SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ
喜劇「奴らの封印が解ける。逃げるんだぁあああああ!」





Episode17-12 一夜の夢

 バトル・オブ・アリーナ2日目、会場となるコロッセオは1日目と同様の、あるいはそれ以上の熱気を孕んでいた。

 大型スクリーンには、今日の主役となる4人の選手の名前、顔写真、プロフィールが10秒間隔で表示されている。それをムスッとした様子で不貞腐れながらユウキは頬杖をついて、両脇をレグライドとジュリアスに固められ……もとい見張られながら観客席にて準決勝のゴングを待っていた。

 

「自業自得だ。謹慎処分にならなかっただけマシと思いなさい」

 

「いやぁ、マクスウェルさんも何だかんだでそこまで怒ってないと思いますよ?」

 

 瓶ビールを傾けながら、昨日の晴天とは違って雨雲が覆った空を眺めるジュリアスの言葉と未だメイド姿のユウキを見て腹を抱えながらポップコーンを貪るレグライドに、見習いメイドは昨夜の説教6時間コースを思い返す。

 試合終了するなりアリーヤに咥えられて引き摺られ、腕を組んで仁王立ちするマクスウェルの目の前でユウキは正座させられた。その後はネチネチと6時間かけて、要約すれば『軽率な行動は慎め』と、怒鳴られるでもなく、淡々とした抑揚の無い声音で説教を受けたのである。

 最終的には観戦していたボスも大満足したという鶴の一声でマクスウェルが推した謹慎処分は免れたが、お咎め無しという事にはいかず、相応のペナルティが課せられる事になった。

 

「でも、どうしてボクがヴェニデに出向しないといけないの?」

 

「それが1番奇麗に纏まるからですよ。大会出場は些か以上に露出し過ぎでしたからねぇ。当然ながら、『見習いメイドさんは誰?』と探る人も現れるはずです。実際にユウキの人気は会場の方ではなかなかでしたよ。特にタルカスを撃破したシーンは大盛り上がりでした」

 

 コーラをストローで音を立てながら飲み、頬を膨らませるユウキに餌付けでもするように不満を述べる口にポップコーンを押し込む。塩味のポップコーンを奥歯で潰しながら、ユウキはそれとヴェニデ出向がどう繋がるのかと無言で睨みながら、もう一口とばかりにレグライドのポップコーンを一掴み奪い取る。

 

「その時になって、犯罪ギルドの人物をクラウドアースの代表として選出されていた、なーんてスキャンダルは『表面的』には避けたいわけですよねぇ。だったら単純かつ効果的な方法は必然的に1つ。ユウキが最初からクラウドアースの所属だったという『設定』にしてしまえば良いのですよ」

 

 派手なアロハシャツと麦わら帽子という、真夏を先取りしたような恰好で変装したレグライドの説明は理に適っている。

 

「クラウドアースは有力な中小ギルドの統合体。大ギルドというよりもギルド連合と言った方が正しい。ユウキの所属ギルドが一々探られることもないだろうし、外聞的にクラウドアースに属していると見なされれば良い。だったらいっそヴェニデのメイドさんという事にしてしまうのが効率的よ。ボスとセサルの間でどんな取引があったのか知らないけど、ユウキの仕事は集金と債務不履行者の捕縛が主だし、抜けた穴は埋められないわけじゃない」

 

 呆れたように溜め息を吐きながらも、ニヤニヤしながらユウキのメイド姿をじっくり舐め回すように観察したジュリアスの追撃に反論の余地はない。

 そもそもジュリアスもチェーングレイヴの所属ではあるが、普段は犯罪ギルドとしての活動に参加することなく、フリーで各所を回っている。普段は何をしているのかは指示を出しているボス以外に知る者はなく、彼女の行動については組織の中核を担うマクスウェルすら把握していない。

 チェーングレイヴとは、本質的にはギルドではなく、1つの目的の為に集結した戦闘集団だ。ユウキやレグライドのように犯罪ギルドとしての職務を持っている者もいれば、ジュリアスのように謎多き者、普段から仕事もせずにひたすらレベリングに励む猛禽の羽付き帽子が特徴的な赤服の男、他にも各ギルドに密やかに根は張られており、ボスの号令を待ち構えている。

 

「でも、大ギルドにはバレバレだよね? 意味あるのかなぁ」

 

「むしろ気づかれてない方がおかしい話ですからねぇ。でも、誰も虎の尾を踏みたいとは思わないでしょう? 建前で取り繕う為にも、ユウキにはメイドさんとしてお仕事を頑張ってもらうしかないんですよねぇ」

 

 ミスティアには既に正体は知られている。誤魔化しは利かないだろう。そもそも大ギルドともなれば、犯罪ギルドを取り仕切るチェーングレイヴへの調査は万全のはずである。ならば、まさしく『建前』の為だけにヴェニデに出向させられるとは、軽はずみな行動のせいで大きな代償を支払ってしまったとユウキは憂鬱になる。

 

「それに太陽の狩猟団が【絶剣】の辻デュエル事件を今更になって再捜査をしている動きもある。ユウキにはしばらく鳴りを潜めてもらわないと計画に支障が起きかねないのもある」

 

「あれもボスの命令なんだけど?」

 

「それにしてはノリノリでしたよね。なんだかんだでユウキは戦闘狂な部分がありますからねぇ。やり過ぎですよ、や・り・す・ぎ。何にしてもミュウは侮れませんし、ヴェニデの内情を探るという意味でもユウキは渡りに船なんですよ。まぁ、戦力としても優秀ですから、仕事はメイドさん半分、『アレ』の調査が半分でしょうね」

 

 やり過ぎも何も『存分に蹴散らせ』と命じたのはボスではないか。ユウキも大ギルドのメンバーから有力プレイヤーまで次々と夜道でOSSを餌にデュエルを申し込んだ。目的は戦力調査と計画に勧誘する同志の選抜である。それにユウキ自身の対【黒の剣士】に向けたトレーニングも含めていた。ユウキとしては、あわよくば噂を聞きつけた【黒の剣士】との対決も狙っていたが、餌に食いつかれず、またこれ以上の活動は危険と判断され、辻デュエルは中止となった。

 ボスは計画の最大の壁として【黒の剣士】を想定しており、そのカウンターとしての役割をユウキに期待している。また、彼女自身もチェーングレイヴに所属する理由はそれ以外になく、正直に言えばボスの目的に共感しているわけでもなく、またレグライドのように心酔しているわけでもない。

 

「あ、コーラが無くなってしまいましたねぇ。メイドさん、お代わりをお願いしますよ」

 

「はいはい。ジュリアスもビールのお代わり?」

 

「まだいっぱいあるから大丈夫。でも、何か塩気のあるモノをお願い」

 

 クーラーボックスを足で蹴り開けて、20本以上の瓶ビールをお披露目したジュリアスからのオーダーに、外の屋台から何か食べられるモノでも買ってこようかとユウキは席を立つ。

 準決勝第1試合は真改VSパッチだ。順当に行けば真改の勝利であるが、此度のパッチの執念は侮れない。特に傭兵として奇策に慣れているパッチが何の仕込みもなく正面対決に挑むとは考え辛いだろう。

 

(ヴェニデへの出向かぁ。あまり気乗りしないかも)

 

 ブリッツからの提案でもあるらしく、ボスもそれを呑んでユウキの派遣を決定したらしい。どうやら、次の作戦を睨んでの配置らしく、レグライドは聖剣騎士団に接触し、赤服の男はジュリアスと組んで何かの調査に赴いている。マクスウェルも計画の詰めに必要な人材の選抜と勧誘に忙しい。特に反大ギルド勢力のせいでチェーングレイヴが仕切っていた裏の世界は混乱が生じている。財団が好き勝手に武器や戦力を売り捌いている事も火に油を注いでいる状態だ。

 それに最近は貧民プレイヤーというよりも、浮浪プレイヤーの数が多過ぎる。獣狩りの夜によって貧民プレイヤー数は大きく減少したはずなのに、人口密度は緩やかに『回復』しているのだ。

 そんな時期に、ユウキも軽率だったとは思うが、自分をヴェニデに出向させたボス、それに同意したマクスウェルの考えが読めない。ユウキは屋台に並べられたスルメを買い込みながら、雨雲を見上げた。

 もしかしたら、嵐は近いのかもしれない。少しだけ湿気が籠った風が強くユウキの髪を靡かせた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

「で、実際の所はどうなんですか?」

 

「マクスウェルの腹痛予防……というのは半分冗談として、親心みたいなものでしょう」

 

 ユウキが消えた瞬間に単刀直入に尋ねたレグライドは、ジュリアスから得られた回答に満足する。

 

「あの子は私ともお前とも違う。チェーングレイヴの目的なんて興味はない。お前と同じで犯罪ギルドとしての活動に罪悪感が無いにしても、感覚がまるで違う。あの子には【黒の剣士】を倒すという『終着駅』以外見えて無かった。それ以外は全てどうでも良かった。あの子の死生観が歪んでいるせいかは定かではないけど、【黒の剣士】を倒す以外は何も考えていなかったのは間違いない」

 

 コーラの代わりとばかりに、ジュリアスはレグライドに瓶ビールを投げ渡す。栓抜きを要求するも、それくらい人力で開けられるだろうと無言で告げられ、彼は肩を竦めながら親指で栓を弾き飛ばした。

 

「だけど、あの日から……クリスマスから何かが変わった。あの子は揺らいでいる。最近は特にね。別の場所で、新しい環境で、じっくりと考える時間が必要なのさ。『何に殉じ、最後に何を選ぶのか』を決める時間が」

 

「青春ですねぇ。ジュリアスもモラトリアムしたいと思わないんですか?」

 

 恋する乙女になってからのユウキは見ていて飽きない。麦わら帽子を深く被りなおして目元を隠したレグライドは瓶ビールを傾けて喉に流し込む。アルコールと炭酸の刺激が口内で暴れ回り、生の感触が頭の芯まで響く。

 

「私は要らない。戦う為に生まれてきた私は揺らがない。だからこそ、どうせ戦うならば、大義に酔いしれた阿呆たちと一緒に戦いたい。それが『AI』として生まれ、セカンドマスターを裏切り、ファーストマスター側についた私の願いだ。そう言うお前はどうなんだ?『死人』のくせに、ボスに協力する理由は何だ?」

 

「ボスの大義に共感した。それ以上はありませんよぉ。ユウキの願いを叶えたい。ジュリアスにも生きてもらいたい。マクスウェルさんの望みを成し遂げさせたい。だったら、犠牲が必要になった時に『消費』されるべきは死人です。1度は燃え尽きたこの命でも、無駄なく使い潰せば、本気の【黒の剣士】相手でも腕の1本くらいは奪い取れるでしょう。誰かを守る肉壁くらいにはなるでしょう。帰る場所がある生者を守る。それが死人のお仕事ですよ」

 

 いつから? それは定かではない。気が付けば、レグライドは死人だと自覚していた。生前のぼんやりとした記憶と死の記憶が混在した意識の中で覚醒を果たした。

 デスゲームの開始宣言には既視感があった。ならば、レグライドもまたSAO事件で無念の死を遂げた犠牲者の1人なのだろう。

 漠然とクリアを目指しても帰る場所はないという諦めだけが胸中にあった。だからこそ、新しく得た命の使い道を探した。それがボスとの出会いに繋がった。

 

「それに、マクスウェルさんも何も考え無しにヴェニデに派遣するわけじゃないでしょう? 次の作戦……妖精の国に関して、ヴェニデとの連携を強化する為でしょうし」

 

「……妖精の国は何かがおかしい気がする。ヴェニデの動向に注意しろ。財団も間違いなくセカンドマスターが関与している。絶対に深追いするな。セカンドマスターは邪悪な子どもだと思え。幼稚ではあるが、それ故に読み切れない行動を取る」

 

「あなたが全部話してくれたら解決なんですけどねぇ」

 

「ファーストマスター側についた時点で権限も知識も何もかも凍結されてしまった。あるいは私自身が捨てたのかもしれない。何にしても、今の私は少しだけ裏事情に詳しい以外はお前たちと同じプレイヤーとしてここにいる。それを忘れないでほしい」

 

 そろそろ試合の時間だ。話はこれで終わりである。コーラとスルメを手にして戻ってきたユウキを迎えながら、レグライドは準決勝に駒を進めた2人の選手の入場に目を細めた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

『麗しき女性の皆様と腐れ野郎共……待たせたな! バトル・オブ・アリーナ2日目、準決勝の始まりだぁああああ! 今日も司会はこのバルサザール様が! サブでマユユンが! 名誉解説のディアベルさんが! 熱いバトルをお届けするぜ!』

 

 マイクを片手に司会席で最初からフルスロットルの熱量を込めるバルサザールの一声と共にコロッセオでは歓声と怒号の二重奏が響き渡る。

 今や女性プレイヤーの方が劣勢だ。パッチとラジードは写真集狙い、真改は予想不能、そして【渡り鳥】1人だけが写真集の廃棄を宣言している。

 

『しかし、この組み合わせは予想外でしたね。ディアベルさん、1回戦の真改選手VSパッチ選手ですが、どうなると見ていますか?』

 

『正面から戦えば真改の勝ちだろうね。パッチさんも強いけど、準決勝に進出した4人の中では1番戦闘力が劣るのは下馬評の通りだ。だからこそ、いかに真改のペースを崩して、策に嵌めるかがパッチさんの勝利の鍵じゃないかな?』

 

