SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ

それぞれの戦いは幕を閉ざし、バトル・オブ・アリーナは新たな局面を迎える。


あと、筆者もようやく回復してスタミナも取り戻してきたので、少しずつ投稿ペースを戻していきます。


Episode17-11 祭りは更けて

『いやぁ、白熱した1回戦でしたね。僅か2時間でしたが、どれだけのドラマが生まれたのか分かりません』

 

 司会席にて、バルサザールはコロッセオの大画面にて表示される、たった6名の2回戦到達者の画像を示しながら、右隣のマユと共に頷き合う。

 

『マユユン的にはぁ、やっぱりベストバトルは太陽マスクさんとサムライさんかな? あとはシノのんとミっちゃんとDRGの3人に挑んだ男たち3人も面白かったかも♪』

 

『主催者としても、あのまま彼女たちを放置していたら大会の継続が困難でしたからね。まさしく英雄の3人といったところでしょうか? 俺としては、序盤のグローリー選手の脱落劇も見応えありましたよ。この大会を引っ掻き回すと思っていただけに、彼の脱落は惜しいですね。それでは、ゲストの紹介とお話を聞いてみましょう。まずは聖剣騎士団の団長にして隔週サインズの「婿にしたいプレイヤーランキング」で創刊当時からベスト3圏内をキープしている、【青の騎士】ことディアベルさん!』

 

 マイクを手にしたバルサザールは司会席から立ち上がると、まずはディアベルの紹介を始める。いつも通りの銀色の鎧と青のサーコート姿をした騎士然とした恰好のディアベルが起立して右手を掲げて挨拶をすると、少なからずの女性プレイヤーの歓声が上がり、男性プレイヤー達も喝采を上げる。今以ってしてもディアベルの人気は健在である事の証明だろう。

 

『今回はお招きありがとう。このような3大ギルドの親睦を深められるイベントに参加できなかったのは心苦しいけど、その分1人の観客として大会を見守らせてもらうよ』

 

『ディアベルさんとしては、今大会の注目の選手はどなたでしょうか? やはり、聖剣騎士団の代表として2回戦に進出した真改選手ですか?』

 

『もちろん団長として真改の応援はしているよ。でも、注目という意味ではパッチさんかな? 下馬評を覆しての2回戦突破は、やはり傭兵は伊達ではないと多くの観客に刻み付けたと思うよ。1回戦は単純な武力以上に戦略が問われるバトルだったはずだ。パッチさんが戦闘を避けて2回戦の切符を手にしたのは素晴らしいよ。今後も頭脳プレーに期待だね』

 

 もちろん、内心ではディアベルは大いに焦っていた。2回戦進出までは確実と睨んでいたスミスは、まさかのジークマイヤー救出の為の爆破作業に巻き込まれて生き埋めにされてタイムアウトの失格である。タルカスの脱落は考慮していたが、グローリーがまさかの敗退だ。ディアベルの計画は大いに狂い、また希望は真改ただ1人に託されたと言える。

 いかにして真改を丸め込んで過激写真集を入手するか。真改自身は優勝以上の興味はないだろう。ならば、仮に優勝した場合は過激写真集がいかなる命運を辿るのかは予想できない。恐らく真改は女性プレイヤーに詰め寄られれば、特に何の執着もなく写真集を燃やしてしまうだろう。逆も然り。誰かが欲しいと名乗りを上げれば、彼はあっさりと譲渡するに違いない。

 ここは団長の権限と地位を利用して写真集を接収すべきだろうか? いや、それは愚策だ。あくまで聖剣騎士団の団長としての尊厳を守った上で写真集を得ねばならない。その為には、真改が自然な流れで写真集を聖剣騎士団に収める流れを作らねばならない。

 

(だが、それ以上に危険なのはユージーンとUNKNOWN! この2人が残ってしまった事だ。1回戦は天運も絡むから1人は脱落するかもしれないと楽観視してたけど、まさか6名の通過者の内に2人とも残っているなんて……少し甘く見ていたか)

 

 プライドの高いユージーンは幾ら積まれても写真集を譲渡する事も無いだろう。頭を下げて拝見を望むならば、彼は尊大な態度で写真集の中身を覗く事を許すに違いない。恥も外聞も捨て去るならばユージーンの勝利を期待するのも良いが、ディアベルにそれは許されない。

 ではUNKNOWNは? 増々厄介だ。ようやく声が加工されているとはいえ解禁された仮面の傭兵は、そのミステリアスな雰囲気をかなぐり捨てる勢いでこの大会で弾けた。それは多くの度肝を抜くと同時に、これまでに無かった親しみやすさもまた演出した。だが、やはり素顔を隠しているだけに行動は読みづらい。写真集を入手した後にどのようなアクションを起こすのか予想できない。

 

(やはり御しやすいのはパッチさんかな? 優勝後に裏で手を回して写真集を入手する事自体は最も難易度が低い)

 

 6人の中では最も戦闘能力が劣るとはいえ、大会の方針を考えれば実力のみが問われる試合項目が選ばれる確率は低いとディアベルは踏んだ。ならば、6人の内で最も汚く卑劣に勝利を目指せるパッチこそが最優の選択肢となり得るかもしれない。

 逆にラジードやクゥリはある意味でユージーン達以上にディアベルからすれば厄介だ。

 ラジードは明確に写真集狙いであり、ミスティアという恋人を標的としている。即ち、仲間内で楽しむならばまだしも、ディアベルのような交流が無い相手にまで共有するかと言えば否だろう。ならば、取引に応じる確率も低い。

 そして、クゥリもまた写真集狙いだろうとディアベルは予想している。最近はやや疎遠になっているとはいえ、ディアベルの頼みならばクゥリも写真集を貸す確率も高い。だが、ここに付きまとう危険とはユイへの露呈だ。何を拍子にしてクゥリからの連鎖反応でユイに伝わるか分からない。即ち、ディアベルとしても最も確率が無いと言えるのはクゥリなのだ。

 

(真改とパッチさんの2人がカギとなるか否か。次の2回戦で見極めなければならないか)

 

 涼やかな笑顔で観客たちに応えて手を振るディアベルの内心など誰にも知る由はないだろう。また、知られるべきでもないのだ。

 ディアベルを後にして、続いてバルサザールがマイクを向けるのは瑠璃色の髪の女の子だ。纏うのはサインズ受付嬢の制服である。だが、他の2人に比べて特徴が薄いとも言えるだろう。合法ロリの巨乳ガールのヘカテ、たゆんたゆん万歳のエロセクシーなルシア、それに対して3大受付嬢最後の1人は体格も女性としては普通、胸も2人の巨乳の狭間にできた谷のように薄い。

 だが、彼女こそが3大受付嬢にして最も弾けた存在、ラビズリンその人なのだ。

 

『サインズよりご招待! 3大受付嬢の1人であ――』

 

『歌よ、世界を救えぇえええええええええええええ!』

 

 バルサザールのマイクをハイキックで弾いたかと思えば、宙を舞ったそれをキャッチしてラビズリンはひらひらスカートをはためかせながら、コロッセオの中心へとダイブする。それに続くように流れ込んだのは、黒いレーザーで派手な衣服をまとった男たち。それぞれがエレキギター、ドラム、ベースといった音楽機材をアイテムストレージから解放し、瞬く間にコロッセオの中心に即席ステージが作り上げられる!

 当然の如く待機していたのは、本大会でこれでもかと万能性を発揮するクラウドアース所属メンバーたちによって構成されたバトル・オブ・アリーナの運営スタッフたちである。本来煙幕用の煙玉を足下に投げ、団扇の人力で天上の雲のようなスモークを生み出し、更にはライトアップまで開始する!

