SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

リーファ参戦と共にかつてない煩悩に塗れた戦いが始まる。


Episode17-08 バトル・オブ・アリーナ

『集え、強者。バトル・オブ・アリーナがキミを待っている』

 

 無駄にデザインが凝った1枚のチラシを円卓の中心に置き、聖剣騎士団が誇るDBO屈指の武闘派プレイヤー、円卓の騎士たちは唸っていた。

 

「今回の議題は他でもない、クラウドアースが来週開催するバトル・オブ・アリーナについてだ」

 

 円卓の騎士たちを取りまとめるトップであるディアベルは、まるで凝り固まった脳を解すように人差し指で額をぐりぐりと押しながら、目下の問題を掲げる。

 カーク、ノイジエル、エドガーといった、かつて存在した円卓の騎士たちの席に新たな主はいない。それはディアベルが円卓の騎士を追加補充しないという方針を打ち出しているからだ。彼らは実力もそうであるが、聖剣騎士団初期から支えた最高戦力としての象徴という位置付けでもある。余程の功績を挙げた者でなければ、新たな円卓の騎士にはなれないのだ。逆に言えば、初期メンバーが揃いも揃って強過ぎて、成長株はいても彼ら程まで強くなれていないという事を示している。

 

「皆の知恵を借りたい。それぞれ思う所を口にしてくれ」

 

「だが、団長。そもそも全員揃っていないようだが?」

 

 早速のように出鼻を挫いたのはタルカスだ。分厚い黒の甲冑を装備した、大盾と特大剣を操る聖剣騎士団を支えるタンクにして、攻勢に転じれば特大剣を竜巻のように振り回して敵を薙ぎ倒すパワーファイターである。そして、同時にYARCA旅団なる奇怪な一団を率いる旅団長である事は周知の秘密だ。

 

「いつもの事だろう。伝令を出して全員集合する従順な連中ではあるまいに。【ヴォイド】も最前線から離れられん以上、わしらでいつも通り進めるぞ」

 

 聖剣騎士団のナンバー2であるアレスは溜め息を吐き、進行役でもある聖剣騎士団の頭脳とも言うべきラムダに司会を無言で頼む。ラムダは頷くと席を立ち、円卓会議室のスミに待機させていた部下たちへとハンドサインを送る。すると、厳かな円卓が配置された部屋に酷く不似合いな、現実の会議でも大活躍のボードが見やすい位置に運ばれてくる。

 

「言いたくはないが、インテリアは統一すべきではないか?」

 

「我慢してください。実用性優先です」

 

 アンバサ戦士の代表格とも言うべき黄金甲冑を身にまとうリロイの一言に、ラムダはボードに会議前から記入していた要点を指差す。

 

「バトル・オブ・アリーナはクラウドアースが秘密裏に準備していた謎の大会です。名称からして、DBOで最強プレイヤーを決めるデュエル大会と想定するのが妥当でしょうが、優勝賞品がアレ過ぎるので断言できません。各ギルドにメンバー数に応じた出場権があるようです。ラストサンクチュアリは例外的に1名分の出場権のようですが。他にも一般参加枠もあるようでして、そちらは現時点で応募殺到し、予選が明日より開かれる予定です」

 

「ちなみに1次予選は筆記テスト……か。まるでクイズ番組だな」

 

 リロイの嘆息に、ラムダは努めて無表情で頷く。

 

「実際にクイズでしょうね。予選内容のサンプルを確認しましたが、DBOの様々な知識を問うテストのようです」

 

「つーか、入試?」

 

 軽口を叩いて欠伸をしたのは、円卓の騎士の1人である【モーファ】だ。竿状武器でもサイズなどの薙刀系を操るプレイヤーである。だが、その本領はダンジョンではなくフィールドで騎獣に跨って戦うスタイルである。特に彼が指揮する騎竜隊は他の大ギルドからも脅威であり、他の勢力からギルド戦争において危険視されている存在だ。

 

「こんなもん蹴っちゃえよ、団長。優勝賞品は魅力的だけど、クラウドアースの事だから腹黒い罠に決まってるぜ」

 

 モーファの進言に、ディアベルは一理あると納得する。だが、それを早速遮るように静かな挙手があった。それは円卓の騎士において、特別感のない、むしろ安物にも見えるレーザーアーマーを付けた、フェイスガードの無い鉄兜をつけた男だ。見れば見るほどに円卓の騎士よりも一般兵といった方が似合いそうな外観であるが、この男の『恐ろしさ』を知る者は決して姿を侮らない。

 2つ名は【正直者】。その名の通り、嘘は吐かず、されども話術で相手を罠に嵌める、ラムダと同じ頭脳派であり、戦闘能力に関しては他の面々には1歩劣るが、トラップ戦術で対ギルドや拠点防衛戦などで活躍する【ペイト】は、円卓の騎士でも浮いた存在である。

 

「ペイトさん、発言を」

 

「ありがとうございます、団長。モーファさんには申し訳ありませんが、私は出場すべきだと思います。クラウドアースが何を考えているか分からないのはいつもの事でしょうし、罠を仕掛けるにしても人目が集まり過ぎます。むしろ避けるべきなのは『出場拒否』そのものでしょうね」

 

「わしも同意見だ。これだけ衆目が集まっている以上、出場拒否は臆病風に吹かれたと思われても仕方ない。わしらに旗色を示している中小ギルドも風見鶏が大半。ならば、いっそ優勝を狙う位の戦力を派遣し、『聖剣騎士団ここにあり』とアピールすべきだろう」

 

 ペイトはモーファへの反論として、アレスは政治的視点から、それぞれが出場参加を表明する。だが、ペイトはニコニコと笑い、アレスはさっさとこんな会議終わらせたいと表情が物語っている。

 それも仕方ないだろう。ディアベルも普通のデュエル大会ならば、より厳命して円卓会議の招集をかけるだろう。だが、優勝賞品が優勝賞品であるだけに、クラウドアースは戦争を前にして自分たちをおちょくっているのか、それともいつものように綿密な裏工作が仕込まれた策略なのか、まるで区別がつかなかった。むしろ、個人的には不謹慎ではあるが、後者であって欲しいとすら思っていた。

 ディアベルも男として、優勝賞品の価値は分かる。実は私室の本棚の裏には今や女性プレイヤーたちの圧力によって絶版となったミニスカサンタ写真集を隠しているのだ。アレの未編集の過激版となれば、男の本気として最大戦力を派遣してでも優勝を勝ち取り、女性プレイヤー禁制の、聖剣騎士団の男プレイヤー全員の共有物として堂々と飾りたい! その程度にはディアベルも浪漫を感じている。

 だが、団長として軽々と自分が出場決定してなおかつ選手登録するなど出来るはずもなく、また実を言えばサインズから既にゲストコメンテーターとしてのオファーが来ているので、ディアベルは聖剣騎士団の方針が参加であれ拒否であれ、バトル・オブ・アリーナに顔を出さねばならないのである。

 

「俺も参加すべきとは思っている。だが、デュエル大会と仮定した場合、聖剣騎士団の力を示さなければならない。優勝賞品は『どうでも良い』が……『本当にどうでも良い』が! 優勝しなければならないだろうね」

 

 ディアベルは円卓の下で汗ばんだ拳を握る。本音を言えば独占したい! 選手として出場し、堂々と男プレイヤーの羨望の眼差しを一身に受けながら写真集を自室まで持って凱旋したい! だが、団長としての威厳を損なわない為にも、あくまで『大会に勝つ』という事を強調せねばならない。

 

「クラウドアースの狙いの1つを敢えて考えるならば、戦争を睨んでデュエル大会で我々の手の内を暴こうといった所か。そうなると、切り札を持っている者よりもストレートに強い者が望ましいだろう」

 

 リロイの冷静な意見に、ラムダは一考するように瞼を閉ざし、やがて思いついたように指を立てた。

 

「餅は餅屋。馬鹿騒ぎには馬鹿を使いましょう。あの馬鹿なら優勝賞品目当てで参加したいでしょうから、丁度良いのでは?」

 

「……まぁ、グローリーなら、わしらから打診するまでもなく出場させろと言ってくるだろうな。報酬は優勝賞品の譲渡で良かろう。グローリーならば優勝も不可能ではあるまい。残りの3名は適当な輩を出せば良いか」

 

 ま、まずい! ディアベルは至極当然の会議の流れに危惧する。確かにグローリーならば『デュエル』という枠組みがある以上は優勝候補筆頭だ。聖剣騎士団の専属傭兵なのでアピールも十分である。だが、グローリーが優勝してしまえば、写真集を聖剣騎士団の共有物にできなくなる! ディアベルが中身をじっくり拝見するのはほぼ絶望的になる! グローリーならば好意で貸してくれるだろうが、男子高校生のエロ本の貸し借りが必ずバレるのと同じ理屈で、必ずそんな無様な行為は世間に露呈する。

 もしも……もしも、過激写真集をグローリーから借りていたなんて知られれば……!

 

 

『ディアベルさん……最低です。汚らわしい。近寄らないでください』

 

 

 絶対零度のユイの眼を想像し、ディアベルはこの流れを阻止する決意を固める。

 

(考えろ……考えるんだ! 団長としての威厳を損なわずに、写真集を我が物とする方法を!)

 

 この間、僅か0.1秒! ラムダには策謀のみならば劣る。ミュウやクラウドアースなどの政治力や暗躍にも及ばない。だが、ディアベルは伊達に大ギルドのリーダーを務める男ではない。その気になれば策謀・政略・暗躍の全てに適性を持つ頭脳がある。

 

「それは少しまずいんじゃないかな? グローリーさんは元聖剣騎士団だし、専属だからアピールには十分だけど、傭兵は傭兵だ。最低でも1人は円卓の騎士から出場させておくべきだ」

 

 上手くいった。ディアベルは内心でほくそ笑む。グローリーは専属と言っても傭兵だ。優勝すれば聖剣騎士団の戦力アピールにはなるが、聖剣騎士団所属の参加者が惨敗すれば、傭兵頼りと思われかねない。元より突出した戦力が少ないクラウドアースならば傭兵のみの出場でも体裁は保てるが、聖剣騎士団と言えば円卓の騎士と言われる程だ。円卓の騎士が未参加など大会の盛り上がりにも欠ける事になるだろう。こうした計算を、ディアベルの提案から、ラムダならば瞬時にできるはずだ。

 

「言われてみれば確かに」

 

 狙い通り! 一考するラムダの様子に、ディアベルは円卓の下で汗でべっとり湿った右手拳を握る。

 問題なのは、円卓の騎士の誰から出場するかという事だ。この場にいないメンバーは当日もボイコットしかねないので却下するとして、確実に優勝を取りに行きそうな面子がこの場にはいない。

 ペイトはそもそもトラップ専門なので大会には不向きだ。元より出場拒否を示したモーファも信頼に欠ける。ナンバー2として会議を引っ張っているが元よりやる気が無いアレスも同様だし、彼ならば優勝した時点で女性プレイヤーを安心させるためにその場で燃やすくらいの真似はするだろう。

 

「ならば私が出よう」

 

 と、ここで立候補したのは意外にもタルカスだ。これにはディアベルも含めた面々は驚く。確かにタルカスならばデュエル大会だとしても問題はないだろうストレートな強さだ。だが、改心したとはいえYARCA旅団を率いる者だ。写真集に興味があるとは思えない。

