SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

おっぱい戦争勃発。



Episode17-06 キャバクラ事変

 曲剣の利点とは何か? それは片手剣に並ぶスタンダードな使い易さがその1つである。

 総じて片手剣よりも重量は抑えられ、単発火力も決して低過ぎない。やや脆さが目立つもカタナ程に顕著ではない。斬撃属性重視なので対策を取られると厳しいが、それは武器としての特徴なので割り切るべきだ。ただし、ソードスキルは連撃系が中心であり、≪片手剣≫程には突進系や単発系に恵まれていない。

 TECボーナス寄りの武器ジャンルなので、TECとDEXを高める傾向がある高速戦闘型とも相性が良い。射撃攻撃での援護をする弓使いのサブウェポンとしても鉄板である。

 呼吸を整えて、鬱蒼と茂る森の中から奇襲をかける、獣人型のモンスターである【ルギアの獣】をシノンは迎え撃つ。青黒い毛に覆われ、身長2メートルほどの二足歩行の怪物は、頭部が肥大化・異形化し、複数の赤い目玉が張り付いている。口からはレベル2の毒が蓄積する毒液を使ってくる上に、鋭い鉤爪の連撃と高い機動力、そして必ず3体以上で出現するという厄介な存在だ。しかも経験値もコルも強さに見合わず、アイテムドロップも毒液関連であり、売却しても安価だ。

 だが、このモンスターの最大の売りは戦闘によって得られる熟練度の高さだ。武器・スキルの双方が成長していく上に、他のモンスターに比べてキャップが緩く、長く・多くの熟練度を稼げる。突貫で武器とスキルを成長させたいプレイヤーからすれば金塊よりも価値があるモンスターだ。

 

(まだ1時間……まだ1時間なのに、キツいわね)

 

 ルギアの獣自体はHPも低いので攻撃を的確に当てれば撃破は容易だ。だが、火力の高さと連撃を活かす機動力、そして数で翻弄してくるだけに精神の摩耗も激しい。最前線落ちしているとはいえ、想定レベルが55前後と推測されており、ステータス構成次第ではあっさりと殺されかねない。

 シノンは近接戦闘を想定してVITを高く上げているわけではないので、必然として回避中心の戦闘が求められる。それはスタミナの消耗を激しくするのだが、TECにはスタミナ減少を緩める効果があり、またレアリティが高い【緑花の指輪】を装備する事でスタミナ回復速度も底上げしている。問題は軽装なので下手に連撃に捕まったり、囲まれてしまえば、即座にお陀仏という点に尽きるだろう。

 吐き出される毒液を躱し、体を反らして長い腕から振るわれる鉤爪を喉元ギリギリで掠めさせ、カウンターで右手に握る曲剣を振るう。

 シノンが新たに得たスキルは2つ。≪武器枠増加≫と≪曲剣≫だ。使用しているのは【弓剣アンリエッタ】である。キャリア・レギオン戦で使用した弓剣の正当後継であり、火力と連射性をバランスよく仕立てた傑作だ。やや分厚い歪曲した刀身は外観に比べて軽量であり、それは変形によって金属製の弓に変じる。シノンはルギアの獣の背後を取って弓剣で喉を斬り裂き、その背中を蹴飛ばして仲間と激突させたところで弓に変形させ、2体同時に射抜く。使用しているのもマユ謹製の【捩じれ矢】だ。先端がネジのような螺旋構造になっており、飛距離と命中精度は決して優れていないが、火力は高い。マユが作っている、コストを除いたトータルバランスに優れた【聖王鋼の矢】との運用が肝になるだろう。

 追加武装の矢筒を装備すれば、矢の本数を増加させ、また複数種の矢を同時に扱うことができるのだが、それでは武器枠を1つ埋めてしまう。弓使いのジレンマの1つだと思いながら、曲剣モードに戻して踏み込みからの≪曲剣≫の回転系ソードスキル【フラン・ゲイル】を発動させる。激しい2連回転斬りはどう考えてもオーバーキルであるが、ソードスキルの熟練度も引き上げねばならないので仕方が無かった。代償としてスタミナと硬直時間を支払い、その間に残った1体の鉤爪が背中を抉る。

 

「無断で乙女の体に触れるなんて……マナーがなってないわよ!」

 

 爪指モード起動。義手の左腕、その指が金属の爪で覆われ、接近戦に対応できるようになる。体を反転させた勢いで更なる攻撃を叩き込もうとするルギアの獣の胸を抉り、ノックバックさせたところで、その肥大化した頭部を爪の指でつかむ。

 

「吹き飛べ」

 

 義手の掌、そこに仕込まれた小型砲門が開かれ、轟音と共に弾丸が放たれる。その接射はルギアの獣の頭部を文字通り消し飛ばし、赤黒い光が飛び散る。頭部を失って膝をついた最後のルギアの獣が爆散し、リザルト画面が出たシノンは義手の射撃の反動で滑りながら、即座に≪気配遮断≫とエンカウント率を引き下げる、教会の【退魔の香薬】を足下に投げつけて白い靄を発生させる。

 相変わらず慣れない凄まじい反動だ。義手と繋がる肩にフィードバッグの疼きを覚えながら、煙を上げる義手に肩まで捲っている袖を下げて足早に森から脱出しながら、義手についての説明を思い出す。

 

『マユユン☆改良義手第3号【ブルーレイン・徹甲型】(シノン改名済)! 変形機構とはリーチや属性の変化のみにあらず! 義手の内部に変形機構を組み込んで、キャノンを仕込んでみました♪ あ、ちなみに耐久性能はマジでヤバいから、表層防御加工を突破されたら即破損なので、シノっちのお財布とマユユンの睡眠時間が死にます』

 

 それ以前にこっちはアンタが義手を作り過ぎて溜め込んだ貯金が底を尽いたわよ! 専属傭兵として比較的資金面では余裕があったシノンであるが、マユは太陽の狩猟団ではないのでこれまでのように安価で武器を入手することもできず、むしろ目玉が飛び出るくらいの請求書に頭を悩ますという、傭兵として実に日常的な問題に直面していた。

 第3号という時点で分かるように、既に義手は日常用と戦闘用2種の3つが完成している。他にも新作の銃器も開発してもらったので、シノンは溜め込んでいたレアアイテムの幾つかを売却して資金作りをする羽目にもなった。

 弓剣も耐久度は決して優れた部類ではないので、総じて武装面が『脆い』が、元より攻撃を受ける事を想定していないシノンにとっては、今までの戦いからも分かるように、最大のネックは火力不足だった。それを解消するように求めたのはシノンであるが、どうしてHENTAIというのはこうもピーキー過ぎるものを作りたがるのだろうか。

 

(そもそも義手にキャノンって……キャノンって……馬鹿過ぎるでしょう。頭おかしいんじゃない?)

 

 だが、効果的であり、えげつない。射程距離・精度・連射性能・反動の全てを犠牲にした、シノンのステータスギリギリで運用可能な仕込みキャノンは、戦闘中の近距離からの奇襲射撃、あるいは先程のような相手を掴んだ状態での接射を想定したものだ。仕込まれているのも【飛竜討伐徹甲弾】という1発当たりの単価のゼロの個数がおかしいものである。ちなみに義手には3発しか仕込めず、追加装填には鍛冶屋による整備が必要なので長期任務向けではない。その問題はもう1つの義手で解決できるので不安はないが、どちらの義手もお財布に優しくない事には変わりなかった。

 キャノンによる頭部によるクリティカルダメージ。しかも接射だ。兜を装備したプレイヤーでも生半可なVITや防御力では即死もあり得る。そうでなくとも、腕は千切れ、腹には大穴が開き、戦闘続行は難しいだろう。対人・対モンスター・対ネームドのいずれでも極めて効果を発揮するキャノン仕込み義手は、マユのHENTAI鍛冶屋魂を感じさせる。弓剣の時点で分かってはいたが、変形機構の第一人者、変形のプロフェッショナルの称号は伊達ではない。

 このキャノン仕込み義手のお陰で先の百足のデーモン戦でもシノンはラストアタックを決めて、見事に【百足のソウル】を入手した。ソウル加工はマユも頭を悩ませており、いっそソウルをそのままユニークウェポン化する事も考えたが、百足のデーモンが変じる武器はいずれもシノンに使えない重量武器だったので却下した。

 いっそ売却してレア素材を入手しても良いのだが、ソウルというDBOでも最たる貴重品を手放すのも勿体ない。マユにソウル加工をお願いして新武装の開発も依頼してあるが、『研究費用』の時点で提示された金額を目にしてシノンは即時に開発保留へと方針転換した。

 確かに、たまにマユの新工房に訪れて『出来の悪い妹を嗤いに来ただけだ』という見事なツンデレ兄貴を演じるヘンリクセンが愚痴を零したように、オーダーメイドのオンリーワンの作成には、貴重な素材を無駄にしないように事前に幾度とない試作品の作成が行われる。もちろん、綿密な設計による1発勝負が求められる窮地もあるかもしれないが、基本は時間とコストをじっくりかけるものなのだ。

 弓剣にしてもベースの開発は元から仕上がっていたとはいえ、シノンの要望に応える為にマユは不眠のデバフがついて、素のダウナーモードの更に先の無言モードになり果てるまで徹夜を続けた程である。それを考えれば、『壊れちゃった。テヘペロ♪』するプレイヤーの何たる悪魔っぷりだろうか。

