SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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だから奴らに呪いの声を

赤子の赤子

ずっと先の赤子まで


……ブラボは新しいアイディアを多く与えてくれました。
フロムに感謝と敬意を



Episode16-23 再誕のザリア

 深淵の主。それが何を意味するのかは分からない。だが、鉱毒の元凶と言われたザリアはナグナを蝕む病の原因だ。ならば、深淵と呼ばれるものが善悪を抜きにしてナグナに災害としてもたらされただろう事は分かる。それを封じたのがアンタレスであり、街の名にもなった魔女のナグナだったのだろう。

 そして、ナグナは古いナグナを学術都市として発展させる中で、何者か……恐らくはカアスの導き手に唆されて、封じられていたザリアを掘り起こし、研究材料にした。その挙句にパンデミックを起こして自業自得の末路を迎えたといったところか。

 だが、再誕を果たしたザリアが立ちはだかるまでのバックストーリーは眼前の脅威を振り払うのに何の役にも立たない。

 青い雷撃を纏うザリアがまず狙ったのは最短距離で攻撃できるエドガーだ。彼に青い雷光を帯びた細い腕……黒い体毛を靡かせながら鋭い爪が備わった5指を振るう。寸前でエドガーはバックステップで躱すも、大振りな最初の一撃から続く連撃が彼に襲いかかる。

 軽く8連撃を超える連続爪攻撃だったが、エドガーは全てを紙一重で躱し、お返しとばかりに重ショットガンを構えたが、ザリアは素早く回り込んで射線から逃れ、逆に自身の周囲にフォースのような雷撃を放つ。これにはエドガーも逃れきれず、HPを3割ほど奪われる。彼の反応は鋭かったが、それを抜きにしても全方位攻撃の発動速度が尋常ではない。攻撃範囲は狭いようだが、下手に回り込んだり、張り付こうとすれば、手痛いカウンターを喰らってしまう。ダメージが低いのは幸いか。

 

「この重たいショットガンで狙うには、少々素早過ぎますな」

 

 愚痴を零すエドガーは笑みを崩していないが、言葉尻はやや苦い。本来の武器ではない威力重視の重ショットガンでは対応しきれないか。そうでなくとも、先の戦いで弾切れ間近は確実のはずだ。

 

「HPバーは2本だけだ。さすがに『3回戦』は無いと思いたいな」

 

 そんな発言をする覚悟完了済みのギンジも思いの外に精神ダメージは少ない。いや、大勢の死を目撃してパニック状態になるよりも、眼前の脅威に対処する為に敢えて意識の視野を狭めているといったところか。それはベヒモスを始めとした他の上位プレイヤーも同様であり、あまりにも大人数がまとめて死亡した為に現実感が無いのだろう。

 だが、グリセルダさんは違う。脱出組で唯一生き残った彼女は呆然自失といった様子で両膝を折り、立ちあがれない状態だ。グリムロックがグリセルダさんの肩を揺さぶっているが、まるで彼女の目の焦点は合っていない。

 

「とにかくグリセルダさんをボスから引き離せ。オマエも退避してろ」

 

 幸いにも『今のところ』はザリアの攻撃も格闘攻撃が主体だ。雷球を無作為に生み出して放ってきているが、いずれも飛距離は長いものではない。ボス部屋の隅まで移動すれば、いざという時の逃げ場こそないが、立ち並ぶ柱の代わりのカプセルも防壁となって攻撃は命中し辛く、またボスのターゲットにもされ辛いはずだ。

 オレの意見に頷き、グリムロックはグリセルダさんの肩を担ぐとボス部屋の隅へと駆ける。だが、それを目敏く発見したザリアが双剣モードの両刃剣で付かず離れずの戦いをしていたエドガーを振り切り、彼らを追う。

 

「させるかよ」

 

 グリムロックもグリセルダさんも殺させない。もう、これ以上誰も殺させない。動きの速い攻撃に対応すべく、効果的ではないと分かっていてもスパークブレードを右手にオレはザリアの前に立ちふさがる。

 爪の連撃が来る。最初は大振りの右腕、続く素早い左手の爪の切り上げ、そこから続くモーションが小さい左右の乱撃。雷光に騙されることなく、正確に間合いを把握してオレはステップを踏みながら回り込む動作をして雷撃フォースを誘発させる。

 

「馬鹿が」

 

 フォース後の硬直を狙い、スパークブレードでザリアの横腹を薙ぐ。だが、ザリアに接触した瞬間に青い雷光が弾け、スパークブレードが弾き返される。凄まじい衝撃に手からすっぽ抜けそうになるのを何とか指の先まで力を込めて阻止し、右手の突きを屈んで躱して膝蹴りを腹に打ち込むも、今度は微ダメージ付きで弾かれる。

 オートカウンターガードか。武器攻撃はともかく、格闘攻撃にはダメージ付きだな。あるいはスパークブレードが雷属性持ちだったお陰でカウンターダメージを免れたのだろうか? どちらにしても、コイツはゲーム的に言えば『スーパーアーマー』状態だ。ハレルヤと同じであらゆる攻撃を受けても怯まない。

 そうなるとスタン蓄積で解除か? ハレルヤとの違いがあるとするならば、たとえ怯まず、攻撃を弾こうとも、大幅に軽減されたダメージがしっかりと通っている点だ。こちらの攻めは決して無駄ではない。

 そして、そのHP量もまた、小型ボスであるが故にか、決して多いものではない。逆に言えば、それだけ大ダメージや連撃ヒットを狙うのが難しいボスだ。なによりもギンジの言う通り『3回戦』も視野に入れておいた方が良いだろう。幾らイベントボスとはいえ、たった2本のHPバーというのは、どうにもきな臭い。仮に2本だけだとしても、別次元のパワーアップがあるはずだ。

 グランウィルがハンドガンを連射し、ザリアの雷の鎧を剥ぎ取りにかかる。だが、距離がある状態ではハンドガンの攻撃では不十分らしく、雷の鎧は減衰しない。だが、回復は阻害できるらしく、雷光が強くなる様子もまた無い。

 と、そこでオレ達を包み込んだのは奇跡の【太陽と光の恵み】だ。太陽の狩猟団のヒーラーがオレの攻撃でザリアの防御能力を把握し、全プレイヤーに一時的なオートヒーリングを授けるこの奇跡を発動させたのだろう。

 これで多少の無茶な攻めができる。自身から立ち上る湯気のような温かな山吹色の光に感謝しながら、オレは左から、エドガーは右から回り込み、ギンジは弓矢で牽制をかける。聖剣騎士団の生き残り達は盾装備という事もあり、ガードをしながら慎重に立ち回って、オレ達が作った隙にソードスキルを叩き込むつもりのようだ。太陽の狩猟団のもう1人の生き残りらしい、革製ジャケットの軽量装備ながらも薙刀のような竿状武器によるリーチと火力を活かした動きを見せる男も同様のようだ。

 そして、6連グレネードキャノンという怪物装備を持つベヒモスは、元々の鈍重さに輪をかけたように足が鈍い。というよりも、歩けてしかいないようだ。どうやら、6連グレネードキャノンはかなりの重量らしく、彼でも装備したまま走ることはできないようだ。

 言うなれば固定砲台だ。いかにして彼にグレネードキャノンをぶち込ませるかが大きな鍵になるか。

 

「ベヒモス! あと何回使える!?」

 