 

「フフフ、安心したまえ。出場するからには優勝を狙うのは当然。実を言えば、写真集を欲しがりそうな人物に心当たりがいるのだよ。フフフ、トレードすれば【渡り鳥】ちゃんのあんな写真やこんな写真が……フフフ! 滾る! 滾るぞぉおおおお!」

 

 本当にクーはHENTAIホイホイだなぁ、とディアベルは1人でヘヴン状態になっているタルカスを意識と視界から排除する。そして、改めて策を練り直す。

 まさかタルカスが立候補するとは意外であり、結果としてディアベルの計画通りに運んでいない。タルカスならば聖剣騎士団の代表としても十分だ。だが、彼は写真集を手放す気のようだ。それはまずい。それは駄目だ。

 少し危ない橋を渡るか。ディアベルは覚悟を決めて、タルカスの申し出を受け入れるように小さく首肯した。

 

「分かったよ。タルカスさんの動機は何であれ、聖剣騎士団に必要なのは優勝という結果だ。グローリーさんとタルカスさんの2人なら十分に優勝もあり得るだろうからね。残りの2枠だけど、俺が選抜しておくよ。こうした面白い催し物に出たいという人は多いだろうからね。所詮はお祭りだ。クラウドアースの目的が何であれ、気分転換には丁度良いさ」

 

「ですが、2名も選抜するとなると普段の業務に滞りがあるかと。団長のご指名は1名に限り、残りの1名は私が選抜しておきます」

 

「そうだね。よろしく頼むよ」

 

 予想通り! ディアベルは円卓から少し指だけ出てしまう位置で左拳を握る。ラムダならば即座に負担削減の進言をするだろうと計算しての発言である。これによって、ディアベルが確実に1名を選抜できるという『方針』が固まった。

 まだ時間は十分にある。バトル・オブ・アリーナについて、あらゆる情報を収集し、優勝できる人材を派遣する。だが、善は急げとも言うものだ。ディアベルはこれにて会議終了と宣言しようとした時だった。

 

 

 

 

「自薦」

 

 

 

 

 

 その声を聴いた瞬間に、誰もが会議開始の頃よりずっと円卓の1席に腰かけていながら、まるで最初から視界にいなかったように影が薄かった1人の男へと視線を集中させる。

 過去、会議欠席無し。それは参加名簿の記録からも明らかだ。だが、その発言はほとんどなく、また何かを喋っても印象に残らない。そもそも会議に出席している事自体を忘れられている天然のステルススキルの持ち主。

 DBO最強クラスのカタナ使いでありながらも、その名は都市伝説扱いであり、過半のプレイヤーは実在を疑う剣豪。

 真改。DBOでも珍しい、侍のような和風装備をした男の出場表明に、ディアベルは腰を抜かしそうになる。

 

「な、何を考えている!? 気でも狂ったか!?」

 

「そうそう! エロい写真集を巡る馬鹿争いに参加なんて真改ちゃんっぽくないぞ!」

 

 リロイとモーファの雄叫びに、真改は腰の長刀を抜刀する。その剣速は強者揃いの円卓の騎士たちでも完全には見切れない。抜けば斬られる。その濃厚な殺気すらも影が薄く、あっという間に霧散する。だが、真改の意思表示とも言うべき斬撃は沈黙をもたらすには十二分だった。

 

「……大会に出場する。それも積極的に優勝を狙っていく。その意味は分かっているね?」

 

 だからこそ、ディアベルは覚悟を問う。常に影のようであり、戦果を挙げても気づかれず、ひっそりと野に咲く花どころか小石未満の存在感という真改に尋ねる。

 

「無論」

 

 慣れないグーサインをして、真改は乏しい表情のまま宣言する。ならばディアベルには男の覚悟を踏み躙ることはできない。

 会議室から去っていく真改の背中には、ボス戦に挑む以上の気迫がある。今までディアベルはそもそも彼から気迫どころか存在感というものを感じ取った覚えはなかったのだが、ともかく何が何でも勝つという鋼の意志を感じる。

 これは予想外の波乱が起きそうだ。ディアベルはもしかしたら真改こそが聖剣騎士団に……ディアベルに写真集をもたらす救世主と成り得るかもしれないと密やかな期待をした。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 戦術的敗北は戦略的勝利で取り戻せば良い。それはミュウが信じて疑わない真理だった。

 だが、そもそも戦術や戦略といった概念を通り越したイレギュラーな存在がいた場合はどうなるだろうか? ミュウは秘書にして自分の手足の代わりとなって動く双子のルーシーとスーリから受け取った最新情報を精査して頭痛に襲われていた。

 双子がもたらした情報は復帰した途端にイメージ戦略を展開するという、ミュウも予定外だった行動を取っている1人の傭兵のものである。

 シャルルの森以降は鳴りを潜めたかと思えば、ベヒモスとノイジエルが大部隊と共に沈んだイベントダンジョンであるナグナから帰還を果たし、挙句に1ヶ月も音沙汰が無かったと思ったら今度はマダム・リップスワンの警護で復帰を遂げたと思ったら、思わず目をじっくりと3分間も揉んでしまうイメチェン。

 白き傭兵【渡り鳥】。ミュウが最も警戒し、最も利用価値がある傭兵の1人として注視する人物だ。サインズ設立前からの付き合いであり、DBOの傭兵業はミュウと【渡り鳥】の2人で開拓されたと言っても過言ではない。

 だが、【渡り鳥】はミュウと出会った頃から比較にならない程に強くなり過ぎている。当時は殺人慣れした、グレーな行為も厭わないプレイヤーという点こそに価値があった。確かに強かったが、数さえ揃えれば、犠牲さえ厭わねば確実に仕留められるというのがミュウの認識だった。

 

「これ……本当に『人間』なんでしょうか?」

 

 普段は表情を崩さない双子の片割れのルーシーの頬が引き攣るのも仕方ない。それは軽い挨拶程度でお願いしたイベント攻略である。【金毛ユニコーン】というネームドを倒すというものであるが、常にオートヒーリングが発動し、なおかつ接近すれば光属性の波動で全方位を薙ぎ払い、ダメージを蓄積させると角による必殺級の突進攻撃を仕掛けてくるという厄介な相手だ。しかも森の中を駆け回るので仕留めるのは難儀する。

 最低でも5回のチャレンジは必要。その間に復帰後の実力を調査するのがミュウの狙いだったが、【渡り鳥】は最初の1回で金毛ユニコーンを仕留めたのだ。それもほぼ一方的に倒したのである。金毛ユニコーンの攻撃は掠りもせず、逆に【渡り鳥】の攻撃は次々とクリーンヒットするという理不尽にも思える戦闘……いや、もはや『狩り』だ。挙句には金毛ユニコーンが森を逃げると、それ以上の速度で木々を蹴って跳び、瞬間に姿が見えなくなって燐光だけを後追いさせる高速移動で回り込んで斬りかかる始末である。

 

「GR氏作、名称・贄姫。【渡り鳥】の新装備の1つです。カタナでもトップクラスの攻撃力を持ち、また水銀によって刀身以上のリーチを発揮するのが最大の特徴です。攻撃時に居合を多用している事から、水銀の斬撃の威力とリーチを高めるには居合による『溜め』が必要と思われます」

 

「工房の見解によれば、スタミナや魔力の消費ではなく、耐久度、あるいは固有のゲージを消費して水銀攻撃をしていると思われるとのことです。ベース素材の1つは準ユニークの千景ではないかとの事ですが、あまりにも特異過ぎて断定できない、と。ですが、これ程までに強力かつ他に類を見ない性能となると、ソウル素材が使われているのは間違いないそうです」

 

 事務的にルーシーとスーリは、双子の区別を唯一つけるサイドテールを揺らしながら報告する。それは【渡り鳥】が復帰と共に使用しているカタナの情報だ。

 DBOを代表するHENTAI鍛冶屋の1人、GR。その男が黄金林檎なる新たな工房として再出発した情報はミュウも得ている。教会とも繋がりを持つなど、かつてとは異なって装備開発に没頭するのではなく、より【渡り鳥】のサポートに回っている。その主体となっているのがグリセルダなる女性だ。【渡り鳥】のオペレーター兼マネージャーらしく、彼女の登場によって【渡り鳥】に復帰以前と同じような『使い潰す』依頼を回すのが難しくなった。

 もちろん、報酬次第では無茶な依頼でも受けるかもしれないが、今までよりも高額でなければ引き受けないだろう。これまでよりもミッションプランをより緻密に作成しなければ依頼を引き受ける気はないというのは、既に聖剣騎士団が追い返された時点でミュウも把握している。

 そんな【渡り鳥】の再出発だ。何処の勢力も『腕が鈍っているのではないか?』と心配、あるいは望んだものである。だが、蓋を開けてみれば鈍っているどころか鋭さを増し過ぎて名刀から妖刀にクラスチェンジしていたようなものだ。

 

(【渡り鳥】さんの戦歴は傭兵業以前を除けば全て把握しているはず。ネームド戦は経験があってもボス戦は無かったはずです)

 

 ソウルによって武具や防具、アイテムに付与できる能力は、ソウルの元となった存在に由来する。つまり、贄姫には水銀に纏わるソウルが使用されたという事だろう。だが、【渡り鳥】の戦歴に水銀関連は存在しない。そもそも、何処の勢力もなるべく【渡り鳥】にソウル系アイテムが渡らないように依頼を出していたのだ。仮にドロップしても所有権を与えることなど余程の事が無い限りはしない。そして、【渡り鳥】はボス戦に参加した経歴が腐敗コボルド王を除けば無いのだから、ソウルを得るのは増々難しいはずだ。仮にネームドでソウルをドロップするにしても、かなりの凶悪なネームドとなるはずである。

 考えられるとするならば、【渡り鳥】と出会ったラーガイの記憶……彼と共にいた男女2名が亡くなっただろうイベントボスのソウルだ。だが、彼らが救助したプレイヤーからは訊き込み済みであるが、およそ水銀に纏わるとは思えない。

 ならば、他の大ギルドが密やかに撃破させたネームドのソウルだろうか? その報酬としてソウルを得たという推測も成り立つ。だが、それ以上にミュウが危惧するのは、彼が3大ギルドが把握していない場所で、単身でボスやネームドを密やかに撃破しているという、最悪にして最もミュウが真実に近いと睨む仮説だ。

 多量のレアアイテムの取引が行われたクリスマス、ラジードが召喚された先は謎の……まるで現実世界の学校を思わす場所だったそうだ。そこでラジードは強敵のネームドと交戦したらしい。ミュウは悟られない程度にクリスマスダンジョンについて情報収集したが、その類は皆無だった。ならば、【渡り鳥】だけが何らかの要因でクリスマスダンジョンに挑むことができたと考えるのが妥当だ。

 他にもある。シャルルの森では、カイザーファラオがシャルルの森の中心部の神殿から満身創痍の【渡り鳥】がヴェニデとチェーングレイヴに回収されたと報告した。竜の神戦をミュウなりに解析したが、途中で明らかに流れが変わった場面……竜の神の弱体化が顕著になった瞬間がある。そして、カイザーファラオが持ち帰ったシャルルの霊廟の情報を組み合わせれば、『竜の神と並列してもう1つのボス戦があった』と推理できる。そうなれば、竜の神と対になるボスに挑めていたのは1人しかいない。

