SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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いよいよボス戦ですが、深淵の魔物こそが本エピソードのボス的存在です。

なお、ギミックボスでも竜の神は許すけど萎え床は許さない。
たとえ何年経とうとも許さない。
絶対に許さない。




Episode16-22 総力決戦

 これも演出なのか。先進文明である終末の時代のエレベーターであるはずなのに、下降速度がじれったいほどに遅い。オレは腕を組んで壁にもたれながら、緊張した面持ちのギンジを視界に入れつつ、この先に待つボスの情報を再確認する。

 ボスの名は<鉱毒の元凶、蠍のザリア>だ。いわゆるギミックボスであり、ザリア本体との真っ向勝負ではない。むしろ、ザリア自体は解体されては繋ぎ合わされ、実験材料にされてカプセルの中に閉じ込められて『延命』させられている状態らしい。このカプセルを破壊し、ザリア本体を撃破する為にはギミックを解除していく必要がある。

 脱出組の文字通り『決死』の情報収集によって、ザリアに関わる攻略ギミックは大よそ把握されている。

 まず、ザリア本体を格納したカプセルにはバリアが張られている。このバリアはザリアから無理矢理放出させられている、この施設そのものを支えている電力によるものだ。このバリアを剥ぐには、ザリアの生命維持装置を停止する必要がある。

 この生命維持装置は全部で4つあり、これらを停止する為にはボス戦用アイテム【停止コードキー】を1つずつ入手しなければならない。この停止コードキーはゾンビ化した【カアスの導き手】なる人型モンスター達が保有しており、コイツらを撃破することで入手できる。だが、コイツらは終末の時代のくせに魔法・奇跡・闇術・呪術を多用してくる上に近接攻撃をこなし、囲まれるとワープまでしてくる超有能モンスターだ。≪魔法感性≫の獲得方法が無く、またナグナでは他に魔法を使用してくるモンスターがいなかった事もあり、グリセルダさん達はコイツらを撃破する時点で難題と捉えたようだ。

 しかも、コイツらは停止コードキーを落とした後も数分と待たずして蘇生する。オマケにパワーアップして半透明状態になるのだ。グリセルダさんは『亡霊状態』と呼んでおり、こちらのモードになるとHPを減らしても減らしてもすぐに復活する。

 だが、コイツらだけならばそれこそ数の暴力で押し潰せる。蘇生するならば4人同時に撃破して暴れ回れる前に生命維持装置を停止させれば良いだけだ。問題なのは、数の暴力には数の暴力と言わんばかりに配置された、通称【ザリアの守護者】という防衛ロボットだ。

 3メートルほどの大きさをした、細長い腕・足・胴体を持ち、暗銀色をしたボディをしている。2対の腕を持ち、左右1本ずつは手が円盤型チェーンブレードであり、残りの右手はプラズマキャノン、残りの左手は拡散プラズマガンだ。背中にはミサイルポッドがあり、自動追尾のASミサイルを放つ。オマケに頭部はツルツルの兜のように見えて、スライドして隙間が開くと、隠されたレーザー砲門が露わになり、高連射のレーザーをばら撒くというものだ。

 まだ良い。まだ、これだけたっぷり盛っていようとも、ギミックボスを守るならば相応の盾があると納得できる。

 だが、最悪な事にザリアの守護者は……『無限湧き』なのだ。しかも経験値もコルも落とさないという糞っぷりである。最初から8体も設置されており、カアスの導き手達を守る様に2体ずつ配置されている。撃破しても撃破しても追加される。時間経過でも追加される。オマケに攻撃を浴びせると亀裂から黒い泥を噴き出す。これも接触すると感染率が引き上げられる。マジで糞過ぎる。

 更に問題なのは、停止コードを使用して生命維持装置を完全停止させるまでに60秒かかる。その間は使用したプレイヤーは一切の動作が禁じられる。当然ながら、使用者をザリアの守護者は全力で殺しに来る。

 更に更に、NPCからの情報によれば、全ての生命維持装置を停止させても180秒で復旧するらしい。そうなれば再停止させねばバリアが張られたままだ。ただし、その時には復活を遂げたカアスの導き手達も相手にしなければならない。

 つまり、攻略する為には以下の手順を踏まえねばならない。

 

その1:無限湧きのザリアの守護者を倒しながら、ただでさえ強敵のカアスの導き手を同時に4体撃破する。

その2:停止コードを使用しているプレイヤーを、ザリアの守護者から守る。

その3:バリアが失われたらカプセルを早急に破壊し、ザリアを殺す。

 

 まさに役割分担が肝となる『チーム戦』だ。そして、個人の力量も大いに求められる。グリセルダさんが慎重になるのも当然だ。どれだけ情報を集めても1発勝負だ。カアスの導き手を4体同時に撃破する時点でも難題である。

 

『まとめて吹き飛ばす。それしかないわ』

 

 そして、グリセルダさんが出した回答はコレだ。つまり、上手くカアスの導き手を囲い込んで1箇所に集めてそこにグレネードキャノンをぶち込んで纏めて爆破する。

 会議室でボスの情報を明かしながら、グリセルダさんは作戦の説明をした。

 まずは班分けだ。ザリアの守護者を相手にする班、カアスの導き手を追い込む班、そしてトドメを刺して停止コードキーを入手して生命維持装置を停止させる班だ。生命維持装置を停止させたら、後は全員でカプセルを破壊してザリアを殺す。

 オレはザリアの守護者を相手にする班だ。無限湧きのコイツらをとにかく倒し続けるのが仕事だ。シンプルで分かり易い。そして、それ故に重い。ザリアの守護者を自由に暴れ回せないように、とにかく攻め続けねばならない。そして、それは感染率上昇のリスクが常に傍にある戦いが強いられる。必然と近接攻撃はし辛くなり、釘付けにし辛い射撃攻撃が主体になってしまう。そうなれば、ザリアの守護者はカアスの導き手の援護に回るだろう。

 それにカアスの導き手をグレネードで吹き飛ばすにしても一撃では無理だろう。そうなると殺さない程度に削らねばならない。つまり、ただでさえ厄介な相手に手心を加えなければならないのだ。当然ながら高火力が売りのソードスキルを絡めた攻めはダメージ計算を狂わすクリティカルヒットがあれば誤って殺してしまうかもしれないので禁止である。