 雷球を次々と生み出しては放つザリアの攻撃は、一定距離に達するとプラズマ系銃器と同じように炸裂する範囲攻撃になる。また、床や柱に着弾しても同様だ。スピードは無いが、追尾性能が高く、追尾するソウルの塊以上、追う者たち以下のようだが、範囲攻撃化するので回避難度はかなり高い。

 だが、それ以上に厄介なのはザリアが無造作に振るう腕に付随する雷版ソウルの槍のような、アシッドレイン達を纏めて抹殺した分厚い雷の槍だ。回避不能ほどに高速ではないが、それでも回避に撤しなければならず、また高火力である為に幾らオートヒーリングが付いていても大ダメージを受けてスタンしたところに雷球の追撃が来れば死は免れないし、そもそもHP総量自体が低いオレでは直撃した時点でお陀仏だ。

 

「あと2回だ! だが、コイツは動き回る奴を狙える設計をしていない!」

 

 だろうな。どう見てもデカブツ専門武器だ。巨大、あるいは鈍重なボスには有効かもしれないが、ザリアのように小型でスピードのある相手には有効どころか、誤射でも直撃でも仲間を巻き込みかねないので使い所が無い。

 だからといってベヒモスの最大の武器を潰して彼にスピード戦を強いられる接近戦に参加してもらうのは旨みが無い。

 

「射線は固定しておく! 上手く誘導しろ!」

 

 ベヒモスの宣言は正しい。彼は固定砲台となってここぞというタイミングまで待機する。それが最良だ。ならば、オレとエドガーでザリアが纏う雷撃の鎧を剥ぎ取るしかない。

 と、そこでザリアが特徴的な尾を……先端が人間の頭蓋骨になった尾を振るう。同時に頭蓋骨の顎が開き、分厚い黒のレーザーが開放される。それは薙ぎ払いとなり、固定砲台になっていたベヒモスと盾主体だった聖剣騎士団2名に命中する。

 ベヒモスは失われたHPを即座に白亜草を食べて回復するが、あれはどう見ても闇術と同じで高いスタミナ削りを持つに違いない。幾ら耐えても命中すれば継戦能力が奪われていく。

 だが、闇のレーザーの隙に近づいた薙刀装備の太陽の狩猟団のメンバーがザリアの背中にやや黒みのかかった青いソードスキルを放つ。それは舞うような連撃であり、左から右への一閃、そこから右下から左上までの斜め斬り上げ、更にそこから回転斬りという流麗な3連撃。

 見事。太陽の狩猟団にこれ程の猛者がいたのかと言いたくなるような、完璧なタイミングで入った3連撃ソードスキルは、≪槍≫の連撃系ソードスキル【ヘルズゲート】だ。突きが主体の≪槍≫のソードスキルでも使い辛い『薙ぐ』が主体のソードスキルは、ハルバードなどの穂先が分厚い武器でこそ真価を発揮するキメラウェポン向けだ。間合いの管理が難題であるが、それを薙刀という武器でカバーしているのだろう。

 

「おお、さすがは【ビヤンテ】殿!」

 

「知っているのか?」

 

「ええ。普段はサポートに撤していますが、要所要所でソードスキルを使って流れを作る事に定評があるプレイヤーです。戦績こそ目立ちませんが、縁の下の力持ちのような御方ですよ」

 

 エドガーが薙刀使いの事を教えてくれるが、サポートにさせておくには勿体ない技量だ。むしろメインアタッカーで活躍してもらった方が良いくらいである。

 さすがにシステムアシストがあるソードスキルはダメージこそ大軽減できても弾けなかったらしく、纏う雷撃を大きく弱めたザリアが両腕を振り上げて叩き付ける。それをビヤンテはギリギリで後方に退避することで躱すも、彼を間一髪で叩きつけ攻撃に付随した雷撃が掠める。

 

「う、うわぁあああああ! 怖ぇえええええええ! 無理! もう絶対無理! しばらくは逃げるから後はよろしく!」

 

 それに情けない声を漏らしてビアンテは脇目も振らずに、ザリアに背を向けて距離を取る。それを追おうとするザリアだが、聖剣騎士団2名が壁となるように立ち、盾で雷球を防ぐ。

 

「…………」

 

「ですがあの通りの性格でして」

 

 なるほどな。気合を入れて1発打ち込むことはできるが、継続して前には出れないタイプか。どう言うべきか分からなくなったオレは、エドガーの何とも言えない補足を耳にしながら、もう数撃でザリアの雷の鎧は剥げると確信する。

 チェーンモードでスタミナを多大に消費しただろうギンジは、インターバルを挟んでスタミナを回復させながら、ザリアのヘイトを稼がない程度に、だが着実に矢を命中させている。いずれも突き刺さらずに弾かれているが、それは雷光の鎧が回復するのを阻害する一助となっている。

 深淵殺しで押し切るか? いや、まだザリアの1本目のHPバーは1割も削れていないのだ。まずは雷光の鎧を剥ぎ取る。全てはそこからだ。あの動き、まだヤツは本気を出していないのは明白だ。それに……どうにも気持ち悪い。コイツに『命』があるのかどうか、その見極めがあやふやだ。

 呪縛者とも違うこの曖昧さが命取りにならなければ良いが。エドガーが双剣の柄頭を接続し、両刃剣モードに切り替える。ザリアは雷撃を放出して攻撃範囲を伸ばして腕を振るってオレ達を迎撃するも、命中する前に踏み止まってから、再度跳び込むオレとエドガーにザリアはやや翻弄されているようだ。

 尻尾を振るい、今度は頭蓋骨より闇の飛沫を放つも、扇状に広がる無数の闇の球をオレは屈んで、エドガーは跳んで躱す。だが、そこを狙ってザリアは自身の周囲に7本の雷柱を生み出し、周囲へと広がる渦のように放出する。

 オレは冷静に雷の柱の軌道を予測して回避するも、新攻撃に対応しきれずに聖剣騎士団の1人が盾でガードしてしまう。だが、継続する雷の柱は盾だけで防げるものではなく、大ダメージを受け、なおかつスタンしてしまう。

 まずい! カバーに入ろうとオレが駆けるより先に、ザリアがスタン状態の聖剣騎士団に跳びかかる。

 

「うぉおらぁあああああああ!」

 

 だが、それを雄叫びを挙げながら鎌モードのデス・アリゲーターを聖剣騎士団の頭上を跳び越えて現れたギンジが迎撃する。チェーンブレードの刃はザリアの脳天に振り下ろされ、雷の鎧で弾かれるも、奇跡と言うべきか、あるいはギンジの『仲間』の為の戦いが功を奏したと言うべきか、グッドタイミングで雷の鎧が剥げて拡散し、ザリアが怯む。

 

「た、助かった!」

 

「礼を言う暇があるなら攻めてくれよ! この武器、本当に火力が出ないんだ!」

 

 切実に……本当に切実にギンジは涙目で礼を言う聖剣騎士団に叫ぶ。おい、グリムロック。この戦いが終わったら『まとも』な武器をギンジ君に与えてやれ。

 

「弔い合戦だ! この黒い毛むくじゃらを倒すんだ! できるよな、【渡り鳥】!?」

 

「ギンジくんは暑苦しくて本当に困るざますわよ……当たり前の事言うんじゃねーよ」

 

 強気にオレに問うギンジは揺らいでいない。分かっているはずだ。このボス戦はまだまだ始まったばかりだ。これからザリアはどんどん能力を解放していくだろう。

 それでも負けない。誰も死なせない。このボスを討ち取る。その気概を……勝利への執念を、ギンジは確かに皆に拡散させた。

 

