SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

237 / 356
前回のあらすじ

後継者君の悪意ある人選。




Episode18-03 妖精の国を目指して

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 想像以上にこれは気まずいな。

 親睦を深める必要性も無く、また互いを信頼して連携を取る必要も無い代わりに『個々の戦力』という点では問題点はないだろうパーティであるが、最低限の意思疎通は成立させねばならないと思い、<黄昏の港町ノスティンフォルンの記録>にある酒場の1席にて、オレ、PoH、ザクロは表面が擦れた木製の円テーブルを囲んでいた。

 ノスティンフォルンの記録は巨大な港町であり、海岸線に沿った街並みと入り江、海底洞窟ダンジョン、そして深い霧に包まれた山々という、古き良きファンタジーの情緒と人の時代らしく近代進歩を感じさせる良質なステージだ。

 ただし、出現するモンスターはゴースト系・獣系・魚貝類系であり、特に厄介なのが【ノスティンフォルンの人狼】と呼ばれるモンスターだ。理性の無い、血のような赤い毛に覆われた人狼は苛烈な攻撃、レベル2の毒を蓄積させる爪、出血・欠損率が高い噛みつき攻撃を保有する。素早い動きと高い隠密ボーナスを持つ。他にもアンモナイト人のような【滴る者】はレベル2の麻痺を蓄積させる触手攻撃と高い貫通性能を誇る銛で攻撃してくる上に、殻に籠れば物理も魔法も大幅に軽減できるという面倒な雑魚である。

 だが、序盤ステージであり、レベル80にも迫るオレならば、余程の事が無い限りは後れを取る事など無い。とはいえ、麻痺になればタコ殴りにされて殺されるし、毒のスリップダメージは侮れない。そうでなくとも、レベルが高いから大丈夫とソロで特攻して囲まれて連続スタンのまま反抗できずに殺されるという事例も確認されている。要はレベルとはあくまで生存率の目安と捉えるべきだ。

 NPCが運んできた貝柱の串焼きのようなものが皿に盛られてテーブルの中心に置かれ、ビール、炭酸水、絶対に葡萄酒じゃないだろう煮え滾った紫色の液体が運ばれてくる。ちなみにオレは炭酸水であり、PoHがビール、ザクロが紫色の液体である。

 味覚が弱まっているオレの食事の楽しみは見た目とニオイだ。串焼きから香るのは港町らしい新鮮さが売りの塩焼きである。以前は何気なく食べにくる程度だったが、それ程までに美味しかった記憶はない。だが、こうして味覚を失いつつあるからこそ、食を楽しむという事がいかに人間文化の素晴らしさの大部分を占めていたかを実感する。

 この酒場<翡翠の貝殻笛>は海の荒くれ者が集まる店であり、NPCも柄が悪い。だからこそ、プレイヤーも滅多に足を運ばないだろう。プレイヤー経営の店も充実し始めているので、味を求めるならばNPC経営よりもプレイヤー経営の飲食店の方が価値も価格もお手頃だ。だが、当然と言うべきか、広いDBOで様々な味を堪能したいという食べ歩きプレイヤーも多いので警戒は怠れない。それでも、このステージはメインダンジョンもイベントダンジョンも攻略済みであり、特にイベントも残されていない事から、プレイヤー人口が少ない点からも彼らをプレイヤーの目になるべく触れさせないでおける。

 

「まずは乾杯しようぜ。俺とお前の再会に祝してな」

 

 PoHがビールを掲げ、オレはそれに応じる。良くも悪くもマイペースな男だ。気まずいと思っているのはオレだけかもしれない。木製のジョッキ同士が小気味の良い音を奏でる。

 

「シャルルの森以来だな」

 

「お前の噂は聞いていた。会えないのは寂しかったが、その恰好も悪くない。言っただろう? お前は少しくらい着飾る方が様になってるってな」

 

 感慨深そうにPoHは腕を組んで、オレの頭からつま先まで眺めて満足そうに頷く。SAO時代の話だろうか? あの頃の記憶も随分と灼けてしまった。まだ思い出せる範疇であるが、淀み、燻ぶり、朧になっている。

 だが、言われてみれば、PoHには何回か装備面で忠告を受けた気がする。それがどんなアドバイスだったかは思い出せないが、服装面だったかもしれない。

 オレの1本三つ編みを手に持って弄るPoHの右手の甲を軽く叩き、肩を竦める彼を横目で睨みながら、オレは獣の頭蓋のような兜を被ったままのザクロへと視線を移す。さすがに兜を外さねば飲めないはず。だが、今まで素顔を隠し続けたザクロだ。≪変装≫持ちもほぼ確定だ。ならば易々と素顔を露呈することは無い。

 そう思っていただけに、意外な程にあっさりと兜を取り外したザクロにオレは内心で驚く。

 垂れたのは艶やかな黒髪であり、うなじの所で赤い帯で結った姿は忍者であり、くのいち的な色っぽさがある。顔立ちはやや幼く、年頃はオレと同じくらいだろう、20歳前後。あるいは少し年下かもしれない。感情が淀んだ双眸には明らかな不満が渦巻いている。

 直感する。これはザクロの素顔だ。断じて≪変装≫で隠したものではない、彼女の本当の姿だ。

 

「しばらくは共同生活になる。隠し通せるものではない以上は今の内に晒した方が楽だ。私の判断は何か間違っているかしら?」

 

 睨むザクロの言う通り、DBOでは飲み食いしなければ死んでしまうのだ。そうでなくとも回復アイテム系は飲料が大半である。発汗機能がある以上は汗で蒸れる。寝る間も兜を付けたままなど耐えられるものではないだろう。

 

「先にハッキリさせておきたいことがある。私達の最終目的は妖精王オベイロンを殺す事。でも、その過程で衝突し、各々の本当の目的の為に相容れなくなるかもしれない」

 

「お前みたいなクレバーな女は嫌いじゃないぜ。互いのスタンスを明かし合った上で協力関係を築く。俺は賛成だ」

 

 あ、これは久々にオレが素質ゼロのリーダーシップを捻り出さなくても進行するチームだ。オレを置き去りにして話が進むこの感覚は懐かしさを覚える。

 

「俺は【渡り鳥】の邪魔をしない。常に未来の虐殺者様の味方だ。それに、このチームはそこそこ面白そうだ。ザクロ、お前も俺と【渡り鳥】の邪魔をしないなら今回のところは殺さないでおく。あと、王殺しは興味深いが、個人的には妖精の国でやりたい事がある。それ次第ではチームをしばらく抜けるが、異論はないな?」

 

「好きにして。私としても、お前みたいな狂人と四六時中いるのは勘弁だしね。隙あらば死んでもらえる? その方が私も動きやすい」

 

 いきなり離脱宣言かよ!? PoHらしいと言えばそこまでであるが、それにあっさり応じるザクロも淡白かつ順当であるが、もう少し演技でも良いから表面だけでも取り繕ってもらいたい。

 

「私の目的は【渡り鳥】の死を見届ける事。キャッティの名の下に誓うが、寝込みを襲ったり、背中を刺したり、食事に毒を混ぜたり……要はお前を能動的に殺す真似はしない。だが、同じくらいにリスクを冒して助けなんてしないし、どんな時でも『事故』くらいはあり得るでしょう? せいぜい気を付けてもらえると助かる。私としては、苦しみ抜いて死んでもらいたいので、あっさり死んでもらっても困るから最低限の援護くらいはするわ……気が向いたらだけどね」

 

「俺の【渡り鳥】を殺す? そいつは無理だ。お前程度じゃ『天敵』は殺せないさ」

 

 紫色の液体を喉を鳴らして飲んだザクロの冷ややかの視線とそれを鼻で笑うPoHに、オレは今までの……【渡り鳥】という異名がついた由来たる、数々のパーティとギルドを渡り歩いたSAOからの記憶を振り返る。その中でも、このチームは間違いなく史上最低クラスだ。

 まるで何を考えているのか分からないPoHとオレへの歪んだ復讐を志しているザクロ。どちらも厄介だ。戦闘面ではどちらも申し分ない。PoHの実力は折り紙付きだし、ザクロは正面切った戦闘ならばオレ達に後れを取るとしても、忍者らしく搦め手を用いた戦いは期待できる。

 

「それで、お前はどうなの? 妖精王を殺す。それは茅場の後継者からの依頼だから? それとも別の理由があるから?」

 

 意外にも普通に話しかけてくるザクロに戸惑うオレだが、そもそも彼女については何も分かっていない。

 キャッティの関係者だろうとは分かっているのだが、そもそも彼女はDBOに明確な足跡を残せる程に生きていない。彼女は序盤から人助けをそれなりに繰り返していた事は分かっているが、誰が助けられ、また誰が今も生きているのか、それは情報屋でも暴ききれなかった。

 ここで嘘を吐くべきか、それとも黙って隠すべきか。オレは悩むも、茅場の後継者が2人を呼び寄せた以上は彼が最初から全てを知っていると前提を立てた方が速いと頬杖をつきながら、味のしない串焼きを手に取る。

 

「女王ティターニア……アスナを救い出す。それがオレの目的だ。今は追加でチェンジリングの被害に遭ったリーファちゃんを助ける事も含まれているけど、妖精王を殺せば茅場の後継者が後は何とかするだろうと思っている。だから、アスナの救出とリーファちゃんの安否の確認。これが目的だ」

 

 これはオレの推測だが、茅場の後継者には事態を自力で解決する手段が無い。あるいは出来ない状態にある。もしくは可能ではあるが、自分で解決したくない。いずれにしても、茅場の後継者は妖精王の抹殺の依頼には少なからずチェンジリングも関与しているはずだ。ならば、妖精王を殺せばチェンジリングも終わるだろう。

 PoHは妖精の国でやりたい事がある。ザクロはオレに惨たらしく死んでもらいたい。そして、オレはアスナとリーファちゃんの救出と付随した『アイツ』の悲劇の回避。

 ……あれ? おかしいな。オレが1番まともな気がするとかいう異常事態ではないだろうか? こんなパーティ初めてだ。

 

「また【黒の剣士】絡みか。胸糞悪い。あの黒づくめはいつか殺してやる」

 

「キャッティを救えなかったくせに人助けなんて。死ねば良いのに」

 

 容赦なく吐き捨てる両名を前に、オレは味のしない串焼きを頬張り、喉に流し込む。食べねば死ぬとはいえ、何の味もしないものを食べるのはなかなかに苦行だ。だが、今はそれすらも慰めに思えるのは食事の偉大さか。

 拝啓、祈りも無く、呪いも無く、オレの糧となった人々へ。

 オレ……このチームでやっていける自信がありません。まだソロで妖精の国を目指した方が精神衛生上は遥かに健全だったと思えてなりません。

 何はともあれ、これでチームとして最低限の協力……協力……協力できるかどうかはともかく、団体行動くらいは……くらいは……できるかなぁ? ともかく、チームとしての体裁は整った!

