SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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ロスリックに旅立って1週間……筆者は満足しています。
ネタバレは絶対禁止なので半年は中身を語るのも含めて我慢ですが、あれとかこれとか本作に投入したい要素が盛りだくさんでした。

ありがとう、フロム。ソウルシリーズにはまだサヨナラを言いません。DLCが必ず出るはずですから。


Episode16-33 約束と履行

 一方的とはまさにこの事を言うのだろう。両腕が潰され、右膝が砕けたユウキは這いながら、何とか壁にもたれかかってダメージフィードバッグで息苦しさを覚える我が身を恥じながら、アルビシアの獣とクゥリの戦いを見守る。

 だが、もはやそれは戦いと呼べるようなものではない。アルビシアの獣の全身からは絶え間なく赤黒い光が零れ、白い毛並みを染めている。傷だらけの全身を激しく動かし、右腕を伸ばして爪で引っ掻こうとするも、クゥリは全てを予期しているかのようなステップ回避から間合いを詰めたかと思えば、左手の片手剣でアルビシアのアキレス腱を薙ぎ払う。それを遅れて迎撃しようと左手を振り回してもバックステップで間合いを取りながら、片手剣を変形させて鎌にさせてリーチを伸ばしたクゥリから手痛いカウンターを受けて指から斬り飛ばされる。チェーンモードを発動させたらしい鎌はその刃を高速回転させ、まるで獣の咆哮のような駆動音を大聖壇の間に響かせる。

 

(前よりも……ずっと強い! シャルルの森の頃よりも更に強くなってる!)

 

 あの事件から1ヶ月と経っていないのにも関わらず、クゥリの戦闘能力は更に1段階……いや、2段階は高まっていると言っても過言ではない。また、戦闘方法もこれまでの獣染みた激しい『動』の極致から、静と動が同居したステップ移動を多用する独特のスタイルに変化している。驚異的な先読みによって最初から織り込み済みのような攻撃と回避は、まるで相手を蜘蛛の巣に捕らえているかのように、見えない糸で縛り付けられているかのようだ。

 理不尽とも思える程にアルビシアの獣の攻撃はすり抜けていき、クゥリの攻撃は一方的に刻み続ける。雷撃のブレスを吐きつければ背後に回られ、暴れ回って両腕を振り回せば間合い外から変形させた槍の餌食、攻め込んだところを狙って叩き潰そうとしても変形で自在にリーチを変える上にチェーンモードによる高火力を発揮するHENTAI的な片手剣によってリズムを崩される。

 

(でも限界だよ。もう、立っているのもやっとのはず)

 

 クゥリの右目はまるで石のように動かない。いや、動かす意味が無いのだろう。フォーカスシステムによるロック機能はおろか、視界を十分に認識できているかも疑わしい。

 こんな時にどうして見守ることしかできない!? ユウキは歯を食いしばり、戦えぬ我が身に憎悪する。

 

「そこに、いろ。下手に、動く、な。狙われ、る、ぞ? 大丈夫、だ。オレは、『独り』で、戦え、る」

 

 ユウキの無意味な抵抗を感じ取ったように、クゥリはそう呟く。アルビシアの獣のHPは既に赤く点滅している。撃破は時間の問題だろう。レギオンの触手が蠢いてクゥリを薙ぎ払おうとするも、変形したランスは逆にアルビシアの獣の触手の靭帯を正確に貫き、抉って千切る。

 まるでレギオンの触手そのものだ。変形機構が仕込まれたランスを振り払い、先端にこびりつくアルビシアの肉片を汚らわしそうに飛び散らせる。

 

「……『痛い』、の、か?」

 

 まるで問うように、クゥリは最後の抵抗のように、両手を組んでハンマーとして何度も振り下ろすアルビシアの獣へと接近する。一瞬だが、膝から力が抜けて倒れそうになるも、それすらも回避に組み込む姿は、闘争心の次元が違うようにアルビシアの獣を怯えさせる。

 もはや人語を操らぬアルビシアの獣の絶叫。それに何かを感じ取ったように、クゥリは瞼を一瞬だけ閉ざす。

 

「分かった……殺して、やる、よ。オマエの、悪夢を、終わらせ、る」

 

 ユウキには聞こえなかったアルビシアの悲鳴が聞こえたように、クゥリは穏やかに微笑むと大振りのハンドハンマーに合わせて懐に潜り込み、ランスを腰に差すと両手で握った鎌をアルビシアの獣の腹に突き立て、その胴体を開くように胸まで斬り上げる。盛大に噴き出した赤黒い光はまさしく血飛沫であり、その中でクゥリはダウンしたアルビシアの獣の首を何ら躊躇なく刈り取った。

 最期の瞬間にアルビシアの獣が嬉しそうに笑ったのは見間違いだろうか。ユウキは爆散して赤黒い光の濁流となったアルビシアの獣から吹き荒れる風に黒紫の髪を靡かせながら、アルビシアの獣の撃破と同時に両膝をついたクゥリへと、芋虫のように這って近寄る。

 

「本当に、糞ったれな、夜……だな」

 

「そうだね。本当にそうだよ。クーはいつも無茶ばかりするんだから……」

 

 労わるように、抱きしめられない事が悔やんでも悔やみきれないユウキはせめて寄り添おうとするも、クゥリに彼女が触れるよりも先にランスを杖代わりにして立ち上がると、鎌を片手剣に変形させて鞘に戻す。

 

「まだ、終わり、じゃない。レギオン、は、殺す。1匹、残らず、殺す」

 

 もはやその目は何を映しているのか。いや、『映せているのか』さえも定かではない。それでも立ち上がったクゥリは、這うユウキへと振り返ると首に下げた、ユウキが手渡したチェーングレイヴのエンブレムのペンダントを外す。

 赤い月光に彩られた大聖壇の間に夜風が吹き抜ける。アルビシアの獣が破壊した壁より吹き込む風は、まだ終わりつつある街は混沌と闘争が満ちている事を知らせる。

 

「ごめん、な。約束、だったけど、随分と、時間が、かかった。『ただいま』、ユウキ」

 

「卑怯だよ……クーは卑怯だよ! どうして先に言っちゃうの!? こんなの酷いよ! ボクが……ボクが先にっ!」

 

 先に『おかえり』って言うはずだったのに! 

 そして、どうしてキミはそんな悲しそうな顔で笑うの!? ユウキは駆け寄って問い詰めたくて、無理矢理立ち上がろうとするも、バランスを崩して転倒する。それを慌てた様子でクゥリは駆け寄ろうとするも、まるで何かを我慢するように、伸ばした左手を引っ込め、だが意を決したように改めて手を伸ばす。

 そっと触れたクゥリの左手がユウキの頬を撫でて、流れていた涙を親指で拭い取る。その酷く優しい手つきは、まるで何かを堪えているかのように震えていた。

 

「怒るのも、無理、ないよ、な。ずっと、傍に、いてくれた、のに、放って、おいて、さ。でも、嬉し、かった、よ。オマエの、お陰で、きっと、オレは……眠れ、たんだ」

 

「怒ってなんか――」

 

「良い、んだ。ありが、とう。オマエが、『オレ』を、憶えて、くれて、いる。それだけ、で、オレは、祈りを……月光を、取り戻せ、た。これ、以上は……オレに、は、贅沢、過ぎる、さ」

 

 コツンとクゥリはユウキと額を重ねる。ユウキは離したくないと腕を伸ばすも、潰れた両腕では指がまともに動かず、クゥリの体に触れても引き剥がされるばかりだ。

 名残惜しそうに、クゥリはユウキの前にペンダントを置く。

 

「オレは、『独り』で、戦え、る。だけ、ど、忘れ、ないで……『オレ』を、忘れ、ないで」

 

「忘れないよ。絶対に忘れない! だから……だから行っちゃ駄目だよ! これ以上は本当に死んじゃうよ!」

 

「死んだって、構わな、い。それが、戦い、の、中ならば……悔いは、ない」

 

 間を置かずにクゥリはユウキの喉を引き攣らせる返答を吐き捨てる。

 

「それこそが、久遠の、狩人の、定め。赤子の、赤子……ずっと、先の、赤子まで……」

 

 愛おしそうに、クゥリはユウキの髪に触れ、その首を撫で、そっと手を離す。

 

「大丈夫。あと、少しだけ……あと、少し、だけ、戦う、だけだ」

 

 今にも倒れそうな足取りで、クゥリは大聖壇の間から離れていく。

 好きなように生きてほしい。ユウキはそう願った。だからこそ、シャルルの森でもクゥリにボスへと挑ませた。それが正しい事だと信じて。

 だけど、クゥリは本当に限度を知らない。いや、知っていながらも強引に超えようとする。このままでは本当に壊れてしまう。

 

 

 

 

 それは行く先も知らずに、永遠に続くような海原を飛び続ける渡り鳥。新天地を目指すも、コンパスは無く、止まり木で休む事も無く、昼も夜も舞い続ける。その果てにあるのは天より落ちて骸を晒す約束の日だ。

 

 

 

 

 ユウキは気づく。シャルルの時にユウキがした事は『クゥリに自由に選ばせる』事ではない、『クゥリを止めるというユウキ自身の選択』の放棄だ。その結果として終わりつつある街は救われたとしても、結果としてクゥリは余計に傷つき、そして憎悪と呪いを集めた。

 あの時、結果としてクゥリがボスに挑むとしても、ユウキは全身全霊をかけて叫び、引き止めねばならなかったのだ。クゥリの選択を真っ向から否定しなければならなかったのだ。そうしなければ、クゥリには分からないのだ。

 それはようやく星を見つけて闇夜を歩み始めた子猫。だからこそ、誰かが教えてあげなければならない。

 

 

 

 これから長い旅になるのだ。だから『甘えて、休んで、眠って良いのだ』と誰かが迷子の子猫を抱き上げてあげなくてはいけないのだ。

 

 

 

「嫌だよ。駄目だよ。こんなの……嫌だよ」

 

 ユウキは去っていたクゥリを見送りながら、手首に巻き付けられた不死鳥の紐を撫でた。

 絶対に忘れない。だからこそ、キミの傍にい続けたい。たとえ、この血が呪われようとも、キミの隣にいたい。ユウキの嗚咽が大聖壇の間に木霊する。だが、彼女に手を差し伸ばすヒーローも聖女もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、ユウキさんは趣味が悪いですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから、こういった時に現れるのは『悪魔』が定番である。

 一部始終どころか全てを見ていたと言わんばかりに、大聖壇の裏の庭園から姿を現したのは、肩に青竜の幼体をのせたシーラの姿だった。修道女のローブ姿ではなく、彼女のものらしい赤を基調とした、銀の胸当てをした姿は可憐でありながら幾多の死線を潜り抜けた戦士そのものの風格である。