「おい、糞ボス。今日のオレは機嫌が悪いんだ。とりあえず生ゴミになっちまいな」

 

 チェーンモードはまだ温存するも、ここからは大ダメージで狙いだ。深淵殺しを抜き、両手持ちで振り下ろす。それをザリアはひらりと躱すも、即座に斬り上げ、突き、反動を利用した回し蹴りに繋げる。最後の回し蹴りはザリアの横腹を捉え、雷撃のカウンターダメージもなく、またザリアに軽減無しのダメージを与える。

 どうやら雷の鎧が剥げた状態では雷撃付与されないらしく、反撃のザリアの攻撃に眩い雷光は無い。明らかな弱体化だ。このタイミングにこそベヒモスにグレネードを撃ち込んでもらいたい。ベヒモスの射線に追い込むべく、オレは深淵殺しの重量を利用した、あえて自分の体を武器に振り回される事による歪な重心利用をした連続斬りを仕掛ける。

 明らかにザリアは深淵殺しの一撃から逃れようとする。反撃よりも回避を優先している。だが、その動きも本能が差し示す範疇から抜け出さない。連撃の最中にディレイをかけてザリアの回避を先走らせたところに、渾身の突きを穿つ。それは左腕に直撃し、ザリアの黒い体毛の向こうにある肉を貫き、赤黒い……いや、黒い光を散らせる。

 悪くないダメージだ。怯んだザリアが怒りを示すように叫ぶも、背後からエドガーが両刃剣による連続斬りを決めて注意を逸らす。怒りのままにザリアは腕を振るって背後のエドガーを殴りつけようとするも、既に1歩分だけ攻撃の間合い外に出ていたエドガーは『にっこり』と笑った。

 

「アンバサ」

 

 その呟きが何を意味するのかはオレには分からない。だが、エドガーは最高に気持ち良く、怒りのままに反撃したがら空きのザリアに重ショットガンを浴びせて大きな怯みを生む。そして、オレが追い詰め、エドガーが固めたのは、まさにベヒモスの射線上だ。

 

「これが『仲間』の連携だ、糞ボスが。生まれ直しやがれ」

 

 そうさ。オレはもう『独り』では戦わない。

 こんなのは個人技の繋ぎ合いだ。連携でも何でもない。オレとエドガーがした事は、傭兵同士の協働と同じ『独りと独り』による連携だ。互いを思いやるものでも、チームワークを重視した補い合う攻撃でもない。

 だが、そこに確かにベヒモスの『射線』という要素は存在した。それは確かな『仲間』を信じた攻撃だ。

 ザリアの目がベヒモスを捉える。その瞳が無い赤い目が見開かれていく。そして、ベヒモスは静かに、ニヒルに笑い、トリガーを引いた。

 爆発範囲から退避したオレを熱風が襲う。普段は気分が悪くなるような皮膚を焦がす感触もまた、今回ばかりは別格だ。

 6連グレネードの直撃を浴びたザリアの悲鳴が心地良い。さすがに今の攻撃が効果無しとはいかないはずだ。

 

 

 だが、ヤツメ様は踊る。青い雷光が爆風を吹き飛ばし、ザリアの健在を示す。

 

 

 一撃で殺しきれるとは思っていなかった。幾らHPが低いとはいえボスだ。当然だろう。

 だが、ザリアのHPバーは1本目が半分程度になっただけであり、6連グレネードによるダメージが全て注ぎ込まれたとは思えない。

 どうして? 理由を探るより先に、ザリアはその細かった肉体を隆々にさせていき、体格がより逞しくなる。山羊のように捻じれた角もより肥大化し、枝分かれした。黒い体毛は静電気を起こしているかのように雷光を弾かせている。雷撃は先程までの雷光の鎧に比べれば量こそ少ないが、雷光はより荒々しくなっている。

 瞬間、ザリアの姿が消える。それはかつてシャルルの森で出会ったレギオンが披露したような瞬間移動だ。雷光となってザリアは一瞬で距離を取っていたベヒモスの背後に移動し、先程までとは異なる多量の筋肉で膨れた右腕を振るう。

 炸裂する雷光がベヒモスの背中を抉ると共に弾ける。あまりの高威力で、6連グレネードという重石があるはずのベヒモスが吹き飛ばされて顔面から柱に叩き付けられる。それが逆に彼の命を繋げたように、続く連撃の間合いから抜け出していた。

 続いてザリアはその大口を開け、ブレスのように雷を吐き出す。それはオレを狙ったものであり、分厚い雷をサイドステップで躱すも、頭部を振って雷を薙ぎ払いに変化させる。

 ヤツメ様が手を引いてオレは開脚して最大限に背を低くして薙ぎ払う雷を躱すも、薙ぎ払いの射線上にいた聖剣騎士団2人はまたしても盾でガードしてしまう。

 そして、今のザリアはそれを見逃さない。雷光による瞬間移動は連用できずとも、驚異的な速度があるのだろう、ガードの衝撃と雷光によって目が眩み、ザリアの接近に反応できなかった1人がその右腕をザリアにつかまれる。

 

「ヒッ! たしゅけ――」

 

 舌が絡まった助けの声を求めたのは、他でもない先程ギンジが救った聖剣騎士団の1人だった。ギンジが即座に矢を放ち、オレがレーザーナイフを投げ、エドガーが灰の刃を射出する。それらは先程までと違い、ザリアに命中しても弾かれることはないが、防御力も強化されたのか、ダメージの通りは決して良くない。

 

「バルシャール殿!」

 

 エドガーが捕まった聖剣騎士団のメンバーの名前を呼ぶ。

 ああ、そんな名前だったのか。オレは今まで名前を知ろうともしなかった『仲間』の恐怖で染まり上がった表情を目にする。

 オレ達の攻撃に怯むことがなかったザリアはバルシャールを腕力のままに何度も床に叩き付け、そのまま彼を捕まえたまま跳び上がってオレ達から距離を取ると、見せ付けるように頭上に掲げ、その両腕で胴体を捩じっていく。

 

「ぐぎぃぁああああああアアアアあああアアああああ!?」

 

 耳をつんざくようなバルシャールの絶叫。雑巾のように捩じられていくバルシャールのアバターは……仮想世界に与えられた肉体は胴体で千切れ、そのままオレ達へと投げつけられた。

 

 

 

 

 あと8人♪ あと8人♪ 

 

 あと8人死ねば、いつもみたいに『わたしたち』だけ♪

 

 全てを糧に『わたしたち』は強くなる♪ 

 

 

 

 

 バルシャールの血飛沫を浴びながら、白い髪を赤く染めたヤツメ様が歌っている。その口元を大きく歪め、笑っている。

 歯を食いしばり、誘惑を振り払う。深淵殺しで、こちらまで舞ってきたバルシャールの死んだ証である赤黒い光を払い除ける。

 彼の恐怖に歪んだ顔を見て……悦んだ自分がいた。分かっているさ。ああ、分かっているさ! オレは茅場の後継者を否定する資格なんかない破綻者だ! それがどうした!? オレは『人』だ!

 まだ導きは見失っていない。赤紫の月光も、黄金の蝶の燐光も、瞼を閉ざせば確かに見える。

 

「エドガー、跳び込むぞ! ギンジ、サポートを頼む! ヘイトを稼ぎ過ぎるなよ!」

 

「それは無理な注文だ!」

 

 だろうな! だが、それで良い! ギンジは怒りで眉間に皴を寄せ、デス・アリゲーターを片手剣モードにして突進する。だが、それは馬鹿正直の直線ではない。そう、彼は分かっている。今のザリアは先程までの軽い連撃から重たい1発に切り替わっている。つまり、初撃さえ躱せばカウンターは入れやすい!