 

『ま、まさか彼女は!?』

 

『知っているのか、ブギーマン!?』

 

 そして、これまたお決まりの流れのように、カメラマンに徹していたブギーマンのわざとらしい驚愕にバルサザールは反応しながら予備のマイクを彼に押し付ける。

 

『ご存じないのですか!? 彼女こそが新時代のU☆TA☆HI☆ME! 7つの著名VRMMORPGのイメージソングを奏でるVRゲーム界のディーヴァ!【電脳世界の歌姫】ことラビズリンですよ!』

 

『な、なんだってー!?』

 

 野郎2人の寸劇にコロッセオはどっと沸いた。ラビズリンは唯一のチャームポイントとも言うべきアホ毛を跳ねさせてミニスカから太腿だけをチラチラさせて守るべき領域を守るというプロの魂を感じさせる激しいダンスムーブの中で上着を脱ぎ捨てる。

 胸だけを覆う、バンド仲間と同じデザインの黒のレザー姿という、腹と肩が大きく露出した姿に変貌したラビズリンは、表情以上に感情表現が激しいアホ毛を乱舞させた。

 

『今日はバトル・オブ・アリーナに来てくれて皆ありがとう! 私達【瑠璃色楽団】も精一杯応援するから、皆も明日まで思いっきり楽しんじゃってねー! それでは、バトル・オブ・アリーナの為に作った新曲いっくよぉおおおおおお!』

 

 コロッセオはライヴ会場に早変わりして、激しいロックンロールが星となって煌めく。コロッセオのボルテージは急上昇である。

 こんな余興まで準備万端とは、さすがクラウドアース! エンターテイメントの充実を目指して支持の獲得を目指すクラウドアースの根回しは伊達ではない! それを証明するように、汗で髪がべっとりと張り付くほどの熱唱をしたラビズリンたちを強風で煽るように、冷たい尺八の音色が空気を斬る!

 

『くっ、このプレッシャー……何者なの!?』

 

 ラビズリンが腰を引いて、桜吹雪が吐き出される北口ゲートを睨む。

 カランカラン、とコロッセオの入場ゲートから下駄の音を鳴らして現れたのは、黒子に花吹雪を舞わせて振袖を靡かせるマユである。その姿はまさしく大和撫子であり、黙っていれば純正和風美少女である。だが、太陽の下に出ると同時にマイクを持つ右手の小指を立てて笑顔で跳び上がった。

 

『はーい☆ マユユンでーす! 今日は「マユユンの」ライヴに来てくれてどうもありがとう!「前座」はこれくらいにして、マユユンの新曲ぅううううレッツゴー♪』

 

 それはつい最近までDBOで姿を隠していた、VRゲーム界のアイドル四天王の1人! 謳って踊れて戦えちゃうアイドルのマユである。

 途端にコロッセオの東側観客席を占めていた、陣羽織を着た集団が腰に手をやり、『マユユン☆命』という背中に書かれた文字を見せつけるように仁王立ちする。その手にもつのはピンクの派手な団扇であり、彼らの武器だ。無論、その先頭に立つのは黄金騎士のリロイである。

 

 

 

 マ・ユ・ユ・ン! マ・ユ・ユ・ン! マ・ユ・ユ・ン!

 

 

 

 一糸乱れぬ動きを披露するファンクラブに呼応するように、マユユンはラビズリンとは真逆の甘ったるいポップミュージックで会場を溶かしていく! バルサザールもいつの間にか陣羽織を着て、司会席で熱狂である。

 歌って踊れて戦えるアイドルならではのダンスパフォーマンスをしながらの美声の披露に観客は酔いしれていく。僅か3分半ほどであるが、それは砂糖菓子が口の中でふんわり溶けたような夢見心地を提供した。

 

『ちょっと! 後から登場した分際で私たちのライヴを邪魔しないでくれる!?』

 

『えー? マユユンはいつだって主役だよ☆ 邪魔なんてする必要ないんだよ♪ だってマユユンが登場した時点で、このライヴはマユユンの独壇場!』

 

『言わせておけば! そんなんだからその歳になってもワサビ抜きの寿司なんでしょうが!』

 

『マユユンがワサビを食べられないのはお子ちゃまだからじゃないよ♪ 素材の味を楽しみたいからだよん♪ 失礼な言いがかりは事務所とマネージャーを通してくださーい☆』

 

『同じ事務所でしょうがぁああああああ!』

 

 掴みかかろうとするラビズリンからステップで逃げ惑うマユユンたちの姿は、別に本当に険悪関係が垂れ流されているわけではない。これこそが数々のVRMMORPGのオフィシャル番組に殴り込む2人の名物なのである。むしろ、この2人が共演したならば喧嘩しなければ不気味なのである。

 しかし、南口ゲートよりわざわざ呪術の火蛇で起こされた火柱が立ち上り、2人のお約束は緊急停止する。何事かと観客たちの視線が集中すれば、RDにチャリオットを運転させた1人の男が新たにステージへと疾走する。

 自らのバンドメンバーを引き連れた男は燃え盛る炎のような赤毛と共にステージの中央へと君臨する。

 

『聞いていれば、誰も彼もが不遜にして不敬。このオレを抜きにして歌を語るなど失笑』

 

『『だ、誰なの!?』』

 

 跳躍して左右に分かれて男から距離を取ったマユとラビズリンに挟まれるように、赤毛の男はその目元を隠すサングラスを投げ捨てた。

 途端に女性プレイヤーを中心にして黄色い声が巻き上がる。その盛り上がった筋肉、精悍な顔つき、そして威風堂々といった纏うオーラはまさしくナンバー1に相応しい風格!

 

『おおっと、これはマユユンとラビズリンの大ピーンチ! サインズ傭兵ランクで堂々にして不動の1位! クラウドアースが誇る最強の傭兵ユージーンの登場だぁあああ! 率いるのは直々に選び抜いた精鋭のバンドメンバー……彼らを知らぬ者はいない! アイドルと歌姫を差し置いてDBOに最高の熱風を巻き起こす新進気鋭のバンド、バーニング・テイル!』

 

 喉が千切れんばかりの大声で、コロッセオ自体を振動させるようなバルサザールの紹介を受けて、ユージーンはフィンガースナップを鳴らす。途端にマユユンは左右の手に扇子を持ってバックダンサーに早変わりである。ラビズリンたち瑠璃色楽団もまたバーニング・テイルのメンバーと合図を交わして演奏準備万端である。

 

『オレも新曲を披露しよう。だが、その前に伝えておきたい。これはある1人の女の為だけに書いた曲だ! 今ここで宣言する。何度でも宣言する! 貴様を必ずオレのモノにする! 行くぞ! 新曲【シルフの為のラブソング】!』

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「リーファ、殺してください! どうかあの男を殺してください! 今なら殺れます! 確実に殺れます!」

 

「サクヤさん、落ち着いて! ほ、ほら、とっても良い曲じゃない!? なんか凄いエロい曲だけど、歌としては本当に良い出来じゃないですか!?」

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 うむ、熱烈なアプローチだな。賑わう会場の熱気と歌声が控え室まで伝播してくる中で、オレはスタッフによって手渡された用紙より2回戦の種目を確認していた。

 サクヤに対するユージーンの行動の理由は大よそ見当もついていた。リーファちゃんの話では、サクヤはALOでシルフ領のトップだったらしく、サラマンダー側の将軍だったユージーンとは幾度となく衝突した間柄らしい。それだけならばゲームのロールプレイでの関わりだったかもしれないが、2つの軍がぶつかりあった挙句にダンジョンに取り残されて一晩を過ごしたり、ALOに突如として現れた謎のネームド『逆さ吊りの男』が巻き起こす数々の意味不明イベントに巻き込まれたり、オフ会で顔合わせしてみたら実はご近所だったり、それどころか学生時代の同級生だったり、と色々と因縁がある間柄らしい。

 しかし、何にしてもユージーンの情熱は素晴らしい。女関係は派手であり、毎夜の相手に事欠かないらしいが、だからと言って惚れた女はまた別物だ。自分に靡かないからこそ余計に惹かれるのかもしれないが、公衆の面前であれだけのラブパフォーマンスをできるのは並々ならぬ度胸と根性ではない。

 それに比べてオレは……本当に情けなくなる。タルカスがユウキの胸に触っていたのは事故の類だろう。それくらいは理解できる。なのに、頭に血が昇ってしまった。気づけばタルカスを『アレ』な状態にしてしまっていた。幸いにも運営側の気配りと観客の精神衛生上の観点から撮影は控えられたらしいが、タルカスは燃え尽きた灰のようになってうわ言を繰り返しているらしい。

 ユウキからすれば迷惑な話だろう。自分の恋人でもない男が我を忘れてあんな真似をしたのだ。勘付かれてないと良いのだが。溜め息を吐きたい気持ちを抑えながら、オレは改めて2回戦の種目を分析する。

 

 

『騎馬トルロワイヤル』

 

 

