という程に見た、オレに依頼を持ってくる連中の目だ。自らの手を汚す事はしようとせず、またそれだけの力もない、そんな奴らの目だ。

 

「止めるんだ!」

 

 そんな空気を打ち破ったのは、この場で最も発言力が強いだろう青色の騎士、ディアベルだった。

 彼は杖代わりにしていたレッドローズを鞘に仕舞い、オレ達3人に、ディアベルらしい凛とした強い眼差しを向ける。

 

「プレイヤー同士で争ってどうするんだい? 俺達が倒すべき敵、乗り越えるべき相手は、他でもないこのデスゲームだろう? 剣を収めるんだ、ラインバースさん。スカイピアさんもだ。それとクーさん、キミにも今回の1件について尋ねないといけない事がある。身の安全は保障する。だから抵抗しないでくれ」

 

 リーダーとしての貫録があるディアベルの発言に、処刑を望んでいたプレイヤー達の目の色が変わる。仲間のグリズリーを殺されたレイフォックスは無念そうな顔をしているが、それでも理性の方が強いのだろう。何とか怒りを堪えているようだった。

 あくまでディアベルはあの時の八百長のまま、オレとは赤の他人として振る舞っている。オレも合わせるべきだろうが、多分ボロが出るだろうな。気を付けないと。

 

「クー、ディアベルの言う通りにして」

 

「……シノン」

 

 シノンが1歩だけオレに近づいた。何でそんな事が出来る? もうボス戦は終わったんだ。連携も糞もないだろう。なのに、何でそんな哀れむような目をするんだよ。

 思えば、オレのPKKの場面を見た時のシノンは今と同じ目をしていた。まるで雨の中で捨てられた子犬を見つけたかのような……そんな目だ。

 

「だけど、だけど、コイツはっ!」

 

 だが、ラインバースは諦めきれないようだ。怒りによるものか、それともこれから行う事への恐怖か、クレイモアは震え続けているが、その目から復讐心が消えていない。元より恥を掻かされる遠因になった……というか、コイツの自業自得なのだが、ともかくディアベルには会議場の1件で反感があるのだろう。彼の言葉は十二分に届いていないようだ。

 一方のスカイピアは槍の穂先をゆっくりと落とす。とりあえずディアベルの言葉に従おうといった所だろうか。

 

「それ位にしたまえ。あの場面で、寄生されたプレイヤーを救う手段を持ち合わせた者が何人いた?」

 

 意外にもオレに援護射撃をしてくれたのはスミスだ。この殺伐した状況を何処吹く風のように煙草を咥えているが、その顔には僅かな苛立ちがあるようだった。

 

「彼らを穏便に救う方法は1つだけだ。あの黒色の果実を多量に食べさせる事。だが、それを思い付いたのは誰だ? いや、そもそも果実を持ち合わせていた者が何人いるというのかな? 少なくとも私は持っていなかった」

 

 スミスが指差したのは、オレが誰でも利用できるようにと、床に落としておいた【黒油の果実】が入った布袋だ。まだ中身は大量に残っており、オレ以外が使用した形跡は見られない。

 この状況でそれを訊くとか、アンタって鬼だな。だが、スミスの問いに答えられる者がいないところを見ると、どうやら図星のプレイヤーが大半……あるいは全員のようだ。

 

「く、鎖だ! 鎖で束縛すれば!」

 

「できたのかい? あの状況で。あの殺し合いの中で。あの戦場で。私には無理だ。武器を振り回す相手を5人も鎖で捕縛するなど、万全の状態でもなければ難しいと思うがね。それに彼は何も率先して殺したわけではない。その証拠に槍に貫かれてまでプレイヤーの1人には果実を食べさせた。違うかな?」

 

 スミスは煙草を持つ手で1人のプレイヤーを指し示す。それはオレが黒油の果実を食べさせて寄生状態から解放したプレイヤーだ。彼も激戦を経て座り込んでいたが、同意するように小さく頷いた。