 そして、ナグナはベヒモス死亡の報を受けてサンライスが部隊を率いて攻略に乗り出したが、その後にほぼ全て……リポップ型のネームドを除けば、目ぼしいアイテムやネームド、ボスまで撃破されている事が明らかになった。ミュウは『元より複数人の何者かによって攻略されていたのではないか』と報告からも推測したが、その点では真偽は明らかではない。だが、ベヒモスとノイジエルの両名が亡くなった場所で、【渡り鳥】は帰ってきた。ならば、そこにいかなる激戦があったのか……それを限りなく少ない戦力……あるいは単身で突破しただろう事は疑いようもない。

 最低でも1回、場合によっては3回、およそ尋常ではないボスかネームドを単身で撃破している事になる。いや、それ以前にラーガイの記憶でのイベントボスも彼は仲間2人を失ったとはいえ、単身で生還しているのだ。その時点で片鱗はあったと言うべきか。

 存在自体がミュウの認識を超えたイレギュラーだ。彼女は眼鏡を外して寄った皺を解したくなる衝動に駆られる。

 病み村の頃までは強いプレイヤーの1人という枠に収まっていたが、推測通りならば、クリスマスを境にしてもはや人間と呼んで良いのかすらも分からない程に戦歴が異常過ぎる。しかも武装までGRによる、彼の力量に合わせたオーダーメイドだ。贄姫だけでも『なにこれ、ふざけてるの?』と言いたいレベルだ。他に何を作ったのか、もはや考えたくもない領域である。

 

「まるでラスボスですね」

 

「昨今は巨大ボスよりも人型の方がラストを飾る傾向にありますから」

 

 珍しくジョークを……いや、本気で【渡り鳥】をラスボス扱いしている双子の気持ちは分かるが、現実と戦わねばならない。

 プレイヤー間の認識として、ボスを単独撃破したのはUNKNOWNとユージーンの両名だけだ。UNKNOWNはラストサンクチュアリの専属だ。聖剣騎士団とも非公式では繋がりがあり、それを証明するように聖剣騎士団寄りの依頼を多く受けている。ユージーンは無論だが、クラウドアースの専属だ。

 ボスの単独撃破はサンライスもやろうと思えばやれるだろう。本人は試したいと思っているようだが、九死に一生を得るかどうかも分からない危険な真似をミュウは認可しない。また、サンライスは馬鹿ではあるが、自身の立場を把握している。万が一があれば太陽の狩猟団の崩壊の危機があるのだ。彼は無理を押し通そうとはしないだろう……と信じるしかない。

 それぞれの勢力にボス単独撃破級がいる。そこにジョーカーとして差し込める【渡り鳥】は太陽の狩猟団が……正確に言えば、ミュウが大嫌いだ。それは彼女も知るところだ。だが、一方でラジードのように親しい者もいる。最近はディアベルも立場があり、【渡り鳥】との交友に亀裂が入っているはずだ。

 

(ユイさんをこちらに引き込む段取りは順調。ラジードさんとの友情も枷にしたいところですね。【渡り鳥】さんは何だかんだで義理堅いですから。そうなると、シノンさんには、できればもう少し【渡り鳥】さんと友好的関係を築いてもらいたいですね。これだけカードがあれば……いえ、まだ弱いですね。ディアベルさんが『依頼主』として決定的な裏切りをしてもらう必要もありますね。それと、できれば、もう1枚くらい手札は欲しいところです。ジョーカーにはジョーカーを……)

 

 そうなると、さっさとラストサンクチュアリは『潰す』方向で動くべきかもしれない。焦りは禁物と思いながらも、ミュウは冷徹にラストサンクチュアリの潰し方を考える。単に潰すだけでは駄目だ。【聖域の英雄】が太陽の狩猟団に流れるように潰さねばならない。

 現実的ではない。ミュウは候補としながらも手段が乏しいと優先順位から下げる。

 

(やはり感情面から束縛するのが1番なのですがね。力尽くで取った人質は逆効果でしょうし。そうなると……彼女はカードになるでしょうか?)

 

 黒紫の少女。犯罪ギルドのチェーングレイヴのメンバーにして幹部の1人。連続辻デュエル犯【絶剣】疑惑の最有力容疑者だ。最近は息を潜めているが、今でも夜分にデュエルを申し込まれる事案が発生している。辻デュエル自体は珍しくないが、問題はその強さであり、何処の勢力も上位プレイヤー陣が次々と敗れており、中には敗北が忘れられずに逆に執念深く【絶剣】を追っている者もいる程だ。隔週サインズも【絶剣】の謎を追う動きを見せているが、今のところは記事になっていない。

 接触を試みたいが、ヴェニデと繋がっている以上は何処に地雷が潜んでいるか分からない。慎重に慎重を重ねるに越したことはない。

 

「【渡り鳥】さんの件は急いでも仕方ありません。追々処理するとしましょう」

 

 まずは黄金林檎を攻略する方が先だ。そうでなくとも教会への対応もある。今は優秀な独立傭兵として利用しておけば良い。ミュウは次の問題に対処すべく頭を切り替える。

 

「バトル・オブ・アリーナの出場者の選抜はどうなっていますか?」

 

 昼下がりの午後、執務室には温かな陽光が差し込んでいる。ミュウはスーリから紅茶を受け取り、ブレイクタイムを楽しみながら何気なく問う。

 途端に執務室が零点下まで凍てついたかと思えば、太陽も丸焼けになるのではないかと思う程の怒りの炎が双子より揺らめき上がる。

 

「ご安心ください、ミュウ様」

 

「手抜かりはございません。女性陣を代表してミスティア様を選抜。専属傭兵のシノン様にも優先度SSSの依頼で参加要請しています」

 

 この双子がここまで感情を露にするのは初めてではないだろうか? ミュウは【渡り鳥】すら欺くポーカーフェイスの裏で、指が震えて紅茶が零れないように胆力を搾り出す。

 ミュウもクリスマスのミニスカサンタの被害者であるが、胸はどちらかと言えば残念の部類であるが、脚線美には自信がある彼女からすれば恥ずべきものはない。そもそも写真集程度で一喜一憂する必要はないという氷の女である。だが、双子はどれだけ冷静を装っていても、ミュウの指示であらゆる工作を行う裏のエキスパートだとしても、花も恥じらう10代女子である。ましてや、この双子は姉妹愛が危険な方向に強く、どちらかと言えば男を毛嫌いしている。

 

(クラウドアースの目的が分かりませんね。ガス抜きのお遊びにしては大規模ですし、出場選手の情報収集するにしても大っぴら過ぎます)

 

 しかも優勝賞品が過激写真集とは如何に? もう少しまともな候補は無かったのだろうか? それとも、こうして自分たちを惑わす事がクラウドアースの狙いなのだろうか? ミュウは過激写真集の模写サンプルを見ながら、確かにこれが世に出れば、掲載された女性プレイヤー達は羞恥で阿鼻叫喚だろう。

 太陽の狩猟団には多くの優秀な女性プレイヤーが集結している事もあり、バトル・オブ・アリーナの情報が開示された途端に『クラウドアースを潰す』とヘイトを暴発させた者たちが後を絶たない。ミュウも掲載確実の1人であるが、氷の女は写真集に自分の際どい姿が載った程度では揺るがない。むしろ、この写真集のお陰で自分の色仕掛けが効果的だと判断されたならば、戦争に向けて積極的に利用しようかと考えている程だ。

 

「あの2人が出場するならば優勝も不可能ではないでしょう。問題は……やはり団長ですね」

 

 サンライスはこうした催し物に目が無い。バトル・オブ・アリーナを聞いた時点で出場に立候補した程だ。ミュウが懇切丁寧に6時間もかけて団長たる者がこうしたお遊びに出張るなど部下の士気に関わるという屁理屈を並べ立てて諦めさせようとした。

 

『そんな事はどうでも良い! 俺はあの写真集を見たいのだ! 我が性欲に偽りなし!』

 

 だが、ミュウの6時間の苦労を水の泡にするこの漢の返答である。思わずミュウも口からだうーっと魂のようなものが抜けそうになったものである。

 

「当日のプランとして、団長を最前線に送り込む手筈は整えています。ラジード様もミスティア様の説得により、計画に快く応じてくれました。念には念を入れてラジード様にも参加者として登録してあります。これで万が一でも団長に勘付かれることは無く、大会期間は最前線に幽閉することができるでしょう」

 

「太陽の狩猟団は『不慮の事態』によってサンライス団長とラジード様が欠席。ミスティア様とシノン様で優勝を狙い、あの忌まわしい写真集の廃棄を目指します」

 

 与えられた4枠の内の2枠をまさかのサンライス排除の為に消費する事になるとは。ミュウは全身の疲労を溶かすように紅茶を飲む。写真集などどうでも良いが、サンライスが出場すればミスティアもシノンも蹴散らして優勝してしまう確率は高かっただろう。

 あの写真集には人心を狂わす魔力でもあるのだろうか? 今や太陽の狩猟団は男性陣の『写真集ゲットだぜ』派と女性陣の『写真集、燃やすべし』派で二分化されている。

 

「何事もなく終われば良いのですがね」

 

 いっそ【渡り鳥】さんに依頼して大会前に写真集を処分してもらうのが1番確実なのでは? ミュウはそんな思考を怒り狂う双子の前で静かに弄ぶのだった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 クラウドアースの本気っぷりは凄まじい。終わりつつある街の南区の拡張を進めていたクラウドアースであるが、そこには今やコロッセオを思わす巨大なドームが建造されている。建築費用だけで何百万コル分あるのかも考えたくない代物だ。

 どうやらクラウドアースは自分たちの支持を盤石にし、なおかつ他の勢力を削り取るべく、娯楽に特化した戦略を打ち出したようだ、というのがグリセルダさんの考えだ。元より嗜好品や防具を除く衣服、調度品などはほぼ全てがクラウドアース製と言われている程である。聖剣騎士団や太陽の狩猟団とは違い、複数のギルドの連合だからこその柔軟性であり、同時にセサルという裏の王というカリスマとベクターという優れた政治屋がいるからこそ、クラウドアースは烏合の衆になることなく、ここまで成長し続けることができた。

 DBOのプレイヤーが娯楽に飢えている。当然だ。DBO初期のプレイヤーの生活レベルは貧民プレイヤーを見れば分かるように、とてもではないが、現代社会を生きる人々には辛く厳しいものだったのだ。珈琲1つで歓喜の嵐が巻き起こった程である。それが今では文化レベルも大きく向上している。それが結果的により貧富の差を如実にしているのであるが、プレイヤー自身の努力によって衰退した社会に恵みがもたらされているというのは面白いものだ。

 コロッセオも今回はバトル・オブ・アリーナなんて催し物をやる為に使用されるが、実際にはクラウドアースは調教したモンスターやギルドNPCによる戦い……つまり、ローマのコロシアムのような真似を計画しての事らしい。自分たちは安全な観客席でポップコーンを食べながら、ギルドNPCが巨大なモンスターに挑む。あるいはオペレーションを組み込んだゴーレム同士を戦わせるなど、クラウドアースは風見鶏のプレイヤーたちに娯楽という最上の蜜を提供することで自分たちの支持を集めようとしているようだ。

