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人間の街の水や食料が腐ってしまった理由は直ぐに分かった。
この辺りの水源は全て街の中心部にある湖に依存している。つまり、原因があるとするならば湖を疑うのは当然だった。
湖には多量の魚の死骸が浮かび、水は澱んでいた。試しに触れてみたが、瞬く間に毒が蓄積し、長時間触れていたクラディールはレベル1の毒になった。
「NPCに聞き込みしたけど、この辺りの水は全て森の中心部にある『大空洞』って呼ばれる遺跡から供給されているみたいよ。元々は乾いた土地だったらしいけど、ガルム族の戦士が水の神と契約して豊かな土地になったみたい」
キャッティにはNPCから効率的に情報を引き出す≪情報収集≫のスキルがある。ほぼ全てのスキルを戦闘関連で埋めているオレと違い、ソロとして生き残る為の多彩なスキル構成となっているのが彼女の特徴のようだ。
「その『大空洞』だが、どうやら遺跡みたいで内部は複雑な構造なっているだけじゃなくて、たどり着く為にも特別な入口から向かわないといけないようだな。その入口はナビゲーターの役割があるNPCからイベントを受注すれば教えてもらえるって話だ」
対してクラディールは≪交渉≫のスキルがあり、これまたNPCとの交渉事を有利に進める事が可能になるスキルだ。≪情報収集≫同様にいろいろな場面で役立つ事ができるスキルである。
2人に申し訳ない限りのオレは、せめてもの償いとして彼らの晩飯を準備している。人間の街は危なくて宿にも住めないという意見で一致し、街の傍にある拓けた場所で野宿する事になったのだ。
「うわぁ、まずいわね」
「コレが料理とか認めたくないレベルだな」
だが、どうやらオレの料理は大不評らしい。焚火にかけられた鉄鍋から木製の器に野菜スープを注いで彼らに手渡したが、1口目で彼らは顔を顰め、2口目で半目となり、3口目でついに感想を述べた。
「≪料理≫スキル取ってないからな。まぁ、食えるレベルだから良いだろ?」
「開き直らないで欲しいわね。滅多切りの野菜と刻んだ鶏の皮を入れただけの塩味スープとか、私初めて食べたわよ」
「俺も終わりつつある街の周辺でメシを作ってたが、コレよりかはまともだ。そもそも≪料理≫スキルはこのゲームの必須品だろうが。明日からメシ作んなよ、マズガキ」
そんなに不味いだろうか? いや、確かに文化レベル最低と自己申告しても問題ない味なのだが、この末期感あふれるゲームにこれ以上とない位に似つかわしい味のような気もする。
思えば、ディアベルが≪料理≫を得てからは彼がずっと夕食を作っていた。サンドイッチなどの食材を挟むだけの料理を除けば、スープなどには≪料理≫スキルが多大に影響を与える。
SAOでもそうだが、≪料理≫のスキルを得るとカテゴリーごとの料理選択をする事が出来る。そして、手持ちの食材を自動調理し、料理が完成するという仕組みだ。故に高難度の料理でもない限り、または食材が劣悪でもない限り、まず食べられる味になる。
だが、≪料理≫がないプレイヤーが料理を作ろうとした場合、食材を自力で切らねばならず、味付けもまともにできない。今回のように塩を水の中にぶち込んで、鶏の皮でダシっぽいのを取ろうとしても、現実世界ではなくゲームの中である以上、分量は指定できず、塩だったら『塩1個』といった具合でしか投入できないのだ。そうなると完全にランダム要素の世界である。
その結果がオレの野菜スープだ。1カ月半にも及んだディアベル達との生活では主食だったせいか、オレの舌も随分とイカれてしまったらしく、不味い事は不味いがそこまで不評かと言われると首を傾げたくなる味である。
「でもさ、何だか懐かしくなる味だと思わない? こう……なんていうか、祖先が食べてたんじゃないかなぁって味っていうか?」
「それは言えてるな。ここまで不味いのに、郷愁があるというか何というかだなァ」
「お前ら貶すか褒めるかどっちかにしろよ」
今度は2人してしみじみとした感じてスープを口にしている。
文句言うなら食うなと言いたいところだが、これはオレが自発的にお詫びとして作ったものだ。そうも言えない辛さがある。