 しかもマユはシノンを半専属、キリマンジャロにしてキアヌであるUNKNOWNの専属として、2人の面倒見ているのだ。いつも明るく振る舞っている上に態度もウザさが目立つが、彼女の工房が夜遅くまで明かりが灯っている事を知る身としては、感謝してもしきれない。

 

「レッスン2、不合格だ」

 

 森から脱出すると、切り株に腰かけていたスミスは煙草を咥えながら、シノンが戦闘ログを公開するより先に通達する。

 場所は≪闇魔術師ゴスローアの記憶≫。鬱蒼と茂る森が広がる、昼も夜も薄暗いステージである。腐敗した森は毒霧や毒沼、そしてルギアの獣のような厄介極まりないモンスターがうようよしており、プレイヤーも攻略後はほとんど近寄らない。イベントダンジョンも発見されており、その難度の凄まじさは最前線が可愛く見える程である。そのイベントダンジョンの最奥にはイベントボスが控えているらしく、【深淵の主、ルギア】は情報だけでも茅場の後継者が『死 ぬ が よ い』と述べているようだった。

 

「1時間『無傷』でルギアの獣を30体討伐。スタミナ管理と適切な回避判断ができれば、そこまでの難度ではない」

 

 シノンは何も熟練度稼ぎでルギアの獣を狩っていたわけではない。レッスン2の新たな修行の場として選ばれたのがこの森だったのだ。

 レッスン2『回避技術』。常に複数戦かつ機動戦と毒液攻撃と言う搦め手を使ってくるルギアの獣は確かに訓練相手としては申し分ない。だが、下手をすれば6体から10体に囲まれる危険性もあるので、レッスン1と違って命懸けである。しかも討伐数の条件もあるので精神を休ませる暇もない。

 しかも、このレッスン2は全部で5段階あり、シノンは現在3段階、キリマンジャロは2段階である。なお、キリマンジャロの場合は『矯正』という意味でソードスキル使用禁止も条件に追加されているせいで、『反則』で何度もランクアップが阻まれている。無意識でソードスキルを連携に差し込む癖はなかなか抜けないようである。

 

「ちなみに5段階目は私の攻撃から30分『無傷』で回避だ」

 

「……冗談でしょ?」

 

「冗談だ。雨の中で濡れないように走れと言う位に無理だろうからね」

 

 とんでもない自信過剰であるが、それには裏打ちされた根拠たる実力があるので反論のしようがない。シノンは嘆息して弓剣を大きめの革製の鞘に収めて帰り支度をする。

 

「今日はこれくらいにしよう。キリマンジャロ君も先程ようやく2段階目をクリアしたところだ。キミも油断していると追い抜かれるぞ」

 

 同じくスミスも切り株から立ち上がって帰路へと向かう。シノンも今日は依頼が控えているので、修行に1日費やすなどできないのだ。

 着実に強くなってはいると実感できる。以前ならば、ミスティアとの2人がかかりとはいえ、足場の大半がスリップダメージを強要する溶岩地帯で、リーチのある攻撃と火炎攻撃で殺しにかかる百足のデーモン相手に優勢を保ち続けるなど無理だっただろう。

 先のドラングレイグ城でのUNKNOWNの大立ち回り、ユージーンのDBO史上2人目となる単独ボス撃破。その両方に傭兵として、1人のプレイヤー……いや、戦士としての嫉妬が無いと言えば嘘だ。自分にも同じくらいの力があればと望まずにはいられない。

 だが、マユの新武装ならば彼らと同じ立ち位置に至ることができる。そして、2つのデーモンスキルも癖はあるが、使いこなせば更なる力をシノンに与えるだろう。何よりも入手したデーモン化は『当たり』だった。

 スミスと別れたシノンは、誰の目も無い事を念入りにチェックした上で森の中でデーモン化を発動させる。

 デーモン化はある程度自分好みにカスタムできるが、事前の『アンケート』と戦闘ログなどから半自動的に決定される。ちなみに『アンケート』はほとんど心理テストのようなものであり、それがいかようにして結果に繋がったのかは不明であるが、この『アンケート』は300問以上あったので精神が時間的な意味でかなり擦り減らされた。

 シノンのデーモン化のタイプは『低燃費型』と分類される。デーモン化には時間がかかるので戦闘中の発動には適さない。

 変異の光の後にシノンは瞼を開く。暗がりの森を≪暗視≫ほどではないが見通せるようになった眼に、思わず口元を歪めれば、小さく可愛らしく伸びた犬歯が覗かせる。

 いわゆる獣系亜人である。今のシノンには猫耳が生え、また尻尾も備わっている。姿としては噂に聞くALOのケットシーに近いだろう。瞳孔も猫のような縦長になり、妖しき眼は人では出し切れない魔力を宿しているようだ。

 デーモン化制御時間は600秒。シノンはただでさえ高いDEXが更に増幅され、木の幹や枝を飛び跳ねて宙を舞う。まるで翼が生えたかのような滞空時間は癖になりそうだった。

 徹底したスピード重視。代償として火炎属性防御力が下がるが、それに見合うだけの運動能力の増幅は素晴らしい。有効視界・聴覚距離の拡大、疑似≪暗視≫も付与されているのも魅力だ。

 ビジュアル面もやや恥ずかしさこそあるが、人間からそこまで逸脱していないのも気に入っている。たとえば、太陽の狩猟団のリーダーであるサンライスなど、同じく獣系亜人なのであるが、全身が毛に覆われた獣寄りの姿だ。頭部も人から逸脱し、鋭い牙が並んでいる。燃費も悪く、発動時間も短いが、特にSTR面とスタン耐性が強化されるらしく、ここぞの攻めにおいて真価を発揮する。

 対してボス単独撃破で披露したユージーンのデーモン化は中燃費の悪魔型だ。頭部に捩じれた赤い角が生えるらしく、彼の苛烈な攻撃を更に後押しする。ユニークスキルの≪剛覇剣≫も単発火力重視の上にガード無効化だ。シノンもあの嵐のような連撃に突っ込んで斬り込みたいとは思わない。

 デーモン制御時間が30秒を切って赤く点滅し、アラートが鳴ってデーモン化が解除される。シノンはデーモン化制御時間が尽きると自動的に解除されるように設定しているが、それはデーモン化制御時間がゼロになった状態でもデーモン化を続けると発狂蓄積があるからだ。

 これはスタミナや魔力と同じ裏ステータスの1つと考えられており、いかなる条件で蓄積するのかは不明であるが、発狂蓄積が溜まりきるとプレイヤーは問答無用で獣魔化してモンスター状態になって無差別攻撃を開始する。既にその事例は獣狩りの夜……そして悲しき事にデーモンシステムが流出して以降は特に中位・下位プレイヤーで確認されていた。

 何がトリガーになって発狂ゲージが蓄積するのかは調査中であるが、そもそも命懸けの研究なので何処の大ギルドも前進していない。だが、噂ではデーモン化制御時間を伸ばすにはSANを成長させねばならないらしいので、おそらく発狂耐性もSANが関与しているとの見方が強い。

 転送して終わりつつある街に戻ったシノンはマユにテツヤンの店のお菓子でも差し入れしようかと、まずは依頼チェックとばかりにサインズ本部を目指す。その途中で、人込みの中で馬鹿の代名詞のグローリー、そして先に戻っていたらしいスミスの姿を見つける。彼らは決して相性が良い部類ではないが、グローリーが一方的に慕っているのはスミスの苦労人スキル(ユニーク級)の成す業といったところか。他にもレックスと虎丸が一緒なのは珍しい組み合わせであり、更にはラジードまでいる。そして、彼らに連行されるように何処かへと連れて行く、決して見慣れていない姿をした知人を見つける。

 今までのどちらかと言えば傭兵の薄汚れたイメージをそのまま引っ張ってきたような、徹底的な実用性とボロボロの防具を身に着けていた頃とは違う。腰まで伸びた白髪を1本の三つ編みに結って先端を黒い小さなリボンを付けている。

 男性的でも女性的でもない中性美に思わず見惚れてしまいそうになるのは、シノンと共にレベリングに励んで腐敗コボルド王に挑んだ頃からどれだけ違う道を歩んだのかを物語っているようだ。だが、明らかに方向性が何か間違っているような気がして、だが元のさやに納まったような気もして、シノンは表情を殺す。

 1つだけ言えることがあるとするならば、『お前は誰だ?』という点だ。シノンの記憶にあるクゥリは、口を開けば皮肉か暴言、あるいはオープンエロ発言を繰り返すデリカシーの無い塊だ。だが、隔週サインズに載っていたクゥリは、品格と礼節を弁えた麗人そのものだった。しかも、不気味なのはそれがシノンから見ても『自然』に思えた点である。

 

(顔、死んでるわね)

 

 連行されるクゥリに声をかける事は、まだ彼に対する恐怖が疼いているシノンには出来ない。だが、哀れを感じるほどに上機嫌のグローリーやラジード達に連れ去られるクゥリは諦観の自嘲を漏らしていて、別の意味で怖いものがある。

 助けてあげるべきかどうか悩んだ末に、シノンは笑顔で見なかった事にしようと決心する。藪蛇どころ藪鬼になりかねない。シノンは真っ直ぐにサインズ本部に向かう。

 

「本当にクゥリ……なのよね?」

 

 特に依頼もなく、買って帰るお菓子をチョイスしようと隔週サインズを談話室で開いてテツヤンのコーナーをチェックしようとしたシノンは、表紙のクゥリを見て、自分もお淑やかキャラを目指してみようかと悩む。

 好きな人がいるわけでもないが、このまま戦い一直線の生活は乙女として寂しいものがある。

 自分よりも強い男が良い。だが、誰にも負けたくないシノンにとって、自分よりも強い存在は果たして許すべき存在なのかも疑わしい。

 確実に自分よりも強いと言い切れる男。ユージーン、スミス、UNKNOWN、そしてクゥリだろう。

 まずはクゥリ。あれを恋愛対象どころか異性として見る事自体が超鬼畜高難度イベント級だ。恐怖うんぬん以前の問題である。

 ユージーン。確かにワイルドであり、傲慢不遜ではあるが、その男らしさは女として魅力を感じる理由は分かる気がするが、シノンは特に何も思わない。

 スミス。クゥリとは別の意味で論外。もはや説明不要だ。

 UNKNOWN……どうだろう? 自分よりも強い。彼の強さには惹かれるものがあるし、彼と組んでいると戦い易いのも事実だ。傍にいてくれるだけでホッとする温かな『強さ』、そして人間的な心の弱さも含めて、何も感じないわけではない。だが、それが恋愛感情に直結するかどうかは疑問だ。

 

「……面倒くさい女ね」

 

 我が事ながら、今更になってスミスとキリマンジャロの言葉が蘇る。理想が高過ぎるというのはあながち間違いではない。そもそも、異性を異性として正しく認識した事がこれまで何度あっただろうか?

