SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ
地獄の扉が開き、煩悩と殺意のダンスが始まった。

※筆者は最近ダウン状態なので少し投稿が遅れるかもしれません。



Episode17-09 熱烈なる借り物

 試合開始の花火が打ち上げられ、青空でも目立つ赤の光が散る。

 オレはコロッセオが近い、3体の石像が中央に配置された円形広場にて途方に暮れていた。石像は、騎士、魔法使い、弓使いであり、傷1つないピカピカの白の石像は円形広場から通じる3つの道をそれぞれが向いている。

 ルールを再確認しよう。コロッセオから出発した時にスタッフから渡された借り物競争のルールペーパーを左手に、右手にはサランラップを握りながらオレは石像にもたれかかる。

 

 

ルール1:制限時間は2時間。クリア条件は『借り物が記載された用紙』と『前記が指定した借り物』を持ってコロッセオにゴールする事。

ルール2:死亡させない程度ならば他選手への妨害は可。また、HPが3割を切った場合も安全性を考慮してスタッフがストップをかけ、加害プレイヤーは30分、被害プレイヤーは15分の試合除外とし、両者が目視できない位置にて試合再開となる。

ルール3:バトルフィールドはコロッセオ周辺街。クリア条件を満たさずにコロッセオに戻った場合、またはコロッセオ周辺街から出た場合も失格。

ルール4:武器は大会側が準備したものに限る。また、火炎壺や投げナイフなどの攻撃系アイテムの使用は禁止。ただし、それ以外のアイテムは試合開始時に保有する分に限って使用を許可する。また、アイテムの補充もコロッセオ周辺街で調達できるものならば可。格闘攻撃も可。

ルール5:各種スキルの使用は可。ただし、ソードスキルの使用は禁止。

ルール6:選手以外のプレイヤーに対する過度な迷惑行為は反則1点、選手以外のプレイヤーに対する加害行為は反則3点、スタッフに妨害を加えた場合は反則3点とする。反則5点で失格。

ルール7:プレイヤーは入場時の装備から変更した場合も失格。※借り物の対象が奪取不可になる場合がある為。

ルール8:借り物は試合終了時に返品せねばならない。返品できない場合、クリアしていても失格となる。借り物を破損・紛失した場合はサインズ調停の下で弁償となる。また、奪われた借り物を試合中に装備画面で回収した場合は即時失格。

ルール9:ルール1からルール8に抵触しない行為は基本的に反則とみなされないが、著しく悪質と思われる場合は運営委員会による協議の下で忠告が行われる。忠告に従わない場合、即時失格となる。

 

 

 頭痛がしてきた。ルールペーパーに書き込まれた9項目の試合ルールにはクラウドアースの謎の情熱を感じる。

 ルールによれば、相手を殺さない程度ならば殴る蹴るは許されている。だが、HPが3割未満になった時点でスタッフによる仲裁が入り、ペナルティは加害プレイヤーの方が強い。つまり、妨害するにしても過度な攻撃を加えると大きなしっぺ返しを受ける事になる。

 さて、どう動いたものだろうか。試合開始は午後1時半ピッタリだ。つまり、午後3時半がタイムリミットになる。借り物を奪い返そうとする選手の妨害を受けながらコロッセオを目指すとなると安全を見てデッドラインは午後3時15分か。

 オレの借り物は『グローリーの褌』だ。グローリーと正面から戦うのは愚の骨頂だ。あの馬鹿のバトルセンスは並ではない。そうなると必然として奇襲になるのだが、髪飾りなどならばともかく、褌となると鎧を剥ぎ取る必要がある。

 方法としてはアーマーテイクオフを使用させて裸にするのが1番安易だろう。そうなれば奪い取れない事も無いだろう。

 円形広場から屋台が並ぶ通りに出たオレはNPCやプレイヤーに紛れながら、目立つだろうグローリーを探す。こそこそ隠れていても仕方ないし、オレは索敵系スキルを持ち合わせていない。ナグナの狩装束のブーツには隠密ボーナスと≪追跡≫の妨害性能がある。≪気配遮断≫を組み合わせれば余程に索敵特化のプレイヤーでもない限りは早々に発見されないはずだ。

 だが、オレは路地裏に入ろうとした瞬間に、鼻を突く甘酸っぱいニオイに顔を顰める。それは緑色の液体がたっぷりと浸された小さな壺だ。靄のように、視覚を妨害しない程度に湯気を上げるそれは【執政者の寝香】だ。隠密ボーナスを引き下げる効果がある。

 よくよく見れば、コロッセオ周辺街にはいつの間にか隠密ボーナスを引き下げるデバフアイテムがあらゆる場所に設置されている。効果が切れた瞬間にバトル・オブ・アリーナのスタッフが補充していくようであり、オレと目が合ったスタッフの男は『まだまだたっぷりあるぜ?』と言いたげなドヤ顔で大鍋で今にも溢れそうな執政者の寝香を掻き回している。

 これは試合だ。エンターテイメントだ。終始かくれんぼでは面白味がない。恐らくだが、時間経過と共にあの手この手で選手に否応なく動く事を強要する妨害工作が進められていくのだろう。だからこそのルール6か。

 路地裏の暗がりにも執政者の寝香が充満している。これでは隠密ボーナスは死んだも同然だ。まだ大通りの方が機能するかもしれない。しかも各所には撮影用・集音用の人工妖精が浮遊している。

 と、そこでオレは背後から気配を感じ取り、贄姫を抜刀……しそうになるのを堪えて、回し蹴りで応じる。

 

「ヒッ! 待ってくれ、【渡り鳥】の旦那! 俺だよ、俺!」

 

「……パッチ」

 

 パッチの首を捉える寸前で回し蹴りを止め、オレはホールドアップしたスキンヘッドのパッチを睨む。選手入場の頃と同じ格好というだけあって、安っぽい金の王冠と虎柄のマントという目立つ格好だ。

 オレのターゲットはグローリーだ。パッチは関係ない。だが、一方でパッチのターゲットはオレである危険性もある。

 

「俺のターゲットは旦那じゃありませんって! ほら!」

 

 すぐにオレの思考を読んだらしいパッチは土下座する勢いで姿勢を低くし、自分の紙を見せる。

 

<借り物:タルカスの兜>

 

 なるほど。確かにパッチのターゲットはオレではないようだ。ならば、接触してきた理由はオレとチームを組みたいと言った所か。パッチも傭兵ではあるが、正面からの戦闘能力は決して高い部類ではない。傭兵としては最下位クラスだろう。お得意の大盾と槍によるチクチク攻撃も出来ないとなれば、タルカスから兜を奪うのは絶望的だ。そこでオレとチームを組んで勝率を上げたいと言った所だろう。

 

「オレもアナタじゃない。グローリーの……ふ、褌だ」

 

「あの馬鹿ナイトの褌ですかい。しかも武器はサランラップとは運がないですねぇ。へへへ、パッチ様は大当たりですぜ」

 

 そう言ってパッチが自分に支給された武器を取り出す。それは漁に使われるような大網だ。確かに、サランラップに比べれば相手を捕縛できる分だけ価値はあるだろう。

 

「へへへ。でも、旦那をすぐに見つけられたのも【幸運】のパッチ様には女神がついているからってモンだ。どうです、旦那。俺と借り物用紙を『交換』しませんか?」

 

 交換? 組みたいという提案ではなく、まさかの交渉にオレは思わず表情を顰めてしまう。それを見て、パッチは驚いた様子ながらも、すぐにオレのご機嫌を取るような繕った笑みを作る。

 

「旦那ともあろう御方が、まさかこのゲームの裏ルールに気づいてないとは。試合はまだ長いですし、このパッチ様がレクチャーしてやりますから、いざという時は助太刀をお願いしますよ?」

 

 パッチはオレを誘うと路地裏の暗がりにて腰を下ろす。膝を曲げて股を開き、尻を浮かした独特の座り方は彼が好むスタイルであり、通称『パッチ座り』とサインズでは親しまれている。

 

「裏ルール? そんなものがあるのか?」

 

「旦那、まずはこのゲームの勝利条件をまず思い出してください。必要なのは『借り物用紙』と『借り物』の2つ! つまり『自分が引き当てた用紙』であらず! このゲームの必勝法は、より多くの選手と交渉して『自分に勝ち目がある』借り物用紙を手に入れる事! そうでなくとも、他の連中が何を欲しているのかさえ分かっていれば、先に借り物を奪って妨害・交渉ができる! そして、最重要な点がもう1つありますぜ」

 

 いつになく真剣な眼差しで、オレもまだ気づいていなかった借り物競争の必勝法を、心理戦重視のギャンブル漫画の解説役のようなノリでパッチは語る。普段の依頼もこれくらいに頼りになる男ならば良いのだが、彼を突き動かす煩悩はどうやら脳をフル稼働させているようだ。

 