 ……騎馬戦か。運動会の名物というイメージがあるのだが、実際には転落の危険性もあって種目から消えつつあるらしい。当然ながらオレは未経験であるし、2人1組のチームという事は騎馬というよりも肩車をして戦う事になるだろう。

 ルールは単純明快だ。通常の騎馬戦と同じで鉢巻を奪い取られたら負けである。後は乗り手側が地面に接触しても負けだ。

 武器やソードスキルは使用不可であるが、肉弾戦は許可されている。つまり、鉢巻を奪い取るも良し、転落を狙うも良し。バトルフィールドも隠れる場所が無いコロッセオという事もあってか、1回戦に比べればストレートな実力が重要になるだろう。だが、それでもチーム戦である事を考慮すれば、個人の実力よりも連携の方が勝敗を分けるかもしれない。また、乗り手と馬をチームのどちらが担うかも大事だ。

 そして、最重要なのは1チームでも脱落すればその時点で試合終了という点である。つまり、2チームが協力して1チームを攻めるも良し、協力すると見せかけて騙し討ちも良し。逃げに徹するも戦略の1つ。とにかく1チーム脱落するまで生き残った2チームが明日の準決勝に駒を進める事になる。

 そうなるとやはり重要なのはチーム分けなのだが、これもまた頭痛の種となる。

 

 

チームA(1位&6位):真改&パッチ

チームB(2位&5位):ラジード&オレ

チームC(3位&4位):ユージーン&UNKNOWN

 

 

 ……もうチームCは無条件で2回戦進出で良いのではないだろうか? どんなゲームが来ても1回戦のハイライトからコイツらが全力全壊で来るのは予想できる。そういう意味ではAチームも同様なのだが、チームCは大事な箍が外れてしまっているような気がする。

 いや、弱気になるな。確かに通常のチームバトルならばチームCは不動の勝者かもしれないが、これは騎馬戦なのだ。ならば勝ち方は幾らでもある。

 真改はDBOでも最強のカタナ使いと噂されている。存在意義も疑われていた都市伝説のようなプレイヤーだったが、今回の大会で1位の突破でその存在を認知させた。スキル構成は謎であるが、カタナを基本としたスピードファイターである事に疑いはない。戦闘能力も十分だ。

 パッチは傭兵でも実力は最下位であるが、ハイエナと呼ばれるだけの事はある小賢しさは侮れない。特にバトル・オブ・アリーナには並々ならぬ気合で挑んでいる。オレを尾行して2回戦進出するなど、決して油断できる相手ではない。

 ユージーンとUNKNOWNはもはや説明不要だ。

 ダークホースのチームAと最強のチームCを相手に、オレ達チームBはいかなる立ち回りをすべきだろうか。

 1回戦よりも実戦寄りの技術が試される。ならば、オレにもやりようはあるだろう。正直、1回戦を突破できたのは偶然の賜物だ。あの虹色の光にどうしようもない位の吐き気と寒気を感じて、ヤツメ様が怯え切って、狩人が殺せコールをしていなければ、とてもではないがユウキを発見できなかったはずだ。

 どうやらライヴも終了したらしい。クラウドアースもたった6名しかクリア者が出なかったのは予定外だったらしく、内容の変更に追われていたようだ。本来ならば1日目終了後に予定していたライヴだったらしいが、それを急遽インターバルに持ち込んだのは、2回戦の準備を緊急で進める為だったらしい。ユージーンもクラウドアースの専属として1回戦が終わったばかりなのに一肌脱がねばならなかった。

 ユージーンの疲労は蓄積しているかもしれないが、元より長丁場にも慣れた傭兵だ。誤差にもならないだろう。

 控え室を出たオレは東口ゲートで、先に準備を整えていたラジードと合流する。1回戦のハイライトはオレも拝見したが、もはや参加理由を問う気にはならない。オレは仕事を全うしてリーファちゃんの要望通りに写真集を廃棄する。それだけを考えて、今はラジードと協力すれば良い。

 スタッフに1回戦の借り物の返却を求められ、オレはトレイにカチューシャをのせる。ユウキはどんな顔をして戻ってきたカチューシャと対面するのだろうか。それを考えるだけでも複雑な気分になる。

 

「まさかキミとこうして肩を並べて戦える日をまた迎えられるなんてね。一緒に準決勝を目指して頑張ろう!」

 

「オレはこんな所で共闘したくなかったよ」

 

 クラーグ戦以来の共同戦線がコレとかふざけるのも大概にしてほしいのだが。爽やかな顔して握手を求められても応じる気にはなれず、素っ気なく頷くだけのオレにラジードは寂しそうな顔をしたので、仕方なく右手を差し出す。

 

「戦略はどうする?」

 

「馬はSTRに優れている方が良い。ラジードの方が上だろうし、オレが乗り手になった方が良いだろう」

 

 それに2回戦も1回戦同様の装備での出場が要求されている。オレの装備はカタナ1本で防具も軽装だ。特大剣を操るラジードならば、オレが乗り手でも十分に機動力を確保できるだけのSTRは持ち合わせているはずである。

 

「チームAはパッチが上だろうね。真改さんのスピードを活かして、他2チームが争っているところを狙ってくると思うんだけど、どうだろう?」

 

「同感だ。パッチは馬になるタイプじゃないし、真改も乗り手側よりも馬の方が性に合ってるはずだ」

 

「チームCは……どうだろう? UNKNOWNもユージーンもSTRは高いだろうから、どちらも馬の素質があるだろうし……」

 

 悩むラジードの言う通り、チームCの構成は予想し辛い部分があるが、オレには彼らの組み合わせが読めていた。

 

「ユージーンが馬だ。2人のSTRは近しいだろうけど、ユージーンは鎧装備だ。その分だけ重量も嵩んでいる。だったら、軽装のUNKNOWNが乗り手だろうさ。それに2人には対格差もある。大柄のユージーンが馬役を担った方がバランスも効率も良い」

 

 オレの予想に納得したらしいラジードであるが、どうにも疑問点があるらしく、腕を組んだまま唸っている。オレの予見に何かミスがあるだろうかと追及するより先に、スタッフが選手入場を促した。

 喝采と狂乱。その相反する感情が男女の境界線というのは嫌でも分かる。だが、オレには関係ない。紹介の時点の反応からも分かっているが、大会に出場する以上は白けさせないようにせいぜい盛り上がらせるように立ち回るとしよう。そして、何よりもリーファちゃんからの依頼を達成しなくてはならないのだから敗北は許されない。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 凄い熱気だ。コロシアムというローマのコロッセオを近代化して再建築したようなスタジアムの外観、熱狂する観客たち、そしてスクリーンに映し出される自分たちの順で確認して、思わずごくりと生唾を飲んで喉を鳴らす。

 選手紹介の時点で1度は立っていると言えども、早々になれるような場所ではない。だが、今は場の雰囲気に呑まれる事を良しとせずに、頭を振って改めてバトルフィールドのチェックに映る。

 

(広さは十分。駆け回る事も出来るし、障害物も無い。急増チームだから連携には不安があるけど、それは何処のチームも同じは――!?)

 

 ラジードは楽観したわけではなく、現実的に状況を分析して、全チームの戦力差はあれども精神状態は五分五分であるとも……いや、友人であるクゥリと組めている分だけ自分にはアドバンテージがあると確信していた。

 だが、それは脆くも崩れ去られる。2人が並んでゲートから入場したのに対して、既に他の2チームは騎馬を作った臨戦態勢だった。

 仮に!

 仮にこれが戦場だったならば!

 仮にこれが戦場だったならば、騎馬の機動力によって歩兵は蹴散らされる運命にある! ラジードは自分のアドバンテージなど吹き飛ばす闘争心の差に愕然とする!