 スミスの流し目に思わず狼狽したように、シノンとて若き乙女だ。枯れ果ててなどいない。ならば、心の何処かでブレーキがかかっているだけだろう。そのブレーキの元凶は何なんのか、シノンは掘り返そうとすると、自分の内側から黒い靄が吹き出して恐ろしくなる。

 

「浮かない顔だな」

 

「そういうあなたも声が疲れ切っているわよ」

 

 お盆にカレーをのせたUNKNOWNが前の席に腰かける。サインズにいるという事もあってか、今日は仮面装備である。それでどうやって食べるのだろうかと疑問もあるが、口元だけ外れる新設計らしく、UNKNOWNはガツガツとカレーを食べ始めた。

 

「ようやく2段階突破してシノンに追いついたんだ。疲れも吹っ飛ぶさ」

 

「だと良いけど。ソードスキルを使う癖はどうなの?」

 

「少しは改善された……かな?」

 

 その間から察するに、まだまだ矯正には時間がかかるという事だろう。UNKNOWNもまたマユという専属鍛冶屋を得た事によって武装が新たになった。ドラゴン・クラウンは相変わらず愛用しているようであるが、実戦テストと改良を繰り返されている新武装は、シノンの義手や弓剣に負けないくらいにHENTAI的だ。

 正直言って、シノンが言えた義理ではないが、『アレ』を片手剣とは呼びたくない。あんなふざけた火力が≪片手剣≫に許されるものか。だが、対ユージーン、対クゥリを想定したならば、あれでも不足があるとUNKNOWNは感じているらしく、アイテムも含めてマユに喜びの絶叫を挙げさせて開発を依頼している。

 

「そういえば、あなたは『これ』を見て、どうなの?」

 

 シノンは隔週サインズを突き出し、大盛りカレーライスを早くも半分も平らげたUNKNOWNに突き出す。彼は隔週サインズを手に取り、思い返すようにペラペラと捲ると、食事の為に露になっている口元を緩めた。

 

「う~ん、どうだろう? 俺も彼の全てを知っているわけじゃないけど、存外『素』なんじゃないかな?」

 

「……『これ』が?」

 

「『これ』が。クーってさ、皮肉屋で、口も悪くて、荒々しい態度を取るけど、それは彼が『男らしくありたい』っていう願望の発露だったんじゃないかな? 俺も何となく分かるよ。今はそうでもないけど、昔は自分の顔が好きだとは思っていなかったし。でも、思春期って皆そんなものだろう? クーはそれを引き摺っていただけだと思うよ。あとは……色々『トラウマ』があったからさ。SAOでも……本当に、何故か男にばかり……」

 

「……ごめんなさい。本当にごめんなさい。もうそれ以上言わないで」

 

 そういえば、クゥリは自分の外見に大きなコンプレックスを抱いていた。出会った当時も、外観に反する口調の荒さを、シノンは同様の指摘をしたような気がする。

 だとするならば、クゥリがこんな風な態度を取れるのは、少しは自分のコンプレックスを克服したという事だろうか。無理に『男らしさ』を求めず、肩の力を抜いた結果が『これ』なのだろうか。『トラウマ』を乗り越えられたという事なのだろうか。

 

「クーって意外とマナーも意識せずに出来てるし、考え方は独特だけど、かなりの良家の出身だと思うよ?」

 

「実家は畜産家って聞いたわよ?」

 

 確か初期レベリング時代に、ぼそりとそんなリアルの話をしたような気がする。祖父がいつか日本一の称号を取るべく和牛育成に情熱を注いでいる、と。それに本人も貧乏学生だったと何度か愚痴を零していたはずだ。

 

「あー、違うよ。牛を飼っているだけ。仕事じゃないんだ。いわゆる『趣味』で牧場を持っているんだよ」

 

「ちょっと何を言っているか分からないわ」

 

「俺も自分が何を言ってるのか分かってない。貧乏学生なのも実家の支援を断ってるからだし」

 

「本当にクーって何者なのよ!? まるでミステリー小説の犯人を捜している探偵の気分だわ」

 

 増々以ってクゥリの『本当の姿』が分からなくなってきた。容姿は男性か女性かもわからない中性美。粗暴な態度に隠された洗練された品格。見る者に恐怖を植え付けるバケモノのような戦い。まるで万華鏡だと思っていたが、そもそも最初から見ていた姿すらも鏡映しの中の1人に過ぎない気がして、シノンは突っ伏したくなる。

 そんなシノンの姿を見て、カレーを食べ終えたらしいUNKNOWNは口元に外した仮面の1部を取り付ける間際に小声を漏らす。

 

「俺もシノンも、持っている情報だけで『本物』を探そうとする。でも、それ自体が傲慢なのかもしれない。だったら、シノンが信じたクーが、『シノンにとっての本物』さ。俺にしてもそうだよ。シノンは俺の全てを知っているわけじゃない。あくまで、自分の主観と客観の情報から『本物』の俺を見ようとしている。だからこそ、誰もが、たった1人でも良いから、憶えていてもらいたいんだと思う。受け入れてもらいたいんだと思う。『本当の自分』をね」

 

 感慨深そうなUNKNOWNの言葉は、仮想世界でどうして人は『別の誰か』になろうとするのか、という本質を突いているような気がした。

 今でこそプレイヤーはリアルと同じ姿をしているが、そのアバターは自らの手でメイキングした『望んだ姿』だったはずだ。それは幻想であり、偽りであり、同時に内面が欲していた願望だったはずだ。

 

「……そういうあなたが信じている『本物』のクーはどんな人なの? あなたの『本物』はどんな姿なの?」

 

 そして、客観と主観の話もまたUNKNOWNの持論に過ぎず、絶対なる真理ではない。世界はもっと単純で、人があれこれ装飾しているだけなのかもしれない。クーにしても、多面性が人よりも豊富というだけに過ぎないのかもしれない。つまり、UNKNOWNが言いたい事とは『シノンはどうしたい?』という問いかけに過ぎないのである。それが悔しくて、シノンは謎かけ合戦に負けたように口を尖らせて、せめてもの反撃で尋ねた。

 

「さぁ、何だろうね?」

 

 その表情は卑怯でしょう。口元だけでシノンをからかう様な、それでいて寂しそうな笑みを作って、今度こそ仮面でそれすらも隠したUNKNOWNは去っていく。どうやら新しい依頼が待っているらしく、わざわざサインズ本部に足を運んだらしいキバオウが彼を迎える。

 少しドキリとしたかも。UNKNOWNの最後の笑顔を思い出して、シノンは彼の事ももう少し知りたいと思う。

 それを邪魔するように、シノンにメールが舞い込んだ。新しい依頼だ。どうやら緊急依頼らしい。その依頼主と内容は――

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 拝啓、現実世界に残した糞親父と母さん。オレは今限りなくピンチに陥っています。

 キラキラとしたライトボールの照明に照らされ、赤いU字型のソファに適したテーブルの上には氷や酒が並べられている。DBOでは高値の味付けがしっかりされた肉料理が並び、フルーツの盛り合わせなど1皿5000コルの暴利だ。

 これらの支払いだけで、オレの今日の報酬から何割引かねばならないだろうか? いや、別に支払う必要はないので金銭面を気にする必要はない。最悪なことに、お金が無いからという理由で逃亡するカードは入店の時点で燃え尽きている。

 

「へぇ、傭兵って話と違って毎日がカツカツなのね。ちょっとガッカリ~」

 

「独立傭兵だからね。レックス君やグローリー君は専属だから余裕があるのではないかな?」

 

「私も装備には糸目を付けませんからね! でも、基本は装備の修理とアイテムの消費で済んでますから、貯蓄は確実に増えていますね」

 

「俺も言う程に贅沢できるってわけじゃないぜ? 虎丸とコンビで依頼を受けるから個人が得られる額も半分だからな。だけど経費持ちの依頼が多いから溜まり具合はそこそこだな」

 

「僕は傭兵じゃないけど、DBOってモンスターを倒しても、ネームドやボスでもない限りコルはあまり得られないだろう? 基本はアイテム売却が収入源になるしね。生活費も馬鹿にならないし、やっぱりギルドの支援は大きいよ」

 

「俺は通りすがりのダンベル愛好家だ。仕事はマッスルマッスル! この胸筋を見よ!」

 

 コイツら馴染み過ぎだろう!? それぞれ酒をどんどん煽るように飲み、両脇におんにゃのこを固めて楽しく会話している。そして、おねーさん達はプロとして聞き上手と言うべきか、可愛らしく相槌を打って話をどんどん引き出している。ここに諜報部の連中がいたら『コイツら情報漏洩の危険性があるな。リスト入り』ってチェックしてしまうぞ!?