「このゲームの最重要要素は『借り物』を喪失しても失格にならない点! つまり、試されるのは交渉力! これは借り物競争ですぜ? 奪って敵対関係を作るのは愚の骨頂。いかにして相手から『借りる』かこそが肝!」

 

 ギラリ、と目を輝かせたパッチは本当にパッチ本人か疑いたくなる。過激写真集はここまで人間を変えてしまうのだろうか。

 だが、パッチは伊達に傭兵と情報屋の兼業をしているわけではない。裏市場に盗品アイテムを売り渡しているという話も聞く。彼はまさしくハイエナだ。人を騙す事に関してはプロである。だからこそ、パッチが説明したゲームの本質を鵜呑みにする訳にはいかない。

 顎に手をやり、パッチの説明を吟味する。確かに筋は通っている。ノリノリ司会者のバルサザールのせいで『奪い取る』という先入観が刷り込まれてしまっていたが、ゲームの本質はあくまで借り物競争だ。無理に奪取せずに、交渉で譲り受ける取引こそが理想的だ。

 理論上は16人の完結した借り物の輪を作ればクリアできる。だが、2時間というタイムリミット、信用と信頼、個々人の交渉力といった要素を考慮すれば、16人の輪を作るのはほぼ不可能だろう。そうでなくとも抜け駆けするような者が1人でも出現すれば、あるいは失格者が出てしまえば、その分だけ枠は無くなる。

 また、他者の用紙でOKならば、『自分がターゲット』の借り物用紙を入手しても良い事になる。だが、ここでルール8が楔となる。自分の物は自分に返品できない。つまり、ルール8を満たせないので失格になるのだ。

 単純にレアアイテムなどだった場合、返品しなかったら問題になるから明文化されたルールかとも思ったが、こうなってくると運営側は元より借り物用紙を交換する事を前提としてルール作りしたかもしれない。

 交渉方法としては借り物用紙をターゲットに渡すのが1番だろう。借り物用紙と借り物の両方が揃っていなければクリアはできない。つまり、ターゲットは『自分がターゲット』の借り物用紙を、組みたいヤツはターゲットが狙っている借り物を協働で狩る。だが、これはターゲット側が蹴落とす目的で借り物用紙を返さなかった場合もあり得る。

 まさしく交渉力が試されるゲームだ。脳筋では駄目だ。いかにして信用できる共同体を作るかこそがこのゲームのポイントだ。

 面白い。面白いが……ここまでゲーム作りをしておいて、どうして優勝賞品が写真集なんだよ!?

 

「それで旦那、俺がここまで話した理由も察しているでしょう?」

 

「ああ。つまり、アナタにはグローリーと確実に交渉できる自信がある。そうでなくとも、オレにターゲットを明かしたのはタルカスの兜を奪い取らせたいから。違うか?」

 

「やっぱり旦那は話が早くて助かるぜ」

 

 オレと借り物用紙を交換するならばパッチはグローリーと1対1の交渉戦に持ち込む気だ。オレが拒否しても、パッチはやっぱりグローリーと交渉する。その場合はグローリーのターゲットがオレかパッチでもない限り、パッチはグローリーのターゲットを彼と協働して狙う。そして、そしてグローリーの借り物を得た暁には、グローリーの褌とオレが入手したタルカスの兜を交換する。

 タルカスはきっと油断するだろう。オレは借り物用紙を見せてタルカスを狙っていないと主張すれば良い。そして、手を組もうと言って油断したところで兜を奪い取る。

 熾烈な騙し合いだ。そして、パッチが今まさにオレがタルカスに仕掛けようかと考えている罠と同じ手法を使っていないとも限らない。つまり、パッチもまた別の誰かとの取引を控えてオレの信用を勝ち取り、油断したところを狙って借り物を奪い取ろうと考えている危険性もある。

 だからこそ、パッチはそんな思考を排除する為にも、試合が始まってすぐに他プレイヤーに接触を図った。つまり、パッチはオレを探したのではなく、目が付いたプレイヤーならば誰でも良いから交渉を仕掛けようと踏んでいたのだ。試合開始直後の、まだルールも浸透しきっていない最序盤だからこそ出来る信用の勝ち取り方だ。

 上手い。ハイエナと毛嫌いされているが、伊達に傭兵兼業情報屋ではないという事か。これが過激写真集を巡る大会でなければ……パッチの目にギラギラと燃える欲望の炎さえなければ、素直に関心と尊敬をしただろう。本当に勿体ない。

 

「良し。手を組もう。オレはタルカスを――」

 

 パッチの戦略は見事だった。信用と信頼、この2つの要素を如何にしてクリアするか……それを馬鹿の代名詞であるグローリーというハードルの低さを利用して跳び越える段取りも頭の中で組み立てていたはずだ。

 繰り返すが、パッチの戦略は見事であり、この借り物競争において限りなくベストな手段を編み出したと言えるだろう。

 

 

 

 

 

『えー、バトル・オブ・アリーナの運営より選手の皆様にご連絡致します。聖剣騎士団代表のグローリー選手はバトルフィールドアウトにより失格。バトルフィールドアウトにより失格です! 残り31名!』

 

 

 

 

 

 

 それは凶報。オレとパッチは思わず顔を見合わせる。

 

「「え?」」

 

 試合開始からまだ15分の出来事だった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 時はクゥリとパッチが出会った頃……試合開始より5分が経過した時点に戻る。

 グローリーはいつものように正々堂々とした態度で、コロッセオまで通じる、街灯が立ち並ぶ周辺街の大通りで腕を組んで自分のターゲットをどうやって見つけ出したものか悩んでいた。

 

<借り物:スミスの煙草ケース>

<武器:鍋の蓋>

 

 青々とした空と太陽の下で、どうすればスミスが命の次に大事だろう煙草を譲ってくれるだろうかとグローリーは鍋蓋を回しながら考える。アイテムストレージには幸いにも飴がたくさん入っているので、寂しい口の御供に渡せば何とかなるかもしれない。無理矢理奪いたくないというのがグローリーの本音だった。

 グローリーは馬鹿である。馬鹿であるが故に、バルサザールの説明に踊らされる事無く、ルールも生半可にしか理解しておらず、『借り物競争』という字面だけを噛み砕いていた。そして、それは多くのプレイヤーの中で最も直接的にゲームの本質に結果的にたどり着いていたとも言えるだろう。

 

「う~ん、きっとスミスも借り物が見つからずに困っているでしょうし、一緒に協力するから煙草ケースを貸してもらえないでしょうかね」

 

 見つかるリスクを恐れず、元より隠れる気も無く、グローリーは大通りを突き進む。それは象がライオンを恐れないのと同じ理屈だ。グローリーは自身の騎士道と強さを疑わない。それこそが彼をランク5に……聖剣騎士団の最上位ランカーに押し上げた。

 象に挑むライオンのなんと哀れな事か。その分厚い皮膚には爪も牙も通じず、その1歩で蹴飛ばされ、長く伸びた牙に貫かれる。

 ならば、象の前に立ちはだかるライオンはまさしく決死である。

 グローリーの道を塞ぐように、左腕の義手を見せつけるのは、傭兵ランク3、太陽の狩猟団の専属傭兵、【魔弾の山猫】……シノンである。彼女の凍り付いた冬の湖のような……その薄く張った氷の下で煮え滾る怒りが潜んでいる。

 

「これはランク3ではありませんか! もしかして、私に何か借り物ですか? 良いでしょう! 共に勝利を目指し、決勝戦で巡り合い、どちらが強いか勝負を決する! それもまたアリーナの醍醐味というものです!」

 

 だが、グローリーは空気を読まない。読めない。読む気が無い。常に我が道を……己の信じる騎士道を貫くグローリーは、自我が決して揺らがない。

 

「…………」

 

 無言のまま、シノンは自身の得物を取り出す。

 それは鈍器。

 禍々しいまでに、人を殴り殺す為に、身近にある道具をより『凶器』として強化させた存在。

 

 

 

 

 

 

 

「写真集、燃やすべし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぶらりと義手の左腕を下げ、右手に持った釘バットを肩に担いだシノンは感情を押し殺した……だが、漏れる憤怒と憎悪がまるでドラゴンのブレスの前触れのように湯気となって口から漏れるという……仮想世界の過剰表現か、はたまた強過ぎる感情が生み出した幻覚か、どちらであるとしても山猫はグローリーを排除すべく跳びかかる!

 間合いは5メートル。それはDEX特化のシノンにとって一呼吸の間に詰めるには児戯の距離だ。釘が打ちつけられて強化された、打撃武器のモーニングスターに近い性質を持った釘バッドの一撃を、ギリギリでグローリーは掲げた鍋の蓋で防ぐ! だが、銅製の鍋の蓋を突き抜ける衝撃が、鎧を纏って重量増加しているはずのグローリーを押し飛ばす!