 爪ではなく、右拳で殴り掛かるザリアに、ギンジは片手剣の振り下ろしを重ねる。拳に命中したデス・アリゲーターは切れ味の関係か、肉を裂けなかったが、カウンターヒットを与える。だが、続く左拳にギンジは反応し切れていない。

 させるものか。深淵殺しを盾のように構えて間に入り、ザリアの左拳をガードする。雷撃を纏ったパンチは重く、またダメージが貫通してオレのHPを削りながら押し込むも、吹き飛ばされないようにギンジがオレの背中を支える。

 その間にエドガーが灰の刃でザリアを突き刺しながら、右手で両刃剣を振るう。光属性は通りが良いのか、ザリアになかなかのダメージを与えるも、やはり両刃剣は連撃でこそ効果を発揮する。先程のように攻撃を弾かなくなったが、怯み辛くなったらしいザリアは両刃剣を浴びても意に介さない。

 そこにグランウィルがハンドガンから両手剣に切り替え、≪両手剣≫の突進系ソードスキルであるアイゼンスピアを発動させる。衝撃波を生みながらの突進突きはザリアの真横からの奇襲に成功し、銀の剣はザリアに高いダメージを与えているらしく、大幅にHPを削る。

 そこで畳みかける時間もなく、ザリアは雷のフォースを使用する。ギンジをラリアット気味で退避させながら雷光のフォースを躱そうとするも、背中を雷撃で焼かれる痛みが貫き、意識が明滅する。あの一瞬、ヤツメ様がより深く退避の踏み込みをさせてくれなければ、オレは先程までよりも遥かに範囲が拡大した雷のフォースに完全に呑まれていただろう。

 

<【聖遺物探索】のグランウィルが消滅しました>

 

 だが、ソードスキル硬直中に至近距離で直撃を浴びたグランウィルは耐えきれなくなったらしく、片膝をつきながら肉体を構成する白い光を拡散させながら消えていく。あの場面での的確な突進系ソードスキルのダメージを考えれば、お釣りが出る程の働きをしてくれたが、それでも頭数が減るのはターゲットが分散しなくなるので痛手だ。

 6連グレネードを軽減させたのは、あの強化された雷のフォースか。恐らく初弾が命中した時点で能力が開放され、強化された雷のフォースを使ったのだろう。

 そこで再び、オレ達を太陽と光の恵みが包む。いつの間にか切れていたオートヒーリングが再発動するも、それ以前に太陽と光の実りを使用していたヒーラーはもう魔力も切れる寸前のはずだ。

 オレ達に回復を施したヒーラーは……何故か悲しそうに、だが、何かを託すように……彼女は笑っていた。

 それの意味をオレが理解したのは、ヤツメ様の囁きを聞いてからだった。

 

 

 

 あと7人♪ あと7人♪

 

 

 

 ぐちゃり、と肉袋が弾ける音がした。

 雷光となって瞬間移動したザリアの太い拳が背後より彼女の後頭部に命中し、そのまま床とサンドイッチにして潰す。ヒーラーとしてMYSとPOWに振っていただろう彼女は、高威力のそれに耐えれるはずもなく、執拗に体を潰すザリアの拳を受けてミンチにされる中で赤黒い光となるも、それすらも雷光によって掻き消されていった。

 分かっていたのだ。あのタイミングで、次に狙われるのは自分なのだ。だから託したのだ。せめて、このボスを倒せる一助を……自分が『仲間』の勝利に貢献して死ねると思いたかったのだ。

 だが、その死は恐怖を蔓延させる。恐怖は感染する。ヒーラーの死に……仲間の死に耐えきれなくなったらしいビヤンテが恐慌のままに、あるいは1歩遅れてヒーラーを助けようとしたかのように、ソードスキルを発動させてザリアに迫る。だが、そこには先程までの優れたソードスキル1発屋とは思えない、杜撰な攻めだった。

 ソードスキルの初動を完全に見切られ、ビヤンテの顎にカウンターのアッパーが突き刺さり、そのままザリアの尾が……その頭蓋骨が宙を浮いたビヤンテの脇腹に喰らいつく。

 ビヤンテを咥えたまま頭蓋骨が黒いレーザーを解き放ち、彼の胴体が消し飛んだ。千切れた下半身を呆然と見ながらビヤンテは落下し、涙を浮かべて床を這って逃げようとするも、ザリアはその背中を踏み潰した。

 

 

 

 あと6人♪ あと6人♪

 

 

 

 ザリアの1本目のHPバーは残り1割ほどだ。やはりグランウィルのソードスキルによる突貫は無駄ではなかった。だが、まだ1本目すら削り切れていないというのに、3人も死んだ。

 強い。認めよう。確かな『命』が宿ったザリアの目にあるのは……殺しへの快楽とオレ達への怒りだ。だが、その怒りは這う虫が自分に噛みついたかのような、下等生物を睨むそれだ。

 血が滾る。本能とは違う何かが疼いた気がした。だが、それを無視してオレは深呼吸を挟む。

 

「ヤツのは重いが、単発重視だ。いけるな?」

 

「無論です。ですが、ショットガンも残り1発。ベヒモスさんも無事に復帰したようですが……」

 

 エドガーが言わんとする事は分かる。この勝負の切り札はベヒモスだ。だからこそ、彼は部下である太陽の狩猟団の2名が戦死しても、感情に駆られるままに突進することなく、唇を噛んで耐えながら6連グレネードキャノンを構えている。

 だが、問題はザリアをどうやって射線まで誘導するかだ。もう、ザリアは先程のように怒りに駆られて警戒を疎かにするような事は無い。どういう訳か、コイツの『命』が熟成されていっている。まるで、生まれたての赤子が……急速に成長していっているかのように。

 そういう事か。まるで卵から孵化するような存在なのだ。今まで自我と意識を得て『命』あるAIに変化したヤツらとは、根本的に違う。恐らく、オペレーション自体が組み込まれておらず、最低限の基礎戦闘プログラムだけが導入された『赤子』のような存在。それが『命』を持ち、外敵を意識する事で学習し、『外敵を倒すべく成長する』事を目的とした設計なのだ。

 無垢で、感情的で、暴走する。それを補助器のような、『命』あるAIが観測した情報を基に機械的にオペレーションを組む『命』無いAIが組み込まれている。そんなところだろう。

 奇術の種は見えた。これがコイツの『命』が曖昧に見えた理由か。つまり、コイツ自身は馬鹿みたいに暴れ回る赤子であり、それを補助する何処までも冷徹で機械的なAIがザリアを支えている。

 

「題してストレス蓄積作戦。とにかく挑発しまくるぞ」

 

 だったら、ザリアの主導権を『命』ある方に握らせるだけだ。言うなれば外付けの学習装置があるようなものだ。感情過多でオペレーションを無視させるようにすれば、必然とコイツの動きは雑になり、隙が大きくなるはずだ。だが、感情があるからこその爆発力もまた侮れない。

 深淵殺しを背負い、右手にスパークブレードを握る。雷属性が通るのは絶望的だろうが、それでも幾分か小回りが利くスパークブレードの方がこの場面では光る。ザリアが両手を組んで跳躍し、拳をハンマーのように振り下ろす。オレとエドガーは左右に分かれて避けるも、拳のハンマーは床に接触すると雷光を撒き散らす。紙一重で避ければ追撃の拡散する雷撃を浴びていただろう。