 理詰めで怒りを封じ込めようとするスミスの視線は氷のようだった。まるでスーパーマーケットで駄々を捏ねるガキを見る仕事帰りのサラリーマンのような、話題の中心であるオレすら背中に嫌な汗を掻きそうになる目に、ラインバースは耐えきれるはずがない。

 

 

「あの状況では仕方なかった。むしろ2人を殺すだけで済んだのは幸福だったと思うしかないだろう? 別にクゥリ君も好き好んで殺しをした訳じゃない。彼に償いの準備があるならば、それを受け取ってこの場は怒りを収めろ」

 

 

 そう締めたスミスの発言は何も間違っていない。少なくとも、彼自身には何1つとして落ち度はない。オレですら思いつく事はできなかった。

 だが、世の中というのは、そう上手く歯車が噛み合うようにできていないらしい。スミスは、オレ自身にも予想外なところで、油に火を注ぐ事となった。

 

 

 

 

 

「クゥリ? クゥリってもしかして……あの【渡り鳥】のクゥリか?」

 

 

 

 

 

 それは誰だったか。オレに判別する事はできなかった。だが、静寂に呑まれていたボス部屋で、名も知れないプレイヤーの呟きは予想以上に響き、瞬く間に波紋となって全てのプレイヤーに伝わった。

 ざわめき。それはあの北のダンジョンのボス攻略会議に似ていた。あの時はシノンがGGOのトッププレイヤーだという情報による、希望に満ちた正の動揺。

 だが、今回のざわめきは悲報を聞いたかのような、むしろ恐怖心が伝播するざわめきだった。

 

「おいおい……おいおいおいおい! 冗談だろ? 冗談だよな!? アンタがリターナーの……あの【渡り鳥】なのかよ!?」

 

「離れろ、ラインバース! コイツはマジだ! 聞いた事がある。【渡り鳥】は白色の頭髪プラグインを好んで使う女みたいなプレイヤーだって!」

 

 復讐心を折られかけていたラインバースが、今度は明確な殺意……それも純粋な憎悪ではなく、むしろ自己生存を目的とした恐怖心と本能によって戦意を剥き出しにする。それはスカイピアも同様らしく、彼は下ろしていた槍を再度オレに向ける。だが、オレから離れろと言うあたり、スカイピアの場合は恐怖心の方が増さっているようだ。

 

「ちょ、ちょっと待って!? 何なのよ!? 彼がその【渡り鳥】だからって何なの!?」

 

「俺にも教えてほしい。皆、何をそんなに騒いでいるんだい?」

 

 シノンとディアベルは事態に付いていけていないらしく、周囲に説明を求める。ざわめいているのは幾人かのプレイヤーであり、半分以上も【渡り鳥】が何を意味するのか知らないらしく、混乱だけを滲ませる。それらに応えたのは、もはや狂乱と呼ぶに相応しい顔をしたラインバースだった。

 

 

 

 

「SAOでパーティやギルドを次から次へと渡り歩くソロ。PKK専門で、金やアイテムを積まれたら平然と殺しを行う傭兵。アインクラッド完全攻略までに殺したプレイヤーの数は、あのPoHを超える241人。SAOで最も人殺しをしたプレイヤーだ!」

 

 

 

 

 241人。そんなに殺していたのか。オレは自分の事でありながら、何処か他人事のようにラインバースの説明を知識として受け入れる。

 だが、シノンには余りにも衝撃的だったらしく、大きく目を見開き、何か言葉を発したいが出ないかのように口を開閉している。そして、彼女は震えながら、否定して欲しいと願うかのように、オレに顔を向けた。

 

「嘘……よね? 貴方が、そんな、だって……こんなに、私……貴方、優しくて、いつも、助けて……」

 

「嘘じゃねーよ。3桁いってるのは分かってたけど、まさか200人超えしてたとは想定外だったがな。つーか、そこまで情報漏れてるとかマジで情報管理甘過ぎだろ。仕事しろよ、VR対策室」

 

 嘆息し、オレは真っ向からシノンの求める幻想を打ち砕く。

 へなへなとシノンはその場にへたり込み、言葉を失ったままオレを見上げていた。ディアベルですら、オレにどんな言葉をかけたら良いのか、見つからないようだった。

 だが、そんな中でも平然としているのは、やはりスミスだ。

 

