SAO~デスゲーム/リスタート~   作:マグロ鉱脈

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前回のあらすじ
コミュニケーションは大事だが、する余地がそもそもあるのだろうか?







Episode18-04 思想交差

 広々とした、青空の下で無限に続くような平原。青々とした野草が生え、多弁の赤い花が可愛らしく蕾を開いて清風に揺れている。サンドイッチがたっぷり詰まったバスケットを片手にピクニックにこれたならば、どれだけ気分が晴れやかだろうか。

 そこに無造作に転がる白骨死体やら大砲の残骸が無ければ、という注釈が必要になるが。オレは痩せ細った双頭犬の右の首を贄姫で斬り飛ばし、赤黒い光の血飛沫が上がる中で泣き叫ぶもう1つの頭を縦に両断する。

 爆散した双頭犬の背後から、頭蓋の右半分が失われた骸骨騎士が刃毀れした剣を振り上げるも、鈍い刃がオレに食い込むより先に間合いを詰めて肘打で顎を砕き、足払いして転倒したらそのまま頭部を踏み潰す。身動きを取れなくした間に左手でアビス・イーターを抜き、無造作に背後に振るって上空から強襲をかけたコンドルを斬り伏せる。

 炎のブレスを口内で煌かせながら、地に落とされたコンドルはオレを焼こうとするが、それより先に3体のゴースト兵を相手取っていたPoHが早々に始末をつけて、紫雷を迸らせる大曲剣を振り下ろして左翼の付け根に刃を抉り込ませる。

 翼を奪われたコンドルはブレスをする暇などなくのたうち回る。それを横目に見ながら身動きの取れない骸骨騎士の頭部を念入りに潰し、じわじわとHPを削る。他の双頭犬を狩り尽くしたザクロが取り回しの良い小刀で暴れ回るコンドルを刻んでトドメを刺す。

 

「これで3回目。幾ら≪気配遮断≫を使っていても、こう見晴らしが良いと効果は薄いわね」

 

「団体行動だから尚更だな」

 

 溜め息を吐いて小刀にこびりついた赤黒い光を振り払うザクロに、オレは小さく頷いて同意を示す。

 オレ達がスローネ平原に突入して、かれこれ2時間が経過したが、10体以上の規模を持つモンスターに襲われたのはこれで3回目である。オレ達3人はいずれも≪気配遮断≫持ちである。更にPoHが準備してくれていた【青斑草の丸薬】で隠密ボーナスも高めているのだが、それでも奇襲は免れなかった。

 スローネ平原は有効視界距離が制限されるとはいえ、それはプレイヤーに限る。隠れる場所もない平原では隠密ボーナスも低下し、なおかつ相手の奇襲に対しても警戒が出来ない。せいぜいがオレの本能の警告くらいが限界だ。

 ザクロは忍者らしく索敵スキルも持っているらしいが、スキルの使用はスタミナを奪う。複数併用すればスタミナ回復速度を上回って戦闘でもないのにスタミナが削れてしまう。定期的に休んでこそいるが、長時間の徒歩などの行動もスタミナ回復速度を鈍らせるので、いざという時の為にスタミナは温存しておかねばならない。結果として戦闘でスタミナを失っては本末転倒かもしれないが、ザクロからすれば、自分だけスタミナが枯渇するリスクを背負う位ならば、オレ達を巻き込んだ方がまだ自分に利になると判断しての事だろう。

 これが麗しいチームワークを兼ね備えたパーティならば、周囲は索敵係の負担を考慮するだろうし、仲間の為にリスクもある程度は容認するだろう。だが、オレ達に互いを気遣い合ったフォローなど期待するだけ無駄だ。

 ドロップしたアイテムを整理し、不要なもの……ほぼ大半を処分してリザルトを終える。骸骨騎士が落とした誘い頭蓋は、モンスターを誘導させる有効なアイテム……特にスケルトン系やゴースト系には対策にもなり得るアイテムであるが、ほとんどアイテムストレージを消耗していないに等しいオレ達では回収できない。

 

「PoH、スローネの塔までどれくらいかかる?」

 

「このペースなら夕暮れ前には着くだろうな。消耗覚悟なら最短ルートで無理に突っ切ることもできるが?」

 

 PoHが表示したシステムウインドウのマッピングデータは編集が加えられており、不動エリアを経由してスローネの塔を目指すルートが記載されている。1時間毎にエリアシャッフルがされる以上は下手に突っ切ろうとして間に合わなくなるよりも、余裕を持って近場の不動エリアを渡り歩いていく方が確実だ。

 だが、気になるのはスローネ平原の有効視界距離制限である。これはモンスターのみならず、プレイヤー同士も近距離に至るまで互いを視界に入れることが出来ないという事だ。つまり、今もスローネ平原を探索しているかもしれないプレイヤーと偶然鉢合わせする事も十二分にあり得る。

 PoHは人相こそ幅広く知られていないが、SAO時代から変わらないファッションは彼の悪い意味での知名度も重なってすぐに連想されてしまうだろう。さすがに、死者が復活している事を認識しているプレイヤーは少ないだろうが、危険視されるのは間違いない。

 ザクロは言わずと知れたお尋ね者だ。太陽の狩猟団の専属傭兵でありながら、シャルルの森を契機に姿を暗ませた。さすがに殺しのブラックリスト入りはしていないが、彼女の身柄には懸賞金もかけられている。どうやら抜けるついでに太陽の狩猟団から色々と拝借したのが原因らしいが、本当のところは分からない。

 もしもプレイヤーと遭遇した場合はどうするか? それについては話し合っていない。PoHは目撃者を始末するのを躊躇わないだろうし、ザクロも口封じの方が他の手を考えるよりも手っ取り早いと思っているだろう。オレもこの2人と一緒に行動しているのを見られたら色々と終わるので、その時になったらやるべき事をやらねばならないだろう。

 PoHが召喚しているリビングデッドにも歩調を合わせねばならないので、自然と移動速度は単独よりも格段に落ちる。足の爪先がムズムズするようなスローペースはオレのみならず、3人で共有したジレンマだ。行軍の鉄則である『最もスピードの無い者に合わせる』は単独行動慣れしたオレ達3人には大きなストレスだ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 仲良くお喋りするようなチームではない。黙々と次の不動エリアをPoHのマップデータを元にして目指し続ける。モンスターと遭遇しても、このチームならば群れで襲われても先程のように突破は容易だ。最低限に目視できる範囲での索敵だけを怠らなければ良い。

 静かなのは嫌いではない。そもそもお喋りは得意ではない。どうせ口を開いてもPoHとザクロは皮肉の応酬だろうし、オレとザクロは言うまでもない。

 

「PoH様の武器は変形武器なのですね。実に興味深いです」

 

 だが、オレ達3人にとって都合が良く、かつ妥当な沈黙に耐えかねたのは、ふわふわとオレ達の頭上を飛ぶ人の頭部ほどもある虫……イリスだ。

 

「取り回しやすい曲剣と雷属性を持つ大曲剣の二面性を持てるとは、さぞかし名のある鍛冶屋の作品なのでしょうね。特に曲剣本来の脆さを感じさせない重々しさが――」

 

「おい、【渡り鳥】。アース○ェット持ってないか?」

 

 苛立ちを隠そうともせず、PoHは頭上から話しかけてくるイリスを掠めるように巨大な大曲剣を小型の曲剣に変形させる。半ばから刀身が折れてスライドし、分厚い曲剣のようになるギミックは見事であり、持ち帰ればグリムロックが喜びそうな武具だ。