 ザリアの攻撃は見た目よりも大きく避けなければ、雷撃の追加攻撃に引っ掛かってしまう。それ自体は本能の読みの中にあるが、ザリアの攻撃は極めてアグレッシブであるので油断は出来ない。

 ひたすらに攻撃的であるが、深淵の魔物には及ばない。ヤツは豊富な攻撃手段を活かす、怪物に堕ちても魅せる戦技の数々があった。対してザリアは強大な能力こそ持っているが、そこには奥深さが無い。

 だからこそ、ダムが決壊したような濁流の如き暴力で押し潰しにかかる。実に野獣染みている。

 心躍る自分が抑えられない。深淵の魔物が芸術品のように仕立てられた三ツ星レストランのシェフが作った渾身のメインディッシュならば、ザリアはひたすらに分厚く肉汁溢れたステーキのようだ。

 体を捩じって大振りの右ストレートを掻い潜り、オレはザリアの脇に深くスパークブレードの刃を立てる。肉を抉っていく感触を楽しみながら、そのままザリアの背後に回り込んで雷のフォースを誘発させようとするも、ザリアはこちらの狙いを察したように、執拗に腕を振り回し、尾の先端の頭蓋骨で噛みつこうとする。

 貴様の弱点は見えた。雷のフォースの後は必ず動作が1度停止する。そこにエドガーがショットガンを至近距離で撃ち込んで怯ませる。そこにゆっくりと、だが着実に射線を動かすように歩むベヒモスが6連グレネードを撃ち込む段取りだ。

 なかなか誘いに乗らないザリアだが、そうしている間にもギンジの的確な射撃がジリジリとHPを削っている。そして、オマエの攻撃はオレに当たらない。その不満の矛先が向かう先はヤツメ様の導きの中だ。

 来た。雷光となり、瞬間移動したザリアが狙ったのは、先程から小さなダメージを重ねているギンジの背後だ。

 だが、そこには既に雷光化した瞬間にオレが投げたレーザーナイフとエドガーの灰の刃が殺到している。宙でギンジの側頭部を拳でぶち抜こうとしていたザリアだが、頭部と目に殺到した攻撃が顔面を埋め尽くし、ギンジへの奇襲は不発で終わる。

 

「雷光化後は背後への奇襲。パターン化した時点で効果はねーよ」

 

 その攻撃でこちらは2人も『仲間』を死なせたのだ。本能による先読み以前の問題だ。まぁ、誰を狙うかは発動するまで分からない以上は単純に背後への奇襲が最も有効的なのは認めるがな。だが、その肝は既にヤツメ様に『喰われた』ぞ? エドガーはオレの動きを注視している。オレが反応を示せば意図を察して最速最短で行動する。

 床に落下したザリアはすぐに立ち上がりながら、退避したギンジを追うように雷光を迸らせる。それは雷柱となって次々と降り注いでくるが、ギンジは背中を向けた逃走からくるりと反転し、逆にステップで引きつけた雷の柱を躱しながら矢を放つ。それはレーザーナイフと灰の刃を受け続けたザリアの眉間に命中させ、スタン状態にさせた。

 

「おぉおおおおおお!」

 

 最後の聖剣騎士団の生き残りがそこに跳び込み、盾を捨てて右手の≪片手剣≫の連撃系ソードスキルであるバーチカル・スクエアを叩き込む。更にギンジが≪弓矢≫の単発系ソードスキル【インフェルノ・ハーツ】を放つ。長い溜め時間がある≪弓矢≫のソードスキルでも最大級の火力を持つソードスキルは心臓へのクリティカルダメージを大幅に引き上げる隠し補正がある。寸分狂わずにザリアの心臓は射抜かれる。

 オレやエドガーも何かを仕掛けたいが、オレはスタミナが危険域であるし、エドガーは刃毀れが目立ち始めた両刃剣に修理の光粉を使用して耐久度の回復に時間を使った。欲張らないのが1番だ。まぁ、最も有効だったのはスタン中にベヒモスがグレネードをぶち込むことだが、さすがに短時間ではザリアを射線に入れて狙いをつけることはできなかった。

 スタンは数秒程度だ。ギンジは長いソードスキルの硬直時間で浪費する。あとは聖剣騎士団の生き残りが退避すれば――

 

「もう1発!」

 

 だが、彼は退かない。本来ならば退避すべきタイミングで、ソードスキルの硬直終了直後にすぐに2本目が5割ほどまで減らす大ダメージを受けたザリアへと≪格闘≫の連撃系ソードスキル【瞬天】を発動させる。右蹴りから続く回し蹴り、そこで宙へと跳んでの更に追撃の右蹴りという華麗なソードスキルは、雷光をより大きくさせたザリアの出鼻を挫くように、毛むくじゃらの頬を打ち抜いた。

 ダメージを大きく稼いだが、それでも欲張り過ぎだ。彼の援護に向かおうとしたオレ達を阻むように、ザリアより青い閃光が解き放たれる。それは全身を貫く雷の風となり、灰まで焼き尽くすような熱をオレに浴びせる。

 ダメージは……無い、か。何とか立っていられたオレだが、HPバーの下に新たなに追加されたアイコンによってデバフ【感電】状態になったのだと気付く。感電はスタン耐性が下がるという凶悪なデバフである。ただでさえパワー攻撃が目立つザリアの連撃につかまれば、逃げ出す暇も無くスタンにさせられて致命的なダメージを負わされることになってしまう。

 しかもレベル3、最大クラスの感電状態だ。オレの場合など、もはやスタン耐性は底値に達したと見るべきだろう。鎧装備の聖剣騎士団の生き残りでも、どれだけの連撃に耐えられるか分からない。

 掠っただけでシステム的にアバターが強制停止させられる。それは確かな恐怖となって接近戦の枷となるだろう。

 知った事か。すぐに割り切る。どうせオレの場合は当たれば死ぬ紙装甲なのだ。今までとやる事は変わらない。躊躇わずに聖剣騎士団の生き残りに襲い掛かるザリアへとオレは一直線に向かう。

 だが、ザリアは巨大な雷球を作ると鎖のように自らの右手と雷で結び、ミョルニルのようにオレへと振り落とす。オレが回避を余儀なくされた内に、逃げ出そうとする聖剣騎士団の背中へとザリアは左手の爪で抉り、更にそこから雷球と繋ぐ雷を迸らせた右手拳を打ち込む。

 スタン状態になった聖剣騎士団の生き残りが硬直した。それを待っていたと言わんばかりに、ザリアはギンジの矢とエドガーの灰の刃を受けながらも聖剣騎士団の頭部へと大顎を開けて喰らいつく。

 

「ひぎぃ……」

 

 そんな叫び声が漏れ、頭に牙を突き立てられ、目玉から上を綺麗に抉り取られた聖剣騎士団の生き残りが膝をつき、傷口から赤黒い光を噴き出しながら、破裂した。

 

 

 

 あと5人♪ あと5人♪

 

 

 

 ご機嫌そうにヤツメ様が踊っている。口から抉った肉片を零しながら、ザリアは青い雷光を放出する。新たに中・遠距離まで到達する永続化された雷球を武器に、ザリアは残りHP3割ほどでありながらも、まるで戦意を衰えさせない。

 残るはエドガー、ギンジ、グリムロック、ベヒモス、そしてグリセルダさんだけだ。

 