「それの何が問題なのかな?」

 

「は? アンタ分かってないのか!? コイツはっ! 200人以上のプレイヤーを殺したんだぞ!?」

 

「それは聞いたよ。でも、君自身が言ったじゃないか。彼はPKK専門だった。つまりは人殺しをするような連中を、依頼を受けて退治する。一昔前の山賊や海賊の討伐と何ら変わらない。身勝手な欲望を満たす所業を犯して他者を害した者は圧倒的な実力で以って排除される。今も昔も変わらない秩序維持の基本だ」

 

 スミスの見解に間違いはない。確かにオレはSAOにおいて、自発的に殺した事はない。自己防衛か依頼のどちらかだし、依頼の場合は本当に悪質なプレイヤーかどうか調査してから殺害していた。

 だが、この状況では何ら意味を持たない。それはスミス自身も分かっているのだろう。彼の言葉には僅かとして人の心を動かそうとする熱がなかった。

 もはや結末は見えた。そんな顔をするスミスに、そうなのかもしれないな、とオレは僅かに笑んだ。

 

「だからなんだ!? 皆、コイツは大量殺人鬼だ! ここで……ここで殺しておかないと、次は俺たちが殺されるぞ! 今なら殺れる……殺れるんだ! 俺が殺ってやる! 俺が殺してやる!」

 

 それはディアベルに対する嫉妬から生まれた英雄願望か、それとも【渡り鳥】に対する知識から生じた恐怖心が唆した本能か、あるいは尤もらしい理由をみつけて爆発してしまった復讐心か。それはラインバースにしか分からない。

 だが、確かなのはラインバースはソードスキルを発動させ、青色の光を宿したクレイモアでオレを斬ろうとした事だ。

 

「駄目! 止めて!」

 

 誰よりも早く反応したシノンが制止を呼びかけるも、1度発動したソードスキルは簡単に止められない。それは周知の事実だ。そして、多くのプレイヤーもまたオレの死を望んでいる。

 ならば死んでやる。オレがそんな風に、あっさりと処刑を受け入れるような大人しい人間に見えたのだろうか?

 

「哀れな」

 

 そう呟いたのはスミスだった。ああ、そうだな。本当に哀れだよ。コイツも……それにオレ自身も救いようがない。

 発動したソードスキルは両手剣の単発系【ダウナーブレード】だ。縦振りで、まず通常攻撃の連携を挟まなくては、それこそMob相手でもなければ命中が見込めない威力特化のソードスキルである。

 オレのHPはレッドゾーン。しかも武器は破損して無手。圧倒的な有利な状況と感情に支配されたラインバースの頭が、その単純かつ一撃で命を奪えるソードスキルの選択をしたのだろうが、それは愚か過ぎる選択だ。

 隠された最後の武器、鉤爪を手首の動きで起動させ、コートの裾から飛び出した2本の鈍い光を放つ鋼の爪でクレイモアを受け流し、逆にラインバースの喉を裂く。

 両手剣のソードスキルは片手剣よりもクールタイムが長く、必然として隙も大きい。ラインバースが復帰するまでの間に3回はその身を攻撃する。

 

「殴るのは良い。別にHPも大して減らねーだろうし。コルやアイテムを要求するのも良い。当然の権利だ。だがな、剣で……それもソードスキルで攻撃するってのがどんな意味を持つのか、知らねーわけじゃねーよな?」

 

 ラインバースの耳元でオレは囁いた。これからオレが実行するのは、当然の権利であり、お前の浅はかな選択の結果だと教えてあげるように。

 

「う、うわぁああああああああああ!」

 

 名誉心も復讐心も吹き飛び、生存本能のままにラインバースはクレイモアを振り回す。だが、両手剣は懐に入り込まれればそのリーチ故に活かす事ができない武器だ。オレは至近距離で張り付き、その身を刻み続ける。ボス戦から回復を怠っていたラインバースのHPは4割程度。それが瞬く間に削れる。