 最重要のグレネード係はアシッドレインだ。グリセルダさんが陣頭指揮を執り、アシッドレインが事前に追い込むポイントにグレネードをいつでも撃ち込める準備をする。つまり、ポジションを維持したアシッドレインの防衛も含まれているのだ。

 他にもこの作戦には幾つか穴がある。まずグレネードは弾速が遅いので、当然ながらAIには見切られやすい。たとえ射撃ポイントに追い込んだとしても、4体全てが対応しきれないとは思えない。そうでなくとも奇跡のフォースなどでグレネードを命中前に起爆させる方法もあるのだ。どうやらグリセルダさん達はカアスの導き手がフォースを使用したところを見た事が無いらしく、魔法関連の知識が無いグリセルダさんはオレ達が明かした魔法の数々を聞いて渋い顔をした。

 それでも作戦を変更しなかったのは、他に4体同時に撃破する手段が思いつかなかったからだ。1番手っ取り早いとも言える、4体をバラバラに相手取って同時に撃破するという策もあったが、さすがにそれは実行が現実的ではないと判断されたらしい。

 そして、我らがギンジくんの役目は停止コードキーを拾ったら即座に生命維持装置を停止させる班である。この班はカアスの導き手を撃破するまではアシッドレインの警護をする役目を担う。アシッドレイン自身もこの班に所属しているので、警備も含めて1セットといったところか。

 まったく、ひたすらにHPを減らせば良いというボスとは違って、ギミックボスというのは厄介だ。だが、逆に言えばギミックボスの強みは攻略法が謎である事でもある。今回の場合は、ギミック解除難度は高くとも、ギミックボス最大の難関である『謎』は既に攻略済みであると考えればマシな部類か。

 撤退不可のメインボスがギミックボスだった場合は阿鼻叫喚らしい。逃げる事も出来ないので、命懸けで戦う中で謎解きを行わなければならないのだ。そして、仮に攻略法が分かったとしても、今回のように『絶対に1人では解除できない』部類ならば、その時点で詰んでいるのだ。今回はイベントボスであり、撤退も許可されている分だけ有情というものだ。

 だが、油断はしない。シャドウイーターのようにボス部屋を封鎖される場合もある。撤退できるかもしれないという甘い幻想は捨てるべきだ。

 

「ギミックボスかぁ。あまり良い思い出ないな」

 

 弱音ではなく、緊張を解す為に何か喋らずにはいられないのだろう。ギンジの発言に、オレは肩を竦めて応じる。

 

「オレもだ。斬りまくっていれば倒せる相手の方がずっとやり易い」

 

 とはいえ、そんなボス程に悪辣極まりない能力を山ほど搭載しているんだがな。まぁ、そもそもプレイヤー側は数で押し込めるし、情報さえ集めていれば『序盤』は特に問題なく優勢で進められる。だからこそ、それを覆す術がボスには与えられている。

 全てのボスに言える事として、必ず切り札とも言うべき能力を隠し持っている点だ。今回のザリアはHPという概念がほぼ無いに近しい。そうなると、ギミック解除のいずれかの段階で把握していない能力が解放されていくはずだ。

 

「……この戦いが終わったら、上位プレイヤーを目指すのか?」

 

 スパークブレードの柄頭を撫でながら、オレはギンジに尋ねる。彼は一瞬だけ詰まった表情をしたが、すぐに首を横に振った。

 

「晴天の花がそれを目指すなら、俺も上位プレイヤーに戻ろうかとは思ってる。でもさ、やっぱり人には向き不向きってのはあるんだよな。どれだけ気張っても、俺はきっとベヒモスさん、ノイジエルさん、それにアンタみたいにはなれない」

 

「そうか」

 

「だから今度こそ、アニマを守れるだけの力は得たい。それ以上は望まない」

 

 惚れた女1人を守るだけの力……か。このDBOで真の意味でそれを求めるならば、結局は上位プレイヤーの最上位クラスはないと無理だろう。いや、それでも足りないかもしれないな。

 ならば、ギンジが目指すべき道は必然として茨に覆われた険しいものになるだろう。そして、その果てにアニマの心を得られるかと言えば、決してそうではない。

 愛に殉じる。それは美談か、悲劇か、あるいは知られるべきではない物語か。だが、ギンジがそれで満足ならば……それで良いのだろう。

 

「いつか死ぬぞ?」

 

「それが今日でも悔いは無い」

 

 カッコイイじゃねーか。本当に、たった数日間でギンジはすっかり変わってしまった。オレが必死に目指しているはず『変わる』という行為を成し遂げてしまった。

 

「着いたな」

 

 チーンという古典的というか、茅場の後継者もお約束を分かっているというか、エレベーターの到着音が気が抜けるように鳴り、オレは開かれたエレベーターのドアの向こうを見据える。

 そこは多重の半透明の自動ドアが待つ通路へと通じる広間だった。ボス部屋の前とは思えないように円形の椅子が配置され、椅子に囲まれる形で観葉植物がある。

 グリムロックの姿が無いな。あの野郎、サポート要員とか言ってたくせにボス戦に参加しやがったな。まぁ、グリセルダさんが許可したという事は、何かしらの勝機とも言えるものがあるからだろうし、焼夷手榴弾やプラズマ手榴弾を投げているだけでもダメージは稼げるから、いないよりいた方がマシか。

 

「ん? これは……」

 

 と、そこでオレがボス部屋へと続く通路の脇で見つけたのは、白く輝くサインだ。それはどうやらギンジには視認出来ていないらしく、オレがサインに触れようと屈みこむと首を傾げている。

 ルーン文字にも似た解読不能の光る文字で書かれているサイン。それに触れると<【聖遺物探索】のグランウィル>と表示される。なるほどな。グランウィルとしっかりフラグを立てていれば、ボス戦にお助けNPCとして召喚できるというわけか。

 しかし、同時に気になるのは、幾ら表のナグナとはいえ、グリセルダさん達がグランウィルを発見していなかったとは考え辛い点だ。ルート的にはオレ達が通った旧地下研究所以外にも複数ある訳だし、幾ら拠点が地下街だとしても、表のナグナの探索をグリセルダさんが怠っているとは思い難い。それにエドガーにしても、表のナグナの探索はオレ以上に行っていたはずだ。

 グランウィルを発見できる条件をオレだけが満たしていたというのだろうか。何故か、そこにドロドロとした死臭のようなものを感じ、オレは首を横に振って余計な考えを払い除ける。今は少しでも戦力が必要なのだ。お助けNPCだろうと召喚できるならば召喚してやる。