 

「え、えと……【渡り鳥】さんはどうなの? お仕事……は?」

 

 そして、この引き具合である。他の面々には体をある程度、触れるか触れないかのプロの技術を感じさせる距離で座っているのに、オレだけ拳4個分は離れている。明らかに障らぬ神に祟り無し、といった感じだ。オレからすればありがたいが、これはこれで心に沁みるものがある。

 オレの右側にいるナース服姿のおねーさんの表情の硬さを皆様に見てもらいたい。これぞ【渡り鳥】の本領発揮というものだ。隔週サインズでインタビュー記事を載せた程度ではイメージが改善するはずもない。1パーセントの良化どころか、逆に悪化しているのではないだろうか?

 

「普通だよ。仕事を受けて、報酬を装備に回す。その繰り返し」

 

「へ、へぇ……」

 

 さて、オレの方は問題ないが。チラリと、何故か巨乳キャビンアテンダントと巨乳ブレザーの2人に両脇をガッチリと固められた虎丸は、まるで手負いの猫のように警戒し、2人を接近させまいとしている。

 

「レックス! そもそも、あの報酬は新装備に回す予定だっただろう!? それを何を勝手に――」

 

「はい、どーん!」

 

 レックスは巨乳ブレザーの肩を軽く押すと、おねーさんはわざとらしく体を傾けて虎丸に寄りかかる。その豊満な胸が命中し、腕が谷間に押し込まれてしまう。虎丸の顔が真っ青になって頭を下げる。どうやら、あくまで巨乳派を敵視しているだけで、巨乳の女性自体に敵愾心を持っているわけではないらしい。本物の紳士だったか。

 

「こ、これは失礼! こういう店は『お触り』禁止ですよね! 僕も、もちろん知って――」

 

「ハハハ! 虎丸はご存じないんですね? DBOのキャバクラは『お触り』OKですよ!」

 

 グローリーの一言に、オレは表情を動かさないように全力を注ぐ。今必要なのはカノジョたちをドン引きさせる鉄仮面だ。オレは一切興味が無い、ドライな対応を続ける。キャバクラ嬢とは突き詰めれば『話を聞く』というサイクルを繰り返す事だ。ならば、あらゆる会話をオレの方で途切れさせれば良い。

 

「待て! 待ちたまえ! そんな不健全な店を大ギルドが放置しているわけがないだろう!? そうだろう、【若狼】!?」

 

「……KENZENだと僕は思うよ。ホントウダヨー」

 

 酒で顔を赤らめたラジードはミニスカポリスさんにビールを注がれながら目を逸らす。まぁ、フォックス・ネストは大ギルドが大手を振って経営できないアンダーグラウンド……黒寄りの店を経営しているからな。不純物が無い水の中で生物は生きられないように、ある程度のグレーな要素とは必要不可欠なのだ。

 だが、ラジードの遠い目をしているところを見るに、虎丸の発言は彼も通った道という事なのだろう。ラジードもオレが知らないところで醜い人生経験を積んでいるのだと思うと、彼が真っ当に実力を備えてくれたのは奇跡の類なのかもしれない。というか、普通に考えて面倒見が良さそうなサンライスがギルドの男を率いてこういう店に夜な夜な乗り出しているだろうしな。

 

「虎丸さんって、もしかして胸が怖い人? たまーにいるのよね。視線は向けるけど、嫌悪とも違って、怯えてるって感じの人が」

 

「僕は平たい胸が好きなだけです。あなたには悪いですが、性的興奮は一切覚えません」

 

 眼鏡のブリッジを慌ただしく何度も上げ下げしながら、両脇からじりじりと迫ってくる巨乳CAと巨乳ブレザーの接近を防ぐオーラバリアを張っている虎丸だが、おねーさん達はそれをあっさりと突破して体を密着してくる。

 

「良い事教えてあ・げ・る。このお店はね、『お触り』もOKだけど」

 

「女の子が良ければ、『お持ち帰り』しても良いのよ?」

 

 ……おい、スミス。キャバクラの仮面を被った娼館に連れ込んだな? オレの視線にスミスは何処吹く風とばかりに、チアリーダー姿のおねーさんと楽しそうに話をしている。まぁ、あくまで双方の合意だろうし、問題はないと言えば問題ないのか? メニューを開いたオレは『女の子の送迎費』という項目を発見し、やっぱり娼館じゃないかと手で顔を覆う。

 ま、まずい! 何がまずいってラジードが完全アウトだ! キャバクラのつもりで入ったら裏の顔は娼館でしたとか笑えません。これは要案件どころか破局までダイレクトアタックされかねない事態だ。

 

「ほいほい、ラジード。もっと飲め飲め。嫌な事はぜーんぶ忘れるくらいに今日は飲んで遊んで楽しもうぜ!」

 

「ラジードさんったら、本当に良い飲みっぷり!」

 

「そうかなぁあああ、なんか頭がボーっとしてきたなぁあああ」

 

 レックスとミニスカポリスにビールをどんどん注がれ、ラジードはすっかり酔ってしまったようだ。そして、ヤツメ様が変なところで本能スイッチを入れたようであり、シャーロックホームズを思わす帽子とパイプを咥えたヤツメ様が、ワトソン君になったオレにラジードに仕組まれた恐るべき罠を教える!

 レックスとミニスカポリスのおねーさんは共謀している!? レックスはDBOでも美人プレイヤーと名高いミスティアと破局させて、傷心の彼女にあわよくば接近と考えている。ミニスカポリスおねーさんは名が売れてきた太陽の狩猟団の新エースと既成事実を作ろうとしている!?

 ま、ままままま、まずい! これは大いにまずい! ラジードの事だって『それなりに殺したいなぁ』って思うくらいには友人なのだ! 彼の不幸を止める為にも、この悪魔のトラップをオレが解除しなければならない!

 カードを引け! 場のトラップカードを破壊する反撃の1枚をオレに! ドロー!

 

「ラジード、そろそろ帰った方が良いんじゃないか? ほら、教会の見回りの途中だろう?」

 

 オレを連行している最中に教会の聖布をオミットしたとはいえ、見回り活動をしていたならば仕事中だったはずだ。幾ら酔っているとはいえ、責任感が強いラジードだ。自分の職務を思い出せば、店外へと飛び出してくれるはずである。

 ピクリとビールが溢れるくらいに入ったグラスを止めたラジードは、ぐるぐると理性と感情が溶け合って回る目でオレを射抜く。ああ、どうやらギリギリでオレの話を聞く程度には酔いが回っていなかったらしい。

 このカードを引けたのもヤツメ様の思し召しかな。狩人には悪いが、やはりここぞという時はヤツメ様が役に立つという事か。

 

 

 

 

「大丈夫! オフで暇だったから見回りしていただけなんだ! 教会の活動じゃないよ!」

 

 

 

 

 この馬鹿野郎がぁああああああああああああ! 良い笑顔で実に正義感溢れた真似を告白しやがって!

 どういう事なんです、ヤツメ様!? このカードを切ればラジードは助けられるはずだったでしょう!?

 帽子とパイプを投げ捨てたヤツメ様はくるくる回って胸を張り、戦いと殺し以外に役立つはずがないでしょう、と自信満々に宣言する。

 ……ですよねー。狩人に連行されたヤツメ様は何処かに消えてしまった。さて、こうなるとオレ自身でラジードを救う方法を考えねばならない。

 そうだ。場を白けさせてお開きにさせるというのはどうだろう? うん、これが良い。

 

「えと、何か場も盛り上がってきたし、1発芸の披露なんて、どうかな?」

 

 たどたどしくだが、上手く提案はできた。オレが言い出しっぺである事におねーさん達は大いに驚いたようだが、スミスは悪くないと言うように腕を組んで頷く。

 

「キミにしては頑張った発案だ。良いだろう。では、私から……」

 

「いいえ、ここは騎士たる私が先陣を切りましょう! 1発芸、やります!」

 

 カッと目を見開いたグローリーがハイジャンプして宙で6回転スピンを決めた後に、店内のスポットライトが当たったちょっとしたステージの上に着地する。普段はそこで歌手やらダンサーやらを派遣しているのだろう。

 さて、場を白けさせるのはオレだとして、グローリーの1発芸には興味があるな。おねーさん達の視線を一身に集めたグローリーは腰に左手を当て、ゆっくりと腕を回す。こ、このポーズはまさか!?

 

「ライダー……変身!」

 

 途端にグローリーの鎧が輝くと、それがバラバラになって弾け飛ぶ。こ、これが噂のアーマーテイクオフ!? くっ! 見事だ! ○面ライダーの変身とアーマーテイクオフを重ねた1発芸! ならば、この光の向こう側には赤褌1枚のグローリーが……!

 

「ハハッ!」

 

 違う。光の向こう側にいたのは……検閲削除される禁断の夢の王国のネズミだ! この自殺覚悟の1発芸に、オレを含めた誰も息を飲む。

 だが、それでも終わらない! 夢の王国の鼠が頭から割れていき、ポリゴンの欠片となって散っていく。その中から現れたのは……黄色い電気ネズミだと!?