 

「それで、妖精の国には3人の船守の誰かに金貨を渡さないといけないわけだけど、誰にするの? 廃聖堂の船守は強力なネームドが門番。常夜と古戦場はそもそも居場所が分からない。行き方が分からないならしょうがないでしょう?」

 

 ザクロの言う通りだ。歩調を最低限に合わせられるかはともかく、互いの建前とも本音とも分からない行動基準だけは提示し合えたならば、ここからは実動についての方針を決定すべきである。

 しかし、おかしい。かつてない程に地雷原だらけのチームのはずなのに、DBO始まって以来……ディアベルとシノンの2人と組んでいた時に匹敵する程の安定感を覚える。逆に言えば、これまで組んできた即席パーティの何たる散々たる有様だっただろうか。

 

「廃聖堂はきついな。ネームドもだが、あそこはクラウドアースの監視が厳しい。オレはともかく、アナタ達2人はお尋ね者だ」

 

 口では否定したが、いっそ廃聖堂に直行してクラウドアースに2人を献上するのも……いやいや、さすがに止めておこう。わざわざ茅場の後継者が準備した戦力だ。妖精の国の攻略に役立つ……と良いなぁ。

 そうでなくとも、まだ未攻略の地下10層目が残っている廃聖堂の船守を選択するのは避けたい。今もリーファちゃんがどんな状態なのか分からないのだ。1日でも早く、1時間でも早く、1分でも早く、妖精の国にたどり着きたい。

 しかし、ここにきて後継者の意地の悪さ……というよりも、何を考えてか、オレも、ザクロも、妖精の国どころか船守についてすら情報を渡されていない事が明らかになる。あの男、本当にオレ達に妖精王を殺させる気があるのだろうか? 転送は無理でもお膳立てくらいはしてくれても良いだろうに。

 そもそも茅場の後継者がオレを指名した理由は? オレが後継者について理解があるとしても、それはオレに限った事ではないだろうし、何よりもオレ達はお世辞でも仲良しこよしではない。あちらはデスゲームの主催者、こちらは巻き込まれた挑戦者なのだから当然だし、サチの件など因縁が多過ぎる。

 もちろん『騙して悪いが』もあり得るが、それにしては回りくどい。妖精王を殺してほしいのは茅場の後継者の本心だろう。

 

「スローネ平原」

 

 だが、オレとザクロが知らない答えを平然とPoHは口にする。

 

「古戦場の船守はスローネ平原の北端にある【スローネの墓所】の地下にあるらしいぜ。あそこは3大ギルドが今も利権と縄張り争いをしている未攻略地帯だ」

 

「スローネ平原か」

 

「スローネ平原ね」

 

「「厄介な」」

 

 オレとザクロの感想が重なり、顔を向かい合わせる。ザクロは心底嫌そうな顔をして、オレは溜め息をもう1つ吐きたくなる。

 とはいえ、オレとザクロの意見が一致するのも仕方ない事だ。スローネ平原は確かに古戦場跡であり、何処までも続く平原なのである。各所に亡き戦士や騎士の白骨になるまで雨風に晒された遺体が転がる。せいぜいが緩やかな丘が存在する程度であり、見晴らしも良いので攻略は容易にも思える。だが、その実は2月に発見されて以来、未だに完全踏破が済んでいない魔境なのだ。

 その原因の4つ。1つ目は有効視界距離の大幅な制限だ。平原というだけあって広々としているはずなのに、有効視界距離が縮まる。これによってモンスターからの奇襲を受けやすく、また隠密行動を取り辛い。なにせモンスター側はこちらが受けている有効視界距離の制限の枷がないのだ。2つ目は出現するモンスターだ。古戦場というだけあって、鎧を纏ったスケルトン系が出現するのだが、それ以外にも炎と麻痺のブレスを使いこなす巨鳥、出血・欠損させやすい噛みつき攻撃をしてくる双頭犬、土塊の巨兵などなど、とにかく多種多様なモンスターが山ほど出現する。そして、3つ目の理由は1度入ると正規の手順以外では脱出できないという点だ。【逃走兵のラッパ】というアイテムを平原内で入手する事で、それを使えば白骨の騎兵が現れて平原の外に連れ出してくれる。だが、この逃走兵のラッパは平原内でも特定の遺体オブジェクトからしか入手できず、またランダム配置されている。しかもラッパで連れ出してくれるのはパーティ1組だけなので、大ギルドが得意とする数で物を言わせた攻略が出来ない。

 そして、4つ目の最大の原因は『エリアシャッフル』だ。スローネ平原は細かく分割された見えないエリアで分けられており、これらは1時間ごとにスローネ平原全域でランダムにシャッフルされるのである。つまり、先程までスローネ平原の東端にいたはずが、次の瞬間には西端にいる事もあり得るのだ。しかも運悪く仲間とはぐれ、別エリアにいれば、致命的とも言える迷子状態である。しかもスローネ平原では食料が手に入らないので、餓死するプレイヤーまで出現した始末だ。

 オレもクラウドアースの依頼で何回か派遣されたが、モンスターの経験値もコルもドロップアイテムも美味しくない上に、モンスターはひたすらに強いというステージだ。高レベル帯のステージともなると『これだけのレベルがあれば大丈夫』という線引きが無くなり始める。これもプレイヤーのレベルが一定以上を超えられないでいる原因の1つでもあるのだが、それは今ここで深く言及すべき事でもない。

 一応はダンジョン扱いであり、徘徊ボスとして陣取っていた【古戦場の英雄】を聖剣騎士団のリロイの率いる部隊が討ち取って以来は、完全探索に向けて部隊を定期的に派遣する程度であり、何処の大ギルドも厄介過ぎる特性故に深入りしようとしない。逆に言えば、いずれの大ギルドもスローネ平原には『何かがある』と確信して、コストがかかる傭兵の派遣を含めて今も諦めずに探索しているというわけだ。

 

「あそこを探索するくらいなら廃聖堂のネームドを倒した方が効率良いわね」

 

「同意だ。スローネ平原は本当に骨が折れる。目印も何もあったものじゃないからな」

 

 シャルルの森を契機に行方不明になったザクロも、傭兵時代にスローネ平原には辛酸をなめさせられた思い出があるのだろう。オレは現在進行形でスローネ平原には余り良い思い出がないので余計に苦々しく吐き捨てたくなる。

 

「それについては問題ないぜ。スローネ平原の謎は解いてある。あのダンジョンは細かくエリアに分割されていて、それが1時間ごとに入れ替わっているが、幾つかは『動かない』エリアがある。その動かないエリアに入ればシャッフルに巻き込まれないで済むのさ」

 

 そう言ってPoHが取り出したのはスローネ平原の、彼が手書きでマッピングしただろう地図だ。そこには網目のように大よその目安で区切られたエリア分けが成されており、彼が独自に作り出しただろう、不動エリアにチェックが入れてある。

 

「どうやって見抜いたのかしら? 七色石で地道にマーキング作戦も取ったけど、不動エリアなんてまるで見分けがつかなかった」

 

 その通りだ。オレも様々なマーキングを使ったし、≪追跡≫持ちが仲間プレイヤーの足跡を追って有効視界距離の不足を補う戦略も取っていたようであるが、やはり効果時間が短くなっている。そんな対策満載のスローネ平原の謎をどうやってPoHがそれを見抜いたのか気になるところである。

 

「死亡ドロップさ。俺も気づいたのは偶然だ。殺った野郎のアイテムを回収しようと思ったらエリアシャッフルに巻き込まれてな。1度はラッパで外に出たが、諦めきれずに回収に行ったのさ。そしたら同じ距離、同じ場所に死亡ドロップがあった。謎さえ分かれば後は地道な調査だ」

 

 なるほど。入口から等距離にドロップ品があれば、そこは高確率で移動していないと判断できる。もちろん、有効視界距離の制限と似たような風景の2つの要素が絡む以上はまともにやっても見抜けないだろう。PoHの発想と並外れた分析力と幸運が合わさった結果か。

 こうして見るとスローネ平原は、南の入口からステージ外縁まで北に広く伸びている。以前にDEX任せに突進したプレイヤーもいたのだが、結局は迷子になって帰らなかった事を思い出しながら、PoHがマーキングした不動エリアを渡り歩いていけば、スローネ平原の9割の探索はカバーできる。逆に言えば、不自然な程に北端の残り1割は手つかずだ。

 

「まだ何か秘密があるのか?」

 

「察しが良いな。この最後のエリアはスローネの塔がある。だが、大矢の狙撃を潜り抜けないといけない。俺もそこまでリスクを冒して探索はしていないのさ」

 