 それだけではない。チームAは予想通りのパッチが乗り手、真改が馬役である。だが、チームCは意外にもUNKNOWNが馬役であり、ユージーンが乗り手である! 赤い鎧を身に纏ったユージーンが乗り手とは効率性が悪いはずだ。それを覆す作戦が2人にはあるのだろうか。困惑するラジードに、それを見抜いたらしいユージーンが鼻を鳴らす。

 

「このオレが馬に身を落とすと本気で考えていた馬鹿がいたとはな。騎手を担うは常に最強たるこのオレの役目! ランク1は常に最上でなければならん。それが分からん有象無象だったとはな。貴様には期待していたのだが……オレの目も鈍ったという事か」

 

 プライドの高さ。それこそがユージーンの強みと弱みの2つを併せ持つ、彼の猛々しい精神の具現そのもの! ラジードが感じていた疑念はまさにここにあった! 効率性を重視した陣形を取るだろうと思っていたらしいクゥリは、額を押さえて何か言いたそうな顔をしているが、ラジードには魂で理解できた。

 ユージーンは自らの手で優勝をもぎ取る意思で大会に臨んでいる! ラジードもそのつもりであるが、RDの託してくれたように、『仲間』の魂を継いでここにいる!

 唯我独尊。天上天下。自分以外は等しく敗者。故にこれは慢心ではなく王者の威風堂々である。UNKNOWNとの対格差の関係によって作られた騎馬は歪んでいるが、それでもユージーンより放出されるプレッシャーは微塵として弱まらない!

 

『レディース&野郎ズ! 余興は終わり、いよいよ未知なるサバイバルバトルの始まりだ! 注目の種目は「騎馬トルロワイヤル」! 読んで字の如く騎馬戦による、たった1組の敗者を決める情け無用の戦いだ! ルールは通常の騎馬戦と同じで鉢巻を奪い取られるか、乗り手が転落したら敗北だ! ソードスキルの使用は禁止しているが、格闘攻撃は全面的に認可されている! ただし、HPが全損する兆候が見られるまでに減ったらその場でレフェリーストップ! 仕切り直しとなるから注意してくれよ! とは言っても、ここにいるのは全員が上位プレイヤーだ。少し殴る蹴るをしたくらいでは簡単にはHPも減っていかないだろう! 思う存分に戦ってくれ!』

 

 ノリノリのバルサザールの司会の下でラジードは馬になるべく腰を下ろす。スタッフから赤い鉢巻を貰ったクゥリはそれを額に巻くと、長い白髪を結った1本の三つ編みを揺らす。ユージーンは黒、パッチは白である。

 

「勝てるかい?」

 

「勝つ。それ以外にない」

 

 相変わらず、ここぞという時は強気だ。クゥリを肩車したラジードは『足』を担う自分の役目を再認識する。今はクゥリの指示に従い、チームAかCのどちらを狙うのか決定すべきだ。

 距離にして10メートル未満。ここにいるプレイヤー全員が上位クラスであり、当然ながらステータスも相応に強化されている。ならば、この程度の距離を詰めるのはいずれも容易だろう。

 

『それでは……試合開始ぃいいい!』

 

 バルサザールがゴングを鳴らすと同時に、まずはパッチが乗り手を務めるAチームは距離を取る。【ハイエナ】らしく、BチームとCチームの潰し合いを誘発するつもりだろう。だが、その手には乗らない。ラジードはまず間合いを引き離そうとした時だった。

 UNKNOWNが地面を蹴り、一気に間合いを潰す! 反応が遅れたラジードに対して、仮面の傭兵は容赦ないローキックを、ユージーンはクゥリを掴み取ろうとする!

 バランスが歪んだラジードは何とか踏ん張り、クゥリもまたユージーンの手から体を反らして逃れる。だが、そここから息を吐く間もなく、ユージーンとUNKNOWNによる息があった連続攻撃が2人に襲い掛かる!

 

『おおっと! いきなりCチームは乗り手と馬によるダブルアタック! 連撃連撃連撃ぃ! ディアベルさん、これは一体何なのでしょうか!?』

 

『どうやらCチームは鉢巻を奪うよりも転落させる狙いがあるようだね。馬を潰せば乗り手が倒せなくとも勝てるし、そうでなくとも攻め続ければバランスを崩せて自壊に追い込める。良い作戦だよ』

 

『UNKNOWN、ファイト! マユユンからのL・O・V・Eチャージ送信だよ~ん♪』

 

 バルサザールのキラーパスに、これまたコメンテーターが板についてきたディアベルが真剣に頷きながら解説する。だが、そんなものをご破算にさせるマユの応援は会場に着火して大炎上である。

 まさしく、それは男たちの魂の悲鳴!

 

 

(そんな、まさかマユユンのハートを射抜いたのが……あの仮面の傭兵だと!?)

 

(【聖域の英雄】に勝てるはずないじゃないか!)

 

(畜生。俺のマユユンがぁあああ)

 

(あ、じゃあ大天使クゥリエルは貰っていきますね)

 

 

 

 機動力に徹すれば良いと思っていた馬役であるが、UNKNOWNはキックという下手すれば自分のバランスを崩しかけない攻撃を繰り返す。その度胸の何たることか! 密着されれば、STR差によってクゥリは力技で引き剥がされて投げ飛ばされてしまう! ラジードが必死になって後退して間合いが詰められないようにするが、このまま鬼ごっこで済むはずもない。

 

「後ろだ!」

 

 クゥリの鋭い指示によって、いつの間にか背後より接近していたAチームへとラジードは気づく。だが、時は既に遅し。真改のスピードを活かした高速奇襲によってパッチはクゥリから鉢巻を奪い取ろうとする。それをクゥリは右腕でガードしてパッチの手を払い除ける。

 

「へへ、悪いねぇ、旦那。勝ち馬に乗るのは傭兵として当然だろう?」

 

 再び距離を取ったAチームの狙いは明白。Cチームの猛攻によって揺らいだBチームに強襲を仕掛けて鉢巻を奪い取る作戦である。

 ここに来て、ラジードは勘付く。恐らくAチームとCチームは控えの段階で接触を果たしていたのだ。

 正攻法ではAチームに勝機は薄い。真改も馬役ではその能力をフルに活かしきれないだろう。ならば、パッチは最初からAチームに媚びてBチームを……クゥリとラジードを撃破する作戦を練っていたのだ。

 

「フン! 今頃気づいたか。既にAチームはオレの配下! 貴様らを倒すのに、このオレが何の策も無しに挑むと思っていたか?」

 

 両腕を広げ、鎧の金属音を響かせながら、ユージーンは獅子が生まれながらの王であると言わんばかりに威嚇するように睨む。

 

「あの写真集は真なる漢を求めている。すなわち、有象無象の手に余る王冠! このオレにこそ相応しい!」

 

 圧倒的。あまりにも格が違い過ぎる気迫の差! 思わず呑まれそうになったラジードを支えたのは、写真集で待っているだろう、彼が最も望むエロ可愛い姿をしたミスティアである。

 ユージーンが手にしたら、もう拝むことはできないだろう、奇跡の一瞬。生の姿とはちょっと違う、写真だからこそ堪能できるエロの美学! ラジードの踏ん張りに対して、ユージーンは眉を跳ねさせる。

 

「良かろう。有象無象の中でも多少は骨のある奴のようだな。ならば、このオレが自らの手で滅ぼしてくれる! UNKNOWN!」

 

「やるのか、ユージーン!?」

 

「無論だ! 野良犬を倒せぬ獅子などいない!」

 

 UNKNOWNが膝を曲げて、まるで力を溜めたバネのように弾けたかと思えば、天高く舞い上がる! 西の地平線に向かいつつある太陽を背に、その姿が光の中で眩んで見失う! 思わず後退したラジードであるが、それは愚策! 上空からの強襲を避けたと安心したところを狙ったユージーンのショルダータックルがクゥリとラジードの双方に激突する!

 僅かにクゥリの足をつかむ手が引き剥がされそうになるも、何とか耐えたラジードであるが、今度は背中に凄まじい衝撃が走る! 察知した時にはすでに遅し! パッチが容赦なくラジードのせいで揺らいだクゥリを殴る勢いで手を伸ばしていたのだ! 結果的にラジードの衝突という形で難を逃れるも、その間にもAチームは攻撃の手を緩めない!

 このままでは負ける! ミスティアにようやく認めてもらい、サンラ――太陽マスクにも背中を押してもらい、妥協はしないと自分自身の貫くべき頂を見つけたというのに、力及ばずに敗れるというのか!?

 

「貴様もまたあの写真集に飢えた野良犬に過ぎん! 狼など呼ぶに値せず! ここで貴様の夢は……終わりだ!」

 

 それは即席の騎馬とは思えない完全なるコンビネーション。ユージーンは両腕を広げ、UNKNOWNは高速回転する! それはさながら相手を盤外に弾き飛ばすベーゴマ!