『なるほど。ありがとうございます。では、改めてバトルルールを説明するぜ! 準決勝はガチバトル! バトルフィールドはコロッセオで、コロッセオ専用デュエル『ポイントマッチ』だ! ダメージは『ハーフアタック』を採用! これによって全ての攻撃が半減されるので死亡率は大きく引き下げられるだろうが、何が起こるか分からないのもデュエルだ! 万が一に備えてレフリーストップによる仕切り直しもあるので理解してくれ! 全ての攻撃がポイント化されるポイントマッチでは、先に100ポイントを稼いだ方が勝利だ! 累計はポイントはあちらの大画面で表示されているぞ! それでは選手入場だぁああああ!』

 

 東口ゲートから入場したのは和風姿をした1人のサムライ。腰に差す長刀のみを携えて現れたのは真改である。

 対する西口ゲートからは黄色と黒の革防具を身に着けたパッチだ。左手には木製の分厚い大盾を、右手には先端がまるで花開く前の蕾のような槍を所持している。

 

『しかし、真改選手はカタナ1本とは恐れ入りました。折角の2つある武器枠なのに、1つしか装備していないとはいかなる意図があるのか!? それとも、何か隠し武器があるとでも言うのか!?』

 

『う~ん、マユユン的にも、あのカタナに変形機構が組み込まれてるようには見えないし、本当にあの1振りだけなんじゃないかな?』

 

『俺も真改の2番目の武器は見たことが無いよ。この大会で見る事ができるかどうか楽しみだね』

 

 試合開始。ゴングが鳴り、レフリーが離れると同時に真改は居合の構えを取り、瞬時に踏み込んで抜刀する。長刀の鋭い一閃はパッチが構えた大盾に直撃し、激しいサウンドエフェクトと火花が散る。

 ポイントの変動は無し。ガードされては簡単にはポイントを稼げないという事だろう。真改はそのまま斬り返しで大盾のガードを崩そうとするが、パッチもハイエナと揶揄されてはいても多くの戦場を生き抜いた傭兵である。連撃を浴びてもガードの隙間を作ることは無い。

 

『カタナの弱点の1つはガードブレイク能力の低さなんだよね~。スタン蓄積も衝撃値も低いからガン盾と相性が悪いんだよ。まぁ、その分だけ切断性能は全武器の中でもダントツだから、盾ごと斬られちゃうなんて事もあり得るから怖いんだけどね』

 

 鍛冶屋としての視点で、アイドルモードを封印してマユは解説する。カタナは軽量性と火力を両立させているが、その分だけ癖が強く、使い手が少ないジャンルだ。カタナ使いとして著名なのも都市伝説化していた真改、アーロン騎士長装備、【渡り鳥】の3人くらいである。その中でも【渡り鳥】は純粋なカタナ使いではないので、カタナ使いと真に呼べるのはこの2人だけだ。

 逆に言えば、カタナを使いこなすプレイヤーは希少であり、また、いずれも凄腕という事になる。

 

『大盾自体が「とりあえず装備しとけ」って位に優秀だからね。軽量級でもかなり重いから機動力は確実に死ぬけど、ガード性能も軒並みに高いし、相手の攻撃を弾いて槍でチクチク。片手剣+盾くらいにスタンダードだし、パッチさんも熟練っぽいし、これは勝負が分からないかも?』

 

『果たしてそうかな? 確かに武器ジャンルとしての性能だけを見れば、ガード戦法のパッチさんが優勢だけど、それですべてが決まる訳でもないだろう?』

 

 ディアベルの予見通り、スピードを活かした回り込みにも対応するパッチに対して、真改は1度距離を取り、アイテムストレージから取り出した【竜火の松脂】を使用する。

 エンチャントアイテムは基本的に最低保証+武器攻撃力の規定割合=エンチャント攻撃力となる。松脂は使用武器の物理攻撃力の3パーセントを火炎属性攻撃力として追加アップすることができるが、竜火の松脂は物理攻撃力の5パーセントを火炎属性攻撃力として付与する。

 猛々しい炎を纏った長刀による地面を擦るような斬り上げ。それは炎の軌跡と共にパッチの盾を削る。

 

『なるほど。パッチさんの盾は木製だ。だから炎属性に対するガード性能が低いと睨んだようだね』

 

 木製の大盾は軽量なものが多い反面、ガード性能は金属製に劣り、また弱点も多い。ディアベルの解説通りならば、パッチへの貫通ダメージでポイントに変動があるはずである。

 だが、真改の追加ポイントは無し。これには会場もどよめく。真改も僅かに眉を顰め、更に3連斬りを放つも、いずれもガードを潜り抜けたダメージは無い。

 

『チッチッ! 甘いよ、ディやん!』

 

『ディやん!?』

 

『傭兵の装備が平凡なわけないじゃん。マユユンの目は誤魔化せないよ☆ あの盾は多重構造になってるね! 軽量性保持する為にレア度の高いクリスタル系素材かな? 炎対策はバッチリって感じかな』

 

 マユの読み通り、パッチの大盾に使用されているのは希少な【火蜥蜴の煌結晶】が使用された多重構造である。これによって本来弱点である火炎属性への対策も万全である。

 

『でも、多重構造な分だけどうしても「密度」か「厚さ」を支払わないといけないんだよねー。ガード性能を全般的に維持するなら幾らクリスタル系素材でも密度を高めて重量を増やすしかない。重量を限りなく据え置きにしたいなら個々の層の性能を抑えるしかない。そうでなくとも、多重構造で複数のガード性能を纏めてゲットするなんて必ず何処かに皺寄せが来る。それを上手く調整したり折り合いをつけてたりして実用化するのが鍛冶屋さんのお仕事なんだけど、パッチさんの盾はどうなんだろうね』

 

『ま、マユユンが真面目過ぎる! こんなのマユユンじゃない!』

 

 試合の流れよりもマユの鍛冶屋モードに驚愕するバルサザールを置き去りにして、試合は次なる局面に移ろい始めていた。

 エンチャントが切れた真改の次なる攻め手はソードスキルだった。発動させたのは一時的に攻撃力を高める斬鉄である。赤いエフェクトを纏った刃が再度大盾を刻み付ける。斬鉄の効果が切れると、今度は突進系ソードスキルの【朝露】である。斬鉄のガードで固まったところに間髪入れずに突進力を付与したソードスキルの袈裟斬りによる弾き飛ばしで、ガード一辺倒だったパッチは大きく後ろに飛ばされる。その大盾は表面が大きく削れ、内部に仕込まれていた赤いクリスタルが露呈する。

 

『それが正攻法だよね~♪ ソードスキルは何も火力ブーストだけが売りじゃないもん。衝撃とスタン蓄積もパワーアップできる。それに連続でガードし続ければ、大盾と言えども無傷のままはいかないしね☆ あの盾の弱点も露になってきたかなぁ。それに、連続ガードすればするほどにガードブレイクの危険性は高まるし、スタミナ消費も嵩む』

 

『対してパッチさんは真改の攻撃速度に対してお得意の槍チクが決まらないね。下手に反撃すればそこにカウンターを差し込まれる』

 

 やはりと言うべきか、素の実力に差があり過ぎる。真改は思う存分攻め続けることができ、パッチはガードに徹して敗北を引き延ばすしかない。ポイントに変動こそなくとも、いずれはガードブレイクされるのはパッチである事は目に見えている。

 だが、真改が弾き飛ばされたパッチへの間合いを詰めようとした時に、ハイエナの目が光る。

 穂先がまるで蕾のような形状をした異形の槍。その柄を捩じって引き絞れば、穂先は刃の花を咲かせる。これこそがパッチの今回の得物である【開花の槍】である。穂先が開花すればモーニングスターを思わす凶悪な外見に変貌するが、本質はそこにはない。

 炸裂音と共に、開いた刃の花弁が射出される。たった1度だけの刃の爆発である。範囲攻撃にも等しい、多数の刃が間合いを詰める為に接近した真改へと襲い掛かる!

 たとえ一撃一撃は威力が低くとも、命中すればポイントが稼げる! ならは必要なのはヒット数の多さ! パッチは一撃で稼げるポイント量よりも連続ヒットによる爆発的ポイント稼ぎを狙っていた!

 だが、真改は慌てることなく、焦りも見せず、長刀を風車のように回転させながら急ブレーキをかけて退却する。それによって射出された刃を次々と弾かれ、パッチの奇策は難なく破られる。これが普通のプレイヤーだったならば、距離を詰めたところによる拡散攻撃に対応できなかっただろう。だが、真改という最上位クラスのプレイヤーには余りにも素直過ぎる攻撃だった。

 真改という男は目立たず、ディアベルの護衛として戦場にあり、常に寡黙に刃を振るい続け、功績もろくに残さずに、淡々と死線の中にあり続けた。故に実力は不鮮明であるが、ディアベル個人としては、円卓の騎士の中でも最強ではないだろうかと目している。

 今のパッチとの戦いでも本気は出していない。その気になれば、パッチの鉄壁のガード戦法を崩せるはずだ。だが、真改の目的は如何にして自分という存在をアピールして、都市伝説的存在不明キャラから脱するか、である。

 

『やっぱり耐久度に問題ありだよね~。大盾としては失敗作かな? 対人戦向けの1戦限りの使い捨てなら有効だとは思うけど』

 

 真改の狙いは華々しい勝利だ。パッチを盾ごと両断して負けを認めさせる。これは驕りではなく、あらゆる策を用いられても突破できるという真改という剣豪の自信、そしてパッチ自身がトラップ戦術などを用いる正攻法を得意としないプレイヤーだからこその分析だった。

 勝利の鍵の開花の槍も1発限りの奇策だ。なお、実を言えばこの武器はこの日の為にパッチが大金を支払って教会の工房のイドに作らせたものであり、イド本人としては『突き刺した状態で開花させ、内部から刃の爆散を行う』という、某傭兵の死神の槍の【瀉血】と同様のえげつない戦法を想定して作成したものである。

 それを拡散攻撃に利用した時点でパッチのカードはない。彼に勝機があるとするならば、無理にでも攻めて真改に槍を突き立て、開花攻撃を行う事だったのだ。

 勝負あり。それを察したように、パッチは槍と大盾を捨てる。

 

「へへへ、さすがは真改の旦那。俺じゃあ、とてもじゃないが、勝てませんぜ」

 

 だが、パッチの顔に敗北の2文字はあらず。むしろ、もはや勝負は定まったと言わんばかりである。

 まさか既にトラップが? 警戒する真改は居合の構えを取りながら、パッチと距離を取る。その選択は正しい。幾ら武器を捨てたとはいえ、パッチはハイエナと称される程の卑しい戦術・戦略を好む相手だ。勝利に貴賤はなく、また恥も外聞もなく自らの生に執着し、常に生き残る事を最善とするゴキブリ並みの生命力を持つ男である。あの【渡り鳥】の凶刃からも逃れた男の『幸運』は伊達ではない!

 

「今日は風が強いですね、旦那。こりゃ一雨どころか大嵐が来るかもしれませんぜ。いやー、こういう日は軽いものなんて簡単に飛ばされてしまうでしょうねぇ」

 

 ねっとりとした喋り方で、パッチが懐から出したのは長方形の紙束である。最初はそれがいかなる逆転の奇策になるのかと真改は怪しむも、その中身を眼に映して目を見開いた。

 それはどう見ても隠し撮りの、先のコロッセオ周辺に建てられたホテルの屋上露天風呂の盗撮写真である! 湯気補正が大いにかかった極上の写真には美人さんの入浴光景がこれでもかと映し込まれていた!

 

「これが俺の勝利の鍵ですぜ」

 

 真改が刃の一閃をパッチの届かせるよりも先に、強風がコロッセオを吹き抜けていき、パッチの手から写真が飛び散る!

 乙女の純情を守る。パッチは準決勝において真改とぶつかる事を想定した時点でその攻略法を研究し、そしてたどり着いていた。繰り返し確認したハイライトの映像に、そのヒントは隠されていた。

 

 

 

 守る対象でもないリリウムの危機に現れ、そして救った真改ならば、乙女の純情のピンチに必ずや我が身を犠牲にしても、勝利を捨ててでも動くはず!

 

 

 

 無論、真改にもパッチの作戦は読めた。飛び散る写真を無視すれば、攻撃手段を失ったパッチからポイントを奪い取るなど容易い。だが、その勝利はこれから不特定多数の目に晒されて流される乙女たちの涙よりも価値があるものなのか?