そうして食事を終え、オレ達は互いのアイテムや装備を整理する為に黙る。
オレ達はお互いがどんなアイテムを持ち、どんなスキル構成をし、どんなステータスなのか、全てを公開し合っている訳ではない。所詮は一時的な成り行きで結成したパーティであるし、1日や2日程度で絆が生まれるはずもない。
今、オレがウインドウで眺めているアイテムは、前回の腐ったコボルド王戦でドロップしたアイテムだ。
その名も【腐敗のコボルド王の名残】だ。どうやらかなりのレアアイテムのようだが、上位に【腐敗のコボルド王のソウル】というものがあるらしい。これはその欠片であり、まさしく名残に過ぎない。
使用すれば多量の経験値が得られるとあるが、他にも特殊な加工を施す事によって別の用途を見出す事ができるようである。
望郷の懐中時計ばかりに目が奪われたが、他にも幾つかのアイテムを入手している。さすがはボス戦の報酬といったところだが、【腐敗のコボルド王の名残】を除けば、特に目ぼしいアイテムはない。
「そろそろ寝ない? 明日から1日ジャングルを探索だし」
欠伸を噛み殺したキャッティの要望に、オレは無言で頷く。どうやらクラディールも同様らしいが、彼は1つの指輪をアイテムストレージから取り出す。
それは銀製で赤と青と緑の小さな宝石が絡みあった装飾が施された、オリーブの枝が彫刻された指輪だ。
「クラディールさん、それは?」
「【安息の指輪】だ」
オレが尋ねるよりも先にキャッティが問う。するとクラディールは優越感を漂わせて答える。どうやら、あの様子だと相応のレアアイテムらしい。
指輪を右手中指にはめたクラディールは更に野宿用の毛布を取り出し、鎧を着たままそれをマントのようにして纏った。
「デバフの睡眠状態は無効だが、普通に寝てる時に受けるダメージを肩代わりして起こしてくれる指輪だ。要は寝込みに襲われても安心できるってわけさ」
睡眠状態では防御力が低減し、なおかつクリティカル率が高まる。故に野宿の際には、それこそ信頼できる仲間が必須だ。
暗にクラディールは、パーティとしてオレやキャッティを警戒していると、そう宣言している。まだ組んでから1日足らずであるし、当然と言えば当然だ。キャッティも納得したらしい。
「良いわね、それ。何処で手に入れたの?」
「終わりつつある街の周辺の西側の村だ。村人が襲ってくるトラップがあるが、そこの村長が持っている。レアドロップみたいだから保証しないがな」
惜しげもなくクラディールは情報をくれるが、信憑性は如何程のものか定かではない。だからこそ、クラディールも公開したのだろう。
だが、クラディールが持つ安息の指輪はソロにとっては垂涎の品だ。アレさえあれば、ソロにとっての脅威の1つである寝入っている時の強襲に備える事が出来る。
とはいえ、所詮は終わりつつある街の周辺で入手可能なアイテムだ。肩代わりできるダメージ量は微々たるものなのだろう。せいぜい気休め程度のアイテムなのかもしれない。
「夜番はどうする? まぁ、オレで構わねーけど」
「3時間交代しましょう。今は午後8時だから、明日の6時頃に出発と考えると10時間か。1人だけ4時間見張りね」
「じゃあオレがする。お前ら先に寝てろよ」
オレの申し出をキャッティは一瞬迷ったように受け取ったが、クラディールと視線を交わした後に頷く。警戒してくれて嬉しい限りだ。ソロとはこうでなくてはならない。
クラディールは安息の指輪なんて名称のアイテムを持っているが、オレに言わせればソロにとって安息の場所など存在しない。たとえ安全圏であろうとも、ソロは常に背中を、周囲を、全てを警戒せねばならない。
睡眠PKなるものがSAOでは流行した。それは眠ったプレイヤーの指を勝手に動かし、デュエルを申し込ませて寝入っている間に殺害するというものだ。プレイヤーは気づく事もできないままに、2度と醒める事が無い眠りに堕ちる。
DBOでは更に簡単だ。何せ眠っている間は防御力が下がってクリティカル率が上昇する、むしろ寝込みを奇襲しろ、と言わんばかりのシステムだ。オレンジやレッドといった境目がない以上、外観でプレイヤーが安全かどうか指針を持てないのは意外と大きい。