「押し切るぞ」

 

 まだベヒモスという切り札が残っている。残りHPは3割ほどだ。6連グレネードを命中させれば剥ぎ取れる。呼吸を1つ挟んで、オレはスパークブレードを逆手に、一撃死の世界へと舞い込む。

 攻撃を掠ることも許されない。ザリアは更に攻撃範囲が拡大した雷撃を纏った格闘攻撃を仕掛けてくる。しかも、無理に距離を取ろうとすれば雷球が、張り付き過ぎれば雷のフォースが猛威となる。それだけではない。更に強くなった雷光はギンジが放つ矢を命中前に弾いている。どうやら射撃攻撃に対して高い防御手段を確立したようだ。雷光の強弱を見抜かなければ、余程の大火力ではない限り、射撃攻撃は命中しない。

 しかも先程までの単発重視から連撃重視に再び切り替わっている。しかもパワーは単発重視形態のままだ。床や柱に接触する度に雷撃の爆発が起き、ダメージは無いエフェクトの名残の電撃がオレの頬を撫でる。

 ぞくぞくする。恐怖ではなく、戦いの中の悦楽がオレの唇の端を吊り上げていく。エドガーはオレが攻撃を仕掛けている間に灰の刃を撃ち込み続けているが、これらも雷光防御によって大半がヒットしない。そして、魔力切れになったのか、灰の刃による射撃支援から両刃剣による接近戦へとエドガーは切り替える。

 踏み込んでの両刃剣による斬り上げと雷撃を潜り抜けたオレのスパークブレードの振り下ろし。挟み撃ちになったザリアであるが、その太い腕を掲げ、オレ達の刃を真っ向から受け止める。こちらの攻撃は分厚い肉が盾と機能するようになったと言わんばかりにまるで通じていない。

 逆にパワーで押し返され、オレは柱に叩き付けられる。一瞬スタンするかと思ったが、感電は既に消失していた。凶悪なデバフだけに、熱傷や凍傷よりも自然回復が早いのは唯一の救いだ。それでも、吹き飛ばされるギリギリまでは感電アイコンが点滅していた。

 生きるか死ぬかの攻防。やはり甘美で愉悦に溢れている。両腕に雷光を纏わせ、瞬間移動したザリアがオレの背後に回る。柱を足場に、更に踏み込みで速度を上げた奇襲に、オレはスパークブレードを重ねる。

 突き出された右手の爪が頭部の数ミリ横を通り抜け、逆にオレのザリアの喉から腹までを薙ぐカウンター斬りは決まるも、僅かに怯むのみで着地したザリアは反転しながら、同じく反転しながら繰り出したオレの斬撃を盾と同質になった腕で受け止める。

 瞬間、オレはスパークブレードを手放してバックステップを踏み、刹那の遅れで放たれた雷のフォースから逃れる。攻撃をガードしてこちらを無理矢理止めたところに雷のフォースとは、随分と戦術も洗練されてきた。捨てたスパークブレードは雷のフォースの直撃を受けて大幅に破損している。まだ形を成しているが、元よりサブウェポンであり、雷属性が通らないザリアには有効な武器ではないので未練はない。

 重たい深淵殺しに切り替えるしかないな。しばらくオレに休憩を与えるように、エドガーが今度はザリアに張り付く。

 あと数分と戦えるかどうかだな。スタミナ危険域アイコンは激しく点滅して自己主張している。ここで押し切れなければ、スタミナ切れの状態で戦い続けねばならなくなる。

 どうしたものか。オレは無駄と分かっていても矢を放ち続けるギンジ、そして射線を維持したままここぞというタイミングを待つベヒモスを見て、このままでは永遠にチャンスは巡って来ないと拳を握る。

 深淵殺しを抜かず、オレは無手のまま、回避しながらも両刃剣を当て続けるエドガーと切り替わる様に跳び込む。彼の光属性が付与された武器はザリアに効果的であり、HPはジリジリとだが、着実に減っている。

 6連グレネードを当てれば殺せる。ならば、その一瞬を強引にでも生み出す。武器を持たずに間合いに入り込んだオレに、ザリアは雷の槍を次々と浴びせるも、前傾姿勢になって加速してそれらを突破し、逆にザリアの脇腹に左拳を打ち込む。針帯で覆われた左手から鈍っていた痛覚が蘇って脳を突き刺すも、それらをバネにして、更に右拳をザリアの腹に打ち込む。

 エドガーがオレの意図を察して撤退する。1対1になった瞬間に、オレは両腕をだらんと下げてザリアの前で揺れる。

 ザリア。オマエの攻撃は何処までも野性的であり、暴力的であり、性能によるゴリ押しだ。

 飛んできたのは右ストレート。こちらのガードを許さぬ破壊の鉄拳。オレはそれを頭を振って回避し、逆に両腕でその黒い体毛に覆われた太い腕を絡め取る。

 人間に近しい骨格が仇になったな。オレはSTR出力を全開にして、絡め取った腕を使ってザリアを無理矢理背負い投げにして投げ飛ばす。それは決して飛距離は短くない。ザリアもすぐに宙で体勢を整える。

 だが、まさかの背負い投げによって混乱したザリアが宙で撃ち込まれたのは、エドガーの最後の1発のショットガンだ。どれだけ雷光のガードがあろうとも、拡散する弾丸であるショットガンの全てを防ぎきれず、ザリアは僅かにだが怯む。

 そして、刹那がザリアからベヒモスの意識を削いだ。これまで警戒していた彼が、オレ達の攻撃の意図を察して、鈍重な体を極限まで酷使して投げ飛ばされたザリアへと突進している事に気づくのが遅れた。

 

「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 雄叫びを上げ、ベヒモスは槍のように突き出した6連グレネードの砲門でザリアの胸を打ちのめす。ほとんど歩いているに近しかったはずの彼は半ば倒れ込むようにしてザリアへの突進に成功し、重々しい砲身でザリアを転倒させると、その胸に自らの爆風に呑まれる事も厭わずに6連グレネードを放った。

 巨大な爆風がベヒモスとザリアを呑み込む。熱風の果てに残っていたのは、HPが残り2割ほどのベヒモス、そして燃え上がるザリアの姿だった。そして、ザリアのHPは完全にゼロである。

 無茶するな、とは言わない。ベヒモスならば、ザリアを倒す為に突撃するだろう事は分かっていた。その為にオレも背負い投げなんて真似をしたのだ。

 

「今度こそ、私達の……勝ちだ」

 

 残弾ゼロの6連グレネードを手放し、ベヒモスは深緑霊水を勝利の祝いのように一気飲みして、息を吐く。ギンジも再び膝を折ってその場に倒れそうになる。

 

 

 

 あと4人♪ あと4人♪

 

 

 

 だが、ヤツメ様の鼻歌は消えない。

 燃え上がるザリアから腕が伸び、ベヒモスの右腕をつかむ。そして、瞬く間に彼を攫い、天井に張り付いた『何か』はぬるぬるとした太く長い舌から黒い泥を唾液のように滴らせる。

 

「しまっ――」

 

 油断大敵。相手はボスなのだ。最後の切り札を持っていて当然だ。事実として、オレもエドガーも気を抜いてなどいなかった。ならば、ベヒモスに不足していたのは何だろうか?