 ラインバースを救おうとスカイピアも遅れてオレに槍の連撃を繰り出すが、ラインバースに密着しているオレを攻撃する度に仲間にも攻撃が命中する。それを恐れて、どうしてもオレに果敢に攻め込むことができない。

 

「止めて! お願い、クー! これ以上……これ以上人を……っ!」

 

 あのシノンが普段の強気な表情を放り投げ、懇願する。だが、それは無理な相談だ。今止まれば殺されるのはオレだ。ラインバースはもう止まる事などない。

 途端にラインバースのHPが急激に減少し始める。鉤爪は暗器であり、事前に薬物を仕込む事が出来る。今回仕込んでおいたのはレベル1の毒だ。効力は弱いが、まだ序盤では十二分に脅威と成り得るダメージを秒間で与え続ける。

 

「ど、毒!? そ、そんな、解毒を……」

 

 それがラインバースの最期の言葉になった。毒に狼狽え、動きが鈍くなった瞬間にオレは背後に回り、バックアタックボーナスがある鉤爪をラインバースの背中から突き刺した。それは鉤爪の連撃と毒でHPを失い、レッドゾーンに達していた彼を殺し切るにはオーバーキルとも言えるダメージを与えただろう。

 赤黒い光となり、ラインバースは砕け散り、仮想世界を漂う。

 これでDBOが始まってから通算4人目の殺害となる。パーティを組んだままのスミスには、グリズリーとクローバー、そしてラインバースの撃破分の経験値とコルが流れ込んだだろう。

 その場にラインバースの武装とアイテムがドロップし、撃破者であるオレのアイテムストレージを埋める。入りきらなかったアイテムは排出され、その場に残された。

 

「もう嫌……もう嫌ぁああああああああああああ!」

 

 叫び、泣きわめいたのはツバメちゃんだ。仲間の死を3人も見た挙句のプレイヤー同士の殺し合いは完全に彼女の心を折ってしまったのだろう。

 オレは震え上がるスカイピアに鉤爪を向ける。コイツもオレを殺そうとした。ラインバースを救う為だったかもしれないが、そんな事はどうでも良い。ここで消えてもらうとしよう。

 

「死ねよ」

 

 その一言と共に、オレはスカイピアに突進し、その鉤爪を振るった。

 

 

 だが、オレの一撃は甲高い金属の衝突音によって防がれた。

 

 

 視界に映ったのは青色の髪。そして、赤薔薇の紋章が刻まれた片手剣。オレの鉤爪をレッドローズで防いだディアベルの姿だった。

 刃と刃が衝突し合い、火花が散る。だが、STRでも武器性能でも負けているオレが競り勝てる道理はない。それでも拮抗しているのは、ディアベルがオレを押し返そうとする意思が弱いからだろう。

 

「クー、止めてくれ。もうスカイピアさんに戦う意思はない」

 

 確かにスカイピアは腰を抜かし、槍を放り棄てている。これならば、どう転んでもオレを殺すのは無理だろう。

 だが、1度でも敵意を剥いた相手を見逃してどうなる? PK推奨のDBOにおいて闇討ちなど当たり前だ。ならば、ここでスカイピアを殺す。それがオレにとっての最善の選択だ。

 だが、あの時と同じように……あの路地裏でのPKKを止められた時と同じように、オレの首筋に冷たい金属が触れる。

 シノンだ。あの時と違うのは、失った短剣の代わりに弓矢でオレの首を狙っていることだろう。

 その目には涙が浮かんでいる。あのシノンが泣いている。その事実がオレの中で加熱され続けていた炉に冷水を浴びせた。

 

「これ以上は止めて。これ以上……これ以上貴方が殺すなら、私は……私達は貴方を殺人プレイヤーとして討たないといけなくなる。そうさせないで」

 

 暗にシノンはこう言っている。

 ここまでは正当防衛だと。

 ここまでが、ギリギリこの場を見逃してもらえる最終ラインだと。

 ここまでしか、シノンという戦士はオレという殺人鬼を仲間として見なす事が出来ないのだと。

 オレは鉤爪に込める力を抜き、元通り袖に収納する。そして、ディアベルにもうオレに戦意はないと手で制して告げた上で、腰を抜かしているスカイピアに手を差し出した。

 