 なるほどな。PoHの喉を鳴らした笑いにはそれ以外の理由もありそうだが、狙撃を回避しながら隠れる場所が無い平原を突っ切るのは危険が伴う。本来ならば、大部隊が散開して犠牲を出しながら接近するのがセオリーだ。そうでなくとも、狙撃を止める為のギミックが隠されていそうである。だが、それを探し出すにはスローネ平原のエリアシャッフルがやはり厄介過ぎるか。9割探索済みと言っても、PoHも見て回った程度だろうし、見落としが多いだろう。

 そうなると、やはり最後の最後は出たところ勝負か。間違いなくネームド……最悪はボス戦を覚悟して、有効視界距離が制限された状態で狙撃を潜り抜けねばならない。当たれば確実に大ダメージ必須だな。

 

「だが、クゥリ。お前の『読み』なら大矢を躱せる。だろう? 期待しているぜ」

 

「【渡り鳥】の本能頼りでの接近か。ゲームから逸脱した手法ではあるけど、1番信用できる手ではあるわね」

 

 そして、この丸投げである。この2人……最後のエリアだけはオレ単身に突撃させる気だな。狙撃が止んだ頃合いに自分たちもスローネの塔を目指す算段かもしれないが、最低でも彼らが到着するまで狙撃攻撃以外は不明の強敵とオレはタイマンせねばならなさそうだ。いや、そもそもこの2人が急行してくれるとは思えないし、下手をせずとものんびり歩いて来るかもしれない。だったら、最悪の場合は単独討伐も覚悟しておかねばならない。

 結局はいつも通りか。元よりチームプレーはオレ達全員が期待などしていない。名目上はパーティの3人が好き勝手に戦うだけだ。連携も何もないだろう。恐らくは自分たちの攻撃が誰かに当たるのもお構いなしに攻撃するだろうし、平然と……いや、むしろ積極的に肉壁扱いするだろう。相手の大攻撃を防御する為に隣のヤツの首根っこを引っ張って盾にする。うん、悲しいくらいに鮮明なイメージが浮かぶ。

 だったら、オレもお構いなしで攻めれば良いだけの話か。PoHもザクロも話し相手であり、生きた道具と割り切れば良い。むしろ、2人を積極的に見殺しにするくらいの勢いで戦わせてもらおう。

 

「方針は決まった。アナタ達にも準備があるだろう? 1度解散して、夜明け前に――」

 

 

 

 

「横から申し訳ありませんが、このチームには欠けているものがあります。ずばりヒーラーですね」

 

 

 

 

 総括に入ったオレの発言を遮ったのは、ザクロの陰からゴソゴソと現れた、人の頭ほどの大きさもある虫である。外観は蜂に近く、胴体は百足に似ている。薄い翅はナイフのように鋭く、縦割りの顎の奥には横割りのもう1つの顎が隠れている。頭部には虫らしく複眼が備えられているが、いずれも黒い点のような瞳が蠢いており、女性プレイヤーでなくとも悲鳴を上げてしまいそうである。対して声音は穏やかな女性のウィスパーボイスであり、また込められた感情も人間以上に『人』らしい気遣いと心配りを感じる。

 

「【イリス】、私が良いと言うまで出るなと言ったでしょう?」

 

「申し訳ありません、主様。ですが、余りの酷さに見過ごすことは出来なかったものでして」

 

 多足で可愛いと思えるほどにテーブルの上を歩き、丁寧に会釈をする、名前はイリスというらしい虫に、ザクロは口を尖らせる。その動作にはザクロ以上に女の子らしさと愛嬌を感じるのはある種の不憫ではないだろうか。

 

「お初にお目にかかります。私は主様に仕える者。名をイリスと申します。ご覧のとおり、愛想の欠片も無い主様に代わりまして、どうぞよろしくお願い申し上げます」

 

「イリス! コイツらに礼儀を取る必要なんて――」

 

「コミュ力マイナスの忍者気取りの主様は黙ってください。実はお酒が飲めないから、わざと恰好をつけてミステリアスな雰囲気を演出しようとして良く分からないものを注文した挙句に、マズ過ぎて喉の痙攣を我慢している分際で、口出ししないでください。あ、今のは主様の名誉の為にオフレコでお願いします。主様はこう見えて夜寝る時はクマのぬいぐるみを抱っこしながらじゃないと安眠できない上に、寝間着はネグリジェ派という女子力強化ガールとかもカットでお願いします」

 

「「…………」」

 

 きっと、オレとPoHの沈黙は過去あり得ないくらいに意味が一致していただろう。まるで出来の悪い妹の世話を焼く歳が離れた姉のような態度を見せるイリスに、ザクロは羞恥で顔を真っ赤にして涙目でプルプルと震えて沈黙している。僅か数十秒で1人と1体の関係が丸分かりである。

 どうしてだろう。色々どす黒い因縁があったはずのザクロに、ある種の哀れみのような親しみを覚えた気がする。

 

「私の鱗粉にはHP回復効果があり、インターバルはありますが、範囲回復が可能です。ですが、それを差し引いても未知なる妖精の国において回復アイテムの枯渇は全員にとって目的を果たす上で困難となり得るのではありませんか? そうでなくとも、妖精の国でどれだけ補充できるか分からない以上は――」

 

「なるほど。荷物持ちが1人は必要か。それが戦闘中に回復に徹せられるヒーラーなら尚良い」

 

「ご明察です、【渡り鳥】様」

 

 確かに、オレは今回の妖精の国にフル装備で挑むつもりだ。そうなると食料も含めて持ち込める回復アイテムは僅かになるだろう。オレは『直撃したら死ぬ』と言っても過言ではないステータス構成と装備とはいえ、削り攻撃を受け続ければ回復アイテムの使用も否めない。クリスマスダンジョンの時と同じような無い無い尽くしにはならないと思うが、シャルルの森以上の長期戦となった場合はやはり物資不足に陥るだろう。

 食料は良くとも回復アイテムの有無はやはり大きく命運を分けるかもしれない。ならば、それを節約できるヒーラーを加えるのは必然だ。そして、それが荷物持ちに徹してくれるならば文句のつけようもない。

 

「でも、オレ達に協力するヒーラーがいるはずがない」

 

「憎たらしいけど全面同意よ。私は元傭兵のお尋ね者。PoHはそれ以前の話。【渡り鳥】に人望無し。これでどうしろと?」

 

 うん、オレは人望が無いよね。それは間違いないのだが、アナタ達2人よりは幾分かマシだと断言したい。でも、PoHの方が悪人方面では人望があるだろうし、ザクロもザクロで傭兵廃業後も今日まで活動を続けてこれたのは彼女自身のネットワークがあるからだろう。ならば、やはりオレが1番門前払いなのは当たりだ。泣きたい。

 そうでなくともヒーラーは貴重だ。ヒーラーとは、MYSに特化させた回復を担うプレイヤーである。後方支援の中でもヒーラーは命綱だ。特に回復アイテムを使う暇がなかなか得られない近接プレイヤーが手間を取ることなくHPを回復できるのは大きい。

 そして、それ故にヒーラーの人口は少ない。当然だ。そもそも回復魔法は奇跡の特権であり、その為には貴重なスキル枠の1つを≪信心≫で埋めねばならない。そうでなくとも、≪魔法感性≫を取らねばならなず、より実用的な回復の奇跡の為にはスキル構成・ステータス・装備を目指さねばならない。

 たとえば、RDは奇跡もこなす傭兵であるが、彼でも回復奇跡は中回復が限度であり、回復量はともかく、自分の僅かな周辺しか回復範囲を絞れない。要は自己回復専用だ。傭兵ならばそれでも良いが、専門職のヒーラーは仲間を回復させねば意味が無い。自分の数十センチ周囲だけ回復させることが出来ても意味が無いのだ。

 奇跡自体でも広範囲の全体回復の奇跡もあるが、それは魔力の消費量が多いので、ピンポイントで回復できる奇跡の有無はやはり大きい。だが、その一方でヒーラーはその性質上戦闘面では絶望的だ。DBOの仕様ではレベリングも難しいので、数も限られる上に、元からパーティに属しているのでソロはいないに等しく、そうでなくとも大ギルドが囲んでしまっている。

 つまり、ヒーラーは喉から手が出る程欲しくとも、まず手に入らない。そもそも、まともなヒーラーならば……いや、常識的なプレイヤーならばこの面子を見たら即座に反転して全力逃走するはずだ。

 

「俺が準備しても良いぜ? ヒーラー兼荷物持ちくらいなら『ストックがある』」

 

 そう言って、PoHは気前よく店の支払いを受け持つとオレ達を伴って夜の港町の路地裏へと導く。NPCの浮浪者以外に見るものはない、青い灯が揺れる今にも消えそうな街灯だけがポツンと立つ、やや開けた曲がり角でPoHは右手を石畳に押し付ける。

 途端にPoHの頭上に表示されたのは、オレにも見覚えがある、ナナコが死体の怪物を召喚した時のタイムカウンターだ。時計の針が1周するとPoHの目の前に黒い棺が闇より召喚される。

 棺の蓋を開けて登場したのは、口を黒い糸で縫い付けられた、頭髪は色彩豊かなドレッドヘアーをした男だ。いや、男『かもしれない』というべきか。肋骨が浮かび上がる程にやせ細り、全身の皮は継ぎ接ぎであり、右目の瞼はない。右手が左手の倍ほどに長いのは肘が1つ多いからだろう。右手に赤錆びた手斧、左手にボロボロのタリスマンを握っている。

 

「これが俺の手札の1つ、ユニークスキル≪死霊術≫さ。プレイヤーだろうがモンスターだろうが死体をアイテムとして収集し、それらを改造し、合体させ、自前の戦力を作れる。制約は多いが、死体はストックもある程度は可能だ。コイツは回復特化に仕立ててある。オペレーションは未完成だが、回復に限れば役立つだろうさ」

 

 これにはオレも狼狽を隠すのは一苦労だった。まさかナナコが披露した自称闇術がユニークスキルだったとは。確かに調査してもナナコの死体を操る闇術の全貌は掴めなかったが、ユニークスキルとは予想外だった。そして、それをどうしてPoHが保有しているのかも謎である。

 だが、ナナコは死んだ。シャルルの森で殺された。それは間違いない。ならば、PoHは何らかの手段でナナコから≪死霊術≫を奪い取ったとみるべきだろう。

 方法は何だ? ユニークスキルが譲渡可能なんて聞いた事も無い。そもそもユニークスキル保有者の絶対数が少ないのだから当然か。

 

「ワレ、マスター、タスケル。カイフク、マカセロ」

 

 縫い付けられた口を僅かに無理矢理開き、片言ながらもPoHに忠誠を示すリビングデッドに『命』は感じない。だが、素材となったのは……いや、今は止そう。PoHは殺した相手の力を、漁った死体を、有効活用しているだけだ。狩った獲物の骨で鏃を鍛え、毛皮で衣服を作り、肉は血肉となる。それと何が変わろうか?