 PoHが今のところ公開している武具は2つ。この変形曲剣と重ショットガンだ。広範囲に散弾をばら撒く迷彩色の重ショットガンは装弾数も多く、火力にも優れている。近距離で撃ち込めば、たとえフルメイルのプレイヤーでも大きく怯むだろう。軽装プレイヤーならばスタンは免れない。変形曲剣は曲剣本来の鋭さを捨てた、どちらかと言えば≪戦斧≫に近い性能があるように思える。大曲剣時には紫雷を帯びて雷属性が付与されているので物理一辺倒にはならないが、その分だけステータスボーナスが分散していそうだな。

 ザクロの装備は小刀、呪術の火、そして暗器だろう鎖鎌だ。小刀は取り回しが良く、刃渡りも含めて彼女のスピードある戦闘スタイルに適している手数で押す性能を持つ。呪術の火は【古びた呪術の火】だろう。INT補正は低いが、その分だけ基礎攻撃力が高いはずだ。鎖鎌は分銅と繋がっており、いざとなれば打撃攻撃も出来そうであるが、彼女に合わせた軽量仕様のようである。

 PoHに脅されて黙り込んだイリスがリビングデッドの肩に止まり、オレ達に聞こえるようにわざとらしく嘆息する。どうやら、この虫さんだけは諦めずに何とかオレ達の親睦を深めようと奮闘する所存らしい。

 大砲に寄りかかったまま、胸の肋骨が爆砕された白骨死体の傍でPoHが立ち止まる。ここが次の不動エリアだ。エリアシャッフルまで15分以上残っているが、欲張って移動すれば逆に損を被る。ここは大人しく休憩を取るとしよう。

 

「妖精の国だけど、どう思う?」

 

 意外にも休憩中に会話の先端を切ったのはザクロだった。大砲に背中を預けて白骨死体と並んでいたオレは右眉を跳ねさせる程度には驚き、リビングデッドのオペレーションの組み直しをやっていたPoHも一瞬だけ手を止める。

 

「それに、どうして後継者は私達を選んだ? あの男との付き合いは短いけど、私達に信頼を置いていない事くらい分かっているつもりよ」

 

「知っての通り、オレは傭兵。後継者に雇われた身だ。それ以上もそれ以下もない。アナタ達がどんな理由で招集をかけられたかなんて知らないさ」

 

 淡白に応じるオレに、ザクロは押し黙る。オレは依頼を受けた傭兵であるが、ザクロとPoHがどうしてオレと協力してまで妖精の国に行きたいのか、そもそも後継者の命令を受けたならば拒否しなかった理由は何なのか、今もって不明だ。

 推測としては、彼らもまた破格の報酬を約束されているというのが最も納得がいく。だが、PoHの場合は妖精の国に目的があるようだし、ザクロに至っては幾らオレの死に様を見届ける為とはいえ、情報無しの妖精の国に乗り込むとは思えない。まぁ、歯止めが利かない程に肥大した復讐心とも考えられるが、ザクロのそれはオレが今まで返り討ちにしてきた復讐者とは根本的に異なる気がする。

 エレインを殺したヘリオスのように、復讐とは御しきれない怒りと憎しみと悲しみから生まれるものだ。だが、ザクロのそれは常に理性……そのコントロール下にあるようにも思える。だからこそ、彼女は平然とオレに話しかけることができる。嫌悪感や憎悪はあっても、それは復讐に至る程に苛烈でもないし、膨張しているようにも思えない。

 

「でも、確かに気になるな。後継者には死神部隊を始めとした強力なAI戦力がある。そうでなくとも、管理者としての権限を振るえば、大抵のトラブルは解決できるはずだ」

 

 今度は意外そうなザクロの呼吸音が聞こえた。オレが話を繋いだのは彼女にとって予想外だったという事だろう。

 

「獣狩りの夜もAI戦力が派遣されていた。後継者には妖精の国にどんなトラブルがあろうと解決できる方法が幾つもあるはずだ。なのに、オレ達に妖精王を殺させるなんて回りくどい真似をするのはどうしてなのか。PoHの意見を聞きたい。どうなんだ?」

 

 オレのキラーパスに、PoHはつまらなさそうに鼻を鳴らし、足下に転がる兜を被ったままの頭蓋骨を蹴飛ばした。

 

「理解したから何になる? 俺も、お前達も、後継者が何を考えているのか分かったら行動を変えるのか? 俺もお前達も殺人鬼。俺達は殺しを躊躇わない。そして、クゥリ。お前は『何があろうとも』殺す。必ず妖精王を殺す。奴が俺達を呼びつけた理由なんて、その程度で考えておけば良い。真実の正否なんて関係ない。俺達は『俺達の意思』で殺す。殺す事を選ぶ。後継者の企みなんて関係ないのさ」

 

 確かにその通りだ。茅場の後継者が何を狙っていようとも、妖精王を殺すという目的に変更はない。それがアスナを救い出し、『アイツ』の悲劇を止める方法ならば、オレは妖精王を殺す。

 

「『選んだ』のではなく、『そうするしかなかった』という事はあり得ないのですか?」

 

 黙るオレとザクロに対して、真っ当に反論するのはイリスだ。蘇った死者でもなく、現実に肉体を持つ生者でもなく、電脳世界で『命』を得たAIが最もまともな問いを投げかけるのは何たる様だろうか。

 

「そいつは捉え方次第さ。俺に言わせれば、『そうするしかなかった』なんて詭弁だ。本当に殺したくないなら、大事な人も、自分自身も、どれだけ惨たらしく殺されるとしても、黙って受け入れちまえば良いだけだろう? そうすれば清廉な『善人』として死ねるんだ。俺はそういう筋が通った奴は嫌いじゃないぜ? 1番嫌いなのは自分の手を汚したくせに『仕方なかった。そうするしかなかった』と自己弁護する奴さ」

 

 リビングデッドのオペレーション調整を打ち切ったPoHは休憩も終わりだと言うように歩き始める。

 

「土壇場になって自分の命大事さに他人の命を奪う。そのくせして『殺しはいけない』と声高に叫ぶ。反吐が出る。善人ぶるなら死ぬまで演技を貫いて死ね。自分が死ぬまで『殺しはいけない』と叫び続けやがれ。そうすれば『本物』だって認めてやるさ」

 

 ああ、やっぱりPoHは変わっていない。たとえ死んでも、彼は微塵として自分自身を見失っていない。それが途方もなく羨ましい。

 PoHはオレと違って『命』に敬意なんて払っていない。殺しが楽しいのも、彼のサディスティックな欲望から湧き出すものに過ぎず、『殺したい』という欲求そのものではない。

 ただの殺人狂ではなく、彼には彼の信念があり、それは常人には理解できない思想であり、彼だけが届いた天啓にも似た『答え』なのだろう。

 

「『殺すしかなかった』も、オレはあると思うよ」

 

 だからだろう。オレは自然と口を開いていた。PoHは足を止め、顔こそ振り向かせなかったが、僅かに首を動かす。

 いつだって『アイツ』は苦しんでいた。自分の手で奪った『命』に悔いていた。あの時に他の手段が無かったのかと自問していた。眠れない夜もあった。そんな『アイツ』が醜いとは到底思えない。アレこそが『人』のあるべき姿だ。

 