 呆然とするユウキは涙で頬を濡らしながら、舞台に突如として上がった悪魔から差し出された右手を見つめる。

 

「ああ、両手が潰れてるんでしたね。これは失礼しました。まずは右膝を補強しますね。ご安心を。応急処置は乙女の必須テクニックです。これの有無で意中の人のハートを落とせるか否かが大きく変わります」

 

「あ、相変わらず勤勉だね。羨ましいよ。うん、本当に……羨ましい」

 

 手早く近くの木片を素材に、ロープでユウキの膝を補強していくシーラの手付きに淀みはない。気が遠くなる反復練習で身につけられたスキルだろうそれは、彼女の想い人に向けられた愛の深さだ。それは途方もなくドロドロとしていても、一切の混じり気がない純粋そのものである。

 

「ユウキさんは私寄りかなぁって思ったんですけどね。期待外れでした」

 

 溜め息を吐いたシーラは補強が終わったと示すようにユウキの膝を叩く。フィードバッグで悶絶しそうになるユウキであるが、本当の痛覚があるだろうクゥリはこの比ではないと思うと自然に歯を食いしばって悲鳴を堪えた。

 

「ボクはシーラ程に強くないよ。クーを……クーを引き止める言葉が見つからなかった。クーは強過ぎるから……だからこそボロボロになっていくって分ってるのに、止められない。ボクには止められないんだ!」

 

 きっとシーラが同じ時に想い人が同じ真似をしたら、きっと愛の限りを叫んで、行動に移して、止めることができるのだろう。そう思えば思うほどに、ユウキは情けなくて涙が止まらなかった。

 だが、シーラは呆れ果てたように嘆息すると、椅子代わりの瓦礫に腰かけて頬杖をつく。

 

「私だって止められませんでしたよ。しかも、よりにもよって『他の女』を迎えに行こうとする『あの人』を止められませんでした。一時の激情に身を任すべきじゃない。もっと頼るべき人を頼って、力になってくれる『大人』を見つけて、綿密な計画と多大な援助と後ろ盾を得た上で行動すべきと分かっていながら、『あの人』を止められませんでした。こんな汚らしくも美しい世界に『あの人』を縛り付けるのを、1番傍で眺めていた。それが私です」

 

 頬を舐めるドラゴンの顎を指で掻きながら、シーラは淡々と告白する。まるで自分自身を責めるような、暗い闇を宿した瞳と共に言葉を吐き続ける。

 

「そうして『あの人』に後悔させて、重荷を背負わせた。分かっていたんですよ。『あの人』は目的の為に割り切れる人じゃない。捨てられる人じゃない。困っている人がいたら助けずにはいられない。救わずにはいられない。その為に余計な傷を負ってしまう。背負うべきじゃないものまで背負ってしまう。根本的に世渡り下手なクラスでお人よしなんですよ。自分ではワガママで自己中心的とか思っているのでしょうけど」

 

 シーラが示すのは誰だろう。ユウキは胸が締め付けられる想いの中で問おうとするが、それは無粋というものだ。敢えてシーラは語らず、そこには意味がある。ならば、ユウキはシーラが伝えたい事を聞き続けねばならない。

 

「ハッキリ言って、私はクーさんが嫌いです。やる事成す事が無茶苦茶なんですよ。しかも、『あの人』と違って、手を伸ばすまでもなく自分で立ち上がってしまうから可愛げもないですしね。しかも怖いですし。怖いですし。怖いですし! 皮肉屋で、オープンエロで、態度は粗暴だし、口は汚いし、それなのに純情。戦闘狂で、殺す事に躊躇もなくて、なのに優しい部分もあって、意外と思いやりもあって、世話焼き。関われば9.5割死亡の死神扱い。横暴に見えて自虐的。あの人を愛せる人なんて外宇宙のSAN値直葬するような名状しがたい生物でも無ければ無理だと思ってました」

 

「……酷い言いようだね」

 

「それくらい言っても許される破綻者だと思いますよ? まぁ、だからこそ私は奇跡の権化に心底驚いているわけですが。繰り返しますが、あなたの男の趣味を疑います。矯正した方が絶対に幸せになれます。なので1度しか言いません。クーさんは止めておきなさい。あの人に女を真っ当に愛するとかいう概念があるとは思えません。死ぬか死ぬかの2択しかあなたにはありません」

 

「だったらボクは死ぬことを選ぶよ」

 

 死ぬ以外にない選択肢の中で即断するユウキに、シーラはその返答を分かっていたというように、目を細める。

 

「その心は?」

 

「後悔して死ぬよりクーに殺されて死ぬ。その方がボクは満足して死ねる」

 

「パーフェクトです。やはり、あなたは私達の同類ですね。だったら、何を呆けているんですか」

 

 いつの間にか、ユウキの涙は止まっていた。彼女はシーラに補強された右足と共に立ち上がっていた。

 瓦礫から腰を上げたシーラはユウキの胸倉をつかみ、にっこりと笑う。

 

「『あの人』もクーさんも同類なんですよ。女の最終兵器の涙を投入しても、1度決めたら必ず実行します。だったら、私達にできる事は執拗なまでに追いかける事。どうせ、こちらが泣いて懇願しても聞き入れてくれないなら、こちらも実力行使です。嫌われようとも、憎まれようとも、疎まれようとも、傍にい続けなさい。自分の愛が求めるままに」

 

「それってストーカーって言うんじゃ……」

 

「まったく、この期に及んで何を言ってるんですか?」

 

 迷うユウキに、シーラはボリボリと頭を掻くとそのまま油断しきった彼女を背負い投げして背中から床に叩きつけて起き上がる暇も与えずに胸を踏みつける。

 

 

 

 

 

「ストーカー? ヤンデレ!? それが『愛する事』なら喜んで誹りを受け入れましょう! それこそが私の誇りなのだから! あなたはどちらになりたいですか!? 愛を捨てて『常識人』を気取る負け犬ですか!? それとも愛に殉じる『ヤンデレ』ですか!?」

 

 

 

 

 

 

 そうだ。既に答えは出したのだ。ならば、行動あるのみだ。ユウキはシーラに踏みつけられた胸に呼吸を送り込み、上半身を跳ねさせる。シーラは足をどけてユウキを自由にすると、真っ直ぐと大聖堂の出口を指差した。

 

「行先はあちらですよ、最低最悪の傭兵野郎を好きになったお姫様。願わくば、あなたに少しでも幸があらんことを」

 

「うん、ありがとう。まだ……まだシーラが言いたい事の半分も分かってないと思うけど、行くよ! クーを追いかける! ここで『終わり』にしたくないから!」

 

 やっぱり、このまま見送って終わりなんて嫌だ。

 クーはこのまま、ボクに祈りを預けて、『独り』で戦い続けようとするのだろうね。それがキミの選んだことなら否定しないよ。だから、ボクは勝手についていく。キミを追いかけ続ける。

 自分勝手なのはお互い様。ボクはボクがしたいようにするよ。

 

 とりあえず、今1番してあげたいのは、クーを甘えさせてあげる事かな? キミは甘え方を知らない人だと思うから、ボクが教えてあげないと。

 

 キミがどれだけ嫌がろうとも、ボクはキミに囁きたい。少しだけ休もう、って言ってあげたい。

 

 いつかキミが涙を流した時に受け止めてあげたい。ボクが……ボクだけがずっと傍にいるよって抱きしめてあげるんだ。

 

 キミに愛されなくとも、ボクはキミを愛するよ。疎まれても、憎まれても、蔑まれても、愛し続けるよ。

 

「ああ、とても良い月夜だね」

 

 赤い月は今も夜空で醜く輝いていた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 世話を焼かせる。シリカは黒紫の髪を舞わせて白の傭兵を追うユウキを見送りながら、肩に乗るピナの頭を撫でる。

 自分にもあんな風に迷っていた時期があった。傍にいる事に罪悪感すらも覚えていた初々しい時代だ。だが、『彼』の胸中を常に占めるのは亡き想い人だけであり、まるで神話のように地獄から妻を連れ戻そうとする愚行まで成すほどだ。

 シリカが『彼』を手助けすればするほどに、1番厄介な強敵が……『彼』の想い人が近づいていく。複雑ではあるが、シリカに迷いはない。それが愛に殉じるというものだ。

 

「それで、あなたの狙いは何処にあったんですか?」

 

 何でもないように、シリカは大聖壇の間に入ってくる、暗銀色の甲冑姿の騎士に問いかける。特徴的な兜は何処となくイカにも似ているような気がするが、右手に持つ巨槌の威圧感も合わせて、その姿を馬鹿にしようと思う者は皆無だろう。

 暗銀の騎士は金属音を響かせて、今にも崩落しかけている大聖壇の間の中央に立つと見回す。

 

「派手にやりあったようだな。だが、彼は間に合ったか」

 

「道理で都合が良いと思いました。昔からあの人がタイミング良いのは仕事の時だけですからね。それで、あなたの目的は何だったんですか?」

 

 大よそ騎士の正体には勘付いている。だが、シリカは攻撃の意思を示さずに、クゥリをこの場に駆けつけさせた意図を暗銀の騎士に問う。

 

「私はアストラエア様の御心に従っただけだ。こんな夜だ。1つくらい救いがあっても良いだろう」

 

「それは同感です。まぁ、他意はない善意として受け取っておきましょう。それで? わざわざ私の前に姿を現した理由は何ですか?」

 

「……この混乱の中で大聖堂の深奥を探ったのだろう? 収穫はあったのか気になったものでね」

 

 やはり、こちらの行動は筒抜けか。ピナを飛び立たせたシリカは、残念そうに肩を竦める。

 

「とてもではありませんが、最奥まで進めなかったので得られた情報は大したものではありませんね。ですが、神灰教会が『何』を隠しているかは幾つか候補も絞り込めました。では、秘密を知ろうとする私を殺しますか?」

 

「そんな無粋な真似はしない。秘密とは暴かれる定めにあるものだ。私はアストラエア様に従い、またお守りする。それ以上の役目はない。だが、注意しろ。秘密とは隠す者がいるから成立する」

 

「ええ。せいぜい背後には注意しておきます」

 

 さて、これからどうなるのやら。立ち去る暗銀の騎士を見送ったシリカは嘆息する。今回の事態が茅場の後継者と茅場の意図に沿っているとは思えない。この事件はDBOの管理者側にも新たな局面をもたらすだろう。それが何処までプレイヤーたちに影響を及ぼすかも分かったものではない。

 だが、神話でもそうであるように、神々の戦いとは人間による代理戦争の顔を持つ。管理者の不和と暗躍はそのままプレイヤーに災厄となるのだろう。

 

「本当に嫌になりますね。はぁ、巨乳なんて死ねば良いのに」 

 