 天啓の青鐘を使用すると、白い光がサインより溢れだし、それはやがて形を成して人となる。

 

『同胞よ、再会できて嬉しいぞ。どうやら窮しているようだな』

 

 左右の手にハンドガンと背中に銀の剣を背負ったグランウィルは相変わらず胡散臭い態度であるが、味方の白霊として召喚できたならば害は無い……と信じたい。

 

「この先に鉱毒の元凶がいる。倒すのに力を貸せ」

 

『それは私も知るところだ。同胞の窮地となれば助力しよう』

 

 お助けNPCは時にバランスブレーカーとも言うべきキャラがいるが、グランウィルは装備的にもそこまで圧倒的な活躍をしてくれそうにないな。任せっきりにしていたらあっさりと倒されてしまうタイプかもしれない。

 

「うわぁ、お助けNPCなんて初めて見た。いつの間にフラグ立てたんだよ」

 

「全部終わったら話してやるから、いい加減に気を引き締めていくぞ」

 

 驚くギンジに先行し、次々と開く半透明の自動ドアが導く通路の先へと進む。最後に分厚い黒いドアがあり、それはオレが触れる事で開く事を示すように閉ざされている。内部の音は聞こえないが、既にグリセルダさん達の姿が無いところを見るに、作戦は既に始まっているのは確定だ。

 

「死ぬなよ」

 

「お互いに」

 

 黒いドアに触れると、軋む音がしながら想像していたよりも分厚い黒いドアがゆっくりと開く。出入りが自由だとしても、このスピードではいざという時にすぐに逃げ出せないだろう。やはり脱出不可と同様と考えた方が良いな。

 内部は無数の緑色の液体に浸されたカプセルが柱のように立ち並び、天井には埋め込む型の照明が光源を果たして広々としたボス部屋を照らしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、オレに向かって飛んできたのは、シュミットの頭部だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ほら、やっぱり死んだ。ヤツメ様が嘲う。

 呆然とするギンジの前で、シュミットの頭部が赤黒い光となって砕け、1人分の命が散っていった事を示す。

 それはまさに地獄絵図だった。

 既にザリアの守護者の数は20体を超えていた。当初の作戦ではアシッドレインがポジショニングを取るべきだったはずなのに、彼も重々しいグレネードを振り回して弾薬を温存することなくぶち込んでいる。だが、強力なグレネードはザリアの守護者に大ダメージを与えられても、それに応じた分だけ黒い泥を撒き散らさせる。その分だけ攻撃するタイミングを失い、幾人かの懐に跳び込もうとしていたプレイヤー達に二の足を踏ませる。

 そして、ザリアの守護者たちを壁にして、ソウルの槍や大火球、追う者たち、更には奇跡でも厄介な【輝く雷球】を使用してプレイヤー達の動きを阻害し続けている。

 どちらが劣勢なのか、それは見た通りであり、既にオレ達を除いて19名いたはずの部隊は16名しかいない。つまり、先程首が飛んできたシュミット以外に2人も死んでいる状況なのだ。

 

「ギンジ! 生命維持装置の場所は把握しているな!? 位置取りしておけ!」

 

 彼の返事も待たずに、オレはグランウィルを引き連れて奮闘するベヒモスと聖剣騎士団の生き残りが戦うザリアの守護者3体の元へと駆ける。こちらに気づいたらしい1体がプラズマキャノンを放つも、弾速は遅いので回避は容易だ。だが、床に着弾すると同時にプラズマ爆発を引き起こすので回避はより大きく取らねば削り殺される。

 もはや陣形も何もない乱戦状態だ。ギミック解除以前の問題である。正面のHPを大きく減らしたザリアの守護者を削り殺す為にガトリングガンを撃ちながら前進するベヒモスの背後に、左腕全てが千切れながらもHPを残した1体が右手の円盤型チェーンブレードを振り上げて迫っている。それがベヒモスの背中を切断する寸前で間に入り込んだオレは深淵殺しを抜剣しながら振り下ろしてトドメを刺し、飛び散る泥をバックステップで躱す。

 

「悪い。遅れた。どうやら状況は最悪みたいだな」

 

 作戦に何か穴があったのか? 1番の問題はカアスの導き手をいかにして1箇所に集めるか、そして纏めて倒すかだったはずだ。

 

「ザリアの守護者の追加ペースが情報より早過ぎる。とてもではないが、カアスの導き手を追い込めるだけの余裕が無い」

 

 ガトリングガンで穴だらけにしたザリアの守護者が撃破されるのを見届けたベヒモスであるが、それで息を吐く暇も無く、床の1部がスライドして新たに2体……いや、3体のザリアの守護者が追加される。決して強過ぎるわけではないが、確かに追加ペースが異常だな。

 マジかよ。今まさに2体倒したばかりだというのに、新品が3体追加ってふざけるのもいい加減にしろ。だが、文句を言う暇があるならば1体でも多く倒すしかない。円盤型のチェーンブレードを振り回し、プレイヤーを近づけないようにしながら背負うASミサイルを垂れ流し、プラズマキャノンと拡散プラズマガンを撒き散らす3体を壁に、追いかけて来た脱出組のプレイヤーを誘い込んだカアスの導き手が各々嵐を発動させる。ザリアの守護者に気圧されてブレーキをかけたソイツは炎によって全身を焼かれ、ダメージフィードバッグで叫びを撒き散らしている間に、ザリアの守護者の円盤型チェーンブレードの直撃を受けて胴体から切断される。

 べちゃり、とオレの足下で千切れた上半身が落下する。赤黒い光が断面から垂れ流され、減る事が止まらないHPの下でオレの足に脱出組の男が縋りつく。

 

「嫌だ……嫌だ……死にたく――」

 

 そして、赤黒い光となって砕ける。これで4人目とヤツメ様が楽しげに腹を抱えて笑う。

 本当に嫌になる。誰も死なせないと願ったのに、戦う時間も与えられずに、抗うこともできずに、戦場はより濃く死の香りを漂わせる。

 大丈夫。まだ赤紫の月光も、黄金の蝶の燐光も、瞼を閉じれば見えている。戦いの中で、オレに絶望も希望も無い。故に見えるはずだ。故に聞こえるはずだ。導きが示してくれるはずだ。

 広げろ。ヤツメ様の導きを。張り巡らした糸で巣を作れ。捉えろ。捉えろ捉えろ捉えろ。

 