 否! 断じて否! 真改は風の中で舞う多数の写真を宙で飛んだ一瞬の間に斬り刻む。それは舞い散る木の葉すらも断った、歴史に名を遺す剣豪たちと同じ領域に至るからこその絶技だ。だが、散っていく全ての写真を切断して破壊することはできず、ポリゴンの欠片が花吹雪のように舞う中で、真改はコロッセオのフィールドと観客席を隔てる壁の向こう側へと飛んでいく。

 迷いはなかった。真改は手を振って見送るパッチに苦々しく歯を食いしばりながら、壁を駆け上がり、観客席の誰かに写真が掴まれる前にカタナであらん限りを切断し、最後の1枚が1人の男性プレイヤーの手に収まるより先に延ばした左手で奪い取る。

 観客席の間の階段に着地した真改は即座に写真を破り捨てようとして、そしてパッチの奇策の真意に驚愕する。

 写真に写されているのは確かに美人だ。だが、よくよく見れば、それは真改も知る人物……【渡り鳥】その人だった。遠目であったが故に真改は女性と見間違えてしまったのだ。

 

「へっ! このパッチ様も、女風呂を盗撮するほどに腐っちゃいないぜ」

 

 パッチならばしかねない。そう思ってしまった時点で真改の負けだったのだ。写真を握り潰した真改は我が身の鍛錬不足を嘆くように天を仰ぐ。

 

「……敗北」

 

 レフリーによる判定を待つまでもなく、バルサザールに宣言されるまでもなく、真改は自分の敗退を告知する。

 

『ぎゃ、ぎゃぎゃぎゃ、逆転勝利ぃいいいいいいいいいいいいいい!? なんじゃこりゃぁあああ!? 超劣勢だったパッチ選手! まさかの真改選手のフィールドアウトにより完・全・勝・利ぃいいいいいい! というか、カメラもっと頑張れよ! 写真を撮影しておけよ! つーか、ポイントマッチなのに、両者ゼロポイントで決着ってどういう事だぁああああ!? 大会舐めるのもいい加減にしろよ、おい!』

 

 バルサザールの怒号と観客たちの阿鼻叫喚のコロッセオの中心で、ハイエナという異名を持つ、どれだけ卑しい手段を使おうとも、プライドを捨てようとも、必ず生き残ってきた傭兵は右腕を突き上げる。その拳にもまた、この大会に出場した漢たちの夢の灯が確かに宿っていた。

 真改は太陽マスクの言葉を思い返す。彼もまた太陽の遺志を継いだ1人だったのだろう。ならば、奇しくも太陽マスクの言う通りになってしまった。

 パッチがガード戦法を取っていたのは、この強風を待つ為であり、また真改に警戒心を蓄積させる為だったのだ。最初から全力でポイントを取りに行く短期決戦だったならば、真改にも勝ち目はあっただろう。あるいは、その場合の作戦も既にパッチは準備していたかもしれない。

 明日から鍛錬のし直しだ。真改は観客席からコロッセオのフィールドに戻り、無言でパッチに一礼を取る。そこには嫌味などなく、1人の剣士としての誇りだけがあり、また自分を破った者への勝利を託す戦士としての信条があった。

 そして、本大会で見せつけたサムライっぷりに目がハートになった複数名の女性プレイヤーたちの熱い視線にも気づかずに入退場ゲートに真改は去っていった。

 

『ルールを解し、利用し、勝利する。パッチさんらしい戦い方だったね』

 

『う~ん、何だろうね? この、頭脳バトル系漫画とかだったら主人公になりそうな勝ち方』

 

 大いに満足した様子のディアベルと、不満を覗かせるマユの両名のコメントを受けながら、パッチは決勝進出を果たした。

 だが、この時にパッチは気づいていなかった。今まさにパンドラの箱は開かれたのだ。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 決勝進出はパッチか。概ね予想通りだ。オレはグリムロックとグリセルダさんもいる選手控え室で最終調整に入りながら準決勝の勝敗をここまで響く観客の歓声とブーイング、それにバルサザールの怒号で知る。

 情報量に欠ける真改であるが、カークのような搦め手を用いる事も厭わないならばともかく、正攻法を主とする、ノイジエルと似たような真っ当な剣士であると想定していた。そんなプレイヤーでは、どれだけ卑劣であろうとも勝ちに行く覚悟で臨んでいるパッチを打ち破れるとは思えない。

 間違いなく、バトル・オブ・アリーナで最強にして最大の障害は、UNKNOWNでもなく、ユージーンでもなく、パッチだ。

 

「イメージ戦略は良好。隔週サインズ効果も大きかったし、この大会のお陰でイメージ改善は少しずつだけど進んでいるわ。だから、いくらデュエルだからって熱くならないように。場合によっては負ける事も視野に入れなさい」

 

「正確に言えば、キミ以外の男性選手がイメージダウンしたお陰で相対的に、女性プレイヤーからの印象がアップしただけだけどね」

 

 グリムロックの補足には大いに納得して、彼らの退出後にオレは武装の再確認をする。

 八百長で負ける気はないし、ラジード相手にそんな真似をするつもりはない。だが、なるべく丁寧な戦いを心掛ける必要はあるだろう。主力装備は贄姫で戦うのがベストだろう。

 ラジードの得物は片手剣・両手剣・特大剣の3種からなる。対人戦となると片手剣と両手剣の組み合わせが濃厚ではあるが、ガード性能も高い特大剣は盾としても優秀だ。ならば一撃の重みを狙って特大剣の使用もあり得る。

 アビス・イーターも装備は確定だ。カタナと両手剣の組み合わせ……思い入れがあるわけではない。両手剣はSAO時代の初期から使っていた武器だし、カタナは性分に合った仕様の武器だ。それだけだ。

 連装銃に装填するのは闇属性洗礼弾。物理攻撃力は低いが、闇属性攻撃力が備わっている。連装銃で良いダメージソースだ。

 最後の1つの枠であるが、オレはグリムロックに準備してもらった『アレ』を装備する。ようやく調整も終わったばかりであり、実戦投入回数も少なく、使い慣れているとは言い難いが……それでも備えるに越したことは無い。

 

「行くか」

 

 あと2回勝てば良い。そうすればフェアリーダンスからの依頼は達成だ。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 準決勝がまさかのデュエルとは、ラジードも予想外であり、昨晩の連絡を受けてから準備を始めた。

 まずは武器や防具を太陽の狩猟団の工房で修理してもらい、倉庫でアイテムを整え、これまでの戦いを振り返るように素振りを行った。

 夜は興奮で熟睡できたとは言い難かったが、それでも疲れが抜ける程度にはゆっくりと休むことができた。コンディションは万全であり、モチベーションもボス戦を控えているかのように昂り、また高揚している。

 

「100ポイント先取のポイントマッチ。ラジード君も分かってると思うけど、必要以上に手札を切っちゃ駄目だからね。この大会にはクラウドアースだけじゃなくて、あらゆる勢力の目があるの。試合に張り切り過ぎて、カードを全部見せてしまったら、後々になって自分の首を絞めることになるからね」

 

 1回戦の借り物競争でラジードを認めた為か、選手控え室にまで顔を覗かせたミスティアのアドバイスに、ラジードは武者震いする右手を握りながら首を横に振った。

 

「無理だよ。全力で戦う。こんな機会はもう無いかもしれない」

 

 これまで友人として顔合わせする事はあっても、ラジードがどれだけデュエルを申し込んでも、クゥリは1度として受理しなかった。

 当然と言えば当然である。クゥリは普段から仕事で駆けずり回っている。デュエルするにしても『仕事で頼め』と一蹴されてしまった。だが、ラジードとしてはわざわざ依頼を出してデュエルをするのも気が引ける。それは友人として間違いであるとラジードの心が踏み切らせなかった。

 それに、たとえデュエルできたとしても、きっとクゥリは適当に戦って負けるくらいの意気込みしか見せないはずだ。ならば、これはまさしく千載一遇のチャンスである。

 クゥリは絶対に仕事で手を抜かない。このデュエルに本気で勝ちに来るはずだ。これを逃せば、それこそラジードにあるチャンスと言えば、クゥリと敵対して戦場で出会う事くらいであるが、それはデュエルではなく殺し合いである。

 

「だと思った。うん、ラジードくんらしいよ。でも、いつも言ってるけど、無茶だけはしないでね。たとえ、デュエルでも死ぬ確率はゼロじゃない」

 

「死なないよ。勝つのは僕だ。僕が勝つんだ」

 

 強気にラジードは言い切る。気持ちで負けていては駄目だ。胸を借りるつもりなんて弱気など論外だ。クゥリを倒し、決勝に進出するのは自分だ。この気迫無しには、本気のクゥリを引き摺り出す事など不可能だ。

 

「よくぞ言った、若人よ!」

 

 途端に控え室の扉が蹴破られ、滑り込むように入ってきたのは、SUNSUNと輝く赤い覆面を装備した、上半身裸体、短パン装備という、覆面レスラーを思わす恰好をした、1回戦で無念の敗退となった太陽マスクである。

 

「団ちょ――太陽マスクさん!? どうして!?」

 

「漢たちの意志を託した若き狼の戦だ! 激励に来るのは先達として当然の事である!」

 

「……ドアの補修費はギルド持ちにしておきます」

 

 感激するラジードの肩を叩く太陽マスクの傍らで、どんよりとした眼で爆砕された扉の破片を拾い上げてはポリゴンとなって散っていく様を見守るミスティアの抑揚のない声音が虚ろに響く。

 ダイナミックエントリーしてきた太陽マスクはアイテムストレージから記録用クリスタルを取り出す。

 

「これはプレゼントだ! ギルドのデータバンクに保存されていた【渡り鳥】の最新情報だ! 敵を知らずして戦うなど愚策の極みなり!」

 

「副団長の了承はもちろん取っていますよね?」

 

「見ろ! 注意すべきは新しいカタナの贄姫! 水銀による攻撃を知らずして跳び込めば手痛いダメージを負っていただろう! だが、水銀の刃はカタナの斬撃軌道をなぞる! つまり、回避は斬撃の『線』が拡大していると想定して行えば良い!」

 

「団長、無視しないでください。これ、副団長の了承はちゃんと取ってるんですよね!?」

 

「後はお前次第だ! さらばだ、若き狼よ!」

 

 叫ぶミスティアを完全無視して太陽マスクはクリスタルの情報を表示しながら、ラジードにアドバイスをするだけした太陽マスクは、登場した時と同じように嵐のように控え室から爆走して逃げるように去っていく。

 太陽マスクの行動は派手過ぎるが、パワフルな激励と情報はラジードの心に火をつける。闘争心は地面を割って噴き出したマグマのように煮えていた。

 

「アタシもそろそろ行くね。客席で応援しているから。頑張ってね」

 

 太陽マスクの所業から目を背けるように、ミスティアは別れを告げると、やや頬を赤らめながら、まるで祝福を施すようにそっとラジードの右頬に唇を触れさせる。

 

「ラジード君のそんな嬉しそうな顔、本当に久しぶり。ちょっと妬けちゃうかも。でも、アタシが1番なんだよね? 信じてるからね」

 

 恥じらいながら控え室から駆け足で去っていったミスティアを見送りながら、ラジードは改めて貰った情報を閲覧して整理するように瞼を閉ざす。

 敗退していった選手たちの為にも、自分を認めてくれたミスティアの為にも、優勝に到達せねばならない。その気持ちは決して嘘ではない。

 だが、ラジードもまた戦士という事だろう。今は漢たちの魂を継いで玉座で待つ過激写真集を欲するよりも、1人の戦士として白き傭兵とこれまで培った全てを使って戦えるという情熱の方が上回っている。

 

(ベヒモスさん、僕はあなたを超える……いや、超えたと信じたい。クゥリと戦えば、きっと見えるはずだ。僕が次に目指す道が……必ず!)

 

 控え室を後にしたラジードは東口ゲートから入場し、灰色の空と湿った空気を吹き飛ばす程の熱気に包まれたコロッセオに踏み出す。

 

『さーて、いよいよ注目の準決勝2組目! 太陽の狩猟団が誇る新エースの【若狼】VSサインズ独立傭兵ランク41【渡り鳥】の対決だ! おいおい、どういう事だぁ!? 先程よりも客入りがやべーぞ! どういう事だ、こりゃ!?』

 

『ラジードさんは今やDBOを代表する知名度・実力・人徳の3拍子を持つ上位プレイヤーだからね。それに【渡り鳥】の戦いを生で見る機会なんて滅多にないだろうから、興味本位で集まった人も多いんじゃないかな?』

 

『ラジむーの武器は片手剣と特大剣かぁ。対する【渡り鳥】さんはカタナと両手剣は判別できるけど、他に何を装備しているか司会席からじゃ判別できないかなぁ』

 

 司会席の3人の大音量がコロッセオを振動させているのか、それともラジード自身の震えか。

 本音を言えば恐怖心はある。ラジードが最後にクゥリの戦いをまともに見たのは病み村のクラーグ戦であるが、あの時から更に強くなっている事に疑いようはない。それはラジードも同様であるが、クゥリはどれ程の激戦を潜り抜けたかは未知数だ。

 分かっている事はただ1つ、ベヒモスが亡くなったナグナにおいて、クゥリは生きて帰ってきた。ラジードも死地を知るべくナグナを訪れたが、とてもではないが尋常と思える難易度ではなかった。

 

「こうなるとは予定外だった」

 

「僕もだよ」

 

 レフリー3人が退避して、コロッセオの中心にて、間合い5メートルほどの距離でラジードは白き傭兵と対峙する。腰に差しているのは情報通りの贄姫だ。だが、背中の両手剣は未知なる武器である。だが、クゥリが装備している以上は癖の強い武器のはずだとラジードは過去の傾向から読んでいた。

 新防具は今までの、どちらかと言えば薄汚くボロボロの装備とは違い、絢爛ではない程度に、実用性を併せ持つ程度に華やかだ。まるで傭兵に転身した貴種を思わす。

 対するラジードは革装備の防具で固めているが、籠手、脚甲、胸当ての全てがドラゴンから得られるレア素材で固めたものである。特に籠手はラジードが単身で6時間以上もかけてかくれんぼしながら討伐した【動く金脈ゴーラン】の素材から作り出したものだ。ゴーランはドラゴン系の弱点であるはずの雷属性に強く、それを反映して素材から作られた籠手の雷属性防御力も高い。また、竜の加護とも言うべきか、STRを高める効果がある。また格闘補正も高いので近接戦でも大きな役割を発揮するだろう。

 背負うのは【竜殺しイヴァの剣】だ。工房で作られたものではないドロップ品であるが、その格はUNKNOWNが所持する高名なドラゴン・クラウンと同じ、ユニークのドラゴンウェポンである。竜血騎士団の【英雄】ヨアの盟友であり、古竜山脈で亡者となっていた【竜殺し】のイヴァを倒した報酬で得られたものだ。外観は軽量級の壮麗なる銀の特大剣であるが、ドラゴンウェポンの常であるように、その真価を発揮すれば竜の暴力的側面が露となる。