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 街に溢れていたはずのレギオンは随分と数を減らしているようだ。どうやら、教会の奮闘もあって犠牲は最小限で済んでいるようだ。

 レギオンは皆殺しと言ったが、そのレギオンが手を下すまでもなく減っているのは問題だな。水墨画のように滲んでまともに見えていない視界ではレギオンを探すのも苦労するが、気配を探れば距離を詰めて容易く死神の槍で貫き、デス・アリゲーターで首を刎ねることもできる。

 キャリア・レギオンの居場所は大よそ分かる。終わりつつある街の中心である黒鉄宮跡地だろう。あそこの広場ならば戦うにしても十分な広さを確保できるだろう。

 

「分かって、いる、さ。ここで、終わり……だ」

 

 戦いの外にこそ『答え』に至る鍵がある。アルトリウスはそう教えてくれた。だから、このまま戦い続けても『答え』には至れないのだろう。

 それでも、レギオンは殺している。今この瞬間も『オレの獲物』を横取りしようとしている。それは何よりも許しがたい。

 それに、この惨状はオレが招いたようなものだ。レギオンの素材元はオレだ。ならば黙って見過ごすわけにもいかない。レギオンは受け継がれた血への冒涜であり、ヤツメ様を穢す存在だ。後継者の……いや、他の誰にも玩具にさせて良いようなものではない。

 

「メール、か。グリムロック、から、か?」

 

 と、そこで新着メールが届き、死神の槍で支える体を一旦折れ曲がった街灯に預けてオレはシステムウインドウを開く。ぼやけて文字もろくに見えないが、この状況でもメール機能が生きている事はありがたい。少なくともメール機能で最低限の連携と情報共有はできていたはずだ。ならば生存率は大きく高まっただろう。ぼっちは難易度が上がるだろうけどな!

 

 

<キミのことだ。きっと戦っているのだろう? 無茶をしないはずがないだろうからね。もう専属ではない私には何も言える事は無い。でも、1つだけ保障しよう。私の作った武器は決してキミを裏切らない。常に味方だ。存分に、壊れるまで使ってやってくれ。夜明けと武運を祈っているよ>

 

 

 さすがはグリムロックか。情報収集も早いようだ。アイツの情報網も何気に広いからな。これならば新しい専属先も、グリセルダさんと始める新生活も上手くいくだろう。あのグリセルダさんが大人しくしているはずがないだろうし、案外派手に動くかもな。

 そうだな。死神の槍も、デス・アリゲーターも、ザリアもグリムロックの血脈だ。ボールドウィンの意匠も受け継いだようにも思えるこれらは、彼の新たな鍛冶屋の道の門出になっただろう。いずれ、オレが敵対するプレイヤーは軒並みにグリムロック印の武器……なんて事もあり得るかもな。

 しかし、情報か。このままパッチを頼り続けるのも危ないし、新しい情報屋も探さないといけない。やる事は腐るほどに山積みだ。竜の神で一波乱あった直後に『これ』だ。終わりつつある街も否応なしに節目を迎えた事になる。これまでのように貧民プレイヤーも我関せずと引きこもり続ける事はできない。

 教会に縋るか、それともラストサンクチュアリに流れるか、はたまた遅きながらも立ち上がるのか。あるいは、別の流れが生み出されるのか。

 

「……オレの、夜明けは、近い、のか?」

 

 ユウキの涙を思い出し、オレは震える左手を見つめる。あの時、彼女の首を絞めたい衝動に駆られた。涙が滲んだ姿に歪んだ殺意が発露した。もっともっと泣き叫ばせて、あのまま呻く彼女を……そう思うと口元が曲線を描きそうになる。

 これで良かったのだろうか。約束を果たし、祈りを託し、彼女とは距離を取る。『オレの獲物』だ。だから殺させない。誰にも殺させない。そうやって狂った独占欲を『人』に留めるよすがにするという事は、裏を返せば常に衝動的な殺意に駆られやすくなるという事だ。好意が濃い相手であればあるほどに、それは顕著になっていくだろう。

 ならば必要なのは物理的距離であり、相手の心理的距離を伸ばす事だ。ボロボロの自分を置いて行って戦い行く阿呆なんて今度こそ愛想を尽かしたはずだ。

 アルトリウスの苦悩が分かる。彼も迷いながら戦いの外で選択を繰り返したのだろう。これが最良の判断だったとはとてもではないが自信を持って言えない。糞が。こういう時こそヤツメ様の導きを当てにしたいのに、戦い以外では効果無しだ。

 だが、ヤツメ様はその代わりのように、黒鉄宮跡地まで続く大通りの先、そこに立ち塞がる存在を指し示す。狩人の血が騒ぎ、懐かしい殺意を感じ取ってオレは微笑んだ。

 

 

 

「久し、ぶり、だな……ダーク、ライダー」

 

「ああ、そうだな。我が好敵手よ」

 

 

 

 糞ったれが。こんな時に最高の殺し相手がお出ましだ。体を預ける街灯から離れ、杖代わりの死神の槍を構えようとするも、腕が胸より高く持ち上げられない。仕方なく、それを誤魔化すように鋭い先端で地面を叩く。舗装された石畳が金属と響き合う心地よい音が広がる。聴覚はまだそこまで問題ではないな。

 やはり危ういのは視界か。ダークライダーと思しき黒い『滲み』は見えているが、それ以上は何も分からない。先ほどから呼吸の度に喉が焼けるように熱く、思考にノイズがかかって意識が飛びそうだ。

 ギンジ、力を貸してくれ。立っているのもやっとの足で踏ん張りながらデス・アリゲーターを抜く。はたしてダークライダーはコイツのギミックを把握しているのか。無知ならば上手く鎌の変形を扱えば一撃は入れられるだろう。

 

「もはや目も満足に見えぬとは、アルトリウス相手に随分と無茶をしたようだな」

 

「ヤツは、強かった。でき、れば……完全な、状態の、アルト、リウス、と戦い、たかった」

 

「それは同意だ。きっと最高の殺し合いになっただろう」

 

「だな。考え、た、だけ、で、心、踊る、よ。でも……オマエ、相手、でも、十分、昂る、ぜ? さぁ、殺ろう」

 

 オレはまだ戦える。この後遺症は運動アルゴリズムとの齟齬の拡大、VR適性の劣化がもたらすもの、度重なる過負荷による脳の悲鳴とダメージの表れだ。ならば、致命的な精神負荷を受容すれば、ある程度は疑似的に改善できるだろう。結果として更なる代償を支払うだろうが、ダークライダーと殺り合う絶好の機会だ。対価に何をもぎ取られても構わない。

 果てなき闘争の先で決着を。どちらかが死ぬまで殺し合いを。それこそがオレ達が結んだただ1つの約束にして宿命だ。

 

「それでこそ我が好敵手だ。だが、今晩はさすがに気が乗らん。少し遊ぼうかとも思ったが、今の貴様と殺し合うとは、中途半端に煮込んだスープを食すようなものだ。それに私も貴様との決着は『本気』で挑まねば気が済まん。加えてガルから連絡があった。間もなく『お嬢さん』がこの場にやって来るだろう。我らの決着は誰にも邪魔をされてはならない。ここは無粋なものが多すぎる。特に……あの出来損ないの模造品など反吐が出る。まずは掃除をしようではないか」

 

「……一理、ある、な」

 

 その通りだ。オレもダークライダーとの決着をつけたいし、最高の殺し合いをしたいと思っている。悔しいが、今のオレではコイツを満足させる事はさすがに無理だろう。ダークライダーに失望されるような無様な戦いはオレも望まない。それにレギオンのような汚物はギャラリーにすら相応しくない。しかし、『お嬢さん』とは誰だ? どうでも良いか。ダークライダーとの殺し合いを邪魔するなら敵だ。

 

「で? プラン、は?」

 

 今頃はキャリア・レギオンの所には山ほどプレイヤーがいるだろう。どの程度かは知らんが、『アイツ』がいるならば敵にもならんだろう。そこにオレ達が駆けつけても混乱を及ぼすだけだ。ならば、ここはダークライダーの計画を聞くとしよう。

 

「ククク。そうだな。たまには貴様に美味しいところを喰わせてやろうではないか。他人がじっくり焼いて育てた肉ほど美味いものはない」

 

「そいつ、は、楽しみ、だ」

 

「では、行くぞ。プランBだ。まずは邪魔が入る前にここを離れようではないか」

 

 プランBか。上等だ。オレはダークライダーから聞かされた計画に、それは最高に面白いと笑いを禁じえなかった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

(やれやれ。狂気的な言動に対してクレバーなお嬢さんだ。厄介だな)

 

 アンビエントと名乗った少女と共に銃撃でヤツメを囲いにかかるスミスであるが、攻撃的な態度とは裏腹に 8本の触手を自在に操って防御と回避を重視してカウンター狙いの、明らかに時間稼ぎに終始するヤツメに手を焼いていた。

 巧みな触手攻撃は感染レギオンやレギオン・シュヴァリエの比ではなく、一撃一撃がこちらに対して必殺として働く。なおかつ、攻撃速度も段違いであり、気を抜けば一瞬でスミスの腹は触手の槍で貫かれるだろう。

 地面に突き刺せば地下を先行させて足下から奇襲。複数の触手を束ねれば、まるで槍の突きのような高速攻撃。こちらの弾丸は触手の壁で防がれて本体には届かず、文字化けしたアルファベットや数字で構成された触手は幾ら攻撃してもダメージにもならず、また破壊できる気配もない。

 スミスのライフルやレーザーブレードでは触手を破壊するに至らず、それはアンビエントの保有するアサルトライフルとレーザーライフルでも同様だ。今以ってヤツメは無傷であり、スミスもアンビエントもダメージを負わないという、意図的に作り出された膠着状態である。

 

「どうしたの? どうしたの? どうしたの!? ふわふわ可愛いお嬢様に渋イケメンのおじ様は戦いのいろはも知らないの!? 勝利の女神はリスクを背負った者にしか微笑まないわ! 堅実だけで勝てるのは凡夫相手だけよ! アヒャヒャヒャヒャ!」

 

「おじさんなんて言われる年齢だ。そろそろ足腰に無理したくないのだよ。煙草の1本でも吸い終わらねばエンジンもかからないものでね」

 

 およそ防具とは思えないお嬢様風のワンピース姿のアンビエントは不似合いなアサルトライフルのオートリロードを済ませながら、スミスの動きに合わせるように、命中精度と射程距離重視だろうレーザーライフルを構える。スミスがライフルを撃ちこんで触手を牽制すれば、開いた穴に糸を通すようにレーザーライフルを撃つ。逆にスミスがレーザーブレードで斬り込めば、アサルトライフルで触手を少しでもガードに回そうとする。