「全員落ち着きなさい! アシッド、陣形の回復を!」

 

 冷静さを失った仲間を1人1人纏めていくグリセルダさん。

 

「腕を失っただけだ。泣き叫ぶ程じゃないよ」

 

 両腕をバッサリと斬られた脱出組のメンバーを引きずりながら無理してでも笑うグリムロック。

 

「どうやら参戦プレイヤー数に応じてザリアの守護者は増加されるトラップがあったようですな」

 

 重ショットガンで体勢を崩したザリアの守護者を両刃剣でバラバラにしながら分析予想を立てるエドガー。

 

「我々を舐めるな! この日の為に……この時の為にぃいいい!」

 

 やや熱くなり過ぎながらもグレネードの爆風で動き回るカアスの導き手を着実に削るアシッドレイン。

 

「攻撃自体は大振りが多いな。HPも高過ぎるわけじゃないし、ダメージの通りも良い。援護するから回復を!」

 

 矢を放ってヘッドショットを的確に決めて、HPがレッドゾーンの聖剣騎士団のメンバーを助けるギンジ。

 良し、生きている。ちゃんと生きている。そこに付随する欲求も感情も無視して、事実だけを受けれいて消化しろ。

 必要なのは、イレギュラーで統率を失った戦場に指揮系統を取り戻させる事。

 その為に求めれるのは、敵を殺して殺し殺しまくって、一瞬でも良いから頭の中でリセットボタンを押す空白の時間を作る事。

 現存するザリアの守護者の数は更に増えて15体。半数まで減らせば、後はグリセルダさんが何とかしてくれる。

 これ以上は誰も殺させない。グリセルダさんも、グリムロックも、ベヒモスも、ギンジも、エドガーも殺させない。……いや、エドガーだけは放っておいても死にそうにないから別に良いか。

 深淵殺しを左手に、スパークブレードを右手に、深呼吸1つを挟む。

 止まらずに殺しきる。ここからは潜水と同じだ。本能に溺れることなく、だがかつてと同じように、獣のように。

 掟は最速最短で敵を殺す事ではなく、『仲間』を助ける事だ。それがチームの1員としてこの場にいる事が求められるオレの仕事だ。

 疾走する。周囲のザリアの守護者が撃破された事で体勢を整えたベヒモスはもう大丈夫だ。彼ならば味方を集めてグリセルダさんと合流する選択をするはずだ。

 まずはエドガーだ。彼はDEX極振りなのではないかと思う程に速いカアスの導き手が使う魔法を躱しながらザリアの守護者を撃破していくも、普段使いなれている古式銃のショットガンではなく、重ショットガンなので射撃の度に足を止めねばならない。どれだけ高火力でも撃つ度に立ち止まっていてはあり得ない程に魔法を連射してくるカアスの導き手の餌食だ。

 背後からザリアの守護者を強襲し、振り返られる前に右手のスパークブレードで背中を一閃する。その程度では怯まないのは分かっている。振り返りながら円盤型のチェーンブレードが振るわれるも、ヤツメ様はバックステップではなく屈む事を強要する。

 円盤型のチェーンブレードが伸びる……いや、ワイヤーと接続されており、ヨーヨーのようにリーチを伸ばす事が出来るのか。これはグリセルダさん達の情報には無かった。これもエドガーの推測通りならば、参戦プレイヤー数を増やした事による能力解放か。茅場の後継者め、数を揃える事が必須なギミックボスで、数を揃えた事によって不利な状況になる二重の策を張ってやがったか。本来は苦境であるはずの少人数攻略こそが最も難易度を下げるとは、本当に毎度の事だが、ヤツの性格の悪さがこれでもかと滲んでいる。

 頭部狙いのプラズマキャノン、そこからの拡散プラズマガン、背後から接近するASミサイル……全て導きの中で捉えている。本能が殺しの流れを教えてくれる。背後を水にスパークブレードを投擲し、ASミサイルを起爆させ、その爆風の中を貫いた鉈は移動して背後に回ろうとしていたカアスの導き手の顔面に突き刺さる。頭部破損でスタン状態になったところに、エドガーが接近して胸に重ショットガン押し付けて超至近距離射撃を撃ち込む。どうやらカアスの導き手はVIT特化級のHPを持っているらしく、重ショットガンを全弾浴びてもHPは4割ほどしか減らなかった。防御力もかなりのものだな。

 ヨーヨーのように振り回す円盤型チェーンブレードだが、リーチを伸ばした分だけ懐がおざなりだ。両手持ちに切り替えた深淵殺しで腹を貫き、捩じり、股まで斬り落とす。内部から泥が飛び散るが知った事か。感染率は93パーセントを超えたが、まだ良薬は使わない。ギリギリまで堪えろ。

 残りHP僅かのザリアの守護者が円盤型チェーンブレードを戻し、オレに振り下ろす。両腕のそれは駆動音も合わせて威圧感があるが、逆に言えばそれだけだ。

 死の恐怖で立ち止まる事は無い。オレを恐怖では止められない。手首を薙いでHPをゼロにして回転する刃が肩に触れる前に撃破する。

 

「エドガー、殺しきるなよ」

 

「もちろんです。しかし、そのように髪を解かれるとまさに聖女ですな」

 

 余裕たっぷりに『ジョーク』をかましてくるエドガーは底知れない。どうにも、コイツにはコイツでこの状況を打破するカードがありそうだな。それを切らない理由に興味は無いが、本格的に放っておいてもコイツは生き残りそうだ。

 次はアシッドレインだ。彼も3名ほどの脱出組を引き連れて何とか陣形を整えようとしているが、2体のカアスの導き手と5体のザリアの守護者に壁際に追い込まれつつある。このままでは嬲り殺しだ。

 両手で握った深淵殺しを右肩で背負い、前傾姿勢で突進する。気づいた3体のザリアの守護者が同時に拡散プラズマガンを撃ってくるが関係ない。プラズマガンはどうせスタン蓄積能力が低いのだ。HPが半分削れるが、プラズマの爆発の中を超えたオレはチェーンモードを起動し、2体のザリアの守護者をまとめて腹を薙ぐ。

 身体が動く。チェーンブレードを受けた味方の援護に駆けつけた1体のザリアの守護者を捉えながら、オレは『それ』を描く。

 回転斬りしながら後方に跳び退く。深淵の魔物が、たとえ怪物に成り果てようとも誇り高き意志の中で確かに残し続けた剣技の1つだ。いける。ヤツの動きも『喰らった』今ならば、深淵の魔物の剣技を粗削りだが、確かに使えるようになっている。動きの流れは導ける。