ふと、オレが思い出したのはSAO時代に出会った1人のプレイヤーだ。
彼女とはこうして焚火を囲んでいた。同じソロだと言う彼女は1人では不安だからと、幻想的な森の中で野宿を共にする事を申し込んで来た。オレは彼女を受け入れ、食事を同じくした。
だが、食事には知らぬ間に麻痺薬が仕込まれていた。彼女はオレンジプレイヤーの仲間で、ソロをターゲットとした狩りの『餌』だった。オレは身包みを剥がされ、アイテムもコルも武器も全てを失った。命こそ奪われなかったのはラッキーだっただろう。
SAO初期の、オレの初々しい失敗談だ。以来、オレは安全圏以外で他人から食事を貰う時は必ず麻痺を中和するアイテムを食事に混ぜるようにした。
そして、実は今もPK対策のアイテムを装備している。ガルム族の店で販売していた【地平線の指輪】だ。これはレベル1の睡眠状態を解除する事が出来る指輪だ。元は夜番で眠ってしまう若い戦士の為に作られた指輪だとアイテム説明にあったが、この指輪はデバフのレベル1の睡眠をその場で解除してくれる効果がある。1度しか使用できないが、それでも装備の有無で安全性は絶大に変化する。
このDBOには数多くの効果を持つ装飾品が存在する。指輪は基本的に右手に1つ、左手に1つしか装備できないが、それでも優れた効果を持つものが多い。
単純な武器の強さ、スキルの豊富さ、それらだけが戦いではなく、またソロの生き残り方ではない。それだけでは生き残れない。
そう言えば、『アイツ』はオレと違って図太かったような気がする。天気の良い日は安全圏でもない場所で昼寝していた所を多くのプレイヤーに発見されていた、という話を聞いた事がある。
単純に無防備なのか、警戒心が薄いのか、考え無しなのか。いずれにしても、『アイツ』は自分のスタイルのまま生き残った。それが全てだ。
と、オレが焚火の揺れて踊る火を眺めて時間を潰していると、まだ2時間足らずしか経過していないにも関わらず、クラディールが毛布を脱いで不機嫌そうな面を晒す。
「眠れねーのか?」
アイテムストレージから酒瓶を取り出し、瓶のまま口にして飲み始めるクラディールに、オレは静かに尋ねた。だが、オレの質問を無視し、クラディールは焚火に何かを投影するかのように火を見つめたまま、酒を煽るばかりだ。
このDBOでは酒系のアイテムでもしっかり酔う。酔っている状態ではバランス感覚が下方修正され、知覚能力も低くなる。更に、許容量以上を摂取するとデバフ『泥酔』の状態になる。こうなるとスタミナは回復しなくなり、HP回復系アイテムも効果が半減する。
酒の魔力は凄まじい。終わりつつある街では【粗悪な白濁粉】と呼ばれる麻薬系アイテムが蔓延しているが、それ以上に酒に溺れるプレイヤーが後を絶たない。なまじ本物の酒と似せてある為に、余計に縋ってしまうのだ。
だが、麻薬系アイテムに比べれば酒など可愛いものだろう。ソロともなれば気苦労や緊張も尽きないはずだ。オレはクラディールが飲酒する様を淡々と見守っていた。
ディアベルやシノンにオレが何も干渉しなかったのと同じように、直接的な被害を及ぼさないのであるならば、他人の問題に首を突っ込む気はない。
友人に見捨てられたキャッティ。眠れずに酒を飲むクラディール。どちらもソロである以上は、何かしら薄暗い部分を抱えているのかもしれない。そうでもなければ、このデスゲームで孤独に戦い続けようなどと思うはずがない。
それはオレにも言える事だ。瞼を閉ざせば、グリズリーとクローバーの顔が浮かぶ。彼らはレッドでもオレンジでもない、真っ当なプレイヤーだった。ラインバース? アイツは攻撃してきたから別だ。仇討ちだろうと何だろうと、自分の意志で牙を剥いた奴にまで余計な感情を割く気はない。それはあのスキンヘッドにも同様だ。
ともかく、グリズリーとクローバーは罪のないプレイヤーだ。オレは彼らの命を奪い取った。たとえ、あの場面ではベターな選択であったとしても、彼らの生への渇望と死への絶望が、今もオレに纏わりついている。
新たなラインバースがオレを殺しに来る。その時、オレは罰を受け入れず、正当な復讐者を討つのだろう。自分の死が訪れる日まで。
Δ Δ Δ
翌朝、オレはキャッティに起こされ、朝食を手早く済ませて出発の準備を整えた。