 だが、距離を詰めようとすればヤツメは退避し、触手の網でこちらを押し返す。攻める姿勢を見せずに徹底したガードとカウンター狙いのヤツメに、スミスはどうやって攻略したものかと頭を悩ましていた。

 確かにヤツメの言う通り、リスクを背負わねばヤツメに攻撃は届かない。だが、スミスの目的はあくまで感染源……キャリア・レギオンの撃破にある。たとえ、元凶のまた元凶がヤツメだとしても、ここで無理して討つメリットが何処まであるものだろうか。

 

(アンビエントくんが『何処』に属するかはこの際どうでも良いだろう。何にしても、今回の1件は茅場の後継者にとってもイレギュラーな事態の1つだな)

 

 ここで後継者に恩の1つでも売っておくか? 大よそではあるが、後継者と茅場明彦がDBOの裏で画策しているだろう『真の目的』については目星がついている。ならば、後々の為にもここで1枚カードを稼いでおくのもリスクマネジメントだろう。

 だが、眼前の漆黒の肌と淡く光る白い髪を持つ少女は、スミスが既視感を覚える異質な存在感を放っている。

 狂気的に思える言動に潜むのは天真爛漫で無垢な少女の表情だ。殺戮という概念そのものである。込められた悪意は言うなれば子どもの悪戯感覚のようなものであり、その真髄は純粋そのものだ。その一方で戦闘に関してはAIという次元を超えて天才的であり、こちらの攻撃をただの1つとして届かせない。

 

(だが、攻略法は見えた。殺しきれる。その為に必要な策もある)

 

 ヤツメはまだ本気を出していない。遊んでいるのだ。この隙を見逃すつもりはない。

 

「アンビエントはあなたの指示に従います。どう攻めますか?」

 

「そうだな。こちらの攻撃は見切られて届かない。ならば、触手を突破できる強力かつ見えない攻撃で仕留めるとしよう」

 

 そんな都合の良い攻撃が何処にあると言いたげなアンビエントだったが、スミスの指示に従うというのは嘘ではないらしく、彼の一挙一動に合わせる心得のようだ。

 さて、そうと決まれば『押し込む』か。スミスは半分になった煙草が吸い終わるまでに勝負を決めたいと薄く笑う。

 

「天使様が言ってたおじ様の本気を期待しているのに、私には見せてくれないのかしら? それとも私では力不足?」

 

「キミも本気を出していないだろう? 全力なんて軽々しく出すものではないよ。限界の天井を知る大人ならば尚更だ」

 

「つまらないわ。神に挑むのは人間の業でしょう? 私は水面の月。この世に生を受けた狂える神の再来を映した鏡」

 

 くるくる回るヤツメは触手を伸ばして赤い月を囲む。その禍々しさはまさしく神性を宿しているが、何処か悲しげだ。

 

「そうよ。鏡に映るのは幻影だもの。私は人形。ただのホロウ。でも、『人』が望んだのでしょう? 神であれ。バケモノであれ。そうやってオリジナルを呪って呪って呪って、私を生み出したのでしょう? 誰よりも神とバケモノを求めた愚衆が」

 

 悲哀とも思える眼差しと共に、ヤツメの触手が襲撃する。スミスはそれを丁寧に躱しながら、あえて中距離でヤツメの『周囲』に銃撃を繰り返す。どうせ触手に阻まれるのだ。ならば動きを制限する事に努める。

 こちらが追えばヤツメは後退して触手を振るう。煮え切らないこちらの態度にヤツメは不満を漏らすも、それはブラフだ。彼女の目的は時間稼ぎである。まるで『何か』を待っているようにも思える。

 

「あなた達との遊びもつまらないし、少し趣向を凝らそうかしら。レギオン・シュヴァリエはver2の成功作の1つだけど、状況対応能力を高める為に学習情報を共有できないのが失敗なのよね。あくまで個体としての強さを成長させる事を目的とした設計なのだから仕方ないのだけど。まぁ、『生存した個体』はより強力になるし、改良案もあるからいいけど。でも、群体で以って天敵を成す私達に必要なのは、情報を集積して迅速に群体としてのアップデートを成す存在よね。そうよね。そうよね? そうよね!? だから、作ってみたわ♪」

 

 ヤツメが指揮を執るように指を振るえば、彼女の周囲に次々とポリゴンの光が集まっていき、不気味な怪物……新たなレギオンが生み出されていく。それは巨大な1つの目玉を持った、今まで遭遇したレギオンよりも小型で貧弱だ。青い肌とトカゲを思わす外観、お世辞とばかりにレギオンの象徴である触手の尻尾を持っている。

 およそ脅威は感じられない。だが、スミスはそれ故に警戒心を高める。『これはまずい』と今までの戦闘経験から最悪の搦め手をヤツメが披露してきたと察知する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レギオン・プログラムver4搭載、名付けて【レギオン・パルヴァライザー】ちゃんよ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数による圧殺が目的? 違うだろう。断じて否である。スミスがライフルで迎撃すれば一撃で葬れる脆弱なレギオン・パルヴァライザーは数の暴力にも到達しない。接近しても可愛いと思えるほどに尻尾のような触手でベシベシ叩いてくるだけだ。それもほとんどダメージらしいダメージも与えない。だが、ヤツメの影より際限なく生産され、終わりつつある街に拡散していくレギオン・パルヴァライザーは、感染レギオンよりも、レギオン・シュヴァエリエよりも、キャリア・レギオンよりも危険度が高いとスミスは判断する。

 

(情報の集積? アップデート? これらから連想できる事は1つか。厄介極まりない)

 

 幸いにも『現段階』ではレギオン・パルヴァライザーは強敵どころか雑魚と呼ぶにも値しない。ならば、策を続行する事を優先する。

 

「パルヴァライザーに手を出すな。私に合わせろ」

 

「ですが……いえ、アンビエントは指示に従います。レギオン・パルヴァライザーを優先撃破対象の最下位に分類。継続してターゲットの撃破を優先します」

 

 邪魔をするレギオン・パルヴァライザーは撃破せねばならないが、それを除けば手出しは最低限に抑えるべきだ。スミスは接近を試みて射撃を繰り返し、ヤツメを後退させる。消極的にも思える攻めを見せるヤツメは狂ったように笑い、赤い月光の中で踊る。

 そうして大通りから外れ、枯れた井戸がある円形の広場にヤツメは着地し、オートリロードするスミスに、どうにも腑に落ちないといった表情をしながら足下のレギオン・パルヴァライザーの頭を足裏で撫でた。

 

「おじ様はそんなに私の事が嫌いかしら? もっと遊んでくれないと退屈で死にそうよ」

 

「ふむ。それは失礼した。では、1つ手品を披露しよう。これから私は1歩も動かずにキミに膝をつかせて見せる。もちろん銃も無しだ」

 

 そう言ってスミスは右手のライフルを投げ捨てる。アンビエントは訝しみ、ヤツメは表情を無に変える。それは本気の困惑に近しい。

 単純な戦闘放棄ならば、ヤツメは激高するなり、退屈だと言って殺しにかかるだろう。だが、スミスはあくまで不敵な態度のまま、吸い終わる煙草を口元で揺らすばかりだ。

 

「この道を真っ直ぐ行って左に曲がると私の家がある。1人暮らしでは広過ぎるが、何せ暮らしている数が数なものでね。手狭で困ったものだよ」

 

「おじ様の私生活には興味が無いのだけど?」

 

「アンビエントも同意します」

 

 若い女の子2人に辛辣な言葉を吐かれるとは、私もやはり老いたものだ。クツクツと喉を鳴らし、焦るなと言うようにスミスは空いた右手で吸い終わる煙草を手に取り、灯る赤い熱をヤツメへと向ける。

 

「ははは。今も昔も夜のお相手には事欠かないのだがね。さて、手品の話だったな。あれが見えるかな? この辺りにある見張り塔だ。とは言っても機能しているわけがない、ただの街の外観を飾るオブジェに過ぎないわけだ。ここは遮蔽物になる高い建造物もなく、見張り塔の頂上からよく見回せる。私も恋人と共にあの見張り塔にたまに上るのだがね、夕焼けや朝焼けなど絶景だよ」

 

 時間稼ぎはこれくらいで良いだろう。スミスはポリゴンとなって砕けていく煙草をヤツメへと投げた。くるくる回るそれは彼女に到達するより先に塵となって消え去る。

 

 

 

 

 

 

 

 そして、5発の弾丸がヤツメの触手を貫き、彼女の肉体を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

 まさかの触手の攻撃範囲外からの攻撃に、ヤツメは困惑したように破損した8本の触手を乱雑に振り回す。だが、更なる5つの流星が触手のガードを貫き、内の1発がヤツメの横腹を抉り、右太腿に大穴を開ける。

 

「がっ!?」

 

「ようやく膝をついたな。私の手品もなかなかのものだろう?」

 

 漆黒の肌を染める真っ赤な光を漏らし、ヤツメが破壊された太腿の影響でバランスを保てずに片膝をつく。ご自慢の8本の触手で悠然と近寄るスミスを迎撃しようとするが、見張り塔の頂上、そこで陣取るKからの狙撃を防ぐために6本の触手を重ね合って盾にしているせいか、スミスとアンビエントの迎撃には2本しか使用できていない。そして、それで止まる彼らではない。

 ここまで誘導するのはなかなかに骨が折れた。Kの狙撃範囲は最低でも目視できる範囲と踏み、狙撃圏内かつ見張り塔の頂上から直線で結ばれるポイントまでヤツメを動かすには、彼女を本気にさせない事が最重要だった。下手にこちらに攻め込まれていては、Kの狙撃圏内に誘導など不可能だっただろう。

 

「私の本気が見たいと言っていたが、これが傭兵の本気だ。使えるものは何でも使う。何でもな」

 

 ヤツメのHPは残り半分だ。あれだけのスナイパーキャノンを浴びていながら大したHP量と防御力である。だが、今ならばレーザーブレードで仕留める事も可能だろう。プレイヤーの比ではない連射速度を誇るKの狙撃攻撃で釘付けにされたヤツメは動けない。

 

 

 果たして本当にそうだろうか? スミスは残り数メートルの地点で、ヤツメに攻撃を加える事を躊躇して立ち止まる。

 

 

 確かに策は上手く嵌まった。ヤツメの油断こそが最大の成功の鍵だろう。攻めの姿勢を見せなかったヤツメだからこそ、ここまで誘導する事も容易かった。だが、カードを先に切ったスミスは、果たして彼女には何枚の、いかなる手札が残されているのかを思案する。