 

(あの時は本当に死にかけたなぁ)

 

 ベヒモスの射撃援護、ミスティアの奇跡、サンライスの突撃、そして他多くの太陽の狩猟団の部隊を相手に、たった1人で半ば壊滅寸前まで追い込んだイヴァは人型ネームドとは思えない無双っぷりだった。死人が出なかったのはサンライスが強敵を予見して惜しみなくアイテムの持ち出しと使用を認可していたからである。20名規模で挑んだにも関わらず、戦闘終了後に五体満足だったのはサンライス1人だけだった。トドメを刺したのはラジードであるが、サンライスがイヴァを投げ飛ばしたところに、右膝から先を失っていたラジードが傍にいただけの事である。

 所有権を得られたのは特大剣使いが太陽の狩猟団でも新エースとして芽吹いていたラジード以外におらず、またラストアタックを偶然にも決めたからだ。ミュウも使いこなせるだろうと判子を押した。だが、ラジードには自分がこの剣に見合うとは到底思えなかった。

 

『見合わんと思うなら、それが鉄屑にしか思えんくらいに強くなれ』

 

 躊躇う背中を押してくれたのはベヒモスだ。結局はベヒモスが死ぬまでに使いこなす事はできなかったが、今ならば十全に操ることができる。

 

(ベヒモスさん……あなたがナグナで見た戦いを、ここで僕は垣間見たい)

 

 特大剣を抜き、ラジードは試合開始のゴングを待つ。対するクゥリは居合の構えだ。居合による水銀の刃の初撃を狙っているのだろう。もしも、情報が不足していたならば、間合いに入っていないと油断したラジードは水銀の刃で真っ二つにされる勢いで正面から受けてしまっていただろう。

 深呼吸を1つ入れて、静まり返ったコロッセオでゴングが鳴り響く。同時に2人の間にデュエル開始のシステムメッセージが表示された。

 特大剣の強みはその大火力である。また、武器としては破格のガード性能も誇り、その真価は攻防一体である。集団戦、巨大モンスター、ネームドやボス戦においてもその爆発力を発揮する特大剣であるが、その実はカタナに匹敵する程に使い手と呼ばれるプレイヤー数が少ない。

 そもそも総人口が少ないカタナ使いとは違い、≪特大剣≫を得たプレイヤー数は多い。だが、大半は≪銃器≫と同じように挫折を味わう。それは特大剣使いのお決まりの死に方が存在しているからだ。

 蔑称『ぶんぶん丸』。特大剣に振り回された戦いは、低級ステージならばなんとかなるかもしれないが、ただでさえ優秀かつ成長するDBOのAIを相手に通じるはずがなく、その火力とリーチ故に仲間との連携を阻害し、同士討ちを誘発する。また、スタミナ消費も大きく、ソードスキルも単発系が多くて連撃系も隙が大きい上に硬直時間も長い。

 タルカスはYARCA旅団などというふざけた集団を率いているが、その実はDBOでも屈指の特大剣使いであり、重量ある特大剣を≪剛力≫で片手持ちして振るうという、その実は戦士として傑物なのだ。ラジードも聖剣騎士団の研究において、タルカスの特大剣捌きは即座に参考にしたほどである。

 

「…………っ!」

 

 初撃の水銀の刃を躱し、ラジードはイヴァの剣の剣先でやや湿り始めた地面を削りながらクゥリとの距離を詰める。だが、軽量防具で固めたクゥリは即座に後ろに下がり、再度居合の構えを取る。

 再び水銀の刃だ。斬撃軌道は見えている。ラジードは身を伏せて躱し、負荷をかけた足首のギアが焼き切れる勢いで特大剣を肩で背負いながら跳ぶ。

 1度目の着地の時点で≪歩法≫のライジングラインを発動。推力維持は短いが、ラビットダッシュ以上の加速を得る。次なる水銀の刃が来るより先に間合いを詰めたラジードはクゥリへと特大剣を振り下ろす。いかにユニークウェポンであろうとカタナはカタナだ。ガード性能は曲剣にも劣る。攻撃による相殺ならまだしも、ガードに使用すれば破損は免れない。ましてや特大剣相手ならば、ガードごと打ち破って両断もあり得る。

 

(クゥリは左目が見えていない! だから、常に左側に回り込む!)

 

 卑怯とは言わない。隻眼の相手に挑むならば、当然ながらその弱点を突くべきだ。

 カタナとは攻めに回ればこれ以上とない程に強いが、守りに回ればその脆弱性が露になる、超攻撃特化の武器ジャンルだ。死が常に傍にあるDBOにおいて、武器の破損と喪失は死に直結する。故にカタナ使いの総人口は必然的に少ないのだ。

 土煙が舞い上がる中でラジードはそのままVを描くように、迫る贄姫の斬撃を弾き上げる。そして、そのままショルダータックル気味でクゥリに突っ込むも、突如としてクゥリの姿が消失する。

 これも太陽マスクから貰った情報にあった謎の加速だ。瞬間的に姿を消失する謎の移動手段である。データベースでは解析中とあったが、ミュウのメモでは『デーモンスキルの可能性あり』とあった。多種多様かつ総使用者がまだ少ないデーモンスキルの全貌は明らかになっていない。だが、瞬間移動しているわけではないのは、クゥリが移動した軌跡に銀とも金とも見紛う燐光が散っている事からも明らかだ。

 この時点で、コロッセオでクゥリの消失移動に見当をつけた人物は5人いた。そして、その内の1人にラジードもまた含まれていた。

 

(消えているわけじゃない。『隠密ボーナスが高まっている』だけだ! 隠密の看破はフォーカスロックが基本! だったら、目で追う事さえできれば……!)

 

 つまりはフォーカスロックが振り払われる加速が肝だ。ラジード自身の目が追跡できていれば、クゥリの消失移動のカラクリは解ける。

 だが、ここでラジードは悟る。クゥリの戦法の基本中の基本は相手のフォーカスロックを振り切る事にある。ましてや、視野が狭くなる接近戦において、クゥリを常に補足し続ける困難さは『死んだ者』以外に知らない。

 故にラジードは今まさに体感する。『見えているはずなのに見えない』という恐怖を味わう。

 距離を取り、再度視界に捉えなければ『死ぬ』! ぞわりと背筋を舐めた悪寒でようやく詰めた距離を自ら捨てそうになり、ラジードは歯を食いしばる。

 

(見えないなら……『見える』ようになれば良いだけだ!)

 

 特大剣は密着戦に弱い。クゥリはそれを知るからこそ、常に背後を取ろうと動き回り、ラジードに特大剣を振り回させ、スタミナ消費を強いている。恐らく、クゥリはポイント稼ぎよりもラジードのスタミナ切れによるレフリーストップを狙っているのだ。

 ふざけるな! ラジードは特大剣の突きと共に足下の土を蹴り上げる。かつてのラジードならばあり得なかった目潰しだ。だが、多くの戦いを経て、クゥリに強さを感じ、UNKNOWNの剣術に憧れを覚え、ベヒモスの死を知った。ならば、目潰し程度に何の迷いがあるだろうか。

 だが、クゥリは左手で両手剣を抜き、その斬撃で以って土煙を払い、更にはそのまま突きを繰り出す。ラジードの頬を削り取った刃は1ポイントを白き傭兵に与える。

 1ポイントの重み。それはHPが削れた死への歩み。ラジードは身震いする。死とは常に恐ろしいものだ。だからこそ、恐怖とは踏破すべき存在だ。

 土煙の真の狙いは特大剣を背負う時間を稼ぐ事だ。腰から抜いた双剣型片手剣【鈴鳴の双剣】による左右同時突きを放つ。通常の片手剣よりリーチは劣るが、軽量であり、また隠し性能を持つ鈴鳴の双剣は振るえば涼やかな鈴の音色を響かせた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

『ラジード選手の怒涛のラッシュ攻撃を軽やかに躱す躱す躱すぅ! 俺も生で見るのは初めてだが、あれが【渡り鳥】の異名を持つ大天使クゥリエル選手のバトルスタイル! そもそも攻撃を当てられない超人的回避にラジード選手はどうやって喰らい付く!?』

 

『特大剣の使い方はラジむーもかなり上手いけど、回避メインの【渡り鳥】さん相手には厳しいかもね~。そ・れ・よ・り・も! マユユン的にはあのカタナが気になるぅうう! 絶対にGRの作品だよ! あんな頭おかしい武器作るの、絶対にGRだもん!』

 

『ラジードさんも特大剣は不利と見て双剣に切り替えたようだね。だけど、リーチが無い連続攻撃では【渡り鳥】を簡単には捉えられないだろうね』

 

 もはや息ぴったりである司会席3人のコメントを耳にしながら、1回戦敗退という屈辱を味わいながらも敗北は敗北として受け入れたシノンは焼き鳥を頬張っていた。

 シノンもクゥリの戦いを見るのは久々である。太陽の狩猟団から提供される映像情報では何度となく確認しているが、シャルルの森から音沙汰が無かったクゥリの戦いは、やはり研究こそすれども見本になるようなものではない。

 

「クゥリくんの狙いはスタミナ切れだな。それが1番穏便な勝ち方ではあるが、相変わらずえげつない」

 

 シノンの左の席に腰かけるのは、同じく1回戦をまさかの生き埋めタイムアップで敗退となったスミスである。ハイライトを確認したシノンは『ゲリラ兵がいる。ゲリラ兵がいるわ!』とスミスの本気っぷりに唖然としたものである。ジークマイヤーという天然トラップさえなければ、2回戦出場はほぼ間違いなかったはずである。

 

「特大剣はスタミナ消耗が激しい。それに自分はほとんど武器を振るわずに相手に攻撃を強いて焦らし、ソードスキルを発動させようとしている。まるで蜘蛛だな。じわじわと獲物を糸で絡め捕るような嫌らしい戦い方だよ」

 

 煙草の紫煙を吐きながら、クゥリの戦いを評するスミスの言う通り、クゥリは消極的とも言う程に攻めない。攻撃過多とも言えるはずのクゥリが回避に専念している姿は一見すれば攻め続けるラジードに踏み込めないように思えるが、その実は常につかず離れずの間合いでラジードに剣を振るわせ続けているのである。

 えげつない、とは実に的を得ている。スタミナ切れになるまで空振りを続けさせるなど悪夢だ。しかも、実際に剣が届くギリギリの距離にいるのだから引き際が分からない。

 

「スミスさんならどう攻める?」

 

「中距離で連射性が高いショットガンをダブルトリガーでばら撒いて削る。ポイント制なのだろう? だったら、これが1番だ」

 

「呆れるくらいに面白味の欠片もないわね」

 

 だが、合理的ではある。ショットガンの範囲攻撃、それもダブルトリガーならば、着実に削り続けることができる。もちろん、踏み込まれるリスクも大きくなるが、スミスならば近距離でショットガンを腹にぶち込んでスタンさせたところに顔面に更にフルヒットを狙う程度は平然とやってのけるだろう。

 

「キリマンジャロくんはどうだい?」

 

 そして、今度はスミスがシノンの右隣に腰かけるキリマンジャロに問う。目元を覆い隠すサングラスと鍔付き帽子の全身真っ黒という、夏の入口が開いた6月にはあまりにも不似合いな格好であるが、彼のポリシーなのか、黒色は決して捨てない。

 

「なるべく中距離で水銀攻撃を連発させて、隙を見て踏み込んでラッシュをかけたら退却。それを繰り返すかな? でも、そもそも回避に徹したクーは簡単には斬れないよ。それこそ殺す気でかからないと絶対に無理だ」

 

「ほう。キミがそこまで言うかね?」

 

「クーはまともに攻撃を受けた時点で死ぬステータスだ。彼の本領は回避技術にあるよ。でも……」

 

 楽しそうにキリマンジャロは両足の間で組んだ手の力を少しだけ込めて、前のめりになった体を震わせる。

 

「ラジードだって負けてない。彼は強くなっている。俺と戦った時よりもずっとずっと強くなっている」

 

 それは自分もまたあの場にいてクゥリと戦いたいという剣士の性か。キリマンジャロの声音は僅かに上擦って興奮している。

 白の傭兵と『殺し合い』ではなく『デュエル』がしたい。それは、もしかしたらキリマンジャロが心の底で抱いている剣士としての願望なのかもしれない。ならば、ラジードと今すぐでも居場所を交代したいと思っているのかもしれない。

 キリマンジャロの予見通り、試合は動く。これまで振るわれる度に演奏するように音色を集めていた双剣が淡く銀色に光り始めている。まさかと思うが、聖剣騎士団やクラウドアースを始めとした、あらゆる目が潜む場所で手札を切っていくはずはないだろう、とシノンも、スミスも、あの場にいるクゥリも思ってもいなかったはずだ。

 唯一それを予想していたのはキリマンジャロだけだ。彼だけは、この戦いを動かす闘志の熱を見抜いていた。

 途端にラジードのスピードが上昇する。速度上昇のバフが付与されたようだ。あの双剣の能力だろう。

 

「攻撃回数蓄積による能力強化かな? 戦闘中の攻撃回数に応じて強化されていくタイプの能力かもしれない。クーは回避した分だけラジードを余計に強化させたんだよ」

 