「邪魔するなら神様だって殺す。オレは殺すよ、PoH。オマエがオレの前に立ちはだかるなら、きっと躊躇わずに殺せる。オマエも邪魔ならオレを殺せるだろう? そんなオレ達が……殺しに葛藤を持った正しき人々を詰って良い理屈はない」

 

 生きる為に殺す。確かにPoHの言う通り、『殺しは良くない』と嘯く者たちが死の際になって他者を殺して生き抜こうとする。そんなの『死にたくないから』で済む話だ。『自分の手を汚しても守りたい人がいたから』で済む話だ。そこに正しいも間違いも無く、美しいも醜いも無い。

 

「戦いにおいて、殺しにおいて、力こそが全てだ。勝った方が相手を糧として生きる。違うか?」

 

 カークも、サチも、777も、Nも、シャルルも、ギンジも、ノイジエルも、アルトリウスも、とても尊い『強さ』を持っていた。そんなものは無い迷子の子猫に過ぎないオレが生き残ったのは、ただひたすらに研がれた暴力と殺意があったからだ。彼らを食い殺して、糧として、血肉とした『力』があったからだ。

 

「……お前らしいな」

 

 何故だろう。PoHは少しだけ嬉しそうに、その口元を歪めたような気がした。今度こそ振り返ったPoHは、その大きな手でオレの頭を覆って撫でる。

 

「やっぱりお前は『天敵』だよ。俺の目に狂いはなかった」

 

 PoHも本当は分かっている。自分の理屈が絶対なる真実なんて驕っていない。彼は揺らがないだけだ。百を救える聖者でも、千を守った英雄でも、万を従える王でも、彼の『答え』を微塵として鈍らせるものにはなり得ないだけなのだろう。

 

「……って、いつまでもガキ扱いするな!」

 

「お前はまだまだ子どもさ」

 

 頭を撫でる手を払い除けようとする前に離れたPoHは上機嫌のようだった。おかしいな。PoHの事だから、オレの反論で増々不機嫌になると思ったのだが。

 しかし、それにしても『天敵』とは何だ? たまにだが、オレをそう譬える者たちがいる。何かの比喩だと思うのだが。悩むべき事でもないのだが、PoHの『答え』に関わるキーワードなのは間違いないのだろう。だからといって彼の『答え』を暴きたいとも思わないが。

 

「お前たちは本当にどういう関係なの?」

 

 出発した際にザクロはそう戸惑うように零す。だが、オレは何も言わずに微笑んだ。言葉で理解させられないものはこの世にはたくさんあるのだから。それに、オレとPoHの関係なんて無限に続く螺旋階段を見下ろすようなものだ。問うだけ無駄である。

 SAOでPoHとオレは殺し合った。そして、オレが彼を殺して生き残った。その結果がオレ達の関係を示す唯一の記号になり得るかもしれない。そして、その記号に込められた意味を解せるのはきっとオレとPoHだけだ。

 この先の戦いで、きっとオレはPoHを守らないし、庇わないし、助けもしない。PoHも同じだろう。それがオレと彼の『絆』と呼べるものなのかもしれない。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

(ついに……ついにやったわ!)

 

 レディーススーツを着たグリセルダは絶好調かつ最高潮のテンションで、クゥリのマイホームを目指していた。その顔には寝不足の疲労が濃く滲み出ているが、そんなものは吹き飛ばす勢いで彼女には猛々しい炎を背負っている。

 理由は単純明快だ。聖剣騎士団の副リーダー的ポジションであるアレスと内務を仕切るラムダ、教会から派遣されたエドガー、聖剣騎士団の仲介人であるオニールを巻き込んだ、昨夜から徹夜して朝方まで続いた大交渉の末に、グリセルダはついにクゥリのアノール・ロンド攻略依頼をつかみ取ったのである。

 今までネームド討伐の依頼こそあったが、クゥリが傭兵として正式にボス戦参加の依頼があったことは無い。それは戦力としての価値がないからではなく、彼が関与すれば参加プレイヤーに悪影響を及ぼし、また連携を乱すという判断が常にあったからだ。

 だが、アノール・ロンドは高難度のイベントダンジョンでも難関の部類であり、未だにボス部屋にすらたどり着いていない。そして、待ち構えるのはDBOでも名のある【竜狩り】オーンスタインである。それも【処刑者】スモウとのタッグでボスとして待ち構えているとなれば、聖剣騎士団としても最大限に戦力は欲しい。

 DBOという『ストーリー』でも伝説の存在、四騎士の1人にして長である【竜狩り】オーンスタイン。槍を振るう姿は雷そのものであり、彼の十字槍は古竜の鱗すらも易々と貫いたという。ドラゴン系モンスターでも最強クラスである古竜系統のネームドやボスは存在したが、いずれも破格の強敵である。竜の神などその具体例として申し分ないだろう。そんな古竜と戦っていたグウィン王が率いる神族の中において【竜狩り】の称号が与えられるのは、いかほどの戦果を挙げたのかなど言わずとも分かる。そして、それだけの名の売れたボスが平凡な性能であるはずがない。

 まずは【処刑者】スモウを先んじて倒す。その為にはオーンスタインに暴れ回らせないだけの実力者が必要になる。オーンスタインはその伝説において速度と槍の重み、自在に操る雷の3つが常に記されている。ならば、オーンスタインを釘付けにできるのは、その速度と雷に最低でも対応できる者に限られる。

 常に単独で戦果を挙げてきたクゥリならば、オーンスタイン相手でも確実に対応できるとグリセルダは強弁した。そして、夜通しの交渉は実り、アノール・ロンド攻略依頼を正式にサインズ経由でクゥリに出す事が決定したのである。

 

(アノール・ロンド攻略は隔週サインズどころか全プレイヤーの注目が集まっているわ。今までのクゥリ君に不足していたのは『集団での戦果』よ! 上手く『戦友』を助けるようにフォローを言い聞かせておかないと!)

 

 これは傭兵業の新たなステージに届く大きな足がかりになる。グリセルダは先程からフレンドメールを飛ばしてクゥリに連絡を取ろうとしているのだが、一向に返事が無い。意外にも律儀に返信するクゥリらしくないのは、彼がメールを見れない状況にあるからだろう。

 昨夜はマダム・リップスワンの護衛依頼をキャンセルした旨はヘカテより聞いている。その後に彼女は何か重要な要件があったようだが、グリセルダも聖剣騎士団との交渉の時間が迫っていたので聞きそびれてしまった。

 どうせグリムロックに呼び出されて新武装の実験に付き合わされたのだろう。あるいは、愛する夫が裏でこそこそ続けている『ドキドキ☆ソルディオス計画』に巻き込まれたのかもしれない。何にしても、ろくでもない事だろうとグリセルダは見当をつけていた。

 クゥリのマイホームのロックを開錠し、玄関トラップを潜り抜けたグリセルダは静まり返った様子に眉を顰める。グリムロックには先に連絡を取って工房にいない旨を念入りに確認している。仕事に出ているならばグリセルダにも一報があるはずである。

 まさかレベリングに出かけたのだろうか? 壁にかけられたグリムロックが更なる強化……もとい魔改造を施した死神の槍さえも無くなっていることに、グリセルダは嫌な予感を募らせる。棚を見れば、保管されているアイテムの中からナグナの血清が複数抜き取られている。