 そもそもヤツメが消極的な態度を取っていた理由は? このイベントはシステムメッセージの通りならば感染源の撃破によって成される。それはキャリア・レギオンと見せかけてマザーレギオンたるヤツメというどんでん返しもあり得るだろうとスミスは考えるも、だとしても彼女が逃げ回るのはこのイベントに潜む残虐性とイメージが一致しない。

 スミスとアンビエントがそれだけの脅威だった? あり得ないだろう。彼女は退屈だと繰り返し言い放ってスミスにより果敢に攻めるように要求した。そんな相手がこちらに明確な脅威を持っていたとは思えない。仮にあったとするならば、逃げ回るのではなく徹底した排除を目論むはずだ。

 だが、実際にはヤツメは結果的にスミスの作戦によって膝をついている。この違和感を見逃すわけにはいかない。

 

「アンビエントにお任せください。この距離からならば連射で十分に削り切れます」

 

「そうだな。ここは君に任すとしよう」

 

 ライフルを捨てたスミスに代わり、アンビエントがアサルトライフルとレーザーライフルの銃口でヤツメを狙う。ここで無用なリスクを背負って近寄るよりも、堅実に射撃で削る方が安全だろう。スミスはアンビエントの提案に同意した。その上で『それ』に気づく。

 Kのスナイパーキャノンで動けずにいるヤツメの眼。それはまるで揺るがない。戦いへの歓喜も、死への恐怖もなく、淡々と、まるで獲物を『観察』するような、蜘蛛を思わす静寂で暗い眼光だ。

 

 

 

 蜘蛛の狩りとは『待ち』である。自ら巣を張り、獲物がかかるまで耐え忍ぶ。それが蜘蛛のやり方だ。

 

 

 

 スナイパーキャノンのガードに回す触手は6本。スミス達の迎撃に回すのは2本。合計8本の触手は全て使用されている。

 真っ赤な舌で唇を舐めたヤツメが、アンビエントがトリガーを引くまさにその瞬間に笑う。途端にその触手は瞬時にバラけて文字化けした数字やアルファベットに変化すると翼となり、ヤツメはその手に分厚い黒の剣を生み出した。その加速で以ってKのスナイパーキャノンの僅かなインターバルを利用して拘束から脱出したヤツメがその手を真っ直ぐと剣をアンビエントに伸ばす。

 反応しきれないアンビエントの胸に剣先が触れる。まさにそのギリギリで、黒い霧が彼女たちの間に入り込み、何者かが刃を代わりに受け入れる。

 その名は狂縛者。スミスも情報は耳にしているが、UNKNOWNとシノンを追い詰めた呪縛者の亜種である。だが、話に聞いていたとは外観が変化しており、より獣的な全身に密着するような甲冑を身に着けており、青白い光のバリアを纏っている。しかし、至近距離でヤツメの剣を受けた狂縛者にバリアの意味はなかった。

 

「ようやく、つ・か・ま・え・たぁ♪ あの狂人の事だからあなたの傍に『保険』をつけていると思ったわぁ。攻め手が足りなければ投入してくるかと思ったけど、当てが外れたわね。これなら最初からどんどん攻め込めば良かったわ」

 

 黒い剣が狂縛者を汚染するようにどす黒く染め上げていく。アンビエントとスミスは距離を取り、まるで蜘蛛が獲物を糸で絡め取るような様を見守るしかなかった。こうしている間にもスナイパーキャノンはヤツメを狙っているが、黒い翼から吹き荒れる風を具現化させたような黒い線が弾丸を弾き、軌道を変化させて命中コースから外す。

 最初から対応できたのか。スミスは苦笑いする。せいぜい通じたのは初撃のみで、その後の拘束は演技だったのだろう。大した役者である。

 

「コード【狂縛者】の所有権限の略奪に成功。『アイツ』がこんなお人形さんをどうして欲しいのか知らないけど、これで『手数料』は確保できたかしら? こう見えても私って律儀なの。やっぱり契約は履行されて然るべきものよね。人以上に神様は約束事を重視するのよ。さ・て・と、いい加減に邪魔よ、狙撃手さん」

 

 パチンと右手の人差し指と親指を擦り合わせてフィンガースナップを響かせた途端に、赤い光……瞬間移動を繰り返す2体の大型レギオンが出現し、見張り塔へと襲撃をかける。それらを迎撃すべく、Kの狙撃がヤツメから離れ、彼女はようやく自由になったというように首を左右に揺らした。

 もがき苦しむ狂縛者が完全に黒く染め上げられて溶けて消える中で、ヤツメは翼を再び触手に戻し、蜘蛛を思わす8本をうねらせる。

 

「遊びはおしまい。そろそろ『あちら』も勝負がつく頃だし、最後に1曲いかがかしら? 熱くて忘れられない夜にしてあげるわ」

 

「やれやれ。夜遊びを諫めるのも大人の役目か。相手になろう」

 

「アンビエントもいきます。このままではマスターの顔に泥を塗る事になります」

 

 ここからが本番だ。そう思われた矢先、青い光の『線』が突如としてヤツメを囲む。それはまるで空間自体を引き裂くような、スミスも予兆をまるでつかめなかった斬撃であり、ヤツメの触手は抉れ、また彼女も引き裂かれて肩や腹、首から赤い光を散らせる。ダメージ量は決して多くはないが、ヤツメは僅かに怯み、鬱陶しそうに、自分の額から垂れる赤黒い光を舌で舐め取った。

 コツコツ、とスミス達の背後から足音が響く。同時に唸り声が2つ、スミスも聞きなれたユウキが連れていた黒い狼2頭を侍らせた何者かが暗がりに立っていた。建物の陰になってその容姿の全貌は見て取れないが、腰にはカタナを1本差しており、不敵な笑みと共に顎髭を撫でる姿は歴戦の剣豪である事を容易に想像させるには十分だった。

 

「これはユニークスキル……≪無限居合≫だったかしら? 部下任せで表舞台に出るのはもう少し先かと思ってたけど……。さすがに秘蔵っ子とおじ様と『あなた』まで相手にするには時間が足りないわね。それにカーディナルが間もなくブロックを解除するわ。コード999が発令されたら全て台無しだし、さすがに熾天使様は相手にしたくないわね。残念だけど、あとはキャリアにお任せして退散ね」

 

 ヤツメは残念そうに嘆息すると触手で自分を抱きしめて黒い液体となって溶けて消える。それを見届けると同時に、黒い狼を連れた助っ人は無言で暗がりに去っていく。アンビエントは丁寧にスミスへと頭を下げると高々と跳躍して建物の屋根に着地すると退散した。

 残されたスミスは新しい煙草を咥えると、残る災厄の象徴である赤い月に紫煙を吐きつけた。

 

「どうして私の周囲には面倒事ばかり増えるのだろうな」

 

 その一言で全てを片づけるこの男も大概である、とツッコミを入れるものはこの場にはいない。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 黒鉄宮跡地前の広間で待ち構えていたキャリア・レギオンは、赤い月を背景にして4本の太い触手を鞭の如く振るい、キアヌとシノンを薙ぎ払おうとする。

 一見すれば乱雑に振るわれたようにも思える触手であるが、その実は4本の内の3本はこちらを惑わす為のブラフであり、本命の1本は真っ直ぐにキアヌを狙っている。

 やはりか。シノンはキャリア・レギオンに対して火力不足と分かった上でハンドガンを連射する。中距離が攻撃力的にも距離減衰的にも限界と言われるハンドガンでも連射特化なので近距離での連続ヒットでもない限りには削りにもならない。だが、キャリア・レギオンが真っ直ぐにキアヌを攻撃してきた事から、キャリア・レギオンもまたヤツメと同様に……いや、ヤツメの意思を反映しているようにキアヌを集中的に狙うものだと判断できる。

 

「戦えないなら逃げなさい。コイツに慈悲はないけど悪意はあるわ。普通のモンスターと同じと思って戦ったら、楽には死ねないわよ?」

 

 腰を抜かして、あるいは戦意を失って茫然としている、キャリア・レギオンに挑んだだろうプレイヤーたちをシノンは叱咤する。見たところ、せいぜいがレベル50が限度だろう、大ギルドの上位プレイヤーはもちろん、それに準じるプレイヤーもまたこの場にはいないようである。キャリア・レギオンを元凶と睨んで馳せ参じた度胸は認めるが、最前線ネームド級だろうキャリア・レギオンに挑むにはレベルも経験も不足しているだろう連中だ。

 彼らが足手纏いになる前に切り離す。その意図でシノンは敢えて自分たちとの実力差を見せつけるように、触手の乱舞を潜り抜けてキャリア・レギオンの足下まで到達すると爪の義手を振り抜いた。

 ざわり、と死地で観衆と化していたプレイヤーたちがざわめく。だが、シノンに言わせれば、触手の乱舞を潜り抜けるのはレギオン戦における基礎ともいうべき技術だ。ましてや、キャリア・レギオンの4本の乱舞は個人の主観ではあるが、ヤツメの触手2本よりも容易い。その威圧感に惑わされなければ、攻撃は単調であり、また狙いも荒いのだ。

 

(それにしてもこの硬さ……少し予想外ね)

 

 自分たちには無理だとキャリア・レギオンの攻撃を一手に引き受けるキアヌの奮闘の内に黒鉄宮跡地前広間から逃げ出すプレイヤーたちを横目に、シノンは義手から伝わった異様な感触に舌を巻く。

 キャリア・レギオンはシュヴァリエと違って全身に装甲のような結晶体を持たない。まるで生皮のような、やや硬質にも思えるが、ぬるぬるとした皮膚の光沢を持つ外観は、斬撃属性の通りが良さそうだとシノンは踏んでいた。だが、実際には鉱物系オブジェクトに弾かれたような、痺れるにも似た感触が義手と肩の接続部分まで響いた。

 それに、いかに火力不足とはいえ、義手の爪を受けてもキャリア・レギオンのHPバーは揺らぎもしない。いくら低火力でも余程のHP量が詰まっていない限りは目減りしそうなものである。

 何かトリックがある。シノンは触手の連撃を曲芸のように躱しながら、ハンドガンでキャリア・レギオンの胴体を狙う。同じく触手を潜り抜けたキアヌの援護であり、横腹に連続ヒットするも、キャリア・レギオンは見向きもせずに両手の腕でキアヌを迎撃する。鋭い爪が備わった、不快感を催すまでに人間的な形状をした手でキャリア・レギオンはキアヌを裂こうとするも、踏み込みながらの十字斬りで先んじたキアヌの先手がキャリア・レギオンの胴を薙ぐ。

 ユニークスキル≪二刀流≫で火力ブーストされた攻撃だ。ソードスキルではないとはいえ、ダメージは確実のはずである。しかし、やはりキャリア・レギオンのHPバーは不動だ。

 