 

「ら、ランク3!? どうしたのですか!? まさか、敵の攻撃を受けて混乱して――」

 

「私はとても冷静よ。クールよ。氷水でしっかりと漬け込まれた脳みそは思考に一切の淀みが無いわ。私は冷静に……あなたを排除しようとしているだけ」

 

 シノンは剣のように両手で釘バッドを構え、再度グローリーに突撃する。それは傍目から見れば単調な突進攻撃。だが、歴戦を潜り抜けたグローリーは、そこに込められた殺気という名の圧力の重みを感じ取る!

 躱せない! 躱せば『終わり』だ! 故にグローリーが選んだのは、真正面からの対峙! 鍋の蓋を盾の如く構え、両手大振りのフルスイングを受け止める……いや、受け流す! 釘バッドをツルツルした鍋の蓋で受け流す妙技に、シノンは目を見開いた。

 シノンのがら空きの胸に、シールドバッシュならぬ鍋蓋バッシュが炸裂する! DBO広しと言えども、鍋蓋でパリィした後に即座のバッシュを打ち出せるのはグローリーくらいだろう。彼の持つ潜在的バトルセンスの高さ、真正面から戦えば全傭兵どころか全プレイヤーでぶっちぎりの最強と謳われる所以はここにある!

 

「あなたを最初に狙ったのは正解だったようね。他人の武器が渡れば……徒党を組まれれば、あなた程に撃破し辛い敵はいない。その騎士道には敬意を表するけど……写真集を求める者に『次』なんて与えない。でも、どうやら、あなたは本気でなければ倒せないようね。『切り札』はまだ取って置きたかったけど仕方ないわ」

 

 釘バッドを持ったまま、システムウインドウを開いて一瞬で何事かの操作をしたシノンはまるで猫が跳びかかる前の動作のように、全身に力を籠めるように体を丸める。その身に黒ずんだオーラが集中していく。

 グローリーの失態は、この瞬間に逃亡、あるいはシノンの撃破の行動を取らなかった事にある。それは彼が騎士道を重んじるが故に、相手の奥の手を真正面から受け止めようとする、およそ傭兵らしくないポリシーを持つが故の失敗だった。

 黒いオーラが炸裂した瞬間に、更なる速度……およそ常人では目で追う事も不可能なのではないかという加速を得てシノンはグローリーの背後に回り、後頭部へと釘バッドを振るい抜く。それをグローリーは両手で持った鍋の蓋を鈍器のように振りながら反転する事で弾き返した。

 鍋の蓋が歪み、ポリゴンの欠片が散る。その中でグローリーが目にしたのは、猫耳を生やし、瞳孔は猫と同じ縦長となり、更には髪の毛と同じ空色の尻尾を生やした、あざとさ120パーセント突破の姿をしたシノンだった。

 デーモン化まで披露したシノンは、そのまま強化されたスピードで物を言わせるように、周囲の街灯を足場にして、得意の三次元機動による連撃を仕掛ける!

 

「おぉおおおおおおおおおおおおお!」

 

 苛烈な釘バッドの連撃の嵐。まるで跳ね回るピンポン玉のように、シノンはあらゆる方向からグローリーを釘バッドで擦り潰そうとする。それに対してグローリーが選んだのは、ひたすらにガードする事だった。それは一見すれば愚策に映るだろう。だが、グローリーは元より馬鹿であり、馬鹿のままあらゆる苦難を突破してきた者である。故に不可能ではなく、また追い詰められてもいない。

 

「アーマーテイク☆オフ!」

 

 自身が爆弾となったかのように、グローリーを中心にして鎧が弾け飛ぶ! それは3次元機動でグローリーを翻弄していたシノンにも衝突し、彼女の運動を阻害する。

 ここしかない! 我が勝機、見えたり! キラリと目を輝かせたグローリーは今にも壊れる寸前の鍋の蓋に全身全霊をのせ、魂を呼び覚ます!

 

「そしてぇええええ、今、超必殺のグローリー☆パリィ!」

 

 本来はシールド・パリィは≪盾≫のソードスキルである。だが、パリィとは元より盾の技術であり、敵の攻撃を受け流して隙を作るものである。グローリーはソードスキルに頼ることなく、鍋の蓋が限界に達する間近で、アーマーテイクオフを利用して作り出した隙に、釘バッドの2度目のパリィに成功したのだ!

 

「騎 士 の 盾 は 砕 け な い」

 

 決め台詞と共に、グローリーは右ストレートを爆発させる。それは宙にあったシノンに吸い込まれるも、彼女は義手の左腕でガードする。だが、グローリーの踏み込みを乗せた渾身の拳は生半可なものではなく、義手の表面フレームが歪むほどだった。

 右ストレートの威力を殺すべく、足の裏で地面を滑り、ブーツが擦れる中で、タラリとシノンは汗を垂らす。

 

「本当にふざけた強さね」

 

「ランク3もデーモン化とは驚きましたよ! いやぁ、そこまでレディに本気を出されたら、私も応えるしかありませんね! 良いでしょう! この騎士たる私のデーモン化! 今! ここで! お見せ致しましょう! 今、超必殺のぉおおおおおおおおおおお――」

 

 ニヤリ。シノンは隠しきれない……いや、隠す必要はないとばかりに、両腕をクロスさせてパワーを溜めるような素振りを見せたグローリーに笑む。

 

「どうやら『私達』の勝ちみたいね」

 

 正面から戦えばぶっちぎりの最強。それはシノンも知るところである。だが、キャバクラでそうであったように、グローリーは無敵ではない。あくまで、騎士の決闘のように、真正面からぶつかり合えば、その強さを発揮するというだけだ。

 元よりシノンは単独でグローリーを倒すなど考えていなかった。やり方次第ならば単身で撃破も可能ではあったが、その為には仕込みの時間がかかる。

 故に試合開始直後を狙った。敢えて正面から戦いを挑んだ。デーモン化まで披露してグローリーの騎士道を擽った。そして、全ては狙い通りに進んだ。グローリーはデーモン化の予備動作という最大にして致命的な隙を生み出した。

 グローリーの後頭部を打ち抜いたのは強烈な衝撃。褌1枚の彼は吹っ飛び、地面とキスをする。そのまま3メートルは滑ったグローリーが震えながら起き上がって目にしたのは、自分の背後から強襲をかけた人影だった。人影が手に持つのは鎖付き鉄球である。ジャラジャラと黒い鎖に繋がった黒光りする鉄球を……グローリーの後頭部をぶち抜いた事を示す赤黒い光でべっとり汚れた鉄球を回転させている姿は、まるで罪人を捕らえる死刑執行官のようだ。

 

「だ、誰だ!? 騎士として名乗らぬは無礼と思わないんですか!?」

 

「あなたのようなゴミに応える名は持ち合わせていませんし、騎士でもありません。ですが、敢えて答えるならば……」

 

 回転させた鉄球を止め、人影はその身にピッチリと張り付くような、体のラインが分かる……女性らしい凹凸がないボディを隠すライダースーツを着て、セクシーポーズを取る。

 

 

 

 

「通りすがりのツインテール美少女です」

 

 

 

 

 元より2対1! シノンの単独突撃の真の狙いは、ツインテール美少女……ドラゴンライダーガールの背後からの奇襲を確実に決める為だったのだ。

 グローリーとて修羅場は潜り抜けている。2対1の挟み撃ち程度で怯む男ではない。立ち上がり、壊れかけた鍋の蓋でも諦めずに、自らの騎士道を……その先で待つ写真集が開くという夢の時間を思い浮かべて、グローリーは立ち上がる! その様はまさしくナイト!

 だが、シノンの狙いは2つあった。1つはドラゴンライダーガールの背後からの奇襲だ。そして、もう1つは『2人目』がいるとグローリーに認識させる事そのものだ。

 

「おぉおおおおおおおおお――うぉお!?」

 

 路地裏の暗がりから飛び出した、まるで雷撃を思わすスピードを乗せた一閃。それはグローリーが騎士の誇りをかけて起立した瞬間を狙って飛び出し、虹色の液体の『線』として放たれる。それは気合を入れて雄叫びをしていたグローリーの口内に注ぎ込まれた。

 

「さようなら」

 

 それはDBOでも5本指に入ると言われる美女にして、お嫁さんにしたい女性プレイヤー第1位。

 槍を持てばまさしく雷。高いDEXと奇跡のコンビネーションによる奇襲戦術を得意とする太陽の狩猟団が誇る女傑。

 今はその手に持つのはMYS重視の壮麗なる長槍ではなく、およそ武器ではない水鉄砲だ。だが、装填されている液体は水ではなく、およそ人間が飲むべきではない冒涜的代物だろう、虹色の淀んだ液体である。

 途端にグローリーの顔は緑、青、赤の3色にゆっくりと移ろい、そして口と鼻と耳からおよそ尋常ではない何かが飛び出した。

 

「遅いですよ、ミスティアさん。あと1テンポ遅れていたら作戦失敗でした」

 