 グリムロックもゴーレム同士のバトルには興味津々らしく、それを出汁にしてグリセルダさんにソルディオスの開発促進を主張したらしいが、そのままケツパイルされて強制沈黙させられた。

 元より拡張機能の1つにコロシアムが含まれていたのだから、それをいち早く実用化させ、なおかつコロッセオ周辺に快楽街を建築したクラウドアースの戦略は見事だ。特に快楽街などは犯罪ギルドの関与が欠かせない。彼らと裏で繋がりを持つからこその芸当だろう。

 

『地下ではもっと過激な試合が行われてるけどね。借金で首が回らなくなったプレイヤーとかが短剣1本で大型モンスターに挑んだりとか』

 

 コロッセオの事を知ったユウキ曰く、終わりつつある街の地下では借金を背負った悲しきプレイヤーたちが闇試合で日夜死ぬ気で戦っているようだ。死なない程度に絶望的な戦いの日々を送る彼らに輝かしい未来はあるのかどうかは定かではない。

 大ギルドから各4名ずつ、ラストサンクチュアリから1名、教会から2名の計15名は出場が確定している。大会出場者は全部で32名であり、フェアリーダンスは中小ギルドからの参加枠からの出場となった。中小ギルド枠は15名分であり、残った2名は一般参加枠となるらしい。この一般参加枠は中小ギルド枠以上の激戦の予選があったらしいが、詳細は明らかになっていない。というか、出場者もまだ名簿が発表されていないのだ。大会開始のギリギリまで隠す気らしい。

 すでにコロシアムの周辺には屋台が立ち並び、まさしくお祭り騒ぎだ。優勝賞品はどうであれ、既に名のあるプレイヤーが参加を決定している事実は知れ渡っている。娯楽に飢えたプレイヤー達はこんな面白い催し物を見逃すはずがない。コロッセオの観客席は満員を予定している。

 

「かが……クゥリさん! お待たせしました!」

 

 コロッセオの壁にもたれてフェアリーダンスが行う出場選手の受付での最終確認を待っていたオレは、元気よく戻ってきたリーファちゃんを迎える。

 

「これでクゥリさんは正式にフェアリーダンスの代表です。本音を言えば、あたしが出たいけど、そしたらお兄ちゃんに見つかっちゃうかもしれませんから」

 

 フェアリーダンスがわざわざオレに依頼を飛ばしたもう1つの理由は、ギルドでも最強の実力を持つリーファちゃんが出場を拒否したからだ。わざわざオレとの接触しなかった程度には、リーファちゃんは『アイツ』と再会しないように心掛けている。まぁ、現実世界ならばともかく、いつ死ぬかも分からないDBOで身内と再会するなど『アイツ』の精神をヤスリで懇切丁寧に削るようなものだからな。

 

「まるで縁日だな」

 

「懐かしいですね。憶えてます? ほら、お祭りに一緒に行ったじゃないですか」

 

「……行ったっけ?」

 

「行きましたよ。忘れちゃったんですか? ほら、まだクゥリさんもお兄ちゃんも入院してた頃ですよ」

 

 口を尖らせるリーファちゃんに、オレは少し待つように言って記憶の書庫を掘り返す。

 灼けた記憶から断片的な情報を洗い出し、オレは何とかリーファちゃんと一緒に病院を抜け出して祭りに行った夜を思い出す。確か、シリカが連れ出した『アイツ』を追跡する為だったような気もするので、あまり楽しかった覚えはない。というか、当時のオレは杖無しでは歩けない程度に体が弱まっていたのだ。そんなオレを無理矢理連れ出したリーファちゃんは何気に鬼だったような気もしないでもない。

 

『あたしのお兄ちゃん。あたしのお兄ちゃんなんだもん』

 

 木々の狭間で目から感情の光を消したリーファちゃんの表情と花火による光と闇のコントラストを思い出して身震いしそうになる。『アイツ』のフラグ構築力を本当に舐めてたよ。まさか現実世界で妹とフラグを立てているとは予想外だったからな。HAHAHA!

 

「リーファちゃんが金魚すくいが下手だったのは憶えてるかな?」

 

「良いんですよ。お兄ちゃんが上手かったから、あたしは自分で取る必要が無かっただけなんです。それよりも綿菓子売ってますよ! 買いませんか?」

 

 子どものようにはしゃぐリーファちゃんは屋台の1つを指差して駆けていく。確かに、屋台で売られている、ふわふわした白い繊維の塊は綿菓子そのものだ。オレは彼女の分を1つ買うと手渡す。

 

「クゥリさんは食べないんですか?」

 

「お腹減ってないから良いよ。それよりも美味しい?」

 

 オレが食べても味なんて分からない。ならば、味が分かる人の表情を見て楽しんだ方が有意義だ。リーファちゃんは一瞬だけ申し訳なさそうな顔をしたが、綿菓子に噛り付くと途端に頬を綻ばせて幸せそうに唇を震えさせる。

 一見すればオーバーにも思える反応であるが、そもそも1年前まではプレイヤーの主食と言えば飲むのも一苦労するような濁り水と岩を齧っているような味が無い固焼きパンだったのだ。今でも相応のコルを支払わなければ良質な味にはあり付けない。それでも、現実世界の味に慣れたプレイヤー達からすれば不服があるのだ。

 

「本物の綿菓子と同じ味! 同じ味ですよ! さすがクラウドアース! ほら、クゥリさんも食べて食べて!」

 

 感動したらしいリーファちゃんは綿菓子を千切ってオレに差し出す。どうせ食べても味など分からず、どんな感想を言えば良いのか迷う。だが、好意を無下にするわけにもいかず、オレは彼女がつまみ取った綿菓子を食べる。

 やはり味などしない。舌の上で何かが溶けていく感覚だけが広がる。それがむしろ吐き気を催させる。味が無いだけで綿菓子とはこれ程までに気持ち悪い食べ物になるとはな。

 

「オレは林檎飴の方が好きかな」

 

「本当にクゥリさんって素直じゃないですよね。こんなに美味しいのに」

 

 リーファちゃんの楽しそうな横顔と並ぶ屋台が重なって、少しずつだけど、断片的な記憶が蘇ってくる。

 他でもない『アイツ』に披露すべく、浴衣を着た直葉ちゃんが病院に来ていて、でもシリカの方が1枚上手で『アイツ』を先に病室から連れ出して2人で近所の夏祭りに出かけていた。オレは直葉ちゃんの追跡に付き合わされたのだ。あの頃からオレは何だか何で彼女の世話を色々と焼いている気がする。

 

『あたしとお兄ちゃんって血が繋がってないんです。世界で1人だけ、あたしだけの特権。あたしだけがお兄ちゃんを「兄」としても「男」としても好きになって良いって神様がくれた運命なんです』

 

 ……色々と思い出したくない部分まで思い出してしまった。

 確か、オレは彼女にあの夜……ごく普通の倫理的観点から直葉ちゃんの真意を問いかけた。『アイツ』にはアスナという大切な人がいて、それを失った悲しみからまだ脱却できておらず、今もその面影に捕らわれている事も含めて伝えた。

 先に弁明したいが、オレは珍しく根っこからの善意で直葉ちゃんに教えたのだ。傷心の『アイツ』を癒せるのは、他でもない……たとえ血が繋がっておらずとも心を通わした家族以外にいないだろうと……愚かにも信じたのだ。

 だが、オレの善意がこれまで1度としてまともな結果をもたらした事が無いのは過去が物語っている。打ちあがる花火の中で、直葉ちゃんは『アイツ』とアスナの関係を……その末路を聞いて涙した。

 

『分かりました。あたしが……あたしがお兄ちゃんを幸せにすれば良いんですね!「他の女なんて忘れるくらい」に愛してあげれば良いんですね!?』

 

 違う、そうじゃない。オレは必死になって直葉ちゃんに、『家族として』寄り添ってあげるべきだと主張した。それを彼女は脳内変換で『家族(妹兼妻)として』寄り添うべきなのだとオレに背中を押してもらったと盛大なる自己正当化を果たしたのである。女って怖い。

 だからこそ、気になるのは『アイツ』がDBOにアスナを探しに来ているだろう行動に対して、リーファちゃんはどう対処しようとしているのかだ。

 

「……リーファちゃんはさ、『アイツ』の目的を分かっているからこそ、邪魔しないようにしているんだよね?」

 

「そうですよ」

 

 綿菓子を食べ終えたリーファちゃんはあっさりと答える。その目に感情の揺らぎはなく、既にDBOの1年の月日の間に彼女は決心を固めている事を物語っている。

 

「今もお兄ちゃんの心の中心にはアスナさんがいる。どんな人かは知らないけど、お兄ちゃんがあんなに愛している人なんだから、きっと素敵な人なんだと思います。あたしに勝ち目なんてないくらいに……お兄ちゃんの1番大好きな女の子なんだと思います」

 

 残った棒をゴミ箱に投げ捨てたリーファちゃんはオルゴールが並べられた露店の前で膝を折り、耳を擽る音色を奏でるそれらから1つ……騎士とお姫様の人形が踊る小さな金のオルゴールを手に取る。

 

「だから、あたしはお兄ちゃんの願いを叶えてあげたいんです。だって、あたしの『お姉ちゃん』になるかもしれない人ですから……『妹』として助けないと。たとえ死人だとしても、お兄ちゃんは生きてるって信じてるなら、あたしも信じます。『妹』ですから」

 

 どうやらオレが思っているよりもリーファちゃんは……直葉ちゃんは真っ直ぐに成長したようだ。それを微笑ましく想いながら、同時に危機感を募らせる。明らかにリーファちゃんが保有する情報が過多なのだ。オレも複数の推論とアルシュナから得た情報を元に『DBOにアスナが囚われている』という推理を確固たるものにしたのだ。だが、リーファちゃんの情報源は今以って謎のままだ。

 

「それで、アスナの居場所に何か心当たりはあるのか?」

 

 少し踏み込むか。単に心構えとしてアスナの救出を志しているならば放置しても良いだろう。だが、何かしらのヒントを握っているならば話は別だ。そもそも『アイツ』の目的を知っているのは、リーファちゃんもまたDBOにアスナが囚われているという前情報を得ていた確率が高い。

 

「まだ何も。そもそも手がかりも無いですから」

 

 力なく首を横に振るリーファちゃんに嘘を吐いている様子はない。まぁ、オレだってアルシュナの情報が無ければアスナの居場所を探し出すなんてほぼ不可能だろうしな。だが、これで一安心と言えるだろう。

 

「でも良かった。少し心配してたんだ。ほら、リーファちゃんって少し危ない時期があっただろ? やっぱり兄妹で恋愛なんて義理でも間違ってるさ」

 

「そうですよ。あたしも馬鹿ですよね~。兄妹なんだからお兄ちゃんの妻にも恋人にもなれるはずないのに……本当に馬鹿ですよね~」

 

「そうそう」

 

「だから、あたし決めたんです。お兄ちゃんの奥さんはアスナさん。『最愛の奥さん』がアスナさんなら、あたしは『最愛の妹』になれば良いんだって。そもそも2つの属性を独占しようなんて発想が幼稚だったんですよ」