「この感触……ダメージ無効化……スーパーアーマー? だとしたら何かの蓄積? ダメージ量? 攻撃数? 違う……スタン値か! シノン! コイツのアーマーを剥ぐにはスタン蓄積だ!」

 

 さすがはゲーマー魂、ほんの数秒でキャリア・レギオンの防御能力の秘密にたどり着いたらしいキアヌのアドバイスが響く。

 スタン蓄積となるとシノンには稼げるものがあまりない。ハンドガンも種類や改造次第ではライフル以上の単発でのスタン蓄積性能を保有できるが、連射性特化のブラックホースではスタン蓄積など微々たるものだ。義手の爪も決して高い部類ではない。

 

(そうなると、使うとするならこれかしらね)

 

 アイテムストレージから取り出したのは教会製【聖水爆弾】だ。アンデッド系・ゴースト系に効果を発揮する光属性と水属性の複合式の爆弾であり、イドの作品の1つである。火炎壺のように扱えるお手軽攻撃アイテムである。

 教会のエンブレムが彫り込まれた円筒を投げ、わざとキャリア・レギオンに迎撃させる。触手に殴られた聖水爆弾は炸裂して水蒸気爆発のように光り輝く霧の爆発を引き起こす。ダメージは無いが、その巨体故の多段ヒットでかなりのスタン蓄積が成されたはずである。

 逆関節を活かし、キャリア・レギオンが高々と宙を舞う。数十メートルとも思える高度に達し、勢いよく落下して衝撃波と土煙を巻き起こすキャリア・レギオンであるが、シノンもキアヌも落下地点を見切って回避済みだ。煌々と輝く巨大な赤い月が皮肉にも落下地点に色濃く陰を映しているのだ。

 やはりボス級ではない。ネームドでも手強い部類ではあるが、凶悪とは言い難い。もちろん、まだダメージを与えていない以上は能力を隠し持っているのは確実だろうが、それを差し引いてもキャリア・レギオンの基本性能は油断と慢心させなければ十分に対応できるクラスだ。

 もう1つ。シノンは落下してきたキャリア・レギオンに聖水爆弾を投げつける。今度はキャリア・レギオンも学習したように迎撃せずに横へとスライドするような動きで躱そうとするが、それを予見したシノンはハンドガンで聖水爆弾を撃ち抜く。炸裂した水蒸気爆発にキャリア・レギオンは怯みこそしないが、明らかな怒りを示すように触手をうねらせる。だが、そんな暇があるならば目前の脅威に対応した方が良いとシノンは笑む。

 ソードスキルの瞬きが聖水爆弾の生み出した霧が晴れると同時に突き出される。≪片手剣≫の突進系ソードスキル【フィン・スティンガー】だ。右手のドラゴン・クラウンによる突進突きからの即座の鋭角な薙ぎ払いによる連撃がキャリア・レギオンに突き刺さる。そして、そこから繋がる左手の片手剣による≪片手剣≫の連撃系ソードスキル【アハト・ライト】。現在確認されている≪片手剣≫の連撃系ソードスキル最高攻撃数であり、片手剣使いの切り札とも言うべき強力なソードスキルは、×印を描くような2連撃、そこから即座に3連突き、そして振り下ろしからノータイムでの斬り上げ、そしてトドメの大振りでありながら高加速の薙ぎ払いという凶悪な連続斬りである。それがモーション軌道を完璧になぞるようにしたキアヌによるモーションブーストによって更に威力が引き上げられ、速度・威力共に並の使い手とは比較にならない程に増幅されている。

 だが、それに耐えきれないように、亀裂が入っていたスティングレイからポリゴンの欠片が散る。キアヌが披露したスキル・コネクトはその関係上動きを繋げるには順番が重要になる。ユニークウェポンであるドラゴン・クラウンならば耐えられただろう8連撃も、スキル・コネクトの性質上あの場面では使えなかったのだ。

 そして、アハト・ライトの硬直時間でキアヌがキャリア・レギオンの前で棒立ちする。それは完全なる無防備であるが、8連撃の最中にガラスが砕けるような音と共に全身から光を剥離させたキャリア・レギオンはソードスキルを浴びた衝撃で怯む。その隙を見逃さずに、シノンは聖水爆弾を追加しながらハンドガンを連射する。今度はキャリア・レギオンの胴体から命中箇所より赤黒い光が零れ、僅かながらもダメージが与えられている。聖水爆弾も効果を発揮し、爆発と残留する霧の両方でHPが削られ始める。

 

「ソードスキルに頼るべきじゃないってお師匠様に言われなかったかしら?」

 

「短期決戦だ。出し惜しみする方が失礼だろ? それにアーマーを剥がせる自信もあったんだ。彼らの抵抗は決して無駄じゃない。レギオンには決して小さくないスタン蓄積があったはずだ」

 

 戦意を失っていたのは、キャリア・レギオンの残虐性を前にしてのものだけではなく、攻撃が通じないという面もあってのことだとキアヌは推測したのだろう。そう考えれば、キアヌのソードスキルの連続も計画性があっての事だ。

 キャリア・レギオンは触手を乱舞させ、こちらを近づかせまいとする。今ならばあらゆる攻撃が通じるはずだ。アーマーが剥がれた事を差し引いてもかなりの量のHPであるが、上手くキアヌの≪二刀流≫を当てれば大ダメージは間違いない。

 加えてキャリア・レギオンはその機動力の大半をジャンプに依存している。走行速度はレギオン・シュヴァリエ以下であり、巨体故に小回りも利かない。今のところは攻撃手段も近接の格闘攻撃と触手のみだ。

 触手の4本をガードに回し、キャリア・レギオンはキアヌを近づけまいとする。予知にも等しい速度でキアヌの行動を先読みするように触手を振るっているが、彼の驚異的な反応速度の方が1歩どころか、天地ほどの差がある。キャリア・レギオンの触手の初動の時点でキアヌは人外離れした反応を即座に反映させて躱し、着実に間合いを詰めていく。ガードに専念してもやはりヤツメ以下であり、触手捌きは遠く及ばない。

 シノンもやろうと思えば間合いを詰められるが、今すべきはキアヌの援護だ。聖水爆弾も決して多量に持ち込んでいるわけではない。残り3個であるが、出し惜しみせずにキャリア・レギオンに投じる。キアヌに触手を集中させるキャリア・レギオンは防御できずに頭部に直撃させてダメージを負い、金属同士を削り合わせたような金切り声で怒りを露にする。

 まだ足りないか。そう思った矢先に、キャリア・レギオンへと次々と火炎壺が投げつけられる。何事かと思えば、シノン達に場を任せる事が出来なかっただろうプレイヤー達が、せめての援護とばかりに火炎壺や黒い火炎壺を投擲している。次々と着弾して爆炎を受けるキャリア・レギオンのHPはガリガリと削れていき、キアヌに接近される前に大ジャンプで空を舞う。

 

「キャリアを見るな! 足下の陰を見るんだ!」

 

 叫ぶようにキアヌは指示を飛ばし、援護していたプレイヤーたちは自分たちに陰が重ねっていると知るや否や、必死の形相で蜘蛛の子のように散る。落下してきたキャリア・レギオンが生み出す衝撃波によって何人かが吹き飛ばされるも死者はいない。

 キャリア・レギオンのHPは残り7割である。たった1本に凝縮されたHPはかなりの量であるが、火炎壺などによる物量攻撃とキアヌに斬られた触手へのダメージも含めれば、クリーンヒット無しでも十分なダメージを与えられた。キャリア・レギオンは再びアーマーを纏って皮膚に光沢を生み出すも、攻略法が分かっているならば剥ぎ取る策も思い浮かぶ。

 しかし、ダメージを負った事でキャリア・レギオンも本気を出したのだろう。今度は自分の周囲に5つの血の塊のような巨大な球体を生み出し、旋回させる。そして、そこからあふれ出した赤黒い……まるで静脈のような血が地面を汚染していく。

 球体は旋回してキャリア・レギオンを守護し、円の半径を拡大・縮小を脈動のように繰り返す。どろりとした血を踏みつけたプレイヤーは、慌てた様子で跳び退いた。

 

「レベル3の毒!? それにレベル2の麻痺蓄積もあるぞ!」

 

 デバフの複合攻撃とはやってくれる。シノンはここで搦め手を披露したキャリア・レギオンに驚きつつ、アイテムストレージにデバフ回復関連のアイテムが1つもないという致命的失態に舌打ちする。元より突拍子もないイベントのせいで回復アイテムもろくに所持していないのだ。シノンの準備不足を叱責できる者など何処にもいないだろう。

 

「スタミナ消費もあるから、あまり使いたくないんだけどな」

 

 だが、キアヌは嘆息と同時に両手の剣を構えながら一呼吸を入れる。それは≪集気法≫のソードスキルの1つか。彼は淡い紫色のオーラを纏う。色彩からして毒耐性を引き上げたのだろうが、スタミナ回復や攻撃力アップに続いて耐性強化まであるとは、≪集気法≫の万能性にシノンも驚かされる。

 レベル2の麻痺よりもスリップダメージと蓄積スピードが勝る毒への対策を重視したキアヌの判断は正しい。これで彼は球体と足下の汚染を比較的に気にせずキャリアとの間合いを詰められる。

 ユニークスキルなど癖が強過ぎて要らないと思っていたが、こうまで格差を感じるとシノンも保有したいという願望を抱く。ユージーンの≪剛覇剣≫はどうやらガード無視とライトエフェクトに攻撃判定という攻撃特化の凶悪性能のユニークスキルのようであるが、≪集気法≫は万能サポート系だ。通常攻撃火力とラッシュ力を引き上げる≪二刀流≫との相性は最高である。

 キャリア・レギオンは触手を今度は地面を抉るようにして自分の周囲で回転させる。徹底的な迎撃態勢のキャリア・レギオンは、その攻撃性に反して防御重視……すなわち時間稼ぎを主体としている。この事態の感染源であるならば、キャリア・レギオンの早急な撃破こそが犠牲者の増加を防ぐ最善策だ。それを理解しているからこその、攻撃的な姿に反する防御重視である。

 とはいえ、シノンとてこのまま何も無策で見守るつもりはない。球体を睨みながら、ある程度のセオリーは通じるだろうとハンドガンを撃ち込む。狙い通り、球体はまるでダメージを受けたように震える。ある程度のダメージを与えれば球体は消失するだろう。

 

「やる気があるなら球体を攻撃しなさい。速さは無いから、≪投擲≫があるなら狙えば確実に命中できるわ」

 

 10人以上も葬られた惨劇を目の当たりにしながら、キアヌとシノンという上位プレイヤーでも更に上澄みのような2人の動きを前にしても残った彼らならば、素直に援護に徹してくれるだろう。シノンは投げやりに指示を与え、ハンドガンをオミットする。