 着地と同時に焼夷手榴弾を投げる。それは3体のザリアの守護者の足下で爆発し、燃え上がる火炎が炙ってHPを削り、更にアシッドレインが放ったグレネードを誘爆させて回避行動を取っていたカアスの導き手達のAIの予測を裏切る爆風で呑み込む。動きは良いが、ヤツらの動きには『命』を感じない。ならば攻めるのは容易い。

 残り2体。だが、アシッドレインたちとて伊達にここまで生き延びてきたわけではない。彼がグレネードの反動で動けない間に、強化巨人兵にトドメを穿った槍使い3人が連携を取り、ソードスキルを交差させて1体を葬り、残る1体が退却しながらプラズマキャノンを撃とうとするも背後から両手持ちに切り替えたエドガーの連撃を浴びて始末される。

 次だ。まだギアを入れ続けろ。過熱する闘争本能に流される事無く、かと言って縛り付けるな。ボス部屋の四方には床よりも1段高い場所に生命維持装置が設置されている。そこに陣取り、狙撃して仲間を援護するギンジだが、彼の攻撃はザリアの守護者のヘイトを稼ぐ事に他ならない。3体のザリアの守護者に隅に陣取る彼が襲われれば助からない。

 深淵殺しを背負い、コートに仕込んだレーザーナイフを抜く。投擲武器であるが5秒しか光刃を展開できない使い勝手の悪さとは引き換えの高い攻撃力の武器を、ASミサイルを撃ちまくる背中に投げつける。誘爆こそしなかったが、突き刺さったレーザーナイフのせいでASミサイルの射撃が僅かに止まる。マシンガンの弾を使い切ったのがここで痛手になったが、知ったことか。

 左手からの突進突き。右足の脚力で加速を得て、滑る体の舵を取る様に姿勢制御を体幹で行う。こちらは完全に我流であるが、深淵の魔物の剣技を少しずつ馴染ませる。背中から突き刺さしたザリアの守護者を壁に押し込んで叩き付ける。その間に背後からもう1体が頭部をスライドさせてレーザー連射するが、ジャンプしながら鎌モードでスライドして内部が露わになった頭部に刃を突き立てたギンジが、そこから更にチェーンモードを起動させる。

 

「おぉおおおおぉおおおぉおお!」

 

 雄叫びと共にギンジが感染リスクを恐れずに泥を被りながら鎌を振り抜いた。なるほど、考えたな。自分の腕でチェーンモードをコントロールしきれないならば、相手の内部にある状態でチェーンモードを起動させれば、たとえ暴れ回ろうとも自分や仲間を傷つけることはないか。だが、1度発動させれば30秒動き続けるデス・アリゲーターのチェーンモードはスタミナ消費が固定大消費なので要所要所では使えないな。

 次。ギンジにアイコンタクトを送ってこのまま援護を任せる。残る生存者を纏めるグリセルダさんであるが、短めの斧槍のようなものを装備したカアスの導き手と一騎打ちをしている。その間にもザリアの守護者が生存者をジリジリと囲い込んでいるが、グリセルダさんの指揮のお陰か、焦りなく対処し、むしろ囲いを突破すべく押し込んでいる。これならば手出しは無用か。

 

「クゥリくん! グリセルダを!」

 

 両腕を失ってパニック状態になったプレイヤーに止血包帯を付けながら、何とか押さえつけて回復アイテムを口に押し込んでいるグリムロックに言われるまでも無く、オレはグリセルダさんの援護に向かう。

 もっと、もっと、もっとスピードを。やはり深淵殺しは重過ぎる。だが、この火力はやはり魅力的だ。一撃で叩き潰せる快感が脳髄に悦楽として刻み込まれていく。カタナのような鋭い刃でバラバラにしていくのも趣があるが、やはり頭から鈍器のような刃で潰していくのも悲鳴も踏み躙るようで楽しい。

 ここでグリセルダさんを助ければ陣形は回復できる! グランウィルも視界の端でなかなか良い動きをしている。ザリアの守護者を1体くらいならば、1対1でも仕留められるくらいには強いようだ。

 と、そこでオレは咄嗟にブレーキをかける。いつの間にかオレの両腕は振るわれ、あわやグリセルダさんの背中を斬りそうになっていたからだ。

 

 

 

 ああ、惜しかった。もう少しで斬り殺せたのに。ヤツメ様が止めた深淵殺しの刀身に腰掛け、オレを嗤う。

 

 

 

 本能が選択したのは、グリセルダさんごと彼女の両手剣と斧槍の鍔迫り合いをするカアスの導き手を斬る事だった。最速・最短でカアスの導き手を殺す軌道を描いた。仮想世界のせいか、過剰な表現で冷や汗が本来の汗と混じり合いながら滲む。

 深淵殺しを背負い、グリセルダさんの相手をしていたカアスの導き手の背後に回って首を右腕で絞め、そのまま標本カプセルの柱に投げ飛ばす。背中から叩き付けられたカアスの導き手はワープし、他の3体が集結するように、他とは異なる巨大な球体状のカプセル……コードに繋がれ、無理矢理に雷撃を放出させられているかのような、縫い合わせられた巨大な蠍の前に並ぶ。

 アレが蠍のザリアか。確かに巨大な蠍にも見えるが、背中からはクラーグと同じように女の上半身があるようにも思えた。しかし、それすらも無残に切り刻まれた縫い目が目立つ。

 死者4人。両腕欠損で戦線復帰不可が1人。精神状態はよろしくないが、指揮官クラスは問題なし。これで陣形は取り戻したか。

 

「これで仕切り直しだ」

 

 スパークブレードを再装備し、刀身で右肩を叩きながら左爪先で数度地面を蹴る。1度切ったギアを少しだけ入れ直し、戦闘の熱を取り戻させていく。

 だが、オレが跳び込むより前に、ぼふり、とオレの頭を優しく何かが撫でた。

 

「ありがとう。助けられちゃったわね」

 

 声音は優しい。とても優しいグリセルダさんの声だ。なのに、オレとヤツメ様は一緒にガチガチと歯を鳴らし、頬を引き攣らせながらゆっくりとオレよりもまだ少しだけ背が高いグリセルダさんへと振り返る。