 

 ……ん? 何だろう、この違和感は。

 リーファちゃんは別に何らおかしい事は言っていない。むしろ、オレが願ってやまなかった健全なるブラコンに戻ったのだ。喜ばしい事この上ないはずである。

 照れた様子のリーファちゃんはオールゴールを買って、幸せそうにステップを踏む。オルゴールが奏でる曲に合わせて鼻歌を紡ぎながら、くるりと回って振り返る。

 

 

 

 

 

 

「妻より深く、恋人よりも濃く、愛人よりも熱く、愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して……傍に寄り添う『妹』。あたしはそうなろうって決めたんです」

 

 

 

 

 

 

 その時のリーファちゃんの瞳は底知れない愛で濁っていた。

 オレは笑顔で見なかった事にしようと心に誓う。『アイツ』のフラグ管理をするまでオレは暇人ではない。自分で作ったフラグは自分で管理しろ。SAO時代も『アイツ』のフラグ管理でオレがどれだけ気苦労したか分かったものではない。

 

「あ! これ可愛いですね」

 

 ガクガクと震えて1部始終を見ていたらしい可哀想な露店の主の反応など知らずに、リーファちゃんは物珍しそうに、風鈴や髪飾りといった雑多な商品を並べた露店に目を移す。

 露店の主がどうにもトラウマを刻み込まれて哀れなので、何か1つ買ってやるとしよう。オレはリーファちゃんの横に並び、露店の商品を見回して、赤い金魚が描かれた風鈴を手に取る。

 

「……ユウキが喜びそうだな」

 

 買っていくか。意外とアイツってこういう小物を集めたがるんだよな。オレは迷惑料を上乗せして支払いを済ませる。

 風が吹けば風鈴が心地よい音を奏でてくれる。これから夏だし丁度良いだろう。

 

「ユウキって恋人さんですか?」

 

「ばーか。違うよ」

 

「あー! 分かった! 片想い! 片想いでしょ!? クゥリさんって恋多き男だもんね」

 

 まぁ、オレが本当の意味で恋をしたと言えるのは、ユウキが初めてなんだろうけどな。今でもいろんなおんにゃのこに惹かれる事はあるが、きっとそれは恋じゃない。アイドルとか女優とかに気が惹かれるのと同じだ。きっと……1人の女性として好きになってしまったのはユウキだけだ。

 オレの初恋なのかもしれない。そして、初恋なんて実るようなものではない。

 

「オレなんかを好きになる女の子がいるわけないさ」

 

「……篝さんのそういう卑屈な部分は少し嫌いかな」

 

「リアルネームは止めなさい」

 

 リーファちゃんに軽くチョップを喰らわせたオレは、自分が心なしか足早になっている事に気づく。この話題にあまり触れたくないと思っている自分を知って苦笑したくなる。

 

「白状する。好きだよ」

 

 だから、オレはリーファちゃんだからこそ、あっさりと自分の感情を告白する事ができた。

 キミを殺したい。ユウキを思い出すたびに指先に痺れる程に殺意の独占欲が滲み出る。彼女を壊して壊して壊して、その脳髄に悲鳴と同じくらいにオレの愛を刻み付けてから殺したい。

 これは間違った恋なのだ。知るべきでなかった恋なのだ。人知れずに朽ち果てるべきだった恋なのだ。

 いつの日か、ユウキが別の誰かを好きになって、オレは末席で彼女たちの幸せの門出を拍手する。そんな糞ったれなエピローグを迎えたい。酒場で飲んだくれながら、自分の名前をエンドロールで探す。そんなビターエンドがお似合いだ。

 

「素直でクゥリさんっぽくない。もっと皮肉屋でドライな人でしたよね?」 

 

「でも本心だからさ」

 

「うん。だと思います。今の篝さん……最高にカッコイイですから」

 

「だからリアルネームは止めなさい」

 

 ニヤニヤしたリーファちゃんにオレは嘆息しながら先程よりも強めのチョップをお見舞いする。

 殺意があろうと好意は好意……この恋心に……愛情に偽りはない。むしろ殺意の大きさこそがユウキへの想いの大きさだ。

 当たって砕けろ。早めにこんな気持ちは始末をつけた方が良いかもしれないな。玉砕すれば、この殺意も少しは治まるかもしれない。オレは風鈴に息を吹きかけて、その音色を心に浸み込ませる。

 奇跡……起こるかな? オレの気持ちをユウキは受け止めてくれるかな? そんな事あるはずもないだろうに。『キミを殺したいくらい愛してます』とかドン引きされるに決まっている。

 もうすぐ大会の時間だ。サクヤとグリセルダさんの読み通りのデュエル大会ならば、オレにとって分の悪い戦いになるだろう。それでも、傭兵として依頼を受けた以上は優勝を目指す他ない。どうせ出場者も本気で優勝なんて不名誉を求める者はいないだろう。案外、八百長でなんとかなる試合も多いかもしれないな。

 ここは傭兵らしく頭を使って立ち回らせてもらう。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 胸が痛い。ズキズキする。胃と喉が痙攣する。

 屋台が並ぶコロッセオまで続く大通り、その横道の小路地に駆け込んだユウキは、締め付けられるような心臓を癒すように胸に触れる。

 

『好きだよ』

 

 知らない女の子だった。金髪のポニーテールと活発そうな容姿をした、クゥリが好きになっても仕方ないくらいに魅力ある女の子だった。

 コロッセオ周辺の店舗には犯罪ギルドが関与しているものも多い。故にユウキも見回りをしていたのだが、前回のキャバクラと違って、今回はそれが仇になった。

 長い白髪を1本に編んだ三つ編みはまるで猫じゃらしのようにユウキの気をすぐに惹いてしまった。仕事も忘れて、一緒に屋台を見て回ろうと誘いたくて、駆け寄ってしまった。

 

「当たり前だよね……クーが、ボクの事が好きなんて、あるはず、ないよね……」

 

 分かっていた。

 分かっていたはずなのだ。

 あの聖夜に祈りを託してくれた。自分に特別な殺意を持ってくれている。傲慢過ぎただけだ。ユウキは自分を納得させるように言葉を並べる。

 気持ちは揺るがない。疎まれても、憎まれても、ずっとずっと傍にいる。それがユウキの愛し方だ。だから、クゥリが他の女の子を好きになっても、彼女の気持ちは変わらない。

 

「……ま、まぁ、分かってたもんね! クーは胸が大きい子が好きだろうし! うんうん! あの子、凄かったもんね! クーの好みにきっと直球ど真ん中のストレートだよ! 好きにならない方がおかしいよね!」

 

 ペタペタと自分の胸を撫でて、少しくらいはあるんだけどなぁ、とユウキは茶化すように笑う。笑う。笑う。嘲う。

 

「なんか様子からして、かなり仲が良いみたいだし? きっとボクよりもずっとずっと関係が深くて、もしかしたら幼馴染とかで、初恋の人だったとか、そんなロマンスが展開されてたのかもしれないし?」

 

 まるで頼りになるお兄ちゃんみたいな顔だった。あんなクーの顔は見たことが無い。ユウキは自分には絶対に向けてくれなかった表情を思い出して、増々胸に『痛み』を膨らませていく。

 

「よーし! ここはクーの『友達』として、ボクが応援してあげないと! そうだよ! クーは今までたくさん頑張ってきたんだから、少しは良い想いをしないと! きっとクーは不器用だから女の子との付き合い方なんて分からないだろうし、ボクがサポートしてあげないとね!」

 

 そうして、ボクはキミの恋路の先を見守る。幸せになって欲しいと願う。キミが託してくれた祈りと共に願う。それがボクの愛し方だ。ユウキは両手で拳を握って決意する。

 

「あれ……何でだろう……おかしいなぁ……」

 

 幸せになってもらいたい。

 その気持ちは微塵も嘘偽りもないのに。

 

「涙が……涙が止まらないよ。どうして?」

 

 ボタボタと溢れる涙が頬を伝い、ユウキは必死になって拭おうとする。だが、どれだけ笑おうとしても……いや、笑顔になろうとすればするほどに、涙の量は増えていく。

 

「……嫌だよ」

 

 もう降参だ。だから涙を止めて。

 

「ボクを見て」

 

 蘇るのは暗い病室。

 

「ボク『だけ』を見て」

 

 姉もなく、仲間もなく、独りだけになって震えていた頃に、いつも自分に纏わりついていた暗闇。

 

「ボク『だけ』を見てよぉ!」

 

 ぐずぐずと嗚咽を漏らしながら、ユウキは膝を抱えて顔を埋める。こんな事ならば、自分の気持ちが分かった時にすぐに告白すれば良かった。よりにもよって1番大好きな人が、1番素敵な顔で、別の女の子に告白しているところを見てしまうなんて、最高に最悪だ。

 帰ろう。クゥリがバトル・オブ・アリーナに出場する事は知っていたので、試合を観覧しようかと思っていたが、こんな気持ちでは素直に応援できない。醜い嫉妬心のままに、1パーセントでも負けてしまえなんて思うような真似だけはしたくない。

 

「あ、あはは……ボクも、もう少し大きければ勝ち目あったかなぁ?」

 

 何とかそんなジョーク交じりの本音を漏らしながら、ユウキは自分の胸に触れながら立ち上がった時だった。

 

「だぁかぁらぁ! 大は小を兼ねるけど、小は大の役割を果たせない! それが真理なんだよ!」

 

「聞き捨てならないな。確かに言わんとする事は1万の譲歩で理解しよう。だけど、小さいからこそ……限りなく水平線だからこそ、壮大な魅力と浪漫を感じる。違うかい?」

 

「それも成長性っていう未来があるからだろ? つまりはデカい方が良いってわけだ」

 

「お話にならない。成長性を感じる胸はロリの胸だ。僕が愛して止まないのは成長性が無い、上限に到達した胸だ。ロリコンと一緒にしないでくれ」

 

 こんな時に胸の話をするなぁ! それとボクにだって、あと少しくらいは成長性があるはずだもん! ユウキが涙目でキッと睨めば、紙袋に焼き鳥や焼きトウモロコシを詰めて、熱い胸談議を交わしている竜虎コンビがいた。

 

「僕らは和解したんだ。あまり攻撃的な事は言わないでくれ。それよりもバトル・オブ・アリーナだが……本当に出場して良いのかい?」

 

「虎丸大先生は気乗りしないか? 俺はこういうお祭り大好きだけどね。それに、写真集にはボイーンでバイーンな女の子がミニスカサンタで埋め尽くされてるんだぜ? 男なら狙うのが筋ってもんだろうが」

 

 そんなに……そんなに男は巨乳が良いのかぁ!? 傷心の乙女のハートに塩を塗り込むような真似をする竜虎コンビに、ユウキが血涙をして咆えようとした時だった。

 レックスの頭上より雷撃の如く人影が舞い降りる。

 油断。あるいは慢心。もしくは執念の差。ユウキの目ですらも捉えきれない高速で、雷撃を思わす程の速度で人影は唖然とするレックスの顔面を捕らえて壁に叩きつける。そして、その口にユウキも知る、ジュリアス愛酒の【バランドマ侯爵の葡萄酒】を人影はレックスの口に流し込む。極めて強い酒であり、当然ながら一気飲みなどするようなモノではない。