 

『これはまさしく人間トルネード! 即席コンビでどうしてこんな技が!?』

 

『彼らはトップクラスの傭兵だ。互いの事は研究し尽くしているという事だろうね。息が合うのも納得だよ』

 

 驚くバルサザールに、またしても冷静にディアベルは解説に徹する。その姿は心なしか自分のポジションを楽しんでいるようである。

 人間トルネードによって大きく吹き飛ばされたラジードは、その衝撃に耐えきれずにクゥリの足を掴む両手を放してしまう。彼を宙に放り投げ、土煙を上げて地面を滑り、敗北の味を……土の味を噛み締める。

 負けた。ここまでだった。夢を託すべき相手……UNKNOWNはいるにしても、RDのようにカッコイイ散り方ではなく、ただ一方的に蹂躙された惨めな敗北だ。

 

『勝負あり! 明日の準決勝進出はAチームとCチームの――』

 

『待つんだ、バルサザールさん! レフリーを見てくれ!』

 

 無情なる宣言をディアベルが掻き消し、ラジードは涙で濡れそうになった双眸でコロッセオにいる3人のレフェリーたちを……その判定の旗を見る。だが、誰も3本持つ旗の内の赤を上げていない。

 まだ勝負はついていない? 何故? どうして? そう思った時に、ようやくラジードは自分の背中の1点に集中する圧力に気づく!

 

「ラジード……まだ、オレたちは負けていない」

 

 それはこの戦いに挑む時に、久しぶりに肩を並べられると握手をした相棒の声。

 

「戦える。そうだろう?」

 

 優しく、励ますように、鼓舞するように、白き傭兵は嘯く。

 試合の全容を映すスクリーンを見れば、そこには右手1本でラジードの背中で逆立ちをする、絶妙なバランス感覚を発揮するクゥリの姿があった。

 あの状況で! あの吹き飛ばされた絶望的な展開で! クゥリは敗北を認めず、ラジードが先に倒れた事を見越して右手1本で彼の背中に着地して、なおかつバランスを保ったのだ。

 

『【渡り鳥】の名は伊達ではない! その姿はまさしく空を舞う鳥の如し!』

 

『とんでもないボディバランスだね。それにルールも良く理解している。敗北条件は鉢巻を奪われるか、地面への接触だ。つまり、乗り手が健在である限りは負けない』

 

 そうだ。その通りだ。ラジードは起き上がり、クゥリは肩車を……否! ラジードの肩に足をかけて乗る。先程より遥かにバランスは悪いというのに、ラジードには不思議とクゥリを振り落としてしまうという懸念が生まれなかった。

 

(これはチーム戦だ。どちらか1人でも負けると思ったら、もう1人も負けてしまうんだ。僕は勝つ! クゥリと一緒に……必ず勝つ!)

 

 何ら迷いなく、ラジードは全力疾走してAチームへと突撃する! 乗り手の転落を一切考慮しない、両手をフリーにした状態での突撃には、さすがのユージーンも驚きを隠せなかった。だが、これでようやくラジード達にも勝機が生まれたのである。

 確かにユージーンとUNKNOWNのコンビネーションは素晴らしい。まるで2人で1人のように振る舞う姿は見事だ。だが、それは2人で1人分の戦力を確保しているに過ぎない。

 ならば、ラジード達は正真正銘の2人分の戦力! クゥリの蹴りがユージーンを揺らし、ラジードは容赦ないジャブでUNKNOWNがガードできない事を良い事に腹を打ち抜く!

 

「ぐふぅ!?」

 

「ぬぅ!?」

 

 これまで絶対王者であったCチームが初めて敗北の崖へと追い込まれ始める。UNKNOWNはキックで対抗するも、ラジードはしっかり両腕でガードし、また自分の思うように動いて軽々と回避する。それに付随するようにクゥリは一切の淀みなく、落ちる気配もなくラジードの両肩に足を乗せている。 

 クゥリもまたラジードの動きを把握しているのだ。だからこそ、決して転落する恐れを感じさせない。

 

「トルネード攻撃をやるぞ!」

 

「ぐぅ……良かろう! 認めてやる! 今の貴様はまさしく狼! このオレに喰らい付くというならば、肩に乗った歌い鳥ごと吹き飛ばしてくれる!」

 

 UNKNOWNの指示に素直に従うのはユージーンも追い詰められたが故か。あるいは、彼らのコンビネーションの大元はユージーンと見せかけて、機動力とローキックによる援護を続けていたUNKNOWNにこそあったのか。再び人間トルネードを発動させれば攻防一体。もはや攻める隙が無い。

 吹き荒れる突風に付与されるのはユージーンとUNKNOWNの執念! 必ずや勝利して、過激写真をその目に映すという男の願い。はたして、あの2人の情熱にラジードは追い付けるのだろうか? 

 1人では無理だ。だけど、同じ想いのはずのクゥリと一緒ならば超えられるはずだ! ラジードは右腕を伸ばしてピンと張る。それはまるで鳥を誘う枝木のようであり、クゥリはふわりと羽が舞い降りたように右腕に移動する。重量が押しかかり、ラジードは震える右腕を下ろしそうになるのを堪える。

 人間トルネードが相手ならば、こちらは人間ロケットだ。ラジードは反動をつけて、右腕を振り払い、クゥリを空へと飛ばす! 宙で上下反転させ、今やトレードマークともなった白髪を一本に結った三つ編みを靡かせ、クゥリは涼しげな……心底どうでも良いと言った顔でユージーンの頭上へと到達する。

 竜巻の弱点はその中心にして上空なのだ。いかに側面に強風を巻き起こせても、真上は完全なる無防備! クゥリの右手はユージーンの黒い鉢巻の帯をつかみ取り、まるでプレゼントの包装を剥ぐような優しい手つきで解いていく。

 地面に着地したクゥリが握りしめた黒い鉢巻をラジードに投げ飛ばし、彼はそれを高々と空へと掲げた。レフェリー達の旗は全て黒色が上がっている。クゥリの着地より先に勝敗は決した証明である。

 

『試合終了ぉおおおおおおお! どんでん返し! 僅かな攻防の間に起ったのは相棒を信じた奇跡か!? まさかのCチームの敗退だぁあああああ!』

 

 バルサザールの喉が千切れんばかりの宣言に、ラジードは黒の鉢巻を握る右手でVサインを作る。クゥリは溜め息を吐くも、腰に手をやって同意するように少しだけ微笑みながら頷いた。

 最強の傭兵の2人と謳われるランク1とランク9、そのタッグを倒したのだ。これが嬉しくない訳が無い。拳を握り、準決勝に進めた事実を噛み締めながら、同時にAチームのパッチと真改が静かなハイタッチをしている姿を発見する。

 思えば、ラジード達が攻勢に出た途端にAチームは強襲を控えた。より積極的に邪魔してきていたならばラジード達もあそこまで上手く反撃できなかったはずだ。

 

(そうか。パッチの作戦は勝ち馬に乗る事。あの時、僕らとユージーン達の勝率は同じだったんだ)

 

 だからこその静観。この騎馬トルロワイヤルの真の勝者はリスクを背負って攻めた自分たちではなく、【ハイエナ】に恥じない戦いを見せたパッチ、そしてその指示に従い続けた真改だったという事だろう。明日の準決勝で最大の敵となるのは彼らなのかもしれないとラジードは覚悟する。

 UNKNOWNから降りたユージーンは無念そうに空を見上げていたが、やがてラジードの方に向き直ると清々しいまでに不遜な笑みを描いた。

 

「今回は貴様の勝ちのようだな。敗北を認められぬ者に成長は無い。今日のところはオレの負けだ。だが、忘れるな。今回は勝利の女神の気まぐれに過ぎん。王冠はオレのモノだ。いずれ、オレは挑戦者として貴様より奪い返す。だからこそ……必ず優勝しろ!」

 

「……ああ!」

 

 ユージーンもまた、道は違ってこそいたが、同じ夢を追いかける漢だったのだ。ならば、夢を託して敗者として去るのは当然の事のなのかもしれない。自らの足でゲートに去り行くユージーンの背中に未練はなく、まさしくランク1に相応しい誇りで溢れていた。

 

「俺と、RDと、ユージーンの見た夢を……頼んだぞ」

 