 燃え上がるザリアの遺体。そこから這い出たのは、体毛と皮膚を捨て、ピンク色の筋肉を露出し、びっしりと頭部に赤い目玉を張りつけ、唇も無い口と鋭い牙を並べ、更に全ての肋骨が開いて内部を露出させ、心臓と同化した青く光る宝石と指輪のようなものを輝かせた、ザリアの『中身』だ。

 それは何処か獣的な外観を持っていたザリアの正体を明かすような、何処までも異形でありながら、何処までも人間的な姿をした存在。

 オレはベヒモスに手を伸ばす。天井に張り付いたザリアは暴れるベヒモスの首を舌で絞めて宙吊りにすると、両腕を彼の胸に突っ込む。

 

「ぐごぉおおおおおおおお!?」

 

 突っ込まれた手は、ベヒモスの胸をゆっくりと開いていく。肉が千切れる心地良い音と共に赤黒い光が零れ落ち、ベヒモスの胸が縦に割れていく。更にザリアはベヒモスの後頭部に噛みつくと、その中身を貪り、ぐちゃぐちゃと咀嚼音を響かせる。

 

「ぐぎぃ……うぎぁ……あじゃぁらぁあはははアアハハアハハハハハ!?」

 

 痛みは無くとも、頭を……脳を生きたまま貪られるダメージフィードバッグに、ベヒモスは白い泡を吹き、目玉が飛び出す程に見開き、やがて壊れたように笑い出す。そして、引き裂かれた胸の傷口は右肩まで伸び、割れた彼の体が落下する。

 

「ベヒモス……さ、ん」

 

 床にだらんと四肢を広げたベヒモスが……彼の屍が……赤黒い光となって砕けた。

 ギンジが信じられないようにベヒモスの名前を呼ぶ。硬直した彼を逃がす為に、オレはその首根っこをつかんで天井から降下してきたザリアから引き離す。

 ザリアが新たに得たのはHPバー1本だけだ。最初の形態のように体は細く、露出したブヨブヨとした筋肉と開いた肋骨、赤い目玉だらけの頭部など外観はグロテスクであるが、攻撃手段と呼べるようなものは舌だけだ。

 そう思っていたオレは、すぐに間違いを思い知る。ザリアは自らの胸に指を突っ込み、心臓と1つになった指輪を引っ張り出すと、自らの指にはめる。すると、青い雷撃が集まって巨大な鈍器のような斧となり、ザリアの得物となった。

 あの指輪は何だ? そんな疑問が芽生えるが、捨てる。ザリアが跳びかかり、オレ達に雷の斧を振り下ろす。床にめり込む雷の斧は一撃一撃が大振りであるが、振り回される度に雷撃を撒き散らして反撃する隙を潰している。

 深淵殺しを抜き、雷の斧を躱しながら、何とか懐に跳び込もうとするが、独立した動きをする舌が迎撃し、またザリアの周囲には常に雷球が生み出されて接近戦を仕掛けるだけの隙間が無い。

 スタミナ切れ間近のオレに、後は何ができる? ベヒモスという切り札も無いならば、深淵殺しのチェーンモードの1発にかけるか?

 ああ、そうだな。それが1番オレらしい戦い方だ。だが、オレのスタミナ量では1秒起動できるかどうかだ。それでザリアを殺しきれる保証はない。

 

「分かっている。分かっているさ」

 

 ベヒモスという切り札を失った以上は、もはや残されたカードは1枚しかない。

 だからオレは待ち続ける。ザリアが決して気づいていない、最強の切り札が届く瞬間を……この戦いに見出そうとした意義を、数多の屍の先で証明する為に。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 もはや全滅間近であり、ベヒモスまで死んだ。ボス部屋の隅で、我を失ったグリセルダを按じながら、ザリアとの戦いを見守っていたグリムロックは唇を噛む。

 今度こそ最終形態に移行しただろうザリアは、跳ねまわりながら雷の斧を振り回し、雷球と雷の槍を雨のように降り注がせている。それを掻い潜りながら、クゥリとエドガーが反撃しようとするが、それを阻害するように雷の斧の攻撃モーションに付随する雷撃、秒単位で複数生産される雷球が邪魔して間合いに入り込めない。

 ベヒモスの死にショックを受けていたらしいギンジも、歯を食いしばって泣き叫ぶのを堪えながら、自分にできる唯一の援護だと言うように、矢を雷球に撃ち込んで起爆させて数を減らす事に専念している。

 反則的なまでに攻撃を当てる隙間が無いザリアの攻略法はただ1つ、どう見てもスピード重視になったザリアに重い一撃を入れて怯ませ、そこに最大火力を叩き込む事だ。もはや弱点を露出したとも言える状態の今のザリアに防御力があるとは思えない。高火力でならば、必ず押し切れるはずだ。

 

「ふふ……ふふふ……みん、な……死んでしまったわ。みんな……なん、の……為に……」

 

 ブツブツと呟きながら、感情が死んだ眼をしたグリセルダに、グリムロックは静かに拳を握る。

 グリセルダが戦線に加わっていれば、彼女程に優れたプレイヤーならば、必ず勝利に貢献できたはずだ。だが、だからと言って苦楽を共にした仲間の全てを失った、リーダーとしての責任の重みに潰され、そしてザリアという絶望を前にしたグリセルダの心は限界を迎えて、壊れる前に閉じこもる事を決めた。

 それを逃亡だとグリムロックは罵倒しない。むしろ当然の反応だ。グリムロックならば、そんな防衛反応を示す以前に精神が崩壊していただろう。

 シュミットが死んだ時点で、どれだけ強気に振る舞っていても、グリセルダの心が臨界点に達していた。ただボスを倒すという目標だけが、彼女を支えていた。しかし、それすらも醜悪な罠にかかる哀れな愚行に過ぎなかった。

 

「ユウコ……いや、グリセルダ。聞いてくれ」

 

 だから、グリムロックは膝を抱えて虚ろな眼をしたグリセルダと視線を合わせるように屈んで、微笑む。

 

「私はキミのように強くなかった。強くなれなかった」

 

 妻殺し。それは決して許されざる罪であり、グリムロックを死んだはずのグリセルダと再会させてくれるという、奇跡をもたらす断罪の旅への導きでもあった。

 

「私はキミに何を求めていたのだろうね。どうして、私達は夫婦になったのだろうね。キミの夫に相応しい男ではなかった私が……どうしてキミと結ばれたんだろうね」

 

 グリセルダの頬を撫で、流れる涙を拭ったグリムロックは立ち上がると、彼女に背を向けて強化警棒を振るう。

 一瞬の隙。それさえあれば、必ずクゥリはザリアに斬り込める。そして、その為に必要なものは分かっている。

 

「あな……た……」

 

「クゥリ君はキミを待っている。グリセルダ、私はキミの夫に相応しい男ではなかったけど、カッコイイところの1つくらいは男の意地で見せるさ」

 

 ああ、思い出した。

 大学で生真面目に、面白みがない程に勉学に励み、エリートの道をひたすら誰に言われるでもなく進むべく、友達も作らずに孤立していた日々。充実感とは無縁だったあの頃に、図書館に籠っていた自分に話しかけてくれたのがユウコだった。

 

『いつも難しい本ばかり読んでますね』

 

 ぎこちなく、でも頬を僅かに朱に染めた彼女の意図を察せられない鈍い男だった。

 ユウコは、グリセルダは、SAOに囚われる前から強かったのだ。それを見抜けなかった自分が、勝手に彼女がデスゲームの中で開花したと思い込んで、嫉妬して、『本当』の彼女を残す為に殺すなんていう愚かな真似をして、最も愛しい人を失ってしまった。