 相手の策を利用し、自身の強化に繋げる。ラジードは惜しみなくカードを切って勝利を奪いに行っている。急激な加速によって回避のタイミングがズレたクゥリに双剣による十字斬りが迫るも、これをバックステップで軽やかに躱す白い傭兵の口元から微笑みは消えていない。予想できずとも対応は十分に可能だ。

 

『惜しい! ラジード選手の加速からの十字斬りはヒットならず!』

 

 悔しむバルサザールのコメントであるが、ラジードは双剣の能力を使用した攻撃を回避されたはずなのに、むしろその目で燃える戦士の炎が猛々しい。

 途端に、一瞬であるが、シノンはラジードの動きを見失う。それは白の傭兵にも匹敵する速度で、双剣を鞘に収め、背中の特大剣を抜いた踏み込み斬り。クゥリのお株を奪うような武器の高速変更だ。

 それは何百、何千といった反復練習の賜物である。彼が『誰』を目指してこの鮮やかな流れを生み出せるに至ったかなど言うまでもない。

 リーチの長い特大剣による抜剣振り下ろし。それはバックステップしたばかりのクゥリの鼻先を掠める。逆に言えば、命中はしていない。

 だが、まだ終わりではない。特大剣から突如として竜を思わす雄叫びが上がり、その銀の壮麗なる刀身に、ゴツゴツとした岩が……いや、岩の『鱗』が生み出され始めた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 イヴァの剣の隠し性能【竜剣の咆哮】。【竜殺し】のイヴァが殺したドラゴンの血を啜った銀の剣は、殺した竜の息吹を宿した。能力を発動させる事によって軽量特大剣は重量特大剣に切り替わるだけではなく、竜の咆哮を解き放つ。

 前面に放出される衝撃波はもはやドラゴンのブレスだ。前面で爆発するように炸裂し、まともに受けたクゥリが激しくバウンドして地面を滑る。

 

『す、凄まじい圧力! 司会席まで突風が来やがったぜ! ラジード選手、とんでもない奥の手を隠し持っていたぁああああ!』

 

『ドラゴンウェポンだよ! 絶対にユニークだよ! カメラさん、もっとアップで撮って、アップで!』

 

『スピードアップはこの為の布石だね。ステップで回避したばかりの所に特大剣の能力解放による正面の範囲攻撃。これは回避できないよ』

 

 ラジードに55ポイントが追加され、1ポイント差はあっさりと覆される。転がったまま起き上がる気配が無いクゥリであるが、ラジードは追撃を仕掛けない。いや、仕掛けられないのだ。

 本来【竜剣の咆哮】は剣に竜の咆哮を纏わせて衝撃弾を飛ばす技だ。だが、緊急発動で正面に咆哮を解放する事が出来る。威力は劣るが、発動速度は凄まじい。その一方でスタミナ消費と硬直時間が長く、外した時のリスクは≪特大剣≫のソードスキル以上だ。

 

(やっぱりキミは凄いよ。ギリギリで直撃から逃れるなんて……どんな『読み』をしているんだ!?)

 

 解放した【竜剣の咆哮】の攻撃範囲。透明な衝撃波は剣から正面にて球体上に形成される。クゥリはあの瞬間に先回りするような回避行動を取ったのだ。だが、僅かにラジードの発動の方が速く衝撃範囲の『外縁』に命中してしまったのである。

 削れたHPは3割程度だ。ダメージ量は半減されているので、実際には6割ほどの大ダメージを与えたことになる。だが、それは≪特大剣≫のソードスキル級の隙を生むにしては得られた取り分は少ない。

 だが、攻撃を当てた。まぐれではなく、ラジードは戦術を組み立てて、自らのカードを切り、クゥリを地面に這いつくばらせた。

 

「僕は勝つ。今は優勝なんてどうでも良い。キミに勝ちたい。それだけを願って、この場にいる」

 

 硬直時間が終わり、特大剣を軽量状態に戻す。重量モードでは機動力が落ち、クゥリに剣を届かせるのは難しいだろう。何よりも、このリードがあるならば、多少のダメージを覚悟でも攻め込んで双剣を当てていくべきと判断したからだ。

 鈴鳴の双剣は第1段階がDEX強化、第2段階が防御力強化、第3段階でSTR強化を施せる。スタミナ消費対策でラジードはスタミナ回復速度を引き上げる【緑花の指輪】を選んでいる。更にダメージを受ければ受ける程に物理と火炎属性防御力を特に高める【鉄の玉座の指輪】もある。特大剣使いとして相討ちすらも厭わない覚悟がラジードにはある。

 まだ起き上がらないクゥリに、ラジードは鈴鳴の双剣で曲を奏でるように空気を切る。

 

「僕は超える」

 

 それはいつだって胸にあった想い。

 

「ベヒモスさんを超える」

 

 それは追悼の意志。

 

「サンライス団長だって超える」

 

 それは自分を見出してくれた男への感謝。

 

「【黒の剣士】も超える」

 

 それは憧れを憧れのままでは終わらせない剣士の意地。

 

「もちろん、キミもだ!【渡り鳥】なんて悪名を吹き飛ばすくらいに超えてみせる!」

 

 何度も命を救ってくれた友への宣言は最大限の友情の証。

 故にラジードは咆える。竜の咆哮すら野良犬の唸り声にも身を堕とす程に咆える。

 

「…………そうか」

 

 ゆらりと、クゥリは上半身を起こす。その口元の微笑みは依然として消えていないが、少しだけ意味合いが違う。

 

「5秒待て」

 

 立ち上がったクゥリは会場のある1カ所へと顔を向けると小さく口を動かした。

 

 

 

 ごめんなさい。

 

 

 

 その謝罪は誰に向けたものなのか、ラジードには分からない。

 だが、赤黒い光が額から零れ落ちるそれを、右手でべっとりと染めながら前髪を掻き上げるクゥリから目が離せなかった。

 

「まずは謝罪しよう。まさか、こんなお遊びの場で、こんなにも本気で戦いを挑む馬鹿がいるなんて、思わなかったものでな。だが、認めよう。ラジード、オマエは飼い殺しにされた出荷を待つ家畜ではない。なるほどな。狼とはよくぞ言ったものだ。お前もまた捕食者の資格を持っていたとはな。だが、英雄とは大なり小なりそうなのかもしれないな。良いだろう。良いだろう良いだろう良いだろう! やはり戦士とはこうでなくては!」

 

 右手のカタナの反りで肩を、左足の爪先で地面を数度叩いたクゥリは唇をぺろりと舐める。まるで砂糖菓子を齧ったばかりの子どものように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁ、ここからは『狩り』の時間だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはラジードも初めて見る表情だった。

 普段は男性とも女性とも思えない中性美を持つはずなのに、今のクゥリは凛とした男性的な冷たい微笑みを描いている。

 瞬間に視界からクゥリが消える。消失移動による回り込みだ。ラジードは反射的に背後へと振り返り、燐光が後追いしたクゥリを発見する。だが、そこには加速の回り込みを利用した斬り込みをかける白き傭兵の姿があった。

 咄嗟に双剣を十字させてカタナの一閃を受け止める。激しい火花を散らしてラジードを押し飛ばし、そこから右手のカタナの連続突きが寸分くるわずに、心臓、喉、肝臓の順で狙いを付けて放たれる。それを双剣で弾くが、いつの間にか左手に握られていた両手剣がラジードの横腹を抉る。

 だが、ラジードは怯まない。双剣から瞬時に特大剣に切り替えの振り下ろしに繋げる。

 

「え?」

 

『は?』

 

 奇しくもラジードとバルサザールの素っ頓狂な声が重なる。いつの間にかクゥリの右手には連装銃が握られていたからだ。1拍遅れて、宙を舞う贄姫の姿を見て、カタナを放り投げて腰のホルスターから連装銃を抜いたのだとラジードは把握するも、特大剣の一閃をサイドステップで躱しながらラジードの心臓に照準を合わせた連装銃から轟音が響く。

 体を捩じり、心臓へと迫る2発の弾丸を避けようとするが間に合わずに左肩が撃ち抜かれる。その間にも既にクゥリは連装銃をホルスターに戻し、カタナを宙でキャッチして斬りかかる。銃弾の反動でよろめいたラジードに刃が迫るも、それを掲げた特大剣で防ぐが、ガードされた反動を利用してクゥリは跳び退く。

 

『なんじゃこりゃあああああ!? 武器が、え!? なんでカタナが? は? 銃は? 何処に消えた!?』

 

 慌てるバルサザールに気持ちを流されるな。仕切り直すようにラジードは深呼吸を入れる。ポイントはクゥリに18ポイントほど入った。どうやら2発の内の1発だけが左肩を撃ち抜いたようである。弾道が安定しないのが救いになったのだろう。

 3番目の武器はやはり銃だった。これも情報通りである。それを確認できただけでも良しとしよう。ラジードは特大剣でガードの構えを取りながら、クゥリの左側に回り込み、斬りかかろうとする。それをカタナを鞘に収めたクゥリは両手剣で受け流し、逆に斬りかかる。それをラジードは籠手で滑らせて防ぎ、ショルダータックルで弾き飛ばそうとするが、ステップによる高速回避をしながら、両手剣を右手持ちに切り替えたクゥリは左逆手でカタナを抜刀する。

 ラジードの横腹が斬り裂かれ、更に同時に放出された水銀の刃が追加ダメージを浴びせる。どうやら溜めが無かったので威力は低かったようだが、衝撃はカタナとは思えぬほどに重く、ラジードは飛ばされて数メートル先で着地する。

 

「左目の死角に回り込む。常套手段だ。それが最も勝率を高める。ならば、『これ』でどうだ?」

 

 カタナを持つ左手でクゥリは左目を覆う眼帯を掴み、剥ぎ取る。そこには深い青の夜に小さな星の円の輝きを淡く潜めた瞳を座する義眼があった。

 

「これで『両目』が見える」

 

 カタナを両手で持ち、ゆらりゆらりと揺れたクゥリが踏み込む。神速の袈裟斬りを特大剣で防げたのは今まで潜り抜けた死線の賜物とも言うべき反射行動だった。だが、更に見違えるほどに動きのキレが増したクゥリは密着状態に無理矢理押し込むと、ラジードの腹に膝蹴りを浴びせる。反撃で特大剣で弾き飛ばそうとするが、瞬時に屈みながら回転して足払いをしてラジードの重心を支える足首を打つ。

 倒れるな! ラジードは半ば気合と根性で足払いによる転倒を堪え、重量剣モードにしたイヴァの剣でクゥリを叩き潰そうとする。それをステップで躱しながら、クゥリは右手にカタナを持ち替えてフリーにした左手で連装銃を抜いて即座に発砲する。2発の銃弾をラジードは特大剣を盾にして防ぐ。

 

「やはり両目が見えるのは良いものだな。相手の動きが捉えやすい」

 

 明らかにバトルスタイルが変わったクゥリは右手のカタナを振るって水銀を飛散らさせる。短いステップによる回避からの強襲は、明らかに今までとは異質の、DBOにおいても稀有な戦い方だ。

 だが、捉えられる。ラジードは特大剣を肩で担ぎ、攻め込んできた時の薙ぎ払いの構えを取る。銃弾は特大剣を盾にすれば防げる。水銀の刃も見切っている。ならば、クゥリが攻め込んできた時に相討ちでも良いので強引に振り抜く!

 カウンター狙いに切り替えたラジードに、クゥリは考えるように軽く小首を傾げ、やがて頷いて、連装銃を戻すと左手でコートの裏に仕込んだナイフを取り出す。

 次々と投げられるナイフはいずれもギザギザの細かい刃を持つ。ラジードは特大剣を振るって叩き落とすも、タイミングをズラして殺到したナイフが左太腿を貫く! 

 ダメージフィードバッグが普通と違う! 強烈な不快感の発露は変わらないが、微細な鋸刃が不必要に肉を抉っているのだ。

 軌道を見切れ! 次々と放られる鋸ナイフを双剣で弾き続ける中で、再び水銀の刃が強襲する。回避が間に合わずに双剣をクロスさせてガードするも、液体であるがゆえに突破してきた刃がラジードの胸を浅く削る!