 そして、UNKNOWNもまた全力を尽くした相手に敬意を払うようにラジードの肩を叩いてユージーンの後を追う。2人の最強の傭兵の潔い退場に、会場の男たちは取ったのは、自分たちが求めてやまない理想を一切の濁りなく追いかけ続け、そして勝者に託した誇り高き敗者たちへの敬礼だった。それに倣ってラジードもまた暗闇に消えた2人に敬礼する。

 

『さ~て、インタビューだよ~ん☆ マユユンはUNKNOWN負けて銀河級ショックだけど、男たちの友情に心はバイブレーション♪ まずは真改さんからいってみよー! 準決勝進出おめでとうございます! 今のお気持ちはどうですかぁ?』

 

 余韻を吹っ飛ばすマユユン☆ワールド全開で登場したマユは下駄でステップを踏みながら真改にマイクを向ける。戸惑ったようなザ・サムライであるが、顎を撫でると、やがて意を決して口を開く。

 

「感謝」

 

『応援してくれた皆様にありがとうって事ですね? マユユンも応援しているんで、是非とも優勝目指して頑張ってくださーい! では、続いてパッチさん!』

 

「マユユンのファンでした! ここ! ここに「パッチさんへ☆愛を込めて」とサインをお願いしやーす!」

 

 上半身裸になってパッチは背中をマユに押し付けるという暴挙に出て会場で殺意が溢れるも、そこはアイドルである。マユは笑顔でペンを取り出すと、パッチの背中に『パッチさんへ☆ごーとぅへーる』と可愛らしい丸文字で記す。

 次はラジードの番だ。アイドル級の笑顔で、ラジードも現実世界の頃からファンのマユに顔を覗き込まれれば、パッチ程ではないが舞い上がってしまうのは男の性というものである。だが、ラジードはここで浮かれては自分に夢を託してくれた敗者たちに申し訳ないと、向けられたマイクを前にして咳払いする。

 

『1回戦では男を見せて、2回戦では強敵に逆転勝利! マユユンも思わずドキドキしちゃったかも♪ 今のお気持ちは? 準決勝に向けた抱負も一緒にお願いしまーす☆』

 

「明日の準決勝は誰とぶつかるか分からないけど、僕がここにいるのは、同じ夢を見た男たちの協力があったからこそです。彼らの願いが無駄でなかった事を証明する為にも、必ず写真集を持って凱旋します!」

 

『聞く人が聞けばサイテーだけど、マユユン的には清々しくて逆にカッコイイと思うよ♪ そぉれぇでぇはぁ……お待ちかねの【渡り鳥】さんにゴー!』

 

 途端にラジードの宣言で男泣きしていた野郎たちと暴走直前の女子たちは静まり返る。

 相変わらずの微笑みであるが、それはラジードに向けたものとは違い、隔週サインズに撮影された時と同じ優雅なものだ。本当に同一人物なのかとも疑いたくなるほどに柔らかな表情で、クゥリはマユに向けられたマイクに応える。

 

「オレは依頼主のオーダー通り優勝を目指すだけです。ならば、単一の勝利に意味はなく、優勝にだけ依頼達成という結果があります」

 

 やはりクゥリらしい、とラジードは呆れながらも安堵する。どれだけイメチェンしても中身は同じ、傭兵として必ず依頼を達成しようとする、ある種のワーカーホリック気味な部分はまるで変化が無いようである。

 だからこそ、ラジードは勘付いてしまう。

 そもそも……そもそも、クゥリは『どちら』の依頼でこの大会に挑んでいるのだろうか?

 ラジードはクゥリ個人の分析として、過激写真集を当然ながら欲していると思い込んでいた。だが、そもそもクゥリにとって大会に出場したのは仕事をこなす以上の意味が無いとするならば、それは『どちら』に雇われたかによって方向性が決まる。

 

 

 

 

「ですので、必ず優勝し、写真集は入手次第、その場で、皆様の前で、焼却処分させていただきます」

 

 

 

 

 蕩けるような微笑みで、男性にとっては悪魔の、女性にとっては天使の宣言をする【渡り鳥】にあらゆる感情が籠った絶叫が上がる。

 これには予想外だったのだろう。パッチは最悪の敵が残ってしまったと膝をつき、もしかしたら覗き込めるチャンスがあるかもしれないと期待していた大勢の観客の男たちは頭を抱え、女性たちはガッツポーズする。

 改めてラジードへと向き直ったクゥリの表情は優しく穏和であり、優雅な笑みを崩さない。だが、それがラジードには何よりも恐ろしかった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 バトル・オブ・アリーナの1回戦も終わり、選手も観客も帰路につく……はずもなく、大半は群れて飲みに行っているらしい。コロッセオ周辺街には娯楽施設も整っている。コロッセオ周辺街にはクラウドアースが建造した宿泊施設もあり、もはやホテルのような様相だ。明日の準決勝に進出するオレ達4人は無料で宿泊が許可されている。また屋上には露店の浴場もあるらしいので、高い利用料を払って観客も足を運んでいた。

 オレもその1人であり、髪が湯船に浸らないようにバスタオルで包み、緑の半透明の湯が張られた露天風呂にて、夏色へと移ろい始めた夜空を見上げていた。

 DBOの夜空は現実世界と同じものである。故に星座を探す事も出来る。全てが現実よりも現実らしい質感を持って存在している。このお湯にしてもそうだ。SAOの頃も水の表現は最難関とされていたが、今は肌触りも、僅かな光の反射も、全てが本物と見分けがつかない。

 

「露天風呂なんて久しぶりだな」

 

 岩を並べて作られた縁に体を預け、腕を枕にして少しボーっとしてしまいそうになる。タオルを解き、蒸れた髪を外気で冷やしながら、今日はなかなかにハードな1日だったと振り返る。

 少しだけ楽しかった。1回戦はともかく、2回戦はラジードと協力してユージーンとUNKNOWNを倒せたのは爽快だったものである。いずれも動機には呆れてしまうが、あんな風に馬鹿をして全力で遊べるのも、こんな機会に恵まれなかった1年間だったからこそだろう。

 誰もが欲していたのだ。きっと……少しでも良いから、先の見えない暗闇ばかりが広がる、この狂った殺し合いの世界で、何もかも笑って迎えられる夢を見たかったのだ。

 ならば、それに馴染みきれないオレのなんと滑稽な事だろうか。

 

「し、失礼しましたぁああああ」

 

 そんな小さな悩みを抱えていたら、露天風呂に来たプレイヤーがまたしてもドアを開けた途端に逃げていく。先客の人々もオレが来た途端に悲鳴やら何やらで早々に退出してしまった。オレと一緒の風呂はそんなに嫌か。少し位は傷つくのだが。だが、先程の展開が何度となく続いたお陰でこの30分間広々とした露天風呂を独占である。

 風呂から上がり、脱衣所でオレは普段の防具ではなく私服に着替える。白いシャツと黒いズボンという味気が無いものであるが、そもそも防具以外を身に着ける機会が圧倒的に少ないのだ。下手に凝ったものを揃えても意味が無い。だが、以前と違って首には古狼の牙の首飾りがある。これも正真正銘のユニークアイテムなのだが、装飾品としても外観が優れているので気に入っている。

 髪を乾かして毛先だけゴムで纏めて脱衣所から外に出ると、そこには待ち構えていたようにヴェニデのメイドとアーロン騎士長装備が控えていた。

 

「お待ちしておりました、【渡り鳥】様」

 

「セサル様がお待ちです。どうぞこちらに」

 

 こうした展開にも様付けにも慣れてきている自分が嫌になる。オレは反論も馬鹿らしくなり、彼らに誘導されてホテル内に設けられたバーに案内される。やや照明が暗く、雰囲気も整っているカウンター席には、ヴェニデの王たるセサルが琥珀色の液体が入ったグラスを揺らしていた。その隣にはオレがキャバクラで飲んだ蜂蜜酒が瓶ごと置いてある。

 

「まずは準決勝出場おめでとう。主催者としてもキミの出場は盛り上がって喜ばしい」

 

「褒め言葉を貰っても気持ち悪いだけだ。この大会の狙いは何だ?」

 

 セサルの右隣に腰を下ろし、オレとセサル、メイドさんとアーロン騎士長装備以外いないバーで、単刀直入に切り込む。

 氷が浮かぶグラスを回し、中身を一気に煽ったセサルは1秒、10秒、30秒と間を置く。そして、オレの方を向きもせずに新しい酒を自分のグラスに注いだ。

 