「すみません、師匠。ちょっと2人くらい『獲物』を見つけちゃって、倒すのに時間がかかっちゃいました」

 

「そう責めないの。これからまだ20人以上も『獲物』が残っているのよ? 仲良くいきましょう。今から3人も『捨てる』手間だってかかるんだから。あと、グローリーを楽にしてあげないと。幾ら敵とはいえ、『スペシャルブレンド』を味わって意識があるのは可哀そうだしね」

 

 まるでコンビニのレジが混んでいたというように、真っ赤に染まったミスティアは弁明し、ドラゴンライダーガールは仕方ないと頷き、シノンは2人の仲裁をしながらデーモン化を解除し、釘バットを振り上げながらグローリーに歩み寄る。

 ああ、どうやらここまでのようだ。まるで宇宙の深淵を覗き見たような味で蹂躙された脳髄が痙攣する中でグローリーは、同じ志を持つ選手たちに、どうか男の浪漫を……崇高なる使命の達成を願う。

 

 

 

 

 

「次は誰にしますか? 個人的には仮面の人とか、仮面の人とか、仮面の人とかが良いんですが」

 

「ラジード君以外だったら誰でも良いよ。ラジードくんは、アタシが決着を付けないといけないから」

 

「見敵必殺で行くわよ。男共を外に捨てる時間も含めたら、2時間では全員狩り切れないかもしれないわ」

 

 

 

 

 

 沈黙した騎士を引き摺り、鬼神三柱はコロッセオ周辺街に悲鳴を撒き散らすべく、マンハントを開始する。

 彼女たちは元より組んでいた。いかなる試合であれ、結託し、他の選手を全てを倒し、優勝賞品を焼き払う。その為に彼女たちはあらゆる試合パターンを想定し、チームを組める展開が来た場合、即時合流と最優先撃破ターゲットのリストと撃破方法の研究を済ませていた。

 あらゆるパターンを想定したアイテムも3人で準備済み。まさしく、彼女らはあらゆる選手の中で、本気でバトル・オブ・アリーナを『潰す』べく作戦を立てていたのである。

 彼女たちの目的は優勝を目指す全ての者の排除である。それを妨害するならば、等しく敵であり、ミンチにする理由は十分だ。

 

 ライオンの爪牙は象の分厚い皮膚と肉を破れない。だが、ライオンは……雌ライオンたちは群れで狩りをして、時として象すらも晩餐に変えるのである。

 

・シノン

<借り物:???>

<武器:釘バッド>

 

・ミスティア

<借り物:???>

<武器:水鉄砲>

 

・ドラゴンライダーガール

<借り物:???>

<武器:鎖付き鉄球>

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

『えー、続きまして更に2名の脱落をご連絡致します! ギルド【ブラックホークス】代表【カネコ】、ギルド【千年要塞】代表【ゴリュータ】の両名もバトルフィールドアウトにより失格です。選手総数29名! 2回戦進出者0名!』

 

 まだ試合開始から15分のはずだ。その間に3人も脱落だと? クリアならば納得できる。コロッセオ周辺街は決して広大ではない。早期決戦を仕掛ければ、運が良ければターゲットと遭遇できるだろう。

 だが、バトルフィールドアウト3名。しかも内の1名はグローリーだ。周辺街外縁でぶつかり合った事故とも想定できるが、あまりにも不自然である。グローリーは優勝を本気で目指していた、まさしく優勝候補筆頭だった。それが試合開始15分で脱落など番狂わせにも程がある。

 

「あー、旦那。頑張ってください」

 

 そして、パッチは当然のようにオレの前から逃走する。それを追う気にもならない。ターゲットのグローリーが失格になった以上、この借り物用紙はただの紙屑になったのだ。パッチがオレと組む事はできない。

 路地裏に残されたオレは深呼吸して前髪をぐしゃりと掴む。今のオレには他のプレイヤーから借り物用紙を奪い取ってクリアする方法しか勝つ道はない。

 パッチを見逃すべきではなかった。パッチから借り物用紙を奪い取るのがベストな判断だった。それが出来なかったのはオレの甘さだ。

 ……いや、正直言って、リーファちゃんが絡んでなければ、こんな依頼はさっさと失敗で終わらしたいという気持ちが少なからずあるからだろう。負けても良いと思ってしまう自分がいる事にオレは驚かない。それでも、リーファちゃんの為にも、依頼を受けた傭兵としても、必ず優勝せねばならない。その為には手段を選ぶべきではない。

 次にパッチに出会ったら奪い取る。力でねじ伏せてでも勝つ為に妥協しない。

 ともかく早く別の選手を見つけて借り物用紙を奪い取らねばならないだろう。いつまでも路地裏に隠れているわけにもいかず、オレは意を決して大通りに出る。NPCやプレイヤーでそれなりに賑わっている相変わらずのお祭り模様だ。選手の顔は一通り憶えているので問題はないが、隠密ボーナスが減少している以上はどちらが先に発見するかが鍵となる。

 そうしている間に、新たに4人目、5人目のバトルフィールドアウトによる失格者の名前が呼ばれる。これでクリア者0名の残り27名か。

 これは明らかに意図された行動だ。焼き鳥屋のおっさんがオレをジッと見つめる中で皮焼きを買い取る。食べても味はしないが、欲しいのは串だ。攻撃アイテムではないが、使い道はそれなりにある。たとえば、これで対象の目を貫けば一時的でも目潰しになるだろう。皮とタレを丁寧に串から除去してオレは袖に隠す。あくまで最終手段だ。グリセルダさんのオーダーは絵的な部分も含まれているはずだ。目潰しなんてスマートさの欠ける真似はなるべく避けるべきだろう。

 サランラップの使い道も考えなければならないだろう。芯はそれなりに硬いとはいえ、殴り合いにはまるで使えない。STRに少しでもポイントを振ったプレイヤーのパンチならば簡単に折れてしまう。サランラップ自体を上手く使わなければならない。

 だが、せいぜい拷問で窒息させるのに使ったくらいしか覚えが無いので武器への転用法が思いつかない。そもそも仮想世界でサランラップの意味が何処まであるのかと言えば、使用中は料理の時間経過による耐久度減少が停止する程度である。

 強度はそれなりだから、多重のぐるぐる巻きにすればSTRの低いプレイヤーならば捕まえる事もできるだろう。絵面はどう取り繕ってもHENTAIだけどな!

 そうなると新しい武器がいる。パッチが告げた裏ルール通りならば、他の選手の武器ならばルール違反にならないはずだ。つまり、自分の武器が外れならば他の選手から奪い取れば良い。

 とはいえ、結局は奪取する労力とリスクを考えれば、普通に借り物用紙を格闘メインで奪いに行った方が楽のような気もする。

 悩ましいな。そして、こんなアホみたいな事に頭を使って楽しんでいる自分が少しだけいる事が面白い。これがバトルロワイヤルみたいな殺し合いならば、さらに文句なしなのであるが、無い物ねだりをしてもしょうがないだろう。

 しかし、何処かに都合よく武器と借り物用紙は落ちていないだろうか。そんなラッキーを欲してしまう程度にはピンチである。

 

 

 

 

「むぅ……貴公! 貴公よ! 少し手を貸してくれまいか!」

 

 

 

 

 武器も借り物用紙も落ちてはいなかったが、デカい玉ねぎは落ちていた。

 大通りのど真ん中に玉ねぎが生えている。金属製の曲線を描くフォルムは【カタリナヘルム】に違いないだろう。外見は恐ろしく不格好であるが、斬撃属性に対して受け流し効果がある、刃を立ててクリティカル補正が高ダメージを叩き出す必須であるカタナの天敵だ。まぁ、カタリナ系は何度か相手をしたので斬り方は分かっているのでオレは大丈夫だ。

 

「その見目麗しく、天使を思わす中性の容姿! 有名なる【渡り鳥】とお見受けした! 私はギルド【カタリナ・キャラバン】の代表選手にしてリーダーの【ジークマイヤー】と申す」

 

 お見受けするも何も会場で紹介されただろうに。だが、ジークマイヤーはオレも知っている。会場で紹介される以前に、カタリナ・キャラバンというギルドは小規模の割に知名度がとても高いのだ。

 曰く、カタリナシリーズの愛好者によって結成されたギルド。攻略よりも探索を優先し、各ステージを気ままに冒険している命知らず共である。しかも、実力は全員が上位プレイヤー級という頭のおかしさである。彼らによって発見されたイベントダンジョン・サブダンジョンのトレジャーボックスや隠しイベントは数知れず、しかもゲットしたレアアイテムを欲も無く市場に出してしまう事から、冒険中毒としか言いようがない連中だ。

 3大ギルドも腫れ物に触れるようにどう扱うべきか迷っているらしく、とりあえず無害なので放置されているのが実情だ。いつも彼らは元気に冒険を楽しんでいる、ある意味で茅場の後継者泣かせの命知らず共だ。

 

「えーと……何があった?」

 