 

「これが≪死霊術≫。私の≪操虫術≫と同じタイプのようね」

 

 イリスを頭にのせたザクロの発言に、オレはまさかと眉を跳ねさせる。すると彼女は隠すべき事でもないと言うように肩を竦めた。

 

「私のユニークスキル≪操虫術≫は文字通り、虫を操り、契約し、使い魔にできるスキル。制約は多いけど、情報収集から寄生まで何でもござれ。お前も存分に味わったでしょう?」

 

 右腕を横に伸ばしたザクロより、ボトボトと巨大な百足が這い落ちてくる。それは低レベル帯で猛威を振るっている【赤顎百足】に似ている。レベル1の毒を持つが、蓄積能力がとにかく高く、対策を立てていても多段ヒットで容易くレベル1の毒状態にさせられてしまう凶悪モンスターだ。

 どうやらザクロの≪操虫術≫は≪テイマー≫に近しい性能らしい。全貌を語る気はないだろうが、ザクロは実力こそオレ達に及ばずとも隠し玉を多く持っていそうだ。

 

「私も主様のスキルで生み出された存在です。こんな面倒臭い御方に仕えるのは苦労も多いですけどね」

 

「最初は自我なんて無かったんだけど、いつの間にか小うるさく育ったのよ。AIの自己進化も考え物ね」

 

 なるほど。イリスからは『命』を感じる。ザクロの言う通り、AIの自己進化の賜物か。『命』を後天的に見出せるのもAIならではと言うべきか。

 しかし、PoHもイリスもユニーク持ちとは、オレだけ疎外感があるな。別に欲しくないけど。欲しくないけど! 欲しくないけどな! どうせ腐らせるだろうし、欲しいなんて微塵も思わないけどな!

 どうやらリビングデッドはプレイヤーと同じ扱いらしく、アイテムストレージも装備も可能であるようだ。容量は大きくないが、それでも荷物持ちが1人いるだけでも戦略は大きく変わるだろう。だが、PoHの死、離脱、裏切りを想定するならば、任せきりはやはり危うい。余分な回復アイテムと食料を持ち歩いてもらうに留めるか。

 夜明けにスローネ平原がある<風のフリンの記憶>にある処刑の尖塔で待ち合わせしたオレ達は、各々の最後の準備を整えるべく解散する。

 何事も準備は大事だ。今回のような終わりも見えない戦いならば尚更だ。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 場所は<黄金王ミロスの記憶>。序盤に解放されたこのステージは温暖な気候と厄介なモンスターが少なく、またクラウドアースや聖剣騎士団の農場などがある土地である。

 土地柄故にシノンも何度となく訪れているが、プレイヤーが所有できる土地の割り当てが少なく、またいずれも大ギルドによって独占されている。かといって、独占されていない高難度ステージともなると土地の時点で高く、建物も高額であり、維持コストも高めである。

 その点で言えば、終わりつつある街は大ギルドや犯罪ギルド、更には教会までのごった煮状態ではあるが、ある意味で生きやすい街である。利便性も高く、娯楽の集中地帯だ。今や『終わっていない街』なんて冗談がまかり通っている程である。

 だが、終わりつつある街はどうしても治安が悪い。そうでなくともレギオンの被害が……獣狩りの夜がいつ始まるかも分からない危険地帯だ。あの場所に留まるしかない貧民プレイヤーや生活の根を張った者たちを除けば、同じ何が起こるか分からないでも別のステージに居を構えたがる者は多い。しかし、そうなると厄介になるのがDBOにおける転送制限……望郷の懐中時計である。

 低レベルプレイヤー対策とも言うべき殺しにかかった余熱システムは、ステージ移動を大幅に制限する。大ギルドのプレイヤーはもちろん、バイタリティ溢れるプレイヤーならば、余熱はむしろ余る程に溜まるのであるが、『レベル20の壁』とも言われる、DBOにおける1つの高壁にぶち当たる多くのプレイヤーにとって、移動できるステージは明確に制限されていくのである。

 大ギルドに庇護を請うて余熱の回収をさせてもらうプレイヤーも多いが、当然ながら高レベルを想定されたステージでは、レベル20の壁に阻まれているプレイヤーでは抵抗も出来ずに突発イベントで死亡する事例も多い。そうでなくとも、大ギルドがわざわざ護衛をして余熱を回収させる義理もない。そもそも、プレイヤーが最初に入手できる余熱……腐敗コボルド王の玉座まで辿り着くだけでも、レベルが低いプレイヤーにとっては四苦八苦なのであり、それ以外の余熱の回収など論外である。

 こうして考えれば考える程に、シノンは自分の懐中時計に余り溢れた余熱には他の使い道がないものだろうかとも考える。譲渡できればどれだけの価値があるだろうかとも考えるが、望郷の懐中時計にはプレイヤー登録があり、プレイヤーが死亡して抹消されない限りには他のプレイヤーに渡すことはできない。当然ながら余熱を渡すなど論外だ。

 

「のどかよね」

 

 だから、シノンは眼前の牧歌的な光景に思わず呟いてしまう。

 ミロスの記憶でも辺境地帯。大ギルドの農場からも離れた東端の地にある小さな村にて、シノンは素顔を隠すフード付きローブを纏いながら、精力的に開拓作業を進めるプレイヤー達に『平和』という単語を見出す。

 ここはNPCばかりが住まう、イベントもアイテムも何もない土地だ。そこが急ピッチで整備されている理由はただ1つ、ここに終わりつつある街に居を構えていた巣立ちの家が移転されているからである。

 援助するプレイヤー達はシノンが考えていたよりも多いらしく、今日も集まっているのは支援者の半分程度である。資金提供からスキルなどの労働力での援助まで様々であるが、大半は『善行はしたいが積極的に行動を取れない』プレイヤーであり、切っ掛けを欲していた者たちだ。

 残念ながら、シノンは土地や建物を整備するスキルなどない。彼女にできるのは見張りか子どもたちの相手程度である。後はギターを弾いて応援歌で細やかながらの汗だくになる男たちに清涼を与えるくらいか。

 無論、シノンが選んだのは見張りである。子供の相手など得意ではないし、太陽の狩猟団の専属傭兵である彼女の関与はなるべく表沙汰にさせたくない。林を成す木々の枝に腰かけて、シノンは弓モードにした弓剣を手にしながら、欠伸を噛み殺す。

 

「お疲れ様。交代しようか?」

 

 と、そこに幹を駆け上げって黒衣を翻したのは、大きめのサングラスで目元を隠したキリマンジャロだ。彼もまた『弟子』として今回の移転作業にシノンと共に参加している。とはいえ、他の援助者の目につかないようにした、それでいて最重要となる任務をスミスから言い渡された。つまり、子どもたちを護衛しながら彼らに記憶の余熱を回収させるという、胃が死ぬのではないかと思う程にストレスが溜まった仕事である。

 何せ、シノン達からすれば脅威にならない攻撃でも、レベル10から20程度の、装備も不十分のプレイヤーからすれば、何が致死ダメージか分かったものではないのだ。神経をすり減らし、トラップを回避・解除し、敵モンスターの奇襲が無いように常時索敵である。いずれのダンジョンもマッピング済みとはいえ、団体行動ともなればエンカウントは免れないのだ。

 

「今日は1日オフだし、こんな楽な仕事もないわ」

 

「俺はもう2度と御免だけどね」

 

「そこは同意するわね」

 

 紙袋に入ったハンバーガーとコーラの差し入れに、シノンはタダ働きの経費を計算しながら、とりあえずは最低限の赤字で済ませられたかと溜め息を吐く。

 弟子の悲劇と言うべきか。スミスが前々から計画していたらしい巣立ちの家の移転計画の肝であった余熱の回収業務は、シノンとキリマンジャロの修行の成果を存分と問うものでもあった。シノンは途中で運悪く引っ掛かったアラームトラップでロボット蜘蛛が集結した終わりつつある街の北ダンジョンを思い出して死んだ魚のような目をする。あの時ばかりは数の暴力こそが護衛にとって1番の脅威だと再認識したものである。いかに個々が強くても、結局は自分の事しか守れず、他人の……それも複数の命を預かるなど並大抵ではないのだ。

 むしろ、護衛・救出依頼を積極的に受ける傭兵など片手の指の数ほどもいないだろう。せいぜいが馬鹿の代名詞の騎士気取りの傭兵くらいである。アレのお陰で聖剣騎士団のイメージは大きなプラスになっていると言っても脚色にはならない。