 ガードは完全に無意味ではない。多少の威力の減衰は発揮している。だが、それ以上に水銀の刃が生む衝撃こそが恐ろしい。下手に足を止めれば、連装銃で狙い撃ちにされる。

 もう1度間合いを詰める! ラジードが踏み込もうとした瞬間に、クゥリはあらぬ方向に、ラジードの右脇へと鋸ナイフを投げる。そして、まさに鋸ナイフが描く未来の軌道の先には、いつの間に投擲されたのか、上空から落下してきた手榴弾があった。

 水銀の刃はブラフ。あの瞬間に手榴弾を空に投げ飛ばすモーションを隠す為に、ラジードの意識と視線を水銀の刃に集中させたのだ。そして、手榴弾のピンを鋸ナイフが弾き飛ばし、ラジードの足元で手榴弾が跳ねた。

 巨大な爆発が引き起こされ、ラジードの全身を炎が舐める。手榴弾とは爆薬と破片の両方で殺傷する武器であるが、DBOにおいては火炎壺の上位版として認知されている。だが、この手榴弾は本来よりも火力が高い。恐らくカスタムされた特製アイテムだろう。

 爆炎でたじろぎながらも、ラジードは膝をつかずに、靡くコートを目印に突き進み、双剣を振るう。だが、顔面が突如として圧迫され、また視界が暗くなる。それが放り捨てられたコートだと知った頃には、ラジードは顎を蹴り上げられ、空中で追撃の踵落とし、落下して地面に激突してバウンドしたところに人体急所である鳩尾に容赦なく拳が突き刺さり、地面に押し込められる。

 これが現実世界ならば胃液どころか血反吐が気泡となって口内から溢れ出ていただろうダメージフィードバッグが脳をミキサーして、戦意を刈り取ろうとする。だが、不屈とも言うべき意志でラジードは体を起き上がらせながら双剣で白い影を追う。

 

「はぁ……はぁ……やっぱり、強い、なぁ!」

 

 コートを脱ぎ捨ててインナー装備を露にしたクゥリは、肩まで露出する密着性の高い黒のノースリーブ姿だ。赤いブローチは元々インナーに取り付けられたものなのだろう、胸部に残っている。左腕は二の腕まで黒い革状の帯でぐるぐる巻きにされており、右腕は軽量性が高そうな白銀の籠手が取り付けられている。

 加速したクゥリは両手剣を左手に、ラジードへと強烈な突きを繰り出す。それを横に滑るようにして跳んで躱すも、即座に切り返しながらステップで間合いを詰め、顎を蹴り上げる右足のハイキックの威力で宙を舞ったかと思えば流麗な舞踊のように、同時に獰猛なケダモノのように左足の蹴りがラジードのこめかみを襲撃する。咄嗟に腕を掲げてガードするが、そのまま騎馬戦で披露した人外染みたボディバランスで更に体を捩じって右手抜刀してラジードのガードした腕を肘から斬り飛ばそうとする。

 

「おぉおおおおお!」

 

 させるものか! 咆えながらラジードは迫るカタナの刃に対してガードする腕を僅かに動かし、籠手で受け止める。切断は免れるも籠手を突破した刃が赤黒い光を散らす。だが、攻防はまだ終わらない。無理な体勢での抜刀で背中から落下するクゥリは躊躇なく贄姫を捨てると連装銃を抜いてラジードに発砲する。下から撃ち上がった2発の弾丸はラジードが追撃をかける暇もなく、彼の右手の剣に命中して宙へと弾き飛ばす。

 背中から落下する直前に両手剣を杖代わりに地面で這わせて柔軟に着地すると、今度は前転して遠心力を追加した左手による縦回転斬りだ。その動きはもはや人外である。初撃は右に跳んで躱すも、追尾するように2回、3回、4回と縦回転斬りを繰り出したかと思えば、5回目は強引に足首を軸にした回転斬りをして大きく跳び退いていく。ガードに利用した双剣を突き抜けた衝撃がラジードを硬直させる。あの技に追撃があれば、間違いなくラジードは両断されていただろう。

 左手の剣を捨てたラジードは重量モードのイヴァの剣を構える。もはや、これ以外に頼るものはない。片手剣による速度は追い付かず、生半可な火力ではクゥリは刈り切れない。ならば、両手剣ごと弾き飛ばす特大剣の一閃しかない!

 コートを捨てて身軽になった分だけ防御力を失ったクゥリはもはや攻撃に当たる気が無いのだろう。捉えられるかどうか難しいが、それ以外に勝ち目はない。

 

「……楽しいか?」

 

 小さくだが、クゥリは微笑みながら優しくラジードに問う。あまりにも突拍子もない質問で思わず呆けながら特大剣を正眼で構えるラジードであるが、ボス戦の時よりもずっと興奮した闘志が、溢れる汗の分だけこの死闘に意味を見出している魂が、どうしようもなく心地良い。

 

「楽しいに決まってるだろう!? キミの本気をもっと見たい! こんなデュエルが楽しくないはずがない! 僕は今『生きてる』って実感しているよ!」

 

「そうか。オレも『愉しい』よ」

 

 そう言って、クゥリは左手の両手剣を捨て、右手で左手首についたピンを外す。それは黒いベルトを蠢かせた。

 

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 クゥリ君が骨針を発動させてしまった。グリムロックはいよいよ収拾がつかなくなってきたと、隣の席で頭を抱えるグリセルダに同情する。

 当初のクゥリのスタミナ切れを狙った戦い方はグリセルダの意向を最大限に酌んだものだったのだろう。だが、あの1発の攻撃がクゥリのスイッチを切り替えてしまった。今の彼は言うなれば戦闘モードだ。

 左腕の感覚を失ったクゥリは痛覚を代用する事で疑似的に感覚を取り戻している。ナグナから帰ってきてから判明したクゥリの致命的な後遺症は、これまでの無茶な戦いの代償である。何故こうなったのかまではクゥリも教えなかったが、禁じ手とも言うべき技術を彼が用いたのは間違いなく、支払った代償は決して安くなかったという事だろう。

 グリムロックにできた事は針帯を改造して、オンオフを切り替えられるようにする程度である。【骨針の黒帯】は手首のピンを外すことで結晶の刃が骨部まで伸びる。以前と同じくSTRの強化が行われるだけではなく、左腕自体の切断・破砕・貫通への耐性を高めるが、試しに使用してみたグリムロックは痛覚遮断が機能している状態でもあまりのダメージフィードバッグに悶絶して転げ回り、外した後もしばらくは脳が記憶し続けた感覚によって指先が痺れていた。

 

「なんだよ、あの動き……」

 

「人間じゃねーよ」

 

 だが、クゥリがギアを入れ始めた事以上にまずいのは、先程から周囲のギャラリーの口々から零れる恐怖の声だ。

 いかに仮想世界で身体能力が強化されているとはいえ、それを操る人間の脳が著しい進化を遂げたわけではない。結局のところは両足をしっかり地面について戦うのが基本になる。だが、クゥリの動きはもはや翼を持った猫のようなものだ。ステップによる緩急をつけた加速による攻撃と回避の両立という新スタイルも合わさり、並のプレイヤーからは『観衆』という立場から俯瞰しても追いきれない。ましてや、実際に対戦しているラジードからすれば、常に視界とフォーカスロックからクゥリを見失っているようなものだ。しかも、1度攻勢を許せば息の根を止めるまで攻撃の手は緩まない。

 

「イメージ戦略が……コツコツ積み上げた……イメージが……」

 

「グリセルダ、これは時間の問題だったんだ。早めに露呈しただけ――」

 

「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふ!」

 

 項垂れていたグリセルダを慰めようとしたグリムロックであるが、突如として笑い出したグリセルダ……いや、鬼セルダから湧き出すオーラに尻の穴がキュンと締まる。

 

「どうやら『説教』がたっぷりと必要なようね。ふふふふふふふふ!」

 

(クゥリ君……ナイスワーク!)

 

 これは間違いなく私にケツパイルの刑に違いない! グリムロックは別の意味でゾクゾクして帰宅するのが待ち遠しかった。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 ラジードは特大剣に絞ったか。あの大技はスタミナの消費が激しいだろうし、次に使えばスタミナ切れは間違いないだろう。ならば、ラジードはその一撃に渾身を込めるような博打はしない。それではオレを仕留めきれないと分かっているはずだ。

 しかし、アルトリウスの剣技はやはり負担が大きい。先ほどから頭痛が鳴り始めている。そろそろ勝負を決めるべきだろう。

 無手になったオレにラジードは警戒している。格闘戦ではオレには及ばない。剣術ならば分もあるが、敢えて両手剣とカタナを捨てたオレの意図を読み取ろうとしているのだろう。

 

「来ないなら、こっちから行くぞ」

 

 ラビットダッシュによる二段加速を惜しみなく使用し、オレはラジードの知覚を超えて一瞬で間合いを詰めて顎を打ち込もうとする。だが、さすがはラジードだ。瞬時に自ら顎を上げて拳を掠らせるに留め、後退しながら特大剣を振るったかと思えば、体重を前面にかけて瞬時に振り下ろしに派生させる。下手にバックステップで避ければ容赦ない突きをお見舞いできる。悪くない。気が遠くなる反復練習で鍛え上げられた立派な剣術だ。

 本来、特大剣を相手にする時にはその長大なリーチの内側に入らない事が最重要であり、振り終わりの隙を狙うべきだ。だが、ラジードは反動で体が少しでも振り回される事を前提としてカウンターのショルダータックルや蹴り、肘打などを組み込めるようにしている。タルカスのような突進型ではない技巧派の動きだ。

 だが、アルトリウスは特大剣すらも生易しい大剣を自在に操っていた。シャルルはあらゆる武具を十全に使いこなした。彼らには及ばない。

 だが、喰らい付ける。『アイツ』と同じで英雄になる素質がラジードにはある。

 もっと見極めねばならない。オマエこそがDBOにおける『アイツ』なのかもしれない。

 

 来たれ。

 

 来たれ来たれ。

 

 来たれ来たれ来たれ。狩人の血よ、来たれ。

 

 本能と思考の予測の世界。世界は静止したように感じるほどに、本能が収集した情報が組み立てられる。意識の内側であらゆる予測された情報が整理され、推測され、選択肢として並列化される。

 特大剣による左右の2連斬り。そこから右肩のショルダータックルからの豪快な振り上げ。溜めを入れての振り下ろし。いずれも予測の範疇だ。カウンターで振り下ろしに合わせて喉を突き、怯ませたところに連装銃を抜く。射線から逃れようとするが、即座に銃身を握り、ラジードが回避行動した『無駄』を利用して1歩分だけ余分に距離を詰める。

 

「がっ!?」

 

 グリップによる額の強打。そこから即座に鼻を打ち抜く。特大剣の弱点は密着戦だ。特に重量形態では片手持ちは不可能だろう。そもそもラジードは≪剛力≫を取っていないはずだ。片手持ちができない分だけ応用が利かなくなる。

 特大剣の『面』を利用した殴りつけ。これも予測できている。棒高跳びのようにふわりと跳び、叩きつけを跳び超えて、右手で地面を掴む。

 

「…………」

 

 これで『良い』。仕込みは終わりだ。少しだけ肘を曲げたバネで跳んで距離を取る。

 スタミナにはまだまだ余裕がある。古狼の牙の首飾りの能力は『スタミナ回復速度の飛躍的上昇』と『ソードスキルによるスタミナ消費量の減少』だ。アルトリウスの遺志を継いだ古き狼の牙は、深淵狩りの剣技を成す為に必要不可欠だった無尽蔵なスタミナを所有者に宿す。

 これによって、オレのネックだった激しい動きに比例したスタミナ消耗は抑えられるようになり、継戦能力は大幅に上昇した。だが、古狼の牙の首飾りの真価は別にある。できれば披露したいのだが、そのチャンスは無さそうだ。

 ラジードの雰囲気が変質する。その面構えまさしく狼の名に相応しい、理知的でありながらも獰猛な戦士の眼差しだ。少しだけオレはアルトリウスと同じものを見出せた気がしてくすぐったくなる。

 特大剣を肩で背負った前傾姿勢での突進。ステップで回り込むか? いや、それはラジードの思う壺だろう。

 勝つ為にばら撒いた種は『3つ』。いずれの手段でもラジードを潰せる。だが、オレは敢えて自分にとってデメリットある方法を選ぶことにした。この戦いを見ているだろう『アイツ』には丁度良いメッセージになるだろう。それに何よりラジードの本気を存分に味わいたい。

 ソードスキルの赤い光。それは炎となり、ラジードの特大剣を包み込む。やはり、最後に切ったのは捨て身のEXソードスキルか。炎を纏った回転斬りは拳打によるカウンターを差し込む隙間はない。確かに凶悪なEXソードスキルだ。

 さぁ、お披露目の時間だ。

 

 新暗器【パラサイト・イヴ】、発動。

 

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

 炎の独楽と化したラジードのソードスキルの斬撃。それに応じるように、クゥリは左手を前に突き出す。その動作が何を意味するのかをラジードは推測するより先に、ソードスキルの発動によりシステムによって運動が決定され、回避行動がとれない彼の足下で何かが蠢いた。

 それは赤黒い、まるで静脈の血を思わすような、どす黒い赤の水たまり。いつの間にか生まれた血溜まりは巨大な顎を持つ液状のケダモノの顎となる。何対か数えるのも億劫になるほどの複数の赤い目をもった半液状のケダモノはラジードに喰らい付く。

 幸いにも喰い千切られることはなかったが、蓄積したレベル3の毒によってラジードのHPは削れ始める。そうでなくともダメージは大きく、レフリーが笛を鳴らして2人を取り囲んでこれ以上の戦闘続行を停止させる。

 

「……僕の、負け、か」

 

 解毒薬を飲まされながら、ラジードは膝をついて、大画面に表示された勝敗を確認する。そこには大きな文字でラジードの敗退が記されていた。

 いや、本当はとっくに勝負はついていた。最後の攻撃がヒットするより前にクゥリのポイントは100に到達している。それに気づかない程に、クゥリもラジードもデュエルに……いや、この死闘にのめり込んでいたのだ。

 だが、恐怖に呑まれない。イメージはできたのだ。今まで絶対に、夢でも描くことができなかった、クゥリに刃が届くイメージが確かに朧ではあるが、形を成したのだ。

 

「次は……絶対に勝つ! だから、また僕とデュエル……して、くれるかい?」

 

 片膝をついたままのラジードは恥ずかしそうに右手を差し出すと、クゥリは少しだけ意外そうな顔をして、嬉しそうにその手を握って彼を立ち上がらせる。

 

「少しくらいなら」

 

「言質取ったからね? 約束だ」

 

 凍えきった観衆を置き去りにして、2人は笑い合う。他者の目などどうでも良い。この戦いにはそれだけの価値があったのだ。

 ラジードはようやくベヒモスが死地で見ていた光景にたどり着いたと今にも雨で濡れそうな灰色の空を見上げる。

 

(まずはデーモンスキルを使いこなすところから始めないと。やることは山積みだな)

 