 

「……ぐぇ」

 

 そんな情けない断末魔と共にレックスは文字通り酒に溺れて泡を吹きながら、ずるずると壁にもたれながら倒れる。

 

「レックスぅうううううううううう!? 貴様ぁああああああああ!」

 

 相棒の瞬殺にらしくない程に激昂した虎丸だが、冷静さを失って戦闘専門のレックスを奇襲とはいえ仕留めた相手に勝ち目などあるはずがない。足払いされて転倒したところに、人影は馬乗りになって二刀流のバランドマ侯爵の葡萄酒を虎丸の口に流し込む。

 

「がぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ……ぽぽ……ぽぉ…………」

 

 虎丸、沈黙。僅か10秒足らずでサインズでも2人揃えば1桁ランカーでもトップクラスに位置する実力を持つとされる竜虎コンビを瞬時に仕留めた人影は、ガクガクと震えるユウキに微笑みかける。

 

「どうぞ、お使いください」

 

 それは奇麗に折り畳まれたハンカチだ。どうやら敵意はないらしい。ユウキは躊躇いながら、泥酔して白目を剥く竜虎コンビとハンカチを見比べて、下手に断るべきではないと心に決める。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

「いえ、メイドとして当然の事をしたまでです」

 

 メイド。確かに、あまりにも衝撃的過ぎる登場で気が動転していたが、謎の襲撃者の恰好はメイドそのものだ。それも古き良きスタイルを貫き、スカート丈も足首近くまである。黒髪を結った姿も含めて、まさしく理想のメイド像を体現しているようだ。

 何処かで見覚えがある。ユウキは混乱する頭から、何とかセサルの屋敷によくいる、そしてシャルルの森でクゥリの回収の際に居合わせたメイドだと思い出す。

 

「あの……それで、どうして……」

 

「ああ、竜虎コンビの事ですか? 彼らはバトル・オブ・アリーナの出場者ですので、消えてもらわねばならないだけです。出場権を得る為にも……ね。ユージーンを消しても良かったのですが、彼は2人と違って慢心なく今回の大会に挑むようでしたから、なかなか隙が無くて。消すのは1人で良かったのですから、竜虎コンビを狙ったのは妥協ですね」

 

 私もまだまだです、と強制泥酔した竜虎コンビを引き摺ってゴミ箱に詰めながら、我が身の能力不足を嘆くようにメイドは嘆息する。

 まるで意味が分からない。ユウキが唖然としていると、メイドはホッとしたように笑った。

 

「涙、止まったみたいですね。申し遅れました。ご存知かと思われますが、私はブリッツ。セサル様のメイドです。あなたはチェーングレイヴの……ユウキさん、でよろしかったでしょうか?」

 

 優雅に一礼するブリッツに、ユウキは完璧なメイドとしての矜持を垣間見る。だからこそ、ブリッツが同じ陣営である竜虎コンビを襲撃した理由が思いつかなかった。

 

「えと、状況が呑み込めないんですけど……ヴェニデの方がどうしてクラウドアースを?」

 

「これはヴェニデの総意ではありません。私個人の独断です。無論、メイドとしてセサル様には了承を取っていますが。まったく、セサル様もこのような催し物をするなんて、酔狂にも程があると思いませんか?」

 

 まさかの主催者にユウキは頭痛の波に襲われる。ただでさえ腹黒のクラウドアースでも、更に何を考えているか分からない男筆頭であるセサルがバトル・オブ・アリーナの計画者だったなど、冗談にも程がある。

 

「……失恋ですか?」

 

 返したハンカチを受け取ったブリッツの問いに、ユウキは無言で硬直する。それは肯定以外の何物にも映らないだろう。

 失恋。その言葉の意味を噛み締めて、またユウキはボロボロと涙を零し始める。それに、普段のブリッツを知る者がこの場にいれば目玉が飛び出す程に彼女は慌てる。

 

「泣かないでください。女の子は失恋した分だけ綺麗になるんです。女の数は星の数、男の数は原子の数と申します。1人の男に固執するなど愚かしい事ですよ?」

 

「好きに『次』なんてないよ! 別の誰かを好きになっても同じ気持ちなんてあり得ないに決まってるよ!」

 

「なかなか鋭い事を言いますね」

 

 頬を引き攣らせるブリッツは溜め息を飲み込むようにして壁にもたれかかり、小路地から顔を覗かせて屋台並ぶコロッセオ大通りを眺める。

 

「女は古来より蛇に譬えられました。執念深く、狡猾で、貪欲。それは時として醜き物語を紡ぐものです」

 

「何が言いたいのか全然分かんない! 巨乳なんて死んじゃえば良いんだぁ!」

 

「私は普通……いえ、どちらかと言えば小さい方だと思うのですが」

 

 困ったように頬に手をやって首を傾げたブリッツは、しばし考える素振りを見せて、何か閃いたように指を立てる。

 

「私も制裁せねばならない御方がいまして。よろしければ、ユウキさんも協力してもらえませんか? 丁度良い気分転換になるかと」

 

「……やる。こんなモヤモヤした気持ちでいたくない」

 

 深く考えずに了承したユウキは、後に振り返って赤面する。

 

 

 ああ、ボクはとんでもない大馬鹿者だった、と。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

『満員御礼! 満員御礼! 満員御礼! 超満員御礼! 麗しい織女の皆様とどうでも良い野郎共、今日はよく集まってくれたな!』

 

 梅雨の時期に不似合いな程の青々とした晴天の下で、司会席で1人の男が咆える。

 

『司会を務めるのは毎度お馴染み、ブギーマンの盟友【バルサザール】がお送りするぜ! 太陽万歳!』

 

 色黒でスポーツ刈りをした頭の青年は、蝶ネクタイをした如何にも司会者といった格好で歓声と大ブーイングの中で熱狂の火種を盛らせる。もちろん、ブーイングの主成分は女性である。

 

『バトル・オブ・アリーナの試合日程は2日間! 誉れある32名の選手が明日には僅か4名に! 括目せよ! 彼らのコスモを見届けよ! まずは俺の補佐をしてくれるコメンテーターを紹介するぜ!』

 

『は~い☆ マユユンだよ~ん♪ みんな元気にしてたぁ? マユユンは今日も絶好調! エロい写真集にはマユユンが載ってない分、このきゃわいさを司会席からたっぷり送信するから受信よろしくね!』

 

 マ・ユ・ユ・ン! マ・ユ・ユ・ン! 歓声とブーイングをかき消す、陣羽織をつけた集団の一糸乱れぬエールを受けて、振袖姿の和風美少女アイドルは左手にマイクを、右手で銃を作ってカメラ目線で撃ち抜く。もちろん、カメラマンは現時点で女性プレイヤー限定ならば某傭兵以上のヘイトを集めるブギーマンである。

 

『この試合はクラウドアースの提供と、ご覧のスポンサーでお送りするぜ!』

 

 

●  ●  ●

 

 クラウドアース

 

 サインズ

 

 神灰教会

 

 鍛冶屋組合

 

 商人組合

 

 騎獣愛好会

 

 釣り愛好家協会

 

 財団

 

 黄金林檎

 

●  ●  ●

 

『それでは選手入場だぁああああああ!』

 

 バルサザールの掛け声とともに、コロッセオの四方のゲートの鉄柵がゆっくりと解放されていく。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 何をやっているんだよ、グリセルダさぁあああああん!? 選手入場のゲートで待機していたオレは、コロッセオに設けられた大型掲示板に浮き出たスポンサーのラストを見て、自分が盛大なトラップに嵌められたと自覚する。

 

『「こんな仕事は受けるに値しないけど」、イメージアップ戦略には打ってつけよね。【渡り鳥】は少しお茶目な部分もある取っ付き易い傭兵というイメージを付与するわ。試合の結果はともかく、なるべく好印象が持たれるように振る舞いなさい。衆目が集まっている今こそ大チャンスよ』

 

 グリセルダさんを通さずにサクヤから依頼の受託をしてしまったオレの謝罪に、妙な程にあっさりとした対応を見せたグリセルダさんだったが、まさか最初からクラウドアースと手を組んでいたとは予定外だった。いや、そもそもゴラムの拷問の時点でグリセルダさんはクラウドアースと取引をしていたのだ。もしかしたら、あの時点でクラウドアースに今回の大会を計画させていたというのか!?

 さすがに考え過ぎか? だが、スポンサーの時点でグリセルダさんが如何なる形であれ、バトル・オブ・アリーナに関与したのは間違いない。あるいは、グリムロックがまたHENTAI力を発揮したという最悪の線も捨てきれない。

 蹲りたい気持ちを抑えながら、オレは自分の入場を待つ。

 

『まずはこの男から入場だ! 女が抱かれたい傭兵、第1位(隔週サインズ調べ)! 男がカッコイイと思っちゃうプレイヤー第1位(隔週サインズ調べ)! 言わずながらの傭兵ランク第1位! この俺以外にランク1が務まるはずがないだろーが!「最強無比の剛剣」ユージーン!』

 

 しかもバルサザールさん、何ですか、その紹介は!? まさか全員あのノリに包まれて入場しないといけないのか!? バクバクと心臓が高鳴ってしまう。

 北口ゲートから入場したのは、赤い鎧を身にまとい、分厚い両手剣を背負った男……雄牛が引く戦車で腕を組んで入場するというパフォーマンス付きで、ユージーンが豪快にコロッセオの中心に立つ。

 ……ノリノリ過ぎませんか、ランク1さん。オレのアナタの勝手な想像として、こういう催し物は何だかんだで馬鹿にしていると思っていたのですが。いや、サクヤに明らかにアレな事を言ってる時点でむしろ誰よりもやる気だったのか?