 

「ピッ○チュー!」

 

 日米の2大ネズミキャラクターのコラボレーション!? 最後に黄色い電気鼠の着ぐるみも弾けて、中からいつも通りの赤褌1枚のグローリーが登場する。途端に、オレ達だけではなく、店内にいた他の客や授業員も含めて彼の栄光を讃えるような喝采が沸き上がった。

 まさか、グローリーは1発芸をいつでもできるように、あらかじめ着ぐるみをアイテムストレージに仕込んでいたというのか!? 何たる容量の無駄使い!? それに、アーマーテイクオフの後もシステム外スキルで早着替えをしたはず! なんたるプレイヤースキルの無駄なんだ!?

 レベルが違い過ぎる。1発芸に込められた情熱の重みが……違い過ぎる!

 

「くっ! レ、レベルが高すぎる! こんなの後に、何をやっても2番になるだけじゃないか!」

 

 男泣きするレックスが悔しげにテーブルに拳を叩く。まぁ、その気持ちは分からないでもない。むしろ、良く分かる。そして、悪いがオレの計画通りに次に何をやっても白けてしまうだろう。だが、項垂れるレックスに優しく肩を叩く者が1人だけけいた。

 

「だったら、2人で超えよう。僕ら2人なら……グローリーを超えられる!」

 

「……虎丸」

 

 おい、虎丸先生。アナタはレックスに巨乳地獄に叩き落とされた被害者でしょう? 慈悲深くありませんか?

 

「でも、俺は虎丸に酷いことを……」

 

「間違っていたのは僕の方さ。巨乳派も、まな板派も、元は1つだった。そう……おっぱいを愛する者として!」

 

「虎丸! ごめんよぉおおおおおおおおお!」

 

 ……おい、なんだよ、この流れ。そもそもキャバクラに連行されたのは巨乳派による洗脳活動だったのではなかったのか? どうして、スミスもグローリーもラジードも2人の友情が元に戻っただけではなく、より固く結びなおされたことを祝福するように拍手しているんだよ。

 

「フッ! だったら僕が行かせてもらう! ラジード、突貫します!」

 

 そして、この流れで何故かステージに上がったのはラジードさんでした。だが、その背後に何故か頭にずた袋を装備したマッスルマンもいる! まさか2人でアドリブ1発芸をするとでも言うのか!?

 

「えー、1発芸」

 

「メトロノーム」

 

 いきなり雰囲気ブレイクしてラジードは漫才でも始める雰囲気でマッスルマンと共に題目を述べる。そして、ラジードは床に横になるとマッスルマンはラジードを右腕で持ち上げて跳ね飛ばし、左腕で受け止める。そして、また弾いて右腕まで飛ばす。それをひたすら繰り返す。

 

「チクチクチクチクチクチク」

 

「チクチクチクチクチクチク」

 

「「チクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチクチク」」

 

 静寂の中でラジードとマッスルマンの自家製チクチク音だけが響く。これは白けたな……とオレが思った矢先に、クスクスとナースおねーさんが笑いだし、それが起爆剤になったように、人々が笑いを堪える漏れ声を溢れさせていく。分析するオレも少しだけ口元が緩んでしまっている。

 

「こ、これはサイレント芸!」

 

「知っているかね、グローリー君!?」

 

「ええ! あえてネタその物で笑いを取りに行くのではなく、作った静かな『間』で笑いを取る高等テクニックです!」

 

 なるほど、グローリーのように直接的な受けを狙いに行くだけが1発芸ではないという事か。あくまで人々を楽しませる事が出来れば良い。ラジードはそれをレックスに伝えたかったのかもな。だけど、そこの畜生はカノジョを寝取ろうとしているんだが、良いのか?

 だが、レックス、ここでも男泣き! ああ、駄目だ。あの涙は『お前のカノジョ奪い取ろうとしてたけど、こんな最高にカッコイイ奴には美人のカノジョが似合うぜ』って諦めた爽やか恋のライバルキャラだ。というか、オレが知らないだけでミスティアを巡る水面下の恋のバトルが展開されていたのでも言うのか!? オレが休暇を取っていた約1ヶ月の間に何が起こったというのか!?

 ならば、オレの心配は摘み取られたと言う事か。一安心……じゃない!? ミニスカポリスおねーさんが、『むしろ絶対にカレシにしてやるわ! 私があなたのハートを逮捕してあげる』ってそこそこ大きい胸でアピールポーズを取っている!? そして、ラジードは思わずガン見だと!? 状況は好転したと見せかけて悪化していたというのか!?

 

「次はスミスの番ですよ」

 

「やれやれ。おじさんのネタは面白味がないからこそ1番手になるべきだったのだがね。だが、諸君らに1発芸は何も笑いを取るばかりではないと教える良い機会だな」

 

 すっかり酒が回ってきたらしいスミスは、普段から想像もできない程におぼつかない足取りでステージに立つ。

 

「君、この曲を弾けるかね?」

 

 そう言ってスミスがメモ用紙を従業員の1人に投げ渡す。従業員はしばらくメモの内容を見て、頷くとギターを取り出し、椅子に掛けて演奏の体勢を取る。まさか、ウエイター自身が≪演奏≫持ちだと!? スミスはそこまで読んで1発芸を選定したというのか!?

 ……って、スミスは普通に常連だろうから知っていて当たり前か。なんでも驚けば良いというものではないな。

 花瓶から薔薇を1本受け取ったスミスは、奏でられる激しい音楽に合わせて踊り出す。咥えるのは煙草ではなく1輪の赤薔薇。そして、この情熱溢れるステップは……フラメンコか!?

 ダイナミックかつ旋律に合わせた完璧なるダンスは、まさしく社交ダンスの大輪! スミス、恐ろしい男!

 最後にビシッと右腕を掲げ、スミスはボタボタ垂れる、スポットライトの光を浴びた汗を輝かせる。極悪ネームドを相手にしても汗1つ掻かなかったと呼ばれる男が、ここまで全身をびっしょりにした渾身のフラメンコに心揺さぶられない者がいるだろうか? いや、いない!

 

「……ブラボー! ブラボォオオオオオオオオオオオ!」

 

 スタンディングオペレーションするしかないじゃないか! 感動の嵐を巻き起こしたスミスは、水代わりに琥珀色の液体を瓶から直接飲んで垂れた液体を袖で拭う。あの、それかなり強いお酒なんですが?

 しかし、まさかスキル無しで踊り切ったという事は、まさしくスミス自身が培った技術という事か。イベントなどでは採点されないだろうが、現実世界ならば100点を突破して殿堂入りしてもおかしくないだろう。

 この男……本当に何者なのだろうか? 自称自衛官というのも怪しくなってきたな。それとも、自衛官はこのレベルの1発芸が基準だというのか。

 

「さて、次はクゥリ君の番だね。期待しているよ」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

 さて、ここでオレが場を白けさせれば、ラジード救出のお開きだ。安心しろ。こうした汚れ仕事もオレは慣れているさ。

 ステージに上がったオレはスポットライトを浴び、お客さん・従業員・キャバ嬢の皆様の視線を浴びる。なるほど、これは緊張するな。懐かしき腐敗コボルド王攻略会議での大根芝居を思い出す緊張感だ。

 さぁ、最高に白ける1発芸を披露してやる!

 

「…………」

 

 …………あ、あれ?

 そういえば、オレって……何か1発芸って持ってたっけ?

 大学のゼミの飲み会では……あ、駄目だ。末席で皆がワイワイしているのを眺めていただけだ。ぼっちの大学生活だった。では、SAO時代は……灰色だな。戦って、戦って、戦って、それ以上の事はしていない。DBO? もう答えが出ているではないか。

 何か1発芸……1発芸……1発芸! そ、そうだ! スミスがやっていたように、無理に笑いを取りに行く必要はなく、自分の技術を披露すれば良いのだ。

 オレの技術……技術……芸になる技術……戦う事? 殺す事? アイテムストレージに入ってるのは拷問道具だけだが、これで何とかなるか? なるわけないだろう!?

 と、そこでオレが見たのは……月夜。

 暗闇の中で揺れるのは篝火。

 踊っている。誰が揺れて、揺れて、揺れて……揺れているのは、『誰』?

 オレの袖を引いたのはヤツメ様。その背後では犬神家状態の狩人がいるが、どうでも良い。

 

 あなには『これ』があるじゃない♪ ヤツメ様が取り出したのは、1つの扇子だった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 やはり1発芸など無かったか。スミスは完璧にクゥリの計画を読んでいた。

 もちろん、ラジードにモーションをかけるミニスカポリスと、その策謀に乗ったレックスの動きも把握済みである。スミスの計画では、予定調和に明日の朝にはバレたラジードが破局の危機を迎え、涙で街を疾走する。そこに恋は1つではないように、女も1人だけではないと誘う。ラジードは悪魔の誘いに揺らぐが、酒が入っておらず、またグローリー☆ワールドが発動していない状態ならば真っ当な判断力によって、スミスの誘いを蹴るだろう。

 そうして、ミスティアと寄りを戻す為に全力を尽くす。そんな若人の奮闘をスミスは酒の肴にして楽しむ。

 酒は人を狂わせる。ラジードはまだ若い。これも良い教訓になるだろう。大人の男として恋の苦みを味わせてやろうという、性格が悪いの一言で済む、ミニスカポリスとレックスの共謀の放置である。そもそも面倒事が嫌いなスミスが、わざわざ他人の恋路の……それも器量・性格・容姿オールパーフェクトのカノジョを持つ男の危機を救うはずがない!