「おお、よくぞ聞いてくれた! 実は落とし穴に嵌まってしまってな、3人の乙女に助けを求めたのだが、何かとても微妙な顔をして無視されてしまって途方に暮れていたのだよ」

 

「ちょっと失礼」

 

 大通りのど真ん中に落とし穴? いくら主催者側が盛り上げる為とはいえ、そんな露骨なトラップを準備するだろうか? 頭だけになったジークマイヤーの体が何に埋まっているのかと思えばマンホールだ。恐らくだが、あの分厚く丸いカタリナアーマーがどういう理屈か知らないが、マンホールの穴にすっぽりと入り込んでしまっているのだ。

 どうしてマンホールが開けられているのだろうか? 終わりつつある街の地下には迷宮とも言うべき謎の巨大構造が広がっている。その上に拡張機能を使って下水道などを整備しているのであり、中には地下空間への未知なる場所にも繋がっていると噂されている。

 マンホールの蓋は外されてご丁寧に壁に立てかけてある。つまり、閉じる気は元より無い。

 なるほどな。恐らくは選手の誰かが地下下水道もルール上はコロッセオ周辺街と踏んで隠れ潜んだのだ。わざと入口を開けたままにしたのはトラップを張っているからだろう。安易な追跡者を迎撃する為の罠だ。この手の本気過ぎる上に悪質とも思える、なおかつバレていても問題なく、なおかつ実用性重視の行動……間違いなくスミスだ。あの煙草傭兵は何処まで本気で写真集を狙っているんだよ? 地下下水道を移動してターゲットに奇襲をかけるとかゲリラではないか。まぁ、オレもこれが殺し合いならば躊躇なく下水道に行くがな。

 

「少し引っ張るけど我慢してくれ」

 

「ぬぅうううううう!? や、止めてくれ! 命よりも大事なカタリナヘルムごと首が取れてしまう!」

 

「せめて右腕だけでも……!」

 

「ぬふぅううううう!?」

 

 まるで畑仕事をしている気分だ。玉ねぎ頭と揶揄されるカタリナヘルムを掴んで引っ張り上げ、なんとか右肩だけでも地上に出し、その脇に足を差し込んで力技で地上に引き摺り出す。だが結果的に余計にバランスが悪くなり、右腕の救出には成功したが、ジークマイヤーは余計に体がマンホールの穴に嵌まってしまった。

 いっそ地面を壊すか? 石畳の強度はどの程度かは分からないが、穿鬼を数発も打ち込めば穴は開くだろう。だが、ソードスキルの使用は禁止されているので助けたらオレは失格だ。だからと言ってジークマイヤーを放置するわけにも……いや、別に放置しても良いのか。

 

「どうやら私の此度の冒険はここまでのようだ。貴公の助けには感謝するが、これ以上は迷惑をかけられん。足を止めさせたお詫びをしたいのだが、何を渡せば良いのやら……」

 

「だったら、その右手に掴んでいるものを貰って良いか?」

 

 引っ張り出した右手にはジークマイヤーの借り物用紙が握られている。怪我の功名というわけではないが、時間の浪費に見合うだろう。どうせジークマイヤーも諦めているのだ。オレが貰っても問題ないはずだ。

 

「う~む、それが貴公の助けになるのか?」

 

「それなりにね。じゃあ、一応スタッフが来たみたいだし、ドロップアウト宣言すれば何とかなるだろうさ。じゃあね」

 

 手を軽く振ってオレはジークマイヤーから借り物用紙をありがたく譲り受けて別れる。駆けつけたスタッフ達はどうやってジークマイヤーを掘り出したものか頭を捻っているようだが、最終的にはパワーで解決だろう。いざとなればジークマイヤーごと爆破して穴を広げれば良い。そうでなくともオブジェクト破壊補正があるつるはし系ならば救出も容易のはずだ。

 人通りが少ない小路地に入る頃に、また1人失格者の名が呼ばれる。これで26名か。確定だな。明らかに選手を失格に追い込んでいるヤツ、あるいはチームがいる。確かに失格にさせれば挽回の余地も無い。効率的な蹴落とし方だ。

 

「さてと、ターゲットは……」

 

 ジークマイヤーが握り潰したグシャグシャの借り物用紙を開く。できれば失格になっていない選手がターゲットだとありがたいのだが、運は果たしてオレに味方をするのか。

 

 

 

<借り物:見習いメイドのカチューシャ>

 

 

 

 ある意味で天に見放されたな。さすがはオレだ。

 まだユウキは失格になっていないし、簡単に蹴落とされもしないだろうが、コロッセオで出会った彼女の気まずそうな表情……そして、リーファちゃんに白状してしまった自分の気持ちを改めて思い出して、どんな顔をするべきか困る。

 そもそも何故にメイドなのだ? セサルが主催者という事は、これもヤツのお遊びの範疇なのだろうか? あり得る。十分にあり得る。ヴェニデとチェーングレイヴは繋がっているのだ。オレに嫌がらせを仕掛けている確率も十分にある。

 

「……とりあえず探すか」

 

 メイド服だし目立つだろう。そう思った直後に、オレの眼前を2つの暴風が通り過ぎる。

 

「何処に逃げようというのですか、隊長!?」

 

「追われて逃げない方がおかしいだろう!?」

 

 アーロン騎士長装備とメイド長が元気よく路地から路地へと鬼ごっこしていく。ちなみにアーロン騎士長装備の武器はハリセン、メイド長の武器はチェーンソーという悲しき格差だ。アレ、もしかせずともチェーンモード搭載の両手剣ではないだろうか? 下手に命中すればアーロン騎士長シリーズの高い物理属性防御力を以ってしても大ダメージは免れないし、腕や足の1本は簡単に飛ぶぞ。

 

「お待ちください! ちょっとその兜を首ごと欲しいだけです! なるべく苦しまずに逝かせて差し上げますから! だから……ね!?」

 

「『ね!?』じゃない! 今のお前は正気を失っている! 少しは人の話を聞け!」

 

 メイド長の方が素のスピードでは優っているようだが、チェーンソーが重過ぎて機動力に難があるようだ。アーロン騎士長装備の方はスタミナ消費を厭わない全力疾走。このままでは追い詰められるのはアーロン騎士長装備の方だろう。

 しかし、兜ごと首をもらうのはトレンドなのだろうか? ジークマイヤーもオーバーにそんな事を言っていたのだが。オレも甲冑装備のフルメイルを首から斬り落とした事は幾度となくあるが、面倒だから大人しく兜の覗き穴から頭を串刺しにした方が楽だ。

 残り1時間20分、クリアは0名か。そろそろ最初のクリア者が出ても良い頃なのだが、どうなる事やら。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 アーロン騎士長装備を発見した途端に狂犬の如く走り出したブリッツを見送ったユウキは、今まさに奇怪なタッグを組んでいた。

 心なしかフリル多めのデザインのメイド服を着たユウキは、一周して冷静になった頭を働かせながら、きっと帰ったらマクスウェルさんの雷が落ちるんだろうなぁ、とぼんやりと思いながら、右隣で『ニコニコ』という擬音をそのまま笑顔にしたようなエドガーを見やる。

 絵面にして、メイド服の美少女と神父服の大柄の男が横並びという実に面白おかしいのだが、当の本人たちは……少なくともユウキは気まずい。

 エドガーと言えば、教会の上層部の人間であり、教会の最高戦力と目される男だ。元聖剣騎士団の円卓の騎士であり、グリムロックやクゥリから話を聞いた限りではナグナを共に生き抜いた間柄……戦友らしい。黄金林檎が教会と繋がりを持てたのもエドガーというパイプがあるからこそであり、彼は不思議な程にクゥリを気に入っているとの事だ。

 ナグナの真相を知っているのは、黄金林檎の面々、クゥリ、エドガー、そして全容を聞かされたユウキだけだ。ユウキもナグナで何が起こっていたのかはマクスウェルにはもちろん、ボスにも話していない。情報提供するのは組織の1員……ましてや幹部としては義務なのだろうが、クゥリはそもそも語らず、また黄金林檎の3人も広まって欲しくないと願っている。ユウキが知り得たのは、クゥリを目覚めを待ち続けた彼女には知る資格があるとグリムロックが判断したからだ。

 聖剣騎士団と太陽の狩猟団の壊滅、ナグナのボスであるザリア戦での悲劇、円卓の騎士ノイジエルの凶行、深淵の魔物なる尋常を遥かに超えたネームドによる執拗な追跡とクゥリが自ら挑んだ単身での戦い。そして、晴天の花なる小さなギルドの壊滅とギンジなる男の末路。

 

(ギンジ……どんな人だったんだろう?)