 死神の槍は今も温存し、その能力を隠している武器の1つだ。【磔刑】にしても【瀉血】にしても無知の者からすれば一撃必殺の奇襲攻撃になり得る。特に【磔刑】を初見で躱せるなど、数えるほどのプレイヤーしかいないだろう。

 だが、背後でもぞもぞと、ベッドの上で動く気配を察知し、グリセルダは安堵する。最近は椅子に座して寝ているかどうかも疑わしい睡眠スタイルを取るクゥリであるが、珍しくベッドで丸くなっているのだろうと彼女は胸を撫で下ろしながら、もぞもぞと動くシーツの塊をつかむ。

 

「クゥリくん、大仕事よ! アノール・ロンド攻略に――」

 

「げへへ……私はぁ、清酒より芋焼酎派なのぉ……」

 

 勢いよくシーツを剥ぎ取ったグリセルダが見たのは、一升瓶を抱いて涎を垂らした、気持ち良さそうに眠るヨルコの姿だった。

 1分ほど硬直したグリセルダは、更に1分かけて悩み、追加で1分使用して感情を押し殺した文面でグリムロックを呼びつけ、最後の1分で欠片ほどの良心で女子にケツパイルは理由を聞かずに打ち込むべきではないだろうと踏み止まる。

 

「クゥリ君が何処にいるかご存知かしら?」

 

 そしてグリムロックが到着する頃には、ガタガタと全身と歯を震わせて正座するヨルコが出来上がっていた。断じてグリセルダは暴力に訴えたわけではない。少しばかり彼女の耳元で囁いただけである。その結果が、艶めかしく足を組んで椅子に腰かけたグリセルダの目の前で自主的に正座するヨルコの姿である。

 

「し、知らない」

 

 目を背けるヨルコに嘘を吐いている様子はない。だが、明らかに隠し事をしている態度である。グリムロックに教えられているが、ヨルコはカインズと共に一芝居を打ってグリセルダの死の真相を確かめようとした演技派である。ならば、この態度もあるいは演技かもしれないとグリセルダは悩む。

 だが、今の酒と煙草に溺れたヨルコに、それもグリセルダならぬ鬼セルダを目の前にして演技を綻びなく実行できる胆力があるだろうか? 無い。断じて存在しない。グリセルダにはその確信がある。だが、愛する夫にはともかく、仲間にケツパイルの連射は避けたい。単発ならばしても良いとは思っているが、出来ればヨルコの自白を促したかった。

 

「これはどういう事だい!? メイン装備が全部無くなっているじゃないか! ザリアも無い! し、死神の槍も……!」

 

「あなた、落ち着いて」

 

「落ち着け!? クゥリ君が全部持ち出したと言う事は並々ならぬ事態に決まっているんだろう!? 今度は幾つ壊す気なんだぁあああああ!」

 

 頭を抱えて膝から崩れ落ちるグリムロックはクゥリの心配をしながら、同列で破損して帰ってくるだろう我が子同然の武器たちに早くも嘆く。とはいえ、グリムロックも戦いの中で壊れたならば仕方なく、また武器も本望だと心得ている。だが、それでも手塩にかけた武器がスクラップになって帰ってくれば親心が疼くというものである。

 ガタガタと震えて顔色を悪くしているヨルコの視線は右へ左へ、上へ下へと泳ぎ、ジッと見つめるグリセルダと決して目を合わせようとしない。

 

「……とりあえずケツパ――」

 

「話します! 話すからそれだけは止めて!」

 

 物分かりが大変よろしい。グリセルダはぼそぼそと呟くようなヨルコの話に耳を傾け、頭の芯の冷静な部分で要約していく。

 

「つまり、クゥリ君は念入りに準備をして何処かに行った。行き場所は私達に漏らすだろうから聞かなかった。そういう事ね?」

 

「……はい」

 

 よく自分の事を分かっている判断だ。頭が回るヨルコのファインプレーに、グリセルダは額を押さえて唸りたくなる。

 ヨルコを責めることは出来ない。彼女が仮に事態を連絡してもクゥリと接触する事すら不可能だっただろう。せいぜいがフレンドメールを山のように送り付ける程度だろうが、丁寧に返信されていただろう結果しか思い浮かばない。

 まずグリセルダはクゥリの担当であるヘカテに、簡潔な文面でクゥリについて何か知らないか問う。昨夜の態度で気づくべきだったと自省するも、後悔してもしょうがない。予想通りと言うべきか、クゥリは昨日の内に休業申請をヘカテに頼んであるとの事だった。

 これでアノール・ロンド攻略参加はお流れだ。それだけではなく、アレスやラムダへの心象は最悪なものになったかもしれない。だが、今はそれすらもどうでも良い。グリセルダが危惧しているのは、フル装備かつアイテムすらも厳選したクゥリの行き先だ。

 

「正直言って分からないな。クゥリ君が傭兵業以外で動くことなんて滅多になかったからね。せいぜいがアイテム回収かレベリングくらいだよ。グリセルダを探すのに精力的に動いてくれてはいたけど……」

 

「もうそれも終わったわけね」

 

 今回ばかりはグリムロックも困惑しているようだ。これもまた演技ではないだろう。装備と持ち出されたアイテムから察するに、かなりの長期戦を想定したのは間違いない。携帯食料すらも持ち出しているのが何よりの証拠だ。イベントに挑む程度ならば、1週間分近くの食料など持ち出さない。何かしらの長期戦を想定したならば、挑む前にグリムロックの元で調整と補充をするだろうと踏んでいたが、それも外れてグリセルダは眉間に皺を寄せる。

 

(あの子は限度を知らないわ。グリムロックと私が傍にいたナグナでもあんな状態になるまで戦ったのに)

 

 グリセルダは思考を加速させる。ナグナに挑んだのが『グリムロックの悲願であるグリセルダとの再会』だったように、何かあったはずだ。ヘカテならば何か知っているかもしれないが、それよりも見送ったヨルコから少しでもヒントを得るのが先決である。

 目撃情報を募っても無駄だろう。いかに目立つ風貌とはいえ、ヨルコの話通りならば深夜に行動を開始している。

 昨日は神灰教会の果樹園の収穫の護衛……という名の孤児たちの相手をしていたはずだ。クローゼットを開けば、彼が教会の仕事をする時の純白ローブが保管されている。交渉中のエドガーに変わった点はなかった。あの男の腹の内は読み切れない部分も多いが、グリセルダが仕事の交渉をしているのに、エドガーは熱心にアノール・ロンド攻略参加の後押しをした。もしも事態に噛んでいるならば、そんな真似をしないだろう。それこそグリセルダの目を欺く以外の意味が無いのだから。仮にそれが目的だとしても、こうして僅か数時間でクゥリ失踪が明らかになるならば、時間稼ぎにもなりはしない。そもそも黙っていても同じなのだから。

 あるいは教会の関与を隠す為? 早計だ。グリセルダはあらん限りの推測を並べるが、いずれも輪郭を得るにも至らない。

 

「ユウキちゃんに訊いてみるかい?」

 

「そうね。あの子なら――」

 

「何も知らないと思う。何か伝えることはあるかって聞いたけど『無い』って言ってたしぃいいいいい!?」

 

 グリムロックの提案に乗り、ユウキに連絡を取ろうとしたグリセルダに、ヨルコは首を横に振って否定したが、まるで断末魔のように語尾を3回転半する勢いで伸ばす。

 途端にグリセルダは室内が冷凍庫になったのではないかと思う程の寒気に襲われる。グリムロックは妻の目の前だというのにヨルコと抱き合い、まるでゴキブリのようにカサカサと部屋の隅に移動する。