 

(さぁ、クゥリ君! 無様にネタ無しだと暴露したまえ! それこそが笑いを呼ぶ1発芸となるだろう!)

 

 だが、クゥリはぼんやりとスポットライトを見つめていたかと思えば、しゅるりと黒いリボンを外して髪を解く。広がった腰まである白髪を舞わせ、クゥリはギターを弾いた従業員に微笑んだ。

 

「扇子はありますか?」

 

「え? あ、はい……!」

 

 顔を真っ赤にした従業員は慌てて裏に戻ると、まるで献上するように恭しく跪きながらクゥリに渡す。

 よもや、クゥリ君もあらかじめ仕込んでいたのだろうか? いや、彼の性格ならばキャバクラなどに通っていないはずだ。スミスはその行動が読み切れずに困惑していると、クゥリは腰のカタナを抜く。

 

 刃一閃。扇は翻り、光は狂う。

 

 それは日本舞踊かと思ったが、何かが違う。

 神楽だ。無音の世界で太鼓の音が聞こえてくるほどに、スポットライトが月光と見紛うほどに、クゥリが舞えば舞う程に世界が塗り替えられていく。汚らわしい人の欲望の場所のはずが、まるで聖地へと変貌したかのようだ。

 誰もがその目を神楽に引き寄せられ、言葉を失っていく。神楽とは神下ろしであり、神懸かりである。

 

「お粗末様でした」

 

 舞ったのはほんの1分程度だ。だが、その濃縮された時間は千年月夜にも匹敵する。スミスは茫然と自我を忘れて魅入っていた事実に頭を振るった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 OSSの八ツ目神楽ではなく、本当の意味での神楽を舞ったのは久しぶりだな。剣扇の型は七年奉納でしか踊らないから、久々に舞えて気分が良かった。

 ふむ、この静まり返り具合……上手くいったようだな。これでお開き計画は完遂されたという事だろう。ラジード、守り抜いたぞ。

 オレはナースおねーさんの隣に腰かけて、自信満々にお開きを宣言しようとする。

 

「もう良いんじゃないか? そろそろお開きで――」

 

「素晴らしいですよ、ランク41! まさか、そんな芸をお持ちだったとは!?」

 

 だが、オレの宣言を掻き消すのはグローリーの大声だ。まぁ、コイツはこんなキャラだから褒めるだろうとは想定済みだ。だが、神楽なんて面白さの欠けるものを見せられれば、大半の連中はドン引きだ。再び髪を結い直してオレは、改めて続きを述べようとする。

 

「凄い奇麗でした。私……ちょっと涙が出てます」

 

 だが、それよりも先にナースおねーさんが頬を伝う涙を指で拭っている。う、嘘泣きとは、システム外スキルを使いこなすのはキャバ嬢の必須テクニックなのか!? たじろぐオレに、レックスは憑き物が落ちたような顔で首を横に振る。

 

「【渡り鳥】、完敗だ。俺達の『2人はプリ○ュア』で勝てるはずが無かったな」

 

「レックス、強くなろう。僕らの新たな目標は……【渡り鳥】を超える事だ!」

 

 いや、ちょっと待て! アナタ達は1発芸を披露していないでしょうに!? というか、個人的にその『2人は○リキュア』凄い見たいんですが!?

 

「クゥリに乾杯」

 

 そして、ラジードは酒を控えて、お願いします! 隣のミニスカポリスさんの悪女スマイルに気づいて! どうして空のグラスにどんどんお酒を注いでいるのか、その真意に気づいてください!

 マッスルマンは感動のマッスルポーズなんか要らないからラジードを止めてください!

 

「さて、そろそろコスチュームチェンジの時間だったな。さて、私は……決めたぞ。ミニスカ軍服で頼む。もちろん、黒ストだ」

 

「ほほう。スミスはなかなかに通ですね。ならば、騎士たる私は……背徳のシスター服でお願いします!」

 

「俺は巫女さん! 巫女さんでお願いしまーす!」

 

「まったく、レックスは分かってないなぁ。僕はブレザー……ただし、ネクタイではなくリボンだ! スカートは膝上1センチ! 無意味なミニスカなど破廉恥なだけだ! あと、巨乳じゃなくてぺったん娘にチェンジで!」

 

「僕はぁあああ、えぇっとぉおおおおおお……あれぇえええええ?」

 

「マッスルマンが求めるのは肉体美。故に妥協しない。スクール水着、お願いします」

 

 そして、コイツら普通に続行しているぅううう!? しかもラジードはほとんど意識が飛んでるじゃないか! 新たな策を……新たなカードをドローしなければ!

 と、そこにオレの手の甲に温かいものが触れる。それは寄りにもよって、痛覚で代用ではなく、まだ感覚が残っている右手の方だ。見れば、ナースおねーさんがにっこり笑ってオレに密着している!? え!? ちょっと、これは何ですか!?

 

「お客様は何にしますか? 私のお勧めはぁ……スタンダードにバニーガールなんてどうです?」

 

「あ、あの……それよりも……」

 

「それよりも?」

 

「あの、む、むむむ、胸が……当たって……」

 

 自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。しかも、香水が鼻孔に入り込んで甘ったるくて、頭がグワングワンする! ふわふわの胸が腕に当たっているので、オレはゆっくりと体を動かして剥がそうとするも、おねーさんが体重をかけているでせいで押し飛ばさねば無理だ。だが、エイミーのような馬鹿おねーさんならばともかく、普通のおんにゃのこだから、暴力で解決するのは『人』としてどうかと思う。

 そうだ。『人』ならば、こういう時に言葉で解決するはずだ。『アイツ』をたまには見習わなければ!

 

 

 

 

 

 

 

「その……は、恥ずかしいので、離れて、もらえますか?」

 

 

 

 

 

 

 顔が真っ赤になりながらも、声が震えながらも、確かにオレは自分の気持ちを伝えた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 ズギュゥウウウウウウウウウウウウウウン! ギター演奏の従業員はその音を確かに耳にした!

 今、まさに、革命が1つ起きた。性別の垣根を超えて、それを見た者全てが胸に高鳴りを覚え、意識が蕩けた!

 男性的でもなく、女性的でもない、まるで絵画に描かれた両性具有たる天使のような美を持つ【渡り鳥】。それが、羞恥で顔を赤らめて、唇と体を震えさせて、胸が当たっている事が恥ずかしいと伝える。

 それはまるで雨露に濡れて震える子猫が、にゃーにゃーと泣いているような、愛くるしさMAX!

 そっとナース服が離れると、途端にホッとしたように【渡り鳥】は右手を自分の胸に当て、優しさと慈愛に溢れた、純真無垢と言わざるを得ない笑顔を咲かせる。それは、飼い主にタオルでしっかりと拭いてもらって、毛がふかふかになった子猫のような悶絶スマイル!

 

「ありがとうございます」

 

 そして、この真っ直ぐな感謝である。

 途端に従業員は『もう性別とかどうでも良いや』と諦めて、以前にタルカスからもらったYARCA旅団の入団申請カードをポケットの中で握りしめた。

 そして、キャバクラ嬢たちの目が、ハンターの眼になったのは必定。

 よくよく考えれば、残虐非道な噂ばかりが広がり、誰もが【渡り鳥】の実態など良く知らないのだ。

 だが、隔週サインズという劇薬が人々にある種の『ウイルス』を植え付けていた! すなわち、噂を打ち消す為のアンチテーゼである! 全てはイニシャルGの策謀通り! しかし、イニシャルGは気づいていなかった! いや、見落としていたというべきか! 人の心には『反動』がある! つまり、根拠のない噂によって作られた強固なイメージとは、裏を返せばその人物への『関心』に他ならない! すなわち、オセロの黒がひっくり返ればどうなるかなど言葉は不要!

 

(可愛い)

 

(しかも奇麗)

 

(オマケに愛くるしい)

 

(天然純情男子!? 絶滅危惧種!?)

 

(思えば、振る舞いにも凄い品がある)

 

(隔週サインズによれば年上好き)

 

(カノジョ募集中。つまりフリー!)

 

 そして、『獣』は檻から放たれる。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 ふぅ、何とかなったな。暴力ばかりが解決の手段ではない。アルトリウスはそんな事も伝えたかったのだろうな。

 だが、どういうわけか、狩人がかなり沈んでいる。ヤツメ様も頭を抱えてガタガタと震えている。一体何が起こったのだろうか? そういえば、まるで戦場に放り込まれたような殺気を感じる。だが、それは慣れ親しんだオレに向かったものではなく、まるで周囲に張り巡らされていくかのようだ。

 それに心なしか、キャバ嬢の皆様の目が据わっているような気もする。

 

「スミス、感想をどうぞ」

 

「パンドラの箱が開いたようだね。まさに虐殺だ」

 

「では、希望が残るのでしょうか?」

 

「どうだろうね? 希望は働き者ではないだろうから、きっと絶望が待っているだろう。ほら、『彼』は戦闘モードとの落差がかなり激しいから。あの姿に騙されたら、かなり痛い目を見る。以前も大概だったが、今はエンジェルフォール並みの落差だろう」

 

「救いが無いとは悲しいですね。ですが、騎士として見届けましょう」

 

「キミは騎士ではなく傭兵だろうに。だが、私も人生の先達として見届けよう」

 

 どうやらグローリーとスミスには何が起こったのか分かっているらしい。尋ねようとするよりも先に、マッスルマンが立ち上がって悶絶し始める!