 そこにいたのはもちろん鬼セルダさん。簡潔に言えば、全ての感情を呑み込んだような満面の笑みだった。うん、怖い。

 

「で、でも、4人も――」

 

「戦いに犠牲は必ず出るものよ。私達もそれを許容してここに立っているわ」

 

 チラリと振り返れば、パニックから抜けきったらしい脱出組の面々、元より仲間を多数失って麻痺しているのか、微塵も表情を揺るがせない上位プレイヤーの生き残り、相変わらず『にっこり』しているエドガー、鎌から片手剣に変形させて接近戦に応じる構えのギンジ、弾切れらしいグレネードに代わってマシンガンと戦槌を装備したアシッドレイン、そしてこの中で1番戦力になり得ないはずなのに一切の恐怖を目に映さないグリムロック。

 4人死んだ。ならば、その4人の為にも何としても勝たねばならない。彼らが死の恐怖に怯えながら呑まれたならば、その報いを。そんな想いが伝わって来る。

 

「あの4体のカアスの導き手だけど、作戦を思いついたわ。纏めて爆殺作戦から纏めてギロチン作戦に変更ね」

 

 笑顔で告げる鬼セルダさんに、それってつまりは作戦もへったくれも無い強行突破と言うのではないだろうか、と告げようとして、新たにザリアの守護者が補充されていく様を見てそれしか方法は無いかと諦める。

 

「私、クゥリ君、エドガーさん、アシッドで限りなく同時にカアスの導き手を倒すわ。いずれもダメージは与えているし、回復される前に押し切るわよ。ベヒモスさんは援護をお願いするわ」

 

 お助けNPCとしての特性か、グランウィルも安易に踏み込まないでオレの隣に立っている。どうやらコイツは召喚者であるオレの指示に従うようだ。

 問題は現状の戦力だ。戦力は5名削れて残り16名(+グリムロック)であり、内の4名がカアスの導き手に張り付き、更に4人が生命維持装置の前でスタンバイするとなると、単純に8名とグランウィルでザリアの守護者を相手にし続けねばならない。

 こうしている間にも補充されていき、ザリアの守護者の数は10体にも増えている。もはや数の有利すらも無いならば、『壁』となる彼らは……いや、考えるべきではない。それは無駄な犠牲ではないし、限りなく素早くカアスの導き手を倒せば良いだけだ。

 作戦は決まった。オレ達は弾けるように飛び出し、ザリアの守護者に囲まれたカアスの導き手達と対峙する。オレが相手取るのは先程スパークブレードで顔面を潰したモーニングスター装備のカアスの導き手だ。

 

「うぉおおおおおおおおお!」

 

「グリセルダさん達を守れ!」

 

「ここで死んでたまるか!」

 

 ヘイトを稼ぐためには無理でも攻撃し続けるしかない。銃撃をしてザリアの守護者を8人のプレイヤーが引きつけていく。やはり近接戦慣れした上位プレイヤーの方がザリアの守護者相手にヘイトを上手く稼げているが、多彩な攻撃を持つザリアの守護者相手に1対1で戦えても、随時増産されるザリアの守護者に囲まれてしまえば死は免れない。

 1秒でも早く殺さねばならない。だが、それはオレだけが先に仕留めても意味が無い。大発火と闇の飛沫を同時に使用してくるカアスの導き手はかなり厄介だ。モーニングスター自体が触媒らしく、左手に仕込んだ呪術の火を見せつけながら打撃モーションと見せかけて魔法や闇術を使用してくる。特に闇の飛沫が闇術版ショットガンのようなものだ。至近距離のフルヒットは文字通りの必殺である。

 エドガー、クリア。彼は鞭装備のカアスの導き手を両刃剣で翻弄し、HPを僅かに残した状態で保持している。

 グリセルダさん、クリア。斧槍持ちの右腕を切断し、呪術以外の脅威を奪って張り付けている。

 だが、アシッドレインだけが出遅れている。スピードある短剣装備のカアスの導き手に翻弄され、マシンガンで着実に削ってこそいるが、なかなか追い込めていない。

 そこに飛来したのは黒い矢……ギンジの射撃だ。動き回るカアスの導き手の左膝を貫き、動きを鈍らせる。その瞬間にアシッドレインはカアスの導き手の側頭部を戦槌でぶち抜いて転倒させる。

 

「今よ!」

 

 何処かで赤黒い光となって弾ける音が聞こえた。また、誰かが1人死んだ。その事実に戦意を折られてたまるかと言うように、グリセルダさんが号令を出す。

 振り下ろされたモーニングスターと続く炎の嵐。だが、赤熱する地面を見切り、オレは立ち上がる火柱の中を駆け抜けて、蛇の仮面をつけたカアスの導き手の頭をつかみ、その首を鉈で斬り落とす。

 ドロップした停止コードキーを即座にアイテムオブジェクト化し、オレは四隅の1つで待機する停止コード入力者に投擲する。ややスピードが乗り過ぎていたが、無事にキャッチしたソイツは生命維持装置に停止コードキーを使用する。

 ここから60秒だ。ザリアの守護者は一斉にそれまで相手にしていたプレイヤーを無視し、四方で動けなくなっている4人のプレイヤーへと方向転身する。それを阻むべく、文字通りオレ達は死力を尽くして60秒を耐えねばならない。

 

「まだバテてないよな!?」

 

 オレと同じ生命維持装置を守る事になったらしいギンジは、まるで自身を奮い立たせるようにオレに問う。プラズマキャノンが肩を掠め、ダメージフィードバッグに歯を食いしばりながらも即座に反撃で片手剣をザリアの守護者の胴体に突き刺し、泥を浴びながらも剣を押し込んでいく。

 まずい! ギンジを抱きしめるように円盤型チェーンブレードを起動したザリアの守護者に、オレはレーザーナイフを投擲する。4本の光の刃は頭部に命中して怯ませて行動が怯んでいる内にグランウィルが両手のハンドガンを連射してギンジが剣を突き刺すザリアの守護者を撃破する。

 

「来い、鉄屑共がぁあああああ! この私が……貴様ら程度にっ!」

 

 残弾全てを吐き出すつもりなのだろう。別の生命維持装置の前では、もはや迫るミサイルやプラズマキャノンを避ける気も無いと言わんばかりに、高VITと高STRを活かしてガトリングガンを撃ちながら振り回すベヒモスの姿があった。それを援護するように、太陽の狩猟団の生き残りらしいヒーラーは【太陽と光の実り】を発動させる。太陽と光の癒しの上位奇跡であり、それはボス部屋全体にまで行き渡り、全員のHPを大幅に回復させる。