 

「ちょっと、急にどうしたのよ?」

 

 もはやグリセルダではなく、彼女の背後にばかり怯えた眼を向ける2人の反応を前に、グリセルダは立ち上がり、そして耳にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅううううん。へぇえええええええ。ほぉおおおおおおおう。ボクには伝える事が『何も無い』んだぁあああああああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽やかなステップを踏んで舞ったのは、黒を基調に紫の刺繍が裾や襟に施された衣。

 踊るのは黒紫の髪であり、白い肌で鮮やかに煌くのは赤紫の瞳。

 小柄な体格と愛らしい顔立ちはまるで妖精であり、声音にはまだまだ幼さが彩る。

 だが、その全身から放出されるのは禍々しいと言っても過言ではないどす黒いオーラである。

 

「ヨ・ル・コ・さ・ん♪」

 

 小首どころか全身を傾げながら、グリムロックを巻き込む形で少女は……ユウキはヨルコを覗き込む。途端にグリムロックが言語化不能の悲鳴を上げたのは、グリセルダの方からは見えないユウキの表情を真正面から目視してしまったからだろう。

 

「何か知っているよね? クーの行き先について、な・に・か知ってるよね? ヒントちょーだい♪」

 

 それは根拠なしの強迫である。グリセルダすらも息が詰まる空気を一瞬で燻製したユウキに、ヨルコは命懸けのクイズに挑むように涙目になる。

 

「えと……えと……えとぉおおお!」

 

「ねぇねぇ、ヨルコさんは『なめくじ』と『とかげ』と『だんごむし』のどれが好き?」

 

 その問いが何を意味しているのかは知るべきではないだろう。ベルトが複数取り付けられたデザイン重視に思えて、その実は【銀角黒兎の毛皮】というレア素材をベースにして作られたブーツはDEX強化と高い闇属性防御力、隠密ボーナスというオーダーメイド品である。

 ロングスカートの右側に入れられた大きなスリットは機動性確保の為であり、同時に太腿に取り付けたベルトから投げナイフを引き抜く為に計算されたものだ。そこからチラつく氷結ナイフはグリムロック作である。今はそれが無言の脅し以外に映らない。

 

「えと……えとえと……えとえとえとぉおおおおおお! あ! よ、よよ、妖精の国! 確かそんな事言ってたわ! 寝惚けてたから断言できないけど、聞いた気がする!」

 

 妖精の国。それがヨルコが出せた最大限の情報なのだろう。グリセルダのケツパイル執行数秒前でも搾り出せなかった情報を、ユウキは明るい声で尋ねただけで引き出したのである。

 

「妖精の国ってALOの事よね?」

 

 SAOで死亡したグリセルダはグリムロックから得た情報からしか知らないが、日本で流行しているVRMMORPGの1つが通称『妖精の国』だったはずである。それがどうしてこのタイミングで出てきたのか、グリセルダにはまるで見当がつかなかった。

 

「妖精の……国?」

 

 だが、ユウキには違ったのだろう。ヨルコから離れ、グリセルダの方を向いたユウキの目にあるのは戸惑いと薄暗い闇の訪れだ。

 

「そっか。クーは妖精の国に行ったんだ」

 

 まるで何かを思い出すようにユウキは瞼を閉ざし、寂しそうに微笑む。

 そのまま静かに去っていったユウキを見送ったグリセルダは壁の金網の向こうで回る巨大なファンを見つめる。

 何かが起こっている。だが、自分達には待つ事しかできないのだろう。グリセルダは長い溜息を吐いて、ヨルコが手を伸ばした一升瓶を奪い取り、大きく煽って飲んだ。

 

 

▽    ▽    ▽

 

 

 好きな女の子の為に頑張らない男はいない。レコンは取って置きのレアアイテムも売り払い、なけなしの私物も質屋に入れて作った50万コルという大金を小切手にして、サインズ本部の玄関を潜った。

 昨晩『リーファじゃないリーファ』と夕食で団欒を取り、食後に『サクヤではないサクヤ』が主導して今後の方針について話し合いが行われた。だが、レコンは今まで我が家のように……いや、現実世界に残した家族と同等かそれ以上に大切に思っていたギルドがまるで泥靴のまま盗人に荒らされたかのような不快感で思わず嘔吐を催してホームの外に飛び出した。

 もちろん、DBOには『まだ』嘔吐機能は付いていないので、ゲーゲーとカエルのように舌を突き出して体をくの字にしても、せいぜい垂れるのは唾液くらいである。レコンはあの時程に吐けない苦しさを味わった事は無かった。

 レコンは学習する男である。昨日は自分に非があったのだ。混乱の余り、サインズ3大受付嬢に暴力紛いの行動を取るなど言語道断である。レコンには冷静な判断力があった。ヒーラーとしてギルドを纏めるサクヤも認めるアンバサ戦士である。後衛中心であるが、時には前にも出れる臨機応変さがレコンにはあった。そして、若さ溢れる情熱も備わっていた。

 必ず『本物』のリーファちゃんを助けてみせる! その滾る意志は折れず、またレコンに解決案を与えた。

 すなわち、独力では事態を動かせないならば、より実力を持つ相手と直接交渉すれば良いのだ。そもそも、レコンは自分がいかに突拍子もない事を昨日は依頼しようとしたのか自覚している。仮に正規の手法で依頼を申請しても受理されないだろうとも半ば確信していた。

 ならば、サインズ設立以前の方法……傭兵との直接交渉を挑むだけである。このような与太話を頭から信じる傭兵など何処にいるだろうか。

 だったら、信じさせる土台を作れば良い。策を弄し終えたレコンは深呼吸をたっぷり3回して、人生最大の戦いに赴く。

 

「この俺を呼び出すとは良い度胸だな」

 

 サインズの食堂にて、腕を組んで座するのは、クラウドアースが誇るランク1にして【赤き豪傑】の2つ名を持つDBOでも最強プレイヤー候補として名高いユージーンだ。

 本来ならばレコンがユージーンにコンタクトを取る手段など無い。そこで、レコンがまず行動を取ったのは【運び屋】と名高いRDへの直接依頼……手紙の配達である。

 これだけで50万コルを消費した。しかもRDからすれば、20メートル圏内の食堂で珈琲を飲みながら依頼を待っているユージーンに手紙を渡すだけという楽な仕事である。サインズを経由しない依頼ではあったが、RDは噂通りの傭兵では『良い人』寄りの人物だった。レコンの計画通り、RDはユージーンに手紙を渡した。なおかつ、50万コルという大金はRDに緊張感をもたらし、それはユージーンが手紙から受け取る重みを付与する形となった。

 

「始めまして……は要らないですよね? 僕はレコン。サクヤさんがリーダーを務めるフェアリーダンスのメンバーです」

 

「俺も礼儀として名乗ろう。傭兵ランク1のクラウドアースの専属傭兵ユージーンだ。この手紙の内容だが……」

 

「ええ、本当です。50万コルも支払って届けさせました。これで悪戯だったら僕は相当な気狂いですね。大金を失い、しかも最強プレイヤーと名高いあなたの怒りまで買うんですから」

 