 

 グリムロックの私見であるが、ナグナを旅した僅かな時間の中で、クゥリとギンジは仲間意識を超えた友情のようなモノを芽生えさせているように映ったらしい。そして、いかなる経緯を辿ったのか、クゥリはギンジを自らの手で殺し、そして彼が属していたギルドのメンバーの生き残りすらも殺した。

 感染によるモンスター化はデーモンシステムの発狂による獣魔化に似ている。グリムロックの分析だが、おそらくナグナはデーモンシステムによるプレイヤーのモンスター化……それのプロトタイプの実験場だったのではないかという事だ。それをそのまま放置するだけではなく、イベントダンジョンとして構えたのは、茅場の後継者が『誰』を迎え撃つ為だったのかは言わずとも分かる。

 

『ギンジ君はきっと感染末期だったんだろうね。もう助からなかった。助けられなかった。だから、クゥリ君は自分の手で殺したんだと思う』

 

 遠い目をしたグリムロックの語りには無念さが滲んでいた。

 ユウキは自分が傍にいれば結末が変わったと思う程に傲慢ではない。語り聞くだけでも、今では探索も進んだ広大なナグナの難度の高さを考えただけでも、ギンジというプレイヤーの実力では本来ならば、どう転んでも生き残れなかったはずだ。他の晴天の花のメンバーも同様だ。きっと、名だたるプレイヤーが勢揃いしても、結末から書かれていた物語のように、ギンジは死んでいただろう。

 だからユウキは信じている。クゥリが関わった事で、死という結末は変わらずとも、別の何かは変わったはずだと。

 

「しかし、なかなか真改殿は見つかりませんな。このエドガー、残念ながら索敵スキルは≪気配察知≫しか持っていないものでして。こういう時に≪追跡≫があれば便利なのですが」

 

「まだ1時間もあるし、ゆっくり探そうよ」

 

 このままタイムアップでも別に良いけど。むしろボクはその方が良い。ユウキはそう胸に本音を秘めながら、手に持った借り物用紙を見つめる。

 

<借り物:エドガーのロザリオ>

 

 元より2回戦進出にも意欲的ではないユウキは偶然にも遭遇したエドガーとの共同戦線を張る事になった。エドガーのターゲットは真改のキセルだ。彼の袖にいつも隠されているモノらしいのだが、エドガーも同僚時代に1度だけ吹かしながら月見している場面に巡り合ったらしい。

 真改はその存在を疑われる程に隠密ボーナスが高い人物だ……とユウキは個人的に思っているが、真相は定かではない。ともかく、ボス戦やネームド戦でそれなり以上の活躍をしても『え? いたの?』的な扱いをされている可哀想な人だとマクスウェルは分析していたのを思い出す。ボスは個人的に同じカタナ使いとして高く評価しており、チャンスさえあれば勧誘したいと考えているようだ。

 エドガーの提案は、真改を探し出すのに協力するならば、タイムリミット15分前になったら無条件でロザリオを渡すというものだ。そして、その間はエドガーもブリッツの標的であるアーロン騎士長装備の発見に協力する。出会った当時はブリッツとチームを組んでいたユウキは提案を受け入れた。エドガーの協力もあり、アーロン騎士長装備は発見され、ブリッツはチェーンソーを手に突進したのである。

 

「どうしてエドガー神父はバトル・オブ・アリーナに?」

 

 エドガーも男だ。過激写真集に興味があると言えばそこまでの話であるが、ユウキには彼が別の目的の為に動いているように思えてならない。

 

「枠が勿体ないというのもありますが、3大ギルドの友和とも言うべきイベントに参加するのは教会としても意義のある事なのですよ」

 

「ふ~ん……本当にそれだけ?」

 

「…………」

 

 ユウキの追及に、エドガーは『にっこり』と笑うだけだ。真実を語らず、また虚言を弄さない。沈黙によって惑わす。ユウキも話術や交渉が得意な方ではない。エドガーのような百戦錬磨の幾層も重なった謎を剥ぎ取るには秘密を暴く亀裂が必要だ。

 もしかしたら、この大会自体はフェイクであり、クラウドアースと教会による共謀が? あり得る。大いにあり得る。ユウキはクリスマスのミニスカサンタの被害者ではなく、写真集が世に流出するのは1人の女性としても芳しい事態ではないが、そこまで危機意識を持っているわけでもない。ならば、当然ながらその視点はクラウドアースの真意を探ろうとする点に向く。

 より正確に言うならば、この大会が終わった暁には100パーセントの確率でマクスウェルに呼び出しがあるだろう事に疑いようはなく、その為にも言い訳を準備しておかねばならないのだ。

 

「そういえば、『ユウキ』さんは【渡り鳥】殿と個人的に親しいとか。普段の【渡り鳥】殿とはどのような御方なのですか? 恥ずかしながら、このエドガーと【渡り鳥】殿はやはり教会を挟んでの付き合いなものしかないものでして」

 

 ピクリとユウキは眉を跳ねさせる。周囲には撮影用の人工妖精は浮遊していても、集音用は見当たらない。それを見越して名前を呼んだのは、ユウキの正体を知っているからだ。

 睨むユウキと『にっこり』のエドガーは沈黙を重ねる。教会を舐めていたわけではないが、この男の真意は果たして教会の総意と呼べるかは謎だ。ユウキはどう切り返すべきか数秒悩む。

 

「ナグナで何が起きたのか、教えてくれるなら答えるよ」

 

「なるほど。【渡り鳥】殿も全てを語るほどに、あなたには心開いていないという事ですね」

 

 クリティカルダメージ+メンタルハート欠損=瀕死。ユウキはさり気ないエドガーの致命反撃によって再起不能寸前に追い込まれる。

 

「だ、誰にだって言いたくない事はたくさんあるよ! 家族にだって言えない秘密はあるんだから、ボクに言えない事あっても当たり前! 当たり前なの!」

 

 ボクだってクーには全部話していないし! チェーングレイヴの目的、茅場昌彦との繋がり、家族やスリーピングナイツ、話していない事はたくさんある。ユウキも秘密を多く抱えているのだ。

 だが、秘密とは何だろうか? 話したくない理由があるのか、それとも話す事が出来ない相手なのか、そこには大きな隔たりがある。

 

 

『好きだよ』

 

 

 あんな顔も声も初めてだった。

 とても優しくて、男らしくて、心の底から想っている事が表情からも声音からも分かるほどに、クーの強い気持ちが込められていた。

 教えてくれれば良かったのに。好きな人がいるならボクに相談してくれれば良かったのに。ユウキは痛む胸を押さえながら意気消沈していく。自己嫌悪のスパイラルだ。そもそも、ユウキとクゥリの関係とは何だろうか? 友人とは辛うじて呼べるような気がする。親友ではない。相棒でもない。仲間とも違う。強いて言うならば、本人公認ストーカーだとユウキは卑下する。勝手に家に上がり込んで食事を作るなど、友人関係でも場合によってはドン引きされるだろう。クゥリの大らかさの何たる素晴らしき事か。

 シーラと想い人は、話を聞く限りでは何だかんだで強い絆で結ばれている気がする。

 ミスティアとラジードは、恋人同士であり、互いを想い合っている。

 

(ボクとクーだけ……とても薄いんだ。簡単に千切れてしまう糸なんだ)

 

 もしも、クゥリが別の誰か……たとえば、あの金髪ポニーテールの女の子に祈りを託したならば、ユウキの存在意義はない。

 前はシンプルだった。【黒の剣士】さえ倒せれば良かった。ハッキリ言ってチェーングレイヴの目的にも興味はない。ボスもそれを承知でユウキをメンバーに加えた。彼女が【黒の剣士】の打倒を目指すという意志を買ったのだ。いずれ立ちはだかる障害へのカウンター処置だ。

 今も【黒の剣士】を倒すという、ユウキがDBOにログインしてデスゲームに挑んだ目的は変わらない。だが、そこから先は何も考えていなかった。仮に倒したら、何をどうすれば良いのかノープランだ。

 ユウキにとって【黒の剣士】を倒すという目的こそが、死の間際で彼女をこの世に残した執念だった。スリーピングナイツが生きた証を刻み、神様の間違いを証明する事。人の意思によって世界は変わるのだと示す事。だけど、それこそが彼女にとっての『終わり』だ。

 だけど、変わってしまった。人の意思で世界は変わる。だったら、きっとユウキの世界も変わってしまった。クゥリと出会って変わってしまった。

 

(でも、ボクはクーの世界を変えられたのかな?)