「今日の目標は『大空洞』へ侵入する入口を教えてくれるNPCの発見とイベントの受注、あわよくば成功ね」
「ああ。俺とキャッティ、それにガキが揃ってれば並のイベントなら問題ないだろうさ」
酒によるコンディションの悪化は見られないクラディールは、フランベルジュを馴らすように素振りをしてから背負うと、人間の街を指差す。どうやら街に件のNPCは存在しているようである。
気分が滅入る街だが、イベントがあるならば仕方ない。オレ達はクラディールの誘導の下、ナビゲーターのNPCが住むという馬小屋に向かう。
死んで腐った馬ばかりの、馬小屋とは名ばかりの死体遺棄場は酷い悪臭だったが、オレ達3人は……いや、プレイヤー全体は感覚が狂ってしまったのか、特に躊躇することなく内部に入り込む。
藁を枕にして眠るNPC、【神世の探究者マムル】は、一言で説明するならばドワーフのような姿だった。
汚れているが、しっかりとした黒茶の鎧を着ており、ずんぐりとした体形の1.4メートル程度の身長。髭もじゃであり、耳はやや尖っている。
「おうおうおう! お前ら、どうだ? 森の中心部にある大空洞まで吾輩の護衛をしないか? 報酬はもちろん払うぞ。吾輩のお手製の銀貨だ! ワハハハハハ!」
酒臭い息をまき散らすマムルに、露骨にクラディールは舌打ちして代表としてイベントを受注する。
どうやら前払いらしく、マムルがピースする……か、可愛らしい、と呼べるかどうかは微妙だが、とにかく特徴的な彼の姿が掘られた銀貨を入手する。
……価値が無さそうだな。しかもやけに重くてアイテムストレージを圧迫するし。でも、こういうアイテムに限って後々に有用になったりするんだよなぁ。
「それにしても、貴様ら貧弱過ぎるぞぉ! 少し吾輩が武具を売ってやろう!」
「へぇ、商人でもあるのね。でも丁度良いわ。ガルム族の武器はどれもこれも重たくて私には使えな……」
喜びを垣間見せたキャッティだが、すぐにその表情は曇る。
それも当然だ。マムルの商品ラインナップは、いずれもSTR条件が厳しい重量武器ばかりだからだ。見た目からしても『物理攻撃こそ基本にして最強!』ってタイプそうなNPCだしな。
だが、オレの目を惹いたのは重そうな武具に隠れれるようにして販売されている1つのアイテムだ。その名も【青鋼の指輪】だ。効果は魔法防御力の上昇である。
マムルはこのステージの攻略に不可欠なNPCである確率が高い。そうであるならば、ボスやダンジョンのモンスターに対抗する為のアイテムを販売していると考えてもおかしくない。
オレは2人に黙って青鋼の指輪を購入する。左手の人差し指には地平線の指輪を、右手の中指には青色の塗装が施された鋼の指輪を装備する。お陰でコルは3桁しか残っていないが、こうしたアイテム購入を渋っていては死ぬだけだ。
早速、マムルの先導によってオレ達は密林へと足を進める。泥や沼地で足が取られる事が多いこのステージだが、マムルの先導ではトラップらしいトラップもなく、数度の戦闘と3時間足らずの目的地に到着する。
……そう思ったのだが、どうやら物事は簡単には進まないようだ。
「吾輩が護衛を雇った理由は『あれ』だ。貴様らに『あれ』を排除してもらいたい」
悩ましげに腕を組むマムルの視線の先、そこはいかにも遺跡の入口といった場所だった。侵蝕した木々の枝や蔦で覆われているが、ほぼ間違いないだろう。だが、その入口を1人の甲冑の騎士が行く手を塞いでいる。
それは黒い2本の角が生えたような兜を被った、2メートル以上の身長と人間よりも一回り大きい体格をした黒い甲冑の騎士だった。
左手にはまるで焼き焦げて煤だらけになったような黒い盾を、右手には斬った敵の血が赤い染みとなった剣を持っている。
「奴は黒騎士。由来は吾輩も知らんが、世界の時空を彷徨い続ける狂った騎士だ」
ダークソウルでおなじみの黒騎士さんの登場です。
この敵と初対面した時、微塵切りにされてしまいました。
ビジュアルも強さも良しの素晴らしい敵です。
ゲームのラストでは楔石塊マラソンで乱獲されてしまうのが哀れでなりません。
黒騎士に愛の手を。
それでは、25話で会いたいと願って、
Let's MORE DEBAN!