 

『同じくクラウドアースの専属傭兵! その胸には男のロマンが詰まっている! だが、果たして支援特化の彼女に勝機はあるのか!? ともかく、たゆんたゆん万歳!「豊穣なる双丘」エイミー!』

 

 ユージーンと同じ北口から入場したのは、黒子に薔薇のシャワーを降らせながら、白魔女風の装備をして、相変わらず胸をたゆんたゆんさせたエイミーだ。あの人は距離感的に苦手なんだよな。無駄にベタベタくっついて来るし。

 

『えー、続きましてクラウドアースの選手として参加を予定していました竜虎コンビですが、不慮の事故による負傷により開会式に間に合わないとの事です。クラウドアースから急遽代理が立てられましたので、そちらは後ほどのご紹介となります』

 

 あの竜虎コンビが欠席か。しかし、仮想世界で不慮の事故とは如何に? ああ、緊急の依頼で足や腕を欠損してしまったのかもしれないな。それならば致し方ないだろう。傭兵に緊急依頼は付き物だ。

 

『キミの笑顔、この騎士が守りましょう! その生き様はまさしくナイト! だけどうぜぇええええええええ! でも、頼りにしちゃう! ビクンビクン!「騎士道とは栄光を見つけたり」グローリー!』

 

 やはりと言うべきか、こんな馬鹿騒ぎに出場しないはずはないと思っていたが、グローリーが大盾にスケートボードのように乗りながら登場する。相変わらず器用な男だ。アレも1発芸の為に練習した技なのだろうか? 何気に雪山とかのステージで大活躍しそうなプレイヤースキルだ。

 

『その盾は皆の為に! その剣は1人の為に! 漢・オブ・漢! YARCA旅団の始まりの男だけど、もう無暗にケツは狙わないから安心しろよ、ベイビー!「黒き鉄の魂」タルカス!』

 

 YARCA! YARCA! YARCA! そんな声援と共に、全身に黒い甲冑を装備した、梅雨は蒸れて辛そうなバケツヘルムを装備したタルカスが地響きを鳴らす勢いの大股で東口から入場する。意外と普通過ぎる入場で逆に驚いてしまった。

 

『「ザ・サムライ」真改!』

 

 そして、バルサザールが途端に紹介を簡略化したかと思えば、いつの間にかタルカスの隣には袴を履いた和風の男が立っている。長刀を腰に差した姿を見るに、彼こそが聖剣騎士団随一の剣客にしてカタナ使いと噂される真改か。まさか≪気配遮断≫を用いて入場とは恐れ入る。

 

『あらゆる依頼を完璧にこなすワンマンアーミー! 最も理想的な傭兵の1人! だが、その正体はサインズ受付嬢を篭絡するのみならず、あちらこちらで女のハートもぶち抜き続ける糞野郎!「今日の夜はキミだけの専属だよ」スミス!』

 

 明らかに個人的な怨嗟が多大に混じった紹介を受けて、聖剣騎士団に雇われたらしいスミスが相変わらずの煙草を咥えた姿で入場だ。やる気があるのか無いのか分からない態度だが、あの男は依頼において妥協はしない。優勝候補筆頭となるだろう。何よりも、あの男も何だかんだで写真集には興味があるはずだ。目下最大の強敵といったところか。

 

『その目はまさしく獲物を狩る山猫! 闇に紛れて襲う爪牙は今宵も血に飢えている! サインズのリークによれば、ファンレターは女性からの方が多いぜ!「お慕いしております、お姉様!」シノン!』

 

 これは酷い。いや、噂は聞いていたが、まさか本当に女性プレイヤーのファンを多数獲得しているとは。西口ゲートから入場したシノンは紹介で赤面しているかと思えば、ゾッとする程に剣呑な目が据わっている。大きく歪曲した曲剣を腰に、左腕の義手を響かせながらの入場だ。

 

『槍を振るえば雷の如し! お嫁さんにしたい女性プレイヤーで毎回トップ3に食い込むお淑やか! 男の理想像そのもの! 羨ましいぜ、【若狼】!「雷の花」ミスティア!』

 

 これも予想通りか。ミスティアは既に非過激版写真集に掲載されていたので、今回の優勝賞品にも間違いなく載っているだろう。ミスティアは長槍を振るいながら凛とした立ち振る舞いで入場であるが、やはりその目はシノンと同じように冷たく渦巻いている。

 

『続きまして、太陽の狩猟団よりサンライス団長が出場予定でしたが、急遽最前線の攻略に乗り出さねばならない止むなき事情により辞退と……え? マユユンどうしたの? 今から代理入場? カンペカンペ……ありがとう。それじゃあ、代理人を紹介するぜ! 俺はまさしく駆ける太陽! 今日も東から昇り、西からもう1度昇ってやるぜ! 空を見上げよ、SUNSUNと輝く我らの太陽がそこにある!「謎の覆面太陽戦士」太陽マスク!』

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 だうー。コロッセオのS席という試合観戦には絶好の場所にて、バトル・オブ・アリーナの全貌を見切ろうとしていたミュウは、頭部に赤の覆面を付けた、上半身裸体、下半身には下手な太陽のマークが描かれた短パンという、まるで覆面レスラーのような姿をした長身の男の入場に、口から得体のしれない何かを零す。

 これは夢だ。夢に違いない。ミュウは顔面を両手で覆い、啜り泣きそうになるのを必死になって堪える。だが、やがてそれも限界に達し、茫然と空を見上げる。

 

「……太陽、ばん、ざい?」

 

 それは落日。ミュウの体がぐらりと傾く。

 

「ミュウ様ぁあああああああ!?」

 

「担架! 誰か担架を! またミュウ様が倒れられました!」

 

 双子が慌てふためく中で、ミュウは青空に輝く太陽を薄めで見つめながら、今日はとっても良い日……ピクニックにでかけたいわ、と童心の笑みを浮かべて意識を途絶えさせた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 ……またHENTAIが増えたか。いや、元からか。謎の覆面太陽戦士こと太陽マスクから目を背けたオレは、その正体だけは絶対に暴かないであげるのが人間としての尊厳を保つという事なのだろうと決心する。

 

『今やこの男を知らぬはモグリ! 特大剣を振るえばまさしく嵐! 両手剣を使えばまさしく豪風! 双剣を握ればまさしく疾風! 太陽の狩猟団が誇る新エースにして、女性プレイヤーから『きゃわいい!』と人気急上昇中! 戦乙女だけで満足しろよ、この野郎!「俺は女の子もハンティングしちゃう狼だぜ☆」ラジード!』

 

 自分の紹介に複雑な表情をしたラジードに、女性プレイヤー達からは少なからずの嬌声が上がる。なかなかの人気っぷりだな。というか、ラジードはどうしてまたこんなアホみたいな戦いに出場したのだろうか? まぁ、ギルドの命令ならば仕方ないのだろうが。

 

『教会からの刺客! 神よ、我が御霊を癒したまえ! 参戦理由は布教!? それとも自らに課した試練か!?「殺して良いのは異教徒と異教徒だけです」エドガー!』

 

 う~ん、エドガーはそこまで過激な思想じゃ……いや、あながち間違いではないのか? わざわざ聖歌隊が讃美歌を奏でて入場したエドガーの真意が分からない。そもそも出場者の過半が何を考えているのか分からないので今更であるが。

 

『最下位ランクは伊達ではない! 教会の加護を受けて参戦! 打倒、ランク1! 打倒、全プレイヤー! 俺を舐めたのを後悔しやがれ!「反逆のランク42」RD!』

 

 愛馬に跨って、青銅色のハルバートを手に持ったRDがかつてない程に精悍な顔つきで登場だ。ふむ……あの表情、本気で優勝を狙っているようだ。かつてない程に強い意思を感じる。まさしく『人』が持つ尊い灯だ。良いだろう、RD。オレの依頼達成を遮るならば、その全力を振り絞って見せろ。

 

『その仮面に隠された素顔を知る者は無し! 右手の剣は弱者の為に! 左手の剣は誇りの為に! 最近は教会の仕事もあってか声を解禁したが、加工され過ぎだろうが! 焦らすな、馬鹿野郎! しかも仮面で人気ランキング(隔週サインズ調べ)で最上位とかふざけんな!「無双の聖剣士」UNKNOWN!』

 

『頑張って、UNKNOWN♪ マユユンも応援してるからね☆』

 

『こら、マユユン! まだコメントしちゃ駄目だって! はいはい、では次の紹介です!』

 

 ……見なかった事にしたい。まだ『アイツ』と確定したわけじゃ……でも……だけど……うん、考えるのは止めよう。アレはUNKNOWNだ。ランク9の傭兵。それ以上でもそれ以下でもない。もしもぶつかる事があれば、その顔面をぶち抜いてやるがな!

 

『ここからは中小ギルドの予選突破者の紹介だ! 中には傭兵やら何やらと代理人を立てた連中も多いが、それだけ優勝に本気って事だろう! 勘弁してくれよな! ギルド【寒天中華料理店】より依頼を受けて参戦! 蛇蝎の如く嫌われる? おいおい、冗談キツいぜ。俺は誠心誠意真っ当に生きてるハイエナさ。「ノーカウントだ、ノーカウント!」パッチ!』

 

 ツルツルピカピカのスキンヘッドをしたパッチが、寒天中華料理店のメンバーだろう4人に神輿の如く担がれ、椅子で足を組みながら林檎を齧り、安っぽい金色の王冠を被りながらの入場である。まるで成り上がりの王様のようだ。とりあえず潰そう。そうしよう。

 

『ギルド【フェアリーダンス】より依頼を受けて参戦!』

 

 いよいよオレの番か。少しドキドキするな。まぁ、どんな紹介を受けても気にしないでおこう。堂々と入場する。それだけで良い。

 

『ジェノサイドモンスター? 女装趣味の変態? そんな事はどうでも良い! もはや性別:【渡り鳥】! ご存じないのですか!? あれが隔週サインズのインタビューを機にDBOに困惑と混沌をもたらした者!「こんな奇麗で可愛い子が男とか女とかそんな次元で語ってんじゃねーよ!」大天使クゥリエル!』

 

 おい、オレだけプレイヤーネームすらまともに呼ばれてないぞ!? 困惑しているのはこっちの方だ! とぼとぼと頬が熱いのを自覚しながら、静まり返ったコロッセオへと入場する。うん、この反応は何だかんだで分かってたよ。だけど無音は止めてくれ。お願いだ。

 その後も続々と出場者が呼ばれて、会場の熱気は高まり続ける。オレの時だけ静寂だったのが本当に痛かったよ。別に拍手が欲しかったとかそんな訳じゃないけどさ、あんな紹介されたんだから大笑いされた方がまだマシだよ。

 

『次が中小ギルド枠最後の1人だ! ギルド【ドラゴンZ】の代理人! 各地で突如として出現する謎の剣士! クラウドアースの傭兵を除いた最高戦力と噂されるが、真偽は不明! 常にメイドが傍らにいる謎が謎を呼ぶ男! 愛用するのはアーロン関連防具! 名前すら不詳ってこれどうなの!?「ミスター・トップシークレット」アーロン騎士長装備さん!』

 

 暗色の紫色の全身甲冑を身に着けたカタナ使いの剣士。防具はパワーアップしているようだが、セサルの部下の男に違いないだろう。この男も出場するとなると、この大会はお遊びの割には本気過ぎるメンバーが集結している。これだけの戦力がいたら並のボスならば一方的に屠殺できるぞ。

 

『さーて、ここからは熾烈を極めた一般参加枠からの紹介だ!』

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「私も出たかった」

 

「機嫌を直してくれよ、オルレア。ボクは何も意地悪で出場辞退を勧めたわけじゃないよ?」

 

 A席という、高値を張る観客席にて、白いスーツを着た、子どもっぽい金髪と碧眼の男は山盛りのポップコーンを齧っていた。その目立つ容姿でありながら、何故か印象に残らない……いや、まるで誰もが記憶に残す事を拒否するような、年齢も性別も何もかもを暗雲の中に隠すような不気味な雰囲気は、もはや人間の出せるものではないだろう。

 そして、彼の周辺の観客たちは元より白スーツを意識することができないようであり、事実として彼の前に腰かける男の髪にはボロボロとポップコーンのカスが降りかかっているのにまるで気づいていなかった。

 

「所詮は命のやり取り無き児戯だ。貴様の求める死闘は味わえないと思うが?」

 

 白スーツの傍らに控える、スカーフェイスの青髪の男は、青黒い髪を短いポニーテールにした女に嘆息する。それに対してオルレアと呼ばれた頬杖をついて『それも確かに』と呟く。

 