 だが、あの奇跡は魔力の消費が激しい。これまで温存してくれたとしても、どれだけPOWが高かろうとも使えるのは1度が限度のはずだ。その切り札を残り40秒ある時点で切ったのは手痛い。

 グリセルダさんも3人の槍使いを率いてグリムロックと共に防衛しているが、ヨーヨー状態の円盤型チェーンブレードが飛び、それをガードした両手剣が折れる。そこに跳びかかる別個体だが、彼女の背後にいたグリムロックが押し倒して寸前で胴体が分けられるのは防がれた。アイツも無茶ばかりしやがるな。

 もはや互いが互いを見えない乱戦だ。信じる以外に無い。そう、信じる以外に無いのだ。自分が守るべきポジションを守り通せても、何処かの誰かが破られれば、絶対に攻略はできない。

 不思議だ。こんなにも苦境なのに、オレは……オレは『仲間』と戦っているって気がする。戦闘の過熱以外の疼きを頭の奥底で、胸の奥で、感じる。

 

「あと10秒!」

 

 ギンジが叫ぶ。グランウィルが円盤型チェーンブレードで胸を裂かれ、HPが1割を切るも即座に退避して雫石で回復する。ベヒモスもガトリングガンが弾切れになったらしく、サブの戦槌に切り替えている。エドガーは本来のスタイルを捨て、重ショットガンによる衝撃による怯みを活かした固定砲台となっている。

 

「あと5秒よ!」

 

 停止コード使用者を守るために、槍使いの1人が狙いすましたプラズマキャノンの盾になって直撃を受け、爆散する。赤黒い光を雨のように浴びながら、60秒間動けないでいる使用者が絶叫する。自らを救うために散った仲間の死に狂っていく。

 ギンジを跳び越え、ザリアの守護者が両腕の円盤型チェーンブレードを停止コード使用者に振り下ろそうとするも、同じくチェーンモードを起動させて深淵殺しで防ぐ。チェーンとチェーンがぶつかり合い、火花が散る中で、ザリアを守るバリアが霧散する。

 さぁ、ここからはザリアを守るカプセルをぶっ壊すだけだ。だが、途端にザリアの守護者が一斉に退却し、ザリアのカプセルを守るように立ち並んで、ひたすらに遠距離攻撃に終始し始める。ここから先は全くの手探りだ。スタミナが危険域のアイコンを見ながら、オレは深淵殺しの先端で床を削りながらプラズマキャノンの雨の中を突撃する。もはや誰1人として止まらぬ攻撃の中に跳び込む事を躊躇しない。

 グランウィルがオレの前に飛び出し、ハンドガンの連射から両手剣の攻撃に切り替えてザリアの守護者に斬りかかるも、もはや20体は並んで城壁のようになったザリアの守護者は並大抵の攻撃では崩さない。まさしく総力戦だ。ギミックボスのくせに力押しが必須とか舐めてんのか!?

 長かった60秒。だが、今度はあまりにも短い180秒だ。もはや攻撃よりも壁となる事を優先とするザリアの守護者に、オレは深淵殺しを何度も振り下ろして撃破していく中で泥を浴び過ぎて感染率が97パーセントに到達している事に気づく。だが、それでも良薬を使う時間すら惜しいし、もはや使用しても95パーセント以下にならないならば関係ない。

 

「全員、下がれ!」

 

 そこに響いたのはベヒモスの声だった。ガトリングガンの弾薬を補充したのかと振り返ったオレは、ここぞというタイミングでジョーカーを見せつける彼に、エンターテイナーの才能があると称賛する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 吹き荒れる爆炎の嵐。ベヒモスが両腕で抱えるようにして構えるのは、巨大な砲門が6つ備わったガトリングガン……いや『連射式』グレネードキャノンだ。

 

 

 

 

 

 

 ガトリングガン構造のグレネードキャノン。1発の火力は低いようだが、一撃で6連射できる怪物武器に、ひたすら在庫処分セールのように焼夷手榴弾を投げていたグリムロックが戦場でありながら目を輝かせるだろうと思っていたら、何やら別の意味で驚いた顔をしている。

 ……あー、あの顔は多分ベヒモスの切り札に1枚噛んでる顔だな。アイツ、オレの知らないところでどれだけHENTAI力を発揮してやがるんだよ。ソルディオスとかも何かどんどん変な方向に進化させているし、いい加減に止めないとまずいかもな。

 だが、この際どうでも良い。6連グレネードはかなりにインターバルがあるようだが、ザリアの守護者の壁をぶち破るには十分だった。オレはその穴に跳び込み、深淵殺しをカプセルに突き立ててチェーンモードを発動させて薙ぐも、亀裂が大きく入るだけで割るには至らない。

 

「ギンジィイイイイイイイイイイイ! エドガァアアアアアアアアアアアアア!」

 

 だから、オレは『仲間』の名を喉が破れるほどに叫ぶ。もう何秒あるかなんて数えていない。アシッドレインが距離減衰も関係なくマシンガンをぶち込み、グリセルダさんが砕けた両手剣を捨ててライフルを連射する。

 エドガーが6連グレネードで開いた穴、そこにいるオレの隙間を縫うように灰の刃を射出してカプセルにダメージを与える。それでも足りないが、オレの肩を踏む感触が駄目押しを成す。

 

 

「死に腐れぇえええええええええええええ!」

 

 

 品のない叫びを響かせながら、オレの肩を踏み台にして跳び上がったギンジが亀裂に片手剣を押し込んだかと思えばその状態で鎌モードに変形させてチェーンモードで薙ぎ払う。コイツ、意外とバトルセンスが高いじゃねーか。本当に上位プレイヤーに舞い戻れば、かなりの働きが期待できる。

 そんな心の底からの称賛の中で、カプセルが割れ、溶液が零れ、ザリアの巨大な死体が外気に触れる。HPバーが表示されていないザリアにどれだけの攻撃が必要なのかなど分からない。

 

「吹き飛べ」

 

 だが、果たして6連グレネードに耐えられるかな? オレはギンジの襟をつかんで跳び退き、ベヒモスの射線を開ける。そこにインターバルを終えたベヒモスが、容赦なく6連グレネードをぶち込む。

 ところが、ザリアの守護者が壁になって直撃せず、爆炎だけが撫でるのみだ。それでもザリアは多大に破損しているが、ボス撃破のメッセージは無い。『命』の無いAIのくせに根性見せやがって!