「立てるか?」

 

 震える手でスカイピアはオレの手を取る。むしろ取らなければ、今度こそ殺されるという強迫観念がそうさせたのかもしれない。

 スカイピアを立ち上がらせたオレは、コボルド王が腰かけていたロボットを叩き潰して作られた玉座の先、白い霧がかかった、先に通じる通路を見据える。

 ボスは倒した。ならば、何かしらのイベントがあるのだろう。あえてオレの凶行を止めてくれた2人を無視し、玉座へと近寄る。すると、まるでコボルド王の残滓が集まったかのように赤黒い渦が現れ、そして1本の剣が玉座に突き刺さる。

 刃毀れし、ボロボロになった剣には青い火が灯っており、幻想的な青の火の粉を舞わせる。

 それと同時に世界に鐘の音が鳴り響く。まるで、SAOにおけるデスゲームが開始した時と同じように。

 だが、転移移動は発動せず、代わりにシステムウインドウがオレの前に……いや、全てのプレイヤーの前に現れた。

 

〈楔が撃破され、残された最後の世界の断片が再び大いなる流れに戻りました〉

 

 そして、同時に入手したのは【望郷の懐中時計】だ。

 オレは点滅して自己主張する望郷の懐中時計をアイテムストレージから取り出す。どうやらこのアイテムはアイテムストレージを圧迫しない特殊な物らしい。

 

〈想起の神殿に移動する事ができます。記憶の余熱を『1』使って想起の神殿に移動しますか?〉

 

 記憶の余熱が何なのか分からないが、オレは恐らくこの玉座に突き刺さる燃える剣に灯された炎、あるいは火の粉の事なのだろうと想像する。

 現在、オレの望郷の懐中時計が蓄えている記憶の余熱は『2』だ。恐らく元から『1』は蓄えていて、この剣に接した事で増加したのだろう。

 想起の神殿。それが次なるステージなのだろうか。オレは振り返り、新たな展開に戸惑うプレイヤー達を一望する。

 オレはこれから彼らに怯えながらこのデスゲームを生きていかねばならない。確実に彼らの何人かはオレを恨み、憎み、殺したいと願っているはずだ。

 それだけではない。【渡り鳥】としての悪名がよもやこんな形で露呈するとは思わなかったが、これだけ大々的にプレイヤー1人を殺害してしまったとなれば、噂も広まってしまうだろう。

 ただでさえハードモードのデスゲームの難易度を更に上げてしまうとは。オレは失笑しながら、まるで見送るかのように笑むスミスに呆れつつ、彼とのパーティを解散する。あの様子だと、オレがプレイヤー3人を殺害して得た経験値にもコルにも大した感情は無さそうだ。

 

「オレは先に想起の神殿に行かせてもらう。殺したい奴は追ってこい。1人残らず相手にしてやるよ」

 

 これは置き土産だ。こう宣言しておけば、余程の自信家でもない限り、今すぐオレを殺そうと追いかける馬鹿はいないだろう。事実としてHPが1割を切り、レッドゾーンにあったオレをラインバースは僅かとしてHPを削ることもできずに殺されたのだから。

 オレは望郷の懐中時計を使用する。鈍い金色をした懐中時計から青い火の粉が溢れ出し、それは瞬く間にオレを包み込んだ。

 

「まずは新しい武器を探さねーとな」

 

 バトルアックスもウォーピックも失ってしまった。鉤爪だけで更に難易度が上がるこれからのステージを攻略なんて無理だろう。

 せめてディアベルやシノンにも別れの言葉を残したいが、ぐっと堪えてオレは火の粉の渦の中で自分が転移移動される感覚を受け入れた。

 




SYSTEM MESSAGE【パーティが解散されました】
・これ以降、ディアベルとシノンはしばらくメインで登場する事はありません。ご了承ください。

ディアベル「頼りになる親友ポジかと思ったら違ってた」
シノン「メインヒロインポジかと思ってたら違ってた」



それでは、21話でまた会える日を願って。
皆さんご一緒に!

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