 

「でも、スミスさんも何を考えているのかしらね。身寄りのない子どもは教会が預かってくれるんだし、任せても良いじゃない」

 

 冷淡とも言えるかもしれないが、シノンは根本的解決案を、幹に背中を預けて足を伸ばして分厚いハンバーグと塊チーズが挟まったチーズバーガーを齧るキリマンジャロにぶつける。

 半ばほどまで食べたチーズバーガーを、サングラス越しで見つめながら、キリマンジャロは感慨深そうに視線を素朴な木製の巣立ちの家に向けた。そこでは、スミスとルシア、それに子どもたちが新しい住居のインテリアを整えている。あれらの費用の過半はスミスの自腹だ。いかに傭兵とはいえ、銃撃戦による多大なコストを要するスミスのバトルスタイルから考えれば、何処から捻出したのか疑いたくなる。

 もちろん、酒と煙草を愛する傭兵が文字通り身を削って資金を集めた事はシノン達も勘付いている。独立傭兵として、多くの危険な任務に従事するスミスの報酬は決して悪くない。だが、それを差し引いても、村1つを整えるだけの資金の収集は、彼の大きな努力と支援者たちの細やかな善意の手によるものだろう。

 そして、その為だけに何ヶ月も地道に貯金するよりも、安全も養育も食費も丸投げできる相手……神灰教会の台頭があったのだ。ならば、スミス達の保護にどれだけの意味があるのだろうかともシノンは悩む。

 

「確かに教会に預ければ、寝床も食事も心配いらないさ。でも、スミスは『自由』を知ってほしいんじゃないかな?」

 

「このDBOに本当の意味での自由があるとは思えないけどね」

 

 キリマンジャロの捻り出した回答に、シノンは義手と肩の接続部が疼いたような気がして、思わず顔を顰める。

 確かに教会に預けるという事は、責任も何もかも教会に譲渡し、子どもたちの未来すらも教会の管理下にあるという事である。だが、それはDBOにおいて、完全攻略されるまでの……仮に成せるならば、あと1年か2年、あるいは3年。未来は分からずとも、いつか訪れる日までの話だ。

 だが、スミスの行動はまるで彼らが成長した……自分たちの未来を選択する青春時代を見据えているかのようだ。

 

「……彼は気づいているのかもしれないな」

 

 だから、シノンはキリマンジャロの呟きを聞き逃した。DBOにおける真実の探索の機会はあれども、それを追究するのは毒蛇が群がる暗闇の穴に弱々しい松明1つで入り込むようなものである。そして、それを成すだけの理由も活力もシノンは持ち合わせていなかった。

 ルシアの話によれば、教会は巣立ちの家への援助を申し出ているらしい。だが、これを断り続ける互助会は明らかに教会に対して不信感とまではいかずとも、その善意に潜むものに危機感を抱いているようにも映る。宗教なんてろくなものではないと持論があるシノンは関わり合いにもなりたくないが、互助会に援助を求めるプレイヤーは微かではあるが、数を増やし始めている。

 

「力のないプレイヤーの保護なんて、本来はラストサンクチュアリが担うべき事よね。その辺はどうなの?」

 

 ランク9の【聖域の英雄】としての意見を求めるシノンに、キリマンジャロ……UNKNOWNは何も答えない。そもそも、専属傭兵とはいえ、ラストサンクチュアリの運営方針に口出しできる立場でもなく、またそのカリスマ性によって1000人規模の組織の自壊を留める大黒柱としては、安易にギルドへ物申す事も出来ないのだろう。

 その皺寄せとして、巣立ちの家を核とした互助会と教会に貧民プレイヤーは助けを求め始めている。大ギルドが多大なお布施をする教会と互助会では比べるまでもないが、教会と距離を取りたいものは一定数いるのだ。今は対立こそしておらず、またそこまでの成長性もあり得ないが、互助会のプレイヤーやギルドはそれなりに名が通っている者も名簿に連なっているのは、本質的には大ギルドと教会への反発を示しているのだろう。

 互助会の拡大の兆しになったのは、皮肉にも移転計画が加速した獣狩りの夜である。あの日、レギオンが終わりつつある街に溢れた際に安全地帯など数えるほどしかなかったが、その内の1つが巣立ちの家だった。互助会プレイヤーの集結、更には謎のスナイパーによる援護などの要因によって、今まで細々としていた活動に光が当たってしまい、『砂糖』を欲していた蟻たちが群がり始めたのだ。

 

「すまない。今日は時間を取らせたね」

 

 昼食を済ませたシノンは、木の下からかけられた声で瞼を擦る。気づけば、キリマンジャロに寄りかかってうたた寝していたらしく、思わず頬を引き攣らせ、また心なしか朱色を滲ませる。あれこれ難題を考え込んでいる内に木漏れ日で意識が溶けてしまったのだろうと、シノンはすっかり気が抜けていたと自省する。

 枝から飛び降りた自分たちを迎えるスミスは相変わらず煙草を咥えているが、心なしか目元に疲労が滲んでいる。彼も元々は子どもの相手など得意ではないのだろう。それでも、彼は請われて今の立場となり、責任を背負っている。それが『大人』という事なのだろうとシノンはぼんやりと考えた。

 

「今回の移転で、互助会を頼るプレイヤーが減れば良いのだがね」

 

「命懸けでエデンを目指す旅をする根性があるプレイヤーなら、その過程で自立するわよ」

 

 今回の移転のもう1つの目的は、互助会に頼るプレイヤーへの線引きである。大ギルドや教会のような大資産を持ち合わせていない互助会は弱者の庇護を成す剣でも無ければ盾でもないという宣告だ。

 シノンがこの村をエデンと譬えたのを嬉しく、あるいは苦々しく思ったのか、スミスは咥えた煙草を小さく揺らす。この男は非情であるように見えて情に溢れ、かと思えば冷酷であり、同時に義理や人情を解する。自分に新たな力を授けてくれた師にして傭兵業のライバルを、シノンは未だに見抜けていない。

 

「さて、付き合わせた分だけ今日の修行はフルコースをプレゼントしよう。張り切りたまえ」

 

 現在、シノン達の修行は悪夢の『回避』を突破して、お待ちかねのステータスの高出力化に到達している。

 戦術の幅を広げる格闘技術と生存率を引き上げる回避技術。シノンの場合は更に近・中距離の射撃戦の再構築、キリマンジャロもまた剣士としてのスタイルを補佐していく形で成長を遂げた。元より2人ともトッププレイヤーであり、学ぶべきものを学べば後は独自の道を進める。ならば、ステータスの高出力化こそがスミスが修行として最大にして最後とも言うべき難関として提示したものだ。

 ステータスの高出力化とは、端的に言えば『リミッターを外す』という事に尽きる。ステータスとして割り振られた能力を引き出す技術だ。キリマンジャロは無意識である程度は出来ているらしく、それを意識的に開放、あるいは引き上げる修行を続けている。逆にシノンの場合はそもそも高出力化自体の体得が入口だった。

 集中力でこじ開ければ、シノンも4割を超えられる。この4割とは感覚的なものであり、最初はシノンもつかめなかったが、今では何となくではあるが、自分が限界点までどれだけ引き出せるのか、天井と思っていたのは単なる線引きに過ぎなかったのだと意識できるようになった。

 だが、それと高出力化は別の話である。何よりも高出力化など、要はゲームシステムではなく脳自体に……アバターを本来の肉体と思っている脳に許容以上を要求するものだ。当然ながら、僅かでも高出力化に成功してもまるで体が言う事を聞かない。要はアクセルを踏み込んでいる状態なのだから当然だ。初の高出力化で浮かれたシノンはジャンプのつもりが顔面から転倒して鼻を砕くという醜態を晒して、スミスに鼻で嗤われるという屈辱と土の味を同時に堪能する羽目になった。

 維持と制御と疲労。この3つの要素が常に高出力化には伴う。シノンは瞬間的な高出力化とその制御を目指しているが、高出力化は脳の感覚の問題である。ひたすらに、高出力化する為のアクセルの踏み方を学び取るしかない。

 しかし、シノンとしてはそれ以上に厄介なのは、高出力化の際の頭痛だ。痛覚遮断が機能しているはずなのに、脳が悲鳴を上げるのだ。そうでなくとも精神が摩耗し、集中力が途切れそうになる。それは慣れもあるかもしれないが、根本的に脳が設けているリミッターは生命を保護する為のものであり、高出力化とはそれに反逆する行為なのだろうとシノンは実感している。

 だが、この高出力化を完全に我が物にできれば、シノンは他のプレイヤーの追随を許さない新境地に到達できる。それは仮想世界の全てに通じる奥義とも言うべき技術だ。僅かな高出力化でも自分が新次元の動きが出来ているという高揚感があったのだ。ならば、6割、7割、8割など……もはや人間を超えた動きが可能になるのだろう。もちろん、それを御することが出来るのかどうは別の話である。

 故にシノンの修行は高出力化とそれの制御がメインであり、維持は今のところ二の次である。また今日も落下すれば谷底まで死のダイブが待っている1ミリワイヤー渡りから始まるのかと、シノンは自分がどれだけ無茶苦茶な修行内容をさせられているのかを振り返って涙を流したくなった。

 

「師匠、その件だけど、俺はしばらく休むよ」

 

 だが、出鼻を挫くように、キリマンジャロは申し訳なさそうにスミスに断りを入れる。

 

「やらないといけない事が……決着を付けないといけない事ができたんだ。いや、違うな。俺がここにいる理由。俺がずっと探していた大事な宝物に、ようやく手が届くかもしれないんだ」

 