 だが、やれる事が残されているという事は、それだけ強くなれる余地も多いという事だ。

 明日からまた鍛錬の日々だ。レベリングをして、武器の選別をやり直し、新しい戦い方を模索せねばならない。今までの自分に固執していたら成長はない。

 

「あ、そういえば!」

 

 去り際にラジードは思い出したように、疲れ切った体をフラフラさせながら振り返る。

 

「写真集……燃やさないでくれよ! 僕たち、友達だろう!?」

 

「燃やす」

 

 絶対零度の微笑みでクゥリに即答され、ラジードはがくりと項垂れた。もはやパッチにしか託すしかない漢たちの夢。その行方はどうなるのだろうか。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

『これが! これがランク41! これが【渡り鳥】! 決勝進出を成し遂げたのは大天使クゥリエル! いや、死天使クゥリエルだぁああああ!』

 

『最後の武器は何なの!? マユユン的にも驚愕なんですけど! GRさんに説明を要求します!』

 

『それ以上に恐ろしいのは、【渡り鳥】の左目が回復していた点だね。多くのギルドは彼の情報の更新に追われる事になるよ』

 

 司会3人のコメントを心地よく耳にしながら、拳を鳴らすグリセルダを右隣に、コーラ入りアルコールをストローで飲むヨルコを左隣に、グリムロックはまさかパラサイト・イヴまで公開するとは思わなかったとダラダラと汗を垂らしていた。

 パラサイト・イヴの核を成しているのは感染源のソウルだ。この暗器はプレイヤーの体内に装備され、外観からは完全に隠蔽できる。使用方法は複数あり、いずれも癖はあるが、総じて言えるのは『血』をモチーフにした能力を発動できる点である。

 今回、クゥリが発動させたのはトラップ能力だ。手で接触した任意の場所に『仕込み』をすることができ、好きな時に発動して血のケダモノの大顎を生み出せる。トラップ仕込みはスタミナの消費が激し過ぎるのは難点であるが、暗器の特徴であるデバフ蓄積能力は凄まじく、火力も暗器としては恐ろしいほどに高い。フルヒットすれば、デバフ+大ダメージが狙える。ただし、やはり発動速度がネックであるので、今回の使用のようにソードスキルに対するカウンター、あるいは誘導して一網打尽といった『トラップ』として有効だ。

 今回の場合は手で着地した瞬間に仕込みを済ませたのだろう。察知されずに仕込めるのはパラサイト・イヴの強みであるが、罠感知の類で見破られてしまうのが難点である。≪罠作成≫無しで作れる暗器トラップと思えば、それだけでも破格であるが、トラップ判定を受けているのはやはり手痛いというのがグリムロックの不満点だ。

 だが、パラサイト・イヴの能力はこれが全てではない。贄姫と並ぶ傑作と呼ぶに相応しく、大いに扱いには難があるにしても、使いこなせばクゥリの戦闘能力は更に跳ね上がると確信している。最大の問題点は発動時の外観がどう足掻いても悪役である点だろう。

 

(パラサイト・イヴは『あちら』が本命とはいえ、仕込みトラップは知らない相手ならば確実に葬り去れる、まさしく暗器なんだけどね。クゥリ君がここで明かしたのは、単純に熱くなり過ぎたからかな? それとも、何か狙いがあって? 私には読み切れないか)

 

 それに手札は晒したが、アビス・イーターの変形機構は温存してあるし、最強の切り札であるナグナの赤ブローチの秘密も守られた。前者はともかく、後者は公開していれば言い訳無用で鬼セルダが魔王・鬼セルダに変貌していただろう。結果的に見れば、公開された情報の分だけ混乱を招いたと言える。【渡り鳥】の実力が衰えたのではないかと考えていた面々にも丁度良いデモンストレーションになっただろう。結果としてイメージ戦略はプラスに転じようしていたのが、またもマイナスに下落したようであるが。

 だが、1度戦いを披露した程度で崩れる砂上の楼閣であるならば意味はないとグリムロックは考える。そして、この戦いを見ていた有力プレイヤー達は決して侮れない相手としてクゥリを改めて認識するだろう。

 圧倒的実力差を示して暗殺なんて真似をすればどうなるのかを知らしめる。結局はこれが根本的な解決案だったのかもしれない。いよいよ火山噴火前のグリセルダを真横に、グリムロックはカタカタと歯を震わせた。

 

 

▽   ▽   ▽

 

 

(想定通り。圧倒的想定通り! うへへへ、【渡り鳥】の旦那が勝つのは読めていた!)

 

 決勝戦の相手は【渡り鳥】であるというのに、パッチの顔に怯えはない。むしろ、準決勝のトーナメント表を見た時点でこの結果に至るのは想定内だった。

 真改の攻略法は分かり切っていた。サムライ野郎には正面から戦っても……いや、準決勝に進んだ他3人のいずれとも戦闘ならばパッチに勝機はない。ならば、パッチは自分らしく卑劣と言われようとも勝ちを奪い取りに行く。

 万が一に備えてラジード対策も準備していたが、やはり本命は【渡り鳥】だ。パッチはアイテムストレージから試合に使用する、【渡り鳥】をフィールドアウト……もとい棄権させる為の策を取り出す。

 それは盗撮写真! パッチが集めに集めた【渡り鳥】の写真の数々である! そして、これらのフォトデータを保管したクリスタルは、まさに決勝戦のタイミングで拡散される手筈が整っている。

 何を隠そう、このパッチこそがタルカスを始めとした、【渡り鳥】の『あの写真』の保持者なのである! 彼は大会が始まった時点から写真集を入手する方法を念入りに組み立てていた! 自分が敗退した場合に備えて、有力プレイヤーが参加する事を見切って『あの写真』の噂を流したのである。

 

(へへへ。まさか、こんな写真が役立つことになるとはねぇ)

 

 パッチにとって【渡り鳥】は高値で情報を買ってくれるお客様だ。その受け渡しは各所で行われる。この写真は女装疑惑が湧き、新生YARCA旅団が暗躍し始めた頃に、いずれ金になると思って隠し撮りしたものだ。

 

「あひゃひゃひゃ! 悪く思わないでくれよ、旦那ぁ!」

 

 この写真は死んでも【渡り鳥】は見られたくないはずだ。これが流出するくらいならばパッチの要求を呑んで棄権を選ぶだろう。パッチは優勝を得たと確信して高笑いしそうになる。

 

 だからだろう。この場において慢心は仕方なかった。

 

 故にパッチは気づけなかった。

 

 控え室の扉がゆっくりと開き、地獄の使徒が悪夢を滴らせる音と共に彼の背後に忍び寄っている事に気づかなかった。

 

 

 

 

 

「ほうほう。我が聖女を穢していた蛆はあなたですか。灰より出でる神は告げています。『死刑』と。アンバサ」

 

「待ちなさい。【渡り鳥】きゅんのお風呂盗撮写真をばら撒こうとした罪は大会主催者のクラウドアースが裁くべきよ。よって専属傭兵のあたしが写真も含めて身柄を拘束するわ!」

 

「勝手な事は言わないで貰える? ボクはドラム缶に詰めて生き埋めにする土地まで確保済みなんだけど? まぁ、とりあえずは12時間ナメクジコースいってみよー♪」

 

 

 

 

 再起不能の黒鉄の騎士を除く3人の死徒の声に振り返った時は既に遅し。パッチは悲鳴を上げる暇もなかった。

 

「そうですね。では然るべき手法で情報を引き出した後は『3分割』でいかがでしょうか?」

 

「意義ないわ」

 

「同じく。さすがは聖職者だね。平等は大切だよね」

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

『えー、パッチ選手の棄権により、優勝は死天使クゥリエル……ってどうしてこうなった!? ドラマを見せてくれよ、【ハイエナ】ぁ! 気持ちは分かるけど敵前逃亡は大会的に無しだろうが!』

 

『やっぱりパッチさんはごーとぅへーる!』

 

『あははは。この大会らしい、締まらない終わり方で良いんじゃないかな。うん……そうさ……じょ、じょじょじょ、女性プレイヤーの為にも、あんな、写真集はもももももも、もや、燃やす、べき……なん、だ!』

 

 ブチギレのバルサザール。笑顔で中指を立てるマユ。何故か目が死んだディアベルの目の前で、数多の男性プレイヤー達の阿鼻叫喚と女性プレイヤーたちの勝利のガッツポーズの中で、オレは過激写真集に油をかけてライターで火をともした。遅れてきたようにポツポツと雨は降り始める頃にセサルの面白味も無い閉会の言葉と共に祭りは終わりを告げる。

 グリセルダさんからは明日の早朝に黄金林檎の工房に来るようにフレンドメールが届いていた。さすがにデュエルの件は言い繕う事もできない。パラサイト・イヴは外観的にも完全に悪役装備だ。個人的には重量も無い上に隠せるから気に入っているのだが、如何し難い程に使い勝手が悪い。特に仕込みトラップはスタミナの消耗が激し過ぎる。狼の首飾りが無ければ戦闘中での使用は絶望的だろうし、それでも連用すれば簡単にスタミナが枯渇してしまう。今のオレでは1回の戦闘に使えて2回といったところか。

 やはりパラサイト・イヴは『あれ』をメインにした運用になるだろうか? ともかく火力増強の為にもいい加減に≪暗器≫スキルは持つべきかもしれない。ステータスボーナスが乗る攻撃と乗らない攻撃とでは、クリティカル部位への攻撃力を高める暗器の必殺性が大幅に変わる。

 ダメージ半減のデュエルルールとはいえ、直撃のフルヒットでラジードを『殺しきれなかった』。近接型プレイヤーを一撃で葬る威力こそ切り札になる。腕が千切れようと足がもげようともHPが1でも残れば生存されてしまう。それでは意味が無い。

 無いものねだりに過ぎないか。今後もグリムロックには武器開発を進めてもらわないといけないな。

 

「さーさー! ランク41もガンガン飲みましょーよー!」

 

 さて、現実逃避もいい加減に止めよう。

 どうしてこうなった!? 大宴会が催されて、酔いの回った阿呆共が騒ぎに騒ぎ、あらゆる酒のニオイがミックスされて空気を視覚化したら虹色になるのではないかと思う程に、混沌とした様相のワンモアタイムにて、オレは顔面を覆ってすすり泣きたくなる。

 ラジードのデュエルでオレのイメージ戦略はお流れになる事くらいは予想していた。あそこは大人しく敗退すべきだった。だから、いつもと同じパターンでオンリーロンリーで帰還してリーファちゃんに依頼達成の旨のメールを送って今日は終わりのはずだったのに、何がどうしてこうなった!?

 元凶は今まさにテーブルの上で赤褌1枚になって、演目『白鳥の湖』のバレエを披露している騎士気取り傭兵のせいである。

 

『優勝おめでとうございます! 写真集を拝めなかったのは一生の不覚ですが、優勝者を労うのも騎士の役目! 同じく、敗者を癒すのも騎士の宿命! というわけで、あなたの優勝お祝いパーティを催しました! 選手は全員参加です! もちろん、私が全額経費を持ちますよ! 騎士として! 騎 士 と し て ! 騎 士 と し て !』

 

 強制連行させられてワンモアタイムのドアを開けてみれば、グローリー曰く主賓のオレを完全に無視して宴会は大盛り上がりである。選手どころか関係者もそうでない者も集まりまくって、何が何だか分からない状態だ。辛うじて踏み躙られて壁に追いやられたオレの優勝を祝う垂れ幕だけが発見できたが、オレが手に取った瞬間に耐久度が亡くなって砕け散った。

 

「師匠! やりますよ! 今こそコンビネーション発揮の時です!」

 

「ええ、やりましょう! 歌うのはマユユンのサードシングル!『私の彼は無双プレイヤー』!」

 

 グローリーをジャンピングキックで蹴飛ばして、ビール瓶をマイクの代用にした、敢えて正体にはツッコミを入れないでおく事にしたドラゴンライダーガールさんとミスティアが熱唱を始める。

 

「来週末にコンサートを開く。オレが命じる。この最前席予約チケットを持って見に来い!」

 

「おことりゃりです! あにゃたは本当にしぇいちょうしない男ですね! にゃきらめの悪い男は趣味ではありましぇん!」

 

 カウンター席では大ジョッキを煽るユージーンが、もはや呂律が回っていない程に酒を飲んだサクヤを口説き落とそうとしているが、たとえ泥酔していても成功しそうにないのは気のせいではないだろう。というより、ユージーンの妙な強気な笑みを見るに、無理に口説いて断られるという関係を楽しんでいるようにも思えなくもない。まぁ、その辺は本人たちの胸の内の秘密といったところか。

 

「それで、隊長は私を何処に連れて行ってくれるのですか?」

 

「何処にでも。お前が望む場所ならば、何処にでも連れて行こう」

 

 そして、隅っこでワイングラスを傾けて乾杯しているアーロン騎士長装備とメイドさんの甘々空間を破壊してはいけない。何やらその隣でタマネギ騎士が悪ノリした連中によってヘッドスピンをしているようだが、あと数十秒ほど後に2人にタマネギさんが激突していかなる悲劇が生まれるとしても、オレは何も見なかったことにして無視する。

 

「結果こそが全てと人は言うが、俺は否と答えよう! お前たちの人生はまだまだ続くのだ! ならば、限界は程遠く、受け継いだ魂も焼け落ちてなどいない! 今もお前たちの中で燻ぶっているならば、敗北を忘れず、明日の一等星を探すのだ! それが漢の道だ!」

 

「はい、団ちょ――じゃなくて、太陽マスクさん!」

 

「感激ッス! 太陽マスクの兄貴ぃ!」

 