 

 何も喋っていないのは自分も同じだ。都合が良いにも程がある。自分の秘密は守って、相手の秘密を暴こうとするなんてフェアではない。

 もっと真剣に、クゥリの怒りを買うくらいに向き合っていれば、たとえ結果は同じでもモヤモヤした気持ちを抱く事なんてなかったのに。まだまだシーラには及ばないとユウキは溜め息を吐く。この愛は揺らがないが、シーラの域になるにはどれだけの時間がかかるだろうか。

 

「おっと、ここから先は通行止めだ」

 

 迷えるユウキの前に立ちはだかったのは、黒き鋼を纏う聖剣騎士団が誇る最硬のタンク。バケツヘルムの黒兜がトレードマークにして、YARCA旅団の始まりの男。円卓の騎士の1人である【黒鉄】のタルカスだ。

 だが、今はその身に纏うはずの黒い鎧はなく、ユウキも顔を真っ赤にしてしまう白いブーメランパンツ1枚である。もちろん、YARCA旅団の誇りとして兜は捨てていない。

 

「レディの前で些か破廉恥ではありませんか、タルカス殿?」

 

 噂では聞いていたが実物は想像以上の生々しさに、ユウキは言葉を失ってパクパクと口を開閉させて唇を震わせていると、エドガーがユウキの視線を遮るように前面に立つ。

 

「フッ! そう言うな、かつての友よ。此度の戦い、私は優勝を狙う所存だ。ならば、自分の精神状態がベストの恰好をして闘気を昂らせるのは当然だろう?」

 

 胸筋と上腕筋を脈動させるマッスルポーズを取るタルカスに、エドガーは理解に苦しむというように首を横に振る。

 

「は、反則だよ! ルールにも書いてあるでしょう!? 装備を外したら駄目なんだよ!?」

 

 早急に視界から排除したい一心でユウキは近くにレフリーの如く馳せ参じたスタッフに視線を配りながら叫ぶ。だが、レフリーは両腕でノーペナルティ……試合続行のサインを出す。

 

「フフフ、誤解しないでもらえるかな? 私は防具を『外した』だけだ。コロッセオのすぐ傍に、無論隠すことなく、セットで置いてある! すなわち、我が装備は取り放題! どうやらスタッフは隠すならばまだしも、自らリスクを背負う行為は『グレー』と判断したようだ」

 

「なるほど。あくまでルールで禁じられているのは『装備の変更』でしたね。外すという行為自体は抜け穴でしたか。盲点でした」

 

 素直に賞賛するエドガーは自分の武器を……長くやや太めのゴボウを構える。対してタルカスの得物は大根だ。奇しくも野菜シリーズこそが2人の武器だったのである。ちなみにユウキはメイド服に似合う、掃除に使う叩き棒である。何にしても3人とも武器の攻撃力は低い。

 だが、この時の3人の思考はまるで違った!

 

(な、何で武器のチョイスが全員おかしいの!? 主催者は何を考えてるの!? 外れのネタ武器は1つか2つで済ますべきだよね!?)

 

 ブリッツがチェーンソーだっただけに、自分とエドガーは外れを引いたのだろうと思い込んでいたユウキは、実に常識的なツッコミを内心で炸裂させる。

 

(あの逞しい大根を下腹部で構えている……あれが噂に聞くYARCA流ですか。さすがタルカス殿、新生しようともYARCAの技のキレは健在のようですね)

 

 思わぬ強敵の登場により、タラリと汗を垂らすエドガーは迂闊にタルカスに尻を向けないように、背中に全意識を集中させる。

 

(ううむ、エドガー殿もなかなかのイイ筋肉だ。かつての私ならば滾っていたのだろうなぁ。だが、マイ・エンジェル【渡り鳥】ちゃんこそが至高。エドガーよ、貴様が私に掘られたいという気持ちは痛いほど分かるが、その熱意は受け取れんよ)

 

 過去の自分を振り返って哀愁を漂わせるタルカスは、バケツヘルムに隠された顔をニヒルに歪める。

 

「1つお聞かせください。見習いメイドさんのターゲットは私です。ならば、タルカス殿のターゲットは……」

 

「残念。我がターゲットはパッチの王冠だ。貴様もそこの胸が貧相なメイドも我が獲物ではない。だが、諸君らは我が敵だ。ここで潰し、ライバルを減らすのは優勝を狙う者として当然の行動だ。それに、どうやら選手を排除しようと考えているのは私だけではないようでね。2回戦進出の為にも借り物用紙は多めに集めておきたいのだよ!」

 

 胸筋をブルルンと震わせたタルカスの言葉の槍がユウキを貫く。悲しきことに、この場では筋肉量によってバストサイズは『タルカス>>>エドガー>(越えられない絶壁)>ユウキ』という強弱関係が成立していた。

 

「タルカス殿! 見習いメイドさんの胸は関係ないでしょう! それに彼女とて無ではありません! 水平線が緩やかな曲線を描いているように、彼女にも微小ながらも盛り上がりというものが存在しています!」

 

 そして、この容赦ない追撃である。エドガーの良心溢れた弁護がユウキに膝をつかせる。

 

(あれ? 意外でも何でもなく、クーってかなりデリカシーがある方なんじゃないかな?)

 

 この男たちはまるで呼吸をするように乙女のハートをヤスリどころか鋸でゴリゴリ削っている事に気づいていないのだろうか? タルカスもエドガーも排除したいという気持ちを燃え上がらせながら、ユウキは叩き棒を片手剣のように構える。

 

 

 

「あー、めんどくさい場面に遭遇したわね。野郎だらけでむさ苦しくて息が詰まりそうだわー」

 

 

 

 コツコツ、と石畳を踏み鳴らしながら現れたのは、その豊満な胸部を主張する白魔女の恰好をした、クラウドアース専属の魔法援護に長けた傭兵であるエイミーだ。大筋の見方では優勝を狙うユージーンのサポートとして参加したと思われているが、その全身から欲望の熱が放出されている事に疑う余地はなく、新たな乱入者に3人はこれまた違う意味で別々の事を思う。

 

(で、ででででで、デカい!? 林檎……ううん、メロン級だよ!?)

 

 某部位の戦闘力の差に絶望するユウキ。

 

(エイミー……ああ、噂に聞く我が聖女を誑かそうとしているクラウドアースの売女ですか。下賤な蛆に付き合う気にはなりませんね)

 

 何ら躊躇なく唾棄するエドガー。

 

(クッ! このプレッシャー……ただ者ではない! ユージーンとUNKNOWNこそが優勝を阻む強敵と思っていたが、この者の執念……まさか同じタイプか!?)

 

 強烈なシンパシーを感じ取って焦るタルカス。

 いつしかエドガーからも距離を取ったユウキによって、4人はそれぞれが均等な距離を保ち、互い互いを牽制し合って動けなくなる。

 誰が先に動くか。その時にいかなる行動を取るか。下手に動けば1対3で潰される。故に第一声が待たれるのだ。

 

「……エイミーよ、貴様も私と目的を同じとすると見た。どうだ? ここは共同戦線を張るというのは?」

 

 腹筋を張り、大根を下腹部で上下させるタルカスの誘いに、エイミーは冗談ではないと露骨に嫌悪感を示す。

 

「HENTAIと組むなんて真似するはずないでしょう。あたしの狙いは優勝。そして、写真集を生贄にして【渡り鳥】キュンの『あの写真』をゲットする事なのよ? ぐへへへ、今からでも想像しただけで涎が……じゅるり。最近はイメチェン効果で美人さマシマシで食べ頃果実って感じよねー。しかも、あたしのターゲットは【渡り鳥】キュン! げへへ、合法的に【渡り鳥】キュンの眼帯を奪えるなんてラッキー過ぎて鼻血が出そう。返す前に眼帯で『何』をしようしかしら?」

 

 涎を袖で拭うエイミーは恍惚として邪念を表明する。それに衝撃を受けたようにタルカスがよろめいた。

 

「【渡り鳥】ちゃんはYARCA旅団で愛でるべきビーナスにしてアフロディーテにしてアルテミス! 大天使クゥリエル様を穢そうとは何たる卑猥な女だ! 貴様のような女と組もうなど我が血迷いだったな! ここで朽ちるが良い! あと、貴様の借り物用紙をよこせ!【渡り鳥】ちゃんの眼帯は私のものだ!」

 

 どちらもHENTAIじゃないかな? ユウキはぼんやりと逃避するように、どうしてクゥリの周りにはHENTAIしか集まらないのだろうかと真剣に悩む。案外、自分が自覚したヤンデレなど些事に過ぎず、彼らこそが神様の間違いなのではないだろうかと思いたくなる。

 

「黙って聞いていれば」

 

 だが、ユウキの思考を中断するように、エドガーが強烈に踏み込んで地面を揺らす。まるで世界に彼の怒りが浸透し、火山という火山が噴火するような豪熱が解き放たれる。

 

「蛆が湧いた売女と腐り落ちた騎士ですか。良いでしょう。灰より出でる神なる善は告げています。あなた達は滅ぶべき『悪』であると。純白の聖女を邪念で黒く染めるなど万物万象が認めぬ外道の所業。我が聖女の無垢なる白を脅かす黒き悪を討ち取るは、従順なる神の僕、神なる善の代行者、聖女の後見を担う我が役目。その邪なる魔欲の全てを浄化し、魂の一切を塵と化すまで滅ぼすのみ」

 

 ちょっと何を言っているか分からない。ユウキはどうしてエドガーが急に怒り心頭なのか理解は追い付かないが、少なくともクゥリ絡みでこの男もまたタルカスやエイミーと似て非なるスイッチの持ち主だという事だけは把握する。