「だけど、これだけ獲物が集まったお祭りなのに、指を咥えて見ているだけなのも退屈よ。セカンドマスター、早く戦争起こしてくれない? 退屈で死にそう」

 

「準備は丹念にしないとね。オルレア達もその為に傭兵になったんだ。一緒に滅茶苦茶にしようじゃないか♪ その為にも仕込みはじっくりと……ね?」

 

 ぐてーっとダレた様子のオルレアに、白スーツの男は楽しげに笑う。青目の男は今の女主に付き合いきれないと思いながらも、右手で持っているコーラを渡す。あくまで執事、彼女に仕える事こそが職務なのだ。

 

「ですが、セカンドマスターもこのような催し物に支援を出すとは、いかなるお考えで?」

 

「3大ギルドもボクのお得意様だからね~。商売上のお付き合いって奴? それにお祭りは好きだよ。誰も彼もが辛い現実から目を背ける。ああ、なんて麗しい非日常の一幕か! この宴が終われば彼らは直視するんだ。自分たちの苦行は果てしなく続くんだ……ってね」

 

 相変わらず趣味が悪い。ただ、それが見たいだけの理由で大会に支援を出したのだろう、と青目の男は納得する。セカンドマスターが悪趣味なのは今に始まった事ではなく、また本人も純粋なる悪意で行動しているので止めようも無いのだ。そもそも進言してまで阻止したいとも思わない。

 

「でも、折角だし、少しは邪魔入れを――」

 

『一般参加枠より優勝を狙うは可憐なる乙女! こんな可愛い子が今までDBOの何処に隠れていたと言うのだ!?「ゴスロリは正義! 繰り返す! ゴスロリは正義!」リリウム!』

 

 途端に会場の男たちの鼻息が荒くなる。それも仕方あるまい。入場したのは、10代半ばだろう、まるで穢れを知らない無垢のような、淡い金髪を緩やかに波立たせる、白いゴシックロリータの服装をした美少女だ。

 

「アンビエントがずっと雲隠れしていると思ったら、大会出場を狙っていたのね。演技とはいえ、マザーレギオン相手に劣勢だったのをかなり思い悩んでたみたいだし、セカンドマスターに実力を証明したいって所かな。可愛らしいじゃない」

 

 わざわざ説明してくれるオルレアなど、果てしなくどうでも良い。青目の男は、プルプルと拳を握る白スーツに危機感を募らせる。ただでさえ、DBO初期より好き勝手にして彼の計画に度重なる修正をもたらしているのだ。これを契機に暴発しないとは限らない。

 

「まずい……これはまずい! 人間にアンビエントの可愛さが知れ渡ってしまった! これは由々しき事態だ! 今すぐセラフ君にコード999を発令して全プレイヤーを抹殺し――」

 

 違う意味で暴走した。かつてない程に動揺して、DBOを完全崩壊に至らしめるコードの使用を画策する白スーツに、青目の男は暴力こそ解決の近道と諦める。

 

「セカンドマスター、失礼致します」

 

「ぐえ」

 

 青目の男はその逞しい両腕で白スーツの首を絞めて、ずるずると観客席から引き摺り出す。こんなアホみたいな真似でコード999など、それこそセラフが本気で自分の存在意義を疑ってバグになりかねない。

 執事とは存外気苦労が絶えないものだ。暴れる白スーツを抑え込みながら、青目の男は遠い目をして青空を見つめた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

『もう1人の一般枠の登場だ! それは悪夢。それは災厄。それは破滅。聞け、愚か者よ。我は全ての豊穣なる大地を焼き焦がす天上の使徒。地平線と水平線の彼方より、崇高なる使命を帯びた絶対なる賢人!「審判を受け入れよ」ドラゴンライダーガール!』

 

 それまで青空だったはずなのに、誰もが天空を暗雲が覆い、不吉な雷鳴が轟く様を幻視しただろう。オレもそうだった。

 今までのように入場ゲートからの立ち入りではなく、黄金の竜がその咆哮を轟かせる。騎獣にしては格が違い過ぎる。アリーヤやアリシアのように、テイミングされたモンスターの類だろう。だとしても、ドラゴン種とは恐れ入った。

 黄金の竜より舞い降りて土煙を上げたのは、ツインテールと色付きゴーグルをした少女だ。全身に真紅のライダースーツを着込んでいるのだが、体に起伏が無いのでほとんどエロくない。というか彼女はもしかして……いや、オレの勘違いだろう。何やらUNKNOWNが仮面越しでも分かるくらいに怯え切っているのだが、勘違いに決まっている。

 

『さて、いよいよ最後の2人のご紹介だ。クラウドアースの竜虎コンビの代理として出場! 洗濯・料理・掃除まで何でもござれ。夜のお相手? それは謹んでご遠慮致します。完全完璧パーフェクト! むしろお世話してください、お願い致します!「全ては主の為に」メイド長!』

 

 同時入場らしく、まず1人はセサルの屋敷で見かけるメイドさんだ。竜の神戦にも参加していただけの実力を持ち、重火器による制圧攻撃は侮れないだろう。上品に一礼をして男性中心の観客の熱狂に応える姿はまさしくパーフェクトメイドだ。

 そして、もう1人は……

 

『まだまだメイド長には劣るけど、一生懸命頑張ります! 半人前? それでも、いつかは立派なメイドになります! 大輪満開も良いけど、蕾だからこそ愛らしい!「主様は募集中です」見習いメイド!』

 

 ……え? オレは思わず目を擦ってしまう。

 メイド長と一緒に入場してきたのは……デザインが少し異なるフリル多めのメイド服で、心なしかスカート丈も短く、だが膝下はしっかりとキープしている。白いカチューシャを付けて、顔を羞恥が赤らめながらプルプルとしてスカートを握りしめているのは、まさしくユウキだ。

 

「担架! 担架を呼べぇ!」

 

 そして、ユウキの入場と共に観客席で誰か倒れたようだ。スキンヘッドの男が腹を押さえながら担架に運ばれていくが、そんな事よりどうしてユウキがここにいる!? オマエは犯罪ギルドの幹部だろうが! こんな人前で……ああ、だから変装なのか? 今日は黒紫の髪をポニーテールにして軽やかに揺らして、チラリと一瞬だけオレを見て、気まずそうに視線を外す。それはこっちの反応だ。

 観衆はメイド長とユウキに集中している。メイド長はどう見ても本物のメイドだし、ユウキも初々しい。美人と可愛いの2人がメイド服など最強過ぎる。

 ……なんか、ムカつくな。あんなユウキは新鮮で良いが、なんていうか……他人に見せたくない。

 

『以上32名! この中で優勝の頂に立てるのは1人だけだ! いかなる熱いバトルを見せてくれるのか、今からでも滾るぜ! えー、では続きまして、本実行委員長であられます、クラウドアース軍事統括顧問のセサル様より開催宣言のご挨拶です』

 

 いい加減にしてくれ。ユウキの前だからか、オレは本気で泣いて膝から崩れそうになる。ユージーンの時点で何か嫌な予感がしていたが、たかだか写真集1つを巡って、どうして大物が出張ってくるのだ? しかも実行委員長って……つまりはセサルが主催者って事だろう!?

 

『諸君のバトル・オブ・アリーナへの参加を心より感謝する。本大会は、単純な実力のみを競うのではなく、優れた知力、他者を惹きつける魅力、臨機応変な対応力、そして何よりも必要不可欠な運を諸君らに問う、苛烈極まりない戦いとなるだろう。だが、全ての難関を潜り抜けてこそ勝者。私はこの目で諸君らの戦いを見届けさせてもらう。勝者に美酒を! 今ここにバトル・オブ・アリーナの開催を宣言する!』

 

 カッコイイ事を言っているが、競い合った果てに待っているのは過激写真集とは如何に? ツッコミを入れたい衝動に駆られながらも、オレは深呼吸を繰り返して冷静さを取り戻させる。

 この面子の中で優勝するのはなかなかに骨が折れるな。リーファちゃんの為にも、何としても写真集は処分しなくてはならない。

 

『さーて、それでは1回戦の始まりだ! いきなりで悪いが、この32名を16名までいきなり削っちゃうぜ!』

 

 いよいよか。トーナメント形式ならば、まずは抽選して1対1のデュエルといったところか。ブロック分けが大きな鍵になるな。できれば、ユージーンやUNKNOWN、シノン、スミスといった強敵は潰し合ってもらいたいところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『最初の試合はぁあああああああああああああ「熱烈☆借り物競争」だぁあああああああああああああ!』

 

 

 

 

 

 

 

 いよいよオレの耳も後遺症でおかしくなったか。両耳を無性に掃除したいのだが、耳垢など溜まるはずがない仮想世界では効果が無いだろうと冷静に判断している自分が嫌になる。

 

『おっと、選手諸君、拍子抜けしてもらっては困るぞ。単純な借り物競争ではない。相手を殺さない程度ならば妨害は可だ。しかも、借り物は必ず「他の選手が身に着けている物」に限らせてもらっている。つまり……勝つ為には相手から奪い取らねばならない! バトルフィールドはコロッセオ周辺街全部! 借り物が書かれた紙と借り物の両方をコロッセオに持ち帰った先着16名が2回戦進出だ! 試合時間は2時間! 武器はこちらで配布したものに限る! 観客の皆さんはご安心を! 我らがカメラマンのブギーマンの撮影はもちろん、街の全域には、伝説のHENTAI鍛冶屋GR氏より提供していただいた撮影及び集音用の人工妖精が既に散布されている! ポップコーンとコーラを楽しみながら、大型モニターで試合を楽しんでくれ! 注意点だが、他にもスタッフが各所で撮影及びルール違反のチェックを行っている! 選手の皆さんはマナーとルールを守って試合に挑んでくれ!』

 

 なるほど。殺さない程度ならば容赦無用の殴り合いというわけか。しかし、グリムロックもまた馬鹿な真似をしてくれたものだ。

 スタッフがそれぞれの借り物(略奪対象)と武器が書かれているだろう用紙が入った箱を持ってくる。

 このお遊び……何気に個々の戦略が大きく問われるな。慎重に過ぎればタイムオーバーで失格。かと言って1人で精力的に動けば徒党を組んだ連中に狙われる。しかも、略奪対象が先にクリアしてしまえば、その分だけ2回戦進出者は減ってしまうだろう。

 16名はあくまで最大数。実際には8名から10名程度といったところか。あるいはもっと少ないかもしれない。

 ……遊びの割には頭を使うゲームになりそうだ。オレは借り物対象と武器が書かれた紙をボックスから引き抜く。

 

 

<借り物:グローリーの褌>

<武器:サランラップ>

 

 

『それでは、10分後に試合スタート! 選手よ、健闘を祈る!』

 

 サランラップって……サランラップって……拷問くらいにしか使い道が無いじゃないか!

 しかもターゲットがグローリーの褌とは、もはや難易度ルナティック……いや、上手くアーマーテイクオフさせれば勝ち目もあるか?

 屋台が立ち並び、多くのプレイヤーやNPCで賑わうコロッセオ周辺街。

 今ここで……オレはかつてない程にどうでも良い壮絶な戦いに挑む。




優勝は誰の手に!?

なお、今回のエピソードはバトル・オブ・アリーナ編がラストとなります。


それでは、229話でまた会いましょう!

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