「遊びだよ。それ以上の意味があると思うかな?」

 

「無いなら吃驚だ」

 

「ベクターの肝いりの人気取りだ。私は協力したまでだよ。それに部下2人も大いに楽しんでくれたようでね。主としても冥利に尽きる」

 

 途端に背後のメイドとアーロン騎士長装備が全力で自分たちの主から目を逸らす。あの2人の顛末もまたハイライトで確認したが、砂糖がナイアガラのように口から吐き出されそうになったものである。

 蜂蜜酒をグラスに注ぎ、オレはセサルと乾杯する。ガラスが響き合う心地良い冷たい音色が夜風に乗って、狂乱の祭りの熱がいかに昂っているかを教えてくれるようだ。

 

「しかし、意外だよ。キミはこうした祭りが好きだと思っていたのだがね。黄金林檎の……誰と言ったかな?」

 

「グリセルダです、我が主」

 

「そうそう。彼女にも一枚噛ませたのは、私なりのキミへの謝意だったのだよ。私としてもシャルルの森の件では些か以上にキミの立場を悪くし過ぎたと自省したものでね。少しでもキミのイメージ改善になればと思ったのだが」

 

 アーロン騎士長装備の指摘でグリセルダさんの名前を思い出したらしいセサルにとっては、黄金林檎など取るに足らない存在という事だろうか。ならば、セサルの言動の何処までが本音なのかも疑わしい。

 

「それなら、優勝賞品はもう少しまともにすべきだったんじゃないか?」

 

「それではつまらないだろう? あのような品であるからこそ、他ギルドの幹部たちはさぞや頭を捻った事だろう。『クラウドアースの真意は何処にある?』などと無駄な知恵を出し合ってあれこれ議論しているなど滑稽極まりないではないか」

 

 前々から思っていたが、茅場後継者やオレとも違う意味で、セサルも十分に悪趣味だ。彼は本気でこの大会を『遊び』として企画したのだ。それをあれこれ裏の真意を探ろうとする賢者気取りたちを嘲う。それこそがセサルの『遊び』の真意だとも知らずに。

 ならば大会を存分に楽しんだ者が勝ちだ。オレもまたセサルの掌に踊らされた、何もない暗闇にクラウドアースの企みを探そうとしていた阿呆だったというわけか。嗤える。

 

「……祭りは文字通り祭事だ。オレにとって祭りは楽しむものじゃなかったよ。だけど、こういう馬鹿騒ぎは嫌いじゃない。それは認めるよ」

 

「それは良かった。私も祭りは嫌いではないものでね」

 

 もう1度だけオレとセサルは乾杯して酒を煽る。飲み過ぎは禁物であるが、こうして静かにセサルと酒を交わす事に嫌悪感はない。むしろ、オレにはこうして語らいながら男同士で飲む酒の方が性に合っているような気がした。正直、もう人生でキャバクラに足を運びたいとは思わない。

 

「しかし、真実は聞くに勝る。以前の粗暴なキミも悪くはなかったが、王に相応しき品格を持ち合わせたキミも素晴らしい。万人を平伏せさせる天性の気品、ボスすらも単身で討ち取った実力、そして殺意と憎悪で人民を狂わす悪名とはすなわち風聞1つで人心を惑わす程の知名度。いずれも王位に相応しい。故に今一度尋ねさせて欲しい。私の後継となり、ヴェニデの王になる気はないかね? DBOを脱した暁には、キミには世界の支配者気取りの肥え太った醜い豚共を等しく処する戦争を始めてもらいたい。残念ながら、私は老いた身だ。道半ばで後継に明け渡すよりも、若き王が新たな時代の幕開けを成す方が美しいだろう?」

 

「相変わらず突拍子もない事を」

 

 鼻で笑おうとしたオレは、だがその実は自分の表情が欠片として動いてない事に舌打ちしたくなる。

 

「そうでもない。【渡り鳥】君には分かっていたはずだ。私とキミは同類であり、似て非なる存在だ」

 

 そうだ。本当は分かっている。セサルが何を言いたいのか、嫌でも理解してしまっている。

 以前もそうだったように……いや、それ以上にセサルの提案は魅力的なのだ。ヤツメ様も顎に人差し指を当て、長々と思案している。

 

「殺したくて堪らないのだろう? 敵も、味方も、何もかも壊したいのだろう? 私が何よりも評価しているのは、キミのその狂った闘争と殺戮の本性。暴君の資格だ」

 

 囁くヴェニデの王はオレと同じ存在なのか、それとも理解者なのか。セサルには最初からオレの全てが見切ることが出来ているのだろうか。あるいは、第三者だったからこそ見抜けた深奥があるのだろうか。

 ヴェニデの王となる、か。悪くない。そうすれば、この飢えと渇きを満たす機会に欠かないだろう。オレは自分の口元が歪んでいるのを隠す気にもならない。

 

「熟考してくれたまえ。私は余生を楽しむ老人。キミがいかなる『答え』を出すにしても、喜んで受け入れよう。たとえ……それが私を殺すという選択でもね」

 

「アナタを殺すのは骨が折れそうだ」

 

「言うではないか。期待しているよ。この老体を殺しきってみせたまえ」

 

 笑い合うオレ達は傍から見れば狂人なのかもしれない。だが、誰にも理解される必要はない。オレ達は互いの正体を知っている。セサルの謀略にはうんざりであるが、彼の原点にあるのは自らの狂暴な本性だ。だからこそ、オレは彼に同調してしまうのだろう。

 オレもセサルもダークライダーも、果てなき闘争を求めている。

 セサルは自らの闘争の果てに新たな秩序という結果を求める事を是とした。

 ダークライダーは闘争と自らの使命を重ねた。

 そして、オレは未だに『答え』を見つけられていない迷子の子猫……か。

 ヴェニデの王となり、新時代を目指す。それは血脈にも似た意志の継承なのだろう。それもまた戦いの果てにある『答え』の1つとなり得るかもしれない。

 

「しかし、キミならば写真集を欲しがってくれるだろうと思っていたのだが、当てが外れたな」

 

「興味はあるさ。だけど、大会に出場したいと思う程じゃない」

 

「そういう事にしておこう」

 

 またしても意味深な笑みで締めくくるセサルに、この男とはそもそも人生経験の差が大き過ぎる、とオレは我慢する気にもならない大きな嘆息を吐いた。オレもそれなりにハードで濃い人生を歩んでいるつもりなのだが、彼らからすれば若造に過ぎないという事だろう。

 メイドさんがセサルに耳打ちして、この酒の席の終わりが訪れる。セサルは半ばまで中身が残ったグラスの縁を撫でると、アイテムストレージから封蝋された封筒をテーブルに置く。

 

「キミが欲しがっていたものを入れておいた。私からシャルルの森の件に対する細やかな謝礼だ。受け取ってくれたまえ。明日の準決勝に期待しているよ」

 

 オレが欲しがっていたもの? 去っていったセサルの後ろ姿を見送り、オレは改めて赤の封蝋を剥ぐ。封入されていたのは、妖精王に関する情報だ。

 

「必要なアイテムは失われた王国の金貨。これを廃聖堂の地下墓所にいる船守に渡せば妖精王の住まう王国に行くことが出来る、か」

 

 だが、情報によれば廃聖堂自体が高難度ダンジョンであり、全10層にも及ぶ地下ダンジョンであり、1フロアごとに強力なネームドが門番として控えているらしい。現在の攻略深度は地下6層であり、現状の難易度から最下層のネームドは平均レベル80~100クラスの大部隊が必要と想定されている。攻略は早くとも7月末か8月になるだろう。

 ただし、情報によれば船守は全部で3人いるらしい。廃聖堂の船守、常夜の船守、古戦場の船守だ。いずれの船守に金貨を渡しても妖精の国に赴くことはできる。

 

「まるでカロンだな」

 

 ギリシャ神話だっただろうか? 死者をあの世に連れて行く小舟を操るが、神話では多くの方法で英雄がカロンによって冥府を訪れる事が出来た。その中には買収の類もあったはずだ。それに習ったものだろう。