 断罪は……もはや要らない。自分の罪には自分で決着をつける。グリムロックは強化警棒を睨み、そして小さく嗤った。

 あれだけ好奇心のままに武器を作り続けたというのに、ギンジには可哀想なまでに扱い辛い武器を仕立てたというのに、自分の得物の何たるお粗末な事か。

 

(これこそが私の本質なのかもしれないな)

 

 何処までも退屈で味気の無い男。それがグリムロックという人間なのかもしれない。彼は寂しさと共に強化警棒を両手で握りしめてザリアが暴れ回る戦場へと1歩進む。

 

「ま……って……いかない、で……」

 

 だが、彼のコートの裾をグリセルダがつかむ。まるで子どもが出勤前の父親に縋りつくように、グリセルダは、微かに感情を取り戻した、涙で濡れた瞳をグリムロックに向けている。

 

「行くよ。見ていてくれ。私の……私の生涯最初で最後の……主役の時間をね」

 

 たとえ、それが喜劇でも悲劇でも構わない。

 今はそれを成す勇気を。グリムロックはグリセルダの手を振り払い、雷光が迸る死地へと駆けた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 ザリア自体の攻撃は隙だらけの大振りばかりだ。だが、付随する雷撃と雷球が攻撃を差し込む為の間合いに入らせてくれない。

 この場にシノンがいたならば、彼女の高精度狙撃によって、雷撃の合間を縫ってザリアにヘッドショットを決められるのだろうが、ギンジはそこまでの腕など無いし、そうでなくともこの場の全員がもはや射撃攻撃が枯渇する寸前だ。ギンジも矢の本数に底が見えてきた頃である。

 だが、必ず扉はこじ開けられるはずだ。一瞬で構わない。スタンなんて過ぎたものはいらない。攻撃を1テンポ途切れさせるだけの怯みを生む重い一撃を浴びせることさえできれば良い!

 スタミナ切れまで残り数十秒とないだろう。これまでの経験から感覚で分かる。だが、もしもスタミナ切れになったとしても、オレは戦える。戦い続けられる。必ずザリアを殺す。そうでなければ、ここまで死んでいった『仲間』達は犬死だ。

 

「グリムロック殿!?」

 

 だが、オレの意識をエドガーの声が金槌で叩いたかのように揺らし、雷光が弾けるザリアの領域へと踏み込むグリムロックを視界に映す。

 

「馬鹿が! オマエの出る幕じゃ――」

 

 下がれ。そう伝えたいのに、オレは言葉を呑み込む。グリムロックの微笑みを見て、悟る。

 

「駄目だ……止めろ……止めてくれ……それだけは駄目だ」

 

 ああ、分かっている。方法はそれしかない。ザリアに攻撃を当てるには、誰かが覚悟を決めなければならない。まるで避雷針のように、人柱にならなければならない。

 だが、オマエだけは駄目だ。何の為にここまで来たんだ? グリセルダさんに罰せられるためだろう。まだ判決は下りていないはずだ。ならば、オマエは咎人として、いかなる罰だとしても甘んじて受けねばならない義務がある。それが罪人に課されられた……オマエ自身が選んだ道なのだろう!?

 オレの真似をするように、焼夷手榴弾を投げて雷球を起爆させ、爆発の中を跳び込んだグリムロックは、ザリアの真横から強襲をかける。≪戦槌≫の単発系ソードスキルにして基本技であるインパクトスマッシュを発動させる。これまで敵としてカウントすらしていなかった外野の、突如として参入にザリアの反応が僅かに遅れ、雷の斧による迎撃が間に合わず、その顎にソードスキルが打ち込まれる。

 確かに作り出された隙。グリムロックがこじ開けた勝利の扉。だが、その代償のように、雷球は自動防御のように雷の槍を生み出していく。そして、もはやグリムロックに逃げ場も無く、またソードスキルの硬直で動けない彼は元より躱す気もない。

 

 

 

 あと3人♪ あと3人♪

 

 

 

 

 ……ふざけるな。

 

 オレは認めない。

 

 ずっと欲しかったんだ。もう『独り』で戦う必要はないって証明が欲しかったんだ。こんなオレでも『仲間』を守るために、誰かと一緒になって戦って良いんだって、そんな願いを求めたかったんだ。

 

 たくさん死んでしまった。誰も死なせないと誓ったのに、オレの本能は彼らの死を欲していた。

 

 それでも、それでも……ヤツメ様! どうかオレに力を! グリムロックの断罪、その先にある彼の旅路が生む結果を見届ける為の力を!

 

 チェーンモード発動。全スタミナ消費。スタミナ切れからの運動アルゴリズムの乱れを認識し、脳の奥底……深淵のような深い穴に堕ちていくイメージの中で、オレは致命的な精神負荷を受け入れる。ヤツメ様と1つに溶けていく。

 

 

 意識が、世界が、魂が灼けた。だが、『グリムロックを救う』という『理由』は確かな導きとなり、流星となって瞬いた。

 

 

 DEXを出力最大にして、スタミナが『1』回復した瞬間にラビットダッシュを発動させて高加速を得ると雷の槍に囲まれたグリムロックの元に到達してその背中を蹴り飛ばす。彼は顔面から柱に叩き付けられてHPを失うも生命は健在だ。だが、彼の代わりに雷の槍の檻に囲まれる。

 雷の槍の軌道は全て見えている。跳んで体を宙で横に回転させ、深淵殺しで床を斬って宙で軌道変更し、檻が完全な囲いになるより先に脱出する。そして、その向こう側では待ち構えていたザリアが雷の斧を振り上げている。

 

 しかし、ザリアの胸から2本の銀の刃が突き出す。グリムロックが作った隙を逃さず、ザリアの背後に回ったエドガーが分離した両刃剣で刺し貫く。

 

 続いたギンジがザリアの横腹に片手剣を突き刺し、そこから変形させながらチェーンモードを発動させ、鎌に変じさせたデス・アリゲーターで深く薙ぎ払う。

 

 黒い泥を吐き散らすザリアの腹を両断する勢いで、オレは深淵殺しを振るい抜く。

 

 だが、届かない。ザリアのHPは残り3割となり、今以って健在。ザリアは反撃のように全身から雷光を発するも、頭部を覆い尽くす赤い目玉の全てが、訪れた『死』に恐怖を映す。

 致命的な精神負荷の受容を停止し、それでも最高の瞬間を見逃さない為に、オレは震える足で立ち続ける。

 

「これが『オレ達』の切り札だ」

 

 ベヒモス、見ているか? オレは……オレは『独り』で戦わなかったよ。ちゃんと『仲間』と一緒に戦い抜いたよ。

 ザリアの正面へと跳び込んだのは、グリムロックに続くザリアの意識から除外されていた、オレ達の切り札。この戦いの全てを決める司令官であり、DBO屈指の最高火力武器ジャンル≪ヒートパイル≫を所有するグリセルダさんだ。

 

「…………死ね、バケモノ!」

 

 涙を振り払うことなく、怒りのままに、悲しみのままに、グリセルダさんはザリアの心臓に押し付けたヒートパイルのトリガーを引く。それは赤熱の杭となってザリアの胸部を穿った。それは、まるで最初に脱出組達の胸を貫いた時の光景の再現のように、黒い光がザリアの胸に開いた大穴から散っていく。

 

 

 

 そして、今度こそ、ザリアは黒い光となって弾け飛び……オレ達の前に無機質なリザルト画面が表示された。




ザリア戦、終了。


それでは、209話でまた会いましょう。

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