 試すか。シノンは獰猛に笑い、取り出したのはマユが持て余していた武器の1つ【弓剣・マユユン3式(改名予定)】だ。歪んだ曲剣は見た目通り≪曲剣≫であり、未保持のシノンではボーナスも乗らないが、真価は変形機構による弓への変形だ。マユが複数作成していた弓剣シリーズでも最軽量・最高火力という阿呆としか言いようがない武器であり、射撃状態まで引き絞るにはシノンのSTRではかなりの時間がかかる。下手をせずとも大弓級の連射性能の悪さだ。しかも武器強度は何とカタナ以下であり、ガードに使えば即破損確定である。あのアイドル女は本当に浪漫の世界で生きているのだなとシノンも実感する実用性の悪さである。

 だが、火力と命中精度はシノンが保有する弓全ての中でもトップクラスである。放たれた矢は触手の嵐の中を真っ直ぐに突き進み、キャリア・レギオンの頭部に命中する。あくまで実用性の悪さであり、『無さ』ではない。癖の強過ぎる武器は使用者の技量でカバーすれば、使いこなせばそっくりそのまま攻撃性能の高さに変換される。

 いっそ≪曲剣≫を持とうかとシノンは考える。あの白髪傭兵の真似ではなく、スミスがそうであるように、傭兵というのは手数の豊富さがそのまま強さにも繋がる。キアヌのように一芸を極めるという……狙撃特化の戦い方が無理ならば、スミスのようにある程度の手札はキープすべきだ。断じて、スキル脳筋疑惑(確定事項)の白髪傭兵の真似ではないとシノンは拳を握る。

 もう1本! キアヌが無事に汚染地帯と触手を潜り抜けたタイミングを見計らって、腕による薙ぎ払いの初動を邪魔するように矢を放つ。たとえ怯まずとも命中によって気を逸らす程度にはキャリア・レギオンはシノンに苛立っている。システム的なヘイトではなく、キャリア・レギオンが持つ凶悪な何か……本能とも呼ぶべきものがシノンへと牙を剥く。

 途端にキャリア・レギオンはキアヌの連撃を浴びるのも無視して、両手を地面について4足歩行となると強引にシノンへと突進する。アーマーが残っている内にシノンを排除する算段らしく、触手の乱舞と球体による一帯の汚染でこちらの動きを阻害しながら、キャリア・レギオンがシノンをつかみにかかる。

 捕まえれば胴体を引き千切られて即死だろう。ぞわりと首筋に死の悪寒が駆け抜け、シノンは毒と麻痺が蓄積するのも厭わずに汚染された地面を踏む。キアヌはキャリア・レギオンを追いかけて斬撃を浴びせ続けるも、キャリア・レギオンはDEXを活かして逃げ回るシノンを執拗に追いかける!

 

「この……ストーカーは女の敵よ!? 気持ち悪いのよ!」

 

 矢を放ってヘッドショットを決めてもアーマーを持つキャリアは怯まずにシノンへと迫る。爪がシノンの胸先を掠め、危うく掴み攻撃されそうになって冷や汗を垂らす。もしも逆足関節のせいで走行能力が低くなかったとするならばと思うと背筋が凍りそうになる。

 そして、触手の1本を踏み台にして獣のように這って動くキャリア・レギオンの背中にのったキアヌが両手の剣を突き刺す。アーマーに弾かれていた剣先は、その破裂と共に深々と胴体に潜り込み、キャリア・レギオンは悲鳴を上げる。突き刺した剣をそのまま振り抜いたキアヌは振り落とされる前に跳んで宙を舞いながら回転斬りをお見舞いし、着地と同時に右手のドラゴン・クラウンを突き出す。キャリア・レギオンは咄嗟に触手を交差させて防ぐも、その間にシノンは狙い澄ましたヘッドショットを決める。

 他のプレイヤーたちの奮闘もあってか、球体も3つまで減っている。汚染地帯も減り、より攻めやすくなった。レギオンの厄介な、本能とも言うべき反応の全てはキアヌに注ぎ込まれているお陰でシノンは気にせずに攻め放題だ。更に駄目押しで他プレイヤーたちも在庫一斉処分とばかりに投擲攻撃アイテムを投じ続けている。火炎壺系が尽きたならば、投げナイフ、武器、ついには散乱する瓦礫まで投げつける始末だ。

 HPがついに3割に到達し、キャリア・レギオンが一気に間合いを取る。その全身に赤黒いオーラを纏い、天上の赤い月を愛でるように手を伸ばす。

 

 

 

 そして、キャリア・レギオンが分身した。

 

 

 

 出現したのはフルのHPバーを持つ4体のキャリア・レギオン。ネームドの証である名前を頂かないそれは分身の類だろう。ここにきて数による暴力を最終攻撃手段に組み込んできたキャリア・レギオンであるが、本体を除けばアーマーを保持していないらしく、光沢はない。だが、いずれも4本の触手、本体と同じ巨体、そして遜色のない動きを持ち、単純に戦力は5倍にも達したとも言うべきだろう。

 こうした分身系能力持ちの攻略法は古今東西あらゆるゲームで確立されている。すなわち、本体を狙い続ける事だ。幸いにもどれが本体なのか分からないという最悪のパターンではない。だが、分身系の常として分身体を撃破しても新たに追加されるという黄金パターンが存在する以上は、本体を攻撃する以外に道はないのだ。

 だが、事実上の『タイムアタック』において、実質的なアタッカーがシノンとキアヌしかいない状況では、最高最悪の能力だ。そして、5倍にも増えた触手攻撃を前にしては、回避に徹し続けるしかない。またスタン蓄積によるアーマー破壊ならば、丁寧に一撃ずつキャリアに攻撃を当てても意味が無い。一気に連撃でアーマーを剥がすほかにないのだ。

 キアヌ1人に本体を任せて、残りの4体をシノン1人が引き受けても良いが、キャリアが素直にシノンだけを狙うはずがない。あくまで防御重視のキャリア・レギオンは徹底的に間合いを引き離し、分身体を盾とするだろう。

 どうする? どうすれば良い? 何がベストな判断? シノンは冷や汗を垂らし、義手の拳を握る。

 

 

 

「諦めてはいけません。神は言っています。『勝つのは我々だ』と。アンバサ」

 

 

 

 途端にシノン達を包み込んだのは温かな山吹色のオーラだ。同時にシノンにオートヒーリングと攻撃力アップのバフが追加される。振り返れば、白の教会法衣を纏ったおかっぱ頭が似合う男が立っていた。

 その名は【聖者】ウルベイン。凛々しい顔立ちとは裏腹に、温和な性格と善意に溢れた人格者として知られている。典型的なヒーラーであり、同時に高いMYSに裏打ちされた強力無比な攻撃系奇跡を持つ。

 使用したのはユニーク級のレアリティがある【戦神の光の加護】だろう。使用する魔力量も膨大であるが、一定範囲内のプレイヤー全てにオートヒーリングと攻撃力アップ、そして全攻撃に微弱であるが雷属性を付与させる。DBOでも保有者はウルベイン以外に確認されていない奇跡である。

 とはいえ、その強力な効果の関係上、効果時間も短い。この援護を無駄にしないべく、シノンは1体の分身体を引き寄せる。もう1体も相手取りたいが、あくまでキアヌが本命とばかりに残りの3体と本体は彼に集中攻撃をし続ける。

 そこに突如として降り注いだのは黒い塊。闇術特有の禍々しさと物質感を持つ闇のオーラの塊が次々と分身体の1体に直撃する。そして、更に赤い月光を斬り裂く円刃が翻弄する。

 

 

 

「いやぁ、深夜アルバイトとか私の趣味じゃないんですけどねぇ」

 

「ボスの命令だ。我慢しろ」

 

 

 

 現れたのは泣く子も黙る犯罪ギルドの武闘派、チェーングレイヴの幹部であるマクスウェルとレグライドだ。因縁がある2人にシノンも頬が引き攣るも、彼らは泥をつけられたUNKNOWNとキアヌを結び付けていないのか、あるいは最初からこの場では過去を水に流すつもりなのか、特に執着する様子もなく、分身体の1体を引き受ける。マクスウェルは魔法使い型らしく後方支援に徹し、追う者たちや闇の飛沫、他にも見た事も無い黒い雷撃を降らしてキャリア・レギオンの1体を防戦に追い込み、その間にチャクラムと格闘攻撃を嗜むレグライドが踏み込む。

 キャリア・レギオンが更なる増援に威嚇し、分身体を2体引き寄せてガードを固める。キアヌは触手の森を突破しようと、リカバリーブロッキングでスタミナ回復をしながら接近を試みるも、キャリア・レギオンに到達するには攻撃密度が濃すぎる上に、あと1歩のところまで届いてもハイジャンプされて間合いを離される。

 曲剣モードに戻した弓剣と義手の爪で分身体に張り付いて触手攻撃を封じながら、シノンは早急に撃破すべくペースを上げる。いかに分身を再生産できるにしてもインターバルがあるはずだ。ならば、今は一刻も早く分身体を撃破してキアヌの援護に回るべきである。だが、バランスブレーカーな事に、分身体のHPは本体と同一なのか、ボーナスが乗らない曲剣と単発火力が劣る義手では削り切るのに時間がかかる。

 

 

 

 

「退屈な獲物だ。私が出張るような相手だと思う?」

 

「さぁな。だが、我々の実力を示すには丁度良い機会だ」

 

 

 

 

 青い炎が吹き荒れ、紫の太い光刃がレギオンの触手を払い除ける。

 1人は顔に生々しい傷跡を持つ、鋭利な刃物のような印象を受ける顔立ちをした男だ。全身に中量級の鎧を纏い、特大剣と思われる石肌をした大剣を片手で軽々と振るっている姿はパワーファイターの見本のようであり、その踏み込みは生半可なDEX特化を上回る。

 もう1人は青黒い髪をした獰猛な笑みが似合う野性味あふれる女だ。右手に持つのは高出力のレーザーブレードか。左手にはサブウェポンらしきマシンガンを装備している。

 新手の増援にはシノンも知識が無い。だが、キャリア・レギオンの分身体にも引け劣らないどころか、むしろ追い詰めて本体から引き離すように押し込んでいく姿は上位プレイヤーでも更にトップクラスの実力だろう。

 

「こんばんは。今日は良い夜ね、【魔弾の山猫】……それに【聖域の英雄】。できると聞いている。その実力を私に見せてみろ!」

 

「この戦狂い女は【アンジェ】。私は【ブルーアイ】だ。此度のサインズの傭兵不足に伴い、新登録された傭兵だ。同業者としてよろしく頼む」

 

「戦いこそ私たちの生き甲斐! 戦いこそが私たちの生きる道! 戦いこそが私たちの死に場所! 安直ネーミングのスカーフェイスは黙っていろ!」

 