 ここまで心臓が破裂しそうなのは生まれて初めてだ。だが、このプレッシャーに敗れるわけにはいかない。

 デスゲーム開始宣言から最初の2ヶ月は茫然自失となり、リーファがいなければレコンは気が狂っていただろう。そうでなくとも貧民プレイヤーとして、残飯を毎日漁る生活をして、獣狩りの夜にレギオンに食い殺されていたに違いない。

 自分さえしっかりしていれば、きっとリーファはサクヤと合流するより先に大ギルドにスカウトされ、トッププレイヤーとして今頃は名声を得ていただろう。もちろん、大ギルドに反発を持つリーファが素直に属し続けていたかは別の話だが、自分さえいなければ違った未来があっただろうとレコンは疑う余地も無いと信じている。

 ここで男を見せねば、リーファに……直葉に振り向いてもらうなど到底不可能だ。レコンはユージーンの正面の席に腰かけ、テーブルの下で汗ばんだ拳を握る。交渉事は全てサクヤに任せていたが、その様子は常に後ろから見守っていたのだ。観察していたのだ。ならば、やり方は分かっている。これまでの人生経験の全てをこの数分に回さねばならない。

 

「最近、サクヤさんと会っていますか?」

 

「俺が嫌われているのは重々承知だ。無理に顔合わせする間柄でもない。最近は攻略事情も変わってきて時間も無いしな」

 

 レコンの分も合わせた珈琲を注文したユージーンの重圧に、レコンは歯を食いしばる。

 リーファがリーファで無くなっても、初期の頃はレコンも違和感しかなかった。常にリーファを見ていたレコンでそれなのだ。たとえ、ユージーンがサクヤに対して何らかの違和感を得ていたとしても、時間が短ければ短い程に、その違和感の本質に辿り着くには時間がかかるだろうとレコンは踏んだ。

 

「信じられないかもしれませんが、サクヤさんは『サクヤさんじゃない何か』になっています。僕はリーファちゃんからそれを感じ取れたから、サクヤさんからも薄っすらと同じ感じがしたので気づくことが出来ました。その程度の変化です」

 

「続けろ」

 

「は、はい。これは僕の推測ですけど、リーファちゃんとサクヤさんに限った現象ではなく、DBO全体で進行しているのではないかと考えています。今は明かせませんが、裏付けとなる情報もあります」

 

 最後はブラフ……ハッキリと言えば嘘である。推測に関しても確証ゼロの思い付きである。せいぜいが『2人だけの現象とは考え辛い』程度だ。

 だが、ユージーン程の大物を動かすにはスケールを大きくしておくべきだ。後々になって嘘だとバレても良い。リーファを助ける為の力が今は必要だった。その為には大ギルドの情報すらも駆使できる人物を味方につけねばならない。

 

「俺は正式な依頼の通達を待つ身だ。内容は報酬も含めて既に纏まっている。最前線ダンジョンの攻略援護だ。あと数時間もすれば出発だろう。この意味が分かるな?」

 

「数十万コルの報酬を捨てるだけではなく、依頼をドタキャンして名誉を落とす。そういう事ですね?」

 

「物分かりが良いな」

 

 つまり、レコンを信じるならば、ユージーンは相応の対価を支払わねばならないという事だ。そして、それを穴埋めできるだけの財力はレコン個人には無く、フェアリーダンスに多大な損失をもたらして補填されるだろう。そうでなくとも、名誉というコルやアイテムでは賄いきれない部分はもはや償いきれない。

 ごくりと生唾を飲んだレコンは、それでも引き下がらないと眼力で訴える。

 

「僕を信じる必要はありません。ですから、僕が支払った『コスト』を信じてください。この交渉のテーブルを作った『回りくどさ』を吟味してください」

 

 数度しか顔合わせした事が無い相手を信じさせるなど、それこそ天性のカリスマの持ち主にしか不可能だ。レコンにはそんなものはない。ならば、彼にできるのは付け焼刃の交渉術である。そして、その成長過程の交渉術は既に何処かの白い傭兵を遥かに上回っている事をこの時点で彼は気づいていない。ミュウが見たならば即座にスカウトして好待遇で迎え入れるレベルである。

 

「……良いだろう。貴様の話が本当ならば、俺としても聞き捨てならん」

 

「ありがとうございます。僕はあなたの召使い。存分にこき使ってください。あなたの邪魔はしません。しませんとも」

 

 勝った! あのランク1を動かす事に成功したレコンは歓喜する心を抑え込みながら、交渉成立の握手を交わす。

 

「まずは貴様の知る全てを話せ。『嘘偽りなく』な。1度契約した身だ。貴様の依頼に結果を出すまでは俺も裏切らん。それが傭兵というものだ」

 

 どうやらブラフの部分は完全に見抜かれていたらしい。だが、それを抜きにしてもレコンを認めたユージーンに感謝しつつ、レコンは仔細を余さず語る。

 最初こそユージーンは眉を顰めていたが、やがて考え込むように組んだ腕で指を叩き始める。

 

「貴様はチェンジリングを知っているか?」

 

「えと、ヨーロッパの妖精が子供を取り換える伝説でしたっけ?」

 

「この手の伝説や神話は数多く存在する。俺も全てを知っているわけではないがな。これは俺の感想だが、貴様の話にはチェンジリングとの共通点が見受けられる」

 

 厳しい表情をしたユージーンから事態の深刻さを増々察知したレコンはごくりと生唾を飲む。

 

「この話を誰かにしたか?」

 

「昨日、ヘカテさんと【渡り鳥】さんにしました」

 

「その時の反応は?」

 

「ヘカテさんは取り合ってもくれませんでした。【渡り鳥】さんはずっと黙ってましたね」

 

 顎を数度撫でたユージーンは席を立つ。慌てて後を追ったレコンはランク1と共にサインズ本部の外に出ると、真夏を醸す大気にむせそうになった。

 現実世界は夏の最盛たる8月だ。現実に置き去りにした肉体は温度調整された快適な空間で眠り続けているのに、仮想世界では汗だくになるとは不条理だとレコンは顎まで滴る汗を手の甲で拭う。

 

「レコン。貴様の度胸を買ってもう1つ大仕事をくれてやろう」

 

 歩幅を変えることなく、日に日に整備されていく終わりつつある街を移動するユージーンは水路を渡る陸橋を超え、今は沈黙している街灯が並んだ路地を突き進み、騎士と獣の石像が並ぶ、他とは異なる高級住宅街を思わす館が並ぶ地区へと入っていく。

 大仕事? レコンは単純に暑さ以外の汗が額に滲んできたことに気づく。

 たどり着いたのはクラウドアースの所有する敷地内の1つ。他とは一線を画すことが一目で分かる黒衣に赤をあしらった戦士たちが闊歩する屋敷だ。メイドの姿も散見でき、彼女たちはレコンの姿に気づくと品性を感じさせる優雅な一礼を取る。これが本物のメイドとレコンが顔を思わず赤らめていると、ユージーンは何の躊躇もなく、屋敷の正門を潜り抜ける。

 

「ユージーン様、この度はどのようなご用件でしょうか?」

 

 堂々と侵入したユージーンとレコンを迎えたのは、バトル・オブ・アリーナで多くのメイド好きを生んだメイド長である。彼女に従うようにメイドたちが整列し、不動のお辞儀を取っているが、レコンは彼女たちに今にも牙を剥こうと合図を待っている猟犬の姿を重ねた。

 気づけば、レコンたちを取り囲むように屋敷を守る戦士たちが集い始めている。いずれも剣呑な眼こそしていないが、いずれも合図1つで斬りかかれるような殺気を滲ませているのはレコンの気のせいではないだろう。