 しばらく休む。つまりは不特定な時間、修行に顔を出さないという事だろう。3人とも傭兵だ。仕事で長期不在にするのは珍しい事ではない。だが、キリマンジャロの言い方、何よりも背筋を伸ばした姿には、ある種の悲壮な覚悟が漂っている。

 腕を組んだスミスは吸い終わった煙草を踏み消そうとするが、何かを思い出したように携帯灰皿へと捨てる。そして、たっぷりと10秒ほど沈黙を保ち、やがて視線をキリマンジャロのサングラスで隠れた双眸へと向ける。

 

「深入りする気はない。だが、それはキミにとって命懸けの用事のようだな」

 

 まるで母親に醤油の買い出しを頼まれた子供でも見るような目で、スミスは気軽な笑みを描く。

 入り込めない。先ほどまでの穏やかな時間が一瞬で冷風で消し飛ばされたような、冷たい泥が足下を浸しているような感覚にシノンは焦る。男たちは言葉を交わさずとも理解し合えたように微笑み合っているのに、シノンには彼らが何を通じ合っているのかがまるで分からない。

 

「師匠の教えを無駄にはしません。帰ってきたら、師匠に紹介したい人がいます。それが出来て、俺はようやく、きっと初めて、自分を【聖域の英雄】として認められる気がする。認めて良いんだって思える気がするんだ。『彼』に全てを告げて、謝って、もう1度『友達』として顔向けできるんだ」

 

 サングラスを撫でるキリマンジャロが『彼』と呼ぶのはただ1人の白き傭兵の事だろう。シノンは、黒衣を纏う二刀流の剣士とあらゆる武器を使いこなす白の傭兵が並ぶ姿を幻視する。きっと、彼ら2人が並べば、再びお互いを『相棒』と呼び合えば、DBOにおける全ての脅威……ネームドも、ボスも、大ギルドの戦争さえも、敵と呼ぶに値しなくなるだろう。

 だが、何故かシノンにはその光景が夢の中にしかない幻に思えてならない。胸の奥に痺れるような引っ掻きを覚え、シノンの鼓動は速まっていく。

 

「……そうか。これは師としての餞別だ。持っていきたまえ」

 

 そう言ってスミスが取り出したのは、シノンも現物は目にしたことがないレアアイテム。HPと魔力を完全回復し、呪いを除くすべてのデバフを解除する【女神の恩寵】だ。HP完全回復アイテムである女神の祝福の上位版であり、ディアベルだけが持つ究極の回復アイテムである。

 売却するにしても、大ギルドが値段をつけられないだろう、知られれば『殺しても奪い取る』に発展しかねないレアアイテムをタダで譲渡するはずがない。きっとスミスは何か途方もない要求をするに違いない。シノンはそう信じて疑わなかったが、無言で受け取ったキリマンジャロに、スミスは何も告げずに背中を向ける。

 

「私も長期依頼を控えている身だ。しばらくは修行も凍結だな」

 

「スミスは何処に?」

 

「聖剣騎士団の依頼で、<女神の騎士ロートレクの記憶>にある最奥のイベントダンジョン、アノール・ロンドに向かう」

 

 噂はシノンも耳にしている。DBOでも最重要となる人物、太陽と光の王、グウィン。彼が残した神の都アノール・ロンド。そこではグウィンに仕えた四騎士の長である【竜狩り】オーンスタインと【処刑者】スモウが試練に挑む者たちを待っているという。タルカスが部隊を率いて何度となく挑戦しているが、徘徊するメインモンスターである銀騎士は並のプレイヤーを凌駕する剣と槍の使い手であり、大弓は精密な射撃となって飛来する。

 太陽の狩猟団も何度となく聖剣騎士団に共同攻略を打診しているが、アノール・ロンドに至る為のギミックは聖剣騎士団によって固く守られ、他の大ギルドが出し抜くことは不可能である。だが、遅々とした攻略状況か、あるいは教会からの助言か、聖剣騎士団は例外として教会からの戦力派遣を認めた。これによって、教会からはエドガー、更に太陽の狩猟団としてではなく教会剣としてラジードなどの大ギルド所属の精鋭がアノール・ロンドに挑む事になった。

 シノンにもそれとなくオファーが来ているのだが、その為には教会剣に属さねばならない。先の『女性プレイヤーの今を考える会』で疑似修道女を味わった彼女としては、もう教会と関わりたくないので、アノール・ロンド攻略は見送りになるだろう。

 一方で独立傭兵には大きなチャンスだ。まだ正式な依頼発表はまだであるが、風聞の時点で前払いで最低でも100万コルが約束されているらしい。あのRDにすら声がかかっており、サインズ本部で彼は最近雇ったらしいマネージャーと深刻に受けるか否かについて話し合っていた。

 聖剣騎士団と繋がりがあるラストサンクチュアリとしても、お零れに預かる以上の価値があるアノール・ロンドの旨みを求めてUNKNOWNの派遣を検討しているはずだ。だが、この様子だとUNKNOWNにはそれ以上の……傭兵としてではなく個人として成さねばならない事があるのだろう。

 ディアベルが直々に精鋭を率いたアノール・ロンドの攻略だ。間違いなく激戦になるだろう。

 

「……キリマンジャロ君。前々から言おうと思っていたが、キミは傭兵に向いていない。ラストサンクチュアリはいずれ『終わる』。どれだけキミが戦っても、たとえ必ず訪れるだろうクラウドアースの攻撃の日を乗り越えても、あの腐り切った汚泥の聖域はぐずぐずに熟した果実のように溶けて形を失う。その時、キミは傭兵を続けられるか? 否だ」

 

「…………」

 

 何も言い返さないのは、キリマンジャロもそれを胸の内では認められずとも理解しているからだろう。自分の独力では覆せない運命だと分かっているからだろう。

 

「私は以前キミを1000人のプレイヤーの希望が双肩にかかった『英雄』だと叱咤した。だが、こうして師となってキミに触れていたら良く分かったよ。キミは確かに『英雄』だ。そうなれるだろうし、そうであったのだろうな。だが、キミは『誰かにとっての英雄』であり、『万人にとっての英雄』ではない。キミは捨てられない人間なだけだ。後悔したくないと言って、『本当に守りたかった者』と一緒に汚泥に沈もうとしている愚か者だ」

 

「だとしても、もう見捨てたくないんだ」

 

「だろうな。キミはそういう男なのだろう。私とキミは少しだけ似ているよ。愚か者という点で……少しだけな」

 

 それは遠い過去か、あるいは不定の未来か。紫煙の向こう側に何かを見ているスミスの寂しそうな声音に、キリマンジャロは静かに拳を握り、深々と……今日までの礼をするように頭を下げた。

 

「……行ってきます、師匠」

 

「行ってきたまえ。歳ばかり食った愚かな先人として1つ忠告しておこう。キミはきっと『能動的殺意』の意味を正しく理解している。たとえ、それがどす黒い意思だとしても、忌避せず受け入れる事だ。そうすれば、きっと見えるはずだ。キミの『答え』がね」

 

「ありがとうございます」

 

 それを最後に、キリマンジャロは去っていく。取り残されたシノンは、キリマンジャロを追いかけたい衝動に駆られる。

 シノンは直感を信じる。あの日、銃のトリガーを引いて命を奪った日を思い出さないことは無い。だが、彼女はあれが正しかったとも思わないが、そうするべきだと無意識でも判断した自分の胸の内に、頭の奥底にいる直感を司る何かを信じている。

 それが叫ぶ。このままキリマンジャロを行かせてはならない。何か取り返しのつかない事になる。その背中の悲壮な覚悟に魂が疼く。

 

「さて、シノン君。私のようなおじさんは若者の熱には弱いものでね。すっかりくたびれてしまったよ。だから、今日の修行はキャンセルさせてもらおう」

 

「え?」

 

「さて、そうなるとキミの午後は『自由時間』となるわけだ。青春とは短いものだ。それに命を懸けるかどうかは本人の選択だがね」

 

 スミスがシノンに放り投げたのは小さな麻袋である。開けてみれば、中には一時的に強力なオートヒーリングをもたらす【エリザベスの秘薬】が5つも入っている。これもまた途方もない額がつくレアアイテムである。

 

「やれやれ。キリマンジャロ君に『渡しそびれてしまった』よ。届けてもらえるかな?」

 

 本当に回りくどい男だ。シノンは奥歯を噛み締める。たった今、DBOでも最高クラスの回復アイテムを譲渡したばかりではないか! シノンは叫びたい喉を堪え、言葉を飲み込み、スミスに軽く会釈する。

 

「私も、弟子として1つ分かった事があるわ。スミスさんって本当に世話焼きよね」

 

「……さっさと行きたまえ」

 

 そして素直じゃない。シノンはクスクスと笑いながら、エリザベスの秘薬をアイテムストレージに収納すると、キリマンジャロの後を追いかける。

 きっと彼も素直ではないので何も教えてくれないだろう。だから、シノンはどうすれば彼の鍵がかかった金庫をこじ開けられるだろうかと思案して、ここは自分の有用性を、きっと事情を知っているだろう、あのツインテールの少女に売り込むのが1番だろうと結論付ける。

 どうして、自分がここまで積極的に動いてしまうのか、今のシノンには分からない。それでも、シノンは追いかけずにはいられなかったのだ。ただ、その胸を焦がす熱に突き動かされていたのだ。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 さすがにザクロもPoHもオレを尾行しているとは思いたくないが、念には念を入れてマイホームまでは≪気配遮断≫を併用しながら遠回りして帰宅する。まぁ、あの2人ならこんな真似をする以前にオレのマイホームの場所くらいは掴んでいそうで嫌になるが。いや、確実にバレているだろう。違いないな。