「私は執事であり、不本意だが……甚だ不本意だが、今はお前が主だ。黙れと言われれば黙ろう」

 

 漫才でもするように、ブルーアイと名乗った男は青い炎を吐き出す石の大剣を振り回して2体の分身体を退けると、そこに即座にアンジェと呼ばれた女がレーザーブレードで斬り込む。レーザーブレードは展開時間によって魔力を消費するが、アンジェはレーザーブレード特化なのか、POWをかなり高めているのだろう、高出力だろうレーザーブレードを惜しみなく振り回し、高スピードで回り込んでは左手のマシンガンを吐き出す。DEXもかなり高いところを見るに、他のステータスをかなり犠牲にしているのは間違いないだろう。いわゆる『当たれば死ぬ』タイプである。そして、その命知らずの苛烈な攻撃と獰猛な笑みはまるで戦いを心底から楽しんでいるようだ。

 アンジェを援護するように立ち回るブルーアイも見事であり、特大剣を軽々と片手で扱ってキャリアを牽制し、自称『執事』は伊達ではないとばかりにアンジェがより攻めやすい環境を準備している。だが、その視線……ある種の激情とも思える眼差しが向けられるのは、ついに1対1までキャリア・レギオン本体を追い詰めたキアヌの背中だ。

 

「彼らもやりますねぇ」

 

「ボスの懸念していた事案か? まだ早計だな。だが……」

 

 レグライドは口笛を吹きながら分身体の顎を蹴り上げ、そのまま宙で前転して加速した両手のチャクラムで直接額を斬りつけ、着地と同時に自身を守るようにソードスキルの光を纏わせたチャクラムを手放す。レグライドの周囲で回転するチャクラムの刃に指を切断された分身体は悲鳴を上げて遠ざかるも、そこに寸分狂わずトラップのように黒雷をマクスウェルは降らす。

 アンジェとブルーアイという新たな同業者……もとい潜在的な敵対者は何処の陣営に属するのか、はたまた独立傭兵を貫くのか。それ次第で今後の大ギルドの動きが大きく変化するだろう。

 あともう少し! 1対1になったキャリア・レギオンはキアヌの張り付きをハイジャンプで引き離そうとするも、落下地点を予想し、衝撃波によるダメージも厭わずに跳びこむキアヌの猛攻に押し込まれている。本能的な読みも、学習速度も、キアヌの剣速と剣術を超えるにはあまりもペースが鈍く、またこの間にもキャリア・レギオンからある種の攻撃のテンポとも言うべき『パターン』とも言うべき癖を読み取ったらしいキアヌの動きのキレは増すばかりだ。

 だが、スティングレイが果たして耐えきれるか否か。元より≪二刀流≫はドラゴン・クラウンのような重量級片手剣でこそ真価を発揮する。変形によるリーチ増加を上手く織り交ぜているが、触手を迎撃する度に破損個所からポリゴンが散り、その寿命を削り取っているスティングレイの限界は近い。

 

「追い詰めたぞ。赤い月にお別れを告げる準備は良いか?」

 

 既に間合いを詰めたキアヌに対して触手は有効ではない。キャリア・レギオンは慟哭と共に爪の連撃で応じるも、キアヌは的確にそれを躱して斬り込んでいく。シノンは援護したい気持ちを抑えながら、自分がキープする分身体に邪魔させないべく張り付き続ける。

 キャリア・レギオンが奥の手だろう、口内から血のような液体を吐きつけてキアヌに奇襲をかけるも、彼もまた切り札のように自分自身から緑色の光の波動を解き放つ。それは神の怒りのようにダメージと衝撃を伴っているのか、極光を至近距離から浴びたキャリア・レギオンのアーマーは一撃で剥ぎ取られるだけではなく、HPも削れて赤く点滅する。

 あとソードスキル1発。そうでなくとも≪二刀流≫の連撃で沈められる! そう思えた矢先に、キャリア・レギオンは眼前の宿敵の撃破ではなく、感染源としての生存を優先するようにハイジャンプする。ここでの逃走はキアヌにも予想外だったらしく、反応が遅れて斬撃が間に合わなかった。

 逃げられる!? シノンがそう思った矢先に、彼女の……いや、この場の全員に共通の悪寒が襲いかかる。

 自然とシノンの目が向かったのは、黒鉄宮広間から遠く離れた場所。何とも分からぬ、終わりつつある街にある建物の1つ。その屋根の上で青い光が瞬くのを見た。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「角度修正。右方1度、上方1.3度」

 

「嫌がら、せ……か? やや、こしい、微調整、できる、わけ、ねーだろ」

 

「ククク、だろうな。貴様は本能のままに狙いをつけろ」

 

 まったく、まさか本当に嫌がらせだったとはな。オレは腰を黒鉄宮跡地広間から望める建物の屋根に下ろしていた。オレを包み込むように背中からダークライダーが腕を回し、全身とレールガンを構える左腕を文字通り力技で補強している。

 ダークライダーの計画は単純明快。狙撃だ。オレの持つレールガンで、キャリア・レギオンを殺す。アルトリウス戦を知られているのだ。レールガンも既知の武器だろう事は想像していたが、まさかオレにシノンの真似事をさせるとは思いもよらなかった。

 視界など全てが滲み、また隻眼では有効視界距離も短い。狙撃など到底不可能であるが、チャージレベル5のレールガンならばこの距離からでも十分に黒鉄宮跡地を射撃圏内に収めている。ならば、理論的には狙撃も可能だ。

 最後の1発だ。どちらにしても連射が利く武器ではない。必中が求められる。

 ヤツメ様の導きがキャリア・レギオンの居場所を、狙うべき場所を教える。オレはそこに狙いを付ければ良い。後はダークライダーからもたらされる情報のままに修正を加えていく。

 本来ならば今のオレではとてもではないが、レールガンの反動を抑えきれない。いや、万全かつSTR出力を最大にしても必ずブレが生じて狙撃など不可能だろう。だが、ダークライダーが反動を抑え込む事で問題はクリアされた。

 後はオレが撃ち抜けるか否か。最難関のはずであるが、オレは微塵も外すとは思っていない。

 

「二刀流、の、剣士、が、あそこ、に、いるん、だ、な?」

 

「その通りだ。イレギュラーの抹殺を任務とする私は『ヤツ』を殺さねばならないだろう」

 

「……『オレの獲物』だ。ぶち殺す、ぞ?」

 

「ククク、横取りは趣味ではないが、我らの殺し合いに憎しみが増えるならばそれもまた良し。より我らの闘争は色濃いものになるだろう。ああ、実に楽しみだ。貴様との殺し合いがな。しかし、もう1人の我が好敵手……あの女は随分と腑抜けたようだな。見込みがあると思ったが……これも『ヤツ』の影響か。つまらん。実につまらん。山猫は血に飢えた姿こそ美しいというのに」

 

 シノンはあれで良いんだよ。彼女は『アイツ』と同じ道を歩める素質がある。ならばダークライダーに失望されて執着されない方が幸せだ。

 

「どうやらキャリアが逃げるようだな。フン、だから出来損ないと言うのだ。今だ、撃て」

 

「了解」

 

 何ら躊躇なく、感慨なく、オレはトリガーを引いた。

 レギオンは殺す。1匹残らず殺す。

 撃ち放たれたレールガンの青い光を帯びた弾丸が無事にキャリア・レギオンを貫いたか、薄れた視界では捉えることができなかった。

 だが、オレの目の前に表示されたらしいシステムウインドウのリザルト画面が……視界から赤の月光が消えていくのが、結果を物語る。

 

「【感染源のソウル】か。これが貴様の更なる力となる事を期待しているぞ。それまでさらばだ、我が好敵手よ」

 

「じゃあな、ダーク、ライダー」

 

 背中からダークライダーが離れ、去っていくのが分かる。レールガンの反動が突き抜けて全身から痛覚が芽吹き、背中から屋根に倒れたオレはしばらく動けそうにない。だが、この騒動の後始末で教会やら大ギルドやらが動き始めるはずだ。その前にこの場から去らねばならないだろう。

 最後に、去り行く彼に微笑みながら、オレは呟いた。

 

 

 

 

「「いずれ、殺し合う約束の日まで」」

 

 

 

 

 重なり合ったオレ達の言葉は、必ず訪れる決着の時への羨望だ。

 ああ、楽しみだ。待ち遠しいよ、ダークライダー。その時こそオマエの全力を味合わせてくれ。オレも約束しよう。必ず全てを出し切ってオマエを殺すと。

 それまでに、少なくとも迷子の子猫ではない事を祈ろう。『答え』も見つけていないなどヤツに失礼だ。

 

「さすがに、少し……眠い、な」

 

 立ち上がれ。まだやるべき事は残っている。感染源は死んだようだが、他のレギオンは健在だ。もう増えることは無いだろうが、1匹として生かすわけにはいかない。

 夜明けまでに残業が終われば良いのだが。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 まるで見切れなかった高速の青い光を帯びた弾丸が、跳び上がったまさにその瞬間にキャリア・レギオンを貫き、そのHPを霧散させた。宙で爆散し、赤黒い光の雨を降らせたキャリア・レギオンの死がシノン達を染める。

 アンジェは物欲しそうに弾丸が飛んできた方向へと進もうとするも、ブルーアイが腕をつかんで引き摺って行く。ウルベインは祈りを捧げると足早に街へと戻っていく。他のプレイヤーたちはその場に倒れて1歩も動けないようだ。レグライドとマクスウェルも他のプレイヤーが集まる前に退散する。

 

「何だったのかしらね」

 

 剣を収めるキアヌは、トドメを奪われてさぞかし不満だろうと思ってシノンは声をかけたが、意外な事に彼は懐かしそうに、嬉しそうに微笑んでいた。

 

「たまには良いさ。いつも『彼』は譲ってくれてばかりだったからな」

 

 そう呟いたキアヌは何事も無かったように、シノンの肩を叩いて彼女の隣を通り抜ける。キャリア・レギオンは消え去っても、感染レギオンは残っている。混乱した貧民プレイヤーたちによる暴動がいつ起きるかもわからない。それを諫めるのもまた『英雄』の仕事だ。

 短かった獣狩りの夜は終わり、銀色の月が空に浮かんでいる。ひとまずの脅威は去り、何やら大きなシステムメッセージと共に茅場の後継者からの寒々しい賛辞の文面と全プレイヤーへの報酬一覧が記載されているようだが、今はそれを確認する気力もない。

 

 そして、終わりつつある街は夜明けへと近づくように、鐘の音が月光へと浸み込んでいった。




次回が本エピソードの最終話となります。
テーマは『感染』でしたが、そこには複数の意味が込められていました。

それでは、119話でまた会いましょう。

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