 

「俺は女の子が好きなんだぁあああああああ! だからぁあああ、ケツがぁあああああ、ケツをぉおおおおお! うぉおおおおおお! キャサリン、癒してくれぇええええええええええええええええ! この気持ちを忘れさせてくれぇえええええええ!」

 

 何かトラウマスイッチが入ったのだろうか? マッスルマンは泣き叫びながら店の外へと飛び出していく。まぁ、長い人生だ。トラウマの1つや2つはあるだろう。あの様子だとかなりの重症のようだが。

 

「【渡り鳥】さんって、そういえばお酒あんまり飲んでませんよね?」

 

「え? ああ、あまり飲まないようにしてるんだ。傭兵だし、いつ依頼が――」

 

「そんなのぉ、駄目に決まってますよぉ。ほら、今は仕事を忘れて……ね? キャバクラはそういう所なんです」

 

 というよりも、大学の連中が『飲まないでください、お願いします』って頼むくらいには、オレは酔うと面倒になるらしい。だから、最低でも意識がしっかりしている程度までしか飲まない。まぁ、久藤家は酒に強い。生半可な酒では酔わないがな。

 

「それに、お酒の味は……あまり分からないから」

 

「へぇ、子どもですね! 可愛い! あ、だったら飲みやすい蜂蜜酒なんてどうですか?」

 

 と、そこに乗り出してきたのは、いつの間にかチアリーダーから軍服に着替えたおねーさんだ。たゆんたゆんの胸を揺らして身を乗り出したので、思わず目を背ける。というか、オレは味覚が死んでるから酒に味を求められない。酒を飲んでる感覚は辛うじてあるだがな。

 軍服おねーさんが持ってきたのは、何やら年代物っぽい酒だ。あれ、これは確か末端価格1本10万コルはする……まぁ、別に良いか。オレは支払わなくても良いのだし。しかし、さすがは腐っても犯罪ギルドの経営だな。地下市場に流れるくらいでしか入手できないだろう、3大ギルドの更に上層が独占している希少品だ。

 グラスに蜂蜜酒が注がれ、濃厚な香りと共に口にすれば、オレの舌は息を吹き返したように味覚を伝える。酒気が強いが、何よりも味わえるというのは感動だ。

 

「うん、美味しい」

 

「だったら、もう1杯」

 

「いや、これ以上は……」

 

「【渡り鳥】さんもどんどん飲まないと、スミスさんにぜーんぶ飲まれちゃいますよ?」

 

 言われてみれば、スミスも味見とばかりに自分のグラスに注いでいる。この蜂蜜酒のボトルは500ミリリットル程度だ。2人で飲めばすぐに空だ。

 

「あっちはライバル多そうね。ふふふ、だったら、こちらは予定通りに……はい、ラジードさんも、どうぞどうぞ!」

 

「うぃいいいいいいいいいい」

 

 まずいな。ラジードもかなり酔っている。このままなし崩し的にお開きになれば、ラジードは『任意』でミニスカポリスを『お持ち帰り』してしまう! それだけは阻止しなければ! こうなれば最終手段! オレが意識を保ち、終了と共にラジードを力技で連れ帰る!

 

「はい、もう1杯!」

 

「要らないから」

 

「でも注いじゃいましたし、どうせボトル1本のお買い上げですから、飲まないと損ですよ?」

 

 た、確かに! 軍服おねーさんの言う通りではないか! スミスのような蟒蛇ならば、味も気にせずにがぶ飲みするだろう。オレはじっくり味わって、この感動を忘れないようにしたいのだ。いつ味覚を失うか分からないからこそ、少しでも刻み込んでおきたい。

 

「はい、もう1杯」

 

 うん、良い味だ。癖になる。多少お金に余裕が出たら買うようにしてみようかな。

 

「はい、もう1杯。あ、空になっちゃいましたね。すみません、もう1本お願いしまーす!」

 

 え? もう1本? 蓋開けちゃった。と言う事はお買い上げかぁ。まぁ、どうせ3人の支払いだし、別に良いか。

 喉が熱い。頭がクラクラする。まずいな……後遺症が……今頃になって、出てきた……かなぁ?

 

「あれぇ、【渡り鳥】さん、大丈夫ですか? 風邪ですかぁ?」

 

 その豊満な胸を押し付けないでください、お願いします。顔が熱いのはきっとのそのせいだ。そもそも仮想世界で風邪は……ああ、でも現実の肉体のコンディションが反映されるのはあながち嘘ではないから、オレは風邪なのだろうか? ましてや、ファンタズマエフェクトで……えーと……なんだっけ?

 

「顔熱いですねぇ。もう『帰ります』か?」

 

「駄目……だ。ラジード……連れ、帰る。とも、だち……」

 

「へぇ、お友達想いなんですねぇ。意外と優しいんですね」

 

 にっこり笑って、ナースおねーさんがオレのグラスにまたお酒を……うーん、もう飲まない方が良い気がする……だけど、折角の、勿体ない、1杯……だから。

 顔が熱い。体がポカポカする。まずいな。後遺症が……後遺症なのか? これ、酔ってるのか? でも、まだ意識はある。ちょっと視界がまずいだけだ。ブレているだけだ。慣れてる慣れてる。まだいける。オレは戦える。戦う? 何と戦ってたんだっけ?

 

 

 振り返れば、誰が立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 何をしている?

 

 何を惚けている?

 

 戦え。

 

 もっと戦え。

 

 立ち止まるな。戦い続けろ。

 

 それこそが狩人の業。

 

 赤子の赤子、ずっと先の赤子まで。

 

 お前に、祈りもなく、呪いもなく、安らかに眠れる日などありはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オレは狩り、奪い、喰らい、戦い、そして……殺す者」

 

「わ、【渡り鳥】さん? なんか、目が、凄い怖く――」

 

 ナースおねーさんが顔を引き攣らせる。いい加減にしろ。さっさと離れろ、『餌』風情が。そろそろ仕事の時間だ。

 頭の中でうるさいんだよ。ヤツメ様がもっと血が欲しい! 肉が欲しい! 喰らえ喰らえ喰らえってうるさいんだよ!

 喉が渇く。飢えてるんだ。結局は今回の依頼も殺せなかった。ああ、あんなにも愉しかったのに! ゴラムの悲鳴が耳を擽って、その命を貪りたかったのに! 中途半端に終わらせたから、ヤツメ様が起きてしまったではないか!

 その柔らかそうな喉を食い千切ってやる。オレは舌なめずりして、ゆっくりと顎を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

「はい、冷えぴたー」

 

 

 

 

 

 

 

 だが、オレの中の狂った熱を冷たい火照りが包み込む。

 額に触れているのは……黒いセーラー服を着た……うわぁ、胸が凄い残念な御方だ。だけど、とても……落ち着く。

 

「DBOって凄いよね。体熱もしっかり反映しているんだよ? えーと、確かモニターしている体温データを……あ、原理はどうでも良いか。ボクって平熱低いから、体が火照ってる人には天然冷えぴたーになるんだ」

 

「……そっか」

 

 ああ、確かに気持ち良いなぁ。この冷たい温もり……うん、まるで……

 

「気持ち良いでしょ? 少し寝た方が良いよ。話は聞いたけど、最近まともに寝てないんだってね。椅子はベッドじゃないよ? まったく、クーはすぐこれだから。……これからは寝泊りもしないと」

 

 だって、眠れないんだ。

 眠れば、もう心臓が動かないような気がして。

 今度こそ、あのバスに乗らないといけない気がして。

 たくさん殺してきた。彼らを糧にしてきた。その分だけオレは強くなった。

 戦え。

 戦え戦え戦え。

 殺して殺して殺して殺して殺し続けないと……きっと『オレの獲物』の囲いを壊してしまう。

 誰にも殺させない。オレが殺すんだ。オレ以外に殺させない。だから、早く殺さないと。

 

「子守唄……歌ってあげる」

 

 黒セーラー服はオレの目を冷たいけど温かい手で覆って、耳元で、オレだけに聞こえるように囁いた。

 

 

 

 

「恐れよ。怖れよ。畏れよ。ヤツメ様がやって来る。愚かな烏の狩人はヤツメ様に弓を引く。

 射た矢はヤツメ様を貫いた。その首落とせ。その首落とせ。落とせ落とせ落とせ。

 されども、狩人はヤツメ様に恋い焦がれ、猫を仲人に『めおと』になる。

 ヤツメ様は人と交わり、子を孕み、鬼が生まれた。

 鬼は母に背いて山を下り、母を奉じて、母に仇を成す。

 我らは狩人。狩り、奪い、喰らう者。

 ヤツメ様は見ているぞ。今も我らを見ているぞ。人の肝に飢えている。血を飲まねばと渇いている」

 

 

 

 ヤツメ様が微睡んでいく。狩人が抱きしめて暗闇に戻していく。

 どうして、ヤツメ様の子守唄を知っているのだろう? 誰にも、教えた事、ないのに。

 だけど、どうでも良いや。

 少しだけ……少しだけ、寝よう。

 今日はなんだか楽しい日だった気がする。

 グローリーは面白かったし、レックスと虎丸のコンビも羨ましかったし、ラジードの1発芸がシュール過ぎたし、スミスのフラメンコも情熱的だった。

 それに、巨乳派とまな板派の戦争も……うん、虎丸はちゃんと納得できる、皆が幸せになれる『答え』に至ったのだから、もう醜い言い争いはないだろう。まぁ、オレは何だかんだで虎丸に同情していたから派閥は……そういう事なのかもな?