 だが、ザクロと会話して分かったが、彼女の復讐はどうやらオレが死ねば満足といったものではなく、過程と結果を重視しているように思えた。

 いかにしてオレが苦しむか。絶望して死ぬか。茅場の後継者と似ているようで、彼女の場合はキャッティの死が絡む私怨だ。だからこそ厄介である。

 特にザクロにはナグナで暗躍しただろう疑い……いや、オレの中では確信がある。彼女をこの機に殺すくらいの計画は立てておくべきだろう。利用できるだけ利用して、不要になったら殺す。これがベストだな。PoHも何を考えているのか知らないが、死者らしくもう1度眠ってもらおう。むしろ1度殺した相手が蘇っているなど気分が悪いから、やっぱり殺しておこう。特にPoHは『殺したい』と疼く程度には嫌いじゃないしな。

 そう考えたら気楽なチームではないか。どうせ妖精の国には無支援・単独で挑む予定だったのだ。肉壁が2人分もあるだけ、茅場の後継者の依頼を受けた価値はあった。何よりも妖精王の解除不能ギミックを崩せるアイテム付きだ。まぁ、後継者が罠を仕掛けている危険性もあるし、素直に信じるべきものでもない。妖精の国に着いたら要情報収集だな。

 しばらくは我が家ともお別れだ。グリセルダさんの……いや、黄金林檎とユウキのお陰で随分と人間が生活するに値する空間になったが、オレの私物以外も随分と転がっている。特にヨルコの酒とか酒とか酒とか煙草とか酒とか煙草とか酒とか。あの女、グリセルダさん達に禁酒禁煙をそれとなく注意を受けているせいで、オレの家で酒盛りするようになったからな。

 装備やアイテムが陳列している棚で、オレは妖精の国に向けて収集していたアイテムを全て引き出す。

 防具は固まっているが、重要なのはまず指輪だ。ウーラシールのレガリアの物理以外の防御力強化と武器の創造は強力だ。しかも、レガリアの能力は成長するらしく、最近は新しい使い方も出来るようになった。もう1つの指輪は【白竜の涙の指輪】だ。呪い耐性と魔力の回復速度を引き上げる。妖精の国で呪いを受ければ致命的な事態になりかねない。呪い耐性を専門的に引き上げる指輪に比べれば効果は弱いが、もう1つの魔力回復速度の上昇は美味しい。最低限ではあるが、戦闘中の魔力回復が期待できる。

 次に装備だが、贄姫、アビス・イーター、連装銃、パラサイト・イヴは確定だ。ザリアは……妖精の国でレベル80になればその真価を発揮できるが、弾数3発しか持ち込めないレールガンは使いきればお荷物になる。だが、やはりレールガンは切り札になる。持ち出そう。

 これだけでもアイテムストレージが随分と埋まってしまった。次に弾薬系アイテムと多量の水が持ち運べる【ウーラシールの水筒】、それに携帯食料だ。ヨルコ作成の携帯食料は、味が壊滅的『らしい』粘土の塊のようなものだ。それを1週間分。これ以上は現地補給になるか。妖精の国まで行けば最低限の食料と水は補給できると信じたい所だな。後はロープ、オブジェクト品の狩猟用ナイフを数本。携帯用ランプ、モンスター遠ざける火を着火できる【魔除けの火打石】、グリムロック秘蔵レシピの青い雷がエンチャントできる【雷光ヤスリ】も幾つか持っていきたい。耐久度回復アイテムのエドの砥石も忘れてはならない。

 

「妖精の国か。やはり敵は妖精系か?」

 

 正直言って、DBOでは妖精系はデバフ系ばかりで、攻撃面は魔法程度の、他のモンスターとの組み合わせが恐ろしいタイプが多い。それも考えて、攻撃アイテムは組み合わせていくか。確か妖精系は火炎属性が弱点も多いし、それを中心で攻撃系アイテムを選別していこう。

 まずは投擲用の鋸ナイフだな。これは外せない。あとはグリムロック作成の高い火炎属性と衝撃が売りの強化手榴弾も持っていこう。焼夷手榴弾とプラズマ手榴弾は……さすがに持ち込めないか。教会の聖水爆弾も欲しいが、ここは我慢して魔法属性の小規模爆発を起こす魔力壺にしておこう。こちらの方がストレージの消費容量が小さく済む。それといざという時の為に閃光爆弾を持っていこう。それと光属性を付与した炎を生む教会の【洗礼オイル】も1つだけ……できれば2つ、いや、やっぱり1つで我慢しよう。

 欠損対策で止血包帯とバランドマ侯爵のトカゲ試薬は必須。回復アイテムはナグナの回復薬を1つ。後はヨルコが作った【ナグナの血清】だ。どろりとしていながら澄んだ赤い液体であり、針の無い注射器のような容器で飲料ではなく、皮膚から投与できる。レベル2までの毒・麻痺・睡眠の解除と蓄積減少、3秒でHPの3割を回復できる即効性という優秀な回復アイテムだ。ただし、持ち込み制限があり、インターバルを置かずに連続で使用するとスタミナが減少し、物理防御力が下がる。また、使用すると、個人的な意見だが、感覚が鈍る。材料を聞いたらヨルコが無言で目どころか顔を背けた辺り、麻薬アイテムギリギリのものが使われているのかもしれない。一攫千金の、大ギルド垂涎級のレシピなのに、黄金林檎が交渉のカードに使わないわけだ。オレも『まだ公開は早い』という事で緊急時の持ち出し以外は禁じられているしな。

 強力な回復アイテムほどに制約が多いのは割合回復アイテムが主力なDBOだからこそだろう。今でも10秒で2割回復の燐光紅草が主力回復アイテムなのも頷ける。持ち込み数に制限はないし、デメリットも小さい。白亜草もレアドロップでなければ主力回復アイテムになるんだがな。HP4割を10秒で回復……やっぱり強力だよな。その10秒で死ぬ時は死ぬけどな! しかも回復中は総じて受けるダメージ増加する傾向もあるし。後継者め。本当に殺しにかかっている。だからこそヒーラーは偉大なのだがな。

 最近になって聖剣騎士団が発見して栽培に成功した、スタミナ回復速度を上昇させる【緑花草】は……駄目だな。強力だが、アイテムストレージの容量をかなり食うアイテムだ。今回は諦めよう。それに古狼の牙の首飾りと重複しているから、回復速度もそこまで劇的に上がるものでもないしな。

 HP完全回復アイテムの女神の祝福は持っていきたいが、さすがに入りきらないな。魔力回復アイテムも持ち込みたいが、それを補う為の白竜の涙の指輪だ。

 ……まぁ、どう見ても回復アイテムがぶっちぎりで不足しているな。そもそも『当たれば死ぬ』のオレだから回復アイテムは他の近接プレイヤーのように多量に持ち込む必要はないのだが、帰還不可のステージに挑むにしてはあまりにも少な過ぎるだろう。ナグナの血清10個……大丈夫だろう。義眼のオートヒーリングもあるし。

 連装銃もザリアも弾薬をあまり必要としないタイプだが、ザリアの場合は特殊だしな。これがマシンガンとかライフル系だったら、弾薬だけでとんでもない容量を持っていかれる。あのスミスが≪荷造り上手≫を取ったのも納得だ。

 それから忘れてならないのは黒い小さなケースだ。グリムロックではなく、オレが秘密裏に犯罪ギルドなどから地道に仕入れた拷も……『トークグッズ・ハッピーセット』だ。携帯用であり、最低限ではあるが、『お話』用の品々が入っている。活躍する機会が無ければ良いのだが、場合によってはPoHかザクロからも情報を教えてもらわないといけないだろうし、それ以外にも有効活用はできるだろう。

 

「……さてと」

 

 残るは3つ。1つは忘れてならない失われた王国の金貨だ。これが無ければ妖精の国に行けない。だが、悲しきかな。多くのプレイヤーは初期にこの金貨を売ってしまっている。入手方法は今もって不明のレアアイテムだ。

 2つ目。正直、装備はザリアの時点でこれ以上は持ち込めない限度にある。『これ』を持ちだすくらいならば、鋸ナイフや爆弾系をもっと持ち出せる。それを堪えてでも、『これ』を引っ張り出す価値はあるのか?

 あるに決まっている。オレは壁にかけられた最後の武器に手をかける。

 N、アナタの力を借りる。どうかオレに、リーファちゃんを、アスナを、『アイツ』を救う力を。誰かを助けられる救世主になれるとは思わない。それでも、この『理由』を成し遂げる為の力を。

 

「死神の槍『バージョンⅢ』……何処まで使いこなせるか」

 

 そして、最後の最後の悩みだ。オレは並べられた薬品……毒・麻痺・睡眠の3種のデバフ薬を前に、思わず考え込んでしまう。パラサイト・イヴには複数の能力があるのだが、その中でも必然的な特性が備わっている。だから――

 

「フル装備で何処に行く気?」

 

 と、そこでオレは思わず、取って置きのレベル4の毒薬に伸ばした手を止める。振り返らずとも分かる。それは酔いどれヨルコの、やる気の欠片も無い寝起きの声だ。

 この女……またオレのベッドで寝てやがった! 振り返れば、シャツ1枚という恥じらいの欠片も無い恰好をしたヨルコが、脚線美を披露しながら煙草を吸い、グラスに琥珀色の酒を注いでいる。文字通り死んだように眠っていたこの蘇った死者は、オレの本能を欺いたのか? どれだけ泥酔していたんだよ。

 ちょっと動いただけで下着が見えそうなヨルコに、オレは顔が赤くなっていないか心配になりながら目をなるべく自然に背けるように動かす。

 

「……見たい?」

 

 ニヤニヤと笑うヨルコに、オレはやはり顔が真っ赤になっているのだろうと、歯を食いしばりながら、ベッドに足早に向かうとシーツをつかんで投げ渡す。

 