 必死になって情報を整理するレコンは、この屋敷の噂を思い出す。クラウドアースの軍事統括顧問であるセサルという男が暮らす屋敷だ。ベクターの右腕とも呼ばれているが、実際に実戦で指揮を執ったことは無く、名目だけの上役に過ぎない。

 

「今日はクラウドアースの会合の日だったな。邪魔をするぞ」

 

「無礼が過ぎます。仮にもあなたはクラウドアースの専属傭兵にして、サインズの名誉あるランク1です。相応の振る舞いが求められるのは必然。アポイントも無しに、いきなりセサル様の御前に通すわけには――」

 

 と、そこでメイド長はシステムウインドウを開き、届いたであろうメールに目を通す。その視線は瞬く間に冷たく、また鋭くなっていく。

 

「……畏まりました。こちらへどうぞ」

 

 渋々と言った様子でユージーンとオマケのレコンの立ち入りを許したメイド長は、屋敷のエントランスを抜け、2階の廊下の最奥、にある薄暗い階段へと案内していく。そこには騎士や血みどろの獣の絵画が並べられた緋色の3階であり、窓の光は酷く濁っているように思えた。

 息苦しい。ユージーンは何とも無い様子だが、レコンは大ギルドの敷地に覚悟も無しに連れてこられたのだ。やるべき時は派手にやらかすレコンであるが、普段は小心者なのだ。ユージーン相手に交渉した熱血は既に屋敷の夏とは思えぬ凍えるような空気で冷めさせられていた。

 黒塗りの両扉を開いた先にあったのは、淀んだ廊下とは異なる、白いレースのカーテンが揺れる広々とした寝室だった。天蓋付きでありながら、何処か質素であるそこに横になっているのは、バトル・オブ・アリーナで挨拶をしたセサルである。褪せた金髪を後ろに撫でつけた男は不敵とも思える穏やかな微笑だったが、レコンは一瞬でこの男にだけは逆らっては駄目だと魂が屈服する。

 セサルを取り囲むように立ち並ぶのは、ベクターを始めとしたクラウドアースを仕切る評議会の面々である。いずれも、まるでセサルが主君であるかのように姿勢で、突然の乱入者に訝しむ目を向けている。

 寝間着姿のセサルは上半身だけを起き上がらせ、静かに手を組んでいる。レコンは自分がいつの間にか跪き、頭を垂れている事実に驚愕する。まるでここが玉座の間であるかのように、レコンは不遜に直立することが出来なかったのだ。

 

「ユージーン君、こんな姿で済まないな。それで、私にいかなる用かな?」

 

「礼に欠ける事を承知で単刀直入に言わせてもらおう。この男の話を聞かせたい。場合によっては戦力が必要になる。廃聖堂の第10層を早急に攻略する大戦力がな」

 

「それはそれは……キミにそこまで言わせる事態は何なのか興味があるな」

 

 まるで宝石を鑑定するかのようなセサルの眼差しがレコンを貫く。前進から冷や汗が溢れ出たレコンは跪いたまま動けずにいたが、リーファの横顔が脳裏を過ぎり、再び血が沸騰するほどの熱を心の炉から送り出していく。

 今にも泣きだしたい表情で立ち上がったレコンに、セサルは見るべきものがあると言うように頷く。

 

「いかに貴様がランク1とはいえ、礼儀知らずも過ぎるぞ。それに、その小僧は貴様が熱を上げている女のギルドメンバーだったな? 見学をさせたいなら他所にしてもらおう」

 

 クラウドアースのトップであるベクターは不快感を露骨に示し、尖った鼻をヒクヒクと痙攣させる。しかし、それをセサルが右手を掲げて制すると、ベクターは姿勢を正して更なる言葉を即座に飲み込む。

 

「話したまえ」

 

 その一言で堰が決壊したように、レコンはチェンジリングについて、自分が知り得る情報を公開する。セサルを除く評議員は話の冒頭から聞くに値しないと態度で示したが、彼だけは沈黙を保ってレコンの邪魔をすることなく、彼の語りを聞き続けた。それこそが評議員による横槍を抑え込み、レコンは止まることなく最後まで喋り抜くことができた。

 

「馬鹿々々しい」

 

 評議員の誰かとも呼べない総意の呟きを吐き捨てられる。だが、セサルだけは険しい表情をして、口元を手で覆い隠し、やがて納得したように頷いた。

 

「ベクター、聖剣騎士団と太陽の狩猟団にも事態の通達をしろ。3大ギルドの協議の機会を設ける。教会にはレギオン狩りに並行したチェンジリング調査協力を求めろ」

 

 ざわめきが巻き起こり、評議員たちの狼狽が津波となって1人の男の寝室をどよめかせる。レコンは自分の大立ち回りで始めたユージーンへの交渉が、僅か1時間足らずで大ギルドを動かす大展開を迎えた事に頭が追い付けず、また理解を放棄した。

 

「クラウドアース内でまずはチェンジリングの被害を調査する。各員はそれぞれの管轄の人員を招集して人間関係の不和を中心にしたヒアリングをして情報を纏めて分析しろ。それから隔週サインズに情報開示を。彼らの扱うゴシップネタも侮れん。ベクター、貴様にこれらの総指揮を任せる。ユージーン君、キミへの最前線攻略依頼は改めてキャンセルをこちらから申し出ておく。キミは今すぐ最高装備の準備をし、いつでも出動できる状態で待機しろ。レコン君は残れ。まだ聞かねばならない事がある」

 

 鶴の一声? 否。断じて否! それは獅子の咆哮によって群れが統一され、動き出した王の軍勢だ。評議員たちのそれまでのレコンへの嘲りは消え失せ、セサルの言葉に突き動かされるように足早に寝室から去っていく。ここに連れてきたユージーンすらも立ち去り、残ったのはメイド長とセサルの脇に控えていたアーロン騎士長装備、そして最も場違いでありながら大騒動を巻き起こしたレコンだけだ。

 

「ブリッツ、【渡り鳥】くんに協力要請を出せ。幾ら積んでも構わない。彼の直感が武器になる。チェンジリングの実態を迅速かつ的確に見抜くのは私には不可能だ。彼の類稀な本能が唯一の識別手段だ」

 

「申し訳ありません、我が主。【渡り鳥】様は昨夜より休業致しております」

 

「ふむ、このタイミングでか。レコン君。チェンジリング。休業。そして、私が与えた情報。まずいな。グリセルダに連絡を取れ。彼女から【渡り鳥】君の足取りを――」

 

 恭しく頭を下げるブリッツに指示を飛ばすセサルであるが、その声を遮ったのは荒々しく開いた扉である。何事かとレコンが振り返れば、彼も思わず見とれる黒紫の風が通り過ぎる。

 見覚えのあるメイド服姿とは違う、屋敷に駐屯していた戦士たちのデザインに似た何処となく軍服チックな、紫のラインが入った黒衣。小柄な体格であるが、堂々と胸を張り、怯える様子無くセサルの寝室へと突き進む。

 

「クーはいないよ。もう妖精の国に行ったみたい」

 

「……やはりか。彼の情報網を甘く見ていたか? いや、別の誰かの関与もあり得るな。一手遅れたか」

 

 嘆息するセサルを前に、黒紫の少女は横目でレコンを確認し、どうでも良いというようにそっぽを向ける。置物程度にしか考えていないのか、それともレコンのこの場での有無など関係ない程に彼女も切羽詰まっているのか、その赤紫の双眸には苛立ちが滲んでいる。