 

 

 だけど、今日1番たのしかったのは……やっぱりゴラムの……

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

「『寝言』って怖いよねぇ。自分の凄い大切な部分もうっかり漏らしている事があるよねぇ。クーってさぁ、凄い甘え下手だからさぁ、こうやって『大丈夫』って落ち着かせてあげないと眠れもしないんだぁ」

 

 ガチガチガチガチガチガチ。それは歯が鳴る音。

 らしくない程に冷や汗を垂らしたスミスがその音の発信源を探れば、それはグローリーが……傭兵で正面からの戦いならばぶっちぎりで最強と呼ばれるランク5が、かつてない程に怯え切った姿だった。

 

「……クーって、まず、絶対に、自発的に、『こういう店』には来ないんだよねぇ。もしかして、依頼だったかなぁ? ほらぁ、傭兵がこんなにもいっぱい、いる、しぃいいい。あれぇ? でもぉ、クーはぁ、仕事が終わったって言ったんだよねぇえええええ」

 

 ガタガタとお化けを見た子供のようにレックスと虎丸は抱き合っている。

 

「そもそもぉ、クーはお酒を控えるんだよねぇ。飲み過ぎると『ヤバい』らしいんだぁ。誰なんだろうねぇ……無理矢理ぃ、飲ませたのはぁ。アルハラって知らないのかなぁ? おねーさん達はどう思うぅ?」

 

 黒いセーラー服はまるで悪魔のドレスのようだ。黒紫の髪が、仮想世界の演出だと信じたいどす黒いオーラと共に浮かび上がり、まるでレギオンの触手を想像させる程にうねっている。

 キャバクラ嬢たちが叫び声をあげて逃げ出そうとするも、いつの間にか、店内の壁にはズラリと、十字架に鎖が絡まったエンブレムをつけた集団が、一糸乱れぬ姿で立っていた。

 

「お嬢、どうしますか?」

 

「少し、オーナーさんとお話ししないとね。『商品』の『躾』がなってないよ……ってね。まぁ、女の子に酷いことするのは『クーが』気乗りしないだろうし、今回だけはお咎め無しということで」

 

「畏まりました」

 

 それは犯罪ギルドの幹部としての本領。裏の世界の秩序を支配する数多の猛者を従える魔女の姿だ。

 この状況で酔い過ぎて把握できていないのはラジードだけだ。彼はぼんやりとした眼で、別室に送られていくキャバ嬢たちを見送る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「てって~♪ てっれ~♪ てれれん♪ ててん♪ てんて~ん♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、その救いとも言うべき泥酔もまた、聞こえてきた歌によって吹き飛ばされる。

 

「これは……ジュラシック○ークのテーマソングですか!?」

 

 スミスもそれくらいは分かる。グローリーに言われずとも分かる。だが、問題なのはとてつもなく音痴であるという点ではなく、歌い主の声だ。

 店の奥から聞こえてきた歌声はどんどん大きくなっていく。

 現れたのは黒セーラー服と対を成す様な白セーラー服を着たミスティアだった。彼女の最高級スマイルに、ラジードは酔いを吹き飛ばし、目を擦り、揉み、額を押さえる。

 

「はい、ラジードくん。お水♪」

 

「あ、ああああああ、あああああありりりりりりり」

 

「ありがとう? ううん、何も言わなくていいよ。師匠が言った通りだったんだね。まさか色仕掛けしようとしている腐りきった豚女がいたなんて。アタシが弛んでたの。ラジードくんは何も悪くないよ? だって、ラジードくんはしっかり者だけど、やっぱりネジが緩い部分があるし、真面目すぎるから反動が出た時は大きいだろうと思ってたし、コスプレ趣味なのはちょっと意外だったけど……これから勉強するし」

 

 そういう話ではない気がするのだが、とりあえず今は影を薄くしておこう。スミスは震える指で煙草を咥えると、いつの間にか接近していた黒セーラー服がエドガー顔負けの『にっこり』でライターの火をつける。

 

「どうぞ、おじさん」

 

「……感謝しよう」

 

 この煙草1本の間にクールダウンできるだろうか。ラジードがあわわわわわわと震える姿を、心底愛おしそうにミスティアは頬擦りした後に、黒セーラー服へと視線を流す。

 

「今回は礼を言います。ですが、あなたがあのチェーングレイヴの上層に位置する以上は、アタシは太陽の狩猟団の幹部として、あなたを認めることはできません。できない……けど、友達として、最大級の感謝するね。これからも『女子会』で会おうね!」

 

「うん、ボクとミスティアは何があっても、ずっと友達だよ! だから、友情の証として奥の部屋をフリーにしておきました」

 

「持つべきものは友達だね! じゃあ、ラジードくんを休ませないといけないから、『1時間』ほど使わせてもらうね? あ、ラジード君の好みが違うなら、すぐに別の衣装を準備するから心配しないでね? うふふふふふふふふふ」

 

 ……うむ、凄い生々しい時間だ。右腕をホールドされたラジードはミスティアと共に奥の部屋に消えていく。ガチャンと鍵がかかる音の向こう側ではラジードは天国のような悪夢を見るに違いない。

 

「違う。俺の知っているミスティアさんは……あんな人じゃ……あんな人じゃ……」

 

 そして、イメージブレイクされたらしいレックスは、ブツブツと呟きを繰り返している。それを、何とか黒セーラー服の威圧感から抜け出した虎丸が引っ張り上げる。

 

「グローリー、協力を! この状況を打破します! あなたの最大級奇跡で突破口を! その後は僕が逃亡ルートを指示します!」

 

「合点承知! 今、超必殺のぉおおおおおおおおおお――」

 

 雷撃が蓄積していくグローリーであるが、その赤褌1枚の全身に、何処からともなく投げナイフが突き刺さる。それには麻痺薬が塗られていたのか、『正面からの』戦いならばぶっちぎりの最強と謳われるランク5はあっさりと沈黙する。

 

「グローリー!? くっ、だが、まだだ! レックス、僕と君なら――」

 

 だが、全てを言い切るよりも先に虎丸とレックスの首にプスリと注射器が突き刺さる。それは睡眠薬なのだろう。2人はあっさりとガクリと眠りに落ちる。

 まぁ、あれだけベロンベロンに酔っぱらっていては仕方ないだろうが、何たる体たらくだろうか。スミスは溜め息を吐きながら、何もない空間へと手を伸ばし、つかみ取る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、さすがスミスさん。どうして気づいたの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バチバチ、と音を立てて、光学迷彩が剥げたシノンの右腕をつかみ、注射器の針が首に突き刺さる寸前でスミスが止めている光景が明らかになる。

 

「光学迷彩は隠密ボーナスを無視して視覚的に完全に消える事が出来る。だが、それ故に制約も大きい。凄まじいスタミナ消費などが代表だな。だがね、それ以前に消せるのは『姿』だけだ。呼吸音、足音……何よりも『足跡』だ。キミが歩いた後には絨毯に凹みがあった。それを見れば居場所など見当がつく」

 

「……本当に酔ってるのよね?」

 

「もちろん。だが、それはかなりの使い捨てレアアイテムだろう? どんな仕事かしらないが、コストに見合う報酬なのかね?」

 

 スミスに腕を開放され光学迷彩マントを剥ぎ取ったシノンは、アオザイ姿で肩を竦める。露出はないが、これはこれで眼福だとスミスは煙草の吸殻を灰皿に叩いて落とす。

 

「使用アイテムは全部『彼女』持ちよ。かぁなぁりぃ、ブチ切れてるみたいよ? いきなり報酬『100万コル』は私も吹き出しそうだったわ。それで、依頼主さん。この馬鹿3人はどうすれば良いのかしら?」

 

「う~ん、要らないからゴミ捨て場にでも捨てておいて。もちろん全裸で」

 

「私が引ん剥くのは御免被るから何人か部下を借りるわよ。じゃあね、スミスさん。恋する女の子を怒らせたら駄目よ?」

 

 可愛らしくウインクして、黒セーラー服の部下を3名ほど連れたシノンは、グローリー達3人を連行して外に出ていく。残された部下や従業員たちは黒セーラー服のフィンガースナップを合図に全員が退出した。

 店内に残されたのはスミス、心地よさそうに眠っているクゥリ、そんな彼を膝枕して愛おしそうに撫でている黒セーラー服だけだ。

 

「おじさんは何となくだけど残るだろうなぁって思ってたよ」

 

「ならば、君自身の手で私を罰するかね? まぁ、今回は全面的に私にも非があった。甘んじて罰は受けよう」

 

「最初はそう思ったけど……うん、別に良いや。クーも少し楽しかったみたいだし、おじさんも『そういう意味』でクーを誘ったんでしょう?」

 

 おや、見抜かれていたのか。スミスは吸い終わった煙草を灰皿に押し付けて立ち上がる。

 酒を飲んで、騒いで、全てを忘れる。たった1晩の夢だとしても。それが傭兵というものだ。

 戦って、戦って、戦い続けて、誰かが無理矢理引き止めねば壊れるまで戦ってしまう破綻者。それが白の傭兵の生き方なのだろう。

 ならば、せめて一夜の夢を。それが欲望に塗れたこの世の膿だとしても。

 

「似合っているぞ、ユウキくん」

 

「おじさんに言われても嬉しくないかな」

 

 だが、それは案外大きなお世話だったのかもしれない。

 スミスは新しい煙草を咥えながら、コスプレ☆キャバクラを後にした。

 

 明日には殺し合うかもしれないのだから、この刹那だけでも良い夢を。スミスは紫煙を夜空に吐き捨てた。




ヤンデレ力=ヒロイン力の可能性。

それでは、227話でまた会いましょう!

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