 

「この私が……この私の……YARCA旅団の崇高なる意志が『悪』だと? フフフ、笑わせる」

 

 だが、エドガーの狂怒など何処吹く風とばかりに、タルカスはその両腕を翼の如く広げる。

 

「諸君、私は【渡り鳥】ちゃんが好きだ。

 諸君、私は【渡り鳥】ちゃんが好きだ。

 諸君、私は【渡り鳥】ちゃんが大好きだ」

 

 それはエドガーより吹き荒れる怒りの業火を、それ以上の狂熱で以って押し返すタルカスの……YARCA旅団の魂の叫び。

 

「笑う【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 不愛想な【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 眠たそうな【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 食事中の【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 仕事終わりのダウナーな【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 孤児と遊ぶ【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 礼儀正しい【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 なんだかんだでお馬鹿な【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 やっぱり女装モードの【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 

 この地上で見れる、ありとあらゆる【渡り鳥】ちゃんが大好きだ

 

 ランクを気にしていないように見えて実は最下位である事に凹んでいる【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 ランキングボードを前にして自嘲しながら爪先で床をぐりぐりしていじけている時など心が躍る

 

 仕事が終わって少し不機嫌な時に絡んできたアホ共の相手もしないクールな【渡り鳥】ちゃんが好きだ

 逆ギレして拳を振り上げたアホの腕を斬り飛ばし――」

 

「あー、長いからカット。それにキモいわー。ランク1様とは別の意味でキモくて吐きそうだわー」

 

「ここからが盛り上がるところなのだ! 邪魔をするな!」

 

 ボルテージが上がってきたところで茶々入れをされたタルカスはエイミーに咆える。だが、ユウキとしては鳥肌が立ちそうだったので彼女の空気を読まない一言には感謝以外の何物もなかった。

 

「もう良いわ。ここにいる『3人』全員相容れないでしょう? ほら、そこの無関係なまな板ちゃんは見逃してあげるからさっさと何処かに行きなさい」

 

 シッシッと手で払われ、ユウキは他の3人の並々ならぬ、ただ1つの目的の為に優勝を目指すという情熱のトライアングルから外された傍観者その1にされた事に、いよいよ反逆の牙を剥くべく、エイミーを睨む。

 

「関係あるよ! あなたを……あなた達を絶対に優勝させない! させちゃいけない! ボクが……ボクが『守る』!」

 

「……ふーん。何処かで見覚えがあると思ったら『そういう事』ね。あー、面倒くさいわー」

 

 ユウキの踏ん張りに、一瞬だけ驚いた様子のエイミーだったが、やがて納得がいったように白魔女のとんがり帽子を手にもってくるくる回し、中に隠していただろう彼女の武器だろう測定メジャーを取り出す。

 

「邪魔だわー。楽しみだったケーキに蠅が止まった並みに不愉快だわー。そもそも記事を読んでないの? そんな貧弱ボディであたしに勝てると思ってるわけ? ほら、たゆんたゆん☆」

 

 ふよふよと浮かぶ撮影用の人工妖精の前で、サービスサービスとばかりにセクシポーズを取って胸を強調するエイミーに、いよいよユウキの頭の中で何かが千切れた。

 

「潰す……潰す……潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰すぅうううううう!」

 

 もはやその姿はバーサーカー。冷静さはもちろん、正気すらも手放したユウキは悪鬼の如く咆えて叩き棒を掲げる。

 メジャーを鞭の如く振るうエイミーにユウキが、それに合わせるようにエドガーはまずタルカスを排除すべく、それぞれがぶつかり合った。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「まずいッスね。明らかに、あの3人は他の選手を積極的に狩っているッス」

 

 屋台の陰から、また1人、また1人と選手が次々と3人の女性プレイヤー……シノン、ミスティア、ドラゴンライダーガールによって撃破されていく姿を監視していたRDは、同じ場所に隠れる男2人……ラジードとUNKNOWNに懸念を伝える。

 

「やっぱりか。彼女たちの目的は自分たち以外の全ての選手を排除し、確実に写真集を処分する事だ。選手総数がクリア者無しで減るという事はその分だけ2回戦への切符も減る。恐らく彼女たち3人で1人は確実に2回戦進出が出来る段取りも済ませてあるはずだ」

 

 加工されているとはいえ、若い男と分かるUNKNOWNの声。彼は仮面に隠された素顔を苦渋を滲ませている事が分かる程度には緊迫した状況に危機感を抱いている。

 いよいよタイムリミットも1時間を切り、3人の魔女によって順調に減らされていった選手総数は20名を割った。既に借り物競争は第2の展開……すなわち借り物の奪い合い・取引交渉からまだ有効な借り物用紙の争奪戦に切り替わったのである。

 

「僕のターゲットはミスティアだ。彼女に挑まない限りには2回戦に進出できない。だけど、あの3人を同時で相手取るのは無茶だ」

 

 早期にRDと合流したラジードはその人格から信用に足ると判断して、これまで2人で警戒しながら魔女3人の襲撃から上手く逃れていた。グローリーの脱落の時点でゲームの流れをつかんだUNKNOWNもまた彼女たち3人の中にターゲットがいるらしく、慎重に機会を窺っているところをスカウトして3人組となったのである。

 そして、3人は1つの決断を下した。すなわち、3人の内の誰か……1人でも2回戦に進出して必ずや優勝し、写真集を共用しようという盟約を結んだのである。

 

(この機会を逃すわけにはいかないッス。ヘカテちゃんの写真が載っているのは確実! 俺としても……俺としてもあの巨乳を包んだミニスカサンタ姿の過激な1枚を見逃すわけにはいかないッス! 男として! 断じて!)

 

 もちろん、拝むだけ拝んだらヘカテの為にも焼却処分するつもりだ。獣狩りの夜で少なからず心を通わせ、食堂で席を共にすれば雑談する間柄にもなったのだ。彼女を安心させる為にも写真集は葬り去るべきである。RDたち3人の記憶というアルバムにだけ残しておくべきなのだ。それはきっと話せば、この2人もまた納得してくれるだろうとRDは信じている。

 

「……作戦はある。危険だけど、ラジードとミスティアの1対1の状況を作るんだ」

 

「つまり、俺とUNKNOWNさんの2人で、【魔弾の山猫】とDRGの2人を相手取るという事ですね?」

 

 正直言って無謀な分断作戦だ。というのも、この場の男3人の武器はいずれも貧弱だからである。

 RDはビー玉1袋、UNKNOWNはブーメラン、ラジードは赤鉢巻だ。攻撃力は最弱クラスである。

 対して魔女3人は倒した選手の武器を次々と奪い取り、今や武装の塊と化している。特にシノンの釘バットとDRGの鉄球は多くの敵を粉砕した事を示すように赤黒い光がこびり付いたまま汚れていた。

 戦力差は絶望的だ。3対3と人数では対等でも、UNKNOWNという最強プレイヤー候補と太陽の狩猟団の新エースのラジードという大戦力がいるにも関わらず、RDは絶え間なく忍び寄る恐怖に震えてしまう。

 だが、耐える。ここで飲まれるわけにはいかない。いつものように怯えて、足が竦んで、何もできないままリタイアなど認めない。

 

「せめてクゥリさえいてくれれば戦力差を覆せるのに!」

 

「彼も同じ気持ちで大会に挑んでいるはずだ。だったら、きっと俺達に協力してくれたはずだ」

 

「……【渡り鳥】さんは何だかんだで真面目なんで仕事以上の意味はないと思うッス」

 

 悔やむラジードとUNKNOWNだが、RDは今の自分たち3人を見たらあの白髪の傭兵は心底どうでも良いような目をするような気がしてならなかった。

 だが、如何ともしがたい戦力差があるのも事実だ。男3人の付け焼刃のチームワークでは、数多の選手を葬り去った魔女3人の鋼よりも強固な連携を崩す事はできないだろう。分断する前に各個撃破されるか、それとも纏めて叩き潰されるか。

 いや、そもそもラジードとミスティアを上手く1対1の状況に持ち込めたとしても、シノンとドラゴンライダーガールの2人を相手にすればRDもUNKNOWNのどちらか、あるいは両方がノックアウトするだろう。

 すなわち、この作戦は犠牲無しでは成立しない決死なのだ。

 

「俺に考えがあるッス。あの3人の連携は確かに強力だけど、穴が無いわけないッス」

 

 ラジードが1対1になれたとしても勝ち目があるかも分からない。必要なのは3人の内で1人は必ず生き残り、2回戦に進出する事だ。覚悟を決めたRDは、震えて引き攣った顔で無理して笑顔を作り、宣言する。

 

「ゲームの勝ち方……教えてやるッスよ!」




借り物競争はいよいよ終局へ!
なお、2回戦への進出は現時点でゼロな模様。

それでは、230話でまた会いましょう!

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