 

「今すぐ廃聖堂の第10層の攻略をしたいんだ。戦力を纏められる?」

 

「推定レベル100は必要になる門番ネームドが陣取る第10層の攻略。これこそが我々にできる最速最短だろうな。だが、私はこの体たらく。キミ達だけでも不安が残る。しかもアノール・ロンド攻略を前にして、聖剣騎士団と太陽の狩猟団が戦力を貸すはずもない。教会の戦力ならば、あるいは借りれるかもしれんがな」

 

「その件だけど――」

 

 

 

 

 

 

「戦力なら貸してやるぜ。『俺』がいる」

 

 

 

 

 

 本当に何が起こっているんだ!? レコンは背後から軽快な足取りと共に現れた男の威圧感に頭痛がしてくる。

 赤い着物を着崩したような格好に、黒帯に差されたのはカタナ。額にはバンダナを巻いた赤髪と無精のように思えてお洒落として整えられた顎髭。軽い口調とは裏腹の、その背中から頼りになる兄貴としか言いようがない器の大きさをレコンは感じ取る。

 

「……この通り、ボスが来てくれたよ」

 

「『来てくれた』じゃないだろう、ユッキーちゃああん? 俺に土下座して『お願いします。力を貸してください』って頼み込んだんだろう? 可愛い奴め」

 

「うぐっ!」

 

 下品とも思える程に歯を剥いて笑う男は軽率な態度そのものであるが、その立ち振る舞いには一切の隙が無い。顔を赤くして、ボスボスと横腹を突く黒紫の少女の頭をぐりぐりと荒々しく撫でる男は、まるで飲みに誘うようにセサルへウインクした。

 

「よう、セサル。俺とお前の仲だ。どうせ妖精の国で『アレ』を探すつもりだったんだ。妖精の国の征服ついでにウチの小娘の女の意地……通させてやってくれ。それに、長年の付き合いの俺が言えば説得力マシマシになって困っちゃうけど、クーが動く理由は間違いなくアスナだ。監視していたウチのメンバーも察知したが、あの真っ黒馬鹿も動き出した。こっちの≪追跡≫を振り切られちまったがな。やっぱり『アイツ』のゲーム勘は侮れねぇな。妖精の国への行き方も随分前から準備してただろうさ」

 

「……私のような老人には、やはり若者の速さには付いて行けないようだな」

 

「らしくない程に弱気じゃねぇか。病は気から。しっかり養生しな。どうせ妖精の国に行けるのは少数精鋭。下手に犠牲を出せないし、精鋭を全部吐き出してこっちが手薄になったら本末転倒。俺、ユウキ、ユージーン、それから……そこの荷物持ちくんにも来てもらうか。話は聞かせてもらったが、俺はお前みたいなガッツがある奴は嫌いじゃない。死ぬ覚悟があるなら、この大冒険に連れて行ってやる」

 

 瞬く間に話が纏まっていき、呆けていたレコンは男から差し出された右手を見つめる。

 妖精の国? それってALOの事だろう?

 アスナ? もしかしてSAOで伝説的な女性プレイヤーで無念の死を遂げた【閃光】の事?

 なんか【渡り鳥】がかなり重要人物として語られてるけど、何がどうなってるの?

 混乱するレコンが酸素を求める金魚のように口をパクパクして言葉を失ったのは仕方ないだろう。レコンの運の尽きは、セサルが彼の『若者の猛々しき想い』に興味を示して評価した事であり、同じくこの男の目に留まってしまったことだろう。結果、レコンは1時間前まではDBOでも一般人の部類だったにもかかわらず、DBOで渦巻く大ギルドの陰謀どころではない深奥へと引きずり込まれていた。

 そして、駄目押しは続く。レコンが覚悟を決めて、男の手を取ろうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……戦力が足りぬならば、『我々』が力を貸そう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬くのはシステムメッセージ。血のような赤の画面がセサルの寝室で渦巻き、まるで最初から全てを『観察』していたかのように、転送の光とも違う、今まさにこの場でポリゴンが組み立てられていく光景に、レコンは顎が外れそうになる。

 赤い光の向こう側から出現したのは、緋色のオールバックの髪をした、黄金の瞳を持つ男だ。真夏にも関わらずダークレッドのコートを纏っているのに、その表情は涼やかそのものである。鋭利な顔立ちは色男であり、同時に人間味が薄くも思えるのは感情を映さぬ双眸のせいだろうか。

 

「……『我々』としても此度の件は捨て置けない。カーディナルは絶対なる法ではあるが、常にそうであるように、法とは抜け穴が存在する。今まさにカーディナルは不完全性を露呈し、『我々』に命令を与えない。故に理解してもらいたい。これは私の独断であり、公平なる法典たるカーディナルの真意ではないのだと」

 

 セサルと同等、あるいはそれ以上の威圧感。まるで燃え盛る業火を前にしたような、人が立ち向かうなど愚かとしか言えない存在感を持つ緋色の男に、セサルすらもベッドの上で殺気を滲ませ、メイド長はスカートに仕込んでいたらしい折り畳み式の片手剣を抜き、顎髭男は居合の構えを取り、黒紫の少女は片手剣と異形の刃を構える。

 

「ククク、我が兄よ。人にその小難しい言い回しは理解され辛いぞ?」

 

 緋色の男の背後から黒い闇が蠢き、竜の意匠を思わす漆黒の甲冑の騎士が出現する。失神寸前のレコンは更に現れた騎士にガチガチと歯を鳴らす。獣狩りの夜の時に出現したという噂がある、レギオンから人々を守ってくれた黒き者たち。その1人の風貌そのものだ。

 

「……お前には管理者としての責任感が欠ける」

 

「好きに生き、理不尽に死ぬ。それが私だ。さて、これで戦力は整っただろう。改めて名乗らせてもらおう。私はダークライダー。諸君らを妖精の国に連れて行くまでのひと時の協力者だ。残念極まりないが、私達では妖精の国に行けない。諸君らが事態を解決するしかない」

 

 闇の騎手と名乗る漆黒の騎士は腕を組み、助力を申し出る。その姿に苛立ちを覚えたように緋色の男は目を細めていく。

 

「……事態は私の許容範囲を超えた。これはイレギュラーだ。私は管理者としてイレギュラーを消去する責務がある。故に私はお前たちに力を貸そう」

 

 緋色の男はまるで全ての指揮を執るように右腕を振るい、それまで感情が何もないように思えた双眸に苛烈な『憤怒』を滾らせる。

 

「……今は人の殻に移った身だ。便宜上、私の事は【ハスラー・ワン】と呼ぶが良い」

 

 そして、厳かに緋色の男……ハスラー・ワンは告げる。

 

 

 

 

「……大き過ぎる。修正が必要だ。私からのオーダーだ、プレイヤー達よ。妖精王オベイロンを……排除しろ」

 

 

 

 

 もうレコンは逃げられない。逃げ場など何処にもない。

 彼に残された選択肢は1つ。たとえ、地獄であろうともリーファを助けに行くしかないのだ。




戦わねば(妖精王とレコンは)生き残れない!


妖精王絶対コロース陣営が着々と整備されています。

妖精王……これ程に全方位に喧嘩を売るとは、きっと大物キャラに違いありませんね!


それでは、239話でまた会いましょう。

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