 ならば、失われた王国の金貨とはまさに妖精の国の金貨の事だったのか。黒猫の鍵もそうであるが、茅場の後継者は最初からトラップを仕込み過ぎではないだろうか? アスナが囚われているだろう妖精の国への行き方を最初から与えていたなど、『アイツ』を嘲う為だけに仕込んだようにしか思えない。

 しかし、その一方で気がかりなのはアルシュナの助言だ。

 妖精王=茅場の後継者とは考え辛い。アルシュナが後継者の食客と称した相手だ。つまりは後継者の盟友と考えられる人物なのだろう。そうなると茅場昌彦こそが妖精王として待ち構えているのだろうか。

 こればかりは実際に妖精の国に行く以外に無いのだろうが、不確定情報ではあるが、どうやら妖精の国には1度赴くと帰ることは出来ないらしい。恐らくはナグナとは違う意味で1度侵入したらボスを撃破するまで戻れないダンジョン、あるいはステージと考えた方が良さそうだ。最低でもレベル80相当の大部隊を想定したネームドが門番を務めているならば、妖精の国自体の難易度は未知数である。

 神話通りならばカロンに帰り賃も渡すことが出来れば戻れると思うのだが、神話と同一ではないという事か。ALOには西欧の神話が多く組み込まれているし、そもそもALOの象徴とも言うべき大樹は北欧神話のユグドラシルをモデルにしたものだろう。そうなるとリアル神話知識が必要になりそうだな。神話は多くの創作物の元となっているだけに、ゲーマーはその手の分野に強い連中も多いし、情報収集自体は簡単だろうが、よりコアな情報となると集めるのも一苦労だろう。

 だが、カロンをモチーフにした茅場の後継者、あるいは妖精王のメッセージは嫌でも読み取れる。

 

 

『死者を……アスナを取り戻したければ死者の領域に来るが良い』

 

 

 神話の世界ですら、どれだけの英雄が死者を冥府から連れ帰ることが出来ただろうか? 大抵は醜い結末で終わるはずだ。『アイツ』もそれくらいは分かっているはずだ。それでも挑むのだろう。

 何はともあれ、最低でもレベル80は不可欠だろう。傭兵業も本格再開したのだ。できる仕事は限りなくこなしてレベリングに励むしかない。帰還も不可ならば、アイテムの厳選して挑むことになる。何処まで現地補給できるかも分からない以上は長期戦を想定せねばならないだろう。

 いつの間にかバーには店員NPCたちの姿が現れる。いずれも首輪が取り付けられ、いつでも爆破して即殺できるレギオン化対策が施されている。用意周到な事であるが、こうでもなければギルドNPCも使用できないのが終わりつつある街の現状だ。

 そうして、足音を鳴らしてバーに新たな客が、偶然を装った必然で姿を見せる

 

「おや、こんな所で会えるとは。お久しぶりですね、【渡り鳥】さん」

 

 相変わらすの鉄仮面のスマイルであるが、明らかに某太陽マスクさんのせいで疲労を隠せない様子のミュウの登場に、オレはセサルからもらった封筒を怪しまれない程度に急がず、だが中身を見られないように手早くアイテムストレージに収納する。

 

「あなたの傭兵業の再開は太陽の狩猟団としても心待ちにしておりました。先のユニコーン討伐には尽力いただき感謝します」

 

「傭兵として依頼を達成するのは当然の義務です」

 

 右隣に腰を下ろしたミュウは赤ワインを注文して乾杯を求める。オレは礼儀として応じると、何故か彼女は不思議そうに眉を顰めた。

 

「あなたは少し変わりましたね。以前のあなたならば口汚く断っていたと思うのですが」

 

「そんなにオレは嫌なキャラでしたか?」

 

「自覚がないと?」

 

「ありましたよ。でも、アナタに一々そんな風に振る舞うのも今は馬鹿らしいだけです。アナタは依頼を出す。オレはそれをこなす。オレ達の関係はビジネスであり、信頼ではなく信用で成り立っている。違いますか?」

 

 薄く笑いかけるオレに、ミュウは納得した様子であるが、何処か困った様子で眉を顰める。

 

「その口調も少し寂しいですね。以前のように粗野な方が私としてはやり易かったのですが」

 

 困惑した様子も演技か否か。ミュウの事だから腹にはどんな黒い物を潜ませているか分かったものではない。

 それにミュウが世間話をする為にわざわざ接触してくるはずもない。

 

「そういえば、実は1つ興味深い情報を入手したものでして。是非とも【渡り鳥】さんにお伝えしたかったのですが」

 

「興味深い情報?」

 

「ええ。DBOにはコンソールルームが複数あり、クローズされている機能を解放することが出来ます。ご存知でしたか?」

 

 もちろん初耳だ。だが、なるべく驚く素振りを見せないように、オレは蜂蜜酒を無言で喉に流し込む。沈黙は話の続きの催促となり、ミュウは鉄仮面の表情を崩さない。

 

「たとえば、発汗やアバターの成長などもコンソールルームを使用した影響です。その1つはシャルルの森にあったようです。聖剣騎士団が何処までコンソールルームに関する情報を掴んでいるかは定かではありませんが、戦争において強力な武器になる事は確かです。今後はコンソールルームを巡る争奪戦にもなるでしょう」

 

 ミュウの情報の信憑性はともかく、SAOにもコンソールルームは存在したはずだ。『アイツ』の話通りならば、コンソールルームは始まりの街の地下ダンジョンの最奥にあったはずである。

 

「どうして、その情報をオレに?」

 

「さぁ、何故でしょうね? 敢えて理由を付けるならば、親愛の証であり、今後の良きビジネスパートナーへの贈り物でしょうか? 我々の良好な関係の為にも、必要な知識は共有すべきかと思いまして」

 

 白々しい。ミュウが言いたいのは、つまりシャルルの森で最大の暗躍をしたクラウドアースはコンソールルームの存在を把握しているという事だ。聖剣騎士団も何処までコンソールルームについて認知しているかは分からないが、戦争を左右できる強力な武器になるならば、決して放っておかないはずである。

 それにコンソールルームをわざわざ設置した茅場の後継者の意図は何処にある? 悪意120パーセントで構成されているのだろうが、目的は不明だ。

 

「そういえば、地下街を牛耳っているのは犯罪ギルドでしたね。誰も知らない、探れない、終わりつつある街の地下に広がる禁域。どう思います、【渡り鳥】さん?」

 

「……どうでしょうね」

 

 オレは席を立ち、ミュウを残してバーから立ち去る。これ以上はどんな会話をしてもミュウに主導権を握られる。悔しいが、オレは交渉や取引が不得手だ。だからこそ、グリセルダさんにマネージャーを任せられるのは大きな利点でもある。

 ミュウの意図は読めている。オレに種を植え付けておく事だ。それが何を芽吹くかは分からない。だが、ミュウはいかなる花を咲かせ、いかなる実を生らせようとも利用できる段取りが整っているのだろう。

 花火の破裂音と共に空に色彩豊かな光の花が咲く。それと同時に運営委員会……というよりも、クラウドアースよりフレンドメールを通してメッセージが届く。それは明日の準決勝の種目とトーナメントの発表だ。

 

 

 

 

<種目:コロッセオ仕様デュエル『ポイントマッチ』>

<真改VSパッチ>

<ラジードVS大天使クゥリエル>

 

 

 

 

 1回戦・2回戦という流れから外れる、正真正銘の実力を問う本格デュエルが準決勝及び決勝とは恐れ入った。

 デュエルの内容はポイントマッチ。特殊デュエルの1つであり、ダメージ量や攻撃ヒット部位に応じてポイントが加算されていき、先に100ポイントを稼いだ方が勝ちだ。ダメージカットなどを併用すれば、HPの減りを抑えた、ソードスキルもフルに使用できるデュエルが可能となるだろう。もちろん、ダメージ減少設定を加えてもHPは減るので死亡するリスクが無いとは言えない。

 オレの相手はラジードか。そういえば、共同戦線を張ることはあったが、デュエルをしたことは無かったか。

 

「……グリムロックと調整しておくかな」

 

 空は薄っすらと曇り始めている。明日まで雨が降らなければ良いのだが。




おや、喜劇さんの様子が……?

絶望「そろそろ新エピソードだ。用意は良いか?」

悲劇「準備万端だ」

苦悩「スタンバイOK」

恐怖「長い休暇だったな」


それでは、232話でまた会いましょう!

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