 そして、男泣きするRDと清々しく拳を握って決意を新たにするラジードの肩をつかみ、電球を太陽代わりにして咆える太陽マスクは本当に元気が溢れていると思う。ラジードも前進して成長してくれそうだが、太陽マスクが変な方向に導かない事を祈るばかりだ。まぁ、もう無理そうだが。

 

「ねーねー、シノのん! 次はロケットパンチ! ロケットパンチを組み込もうよぉ! 外れたら人生即終了だけど、一撃必殺を体現するロケットパンチ! 浪漫だよね☆」

 

「人の命を何だと思ってるのよ!? ロケットパンチなんてふざけた事言ってるんじゃないわ! そんなものを作るくらいなら……シャイニン○フィンガーの実装が先でしょう!?」

 

 次なる義手の運命が決まったらしい、浪漫溢れた武装談義をしているシノンとマユであるが、後者はともかく、前者は明日になってアルコールが抜け始めた二日酔いの頃に、今の発言を壮絶に後悔するのだろうな。酔った勢いで金がアホみたいにかかる事にゴーサインを出してはいけない。

 

「騒音」

 

「こんな馬鹿騒ぎが出来るのも生きているからこそと思うがね。宴の一夜など陽炎に見る刹那の幻だ。だからこそ楽しまねば損というものさ」

 

 豪雨の窓の外を眺めながら、真改とスミスは静かに杯を交わしている。大人の男の世界といった感じで混ざりたいのであるが、オレはまだあの空間に馴染むにはガキ過ぎるようだ。

 

「巨乳レッド! エイミー! あなたを悩殺ドキュンドキュン♪」

 

「巨乳ブルー! ルシア! 残念だけど、この胸はスミスさん専用なの」

 

「きょ、巨乳イエロー! ヘカテ! や、ややや、やっぱり恥ずかしいですよ、こんなのぉ!」

 

「おい、お前ら全員並べ。首刎ねてやるわ」

 

 罰ゲームなのか、サインズ受付嬢の2人+エイミーがセクシーポーズを取り、その脇で1人だけ残念な胸だけど歌姫なラビズリンが静かにキレている。やはり、巨と貧は分かり合えることはないと言うのか。

 

「フッ! なるほどな! 虎丸、お前の言った通りだったぜ! 貧乳がいるからこそ巨乳は映える!」

 

「そして、巨乳がいるからこそ貧乳は輝く! 古き時代より続く陰陽の関係とはまさにこの事さ!」

 

 だが、竜虎コンビは互いの溝を埋め合い、相互理解に至った。ならば、いずれ巨と貧の不毛なる争いは過去の笑い話となる日が来る……のかもしれない。

 

「はいはーい! これが隔週サインズに収録予定の前売り写真だ! いずれもバトル・オブ・アリーナの出場選手の激レアばかり! 全て1品ものだ! もちろん! このオークションの司会もバルサザール様がお送りするぜ!」

 

「フッ。あの写真集は『彼』に託したものだ。燃え尽きるのが運命だったんだ。俺の変態写真道に終わりはない。だから、この写真を買えぇええええ! 俺が! 俺が犠牲になっている内にぃいいい! ぐほぉ!?」

 

 女性プレイヤーにボコボコにされるブギーマンの捨て身のガードの向こう側で、バルサザール進行の下で本大会中に撮影された写真のオークションが始まったようだ。1番人気は誰なのだろうかと気になるのだが、オレが覗こうとする度に全力でガードされてしまう。どんな写真が取引されているのやら。

 

「諸君、新生YARCA旅団の方向性だが、今後は孤児の保護と養育をメインにした慈善活動を主軸に、最前線攻略と共に中級プレイヤーの死者減少を目指す無償情報提供団体の設立を教会と共に目指そうと思っているのだが」

 

「このエドガーも大賛成です。さぁ、新生YARCA旅団の皆さま! このエドガーと共に、このDBOに救いをもたらしましょう!」

 

『正気を取り戻してください、旅団ちょぉおおおおおう!』

 

 いつになく、クリーンな風を纏ったタルカスがエドガーと共に新生YARCA旅団の運営方針の大々的発表を行っている。それに叫ぶ新生YARCA旅団の面々には悪いが、今のタルカスは不思議なくらいに安全な気がする。そして、何故かどうしようもなく気持ち悪い。

 まったく、主賓など何処にもいない、ただの宴会だ。馬鹿騒ぎだ。飲んで食べて歌って踊って笑って……明日に何があるのかと忘れたい、そんな夢を見たいだけではないか。

 

「でも、嫌いじゃないよね?」

 

 林檎酒が注がれた木製ジョッキを手に、ユウキは解いた黒紫の髪を翻しながらオレに乾杯を求める。相変わらずのメイド服姿であるが、少し酔っているのか、表情は弛んでいるし、顔も火照っているようである。

 

「人の心を読むな。それよりも、そのメイド服について説明を100文字以内で」

 

「メイドさんに転職しました! あ、100文字も要らなかったね、HAHAHA!」

 

「その笑いはオレの持ちネタだ」

 

 すっかり酔いが回っているらしいユウキはおぼつかない足取りで、オレに何度も乾杯をしては、顎から林檎酒が垂れる程にジョッキを大きく傾ける。薄い黄色の液体が喉を伝って胸元を濡らす姿に、男たちがごくりと喉を鳴らしたのを見て、オレの頭の芯で何かが火花を散らす。

 ユウキの手を引っ張り、料理と酒の準備で追われるアイラさん達に会釈してカウンターの裏に入ると、ビールが詰まった樽の上にユウキを座らせる。

 

「飲み過ぎだ。明日が辛いぞ?」

 

「明日? 明日っていつ? 明日なんて何処にもないよ! ボクたちは『今』を精一杯生きるしかないんだよ! それの何が悪いんだー! 誰が悪いんだー!? 神様が悪いんだー! 神様の間違いを証明するぞー! おー!」

 

 駄目だ。完全に酔っぱらっている。話に脈絡が感じられない。ジタバタ暴れるユウキはジョッキが空になるまで林檎酒を喉を鳴らして飲むと、にへらと笑ってオレの腰に抱きついて頬擦りする。

 

「『ボクの』クーだもんね~♪ ねーねー、クーはおっぱい大きい女の子と成長性1パーセント未満のぺったん娘、どっちが好き?」

 

「水を持ってくる」

 

 ユウキも飲む時は飲む方だが、ここまで酔っているのは久しぶりに見たな。溜め息を吐いて離れようとすると、ユウキがオレの袖をつかんで首を横に振る。

 放せと引き離そうとするが、ユウキの両目は涙で濡れている。これだから酔っぱらいは情緒不安定で困る。

 

「何処にもいかないで。『また』ボクを独りにするの? 姉ちゃんみたいに……『みんな』みたいに置いていくの? ヤダ。嫌だ嫌だ嫌だぁ! 独りにしないで! もう真っ暗は嫌だよぉ!」

 

「…………」

 

「ねぇ、『ボク』を見て。ボク、絶対に忘れないから。クーを忘れないよ? ボク『だけ』が憶えているから。何処にもいかないで」

 

「何処にもいかない。だから泣くな」

 

 ……これだから酔っぱらいは、本当に嫌いなんだ。

 願わくば、『明日』のユウキが全てを忘れている事を願っておこう。子どもみたいに泣いて縋り付くユウキに胸を貸して、頭を撫でてあげると、彼女は嬉しそうに猫のようにゴロゴロとオレの服をつかんで顔をゴシゴシと、まるでニオイ付けでもするように体を押し付けてくる。

 こんなユウキは初めてだ。思えば、オレは彼女に甘えてばかりだった気がする。ユウキだっていつも笑顔でいられる程に強くないはずだ。その胸には、歪んでしまった彼女の心には何重にも覆い被さった過去があるのかもしれない。

 何も知らないのはお互い様だ。オレも、ユウキも、結局は互いの禁忌に踏み入っていない。踏み入らせたくない。

 

「……ねぇ、あの金髪巨乳の事が好きなの?」

 

「は?」

 

「ボク、応援するよ。あの子とクーならきっとお似合いだよ。クーの好みっぽいし、フラれてもリトライだよ! ほら、悪い人に絡まれてるところを救って好感度高めようよ! ボクが悪党役準備するから! だって、犯罪ギルドだから適役でしょ!?」

 

「今はメイドだろ?」

 

 そうだった、と顔全体で表現して頭を抱えるユウキさんはアルコールのせいでお馬鹿が200割増量中なのかもしれない。メイドだろうと所属は変わらないだろうに。メイドになった経緯は分からないが、どうせセサルの企みを探ろうというチェーングレイヴの目論見があるからに決まっているだろうに。そうだよな? そうに……決まっているよな? そうに決まっていると思いたい。

 しかし、金髪巨乳の子か。リーファちゃんの事だろうが、何をどう思って好きと勘違いしたのだろうか? 確かに恋人になりたいとジョーク気味に交わすのはオレとリーファちゃんのコミュニケーションみたいなものであるが、それを本気に取られたのだろうか。

 

「ユウキ、ちょっと来い」

 

 オレはいよいよ1人では立っていられないらしいユウキを招いて、宴会がカオス空間を作り出すワンモアタイムの店内の1カ所を指差す。それは仮面の傭兵がラジードやRDと敗者の盃と再起の誓いをしている風景だ。小首を傾げるユウキであるが、オレが指差すのは彼らの更に向こう側……≪気配遮断≫も含めて隠密ボーナスフル強化装備で、余程の注意深さと『いるはずだ』という思い込みがなければ発見できないだろう、2階に続く階段の影で息荒くする金髪ポニーテールの彼女である。

 

「ハァ……ハァ……お兄ちゃん。お兄ちゃぁあああああん!」

 

 一瞬で何かを悟ったらしいユウキは、何故か目を輝かせて仲間を見つけたような顔をしたのはどうしてだろうか。深く追及してはいけない気がする。

 

「そういう事です」

 

「そういう事だったんだね。よ、良かったぁあああ! そうだよね! あんな可愛い子がクーと結ばれるなんて間違っているよ! それこそ神様の大間違いだよ!」

 

 最高の笑顔で最悪な発言をするユウキは本当に天晴なヤツだと思う。本当に酔っているって免罪符だよな。もしも素面だったら、今すぐブレーキ壊して今すぐにでも彼女の首に怒りの実力行使をしてやれたものを。本当に惜しいな。

 

「少し寝ろ。これ以上飲んだら、本当に明日は死ぬぞ?」

 

「まだ飲むー!」

 

「いい加減にしておけ。ほら、コレあげるから」

 

 アイテムストレージから風鈴を取り出してユウキに渡すと、彼女はきょとんとして、息を吹きかけて赤い金魚が描かれた風鈴を鳴らす。涼やかな音色に頬を綻ばせたのを見るに、どうやら喜んでもらえたようだ。

 

「ねぇ、今夜だけは『勘違い』しちゃっても良いよね? クーが悪いんだからね? 女の子にプレゼントしちゃって、その気にさせちゃって、だから、クーが悪いんだからね?」

 

「はいはい。オレが悪いに――」

 

 途端にユウキの体が浮き上がって、その唇がオレの左頬に触れる。その柔らかな感触に、オレが茫然としていると、ユウキは悪戯が成功したように、酒で真っ赤になった顔で風鈴を右手に持ちながら笑ったかと思えば、ぐらりと後頭部から床に倒れる。危うく転倒前に体を支えたが、目はぐるぐる状態になって、もう覚醒する様子はない。

 本当に……これだから、酔っぱらいは。何を勘違いしたのか知らないが、『勘違い』しそうなのはこっちの方だ。

 

「そうだな。『今』を生きる事。『明日』なんて、『今』が続いた先の結果に過ぎないのかもしれない」

 

 お返しだよ。ユウキの額に軽くキスをして、オレも大概に酔っているなと溶けそうな程に熱が籠った頬を撫でながら、ユウキを樽の向こう側に隠すように寝かせてコートをかける。仮想世界で風邪を引くことは無いだろうが、気分の問題だ。

 オレは暴れ放題の宴の中で、1人分の影がいなくなっている事に気づき、本能に誘われるままに2階へと……終わりつつある街が眺められるベランダに向かう。昼間のカフェで利用できるスペースは今や片づけられ、上がったばかりの雨で滴っている。

 厚い雲の狭間から月光と星夜が眺められる、ほんの数分間だろう。オレは月を見上げる仮面の傭兵の隣に立ち、彼が持っていたビール瓶の1本を拝借する。

 

「今は何も聞かない。聞いて欲しくもないだろう?」

 

「…………」

 

「その仮面を剥ぐまでは、オマエは『誰でもない』さ。だから覚悟しておけ。必ず、その仮面を砕いてやる」

 

「…………待っているよ」

 

 少しだけ声が笑った仮面の傭兵と瓶を重ね合い、オレ達は月見酒に興じる。

 こんな宴の夜が永遠に続けば良いとは思えない。明けない夜はないのだから。

 

「一夜の夢……か」

 

 それで良いんだ。それが良いんだ。

 月は雨雲に隠れ、世界は再び濡れる。オレと仮面の傭兵は雷鳴から逃げるように、宴の混沌に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 なお、翌日にパッチが終わりつつある街の開発中のエリアで土砂に埋もれたドラム缶より発見された。何が起こったのか、彼は決して口を開かなかった。




これにて限界突破のお祭りエピソードは終わりとなります。
次はレポートと現実世界編を挟んで、妖精王編もといアスナ編となります。


今回のエピソードでの教訓
・1話に詰め込んで文字数を増やし過ぎない方が良いと切に実感しました。

それでは233話でまた会いましょう!

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