「本当に初心よね。おねーさんが『夜』の手解きしてあげても良いのに」

 

「要らない。あと恥じらいのない女性はあまり好きじゃない」

 

「ナグナでは明日の命も分からないからさ、ついつい人肌恋しくて……なんて日常的だったわけ。カインズもね、『アレ』の時は普段と違って野獣で――」

 

「良いから服を着ろ!」

 

 そういう生々しいトークをレディがするものではありません事よ!? まったく、ヨルコの擦れ具合も考え物だな。グリセルダさんのお陰でまともになったとはいえ、今でもフラリと夜の街に出歩いているらしいし、その内に危ない事件に巻き込まれるのではないだろうか。

 オレのベッドの下から脱ぎ捨てていたらしいズボンを引っ張り出したヨルコは煙草を揺らしながら、薄明かりの電灯の下で爪先をオレに向けながら履く。もう良い。意識からシャットアウトだ。夜明けまで時間があるとはいえ、なるべく準備は早めに整えて、あの2人がどう動くのかシミュレーションをしておきたいのだ。

 

「どうでも良いけどさ、あなたの目……深淵の魔物に挑む前みたいになってるわよ」

 

 だからだろう。白衣を羽織って、汗で湿った髪を掻きながら、ヨルコは紫煙を吐いて、オレに告げる。

 

「とても暗くて、淀んで、濁って……寂しそうな目。自分が死んでも構わないと思ってる目。たくさんの死を看取ったからかな? 何とくなく分かるのよね」

 

「…………」

 

「私はグリムロックさんやグリセルダさん程にあなたに思い入れがあるわけじゃない。協力しているのもあの2人に恩義があるから。黄金林檎のメンバーだから」

 

 分かっているさ。ヨルコからすれば、今もオレはSAO時代に恐怖の対象だった【渡り鳥】のままだ。どれだけ擦れていようとも、どれだけ歪んでいようとも、彼女の心の奥底まで植え付けられたオレへの恐怖心は洗い流されない。そもそも拭えるものでもない。

 取って置きのレベル4の毒薬を手に取り、あとはレベル3の麻痺薬を選択する。睡眠はやはり蓄積が鈍いからな。オレはヨルコから逃げるように薬品の選定に移る。

 

「死ぬのは怖くないの? 私は今でも怖い。死にたくない。毎日ね、神様にお願いしているの。『神様、私を助けてください』ってね。でも、神様は何もしてくれない。私を蘇らせて、ナグナに放り込んで、たくさんの死を看取らせて……生き延びさせて、何をさせたかったの? 神様は私にどんな運命を与えたの?」

 

 オレの背後に立つヨルコの陰が、彼女の胸の内に巣食う闇の深さを示すように濃くオレを覆う。

 だから、オレは彼女の問いに答えるべく、薬品をアイテムストレージに収納しながら一呼吸を入れる。

 古来より我ら久藤の……久遠の狩人は、神を祀り、鎮め、討つ役目を担ってきた。ヤツメ様は我らの血と共にあり、力となり、導きとなった。だが、狩人の掟を忘れず、狩人の血こそが我らに神と戦う宿命を与えた。

 

「死ぬのは怖くない。だけど、オレは世界で1番怖がりだとは思うよ? ヨルコの方がオレよりも、ずっとずっとずっと……『強い』」

 

 悩み、苦しみ、酒に逃げても、煙草を吸って気を紛らわしても、絶対に目を背けていないヨルコの『強さ』ならば、必ず『答え』にたどり着けるはずだ。だって、彼女は迷子ではないのだから。長く辛い道のりで休んでいるだけなのだから。

 

「変なの。それって慰めてるつもり? 意味不明なんだけど」

 

「かもな。でも、ヨルコは『強い』から、きっとグリセルダさんやグリムロックと一緒なら……『仲間』と一緒なら、辿り着けるはずだ。ヨルコの『答え』に」

 

 微笑みながらオレはヨルコの隣をすり抜ける。

 

「祈れ。『答え』の為に」

 

 祈りは無力だ。いつだって祈りはオレに力を与えてはくれなかった。だが、祈りの本質は求める事ではない。欲するのではなく、祈るという行為そのものに意味がある。そして、祈りは力をもたらさないが、導きとも言うべき光の糸になる。

 ヨルコにもきっと見えているはずだ。彼女の祈りは酒と煙草で濁ってしまっているとしても、確かに彼女の導きとなって、絶望に塗り潰された暗闇に迷い込ませないように、彼女に歩む道を示してくれているはずだ。

 ならば、オレが何をとやかく言うよりも、彼女自身が『答え』を見つける方が有意義だ。そもそも、オレの言葉には誰かを動かす力などないのだから。

 装備は揃った。後は不足分を終わりつつある街で買い足せば良いだろう。アイテムストレージは僅かとして空きもなく使い切りたい。

 

「これ、持っていきなさい」

 

 だが、ヨルコは黄金林檎のエンブレムが入った紙袋を取り出すとオレに投げ渡す。中身を確認したはオレは『それ』に思わず息を呑んだ。

 

「何処で『これ』を?」

 

「グリムロックさんの『ドキドキ☆ソルディオス計画』用の秘蔵棚から幾つか拝借して作ったのよ。たぶん、レアアイテムの中のレアアイテムじゃない? もう使い切って無いけどね」

 

 気づいたグリムロックの悲鳴が今から聞こえてくるようである。というか、まだソルディオス計画を諦めていなかったのか!? まさか本気で完成させる気なのだろうか。いい加減に諦めた方が良いだろうに。だが、お陰で『これ』は万が一の切り札になり得る。

 

「ありがたく使わせてもらう」

 

 感謝としか言いようがない。帰ったらとびっきり高い酒でも買ってやるとしよう。

 オレが紙袋ごとアイテムストレージに収納していると、ぽふんとヨルコに頭を撫でられる。手を振り払おうとするが、それよりも先に髪がぐしゃぐしゃにされるほどに押さえ込まれる。

 

「頑張りなさいよ? ヨルコおねーさんは口が滑りやすいから、何処に行くかは聞かないであげる。帰ってきたら2人に謝りなさい。どうせ武器も壊して幾つ残るかも分からないんだし、山ほどレアアイテム持って帰ってきてよね」

 

「……壊すの前提で話を進めないでくれ」

 

 今回の武器は過去最高のラインナップだ。これを壊したら、さすがのオレも凹んでしまう。だが、武器を壊れるまで酷使して、それで勝てるならば、使い捨てていくつもりだ。武器に固執して死ぬなど、それこそ武器への冒涜だからな。

 だけど、ヨルコはナグナから帰ってきて……いや、オレが憶えているSAOの頃よりもずっと、活き活きとした、晴れやかな笑顔をしているような気がして、オレはくすぐったくなる。ヨルコはやっぱり明るい笑顔の方が似合いそうだ。お陰で少しだけ殺したくなったよ。どうしてくれようか。

 

「ユウキちゃんに何か伝えておくことある?」

 

「…………無いさ」

 

 ユウキは『忘れない』と言ってくれた。オレの祈りは彼女に託した。だから、オレはきっと戦える。どれだけ灼けてしまっても、ユウキが『オレ』を憶えていてくれるはずだから。

 だけど、オレは彼女に何も返せていない。甘えっぱなしだ。ユウキはきっと……『独り』が怖いんだ。

 それでも、オマエを妖精の国には連れて行けない。これはオレがすべきことだ。

 サチのとの約束は必ず果たす。傭兵は約束を守る。決して依頼主を裏切らない。サチと『サチ』の想いは1つだ。『アイツ』を悲劇から救う事だ。

 

「上手くはぐらかしておいてくれ。オレがふらふらといなくなるのは珍しくないだろう?」

 

「鬼セルダさんの管理時代しか知らない私に言われてもね」

 

 それもそうだ。ヨルコと苦笑し合って、今度こそオレは我が家にヨルコを残したまま出発する。道中でユウキに何度かメールを送ろうかとも誘惑があったが、何とか堪えて、待ち合わせ場所に到着する。

 フリンの記憶のメインとなる街は素朴な木の建物が並んだ、まるでスラムが無秩序に拡大したような街だ。貧者が暮らし、彼らにとってフリンは英雄だ。

 処刑の尖塔には貧者の亡骸が無数と吊るされている。彼らは支配者たる人間に歯向かった反逆者たちだ。英雄であり、愚者であり、敗者であり、見せしめでありながら反抗の意志を小人たちに継がせる残り火だ。

 整備されていない土と泥の地面が広がるこの街に好んで常駐する者はいない。オレは胸で光るナグナの赤ブローチを撫でながら、彼らの到着を……夜明けを待つ。

 

「王殺しの御一行だ。せいぜい仲良くしようぜ」

 

 いつも通りのフード付きのポンチョ姿のPoHは嘲う。これからの長い旅を……未来を最高の『ショータイム』にする為に。

 

「ええ、もちろん。『仲良く』しましょう」

 

 獣の頭蓋のような兜を被って再び素顔を隠したザクロが皮肉たっぷりに同意する。

 

「皆様、本当に、もう少しくらい歩み寄るべきでは? それでは果たすべき目的も果たせませんよ」

 

 そして、1番まともなのが人外の虫のイリスとは、色々と終わっているパーティだな。

 夜明けの太陽が昇り、オレ達は妖精の国への道が待つスローネ平原を目指す。




準備も整い、いよいよ妖精の国を目指した冒険の始まりです。
ハッピー&ハッピーのドキドキワクワクの妖精の国でのファンタジー冒険ライフを書くのが今から楽しみでしょうがありません!

それと、次回からは文字数を減らしてコンパクトな話をお送りします。少し更新期間が長引く癖がついてきているので、しばらくは文字数制限でいきます。いきたいです。

それでは、238話でまた会いましょう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。