 そうしている間にカアスの導き手達が復活を始める。あと、もう少しだ! あともう少しなんだ! オレはダメージ覚悟で跳び込もうとしたが、それよりも先にアシッドレインがマシンガンを捨てて戦槌1本でザリアの守護者をソードスキルで薙ぎ払って道を開ける。そこに跳び込んだのは名も無き槍使いの2人であり、彼らは武器を捨てる覚悟で≪槍≫の投擲系ソードスキルであるシューティングライトを発動させる。緑のライトエフェクトを纏った槍の投擲はザリアに命中するかに思えたが、それをまたしてもザリアの守護者が自身の体を投げ出して防ぐ。

 本当にどいつもこいつも根性がある。だが、本当の馬鹿には及ばない。

 この場において最も戦力が程遠いグリムロックが、グリセルダさんが強化警棒を片手に、皆が作り出したザリアの守護者たちという防壁の穴に跳び込んだ。そこに迫る死の一閃。円盤型のチェーンブレードであるが、それをグリセルダさんはライフルを盾にして守る。

 砕け散るライフルの破片の中で、グリセルダさんが何かを叫んだ。だが、それはオレの耳には聞こえなかったが、確かな夫婦の証だったはずだ。

 

「行け、グリムロック。オマエの花道だ」

 

 痙攣するザリアに、グリムロックはソードスキルの使い方すらも忘れたように全力で強化警棒を振り下ろす。だが、それは確かな一撃となってザリアの表面を砕き、眩い雷光が拡散する。それは動いていた全てのザリアの守護者を痙攣させ、停止させた。復活中だったカアスの導き手達も黒い泥となって溶けていく。

 同時に流れ込む莫大な経験値とコル。オレ達はそれが示すものを知り、全員が歓声を上げる以前に倒れる。文字通りの死力を尽くした短期決戦だった。

 

「……終わったな」

 

 へなへなとギンジが尻餅をつき、天を仰いで息を漏らす。

 

「ああ、終わった。だが、まだ深淵の魔物が外を徘徊している。どう脱出したもんだろうな」

 

「止めてくれよ。ていうか、アンタも大概だよな。ボス戦の後くらい、もっとこうぐてーってしてくれよ」

 

 この程度で何を言ってるんだか。オレはコーラを寄越せとオレはジェスチャーするが、ギンジに通じず、彼はぐったりと大の字になる。というか、しっかりと両足で立っているのはオレとエドガーとグランウィルだけであり、他は全員が動けないでいるようだった。

 いや、1人だけ違う。グリセルダさんはすぐに立ち上がり、ザリアの遺体の前で動けずにいるグリムロックに無言で手を差し伸ばす。それを握り締めた彼は、一瞬の罪の意識、そして愛の受託を得たように、確かに立ったのだ。

 これで残る問題は、外で待ち構えているだろう深淵の魔物だけだ。ヤツはオレを見逃さないだろう。どうしたものだろうな。

 と、そこでオレは奇妙な事に気づく。

 あり得ない。どうしてだ? 何で消えていないんだ?

 

 

 

 

 

 

 ボス戦が終わったはずなのに、どうしてお助けNPCであるグランウィルが消えていないんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 それはすぐに、オレ、エドガー、ギンジ、ベヒモス、他の上位プレイヤーの生き残りに1つの共通する『通例』を思い出させる。

 

「逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 1番距離があるベヒモスが叫ぶ。だが、その声に反応できたのは、DBOの悪辣さを知る者だけだった。

 ザリアの遺体から放たれた雷光が完全に反応できずに動けずにいた、ボス戦が終わったものだと緊張を解いてHPを回復していなかった脱出組達の胸を貫く。唯一逃れたのは、精一杯に妻を守ろうとグリムロックに抱きしめられながら倒れ込んで雷光の槍から逃れたグリセルダさんだけだ。

 さすがは元上位プレイヤーだけとあって、ギンジも理解すれば回避は何とかなった。エドガーなどオレよりも距離が近かったのに余裕だ。決して雷光の槍は速いものではなかった。

 

「そんな……私たちは……生きて、外に――」

 

 だが、大半は間に合わなった。ボスを撃破したという油断。しかもリザルト画面までしっかりと出たのだ。これで油断しない方がおかしい。アシッドレインはその胸に大穴を開け、爆散する。他の脱出組も次々と赤黒い光となって消し飛んでいく。

 さぁ、残り何人か数えてみる? ヤツメ様がクスクスと笑いながらオレの首に腕を回し、耳を甘噛みしながら囁く。

 

 ずるり、ずるり、ずるりと……ザリアの遺体から何かが這い出して来る。それは腹を突き破り、黒い体毛に覆われた腕を見せ付ける。

 

 それは悪魔。そう表現するのがシンプルであり、最も適切な外観だった。山羊のように捻じれた角を持ち、頭部は獅子に近く、骨格は人間的だ。3メートルほどの全身を黒い体毛で覆われ、鋭い爪が備わった6指を持ち、『母』から受け継いだように、人の頭蓋骨の先端を持つ蠍のような尾を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<深淵の主、再誕のザリア>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、そうだったのか。

 オレは背後で唯一の逃げ道である黒いドアにシャッターが下り、完全に脱出できなくなった事に気づく。

 これは根本から間違っていたのだ。そもそも<鉱毒の元凶、蠍のザリア>は『ボス』ではない。『ネームド』だったのだ。つまり、オレ達が全力で突破しようとしていたのは、ボスとの戦闘を『可能』にするギミックバトルイベントに過ぎなかったのだ。

 本当のボス戦はここからだ。小細工抜きの真っ向勝負。2本のHPバーを持つ、異形の人型ボス。コイツこそがナグナに君臨する真の王だ。

 

「オレはまだ戦える。まだ……戦えるんだ」

 

 逃げ場など元より無い。ならば死力を尽くすのみ。もうこれ以上死なせるものか。オレは帰るんだ。『仲間』と一緒に帰るんだ。

 そして、青い雷光を纏った再誕のザリアが牙を濡らしながら咆えた。




予定調和の2回戦がいつから『普通』だと錯覚していた?


それでは、207話でまた会いましょう。

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